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1 聖徳大学幼児教育専門学校研究紀要第 6 号 (2014) 被虐待児童 青年期の心のケア 日常生活を基盤とする包括的ケアについて 緒方 はじめに我が国では4 万人以上の子どもが児童養護施設などの児童福祉施設で暮らしている 平成 23 年度の厚生労働省の調査 1) では全国の児童養護施設に措置されている児童のうち 53.4% が被虐待児だという 入所理由も虐待 放任など親がいる一方で施設入所に至る児童が増加している 近年は特に入所児童数の増加とともに児童が通う学校での問題行動の続発によって学校の対応が難しくなっている状況 2) も取り上げられている また虐待を早期に体験した児童青年が 児童養護施設などへの入所後も暴力や非行の問題を抱える例 被虐待児が青年期になり非行や大人への挑戦的な態度をとる反抗挑戦性障害に発展するなど様々な二次障害に発展していく危険性 2) もあり 子ども虐待は発達障害の早期発見早期介入とともに早急に対応が進められるべき問題となっている しかしながら我が国の児童虐待に関する研究は原因や背景 発生状況に関する報告が多く 処遇 治療技法についての内容のものは見当たらないと報告されて久しい 4)5) 本研究の目的は児童養護施設に入所する被虐待児の心のケアについて重要と思われるポイントを近年の文献研究及びアメリカ ニューハンプシャー州における被虐待児童 青年期の自立支援プログラムにおいて筆者がクリニカルスタッフとして関わった子どもの虐待更生グループホームにおける包括的ケアの様子と合わせて考察することである 1. 被虐待による影響と発達障害の関係我が国の子ども虐待の問題は発達障害と並んで 1990 年代頃から社会的注目を集めるようになってき た その当時においては子ども虐待と発達障害は 虐待は環境的な問題であり 発達障害は先天的な問題と 6) 理解されていたため別々に研究がなされてきた経緯がある しかしながら近年子ども虐待と発達障害の関連性 3) が指摘されるようになった というのは先天的な発達障害がその後に発生する虐待のハイリスクファクターとなりやすいこと その一方 子ども虐待の後遺症として多動 衝動の問題 つまり ADHD のような症状を呈することが少なくない 7) ということである これらはタイチャー (2002) の子ども虐待のストレスが脳の発達に影響を与えるという 8) 研究結果からも頷ける 虐待を経験した児童青年期の心の障害を捉えるとき 児童虐待と発達障害および非行という複雑に絡み合う関係性を考慮した研究 ( 図 1) に注目が集まってきているといえる 図 1 児童 青年期の心の障害 杉山ら 9) は あいち小児保健センターを受診した 492 名のうち 55% に何らかの発達障害の診断が可能であり さらに被虐待児は幼児期には反応性愛着障害の症状を示し 小学生になると多動性障害が目立ち 思 A study on mental care for abused children -The importance of children's daily life practices- OGATA, Reiko 11

2 緒方 春期に向けて解離や心的外傷後ストレス障害が明確になり その一部が非行に推移するという症状の変遷 ( 図 2) を述べ 被虐待児を第 4の発達障害とみなして 10) 対応することを提唱している 図 2 被虐待児の症状の変遷 2. 被虐待児の後遺症被虐待児は 不安 抑うつ 怒り ポスト トラウマティックストレス反応 解離 という様々なトラウマ反応を示すことが多い それらの反応は他者に対して 他児への威圧 暴力 気分の波が激しい 自己中心的で要求がしつこい 大人を怒らせるような行動 などの行動パターン 11) となるのである これらは被虐待の後遺症とも捉えられる また情緒障害短期治療施設 12) の調査においても 被虐待児の子どもたちの示す激しい攻撃性と衝動性の問題は深刻で 安全なはずの入所施設が子どもたちに安全な環境を提供できない状況があるという 被虐待児が示す施設内の器物破壊 スタッフや周りの児童への暴力は 被虐待児ののぞましくない体験 自己コントロールの低さから持たされるものである 子どもたちは好んでそう振舞うわけではなく 望まずしてそう振舞ってしまうのである その暴力性によって最も傷ついていくのは本人たちであり 暴力を禁圧するために力を使って解消できるものでもなく 専門的な治療が求められる 縦断調査研究 13) によると 被虐待児の攻撃性の因子は施設スタッフの介入により緩やかな勾配で軽快し 入所後 24 ヶ月までに全体の 50% が改善し 36 ヶ月で約 80% が改善に至るという いずれにせよ被虐待児の攻撃性 暴力性の治療は改善までに2~3 年はかかると言われ 本人 施設スタッフ双方にとっても非常に大きな問題であると言える 3. 被虐待児の心のケアのポイント被虐待児が混乱した状況から抜け出し 子どもとしての権利と安定した日常生活を取り戻し 学習への意欲を持ち 学業を収め 安定した人間関係を築き 自立への道を歩むまでに必要な課題は沢山ある 両親をはじめとし 様々な周りの支援があって育つ子どもたちが 被虐待によってかなりのハンデを持ってそれらに取り組まなければならないのである 筆者が関わった被虐待児自立支援 H センター グループホームの定員 8 名の内 家族との再統合に向けて治療が進んでいる子どもは1 名のみであり 残りの7 名は家族の更生が望めない状況であった 家族との再統合が望めない子どもに対しては治療と並行して 里親探しまたは自立への道が模索された 虐待を受け 大人への挑戦的な態度を続ける反抗挑戦性障害の診断を受けた児童青年期の子どもの治療の期限は 18 歳になるまでの2 ~3 年から5~6 年であり その時期は大人になるまでに更生する最後のチャンスとも言える 被虐待児が自立するまでの道のりは まず日常の生活習慣を身に付ける事から入らなくてはならないこと それに加えて安定した人間関係や 学習習慣を身につけること その間には虐待の負の影響である不安や怒りをコントロールし 適切な表現を身に付ける フラッシュバックへの対応 自尊心を取り戻し 虐待を含む自分の過去を振り返り 克服していく力など取り組まなければならないため課題が多い 本研究では子どもの虹研修センターにおける事例分析的研究 12) および H グループホームで筆者の遭遇した事例より 入所ケアにおいて必要なポイントをまとめる 1) 入所アセスメントと本人の合意施設入所は子どもに安全で一貫した日常生活を確保するところであるが その入所に対してはアセスメントが重要である アセスメントは子どもの入所以前の状況を把握し 今後の治療計画を立てるものである 措置に関しては児童相談所のアセスメントが基本となるが 施設のアセメントでは 表面的な現象や診断にとどまらず 子どもの行動パターンや掘り下げた調査や理解が必要である 子どもの安全を保障するためには多角的な視点による子ども理解 ケアの見通しと注意点 入所後起こりうることの予測などに重点を置いたアセスメントでなければならない また入所後上手 12

3 被虐待児童 青年期の心のケア くいかない事例の一つに本人の合意がなかったということがある 何を目的としてどんな見通しで自分はその施設に入所するのか 入所したらどんな生活があり そこで自分に期待されることが何か 自分に対し責任を持ってくれるスタッフは誰で スタッフはどんなことをしてくれるのか 何がどうなったら退所出来るのか これらは子どもにとって非常に大切な問題である 入所に先立ち これらを子どもとの間で話し合い 本人の合意を得て入所ケアが始まることが不可欠である 2) 入所側の受け入れ準備とセーフティネット入所に当たり 子どもの安全を確保したケアを行うために 施設側はアセメントの根拠となる子どもの情報をスタッフ全員で共有し 起こりうることへの予測をたて 問題が起きた時の対処法を具体的に持つことである いざという時のために 児童相談所の一時保護 病院への入院 他施設への措置変更など連携を持って対応できるセーフティネッワークを用意しておくことである 万が一のセーフティネットワークはスタッフに気持ちの余裕を生み出し 危機を乗り越える力の 源泉となる 3) 入所施設担当者による子どもケアとチームケア被虐待児にとって生活ケアスタッフや心理スタッフの担当が誰なのか個人担当制なのか複数担当制なのか 自分の施設がどのような治療構造になっているのかが子どもにもスタッフにも明確になっていることが重要である 治療構造は明確であることが重要である一方 緊急な判断や対処が望まれる被虐待児のケアに は 状況次第で柔軟な対応がとれる体制も必要ある 4) 入所施設の治療的生活空間 12) で 被虐待児の生活は学校生活を中心に 規則正しい食事 睡眠 清潔などの生活習慣及び 学習や余暇活動の時間が取れることが大切である それらの基本的な生活習慣が整ってはじめて 心理治療に専念することができる 以下の表 1は筆者がクリニカルスタッフとして関わった被虐待児の更生グループホーム フレッシュスタートプログラムにおける子どもたちの週間スケ 表 1 THE FRESH START プログラム時間割 13

4 緒方 ジュールである 学校の時間を中心に起床 朝食 おやつ 夕食時間 片付け 清潔 睡眠 余暇活動 勉強の時間が組み込まれており さらに週に3~4 回のペースで個人またはグループでの心理治療が行われる 子どもの問題行動が勃発するなど危機に瀕したときは 子どもは一人 絨毯がひかれたベッドの上で静かに落ち着くのを待ち スタッフと話ができるようになるのを待って 再び普段の生活のペースをつかむべく日常のルーティンに参加することが優先的に行われる 子どもたちが被虐待の環境の中で学んでこなかったこと 日常の安定した生活を送ること 自分の気持ちをコントロールすること 暴力を使わずに様々な状況に対処する力を身に付けることを学んでいくのである 5) 入所施設における子どもの行動の制御グループホームの日常の生活空間そのものも被虐待児の治療に効果を上げるものであるが ホームではそれ以外にも 子どもたちの日常生活における行動をモニタリングして 正しい行動を身に付ける行動療法を取り入れた治療を行っていた 子どもたちが失敗をする最も良くない行動の例は暴力である 子どもたちは 学習の中で 暴力は犯罪である そしてそれに替わるものとして 部屋を出る 大声を出す などの代替行為は許されることを教わり それらを実践しながら学んでいく スタッフは ダメなものはダメ という一貫した態度を持ち 愛情を持ち辛抱強く子どもに対応することで 子どもたちの中に良いことと悪いことの区別を学ぶ土壌が出来上がっていく そして子どもたちが失敗を繰り返しながら学ぶ姿を見守る姿勢を続けていく中でスタッフと子どもたちの間に少しずつ信頼関係が出来上がっていくのである 6) 入所施設と学校との連携入所している子どもたちは校区の学校に通うことになるが その学校において被虐待児の人数が増加しており 対応に困難をきたしている 1) という 虐待を受けた子どもは心に大きな傷を抱えているほか 認知の偏りを持つ場合がある 解離やフラッシュバックがいつ起こるかわからないなど 見た目ではわからない問題を抱えており 発達障害と並んで対応には専門的な研修等が必要とされる 学校における施設入所の被 虐待児への対応は重要なテーマであるが これまでは研究の対象とはなってこなかったのが現状である 以下にそれらに焦点を当てた研究 2) から重要なポイントを上げる 1 子どもと教員との関係性入所している子どもたちは学校の教員に二者関係を求めてくるという 保護者との基本的信頼関係が困難であったために入所してきた子どもたちが学校においてその対象となる大人を求めるのは当然とも言える しかしながら教員は担任として 30 名程の子どもたちを持つこと 入所施設でのスタッフでの子どもとの関係も現状は6:1であることを考えると 被虐待児のニーズに応えられるとは言い難い しかしながらいずれにせよ被虐待児はその関係性が安定することで 精神的に安定し 成長が促されるということを入所施設と学校側が把握し 両者の連携により最善を尽くすことが必要である 2 子どもの問題行動への見立て 被虐待児は身近な大人に問題行動という形で危機的 サインを出す 学校側は問題行動だけに目を奪われ 対応に追われるではなく 行動の裏に何があるかというサインを見逃さずに的確な見立てをする必要がある 見立てをするには 普段から子どもの様子を把握するとともに 何がその子に起こっているかを理解するためにも 児童養護施設と学校の双方で情報を共有することが必要である 問題行動に対処していく過程で信頼関係が築かれ精神的な成長が促されていくことを忘れてはならないと思う そのためには教員は発達障害と合わせて被虐待児に関する研修を受け 問題行動への心構えと対処法について学んでおく必要があるとともに スクールカウンセラー スクールソーシャルワーカーなどの人的支援を借りることも有益である 3 学校における被虐待児への学習の支援 調査研究 14) によると 入所する子どもは 無気力 好きな教科は頑張れるが 自分がダメだと思うと頑 張れない 誰かが1 対 1で見てくれると一生懸命取り組める など学習態度や意欲に関してムラがあるという 落ち着いて学習に取り組むことが困難であっ 14

5 被虐待児童 青年期の心のケア た家庭での学習習慣の欠如 一時保護された時期の学習が抜けているなどの要因も重なる 虐待の症状である 集中力の欠如 落ち着きのなさ をカバーしながら自分を振り返り 虐待の困難を乗り越えていくためにも学力 思考力が身につくよう支援していくことが大切である また中学校から高校への進路への動機付けが高まれば 就労 自立への道が開かれる 被虐待児が 日々の生活の中に規則正しい学習習慣を取り戻し 学習の意欲を高め 進路の保証をしてあげることは重要である そのためには 子ども一人ひとりの学習の凹凸 認知の偏り 学習の進度などをよく見極め 学習支援に力を注ぐことが必要である クラス担任または教科担任だけで子どもへの対応に困難をきたす場合は 学生のボランティアまたは地域のボランティアによる放課後などを利用した学習支援 14) が有効である 児童養護施設の中学生が学習塾に通う費用を国と自治体で全額負担する制度 ( 平成 21 年 ) の利用も可能であろう 4 児童養護施設と学校との情報共有生島 (2009) 15) の情短施設と学校との連携の調査によると 子どもが登校すると教員が忙しくなり 下校すると施設職員が忙しくなるため お互い無理なく捻出出来る時間が持ち難い実情があるが 合間を縫ってさまざまな方法で施設との連携が行われているという しかし実際に子どもを担当する施設の指導員と学校の同じ子どもの担任である教員との間で当事者の情報を十分に共有されているとは言い難い状況であるという 子ども虐待対応の手引き によると虐待事例について児童相談所は措置時に施設に対して 当該家庭の経済状況 保護者の就労状況 虐待が家庭内で起こり 継続したメカニズム などに関する情報提供が必要であると述べられている そのような連携が施設と学校の連携となると 薄れている現状である 学校側は 個人情報をどう活用して良いかわからない 聞けない雰囲気 プライバシーを聞くことへの抵抗 個人情報保護に過敏にならなくてはいけない状況 などが施設と学校の情報共有を難しくしているようである いざという時に問題への対処が後ろ手にならないためにも情報共有は必要である 子どもが 誰であれ 自分のことをよく知っている 理解してくれる と感じられる体制を築くことが大切である その ような混乱に陥らないように 子どもに必要な情報を記録した 学校独自のファイル作り 2) は有効であろう 担任は1 年ないし2 年で交代することが多く また 施設の職員にも交代がある現状を考えると 子どものファイルは 一人の子どもを継続して見ていくことを可能にする最低限の条件であるように思われる まとめ我が国の被虐待児は全国で4 万人以上の児童養護施設等で暮らす子どもたちの半数以上を占めている 心に深い傷を負った子どもたちの自立への支援は課題が多く 決して容易な道ではない しかしながら被虐待児が特に児童 青年期から大人にかけての危機を乗り越えて虐待の連鎖を断ち切り 自立していくための支援は重要な時期であるとともに 危機的な時期であることを痛感させられる 日常生活を基盤とした包括的入所ケアおよび地域との連携を柱とした地道な努力で一人でも多くの子どもたちが自立への道を歩めるようになることを願う 参考文献 1) 平成 23 年度厚生労働省福祉行政報告例社会的養護の施設等について 2) 保坂享 (2009) 被虐待児の援助に関わる学校と児童養護施設の連携子どもの虹情報研修センター平成 21 年度研究報告書 3) 杉山登志郎 (2013) 発達障害と子ども虐待被虐待児と発達障害児の生物学的関係 特にエピジェネティクスについて第 108 回日本精神神経学会学術総会シンポジウム 4) 大阪市中央児童相談所虐待研究会 (1989) 紀要特集児童虐待の処遇について 5) 西澤哲 中島健一 三浦恭子 (1999) 児童養護施設の入所中の子どものトラウマに関する研究 - 虐待体験と TSCC によるトラウマ反応の測定日本社会事業大学社会事業研究所 6) 増沢高 (2009) 児童虐待に関する文献研究第 6 報子ども虐待と発達障害の関連に焦点をあてた文献の分析子どもの虹情報研修センター平成 21 年度研究報告書 7) 遠藤太郎他 (2006) 多動と子ども虐待そだちの 15

6 緒方 科学 6,pp ) タイチャー M.H(2002)( 石浦章一 ) 訳 児童 虐待が脳に残す傷 日経サイエンス 32(6) 9) 杉山登志郎 (2006) 発達障害としての子ども虐 待 子どもの虐待とネグレクト8(2), pp ) 杉山登志郎 (2006) 子ども虐待と発達障害 第 4の発達障害としての子ども虐待 小児の精神と神 経 46(1),pp ) 永井亮 (2005) 児童養護施設における被虐待児へ の支援 児童ソーシャルワーカーによる専門的支援 の技法 デオロギア ディアコニア No.39 pp ) 滝川一廣 (2006) 児童虐待における援助目標と 援助の評価に関する研究 被虐待児の施設ケアにお ける攻撃性 暴力性の問題とその対応 ~ 情緒障害 短期治療施設での事例分析的研究 子どもの虹情 報研修センター平成 18 年度研究報告書 13) 滝川一廣 四方燿子 高田治 谷川雅子 大熊加 奈子 (2005) 児童虐待に対する情緒障害児短期治療 施の有効活用に関する縦断的研究 2000 年から 2004 年に亘る縦断研究の報告子どもの虹情報研修セン ター 平成 16 年度研究報告書 14) 尾木和英 (2004) 虐待を受けた児童 生徒への学 習支援をどう充実するか 教職研修 33(4),p ) 生島博之他 (2009) 被虐待児の学校場面における 支援に関する調査研究 子どもの虹情報研修セン ター 齊藤万比古 (2006) 思春期児童への治療的援助子ど もの虹情報研修センター 日本虐待 思春期問題情 報研修センター紀要 No.4 16

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