20世紀初頭、上海における中国教育会の設立 : とくに日本との関係を中心に

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1 Nara Women's University Digital I Title Author(s) Citation 20 世 紀 初 頭 上 海 における 中 国 教 育 会 の 設 立 : とくに 日 本 との 関 係 を 中 心 に 晏, 妮 [にい] 晏 妮 : 人 間 文 化 研 究 科 年 報 ( 奈 良 女 子 大 学 大 学 院 人 間 文 化 研 究 科 ), 第 27 号, pp Issue Date Description URL Textversionpublisher This document is downloaded

2 20 世 紀 初 頭 上 海 における 中 国 教 育 会 の 設 立 特 に 日 本 との 関 係 を 中 心 に 晏 * 妮 はじめに 義 和 団 事 件 後 に 清 朝 政 府 は 立 憲 君 主 制 に 向 かう 諸 改 革 の 必 要 性 を 認 め ここにいわゆる 光 緒 新 政 が 開 始 される この 光 緒 新 政 の 一 環 として 取 り 組 まれた 教 育 改 革 では 明 治 日 本 の 教 育 制 度 が 模 範 とされ 日 本 への 留 学 も 盛 んになっていった 他 方 義 和 団 事 件 後 も 東 北 地 方 ( 満 洲 )の 軍 事 占 領 を 続 けるロシアに 対 して 抗 議 抵 抗 する 運 動 ( 以 下 拒 俄 運 動 と 呼 ぶ)が 起 こった そして 拒 俄 運 動 と 連 動 しながら 清 朝 打 倒 を 目 指 す 革 命 運 動 も 進 展 していく このような 状 況 下 上 海 において1902 年 4 月 に 設 立 されたのが 中 国 教 育 会 であり 文 字 どおり 教 育 の 改 革 を 目 指 す 団 体 であったが 同 時 に 革 命 的 な 傾 向 をもつ 組 織 でもあった そして 中 国 教 育 会 は1902 年 10 月 に 愛 国 女 学 校 を ついで 同 年 11 月 に 愛 国 学 社 を 設 立 する 愛 国 女 学 校 につい ては 別 稿 1 2 での 考 察 に 譲 り 小 稿 では 中 国 教 育 会 と 愛 国 学 社 について 桑 兵 氏 の 先 行 研 究 も 参 照 しながら 特 に 日 本 との 関 係 に 注 目 して 考 察 することにしたい Ⅰ 教 育 改 革 拒 俄 運 動 革 命 運 動 と 中 国 教 育 会 の 設 立 1 光 緒 新 政 下 の 教 育 改 革 と 日 本 1901 年 1 月 29 日 ( 西 暦 以 下 特 に 注 記 しないかぎり 年 月 日 の 表 記 は 西 暦 による) 西 太 后 は 西 安 において 光 緒 帝 名 義 で 変 法 上 諭 を 下 し 教 育 を 含 む 改 革 の 開 始 を 宣 言 し 内 外 大 官 の 意 見 を 求 めた 3 これに 対 して 同 年 7 月 26 日 両 江 総 督 劉 坤 一 と 湖 広 総 督 張 之 洞 は 連 名 の 上 奏 で 文 武 学 堂 の 設 置 文 科 挙 の 改 革 武 科 挙 の 停 止 海 外 留 学 の 奨 励 の 四 つを 提 案 した 4 そして9 月 14 日 の 上 諭 に 除 京 師 已 設 大 学 堂 応 行 切 実 整 頓 外 著 各 省 所 有 書 院 於 省 城 均 改 設 大 学 堂 各 府 及 直 隷 州 均 改 設 中 学 堂 各 州 県 均 改 設 小 学 堂 並 多 設 蒙 養 学 堂 5 とあり 北 京 に 既 設 の 大 学 堂 をさらに 整 備 するほか 各 省 の 書 院 について 省 都 のものは 大 学 堂 に 各 府 直 隷 州 のも のは 中 学 堂 に 各 州 県 のものは 小 学 堂 にそれぞれ 改 組 し また 蒙 養 学 堂 を 多 く 設 立 するよう 命 じ 具 体 的 な 教 育 改 革 に 着 手 させた このような 清 朝 政 府 による 教 育 改 革 に 応 じて 上 海 でも 教 育 改 革 が 進 められた すでに 上 海 で は1898 年 3 月 10 日 に 農 学 報 の 主 宰 者 羅 振 玉 や 時 務 報 館 主 汪 康 年 らによって 日 本 語 学 校 である 上 海 東 文 学 社 が 設 立 され 教 師 には 農 学 報 の 翻 訳 者 を 務 めていた 日 本 人 である 藤 田 豊 八 がいた しかし この 上 海 東 文 学 社 は1900 年 義 和 団 事 件 で 閉 鎖 された 6 そして1901 年 8 月 25 日 洋 務 運 動 の 代 表 人 物 である 盛 宣 懐 が 上 海 に 東 文 学 堂 を 設 立 し 法 学 と 中 国 学 に 通 じた 日 本 人 教 習 各 一 名 を 招 聘 し 数 十 名 の 学 生 に 日 本 文 と 日 本 に 関 することを 専 門 的 に 教 授 させた 7 * 比 較 文 化 学 専 攻 53

3 また1901 年 5 月 保 守 派 を 代 表 する 知 識 人 である 羅 振 玉 王 国 維 が 両 江 総 督 劉 坤 一 と 湖 広 総 督 張 之 洞 の 支 援 のもと 中 国 最 初 の 教 育 専 門 雑 誌 である 教 育 世 界 ( 当 初 は 旬 刊 )を 上 海 で 創 刊 し たが 日 本 の 教 科 書 が 中 国 語 訳 されて 掲 載 された さらに 同 年 10 月 劉 坤 一 と 張 之 洞 は 南 京 に 書 局 を 設 立 し 教 科 書 の 編 纂 翻 訳 に 着 手 したが 上 海 では 羅 振 玉 王 国 維 らが 日 本 の 書 籍 を 翻 訳 した 8 なお 日 本 の 教 科 書 の 翻 訳 としては 1901 年 に 留 日 学 生 戢 翼 翬 らが 訳 書 彙 編 社 を 作 り 日 本 の 大 学 教 科 書 を 紹 介 した また 1902 年 に 上 海 支 那 翻 訳 会 社 は 翻 訳 世 界 を 編 集 出 版 し 早 稲 田 大 学 の 講 義 を 翻 訳 出 版 した 同 年 教 科 書 訳 輯 社 は 日 本 の 中 学 教 科 書 を 多 数 翻 訳 出 版 し た 9 光 緒 新 政 が 目 標 とする 立 憲 君 主 制 実 業 振 興 教 育 改 革 などの 参 考 にするため 多 くの 日 本 視 察 が 実 施 された その 記 録 として 農 工 商 業 面 では 黄 璟 遊 歴 日 本 考 察 農 務 日 記 (1902 年 )や 潘 学 祖 考 察 東 瀛 農 工 記 (1903 年 ) 政 治 面 では 劉 瑞 璘 の 東 游 考 政 録 (1905 年 ) 逢 恩 承 日 本 最 近 政 学 調 査 記 (1907 年 ) 載 澤 考 察 政 治 日 記 (1908 年 ) 軍 事 司 法 面 では 丁 鴻 臣 遊 歴 日 本 視 察 兵 制 学 制 日 記 (1900 年 ) 雷 延 寿 の 日 本 警 察 調 査 提 綱 (1907 年 )などがある 10 これらと 並 んで 教 育 面 での 日 本 視 察 の 記 録 としては 呉 汝 綸 東 遊 叢 録 (1902 年 ) 羅 振 玉 扶 桑 両 月 記 (1902 年 ) 李 宗 棠 考 察 日 本 学 校 記 (1902 年 ) 項 文 瑞 遊 日 本 学 校 筆 記 (1903 年 )などがある このうち 桐 城 派 の 著 名 な 学 者 である 呉 汝 綸 (1840~1903 年 安 徽 省 桐 城 の 人 )は 近 代 的 な 学 校 制 度 の 調 査 のために 管 学 大 臣 の 張 百 煕 によって 日 本 に 派 遣 されたが 彼 の 約 四 ヶ 月 に 及 ぶ 調 査 結 果 は 1902 年 に 制 定 された 欽 定 学 堂 章 程 ( 壬 寅 学 制 )のもとになっ た また 前 出 の 羅 振 玉 (1866~1940 年 浙 江 省 上 虞 の 人 )は1901 年 の 冬 両 江 総 督 劉 坤 一 と 湖 広 総 督 張 之 洞 によって 日 本 へ 派 遣 された 扶 桑 両 月 記 は 二 ヶ 月 間 の 視 察 記 録 であり 1904 年 に 制 定 された 奏 定 学 堂 章 程 ( 癸 卯 学 制 )など 清 末 の 教 育 改 革 に 大 きな 影 響 をもたらし た 11 同 年 彼 は 日 本 で 入 手 した 湯 本 武 比 古 教 授 学 や 東 吉 基 小 学 教 授 法 などを 前 述 した 教 育 世 界 で 翻 訳 紹 介 した 12 2 拒 俄 運 動 革 命 運 動 と 日 本 義 和 団 事 件 に 乗 じて 東 北 地 方 ( 満 洲 )を 占 領 していたロシアは 事 件 後 も 撤 兵 しないばかり か さらなる 権 益 を 求 めて1901 年 2 月 に 十 二 ヶ 条 の 要 求 を 密 かに 清 朝 政 府 に 押 しつけようとし た この 情 報 が 伝 わると 全 国 的 な 抗 議 運 動 が 発 生 したが 特 に 運 動 の 中 心 となった 上 海 では ロシアは 密 約 で 次 から 次 へと 要 求 している もしその 要 求 を 認 めたら 他 の 外 国 との 紛 争 を 誘 発 し 東 南 地 方 にも 軍 事 的 な 脅 威 が 生 まれるだろう という 危 機 意 識 のもと 抗 議 集 会 の 開 催 を 呼 びかける 伝 単 (ビラ)が 発 せられた 13 その 結 果 3 月 15 日 上 海 の 張 園 で 集 会 が 開 かれたが その 際 の 演 説 者 のなかに のち 中 国 教 育 会 の 設 立 に 深 く 関 係 する 汪 徳 淵 と 蒋 智 由 がいた 14 ついで3 月 24 日 に2 回 目 の 抗 議 集 会 が 同 じく 張 園 で 開 かれた 結 果 清 朝 側 の 交 渉 代 表 者 である 李 鴻 章 に 対 して 抗 議 の 要 請 が 伝 えられたが そ の 際 の 演 説 者 には 中 国 教 育 会 の 関 係 者 として 前 回 にひきつづいての 蒋 智 由 のほか 黄 宗 仰 がい た 15 こうした 拒 俄 運 動 が 上 海 を 中 心 に 全 国 的 に 展 開 された 結 果 清 朝 政 府 はロシアの 要 求 を 拒 絶 したのである 54

4 日 清 戦 争 後 に 強 くなった 変 法 運 動 ( 制 度 も 含 めた 西 洋 化 を 目 指 す 運 動 )のなかで 日 本 留 学 の 有 効 性 必 要 性 が 主 張 されると 同 時 に 日 本 側 の 積 極 的 な 働 きかけもあって 日 本 への 留 学 生 は 増 加 し 1899 年 に200 人 義 和 団 事 件 後 の1902 年 に500 人 その 翌 年 には1000 人 と 増 えていっ た 16 そして 中 国 人 留 学 生 たちは 団 体 を 組 織 した その 最 初 のものが 1901 年 に 東 京 で 設 立 された 励 志 会 である 当 時 の 留 学 生 は 清 朝 打 倒 の 革 命 を 目 指 す 激 烈 派 と そうでない 穏 健 派 に 分 けることができるが それは 励 志 会 の 構 成 員 にも 当 てはまり 戢 翼 翬 沈 翔 雲 秦 力 山 らは 激 烈 派 に 章 宗 祥 曹 汝 霖 らは 穏 健 派 に 属 した 17 このうち 1896 年 度 における 最 初 の 日 本 への 留 学 生 で のち 中 国 教 育 会 のメンバーになる 戢 翼 翬 ( 湖 北 省 房 県 の 人 )は 1900 年 に 唐 才 常 の 自 立 軍 起 義 に 参 画 したが 事 前 に 発 覚 したため 日 本 に 逃 げたのち 前 述 したように 訳 書 彙 編 社 を 設 立 して 同 年 12 月 6 日 に 訳 書 彙 編 を 創 刊 し 多 くの 日 本 書 を 翻 訳 した また 1901 年 5 月 10 日 に 励 志 会 の 激 烈 派 である 秦 力 山 戢 翼 翬 沈 翔 雲 らは 東 京 で 国 民 報 を 創 刊 し 革 命 論 を 提 唱 した そして 国 民 報 を 機 関 誌 とする 国 民 会 の 設 立 をめざした が 正 式 な 設 立 はうまくいかなかった また 国 民 報 もわずか4 号 で 停 刊 を 余 儀 なくされ た 18 このように 1901 年 当 時 日 本 の 中 国 人 留 学 生 のあいだでは 梁 啓 超 の 影 響 が 強 く 急 進 的 な 革 命 を 唱 える 孫 文 らの 影 響 はまだ 大 きくはなかった 章 炳 麟 (1869~1936 年 浙 江 省 余 杭 の 人 )は 義 和 団 事 件 後 に 清 朝 打 倒 の 立 場 から 排 満 の 言 論 活 動 を 活 発 化 させていたが 1902 年 2 月 に 日 本 に 亡 命 した その 後 彼 は 秦 力 山 馬 和 馮 自 由 ら と 支 那 亡 国 二 百 四 十 二 年 紀 念 会 の 実 施 を 計 画 した この 紀 念 会 は 漢 民 族 王 朝 である 明 朝 の 最 終 的 な 滅 亡 つまり 南 明 政 権 の 永 暦 帝 が 殺 害 された1661 年 から242 年 目 にあたる1902 年 4 月 26 日 ( 旧 暦 3 月 19 日 )に 東 京 の 上 野 精 養 軒 で 紀 念 会 を 開 いて 排 満 革 命 を 喚 起 しようとした ものである 19 この 紀 念 会 の 実 態 や 革 命 運 動 に 与 えた 影 響 については 不 明 な 点 もあるが いずれにせよ 紀 念 会 の 実 施 を 危 険 視 した 駐 日 公 使 蔡 鈞 の 要 請 を 受 けて 紀 念 会 の 開 催 は 日 本 側 によって 禁 止 され 参 加 者 は 解 散 させられた 20 この 紀 念 会 の 計 画 に 参 画 した 章 炳 麟 と 馬 和 はのちに 中 国 教 育 会 のメンバーとなる なお 後 述 するように 紀 念 会 の 開 催 予 定 日 とされた4 月 26 日 の 翌 日 (27 日 )に 中 国 教 育 会 は 上 海 で 設 立 されるのである 3 蔡 元 培 と 中 国 教 育 会 の 設 立 ( 一 ) 蔡 元 培 と 日 本 語 蔡 元 培 (1868~1940 年 )は 西 暦 1868 年 1 月 11 日 ( 同 治 6 年 12 月 17 日 ) 浙 江 省 紹 興 府 山 陰 県 に 生 まれる 字 は 鶴 卿 号 は 民 友 のち 孑 民 1892( 光 緒 18) 年 の 進 士 ( 科 挙 の 最 終 合 格 者 )で 1894 年 に 翰 林 院 編 修 となる 21 日 清 戦 争 後 に 強 まっていた 変 法 思 想 ( 制 度 も 含 めた 西 洋 化 を 目 指 す 思 想 )に 共 鳴 していた 蔡 元 培 は1897 年 11 月 11 日 の 日 記 に 西 洋 の 書 籍 は 値 段 が 高 いが その 重 要 なものはみな 日 本 語 の 訳 本 があるので 日 本 文 を 会 得 すれば ひろく 西 洋 の 書 籍 を 読 むことが できる その 上 西 洋 文 は 会 得 するのに3,5 年 がかかるのに 対 し 日 本 文 は 半 年 で 会 得 でき 大 変 簡 単 である 22 と 西 洋 の 思 想 や 制 度 を 日 本 語 の 翻 訳 を 通 して 学 ぶことの 利 便 性 を 述 べて 日 本 語 学 校 の 設 立 を 検 討 していたが 1898 年 6 月 ( 旧 暦 )に 北 京 に 東 文 書 館 という 日 本 語 学 校 を 設 55

5 立 した 23 8 月 4 日 に 蔡 元 培 は 当 時 外 務 部 左 丞 奉 天 交 渉 使 を 務 めて 日 本 語 翻 訳 の 第 一 者 だった 陶 大 均 ( 杏 南 )を 東 文 書 館 に 招 聘 し 本 格 的 に 日 本 語 の 勉 強 を 始 めた しかし 日 本 租 界 の 件 で 天 津 に 行 くことになった 陶 大 均 は 同 月 10 日 に 自 分 の 後 任 として 北 京 留 学 中 の 日 本 人 である 野 口 多 内 ( 茂 温 )を 蔡 元 培 に 推 薦 した 24 こうして8 月 13 日 から 野 口 の 指 導 のもと 蔡 元 培 は 日 本 文 の 中 国 語 訳 を 学 び 始 め まず 万 国 地 志 序 などを 翻 訳 したが 8 月 25 日 には 俄 土 戦 史 の 数 ページを 日 本 語 訳 した 際 翻 訳 の 楽 しみが 出 てきたと 日 記 に 書 いている 25 ところが 康 有 為 らの 変 法 運 動 が1898 年 9 月 のクーデター( 戊 戌 政 変 )で 挫 折 すると 失 望 し た 蔡 元 培 は 辞 官 して 帰 郷 したので 東 文 書 館 はわずか 二 ヶ 月 で 解 散 してしまったのである 26 帰 郷 後 の 蔡 元 培 は 翌 1899 年 3 月 に 紹 興 中 西 学 堂 の 監 督 ( 校 長 )に 就 任 した 中 西 学 堂 ではもともと 英 語 とフランス 語 が 教 授 されていたが 彼 は 新 たに 日 本 語 を 増 設 し 日 本 人 である 中 川 外 雄 を 日 本 語 の 教 師 として 招 聘 した しかし 学 堂 の 教 員 間 にあった 新 旧 両 派 の 対 立 ( 蔡 元 培 は 新 派 に 同 情 的 )に 嫌 気 を 感 じた 蔡 は1900 年 に 学 堂 の 監 督 を 辞 職 した ついで 1901 年 9 月 13 日 から 上 海 の 南 洋 公 学 に 増 設 された 特 班 の 教 員 を 彼 は 担 当 することになる 27 なお 当 時 の 蔡 は 日 本 の 教 育 に も 強 い 関 心 を 示 していたが それについては 愛 国 女 学 校 を 研 究 対 象 とする 別 稿 で 詳 しく 考 察 す る ( 二 ) 中 国 教 育 会 の 設 立 蒋 維 喬 (1873~1958 年 江 蘇 省 武 進 の 人 )は 中 国 教 育 会 之 回 憶 教 育 会 之 創 立 時 期 のなか で 是 年 三 月 上 海 新 党 蔡 孑 民 ( 元 培 ) 蒋 観 雲 ( 智 由 ) 林 少 泉 ( 獬 ) 葉 浩 吾 ( 瀚 ) 王 小 徐 ( 季 同 ) 汪 允 宗 ( 徳 淵 ) 烏 目 山 僧 ( 宗 仰 ) 等 集 議 発 起 中 国 教 育 会 28 と 回 想 し 是 年 す なわち 民 元 前 十 年 の 三 月 ( 旧 暦 )に 上 海 の 新 党 である 蔡 元 培 ( 孑 民 ) 蒋 智 由 ( 観 雲 ) 林 獬 ( 少 泉 ) 葉 瀚 ( 浩 吾 ) 王 季 同 ( 小 徐 ) 汪 徳 淵 ( 允 宗 ) 黄 宗 仰 ( 烏 目 山 僧 )らが 中 国 教 育 会 を 発 足 させたと 述 べている まず 設 立 日 について 蔡 元 培 は 日 記 のなかで 1902 年 4 月 15 日 ( 旧 暦 3 月 8 日 )に 設 立 について 話 し 合 いがもたれ 同 20 日 に 中 国 教 育 会 という 名 称 を 決 定 し 同 26 日 に 理 事 の 選 挙 が 行 な われ 自 分 が 事 務 長 に 選 ばれたと 書 いている 29 この 事 務 長 は 後 述 する 総 理 ( 会 長 ) のことであるが 日 付 について 宋 培 基 氏 と 銭 斌 氏 の 研 究 によれば 4 月 26 日 というのは 蔡 元 培 の 勘 違 いで 実 際 には4 月 27 日 が 正 式 の 設 立 日 である 30 また 設 立 場 所 については 中 国 教 育 会 の 章 程 の 第 二 条 に 本 部 を 上 海 に 設 置 し 支 部 を 各 要 地 に 設 置 するとされているが 31 兪 子 夷 の 中 国 教 育 会 与 愛 国 学 社 によると 中 国 教 育 会 与 愛 国 学 社 同 在 一 処 弁 公 32 とあり 中 国 教 育 会 は 愛 国 学 社 と 同 じ 場 所 で 事 務 をとるとあり ま た 蒋 維 喬 の 中 国 教 育 会 之 回 憶 愛 国 学 社 及 愛 国 女 学 校 之 先 後 成 立 に 中 国 教 育 会 推 蔡 孑 民 為 総 理 呉 稚 暉 為 学 監 于 是 年 十 月 十 七 日 在 南 京 路 泥 城 橋 福 源 里 租 屋 開 弁 定 名 愛 国 学 社 33 とあり 愛 国 学 社 は 上 海 の 南 京 路 泥 城 橋 福 源 里 に 設 立 されているから 中 国 教 育 会 も 最 初 は 南 京 路 泥 城 橋 福 源 里 に 設 立 されたことが 確 認 できる 章 程 の 第 四 章 ( 職 員 )の 第 十 三 条 で 理 事 会 は 総 理 ( 会 長 ) 一 名 副 総 理 一 名 幹 事 六 名 会 議 二 名 書 記 二 名 評 議 員 九 名 糾 儀 ( 式 典 担 当 ) 二 名 から 構 成 され また 章 程 の 第 九 章 ( 職 56

6 員 の 選 挙 )の 第 三 十 三 条 で 幹 事 会 議 書 記 評 議 員 は 会 員 から 選 出 し 総 理 副 総 理 は 幹 事 評 議 員 から 選 出 し 糾 儀 は 幹 事 が 兼 ねるとあるが 34 蒋 維 喬 の 中 国 教 育 会 之 回 憶 教 育 会 之 創 立 時 期 に 教 育 会 成 立 之 日 蔡 孑 民 被 挙 為 会 長 35 とあり 前 述 したように 中 国 教 育 会 が 設 立 された 日 に 蔡 元 培 ( 孑 民 )が 会 長 ( 総 理 )に 推 挙 されたという なお 蔡 の 日 記 によ れば 同 日 王 慕 陶 蒋 智 由 戚 元 丞 蒯 寿 枢 が 幹 事 に 陳 仲 騫 が 会 計 に 選 ばれたとい う 36 中 国 教 育 会 設 立 の 目 的 は 章 程 の 第 一 章 ( 総 則 )の 第 一 条 によれば 中 国 の 男 女 青 年 の 知 識 を 増 やし 国 家 観 念 を 強 くし 国 権 を 回 復 させることとされ 具 体 的 には 第 三 条 で 中 国 教 育 会 の 目 的 を 達 成 するため 教 育 部 出 版 部 実 業 部 の 三 部 門 を 設 置 すること 第 四 条 では 教 育 部 は 男 子 部 と 女 子 部 に 分 けられ 中 国 の 主 要 な 地 域 で 学 堂 を 設 立 し 普 通 学 と 専 門 学 の 各 種 技 芸 を 教 授 すること そして 第 五 条 では 出 版 部 は 上 海 に 設 置 し 各 主 要 都 市 に 普 及 させ 教 科 書 教 育 報 及 び 一 切 学 術 に 関 する 諸 書 を 編 纂 して 出 版 するとある 37 このように 中 国 教 育 会 は 章 程 上 つまり 表 向 きにはあくまでも 教 育 団 体 と 規 定 されていた しかし 蒋 維 喬 の 中 国 教 育 会 之 回 憶 教 育 会 之 創 立 時 期 に 中 国 教 育 会 表 面 弁 理 教 育 暗 中 鼓 吹 革 命 38 とあり 中 国 教 育 会 は 表 面 上 は 教 育 のためとされているが 実 はひそかに 革 命 を 鼓 吹 していたと 述 べられ また 同 じ 蒋 維 喬 の 中 国 教 育 会 之 回 憶 教 育 会 之 全 盛 時 期 に も 中 国 教 育 会 毎 週 率 領 学 社 社 員 至 張 園 安 愷 第 開 会 演 説 倡 言 革 命 震 動 全 国 39 とあり 中 国 教 育 会 は 毎 週 愛 国 学 社 ( 後 述 )の 社 員 を 引 率 して 張 園 の 安 愷 第 で 演 説 会 を 開 き 革 命 を 提 唱 し 全 国 を 振 動 させたという なお 中 国 教 育 会 と 革 命 運 動 との 関 係 についてはⅡで 詳 述 す る 次 に 中 国 教 育 会 運 営 の 財 政 面 について 章 程 の 第 五 章 ( 経 済 )の 第 十 七 条 で 本 会 の 収 入 源 は 寄 付 出 版 部 の 利 益 実 業 部 の 利 益 とされ また 第 六 章 ( 会 員 の 責 任 )の 第 二 十 条 で 会 員 は 毎 月 会 費 一 元 を 納 付 し 寄 付 も 受 け 付 けるとされているが 40 実 際 に 中 国 教 育 会 設 立 当 初 の 収 入 は 黄 宗 仰 の 紹 介 による 羅 迦 陵 からの 寄 付 に 頼 っていた 41 Ⅱ 中 国 教 育 会 と 拒 俄 運 動 革 命 運 動 中 国 教 育 会 の 歴 史 を 桑 兵 氏 は (1) 開 創 期 (1902 年 4 月 ~ 同 11 月 ) (2) 全 盛 期 (1902 年 11 月 ~1903 年 7 月 ) (3) 恢 復 期 (1903 年 7 月 ~1904 年 4 月 ) (4) 中 興 期 (1904 年 5 月 ~1906 年 秋 ) (5) 結 束 期 (1906 年 秋 ~1908 年 冬 )の 五 期 に 分 けている そして 教 育 会 の 構 成 員 には 革 命 運 動 に 熱 心 な 激 烈 派 と 純 粋 な 教 育 に 熱 心 な 温 和 派 がおり 設 立 当 初 から 革 命 的 傾 向 が 明 確 だったわけではない 42 しかし 以 下 で 見 るように 中 国 教 育 会 は 上 海 における 拒 俄 運 動 革 命 運 動 の 中 心 的 な 担 い 手 となっていく 1 成 城 学 校 事 件 1902 年 7 月 軍 人 志 望 で 日 本 の 成 城 学 校 に 私 費 留 学 を 希 望 した 江 蘇 江 西 浙 江 各 省 出 身 の 中 国 人 学 生 九 名 に 対 して かねてから 留 学 生 の 革 命 運 動 を 危 険 視 していた 駐 日 公 使 の 蔡 鈞 が 私 費 留 学 生 の 入 学 に 必 要 な 公 使 の 保 証 書 の 発 行 を 拒 否 したことから この 事 件 は 始 まる そこで 中 国 人 留 学 生 を 引 率 してきた それまで 南 洋 公 学 の 教 師 だった 呉 敬 恒 (1865~1953 年 江 蘇 省 武 進 の 57

7 人 )らは 再 三 にわたり 保 証 書 の 発 行 を 要 請 するとともに ちょうど 教 育 視 察 のために 在 日 中 だ った 呉 汝 綸 にも 支 援 を 求 めたがうまくいかず かえって 蔡 公 使 の 要 請 で 介 入 した 日 本 の 警 察 によ って 呉 敬 恒 と 孫 揆 均 の 二 人 は 逮 捕 され 8 月 6 日 中 国 に 強 制 送 還 されることとなった その 際 呉 敬 恒 は 日 本 橋 へ 向 かう 途 中 鍛 冶 橋 畔 から 投 身 自 殺 を 図 ったが 護 衛 警 官 に 救 助 され 未 遂 に 終 わった 43 この 事 件 は 中 国 人 留 学 生 による 排 満 革 命 運 動 の 先 駆 となると 同 時 に 留 日 学 生 に 対 す る 清 朝 政 府 の 対 応 にも 大 きな 影 響 を 与 えることになる ところで 成 城 学 校 事 件 当 時 蔡 元 培 は 夏 季 休 暇 を 利 用 して1ヶ 月 の 予 定 で 日 本 に 滞 在 中 だっ た 成 城 学 校 事 件 を 知 り 旧 知 で 南 洋 公 学 の 同 僚 でもあった 呉 敬 恒 の 身 の 安 全 を 心 配 した 蔡 は 呉 敬 恒 を 伴 って8 月 13 日 に 上 海 に 戻 った 44 当 日 中 国 教 育 会 は 張 園 で 呉 敬 恒 と 孫 揆 均 の 歓 迎 会 を 開 き 百 人 あまりが 参 加 した そこで 呉 敬 恒 は 講 演 し 清 朝 政 府 の 腐 敗 国 権 の 喪 失 を 指 弾 し た 続 いて8 月 22 日 に 張 園 安 愷 第 で 協 助 亜 東 游 学 会 が 開 催 された この 会 の 招 集 者 は 安 徽 省 出 身 の 姚 石 泉 で 成 城 学 校 事 件 を 受 けて 今 後 の 日 本 留 学 の 在 り 方 について 問 題 提 起 した これに 対 して 戢 翼 翬 が 駐 日 公 使 ではなく 中 国 教 育 会 が 留 学 生 を 保 証 するよう 名 誉 ある 中 国 人 を 日 本 に 派 遣 して 協 議 させてはと 提 案 した 一 方 中 国 教 育 会 発 起 人 の 一 人 である 葉 瀚 は 日 本 へ の 留 学 よりも 中 国 教 育 会 がみずから 学 校 を 設 立 することを 提 案 した 結 局 協 議 の 結 果 戢 翼 翬 の 提 案 を 受 け 姚 石 泉 を 日 本 へ 派 遣 すると 同 時 に 葉 瀚 の 提 案 にも 沿 って 積 極 的 に 学 校 を 設 立 する ことにした 45 2 愛 国 学 社 の 設 立 と 日 本 中 国 教 育 会 は1902 年 10 月 24 日 に 愛 国 女 学 校 を そして 同 年 11 月 20 日 に 愛 国 学 社 を 設 立 する こ のうち 愛 国 女 学 校 については 別 稿 で 考 察 し ここでは 愛 国 学 社 の 設 立 について 考 察 する 蒋 維 喬 の 中 国 教 育 会 之 回 憶 愛 国 学 社 及 愛 国 女 学 校 之 先 後 成 立 に 中 国 教 育 会 本 擬 自 弁 学 校 而 南 洋 公 学 退 学 生 百 余 人 無 力 自 組 学 社 遂 推 代 表 請 求 于 中 国 教 育 会 会 中 特 開 会 議 決 定 接 受 退 学 生 之 請 求 予 以 経 済 及 教 員 之 賛 助 推 蔡 孑 民 為 総 理 呉 稚 暉 為 学 監 于 是 年 十 月 十 七 日 在 南 京 路 泥 城 橋 福 源 里 租 屋 開 弁 定 名 愛 国 学 社 46 とあり 中 国 教 育 会 はもともと 自 ら 学 校 を 経 営 しようと 考 えていたが ちょうど 南 洋 公 学 を 退 学 した 百 人 余 りの 学 生 が 自 分 たちで 学 社 を つくることができないので その 代 表 が 中 国 教 育 会 に 支 援 を 求 めた そこで 中 国 教 育 会 は 特 別 会 議 を 開 き 退 学 した 学 生 の 受 け 入 れを 決 定 した こうして 中 国 教 育 会 は 蔡 元 培 ( 孑 民 )を 総 理 に 呉 敬 恒 ( 稚 暉 )を 学 監 に 推 薦 し 1902 年 11 月 16 日 ( 旧 暦 : 光 緒 28 年 10 月 17 日 )に 上 海 の 南 京 路 泥 城 橋 福 源 里 で 家 屋 を 借 りて 開 学 し 愛 国 学 社 と 命 名 したという まず 愛 国 学 社 の 設 立 日 について 宋 培 基 氏 と 銭 斌 氏 の 研 究 によると 蒋 維 喬 が 回 憶 でいう 1902 年 11 月 16 日 は 後 述 するように 南 洋 公 学 の 学 生 が 退 学 した 日 であり 同 年 11 月 20 日 上 海 の 張 園 で 開 催 された 中 国 教 育 会 の 特 別 会 で 愛 国 学 社 の 設 立 が 正 式 に 決 定 されたのである 47 次 に 愛 国 学 社 設 立 の 契 機 となった 南 洋 公 学 学 生 の 退 学 事 件 とは 同 校 五 班 の 教 員 が 新 書 や 新 民 叢 報 など を 読 むことを 禁 止 したことに 学 生 が 日 ごろから 不 満 を 抱 いていたところに ある 日 教 壇 に 墨 汁 を 入 れた 瓶 が 置 かれていたことにその 教 員 が 怒 って 瓶 を 置 いたと 疑 われた 学 生 を 退 学 処 分 にしようとしたことが 発 端 となって 学 生 が 無 断 で 集 会 して 演 説 したことを 問 題 視 する 学 校 側 と 教 員 の 学 生 への 対 応 を 奴 隷 教 育 と 批 判 する 学 生 側 が 対 立 し 結 局 1902 年 58

8 11 月 16 日 に 二 百 名 を 超 える 学 生 が 自 主 的 に 退 学 した 事 件 である この 退 学 生 たちの 一 部 を 受 け 入 れて 設 立 されたのが 愛 国 学 社 である その 際 南 洋 公 学 特 班 の 教 員 で 学 生 に 同 情 的 だった 蔡 元 培 は 事 件 後 学 校 側 の 対 応 への 不 満 から 南 洋 公 学 の 教 員 を 辞 めたのである 48 ところで 愛 国 学 社 の 章 程 の 一 宗 旨 に 本 社 略 師 日 本 吉 田 氏 松 下 講 社 西 郷 氏 鹿 児 私 学 之 意 重 精 神 教 育 而 授 各 科 学 皆 為 鍛 錬 精 神 激 発 志 気 之 助 49 とあり 愛 国 学 社 は 建 学 の 理 念 として 日 本 の 吉 田 ( 松 陰 )の 松 下 村 塾 と 西 郷 ( 隆 盛 )の 鹿 児 島 私 学 の 理 念 を 模 範 とし て 精 神 教 育 を 重 視 し 各 科 学 の 教 授 も 学 生 の 精 神 を 鍛 え 志 気 を 鼓 舞 するためであるといい そこに 日 本 の 影 響 が 強 く 見 られる さて 吉 田 松 陰 を 初 めて 中 国 に 紹 介 したのは 黄 遵 憲 で 日 本 国 志 や 日 本 雑 事 詩 などで 吉 田 松 陰 の 事 跡 や 改 革 精 神 を 詠 じ 中 国 にも 吉 田 松 陰 のような 改 革 者 の 誕 生 を 期 待 した また 変 法 運 動 の 指 導 者 で 戊 戌 政 変 後 に 日 本 に 亡 命 した 梁 啓 超 ( 広 東 省 新 会 の 人 1873~1929 年 ) は 明 治 維 新 に 貢 献 したと 評 価 される 吉 田 松 陰 と 高 杉 晋 作 を 尊 敬 し 吉 田 晋 という 日 本 名 を 名 乗 った 日 本 亡 命 直 後 の 梁 啓 超 は 吉 田 松 陰 の 破 壊 的 精 神 を 自 らの 思 想 根 拠 にして 反 満 革 命 を 唱 えるとともに 吉 田 松 陰 の 幽 室 文 稿 を 刊 行 し 松 陰 の 改 革 精 神 を 中 国 に 紹 介 し た 50 また 梁 啓 超 は 明 治 維 新 に 不 可 欠 な 急 激 の 巨 魁 として 吉 田 松 陰 とともに 南 洲 つまり 西 郷 隆 盛 を 挙 げていた 51 愛 国 学 社 の 設 立 当 時 における 梁 啓 超 の 言 論 活 動 がもった 影 響 力 の 大 きさを 思 うとき 吉 田 松 陰 や 西 郷 隆 盛 に 関 する 情 報 を 含 む 明 治 維 新 に 関 する 諸 情 報 の 発 信 元 として 梁 啓 超 が 果 たした 役 割 は 大 きかったと 考 えられる 3 拒 俄 運 動 革 命 運 動 の 進 展 成 城 学 校 事 件 で 蔡 元 培 と 一 緒 に 帰 国 した 呉 敬 恒 ( 稚 暉 ) 支 那 亡 国 二 百 四 十 二 年 紀 念 会 の 実 施 計 画 後 に 帰 国 していた 章 炳 麟 ( 太 炎 )も 愛 国 学 社 の 教 員 となって 張 園 で 革 命 思 想 を 提 唱 するな ど 愛 国 学 社 は 上 海 における 拒 俄 運 動 革 命 運 動 の 拠 点 となっていく 52 さて 1902 年 4 月 8 日 に 清 朝 とロシア 間 で 満 洲 還 付 条 約 が 締 結 されたが ロシアが 第 2 期 の 撤 兵 を 実 施 しないばかりか 1903 年 4 月 に7 項 目 の 撤 兵 条 件 を 出 すに 至 ると また 拒 俄 運 動 が 発 生 す る 53 まず 4 月 27 日 上 海 の 張 園 でロシアに 抗 議 する 集 会 が 開 かれ ついで4 月 30 日 にも 同 様 の 集 会 がやはり 張 園 で 開 かれたが この 集 会 には 愛 国 育 才 の 諸 学 社 の 学 生 が 軍 服 姿 で 隊 列 を 組 んで 入 場 し 務 本 愛 国 諸 女 校 の 学 生 も 皆 な 着 席 した また 集 会 の 冒 頭 で 蔡 君 民 友 が 登 壇 して 開 会 の 大 意 を 演 説 し 次 いで 馬 君 武 が 演 説 した と 中 国 教 育 会 の 蔡 元 培 ( 民 友 )や 馬 和 ( 君 武 )が 重 要 な 役 割 を 演 じている 54 ところで 4 月 29 日 に 中 国 人 留 学 生 たちは 東 京 の 錦 輝 館 で 集 会 して 拒 俄 のために 義 勇 隊 の 編 成 を 決 議 していたが 55 それを 伝 える 電 報 が 翌 30 日 に 上 海 の 集 会 で 蔡 元 培 によって 読 み 上 げ られた 結 果 上 海 でも 義 勇 隊 を 編 成 することになる 56 その 後 中 国 人 留 学 生 の 義 勇 隊 は 学 生 軍 さらには 軍 国 民 教 育 会 と 改 名 されていくが その 際 かれらは 上 海 の 中 国 教 育 会 愛 国 学 社 とも 連 絡 を 取 り 合 い 結 局 上 海 にも 軍 国 民 教 育 会 が 誕 生 する 57 なお 軍 国 民 教 育 会 の 理 念 である 軍 国 民 主 義 は 日 本 の 倒 幕 思 想 家 の 軍 国 観 と 梁 啓 超 の 国 民 観 が 融 合 して 生 まれた 思 想 とされている 58 なお それと 密 接 に 関 連 する 愛 国 主 義 については 愛 国 女 学 校 に 関 する 59

9 別 稿 で 検 討 する このように 上 海 における 拒 俄 運 動 革 命 運 動 の 中 心 的 な 役 割 を 果 たし 始 めた 中 国 教 育 会 と 愛 国 学 社 だったが 次 第 に 愛 国 学 社 の 社 員 と 中 国 教 育 会 の 会 員 とのあいだに 経 費 や 主 体 性 をめぐっ て 齟 齬 が 生 じ 社 員 に 同 情 的 な 呉 敬 恒 とそうでない 章 炳 麟 の 個 人 的 な 対 立 もあって ついに1903 年 6 月 19 日 に 愛 国 学 社 は 中 国 教 育 会 から 独 立 する 59 この 間 当 時 の 中 国 教 育 会 会 長 だった 黄 宗 仰 とともに 両 者 対 立 の 調 停 役 を 演 じていた 副 会 長 評 議 長 の 蔡 元 培 は この 独 立 問 題 で 紛 糾 した ため 副 会 長 評 議 長 を 辞 職 し 6 月 16 日 ドイツ 語 を 学 ぶために 山 東 省 の 青 島 へ 行 った 60 そし て その 直 後 に 蘇 報 事 件 が 起 こる 1903 年 4 月 に 南 京 陸 師 学 堂 を 退 学 した 学 生 30 名 あまりを 連 れて 愛 国 学 社 に 参 加 した 章 士 釗 は 愛 国 学 社 の 機 関 紙 ともいえる 蘇 報 の 主 筆 になり 革 命 思 想 を 強 く 宣 伝 した この 蘇 報 に 章 炳 麟 の 駁 康 有 為 論 革 命 書 や 鄒 容 の 革 命 軍 を 高 く 評 価 する 文 章 が 掲 載 されると 1903 年 6 月 29 日 に 清 朝 の 要 請 により 上 海 の 租 界 警 察 は 章 炳 麟 を 逮 捕 し 鄒 容 は 自 首 した 結 局 裁 判 の 結 果 章 は 禁 錮 三 年 鄒 容 は 獄 死 する 61 この 蘇 報 事 件 によって1903 年 6 月 末 に 愛 国 学 社 は 解 散 した 62 同 時 に 中 国 教 育 会 も 弱 体 化 することになるが 前 述 した 桑 兵 氏 の 分 期 による 恢 復 期 以 降 の 中 国 教 育 会 については 愛 国 女 学 校 に 関 する 別 稿 で 考 察 することとしたい おわりに 義 和 団 事 件 後 に 始 まる 光 緒 新 政 の 一 環 として 推 進 された 教 育 改 革 では 明 治 日 本 の 教 育 制 度 が 模 範 とされ 日 本 への 教 育 視 察 が 実 施 され その 成 果 は 清 末 の 教 育 改 革 にも 反 映 された また 日 本 への 留 学 が 盛 んになると 同 時 に 中 国 国 内 でも 日 本 語 が 学 習 され 日 本 書 の 中 国 語 訳 を 通 じ て 西 洋 の 学 問 制 度 文 化 などが 学 ばれるようになった 他 方 義 和 団 事 件 後 に 東 北 地 方 の 軍 事 占 領 を 続 けてさらなる 利 権 を 求 めたロシアに 対 する 抗 議 抵 抗 運 動 である 拒 俄 運 動 が 台 頭 するなか 清 朝 打 倒 を 目 指 す 革 命 運 動 も 次 第 に 強 まってい く このような20 世 紀 初 頭 における 動 向 の 中 心 地 だった 上 海 に1902 年 4 月 に 中 国 教 育 会 が 誕 生 す る 小 稿 では 中 国 教 育 会 愛 国 学 社 設 立 の 経 緯 とその 拒 俄 運 動 革 命 運 動 との 関 わりを 特 に 日 本 との 関 係 に 注 目 して 考 察 した 中 国 教 育 会 の 中 心 的 な 会 員 で 辛 亥 革 命 後 の 中 華 民 国 時 代 に 北 京 大 学 校 長 になる 蔡 元 培 は 科 挙 に 合 格 して 官 僚 になった 伝 統 的 知 識 人 だったが 戊 戌 変 法 (1898 年 )の 挫 折 を 契 機 に 改 革 革 命 の 道 を 歩 むことになる その 過 程 でかれは 日 本 語 学 校 を 設 立 し 日 本 語 を 修 得 し 日 本 書 の 翻 訳 を 行 なった また 中 国 教 育 会 が1902 年 11 月 に 設 立 した 愛 国 学 社 は 建 学 の 理 念 として 日 本 の 吉 田 松 陰 と 西 郷 隆 盛 を 理 想 とする 精 神 教 育 を 掲 げた そし て 中 国 教 育 会 や 愛 国 学 社 による 拒 俄 運 動 革 命 運 動 は 日 本 の 中 国 人 留 学 生 との 連 携 下 に 推 進 さ れていた このように 中 国 教 育 会 愛 国 学 社 の 設 立 や 彼 らの 運 動 には 日 本 の 影 響 日 本 との 関 係 が 強 く 見 られたのである なお しばしば 言 及 したように 中 国 教 育 会 が 設 立 した 愛 国 女 学 校 については 別 稿 を 参 照 願 いたい 60

10 註 1 拙 稿 近 代 上 海 における 愛 国 女 学 校 の 設 立 について 寧 楽 史 苑 ( 奈 良 女 子 大 学 史 学 会 ) 第 57 号 2012 年 以 下 小 稿 でいう 別 稿 はこの 拙 稿 を 指 す 2 桑 兵 第 6 章 中 国 教 育 会 同 清 末 新 知 識 界 的 社 団 与 活 動 生 活 読 書 新 知 三 聯 書 店 1995 年 196~237 頁 3 朱 寿 朋 編 光 緒 朝 東 華 録 第 四 冊 中 華 書 局 1958 年 総 4602 頁 4 両 江 総 督 劉 坤 一 湖 広 総 督 張 之 洞 第 一 次 会 奏 変 法 事 宜 沈 桐 生 輯 光 緒 政 要 巻 27 5 前 掲 光 緒 朝 東 華 録 第 四 冊 総 4719 頁 6 劉 建 雲 中 国 人 の 日 本 語 学 習 史 清 末 の 東 文 学 堂 学 術 出 版 2005 年 100~102 頁 7 陳 学 恂 主 編 中 国 近 代 教 育 大 事 記 上 海 教 育 出 版 社 1980 年 110 頁 8 同 上 頁 9 並 木 頼 寿 大 里 浩 秋 砂 山 幸 雄 近 代 中 国 教 科 書 日 本 研 文 出 版 2010 年 34 頁 10 王 暁 秋 近 代 中 日 関 係 史 研 究 中 国 社 会 科 学 出 版 社 1997 年 30 頁 11 同 上 30~31 頁 汪 婉 清 末 中 国 対 日 教 育 視 察 の 研 究 汲 古 書 院 1998 年 194~ ~ 245 頁 12 前 掲 中 国 近 代 教 育 大 事 記 114 頁 13 伝 単 中 国 社 会 科 学 院 近 代 史 研 究 所 中 華 民 国 史 研 究 室 主 編 楊 天 石 王 学 庄 編 拒 俄 運 動 中 国 社 会 科 学 出 版 社 1979 年 3 頁 14 同 上 4~6 7~9 頁 なお 劉 恵 吾 主 編 上 海 近 代 史 ( 上 冊 ) 華 東 師 範 大 学 出 版 1985 年 297 頁 を 参 照 15 前 掲 拒 俄 運 動 ~20 26 頁 16 阿 部 洋 中 国 の 近 代 教 育 と 明 治 日 本 福 村 出 版 1990 年 54~59 頁 17 桑 前 掲 論 文 148~155 頁 18 同 上 155~159 頁 19 同 上 159~161 頁 20 上 垣 外 憲 一 日 本 留 学 と 革 命 運 動 < 比 較 文 化 叢 書 > 5 東 京 大 学 出 版 会 1982 年 97 頁 紀 念 会 をめぐる 不 明 な 点 については 桑 前 掲 論 文 159~161 頁 孔 祥 吉 村 田 雄 二 郎 第 七 章 章 炳 麟 と 支 那 亡 国 記 念 会 清 末 中 国 と 日 本 宮 廷 変 法 革 命 研 文 出 版 2011 年 を 参 照 21 胡 国 枢 蔡 元 培 評 伝 河 南 教 育 出 版 社 1990 年 1~2 14~16 頁 22 王 世 儒 編 蔡 元 培 日 記 ( 上 ) 北 京 大 学 出 版 社 2010 年 78 頁 23 劉 前 掲 書 103 頁 24 同 上 前 掲 蔡 元 培 日 記 ( 上 ) 91 頁 25 前 掲 蔡 元 培 日 記 ( 上 ) 92~93 頁 26 劉 前 掲 書 103~104 頁 27 蔡 元 培 自 写 年 譜 (1940 年 2 月 ) 高 平 叔 編 蔡 元 培 全 集 第 七 冊 中 華 書 局 1989 年 283 ~ 頁 胡 前 掲 書 32~34 40 頁 28 陳 学 恂 主 編 中 国 近 代 教 育 史 教 学 参 考 資 料 ( 中 冊 ) 人 民 教 育 出 版 社 1987 年 ( 以 下 資 61

11 料 と 略 記 ) 1 頁 なお 蒋 維 喬 は1902 年 に 中 国 教 育 会 の 会 員 となり ついで 愛 国 学 社 の 教 員 となり のち 愛 国 女 学 校 の 校 長 となる 29 前 掲 蔡 元 培 日 記 ( 上 ) 197~198 頁 30 宋 培 基 銭 斌 愛 国 女 学 成 立 時 間 考 辨 史 林 ( 上 海 社 会 科 学 院 歴 史 研 究 所 )2006 年 第 3 期 73 頁 31 中 国 教 育 会 章 程 資 料 17 頁 32 資 料 12 頁 33 同 上 3 頁 34 中 国 教 育 会 章 程 資 料 18~19 頁 35 資 料 2 頁 36 前 掲 蔡 元 培 日 記 ( 上 ) 198 頁 37 中 国 教 育 会 章 程 資 料 17 頁 38 資 料 1 頁 39 同 上 5 頁 40 中 国 教 育 会 章 程 資 料 18 頁 41 胡 前 掲 書 51 頁 なお 羅 迦 陵 (1864~1941 年 )は 中 国 人 とフランス 人 の 混 血 で 1886 年 に イギリス 籍 のユダヤ 商 人 であるサイラス ハルドーン(Silas Hardoon)と 結 婚 した ハル ドーンは 上 海 租 界 の 有 力 者 で 南 京 路 一 帯 の 不 動 産 開 発 で 成 功 した 富 豪 だった かれの 夫 人 であった 羅 迦 陵 は 中 国 教 育 会 の 有 力 会 員 である 僧 侶 黄 宗 仰 ( 江 蘇 省 常 熟 の 人 )の 影 響 を 受 け 仏 教 事 業 や 革 命 運 動 にも 貢 献 した 42 桑 前 掲 論 文 200~ ~216 頁 43 蒋 維 喬 中 国 教 育 会 之 回 憶 教 育 会 之 創 立 時 期 資 料 2 頁 さねとう けいしゅう 増 補 中 国 人 日 本 留 学 史 くろしお 出 版 1970 年 424~460 頁 永 井 算 巳 所 謂 呉 孫 事 件 に 就 いてー 清 末 留 日 学 生 史 の 一 断 面 同 中 国 近 代 政 治 史 論 叢 汲 古 書 院 1983 年 105~134 頁 44 蔡 前 掲 自 写 年 譜 291~292 頁 蒋 前 掲 中 国 教 育 会 之 回 憶 教 育 会 之 創 立 時 期 資 料 2 頁 45 蒋 前 掲 中 国 教 育 会 之 回 憶 教 育 会 之 創 立 時 期 資 料 2~3 頁 46 資 料 3 頁 47 宋 銭 前 掲 論 文 74 頁 48 光 緒 二 十 八 年 (1902) 南 洋 公 学 学 生 出 校 記 資 料 100~101 頁 蔡 元 培 我 在 教 育 界 的 経 験 蔡 元 培 自 述 伝 記 文 学 出 版 社 1967 年 38 頁 49 愛 国 学 社 章 程 資 料 21 頁 50 郭 連 友 吉 田 松 陰 与 近 代 中 国 中 国 社 会 科 学 出 版 社 2007 年 158~ ~199 頁 ま た 同 近 代 中 国 における 吉 田 松 陰 認 識 革 命 派 と 民 国 期 の 松 陰 論 をめぐって 文 化 ( 東 北 大 学 文 学 会 ) 第 62 巻 第 3 4 号 1999 年 を 参 照 51 中 村 義 中 国 近 代 史 における 西 郷 隆 盛 像 東 京 学 芸 大 学 紀 要 第 3 部 門 社 会 科 学 第 39 集 1987 年 178~180 頁 なお 同 再 論 中 国 近 代 史 に 於 ける 西 郷 隆 盛 像 陽 明 学 ( 二 松 62

12 学 舎 大 学 ) 第 9 号 1997 年 を 参 照 52 蔡 前 掲 我 在 教 育 界 的 経 験 38 頁 53 中 村 哲 夫 第 二 章 拒 俄 義 勇 隊 から 軍 国 民 教 育 会 へ 同 同 盟 の 時 代 中 国 同 盟 会 の 成 立 過 程 の 研 究 人 文 書 院 1992 年 63 頁 なお 永 井 算 巳 拒 俄 学 生 軍 をめぐって 信 州 大 学 紀 要 第 4 号 1953 年 を 参 照 54 張 園 集 議 前 掲 拒 俄 運 動 頁 55 中 村 哲 夫 前 掲 論 文 71~72 頁 56 前 掲 張 園 集 議 67 頁 57 前 掲 拒 俄 運 動 ~82 84~135 頁 58 桑 前 掲 論 文 239 頁 59 蒋 維 喬 中 国 教 育 会 之 回 憶 愛 国 学 社 与 中 国 教 育 会 之 分 立 資 料 6~7 頁 60 黄 世 暉 蔡 孑 民 先 生 伝 略 前 掲 蔡 元 培 自 述 57 頁 なお 胡 前 掲 書 65 頁 を 参 照 61 兪 前 掲 中 国 教 育 会 与 愛 国 学 社 資 料 15 頁 なお 胡 前 掲 書 65~66 頁 王 敏 蘇 報 案 研 究 上 海 人 民 出 版 社 2010 年 を 参 照 62 蒋 前 掲 中 国 教 育 会 之 回 憶 愛 国 学 社 与 中 国 教 育 会 之 分 立 資 料 7 頁 なお 胡 前 掲 書 65 頁 を 参 照 63

13 The establishment of the Chinese Education Association in the beginning of 20th century Shanghai especially on the relation with Japan YAN Ni Along the New Policies,which started after the Boxer uprising, the Qing government promoted the educational reform. In Shanghai the Chinese Education Association was established in April Cai Yuan-pei, one of the leaders of the Association, had established the Japanese Learning School in Peking, also had been learning Japanese language. The purpose of the Patriotic School,which was established by the Association in November 1902, was mental education,idealizing Yosida Shoin and Saigo Takamori in the late Tokugawa era of Japan. The anti-russia movement and the revolutionary movement, which were carried on by the Association and the School in Shanghai, were strengthened in collaboration with the Chinese students in Japan. 64

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