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1 Discussion Paper Series BNo.33 ロシア 国 立 経 済 文 書 館 資 料 を 利 用 した ソ 連 経 済 研 究 へのアプローチ 杉 浦 史 和 編 December 2005 INSTITUTE OF ECONOMIC RESEARCH HITOTSUBASHI UNIVERSITY

2 IER Discussion Paper Series (B) ロシア 国 立 経 済 文 書 館 資 料 を 利 用 した ソ 連 経 済 研 究 へのアプローチ 杉 浦 史 和 編 一 橋 大 学 経 済 研 究 所 2005 年 12 月

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4 目 次 はじめに 5 一 橋 大 学 経 済 研 究 所 講 師 杉 浦 史 和 第 1 章 ソ 連 国 防 産 業 複 合 体 の 形 成 発 展 史 :1920 年 代 7 ロシア 国 立 経 済 文 書 館 館 長 E.A. チューリナ (ロシア 語 原 文 ) К истории создания и становления оборонно-промышленного комплекса СССР 20-е годы ХХ в. 27 Е. А. Тюрина 第 2 章 ソ 連 の 工 業 立 地 の 再 検 討 55 一 橋 大 学 経 済 研 究 所 助 教 授 雲 和 広 ( 英 語 原 文 ) Soviet Industrial Location : A Re-examination 71 K. Kumo

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6 はじめに はじめに 本 Discussion Paper は,ロシア 国 立 経 済 文 書 館 (Российский Государственный Архив Экономики, 以 下 RGAE と 略 す)に 保 管 された 資 料 を 用 いた 研 究 成 果 の 一 部 である 周 知 の 通 り,ソ 連 経 済 の 研 究 は 資 料 制 約 という 点 で 厚 いベールに 包 まれてきたが,それは 統 計 資 料 が 全 く 作 成 されていなかったと 言 うことを 意 味 しなかった ソ 連 中 央 統 計 局 など 関 係 機 関 が 中 心 となって 作 成 した 資 料 は, ソ 連 国 立 経 済 文 書 館 に 保 管 されていた ソ 連 崩 壊 後, 情 報 開 示 に 関 する 法 律 に 則 って,これまで 機 密 とされてきた 資 料 の 機 密 解 除 が 順 次 進 められ,これらは ソ 連 国 立 経 済 文 書 館 を 引 き 継 いで 改 組 されたロシア 国 立 経 済 文 書 館 に 所 蔵 され, 我 々にソ 連 経 済 の 研 究 可 能 性 を 拓 いてくれている こうした 状 況 の 変 化 にいち 早 く 注 目 した 西 村 可 明 一 橋 大 学 経 済 研 究 所 教 授 を 中 心 とする 研 究 グループは, RGAE との 10 年 以 上 にわたる 研 究 交 流 を 続 け, 一 部 の 資 料 は 複 写 して 当 研 究 所 に 収 集 してきた 我 々は, 当 研 究 所 がこうした 一 級 の 資 料 を 所 蔵 していること を 大 変 光 栄 に 思 うとともに, 広 く 関 係 する 研 究 者 に 利 用 してもらいたいと 希 望 している RGAE との 学 術 交 流 の 経 緯 および 当 研 究 所 の 所 蔵 資 料 を 利 用 した 研 究 成 果 としては,さしあたり 以 下 のものがあげられる 学 術 交 流 の 経 緯 等 の 詳 細 については,これらの 資 料 を 参 照 願 いたい 西 村 可 明 (1999) ソ 連 中 央 統 計 局 統 計 通 報 解 説 付 リスト の 意 義 NIRA 政 策 研 究 第 12 巻, 第 7 号 V.P.ダニーロフ,A.I.ミニューク(1999) ソ 連 経 済 統 計 (1918~1991 年 ) に 関 する 歴 史 的 分 析 NIRA 政 策 研 究 第 12 巻, 第 7 号 Y. Nishimura (1999) The Significance of Public Disclosure of Economic Statistical Data From the Former Soviet Union, NIRA Review, Vol.6, No.4, pp E.A.チューリナ(1999) ロシア 国 立 経 済 文 書 館 とソ 連 およびロシアの 経 済 統 計 一 橋 大 学 経 済 研 究 所 中 核 的 拠 点 形 成 プロジェクト Discussion Paper No. D99-2 西 村 可 明, 岩 﨑 一 郎 (2000) ソ 連 中 央 統 計 局 内 部 資 料 が 示 す 中 央 アジア 工 業 発 展 史 年 代 を 中 心 に- 一 橋 大 学 経 済 研 究 所 中 核 的 拠 点 形 成 プ - 5 -

7 はじめに ロジェクト Discussion Paper No. D99-35 西 村 可 明, 岩 﨑 一 郎 (2000) ソ 連 中 央 アジア 地 域 長 期 農 業 統 計 年 - 一 橋 大 学 経 済 研 究 所 中 核 的 拠 点 形 成 プロジェクト Discussion Paper No. D99-36 A.I.ミニューク(2002) ソ 連 の 自 動 車 工 業 と 接 収 ドイツ 製 設 備 技 術 ( 年 ) 岡 山 大 学 経 済 学 会 雑 誌 第 34 巻, 第 3 号, 頁 西 村 可 明, 杉 浦 史 和 (2005) 旧 ソ 連 におけるザカフカス 諸 国 の 経 済 発 展 経 済 研 究 第 56 巻, 第 1 号,53-68 頁 さらに, 当 研 究 所 で 所 蔵 されている 資 料 閲 覧 の 利 便 を 図 るために, 以 下 の 目 録 が 作 成 されている 西 村 可 明, 小 宮 裕 恵 (2005) 一 橋 大 学 経 済 研 究 所 所 蔵 中 央 アジア ザカフカ ス ロシア 極 東 経 済 統 計 資 料 総 目 次 一 橋 大 学 経 済 研 究 所 ここに 掲 載 する 論 文 は 二 本 である 一 本 目 は,2004 年 1 月 に 来 日 されたチュ ーリナ RGAE 館 長 が 我 々の 研 究 所 で 報 告 し,その 後 若 干 の 手 直 しを 施 したもの である チューリナ 女 史 は 同 館 館 長 であるだけでなく, 歴 史 学 準 博 士 の 学 位 を 持 つ 歴 史 学 者 であり,RGAE 内 の 資 料 を 渉 猟 しつつ, 一 国 社 会 主 義 の 途 を 進 ま ざるを 得 なかったソ 連 の 国 防 産 業 の 形 成 初 期 の 動 向 について 詳 細 に 分 析 されて いる もう 一 つは, 雲 和 広 当 研 究 所 助 教 授 の 手 によるものである 雲 助 教 授 は 空 間 経 済 学 のアプローチからソ 連 ロシア 経 済 を 幅 広 く 研 究 しているが, 当 研 究 所 所 蔵 の RGAE 資 料 に 基 づいた 幾 つもの 論 考 を 公 表 している 今 回 は, Euro-Asian Studies に 収 められた 最 新 の 英 文 論 文 を 再 掲 した 転 載 を 快 く 承 諾 し ていただいた Carfax 社 にこの 場 を 借 りて 御 礼 申 し 上 げる なお,ここに 収 められた 論 考 は,RGAE に 保 管 されている 膨 大 な 資 料 を 利 用 するほんの 小 さな 試 みでしかない 今 後 とも,これらの 資 料 を 利 用 した 活 発 な 学 術 研 究 が 展 開 されることを 期 して, 序 言 に 代 えたい 2006 年 1 月 一 橋 大 学 経 済 研 究 所 杉 浦 史 和 - 6 -

8 E.A.チューリナ 第 1 章 ソ 連 国 防 産 業 複 合 体 の 形 成 発 展 史 :1920 年 代 E.A.チューリナ 本 稿 は, ソ 連 国 防 産 業 複 合 体 の 形 成 発 展 史 :1900~1963 年 と 題 する 文 書 集 歴 史 文 書 叢 書 のために,ロシアの 連 邦 文 書 館 で 明 らかにされた 資 料 に 基 づいて 準 備 された 同 叢 書 の 最 初 の 二 巻 は 既 に 準 備 を 終 え,2004 年 に 出 版 され る 本 稿 の 研 究 対 象 と 年 代 は,ソ 連 軍 事 産 業 の 形 成 発 展 期 をとらえるもので あり, 叢 書 第 2 巻 ソ 連 国 防 産 業 :1918~1926 年 と 重 なっている この 歴 史 文 書 叢 書 の 準 備 は,ロシア 国 立 経 済 文 書 館 の 主 要 フォンド (1) 所 蔵 文 書 の 機 密 解 除 のための 同 文 書 館 の 集 中 的 な 作 業 のおかげで 可 能 となった ソ 連 における 軍 事 経 済 の 発 展 に 関 する 情 報 は,かつては 例 外 なく 全 ての 産 業 分 野 の 文 書 フォンドの 秘 密 資 料 部 分 に 集 中 されていたが, 本 研 究 テーマに 関 する 最 も 集 約 的 で 分 析 的 に 加 工 された 情 報 は,ソ 連 ゴスプラン( 総 合 国 民 経 済 計 画 局, 国 防 産 業 局, 官 房 ),ソ 連 財 務 人 民 委 員 部 ( 国 防 財 務 局 ),ソ 連 中 央 統 計 局,な らびに 軍 事 産 業 部 門 別 人 民 委 員 部 ( 兵 器, 航 空 機 産 業, 弾 薬, 迫 撃 砲, 造 船, 戦 車 産 業 )のフォンドに 含 まれている 経 済 文 書 館 には 全 体 として, 軍 事 経 済 に 関 する 情 報 を 含 む, 省,グラフキ( 総 管 理 局 ),トラスト, 企 業 合 同, 企 業 及 び 組 織 の 600 以 上 のフォンドが 保 管 され ている 当 経 済 文 書 館 の 他,ロシア 連 邦 国 立 文 書 館,ロシア 国 立 軍 事 文 書 館,ロシア 国 立 海 軍 文 書 館,ロシア 国 立 社 会 政 治 史 文 書 館 などの 一 連 のロシア 連 邦 文 書 館 にも,( 本 研 究 テーマに) 欠 かせない 情 報 が 含 まれている 文 書 の 機 密 解 除 は,ソ 連 の 軍 事 産 業 発 展 の 諸 問 題 を, 初 めてより 完 全 な 情 報 本 稿 は, 平 成 15 年 度 科 学 研 究 費 補 助 金 基 盤 研 究 (A)(1) 中 央 アジア コーカサ ス 諸 国 における 経 済 発 展 と 安 定 化 問 題 ( 課 題 番 号 )による 研 究 成 果 の 一 部 である ロシア 連 邦 国 立 経 済 文 書 館 館 長 歴 史 学 準 博 士 1 ( 訳 者 注 )ここでの フォンド とは, 文 書 や 資 料 などのコレクションを 意 味 する - 7 -

9 E.A.チューリナ 源 をベースに 学 ぶ 可 能 性 を 研 究 者 に 与 えた 1990 年 代 から 2000 年 代 初 めを 通 じて,ロシアの 歴 史 家 N.S.シモノフの 1920~1950 年 代 のソ 連 軍 事 産 業 複 合 体 : 経 済 成 長 率, 構 造, 生 産 と 管 理 の 組 織 (1996 年,モスクワ,ROSSPEN) やスウェーデンの 歴 史 研 究 者 レナート サムエルソンによる 赤 い 巨 人 :1921 ~1941 年 ソビエト 軍 事 産 業 複 合 体 の 形 成 (2001 年,モスクワ)が 出 版 され, これらは,ソ 連 国 防 産 業 複 合 体 の 発 展 構 想 に 関 する 現 代 的 評 価 の 形 成 に 向 けた 第 一 歩 であった しかし,これらの 著 者 は, 客 観 的 な 理 由 から,その 重 要 性 が 今 なお 消 え 去 っていない 全 ての 問 題 に 答 えを 出 せたわけではなかった まさに このため, 上 記 歴 史 叢 書 の 編 者 と 執 筆 陣 は, 多 くの 多 面 的 な 情 報 源 のプリズム を 通 じてソビエト 国 防 産 業 複 合 体 の 歴 史 の 検 討 を 可 能 にする,より 完 全 で 体 系 的 な 文 書 集 に 読 者 の 注 意 を 向 けるという 課 題 を 自 らに 課 したのである 本 稿 では,1920 年 代 のソ 連 の 軍 事 産 業 の 形 成 と 発 展 の 最 初 期 の 歴 史 について の 研 究 に 読 者 の 注 意 をひこうと 思 う ソビエト 国 防 産 業 複 合 体 の 形 成 発 展 期 は, 新 しい 社 会 体 制 の 創 出, 内 戦, そして 1921 年 3 月 にロシア 共 産 党 (ボ)がその 方 針 を 定 めた 新 経 済 政 策 といっ た 諸 条 件 の 下 で 進 んだ 十 月 革 命 勝 利 の 直 後 の 数 ヶ 月 から,ソビエト 政 府 は, 新 たな 社 会 主 義 的 軍 隊 とは 如 何 なるものであるべきかという 問 題 を 活 発 に 議 論 した 国 民 の 全 面 的 武 装 により, 常 設 軍 の 設 置 なしに 済 ますことが 出 来 るとい う 戯 言 は 直 ちに 消 え 失 せた 1918 年 1 月 15 日 に,ソ 連 人 民 委 員 会 議 (2) は, 労 農 赤 軍 設 置 令 を 発 布 した (それに 伴 い) 労 農 赤 軍 の 組 織, 定 員 の 充 足, 武 装 及 び 補 給 の 諸 問 題 の 解 決 が 必 要 となった その 上, 新 軍 隊 の 創 設 は, 第 一 次 大 戦 により 破 壊 された 国 民 経 済 の 極 端 な 衰 弱 という 条 件 の 下 で 行 われなければなら なかった 物 価 高 騰 の 結 果, 経 済 関 係 の 崩 壊, 商 品 関 係 の 現 物 化, 直 接 的 な 食 糧 徴 発, 国 内 貨 幣 流 通 の 瓦 解 といった 兆 候 が 顕 在 化 していた 軍 事 産 業 は 第 一 次 大 戦 の 時 代 に 最 も 活 発 に 活 動 していたが, 兵 器 と 弾 薬 の 生 産 において, 参 戦 している 2 ( 訳 者 注 ) 後 のソ 連 閣 僚 会 議 に 相 当 する 上 級 意 思 決 定 機 関 - 8 -

10 E.A.チューリナ 他 の 列 強 諸 国 よりも 著 しく 立 ち 遅 れていた ブレスト 講 和 条 約 (3) の 締 結 後,ロシアでは 産 業 の 戦 時 動 員 体 制 の 解 除 が 急 展 開 した 1918 年 4 月 13 日 付 国 民 経 済 最 高 会 議 決 定 第 73 号 により, 革 命 まで 活 動 した 軍 事 産 業 諸 委 員 会 に 代 わって,いくつかの 国 民 産 業 委 員 会 が 設 置 された それら 委 員 会 の 目 的 は, 産 業 再 編 計 画 の 策 定 であった (4) 軍 事 産 業 委 員 会 には また, 動 員 解 除 と 旧 軍 の 軍 事 海 運 資 産 の 合 理 的 な 利 用 の 遂 行, 並 びに 新 たに 創 出 された 革 命 軍 に 対 する 技 術 的 経 済 的 補 給 への 協 力 も 任 された 党 と 産 業 界 の 議 論 は, 軍 事 産 業 は, 孤 立 して 発 展 するのでなく, 統 一 的 国 民 経 済 コンプレクスの 有 機 的 部 分 であれば, 成 功 しうるというテーゼに 傾 いてい った その 際, 国 の 軍 備 計 画 に 対 しては, 軍 事 発 注 を 形 成 し,その 遂 行 をコン トロールする 軍 事 機 関 が 責 任 を 持 つとされた 統 一 的 な 兵 器 生 産 体 制 の 創 出 は, 多 頭 政 治 と 官 庁 の 縄 張 り 主 義 により 困 難 で あった 国 民 経 済 最 高 会 議 の 指 導 下 に 生 産 活 動 を 合 同 化 させることは, 旧 態 依 然 とした 縦 割 り 行 政 を 行 っていた 部 門 別 グラフキの 機 械 的 な 接 合 であった 更 に, 国 民 経 済 最 高 会 議 に 直 属 しない 行 政 機 関 や 国 有 化 されていない 工 場 も 残 存 していた それら 企 業 の 一 部 は, 軍 事 問 題 人 民 委 員 部 の 幹 部 会 議 に 直 属 してい た このような 状 況 の 中 で, 組 織 的 無 秩 序 や 混 乱 の 調 整 と 克 服 の 必 要 性 が 生 じ た 戦 時 動 員 体 制 解 除 のプロセスは, 国 民 経 済 最 高 会 議 の 関 係 者 には, 次 のよ うに 考 えられた 即 ち, 軍 事 的 利 用 可 能 性 を 持 つ 資 源 を 除 き 戦 時 期 に 形 成 され た 備 蓄 の 再 利 用,1912 年 海 軍 計 画 の 中 止, 海 軍 発 注 のキャンセル, 軍 艦 造 船 所 の 民 需 省 への 移 譲, 軍 事 化 学 生 産 ならびに 軍 隊 用 自 動 車 生 産 の 縮 小 である 縮 小 されないのは, 小 銃 器 の 生 産 のみであった 1918 年 6 月 28 日 付 の 産 業 国 有 化 令 は, 巨 大 軍 事 企 業 の 大 多 数 を 対 象 とした 国 有 化 プロセスを 加 速 させた (5) その 経 営 権 は, 最 終 的 に 国 民 経 済 最 高 会 議 と 3 ( 訳 者 注 )1918 年 3 月 に,ベラルーシ 共 和 国 南 西 部 の 都 市 ブレストで,レーニンら のロシア 革 命 政 権 がドイツと 単 独 で 結 んだ 講 和 条 約 4 РГА ВМФ Ф.Р-342. Оп.1. Д Лл.11-11об. 5 ( 訳 者 注 )これを 機 に,ソ 連 ではその 他 大 企 業 や 鉄 道 の 国 有 化 も 大 々 的 に 進 んだ - 9 -

11 E.A.チューリナ その 地 域 機 関 のもとに 委 譲 された (6) 一 方, 軍 事 問 題 人 民 委 員 部 から 国 民 経 済 最 高 会 議 への 全 大 砲 工 場 の 移 管 に 関 する 問 題 の 解 決 はほぼ 一 年 も 先 送 りされ, 最 終 的 には, 大 砲 工 場 中 央 理 事 会 の 国 民 経 済 最 高 会 議 幹 部 会 への 直 属 によって 1919 年 3 月 に 完 了 した (7) 平 時 体 制 の 建 設 と 産 業 の 戦 時 動 員 体 制 解 除 の 試 みは 内 戦 によって 中 断 された 第 一 次 大 戦 と 十 月 革 命 の 後 遺 症 から 未 だ 立 ち 直 っていない 全 国 民 経 済 は, 再 び 前 線 の 必 要 のために 動 員 を 余 儀 なくされた 正 にソビエト 共 和 国 の 軍 事 産 業 から, 生 産 強 化 を 目 的 とした 非 常 事 態 機 関 の 設 置 や 非 常 権 限 を 持 つ 人 民 委 員 の 企 業 派 遣 が 始 まった 赤 軍 の 軍 備 補 給 政 策 の 統 一 に 責 任 を 持 つ 機 関 体 制 の 創 出 に 重 点 が 置 かれた (8) 労 働 の 組 織 と 食 糧 の 徴 集 問 題 の 解 決 に 行 政 的 強 制 的 手 法 が 適 用 されることを 特 徴 とする 戦 時 共 産 主 義 の 時 代 が 始 まった 政 権 交 代 と 数 度 の 疎 開 や 移 転 の 結 果, 設 備 と 熟 練 労 働 者 を 喪 失 していたため に,だめになっていた 軍 事 工 場 の 生 産 強 化 は 困 難 を 極 めた 食 料 確 保 の 難 しさ, 寒 気, 住 居 と 基 礎 的 生 活 条 件 の 欠 如 は, 労 働 者 を 激 昂 させた イジェフスク, タンボフ,トゥーラ 市 の 工 場 では, 経 営 者 側 に 対 する 労 働 者 の 暴 動 が 起 こり, 大 規 模 な 職 場 放 棄 のケースも 見 られた 生 産 強 化 のために, 問 題 ある 全 ての 生 産 現 場 に 特 命 人 民 委 員 が 派 遣 された 共 和 国 薬 莢 工 場 とトゥーラ 市 兵 器 工 場 の 特 命 軍 事 政 治 人 民 委 員 のK.N. オルロフがシンビルスク (9) の 薬 莢 工 場 の 現 状 に 関 して, 国 防 会 議 議 長 V.I. レーニンへ 記 した 本 物 の 報 告 書 が, 文 書 館 に 保 存 されている 同 人 民 委 員 はレ ーニンに 対 して,シンビルスク 工 場 にて 1919 年 6~8 月 に 2,000 万 個 の 薬 莢 を 生 産 するという 当 初 の 計 画 が 遂 行 されない 理 由 を 報 告 した 同 工 場 の 作 業 効 率 6 経 済 問 題 に 関 する 党 および 政 府 決 定 集 (1917~1967 年 ) 第 1 巻,1917~1928 年,モスクワ,1967 年, ページ 7 РГАЭ. Ф Оп. 4. Д Лл ロシア 及 びソ 連 の 国 防 産 業 複 合 体 形 成 発 展 史 :1900~1963 年 第 2 巻,A.K. ソビエトの 軍 事 生 産 :1918~1926 年 ソコロフ 序 文,5-36 ページを 参 照 9 ( 訳 者 注 )ウリヤノフスク 市 の 旧 称

12 E.A.チューリナ の 悪 さの 原 因 は, 熟 練 労 働 者 の 不 足 とそれに 代 わってペテルブルグ,サマラ, セストロレツクから 動 員 目 的 で 派 遣 された 労 働 者 によるやむを 得 ずの 代 用 にあ った 労 働 者 とその 家 族 の 生 活 条 件 たるや 最 悪 で 住 居, 衣 服, 食 糧 はなく, 感 染 症 から 女 性 や 子 供 が 死 んでいった 人 民 委 員 オルロフは,レーニンへの 報 告 の 中 で, まず 薬 莢 作 りの 労 働 者 に 住 居 と 全 ての 必 要 なものを 確 保 し,しかる 後 に 軍 人 にあたらねばなりません なんとなれば, 弾 薬 なくして 軍 は 戦 うことが かなわないからです と 書 いている (10) 政 府 代 表 は, 状 況 の 打 開 策 を 更 なる 権 力 の 集 中 に 見 出 した 1918 年 9 月 2 日, 人 民 委 員 会 議 は,ソビエト 共 和 国 を 軍 野 営 地 に 転 換 する 決 定 を 公 布 した (11) 革 命 軍 事 評 議 会 が 設 置 され, 同 評 議 会 には 次 第 に 軍 事 管 理 のあらゆる 機 能 が 集 中 していった 1919 年 7 月, 国 防 会 議 に 赤 軍 及 び 軍 関 連 機 構 の 補 給 を 担 当 する 特 命 全 権 制 度 が 設 けられ,A.I.ルィコフが 労 農 国 防 会 議 の 特 命 全 権 となった また,1919 年 9 月 には,この 労 農 国 防 会 議 特 命 全 権 の 下 に 軍 事 産 業 会 議 が 設 置 され,その 議 長 にはモスクワ 高 等 技 術 学 校 の 卒 業 生 で, 航 空 機 設 計 技 師 のジュ ーコフスキーの 教 え 子 であったP.A.ボグダノフが 指 名 されている この 軍 事 産 業 会 議 には, 軍 事 産 業 センターの 開 設 と, 軍 事 工 場 の 国 民 経 済 最 高 会 議 の 管 轄 からの 除 外 及 びその 移 管 という 課 題 が 付 与 された (12) 軍 事 産 業 会 議 は, 全 部 で 59 の 軍 事 工 場 の 活 動 を 統 括 したが,その 他,とりわけ 機 械 製 作 工 場 国 家 合 同 を 含 む, 他 の 一 連 の 企 業 ( 全 体 で 約 130 工 場 )も 同 会 議 のコントロ ール 下 にあった ソビエト 共 和 国 の 統 一 的 な 軍 事 生 産 前 線 の 形 成 が,これら 全 ての 措 置 の 目 的 として 宣 言 された まずなによりも, 兵 器 生 産 の 可 能 性 を 明 らかにするために 工 場 を 調 査 するこ とが 必 要 であった 軍 事 産 業 会 議 は, 短 期 間 のうちに,それまで 分 散 していた 全 ての 国 防 産 業 拠 点 や 工 場 を 自 らの 周 りに 集 中 させ,かつそこで 小 銃 用 の 薬 莢 10 РГАСПИ. Ф. 17. Оп Д.35. Лл プラウダ 紙,1918 年 9 月 4 日 12 ソコロフ 前 掲 書

13 E.A.チューリナ や 雷 管 といった 最 も 重 要 度 の 高 い 軍 事 装 備 品 の 生 産 を 強 化 することに 成 功 した イジェフスク 工 場 では, 前 線 軍 が 必 要 とする 蒸 気 機 関 車 のオーバーホールのた めの 建 て 直 しがなされ,パラツク 工 場 では 薬 莢 生 産 の 強 化 が,またモスクワの ロシア 機 械 工 場 では 海 軍 用 の 弾 薬 の 生 産 が 開 始 された 同 時 に, 工 場 経 営 者 の,より 専 門 的 で 政 治 的 にも 誤 りのない 労 働 者 による 人 事 の 刷 新 も 進 んだ 労 働 者 の 居 住 社 会 的 条 件 を 改 善 するための 多 大 な 作 業 が 進 められ, 工 場 に 対 する 資 金 供 給 が 検 査 され,また, 品 質 向 上 のための 運 動 が 展 開 された しかし, 軍 事 産 業 会 議 の 主 要 な 活 動 方 針 は, 工 場 に 全 ての 必 需 品 の 供 給 を 確 保 すること, なによりも, 燃 料, 輸 送 手 段, 金 属, 化 学 原 料 及 び 植 物 油, 労 働 力, 食 糧 の 確 保 であった (そのために) 軍 事 産 業 会 議 は,もうひとつの 非 常 事 態 機 関 である 食 糧 人 民 委 員 部 との 良 好 な 実 務 関 係 を 構 築 し, 重 大 な 工 場 への 労 働 者 赤 軍 配 給 分 の 供 給 を 完 全 に 確 保 し, 予 め 確 保 された 配 給 食 糧 を 受 け 取 る 労 働 者 の 数 を 1919 年 12 月 の 18 万 人 から 1920 年 7 月 までに 25 万 人 へ 増 加 することができた (13) しかしながら, 採 用 された 諸 措 置 にも 拘 わらず, 軍 事 発 注 の 実 施 に 関 する 状 況 は 極 めて 困 難 なままであり, 原 料, 燃 料, 及 び 熟 練 労 働 者 の 全 面 的 な 不 足 と いう 状 況 下 でソビエト 国 家 には 解 決 できなかった 問 題 が 残 った 文 書 館 には,ロシア 共 産 党 (ボ) 中 央 委 員 会 会 議 における 軍 への 補 給 と 軍 事 生 産 の 組 織 化 に 関 する 軍 補 給 特 命 全 権 の 1920 年 7 月 16 日 付 の 報 告 書 が 保 存 さ れている 同 報 告 書 では,1920 年 の 大 部 分 の 軍 事 工 場 における 生 産 性 低 下 の 理 由 が 分 析 されており,その 原 因 として, 輸 送 活 動 の 混 乱, 原 料, 燃 料, 食 料 及 び 熟 練 労 働 者 の 慢 性 的 な 不 足 が 挙 げられている 特 に, 器 具 の 不 足 はひときわ 目 立 つ 問 題 で,( 既 存 の) 器 具 は 文 字 通 り 手 から 手 へと 使 い 回 されていたため, それによって 兵 器 の 生 産 が 遅 れたのであった 軍 事 工 場 が 直 接 戦 闘 地 域 にあったことは 珍 しくなく, 工 場 労 働 者 が 器 具 を 持 13 РГАСПИ. Ф, 17. Оп Д.6. Лл

14 E.A.チューリナ ち 出 して 白 軍 (14) とともに 職 場 を 脱 走 するというケースもあった この 報 告 書 にはまた, 軍 事 産 業 会 議 が 兵 器 生 産 の 強 化 のために 採 用 していた 諸 措 置 も 記 されている 国 防 のために 働 く 全 ての 工 場 は, 幾 つかのグループに 分 類 され,(なかでも) 最 も 重 要 な 兵 器 を 生 産 する 工 場 は, 燃 料, 原 料 及 び 食 糧 が 優 先 的 に 供 給 される 最 重 要 グループに 区 分 されていた (15) 革 命 軍 事 評 議 会 議 長 L.D.トロツキー 宛 てに, 原 料, 燃 料 及 び 熟 練 労 働 者 の 不 足 故 に, 前 線 の 課 題 を 遂 行 することが 不 可 能 である 旨 の 報 告 書 が 絶 えず 提 出 された とりわけ, 飛 行 機 工 場 で 熟 練 労 働 者 が 足 りず,その 数 は, 本 来 必 要 とされる 熟 練 労 働 者 の 半 分 以 下 であった (16) バルト 艦 隊 を 指 揮 した 伝 説 の 司 令 官 F.F.ラスコリニコフは, 軍 事 産 業 会 議 に 宛 てて 軍 艦 建 造 作 業 は 完 全 に 放 置 されている 最 良 の 技 術 者 は 去 り, 以 前 船 を 造 っていた 工 場 は,かかる 条 件 の 下 で 軍 艦 の 修 繕 すら 果 たせず, 艦 隊 を 喪 失 の 危 機 に 脅 かしている と 記 し ている (17) 最 も 重 要 な 武 器 製 品 の 年 における 真 の 産 出 能 力 は,1919 年 から 1920 年 6 月 までの 軍 事 産 業 会 議 の 短 い 報 告 書 に 引 用 されているがそれによれば, 自 動 小 銃 は 47 万 丁, 機 関 銃 が 6056 丁, 重 機 関 銃 が 7617 丁,ピストルが 丁, 軍 刀 が 棹, 実 包 が 個, 火 薬 が プード (18), 大 砲 が 360 基, 爆 弾 が 個, 飛 行 機 が 258 機, 野 戦 用 双 眼 鏡 が 727 台, 砲 隊 鏡 が 333 基,それぞれ 生 産 され, 巡 洋 艦 7 隻, 潜 水 艦 17 隻, 水 雷 艇 11 隻 がそれぞれ 修 理 された (19) 引 用 されたデータによって, 非 常 事 態 の 状 況 下 で 創 設 されたソビエト 軍 事 産 業 の 作 業 結 果 を 見 ることができる 一 方 では,( 軍 事 産 業 の) 全 ての 必 需 品 に 対 する 資 金 供 給 と 補 給 の 面 での 国 家 からの 優 先 順 位 の 権 利 があり, 他 方 では, 第 14 ( 訳 者 注 ) 反 革 命 軍 を 指 す 15 Там же, лл.80-81; ГАРФ. Ф. Р Оп.55. Д.7. Лл РГАЭ. Ф Оп.1. Д.44. Лл РГАЭ. Там же. Оп.3. Д Л ( 訳 者 注 )ロシアの 古 い 重 さの 単 位 で,16.38 キログラム 19 РГАСПИ. Ф.17. Оп.109. Д.6. Лл

15 E.A.チューリナ 一 次 大 戦 からの 物 的 ストックの 存 在 であり,そのため,もし 前 線 の 需 要 がこれ を 欲 するのであれば,その 各 分 野 で 急 速 に 展 開 する 可 能 性 を 与 えたのである 間 違 いなく,ロシア 帝 国 陸 軍 から 残 された 原 料 と 武 器 の 備 蓄 の 存 在 が, 内 線 に おける 赤 軍 の 勝 利 を 多 くの 点 で 可 能 にしたのである 内 戦 の 終 了 とともに, 軍 事 産 業 の 更 なる 発 展 見 通 しの 選 択 肢 を 決 定 する 必 要 があった ( 内 戦 は,) 軍 事 産 業 会 議 にもうひとつの 緊 急 課 題 を 与 えた 即 ち,ペトログ ラードは, 同 市 が 置 かれた 歴 史 的 条 件 の 下 でこれまでそうであったようには, これ 以 上, 軍 事 産 業 の 中 心 地 となるわけにはいかなかったのである ペトログ ラードが 国 境 付 近 に 位 置 しているという 事 実 に 加 え, 同 市 には, 原 料, 燃 料, 労 働 力 といった, 正 に 軍 事 産 業 の 最 適 な 発 展 に 不 可 欠 な 経 済 条 件 もなかった 金 属 は,ウラルやロシア 南 部 からここに 運 ばれていたし, 燃 料 である 石 炭 は, 外 国, 主 として 英 国 から 受 け 取 っていた 新 たな 軍 事 生 産 センターの 可 能 な 所 在 地 として,ウラル,ロシア 中 部 ないし 南 部 が 指 名 された 軍 事 産 業 会 議 は, 軍 事 産 業 の 移 転 を, 赤 軍 の 最 重 要 戦 力 である 陸 上 砲 のための 兵 器 生 産 ( 施 設 ) から 始 めることを 提 案 した (20) 内 戦 の 最 前 線 における 主 要 な 突 撃 部 隊 は,ソ 連 時 代 の 文 献 が 褒 めたたえてい る 装 甲 列 車 であった 実 際,ソ 連 時 代 の 流 行 歌 には, 我 々は 平 和 人 だ しかし, 我 が 装 甲 列 車 は 待 避 線 にある というフレーズが 盛 り 込 まれており,このこ とは 招 かれない 敵 から 祖 国 を 守 るというソビエト 人 民 の 意 思 を 示 している 内 戦 末 期 には, 前 線 に 68 台 の 装 甲 列 車 があり,12 台 が 修 理 中,13 台 が 建 造 中 で あった (21) 1920 年 に 前 線 で 活 躍 した 装 甲 列 車 は 32 台 であり,それらは 強 力 な 戦 闘 車 両 とみなされていたが, 無 秩 序 な 運 用 や 機 械 の 不 足 によってしばしば 損 害 を 被 った (なお)この 種 の 機 械 に 対 する 関 心 は 内 戦 終 結 後 も 維 持 され, 駆 逐 車 両, 中 型 戦 車, 大 型 戦 車 などの 新 しいタイプの 戦 車 の 生 産 コンクールが 公 示 20 ГАРФ. Ф. П Оп. 55. Д. 7. Лл РГВА. Ф. 27. Оп. 1. Д Лл

16 E.A.チューリナ された (22) 新 経 済 政 策 (ネップ)の 下 で, 軍 事 産 業 は 深 刻 な 立 場 に 置 かれた 行 政 的 手 法 は 経 済 的 手 法 に 取 って 代 わらなければならなかった 軍 事 産 業 を 管 理 する 非 常 事 態 機 関 の 活 動 は, 国 民 経 済 最 高 会 議 の 経 済 総 管 理 局 付 属 の 産 業 動 員 解 体 軍 事 動 員 委 員 会 が 取 って 代 わらねばならず, 軍 事 工 場 は 軍 事 産 業 会 議 の 指 揮 下 から 国 民 経 済 最 高 会 議 付 属 の 軍 事 産 業 総 管 理 局 に 属 することになった 同 委 員 会 の 課 題 は, 軍 事 生 産 に 関 連 した 工 場 の 詳 細 な 調 査,これら 工 場 に 対 する 軍 事 発 注 の 中 止 ないし 民 需 製 品 生 産 への 転 換 であった 調 査 結 果 は,( 軍 事 関 連 ) 工 場 の 深 刻 な 状 況 を 示 していた 例 えば, 武 器 大 砲 工 場 には 7 年 もかかる 再 生 措 置 が 必 要 とされた 設 備 や 機 械 は 磨 耗 し, 旧 式 化 していたのである 軍 事 製 品 の 質 は 著 しく 低 下 し, 多 くの 粗 悪 品 が 生 産 されていた 軍 事 工 場 への 補 給 は 途 絶 え, 工 場 内 の 経 済 活 動 も, 通 貨 流 通 の 破 綻 という 条 件 下 で 事 実 上 機 能 して いなかった 軍 事 産 業 の 秩 序 の 回 復 は 長 い 時 間 を 必 要 とした 場 当 たり 的 でな く, 計 画 的 首 尾 一 貫 的 で 秩 序 だった 軍 事 産 業 の 拡 大 と 生 産 停 止 休 止 の 払 拭 の 必 要 性 に 関 する 問 題 が 提 起 された 1921 年 11 月 20 日,ボグダノフ 軍 事 産 業 会 議 議 長 は,レーニンに, 軍 事 産 業 強 化 措 置 採 用 の 必 要 性 に 関 する 書 簡 を 提 出 した 同 議 長 は, 悲 嘆 にくれて 次 の ように 書 き 送 っている 即 ち, 軍 事 産 業 は, 切 迫 した 時 期 が 到 来 する 時 だけに 思 い 起 こされ, 平 時 においては, 軍 事 産 業 を 維 持 しようとするあらゆる 努 力 が, 上 級 権 力 機 関 の 拒 否 に 突 き 当 たる,と ボグダノフ 議 長 は,レーニンに 対 して, 産 業 が 保 有 していた 第 一 次 世 界 大 戦 時 の 備 蓄 は 枯 渇 し, 硝 酸 の 不 足 により 爆 薬 の 生 産 は 途 絶 寸 前 で, 航 空 機 の 生 産 に 欠 かせない 特 別 品 質 の 鉄 鋼 や 鉛 も 足 りな いと 報 告 している ボグダノフは,ロシア 共 産 党 政 治 局 での 報 告 を 許 可 するようレーニンに 要 請 している そこで 彼 は, 軍 事 産 業 を 国 家 の 特 別 重 要 事 項 と 認 識 するよう 問 題 提 22 Там же. Д Лл

17 E.A.チューリナ 起 したかったのであった (23) 軍 事 産 業 の 発 展 を 確 保 するために,ボグダノフは, 特 別 費 目 として 軍 事 産 業 会 議 への 目 的 別 資 金 供 給 の 設 定, 国 家 金 準 備 基 金 から の 信 用 供 与, 軍 事 関 連 企 業 に 対 する 鉄 道 と 同 程 度 の 薪 及 び 鉱 物 燃 料 の 国 家 的 供 給 の 維 持 を 提 案 した 1922~1924 年 の 間, 軍 事 産 業 への 資 金 供 給 問 題 は, 全 連 邦 共 産 党 (ボ) 中 央 委 員 会 政 治 局 の 会 議 で 何 度 も 検 討 されている (24) そこでは, 必 要 とされる 資 金 供 給 額 と 外 貨 信 用 額 が,いつも 決 まって 少 なくとも 2 分 の 1 に 削 減 された 軍 事 関 連 機 関 からの 申 請 の 検 討 は,1923 年 12 月 13 日 付 政 治 局 決 定 によって 設 置 された, 国 防 の 必 要 のための 外 貨 信 用 委 員 会 の 会 議 で 行 われた 同 委 員 会 のメンバーには, 著 名 な 政 治 家 であるG.クルジジャノフスキー,A.ツリュ パ,L.カーメネフ,N.ブリュハノフらがいた 国 家 財 政 の 脆 弱 性, 通 貨 改 革 という 条 件 下 での 国 家 金 準 備 の 節 約 の 必 要 性,あらゆる 経 済 分 野 における 復 興 プロセスは, 資 金 供 給 政 策 における 国 家 的 優 先 順 位 の 明 確 化 を 求 めていた 国 家 の 軍 事 的 潜 在 力 の 強 化 に 向 けられた 軍 事 計 画 は, 絶 えず 削 減 されるべきで あるとして, 計 画 量 を 実 現 するための 客 観 的 条 件 を 有 することはなかった 一 例 をあげると, 完 成 軍 用 機 と 予 備 部 品 を 外 国 に 発 注 するために 必 要 な 信 用 額 は,30,375 金 ルーブルから 10,675 金 ルーブルに 減 額 された また, 非 鉄 金 属, 硝 酸, 工 作 機 械 購 入 のための 信 用 額 も 19,500 金 ルーブルから 11,300 金 ルーブル に, 軍 事 動 員 予 備 準 備 のための 信 用 額 も 31,325 金 ルーブルから 23,325 金 ルーブ ルにそれぞれカットされている (25) 1923 年 8 月 31 日,ソ 連 国 民 経 済 最 高 会 議 幹 部 会 会 議 において, 軍 事 工 場 の 生 産 能 力 が 検 討 されている 特 に 切 迫 した 状 況 にあるのは, 機 関 銃 を 生 産 する 工 場 ( 計 画 目 標 の 16.5%),ライフル 銃 ( 同 15%), 薬 莢 ( 同 9.5%),フョード 23 АПРФ. Ф. 3. Оп.46. Д Лл. 7-7об. 24 赤 軍 と 軍 事 産 業 の 必 要 に 関 する 全 連 邦 共 産 党 (ボ) 中 央 委 員 会 政 治 局 委 員 会 決 定 (РГВА. Ф. 4. Оп. 1. Д. 42. Л. 408.)を 参 照 25 РГАСПИ. Ф. 17. Оп. 3. Д Лл

18 E.A.チューリナ ロフ 自 動 小 銃 ( 同 1.5%)であると 認 識 された (26) 軍 事 産 業 総 管 理 局 長 のボグダノフは,ロシア 共 産 党 (ボ) 中 央 委 員 会 に 宛 て て, 軍 事 産 業 プログラムの 頻 繁 かつ 予 期 し 得 ない 変 更 は, 最 重 要 工 場 の 閉 鎖, 労 働 者 の 大 量 解 雇, 軍 事 動 員 用 予 備 準 備 の 不 振, 労 働 人 員 の 士 気 喪 失 及 び 国 家 に 対 する 信 用 の 失 墜 という 形 での, 一 連 の 深 刻 な 帰 結 を 以 って( 軍 事 産 業 を) 脅 かしている,と 書 き 送 っている (27) 工 場 健 全 化 に 関 する 不 可 欠 な 措 置 として, 必 要 な 原 料 や 設 備 の 海 外 からの 購 入 を 増 大 させる 必 要 性 が 示 された しかし 1924 年 3 月 に,L.B.カーメネフ 委 員 長 の 下 の 外 貨 信 用 委 員 会 は, 国 際 状 況 の 改 善 のスローガンの 下, 軍 事 産 業 の 必 要 に 対 する 外 貨 信 用 を 改 めて 削 減 した 国 の 防 衛 の 全 般 的 戦 略 の 問 題 は,ロシア 共 産 党 (ボ) 中 央 委 員 会 政 治 局 と 革 命 軍 事 評 議 会 が 定 めた 彼 らは, 軍 事 力 の 人 数,その 構 造, 軍 事 産 業 の 発 展 見 通 し, 軍 需 発 注 の 規 模, 指 導 者 の 指 名 を 承 認 した 防 衛 建 設 のあらゆる 実 務 的 問 題 は, 人 民 委 員 会 議 と 労 働 国 防 会 議 によって 決 定 された 軍 事 海 事 人 民 委 員 部 と 労 農 赤 軍 参 謀 部 は, 軍 備 の 具 体 的 種 類 の 必 要 を 決 定 した ゴスプランは 国 防 分 野 も 含 めて, 経 常 計 画 と 長 期 計 画 の 立 案 に 責 任 を 負 った 国 防 の 事 実 上 の 生 産 は, 軍 事 産 業 総 管 理 局 に 属 する 軍 事 工 場 を 含 めた 企 業 に 軍 需 注 文 を 割 り 当 てた 国 民 経 済 最 高 会 議 に 集 中 した 軍 事 行 動 の 完 了 後, 軍 事 産 業 総 管 理 局 は 軍 事 工 場 のリストの 見 直 しに 関 する 膨 大 な 作 業 を 行 った それは, 余 分 な 工 場 をリストから 取 り 除 き 生 産 を 集 中 す るためであった 1921 年 1 月 1 日 までに, 軍 事 産 業 総 管 理 局 付 属 の 軍 事 海 事 工 場 の 総 数 は,62 工 場 で,そのうち 大 砲 および 海 軍 工 場 が 50 で,12 が 航 空 機 工 場 であった 従 業 員 総 数 は 130,005 人 であった 1925 年 1 月 1 日 までに, 軍 事 産 業 総 管 理 局 の 構 成 は, 大 砲 及 び 海 軍 工 場 が 38 で,12 が 航 空 機 工 場 となっ 26 РГВА. Ф. 4. Оп. 1. Д. 42. Л АПРФ. Ф. 3. Оп. 46. Д Л

19 E.A.チューリナ た 従 業 員 数 は 87,480 人 まで 減 少 した (28) 1920 年 代 の 軍 事 産 業 の 経 済 財 政 的 状 況 の 困 難 さにも 拘 わらず, 次 第 にソビ エト 的 軍 需 生 産 の 発 展 コンセプトの 基 礎 を 形 作 る 考 え 方 が 形 成 された これは 軍 事 産 業 の 指 導 者 たる 赤 軍 の 命 令 から 出 てきた 直 接 軍 需 生 産 に 関 係 のある 指 導 者 の 多 くは, 孤 立 した 組 織 としての 軍 事 産 業 という 考 えに 賛 同 した これは, 戦 略 的 および 生 産 技 術 的 特 徴 という 理 由 に 基 づくものだと,ボグダノフは 考 えた 戦 略 的 理 由 とは, 対 外 的 な 孤 立 とい う 条 件 の 下 で,あらゆる 軍 備 とその 供 給 はソ 連 邦 内 で 用 意 され, 国 内 の 原 料 に 基 づいていなければならないということであった ソ 連 邦 は,ロシア 帝 国 と 異 なり, 戦 争 の 際 に 諸 外 国 の 支 援 を 当 てにすることができないのであるから 我 が 国 は, 軍 備 の 新 しいモデルを 自 ら 考 案 し, 打 ち 立 てなければならないの みならず,その 価 格 と 品 質 を, 他 の 国 が 達 成 している 水 準 まで 持 っていかなけ ればならないという 考 え 方 が, 軍 事 環 境 のなかで 生 まれ, 一 貫 して 実 現 されて いった ボグダノフの 報 告 では, 生 産 技 術 的 観 点 からは, 軍 事 製 品 は 民 生 品 産 業 の 製 品 との 近 似 性 のレベルに 応 じて 次 の 三 つのグループに 分 けられるという 一 番 目 のグループは, 手 動 の 銃 火 器, 実 包 (29), 火 薬, 爆 発 物 毒 物, 地 雷, 曳 火 信 管 の 生 産 に 関 連 するもの これらの 生 産 は 平 和 的 製 品 の 基 盤 と, 大 量 で, 製 造 が 複 雑 で, 労 働 集 約 的 で 危 険 である 点 で 激 しく 異 なる 第 一 次 大 戦 の 経 験 が 示 したように,これらの 製 造 には, 高 度 の 精 密 さと 長 期 にわたる 熟 練 が 必 要 で あった 従 って,これらは, 常 時 生 産 され, 軍 事 工 場 に 集 約 されるべきである 第 二 番 目 のグループは 陸 軍 と 海 軍 のための 武 器 の 製 造, 造 船, 航 空 機, 戦 車 建 造, 軍 事 光 学,ラジオ 無 線 に 関 連 する このグループの 製 品 は, 民 生 産 業 に 近 いが, 大 砲 や 弾 丸 の 製 造 は 特 殊 性 がある (そして) 三 番 目 のグループには, 電 気 技 術, 運 輸 通 信 機 器, 器 具, 軍 事 経 理 部 資 産 他 が 入 る このグループの 製 28 РГВА. Ф Оп. 2. Д Лл ( 訳 者 注 ) 弾 丸 と 装 薬 を 薬 莢 に 収 めたもの

20 E.A.チューリナ 品 は, 大 部 分 の 場 合, 平 和 時 の 製 品 と 類 似 しており, 国 防 の 利 益 を 損 なうこと なく, 民 生 品 産 業 合 同 の 構 成 部 分 に 残 しておくことができる この 様 に, 平 和 時 には, 工 場 は 軍 事 産 業 の 常 備 兵 員 企 業 と 予 備 役 工 場 に 分 け られるというコンセプトが 次 第 に 形 成 された 前 者 には, 軍 需 発 注 の 実 現, 技 術 の 更 新, 武 器 の 新 しいモデルと 型 の 開 発, 大 量 生 産 の 組 織, 予 備 役 工 場 にお ける 動 員 措 置 と 戦 時 の 展 開 の 促 進 という 課 題 があった 予 備 役 工 場 では, 平 時 は, 軍 需 生 産 は 保 存 ( 停 止 )の 段 階 にある 工 場 は, 計 画 の 順 序 で,できれば 外 国 産 でなく 国 産 で, 物 資 と 原 料 を 確 保 する 動 員 プログラムを 立 案 しなければ ならない (30) 軍 事 産 業 のあらゆる 部 門 の 同 時 並 行 的 な 再 建 と 技 術 的 発 展 の 必 要 性 が,( 軍 事 産 業 間 の) 優 先 順 位 に 関 する 問 題 を 提 起 した 内 戦 の 過 程 で 明 らかになった 装 甲 戦 車 部 隊 の 重 要 性 は, 革 命 軍 事 評 議 会 をして,その 更 なる 近 代 化 という 問 題 を 建 てる 方 向 へと 導 いた 革 命 軍 事 評 議 会 の 戦 車 下 部 委 員 会 は,1923~1928 年 の 期 間 に 機 甲 部 隊 戦 力 を 発 展 させる 必 要 性 に 関 する 問 題 を 建 てた こうした 作 業 の 開 始 に 際 して, 主 力 工 場 と 認 められたのは,プチロフスキィとオブホフス キィの 工 場 だった しかしながら,これらの 工 場 に 関 する 調 査 は,こうした 目 的 にとってこれらの 工 場 が 完 全 にそぐわないことを 示 した そこで, 軍 人 達 は, 軍 事 産 業 総 管 理 局 付 属 戦 車 特 別 局 の 創 設 を 決 定 するに 至 る 31 軍 事 工 場 の 再 建 は, 国 の 研 究 調 査 体 制 の 整 備 の 必 要 性 を 引 き 起 こした 1923 年 3 月,ソ 連 では 流 体 力 学 研 究 所 が 創 設 された 1923 年 6 月 11 日 付 の 空 軍 創 設 のための 諸 措 置 に 関 する, 軍 事 特 殊 品 目 開 発 特 別 技 術 局 の 報 告 メモには, 軍 には 少 なくとも 2,500 の 航 空 機 が 必 要 だと 記 されている (32) さらに 革 命 軍 事 評 議 会 のメンバーのなかで,モーターの 国 内 生 産 体 制 の 整 備,(そのための)ライ センスの 購 入 およびドイツ 技 術 者 の 招 聘 の 必 要 性 を 求 める 意 見 が 強 まりはじめ る 革 命 軍 事 評 議 会 メンバーであるA.P.ローゼンゴリツの 意 見 では, 新 し 30 ГАРФ. Ф. Р Оп. 55. Д Лл РГВА. Ф Оп. 1. Д. 7. Лл РГАСПИ. Ф. 82. Оп. 2. Д Лл. 1-2 об

21 E.A.チューリナ い 航 空 産 業 トラストを 組 織 し, 同 トラストに 対 する 党 の 指 導 力 を 強 化 し, 良 質 な 技 術 訓 練 体 制 を 組 織 するために 教 授 団 を 招 くことが 必 要 だった 1925 年 1 月, 内 戦 時 代 から 存 在 していた 合 同 航 空 機 工 場 総 管 理 局 の 航 空 機 企 業 は, 国 民 経 済 最 高 会 議 の 冶 金 工 業 総 管 理 局 の 航 空 機 産 業 国 家 トラスト アヴィアトラスト に 移 管 された (33) 1920 年 代 は, 世 界 の 航 空 機 産 業 にとって 革 命 的 変 化 が 起 きた 時 期 であった 航 空 機 の 建 造 は, 個 別 部 品 の 製 造 価 格 の 高 さと 工 場 外 での 修 理 の 困 難 さに 特 徴 づけられていた 文 書 館 の 一 連 の 資 料 において, 第 5 番 工 場 (フィリ)におけ るユンカース 社 との 協 力 に 際 しての 金 属 製 飛 行 機 の 製 造, 並 びにルノーの 旧 工 場 (ルィビンスク)におけるソビエトのものにより 近 い BMW-4 型 の 航 空 機 モ ーターの 製 造 に 関 する, 新 たな 仕 事 の 組 織 化 の 幾 ばくかの 詳 細 と 複 雑 さが 明 ら かになる 労 農 赤 軍 航 空 部 隊 の 代 表 P.I.バラノフは,ジェルジンスキィへ の 手 紙 の 中 で, 試 験 用 の 国 産 機 械 は 未 熟 すぎるので,どんな 方 法 によっても 外 国 の 専 門 家 を 呼 び 寄 せる 必 要 があると 記 している しかしそのような 働 きかけ は, 競 争 を 恐 れる 航 空 機 トラスト 従 業 員 の 反 発 を 引 き 起 した 34 国 内 航 空 機 産 業 の 統 計 は, 弱 体 化 を 示 していた 1921/22 年 度 に 合 計 して 43 機 の 航 空 機 と 8 台 のモーター,1922/23 年 度 は 143 機 の 航 空 機 と 50 台 のモータ ー,1923/24 年 度 は 173 機 の 飛 行 機 と 70 台 のモーター,1924/25 年 度 上 半 期 は 79 機 の 飛 行 機 と 48 台 のモーターが 製 造 されたが, 作 られた 飛 行 機 は 旧 式 型 で, その 製 造 は, 外 国 製 部 品 の 供 給 に 多 くの 点 で 依 存 していた (35) ソ 連 にとって 深 刻 で 複 雑 な 課 題 は 海 軍 の 再 建 問 題 であった なぜなら, 造 船 分 野 において, 唯 一 の 稼 動 している 工 場 として 維 持 されていたのはバルト 工 場 だけであったからである これに 関 連 して,ロシア 共 産 党 (ボ) 中 央 統 制 委 員 会 の 海 軍 査 察 管 理 官 であるS.I.グセフによる 1924 年 4 月 12 日 付 のソ 連 海 軍 の 建 設 に 関 する 報 告 の 結 論 は 極 めて 興 味 深 い 彼 は,( 既 存 軍 艦 の) 耐 用 期 間 33 Там же. Ф. 76. Оп. 2. Д Лл Там же. Ф. 76. Оп. 2. Д Лл РГВА Ф Оп. 2. Д Лл

22 E.A.チューリナ が 終 了 する 1929 年 までに,ソ 連 はバルト 海 に 一 艘 の 潜 水 艦 も 持 たなくなり, 1931 年 までに 駆 逐 艦 が 失 われ,1932 年 までに 主 力 艦 も 無 くなるであろうと 報 告 している また, 黒 海 の 最 新 型 潜 水 艦 4 隻 の 耐 用 期 間 も,1934~1938 年 には 終 了 することになっている (36) S.I.グセフは,かかる 状 況 の 転 回 を 軍 事 海 事 建 設 戦 略 計 画 の 変 更 に 関 連 づけた 彼 の 考 えではまず, 海 軍 の 古 いロシアの 遺 産 の 維 持 は 高 くつき, その 金 がない ことを 認 めることが 必 要 であった バルト 艦 隊 と 黒 海 艦 隊 を 作 り 出 すだけでも,30 億 金 ルーブルが 必 要 である 結 果 として,グセフは, 艦 隊 は, フィン 湾 を 閉 鎖 し, 黒 海 に 沿 岸 基 地 を 作 る ことを 考 えた 造 船 業 におい ては,5 カ 年 計 画 ではなく, 真 の 発 注 に 基 づくことがより 望 ましいと 考 えられ た (37) このような 状 況 にもかかわらず, 海 軍 の 状 況 は 活 発 化 しはじめた 1924 年 6 月 11 日 付 の, 人 民 委 員 会 議 に 宛 てた 革 命 軍 事 評 議 会 と 国 民 経 済 最 高 会 議 による 軍 艦 の 追 加 建 造 に 関 する 報 告 メモには, 前 以 て 計 画 されたプロジェクトを 縮 小 するなら,それは 失 業 者 を 生 み, 熟 練 労 働 者 の 喪 失 をもたらす,と 記 されてい る 更 なる 3,100 万 ルーブルの 追 加 的 割 り 当 ての 問 題 もあった 2 隻 の 巡 洋 艦 と 6 隻 の 駆 逐 艦 の 落 成 が 始 まった 1915 年 から 事 実 上 発 展 していなかった 潜 水 艦 艦 隊 へも 注 意 が 払 われた (38) 世 界 大 戦 の 経 験 は, 現 代 戦 における 軍 事 用 化 学 産 業 の 意 義 の 増 大 を 示 唆 した アカデミー 会 員 のV.N.イパティエフは, 指 導 部 への 手 紙 の 中 で, 何 度 とな く, 国 内 化 学 産 業 の 後 進 性 や 窒 素, 硝 酸, 砒 素, 臭 素 などの 国 内 生 産 の 不 在 を 訴 えた 彼 の 手 紙 のうち, 革 命 軍 事 評 議 会 のメンバーであり,かつ 労 農 赤 軍 補 給 部 長 でもあるI.S.ウンシュリフトの 論 評 が 付 された 手 紙 が, 検 討 に 付 さ れた (39) その 結 果,1925 年 4 月, 動 員 解 除 軍 事 動 員 委 員 会 付 属 の 技 術 委 員 36 РГАВМФ. Ф. Р Оп. 2. Д. 7. Лл Там же, лл Там же, лл об. 39 РГАСПИ. Ф. 76. Оп. 2. Д Лл. 6-7, 9-7об

23 E.A.チューリナ 会 は, 彼 の 問 題 を 討 議 した この 時 期 までに, 解 決 されなければ 国 の 防 衛 能 力 をこれ 以 上 保 証 することが できない 他 の 課 題 も 現 れてきた 即 ち, 無 線 電 信 と 投 光 器 の 生 産 が 憂 慮 すべき 状 況 にあり, 軍 事 特 殊 用 電 気 機 器 には 統 一 の 基 準 がなく, 無 線 工 学 は 機 能 せず, (40) 軍 事 用 自 動 車 の 著 しい 不 足 が 感 じられ,かつ 弱 電 機 器 工 場 の 生 産 も 機 能 し ていなかった 次 第 に 軍 事 産 業 の 問 題 は, 国 と 党 の 代 表 者 の 強 い 関 心 を 惹 きはじめた (その 結 果 )ソ 連 の 軍 事 動 員 体 制 は, 極 めて 低 水 準 にあることが 明 らかにされた 1924 年 末 に,66 工 場 のみを 対 象 とする 疎 開 計 画 が 政 府 に 提 示 された (41) こ れに 関 連 して, 工 業 の 動 員 解 除 軍 事 動 員 委 員 会 は,17 工 場 の 調 査 を 行 い,そ の 動 員 準 備 状 況 に 関 する 面 白 くない 結 論 に 到 達 した 即 ち, 一 連 の 工 場 が 放 置 されており, 復 興 されていない また, 幾 つかの 工 場 では, 装 備 が 半 分 も 失 わ れたり, 盗 まれたりしており, 残 りの 工 業 に 至 っては 極 限 まで 摩 耗 していた また, 修 理 基 地 は 事 実 上 欠 如 していた (42) 軍 事 産 業 総 管 理 局 の 役 員 であるR. I.ベルジンが 示 しているように, 工 場 復 興 のためには 18 百 万 ルーブルでは 足 りなかった (43) 1925 年 末 から 1926 年 初 めにかけて, 国 の 政 治 当 局 はソ 連 の 孤 立 という 状 況 下 で, 現 代 的 な 軍 事 産 業 の 創 設 の 必 要 性 を 認 めた 軍 事 産 業 総 管 理 局 の 活 動 振 りは, 国 家 の 防 衛 に 関 連 する 全 ての 生 産 活 動 につ いて 調 査 を 行 った 合 同 国 家 政 治 保 安 部 特 別 部 局 を 含 む 様 々な 管 理 機 関 の 興 味 を 惹 くところとなった 彼 らによって 準 備 された 1924 年 12 月 20 日 付 の 文 書 は, 軍 事 産 業 総 管 理 局 の 職 員 は, 何 の 役 にも 立 たず,その 結 果, 国 の 防 衛 能 力 にと ってきわめて 恐 るべき 状 況 が 形 成 されていると 報 告 している (44) 国 家 政 治 保 安 部 員 による 軍 事 工 場 の 検 査 は,この 報 告 書 によると, 生 産 における 損 害, 不 合 40 ( 訳 者 注 ) 主 として 通 信 エレクトロニクス 分 野 の 電 気 工 学 機 器 を 指 す 41 РГАЭ. Ф Оп. 10. Д Лл об. 42 Там же. Д. 144, Лл , 62-79, АПРФ. Ф. 3. Оп. 46. Д Лл об. 44 РГАСПИ. Ф. 76. Оп. 3. Д Лл. 43об-44об,

24 E.A.チューリナ 格 品, 規 格 のなさを 示 しており,このことは, 工 場 における 古 い 専 門 家 が 孤 立 しており, 自 分 の 利 益 にのみ 固 執 して, 生 産 評 議 会 の 作 業 に 参 加 していないこ とを 意 味 した 1925 年 1 月 に 中 央 統 制 委 員 会 に 届 いた 書 き 付 けもまた, 軍 事 産 業 総 管 理 局 の 活 動 振 りの 不 十 分 さを 示 し, 工 場 で 作 られた 1000 万 ルーブルの 平 時 製 品 のうち, 市 場 で 販 売 されるのは 50 万 から 90 万 ルーブルに 過 ぎず,その 上, 生 産 は 高 くつくと 述 べている (45) 多 くは 不 合 格 品 だった その 損 害 は, 軍 需 工 業 の 生 産 のために 支 出 された 資 金 を 利 用 して 穴 埋 めしなければならなかっ た 1925 年 6 月, 軍 事 産 業 総 管 理 局 役 員 会 議 長 のボグダノフは 再 び 軍 事 産 業 の 状 況 を 分 析 した その 深 刻 な 破 壊 の 主 要 要 因 と 彼 が 見 なしていたのは 次 のことで ある 即 ち, 第 一 次 大 戦 及 び 内 戦 期 の 軍 事 工 場 における 動 員 準 備 体 制 の 欠 如, 1917 年 および 内 戦 後 の 無 計 画 かつ 無 秩 序 な 動 員 解 除, 前 線 地 帯 における 工 場 の 存 在 と(その 結 果 としての) 装 置 の 略 奪, 及 び 1921~1923 年 における 工 場 復 興 のための 必 要 資 金 の 不 足 である (46) ボグダノフは,1924/1925 経 営 年 度 になって 初 めて 軍 事 産 業 の 活 動,なにより も 武 器 弾 薬, 無 煙 火 薬, 高 射 砲 (1915 年 モデルの 大 砲 をベースにして), 光 学 設 備,ガスマスク, 爆 発 物 の 生 産 に, 幾 つかの 肯 定 的 変 化 が 現 れ 始 めたと 記 している 彼 は, 軍 事 産 業 総 管 理 局 の 科 学 設 計 局 と 科 学 技 術 委 員 会 の 1925 年 初 めの 設 置 を 成 功 と 見 なしている 彼 の 見 解 では, 新 規 開 発 問 題 にも 多 くの 注 意 が 払 われるようになった 特 に, あらゆる 設 計 能 力 を 合 理 的 に 活 用 するという 観 点 から, 共 通 新 兵 器 プロジェク トの 策 定 とその 後 の 工 場 における 導 入 のための 計 画 化 における 国 民 経 済 最 高 会 議 設 計 局 の 作 業 拡 大 のための 措 置 がとられた 同 局 の 主 要 人 員 は, 永 年 の 現 場 経 験 を 備 えた 設 計 者 から 構 成 され,また 合 意 に 基 づいて, 軍 事 産 業 省 所 管 工 場 から 一 時 的 に 派 遣 されていたモスクワとレニングラードの 専 門 家, 中 央 局 のプ 45 АПРФ. Ф. 3. Оп. 46. Д Лл , ГАРФ. Ф. Р Оп. 55. Д Лл

25 E.A.チューリナ ロジェクトに 関 する 特 別 任 務 を 実 施 していた 軍 事 工 場 設 計 局 の 職 員 も 招 集 され た (47) しかしながら, 軍 事 工 場 の 正 常 の 生 産 サイクルは 復 興 されず, 工 場 の 健 全 化 も 完 了 しなかった 企 業 の 再 生 に 関 する 問 題 は 益 々 厳 しくなり,これと 並 んで, 国 の 工 業 化 の 問 題 も 厳 しくなった (そこで)ボグダノフは, 形 成 された 事 態 を 理 由 に 退 職 願 を 提 出 した 彼 は 1939 年 に 妨 害 罪 で 処 刑 された 軍 事 省 と 軍 事 産 業 省 の 新 しい 指 導 部 は, 軍 事 産 業 改 編 のための 新 プログラム の 開 発 に 着 手 した その 柱 は, 企 業 の 動 員 準 備 に 移 っていった 1926 年 3 月 8 日 付 の 文 書 に 注 意 を 向 けてみよう この 文 書 では, 革 命 軍 事 評 議 会 のメンバー のI.S.ウンシュリフトが, 軍 事 海 事 問 題 人 民 委 員 部 の 新 しい 人 民 委 員 で 革 命 軍 事 評 議 会 議 長 のK.E.ヴォロシロフに 対 して, 軍 事 省 の 国 民 経 済 最 高 会 議 との 相 互 関 係 の 新 しい 原 則 の 構 築 に 関 する 書 簡 を 送 っている 彼 は 製 品 の 品 質 不 良, 納 期 を 守 らない 発 注 遂 行, 製 品 価 格 の 上 昇, 並 びに 組 織 的 な 未 完 成 には, 真 剣 かつ 断 固 とした 対 応 が 必 要 であると 指 摘 し, 次 のことを 提 案 した 軍 事 産 業 と 締 結 された 協 定 は 発 注 の 実 質 的 な 実 施,あらゆる 不 足 に 対 する 刑 法 上 の 責 任 と 物 的 責 任 を 保 障 しなければならない 軍 事 発 注 の 組 織 化 と 資 金 供 給 の 具 体 的 スキームが 提 案 され, 軍 事 海 事 人 民 委 員 部 の 予 算 にあたる 補 助 金 の 配 分 は, 国 民 経 済 最 高 会 議 幹 部 会 により 革 命 軍 事 評 議 会 と 合 意 される 革 命 軍 事 評 議 会 には 平 時 でも 戦 時 でも 発 注 過 程, 軍 事 産 業 管 理 の 学 術 調 査 作 業, 原 料 在 庫, 計 算,および 実 質 的 な 生 産 能 力 を 管 理 し, 検 査 する 権 限 が 与 えられる 生 産 の 改 変, 停 止, 他 の 工 場 への 生 産 移 し 替 え, 新 しい 工 場 の 建 設 は, 革 命 軍 事 評 議 会 の 承 諾 と 合 意 によってのみ 行 われる 革 命 軍 事 評 議 会 は 国 民 経 済 最 高 会 議 幹 部 会 から,かつて 戦 争 の 必 要 のために 働 いていたが 今 では 民 生 品 産 業 の 管 理 に 移 った 全 工 場 の 正 確 な 帳 簿 を 受 け 取 り,これらの 工 場 のうちどの 向 上 が 軍 事 産 業 の 細 胞 を 維 持 するのかについて 国 民 経 済 最 高 会 議 と 合 意 する ウンシ ュリフトは 軍 需 関 係 労 働 者 による 行 政 的, 技 術 的 機 構 の 強 化 を 主 張 している 47 РГВА. Ф Оп. 1. Д. 7. Лл

26 E.A.チューリナ 国 民 経 済 最 高 会 議 の 責 任 ある 指 導 者 ポストへの 任 命 も 特 別 技 術 機 構 の 任 命 も 革 命 軍 事 評 議 会 と 合 意 する (48) ウンシュリフトの 以 上 の 提 案 は( 結 局 ) 採 用 され なかったが,これは, 軍 事 産 業 の 発 展 に 対 する 軍 人 の 影 響 力 の 拡 大 傾 向 を 示 す ものであるといえよう 1926 年 7 月, 国 防 人 民 委 員 部 の 決 定 により, 軍 事 産 業 管 理 委 員 会 が 作 られ, そこにV.A.アヴァネソフ( 議 長 ), 革 命 軍 事 評 議 会 メンバーのエゴロフ, 軍 事 産 業 管 理 局 参 与 会 メンバーのクリク, 軍 事 産 業 省 議 長 のタマリンが 参 加 した 委 員 会 は 16 工 場 を 訪 れたが,それは 稼 働 中 の 工 場 の 約 50%にあたった この 調 査 は, 内 戦 終 了 後 に 国 民 経 済 最 高 会 議 の 経 済 管 理 総 局 に 付 属 して 設 置 された 産 業 動 員 解 除 軍 事 動 員 委 員 会 によって 行 われた 動 員 作 業 方 法 の 見 直 し のための 注 目 すべきステップとなった これまでの 動 員 体 制 の 主 な 否 定 的 特 徴 として, 公 表 される 軍 事 発 注 と 国 の 現 実 的 な 資 源 に 基 づいた 産 業 の 生 産 可 能 性 との 間 の 不 一 致 が 認 められたのである (49) 軍 事 産 業 総 管 理 局 長 アヴァネソフによる 人 民 委 員 会 議 議 長 A.I.ルィコフ 宛 の 報 告 書 において, 平 時 に 産 業 に 発 注 された 必 要 製 品 の 一 定 期 間 内 における 生 産 のために 不 可 欠 な 全 てのものの 包 括 的 な 算 定 と 産 業 界 への 計 画 的 な 供 給 の 組 織 化 を 伴 う, 産 業 動 員 計 画 策 定 の 必 要 性 が 詳 細 に 根 拠 付 けられている この 文 書 では, 産 業 動 員 計 画 の 組 成 に 不 可 欠 な 全 ての 側 面 が 検 討 されていた 例 えば, 動 員 機 構 の 構 築, 動 員 作 業 に 対 する 責 任 の 所 在, 産 業 動 員 の 管 理 と 経 常 計 画 の 動 員 計 画 との 一 致, 動 員 計 画 申 請 承 認 手 順, 動 員 計 画 による 全 産 業 部 門 の 包 摂, 産 業 動 員 用 備 蓄 の 創 出, 部 品 の 規 格 化 などである 以 上 に 引 き 続 いて, 全 産 業 部 門 の 動 員 計 画 の 立 案 という 考 え 方 が 具 体 的 な 企 業 のレベルでもソ 連 経 済 全 般 のレベルでも 詳 細 に 計 画 された 1927 年,ソ 連 ゴスプランに 国 防 部 という 特 別 の 機 構 が 作 られた そこでは 戦 時 状 況 下 でのソ 連 の 経 済 政 策 の 分 析 プログラムを 組 み 立 てていた はじめて 赤 軍 の 武 装 と 補 給 に 関 する 物 資 の 発 注 の 5 カ 年 生 産 プログラムが 準 備 された そ 48 РГВА. Ф. 4. Оп. 2. Д. 172 Лл РГАСПИ. Ф. 76. Оп. 2. Д Лл

27 E.A.チューリナ こでは 軍 事 工 場 の 生 産 量 と, 原 料 と 熟 練 労 働 力 の 需 要 とを 結 びつける 試 みが 行 われている (50) 同 じ 時 期 に, 軍 隊 に 武 器 類 を 確 保 させる 程 度 を 劇 的 に 向 上 させるための 基 本 的 方 針 は 民 生 品 工 業 を 軍 事 生 産 へ 接 近 させる 点 にあるという 意 見 が 表 明 される ようになった 新 しい 工 場 の 設 計 段 階 で 既 に, 民 生 用 にも 軍 事 用 にも 両 方 の 生 産 可 能 性 を 考 慮 することが 提 案 された (51) 1929 年 春, 国 民 経 済 発 展 5 カ 年 計 画 に 国 防 の 利 益 を 考 慮 することに 関 する, ソ 連 ゴスプランの 報 告 が 労 働 国 防 会 議 で 準 備 された そこでの 特 別 な 注 意 は, 燃 料 採 掘 の 発 展,ウラルおよびカザフスタンにおける 冶 金 採 掘 の 発 展, 機 械 組 立, 化 学 工 業, 運 輸, 旅 客 機, 農 業 それぞれの 発 展 速 度 の 引 き 上 げ, 食 料 品 お よび 工 業 製 品 のストックの 創 設 に 向 けられた (52) 従 って,ソ 連 では 1920 年 代 末 までに,ロシアの 原 料 に 立 脚 し,かつ 赤 軍 に 現 代 的 な 武 器 を 確 保 させることのできる 軍 事 産 業 を 自 前 で 創 設 する 必 要 に 関 する 理 解 が 形 成 された 世 界 革 命 の 可 能 性 についての 幻 想 を 拒 絶 し, 自 給 と 国 家 利 益 の 保 護 を 可 能 に する 強 力 な 産 業 基 盤 の 設 立 の 不 可 欠 性 のソビエト 政 府 による 理 解 は, 多 くの 点 で, 国 の 統 一 された 国 民 経 済 コンプレクスの 一 部 として 軍 事 産 業 を 創 設 すると いう 当 初 の 見 方 の 見 直 しを 促 進 した 将 来,この 部 分 は,このコンプレクスの 全 ての 部 分 の 発 展 に 従 属 することができ,そのことは, 永 年 にわたりソ 連 経 済 発 展 の 優 先 順 位 を 決 めることとなったのである その 後 のソ 連 における 国 防 産 業 複 合 体 の 発 展 の 歴 史 については 文 書 集 歴 史 文 書 叢 書 ソ 連 国 防 産 業 複 合 体 の 形 成 発 展 史 :1900~1963 年 にて 明 らかになるであろう ( 翻 訳 : 岩 﨑 一 郎 一 橋 大 学 経 済 研 究 所 助 教 授, 杉 浦 史 和 同 専 任 講 師 ) 50 ГАРФ. Ф.Р Оп. 1. Д. 13. Лл Там же, Д.45. Лл. 7-7об. 52 РГАЭ. Ф Оп. 91. Д Лл

28 Тюрина Е.А. К истории создания и становления оборонно- промышленного комплекса СССР 20-е годы ХХ в. Тюрина Е.А. Данная работа подготовлена на основе документов, выявленных в федеральных архивах России, для историкодокументальной серии сборников документов «История создания и развития оборонно- промышленного комплекса СССР гг.», первые два тома которой подготовлены к изданию и появятся в свет в 2004 г. Объект и хронологические рамки исследования охватывают период зарождения и развития военной промышленности СССР и совпадают со вторым томом названной серии «Военнопромышленное производство СССР гг.». Подготовка историко- документальной серии стала возможной благодаря интенсивной работе РГАЭ по рассекречиванию документов ведущих фондов архива. Сведения о развитии военной экономики в СССР концентрировались ранее в секретных частях архивных фондов всех без исключения отраслей промышленности, но в наиболее концентрированном и аналитически переработанном виде информация по теме исследования находится в фондах Госплана СССР (отдел сводного народнохозяйственного плана, отдел оборонной промышленности, Секретариат), Наркомата финансов СССР (отдел финансирования обороны), ЦСУ СССР, а также в фондах отраслевых наркоматов военной промышленности: вооружения, авиационной промышленности, боеприпасов, миномётного вооружения, судостроения и танковой промышленности. В целом в РГАЭ хранится более 600 фондов министерств, главков, трестов, объединений, предприятий и организаций, в которых

29 Тюрина Е.А. имеется информация о военной экономике. Кроме РГАЭ необходимая информация содержится в ряде других федеральных архивов России Государственном архиве РФ, Российском государственном военном архиве, Российском государственном архиве военно- морского флота, Российском государственном архиве социально- политической истории и других архивах. Рассекречивание документов позволило исследователям впервые на более полной источниковой базе изучать вопросы развития оборонной промышленности СССР. В течение 90-х годов начале 2000 гг. в свет вышли работы российского историка Н.С. Симонова «Военно- промышленный комплекс СССР в е годы: Темпы экономического роста, структура, организация производства и управления. (М., РОССПЭН, 1996 г.) и шведского историка Леннарта Самуэльсона «Красный колосс. Становление советского военнопромышленного комплекса гг.» (М., 2001), которые были первым шагом к формированию современного взгляда на концепцию развития оборонно- промышленного комплекса СССР. Однако авторы названных работ в силу объективных причин не могли дать ответы на все вопросы, актуальность которых не исчезла и сегодня. Именно поэтому коллектив редакторов и составителей историкодокументальной серии поставил перед собой задачу представить вниманию читателей наиболее полное и системное собрание документов по истории советского ОПК, которое позволит рассматривать проблему через призму многих многоаспектных источников. В настоящей работе вниманию читателей предлагается

30 Тюрина Е.А. исследование истории первоначального периода зарождения и развития военной промышленности СССР в 20-е годы ХХ в. Период создания и становления советского ОПК проходил в условиях становления нового общественного строя, гражданской войны и новой экономической политики, курс на которую был взят РКП(б) в марте 1921 г. С первых месяцев победы Октябрьской революции советское правительство активно обсуждало вопрос о том, какой должна быть новая социалистическая армия. Миф о том, что можно обойтись без создания регулярной армии через всеобщее вооружение народа был быстро развенчан. 15 января 1918 г. Совнарком издал декрет о создании Рабоче- Крестьянской Красной Армии (РККА). Необходимо было решать проблемы её организации, комплектования, вооружения и снабжения. Причём создавать новую армию предстояло в условиях крайнего истощения народного хозяйства, разрушенного первой мировой войной. Налицо были признаки распада хозяйственных связей, натурализации товарных отношений, прямых продовольственных реквизиций, нарушения денежного обращения в стране в результате стремительной инфляции. Интенсивно работающая в годы первой мировой войны, военная промышленность заметно отставала в области производства вооружений и боеприпасов от возможностей армий, других воюющих держав. После заключения Брестского мира в России развёртывается процесс демобилизации промышленности. Постановлением 73 Высшего Совета Народного Хозяйства (ВСНХ) от 13 апреля 1918 г. вместо военно- промышленных комитетов, действующих до революции, создаются народно- промышленные комитеты, целью

31 Тюрина Е.А. которых становится разработка плана реорганизации промышленности 1. Военно- промышленные комитеты также были обязаны осуществлять демобилизацию и рациональное использование военного и морского имущества старой армии и содействовать техническому и хозяйственному обеспечению вновь образуемой революционной армии. Дискуссии в партийно- хозяйственных кругах склонялись к тезису, что военная промышленность может быть успешной, если она является органической частью единого народнохозяйственного комплекса, а не развивается обособленно. При этом полагалось, что за планы в области вооружения страны отвечают военные ведомства, которые формируют военные заказы и контролируют их исполнение. Создание единой системы производства вооружений затруднялось многовластием и ведомственностью. Объединение промышленности под руководством Высшего Совета Народного Хозяйства (ВСНХ) представляло собой механическое соединение отраслевых главков, каждый из которых проводил прежнюю ведомственную политику. Кроме того, оставались ведомственные органы, непосредственно не подчинённые ВСНХ, а также не национализированные заводы. Часть предприятий подчинялось Коллегии Народного комиссариата по военным делам. В этой ситуации возникала необходимость координации, преодоления организационной путаницы и неразберихи. Процесс демобилизации представлялся сотрудникам ВСНХ таким образом: утилизация созданных в годы войны запасов, за исключением имеющих боевое применение; прекращение военно- морской программы 1912 г., аннулирование 1 РГА ВМФ Ф. Р-342. Оп. 1. Д Лл об

32 Тюрина Е.А. заказов Военно- морского флота, передача кораблестроения гражданским ведомствам, сокращение военно- химического производства, а также производства автомобилей для нужд армии. Предполагалось не сокращать только производство мелкого оружия. Декрет о национализации промышленности 28 июня 1918 г. способствовал ускорению процесса национализации большинства крупных военных предприятий, управление которыми окончательно передавалось в ведение ВСНХ и его местных органов 2. Однако решение вопроса о передаче из Военного комиссариата в ВСНХ всех артиллерийских заводов затянулось почти на год и окончательно завершилось в марте 1919 г. подчинением Центрального правления артиллерийских заводов Президиуму ВСНХ 3. Попытки мирного строительства и демобилизации промышленности были прерваны гражданской войной. Всё народное хозяйство, ещё не опомнившееся от последствий первой мировой войны и Октябрьской революции, вновь, должно было мобилизовываться на нужды фронта. Именно с военной промышленности в Советской республике началось учреждение чрезвычайных органов, рассылка на предприятия комиссаров с чрезвычайными полномочиями, дабы как-то наладить производство. Упор делается на создание системы органов, отвечающих за единство политики в области вооружения и снабжения Красной Армии 4. Начинается период военного коммунизма, 2 Решения партии и правительства по хозяйственным вопросам. ( гг.), т.1, гг., Москва, 1967, С РГАЭ. Ф Оп. 4. Д Лл «История создания и развития оборонно- промышленного комплекса России и СССР гг.» т.2. Советское военно- промышленное производство гг. Соколов А. К. Предисловие к тому. С

33 Тюрина Е.А. характеризуемый применением административно- принудительных методов решения вопросов организации труда и сбора продовольствия. Наладить работу расстроенных военных заводов, которые в результате перемен власти, неоднократных эвакуаций и перемещений растеряли оборудование и квалифицированные кадры, было необычайно сложно. Продовольственные трудности, холод, отсутствие жилья и элементарных условий для жизни озлобляли рабочих. На Ижевском, Тамбовском и Тульском заводах произошли восстания рабочих против администрации, отмечались случаи массового дезертирства. Для налаживания производства во все горячие точки направлялись чрезвычайные комиссары. В архивах сохранился подлинный доклад чрезвычайного военно- политического комиссара патронных и тульских оружейных заводов республики К. Н. Орлова председателю Совета обороны В. И. Ленину о положении на Симбирском патронном заводе. Комиссар докладывал Ленину о причинах невыполнения заводом программы выпуска 20 млн. штук патронов на июнь- август 1919 г. Причины плохой работы завода заключались в отсутствии квалифицированных кадров и вынужденной заменой их рабочими из Петрограда, Самары, Сестрорецка, присланных на оружейный завод по мобилизации. Условия жизни рабочих и их семей были ужасающими не было жилья, одежды, продовольствия, умирали от инфекционных заболеваний женщины и дети. Комиссар К. Н. Орлов писал в докладе Ленину «следует в первую очередь обеспечить жильём и всем необходимым патронщиков, а затем воинские части, ибо армия без патронов драться не будет» 5. 5 РГАСПИ. Ф. 17. Оп Д. 35. Лл

34 Тюрина Е.А. Выход из положения представители власти видели в дальнейшей её централизации. 2 сентября 1918 г. Совнарком издал постановление о превращении Советской республики в военный лагерь 6. Создаётся Революционный военный совет, который постепенно сосредотачивает у себя все функции военного управления. В июле 1919 г. при Совете обороны учреждается институт Чрезвычайного уполномоченного по снабжению Красной Армии и её аппаратов А. И. Рыков становится Чрезвычайным Уполномоченным Совета рабоче- крестьянской Обороны. В сентябре 1919 г. при ЧУСО был образован Совет Военной Промышленности (СВП), руководителем которого был назначен П. А. Богданов, выпускник МВТУ, ученик авиаконструктора Жуковского. Перед СВП была поставлена задача создания центров военной промышленности, изъятие из ведения ВСНХ военных заводов и их переподчинение 7. Всего СВП объединил работу 59 военных заводов, но под его контролем находился ряд других предприятий (всего около 130 заводов), в частности, Государственного объединения машиностроительных заводов (ГОМЗы). Целью всех проводимых мер провозглашалось образование единого оборонно- производственного фронта Советской Республики. Прежде всего, было необходимо обследовать заводы на предмет выявления их возможностей в производстве вооружений. В короткие сроки СВП удалось концентрировать вокруг себя все ранее разбросанные центры оборонной промышленности и заводы и наладить на них производство военного снаряжения первой необходимости, такого как винтовочные патроны и капсюля. 6 «Правда» сентября. 7 Соколов А. К. Указ. Соч

35 1920 г. 8 Однако несмотря на принимаемые меры положение с Тюрина Е.А. Проходила перестройка Ижевского завода для капитального ремонта паровозов, необходимых фронту, на Паратском заводе была налажена выделка гильз, на московском заводе «Русская машина» стали производить морские снаряды. Одновременно проводилось кадровое обновление заводоуправлений более профессиональными и политически грамотными работниками. Велась значительная работа по улучшению жилищных и социальных условий рабочих, проверялось финансирование заводов, проводилась работа по повышению качества изделий. Однако, главным направлением работы СВП, было обеспечение заводов всем необходимым, прежде всего топливом, транспортом, металлами, химическими материалами и растительными маслами, рабочей силой, продовольствием. СВП сумел наладить хорошие деловые контакты с другим чрезвычайным органом Комиссариатом продовольствия и установить обеспечение ударных заводов полным трудовым красноармейским пайком, а также увеличить количество рабочих, получающих бронированный продовольственный паёк с 180 тыс. рабочих в декабре 1919 г. до 250 тыс. рабочих в июле выполнением военных заказов оставалось очень тяжёлым, сохранялись проблемы, которые советское государство не могло решить в условиях тотального дефицита сырья, топлива и квалифицированных кадров. В архивах сохранился доклад Чусоснабарма на заседании ЦК РКП(б) об организации снабжения армии и военного производства от 16 июля 1920 г. В нём анализировались причины понижения производительности большинства военных заводов в 1920 г. Среди них, 8 РГАСПИ. Ф. 17. Оп Д. 6. Лл

36 Тюрина Е.А. назывались разруха транспорта, постоянный недостаток сырья и топлива, продовольствия, квалифицированных рабочих. Особо выделялся недостаток инструментов, при котором инструмент буквально переходил из рук в руки, что задерживало производство вооружений. Нередко военные заводы оказывались непосредственно в районах военных действий, имелись случаи, когда рабочие заводов уходили со своих рабочих мест вместе с «белыми», прихватив с собой инструмент. В докладе также указывались мероприятия, которые предпринимаются СВП по налаживанию производства вооружения. Все заводы, работающие на оборону, были разделены на группы, причём те заводы, которые изготовляли наиболее необходимые виды вооружения, выделялись в особые ударные группы, снабжающиеся топливом, сырьём и продовольствием в первую очередь 9. На имя председателя Реввоенсовета Л. Д. Троцкого постоянно шли доклады о невозможности выполнения заданий фронта в виду отсутствия сырья, топлива и квалифицированных рабочих. Особенно не хватало квалифицированных рабочих на авиационных заводах, где их количество было вдвое меньше требуемого 10. Командующий Балтийским флотом легендарный Ф. Ф. Раскольников писал в СВП, что работы в области военного судостроения полностью запущены, лучшие технические силы ушли; заводы, ранее строившие суда, не могут в этих условиях справиться даже с ремонтом флота, что грозит его потерей Там же, Лл ; ГАРФ. Ф. Р Оп. 55. Д. 7. Лл РГАЭ. Ф Оп. 1. Д. 44. Лл РГАЭ. Там же. Оп. 3. Д Л

37 Тюрина Е.А. Реальные возможности выпуска главнейших предметов вооружения в период гг. приводятся в краткой сводке СВП за 1919 июнь 1920 г., из которой следует, что винтовок выпускалось 470 тыс. штук, пулемётов 6056 штук, пулемётных станков 7617 штук, револьверов штук, шашек штук, патронов штук, пороха пудов, пушек 360 штук, снарядов штук, самолётов 258 штук, биноклей 737 штук, стереотруб 333 штук, также было отремонтировано 7 крейсеров, 17 подводных лодок и 11 миноносцев 12. Приведённые данные позволяют видеть результаты работы советской военной промышленности, постановленной в условия чрезвычайности: с одной стороны приоритетные права от Государства в области финансирования и снабжения всем необходимым; с другой стороны наличие материальных запасов от первой мировой войны, что давало возможность быстро развёртывать отдельные её отрасли, если этого требовали фронтовые потребности. Несомненно наличие сырьевых и оружейных резервов, оставшихся от царской армии во многом способствовало достижению Победы Красной Армии в гражданской войне. С окончанием гражданской войны необходимо было определиться в выборе дальнейших перспектив развития военной промышленности. На повестке дня перед СВП стояла ещё одна актуальная задача Петроград не мог больше оставаться центром военной промышленности, каковым он оказался в силу исторических условий. Кроме приграничного расположения в нём также не было необходимых 12 РГАСПИ. Ф. 17. Оп Д. 6. Лл

38 Тюрина Е.А. хозяйственных условий для оптимального развития военной промышленности, а именно: сырья, топлива, рабочих рук. Металл привозился сюда с Урала и юга России, топливо- каменный уголь получался из-за границы, из Англии преимущественно. В качестве возможных мест расположения нового центра военного производства назывались заводы Урала, Центра или Юга России. Начать процесс перевода военной промышленности СВП предлагал с производства орудий для сухопутной артиллерии, самого необходимого вооружения Красной Армии 13. Основной ударной силой на фронтах гражданской войны были бронированные поезда, воспетые в советской литературе. Вот строчки из популярной песни советской эпохи: «Мы мирные люди, но наш бронепоезд стоит на запасном пути», что означало готовность советского народа защитить Родину от непрошеных врагов. К концу боевых действий на фронтах находилось 68 бронепоездов, 12 числились в ремонте, 13 в процессе формирования 14. В 1920 г. на фронтах действовало 32 бронеотряда, которые рассматривались как сильные боевых единицы, но часто страдали бессистемностью применения и недокомплектом машин. Интерес к этому виду техники сохранялся и после гражданской войны, когда был объявлен конкурс на производство новых танков по типам истребительный, средний танк, большой танк 15. В условиях нэпа военная промышленность оказалась в тяжелом положении. От административных методов управления надо было перейти к экономическим методам. Деятельность чрезвычайных 13 ГАРФ. Ф. П Оп. 55. Д. 7. Лл РГВА. Ф. 27. Оп. 1. Д Лл Там же. Д Лл

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