一橋大学社会科学古典資料センター年報 38(2018) 一橋大学社会科学古典資料センター 科学研究費補助金 ( 基盤研究 (C) 一橋大学社会科学古典資料センター所蔵の旅行記についての研究 中間報告 (1) Interim Report Part I : Grant-in Aid for Scien

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1 科学研究費補助金 ( 基盤研究 (C) 一橋大学社会 Title科学古典資料センター所蔵の旅行記についての研究 中 間報告 (1) Author(s) 江夏, 由樹 ; 福島, 知己 ; 床井, 啓太郎 Citation 一橋大学社会科学古典資料センター年報, 38: Issue Date Type Departmental Bulletin Paper Text Version publisher URL Right Hitotsubashi University Repository

2 一橋大学社会科学古典資料センター年報 38(2018) 一橋大学社会科学古典資料センター 科学研究費補助金 ( 基盤研究 (C) 一橋大学社会科学古典資料センター所蔵の旅行記についての研究 中間報告 (1) Interim Report Part I : Grant-in Aid for Scientific Research (C) Study on Books of Travel Deposited at the Center for Historical Social Science Literature, Hitotsubashi University 江夏由樹 福島知己 床井啓太郎 Enatsu Yoshiki, Fukushima Tomomi and Tokoi Keitaro 1. はじめに マルコ ポーロ 東方見聞録, イブン バットゥータ 大旅行記, 間宮林蔵 韃靼地方紀行 をはじめ, 優れた旅行記は歴史研究の貴重な史料 情報源である 一つの社会が異文化世界への接触を開始するにあたって, 最初の情報提供者となったのはこうした旅行者, 冒険家であった そして, 外部世界からの訪問者が見た異文化社会の様子は, しばしば, 訪問先となった当該社会の人々には記録できない情報を数多く含んでいる 現代の研究者にとって, これら情報は時間的 地理的に隔たれた世界を描写した貴重な一次史料である これまで, 歴史学, 地理学, 民俗学, 人類学などの分野では, 様々な旅行記を基礎史料 情報源として, 独創的な研究を開拓してきた 例えば, 本研究プロジェクトの代表者である江夏も近代の中国東北部 ( 満洲 ) シベリア モンゴルの社会経済史を研究するなかで, 大黒屋光太夫, 間宮林蔵, 鳥居龍蔵などの残した記録を参照し, これら旅行記の有用性を強く認識してきた 一橋大学社会科学古典史料センターのメンガー文庫, フランクリン文庫等には西欧人による旅行記が数多く残されている その多くは,18 世紀から 19 世紀にロシア モンゴル 東アジアを訪問した 西欧人 が英語,, ドイツ語, ロシア語, イタリア語などの言語で記したものである 江夏 ( 平成 26 年 3 月までセンター長 ), 福島 床井 ( それぞれ, 平成 30 年 3 月, 同 29 年 9 月までセンター専門助手 ) は, こうした旅行記に強い研究関心を寄せ, センター業務の一環として, これら旅行記の整理に努めてきた 具体的には, これら旅行記についての初歩的な研究を進めるため, 科学研究費補助金 挑戦的萌芽研究 一橋大学社会科学古典資料センター所蔵の旅行記についての研究 ( 平成 24 年度 ~ 同 26 年度 ) を組織し, センターが所蔵する旅行記を一冊ごとにその内容等を確認する作業を進めてきた 本研究はそうした作業から得られた成果を, さらに, 科学研究費プロジェクト ( 基盤研究 ) として発展させ, これら旅行記群を本格的な研究対象としてとらえていくことを目指している 2. センター所蔵旅行記についてのこれまでの調査 前述の 挑戦的萌芽研究 では, まず, センター所蔵の旅行記の概略的な把握に務めた 例 えば, メンガー文庫には という項目のもとに 931 点といったように, センター全体 41 Bul. of the CHSSL 38 (2018) Center for Historical Social Science Literature, Hitotsubashi Univ.

3 でも相当数の旅行記が残されていることを確認した そのうえで, 特筆するべき資料を抽出し, その内容を一冊一冊について明らかにしていくことを試みた 具体的には, まず, 英語,, ドイツ語, イタリア語に通じた大学院生の協力を求め, 各資料について, 旅行記の言語, 著者, 実際の旅行者, 旅行の時期 期間, 旅行の目的, その目的地 経路, 地図 挿絵の有無, 特記事項などをまとめ, 取り上げた各旅行記の内容を明らかにしていった 挑戦的萌芽研究 が取り上げた旅行記の点数は全体で 120 点 (155 冊 ) である その詳細は 一橋大学社会科学古典資料センター年報 No. 34,No. 35 にまとめた通りである こうした初歩的な作業を進めるなかで, 次のような点が課題として浮かび上がってきた 第一に, 古典資料センターが所蔵する旅行記の数は当初予想していたより多く, この研究プロジェクト自体がかなり大規模なもとのなる可能性を確認できた したがって, 調査の対象となる文献の数をさらに拡大していく必要がある 第二に, ロシア語で記された資料が少なくないことから, ロシア語に通じた研究者の協力体制を整える必要がある 第三に, これまで必ずしも広く知られた存在ではなかったものの, 学術的価値の高い旅行記を見出し, とりわけ, 日本国内では, 本センターのみが所蔵している資料の特定を急ぎ, そうした資料の電子化 その公開を促進する方策を探っていかなくてはならない 第四に, 各資料に収められている地図 挿絵などには貴重なものが少なくないことから, その画像を電子化 公開していくことも重要である 第五に, 各旅行記の内容は, かなり信頼に足るものから, 虚実混交な記載に満ちたもの, さらには, 実際の旅行の記録であるかどうか疑わしいものなど, 様々である 各旅行記の内容について, 実証的な視点から, その内容を検証していく作業が肝要となってくる その際, 旅行記の記述対象となった側が残した記録によって, 旅行者たちの足跡を辿ることが出来るならば, 大変興味深い 第六に, すぐれた資料については, 研究のためだけでなく, 例えば, 大学院の演習等のための教材として利用できる可能性を探ることも重要である 本プロジェクトは上記のようなこれまでの課題を継承していく形で進めている 3. 本年度の研究の成果 本年度, 本プロジェクトは 5 名の大学院生アルバイトを雇用し, センター所蔵の旅記の調査を進めた 調査を行った資料の概略は表 1 にまとめた通りである その言語別の内訳は英語文献が 9 点 (16 冊 ), ドイツ語文献が 1 点 (1 冊 ), 文献が 10 点 (10 冊 ) となり, 計 20 点 (27 冊 ) である このうち, 日本国内の他の図書館等に異なる版も含めて所蔵のない資料は, 整理番号 1( 3309),3( Risen 419),9( 897),14 ( 412),18( 894),19( 27) の 6 点であった このうち, 資料番号 1,2 の 2 点が 1600 年代の旅行記であるが, 資料番号 1 の文献は 1970 年にニューヨークでリプリント出版されており, また, 資料番号 2 の文献もその翻訳が日本で出版されている ( シャム王国旅日記 1991 年, 岩波書店 ) 他の資料は 17 点が 1800 年代,1 点が 1900 年の刊行物である 調査を行った 20 点の資料のうち, に分類されているものの, 旅行記でない資料は資料番号 17( 894),18( 3),19( 27),20 ( 281) の 4 点であった これらの資料はものの, その資料的価値は高いと思われる 例えば, 資料番号 19( 27) の著者である Adolph d Avril( ) は外交官 作家であり, アリアンス フランセーズの設立などに尽力した 42

4 ことで知られている 本書はアラビア史概略, アラブ人の特徴, メッカ巡礼の三章で構成されており, とりわけ, メッカ巡礼 についての記述が興味深い 著者自身がメッカを巡礼したわけではないが, そこには,19 世紀半ばのメッカ巡礼のルート, その規模などが各種資料を駆使して紹介されている とりわけ本書の 補遺 である 1865 年におけるコレラ感染の進行と流行 に関する報告書では, 古くからアジアに存在していたこの感染症が 19 世紀になって初めてヨーロッパに伝播したのは, メッカ巡礼が原因だと説明している 人の移動や交通網の発達から 流行病 を捉えようとした, こうした分析などは貴重な歴史史料といえよう また, 資料番号 20( 281 (4)) は, フランスの東アジアにおける植民地の情況を記したものである 1900 年のパリ万博の際, フランスの植民地, あるいはフランスと関係の深かったコーチシナ, カンボジア, アンナン, トンキン, ラオス, 広州湾租借地などの地を紹介するパビリオンが設けられ, 本書はそこで頒布されたと思われる インドシナの仏教寺院などの歴史遺跡とならんで, フランスによって建設された建造物などの 100 点以上の写真が添えられており, フランスの植民地政策の実情をうかがえるという意味でも貴重な資料といえる 他にも, 資料番号 18( 3) は,10 世紀にアラブで出版されたインドや中国, および, インド洋沿岸地域の逸話からの選集であり, 貴重な歴史資料になりうる 4. まとめ 上述のように, 本年度の調査研究により, 一橋大学社会科学古典資料センターには, 他の日本国内には所蔵されていないと考えられる書籍がなお残されていることを改めて確認できた また, メンガー文庫などのなかには, 実際にはが 旅行記 () に分類されている場合があり, それらも歴史資料として貴重である場合が少なくないことも確認できた 本年度の成果を基礎に, 平成 30 年度はさらに調査対象となる資料を拡大していく予定である 最後になるが, 資料の調査を進めていただいた院生アルバイトの皆さんに感謝したい ( えなつよしき帝京大学経済学部教授 一橋大学名誉教授 ) ( ふくしまともみ一橋大学社会科学古典資料センター専門助手 ) ( とこいけいたろう東京大学大学院経済学研究科特任研究員 ) 43

5 番号請求記号書名著者名発行年言語挿図地図旅行者同行者旅行年代旅行目的 A true iournall of the Sally fleet, vvith the proceedings of the voyage John Downton 1637 英語 年 新興のサレ共和国 ( 当時 ) の海賊行為を通じて奴隷として売られた身柄の奪還とその報復 Journal du voyage de Siam fait en & 1686 l abbé de Choisy ロワゾ 号 ( カノン砲 46 門 ) 乗組員, イエズス会士たち, マリーニュ号 ( カノン砲 24 門 ), シャム使節団 1685 年 3 月 3 日 年 6 月 18 日 シャム王に謁見するため シャム国内のキリスト教布教 Voyage en Arménie et en Perse Pierre- Amédée Jaubert 1860 ( 初版 1821) 1 0 現地人ガイド ( タタール人とフランス人 ) 1805 年 3 月 7 日 年 6 月 21 日 フランスに対抗するため, イギリスとロシアが手を結んだとの知らせがペルシア王から入った ナーディル シャーの暗殺後, アフシャール朝は崩壊し, ペルシアは混乱が続いている 詳細を確かめるため, ナポレオンが東洋語に堪能な著者を現地に派遣した Voyage dans le Levant, en 1817 et 1818 Le comte de Forbin (Auguste de Forbin) Emmanuel Halgan( クレオパトラ号艦長 ), Pierre Prévost( パノラマ画家 ),Jean-Nicolas Huyot( 建築家 ),Le comte Charles-Auguste- Marie-Joseph de Forbin-Janson( ナンシー司教 ),Louis Maurice Adolphe Linant de Bellefonds( エジプト探検家 ),Léon Matthieu Cochereau 1817 年 8 月 22 日 年 4 月 24 日 若い頃からオリエントを歩き回ってみたくて, ずっと機会を伺っていた と書かれてある ただし, 著者はルーヴル美術館の館長であり, 展示するための美術工芸品の買い付けも主要目的であったと思われる Trade and travel in the Far East, or, Recollections of twenty-one years passed in Java, Singapore, Australia, and China G. F. Davidson 1846 英語 0 0 家族と一緒 1823 年 10 月 5 日 年 商人として各地を回ること 6 364(1)-(3) Narrative of a journey through the upper provinces of India : from Calcutta to Bombay, , (with notes upon Ceylon,) an account of a journey to Madras and the southern provinces, 1826, and letters written in India Reginald Heber 1828 英語 27 0 著者の妻と子ども, Captain Manning,140 人ほどの人たち,Mr. Stowe 1823 年 6 月 16 日 年 3 月 15 日 キリスト教の布教であったと考えられる 本文の内容は, 著者自身の行動の記録であるため旅行記であるが, 英国人によるキリスト教の布教活動の記録であるともいえる 44

6 番号請求記号書名著者名発行年言語挿図地図旅行者同行者旅行年代旅行目的 7 494(1) Souvenirs, impressions, pensées et paysages, pendant un voyage en Orient ( ), ou, Notes d un voyageur Alphonse de Lamartine 妻, 娘ジュリア (1832 年 12 月 6 日ベイルートで亡くなる ) 1832 年 6 月 年 9 月 オリエントへの憧れ Restrospect of western travel Harriet Martineau 1838 英語 年 -6 年アメリカ合衆国の社会情勢の調査 Four years in the Pacific : in Her Majesty s ship Collingwood from 1844 to 1848 Lieut. the Hon. Frederick Walpole, R.N 英語 年 年 海軍将校 Sir George Francis Seymour の太平洋での旗艦 H.M.S.Collingwood (80-gun second rate ship) で海軍中尉に任命される (1845 年 12 月 30 日 ) 10 80(1)-(2) A voyage to China : including a visit to the Bombay presidency, the Mahratta country, the cave temples of western India, Singapore, the Straits of Malacca and Sunda, and the Cape of Good Hope Dr. Berncastle 1851 英語 2 1 Solomon(Malay guide) 1848 年 10 月 6 日 年 4 月 18 日 小旅行のような観光 各地で医師関係の人物から歓待を受けたことが書かれており, それらの人々に会うことも目的の一つだった可能性がある (1)-(3) Personal narrative of a pilgrimage to Mecca and Medina, 3rd ed. Richard F. Burton 1874 英語 1 1 Shayh Mas ud The boy Mohammed 1852 年 -53 年 未知の土地であるアラビア半島を潜入調査し, 紅海 ペルシア湾 インド洋を結びつけイギリスの貿易圏拡大のための情報を収集するため Japan und China : Reiseskizzen, entworfen während der preußischen Expedition nach Ost-Asien Dr. Hermann Maron 1863 ドイツ語 1 0 旗船 Arcona の役人たち 1860 年 9 月 年 5 月 絶対的に必要な一般教養の他に, ある事柄について徹底的に特殊な知識を獲得し, ある特殊な知に関する研究をその課題として定立するため (1)-(2) The inner life of Syria, Palestine, and the Holy land : from my private journal, 2nd ed. Izabel Burton 1876 英語 3 1 Richard Francis Burton ( 夫 ) 1869 年 -71 年 ダマスクスのイギリス領事として赴任する夫 Richard と行動を共にするため Voyage au pays des éléphants, 5e éd. Louis Jacolliot Nubien Amoudou, Kandassamy( 召使い ) 年頃 はっきりと書かれていないが, 著者はインドやその周辺諸国に滞在中, これらの地域の文化や風習 宗教や伝説に多大な関心を寄せ 数多くの関係書物を出版している 今回の旅行も執筆そのものが目的であったものと思われる 45

7 番号請求記号書名著者名発行年言語挿図地図旅行者同行者旅行年代旅行目的 Le Haut-Mékong, ou, Le Laos ouvert Paul Branda (Paul-Emile- Marie- Réveillère の筆名 ) M. de Thomson( 長官 ), L. de F ésigny( 地図作成 ),M. de Mazenod( 艦長 ) 等 1884 年 年 20 年前に亡くなった航海士ラグレの遺志を継いで, メコン河の正確な水量を調査し, 航行上の難所を克服し, 上流部のラオスまで遡上すること Douze mois chez les sauvages du Laos Alfred Coussot et Henri Ruel Emile Pelletier 等 1893 年 12 月 10 日 年 5 月 メコン河に流れるボッカム川の探検と, 現地の見取り図の作成を主要な目的に, Société d Etudes des Mines de T Boc に派遣された Island life, or, The phenomena and causes of insular faunas and floras, including a revision and attempted solution of the problem of geological climates Alfred Russel Wallace 1895 英語 6 20 自然進化論を解説するもので, 旅行記に該当しない 18 3 Les merveilles de l Inde : ouvrage arabe inédit du X e siècle Louis Marcel Devic 世紀にアラブで出版されたインドや中国, およびインド洋沿岸地域の逸話からの選集 L Arabie contemporaine avec la description du pèlerinage de la Mecque et une nouvelle carte géographique de Kiepert Adolphe D Avril メッカ巡礼等の詳細を記す 補遺として 1865 年におけるコレラ感染の進行と流行 に関する報告書を付す (4) Notices sur l Indo-Chine : Cochinchine, Cambodge, Annam, Tonkin, Laos, Kouang-Tchéou-Ouan Jean Charles- Roux 他 年パリ万博で頒布されたと思われる概説書 46