1 岩 倉 具 視 (いわくら ともみ) 公 家 47 歳 全 権 大 使 明 治 維 新 の 立 て 役 者 明 治 国 家 国 のかたちを 探 り 続 けた 男 この 人 物 がいなかったら 明 治 維 新 はもう 少 し 遅 れ 全 く 別 の 姿 になっていたろう 岩 倉

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1 岩 倉 使 節 団 本 隊 (23 名 )の 人 物 列 伝 ( 姓 名 読 み 生 没 年 出 身 使 節 団 出 発 時 (1871 年 ) 年 齢 出 発 時 身 分 役 職 ) 1 岩 倉 具 視 いわくらともみ 公 家 47 全 権 大 使 2 木 戸 孝 允 きどたかよし 長 州 39 副 使 参 議 3 大 久 保 利 通 おおくぼとしみち 薩 摩 42 副 使 大 蔵 卿 4 伊 藤 博 文 いとうひろふみ 長 州 31 副 使 工 部 大 輔 5 山 口 尚 芳 やまぐちなおよし 佐 賀 33 副 使 外 務 少 輔 6 田 辺 太 一 たなべたいち 幕 臣 41 一 等 書 記 官 外 務 少 丞 7 何 礼 之 がのりゆき 幕 臣 32 同 外 務 六 等 出 仕 8 福 地 源 一 郎 ふくちげんいちろう 幕 臣 31 同 大 蔵 一 等 書 記 9 塩 田 三 郎 しおたさぶろう 幕 臣 29 同 外 務 大 記 10 渡 辺 洪 基 わたなべこうき 越 前 25 二 等 書 記 官 外 務 少 記 11 小 松 済 治 こまつせいじ 紀 州 25 同 外 務 七 等 出 仕 12 林 薫 三 郎 はやしとうさぶろう 幕 臣 22 同 同 13 長 野 桂 次 郎 ながのけいじろう 幕 臣 29 同 同 14 川 路 寛 堂 かわじかんどう 幕 臣 28 三 等 書 記 官, 同 15 畠 山 義 成 はたけやまよしなり 薩 摩 29 同 留 学 生 16 安 藤 太 郎 あんどうたろう 幕 臣 26 四 等 書 記 官 外 務 大 録 17 池 田 政 懋 いけだまさよし 佐 賀 24 同 文 部 大 助 教 18 中 山 信 彬 なかやまのぶよし 佐 賀 30 大 使 随 行 兵 庫 権 知 事 19 五 辻 安 仲 ごつじやすなか 公 家 27 同 式 部 助 20 野 村 靖 のむらやすし 長 州 30 同 外 務 大 記 21 内 海 忠 勝 うつみただかつ 長 州 29 同 神 奈 川 県 大 参 事 22 久 米 邦 武 くめくにたけ 佐 賀 33 同 権 少 外 史 23 由 利 公 正 ゆりきみまさ 越 前 43 同 東 京 府 知 事 左 から 木 戸 山 口 岩 倉 伊 藤 大 久 保 右 後 ろ 伊 藤 ( 帽 子 ) 右 前 木 戸

2 1 岩 倉 具 視 (いわくら ともみ) 公 家 47 歳 全 権 大 使 明 治 維 新 の 立 て 役 者 明 治 国 家 国 のかたちを 探 り 続 けた 男 この 人 物 がいなかったら 明 治 維 新 はもう 少 し 遅 れ 全 く 別 の 姿 になっていたろう 岩 倉 は 下 級 公 卿 堀 河 康 親 の 次 男 として 京 都 に 生 まれる 幼 名 : 周 丸 (かねまる) 朝 廷 儒 学 者 伏 原 宣 明 に 学 び 14 歳 伏 原 の 推 薦 で 岩 倉 具 慶 の 養 子 となり 具 視 と 改 名 元 服 し 昇 殿 を 許 されるが 岩 倉 家 の 役 料 100 俵 養 子 先 も 下 級 公 卿 に 過 ぎなかった ペリー 来 航 の 嘉 永 6 年 (1853) 関 白 鷹 司 政 道 へ 歌 道 入 門 し 朝 廷 首 脳 に 近 づく 転 機 となる 30 歳 で 侍 従 に 任 官 安 政 5 年 (1858) 老 中 堀 田 正 睦 が 日 米 修 好 通 商 条 約 の 勅 許 を 得 るため 上 京 すると 大 原 重 徳 と 共 に 勅 許 反 対 に 立 ち 上 がり 延 臣 八 十 八 卿 列 参 を 演 出 して 幕 府 を 窮 地 に 追 い 詰 める この 時 孝 明 天 皇 に 神 州 万 歳 堅 策 を 提 出 和 親 条 約 に 基 本 的 に 反 対 して 相 手 を 知 るために 欧 米 へ 使 節 派 遣 して 熟 慮 する 時 間 稼 ぎを 提 案 している 安 政 7 年 (1860) 桜 田 門 外 の 変 で 井 伊 直 弼 が 暗 殺 されると 岩 倉 は 和 宮 御 降 嫁 に 関 する 上 申 書 を 提 出 し 公 武 合 体 を 推 進 和 宮 降 嫁 の 際 江 戸 へ の 随 行 役 を 務 めている その 後 尊 王 攘 夷 運 動 が 高 揚 すると 佐 幕 派 と 見 做 され 三 条 実 美 姉 小 路 公 知 などから 四 奸 二 嬪 ( 岩 倉 具 視 久 我 建 通 千 種 有 文 冨 小 路 敬 直 今 城 重 子, 堀 河 紀 子 )として 弾 劾 されて 辞 官 に 追 い 込 まれる 岩 倉 村 に 蟄 居 するが これは 岩 倉 にとって 絶 好 の 政 情 を 熟 慮 する 機 会 となる 禁 門 の 変 で 京 都 の 攘 夷 強 硬 論 者 である 七 卿 が 長 州 落 ちすると 忽 ち 名 誉 を 回 復 した 慶 応 2 年 (1866) 孝 明 天 皇 が 崩 御 し 翌 年 明 治 天 皇 が16 歳 で 即 位 大 政 奉 還 が 行 われると 王 政 復 古 の 大 号 令 を 大 久 保 利 通 ら と 主 導 して 小 御 所 会 議 で 将 軍 徳 川 慶 喜 の 辞 官 納 地 を 強 行 議 決 する 明 治 元 年 岩 倉 は 参 与 から 議 定 へ 昇 進 海 陸 軍 事 務 会 計 事 務 の 重 要 な 職 務 を 任 され 実 質 的 岩 倉 政 権 の 体 を 成 す 版 籍 奉 還 廃 藩 置 県 を 推 進 して 明 治 4 年 11 月 右 大 臣 兼 遣 外 使 節 団 特 命 全 権 大 使 として 団 員 46 名 留 学 生 60 名 を 率 いて 欧 米 回 覧 の 壮 途 に 就 く 副 使 は 明 治 維 新 の 立 役 者 たる 木 戸 孝 充 大 久 保 利 通 伊 藤 博 文 山 口 芳 尚 である 国 政 は 西 郷 隆 盛 大 隈 重 信 ら 留 守 政 府 に 委 ねての1 年 9ヶ 月 余 に 渡 る 条 約 締 結 国 12カ 国 巡 覧 の 旅 は 西 洋 文 明 を 見 聞 して 明 治 の 国 のかたち を 考 える 一 大 壮 挙 で あった 帰 国 直 後 の 明 治 6 年 の 政 変 ( 征 韓 論 排 除 内 治 優 先 富 国 強 兵 ) 明 治 14 年 の 政 変 ( 憲 法 国 会 へ 漸 進 主 義 )が 外 遊 組 が 辿 りついた 明 治 国 家 のかたち への 一 つの 回 答 であった 明 治 10 年 の 西 南 戦 争 の 前 後 に 木 戸 孝 充 西 郷 隆 盛 大 久 保 利 通 が 相 前 後 して 亡 くなり 建 国 の 業 は 岩 倉 と 伊 藤 博 文 に 託 されたが 岩 倉 は 華 族 の 行 く 末 を 案 じ 華 族 の 金 禄 公 債 の 投 資 先 として 第 十 五 国 立 銀 行 の 創 設 日 本 国 有 鉄 道 の 設 立 などに 積 極 的 にかかわった ( 山 田 哲 司 岩 倉 具 視 など 参 照 )

3 2 木 戸 孝 允 (きど たかよし) 長 州 39 歳 副 使 参 議 維 新 三 傑 見 識 ある 熟 慮 家 創 業 自 助 の 人 誠 実 で 温 厚 な 大 人 風 明 治 維 新 の 国 のかたちを 死 の 直 前 まで 真 摯 に 考 え 続 けた 悩 める 国 家 プラナー 萩 藩 医 和 田 昌 景 の 長 男 として 生 まれる 幼 名 : 小 五 郎 号 : 小 菊 7 歳 で 隣 家 大 組 士 桂 九 郎 兵 衛 の 末 期 養 子 となるが 直 ぐに 養 父 母 がなくなり 生 家 の 和 田 家 で 成 長 する 10 歳 代 は 岡 本 栖 雲 に 句 読 を 藩 校 明 倫 館 の 佐 々 木 源 吾 に 漢 学 吉 田 松 陰 に 山 鹿 流 兵 学 内 藤 作 兵 衛 に 柳 生 新 陰 流 剣 術 仙 波 喜 間 太 に 馬 術 などを 学 ぶ 嘉 永 5 年 (1852) 20 歳 で 剣 術 修 行 名 目 で 江 戸 に 出 て 練 兵 館 斉 藤 弥 九 郎 に 入 門 神 道 無 念 流 剣 術 を 習 い 一 年 で 免 許 皆 伝 を 得 て 5 年 間 塾 頭 を 務 める 傍 ら 韮 山 の 江 川 太 郎 左 衛 門 に 洋 式 兵 学 を 中 島 三 郎 助 に 造 船 術 を 神 田 孝 平 に 蘭 学 を 学 び 江 川 に 附 いてペリー 艦 隊 を 実 地 見 聞 する 萩 に 戻 り 有 備 館 用 掛 同 舎 長 右 筆 副 役 学 習 院 用 掛 を 歴 任 し 次 第 に 藩 で 重 きを 成 し 周 布 政 之 助 ら 開 明 派 と 組 んで 長 州 五 傑 の 英 国 留 学 を 推 進 蘭 英 語 に 精 通 した 村 田 蔵 六 を 登 用 する 文 久 3 年 (1863) 藩 命 で 京 都 に 出 て 久 坂 玄 瑞 らと 破 約 攘 夷 活 動 に 動 く 八 月 十 八 日 の 変 後 は 京 に 潜 伏 し 情 報 蒐 集 に 努 める 32 歳 の 元 治 元 年 京 都 留 守 居 役 として 中 岡 慎 太 郎 坂 本 龍 馬 らと 接 触 蛤 御 門 の 変 では 明 治 天 皇 への 直 訴 かなわず 燃 える 鷹 司 邸 から 切 り 抜 けて 逃 亡 し 幾 松 らの 助 けで 潜 伏 生 活 に 入 る この 頃 藩 命 で 木 戸 貫 治 と 改 名 翌 年 更 に 木 戸 準 一 郎 と 改 名 第 一 次 長 州 征 伐 の 後 復 権 して 藩 政 府 の 中 枢 に 座 る 慶 応 2 年 幾 多 の 変 遷 の 後 薩 長 同 盟 締 結 に 漕 ぎつ ける 第 二 次 長 州 征 伐 では 兵 器 軍 艦 の 軍 備 を 整 え 幕 府 軍 を 撃 破 することになる 明 治 新 政 府 には 太 政 官 徴 士 として 総 裁 局 顧 問 外 国 事 務 係 参 与 を 拝 命 五 箇 条 の 御 誓 文 の 起 草 に 参 画 徳 川 慶 喜 の 寛 典 を 主 張 版 籍 奉 還 の 実 現 に 大 久 保 らと 尽 力 永 世 禄 1,800 石 を 綬 禄 明 治 4 年 参 議 となり 廃 藩 置 県 を 主 導 断 行 して 岩 倉 使 節 団 の 副 使 として 欧 米 を 歴 訪 する 回 覧 中 は 憲 法 教 育 などを 中 心 に 思 索 を 続 ける 帰 国 後 の 明 治 6 年 憲 法 制 定 意 見 書 内 治 優 先 の 意 見 書 元 老 院 設 置 を 主 唱 翌 7 年 文 部 卿 兼 務 征 台 戦 争 反 対 を 唱 え 内 務 卿 も 一 時 兼 務 明 治 8 年 地 方 官 会 議 議 長 を 務 めて 地 方 自 治 の 確 立 を 目 指 す 病 気 を 押 して 天 皇 の 奥 羽 巡 幸 に 供 奉 宮 内 庁 出 仕 地 租 改 正 の 緩 和 地 税 減 額 の 建 言 をなす 明 治 10 年 西 南 戦 争 の 最 中 天 皇 の 見 舞 を 受 けるが 西 郷 いいかげんにせんか を 遺 して 逝 く 詩 や 歌 にも 長 じていた 従 一 位 勲 一 等 旭 日 大 授 章 この 人 が もう 少 し 長 生 きしたら 明 治 国 家 ももっと 良 い 方 向 に 行 ったかもと 思 わす 人 物 である ( 木 戸 孝 充 年 表 木 戸 孝 充 館 明 治 三 傑 木 戸 孝 充 等 )

4 3 大 久 保 利 通 (おおくぼ としみち) 薩 摩 42 歳 副 使 大 蔵 卿 維 新 三 傑 不 評 を 畏 れず 沈 思 黙 考 して 明 治 国 家 の 基 礎 を 築 いた 大 政 事 家 不 人 気 の 人 である だが この 人 と 西 郷 がいなければ 明 治 維 新 の 実 現 は 難 しかった 薩 摩 藩 士 琉 球 館 附 役 大 久 保 利 世 の 長 男 として 鹿 児 島 の 加 治 屋 町 に 生 れる 幼 名 : 正 袈 裟 通 称 : 正 助 諱 : 利 済 のち 利 通 下 加 治 屋 町 の 郷 中 と 藩 校 造 士 館 で 西 郷 隆 盛 税 所 篤 吉 井 友 実 海 江 田 信 義 らと 学 ぶ 16 歳 で 藩 の 記 録 所 書 役 助 となる が 21 歳 の 時 父 利 世 が 藩 主 島 津 斉 興 の 跡 継 ぎをめぐるお 家 騒 動 ( 高 崎 崩 れ)に 連 座 して 沖 永 良 部 島 へ 流 罪 となり 利 通 も 免 職 となる 嘉 永 6 年 (1853) 島 津 斉 彬 が 藩 主 となると 記 録 所 に 復 帰 蔵 役 となる 安 政 4 年 西 郷 隆 盛 と 共 に 徒 目 付 となる この 年 早 崎 ますこと 結 婚 翌 年 藩 主 斉 彬 が 逝 去 すると 藩 主 島 津 茂 久 の 父 忠 敬 ( 久 光 )に 囲 碁 の 相 手 として 接 近 し 知 遇 を 得 る 万 延 元 年 勘 定 方 小 頭 格 翌 年 御 小 納 戸 役 となり 藩 政 に 参 画 する 家 格 も 一 代 新 番 に 文 久 2 年 島 津 久 光 に 従 って 京 都 江 戸 に 向 かう 久 光 より 一 蔵 の 名 を 賜 る 御 側 役 兼 小 納 戸 頭 取 となり 岩 倉 具 視 と 公 武 合 体 を 目 指 す 江 戸 では 幕 府 の 文 久 の 改 革 に 尽 力 する 文 久 3 年 薩 英 戦 争 に 参 画 将 軍 後 見 職 徳 川 慶 喜 の 参 与 会 議 解 体 から 慶 喜 批 判 を 強 め 長 州 再 征 反 対 に 転 じ 薩 長 同 盟 薩 土 同 盟 倒 幕 大 政 奉 還 へ 向 かう この 頃 利 通 に 改 名 慶 応 3 年 王 政 復 古 クーデター 断 行 し 小 御 所 会 議 で 岩 倉 西 郷 と 慶 喜 の 辞 官 納 地 を 強 行 決 議 する 明 治 新 政 府 に 徴 士 で 内 閣 事 務 掛 となり 幕 府 との 開 戦 を 主 張 大 阪 遷 都 建 議 するが 天 皇 と 面 会 し 関 東 親 政 を 建 議 版 籍 奉 還 を 木 戸 板 垣 と 協 議 推 進 する 明 治 2 年 参 与 参 議 となる 明 治 4 年 廃 藩 置 県 を 布 告 後 の 岩 倉 使 節 団 派 遣 に 副 使 として 参 加 し 欧 米 の 政 治 経 済 システムの 吸 収 に 努 める 条 約 改 正 の 天 皇 委 任 状 を 取 りに 米 国 から 伊 藤 博 文 と 一 旦 帰 国 するが 条 約 交 渉 は 中 断 となる 英 国 の 産 業 革 命 の 実 態 を 見 聞 し プロシアのビスマルクに 会 い 生 々しいパワー ゲームの 実 態 を 知 る 帰 国 後 は 征 韓 論 を 押 さえ 内 治 優 先 を 旨 とし 内 務 省 を 創 設 して 殖 産 興 業 に 腐 心 する 武 士 の 反 乱 たる 佐 賀 の 乱 や 西 南 戦 争 では 維 新 崩 壊 になりかねないと 仮 借 のない 態 度 を 取 った 為 に 評 判 は 必 ずしも 芳 しくない 然 し 琉 球 処 分 の 前 提 となる 台 湾 出 兵 日 清 互 換 条 約 な ど 領 土 画 定 のため 徹 底 的 に 政 治 リアリズムを 貫 いたことは 不 退 転 の 政 治 家 として 歴 史 家 の 評 価 は 高 い 海 運 内 務 省 の 強 化 内 国 博 覧 会 を 西 南 戦 争 中 も 開 催 するなど 明 治 11 年 に 紀 尾 井 坂 で 暗 殺 されるまで 専 制 的 且 つ 開 発 独 裁 的 ( 有 司 専 制 )とも 評 された が 明 治 国 家 のあるべき 国 のかたちを 求 めて 自 分 の 信 じる 政 治 理 念 を 最 後 まで 追 求 した 真 の 政 治 家 であった 死 後 借 金 しか 残 さなかった 清 廉 さも 忘 れられない ( 勝 田 政 治 の 大 久 保 利 通 年 表 大 平 忠 氏 大 久 保 利 通 等 )

5 4 伊 藤 博 文 (いとう ひろふみ) 長 州 31 歳 副 使 工 部 大 輔 明 治 の 今 太 閤 虚 心 に 国 家 の 為 の 政 治 を 目 指 した 初 代 総 理 大 臣 吉 田 松 陰 に 斡 旋 の 才 あり と 言 われたが 生 涯 その 才 を 遺 憾 なく 発 揮 した 長 州 周 防 の 百 姓 林 十 蔵 の 長 男 に 生 まれた 幼 名 : 利 助 のち 俊 輔 博 文 号 : 春 畝 滄 浪 閣 主 人 父 が 蔵 元 付 中 間 水 井 武 兵 衛 の 養 子 となり その 武 兵 衛 が 足 軽 伊 藤 弥 右 衛 門 の 養 子 となったので 十 蔵 博 文 父 子 も 足 軽 となれた 松 下 村 塾 に 学 び 松 陰 の 配 慮 で 京 都 長 崎 へ 旅 行 桂 小 五 郎 の 従 僕 となり 江 戸 屋 敷 に 住 み 志 道 聞 多 ( 井 上 馨 ) と 親 交 する 安 政 の 大 獄 で 松 陰 が 斬 首 されると 遺 骸 を 引 き 取 る 桂 久 坂 玄 瑞 高 杉 晋 作 志 道 らと 尊 皇 攘 夷 運 動 に 関 わり 公 武 合 体 派 の 永 井 雅 楽 の 暗 殺 を 画 策 御 殿 山 英 国 大 使 館 焼 き 討 ちや 塙 思 寶 ら 暗 殺 に 加 わる 文 久 3 年 長 州 五 傑 の 英 国 留 学 に 加 わり ロンドンで 英 語 など 学 び 米 英 仏 蘭 四 国 連 合 艦 隊 の 長 州 攻 撃 の 報 に 接 し 急 遽 志 道 聞 多 と 帰 国 して 戦 争 回 避 を 英 公 使 オールコックや 通 訳 サトーらと 会 見 して 模 索 するが 結 局 下 関 戦 争 は 勃 発 し 一 転 戦 後 処 理 などにあたる 第 二 次 長 州 征 伐 では 高 杉 の 功 山 寺 挙 兵 に 一 番 に 駆 けつけ 騎 兵 隊 として 内 訌 を 戦 う 明 治 維 新 になると 外 国 事 務 総 裁 の 東 久 世 通 禧 に 見 出 され 神 戸 事 件 堺 事 件 の 解 決 に 奔 走 し 出 世 の 足 掛 かりを 得 る 維 新 後 に 博 文 に 改 名 英 語 を 武 器 に とんとん 拍 子 に 参 与 外 国 事 務 局 判 事 大 蔵 兼 民 部 少 輔 初 代 兵 庫 県 知 事 初 代 工 部 卿 宮 内 卿 など 要 職 を 歴 任 することになる 明 治 3 年 から 翌 年 にかけ 芳 川 顕 正 福 地 源 一 郎 らと 渡 米 し ナショナルバンクで 学 ん で 帰 国 新 貨 条 例 を 制 定 岩 倉 使 節 団 に 副 使 として 参 加 し サンフランシスコで 日 の 丸 演 説 をして 名 を 挙 げる 大 久 保 利 通 と 共 に 条 約 改 定 交 渉 の 委 任 状 を 取 りに 帰 国 し 以 降 大 久 保 の 信 頼 を 得 る 帰 国 後 は 留 守 政 府 の 征 韓 論 を 契 機 に 明 治 6 年 の 政 変 を 画 策 し 成 功 する 明 治 8 年 には 大 久 保 木 戸 との 仲 を 取 り 持 って 大 阪 会 議 を 実 現 明 治 1 4 年 の 政 変 を 主 導 して 自 由 民 権 派 を 抑 え 漸 進 的 に 憲 法 制 定 国 会 開 設 をすすめるた め 明 治 15 年 西 園 寺 公 望 伊 東 巳 代 治 らを 伴 い 憲 法 調 査 に 渡 欧 して グナイスト モッセ シュタインなどに 学 んで 帰 国 する 明 治 18 年 初 代 総 理 大 臣 に 就 任 し その 後 夏 島 に 籠 って 伊 東 金 子 堅 太 郎 井 上 毅 らと 大 日 本 帝 国 憲 法 の 草 案 を 練 り 枢 密 院 を 創 設 して 審 議 し 明 治 22 年 憲 法 発 布 に 漕 ぎつける その 後 も 日 清 日 露 戦 争 を 経 て, 対 露 宥 和 政 策 をとり 金 子 を 米 国 へ 派 遣 し 広 報 外 交 を 演 出 明 治 33 年 立 憲 政 友 会 を 創 設 初 代 韓 国 統 監 など 務 め 明 治 42 年 ハルピン 駅 で 暗 殺 されるまで 岩 倉 大 久 保 なきあとの 明 治 日 本 の 政 治 を 先 導 して 生 涯 を 終 える 最 近 は 知 の 政 治 家 との 評 価 が 高 い ( 泉 三 郎 瀧 井 一 博 氏 ら 著 作 参 考 )

6 5 山 口 尚 芳 (やまぐち なおよし) 佐 賀 33 歳 副 使 外 務 少 輔 岩 倉 使 節 団 4 副 使 の 内 唯 一 全 行 程 を 岩 倉 大 使 と 行 動 を 共 にした 副 使 使 節 団 副 使 としては 地 味 で 目 立 たないが 大 隈 重 信 の 代 理 として 佐 賀 藩 を 代 表 した 天 保 10 年 佐 賀 藩 武 雄 領 で 山 口 形 左 衛 門 尚 澄 の 子 として 生 まれる 通 称 : 範 蔵 ますか ひさよし とも 読 む 佐 賀 藩 武 雄 前 領 主 : 鍋 島 茂 義 に 見 込 まれて 15 歳 の 時 佐 賀 藩 主 : 鍋 島 閑 叟 の 命 で 他 藩 士 らと 長 崎 に 蘭 学 オランダ 語 を 学 ぶ 更 に 佐 賀 藩 の 大 隈 重 信 副 島 種 臣 らと 長 崎 英 語 伝 習 所 ( 済 美 館 )でフルベッキより 英 語 を 学 ぶ 帰 藩 後 翻 訳 方 兼 練 兵 掛 を 命 ぜられる 幕 末 には 薩 摩 長 州 藩 士 らと 交 流 し 薩 長 同 盟 にも 関 与 し 京 都 では 岩 倉 具 視 とも 交 流 を 深 める 王 政 復 古 の 後 東 征 軍 に 参 加 江 戸 城 開 城 に 際 し 薩 摩 藩 小 松 帯 刀 らと 一 番 乗 りで 入 城 を 果 たしている 明 治 維 新 政 府 には 外 国 事 務 局 御 用 掛 で 出 仕 外 国 官 大 阪 府 判 事 試 補 越 後 府 判 事 東 京 府 判 事 兼 外 国 掛 外 国 官 判 事 として 箱 館 府 在 勤 など 明 治 元 年 一 年 の 内 に 歴 任 する 明 治 2 年 長 崎 に 赴 き フルベッキを 東 京 の 大 学 へ 招 聘 の 任 にあたる 次 いで 外 国 官 判 事 兼 東 京 府 判 事 として 通 商 司 総 括 となる 更 に 会 計 官 判 事 に 転 じ 大 阪 府 在 勤 となるが 直 ぐに 大 隈 重 信 の 配 下 の 大 蔵 大 丞 兼 民 部 大 丞 に 任 ぜられる 以 上 は 明 治 2 年 のこと 明 治 3 年 北 海 道 開 発 御 用 掛 を 命 じられるが 翌 4 年 外 務 少 輔 に 転 じて 岩 倉 使 節 団 の 副 使 として 欧 米 回 覧 の 旅 に 出 る 岩 倉 大 使 と 大 隈 重 信 の 配 慮 だろう 回 覧 中 に 大 隈 重 信 宛 に16 通 の 書 簡 を 送 り 回 覧 の 見 聞 を 詳 細 に 報 告 している 英 国 の 産 業 を 見 て 惜 しむらくは 十 有 五 年 前 この 大 形 を 一 観 せば 方 略 無 きにしも 非 ず 嗚 呼 遅 れたり 遺 憾 な り 表 皮 之 開 化 論 等 は 断 然 打 ち 捨 て 根 基 を 強 くし 人 知 の 進 歩 を 図 るが 肝 要 など の 所 見 を 述 べている 山 口 の 従 者 は3 人 いた 息 子 山 口 俊 太 郎 (9 歳 ) 相 良 猪 吉 ( 大 隈 重 信 の 甥 ) 川 村 勇 (14 歳 静 岡 出 身 帰 国 後 18 歳 で 死 去 )の 三 名 である 長 男 俊 太 郎 は 岩 下 長 十 郎 と 共 に 使 節 団 一 行 中 の 二 神 童 と 呼 ばれ 回 覧 中 に 通 訳 を 務 める 程 に 語 学 習 熟 し イギリスに 残 って 大 学 を 卒 業 して9 年 後 に 帰 国 した 帰 国 後 の 山 口 尚 芳 は 明 治 6 年 の 政 変 では 当 然 外 遊 組 に 組 みし 佐 賀 の 乱 では 元 藩 主 の 鍋 島 茂 昌 を 説 いて 反 乱 へ 呼 応 を 阻 止 し 自 ら 兵 を 率 いて 反 乱 軍 の 鎮 圧 にあたる 以 降 元 老 院 議 官 元 老 院 幹 事 会 社 並 組 合 条 例 審 査 総 裁 会 計 監 査 院 初 代 院 長 を 歴 任 明 治 14 年 の 政 変 で 一 旦 大 隈 に 準 じるが 直 ぐ 参 事 院 ( 内 閣 法 政 局 の 前 身 )の 議 官 外 務 部 長 兼 軍 事 部 長 戒 厳 令 清 韓 両 国 在 留 の 御 国 人 取 規 則 徴 兵 令 改 正 案 などの 元 老 院 回 付 の 内 閣 委 員 ( 明 治 15 年 ) 高 等 法 院 陪 席 裁 判 官 貴 族 院 議 員 を 歴 任 した 正 三 位 勲 一 等 瑞 宝 章 現 在 も 武 雄 市 では 毎 年 一 月 には 範 蔵 ( 尚 芳 の 通 称 )まつり が 開 催 さ れている ( 近 代 国 家 への 船 出 山 口 尚 芳 HP 崎 陽 など)

7 6 田 邊 太 一 (たなべ たいち) 幕 臣 41 歳 一 等 書 記 官 外 務 少 丞 三 回 の 洋 行 経 験 あって 岩 倉 使 節 団 の 大 番 頭 ( 一 等 書 記 官 長 ) 幕 臣 新 政 府 官 僚 晩 年 の 自 由 人 三 代 を 自 在 に 生 きた 人 生 の 達 人 というべきだろうか 幕 臣 の 儒 学 者 田 邊 石 庵 ( 誨 輔 )の 次 男 として 生 まれる 通 称 : 定 輔 号 : 蓮 舟 父 石 庵 は 昌 平 黌 教 授 甲 府 徽 典 館 学 頭 を 務 め 榎 本 武 揚 はその 私 塾 生 であった 15 歳 で 甲 府 徽 典 館 に 入 学 18 歳 昌 平 黌 に 学 び 21 歳 で 父 と 同 じ 甲 府 徽 典 館 教 授 次 いで24 歳 で 同 学 頭 を 務 めることになる 25 歳 にはオランダ 語 を 学 び 始 めて 安 政 4 年 長 崎 海 軍 伝 習 所 の 第 三 期 生 となる 伝 習 所 閉 鎖 に 伴 い 一 年 で 江 戸 に 戻 り 幕 府 外 国 奉 行 所 に 召 され 外 国 方 書 物 方 出 役 として 外 国 奉 行 水 野 忠 徳 の 下 で 横 浜 開 港 事 務 に 携 わる この 頃 から オランダ 語 に 加 え 英 語 フランス 語 も 学 び 始 める 文 久 元 年 には 厄 介 の 身 分 から 幕 臣 (30 俵 )に 取 り 立 てられ 水 野 忠 徳 小 笠 原 諸 島 開 拓 使 の 島 調 査 測 量 の 随 行 として 支 配 調 役 並 で 参 画 その 後 の 小 笠 原 日 本 領 有 の 基 礎 となる 文 久 3 年 には 外 国 奉 行 支 配 組 頭 に 昇 進 池 田 長 発 外 国 奉 行 の 遣 仏 使 節 団 に 随 行 する この 時 は 横 浜 鎖 港 交 渉 が 目 的 で ナポレオン 三 世 にも 謁 見 したが 相 手 に されず 逆 にパリ 約 定 を 結 ばされて 帰 国 後 池 田 使 節 と 共 に 横 浜 鎖 港 談 判 失 敗 の 責 で 免 職 謹 慎 処 分 を 受 ける 翌 年 逼 塞 の 身 ながら 出 役 を 命 ぜられ 支 配 組 頭 勤 方 となる 慶 応 三 年 正 式 に 組 頭 に 復 帰 し 徳 川 昭 武 パリ 万 博 使 節 団 の 随 行 を 命 ぜられる 公 使 館 書 記 官 として 幕 府 と 薩 摩 藩 の 二 重 出 品 のもめごと 処 理 にあたるが 薩 摩 藩 は 琉 球 国 太 守 政 府 として 譲 らず 幕 府 の 威 信 失 墜 として 咎 められる 帰 国 すると 幕 府 の 大 政 奉 還 後 で 目 付 となって 小 栗 忠 順 らと 徹 底 抗 戦 を 唱 えるが 徳 川 慶 喜 に 聞 き 入 れられず 榎 本 武 揚 を 支 援 に 回 る 明 治 二 年 徳 川 家 駿 府 へ 移 封 の 後 沼 津 兵 学 校 の 教 授 に 招 聘 さ れるが 翌 年 外 務 省 外 務 少 丞 を 拝 命 して 翌 年 の 岩 倉 使 節 団 に 筆 頭 の 一 等 書 記 官 長 と して 随 行 を 命 じられる 帰 国 後 は 外 務 省 四 等 出 仕 となり 明 治 7 年 の 台 湾 出 兵 問 題 の 処 理 で 大 久 保 利 通 の 随 行 員 の 一 人 として 清 へ 渡 り 折 衝 の 補 佐 をなす 明 治 10 年 外 務 省 大 書 記 官 となり 翌 年 から 清 国 公 使 館 勤 務 明 治 13 年 清 国 臨 時 公 使 となる 明 治 16 年 52 歳 で 外 務 省 を 退 官 その 後 は 元 老 院 議 官 錦 鶏 間 祇 候 勅 撰 貴 族 院 議 員 などを 歴 任 する 晩 年 は 詩 文 書 に 親 しみ 福 地 源 一 郎 と 花 柳 界 によ く 遊 び 市 川 団 十 郎 や 三 遊 亭 圓 朝 を 自 宅 に 招 くなど 派 手 に 立 ち 回 った 幕 末 回 顧 談 を 残 している 琵 琶 湖 疏 水 を 設 計 施 工 した 田 邊 朔 郎 は 甥 で 長 女 龍 子 は 三 宅 雪 嶺 の 妻 となり 後 には 三 宅 花 圃 の 名 で 歌 人 小 説 家 随 筆 家 として 活 躍 し 樋 口 一 葉 にも 影 響 を 与 えた ( 蓮 舟 のつぶやきの 年 表 田 邊 康 雄 参 考 )

8 7 何 礼 之 (が のりゆき) 幕 臣 32 歳 一 等 書 記 官 外 務 六 等 出 仕 唐 通 事 から 英 学 に 華 麗 に 転 じて 維 新 の 人 材 を 多 数 育 てる 明 敏 に 時 代 を 読 み 幕 末 維 新 の 幕 臣 官 僚 教 育 者 翻 訳 家 として 大 活 躍 代 々の 長 崎 唐 通 事 何 栄 三 郎 ( 静 谷 三 良 太 英 八 郎 )の 長 男 として 長 崎 に 生 れる 通 称 : 礼 之 助 が れいし とも 呼 ばれる 天 保 15 年 父 の 死 で 5 歳 で 家 督 を 継 ぎ 唐 通 事 は 稽 古 通 事 に 始 まり, 小 通 事 助 過 人 小 通 事 助 小 通 事 末 席 へと 進 む 10 年 間 は 中 国 語 ( 唐 話 )を 修 めたが 安 政 元 年 (1854)の 開 国 後 英 語 の 習 得 の 必 要 性 を 感 じ 唐 人 から 華 英 辞 典 を 求 め 独 学 で 英 語 を 学 ぶ 安 政 5 年 の 日 米 修 好 通 商 条 約 締 結 後 長 崎 に 英 米 船 の 寄 港 が 増 えると 安 政 6 年 には 幕 府 から 税 関 業 務 を 命 じられ 積 極 的 に ウィリアムズ リギンズ マックゴアナ 等 英 米 人 に 接 触 して 英 語 を 学 ぶ 長 崎 英 語 伝 習 所 ではフルベッキからも 学 び 後 に 教 師 を 務 める 文 久 元 年 のロシア 船 対 馬 占 拠 事 件 で 通 訳 を 勤 めて 長 崎 奉 行 所 支 配 定 役 格 の 幕 臣 となる 英 語 稽 古 所 の 学 頭 となるとともに 自 宅 で 私 塾 を 開 き 英 語 教 育 に 当 たる 塾 生 は 百 数 十 名 に 及 ぶ 前 島 密 高 橋 新 吉 前 田 正 名 芳 川 顕 正 高 峰 譲 吉 白 峰 駿 馬 陸 奥 宗 光 中 島 永 元 瓜 生 震 日 下 義 雄 山 口 尚 芳 萩 原 三 圭 らが 学 んだ 慶 応 3 年 幕 府 開 成 所 教 授 職 並 軍 艦 役 主 格 海 軍 色 伝 習 生 徒 取 締 を 務 める 明 治 になると 新 政 府 開 成 所 御 用 掛 を 拝 命 星 亨 など 学 ぶ 次 いで 大 阪 の 造 幣 局 判 事 となるや 中 之 島 で 瓊 江 塾 を 開 き 浜 尾 新 奥 山 政 敬 豊 川 良 平 鮫 島 武 之 助 などを 教 えた 大 阪 洋 学 校 教 務 を 兼 務 し 洋 学 校 を 設 立 する 傍 ら 経 済 便 蒙 西 洋 法 制 を 翻 訳 明 治 3 年 大 学 少 博 士 となり 明 治 4 年 の 岩 倉 使 節 団 へ 一 等 書 記 官 六 等 出 仕 で 参 加 する 米 国 務 省 での 会 見 には 塩 田 三 郎 が 通 訳 何 礼 之 は 英 和 文 対 照 翻 訳 にあたる ワシントン 滞 在 中 は 木 戸 副 使 に 随 行 して 政 治 調 査 をし モンテスキューの 法 の 精 神 を 翻 訳 し 万 法 精 理 として 刊 行 した 木 戸 と 共 に 帰 国 する 帰 国 後 は 補 駅 逓 寮 五 等 出 仕 補 内 務 省 五 等 出 仕 記 録 翻 訳 事 務 可 相 心 得 事 各 国 条 約 改 正 為 取 調 外 務 省 出 頭 台 湾 蕃 地 事 務 局 御 用 掛 内 務 省 会 社 条 例 取 調 図 書 局 第 三 局 長 翻 訳 課 長 任 内 務 権 大 丞 内 務 権 大 書 記 官 図 書 局 長 内 務 省 取 調 局 事 務 取 扱 任 内 務 大 書 記 官 を 歴 任 して 明 治 17 年 には 内 務 省 内 局 第 二 課 兼 務 で 任 元 老 院 議 官 となり 年 俸 3 千 円 を 下 賜 内 務 省 御 用 掛 兼 務 となる 明 治 20 年 高 等 法 院 予 備 裁 判 官 明 治 21 年 東 京 市 参 事 会 員 当 選 23 年 錦 鶏 間 祇 侯 24 年 には 勅 選 貴 族 院 議 員 に 任 ぜ られる 翻 訳 著 書 多 数 民 法 論 綱 (ベンサム) 政 治 略 原 開 知 叢 書 人 事 進 歩 編 開 知 叢 書 人 事 退 歩 編 法 律 類 鑑 世 渡 の 杖 英 国 賦 税 要 覧 など ( 長 崎 唐 通 事 何 礼 之 の 英 語 習 得 - 許 海 華 著 ほか)

9 8 福 地 源 一 郎 (ふくち げんいちろう) 幕 臣 一 等 書 記 官 大 蔵 書 記 洋 行 四 回 政 治 家 作 家 劇 作 家 ジャーナリスト 歌 舞 伎 座 を 創 設 福 澤 諭 吉 と 天 下 の 双 福 と 言 われた 男 のセカンド ベストな 生 き 方 とは 長 崎 の 儒 医 福 地 源 輔 ( 苟 庵 )の 長 男 として 長 崎 に 生 れる 幼 名 : 八 十 吉 号 : 桜 痴 漢 学 を 長 川 東 洲 に 蘭 学 を 名 村 桃 渓 ( 八 右 衛 門 )に 英 語 の 読 みは 森 山 多 吉 郎 ( 栄 之 助 ) に 英 語 の 発 音 は 中 浜 万 次 郎 に 教 わる 福 澤 諭 吉 も 英 語 をこの 二 人 から 学 んでいる 江 戸 に 出 て 外 国 奉 行 支 配 通 弁 御 用 雇 となり 翻 役 に 従 事 する 万 延 元 年 御 家 人 に 任 用 され 文 久 元 年 (1861)の 竹 内 下 野 守 遣 欧 使 節 に 通 詞 で 福 沢 諭 吉 らと 参 加 し ロシ アとの 国 境 画 定 交 渉 に 携 わり 再 び 慶 応 元 年 (1865)には 柴 田 日 向 守 遣 仏 使 節 に 随 行 し 仏 人 ロニーからフランス 語 を 学 ぶと 共 に 西 洋 の 新 聞 演 劇 文 学 に 目 を 開 く 帰 国 した 慶 応 2 年 外 国 奉 行 支 配 調 役 格 通 詞 御 用 頭 取 ( 蔵 米 150 俵 3 人 扶 持 )の 旗 本 となるが 開 国 論 が 受 け 入 れられず 悶 々とする 大 政 奉 還 の 際 は 徳 川 慶 喜 大 統 領 の 新 政 府 構 想 を 上 奏 するが 取 り 入 れられず 江 戸 開 城 後 江 湖 新 聞 を 創 刊 新 政 府 を 薩 長 政 府 と 非 難 し 発 禁 処 分 で 逮 捕 されるが 木 戸 孝 充 のとりなしで 無 罪 放 免 となる 暫 くは 戯 作 翻 訳 と 私 塾 日 新 舎 で 英 語 仏 語 を 教 えて 生 計 を 立 てる この 頃 吉 原 の 芸 妓 桜 路 に 因 み 桜 痴 を 号 す 明 治 3 年 伊 藤 博 文 の 渡 米 調 査 団 に 誘 われ 会 計 調 査 にあたる 明 治 4 年 の 岩 倉 使 節 団 に 一 等 書 記 官 として 米 欧 視 察 途 中 から 別 命 を 受 け トルコ エジプトの 立 会 裁 判 所 交 渉 ( 領 事 裁 判 )を 視 察 して 帰 国 する 明 治 7 年 大 蔵 省 を 辞 し 政 府 系 東 京 日 日 新 聞 に 入 社 し 署 名 入 り 社 説 を 創 設 発 行 部 数 を 増 やす 政 府 の 漸 進 主 義 を 支 持 し 御 用 新 聞 と 言 われる だが 明 治 8 年 の 新 聞 紙 条 例 誹 謗 律 が 発 布 されると 新 聞 各 社 の 要 望 書 を 起 草 同 年 の 地 方 官 会 議 の 議 長 木 戸 孝 充 を 助 け 書 記 官 を 務 め 西 南 戦 争 では 従 軍 記 者 となって 報 道 明 治 天 皇 に 戦 況 報 告 などをする 渋 沢 栄 一 と 東 京 商 法 会 議 所 を 設 立 し 府 会 議 員 となり 議 長 を 務 めるなど 地 方 民 権 論 で 漸 進 的 立 憲 主 義 の 急 進 理 想 は 追 わず 不 完 全 でも 現 実 的 な 対 応 =セカンドベストの 美 学 を 説 く 明 治 12 年 頃 より 演 劇 や 文 学 活 動 に 傾 倒 していく 新 しい 演 劇 をめざし 英 仏 の 戯 曲 小 説 を 翻 案 して 河 竹 黙 阿 弥 や 三 遊 亭 圓 朝 に 提 供 すると 共 に 演 劇 改 良 運 動 を 展 開 する 明 治 20 年 頃 より 歴 史 的 著 作 を 著 す 春 日 局 (1891) 関 原 誉 凱 歌 (1892) 尊 号 美 談 (1887 光 格 天 皇 ) 天 竺 徳 兵 衛 (1892) 山 県 大 弐 (1892) 車 善 七 (1901) 幕 府 衰 亡 論 (1892)など その 他 歌 舞 伎 座 を 創 設 して 市 川 団 十 郎 の 座 付 き 作 者 など 多 数 の 戯 作 小 説 風 刺 ものを 著 す 人 生 多 毛 作 を 実 践 ( 五 百 旗 頭 真 福 地 桜 痴 論 大 久 保 啓 次 郎 天 下 の 双 福 他 )

10 9 塩 田 三 郎 (しおた さぶろう) 幕 臣 29 歳 一 等 書 記 官 外 務 大 記 幕 末 維 新 で 有 数 の 英 語 仏 語 通 訳 官 琉 球 問 題 を 処 理 天 保 14 年 江 戸 で 塩 田 順 庵 の 三 男 として 生 まれる 通 称 : 篤 信 号 : 松 雲 宮 川 家 に 養 子 に 出 されて 宮 川 三 郎 を 名 乗 る 兄 病 没 して 再 び 塩 田 姓 へ 戻 す 函 館 で 栗 本 鋤 雲 に 漢 学 を 学 び メルメ カションにフランス 語 を 英 語 通 詞 の 名 村 五 八 郎 ( )の 門 下 生 として 英 語 を 学 ぶ 名 村 五 八 郎 は 万 延 元 年 の 新 見 豊 前 守 遣 米 使 節 団 に 函 館 奉 行 支 配 定 役 格 通 詞 で 条 約 批 准 の 日 本 人 初 の 使 節 団 に 随 行 していて その 配 下 に 立 石 得 十 郎, 斧 次 郎 父 子 がいた 又 カションは 1859 年 函 館 に 赴 任 し 栗 本 鋤 雲 塩 田 三 郎 立 広 作 らを 教 えた 当 時 の 函 館 では 新 見 使 節 団 の 副 使 だった 村 垣 範 正 が 外 国 奉 行 兼 函 館 奉 行 を 務 めており 幕 府 の 蝦 夷 地 開 発 の 一 環 で 米 国 公 使 タウ ンゼント ハリスに 依 頼 して 米 国 地 質 学 兼 鉱 山 学 士 のパンペリー(Raphael Pumpelly) とブレイク(William Brake)を 招 聘 して 函 館 鉱 山 学 校 を 作 り 武 田 斐 三 郎 ( 諸 術 調 所 教 授 ) 大 島 惣 左 衛 門 高 任 ( 蕃 書 調 書 出 役 教 授 )が 共 に 蝦 夷 全 域 の 鉱 山 調 査 にあたって おり その 通 訳 に 抜 擢 されたのが 塩 田 と 立 広 作 であった この 鉱 山 調 査 は 文 久 元 年 から 同 3 年 まで 続 き 新 政 府 の 北 海 道 開 拓 団 が 発 足 する10 年 前 のことである 文 久 3 年 横 浜 鎖 港 談 判 のため 池 田 筑 後 守 遣 仏 使 節 団 が 派 遣 されると 塩 田 は 調 役 格 通 弁 御 用 出 役 で 尺 振 八 (のち 共 立 学 舎 創 設 )と 共 に 起 用 された この 使 節 団 には 田 辺 太 一 益 田 鷹 之 助 孝 父 子 も 参 加 している このころ 仏 国 公 使 から 公 使 館 付 通 詞 に 塩 田 を 雇 いたいと 懇 請 されたが 幕 府 は 日 本 側 の 必 要 人 材 として 断 っている 元 治 2 年 (1865) 幕 府 が 設 置 した 全 寮 制 横 浜 仏 語 伝 習 所 は 校 長 がカションで 塩 田 が 助 教 授 に 起 用 された 慶 応 3 年 (1867) 外 国 奉 行 支 配 組 頭 に 登 用 明 治 維 新 後 は 民 部 省 に 出 仕 して 民 部 権 少 丞 のちに 外 務 省 に 転 じて 外 務 大 記 となる 明 治 4 年 の 岩 倉 使 節 団 には 最 初 から 発 令 はあったものの どういう 事 情 か 後 発 して 単 独 で 渡 米 し ワシントンで 本 体 と 合 流 してフィッシュ 国 務 長 官 との 最 初 の 条 約 交 渉 に 間 に 合 い 通 詞 を 務 めている 帰 国 後 は 外 務 大 丞 その 後 外 務 少 輔 を 歴 任 して もっぱら 井 上 馨 外 務 卿 の 配 下 で 条 約 改 正 交 渉 の 補 佐 として 尽 力 する 明 治 18 年 (1885)には 特 命 全 権 駐 清 公 使 に 任 命 されて 明 治 19 年 (1886)から 明 治 22 年 まで 清 国 に 駐 在 する 明 治 22 年 北 京 で 客 死 する 近 年 中 国 は 琉 球 問 題 に 関 し 1887 年 曾 紀 澤 総 理 衛 門 大 臣 が 当 時 の 塩 田 三 郎 公 使 に 対 し まだ 琉 球 問 題 は 決 着 が 付 いていないと 提 起 したのに 塩 田 公 使 は 日 本 がすでに 領 有 済 み と 取 り 合 わなかった とクレームをつけている ( 地 学 団 体 研 究 会 北 海 道 支 部 泉 三 郎 著 作 など)

11 10 渡 辺 洪 基 (わたなべ ひろもと) 越 前 25 歳 二 等 書 記 官 明 治 国 家 のプランナーとして 八 面 六 臂 の 活 躍 東 京 帝 国 大 学 初 代 総 長 二 人 の 知 の 政 治 家 伊 藤 博 文 と 渡 辺 洪 基 ( 瀧 井 一 博 )と 評 価 が 極 めて 高 い 福 井 藩 医 の 渡 辺 静 庵 の 長 男 として 越 前 に 生 れる 幼 名 : 孝 一 郎 号 : 浩 堂 2 歳 の 時 福 井 で 最 初 の 種 痘 を 父 より 受 ける 10 歳 で 立 教 館 に 入 学 更 に 福 井 の 済 世 館 に 学 ぶ 18 歳 で 江 戸 に 出 て 佐 倉 の 蘭 学 者 佐 藤 尚 中 ( 舜 海 )に 理 学 を 学 ぶ 開 成 所 箕 作 麟 祥 や 慶 応 義 塾 福 沢 諭 吉 に 英 学 を 学 び のち 会 津 藩 米 沢 藩 で 英 学 校 を 開 く 慶 応 3 年 西 洋 医 学 所 出 仕 英 蘭 句 読 師 を 務 める 維 新 後 東 京 に 出 て 新 政 府 に 国 民 皆 兵 や 殖 産 興 業 を 唱 える これが 岩 倉 具 視 の 目 に 留 まり 明 治 2 年 大 学 南 校 の 助 教 に 登 用 される 医 術 を 離 れて 語 学 力 数 理 力 組 織 力 を 次 第 に 発 揮 する 明 治 3 年 外 務 大 録 で 出 仕 翌 年 岩 倉 使 節 団 に 外 務 大 記 で 随 行 するが 条 約 交 渉 が 始 まると 早 期 改 正 は 国 力 を 損 なうと 辞 表 を 出 して 帰 国 してしまう だが 免 職 にはならず 琉 球 使 臣 接 待 係 を 経 て オーストリア 兼 イタリヤ 公 使 館 二 等 書 記 官 として 新 婚 の 妻 貞 子 と 同 伴 赴 任 妻 にはドイツ 語 と 英 語 を 習 わせ 皇 帝 ヨーゼフ 一 世 の 前 で 妻 に 琴 三 味 線 を 演 奏 させる 公 使 佐 野 常 民 の 帰 国 の 後 一 等 書 記 官 臨 時 代 理 公 使 となる 任 期 が 終 わると 自 費 で 英 露 トルコ 印 度 を 周 遊 して 帰 る 明 治 11 年 学 習 院 次 長 とし て 学 内 規 則 を 整 備 商 工 業 の 整 備 の 為 の 鉄 道 整 備 と 博 物 館 建 設 を 説 く 一 時 官 を 辞 し 新 聞 記 者 の 原 敬 と10か 月 間 日 本 一 周 の 旅 に 出 る 明 治 12 年 榎 本 武 揚 鍋 島 直 大 佐 野 常 民 らと 謀 って 東 京 地 学 協 会 を 創 設 し 社 長 に 北 白 川 能 久 親 王 を 迎 える 明 治 13 年 太 政 官 法 制 部 主 事 として 集 会 条 例 を 起 草 する 明 治 15 年 元 老 院 議 官 に(1 7 年 まで) 17 年 工 部 小 輔 明 治 18 年 東 京 府 知 事 明 治 19 年 帝 国 大 学 令 に 伴 い 東 京 大 学 と 工 部 大 学 校 を 合 併 した 帝 国 大 学 初 代 総 長 を 伊 藤 博 文 森 有 礼 の 懇 請 で 引 き 受 ける 渡 辺 の 一 番 の 功 績 は 明 治 20 年 創 設 の 工 手 学 校 だろう 将 を 助 け, 卒 を 導 く 下 士 官 たる 職 工 を 育 てて 技 術 立 国 を 目 指 そうと ジョサイア コンド ルの 協 力 と 岩 崎 弥 之 助 (3000 円 ) 澁 澤 栄 一 (200 円 )の 寄 付 を 得 て 辰 野 金 吾 (ロンドン 帰 り) 古 市 公 威 (パリ 帰 り) 中 村 貞 吉 (イギリス 帰 り 化 学 者 校 長 ) 榎 本 武 揚 大 鳥 圭 介 田 口 卯 吉 などの 講 師 陣 で 800 人 応 募 から228 名 を 選 び 土 木 機 械 電 工 建 築 造 船 採 鉱 冶 金 化 学 の 八 科 目 を 設 けた 明 治 23 年 駐 オー ストリア 兼 スイス 公 使 実 業 でも 両 毛 鉄 道 社 長 関 西 鉄 道 帝 国 商 業 銀 行 芝 銀 行 重 役 慶 応 義 塾 評 議 員 大 倉 商 業 学 校 督 長 衆 議 院 議 員 貴 族 院 議 員 立 憲 政 友 会 設 立 委 員 等 まさに 八 面 六 臂 の 働 きをして 54 歳 で 死 去 鹿 鳴 館 では 妻 とダンスに 興 じた ( 西 洋 文 化 との 出 合 い 渡 辺 洪 基 ( 白 崎 昭 一 郎 }コトバンク 等 )

12 11 小 松 済 治 (こまつ せいじ) 紀 州 25 歳 二 等 書 記 官 外 務 七 等 ドイツ 留 学 生 第 一 号 医 学 から 法 学 へ グナイスト 法 治 国 家 を 翻 訳 出 生 は 江 戸 会 津 藩 命 でドイツ 留 学 出 身 地 が 紀 州 という 数 奇 の 理 由 は? 祖 父 馬 島 瑞 延 父 馬 島 瑞 謙 は 会 津 藩 医 で その 長 男 として 江 戸 で 生 まれる 先 祖 は 千 葉 と 和 歌 山 出 身 の 小 松 姓 と 言 われる 祖 父 の 代 に 馬 島 流 の 眼 科 を 学 び 師 を 凌 駕 する 技 量 で 馬 島 姓 を 名 乗 ることを 許 されたが 同 門 生 の 妬 みを 買 って 全 国 巡 遊 を 余 儀 なくさ れ 偶 々 会 津 に 寄 った 時 に 藩 主 松 平 容 敬 の 眼 病 と 皮 膚 病 を 治 したことで 藩 医 に 取 り 立 てられた 済 治 は1859 年 父 の 死 で 家 督 を 継 ぎ 会 津 に 出 て 藩 校 日 新 館 で 南 摩 綱 紀 ( 後 の 東 大 教 授 ) 杉 原 外 之 助 に 学 び 次 いで 蘭 学 所 で 山 本 覚 馬 や 川 崎 尚 之 助 に 蘭 学 を 学 ぶ 慶 応 元 年 会 津 藩 命 の 蘭 学 修 行 に 長 崎 に 出 て 西 洋 医 学 校 精 得 館 で オランダ 医 学 を 学 ぶ 禁 門 の 変 (1864 年 )での 鉄 砲 よる 負 傷 兵 の 治 療 研 究 が 目 的 だっ たと 言 う 長 崎 で 知 り 合 ったドイツ 商 人 カール レーマンが 済 治 の 人 生 を 開 いた レー マンにドイツ 語 を 学 び 慶 応 3 年 には このレーマンを 通 じ 山 本 覚 馬 は 撃 針 銃 ( 後 装 ライフル 銃 )4300 挺 ( 会 津 藩 1300 和 歌 山 藩 3000)の 発 注 契 約 を 結 んだ この 買 付 で 帰 国 するレーマンに 随 行 して 藩 命 で 済 治 はドイツ 留 学 に 出 る 1869 年 にハイデルベルク 大 学 に 学 籍 登 録 して 医 学 と 後 に 法 学 を 学 んでいる 追 ってドイツ 留 学 生 となった 赤 星 研 造 と 青 木 周 蔵 に 先 立 つこと 一 年 前 のドイツ 留 学 生 第 一 号 であった 明 治 3 年 に 帰 国 したが 会 津 藩 は 戊 辰 戦 争 に 敗 北 していたので 父 祖 の 地 和 歌 山 に 戻 って 馬 島 済 治 から 先 祖 の 姓 の 小 松 済 治 に 改 名 した この 頃 小 松 は 会 津 藩 出 身 の 日 下 義 雄 と 会 って 大 阪 造 幣 寮 頭 の 井 上 馨 に 紹 介 して 日 下 を 書 生 としてもらった 後 に 小 松 は 日 下 ( 長 崎 県 知 事 )の 仲 人 もしている 紀 州 藩 に 出 仕 して 軍 制 改 革 など 指 導 して いた 小 松 は 明 治 4 年 兵 部 省 に 出 仕 し 二 等 書 記 官 となって 岩 倉 使 節 団 に 随 行 した アメリカより 大 久 保 伊 藤 の 二 人 に 伴 って 天 皇 委 任 状 を 取 りにいったん 帰 国 した そ の 時 岩 倉 大 使 より 天 皇 の 御 真 影 ( 写 真 )を 各 国 歴 訪 に 使 いたいので 貰 って 来 いと 頼 まれていたが 宮 内 省 は 馬 上 洋 服 姿 の 披 露 できるような 英 姿 写 真 はまだ 撮 れていない ( 天 皇 は 写 真 嫌 いでなかなか 応 じてくれない)と 結 局, 再 渡 米 までに 間 に 合 わなかった 帰 国 後 の 明 治 7 年 に 陸 軍 省 に 出 仕 翌 年 判 事 になるが 明 治 12 年 いったん 官 を 辞 して ルドルフ フォン グナイストの 法 治 国 家 を 建 国 説 として 翻 訳 出 版 した 明 治 18 年 司 法 省 書 記 官 に 復 帰 明 治 20 年 民 事 局 長 明 治 24 年 横 浜 地 方 裁 判 所 長 を 歴 任 したが 47 歳 で 亡 くなっている ( 荒 木 康 彦 近 代 日 独 交 渉 史 研 究 序 説 最 初 のドイツ 留 学 生 馬 島 済 治 とカール レーマン 他 )

13 12 林 董 三 郎 (はやし とうさぶろう) 幕 臣 22 歳 二 等 書 記 官 日 英 同 盟 締 結 に 尽 力 し 日 露 戦 争 を 優 位 に 導 く のち 日 本 初 大 使 佐 倉 藩 蘭 医 佐 藤 泰 然 の 五 男 として 生 れる 幼 名 : 信 五 郎 通 称 : 董 (ただす) 変 名 : 佐 藤 東 三 郎 文 久 2 年 (1862) 幕 府 御 典 医 林 洞 海 ( 実 姉 の 夫 )の 養 子 となっ て 林 家 を 継 ぎ 林 董 三 郎 を 名 乗 る 横 浜 のヘボン 塾 (アンナ ヘボン 明 治 学 院 大 学 の 前 身 )にて 英 語 を 高 橋 是 清 益 田 孝 村 田 蔵 六 ( 大 村 益 次 郎 )らと 共 に 学 ぶ 慶 応 2 年 (1866) 幕 府 の 英 国 留 学 生 として 中 村 正 直 菊 地 大 麓 外 山 正 一 ら13 名 で 渡 英 し 2 年 間 学 んで 慶 応 4 年 戊 辰 戦 争 の 最 中 に 帰 国 するが 幕 府 海 軍 副 総 裁 の 榎 本 武 揚 ( 林 洞 海 の 娘 多 津 の 夫 )に 従 って 佐 藤 東 三 郎 の 名 で 開 陽 丸 乗 組 見 習 として 函 館 赴 き 五 稜 郭 に 立 て 籠 もる 敗 戦 後 は 捕 虜 となり 弘 前 藩 預 かりとなる この 間 に 榎 本 がパークス 宛 に 出 した 英 文 の 書 簡 が パークスも 英 国 人 の 手 になるのかと 驚 くほど の 出 来 で それが 林 の 手 腕 と 知 った 黒 田 清 隆 陸 奥 宗 光 から 地 方 官 僚 へ 登 用 の 要 請 が 来 る 林 は 仲 間 の 捕 虜 も 一 緒 でないと 新 政 府 には 出 仕 しない を 条 件 に 禁 固 処 分 を 解 か れて 明 治 4 年 横 浜 へ 戻 り 神 奈 川 県 奏 仕 で 出 仕 し 陸 奥 宗 光 神 奈 川 県 知 事 の 配 下 に 就 く 同 年 二 等 書 記 官 兼 外 務 省 七 等 出 仕 に 任 じられ 岩 倉 使 節 団 に 随 行 することになる 使 節 団 が 米 国 で 長 居 している 間 に 先 に 渡 英 して 使 節 団 がリバプールに 入 港 した 時 吉 田 清 成 大 鳥 圭 介 らと 出 迎 えている 帰 国 後 は 伊 藤 博 文 工 部 大 輔 の 下 で 工 部 省 工 学 寮 工 学 助 として 工 学 大 学 校 創 設 に 働 く 工 部 寮 少 丞 工 部 省 権 大 書 記 官 同 大 書 記 官 奏 任 四 等 宮 内 省 大 書 記 官 兼 帯 を 歴 任 し 明 治 18 年 工 部 省 廃 止 に 伴 い 逓 信 省 大 書 記 官 に 転 じ 翌 年 第 一 次 伊 藤 内 閣 榎 本 武 楊 逓 信 大 臣 のもと 高 等 官 二 等 逓 信 省 駅 逓 局 長 同 省 内 信 局 長 を 経 て 香 川 県 知 事 次 いで 兵 庫 県 知 事 に 転 じる 再 び 明 治 2 4 年 第 一 次 松 方 内 閣 榎 本 外 務 大 臣 の 時 高 等 官 一 等 外 務 次 官 となり 明 治 28 年 清 国 駐 剳 特 命 全 権 公 使 を 皮 切 りに ロシア スエーデン ノルウエー 英 国 全 権 公 使 を 歴 任 する その 間 大 臣 への 要 請 もあったが にわか 大 臣 たらんより 外 交 の 檜 舞 台 に 立 たん と 現 場 を 重 視 した 英 国 公 使 の 時 イギリスよりロシア 重 視 の 伊 藤 博 文 井 上 馨 桂 太 郎 を 説 いて 日 英 同 盟 締 結 に 尽 力 し 結 果 これが 日 露 戦 争 の 展 開 を 優 位 に 導 き 日 露 戦 争 後 の 戦 後 処 理 では 義 兄 の 加 藤 高 明 の 後 の 外 相 として 活 躍 した 英 国 公 使 の 時 大 使 に 昇 進 これは 日 本 人 外 交 官 として 初 の 大 使 である この 後 逓 信 大 臣 も 経 験 して いるが 林 の 人 生 は 外 国 体 験 と 語 学 能 力 が 人 生 を 切 り 開 いた 好 例 だろう 翻 訳 経 済 論 (スチュアート ミル) 第 二 代 電 気 学 会 会 長 ( 初 代 は 榎 本 武 揚 ) 伯 爵 ( 生 涯 働 学 遊 水 雲 会 の 林 董 三 郎 など)

14 13 長 野 桂 次 郎 (ながの けいじろう) 幕 臣 29 歳 二 等 書 記 官 幕 末 の 遣 米 使 節 団 で 一 躍 人 気 となったトミーこと 為 八 も 岩 倉 使 節 団 以 降 は 不 遇 だった 幕 府 直 参 旗 本 小 花 和 度 正 (こばなわ なりまさ)の 次 男 として 生 まれる 幼 少 時 病 弱 だったので 豪 農 横 尾 金 蔵 の 里 子 養 子 となり 横 尾 為 八 となる 10 歳 で 母 の 実 家 米 田 猪 一 郎 の 再 養 子 になり 米 田 為 八 を 称 す 16 歳 叔 父 でオランダ 通 詞 の 立 石 得 十 郎 の 養 子 に 入 り 立 石 斧 次 郎 として 蘭 語 と 英 語 を 立 石 得 十 郎 と 長 崎 蘭 語 通 詞 の 森 山 多 吉 郎 より 学 ぶ 二 人 は ぺり 来 航 時 の 通 詞 を 下 田 で 務 めており ロナルド マクド ナルドより 英 語 を 学 んでいた 斧 次 郎 は 英 語 を 二 人 から 学 ぶと 共 に 米 国 総 領 事 館 に 出 入 りしてハリスとヒュースケンから 生 きた 語 を 学 んだ 更 に 長 崎 の 英 語 伝 習 所 に 入 り 教 師 のオランダ 海 軍 二 等 尉 官 ヴィッヘルスと 英 国 人 フレッチェルの 助 手 を 務 めた 安 政 6 年 (1859) 神 奈 川 運 上 所 通 弁 見 習 に 登 用 され 万 延 元 年 の 日 米 修 好 通 商 条 約 批 准 の 新 見 遣 米 使 節 団 に 養 父 立 石 得 十 郎 と 共 に 親 子 で 随 行 する 米 国 では 若 くて 気 さくで 英 語 の 出 来 る 斧 次 郎 は トミーと 呼 ばれて 婦 人 たちに 大 人 気 を 博 し 新 聞 でもて はやされ トミーポルカの 楽 曲 さえ 作 られた 帰 国 後 は 米 田 桂 次 郎 を 名 乗 り 十 人 扶 持 御 雇 通 詞 で 出 仕 し 暗 殺 されたヒュースケンの 代 わりに 米 国 領 事 館 通 訳 として 働 き ハリスの 依 頼 で 孟 子 の 翻 訳 など 手 掛 けたが 1862 年 ハリス 帰 国 で 外 国 奉 行 御 書 翰 掛 開 成 所 ( 洋 書 調 所 ) 教 授 職 並 出 役 として 田 辺 太 一 の 下 で 福 沢 諭 吉 らと 働 いた 一 方 私 塾 を 田 辺 の 家 で 開 き 益 田 孝 らを 教 える 徳 川 慶 喜 が 大 阪 城 で 米 国 公 使 ファン ケンバーグと 会 談 の 際 は 将 軍 親 衛 隊 の 歩 兵 差 図 役 頭 取 勤 方 であったが 通 訳 を 勤 めた そのころ プロシア 人 ヘンリー シュネルと 武 器 調 達 の 為 上 海 を 訪 れている 維 新 後 は 長 野 桂 次 郎 と6 度 目 の 改 名 をし 明 治 4 年 の 岩 倉 使 節 団 の 回 覧 に 二 等 書 記 官 で 随 行 する だが 米 国 以 降 は 工 部 省 造 船 頭 肥 田 理 事 官 付 け 工 部 省 七 等 出 仕 に 切 り 替 えられ 鉱 山 業 務 など 調 査 にあたり 佐 々 木 高 行 と 共 に 一 足 先 に 帰 国 した 帰 国 後 は 工 部 省 に 在 籍 したが ろくな 仕 事 もなく 明 治 10 年 には 官 を 辞 し 一 家 郎 党 で 北 海 道 に 移 住 して 北 海 道 開 拓 に 従 事 した 度 々 伊 藤 博 文 などに 職 の 斡 旋 を 頼 んでいるが 恵 まれなかったようだ 明 治 20 年 ハワイ 移 民 監 督 官 となって 安 藤 太 郎 中 村 領 事 らと 家 族 を 伴 い 赴 任 したが 2 年 程 で 戻 り その 後 は 大 阪 控 訴 院 の 通 訳 官 を18 年 間 ほど 務 めたが 安 月 給 だったようで 最 晩 年 は 家 族 と 戸 田 村 に 隠 棲 した 結 局 幕 末 までが 長 野 桂 次 郎 の 絶 頂 期 で 新 政 府 になってからは 疎 んじられたようだ 74 歳 で 死 去 ( トミー 立 石 斧 次 郎 ( 長 野 桂 次 郎 ) 年 譜 他 )

15 14 川 路 寛 堂 (かわじ かんどう) 幕 臣 28 歳 三 等 書 記 官 川 路 聖 謨 の 孫 大 蔵 省 から 英 語 教 師 へ 江 戸 で 川 路 彰 常 の 長 男 として 生 まれる 3 歳 で 父 が 病 没 し 叔 父 の 井 上 清 直 に 育 てら れるが 8 歳 で 川 路 家 に 戻 り 祖 父 川 路 聖 謨 の 庇 護 を 受 ける 通 称 : 太 郎 温 日 下 部 伊 三 次 安 積 良 斎 に 儒 学 を 学 ぶ 昌 平 黌 に 入 学 箕 作 阮 甫 と 蕃 書 調 所 で 蘭 学 を 中 浜 万 次 郎 森 山 多 吉 郎 に 英 語 を 横 浜 仏 語 伝 習 所 でメルメ カションに 仏 を 学 び, 酒 井 良 祐 に 剣 術 指 南 を 受 ける 吉 原 重 俊 福 島 敬 典 らと 武 田 斐 三 郎 に 英 語 測 量 術 を 学 ぶ 安 政 4 年 13 歳 で 元 服 し 将 軍 家 茂 の 小 姓 組 番 士 となる 安 政 6 年 祖 父 免 職 に 伴 い 家 督 を 継 ぎ 蕃 書 調 所 に 勤 める 文 久 3 年 将 軍 上 洛 に 従 い 京 で 佐 久 間 象 山 に 会 う 慶 応 2 年 幕 府 陸 軍 の 歩 兵 頭 並 ( 大 隊 長 格 ) 同 年 幕 命 で 英 国 留 学 の 取 締 となる 英 国 では 他 の 留 学 生 たちはユニバシティ カレッジスクール 中 学 に 通 い 川 路 は 文 学 士 モ ルトベイ 氏 の 個 人 教 授 で 海 軍 術 英 文 学 を 学 ぶ またパリ 出 張 し 徳 川 昭 武 訪 仏 の 支 援 にあたる 大 政 奉 還 後 帰 国 の 費 用 を 断 たれ 渋 沢 栄 一 に 相 談 する 帰 国 すると 祖 父 川 路 聖 謨 は 自 害 しており 家 財 も 盗 難 に 遭 い 無 一 文 となる 維 新 後 静 岡 に 赴 かず 平 民 となって 横 浜 で 生 糸 の 貿 易 商 を 営 むが 失 敗 する 然 し この 間 伊 藤 博 文 川 村 純 義 の 面 識 を 得 渋 沢 栄 一 と 田 辺 太 一 の 推 挙 で 岩 倉 使 節 団 に 外 務 七 等 出 仕 三 等 書 記 官 とし て 随 行 する 米 国 で 財 政 出 納 事 務 取 調 の 大 蔵 省 七 等 出 仕 に 切 り 替 わる オランダでは 運 河 堤 防 等 の 土 木 工 役 視 察 の 特 命 を 受 け 使 節 団 と 各 国 歴 訪 して 帰 国 帰 国 後 は 大 蔵 省 の 残 務 整 理 外 務 省 の 外 国 文 書 課 長 などを 勤 めた 明 治 8 年 大 蔵 卿 大 隈 重 信 へ 金 銀 比 価 是 正 の 提 言 現 貨 濫 出 論 を 出 し 西 洋 式 簿 記 にアラビヤ 数 字 採 用 を 建 言 し 米 商 会 所 の 設 立 に 参 画 した 同 年 工 部 省 大 鳥 圭 介 大 蔵 省 河 野 通 猷 らとタイに 出 張 し 大 蔵 省 で 翻 訳 事 業 に 従 事 翌 年 大 蔵 権 少 丞 叙 正 七 位 となったが 明 治 10 年 官 制 改 革 で 免 職 となる その 後 は いくつかの 実 業 に 挑 戦 するが 失 敗 明 治 18 年 より 芝 三 田 台 に 英 語 塾 月 山 学 舎 を 開 き 慶 応 義 塾 に 入 学 前 の 生 徒 に 英 語 を 教 えた 明 治 26 年 から 明 治 32 年 まで 福 山 の 尋 常 中 学 誠 之 館 の 雇 教 員 となる 更 に 明 治 32 年 に は 兵 庫 洲 本 中 学 校 教 諭 心 得 を 勤 める 明 治 36 年 兵 庫 県 三 原 郡 組 合 立 淡 路 高 等 女 学 校 初 代 校 長 を11 年 間 務 める 進 歩 的 な 教 育 方 針 で 全 校 海 水 浴 など 取 り 入 れ 開 明 校 長 として 有 名 になる 大 正 3 年 11 年 には 神 戸 の 松 陰 高 等 女 学 校 ( 現 松 陰 女 子 学 院 )の 副 校 長 を 勤 めて 以 降 神 戸 に 隠 棲 した 84 歳 で 死 去 著 書 川 路 聖 謨 之 生 涯 月 山 漫 筆 英 航 日 録 等 ( 誠 之 館 人 物 誌 川 路 寛 堂 など)

16 15 畠 山 義 成 (はたけやま よしなり) 薩 摩 29 歳 三 等 書 記 官 薩 摩 藩 第 一 次 英 国 留 学 生 回 覧 実 記 公 式 記 録 員 東 京 開 成 学 校 校 長 出 生 が 解 明 されていない 父 親 は 薩 摩 藩 の 一 所 持 加 治 木 島 津 家 主 水 久 誠 との 説 と 加 治 木 島 津 家 から 畠 山 家 に 養 子 に 入 った 畠 山 伝 十 郎 でその 三 男 が 畠 山 義 成 とも 言 う 一 万 石 の 家 老 にもなれる 家 格 であったようだ 通 称 : 武 之 助, 丈 之 助 号 : 純 常 慶 応 元 年 (1865) 薩 摩 藩 の19 名 の 英 国 留 学 生 として 羽 島 港 から 渡 英 する 変 名 は 杉 浦 弘 蔵 ロンドンではジェームス グラバー(トマス グラバーの 兄 )の 斡 旋 で University College of London で 学 ぶ 畠 山 はデビドソン 教 授 宅 に 寄 宿 して 英 語 と 西 洋 教 育 の 基 礎 を 習 う 1867 年 元 在 日 英 国 公 使 館 でオールコックの 秘 書 をしていた ローレンス オリファントの 支 援 で 吉 田 清 成 鮫 島 尚 信 森 有 礼 松 村 淳 蔵 長 沢 鼎 ら6 人 で 渡 米 してトマス レイク ハリス 教 団 (コンミューン 型 宗 教 集 団 )に 入 って ブドウ 園 などに 従 事 するコロニーで 共 同 生 活 を 始 める 然 し 教 団 の 方 針 に 疑 問 を 感 じ 1868 年 にはハリス 教 団 を 去 って モンソンにいた 薩 摩 藩 第 二 次 米 国 留 学 生 ( 吉 原 重 俊 湯 地 定 基 種 子 島 敬 輔 江 夏 蘇 助 仁 礼 景 範 )に 合 流 のため ニュージャージー 洲 ブランズウィックへ 移 住 して 畠 山 と 吉 田 はラトガース 大 学 に 入 学 する 畠 山 は 三 年 制 の 科 学 コースを 取 る この 年 キリスト 教 に 入 信 ( 吉 田 湯 地 畠 山 吉 原 の 順 で)し 宣 教 師 を 志 す 1869 年 には 薩 摩 藩 留 学 生 から 新 政 府 官 制 留 学 生 となる 吉 原 が 普 仏 戦 争 見 学 の 大 山 巌 品 川 弥 二 郎 らに 付 いてヨーロッパに 派 遣 されると 畠 山 は 留 学 生 の 管 理 財 政 管 理 役 となる 71 年 にはヨーロッパの 教 育 制 度 を 調 査 の 上 で 帰 国 命 令 が 出 る ラトガース 大 学 は 休 学 し 正 式 の 卒 業 はならず 亡 くなる 直 前 の 訪 米 中 に 同 大 名 誉 修 士 号 を 授 与 されている 在 英 中 岩 倉 使 節 団 に 随 行 が 発 令 されて 吉 原 と 共 にワシントンで 使 節 団 に 合 流 三 等 書 記 官 を 拝 命 する 米 国 では 久 米 邦 武 と 共 に 米 国 憲 法 の 翻 訳 に 従 事 し 木 戸 とモル レーが 参 画 する 欧 米 回 覧 で 畠 山 が 通 訳 久 米 が 記 録 する 役 目 で 後 の 回 覧 実 記 の 基 礎 を 築 く 1873 年 帰 国 し 暫 く 大 久 保 利 通 の 家 に 居 候 し 開 成 学 校 が 開 校 に 伴 い 文 部 省 と 太 政 官 の 五 等 出 仕 として 開 成 学 校 と 外 国 語 学 校 の 校 長 を 勤 める 宮 内 庁 御 用 掛 も 兼 務 1874 年 佐 賀 の 乱 で 九 州 出 張 し 故 郷 の 土 を 踏 む 再 び 東 京 に 戻 ると 文 部 小 丞 学 務 局 長, 中 督 学 を 務 める ラトガース 大 学 教 授 のデビッド モルレーが 文 部 省 学 監 に 招 聘 されると その 通 訳 も 兼 ねる 1875 年 書 籍 館 博 物 館 の 館 長 となる この 頃 から 病 気 を 患 い, 静 養 をしつつ1876 年 フィラデルフィア 万 博 に 文 部 大 輔 田 中 不 二 麿 と 共 に 渡 米 するが その 帰 途 の 船 上 で 死 亡 する 34 歳 だった ( 長 耳 ブログーKOZO-Web.を 参 考 )

17 16 安 藤 太 郎 (あんどう たろう) 幕 臣 26 歳 四 等 書 記 官 外 務 大 録 五 稜 郭 闘 士 から 使 節 団 へ ハワイ 総 領 事 日 本 禁 酒 同 盟 初 代 会 長 大 酒 豪 が 日 本 禁 酒 同 盟 会 を 創 設 元 麻 布 の 安 藤 太 郎 記 念 教 会 を 妻 の 遺 志 で 献 造 鳥 羽 藩 医 ( 江 戸 藩 邸 詰 ) 安 藤 文 沢 の 子 として 江 戸 に 生 まれる 字 : 忠 経 漢 学 を 安 井 息 軒 に 蘭 学 を 坪 井 芳 州 に 英 語 を 箕 作 秋 坪 ( 菊 池 大 麓 の 父 大 麓 はロンド ンに 使 節 団 滞 在 時 英 国 で 英 才 の 名 を 馳 せており 後 の 東 大 総 長 )に 学 ぶ 18 歳 神 戸 海 軍 操 練 所 次 いで 陸 軍 伝 習 所 に 入 り 幕 府 の 騎 兵 となる 慶 応 3 年 品 川 沖 で 二 等 見 習 として 薩 摩 の 軍 艦 翔 鳳 と 対 峙 して 砲 弾 を 撃 ち 込 み 撃 退 させている 戊 辰 戦 争 では 榎 本 武 揚 軍 に 加 わり 五 稜 郭 で 降 伏 し 禁 固 一 年 を 経 験 している 解 かれて 新 政 府 の 大 蔵 省 に 出 仕 次 いで 外 務 省 に 転 じ 岩 倉 使 節 団 には 四 等 書 記 官 の 外 務 大 録 で 随 行 した 帰 国 後 は 専 ら 外 務 畑 を 歩 く 香 港 副 領 事 を 務 めた 後 明 治 17 年 上 海 総 領 事 明 治 20 年 にはハワイ 総 領 事 として 文 子 夫 人 と 共 に 赴 任 する 文 子 は 荒 井 郁 之 助 ( 北 海 道 開 拓 使 学 校 創 設 大 島 正 健 内 村 鑑 三 新 渡 戸 稲 造 など 育 て 初 代 中 央 気 象 台 長 )の 妹 で ハワイで 太 郎 と 一 緒 にメソジスト 教 会 で 受 洗 している 当 時 ハワイ 移 民 の 若 者 が 多 く サンフランシスコから 来 た 同 派 の 美 山 貫 一 鵜 飼 猛 の 二 人 が 宣 教 のかたわら 互 助 会 を 作 り 福 祉 教 育 活 動 に 力 を 入 れており 日 本 人 教 会 を 設 立 榎 本 武 揚 逓 信 大 臣 と 日 本 郵 船 社 長 森 岡 正 純 から 贈 られた 二 樽 の 祝 酒 を 夫 人 は 夫 の 体 を 気 遣 って 馬 丁 に 頼 んで 樽 を 割 らして 捨 ててしまった これを 機 会 に 太 郎 は 禁 酒 を 断 行 して ハワイ 禁 酒 会 を 作 る 夫 妻 は それまで17 年 間 海 外 生 活 をしていたが 上 海 に 出 張 の 黒 田 清 隆 が 大 酒 を 飲 み 酒 乱 で 大 失 態 を 起 こし 国 際 問 題 になりかけた 姿 を 見 ており 自 らも 酒 の 上 の 失 態 に 悩 んでおり キリスト 教 入 信 もあり 覚 悟 したようだ 日 本 に 戻 ると 外 務 省 初 代 移 民 課 長 農 商 務 省 商 工 局 長 を 務 めた 後 官 を 辞 して キ リスト 教 の 宣 教 と 日 本 禁 酒 同 盟 会 (1890)を 設 立 してその 普 及 に 専 念 する そして 自 宅 を 日 本 メソジスト 銀 座 教 会 安 藤 記 念 講 義 所 として 解 放 し 夫 人 が 亡 くなると その 遺 志 を 継 ぎ 大 正 7 年 (1918)には 元 麻 布 の 自 宅 の 一 部 に 安 藤 記 念 教 会 を 設 立 した 黒 田 清 隆 の 酒 乱 は 有 名 で それをヒントに 禁 酒 同 盟 を 作 ったわけだが 実 は 五 稜 郭 反 乱 軍 の 榎 本 武 揚 荒 井 郁 之 助 林 董 や 安 藤 太 郎 などの 登 用 に 否 定 的 の 西 郷 隆 盛 を 説 いて 有 為 な 人 材 を 新 政 府 に 積 極 的 に 登 用 活 用 すべきと 説 得 したのが 黒 田 である 黒 田 に 導 かれた 安 藤 の 人 生 だったかもしれない ( 日 本 禁 酒 同 盟 禁 酒 の 使 徒 安 藤 太 郎 伝 ( 小 塩 完 次 )コトバ ンクなど 参 考 )

18 17 池 田 政 懋 (いけだ まさよし) 佐 賀 四 等 書 記 官 天 津 領 事 大 蔵 省 少 書 記 官 長 崎 税 関 長 フランス 語 の 達 人 岩 倉 使 節 団 の 本 隊 に 参 加 した 当 時 超 一 流 の 人 物 でも 歳 月 の 経 過 は 無 残 である 出 自 は 佐 賀 藩 出 身 ということ 以 外 に 父 母 の 名 前 さえ 判 らない 欧 米 回 覧 中 は, 政 懋 の 名 より 池 田 寛 治 で 通 っている 弥 一 という 通 称 もあった 長 崎 でフランス 語 を 学 ん だとされるが 恐 らく 師 匠 は 名 村 八 右 衛 門 だろう 新 政 府 には 大 学 助 教 で 出 仕 明 治 4 年 5 月 にロシアとのサハリン 島 所 属 問 題 で 参 議 副 島 種 臣 と 外 務 卿 寺 島 宗 則 がポシェット 湾 での 交 渉 随 行 員 として 田 辺 太 一 上 田 畯 と 共 に 池 田 政 懋 が 起 用 され ている 岩 倉 使 節 団 の 随 員 に 選 ばれたのは 副 島 ( 佐 賀 出 身 )や 田 辺 の 推 薦 が 考 えられる 四 等 書 記 官 で 岩 倉 使 節 団 には 参 加 している 米 国 からヨーロッパには 岩 倉 使 節 団 とは 先 行 しているが 佐 々 木 高 行 の 宮 内 庁 メンバーと 一 緒 か 普 仏 戦 争 見 学 の 大 山 巖 に 随 行 したかのどちらかだろう 1872 年 11 月 2 日 に パリのホテルドロールビロンに 投 宿 した 成 島 柳 北 の 航 西 日 乗 には 同 じホテルに 池 田 寛 治 阿 部 潜 佐 藤 鎮 雄 大 野 直 輔 長 岡 精 助 が 滞 在 していて 11 月 4 日 に 阿 部 氏 帰 国 池 田 寛 治 氏 に 誘 われて 市 内 の 浴 場 に 赴 く 8 日 昨 日 岩 倉 使 節 団 に 先 行 して 着 いた 安 藤 太 郎 池 田 氏 とボア ドブロン 公 園 に 遊 ぶ 11 日 長 田 池 田 安 藤 三 氏 とワランチノの 歌 舞 場 を 見 る 16 日 岩 倉 大 使 一 行 パリ 着 27 日 田 辺 池 田 安 藤 氏 と 話 す 2 月 17 日 岩 倉 使 節 団 一 行 ベルギーへ 発 つ 3 月 14 日 公 使 館 の 池 田 長 田 鶴 田 名 村 諸 氏 にイ タリア 行 の 挨 拶 に 行 く そして 半 月 後 イタリア 旅 行 からパリに 戻 った 柳 北 は4 月 8 日 グランドホテルに 大 久 保 利 通 を 訪 う 明 日 帰 国 すると 言 う 戻 って 故 郷 への 手 紙 を 書 き 池 田 寛 治 氏 に 託 す とある つまり 池 田 は 岩 倉 使 節 団 を 別 れ 大 久 保 に 随 行 して 帰 国 し パリ 滞 在 中 は 公 使 館 付 け 要 員 になっていた 模 様 である この 大 久 保 とは 明 治 7 年 台 湾 出 兵 の 後 に 台 湾 の 所 属 問 題 と 出 兵 の 是 非 を 問 うために 清 国 へ 全 権 弁 理 大 臣 大 久 保 利 通 として 乗 り 込 んだ 時 に 法 律 顧 問 として 随 行 した 仏 人 ボアソナードの 通 訳 として 同 行 したのが 内 務 省 7 等 出 仕 池 田 寛 治 と 司 法 省 7 等 出 仕 名 村 泰 蔵 であった 二 人 はボアソナード 大 久 保 の 法 律 論 争 の 通 訳 と 協 定 案 の 作 成 に 重 用 され 交 渉 を 有 利 に 導 いた この 清 国 出 張 には 吉 原 重 俊 租 税 助 高 崎 正 風 議 官 田 辺 太 一 らと 井 上 毅 も 司 法 省 で 池 田 と 同 じ 七 等 出 仕 であった 井 上 は このあと とんとん 拍 子 で 出 征 する 池 田 にとっては 4 年 後 の 大 久 保 の 暗 殺 と 明 治 6 年 と 明 治 14 年 の 変 による 佐 賀 藩 出 身 者 や 田 辺 太 一 の 政 府 離 れが その 後 の 出 世 に 響 いたかもしれない 天 津 領 事 大 蔵 省 少 書 記 官 長 崎 税 関 長 を 務 めたが 35 歳 で 早 世 した ( 成 島 柳 北 航 西 日 乗 大 久 保 利 通 日 記 その 他 )

19 18 中 山 信 彬 (なかやまのぶよし) 佐 賀 30 歳 大 使 随 行 兵 庫 権 知 事 初 代 大 阪 株 式 取 引 所 頭 取 ( 致 遠 館 同 僚 と 中 山 は 右 端 ) 佐 賀 藩 出 身 の 池 田 寛 治 と 共 に 出 自 が 判 明 しない 中 山 嘉 源 太 とも 称 した 読 み 方 は のぶあき とも 読 む 大 隈 重 信 副 島 種 臣 らと 写 真 にあるように 慶 応 元 年 の 長 崎 英 語 学 校 致 遠 館 の 創 設 に 関 わっている 当 然 フルベッキに 英 語 を 学 んでいる 王 政 復 古 後 堺 県 大 参 事 を 拝 命 している 大 隈 重 信 の 推 挙 があったものと 考 えられる 次 いで 明 治 3 年 (1870) 第 6 代 目 兵 庫 県 知 事 に 選 ばれている 初 代 伊 藤 博 文 4 代 陸 奥 宗 光 5 代 税 所 篤 と 何 れも 大 物 の 役 職 である 明 治 4 年 7 代 神 田 孝 平 に 引 き 継 いで 岩 倉 使 節 団 の 大 使 随 行 に 選 ばれた 使 節 団 本 体 の 構 成 では 幕 臣 出 身 が8 名 長 州 が4 名 佐 賀 が4 名 で 薩 摩 2 名 を 抜 く 使 節 団 の 中 では 中 山 は 米 国 から 肥 田 為 良 工 部 省 造 船 頭 が 先 導 する 別 動 隊 ( 長 野 桂 次 郎 阿 部 潜 沖 守 固 岩 山 敬 義 大 島 高 任 高 辻 修 長 村 田 新 八 ら)9 名 に 加 わり 米 国 の 最 新 鋭 の 工 場 施 設 のあるフィラデルフィアなどを 中 心 に 産 業 視 察 にも 参 画 した 帰 国 して 太 政 大 臣 あてに 中 山 信 彬 報 告 理 事 功 程 提 出 している 内 容 は イギリス における 地 方 行 政 に 関 する 質 疑 応 答 と 在 清 アメリカ 領 事 規 則 となっている 帰 国 後 は 外 務 省 五 等 出 仕 外 務 権 大 丞 兼 二 等 法 制 官 明 治 8 年 正 院 法 務 局 で 古 沢 滋 牟 田 口 通 照 らと 務 めている 古 沢 滋 は 土 佐 出 身 だが 維 新 後 英 国 留 学 し 議 会 制 度 の 素 晴 らしさに 目 を 開 かれ ロンドンで 法 律 を 学 び 議 会 があるごとに 参 観 した 男 で 安 川 繁 成 に 似 た 行 動 をしている 前 年 明 治 6 年 の 政 変 で 辞 職 した 江 藤 板 垣 副 島 後 藤 に 由 利 公 正 岡 本 健 三 郎 小 室 信 夫 と 古 沢 とで 日 本 最 初 の 政 党 愛 国 公 党 を 発 足 し た 中 山 は このころ 佐 賀 の 乱 以 降 の 佐 賀 県 における 士 族 の 不 穏 な 動 きや 県 令 などの 横 暴 な 態 度 を 懸 念 する 手 紙 を 大 隈 重 信 に 書 き 送 っている 新 政 府 のやり 方 に 疑 問 を 感 じ て 次 第 に 官 に 対 する 執 着 が 失 せてきたことが 窺 える 明 治 11 年 退 官 して 実 業 界 に 転 じ 大 阪 株 式 取 引 所 初 代 頭 取 となる この 組 織 は 五 代 友 厚 鴻 池 善 右 衛 門 三 井 元 之 助 住 友 吉 左 衛 門 等 十 名 の 発 議 により 資 本 金 20 万 円 で 発 足 したもので この 件 に 関 しても 大 隈 重 信 に こもごも 相 談 しているので 大 隈 と 渋 沢 栄 一 による 配 慮 の 配 置 転 換 が 想 像 される ( 大 隈 重 信 宛 中 山 信 彬 書 簡 コトバンク 泉 三 郎 著 書 ほか)

20 19 五 辻 安 仲 (いつつじ やすなか) 公 家 27 大 使 随 行 員 式 部 助 明 治 天 皇 東 京 行 幸 の 先 発 隊 長 宮 内 庁 式 部 寮 理 事 功 程 編 子 爵 宇 多 源 氏 200 石 源 雅 信 の 子 時 方 を 始 祖 とする 堂 上 公 家 半 家 の 名 門 五 辻 家 に 生 ま れる 父 は 正 二 位 五 辻 高 仲 ( ) 幕 末 の 八 十 八 卿 列 参 に 参 加 の 一 人 養 父 ( 実 の 兄 ) 従 四 位 上 馬 権 頭 の 五 辻 継 仲 安 政 5 年 元 服 昇 殿 を 許 され 文 久 元 年 正 月 従 五 位 上 に 叙 せられる 攘 夷 の 志 あり 禁 門 の 変 では 長 州 藩 に 加 担 し 謹 慎 処 分 を 受 ける 慶 応 3 年 12 月 王 政 復 古 で 三 職 書 記 御 用 掛 となり 明 治 元 年 には 西 郷 吉 之 助 大 久 保 一 蔵 桂 小 五 郎 井 上 聞 多 伊 藤 俊 輔 大 隈 八 太 郎 五 代 才 助 三 岡 八 郎 後 藤 象 二 郎 横 井 小 楠 らと 同 列 の 参 与 となり 国 内 事 務 局 権 判 事 を 拝 命 明 治 2 年 東 京 招 魂 社 の 創 建 には 天 皇 勅 使 を 務 めている 明 治 4 年 8 月 29 日 には 明 治 天 皇 の 東 京 行 幸 の 先 発 隊 として 戸 田 忠 至 と 共 に 京 都 を 発 っている 次 いで 函 館 裁 判 所 弁 も 兼 ね 旧 官 制 の 弾 正 大 弼 少 弁 を 歴 任 し 式 部 助 として 岩 倉 使 節 団 の 大 使 随 行 として 加 わる 五 辻 は 回 覧 中 は 侍 従 長 東 久 世 通 禧 理 事 官 随 行 で 村 田 新 八 と 通 訳 池 田 寛 治 らと 行 動 を 共 にしている 明 治 5 年 帰 朝 宮 内 庁 式 部 寮 理 事 功 程 を 理 事 官 東 久 世 通 禧 と 連 名 で 提 出 して いる 式 部 助 従 四 位 の 時 神 社 祭 式 を 編 纂 している 明 治 9 年 3 月 には 式 部 助 を 辞 任 しているが その 後 も 宮 内 庁 御 用 掛 を 務 めていたことが 明 治 20 年 の 女 子 教 育 奨 励 会 会 員 名 簿 の 記 載 に 見 える 三 條 実 美 文 書 に 五 辻 書 簡 があり 叙 位 進 階 内 規 両 様 華 族 叙 位 進 階 内 規 の 清 書 提 上 ( 明 治 20 年 )したことが 記 録 されており その 中 で 昨 日 言 上 せし 件 早 速 ご 処 置 貧 窮 華 族 に 寛 大 な 憐 憫 (に 深 謝 の 辞 ) ( 明 治 23 年 ) 又 内 命 の 京 都 華 族 の 内 油 小 路 高 丘 然 るべし 高 丘 人 物 なり ( 年 不 詳 ) 等 の 書 簡 が 残 り 三 条 の 華 族 問 題 処 理 人 物 評 価 の 相 談 役 になっていたことが 窺 える 明 治 22 年 -26 年 は 大 膳 太 夫 を 務 め 天 皇 の 側 近 に 努 めている 年 子 爵 京 極 家 14 代 の 京 極 高 致 ( )は 五 辻 安 仲 の 次 男 で 京 極 家 に 養 子 入 りして やはり 子 爵 となっている ( 三 条 実 美 文 書 明 治 維 新 人 名 事 典 美 術 人 名 事 典 )

21 20 野 村 靖 (のむら やすし) 長 州 30 外 務 大 書 記 吉 田 松 陰 最 後 の 同 志 留 魂 録 現 存 の 恩 人 廃 藩 置 県 を 提 案 野 村 靖 は 1842 年 ( 天 保 13 年 ) 長 州 藩 萩 の 下 級 武 士 ( 足 軽 ) 入 江 嘉 伝 次 の 三 男 として 生 まれる 名 は 和 作 靖 之 助 号 は 欲 庵 兄 の 入 江 九 一 が 入 江 家 を 継 いだため 野 村 家 ( 扶 持 方 二 人 = 米 2 石 4 斗 )の 養 子 となり 吉 田 松 陰 の 松 下 村 塾 に 入 門 して 松 陰 に 才 気 あり 読 書 好 き と 評 される 尊 王 攘 夷 運 動 に 傾 倒 し 松 陰 の 最 後 の 賭 けである 大 原 重 徳 西 下 策 伏 見 要 駕 策 に 唯 一 人 協 力 して 脱 藩 し 京 都 に 向 かうが 藩 の 役 人 に 捕 縛 されて 投 獄 される その 後 京 都 で 高 杉 晋 作 久 坂 玄 瑞 らの 御 楯 組 に 血 盟 して 前 イギリス 公 使 館 焼 き 討 ちや 下 関 での 攘 夷 戦 争 に 参 画 する 1863 年 の 七 卿 落 ちには 御 用 掛 を 務 める 蛤 御 門 の 変 では 藩 主 定 広 の 軍 で 京 都 を 目 指 していたが 敗 戦 と 兄 入 江 九 一 の 死 ( 負 傷 自 決 )を 知 り 引 き 返 す 1866 年 奇 兵 隊 の 挙 兵 に 従 い 四 境 戦 争 では 御 楯 組 と 共 に 奮 戦 し 幕 府 軍 を 打 ち 破 り 明 治 維 新 を 迎 える 維 新 後 は 藩 政 に 参 画 後 に 政 府 に 出 仕 し 宮 内 太 丞 を 拝 命 外 務 大 書 記 の 時 岩 倉 使 節 団 に 加 わり 欧 米 視 察 する 山 縣 有 朋 と 共 に 廃 藩 置 県 は 野 村 靖 の 提 案 が 採 用 されたものである 帰 国 後 神 奈 川 権 令 ( ) 神 奈 川 県 令 ( ) 駅 逓 総 監 (1881) 逓 信 次 官 を 歴 任 して 子 爵 (1887) 枢 密 院 顧 問 官 (1888) 駐 仏 公 使 (1891)を 経 て 第 二 次 伊 藤 内 閣 の 内 務 大 臣 ( )を 務 めるが 東 京 府 を 廃 止 して 東 京 15 区 を 東 京 都 に その 他 の 地 域 を 多 摩 県 とする 東 京 都 制 及 び 多 摩 県 設 立 法 案 を 提 出 す るが 帝 国 議 会 と 市 民 の 反 対 に 遭 い 辞 任 する その 後 第 二 次 松 方 内 閣 の 逓 信 大 臣 ( )を 歴 任 する 晩 年 は 母 や 兄 入 江 九 一 についての 追 懐 録 を 綴 り, 留 魂 録 など 松 陰 の 書 物 を 通 じて 松 陰 思 想 の 普 及 に 努 めた 現 存 の 留 魂 録 は 数 奇 な 運 命 を 経 て 神 奈 川 県 令 の 時 野 村 の 手 に 戻 ってきたのである 松 陰 は 伝 馬 町 の 牢 獄 で 刑 死 の 前 日 に 留 魂 録 を 書 き 上 げ 一 部 は 遺 体 引 き 取 りに 来 た 飯 田 正 伯 の 手 に 渡 り 高 杉 晋 作 や 長 州 藩 松 陰 門 下 生 回 し 読 まれ 倒 幕 の 火 が 点 けられ 奇 兵 隊 の 挙 兵 に 繋 がる これ は 写 本 共 々その 後 紛 失 してしまう 万 が 一 を 考 えてもう 一 部 が 牢 名 主 沼 崎 吉 五 郎 に 預 けたのが 現 存 の 留 魂 録 で 明 治 9 年 三 宅 島 遠 島 の 刑 期 を 終 えた 沼 崎 から 神 奈 川 県 令 だった 野 村 の 手 に 渡 った 野 村 は 明 治 天 皇 の 娘 冨 美 宮 泰 宮 両 親 王 の 養 育 係 を 務 め 鎌 倉 の 御 用 邸 で 66 歳 にて 没 す 著 書 に 帝 国 地 方 自 治 行 政 説 略 ( 明 治 19 年 ) 国 家 論 略 独 逸 帝 国 憲 法 要 論 帝 国 憲 法 要 論 ( 明 治 20 年 ) 国 家 論 略 (1889)などが ある 国 のため 倒 れし 人 を 惜 しむにも 思 うは 親 の 心 なりけり ( 明 治 37 年 ) 最 後 まで 松 陰 の 命 に 従 った 弟 子 として 野 村 は 妻 と 共 に 松 陰 神 社 に 祀 られている ( FC ブログ 奇 才 傾 一 世 野 村 靖 留 魂 録 ほか)

22 21 内 海 忠 勝 (うつみ ただかつ) 長 州 29 歳 大 使 随 行 七 つの 県 知 事 を 務 めた 地 方 行 政 のベテラン 会 計 検 査 院 長 内 務 大 臣 吉 敷 毛 利 の 家 臣 吉 田 治 ( 次 ) 助 の 四 男 に 山 口 ( 吉 敷 )で 生 れる 旧 山 口 藩 士 内 海 良 治 ( 亀 之 進 )の 養 子 となる 通 称 : 義 助 豪 助 精 一 吉 敷 毛 利 藩 校 : 憲 章 館 に 学 ぶ 文 久 3 年 俗 論 派 と 対 峙 するため 吉 敷 毛 利 家 家 臣 ら 毛 利 登 人 服 部 哲 次 郎 ( 名 和 道 一 ) 広 沢 真 臣 桂 小 五 郎 らで 創 設 の 宣 徳 隊 の 結 成 に 参 加 元 治 元 年 禁 門 の 変 ( 蛤 御 門 )に 参 加 するも 破 れて 長 州 に 敗 走 する その 後 高 杉 晋 作 の 呼 びかけの 奇 兵 隊 に 入 る 慶 応 2 年 の 第 二 次 征 長 州 戦 争 での 四 境 戦 争 では, 芸 州 口 に 戦 う 幕 府 軍 を 敗 走 させ る 同 年 蘭 学 校 に 入 学 大 政 奉 還 後 は 官 軍 に 従 軍 して 甲 府 で 甲 陽 鎮 撫 隊 により 負 傷 させられる 明 治 3 年 大 参 事 となり 明 治 4 年 神 奈 川 県 大 参 事 の 肩 書 で 岩 倉 使 節 団 の 大 使 随 行 となる 明 治 6 年 に 帰 国 後 してからは 専 ら 地 方 行 政 官 僚 の 道 を 歩 む 明 治 8 年 兵 庫 県 大 参 事 ( 副 知 事 格 )の 時 木 戸 が 学 校 設 立 を 目 指 す 新 島 襄 を 紹 介 した が 内 海 は 学 校 設 立 には 賛 成 するが キリスト 教 思 想 の 学 校 には 難 色 を 示 した そのあ と 新 島 は 内 国 博 覧 会 を 見 に 行 った 京 都 で 山 本 覚 馬 に 会 い 開 校 を 実 現 することになる 長 崎 県 令 ( )の 明 治 14 年 8 月 胃 病 療 養 の 為 兵 庫 の 舞 子 浜 で10 日 間 の 海 水 浴 請 暇 を 太 政 大 臣 ( 三 条 実 美 )に 求 めた 書 状 が 残 っている 三 重 県 令 (1884-) 兵 庫 県 知 事 ( 第 九 代 ) 長 野 県 知 事 ( 第 二 代 ) 神 奈 川 県 知 事 ( 第 三 代 ) この 時 は 三 多 摩 分 離 問 題 が 起 きて 分 離 賛 成 派 に 回 る この 時 から 神 奈 川 県 より 東 京 都 管 轄 に 替 わる その 理 由 が 幕 末 に 甲 陽 鎮 撫 隊 により 負 傷 させられたことを 挙 げている そのごも 大 阪 府 知 事 ( 第 八 代 ) 京 都 府 知 事 ( 第 八 代 ) と 地 方 行 政 に 一 貫 して 携 わっている 京 都 での 明 治 32 年 角 倉 了 以 翁 水 利 紀 功 碑 の 銘 文 起 草 し 今 も 残 っている 明 治 34 年 (1901) 同 郷 吉 敷 出 身 の 成 瀬 仁 蔵 ( キリスト 教 牧 師 ) に 協 力 を 求 められ 伊 藤 博 文 首 相 山 縣 有 朋 など 長 州 系 の 支 援 で 日 本 女 子 大 学 の 創 設 に 貢 献 した この 発 起 人 代 表 は 西 園 寺 公 望 である その 後 も 貴 族 院 議 員 ( 年 ) 会 計 検 査 院 長 ( )を 歴 任 した 第 一 次 桂 太 郎 内 閣 では 内 務 大 臣 ( )まで 昇 進 した 男 爵 従 二 位 勲 一 等 大 綬 賞 ( コトバンク 大 隈 文 書 内 海 忠 勝 書 簡 )

23 22 久 米 邦 武 (くめ くにたけ) 佐 賀 33 歳 大 使 随 行 権 少 外 史 特 命 全 権 大 使 米 欧 回 覧 実 記 の 編 著 作 者 帝 国 大 学 教 授 今 我 々が 岩 倉 使 節 団 の 研 究 ができるのも 久 米 の 回 覧 実 記 なしには 考 えられない 肥 前 佐 賀 城 下 八 幡 小 路 で 佐 賀 藩 士 久 米 邦 郷 の 三 男 として 生 まれる 幼 名 : 泰 次 郎 丈 一 郎 丈 市 号 : 易 堂 樸 斎 七 歳 で 藩 校 蒙 養 舎 で 論 語 の 素 読 10 歳 で 儒 者 武 富 圯 南 の 天 燭 社 で 典 籍 に 親 しむ 14 歳 元 服 算 術 を 学 び 始 める 父 に 随 き 長 崎 でロ シア 軍 艦 をみる 安 政 元 年 (1854) 藩 校 弘 道 館 の 内 生 寮 に 入 り 大 隈 重 信 副 島 種 臣 を 識 る 儒 書 史 書 和 漢 世 界 地 誌 書 に 親 しむ 24 歳 藩 命 で 江 戸 に 出 て 昌 平 黌 の 書 生 寮 で 古 賀 謹 堂 に 師 事 する 一 年 余 で 佐 賀 に 戻 り 弘 道 館 の 指 南 藩 主 の 近 侍 を 務 める 尊 皇 派 結 社 の 義 祭 同 盟 に 加 わる フルベッキに 会 い 岩 倉 具 視 の 子 弟 の 九 州 遊 学 に 協 力 明 治 4 年 鍋 島 直 大 と 外 遊 計 画 に 参 画 するが 前 藩 主 鍋 島 閑 叟 が 亡 くなり 中 止 閑 叟 の 葬 儀 委 員 を 務 める 太 政 官 発 令 で 権 少 外 史 に 任 ぜられ 最 初 は 岩 倉 具 視 の 私 設 秘 書 として 大 使 附 属 枢 密 記 録 等 取 調 で 岩 倉 使 節 団 に 随 行 し 米 国 からは 帰 国 後 の 正 式 記 録 編 纂 を 視 野 に 使 節 紀 行 編 纂 之 儀 専 務 ニ 相 心 得 杉 浦 弘 蔵 ト 申 談 取 調 とし て 米 国 から 参 加 の 杉 浦 弘 蔵 と 共 に 回 覧 中 のすべてを 記 録 することを 命 ぜられた イギリス 以 降 回 覧 視 察 見 聞 した 詳 細 な 記 録 を 残 すことになる その 内 容 は 政 治 経 済 産 業 地 理 歴 史 人 種 文 化 学 校 刑 務 所 病 院 福 祉 施 設 図 書 館 美 術 館 農 業 鉱 業 兵 器 産 業 軍 隊 など 森 羅 万 象 に 及 び その 博 覧 強 記 ぶりは 驚 異 的 であ るが その 素 地 は 日 本 の 産 業 近 代 化 に 先 鞭 をつけた 佐 賀 藩 主 鍋 島 閑 叟 の 侍 従 として 閑 叟 のあらゆる 質 問 に 調 査 報 告 した 経 験 や 父 邦 郷 が 藩 の 重 鎮 として 藩 主 御 側 頭 山 方 ( 鉱 山 石 炭 管 理 ) 目 安 方 ( 藩 会 計 ) 長 崎 聞 役 ( 大 砲 軍 艦 購 入 藩 特 産 品 輸 出 ) 有 田 山 代 官 ( 有 田 焼 の 生 産 販 売 管 理 ) 大 阪 蔵 屋 敷 詰 ( 米 の 販 売 管 理 ) 江 戸 京 都 大 阪 堺 長 崎 兵 庫 藩 支 所 監 督 などのマルチ ゼネラリスト 的 活 躍 の 影 響 も 無 視 し 難 い 米 欧 回 覧 実 記 は 明 治 11 年, 全 五 冊 100 巻 で 博 聞 社 から 刊 行 された その 後 は 太 政 官 修 史 館 で 重 野 安 繹 の 下 で 編 修 に 従 事 する 時 に 明 治 天 皇 の 巡 幸 に 供 奉 し 巡 回 し た 修 史 館 廃 止 し 臨 時 修 史 局 とない それが 帝 国 大 学 に 移 管 されると 帝 国 大 学 教 授 に 任 じられる 然 し 明 治 25 年 に 神 道 は 祭 天 の 古 俗 ( 久 米 邦 武 筆 禍 事 件 )を 契 機 に 大 学 を 追 われることになる 明 治 28 年 大 隈 重 信 の 招 聘 で 東 京 専 門 学 校 ( 現 早 稲 田 大 学 )に 奉 じて 歴 史 学 者 として 日 本 古 代 史 や 古 文 書 を 大 正 11 年 まで 講 じた 昭 和 6 年 92 歳 の 天 寿 を 全 うする 著 書 多 数 久 米 博 士 九 十 年 回 顧 録 久 米 邦 武 歴 史 著 作 集 ( 全 五 巻 ) 久 米 邦 武 文 書 ( 全 四 冊 )など ( 久 米 邦 武 史 学 の 眼 鏡 で 浮 世 の 景 を ( 高 田 誠 二 ) 他 )

24 23 由 利 公 正 (ゆり きみまさ) 越 前 43 歳 大 使 随 行 東 京 府 知 事 横 井 小 楠 の 王 道 政 治 を 実 践 した 男 五 箇 条 の 御 誓 文 起 草 久 かたのそらもひとつの 波 の 上 にすみこそわたれ 有 明 の 月 福 井 藩 士 三 岡 義 知 (100 石 )の 長 男 として 越 前 福 井 城 下 に 生 れる 旧 姓 三 岡 八 郎 ( 又 は 石 五 郎 ) 字 : 義 由 号 : 雲 軒 明 治 から 三 岡 家 の 旧 姓 で 由 利 公 正 に 改 名 嘉 永 6 年 (1853)24 歳 で 家 督 相 続 この 年 横 井 小 楠 が 福 井 を 訪 れたのを 機 に 師 事 する 翌 年 品 川 台 場 の 警 備 に 派 遣 され 黒 船 を 目 撃 し 富 国 強 兵 に 目 覚 める 安 政 2 年 (1855) 小 楠 を 熊 本 に 訪 れる 安 政 5 年 小 楠 が 福 井 藩 に 招 聘 されると 殖 産 興 業 や 財 政 学 を 学 ぶ やがて 藩 主 : 松 平 慶 永 ( 春 嶽 )の 抜 擢 で 困 窮 していた 藩 財 政 の 再 建 を 命 ぜられ 小 楠 の 指 導 を 受 けながら 藩 札 を 低 利 で 生 産 者 に 融 資 し 特 産 の 生 糸 を 専 売 として 輸 出 の 拠 点 を 長 崎 横 浜 に 設 ける 一 方 軍 事 面 では 越 前 海 岸 に 洋 式 大 砲 を 備 え 鉄 砲 を 量 産 した 文 久 2 年 (1862) 熊 本 に 戻 っていた 小 楠 を 江 戸 に 連 れ 戻 し 藩 主 春 嶽 が 幕 府 政 事 総 裁 職 を 命 ぜられると ブレーンの 小 楠 と 共 に 春 嶽 の 側 用 人 となる 翌 年 小 楠 の 福 井 藩 挙 藩 上 洛 計 画 で 藩 論 が 割 れて その 煽 りを 受 けて 蟄 居 謹 慎 処 分 を 受 けて 大 政 奉 還 を 迎 える その 謹 慎 中 に 坂 本 龍 馬 の 来 訪 を 受 けて 交 流 し ており 坂 本 龍 馬 は 後 藤 象 二 郎 宛 の 手 紙 に 中 で 新 政 府 の 財 政 担 当 者 は 三 岡 八 郎 を 推 薦 している また 維 新 後 由 利 公 正 が 起 草 した 五 箇 条 の 御 誓 文 の 原 文 である 議 事 之 体 大 意 と 坂 本 龍 馬 の 新 政 府 綱 領 八 策 との 思 想 的 に 類 似 性 があるのは この 謹 慎 中 の 交 流 の 証 と 言 えよう 明 治 維 新 後 は 由 利 の 議 事 之 体 大 意 をベースに 土 佐 藩 の 福 岡 孝 弟 が 加 筆 修 正 し それに 木 戸 孝 充 が 再 編 集 してなった 五 箇 条 の 御 誓 文 は 師 横 井 小 楠 と 坂 本 龍 馬 の 思 想 を 継 承 するものでもあった 更 に 龍 馬 の 予 言 の 通 り 新 政 府 の 徴 士 参 与 として 金 融 財 政 政 策 担 当 の 会 計 事 務 掛 御 用 金 穀 取 締 を 拝 命 し 会 計 基 立 金 募 集 や 太 政 官 札 発 行 商 法 司 設 置 などの 政 策 を 推 進 したが 兌 換 性 に 難 があり 太 政 官 札 が 流 通 しなくな り 明 治 2 年 に 辞 職 した 明 治 4 年 東 京 府 初 代 知 事 に 就 任 したが その 身 分 のまま で 岩 倉 使 節 団 随 行 のため 後 発 として 参 加 する 回 覧 各 国 の 自 治 議 会 制 度 を 調 査 視 察 した 帰 国 後 は 明 治 6 年 の 政 変 で 下 野 した 板 垣 退 助 後 藤 新 平 江 藤 新 平 副 島 種 臣 らと 一 緒 に 民 撰 議 院 設 立 建 白 書 を 提 出 する 土 佐 肥 前 派 に 就 いたのである 明 治 8 年 元 老 院 議 官 に 勅 選 され 明 治 20 年 には 子 爵 を 綬 爵 明 治 23 年 貴 族 院 議 員 麝 香 間 祇 侯 に 任 じられる 明 治 27 年 有 隣 生 命 保 険 会 社 の 初 代 社 長 に 就 任 した ( ブログ 黒 船 社 中 ( 長 谷 川 ヨシテル) 他 )

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