クラリッサ ある若き淑女の物語 私生活における最重要関心事を 8 巻に収録し 各巻に目次を添える 第 3 版最初の手稿より多数の章句と手紙数通とを復元し 作品全体を通して点在する道徳的および教育的所感のうち 一般的用途ならびに便宜に供され得るように思われるものの詳細なる集成を付す 第 1 巻 ロンド

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1 クラリッサ ある若き淑女の物語 私生活における最重要関心事を 8 巻に収録し 各巻に目次を添える 第 3 版最初の手稿より多数の章句と手紙数通とを復元し 作品全体を通して点在する道徳的および教育的所感のうち 一般的用途ならびに便宜に供され得るように思われるものの詳細なる集成を付す 第 1 巻 ロンドン出版元 :S. リチャードソン パタノスター街 ジョン オズボーン書店ストランド街キャサリーン通り向かい アンドルー ミラー書店セントポールズチャーチヤード J.and J. リヴィントン書店ならびに バース J. リーク書店より発売 1751

2 クラリッサ ハーローの物語 第一巻 手紙一 アナ ハウ嬢からクラリッサ ハーローからクラリッサ ハーロー嬢ヘ 一月十日大好きなお友達 お宅にございました騒動のこと とても気掛かりに思います 世間の噂になるなんて 貴女にはどんなにお辛いことでしょう 分かりますわ でも これだけ広く知れ渡っております出来事ですもの 際立った美点のゆえに世の関心の的となっておられるお嬢さんに関わります事柄は どのようなことであれ 皆さんの注意を引かずにはおかないのです 詳しいお話につきまして それから 貴女には防ぎようもなかった出来事 そして 私の承知しておりますかぎりでは 被害を受けた人のほうが先に手を出した事件とのことですが そのせいで貴女が受けておられるように聞き及んでおります処遇のことにつきましても 貴女ご自身からお報せいただけたらと思うのです 果たし合いの件が耳に入りますとすぐに 貴女のことを思いまして お兄様のご様子を尋ねるために外科医のディッグズ先生をお呼びしたのですが 先生のお話では お気持ちが高ぶっていたためでしょうか お兄様は熱がおありのようだけれども その影響さえ出なければ お怪我そのものは危険なものではない とのことでした 昨日 ワイアリーさんが私どもとお茶をご一緒してくださいました 十分に推測がつきますように あの方は決してラヴレースさん贔屓などではございません でも あの方もシムズさんもお二人とも ラヴレースさんご本人がお兄様のご容体を尋ねるためと このたびの件につきまして遺憾の意を伝えるために訪れました際 お宅の皆さんがお示しになった応対ぶりに関しまして 皆さんのことを責めておられるのです お二人がおっしゃいますには ラヴレースさんにとっては剣を抜かざるを得ない状況でしたし お兄様の腕が劣っていたためか それとも 興奮のためか 最初の一突きを交えました時から お兄様は完全に相手の意のままにあしらわれておられたというのです 私が耳にいたしましたところでは あの場でラヴレースさんが口にされた言葉は次のとおりです ご用心 ご用心 ハーロー君 そんなにいきり立っては 防御の方がお留守ですよ あまりにもこちらに好都合だ 妹さんのためにも 僕としてはすべてを水に流すつもりですがね もしも と言いながら あの人は後ずさりをしていたというのです でも この言葉がかえってお兄様の向こう見ずさを煽り立て 有利な立場にある敵の前に身を晒す結果になったというわけです そして その敵はお兄様の腕に軽い傷を負わせた後 お兄様の剣を奪いとってしまったのです お兄様にはもともと横柄なところがございますし 激しくて御しにくい気質でいらっしゃいますから お兄様のことを好きになれないという人たちもいるのです そんな人たちに言わせますと 猛り狂っていたお兄様も 腕から多量の血が流れ落ちるのを目になさると おとなしくなられたそうですし 相手が施す惜しみないお世話を ( 上着とチョッキを - 1 -

3 脱ぐのに手を貸し 外科医が到着するまではと 腕のところをしっかり縛ってくれたということです ) お兄様は静かに受けておられたわけですから 後日 お兄様のご容体を尋ねて相手の方が訪れたからといって それを侮辱だとか 不穏当だとか言うのはまったくの筋違いだ ということになるのでしょう でも それはともかく 貴女のことはだれもがお気の毒に感じているのです なさることはとても堅実で一貫していらっしゃいますし 日頃から 人目を引くことなしに 静かに一生を終えるのが切なる願いです と言っておられましたからね それに 私のほうから付け加えて構わないでしょうが 匿名でなさっている喜捨の件にいたしましても 人目につくことは望まれず その行いに伴います 高貴な気持ちを味わうだけで十分に幸せなのだ とのことでしたわね 人目に立つより役に立て とのことですが 本当に貴女に似つかわしいモットーです ところが今では ご無念なことに いわば白日に晒された状態なのですからね それなのに お宅では ご自分の落ち度でもないことで身内の方から責められているのですもの こんなにも立派な心がけをしていらっしゃるのですから どちらを向かれましても ひどくお辛いことでしょうね でも 次の点は認められねばなりません つまり 貴女の今回の試練も 貴女の思慮分別に釣り合ったものに他ならないのだということです 今では両家の方々が巻き込まれているようにも思われますこの激しい啀み合いから 何か不幸な出来事が他にも生じはしまいかと 世の中のお友達皆さんが気を揉んでおられますので ひとつ私のほうからお願いをしなければなりません 貴女ご自身の情報を拠り所にいたしまして 折に触れ 貴女について正当な評価を行うことが この私にも出来るようにさせていただきたいということですわ 私の母も家の者も一人残らず 今回の件で話題にいたしますのは 世間の人たちと一緒ですが だれよりも貴女のことですし また ラヴレースさんのような気性の激しい方が立腹なさった場合 どんな結果になるのだろうかということなのです 何しろ あの方も言っておられるとおり 貴女のおじ様たちにはずいぶんと屈辱的な扱いを受けておられますからね 母が主張しておりますのは こうなりましたからには 貴女があの方の訪問をお許しになるとか 手紙をやり取りなさるとかすれば いずれにいたしましても 貴女は世間の顰蹙を買うことになるという点です ご存じのとおり お宅のアントニー叔父様は時々私どものところへお見えになるのですが 母は叔父様にずいぶんと好意を抱いているのです 今回の果たし合いにつきましても 兄の流す血潮の海を渉って愛顧を得ようとする男に ( これが叔父様の言い回しですが ) 好い顔をしてみせるようなら それは妹の方に罪があることになると 叔父様はそのように母に断言しておられるのです ですから ラヴレースさんがお宅に初めて紹介されました時からの事の顛末を すべて書き送っていただきたいのです 特に あの方とお姉様の間にありましたことは何もかもご説明願います この点につきましては いろいろな噂が流れておりまして 妹が姉の恋人を奪い取ったようなことを平気で仄めかしている人もいるのです それから お願いですが 私ほどには貴女のことをよく存じ上げない人にも納得が行きますよう 一切合切を詳しく書き記していただきたいのです 貴女がこれから相手をなさらなければならない人たちの気性の激しさから 何か不幸なことが起こりました場合には それに先立ちます事柄すべてにつきましての貴女のお言葉が 貴女にとって最良の弁明になることでしょう - 2 -

4 世の女性すべてを凌駕するというのは どのような重荷を背負うことなのか これで貴女にもお分かりでしょうね 貴女を存じ上げているとか お噂を耳にしたことがあるという女性は一人残らず これほど扱いが微妙で 重大な問題の場合 貴女にはご自分の行いについて説明なさる責任があるのだと そのように考えている模様です 要するに お手本を期待して 全員の目が貴女の上に注がれているということです お考えどおりに振る舞うことがお出来になると良いのにと 天にも祈る気持ちですが そうなれば おそらく何もかも安心でしょうし すべて円満に収まるはずなのです でも 男性女性の別なく 貴女を指図なさる人たちのことが気に掛かります 何しろ お母様は人を導く力を立派にお持ちですのに 別の方からの指図に甘んじなければいけないお立場でしょう お姉様とお兄様にいたしましても 間違いなく 貴女の行く手を邪魔なさることでしょうね でも この点につきまして私が長々と申し上げますのは 許していただけないことでしょう ごめんなさい これで止めにいたしますわ でも どうして謝ったりしなければいけないのでしょう 貴女の心配ごとは私にとっても心配ですし 貴女にとっての栄誉は私の栄誉でもあるわけでしよう 女性同士では例のないほどに 貴女のことはお慕い申し上げているのですもの 貴女を案じる心やお慕いする気持ちをこれまで受け入れていただいているのですし 長い年月に亘りまして このようにうら若い人間の場合 これまでの年月を長年と呼んで構わないのです 貴女のお友達の中でも一番上の列に加えてくださっているのですからね 日頃よりの謝意と愛を込めまして 貴女のアナ ハウ 貴女にとって有利に記載されているという おじい様の遺言状の前文の写しをお送りいただけないでしょうか それと 私の伯母のハーマンに写しを送り届けますこともお許し願いたいのです とても見たがっているのです 貴女のお人柄がすごく気に入りまして まだ面識もありませんのに 貴女が例の遺言状で優遇されていることに賛成だというのです それも 遺言者が挙げておられる 貴女への優遇の理由のことを知りもしないうちからなのですよ 手紙二クラリッサ ハーロー嬢からハウからハウ嬢へ 一月十三日ハーロー邸にて鄭重なお言葉 恐縮至極に存じますわ 私の大好きなお友達 ご誠意のほどを疑うわけではございませんが 温かく贔屓をしてくださいますあまり ご判断に疑義を挟みたくなるような根拠を私に与えたりなさいませぬよう ご注意いただきたいと存じます お分かりではないのですね 貴女のお言葉から立派な指針をたくさんいただいておりますし それを自分の意見としてお聞かせするような手管も 私は心得ているのですよ と申しますのも 貴女がなさることのすべて おっしゃることのすべてが いいえ お顔の表情その

5 ものが ( 本当に生気溌剌としていらっしゃいますが ) 貴女はお気づきでなくても 私と同じように貴女のことをお慕いし 見守っております者にとりましては 教訓となっているのです ですから お願いいたしますが これからはお褒めの言葉ももっと控え目になさっていただきたいのです このような告白をいたしました後ですし 貴女のほうでは 他の人を称えているだけのように考えてもらいたいのでしょうが こっそり自慢をなさるおつもりなのだと 私たちがそのように勘繰ることになってもいけませんからね 私ども一族は 本当に 奇妙なほど落ち着きを失っております 落ち着きを失う どころではありません あの不幸な一件がございましてからは ずっと 騒乱状態 といったところなのです それに 私がすべての責めを負ってまいりましたが 仮に他の者一人一人からもっと正当な形で容赦してもらったといたしましても 自分自身のことで 手に余るほどの心配ごとを抱え込んでいたことでしょうね と申しますのも これまで何もかも思いどおりにさせていただいてきたこともあり 非難に晒されるということが耐えられない質なのですが そんな罪深いほどの忍耐心の無さによるのでしょうか それとも 弁護して差し上げるのが私の務めですのに そんな人たちが私のことで咎められますのを耳にしなければならない無念さのためでしょうか 出来ることなら この前高熱で苦しみました際に 当時はまだ皆の愛情に包まれ 信用を得ていた時期でもございましたし いっそ神様の思し召しで あの世へ参ることが出来たならと 時々はそのように願うこともあったからなのです また このようにおじい様にお引き立ていただくことさえなかったなら と願うことはさらに多かったのです おじい様のお引き立ての結果 兄も姉も私によそよそしく接するようになったわけですし 少なくとも 私の二人のおじが予定していると思われます贈り物について嫉妬心を煽り立て それが時折 あの人たちの愛情に翳りを生むことにもなったのですからね 外出はまだ控えておりますが 幸いなことに 兄は熱が下がり 傷も快方に向かっておりますので お求めのございました例のいきさつにつきまして お望みのとおり詳しくお話しいたします でも 貴女が触れておられる目的のためにそれが引き合いに出されねばならないようなことには決してなりませぬよう 切に願う次第です ご命令どおり ラヴレースさんと姉との縁談から始めまして 出来るだけ手短にお話しいたします 事実だけをお伝えし 妹が姉の恋人を奪ってしまったなどという 世間に流れております噂の真偽につきましては 貴女のご判断にお任せいたします ラヴレースさんが [ 父も母も異存がないということで ] 姉のアラベラのところに挨拶にお見えになったのは M 卿とアントニー叔父様との間で交わされましたお話を進めるためのことでした 兄は当時スコットランドの方へ出掛けておりましたが 気前の良い教母から遺贈されましたあちらの大きな地所の様子を 同じくらい大きなヨークシャーの地所共々調査するのに忙しかったのです 私も家を空け 搾乳小屋 ( ア ) と呼ばれておりますとこ ( ア ) クラリッサの祖父は 他の家族の都合がつくかぎり 彼女を自分の元へ呼び寄せるため 彼女が搾乳小屋を建て 内装を好みどおりにするのを容認したのであった 完成後 その優雅で簡素なたたずまいや使い勝手の良さが称賛の的となり その別邸全体が ( 以前には 場所柄もあり 古くから 森の館 と呼ばれてきたのだが ) 搾乳小屋 の名で広く知られることとなったのである とりわけ祖父は その名で呼ばれることを喜んでいた

6 ろへ出向いておりました おじい様が親切にも遺贈してくださいました地所の経理のことに追われていたのです すべて父の手に委ねてありますのに 年一度の監査のほうは 私の仕事になっているのです ラヴレースさんが紹介されました次の日 姉は搾乳小屋のほうへ私を訪ねてくれましたが すっかりあの紳士が気に入った様子でした お家柄は立派ですし 資産の点につきましても M 卿が叔父に保証してくださいましたとおり 正味二千ポンドの年収ということなのです それに M 卿の広大な地所を相続なさるご予定のようですし セアラ サドレアー夫人とベティ ローランス夫人からも大変な遺産をいただけることになっているのですが このご夫人方はM 卿共々 ラヴレースさんのご結婚につきましては ( ご一族の最後の方ということもありまして ) とても熱心になっておられるのです ねえ 大好きなクレアリー 本当にハンサムな方なのよ( あの方のことで気持ちが浮き立っていたのでしょうね 当時は姉も何かと優しくしてくれていたのです ) 私なんかにはちょっとハンサムすぎるわ 私にもだれかさんみたいに愛らしいところがあれば あの方のお気持ちを引き止めておくことも出来るのでしょうけれどね だって わがままなところがおありだって聞いているのよ とてもわがままで とても浮ついていらっしゃるってことだし 色恋沙汰もお好きなんですって でも お若いのだし 分別を備えておられる方なのだから たとえそんな欠点が家庭に入った後も直らなくても 私のほうで我慢さえしていたら きっと間違いに気づいてくださると思うのよ 姉はこんな調子でお喋りを続けていたのですが その後 姉の言う あのチャーミングな方 に私も顔を見せてほしいと言うのです そして もう一度 あの方のお相手に相応しいほどの美貌ではない ことを気に掛け 悲しいわね この点で男の人が女の人よりも優っているなんてことは などと言っておりました でも それから鏡の前へ行って 私だって上等なものよ 私よりも出来が悪くても まずまずと思われている女性も多いんですもの 整った顔立ちだといつだって思われて来たのだし 整った顔というのはね いいこと 美貌に比べるとあまり失うところがないから 長持ちするわけよ 美貌のほうは消え失せるとか 逃げ去るとかするものだけれどね そうよ その点では [ と もう一度鏡を覗き込みながら ] 私の顔立ちに不格好なところなんて無いわ 瞳だって決して悪くはないでしょう と 独りで悦に入っておりました あの時ばかりは 姉の目が今までにないほど輝いていたのも確かだったのです 要するに ケチをつけられるようなところはないってことだわ 大して魅力的ではないかもしれないけれどね そうじゃなくって ねえ クレアリー といった具合でした ごめんなさいね こんなにも詳細に亘るようなことはこれまでなかったことです 貴女に対しましても ありませんでしたわね また 姉についてここまで無遠慮な書き方をするつもりもございませんでした ただ 後に触れるつもりですが あの方を好きだと思ったためしはないなどと 姉が兄に向かって手柄顔で否認してみせるものですから それに いつも貴女はこと細かに書かせようとなさいますし 留意しなければいけない事柄が話題になりますと その際の話し手の様子や態度に触れずにおくのは許してくださいませんからね 言葉そのものよりも その言葉を口にする様子や態度のほうが真意を伝えることが多いとのご意見ですが 的を射たお言葉ですわね 私は姉の明るい見通しを祝って上げました 姉のほうでは 私のお世辞をいとも満足げ - 5 -

7 に受け止めておりましたわ あの方が次にお訪ねになった時には 姉の気持ちは前にも増してあの方に傾いておりました ところが その機会を作って差し上げましたのに あの方ははっきりとした申し込みをなさらなかったのです 叔父といたしましても 姉を目当ての訪問だと明言した上であの方を家族に紹介したわけですから これは妙だということになりました でも 私たちって 自分自身のことに気を良くしております時には 好意を寄せてくれるよう願っております意中の人たちが 案外そのつもりがないこともないのでしょうが 私たちをないがしろにするような態度を取りましても すぐに許してしまうものですよね 同じように姉も せっかくの好機に乗じようとなさらないラヴレースさんのために とても都合の好い理由を見つけ出したのです あの方も本当は恥ずかしがり屋なのだ というのです [ どうでしょう あのラヴレースさんが恥ずかしがり屋だというのですよ ] 華やかで陽気な方ですが 確かに 厚かましい様子は少しもお見せになりませんものね でも あの方が恥ずかしがり屋だったのなんて ずいぶんと昔の話じゃないかと思いますわ ところが 姉に言わせますと こんなふうになるのです 誓っても良くってよ 女性とのことではラヴレースさんもひどい噂を立てられているけれど あれは濡れ衣に決まっているわ 本当は内気な方なのよ 私はそう思うわ 話を切り出すおつもりだったことは間違いないと思うの 一 二度そんな素振りをお見せになったのだけれど ひどくドギマギしておられて それがとても好い感じなの 心からの敬意を示そうとしておられるご様子だったわ 純粋な尊敬の念だと思うわ 求婚期間中の男の方が意中の女性に尊敬の気持ちを示してくださるのって とても素敵なことだと思うのよ というのです 女性ならだれだってそう思うはずですわ 当然でしょう だって 多くのご家庭を拝見しての考えですけれど 求婚期間が過ぎてしまいますと 女性への尊敬の気持ちなど ちょっとやそっとでは見つかりませんものね それから姉は ハーヴィー叔母様に向かって この次あの方がお見えになったら 他人行儀な態度を少し改めるつもりだ と話しておりました 温かくお迎えするのが当たり前の人に辛い思いをさせるような それも 大切に思ってくださるとなおさら辛く当たるような そんな蓮っ葉娘なんかでは決してありませんからね 私は ということでした 姉の念頭にありましたのが 私のお慕いするだれかさんのことでなければ宜しいのですが あの方が三度目にお越しになった時には ベラはこの優しく思いやり溢れる信条のままに振る舞いました 姉自身の説明によりますと あの方が肝心のお話を切り出せるようにとの配慮なのだそうです それなのに あの方はやはりはにかんでおられたのです この 時宜を得ない尊敬の念 に打ち克つことが出来なかったというわけです それで この時のご訪問も前回の二の舞に終わりました 姉もようやくあの方の態度に不満を抱き始めました あの方のお人柄全般と 今回の自分に対する接し方とを比較対照してみたのです そして これまで一度も求婚された経験がないものですから このように奇妙な求婚者はどう扱ったら良いものやら途方に暮れてしまう と打ち明けておりました どういうおつもりなのかしらね 叔父様ははっきりと私への求婚者ということであの方をお招きしたのじゃなかったかしら 恥じらいなんかじゃないのよね 何故って ( やっと気づいたというのですが ) もしも 直接私にお話しになる勇気がないというのなら 叔父様にお気持ちを伝えてくださることだって出来るわけで - 6 -

8 しょう 別に あの方のことがとても好きだからというわけではないのよ だけど このような場合 女性としてはね 男の方のお気持ちについて 早目にご本人のほうからはっきりさせていただくのが 確かに筋だと思うのよ なのに 私よりお母様に良く思われようとなさっているのではないのかと 私 そんな気がし始めているのよ 本当に お母様のお話にはだれもが感心するのは認めるわ でもね お母様のご機嫌を伺っていれば それだけで私にも効き目があると考えていらっしゃるのなら それは見込み違いというものだわ それとね あの方を受け入れたくなるようなところを示してくださるとしても お気持ちに沿うような態度を私のほうから取れるようにしてくださるのが あの方ご自身にとっても得策じゃないのかしら どうしても言っておかなければならないけれど 相変わらずお顔は見せてくださっているのだし 是非ともこちらの家族全員とは昵懇になりたいものだと はっきりそう言っておられたのだから このようによそよそしい態度をお取りになるのは なおさら奇妙な話だと 私としてはそう言わざるを得ないのよ それに これは世間の人たちの意見でもあるわけだから言わせてもらうのだけれど 私の分別については あの方にも疑問を差し挟む余地はないわけでしよう 私も立派なことをずいぶんと口にしたのだけれど あの方もじっと耳を傾けてくださった上に 褒めてくださったのですからね 私のようにざっくばらんな人間にとっては 遠慮がちな態度というのは苦痛の種だと言いたいわね でも 叔母様にはお話ししておきますけれど ( これらすべては叔母に向けられた言葉だったのです ) たとえラヴレースさんが お姿と同じように 品行の点でも非の打ち所のない方だとしても そして どれほど熱心にこの縁談を進めようとなさっても 私としては 女性としての弁えや自分の立場といったものを忘れるような真似は決してしないつもりですからね というのです 私のほうに相談はございませんでした まだ家に戻っていなかったのです それで ハーヴィー叔母様と姉の間で話がまとまったのですが この次にお見えになった時 あの方の求婚に取り立てて言うべき点がない場合には 姉のほうでも精々しかつめらしく 打ち解けない態度を取りましょう ということになったのです でも 姉の考えは浅かったということでしよう 後になってはっきりいたしましたとおり このようなやり方では ラヴレースさんのように眼力鋭い方が相手の場合 ただの不躾さの問題として受け止めてもらうわけには行かなかったのです どなたが相手でもそうではないでしょうか 恰好の機会を与えられると 告白という形で勢いよく花を開くような それほど深く根を下ろした愛情でない場合ですと そのような愛を 怒りや憤慨の木枯らしを吹きつけることで呼び覚まそうなどと考えましても それはおよそ無理な話ですものね おまけに姉は 生まれつき気立てが好いという人間でもございません この点はもう皆さんご存じのことですから 別に隠し立てをする必要はないでしよう 特に貴女にはね そんなわけで いつもよりももっと気難しい態度を目指したというのですから それこそ 姉は見栄えのしない有り様だったに違いないと思うのです 次の話し合いで 二人がどのように事を進めたのか 私は存じません 結果から見ますと 卑劣にもラヴレースさんは きっかけが与えられるよう手筈を整えた上で ( ア ) それ ( ア ) ラヴレース氏の手紙 ( 手紙三十一 ) を参照のこと そこでは この際の自分の振舞いについて 簡 単な説明が加えられているのである

9 を抜け目なく利用なさったようにも考えたくなるでしょうね それでも あの方は姉の気持ちを尋ねておくのも適切なこととお考えになったのです ただ 姉が申しますには その頃までにはいろいろ手を使って ( 姉にもよく分からないところがあるとのことです ) あの方への反感が極限まで募るように仕向けられておりましたため 即座に落ち着きを取り戻すわけには行かなかったとのことです それでも はっきりとした返答を聞こうというおつもりだったのでしようか 姉が平静さを取り戻しますのを待つとか 姉の気持ちを和らげようと骨折ることもなしに あの方はもう一度姉の気持ちを質されたのです 成り行きからいたしまして 姉としてはどうしてもお断りせざるを得なかったのですが それでも 姉が不満に思っているのはあの方との縁談そのものではなく お話の進め方だけなのだということを分かっていただくよう ご説明申し上げたとのことでした 姉の同意ならいつでも得られると言わんばかりに 姉というよりはむしろ母の機嫌を伺っていらっしゃるのだから というわけです 希望を持たせるような上手な断り方だと言わねばなりませんね 姉が用いました他の口実についても同様でした 新しい生活に飛び込むのは気が進みません 今のままでとても幸せですから これ以上の幸福なんて考えられないのです とか この手の 同意を含んだ拒否 とでも呼べそうな言葉を並べたのです もっとも 姉のことを責めるつもりはございません 同じような状況に置かれた若い女性に どのような言い方が出来るというのでしょう 男の方というのは概して 承諾の言葉に辿り着くまでの骨折り加減に応じて有難さを感じるものですから あまり簡単に良い返事を与えたりいたしますと ないがしろにされないともかぎりませんものね 女性が仮面をかぶって振る舞うことを非難しているある紳士から送られた詩の写しに ビダルフさんは次のように答えておられますが これはなかなか気のきいた返答だと思います もっとも 貴女のことですから 女性を買いかぶり過ぎているとお考えかもしれませんわね 心狭きは男衆 優しくすればつけ上がり 辛く当たれば 小言いう 心のうちを見たいなら 自分の仮面を外しなさい 誠意をもって接しなさい 思わせぶりと責めるけど 男心の不実さが嘘いつわりを強いるのよ ここでいったんペンを置かなければなりませんが すぐに続けるつもりです 手紙三クラリッサ ハーロー嬢からハウからハウ嬢ヘ 一月十三 十四日 こうしてラヴレースさんは 甘受なさるのが穏当とのお考えからですが まんまと望み どおりの返答を姉の口から引き出したわけです 姉の言葉には従うことにするが 残念至

10 極である という素振りを [ あの方は偽善者なのかもしれませんわね ] してみせました そのように決意を固められ それほどまでに毅然として揺るぎないお気持ちになっておられるからには これ以上お話しいたしましても 熟慮の上のお考えを変えていただく望みもありますまい とおっしゃるのです ベラが話してくれたのですが 姉に別れを告げる際には 溜め息をつかれたそうです 深い溜め息をおつきになったのよ それから 私の手を強く握り締め そこに熱い熱い口づけをなさったの そして それはそれは恭しい態度で退出なさったのだけれど あのお姿は今も目に浮かんでくるわ 嫌な思いをさせられたのは確かだけれど 可哀相な気持ちもしないことはないわね というのです この可哀相な気持ちというのは 愛へ導くための恰好の布石となるものだったのです と申しますのも あの時には 姉の方ではあの方が縁談を打ち切ってしまわれるなどとは夢にも思っていなかったのですからね ベラと別れた後 あの方は母をお訪ねになり 話し合いが不首尾に終わったことを報告されたのですが その話しぶりが 姉は勿論のこと 家族の者たちすべての気持ちを十分考慮したものでしたし 家族の一員として迎え入れてもらえないことをひどく残念がっておられるご様子でしたので 家族全員に ( 前にも申しましたとおり 兄は当時スコットランドのほうに参っており 不在でしたが ) 好印象を残すことになりました また このお話がもう一度取り上げられるのは間違いないことだと だれもが信じていたのです ところが ラヴレースさんはまっすぐロンドンへ行かれ まるまる二週間あちらに滞在なさったのです そして あちらでアントニー叔父様と会われた際には 現状を変えるつもりはないという姪の無情な言葉を恨んでおられたということでした それで このお話もこれっきりなのだということが分かったわけです こうなりますと 姉にしても自己正当化をし損ねたりはいたしません 止むを得なかったことを主張しておりました そして 自分と一緒の時には あの方はまるで別人なのだとも言っておりました 自惚れ屋さんなのよ ご自分の利点があまりにもよく分かっていらっしゃるのね もっとも 私が考えていたのとは違うものだわ 発作が起こったみたいに 冷静かと思うとすぐに情熱的になるわけでしょう まるで おこりに罹った恋人ってところなのよ 堅実な男性 そうね 高潔な方 品行方正な方なら お一人でもあのように賑やかで落ち着かない人の千人分に値するのじゃないかしら 妹のクレアリーなら あんな男性の気持ちを引いてみるのも悪くないと考えるかもしれないわね あの子には忍耐強いところがあるし 口説き上手でしょう それに お世辞でも何でもないのだけど 見てくれだってまあまあですからね でも 私としては ほんの一瞬でも どんなお気持ちでいるのかを確信出来ないような男の人は遠慮したいわね 絶対に嫌だわ ですから あの方をお断りしたことは 本当に心の底から喜んでいるのよ とのことでした ところが 田舎にお戻りになるとラヴレースさんは 父と母のところを訪ねておくのが適当なこととお考えになりました 両親へのお言葉では 望みをかけていた縁談が受け入れてもらえなかったのはいかにも残念なことだが いつも尊敬して然るべきご家族との親しいお付き合いを今後とも許してもらいたい とのお気持ちからなのだそうです 運悪くとでも申しましょうか この日は私も家におりまして 同席する羽目になりました あの方が私にばかり気を取られていらっしゃることは 間もなくだれの目にもはっきりいたしました あの方がお帰りになるとすぐに姉は 虚勢を張ってのことでしょう 縁談 - 9 -

11 が持ち上がるようなことになれば 後押しをしても良いといった様子でした ハーヴィー叔母様がその場におられたのですが 叔母様は 姉に異存が無ければの話ということで 私たち二人ならい一の素敵なカップルになるはずだ などとおっしゃるのです あら まったく無くってよ 頭をツンとそらせて言った姉の答えがこうでした よく考えた上でお断りしたのだから 異存があったりしてはおかしいでしょう というのです 母のほうでは どちらの娘にせよ あの方との縁組を喜ぶ気になれないのは 他でもなく あの方の品行について悪い噂があるからなのだ と言明しておりました ジョン伯父様がおっしゃいますには あの方を悔い改めさせることの出来る女性がこの世にいるとすれば それは我が娘クレアリー ( 伯父様は私のことを子供の頃からそんなふうに呼んでは喜んでおられたのです ) だろうとのことでした アントニー叔父様は褒め言葉を並べ 賛意を表明しておりましたが 叔母様と同じように 姉の気持ちをお尋ねになりました 姉はあの方のことは眼中にない旨を繰り返し 次のように断言しておりました たとえイギリスにはもう他の男性が居ないとしても あの方と一緒になるつもりはないし それどころか もしもクレアリーがあの方の上辺の華やかさに心奪われているのであれば そして 他の皆さんが妹への求婚を認めるというのであれば 自分の権利のほうは 署名捺印の上ですぐに放棄しても構わない というのです 父は長いこと黙り込んでおりましたが 胸の内を聞かせてほしいというアントニー叔父様のお求めもあって ようやく口を開きました 兄から手紙が来ているが これは アラベラのところにラヴレースさんが来られたことを耳にして認められたもので 受け取った時にはもう話が沙汰止みの状態であったため 母以外の者にはだれにも見せていないということ 手紙の中で兄は ラヴレースさんの不品行を理由に この縁談には強く反対しているということ 二人が以前から反目し合っていることは自分も確かに承知しているけれど 家族の間で不和や憎しみの種となるものは一切防ぎたいので 兄が帰宅し 他にも異議があることを確かめるまでは 自分の考えは伏せておきたいということ そして このように兄の意見を尊重しようという気持ちが一層強くなるのは ラヴレースさんのお人柄全般からして 兄がラヴレースさんを毛嫌いするのにも尤も至極なところがあるからなのだ といったことでした そして 耳にしたところでは ( 皆も聞き及んでいることと思うが ) あの男は大変な贅沢好きで 旅先で巨額の借金を拵えたとのことであり そう言えば確かに あの男にはどことなく浪費癖が感じられる とさえ申しておりました こういった細々とした事柄につきましては 一部はハーヴィー叔母様から また 一部は姉から聞いたのですが この話が持ち出されますとすぐに 私は席を外すように求められたのです 私が戻りますと ラヴレースさんのことをどう思うかね とアントニー叔父様がお尋ねになりました 叔父様がおっしゃいますには 私があの方の心を虜にしてしまっているのはだれの目にも明らかだ というのです 私は即座に あの方のことはまったく好きになれないと申し上げました ご自分の容姿や才能のことがとてもお気に入りのご様子なので どんな人と結婚なさるにせよ 奥様への心遣いがおろそかになるように思われる という理由からです この返答には 特に姉が喜びました そして まったくそのとおりだと認め 私の考え

12 方のことを持ち上げておりました と申しますのは 自分としても同じ考えだから というわけです ところが その翌日 M 卿がハーロー邸にお見えになり [ 私はその日不在でしたが ] 卿の甥御さんのお名前で正式な申し込みがございました 私どもとの縁組はあちらのご家族の皆さんが熱望して止まないところであり ご親戚の方への妹からの返答が 姉の時のようにはならないことを望んでいる とのお言葉でした 要するに ラヴレースさんの訪問は 私ども家族の者が冷たい態度を取るには当たらない方からのものとして容認されることになったわけです ただ 私への求婚に関しましては 先にも触れましたとおり 兄が不在の間 決めごとは一切したくないという父の意向で保留されたのです その他の点につきましては 私の分別に任せようということになりましたが と申しますのも 私のほうではあの方について 相変わらず異議を申し立てておりましたし もっとお付き合いをするようになりましてからも 当たり障りのないお話以外には耳をお貸ししないように努め 二人きりで言葉を交わすような機会は避けるようにしていたからなのです あの方は 私どものこのような仕打ちをじっとおとなしく堪えておられましたが あの方の生来のご気性を考えますと これは予想外のことでした 世間の評判では 根が怒りっぽくてせっかちとのことですし 幼い頃からあれこれ口を挾まれるようなことには慣れていらっしゃらないご様子なのです 一人息子をお持ちの上流家庭にはよくあるお話ですわね おまけに あの方のお母様には あの方以外のお子様はお出来にならなかったのです でも このように控え目な態度とは裏腹なことになりますが これまでも貴女にはお話ししてまいりましたとおり ご自分をずいぶん高く買っていらっしゃることもあり ご自分の容姿と身に備えた嗜みをもってすれば 知らず知らずのうちに 私の心を動かすことになるのは疑いのないところだと そのように考えておられるのが私には感じ取れたのです そして これはあの方がハーヴィー叔母様にお話しになったことなのですが いったんそういうことになれば 私の気質は大変落ち着いたものなので 私の愛情を長くしっかりと捕まえておくことも出来るはずだというのです ところで あの方がおとなしく堪えておられることについて 姉のほうでは別な見方をしておりました あの方には結婚するお気持ちはまったくないのよ 十人くらい女の人を囲っていらっしゃるかもしれなくってよ だから お話がなかなか決まらないのは あの方の浮気の虫にはもっけの幸ということになるわね 貴女が冷たい態度を上手に演じるのにも好都合でしょうけれどね というのが 私に向けた姉の親切な言葉でしたが 姉とは違って 利害関係のない人がおっしゃったのでしたら この言葉にももっと説得力があったことだろうと思います いつものあの方らしくないと どなたもがお考えになったこの辛抱の良さ そして 求婚相手はあの方が大いに熱を上げて当然なほどの財産に恵まれていると思われております事例での この我慢強さですが あの方の動機が何であったにせよ そのお陰で あの方もずいぶんと無念な思いをせずに済みましたのは確かです 兄が帰宅するまで 父は賛意の表明を差し控えておりましたが その間 ラヴレースさんはお家柄にふさわしい丁重な扱いを家の者一人一人から受けていらっしゃったのです また あの方の品行にとりまして不利な噂も私どもは時折耳にしておりましたが その点であの方を問い質すわけにもまいりませんでした そのようなことをいたしますとあの方は 私どもの間でのお立場から

13 いたしまして 思慮分別に照らして妥当とは思われないほどの有利さを得たのだと 勝手にお考えになることでしょう と申しますのも あの方の求婚が受け入れられる可能性よりは 受け入れられない可能性のほうがはるかに大きかったのですからね そのようなわけで あの方はほぼご自分の思惑どおりに家の者と言葉を交わすことが出来るようになったのです あの方の立ち居振舞いにいたしましても 皆の目に映りましたのは この上なく慇懃なご様子ばかりでしたし ひどくしつこいと思われるようなところが少しも見当たらないこともあり 家の者はあの方のお話がすっかり気に入った様子でした 一方 私のほうでは あの方がお訪ねの折にも ただ家族共通のお客様としてだけ考えておりましたし あの方のご訪問のことは お見えの際にもお帰りの時にも 他のどの身内とも同じように 私には関わりのないことと考えていたのです ところが 私のこの冷たい態度が 極めて大きな利点を一つ あの方のために確保する手立てとなったのです と申しますのは その後に続きました例の文通は このことが根拠になっていたからなのです あの文通にいたしましても 家族間の反目が表面化いたしました時点で始められることになったのでしたら 私のほうから引き受けるようなことは断じてなかったはずなのです きっかけというのは次のとおりでした ハーヴィー叔父様のところには お世話を頼まれた若い男性が一人おりますが 叔父様としましては この青年を俗に言うグランド ツアー ( 一 ) のため 一 二年外国に出すおつもりなのです そして そのような折に若い旅行者が見物しておく必要のある事柄一切につきまして ラヴレースさんが上手に説明出来ますことを知った叔父様は あの方がお訪ねになった宮廷や国々の様子 また そういった場所で一番興味をひく事柄についての解説書のようなものを書き留めてくださるよう お願いしたのです あの方は同意なさいましたが あの方のお言葉を借りますと 私のほうで話題の 方向づけをする という条件が付いていたのです 筆の立つ方だという評判はだれもが耳にしておりましたし 冬の夜長などには あの方のお書きくださったお話が恰好の慰みになるだろうという考えもございました それに あの方からのお便りは 例の青年に手渡されます前に 家族全員の集まったところで朗読されることになっておりましたから お便りの中で特に私にだけ言い寄るようなことも出来ないはずだということで 私といたしましても あまり気が咎めるようなこともなく筆を執り 意見を述べたり さらに情報をいただくための質問をしたりさせていただいたのです 書き物は私も大好きですから なおさら良心の咎めは少なかったのかもしれません 書き物の好きな人間というのは 何かと筆を手にしたがるものですからね それに 皆の同意を得ておりますし ハーヴィー叔父様の希望もあったわけですから 私だけがためらっているような素振りを見せたりいたしますと 自惚れた人が自分に都合の好いように解釈してしまいそうな また 姉のほうでもきっと嫌味の一つは口にしそうな そんな特別な感情を抱いていることの証になってしまうと考えたのです これらのお手紙の何通かは貴女もご覧になり 人物や場所や事物についてのあの方の説明を楽しんでおられましたね また 目になさった事柄について あの方は並々ならぬ観察眼をお持ちだというのが 私たち二人の一致した見解でしたわね 姉自身 あの方が記述や描写の勘どころを結構弁えておられることを認めておりましたし 若い頃に外国に行ったことのある父によりますと あの方の所見には興味をそそられ

14 るものがあり なかなかの読書家で 思慮分別もあれば 趣味も良い人物であることがよく分かる とのことでした こうして あの方と私の間で 皆の賛同を得まして 一種の文通が始まることになったわけです その間 だれもが不思議に思い また 好ましいこととも感じておりましたのは 私に対するあの方の辛抱強い崇拝の姿勢でしたが 皆はあの方の態度をそんなふうに呼んでいたのです でも 間もなく もっとしつこく迫って来られるのは疑いのないところだと だれもがそう考えておりました と申しますのは 以前にも増して頻繁にお顔をお見せになるようになりましたし ハーヴィー叔母様に向かって 私への熱情を打ち明けておられたからですが それはこれまでに経験したことのない 畏敬の念を伴ったものだというのです 父の意向と私の打ち解けない態度にただ 上辺 だけ これがあの方の言い回しでしたが 甘んじているのも そんな気持ちによるものなのだということでした でも これこそ 女性に対するあの方のいつもの態度なのかもしれません 何故って 姉にいたしましても 初めのうちは あの方の 尊敬の念 とやらを独り占めしていたのではなかったでしょうか それはさておき 父のほうではこのしつこいお求めを予想し その場合 お申し出をお断りする理由としてすぐにも持ち出せるよう 耳にしておりましたあの方についての悪い評判の数々を用意して待っていたのです これは私にとりましてはとても歓迎すべきことに思われましたが そうでなければおかしな話になりますわね だって 慎みのない考え方 をしていることでワイアリーさんの求婚をお断りしていた人間が もしも別の方からの求婚を もっと慎みのない振舞い を知りながら撥ねつけずにいたのでは どなたにだって許してもらえなかったはずですものね それでも 白状しておかなければいけないこともあるのです 当たり障りのない事柄を話題としたお便りの中に あの方は 一度ならず私にだけ宛てた別の手紙を同封し 私への熱い想いを打ち明け 私の打ち解けない態度への不満をとても熱心に訴えておられたのです でも こういったことは少しも気に留めないようにしておりました と申しますのは 私のほうでも あの方への文面では一般的な事柄以外には一切触れずにいたわけですから このように特殊な話題に関わるお言葉は 目を通さなかったことにしておきますのが適切なことと思われたからです それに ( あの方のお便りが歓迎されていたこともありまして ) 本当の理由を挙げないかぎり 私のほうから勝手にこの文通を止めるわけには行かなかったという事情もありました さらに申しますと ご丁重なお心遣いを示していただいてはいたのですが 元々あの方の気質に高慢で激しやすいところがありますのは ( 仮に それがあの方の通常のお人柄ではなかったといたしましても ) 容易に看て取ることが出来ました 言い出しますとだれにも抑えることの出来ない兄の姿を嫌というほど目にしてきておりますから もっと親密な間柄になりたがっておられる方に そのようなところが見受けられますのは 私といたしましては とても耐えられないことだったのです あの方のこのような気質を垣間見ることになりましたのも 先に触れました ちょうどその折のことでした 家族宛のお便りと一緒に私宛の三通目のお手紙を送ってこられた後のことですが その次にハーロー邸にお見えになった時 例の手紙を受け取ってくれなかったのか とお尋ねになったのです そこで私は あのような形で送られてきたお手紙には返事を出すわけに行かないということ また その旨をお伝えすべく 今作ってくださ

15 ったような機会を待ち望んでいたのだということをお話ししました ですから あのような話題につきましては二度と触れていただきたくないとお願いし もしもそのようなことがあれば 両方のお手紙を返送させていただくし 今後あの方宛には一行たりとも筆を執らないつもりでいると申し上げたのです あの方がどんな様子をなさったか 貴女には想像お出来にならないと思いますが それはもう図々しいものでした 簡単に申しますと 私の心にもっと判然とした印象を与えられなかったのには失望だ と言わんばかりの素振りだったのです 気を取り直された時にも ( 即座に気を取り直されたのですが ) その尊大な態度をもっと穏やかなものに変えようとして どれほどご自分のお気持ちと闘っておられるのか すっかりお顔に出ておりました でも 私はそのどちらにも素知らぬ顔をしておりました あの方の厚かましい望みを挫くためにも 冷淡で無関心な姿勢を保ってまいりましたが ( 同時に プライドが高いとか自惚れていると見られないようにも努めました ) 同じ姿勢を守ることで 何をおっしゃろうとも どんなに横柄な態度をなさろうとも それですぐに腹を立てるほど あの方は私にとって大切な人ではないのだということを分かっていただくのが一番良いことだと思ったからです 別な言い方をいたしますと 特別な人に対する場合のように 笑顔を浮かべたり 渋面を作ってみせたりするほど あの方のことを大事に思ってはいないことを知っていただきたかったということです 本当にあの方には抜け目のないところがございまして 何気ない口調でしたが 教訓じみたことを少し漏らしておられたのです そのこともありまして 私も今申しましたような慎重な態度を取ることにしたのです 実は 以前二人でお話をしておりました時に こんなことを口にしておられたのです 求婚相手の女性に好意を抱かせることが出来ない場合には 男性としては相手を怒らせてみるのも一つの手であり その方が効果的なことも多い というのです ここでちょっと中断しなければなりませんが 都合のつき次第 この件に関しまして筆を進めるつもりでおります とりあえませず 親愛なる貴女の友 そして しもべ CL. ハーロー 手紙四クラリッサ ハーロー嬢からハウからハウ嬢へ 一月十五日兄がスコットランドから戻ってまいりました時 ラヴレースさんと私とが置かれておりました状況は 先にお話しいたしましたようなものでした ラヴレースさんが度々お見えになっていることを耳にするとすぐに 兄は躊躇することも あるいは 釈明することもなく あの方への不賛意を表明いたしました お人柄の面で大きな難点があるということでしたし どちらの妹に対してであれ おじたちがどうしてこのような男を薦める気になったのか不思議だ といったようなことまで長々と述べ立てる始末なのです また 父に対しましては 自分が戻るまで同意を差し控えてくれたことへの感謝の気持ちを口にいたしましたが その言い方にいたしましても 自分の不在中

16 に目下の者がしっかりと義務を果たしたことを褒める際に目上の者が用います そんな口調のように私には思われました 兄は 自ら公然と認めるあの方への宿怨を正当化するために 世間の噂や大学生のころに見聞きした事柄を持ち出し いつも憎しみを抱いてきたし これからもそうするつもりだということ そして 仮に私が結婚するようなことになっても あの方を弟として あるいは 私を妹として認めるわけには行かないということを断言したのです 私の耳に入りましたところでは 若い頃から二人が憎み合うようになった原因は次のように説明されておりました ラヴレースさんは活発さや勇敢さの点で日頃から注目を集めておりましたが それに劣らず 文学のすべての分野に亘って 長足の 驚くような上達ぶりを示したことで評判になっていたらしいのです 勉強をなさっている時の熱心な学習態度では あの方に匹敵する人はほとんど見当たらなかったということです 大学時代のあの方の凡その人物像というのはこのようなものだったらしいのです それで 学問好きの人々の間ではたくさんの友人に恵まれることになりました 一方 気の合わない人々はあの方のことを恐れておりましたが それというのも 活発さのあまり すぐにも無礼に及んでしまいますし 無礼のありました際にも それを押し通そうとしてお示しになる大胆不敵さゆえのことだったのです そのようなわけで 質の良くないお仲間も好きなだけたくさん出来ることになったのです 貴女なら あまり芳しい人物とは言えませんわね 全体的には とおっしゃりたいところでしょうね でも 兄の気質にいたしましても これより望ましいものだったとは申せません 生まれつき尊大なところがございますから 自分よりも優れていることがこれほどはっきりしておりましては 兄としてもとても我慢は出来なかったことでしょう それに 愛情よりも恐怖を感じてしまう相手に対しましては だれだって憎しみを抱かないではいられないものなのです あの方と比べましても 兄は感情を抑えるのが得手なわけではございませんから いつもあの方の おそらくは不躾な愚弄の的にされていたのです ですから 顔を合わせますたびに争うことになってしまったのでしょう そして 友情からにせよ恐怖からにせよ 皆さんが敵側に立つものですから 同じ大学に在籍している間は 兄としてはまことに気の休まらない毎日だったと思います そんなわけですから 気質の穏やかさで世間に知られているとは申せません若者が 早くに生じました根の深い敵愾心を再び燃やし始めたといたしましても さらに驚くには当たらないということになります 兄はこの忌々しい相手への恨みごとを縷々述べておりましたが すぐに姉が一緒になって怒りをぶつけました きっかけさえあれば と待ち構えていたのです 姉はあの方に対する気持ちをきっぱりと否定いたしました 好意を抱いたことなど一度だってないわ あの人がかなりの借財を背負い込んでいるのは確かね そうでないはずはないわ あれだけ放蕩三昧なんですもの 所帯を持っていらっしゃるわけではないし 供回り付きの馬車だってお持ちじゃないのよ でも あの人には奢り高ぶったところがないからだ などとおっしゃる方は一人だっていないのだから 理由は容易に察しがつくってものね ということでした 姉にしてみますと あの方をお断りしたことが自慢の種だったのですが 兄もそのことで姉を褒めておりました その後は 二人揃って 機会のあるごとにあの方を貶めるようなことを申しておりましたが そんな機会を 拵える ことも決して少なくはご

17 ざいませんでした あの方への腹立たしい気持ちが根にあるものですから あらゆる話題が そのつもりではなくとも そちらの方へ向かってしまうことになるのです 二人の非難の矛先が私にまで及びません時には こちらのほうからあの方の弁護を買って出るような気持ちはございませんでした 私が二人に申しましたのは あの方のことをそれほど大切には思っていないので あの方のことで内輪もめを起こしたくはないのだということ それに 二人の酷評を招くようなことをあの方ご自身がずいぶんなさっているように思われているのですから ご自分の蒔かれた種はご自分で始末していただくのが当然のことのように思う といったことです 勿論 あの方を咎める二人の言葉が興奮のあまりすっかり見境をなくしておりますのに気づきました折には ただ公正さという点を考え 時々あの方のために一言口添えをさせていただくのも妥当なことと考えました でも 非難を浴びせられるだけのことだったのです 私は認めようとはしないけれど やはりあの方に好意を抱いているのだ というわけです そんなこともありまして 話題を変えることが出来ません時には その場を離れて音楽で気を紛らすとか 控えの間に閉じ籠もるとかいたしますのが常でした どうしてもあの方と顔を合わせなければならない時の二人の態度は それはもう冷やかで無愛想なものでしたが それでもまだ 面と向かってあの方を侮辱するようなことはございませんでした あの方の出入りを禁じていただくよう 父を説得するつもりでいたのです でも 家柄が良く財産もある人に対して そのような仕打ちに出ようというわけですが その十分な理由となるような難点が あの方の立ち居振舞いには何一つ見当たりませんでしたから 二人の思惑どおりにはまいりませんでした そこで二人は 私のほうでご訪問を禁じるよう 懸命に働き掛けてきたのです 父親の元で暮らしております私にどんな権限があってそのようなことが出来るのか 私は尋ねてみました それに あの方にはずいぶんとよそよそしい態度をとっていることもあり 私を目当てにお見えになっているとはいえ 二人のことを別にすれば 家族のどの人のお客さんだといってもおかしくない状態ではないか とも申し添えました 二人は 意趣返しのつもりでしょう それは私たちが仕組んだ手口で 私たちは表向きよりもずっと通じ合っているのだ と言っておりました そして 挙げ句には あの方がお見えになった時にはいつも引き下がっておりましたのに 出し抜けにとでも申しましょうか ( ア ) 二人して激情のおもむくままにあの方の行く手に立ち塞がり 面と向かって無礼な振舞いに及んでしまったのです 貴女にはよくお分かりでしょうが ラヴレースさんにとって これはとても我慢のならないことでした それでも あの方は私に向かって不満を漏らされるだけで じっと堪えておられたのです もっとも 私のことさえなければ 兄の仕打ちというのは到底見過ごすわけに行かないものだと 強い口調で話しておられました 遺憾に思いましたのは この一件で私に対する点数稼ぎが出来たと あの方がお考えになったことでした あの方がお受けになった侮辱の中には あまりにもひどくて弁解の余地のないものも含まれておりましたから なおさらその感が強くなるのです でも 私のほうでは 兄にどのような落ち度があるといたしましても 出来ることなら兄と争うつもりはないということ また 二人が顔を合わせた場合 お互いに平静でいることは無理な ( ア ) このように二人が以前にも増して露骨な敵意を示した理由については 手紙十三で触れられている

18 ようだから 兄を避けるようにしてくださると有難いし 兄のほうから事を起こすようなことはないはずだ といったことも私は申し上げたのです あの方はこの返事にひどく苛立っておられましたが 次のようなお言葉でした 私の望みとあれば この侮辱にも耐えねばなるまい 自分も気性の激しさをこれまでは非難されてきた しかし この機会に これだけの挑発を受けた若者には珍しいことだろうが 自分にも自制心のあるところをお見せしようと思う 私のように雅量に富み 洞察力に恵まれた人間であれば その真意を理解していただけるはずだ とのことでした これよりも少し前のことでしたが 兄はおじたちの同意を得た上で ある人物を雇いまして あの方の債務の状況やお仲間について それに 色恋沙汰のことなどについて探らせようとしたのです M 卿のお屋敷を解雇された土地管理人か財政管理人の親戚ということですが この管理人のほうは ラヴレースさんの財務についても ( この仕事も解雇されたのですが ) 少し手伝ったことがあるのだそうです ハーヴィー叔母様がこっそりと教えてくださったのですが ラヴレースさんについてこの人が語った事柄の詳細は次のとおりです 気前の良い地主で 領地の改良についても 確実で永続性のあるものには出費を惜しむようなことはまったくない 財政状態に自ら目を通し 財務のことにも通じている 外国滞在中は豪勢な暮らしぶりで ( 自分の財政状態を秘密にしたりはしないので分かったのだが ) 多額の借金を拵えてしまったという しかし 年収を越えないように節約し 叔父や二人いる叔母の世話になるのを避けるため 供回り付きの馬車も断念した その気になれば 叔父や叔母たちから好きなだけ金銭的援助は受けられたのだが 頭が上がらなくなるのを大層警戒しており 口論になることもしばしばで そのあまりにも遠慮のない態度には だれもが恐れをなしている ただ 兄が聞いた話とは別で 領地が抵当に入ったことは一度もなく いつも高い信用を得ており 現時点で借金の返済は 完全にとは言わないまでも ほぼ終わったものと考えている 女癖の点では怪しからぬ男で 小作人たちも 器量の良い娘を持っている者は 娘が地主の目に留まらないようにしている 特にこれといった愛人を囲ってはいないと思う というのも お初であること が これがこの人の使った言葉ですが 何よりも肝腎 と言っているのを聞いたことがあるからだ 叔父と叔母がしきりと結婚を急かしているのだが それさえなければ 身を固める気などはなさそうに思う 酔った勢いで という話は一度もないが 大変な策略家であり また 筆まめな男でもある 聞いているところからすると 都で出鱈目な生活を送っており 似たようなろくでなしの仲間が六 七人いて 時々は領地に連れてくるのだが その連中が帰京すると 村の者たちはいつもほっとしている 自分では 気性は激しいが気さくな人間のつもりであり 人をからかうのも好きだが からかわれるのも苦にせず 時折は 自分のことをだれにも負けずこきおろしたりしている これが 敵側に立つ男の目に映ったあの方の人物像ということになりますが 実は 叔母の言によりますと この人があの方の望ましい点を口にする場合はいつも と言わざるを得ません とか 公平に見れば といった言い回しで しぶしぶ語っていたのに比べ 逆の場合には すらすらと自発的に話していたというのです そして このように報告されました人物像は これだけでも困ったものですが もっとひどいことが期

19 待されておりましただけに 探りを入れた意味がなく あの方のお申し出が奨励されることになるのではと 兄と姉は前にも増して気を揉んでおりました と申しますのも 姉のところにあの方が初めて紹介されました時にも あの方の一番悪い部分は周知のことになっていたからです あるいは 察しのつくことだったわけですからね でも 私自身といたしましては あの方には不利な見方になりますが 次のように申さねばなりません あの方は兄のひどい仕打ちに耐えることで 私に向かって手柄顔をなさりたかったのですが 兄との和解を図っておられるからといって 御礼を申し上げねばならないわけでもないということです また あの方が兄なり姉なりにそのような申し出をしてくださっていたなら 何らかの影響を及ぼしていたものと確信する ということでもありません ただ あのように如才がなく おまけに自信たっぷりのお方ですから だれだってそうしてくださるはずだと思いたくなるのです それどころか あの方は兄と姉両方に対しまして 特に兄のほうにですが まるで二人を無視しているようにも受け取れる態度をお示しになったのです それに 兄への態度を変えていただくよう 何か私のほうから口にしたりしておりましたなら あの方にとっては好都合なことになるわけで それこそ大喜びなさったことでしょうから 私はとてもそんなことをする気にはなれませんでした ただ だれからにせよ これだけ後押しをしてもらえないわけですから あの方だってきっとそのうちにプライドが頭をもたげ ご自分のほうからこちらへお見えになるのをお止めになるか あるいは 上京なさるに違いないと考えておりました 私どものことをお知りになるまでは 主にロンドンにお住まいだったのですし 都に行ってしまわれた場合には 私があの方のお便りを受け取りますこと ましてや お返事をするなどということを期待なさる理由はなくなると思いました その頃には どのようなものであれ あの方のお手紙をいただくことになりました契機はもう存在しないわけですからね ところが 憎しみに駆られた兄は そのような成り行きを待ってなどいられなかったのです 度重なる兄の無礼な振舞いに対し ラヴレースさんも今までどおりの軽蔑と 相手そっくりの横柄な態度をもって応じておられましたが とうとう兄は あの方がお見えになった時に 入ろうとなさるのを妨害するように戸口のところに立ち塞がるような真似をしてしまったのです そして あの方が私に会いたいことをお告げになると 妹に一体何の用があるのだ と高飛車な尋ね方をしたのです あの方は 兄に言わせますと 挑発的な態度だったということですが どんな質問にもお答えしようじゃないか 紳士にならな だが 思い出してもらいたいものだね ジェームズ ハーロー君 最近とみに態度が大きいようだか 今君は大学にいるのじゃないってことをだよ とおっしゃったのです ちょうどその時 ご自分で名付けられた 談話のための訪問 を頻繁にしてくださっているお方で 私の応接間で暇乞いを済まされましたリーウェン尊師様が 戸口のところまで来られました その台詞を耳にされ 師は中に割って入られました 二人とも剣に手を置いていたのです そして ラヴレースさんに私の居所をお知らせになりましたので あの方は兄の横をすり抜け 私のところへ来られました 後に残された兄は あの方がおっしゃいますには まるで追い詰められたイノシシのように苛立っていたとのことです この一件で家中が大騒ぎになりました 父は 家族の平穏のためにも 以後ご訪問は控えていただくよう それとなくラヴレースさんに伝えてくれましたし 私からも 父の言

20 い付けですが はるかに率直にその旨を申し上げたのです でも ラヴレースさんというのは 目的を放棄する気になど簡単にはなってくれない人で 大層執着なさっているように装っておられる事柄の場合には 特にそうなのです それに 出入りをきっぱりお断りしたわけでもありませんから しばらくの間はこれまでどおりの状態が続きました 私にははっきりと分かっておりましたが こちらから面会を拒んでしまいますのは ( ただ 出来るかぎり遠慮するようにはしておりましたが ) 兄との間に何か取り返しのつかない結果を招くことになるのです 何しろ あのように見境なく加えられました兄の無礼をあの方が耐え忍ばれたのも ただただ私のことを考えたため とのことでもありましたからね こうして私は 兄の無鉄砲さのせいで 一番避けたいと願っておりました人に借りを作ることになってしまったのです そうこうしております間に シムズさん そして マリンズさんとの縁談が持ち込まれました 両方とも ( 順に ) 兄の差し金によるものなのですが 私がラヴレースさんに過度に肩入れをしていると考える者などだれ一人としていなかったこともありまして しばらくは兄も以前よりはおとなしくしておりました 兄といたしましては 憎い男の対抗馬として どちらかの男性を父やおじたちに認めてもらうつもりだったのです ところが ワイアリーさんの場合と同じように ( これは兄がスコットランドに行く前のことで ラヴレースさんがこちらにお見えになる以前の話ですが ) この紳士たちとの縁談もご破算にしていただくほど 私に力があることを知りますと 兄はもう抑えが利かなくなってしまったのです 最初は 私はあの方に心を奪われているのだと決め込み そのことをまるで犯罪でもあるかのようにして 私を責め始めました そして 次に あのシムズさんのご兄弟で 二マイル離れたところにお住まいのエドワード シムズさんのお屋敷で 面と向かってラヴレースさんを侮辱してしまったのです リーウェン尊師様のような 仲裁をしてくださる人もその場には居合わせなかったものですから あの不幸な果たし合いになってしまいました お聞き及びのとおり 兄は剣を奪われてしまいました 家に運び込まれますと 実際よりもはるかに重傷だと思わせるようなところがございましたし 熱も出てまいりましたので 皆の怒りが爆発いたしました そして すべての責任が私に被せられることになったのです ラヴレースさんは三日の間 日に二度ずつ 兄の容体を案じて使いの人をよこされました 不躾で 怪しからぬとも言えそうな返事を受けておられたにも拘らず そうするのが尤もなこととお考えになったのでしょう 四日目にはご自身で尋ねて来られたのです そして たまたま居合わせた二人のおじから それまでにも増して無礼な仕打ちをお受けになったのです 痛風を患っておりました父も剣を握ってあの方に立ち向かおうとするものですから 引き止めるのにも力ずくという有り様でした 私は恐ろしさのあまり気を失ってしまいました まわりではだれもが激昂しておりましたし おじたちに向かってラヴレースさんが 二人から加えられた無礼の数々への謝罪の言葉を引き出すまでは立ち去るわけに行かない といきまいておられるのも聞こえてきたからです しっかりと錠をおろしたドア越しのやり取りでした 母はその間ずっと大広間で神に祈り 父を引き止めようと懸命になっておりました 一方 姉はこれまでもずいぶんラヴレースさんのことを悪者扱いしていたわけですが 私のところに参りまして 意識

21 が戻りますのを待ち兼ねたように ひどい言葉を投げつけてよこしました でも ラヴレースさんのほうは 私の容体がとても悪いことを知らされますと ここを立ち去られました ただ 恨みはきっと晴らしてみせる と言い残して行かれたのです 私どもの召使たちの間では あの方はいつも大歓迎でした 気前良く心付けはくださいますし 出会う者ごとに何か面白いことをおっしゃるものですから 皆あの方の味方になっておりました それで この時にも 召使たちは他の皆が悪いのであって あの方には責任はないのだと陰で言っておりましたし ( あの方への挑発がひどくなる前のことですが ) とても好意的な調子で あの方の沈着で紳士らしい振舞いのことを吹聴していましたので そういった評判のことや このたびの仕打ちが招く結果への不安から 私もあの夜お届けくださいましたあの方のお手紙に目を通す気持ちになったのです そして ( すべては私の決定に委ね 何もかも私の気持ちのとおりに行動したいという ) とても丁重なお言葉で書き綴られておりましたので いずれそのうちにお返事を差し上げようという気持ちも生まれたというわけです 文通と呼んで構わないものが私たちの間で再開されましたのは このような抜き差しならない事情があってのことなのです でも 私が筆を執りましたのは あの方がやむなく剣を抜くことになりましたのも 本当のところは ( 私への気持ちから固辞しておられましたのに ) 抜かなければ卑怯者と見做すと 繰り返し兄から罵倒されたためであると シムズさんのご兄弟から教わりました後のこと そして 私に出来ますかぎりでの問い合わせから おじたちとの一件でもあの方が被害者で 私がお話しいたしました以上にひどい仕打ちを受けておられたということを知った後のことだったのです 父とその他の身内に対しましても シムズさんからそっくり同じ事情説明がございましたが 皆が結束して事に当たろうとするあまり こちらが引っ込むことも あの方を許すことも出来ないところまで行ってしまっていたのです それで あの方と文通することとか ほんの一時でもあの方と同席しておりますところを人に見られますこととかは 禁じられてしまったのです でも 一つだけ申し上げておくことがございます ただ 口外せぬよう母に申し渡されておりますので 内緒にしておいてくださいね ラヴレースさんに向けられました無礼の数々がどんな結果を招くかを案じてのことですが 母が申しますには 差し迫っている災いを防ぐためにも 出来るかぎりあの方に働き掛けてほしいとのことで 何をしたら良いのかについては 私の思慮分別に任せるというのです もう筆を置かなければなりません でも お求めのありました事柄すべてに漏れなくお答えするよう 十分に書き記したつもりです 一番敬わなければならない人たちに迷惑を掛けてまで 自分の身の証を立てようとしたり 行動を正当化しようとしたりいたしますのは 子の立場にある者が求めるべきことではございません でも 私の将来を左右しかねない今後の成り行きすべてにつきましての記述は こんなにも大切なお友達にとりましては ( 差し障りのないこと以外は決して口外なさらない方ですし ) 関心の的になることと思います ですから これからも機会のあり次第筆を執り お互いにいつもしてきましたように 出来るかぎり事細かにお伝えするつもりでおります 本当に 何度も申し上げたことですが 貴女と言葉を交わしております時 直接お話し出来ません時には手紙を通してですが この時に感じます喜びと比べられますものは他にはございません

22 ところで おっしゃるとおり 私もすっかり世間の噂の的になってしまっているようで すね 心苦しいかぎり と申し上げる他ございません 私の名に傷がつかぬよう慮ってく ださいます優しいお心遣い そして 何か新たな災難が ( 何とかそれは御免蒙りたいもの ですが ) 降り懸かります前に 私のほうから事の顛末をお話しいたします機会をご用意く ださいましたこと いつも変わることなく熱い友情をお示しくださいます大好きなハウ嬢 にいかにも相応しいことと存じます これまでにも倍するご恩義を授かりましたゆえ 日頃よりの謝意と愛を込めまして 貴女の クラリッサ ハーロー 求めのあった 祖父祖父の遺言状前文遺言状前文の写し 先の手紙手紙に同封同封されたものされたもの 先に名を挙げ その概要を記した地所は もっぱら私個人の力で築き上げたものであるということ そして 三人の息子についても 長男は新発見の鉱床から得られる予想を超えた利益により 次男は父方母方共に名門の天晴な娘を娶り この妻の縁者数名の死去に際し これまた予期せぬことであったが 結婚時に取得した莫大な持参金をはるかに上回る遺産分与に与ることにより また 愛息アントニーは東インド交易に携わり 上首尾の航海を重ねたことによるが 世にも稀なる成功を収め 極めて裕福であるということ さらに 孫のジェームズに関しては 教母ラヴェル夫人のご厚志により 十分な経済的保障がなされる予定であるが 同夫人は 近親者のいないこともあり スコットランドおよびイングランドに所有する地所の両方を 遺言ならびに贈与証書に基づき 孫に遺贈するよう処置済みである旨を確約してくれているのである その分家のすべてにいたるまで これ以上の成功を収めた家族は他に見当たらないのであり まさしく神のご加護を感謝する所以である また 孫のアラベラに関しては 前途有望にして礼儀正しい娘であり 軽んじるつもりはいささかもなく また その理由もないが 前述の息子ジェームズによる埋め合わせが多分に確実であるということ そして 我が息子ジョンならびにアントニーには結婚の意思がみられず 子供を有する者 あるいは 子宝に恵まれそうに思われる者は息子ジェームズのみであるということ これらすべての理由に鑑み また 我が最愛の孫娘クラリッサは幼少の頃より 孝養を尽くすことにかけては並ぶ者とてない娘であり この娘を知る者からは 類い稀な子供と褒めそやされてきたこともあり 是非ともこの娘を私個人の実子とみなす我が儘を認めてもらいたいが だれを侮辱するつもりでもない また 息子ジェームズは その息子ジェームズと娘アラベラに対しそれ相応の また 私にも及ばぬほどの恩恵を授ける用意があるゆえ 何らの侮辱とも受け取られることはないものと考えたい 先に概要を記した地所をかけがえのない娘のために譲ろうとする理由は以上のとおりであるが この娘こそ私の余生の楽しみなのである そして 私が齢を重ね得たのも ひとえにこの娘が親身の孝養を尽くしてくれたお陰であり 愛情こまやかな心遣いの賜物と確信する次第なのである それゆえ 私の明確なる意思かつ命令として 前述の三名の息子 ジョン ジェームズおよびアントニー そして 孫のジェームズならびに孫娘アラベラに対し 以下の点を申し渡す 即ち 私からの祝福を尊重し 亡き後も追慕してくれるであろうし 自らの遺言ならびに願望についても 後に残った者たちが果たしてくれることを願うはずと思うゆえ

23 であるが 前述の孫娘クラリッサに対する下記の遺贈物件については それが法律および その書式に厳密には準拠しないとしても 一切の批判ないし異議を認めないということで ある また いかなる口実にせよ 係争あるいは論議の的となることも許さないというこ とである 以上の点を確信しつつ ( 後略 ) 手紙五 クラリッサ ハーロー嬢からハウからハウ嬢へ 一月二十日何一つ思ったことが出来ずにおります 夜といわず朝といわず 自分の時間を取ることも出来なかったのです 母がひどく体調を崩しまして 私以外の者には世話をさせようとしないのです ベッドの傍を離れることが出来ませんでしたし ( 母は寝たきりだったのです ) 勿体ないことに 二晩ほどはベッドを共にさせてもらいました 母の病は大変に激しい疝痛の発作でした あの激しい 男の意地を剥き出しにしたような口論のことがございます また こちらの者は揃ってラヴレースさんへの敵意を募らせておりますし あの方が怒りっぽい上に大胆不敵な気性をお持ちなのは周知のことですから 何か悪いことが起こりはしまいかと気掛かりにもなりましょう それが母には耐えられなかったのです それに 母も心配していることなのですが これまではあんなにも幸福で 心の通い合っておりましたご自分の家庭に 妬みや不平の種が植え付けられたことになるのですから 最初からどのような折にも 表向きの平穏さを保つために内心の満足を犠牲にしてまいりました 穏やかで感じ易い母にとりましては ひどく心が痛むわけです 以前にはよく諍いをしておりました兄と姉も 今ではすっかり気が合いまして しょっちゅう一緒にいるものですから ( ぐるになっている というのが 思わず口をついて出た母の言葉でしたが ) 母としては事の成り行きが大変気掛かりなのでしょう もしかすると 私にとって不都合なことになるのではと 優しい心配りをしてくれるのです と申しますのも 私に対する二人の態度が 日増しに打ち解けないよそよそしいものになって行くように母の目には映るからなのです でも 母は資質に恵まれているという点ではだれよりもずば抜けておりまして 皆から一目置かれているわけですから その立場をちょっと利用してくれさえすれば こういった家庭内の不和などは 蕾のうちに解消することも出来るはずなのです とりわけ この点は母にも安心してもらって構わないのですが 私のほうでは 差し障りのないことでしたら どんなことでも譲るつもりでいるのですからね あの二人が年長だからという理由だけではございません こんなにも素敵で優しい母のためなのですもの これはとても他の人には聞かせられないことなのですが 貴女のことですからお話しして構わないでしょうね 私の考えでは 母がもう少し堪え性のない質でしたら これまでの十分の一だって我慢せずに済んでいただろうということです 貴女なら それだけ腰を低くして親切を施した挙げ句 それが心痛の種になるというのでは そういった人々の心の広さも褒められたものじゃありませんわね とおっしゃることでしょうね

24 まったくの話 私たちがしっかりと気持ちを固め 気持ちのままに振る舞うことが出来さえすれば 世間の人に私たちのことを認めさせたり尊重させたりすることも 思いどおりに出来るのではないかしらと 時々はそんなふうにも考えたくなってしまいます そうしたところで ちやほやされるのが少なくなるだけの話でしょう ただそれだけのことなのです それに お相手をしなければならない人たちのご意向に沿う才覚があれば 私たちの目には 自分が大切にされていないようには映らないことでしょう お追従をする人たちというのは 私たちの欠点のこととか 私たちが聞きたがっていないのをご存じの事柄については 決して口にしないものですからね もしも このような見方は当たっていないというのでしたら 兄にいたしましても姉にいたしましても まさしく二人の欠点となっております激情の赴くままの言動を あんなにも家中の者から尊重してもらいますのは 果たして可能なことでしょうか 兄のほうからご意向に沿うのが当然な目上の人たちばかりですのに 何をお決めになる場合でも その都度あの人たちが前もって口にいたしますのは かくかくしかじかの処置について息子はどう考えるだろう 甥はどう思うだろうか 何と言うだろう ひとつ意見を聞いてみよう といった問い合わせの言葉なのです 日頃はあのように独裁的な父までが 一貫して兄の気持ちを大事にするものですから 兄が他の人たち一人一人から同じように丁重な扱いを期待したといたしましても それは無理からぬことなのです おまけに これまでも滅多に指図を受けたことのない兄ですが 教母様からのご厚志のせいですっかり自立したつもりになっておりますから なおさらです でも このように非難じみた言葉を並べましたところで 一体どうなるというのでしょう 貴女が 母と私を別にいたしますと 私の家の者たちを嫌っておられるのは存じております 上辺を繕ったりは一切なさらない方ですから そんなお気持ちが伝わってまいりますことも 困ったことに よくあるのです 好きになっていただけたら と願っております者たちのことなのですから わざわざ貴女の反感を募らせるようなことをしてはいけませんわね とりわけ父の場合がそうです 父は思いどおりにならないとすぐ苛立ちますが お気の毒に それなりの原因があるのです 父の不機嫌は生まれつきのものではございません 父の容姿や態度 また 話しぶりにいたしましても 痛風の発作に苛まれておりません時には 生まれの点でも素養の点でも 紳士らしさを湛えたものであることは どなたもがお認めくださるところなのですからね 私たち女性というものは 夫が相手の場合には もしかいたしますと 野暮ったさとでも申しましょうか 少しは無作法なところも我慢して差し上げる用意がなくてはいけないのかもしれませんね 恋人としてお付き合いをしております間に どの男性よりもその人のことを大切に思っております胸の内を明かしてしまっているのですからね 優しさこそ男性に相応しい美徳だとよく言いますが まったくの話 私がこれまで見てまいりましたところでは 優しさにお目にかかれますのは 男性の場合 私たちに比べまして 十分の一にもならないと思います でも 父の場合には すでに名を挙げております残酷な病のせいで 気難しい人間になってしまったのです 人生の盛りという時に 突然病魔に襲われたのですが 極めて意欲的な人でしたのに 症状があまりにも激しかったため 活動する力のすべてを奪われてしまいました それに どう見ましても 回復の見込みはまったくないのです その病が父の快活なところをすっかり閉じ込めてしまったと申して構わな

25 いでしょう そして チクチクと苛むものですから 父も穏やかな気持ちではいられないというわけです 類い稀なほどに家運が栄えておりますことも かえって苛立たしさを募らせるのです 私は思うのですが この世の幸せに欠けるところが少ない人ほど 何か不足するものがございますと だれよりもそれを悔やむもののようですね それにいたしましても 私の兄ときたら あの傲慢で怒りっぽい気性には どのような言い訳があるというのでしょうか このようなことを口にしなければならないこと自体残念な話ですが 本当に気難しい若者なのです 場合によりましては 母に対する態度だって まったくの話 孝行息子などではございません でも 何から何まで兄には備わっておりまして 若者らしい野心もあれば 変に年寄りじみたところも持ち合わせているのです 楽しみごとなどは何一つとしてないのでしょう もっとも あの傲慢さと気難しさだけは別でして と危うく口に出すところでしたわ またまた 私どもの一部の者への嫌悪感を募らせるような話題に戻ってしまいましたわね そう言えば 兄をお好みどおりの性格に仕立て上げるチャンスが 貴女にはあったかもしれないのですよ 貴女が私の義姉になってくださっていたら 姉妹の中に味方を得ることになっておりましたのにね でも 今では兄が貴女のことを好きでなくなっておりますのも 別に驚くには当たりません 兄の気持ちを蕾のうちに摘み取ったりなさるのですもの それも 兄の傲慢さと似たり寄ったりの 見下したようなご様子でしたわ お相手の方に相応しい情熱が兄にだって無かったとは申せませんし もしかいたしますと そんな気持ちに動かされ 兄も恥ずかしくない人間になっていたかもしれないのです でも この話はもう止しましょうね 前にお約束いたしましたことは 次の手紙で果たすつもりでおります 朝食が済み次第取り掛かります そして 音沙汰がないと ご親切にもこちらの様子をお尋ねになるためにお寄越しくださいました あのお使いの人の手を煩わせることにいたします とりあえませず 親愛の情と感謝の念を込めまして貴女の友 そして しもべ CL. ハーロー 手紙六クラリッサ ハーロー嬢からハウからハウ嬢へ 一月二十日ハーロー邸にてこちらでのその後の成り行きにつきまして 話を再開いたしましょう 兄は心を苛むような恥辱を味わったわけですから 怒りは鎮まるよりも一層増していたとお考えいただいて構わないのですが 怪我が快方に向かっていることもありまして 身内の者たちは ( 兄と姉はともかく 父とおじたちのことです ) 私への思いやりが足りなかったと考え始めております 前回の手紙を発送いたしました後 親切にも母が教えてくれたのです それでも 私はラヴレースさんからの手紙を受け取っているのだと 皆はそのように考えているように思われます ただ M 卿が甥御さんをお咎めになるというよりは 肩を持つお気持ちになっていらっしゃることもありまして ラヴレースさんを恐れるあまり 私

26 に事の真偽を質そうともいたしません それどころか 自分たちがひどく怒らせてしまいました激しい気性の人を鎮めるために残された唯一の手立てということで どうやら目をつむっているらしいのです と申しますのも 依然として あの方はおじたちに謝罪を要求しておられるからなのです そして おそらく ( 手練手管に長けた方ですから ) 何らかの有利な条件で 再び私どものところに出入りをなさいますためには こうするのが最善の策と考えておられるのでしょう 実際 ハーヴィー叔母様も 兄を説得してヨークシャーの領地に向かわせ ( 以前その予定があったのです ) 万事が丸く収まるまであちらに滞在させるのが一番良くはないかと 母に進言しているのです でも それは兄の思惑とはかけ離れたものなのです 既に再び仄めかし始めているのですが 兄といたしましても 私が結婚するまでは気が休まるようなこと あるいは 納得するようなことは決してないというのです そして シムズさん マリンズさんのいずれもが結婚相手として受け入れられないことを知りますと 私にぞっこんだということを根拠に 再びワイアリーさんを担ぎ出してまいりました 私のほうで改めてお断りいたしましたところ つい昨日のことですが 兄は 立派な条件を添え 書面をもって申し込んでまいりました人の名を口にいたしました その方がソームズさんなのです ご存じのとおり 世間では 金満家 ソームズと呼んでいる方です でも この申し込みには だれ一人関心を寄せておりません 私を結婚させようという兄の計画がどれ一つうまく運ばない場合には 私にスコットランド行きを提案しようというのが兄の考えだと聞かされております 懐柔策なのでしょうが 私が行けば あちらの家もここと同じようにきちんとした状態になるから というのです でも 母のほうでは 自分が困るということで 反対するつもりでおります 家の切り盛りのことでは ( ご存じのとおり 姉には向いていないのです ) 私が助けになっていることを認めてくれました上で 私が行ってしまえば 家事はきっとまた母の手に戻ってくることになるから という理由でした 母の反対がない場合でも 私は反対しなくてはいけないでしょう 兄の家政婦になる気など勿論ありませんし 一緒に行けば 妹というよりも召使として扱われることは間違いありませんものね もしかいたしますと 妹だからこそ もっと粗末に扱われるかもしれません それに ラヴレースさんが追いかけてくるようなことにでもなりますと 事態は今よりもさらに悪くなるかもしれませんからね ところで 母はラヴレースさんが訪ねて来られるのを心配しておりますし おじたちもあの方のことを恐れて 出掛けます際にはきっと武器を携え また 武装した召使を従えて行くような有り様ですから ( 兄もそろそろ外出出来るほどに回復しております ) 私が二週間ほど貴女のところにお邪魔出来ますようお許しをもらっていただけないものかと 母に強くお願いしたところなのです いかがでしょう 貴女のお母様は私の我が儘を認めてくださいますでしょうか おじい様がそう呼んでおられた 例の 搾乳小屋 へ行きたいと言い出すことも出来ずにおります 今では おじい様の遺言で約束されました気儘な暮しを楽しもうとしているように思われるのが怖いのです 現状からいたしまして そのようなことを願ったりいたしますと 身内の者が激しい敵愾心を燃やしております相手に 私が好意を抱いているように受け取られてしまうことでしょう この家で以前と同じような安らぎと幸せが得られるのでしたら あの方のこと 男の方のことは一切眼中に置かないようにするつもりです

27 し また 私の財産の管理をすっかり父の手に委ねましたことも 決して後悔したりはし ないつもりでいるのです ちょうど今 お願いしておりましたお許しが得られましたことを 母が知らせてくれました 嬉しくてたまりません 私が貴女のところに伺うのが最善の策だと だれもが考えております 兄だけは別ですけれどね でも その兄も 何もかも自分の思いどおりになると考えてはいけない と言われておりました これから二人のおじとハーヴィー叔母様のいらっしゃる大広間に呼ばれて行くところですが 私の願いが了承されましたことを正式に伝えてもらうためです ご存じのとおり 私の家にはひどく堅苦しいところがございます でも 私たちのように さまざまな分家がこれほど結束しております一族もかつてなかったのです おじたちは私たちのことを自分の子供のように思い 独身を通しているのも私たちのためだと公言して憚りません そんなわけで 私たちに関わります事柄 私たちに影響のありそうなことでしたらどんなことでも 相談相手になってもらっているのです ですから 皆が理解しておりますところでは ラヴレースさんは ご自分では 友好のための と称しておられますが ( 私といたしましては 友好的に終わるはずはないものと確信しております ) 私どもへの訪問を決意していらっしゃる時期のことだけになおさら 私が願い出ました貴女のところへ伺う許可の件につきまして 二人のおじに相談が持ち掛けられましても 驚くには当たらないわけです 貴女のところにお邪魔をさせていただきます件で 皆から許しが出ました際のやりとりにつきましてお知らせいたしましょう 勿論 お知らせいたしましても 貴女が兄を見直してくださるはずのないことは承知しております ただ 私自身も兄に腹を立てておりますし それを抑えることも出来ないのです それに お訪ねする際の条件のことや 許可する気になりました皆の動機につきましても 貴女にお知らせしておくのが適切なことですからね 私が大広間に入りますとすぐに クレアリー しばらくの間ハウさんのところへ伺いたいという貴女の願いの件ですが 検討をしていただき 聞き入れて と 母が切り出しますと いいか 俺の気持ちとは大違いだからな と 兄が乱暴に母の言葉を遮りました 父のほうでは これこれ ジェームズ と窘め 眉をひそめておりました 兄はひるみませんでした 兄は片方の腕を吊り包帯で吊っているのですが ラヴレースさんにとって少しでも都合の好いこととか ラヴレースさんとの和解につながるようなことがわずかでも持ち出されますと その腕のほうに目を向けるような卑劣なことをよくやってのけるのです そして じゃあ その小娘に ( 兄にかかりますと 私はしばしば その小娘 になってしまうのです ) あの悪党とは会わないよう命じて欲しいものですね と言っておりました

28 だれも口を開きませんでした 皆が黙っているのは 自分の指図を尤もなことと考えているからだと思ったのでしょうね 兄は 聞いているのか クレアリー M 卿の甥が訪ねて来ても 会ってはいけないということなのだぞ と付け加えました それでもまだ だれもが黙ったままです お許しは出たが そこのところは分かっているのかな お嬢さんよ と 兄が問い質すのです 貴方は私の兄なのだということが了解できますと嬉しいですわね それに ただの兄にすぎないのだということを理解してていただけますと有難いですわ おやおや のぼせちまってるんだな と 小馬鹿にするような笑いを浮かべ 兄は両手を差し上げてみせました お父様 と 私は父に向かって訴えました どうかお父様のご判断をお聞かせください このような非難に値する行動を私がこれまで取ってきたとお考えなのでしたら ご容赦は無用です でも どなたかの無鉄砲な振舞いの責任を私が 止めるのだ もう沢山だ 二人とも 父が申しました だが ラヴレースさんの訪問を受けてはならんぞ それに ジェームズ お前も妹の悪口を言ってはならん 立派な子なのだ 分かりましたよ と 兄が答えました ただ 妹の体面というものを気に掛けているからこそなのです 他の身内の面目についても同様ですがね とです それでなのですね 兄らしくない非難をなさるのは 私も言い返してやりました 結構だろう だがな お嬢さんよ と 兄が言いました あのラヴレースの訪問を受けてはならないと命じているのは この私ではなく お前の父親なのだということを覚えておくのだな いいかしら ジェームズさん 私はクレアリーの分別を信用しても良いように思うのだけれど と ハーヴィー叔母様が言ってくださいました 私は大丈夫だと確信しておりますよ 母も口添えをしてくれました でも 叔母様 それに お母様 と 姉が口を挾みました ハウさんのところに伺う条件を妹に知らせても 別に害はないように思いますわ だって あの男がうまい手を使って あちらのお宅で妹と会うようなことになれば あの男があちらでこの娘に会おうとするのは確かだろうな ジョン伯父様が割って入りました あれだけ厚かましい男のことだ ここでも同じことだろうな だから ここよりはあちらのほうがましというものだよ と アントニー叔父様がおっしゃいました もっと良いのは どこでもそのようなことにならないことだ 私の怒りを買いたくないのであれば ( と 私のほうへ向き直り ) あの男には絶対に会わないことだな この点は申し渡しておくぞ と 父が申しておりました ほんの少しでも望みを与えますような そのような会い方はしないつもりです お約束いたしますわ それに 失礼にならずに回避出来ます場合には 決してお会いしないつもりでおります この子があの方とご一緒する時には どんなに無関心な態度を守ってきたか 皆さん

29 もご存じですね 妹のハーヴィーが申しておりますように この娘の分別を当てにして構わないように思いますわ 母が申しました どんなに無関心だったことでしょうね 上っ面なら と 兄はおどけた言い方をしておりました これ ジェームズ と 父が厳しく叱りました 分かりましたよ と 兄は言いました でも 癪に触る態度で 改めて禁令のことについて念を押しておりました こうして この話し合いは幕を閉じたのです いかがでしょう あの厄介な男性がお宅に近づかないことを請け合っていただけますでしょうか それにいたしましても 何という無定見さなのでしょう あの方がこちらにお見えになるのを避ける手段は他にないとの考えから 貴女のところにお邪魔するのを許すというのですからね それはともかく 仮にあの方がいらっしゃっても 二人きりにするようなことは絶対になさらないでくださいね 貴女のお母様が温かく迎えてくださることを疑うべきいわれもございませんので こちらのこと一切を整えまして 二 三日中には伺わせていただくつもりでおります とりあえませず 親愛の情と感謝の念を込めまして 貴女のクラリッサ ハーロー 手紙七クラリッサ ハーロー嬢からハウからハウ嬢へ [ ハウ嬢のところのところからから帰宅帰宅したした後 ] 二月二十日ハーロー邸にてもっと早くにお便りをせず 申し訳ございません あゝ 本当に悲しくなってしまいますが 先の見通しは真っ暗です 兄と姉にとりましては すべてが思惑どおりに運んだということになります また一人 恋人 を見つけてまいりましたが 胸の悪くなるような人です ところが 皆の後押しをもらっているのです あんなに急に帰宅を命じられましたのも驚くに当たりません 一時間前だというのですからね 知らされましたのは 私を乗せて帰宅することになっておりました あのチャリオット ( 二 ) でもたらされましたもの以外には 通知は一切なしでしょう 後で知らされましたように [ 不当な懸念というものですわね ] 私が帰宅命令の動機を知りました場合に どのような形にせよ ラヴレースさんと手を結びますのが心配だったからなのですが 皆が持ち出そうとしておりました男の人を 私が嫌いますのを危惧してのことなのは明らかです また そのように危惧いたしますのも当然なのです 何故って どなたのことだとお思いでしょうか 相手の方は 他でもございません あのソームズさんなんですもの こんなこと 信じられますでしょうか おまけに 皆の気持ちが固まっているのです 母も一緒なのですからね 何ということでしょう 母ともあろう人が 一体どのようにして同調させられたのでしょう 間違いございませんが ソームズさんのお話が初めて持ち込

30 まれました時にも たとえあの方がインド諸国全土を所有しておられて それをそっくり譲るとおっしゃっても 自分の娘のクラリッサに相応しいようには思わないと 母はそのように言ってくれたのですからね 家に着きました際の歓迎ぶりというのが これまでちょっと留守にいたしますたびに受けておりました出迎えの様子と [ 今回は三週間も家を空けていたことになるのですが ] ずいぶん違うものですから 貴女とご一緒し お話をして過ごしました あの本当に楽しかった日々に味わいました幸せの分だけ 今度は嫌な思いをすることになるのだと確信した次第です その時の様子をお話しいたしましょう 兄が玄関まで迎えに来まして 私がチャリオットから出ようといたしますと 手を差し出しました 深々と頭を下げ さあ お嬢さん お手をどうぞ などと言うのです 機嫌が良いのだと思いましたが 見せ掛けの慇懃さであることが後になって分かりました それから 兄は仰々しく家の中へと導いてくれましたが 大広間までの間ずっと ( すぐに顔を合わせるわけですし ほとんど答える暇もなかったのですが ) 私は他愛のない口調で皆の様子を尋ねておりました 大広間には父と母と二人のおじ それに 姉がおりました 一歩入るなり 肝をつぶしてしまいました 愛しい身内の者ばかりですのに 一人残らず このような折には今まであまり見たこともない厳めしい顔付きなのです それぞれがいつもの席に着いておりました 駆けるようにして父の前へ進み 私は跪きました そして 母にもです 両親から返ってまいりましたのは 冷たい挨拶でした 父の口からこぼれましたのは 中途半端な祝福の言葉です 確かに 母は 娘 と呼んでくれました でも いつもどおり思いのままに愛情を込め 抱き締めてはいただけなかったのです おじたちのご機嫌を伺い 姉にも挨拶いたしましたが 姉は勿体ぶったよそよそしい態度で聞いておりました 挨拶が済みますと 腰を下ろすよう言われました でも 胸もつぶれるような気持ちになっておりましたので 私は このように厳めしく異例のお出迎えでもありますし 立っていられるならの話ですが このまま立っておりますのが私には相応しいことかと存じます と申しました 私はやむなく皆から顔を背け ハンカチを取り出すことになってしまいました すると 兄とも思われません私の告発人が立ち上がり 私を責めたてました ハウ嬢のお宅で 身内全員が憎しみを抱いて当然至極な男 [ これが兄の言い方でした ] から そのようなことのないよう言い渡されていたにも拘らず 少なくとも五回ないし六回は訪問を受けたはずだ というのです そして 否定出来るものなら否定して見ろ と息巻いておりました 真実を偽るなどということは 日頃から私にはなかったことですし この件でも偽るつもりはない ここ三週間で 兄が匂わせているらしい人物に五 六回以上お会いしたのは事実です [ どうかお聞き願います お兄様 と 私は言葉を挾みました 今にも兄が怒り出しそうだったからです ] ただ その人物がやって来るのは いつもハウ夫人かハウ嬢を訪ねてのことでした と私は申しました 私は続けました そのように信じるべき根拠もあることですが ハウ夫人とハウ嬢はお二人とも 事情が事情だけに 出来ることならあの方からの訪問は御免蒙りたかったはずです でも 一度ならず謝っておられましたが あの方がお宅に出入りいたしますのをお断りしようにも お父様と同じ理由がお二人にはないわけで あの方の身分や財産のこと

31 もあり 丁重にお迎えするのが筋ということになります とです お分かりでしょう 私なりの口実もあったのですが 口には出さずにおいたのです 兄は爆発寸前でしたし 父も 一荒れいたします前のいつもの表情を浮かべておりました おじたちはぶつぶつ呟いております そして 姉は挑発的に両手を差し上げてみせるのです 私のほうでは 最後まで聞いてくれるようお願いいたしました すると 優しい言い方でしたが その娘 の話も聞いてみましょうよ と母が言ってくれたのです 何の差し障りもないはずだと私は申しました どなたをお客様としてお迎えしたら良いのかについて ハウ夫人とかハウ嬢に指図いたしますのは 自分に相応しいことではないということ ハウ夫人はいつも お嬢さんとあの方がぶつけ合う冷やかしの言葉を楽しんでおられたということ また お嬢さんのお客様なのに 私を訪ねて来た人だと言って争ういわれなど一切ないが あの方がお見えの時に同席を拒んだりすれば そのつもりでいるように他人の目には映っただろうということ それに あのご婦人方のどちらかが あるいは お二人が揃って同席してくださる場合でなければ 決してあの方とは会わなかったし 一度などは 二 三分で良いから是非とも二人だけで話がしたいと迫られた時ですが 私の身内とあの方の和解が達成されないかぎり お訪ねになるのを黙認するようなことは期待してもらいたくないし ましてや その種の機会を与えるつもりはない旨をお知らせしたこともあった といったことを話したのです さらには 次のようなことも申しました ハウ嬢は私の胸の内をよくご存じなので ラヴレースさんがおられる間は 一瞬たりとも私の傍を離れたりはなさらなかったということ また あの方がお見えになっても 私が広間に降りていない時は 呼んでいただかないようにしていたということ もっとも あの方がいらっしゃった時に席を外したり しばらくお残りになるのを知った上で 座に加わるのを拒んだりいたしますと いかにもわざとらしい振舞いとなり むしろあの方に有利な立場を与えることになるようにも考えたのだけれど といったことをです 兄は最後まで聞いてはおりましたが 私が何を言おうと納得などするものかと 心に決めておりましたのを証明するような そんな苛立たしげな様子でした その他の人たちの素振りはと申しますと その後の成り行きで分かりましたが 私を脅しつけてでもさらに押し通さなければならない点がないのであれば 満足しておこうと思う と言わんばかりのものでした 先に触れましたように これではっきりいたしました 私のほうから進んで承諾するなどということは 皆自身も期待していなかったということです また 自分たちが持ち出そうとしている人物のいやらしさを 自ら暗黙のうちに認めていることにもなりましょう 私が口を噤みますとすぐに 兄が誓って見せました 父の面前ですのに ( 窘めるような目付きとか顔付きとか そのいずれを向けられることもなく 誓ったのです ) 自分としては どんなことがあってもあの放蕩者と和解するつもりはない 皆にとってこんなにも不快な男の求婚を励ますような真似をするのなら これから先 私を妹とは認めないつもりだ というのです お兄様の命を奪うところだった男ですからね と 激情を抑えつけてはちきれそうになっている顔で 姉が言っておりました このような言い方をして構わなければの話ですが 可哀相にベラときたら 栄養満点の

32 丸ぽちゃ顔をしておりますでしょう こんな言いたい放題も 貴女なら大目に見てくださるはずですわ 私自身は許せませんけれどね でも 踏みつけられたまま黙っているような そんな虫けらになるわけにはまいりませんからね だれだって 父は激しい身振りと共に語気も荒げまして [ ご存じのとおり 立腹いたしました時の父は恐ろしい声になるのです ] 次のように申しておりました こちらの紳士を断り あちらの殿方を拒絶するのも許してもらうというのでは 甘やかしすぎだ 今度こそ 自分の言葉に従ってもらう番だ というのです 本当におっしゃるとおりですよ と母が申しました それに これだけ目を掛けていただいている子ですから もうご意向に異存はないはずです というのです ジョン伯父様は 皆の気持ちがすっかり一つになっていることを示そうとなさって 自分の愛する姪は 父親の意向に従おうとして それを知りたがっているだけなのだと思いたい と言っておられました そして アントニー叔父様も 叔父様らしいもっと飾りのない言い回しで 次のように付け加えておりました おじい様のご愛顧により 皆から独立したつもりになっているのだと そう考えて当然な理由を まさか私が皆に与えたりはしないはずだ 仮にもそのような考えでいるというのであれば ひとつ言っておきたいが 遺言を反古にすることも出来るのだし また 是非ともそうしなければならない というのです 貴女もきっとそのようにお考えのはずですが 私といたしましては晴天の霹靂といったところでした こんな仕打ちに出るなんて 今度はどなたとのお話を用意しているのでしょうね ワイアリーさんのことがまた蒸し返されるのかしら それとも どなたなのかしら と私は思い巡らしておりました それに 自分たちのこととなりますと 私たち若い娘が好んで引き合いに出してみせますのは 身分の低い人のことよりも高貴なお方のことのほうですから どなたのためかは知らないけれど これじゃあ エドワード六世の時代にあった スコットランドの王位を継ごうというお姫様にイングランドの人たちが持ち掛 ( 三けた縁談 ) みたいなものだわ などと考えておりました それが こともあろうにソームズさんとのお話ですからね そんなことがどうして私の頭に浮かぶというのでしょう 私は次のように申しました このように手厳しい扱いを受けねばならないようなことをしていたとは存じませんでした 娘として また 姪として 孝養を尽くすことは申すまでもございませんが 皆様から賜っておりますご厚情につきましても それに負けないだけの感謝の気持ちをいつも忘れずにいたいものと考えております ただ このように異様で 思いもよらないお迎えを受け すっかりうろたえている次第です いつもの自分を取り戻しますためにも お父様 お母様 どうか席を外させていただきとうございます とです どなたも反対いたしませんでしたので 私はそっと黙礼をし 退席いたしました 後に残りました兄と姉は満足感に浸ったものと思われます これだけの惨い仕打ちをのっけから引き出すことが出来たというわけで まるで互いにお祝いをしたがっているようにも見えたのです 私は自分の部屋に戻りました そして 皆が切り出そうとしているのははっきりしております新たな縁談が 否応なしに進められそうな様子でしたから 信頼するハンナと一緒になって そのことを嘆いておりました

33 まだ落ち着きも取り戻せずにおりますうちに お茶に降りてくるようにとの知らせがまいりました 侍女に頼み 遠慮させていただきたい旨を伝えてもらいましたが 重ねてのお達しでしたので 出来るだけ朗らかな顔を装って降りて行きましたところ またもや難癖をつけられ 身の証を立てなければいけない羽目になりました 悪意で凝り固まっている人間というのは ずいぶん想像力が働くものですね 兄は嫌味を言いましたが 不躾な上に だれにでも分かるような言い回しでした 降りて来るのを勘弁してもらいたがっていたのは 塞ぎの虫のせいだろう 先ほどどなたかさんが非難の的になったわけだが 察するに お前はその男にお熱のようだからな といった調子でした そのような非難に相応しいお返事をするくらい 訳のないことですわ でも 止めておきましょうね 貴方に兄らしい姿を見出せないといたしましても 私のほうでは 妹に相応しい振舞いを忘れないようにいたしますわ と 私は言い返してやりました たいした従順さだこと と ベラが兄のほうに顔を向け 軽蔑したように唇を突き出しながら囁いていました 兄は横柄な態度で 自分の愛情に相応しい振舞いをするように命じ そうすれば 私も間違いなく愛情を授かることになるだろう と言っておりました 私たちが席に着きますと 母があの見事な話術で 兄弟姉妹は慈しみ合わねばならないことを諄々と説き聞かせてくれました 近頃の兄と姉が 私のことになりますとあまりにも簡単に腹を立ててしまう点を優しく窘め そして いわば政治的な配慮からとでも申しましょうか 私が父の意向に従うことを請け合っておりました そういうことなら 万事うまく行くだろう と父が言ってくれました 兄の言い方ですと その時には 皆が私に首ったけだ ということでしたし 姉のほうでも これまでどおりに優しくするわ と言っておりました おじたちも そうなれば 私は二人の心の誇りになるだろう というのです でも 悲しいですね このすべてを失わなければならないのですもの 私は 以上が 貴女のところから戻りました際に私の受けました歓迎ぶりです 私たちがお茶を済ませます前に ソームズさんがお見えになりました 格別のご交誼をいただいている方ということで アントニー叔父様が紹介の労を取りました ジョン伯父様からも同じように好意的な紹介がございましたし 父は 私もソームズさんには親しくしてもらっているのだよ クラリッサ ハーロー と言っておりました 母は ソームズさんが私の近くに腰を下ろされますと 時々あの人と私とを見比べるようにしておりましたが 心配げな様子に思われました 私も 憐れみを乞う気持ちを両目に込めまして 母を見つめておりました お姿を窺うことが出来るようになりますと あの人にも目を向けはしたのですが 怯えにも似た嫌悪の気持ちを催しました 一方 兄と姉はあの人のことを さんづけ で呼び 一言話すごとに サー と機嫌をとっておりました 要するに 全員から大変なもてなしぶりなのです ひどく下劣な人ですのにね でも 差し当たりましては一言だけ 謹んで 尊敬申し上げますお母様への感謝と敬意の言葉を付け加えさせていただきたく存じます ( お母様のご親切に対しましては 心の底から感謝いたしております 改めて御礼のお手紙を差し上げるつもりです ) 日頃よりの感謝の念を込めまして 貴女の CL. ハーロー

34 手紙八 クラリッサ ハーロー嬢からハウからハウ嬢へ 二月二十四日こちらでは恐ろしいほどの勢いで皆が話を進めております あの人はこの辺りに暮らしている模様です 皆に取り入るものですから ますます受けが良いのです 素晴らしい条件じゃないか 贈与財産も申し分ない と もっぱらその話です 皆揃って大変な財産家なわけですが 一族ぐるみの欠点を嘆くような理由などなければ良いのにと 本当に残念に思います でも 他ならぬ貴女のことですもの この点は包み隠さずに申し上げて構わないでしょう 同じ悩みを何度となく話し合ってまいりましたからね 私は父とおじたちのこと そして 貴女はお母様のことでした 他の点では どこから見ましても申し分ございませんのにね 今のところ 私のことはどうやら兄に一任されたらしく 兄のほうでも 以前と変わらぬ大変優しい態度を装っております 信じていただけるでしょうが 兄に対しましては努めて誠実な態度で接してまいりました ところが 兄のほうでは 私を茶化そうといたしますし 妹のクレアリーのような親孝行で思慮深い人間に 親戚一同の意に背く決意が出来るなんて とてもありそうなこととは思われない といった素振りをしてみせるのです 本当の話 今後の見通しのことを考えますと 身の震える思いがいたします と申しますのも 皆の気持ちが奇妙なほど固まっているのは明らかなのです 父も母も お独りの時に私が話し掛けますような機会を作らないよう 苦心惨憺しております 私の同意を求めようとはしてくれませんが 私が自分たちの気持ちのままになることを想定して事を進めようという思惑のようにも見受けられます それに いずれ両親は説得したいものと私は考えておりますが それが駄目なら だれを説得することも出来ないでしょう 私を無理強いいたしましても 兄や姉とは違いまして 両親には何の得もないはずなのです ですから 兄と姉に対しましては口数を控えておりますが 父の聴聞に備え せいぜい力を蓄えておこうと思うのです 面倒がらずに耳を貸してくれればの話ですけれど ともかく 義務の念と意欲とが一緒になりまして 出来ることでしたら意向に沿いたいものと そのような気持ちでおりますのに お断りの返事をいたしますのは 本当に辛いことですわ この人からの私目当ての訪問を三回に亘って受けるという そんな恐ろしい思いをすでにしておりますが これは もっと漠然とした形で家の者たちを訪ねられた際 私も同席いたしました時を別にしての話です この人のことを辛抱するなんて 不可能なことだと思います ごくありきたりの理解力しかございません 読み書きの力は極めて乏しく ご存じのことといえば 地所の評価と改善の仕方 それに 土地の取引と農業に関することだけなのです なのに 私も人事不省に陥った人間みたいなのです 皆の最初の仕打ちが大変に惨いものでしたから はっきり嫌だと言い張るだけの気力もありません 私がこちらへ戻ります前に あの立派なノートン夫人に皆からの強い働き掛けがあった模様です 自分たちの言い分を通そうと 皆懸命なのでしょうね 夫人のお考えが皆の意に沿うものではなかったものですから 夫人は こちらへの出入りはしばらく慎むのが良

35 いだろうと命じられてしまいました でも 皆の取っております手段が穏当なものだといたしますと あるいは 夫人のほうでもそのようにお考えになることが出来るようなものだといたしますと その場合には 確かに 私を説得出来る人間と申しますと 母以外では この広い世界でもあの夫人がその人ということになるのです 叔母も同様に 別の形で戒めを受ける羽目になりました どう言い含めたところで 姪がソームズさんを好きになるとは思われない などと言ったものですからね 明日 叔母が来ることになっております ソームズさんの申し出た贈与財産は大層素晴らしいものだということですが 兄や姉がそのことを匂わせましても 私は耳を貸すのを拒んでいたものですから 叔母が詳しいところを教えてくれるというのです そして 私の気持ちを聞き出すつもりなのです と申しますのも そのように聞かされているのですが 父といたしましては 私がご意向に背くことを想像するだけで耐えられなくなるとのことだからです ところで 今度の日曜日の礼拝式に出るのは思い止どまってくれると嬉しい旨の 私宛の通知がございました この前の日曜日にも同じ通知がございまして そのとおりにいたしました 家まで私に同行する目的で ラヴレースさんが教会に現れるのを心配しているのです お願いです ハウさん 貴女の魅力にもなっております あの威勢の良いところを少し分けていただけないでしょうか 威勢の良さをこれほど必要に思いましたことは これまで一度だってございませんわ お察しいただけることと存じますが あの人 このソームズという人には 私との縁談に進展があったように自慢なさる根拠は何一つないのです 何事であれ 適切に述べる判断力を持ち合わせない人なのです あの人の求婚は 実際には家族の者たちに向かってのものですし 兄のほうでも あの人の代理として私の機嫌を取る振りをしているわけですからね 私も兄に対しましては お申し出を完全に撥ねつけているのです でも 家族全員からあんなにも歓迎され 口添えをしてもらっている人ですし 礼遇される資格があるという考えもございますから 私があの人に不利な事柄を並べ立てましても すべては内気さゆえのことだなどと 気障な顔をされてしまうのです それに あの人は自分の欠陥に気づくような人ではありませんから 私が出来るだけ避けるようにいたしましても また よそよそしさを露にいたしましても それ以外の原因は一切ないと思い込んでおられるのです 今申しましたとおり あの人の求婚はもっぱら家族の者たちに対するものだからです また 私に向かって申し出をしておられるのではないわけですから こちらからノーと言い出す機会もないことになるのです そんなわけであの人は 男のほうが偉いのだといった態度で 不首尾に終わることを心配するというよりは むしろ うぶな小娘を憐れんでいるような様子なのです 二月二十五日予定されておりました叔母との話し合いを済ませたところです あの人の申し出につきまして やむなく叔母の口から聞くことになりました また これほど熱心にあの人の後押しをしようとする皆の動機につきましても 話してもらいました 口にするのさえ厭われますが あの人がこのような申し出をなさいますのも あるい

36 は 私が敬わなければならない人たちがそれを承諾いたしますのも 同じようにひどく間違っているということです あの人が以前にもまして嫌いになってしまいました すでに大きな地所が一つ手に入っておりますが たとえ血のつながりが薄いとはいえ その土地に縁故のある人たちを犠牲にしてのことでした 教母様から贈られた兄の地所のことを申しているのです そしてこのことが いかに妄想に近いとは申せ 他の地所も手に入れたいという望みに火をつけました 少なくとも私の地所の権利が一族の所有に戻ることを目論んだのです でも 私の考えでは 世の中は一つの大きな家族にすぎないのです 元を正せば そうだったのです だといたしますと 私どもの間で力を振るっておりますこの狭量な身勝手さは 一体どうしたことなのでしょう ある親族関係を失念して 別のを思いついているだけの話ではないでしょうか ところで あの人のことはどのような条件でもお断りする旨の返事をいたしましたところ 心の底まで傷つけられますような通告を受けてしまいました どのようにご説明したら良いのか 見当もつきません でも お知らせしておかなければいけないでしょう 今後一ヶ月の間 あるいは 結婚許可証の得られますまでは 相手がどなたであれ 外部の人と文通してはならないというのですからね 叔母の報告 ( 私が知らされておりますところでは この上なく穏やかな調子で行われましたし 私に頼まれてのことではありませんが かすかな希望を持たせるような言い方でさえあったとのことなのですが ) を受けるとすぐに 兄が横柄な口調でこの禁令を申し渡しにまいりました ハウさんもいけないのでしょうか 私は尋ねました 駄目でしょうね マダム ハウ嬢はいけませんな あのラヴレースがあちらでは大モテなのを 君は認めていたのではなかったかな 兄の嘲るような言い種でした ご覧のとおりですわ ハウさん こんなこと 世間で通ると思います お兄様 私は尋ねました お前こそ注意するのだな 世間のことを ともかく いいな 手紙を出そうとしても差し止められるってことだよ こう言い残すと 兄はさっさと帰って行きました 間もなく姉がやって来て こんなことを言うのです ねえ クレアリー うまく行っているようじゃない だけど 親に背くようあんたを唆す人もいるってことだから 伝えておくわね 改めて指示のあるまで 一 二週間ほど 人をお迎えしたり訪ねたりするのは慎んでくれると有難いそうよ 権限を持っている人たちのお言葉なのかしら これが じゃあ 尋ねてごらんなさいな そうよ お訊きなさいよ と 指を回しながら言っておりました 頼まれたことは伝えたわ お父様はどうあっても言うことを聞いてもらうおつもりなのよ あんたが何もかも言われたとおりにしてくれるものと思いたがっておられるし 不従順さを煽り立てるようなものはすべて阻止したいとおっしゃってたわ 自分の務めは承知しております 不可能な条件が添えられていたりしないよう願っておりますわ と 私は申しました 姉は私のことを独り善がりで 思い上がった 癪にさわる小娘と呼んでおりました 適正至当な事柄を決めるに当たりましても 自分自身の賢明な意見では 私独りが審判官になっているというのです 姉といたしましては 私のまことしやかなやり方はとうの昔か