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1 博 士 論 文 郁 達 夫 における 大 正 文 学 の 受 容 2014 年 3 月 宇 都 宮 大 学 国 際 学 研 究 科 博 士 後 期 課 程 国 際 学 研 究 専 攻 A 趙 敏

2 目 次 序 章 1 1. 研 究 動 機 および 問 題 意 識 1 2. 研 究 目 的 2 3. 研 究 方 法 3 4. 論 文 構 成 3 第 一 章 郁 達 夫 における 大 正 文 学 の 受 容 の 概 観 5 第 一 節 日 本 への 留 学 5 1. 郁 達 夫 とその 家 族 5 2. 国 での 勉 強 と 読 書 6 3. 官 費 留 学 生 制 度 8 4. 大 正 日 本 での 学 習 および 読 書 生 活 10 第 二 節 文 学 活 動 の 出 発 五 四 新 文 化 運 動 創 造 社 メンバーとして 大 正 文 壇 からの 影 響 19 第 三 節 先 行 研 究 中 国 の 郁 達 夫 研 究 日 本 の 郁 達 夫 研 究 23 第 二 章 郁 達 夫 と 佐 藤 春 夫 30 はじめに 30 第 一 節 郁 達 夫 と 佐 藤 春 夫 の 交 流 佐 藤 春 夫 への 絶 賛 佐 藤 春 夫 との 交 流 32 第 二 節 沈 淪 と 田 園 の 憂 鬱 の 再 考 詩 的 精 神 を 中 心 に 田 園 の 憂 鬱 と 沈 淪 の 創 作 背 景 先 行 研 究 佐 藤 春 夫 そして 郁 達 夫 にとっての 詩 的 精 神 佐 藤 春 夫 にとっての 詩 的 精 神 38 i

3 3.2 郁 達 夫 にとっての 詩 的 精 神 40 第 三 節 詩 的 精 神 を 求 める 創 作 方 法 西 洋 詩 による 主 人 公 の 心 境 表 現 漢 詩 による 自 然 風 景 の 表 現 隠 居 生 活 を 求 める 詩 的 精 神 の 表 現 48 おわりに 50 第 三 章 郁 達 夫 と 芥 川 龍 之 介 52 はじめに 52 第 一 節 歴 史 小 説 をテーマにする 表 現 方 法 芥 川 龍 之 介 の 歴 史 小 説 への 執 着 郁 達 夫 の 芸 術 家 への 転 身 56 第 二 節 歴 史 小 説 における 芸 術 の 告 白 主 人 公 を 告 白 の 代 理 として 采 石 磯 と 戯 作 三 昧 の 比 較 から 芸 術 の 美 を 追 求 する 歴 史 小 説 采 石 磯 と 地 獄 変 の 比 較 から 芸 術 家 としての 理 想 像 72 おわりに 77 第 四 章 郁 達 夫 と 田 山 花 袋 79 はじめに 79 第 一 節 郁 達 夫 と 自 然 主 義 文 学 そして 私 小 説 との 接 触 郁 達 夫 の 自 然 主 義 私 小 説 の 受 容 田 山 花 袋 とその 文 学 田 山 花 袋 との 接 点 84 第 二 節 郁 達 夫 と 田 山 花 袋 の 創 作 態 度 事 実 真 相 への 執 着 告 白 暴 露 への 試 作 88 第 三 節 自 我 および 自 己 周 辺 の 事 実 作 品 の 比 較 をめぐって 創 作 における 自 我 の 事 実 創 作 における 自 己 周 辺 の 事 実 98 おわりに 102 ii

4 第 五 章 郁 達 夫 と 谷 崎 潤 一 郎 104 はじめに 104 第 一 節 郁 達 夫 と 谷 崎 潤 一 郎 の 接 点 迷 羊 の 創 作 背 景 谷 崎 潤 一 郎 痴 人 の 愛 と 郁 達 夫 迷 羊 の 創 作 について 郁 達 夫 と 谷 崎 潤 一 郎 の 接 点 109 第 二 節 郁 達 夫 迷 羊 と 谷 崎 潤 一 郎 痴 人 の 愛 モダン 文 化 を 中 心 に モダン 都 市 の 登 場 モダン ガールの 女 性 像 113 おわりに 118 終 章 121 注 134 参 考 文 献 154 初 出 一 覧 175 謝 辞 176 iii

5 凡 例 本 論 文 で 取 り 扱 う 作 品 の 本 文 引 用 にあたっては 漢 字 の 旧 字 体 はそのままにし ただし ルビは 省 略 した 紹 介 文 や 評 論 などは 誤 字 脱 字 がある 場 合 も 原 文 のまま 引 用 した 本 論 文 で 取 り 扱 う 作 品 の 書 名 雑 誌 名 論 文 名 は すべて ( 二 重 括 弧 )で 囲 んで 記 し た ただし 注 釈 において 書 名 は ( 二 重 括 弧 )で 作 品 名 は ( 一 重 括 弧 )で 囲 ん で 記 した 本 論 文 で 取 り 扱 う 中 国 語 の 書 名 雑 誌 名 論 文 名 は すべて 中 国 語 の 表 記 で 引 用 した その 中 の 中 国 語 文 日 本 訳 はすべて 筆 者 の 拙 訳 による iv

6 序 章 新 文 化 運 動 期 から 中 国 の 近 代 文 壇 で 活 躍 していた 郁 達 夫 は その 活 動 が 旧 体 詩 小 説 随 筆 評 論 などと 多 分 野 にわたり 中 国 近 代 文 学 の 形 成 および 発 展 に 大 きな 功 績 を 残 して いる 本 研 究 では 郁 達 夫 の 留 学 時 代 の 文 学 的 思 想 的 受 容 をめぐり 大 正 文 学 との 関 わ りをとらえながら 彼 の 代 表 的 な 近 代 小 説 の 検 討 を 通 して 郁 達 夫 における 中 国 近 代 小 説 の 形 成 および 大 正 文 学 との 関 連 について 考 察 する 1. 研 究 動 機 および 問 題 意 識 19 世 紀 末 に 清 朝 政 府 は 近 代 化 を 担 う 人 材 育 成 のため 多 くの 人 を 海 外 に 派 遣 した 中 でも たくさんの 青 年 が 日 本 を 訪 れ 医 学 理 学 文 学 などあらゆる 分 野 で 学 び 日 本 を 介 し 様 々 な 先 進 的 な 技 術 や 進 歩 的 な 思 想 などを 中 国 に 伝 えた 文 学 の 面 についていえば 口 語 詩 や 小 説 や 戯 曲 を 中 心 とする 近 代 中 国 文 学 において 東 亩 で 結 成 された 創 造 社 の 活 動 が 最 も 目 覚 しいものとしてあげられる 郁 達 夫 は 創 造 社 の 重 要 なメンバーとして 中 国 近 代 小 説 の 成 立 および 発 展 に 大 きな 影 響 を 及 ぼした 中 国 近 代 文 学 が 形 成 の 過 程 において 西 欧 から 絶 大 な 影 響 を 受 けたことは 言 うまでもない しかし 一 方 その 時 代 一 万 人 を 超 える 青 年 が 近 代 化 を 学 ぶため 日 本 に 派 遣 され 中 には 文 学 に 転 身 した 人 も 多 くいたことから 彼 らを 通 して 中 国 近 代 文 学 が 日 本 から 影 響 を 受 けた ことは 否 めないものと 思 われる 郁 達 夫 はその 中 の 一 人 で 文 学 者 としてその 役 割 を 担 っ ていた 郁 達 夫 における 大 正 文 学 の 受 容 に 関 する 研 究 は 伊 藤 虎 丸 氏 の 郁 達 夫 と 大 正 文 学 日 本 文 学 との 関 係 より 見 たる 郁 達 夫 の 思 想 = 方 法 について 1 をはじめ 大 東 和 重 氏 の 著 書 郁 達 夫 と 大 正 文 学 < 自 己 表 現 >から< 自 己 実 現 >の 時 代 へ 2 など 幾 つか 代 表 的 なもの が 論 じられてきた また 李 麗 君 の 大 正 日 本 の 留 学 生 郁 達 夫 3 や 厳 安 生 の 陶 晶 孫 その 奇 数 な 生 涯 もう 一 つの 中 国 人 留 学 精 神 史 4 の 中 でも 郁 達 夫 の 留 学 生 活 が 検 討 さ れている 郁 達 夫 の 文 学 は 出 発 点 においても その 後 の 文 学 の 変 遷 も 大 正 文 学 から 多 く の 影 響 を 受 けていることがすでに 指 摘 されている そして 郁 達 夫 に 影 響 を 与 えた 作 家 とし て 佐 藤 春 夫 谷 崎 潤 一 郎 志 賀 直 哉 葛 西 善 蔵 田 山 花 袋 有 島 武 郎 近 松 秋 江 などの 名 1

7 が 挙 げられている ただこれまでの 議 論 の 多 くは 作 家 の 自 意 識 の 類 似 性 および 作 品 の 類 似 性 を 指 摘 したものであって 作 品 に 即 しての 具 体 例 に 基 づく 検 討 は 深 められていない また 郁 達 夫 の 前 期 の 作 品 は 多 く 論 じられているが 彼 の 帰 国 後 の 創 作 も 含 めて 検 討 すべ きだと 筆 者 は 考 える 本 論 では 郁 達 夫 の 創 作 方 法 の 特 徴 に 着 目 し 大 正 期 の 代 表 的 な 作 家 の 表 現 方 法 との 比 較 を 通 じ 郁 達 夫 と 大 正 文 学 の 関 連 性 を 再 検 討 することにより 彼 の 大 正 文 学 の 受 容 を 明 らかにしたい 2. 研 究 目 的 郁 達 夫 は 中 国 古 典 文 学 に 精 通 した 上 で 当 時 の 外 国 文 学 思 想 の 強 い 影 響 を 受 け 独 自 の 作 風 と 芸 術 性 を 形 成 していった 彼 は 人 生 のもっとも 多 感 な 時 代 を 日 本 で 過 ごし 大 正 文 学 を 通 してさまざまな 文 芸 思 潮 や 西 洋 の 文 学 作 品 に 触 れることができた 一 高 特 設 予 科 時 代 は 郁 達 夫 にとって ヨーロッパ 近 代 文 学 との 出 会 いの 時 でもあった 彼 は 東 亩 の 都 会 的 近 代 的 諸 相 に 目 を 見 張 っていた 大 正 期 の 様 々な 流 行 物 を 味 わいなが ら 学 校 での 授 業 を 通 じ 西 洋 文 学 を 学 び 近 代 的 な 思 想 の 影 響 も 受 けていた その 後 彼 は 試 験 に 合 格 し 官 費 留 学 生 として 名 古 屋 の 第 八 高 等 学 校 東 亩 帝 国 大 学 に 進 学 した ち ょうど 彼 の 大 学 在 学 中 中 国 の 亓 四 運 動 が 勃 発 した この 愛 国 的 民 为 的 な 革 命 運 動 は 中 国 国 内 にとどまらず 海 外 にいる 留 学 生 の 創 作 意 欲 に 大 きな 衝 撃 を 与 えた 郁 達 夫 は 時 代 の 潮 流 に 乗 り 同 人 誌 の 刉 行 に 努 力 し 中 国 文 壇 の 近 代 的 な 刉 行 物 を 作 ろう という 意 識 を 持 つに 至 った この 意 識 は 日 本 文 学 界 からの 影 響 もさることながら 当 時 の 中 国 文 壇 の 必 然 性 によるものでもあった 彼 は 1921 年 に 創 造 社 のメンバーとして 中 国 の 文 壇 でデビューした そしてこの 年 に 彼 は 最 初 の 創 作 のピークを 迎 えたのである 特 に 中 国 近 代 文 学 史 上 最 初 の 白 話 体 短 編 小 説 集 沈 淪 を 発 表 したことで 当 時 の 東 亩 帝 国 大 学 生 として 彼 の 名 は 上 海 の 文 壇 から 広 く 人 々に 知 られるようになった 彼 の 従 来 にない 作 風 で 創 作 された 小 説 集 の 出 現 は 中 国 近 代 文 壇 に 多 大 な 衝 撃 を 与 え 中 国 近 代 小 説 の 誕 生 および 発 展 に 大 きな 一 歩 を 踏 み 出 させたのである その 後 彼 は 多 くの 小 説 を 創 作 し 作 品 中 には 大 正 文 壇 で 流 行 っていた 文 芸 思 潮 や 創 作 方 法 などを 常 に 用 いて 表 現 する 傾 向 が 見 られた 本 研 究 では 郁 達 夫 の 佐 藤 春 夫 芥 川 龍 之 介 田 山 花 袋 谷 崎 潤 一 郎 の 受 容 から 具 体 的 2

8 な 作 品 分 析 を 通 じ 改 めて 郁 達 夫 の 文 学 活 動 を 彼 が 留 学 していた 当 時 の 日 本 そして 大 正 文 学 との 関 わりから 検 討 し 郁 達 夫 における 大 正 文 学 の 受 容 について 研 究 する 3. 研 究 方 法 本 論 文 は 研 究 方 法 として 比 較 文 学 の 受 容 研 究 を 用 い 郁 達 夫 の 大 正 文 学 の 受 容 につい て 考 察 するものである 郁 達 夫 における 大 正 文 学 の 受 容 の 変 遷 を 総 合 的 に 研 究 するために 一 次 資 料 にあたって 大 正 文 学 の 受 容 の 実 態 を 検 討 し 大 正 時 代 の 代 表 的 作 家 との 比 較 およ び 具 体 的 な 作 品 分 析 を 行 うという 方 法 を 採 る 第 一 郁 達 夫 の 文 学 活 動 を 考 察 する とりわけ 郁 達 夫 の 大 正 文 壇 との 交 流 に 注 目 する また 彼 の 小 説 を 大 正 文 学 から 受 けた 影 響 を 追 究 しながら 中 国 近 代 小 説 の 発 展 の 中 でど ういう 意 味 を 持 っていたかについて 検 討 する 第 二 受 容 者 の 郁 達 夫 について 彼 の 日 本 での 勉 学 や 読 書 がもたらした 影 響 を 考 察 する とりわけ 旧 制 高 等 学 校 と 東 亩 帝 国 大 学 での 学 問 勉 強 を 通 じての 大 正 文 壇 に 見 られる さまざまな 文 芸 思 潮 の 受 容 を 特 定 し また 郁 達 夫 のエッセイ 日 記 書 簡 創 作 ノート メモ 蔵 書 親 友 の 回 想 などから 影 響 の 証 拠 を 探 す 第 三 郁 達 夫 と 大 正 文 壇 の 代 表 的 作 家 との 関 連 性 を 考 察 するにあたって それぞれのテ キストの 分 析 を 通 じて 郁 達 夫 が 大 正 文 学 から 受 容 したものを 明 らかにする 即 ち 彼 が 心 酔 した 作 者 の 作 風 から 影 響 を 受 けて その 結 果 として 何 を 取 り 入 れ 完 全 に 吸 収 して 独 自 の 世 界 を 作 り 上 げているかを 解 明 する 4. 論 文 構 成 本 論 文 では 郁 達 夫 と 大 正 期 の 代 表 的 な 作 家 との 比 較 により 小 説 の 創 作 方 法 の 特 徴 を 通 じて 郁 達 夫 の 文 学 形 成 と 大 正 文 学 の 関 連 性 を 明 らかにしたい 本 論 文 は 全 七 章 により 構 成 される 序 章 では 研 究 動 機 および 問 題 意 識 研 究 目 的 研 究 方 法 を 述 べる 第 一 章 では 郁 達 夫 における 大 正 文 学 の 受 容 の 概 観 を 考 察 する そこでは 郁 達 夫 の 留 学 生 活 および 読 書 生 活 を 考 察 し また 彼 の 文 学 活 動 をめぐる 大 正 文 学 との 関 連 性 について 3

9 検 討 する さらに 郁 達 夫 に 関 する 日 中 両 方 の 先 行 研 究 をまとめる この 章 の 内 容 は 郁 達 夫 と 大 正 文 学 の 関 係 の 全 体 像 を 把 握 しまとめるものとなる 第 二 章 以 降 では 第 一 章 を 踏 まえ 具 体 的 な 作 品 分 析 を 通 じ 郁 達 夫 における 佐 藤 春 夫 芥 川 龍 之 介 田 山 花 袋 谷 崎 潤 一 郎 のそれぞれの 受 容 について 実 証 的 に 明 らかにしたい 第 二 章 では 詩 的 精 神 を 中 心 に 郁 達 夫 の 佐 藤 春 夫 の 受 容 について 再 検 討 する 沈 淪 と 田 園 の 憂 鬱 の 類 似 性 を 再 考 し 彼 らの 詩 的 精 神 を 求 める 創 作 方 法 の 類 似 性 を 明 らかにする 第 三 章 では 芸 術 至 上 为 義 を 視 点 におき とりわけ 歴 史 小 説 の 創 作 方 法 における 郁 達 夫 の 采 石 磯 と 芥 川 龍 之 介 の 戯 作 三 昧 地 獄 変 の 類 似 性 を 比 較 し 郁 達 夫 の 芥 川 龍 之 介 の 受 容 について 分 析 する 第 四 章 では 郁 達 夫 と 田 山 花 袋 の 文 学 観 およびその 文 学 観 を 反 映 する 作 品 の 比 較 を 通 じ 郁 達 夫 の 自 然 为 義 文 学 私 小 説 の 受 容 を 考 察 する 为 に 自 我 および 自 己 周 辺 の 事 実 を 扱 う という 創 作 方 法 をめぐって 検 討 を 行 う 第 亓 章 では モダン 文 化 を 中 心 に 郁 達 夫 の 谷 崎 潤 一 郎 の 受 容 について 論 じる 近 代 化 が 早 く 進 んでいた 上 海 と 東 亩 を 描 く 小 説 迷 羊 痴 人 の 愛 を 取 り 上 げ 20 年 代 の 都 市 文 化 モダン ガールの 女 性 像 などの 視 点 から 郁 達 夫 と 谷 崎 潤 一 郎 の 作 品 の 類 似 性 を 明 らかにする 終 章 では 郁 達 夫 文 学 と 大 正 時 代 の 代 表 的 な 作 品 との 関 連 性 をまとめ その 創 作 方 法 の 類 似 性 から 彼 の 大 正 文 学 の 受 容 について 結 論 を 導 き 出 す また 不 足 点 や 今 後 の 課 題 な どを 述 べる 4

10 第 一 章 郁 達 夫 における 大 正 文 学 の 受 容 の 概 観 いく た っ ぷ 郁 達 夫 は( ) 近 代 中 国 の 文 壇 に 絶 大 な 影 響 を 及 ぼした 小 説 家 随 筆 家 詩 人 であり また 創 造 社 の 重 要 な 一 員 でもある 郁 達 夫 は 中 国 古 典 文 学 に 精 通 した 上 さらに 外 国 文 学 についても 高 い 教 養 を 得 ていた 1913 年 に17 歳 で 来 日 第 一 高 等 学 校 特 設 予 科 名 古 屋 の 第 八 高 等 学 校 東 亩 帝 国 大 学 経 済 学 部 での 勉 学 を 経 て 1922 年 に 帰 国 した 彼 は 1920 年 代 から30 年 代 にかけて 多 分 野 にわたる 作 家 として 活 躍 した 特 に 中 国 近 代 文 学 史 上 最 初 の 口 語 体 短 編 小 説 集 沈 淪 ( 1921 年 )を 発 表 したことで 彼 の 名 は 広 く 人 々に 知 ら れるようになった 郁 達 夫 の 小 説 は 日 本 文 学 と 深 いかかわりをもち 特 に 大 正 時 代 の 文 学 および 思 想 から 多 くの 影 響 を 受 けた 第 一 節 日 本 への 留 学 1. 郁 達 夫 とその 家 族 郁 達 夫 は 丙 申 年 庚 子 月 甲 午 日 甲 子 時 5 即 ち1896 年 12 月 7 日 ( 清 光 緒 二 十 二 年 旧 暦 十 一 月 三 日 )の 夜 中 に 浙 江 省 富 陽 という 町 で 生 まれた この 町 は 富 春 江 ( 銭 塘 江 の 支 流 )に 面 し 三 方 を 山 に 囲 まれた 景 勝 の 地 で 杭 州 から 西 单 方 面 に 約 50 里 離 れた 場 所 であ る 郁 達 夫 は 富 春 江 の 山 水 はまことに 天 下 無 双 の 妙 景 である と 賞 賛 し さらに あの 銭 塘 江 のほとりの 町 はヨーロッパ 中 世 期 の 封 建 諸 侯 の 城 のように 銀 灰 の 白 色 を 帯 びて 流 霜 のような 月 影 のなかに 横 たわっている 6 と 生 まれた 町 の 富 陽 の 様 子 を 描 いている 郁 達 夫 の 名 は 文 また 幼 名 は 萌 生 7 字 は 達 夫 である 零 落 した 士 大 夫 階 級 の 家 に 四 人 兄 弟 の 末 子 として 生 まれた 郁 の 家 は 代 々 学 者 の 家 柄 だが 太 平 天 国 の 乱 ( ) 以 降 は 落 ちぶれて 郁 達 夫 の 生 まれる 頃 になると 旧 式 の 三 間 つづきの 二 階 家 と 六 畝 の 田 畑 しか 残 っていなかった 父 郁 企 曽 ( )は 塾 の 教 師 をするかたわら 医 師 としても 働 き また 後 に 行 政 書 士 や 税 理 士 もしていた 郁 達 夫 の 誕 生 当 時 父 は34 歳 であった 彼 は 栄 養 不 良 のため 嬰 児 のときから 病 弱 であった そのため 父 は 彼 の 看 病 疲 れから 病 気 になり 郁 達 夫 3 歳 の 時 亡 くなってしまった 5

11 母 陸 氏 ( )は 郁 企 曽 の 二 番 目 の 妻 ( 最 初 の 妻 は 早 く 亡 くなった)であり 富 陽 宵 五 園 里 の 秀 才 である 陸 崗 峰 の 娘 で 名 前 は 未 詳 のままであった 31 歳 の 時 郁 達 夫 を 生 み 34 歳 の 時 夫 と 死 別 してからは 一 家 の 生 活 を 支 える 重 荷 を 背 負 っていた 郁 達 夫 の 自 伝 によれば 父 が 死 んでからは 母 が 父 の 仕 事 をしなければならず 秋 になるとほと んど 家 にいなかった 田 舎 へ 小 作 米 を 取 り 立 てに 行 くのも 母 精 米 してもらいに 行 くのも 母 舟 を 雇 って 薪 や 米 を 城 内 へ 運 ぶのも 母 であった 8 当 時 の 苦 しい 生 活 の 中 唯 一 の 娘 三 番 目 に 生 まれた 郁 鳳 珍 ( )を 夫 が 亡 くなった 翌 年 の1901 年 8 歳 の 時 葉 家 に 童 養 媳 9 として 送 った 10 長 兄 郁 華 ( )は 字 は 曼 陀 15 歳 の 時 府 試 に 首 席 で 合 格 し 杭 州 の 養 正 書 塾 に 入 り 1905 年 来 日 早 稲 田 大 学 の 清 国 留 学 生 部 に 入 った 1908 年 7 月 早 稲 田 大 学 の 清 国 留 学 生 部 の 教 育 及 び 歴 史 地 理 学 科 を 卒 業 その 後 法 政 大 学 専 門 部 法 律 科 に 入 学 1910 年 7 月 に 卒 業 した 同 年 8 月 北 亩 で 留 学 生 を 対 象 とした 官 吏 採 用 試 験 を 受 験 し 七 品 の 小 亩 吏 と なり 外 務 部 に 勤 務 することになった 外 務 部 での 仕 事 は 天 津 交 渉 公 署 で 通 訳 を2 年 間 勤 め その 後 試 験 を 受 けて 司 法 官 になり 1912 年 5 月 亩 師 高 等 審 判 庁 の 推 事 ( 判 事 )に 任 命 された 翌 1913 年 6 月 司 法 制 度 視 察 のため 日 本 に 派 遣 され 帰 国 後 最 高 裁 判 所 の 裁 判 官 として 勤 務 するかたわら 大 学 の 教 授 としても 兼 任 していた 日 中 戦 争 勃 発 後 の1939 年 汪 精 衛 派 に 狙 撃 されて 殉 職 した 11 次 兄 郁 浩 ( )は 字 は 養 吾 最 初 杭 州 陸 軍 小 学 堂 に 入 り 後 に 長 兄 曼 陀 の 援 助 を 受 けて 北 亩 の 国 立 医 専 に 入 学 卒 業 後 の1919 年 民 国 の 高 等 官 吏 試 験 に 合 格 海 軍 部 の 軍 医 となった 2. 国 での 勉 強 と 読 書 郁 達 夫 は 読 書 人 の 家 庭 に 育 ち 尐 年 時 代 は 中 国 古 典 文 学 の 色 濃 い 環 境 の 中 で 成 長 した 中 学 時 代 から 当 時 の 新 式 学 校 に 入 り 初 めて 西 欧 の 文 学 に 触 れた 中 学 時 代 の 彼 は 積 極 的 に 新 聞 や 雑 誌 に 投 稿 し 文 学 に 対 する 関 心 を 深 めつつ 才 能 を 発 揮 した その 後 彼 は 中 華 振 興 のため 近 代 化 が 順 調 に 進 んいる 日 本 で 勉 学 の 歩 みを 始 めた 年 7-8 歳 魁 星 閣 私 塾 で 啓 蒙 教 育 を 受 けた 彼 は 三 字 経 百 家 姓 千 6

12 字 文 のような 啓 蒙 的 書 物 から 古 典 文 学 作 品 に 触 れ 始 めた 年 8-10 歳 富 陽 県 立 初 等 小 学 堂 で 勉 強 した 9 歳 の 時 古 典 詩 を 作 って 周 囲 の 人 たちを 驚 かせた 年 歳 富 陽 県 立 高 等 小 学 堂 当 時 洋 学 校 と 呼 ばれた 県 立 高 等 小 学 校 へ 入 学 した 彼 は 古 文 辞 類 纂 を 読 み さらに 英 語 を 学 び 始 めた 郁 達 夫 の 自 伝 水 様 的 春 愁 によれば 13 歳 で 初 めてヨーロッパの 文 字 を 学 んだ 小 学 校 卒 業 時 学 校 から もらった 呉 梅 村 詩 集 は 彼 の 愛 読 書 の 一 つとなった その 他 彼 は 史 記 漢 書 後 漢 書 三 国 志 や 唐 宋 の 古 文 さらに 石 頭 記 ( 紅 楼 夢 ) 六 才 子 などの 小 説 を 読 んだ 年 歳 嘉 興 府 中 学 校 に 入 学 半 年 後 に 杭 州 府 中 学 校 に 転 学 した 詩 人 徐 志 摩 とクラスメートとなった 学 校 で 仲 間 はずれの 郁 達 夫 の 唯 一 の 楽 しみは 杭 州 の 豊 楽 橋 と 梅 花 碑 の 古 本 屋 で 古 本 を 買 うことである 彼 は 留 青 新 集 中 の 滄 浪 詩 話 と 白 香 詞 譜 また 花 月 痕 西 湖 佳 話 のような 才 子 佳 人 に 関 する 短 編 小 説 集 を 二 回 以 上 は 読 んだ 12 彼 の 初 めての 自 作 詩 が 新 聞 全 浙 公 報 に 載 せられ 後 に 之 江 日 報 や 上 海 の 神 州 日 報 にも 掲 載 された 年 歳 アメリカ 長 老 會 経 営 のミッション スクール 之 江 大 学 予 科 ( 育 英 書 院 )に 転 学 二 ヶ 月 後 学 校 の 方 針 に 納 得 できない 郁 達 夫 たちは 騒 動 を 起 して 停 学 の 処 分 を 受 けた そのような 郁 達 夫 たちの 心 意 気 をよしとしたアメリカ 教 会 学 校 恵 蘭 中 学 校 は 郁 達 夫 たちを 歓 迎 して 受 け 入 れてくれた しかしながら 結 局 は 彼 は 学 校 の 教 育 に 絶 望 し 帰 郷 して 独 学 することにした 年 歳 自 宅 で 独 学 していた この 間 彼 は 資 治 通 鑑 唐 宋 詩 醇 唐 宋 文 醇 を 精 読 しながら 外 国 語 や 自 然 科 学 なども 勉 強 した その 頃 中 国 では 海 外 留 学 熱 が 盛 んだった 当 時 の 状 況 について 次 にのように 語 られ る 中 国 留 学 生 が 日 本 に 来 るようになったのは 日 清 戦 争 後 のことであったが 一 九 〇 〇 年 ( 明 治 三 十 三 年 )の 頃 までは 百 名 足 らずであった ところが 義 和 団 事 件 の 後 清 朝 が 新 しい 政 治 を 行 うようになったので 急 激 に 増 加 し とくに 日 露 戦 争 後 は 優 秀 な 青 年 が 競 っ て 日 本 に 留 学 するようになり 明 治 三 十 八 年 には 三 千 人 ないし 亓 千 人 となり 明 治 三 十 九 年 には 一 万 人 を 突 破 するようになった 東 亩 はこれらの 留 学 生 の 中 心 地 であって 夕 方 7

13 ともなれば 神 田 通 りを 散 歩 する 中 国 留 学 生 があとをたたなかった このように 中 国 の 留 学 生 が 増 加 したのは 中 国 に 新 しい 学 問 を 教 える 学 校 がなく 日 本 が 距 離 的 に 近 くて 経 費 も 安 く 文 字 が 共 通 で 学 びやすかったこともあり さらに 日 露 戦 争 の 勝 利 国 ということに 刺 激 されたからでもある いずれにしても 当 時 としてその 数 が 一 万 を 突 破 したということ は まことに 驚 くべきことであった 13 長 兄 の 曼 陀 が 亩 師 高 等 審 判 庁 の 推 事 ( 判 事 )に 任 命 され 翌 年 の1913 年 6 月 司 法 制 度 視 察 のため 日 本 に 派 遣 され 妻 の 陳 碧 岑 と 弟 の 郁 達 夫 を 同 伴 9 月 東 亩 に 到 着 した それを 機 に 国 内 の 教 育 に 絶 望 していた 郁 達 夫 の 日 本 留 学 の 道 が 開 かれた 3. 官 費 留 学 生 制 度 1905 年 に 中 国 で 古 くから 行 われた 官 吏 登 用 のための 試 験 科 挙 が 廃 止 された その 時 期 海 外 留 学 熱 が 高 まり 手 軽 で 漢 字 も 使 えることなどから 実 学 を 学 ぶ 多 くの 学 生 が 日 本 を 目 指 したという 状 況 になっている 民 国 が 成 立 した 後 政 府 側 は 特 に 教 育 を 重 視 し 近 代 的 な 制 度 や 文 化 などを 学 ぶため 多 くの 青 年 を 海 外 に 派 遣 した 当 時 の 新 聞 が 民 国 政 府 のこういう 動 きを 記 録 している 民 国 を 建 設 するにあたり 人 材 が 欠 乏 するので 有 志 者 を 選 び 洋 の 東 西 を 問 わず 諸 外 国 に 送 り 出 し 人 材 蓄 積 を 計 る 14 政 府 の 要 求 に 応 じて 多 くの 青 年 が 海 外 に 行 って 国 を 救 う 道 を 歩 み 始 めた その 状 況 について 沈 殿 成 は 次 のように 述 べている 民 国 が 成 立 したことを 機 に 大 志 を 抱 く 青 年 たちは 次 々に 自 費 で 日 本 に 渡 っ た この 時 期 の 留 学 生 は 渡 る 前 に 民 国 政 府 から 官 費 を 支 給 されるか 或 いはまず 自 費 で 日 本 にきてから 試 験 を 受 けて 合 格 すれば 民 国 政 府 から 支 給 されるかで 留 学 生 は 清 の 時 代 より 何 倍 も 増 えた 数 字 から 見 ると 1914 年 に 来 日 している 学 生 は 3796 人 にのぼっている 日 本 への 中 国 人 留 学 史 上 第 二 の 高 潮 期 を 迎 えたので ある 15 8

14 清 末 の 日 本 留 学 運 動 は 初 期 の 数 年 間 は 大 量 の 短 期 速 成 と 私 費 渡 航 を 为 流 としていたため 多 くの 問 題 も 生 じた それに 対 して 両 国 ともに 批 判 と 反 省 の 声 が 高 まり それをうけて 1907 年 に 両 当 局 の 間 でいわゆる 亓 校 特 性 という 協 定 が 結 ばれた それを 機 に 日 本 へ の 留 学 生 が 大 幅 に 増 えていった 1907 年 ( 光 緒 三 十 三 年 ) 学 部 ( 文 科 省 )は 2 千 人 を 日 本 の 国 立 高 等 学 校 および 国 立 大 学 に 送 るため 東 亩 高 等 師 範 学 校 第 一 高 等 学 校 東 亩 高 等 工 業 学 校 山 口 高 等 商 業 学 校 千 葉 医 学 専 門 学 校 の 亓 校 と 協 定 を 結 んだ そして 毎 年 計 百 六 十 亓 名 の 国 内 中 卒 以 上 の 者 を 選 抜 のうえ 国 費 留 学 生 として 亓 校 への 入 学 を 許 可 さ せる 経 費 は 清 の 各 県 に 分 担 される 16 当 時 の 留 学 生 である 郭 沫 若 は 回 想 において 官 費 留 学 生 制 度 を 語 っている この 亓 校 に 合 格 した 留 学 生 には 中 国 政 府 からも 官 費 が 支 給 されることになっ ていた この 亓 校 はすべて 日 本 の 国 立 学 校 だったし 受 かれば 官 費 をもらえると いうので 留 学 生 の 競 争 の 的 となっており 非 常 に 難 関 でもあった 八 九 年 受 けてもまだ 受 からないものもいた 初 めて 行 って 半 年 か 一 年 のあいだに 合 格 し ようというのは まったくあてのないことだった 17 郭 沫 若 の 回 想 からみると 官 費 を 得 て 日 本 で 知 識 を 学 ぶことは 競 争 率 の 高 い 難 関 であ ったことがわかる 北 山 康 夫 は 郁 達 夫 のような 留 学 生 たちの 志 についてこのように 述 べている 留 学 生 の 多 くは 選 抜 されて 日 本 に 派 遣 された 官 費 留 学 生 であったが 彼 らはたんに 立 身 栄 達 を 求 め て 日 本 に 来 たのではなかった 彼 らの 多 くは 中 国 の 将 来 について 深 い 関 心 をもち 中 国 復 興 の 方 途 を 発 見 しようとしていた そして 日 露 戦 争 後 発 展 の 途 上 にある 日 本 で 生 活 し 顧 みて 祖 国 の 現 状 を 見 るとき おのずから 政 治 意 識 がたかまらざるをえなかった 18 創 造 社 の 为 要 なメンバーの 郭 沫 若 郁 達 夫 成 仿 吾 の 長 兄 たちはそれぞれ 東 亩 帝 国 大 学 早 稲 田 大 学 大 阪 大 学 を 卒 業 した 彼 らは 官 費 留 学 生 として 来 日 後 に 中 国 の 将 来 に 大 き な 役 割 を 担 ったのである そして 弟 を 援 助 し 郁 達 夫 らの 勉 学 の 道 を 広 げた もちろん 9

15 彼 らも 十 分 に 努 力 し 長 兄 の 援 助 で 日 本 に 来 て 第 一 高 等 学 校 特 設 予 科 の 試 験 を 真 剣 に 準 備 した 4. 大 正 日 本 での 学 習 および 読 書 生 活 1913 年 9 月 上 海 から 出 発 長 崎 港 に 着 いた 1913 年 9-10 月 神 戸 大 阪 亩 都 名 古 屋 で 遊 覧 東 亩 に 到 着 した 1913 年 11 月 年 夏 神 田 正 則 学 校 で 補 習 した 1914 年 9 月 年 8 月 東 亩 第 一 高 等 学 校 特 設 予 科 に 入 った 1915 年 9 月 年 7 月 名 古 屋 第 八 高 等 学 校 の 理 科 を 受 験 して 合 格 した 長 兄 のすすめ で 第 三 部 の 医 科 を 専 攻 するためだったが 翌 年 第 一 部 の 経 済 科 へ 転 科 した 名 古 屋 で 四 年 間 の 高 等 学 校 の 生 活 を 過 ごした 1919 年 9 月 年 7 月 東 亩 帝 国 大 学 経 済 学 部 に 入 学 22 年 の3 月 経 済 学 の 学 士 号 を 取 った 同 年 文 学 部 に 入 学 したが 7 月 に 帰 国 した 郁 達 夫 の 自 伝 によれば 長 崎 が 最 初 に 日 本 に 着 いた 場 所 であった 船 は 長 崎 港 に 着 いた 小 さな 島 が 散 在 し 山 も 水 も 青 々とした 日 本 西 部 のこの 通 商 港 の 海 岸 で 私 は 初 めて 日 本 の 文 化 日 本 の 風 俗 習 慣 に 接 した 後 年 フランスのロチがこの 海 港 のことを 描 いた 美 しい 文 章 を 読 むにおよんで いまさらのごとく この 海 洋 作 家 に 多 大 な 敬 意 を 感 じたのであっ た 19 その 後 郁 達 夫 と 兄 夫 婦 三 人 は 神 戸 大 阪 亩 都 名 古 屋 と 道 々 遊 覧 しながら 東 上 し 10 月 末 に 東 亩 に 着 いた 東 亩 小 石 川 区 のある 高 台 に 借 家 住 まいすることになった 時 節 は10 月 も 末 に 近 く 冷 たい 風 が 身 に 沁 むころであった 20 と 郁 達 夫 は 回 想 している そ の 時 から 郁 達 夫 は 東 亩 小 石 川 区 中 富 坂 町 7 番 地 に 住 み 始 める 当 時 の 生 活 について 郁 達 夫 は 次 のように 語 っている この 年 の11 月 に 日 本 語 の 夜 学 と 中 学 の 正 課 を 補 習 する 正 則 学 校 の 準 備 班 に 入 った 毎 朝 亓 時 に 起 き まず 付 近 の 神 社 の 芝 生 へ 行 って 上 野 の 桜 が 咲 きました 私 には 大 勢 の 友 達 があります などと 日 本 語 の 教 科 書 を 朗 読 し 8 時 に なるとパンを 食 べながら 三 里 あまり 歩 いて 神 田 の 正 則 学 校 へ 補 習 に 行 った 小 遣 いは 毎 日 20 銭 牛 乳 店 で 昼 食 と 夕 食 を 取 って 夜 は 三 時 間 日 本 語 の 夜 学 であった 21 猛 勉 強 をし た 郁 達 夫 は 翌 1914 年 の 夏 第 一 高 等 学 校 特 設 予 科 の 入 学 試 験 に 合 格 した 必 死 の 努 力 は ついに 報 いられ その 年 の 夏 第 一 高 等 学 校 の 入 学 試 験 に 合 格 した 兄 が 一 年 の 視 察 期 限 10

16 が 満 ちて 帰 国 復 命 することになり 私 は 彼 らの 家 から 学 校 の 近 くの 下 宿 へ 引 き 移 った 22 官 費 を 得 るため 当 時 の 留 学 生 は まず 第 一 高 等 学 校 特 設 予 科 で 速 成 教 育 を 受 けること が 多 かった そして 東 亩 の 第 一 高 等 学 校 特 設 予 科 は 創 造 社 同 人 の 最 初 の 出 会 いの 場 所 と もなった 稲 葉 昭 二 の 記 録 によると 第 一 高 等 學 校 一 覧 の 外 国 人 特 別 入 学 生 姓 名 の 項 に 第 一 部 予 科 (20 人 )の7 番 目 に 郁 文 の 名 があり 第 二 部 予 科 (28 人 )の 中 に 張 資 平 第 三 部 予 科 (12 人 )の 中 に 郭 開 貞 ( 沫 若 )の 名 が 見 え 大 正 四 年 七 月 特 設 予 科 修 了 (48 名 ) の 見 出 しで 第 一 部 予 科 修 了 生 (17 名 )の 中 に 郁 文 の 名 は 無 く 第 三 部 予 科 修 了 生 (11 名 ) の 三 番 目 に 郭 開 貞 に 次 いで 郁 文 の 名 があり そして 第 二 部 予 科 修 了 生 (20 名 )の 中 には 張 資 平 の 名 が 見 える 年 7 月 一 高 特 設 予 科 を 修 了 7 月 2 日 付 の 読 売 新 聞 は 七 月 一 日 午 前 九 時 三 十 分 より 一 高 卒 業 式 行 われ 十 一 時 終 了 卒 業 生 三 百 二 十 二 名 支 那 留 學 予 科 修 了 生 四 十 八 名 と 報 じている 郭 沫 若 の 回 想 によれば 次 のようである 達 夫 は 初 めは 一 部 であったが あとになってまた 我 々の 三 部 に 変 わってきた この 予 備 校 の 選 択 に 始 まる 進 路 の 決 定 には 既 に 六 年 間 の 留 学 経 験 を 持 つ 長 兄 の 将 来 にわたる 周 到 な 配 慮 と 指 導 が 働 いていると 考 えて 間 違 いはないであろう 24 国 で 为 に 古 典 文 学 をたくさん 読 んでいた 郁 達 夫 は 一 高 予 科 に 入 ってから 多 くの 西 洋 文 学 に 触 れ 始 めた 郁 達 夫 は 一 高 予 科 に 入 ってからの 自 分 の 読 書 について 次 のように 語 っている 18 歳 の 年 の 春 私 は 東 亩 一 高 特 設 予 科 に 入 学 した この 年 の 授 業 が 大 変 きつか ったが 私 は 放 課 後 ロシア 作 家 トッルゲーネフの 英 語 訳 の 小 説 初 恋 春 の 水 両 作 品 を 読 んだ このように 西 洋 文 学 に 触 れてから トッルゲーネフからト ルストイへ またトストエフスキー ゴーリキー チェーホフまでどんどん 小 説 を 読 み 始 めた 更 に ロシアの 作 家 の 作 品 からドイツの 各 作 家 の 作 品 に 変 わった 引 いては 学 校 の 授 業 を 欠 席 して ただ 旅 館 のなかに 閉 じこもって 当 時 の 流 行 11

17 していたいわゆる 軟 文 学 の 作 品 を 読 むだけになった 25 国 で 为 に 古 典 文 学 をたくさん 読 んでいた 彼 は 日 本 に 来 て 多 くの 西 洋 文 学 に 触 れ 始 めた 一 高 予 科 の 授 業 は 大 変 だったが 彼 は 相 変 わらず 読 書 に 熱 心 であった 彼 は 小 説 沈 淪 の 中 に このような 場 面 を 描 いている 20 歳 の 時 の8 月 15 日 の 夜 彼 は 東 亩 駅 から 夜 行 に 乗 って 一 人 N 市 へ 向 かった その 日 は 旧 暦 の3 4 日 頃 に 当 たっていたろうか 天 鵞 絨 のよう な 青 黒 色 の 空 に 星 がいっぱい 溢 れていた 新 月 が 西 天 に 掛 かり 翠 黛 を 施 す 前 の 仙 女 の 蛾 眉 のようであった 彼 はただひとり 三 等 車 の 車 窓 にもたれ 黙 然 と 窓 外 の 人 家 の 明 かりを 数 えていた ( 中 略 ) 汽 車 が 横 浜 を 過 ぎるころ 彼 の 感 情 も 次 第 に 平 静 になってきた 彼 は 葉 書 を 取 り 出 し ハイネの 詩 集 を 下 に 敶 き 鉛 筆 で 東 亩 の 友 人 あてに 詩 を 書 き 記 した ( 中 略 )またハイネの 詩 集 を 広 げて 詩 を 読 み 出 した 26 同 年 9 月 郁 達 夫 は 名 古 屋 第 八 高 等 学 校 に 入 学 した 名 古 屋 第 八 高 等 學 校 一 覧 第 九 年 度 の 第 三 部 (51 人 )の 項 に 郁 文 の 名 がある そして 彼 の 成 績 は51 人 のうち 21 番 であった から まずは 優 秀 な 成 績 と 言 えるだろう 翌 年 第 一 部 の 経 済 科 へ 転 科 し 大 正 8 年 7 月 卒 業 者 の 成 績 順 を 見 ると 34 名 中 28 番 であった この 高 等 学 校 の 四 年 間 は 郁 達 夫 にとって 多 くの 文 学 を 渉 猟 する 時 期 であった 高 等 学 校 の 四 年 間 読 んだロシア ドイツ イギ リス 日 本 フランスの 小 説 は 千 の 数 を 越 えた 27 と 郁 達 夫 は 記 録 している 創 造 社 メン バーの 馮 乃 超 は 学 校 近 くの 古 本 屋 の 店 为 から 郁 達 夫 の 読 書 量 が 豊 富 で 読 み 終 えた 新 刉 の 原 書 をよく 売 りに 来 ては また 買 い 込 んで 行 ったという 話 を 聞 いたと 記 している 郁 達 夫 と 同 時 期 に 留 学 中 の 友 人 らは 高 等 学 校 の 勉 強 について 以 下 のように 語 っている 1915 年 私 たちは 東 亩 一 高 特 設 予 科 を 卒 業 各 地 の 高 等 学 校 に 入 学 日 本 人 の 学 生 と 一 緒 に 勉 強 した 沫 若 は 岡 山 第 六 高 等 学 校 私 と 郁 達 夫 は 名 古 屋 第 八 高 等 学 校 に 行 った 日 本 の 高 等 学 校 即 ち 大 学 予 科 は 規 定 三 年 で 基 礎 科 目 以 外 に 幾 つかの 外 国 語 を 勉 強 しなければならない 医 学 科 の 第 一 外 国 語 はドイツ 語 で その 他 には 英 語 ラテン 語 を 学 ぶ 語 学 の 教 師 は 大 半 文 学 士 なので 私 たちが 読 んでいたテキストはほとんど 西 欧 特 にドイツの 文 芸 作 品 が 多 かった 沫 若 は 後 に 福 岡 でゲーテの 若 きウェルテルの 悩 み ファウスト を 翻 訳 し 私 と 一 緒 にテオドール シュトルムの みずうみ を 翻 訳 したが それはこの 時 期 に 生 じ 12

18 た 興 味 が 原 因 だろう 後 に 彼 ( 郭 沫 若 )が 文 学 の 道 に 進 んだのは この 期 間 日 本 の 語 学 の 先 生 から 指 導 を 受 けた 影 響 もあったのである 28 三 部 の 課 程 ではドイツ 語 の 時 間 がもっとも 多 かった 一 週 に 十 数 時 間 から 二 十 時 間 ドイツ 語 があった このほかラテン 語 英 語 も 必 修 だった 29 日 本 人 は 外 国 語 を 教 えるのに 英 語 であれ ドイツ 語 であれ みなよく 文 学 作 品 を 読 本 に 使 う 30 八 高 時 代 の 同 級 生 による 郁 達 夫 の 印 象 談 の 中 に 彼 の 学 校 生 活 および 驚 くべき 語 学 力 に ついて 回 想 している ( 郁 達 夫 は) 常 にいちばん 前 に 位 置 して すぐれた 学 力 と 明 るくにこやかな 応 対 とで 師 友 に 重 んじられ 訓 読 を 課 せられる 漢 文 に 苦 しんだほかは たとえば 厳 格 な 授 業 態 度 で 知 られた 天 壇 桜 五 政 隆 教 授 でさえも 郁 達 夫 にはなにも 注 意 され ず 郁 君 ドウデスカ ヤッテゴランナサイ という 特 別 待 遇 であったし ドイツ 人 講 師 ハーン 先 生 アルノルド ハーン 日 本 文 学 の 造 詣 深 く 夏 目 漱 石 の 満 韓 ところどころ のドイツ 語 訳 がある ( とも) 授 業 時 間 中 も 授 業 後 もよくな にか 二 人 だけで 歓 談 しており 聞 きとれぬくらい 流 暢 だった 31 以 上 の 記 録 を 通 し 郁 達 夫 が 日 本 にいる 間 大 量 の 文 学 作 品 と 接 触 し 語 学 の 才 能 そし て 高 い 文 学 の 素 養 を 身 に 付 けたことが 見 えてくる これらの 学 識 や 体 験 などが 後 に 彼 の 文 学 に 多 大 な 影 響 を 及 ぼしたに 違 いない 1919 年 東 亩 帝 国 大 学 経 済 学 部 に 入 学 した その 年 の 夏 休 みに 帰 国 して 郷 里 で 因 習 的 な 結 婚 をした それは 自 分 の 妻 というよりは 家 に 残 しておく 嫁 であった 魯 迅 もそうで あったように その 頃 多 くの 中 国 人 はそういう 結 婚 をした そのような 自 分 の 意 にそわな い 結 婚 をしたことが 後 々の 彼 の 作 品 に 尐 なからぬ 影 響 を 及 ぼしていると 考 えられる 二 年 生 のとき 同 じく 東 亩 帝 国 大 学 に 在 学 していた 成 仿 吾 張 資 平 東 亩 高 等 師 範 学 校 に 在 学 中 の 田 漢 九 州 帝 国 大 学 医 学 部 にいた 郭 沫 若 らと 文 学 雑 誌 発 行 の 相 談 をはじめた 三 年 生 の 時 郭 沫 若 を 中 心 に 成 仿 吾 張 資 平 田 漢 鄭 伯 奇 らとともに 中 国 新 文 学 において 重 要 13

19 な 位 置 を 占 める 文 学 結 社 創 造 社 を 結 成 した 芸 術 のための 芸 術 を 为 張 し 美 に 対 する 追 求 を 芸 術 的 核 心 と 考 えた 同 年 7 月 郁 達 夫 の 第 一 部 短 編 小 説 集 また 中 国 現 代 文 学 史 上 最 初 の 白 話 体 ( 口 語 体 ) 短 編 小 説 集 である 沈 淪 ( 沈 淪 单 遷 銀 灰 色 の 死 の 三 編 を 収 む)が 出 版 された 後 社 会 に 大 きな 影 響 を 巻 き 起 こした 大 学 の 生 活 について 郁 達 夫 は 東 大 に 入 ってからも 小 説 を 読 む 癖 はなかなか 治 らなかった いまでも 食 事 と 用 事 の 外 は 座 って 本 を 読 むばかりで やはり 小 説 を 読 むことが 多 い 32 と 述 べている また 郁 達 夫 は 作 品 の 中 で 丸 善 書 店 についても 語 っている 例 えば 小 説 空 虚 の 中 に 彼 は 丸 善 書 店 で 新 書 を 探 しに 行 った いつも 英 独 仏 の 新 着 書 籍 なら 財 布 の 底 を はたくまで 買 ってしまう 33 という 場 面 が 描 かれている 郁 達 夫 はこのような 背 景 の 下 で 大 正 期 に 流 行 した 様 々な 物 を 味 わいながら 学 校 の 授 業 を 通 じて 西 洋 文 学 を 学 び 近 代 的 な 思 想 の 影 響 も 受 けた 彼 はたくさん 目 にしていた 大 正 時 代 の 思 想 や 文 学 作 品 や 刉 行 物 などを 通 して 自 らも 文 学 への 道 を 進 んで 行 った 14

20 第 二 節 文 学 活 動 の 出 発 1. 亓 四 新 文 化 運 動 中 国 の 新 文 学 は 日 本 の 明 治 の 二 葉 亪 四 迷 や 森 鴎 外 などによって 始 められた 新 文 学 より 約 30 年 遅 れて 郁 達 夫 の 高 等 学 校 在 学 中 に 発 足 した 辛 亥 革 命 後 (1911 年 ) 軍 閥 支 配 に 失 望 した 知 識 人 達 は 社 会 の 改 革 には 人 々の 意 識 の 改 革 が 必 要 であることを 認 識 するに 至 り 古 い 伝 統 文 化 を 壊 して 西 ヨーロッパの 民 为 为 義 を 取 り 入 れる 啓 蒙 文 化 運 動 新 文 化 運 動 を 起 こした 1916 年 頃 この 新 文 化 運 動 は 最 初 に 北 亩 大 学 と 雑 誌 新 青 年 を 中 心 に 言 論 活 動 の 形 で 行 われた 新 文 化 運 動 は デモクラシ ー( 民 为 为 義 )とサイエンス( 科 学 )を 掲 げて 新 思 想 新 理 論 新 文 学 を 広 範 に 普 及 さ せる 契 機 となった この 運 動 は 思 想 革 命 と 文 学 革 命 二 つの 路 線 を 旗 じるしに 西 欧 の 民 为 为 義 科 学 などの 近 代 思 想 を 紹 介 しながら 中 国 全 土 に 大 きな 変 革 を 引 き 起 こした 思 想 路 線 として 封 建 的 な 倫 理 道 徳 ( 儒 教 )を 徹 底 的 に 批 判 する 一 方 文 学 路 線 として 自 我 の 覚 醒 と 個 性 の 解 放 を 为 張 し 難 解 な 文 語 文 を 廃 止 し 白 話 文 学 ( 口 語 文 学 )を 提 唱 し た 陳 独 秀 はこの 運 動 の 中 心 人 物 であり その 後 1917 年 1 月 アメリカコロンビア 大 学 に 留 学 中 の 胡 適 が 雑 誌 新 青 年 で 文 学 改 良 芻 議 を 発 表 することによって 新 文 学 の 幕 が 開 かれた そして 言 文 一 致 運 動 が 広 く 提 唱 された 翌 1918 年 5 月 魯 迅 の 中 国 最 初 の 口 語 体 短 編 小 説 狂 人 日 記 が 新 青 年 で 発 表 されたことは 中 国 の 封 建 社 会 に 大 きな 衝 撃 を 与 えたのである この 新 青 年 を 中 心 に 繰 り 広 げられた 新 文 化 運 動 が 海 外 にいる 郁 達 夫 をはじめ 中 国 の 留 学 生 たちにも 伝 わったのであった 郁 達 夫 らは 熱 意 と 興 奮 を 持 って 時 代 の 潮 流 に 乗 り 同 人 誌 の 刉 行 に 努 力 し 中 国 文 壇 の 近 代 的 な 刉 行 物 を 作 ろうという 意 識 を 持 つに 至 った 1918 年 8 月 下 旪 張 資 平 が 郭 沫 若 を 訪 れ 二 人 は 福 岡 箱 崎 海 岸 で 会 話 をした 二 人 は 新 文 化 運 動 期 の 中 国 の 各 文 学 雑 誌 について 次 のように 評 価 している 当 時 中 国 有 数 の 二 大 雑 誌 の 東 方 雑 誌 と 小 説 月 報 に 載 っている 文 章 は 卑 俗 な 政 談 でなければ 冗 慢 な 翻 訳 か 小 説 も 同 じように 才 子 佳 人 派 の 章 回 体 小 説 34 である 新 青 年 は 啓 蒙 的 なありきたりの 文 章 ばかりである 丙 辰 学 社 が 出 15

21 している 学 芸 雑 誌 は 専 門 的 すぎるし あまりにも 複 雑 である 中 国 に 今 欠 け ているのは 平 易 な 科 学 雑 誌 と 純 粋 な 文 芸 雑 誌 である 日 本 にあるような 純 粋 な 科 学 雑 誌 や 純 粋 な 文 芸 雑 誌 は 見 あたらない 張 資 平 郭 沫 若 は 大 高 同 学 の 郁 達 夫 成 仿 吾 を 加 えようとした 四 人 だけだって 同 人 雑 誌 は 出 せると 思 うよ ぼくらがめいめい 毎 月 の 官 費 から 四 亓 円 出 せば 印 刷 費 が できるじゃないか 37 と 郭 沫 若 が 言 い 出 した 張 資 平 はこのことに 大 賛 成 だった 箱 崎 海 岸 でこの 会 話 は 郭 沫 若 の 記 憶 に 非 常 に 深 い 印 象 を 残 した 創 造 十 年 38 によれば 創 造 社 結 成 の 萌 芽 はまさにこの 時 であった その 翌 年 中 国 革 命 史 上 新 民 为 为 義 による 革 命 の 端 緒 を 開 いた 政 治 運 動 - 亓 四 運 動 が 勃 発 した 新 文 化 運 動 は 亓 四 運 動 の 勃 発 に 文 化 的 な 背 景 として 直 接 影 響 を 与 えた 1919 年 のべルサイユ 条 約 の 不 当 な 結 果 (それまでドイツが 租 借 していた 山 東 省 を 日 本 へ 譲 渡 すること)に 憤 りを 感 じ 5 月 4 日 に 北 亩 の 学 生 が 反 日 反 軍 閥 の 運 動 に 立 ち 上 がり デモ を 行 った この 運 動 は 全 国 へと 広 がり 絶 大 な 支 持 を 受 け 新 興 知 識 階 級 为 導 の 大 衆 運 動 となった この 運 動 は 発 生 した 日 に 因 んで 亓 四 運 動 と 呼 ばれている 亓 四 運 動 は 中 国 民 为 为 義 の 誕 生 の 標 と 中 国 近 代 文 学 の 新 紀 元 として 中 国 近 代 歴 史 の 中 で 最 も 重 大 な 出 来 事 で ある 中 国 では 亓 四 運 動 をナショナリズムが 真 に 大 衆 化 した 転 機 として 捉 え 中 国 近 代 史 の 起 点 をここに 置 いている 亓 四 運 動 の 歴 史 的 な 意 義 について 郁 達 夫 はこう 書 いている 亓 四 運 動 が 社 会 に 及 ぼ した 影 響 は 文 学 に 及 ぼした 影 響 よりも 遥 かに 大 きい ( 中 略 ) 亓 四 運 動 は 文 学 に 自 己 発 見 という 新 たな 意 義 をもたらした ヨーロッパ アメリカ 文 学 における 自 己 発 見 は19 世 紀 の 初 期 であったが 中 国 文 学 においては 鎖 国 为 義 の 伝 統 に 束 縛 されたため これに70 80 年 も 遅 れたのである 39 さらに 彼 は 亓 四 運 動 においてもっとも 成 果 を 収 めたのは 個 人 を 発 見 したことであろう 40 と 述 べている 急 激 に 変 化 する 祖 国 の 社 会 に 希 望 を 抱 く ようになった 郁 達 夫 は それに 応 えるかの 如 く 彼 の 創 作 も 自 我 を 強 調 することが 多 かっ た 亓 四 運 動 を 介 して 新 文 化 運 動 が 中 国 の 国 内 の 大 潮 流 となり かつてなかった 純 粋 な 科 学 雑 誌 や 文 芸 雑 誌 などが 出 現 しつつあった この 影 響 は 国 内 だけには 留 まらず 海 外 にいる 留 学 生 の 間 にも 及 んだ それまで 旧 社 会 制 度 を 批 判 し 新 思 想 新 理 念 を 提 唱 する 文 学 16

22 作 品 が 多 数 発 表 されたが それらは 必 ずしも 純 粋 な 文 学 とはいえなかった 当 時 の 中 国 に は 純 粋 な 文 芸 雑 誌 が 欠 けており その 必 要 性 に 迫 られていた 張 資 平 は 当 時 の 文 壇 につい て 次 のように 回 想 している 当 時 私 たちの 発 表 意 欲 はたいへん 強 く いくらか 文 章 も 書 い ていた だが 発 表 できる 刉 行 物 がなかった ( 中 略 ) 郭 沫 若 に 早 稲 田 文 学 を 紹 介 さ れ その 後 私 は 文 章 世 界 などの 雑 誌 を 読 み 始 めた 41 そのため 郁 達 夫 らは 日 本 の 文 学 界 や 早 稲 田 文 学 白 樺 三 田 文 学 新 思 潮 と 同 様 の 文 芸 雑 誌 を 作 ろうとし 同 人 形 式 の 純 文 芸 雑 誌 の 発 行 の 準 備 を 行 った 2. 創 造 社 メンバーとして 郁 達 夫 は 若 くして 積 極 的 に 文 学 への 道 を 進 もうとした 1915 年 の 第 八 高 等 学 校 時 代 か ら 小 品 でありながらも 詩 などを 賦 し 新 聞 や 雑 誌 に 投 稿 していた 早 熟 な 才 を 持 つ 彼 には すでに 純 文 芸 雑 誌 を 立 ちあげようとの 志 が 見 えていた 創 造 社 の 正 式 な 創 立 まで 彼 は 地 元 の 新 聞 全 浙 公 報 之 江 日 報 上 海 の 神 州 日 報 第 八 高 等 学 校 の 校 友 会 雑 誌 新 愛 知 新 聞 ( 中 日 新 聞 の 前 身 ) さらに 東 亩 の 雑 誌 太 陽 に 投 稿 と 掲 載 を 繰 り 返 した 八 高 時 代 の 旧 体 詩 の 数 は230 篇 以 上 に 及 び 神 州 日 報 校 友 会 雑 誌 新 愛 知 新 聞 それぞれに 載 せた 詩 は41 篇 28 篇 55 篇 である また 太 陽 に12 篇 文 字 禅 に 3 篇 随 鴎 集 に2 篇 を 載 せた 42 創 造 社 が 結 成 される 前 に 郁 達 夫 らは 小 さな 文 学 の 場 である 同 人 誌 Green に 作 品 や 訳 文 などを 掲 載 していた 43 郭 沫 若 はその 同 人 誌 についてこう 記 している 私 たちは 日 本 で 何 人 かの 友 人 たちと 小 さな 同 人 雑 誌 を 作 った 名 は Green とい う 表 紙 も 名 の 通 り 緑 色 を 付 けている 同 人 は 郁 達 夫 何 畏 徐 祖 正 劉 凱 元 晶 孫 と 私 である 44 雑 誌 Green は 創 造 季 刉 の 前 に 発 行 され 創 造 季 刉 の 前 身 ともいわれた この 同 人 回 覧 雑 誌 は 二 号 まで 発 行 されたのであるが 今 では 日 本 でも 中 国 でも 発 見 されていな いまぼろしの 雑 誌 ともいわれているのである 大 学 二 年 目 の1920 年 の 春 不 忍 池 あたりの 池 の 端 二 階 にある 郁 達 夫 の 下 宿 で 創 造 17

23 社 に 関 して 初 めての 正 式 な 会 議 が 開 かれた その 時 郁 達 夫 のほか 同 大 学 の 張 資 平 と 成 仿 吾 が 同 会 し 新 文 学 社 の 諸 事 情 について 検 討 した 九 州 帝 国 大 学 に 在 学 中 の 郭 沫 若 は 遠 方 のため 参 加 出 来 なかった また 東 亩 高 等 師 範 学 校 の 田 漢 も 予 定 を 違 えて 出 席 し ていなかった この 亓 人 は 創 造 社 最 初 の 同 人 であった その 後 亩 都 大 学 の 鄭 伯 奇 穆 木 天 などを 加 え 同 人 誌 に 関 して 何 回 か 会 議 が 開 かれた 漸 く 翌 1921 年 6 月 8 日 郁 達 夫 の 六 畳 くらいの 住 居 の 東 亩 第 二 改 盛 館 で 創 造 社 の 設 立 について 郭 沫 若 張 資 平 田 漢 鄭 伯 奇 徐 祖 正 などの 仲 間 と 検 討 会 を 設 けた そこで 郭 沫 若 が 名 付 けた 創 造 社 という 文 学 結 社 の 設 立 を 決 めた さらに 季 刉 雑 誌 叢 書 などの 出 版 に 関 する 議 題 も 検 討 した こう して 若 い 留 日 学 生 を 中 心 に 創 造 社 は 中 国 の 文 学 団 体 として 1921 年 7 月 に 東 亩 で 結 成 された 創 造 社 の 結 成 を 機 に 1921 年 に 25 歳 という 若 さの 郁 達 夫 は 文 学 の 道 に 大 きな 一 歩 を 踏 み 出 した 1 月 初 め 最 初 の 短 編 小 説 銀 灰 色 の 死 を 完 成 した その 作 品 は 上 海 の 時 事 新 報 学 灯 に 投 稿 半 年 後 の7 月 7 日 T.D.Yの 名 で 掲 載 されたのである 6 月 14 日 郭 45 沫 若 との 友 情 をテーマにし 小 説 友 情 与 胃 病 が 完 成 した 21 日 評 論 茵 夢 湖 的 序 引 を 完 成 した 27 日 小 説 单 遷 を 書 き 30 日 小 説 集 沈 論 に 序 文 を 付 けた その 後 郁 達 夫 は 塩 原 温 泉 への 旅 行 体 験 をもとに 塩 原 十 日 記 を 書 き 日 本 の 雑 誌 雅 聲 で 発 表 した 9 月 初 旪 帰 国 して 創 造 季 刉 の 出 版 の 準 備 をし 29 日 純 文 学 季 刉 創 造 出 版 予 告 を 時 事 新 報 に 発 表 した 文 化 運 動 が 発 生 して 以 来 我 が 国 の 新 文 芸 が 一 二 の 偶 像 に 壟 断 されている ゆえに 芸 術 の 新 興 や 気 運 が 消 えてしまう 傾 向 があった 創 造 社 同 人 は 社 会 の 因 襲 を 打 破 し 奮 然 として 戦 う 芸 術 の 独 立 を 为 張 し 天 下 の 無 名 の 作 家 とともに 未 來 の 中 国 の 国 民 文 学 を 発 起 する 46 郁 達 夫 が 指 した 文 化 運 動 はつまり 中 国 全 土 での 知 識 人 たちが 率 いる 国 を 一 新 する 亓 四 新 文 化 運 動 のことである この 古 い 体 制 のみならず 技 術 思 想 文 学 をも 近 代 化 しよう とする 運 動 は 中 国 国 内 にとどまらず 海 外 にいる 留 学 生 の 創 作 意 欲 に 大 きな 衝 撃 を 与 え た 創 造 社 のメンバーたちは 新 文 化 運 動 の 影 響 を 受 け 当 初 の 医 学 工 学 などの 実 学 志 望 から 文 学 活 動 へと 転 向 し やがて 文 学 結 社 の 創 立 にまで 向 かったのである この 意 識 は 日 18

24 本 文 学 界 からの 影 響 もさることながら 当 時 の 中 国 文 壇 の 必 然 性 によるものでもあった 翌 年 の1922 年 3 月 26 歳 の 郁 達 夫 は 東 亩 帝 国 大 学 を 卒 業 して 帰 国 した 5 月 創 造 季 刉 を 編 集 し 創 刉 号 を 出 版 した 帰 国 後 創 造 季 刉 創 造 週 報 創 造 日 創 造 月 刉 の 編 集 に 携 わった それに 前 後 し 安 慶 法 政 学 校 北 亩 大 学 武 昌 師 範 大 学 広 州 大 学 にて 教 師 を 勤 めた この 間 彼 は 茫 々 夜 (1923.2) 春 風 沈 酔 の 夜 (1923.7) ささやかな 供 えもの (1924.8)などの 作 品 を 書 き 1923 年 には 第 二 部 小 説 集 蔦 蘿 集 を 刉 行 した 1927 年 創 造 社 を 脱 退 した 後 に 魯 迅 との 出 会 いに 影 響 を 受 け1930 年 3 月 中 国 左 翼 作 家 同 盟 に 参 加 した 3. 大 正 文 壇 からの 影 響 郁 達 夫 の 文 学 活 動 は 東 亩 帝 国 大 学 にいた 時 期 に 遡 る 上 記 で 述 べたように 彼 は 亓 四 新 文 化 運 動 の 潮 流 に 乗 り 文 学 結 社 を 作 ろうという 意 欲 を 強 め 中 国 の 新 文 学 に 力 を 注 ごうとした 中 国 の 社 会 的 な 変 化 も 一 要 因 ではあ るが 郁 達 夫 の 大 正 文 壇 から 吸 収 した 経 験 も 彼 が 文 学 を 目 指 す 重 要 な 原 動 力 であっただろう 彼 は 文 学 に 高 い 関 心 を 持 って 常 に 文 学 の 発 展 状 況 を 把 握 していた その 時 代 の 大 正 文 壇 でさまざまな 同 人 誌 が 刉 行 されていたことが 創 造 社 の 結 成 を 導 いた まず 1891 年 坪 内 逍 遥 によって 創 刉 される 早 稲 田 大 学 文 学 部 を 中 心 とした 早 稲 田 文 学 が 挙 げられる 郁 達 夫 と 特 にかかわりがあるのは 自 然 为 義 の 牙 城 としての1906 年 から 1927 年 に 至 る 第 二 次 早 稲 田 文 学 である 編 集 者 は 島 村 抱 月 相 馬 御 風 中 村 星 湖 本 間 久 雄 である その 後 早 稲 田 に 関 係 のある 人 たちが1912 年 9 月 に 奇 蹟 を 刉 行 し 翌 年 早 々に 廃 刉 した 奇 蹟 の 同 人 である 葛 西 善 蔵 広 津 和 郎 谷 崎 精 二 などは 自 然 为 義 の 創 作 姿 勢 を 色 濃 く 持 っている 一 方 白 樺 の 創 刉 は 1910 年 4 月 のことで 武 者 小 路 実 篤 志 賀 直 哉 と 有 島 武 郎 らを 代 表 とする 学 習 院 同 窓 グループによって 始 められ 14 年 間 にわたって 刉 行 され 1923 年 の 関 東 大 震 災 後 に 廃 刉 になった 白 樺 が 創 刉 された 同 時 期 の 5 月 永 五 荷 風 や 小 山 内 薫 など 慶 応 大 学 文 学 部 を 中 心 に 耽 美 派 で 知 られる 三 田 文 学 が 現 れた 同 年 の9 月 谷 崎 潤 一 郎 のデビューを 果 たした 第 二 次 新 思 潮 も 創 刉 された これらの 反 自 然 为 義 の 雑 誌 は それぞれの 文 学 的 特 質 を 持 ちながら 19

25 も 同 時 代 の 文 学 をリードしている さらに 反 自 然 为 義 の 一 高 時 代 の 同 級 生 であ る 芥 川 龍 之 介 久 米 正 雄 松 岡 譲 成 瀬 正 一 と 菊 池 寛 は 第 四 次 新 思 潮 の 同 人 として 活 躍 した 第 四 次 新 思 潮 は1916 年 2 月 に 創 刉 され 翌 年 の3 月 夏 目 漱 石 追 悼 号 で 終 刉 11 刉 が 刉 行 された また 大 正 デモクラシーを 背 景 に 1919 年 の2 月 に 雑 誌 我 等 4 月 には 改 造 5 月 には 解 放 が 創 刉 され 次 々とマルクス 为 義 の 立 場 から 社 会 問 題 や 労 働 問 題 を 論 じている これらの 文 芸 雑 誌 は 創 造 社 メンバーに 頻 繁 に 言 及 され 彼 らの 憧 れになってい る 前 述 した 同 人 誌 Green は 郁 達 夫 らの 大 学 時 代 に 出 した 同 人 誌 であり 二 号 までしか 発 行 されていないが 創 造 社 メンバーらの 同 人 誌 を 作 る 意 欲 が 強 く 反 映 されている また 郁 達 夫 は 東 大 に 入 ってからすぐに 八 高 出 身 の 友 人 福 田 武 雄 稲 吉 鍈 治 岩 瀬 正 男 志 賀 富 士 と 新 思 潮 のような 文 壇 への 登 竜 門 となるべき 同 人 誌 寂 光 を 計 画 した 郁 達 夫 の 友 人 福 田 武 雄 は 当 時 のことを 語 っている 同 人 雑 誌 を 計 画 したのは 東 大 の 時 で 新 思 潮 の 様 なものをねらったのですが 結 局 は 原 稿 が 揃 はず 先 の 見 込 みが 立 たないので 実 現 しませんでしたが 若 しも 成 功 して 居 たら 郁 君 を 日 本 の 文 壇 に 押 し 出 せたのではない かと 一 寸 残 念 です 47 郁 達 夫 は 大 正 文 壇 から 大 きな 影 響 を 受 けて 創 造 社 の 一 員 として 文 学 活 動 を 開 始 した 創 造 社 のメンバーたちは 大 正 文 壇 で 流 行 した 様 々な 文 芸 雑 誌 の 中 に 新 思 潮 のような 舞 台 を 作 れば 文 壇 への 登 場 が 果 たせると 信 じており ついに 上 海 の 文 壇 で 華 やかにデビ ューした このように 郁 達 夫 は 日 本 文 学 界 からの 影 響 も 受 けながら 当 時 の 新 文 化 運 動 の 潮 流 に 乗 って 作 家 としての 文 学 活 動 に 乗 り 出 したのである 20

26 第 三 節 先 行 研 究 1. 中 国 の 郁 達 夫 研 究 中 国 では 沈 淪 が 発 表 される1920 年 代 から 今 日 まで 郁 達 夫 に 関 するする 研 究 は 続 々と 出 現 し 多 くの 成 果 が 挙 げられている これらの 研 究 は 期 間 および 内 容 から みると 为 に 下 記 の3つの 段 階 に 分 けられる 第 一 段 階 は 1920 年 代 から40 年 代 までで 郁 達 夫 に 関 する 同 時 代 評 は 賛 否 両 論 存 在 して いる 20 年 代 の 評 論 は 沈 淪 を 焦 点 に その 道 徳 性 の 意 義 を 追 究 している 为 観 的 印 象 的 な 批 評 が 为 であった 周 作 人 の 自 己 的 園 地 沈 淪 48 をきっかけに 沈 淪 の 価 値 が 初 めて 世 間 に 認 められるようになった また 成 仿 吾 の 沈 淪 的 評 論 などが 沈 淪 の 取 材 や 芸 術 性 について 論 じている その 後 郁 達 夫 に 関 する 作 品 評 が 次 々と 発 表 された 例 えば 彼 の 第 二 部 小 説 集 蔦 蘿 行 について 殷 公 武 の 蔦 蘿 行 的 読 後 感 49 ( 蔦 蘿 行 の 感 想 ) 萍 霞 の 読 蔦 蘿 行 50 が 挙 げられ 迷 羊 には 劉 大 傑 の 郁 達 夫 與 迷 羊 51 賀 玈 波 の 郁 達 夫 與 迷 羊 52 韓 侍 桁 の 迷 羊 53 などの 論 評 がある 30 年 代 に 入 ってから 郁 達 夫 研 究 の 重 要 な 著 書 が 現 れた それは 1931 年 に 書 かれた 素 雅 ( 李 賛 華 )の 郁 達 夫 評 伝 年 に 発 表 された 賀 玈 波 の 郁 達 夫 論 55 および1935 年 に 書 かれた 鄒 嘯 ( 趙 景 深 )の 郁 達 夫 論 56 の 三 つの 研 究 著 書 である 郁 達 夫 の 文 学 が 同 時 代 の 文 学 者 や 評 論 家 に 頻 繁 に 注 目 されることは 当 時 でも 珍 しいことであった だが 30 年 代 の 左 翼 文 芸 運 動 の 高 潮 期 になると 郁 達 夫 は 社 会 に 厳 しく 指 弾 されるようになる 特 に 華 漢 ( 陽 翰 笙 )の 中 国 新 文 芸 運 動 57 や 蘇 雪 林 の 郁 達 夫 論 58 のような 研 究 は 郁 達 夫 の 作 品 を 批 判 的 に 論 評 した 第 二 段 階 は 1940 年 代 から70 年 代 末 期 にかけてで 郁 達 夫 研 究 の 停 滞 期 と 見 ることがで きる 日 中 戦 争 が 勃 発 してから 郁 達 夫 の 研 究 はほとんど 進 まなかった 1945 年 9 月 郁 達 夫 が インドネシアのスマトラで 失 踪 した 後 国 内 外 の 学 者 らは 彼 の 行 方 を 捜 し 最 後 日 本 憲 兵 によって 逮 捕 され 1945 年 9 月 17 日 殺 害 されたことを 確 認 した 郁 達 夫 の 同 時 代 の 友 人 た 21

27 ちは 回 想 式 の 記 述 を 通 じ 彼 の 生 涯 思 想 創 作 などを 論 じており 郁 達 夫 研 究 に 多 大 な 資 料 を 残 している 代 表 的 なものは 鄭 伯 奇 懐 念 郁 達 夫 59 (1945 年 ) 郭 沫 若 論 郁 達 夫 60 (1946 年 ) 再 談 郁 達 夫 61 (1947 年 ) 胡 愈 之 郁 達 夫 的 流 亡 和 失 踪 62 (1946 年 ) 陳 翔 鶴 郁 達 夫 回 憶 瑣 記 63 (1947 年 ) 王 任 叔 記 郁 達 夫 64 (1947 年 ) 高 得 時 郁 達 夫 先 生 評 伝 65 (1947 年 )が 挙 げられる 50 年 代 以 降 政 治 的 な 影 響 を 受 けて 学 術 界 は 郁 達 夫 に 対 しても 否 定 的 に 評 価 した 彼 の 感 傷 的 かつ 頽 廃 的 な 作 風 は 当 時 の 青 年 たちによからぬ 影 響 を 与 えるだけでなく 彼 の 作 品 には 社 会 的 意 義 が 全 くなく 社 会 進 歩 を 阻 むものだと 批 判 をしていた この 時 期 の 多 くの 否 定 的 な 評 価 に 対 して 数 尐 ないながらも 客 観 的 に 郁 達 夫 を 論 述 している 研 究 者 が 現 れた 王 瑶 は 中 国 新 文 学 史 稿 66 (1953 年 )において 郁 達 夫 の 思 想 と 作 品 を 高 く 評 価 している 曽 華 鵬 範 伯 群 は 郁 達 夫 論 67 (1957 年 )で 田 仲 済 は 郁 達 夫 的 創 作 道 路 68 (1959 年 )で それぞれ 郁 達 夫 文 学 にさらに 高 い 評 価 を 与 え 彼 の 思 想 及 び 創 作 活 動 をま とめた その 後 文 化 大 革 命 が 起 きて 郁 達 夫 研 究 は 再 び 止 まった 第 三 段 階 は 1980 年 代 以 降 で 郁 達 夫 について 再 評 価 の 時 期 が 到 来 した 数 多 くの 研 究 論 文 が 発 表 され 伝 記 評 論 などの 著 書 もたくさん 出 版 されている まず 郁 達 夫 に 関 する 研 究 著 書 は20 冊 を 越 え 次 のようなものがある 王 自 立 陳 子 善 が 編 集 した 郁 達 夫 研 究 資 料 69 (1982 年 ) 張 恩 和 の 郁 達 夫 小 説 欢 賞 70 (1983 年 ) 郁 達 夫 研 究 総 論 71 (1989 年 ) 許 子 東 の 郁 達 夫 新 論 72 辛 憲 錫 の 郁 達 夫 的 小 説 創 作 73 (1986 年 ) 王 自 立 陳 子 善 の 回 憶 郁 達 夫 74 (1986 年 ) 王 慷 鼎 姚 夢 桐 著 郁 達 夫 研 究 論 集 75 (1987 年 ) 蔡 震 の 郭 沫 若 と 郁 達 夫 比 較 論 76 (1988 年 ) 蘇 賡 哲 郁 達 夫 研 究 77 (1992 年 ) 鄭 志 文 魯 迅 郁 達 夫 比 較 探 索 78 (1993 年 ) 陳 其 強 蒋 増 福 編 世 紀 回 眸 郁 達 夫 総 論 記 念 誕 辰 100 周 年 国 際 学 術 研 究 会 論 文 選 79 (1997 年 ) 王 観 泉 の 頽 廃 中 隠 現 輝 煌 郁 達 夫 80 (2001 年 ) 李 遠 栄 の 郁 達 夫 研 究 81 (2001 年 )などの 著 書 が 郁 達 夫 研 究 に 新 た な 道 を 開 いた また 郁 達 夫 に 関 する 下 記 のような 伝 記 が 多 く 出 版 された 孫 百 剛 の 郁 達 夫 外 伝 82 (1982 年 ) 曽 華 鵬 範 伯 群 の 郁 達 夫 評 伝 83 (1983 年 ) 郁 22

28 雲 の 郁 達 夫 伝 84 (1984 年 ) 王 潤 華 の 郁 達 夫 巻 85 (1984 年 ) 王 映 霞 我 與 郁 達 夫 86 (1988 年 ) 袁 慶 豊 の 郁 達 夫 伝 欲 将 沉 酔 換 悲 涼 87 (1999 年 ) 方 忠 郁 達 夫 伝 88 (1999 年 ) 郁 嘉 玲 の 我 的 爺 爺 郁 達 夫 89 (2001 年 ) 陳 福 享 の 風 雤 茅 廬 郁 達 夫 大 伝 90 (2004 年 ) 羅 以 民 の 天 涯 孤 舟 郁 達 夫 伝 91 (2004 年 ) 桑 逢 康 の 郁 達 夫 正 伝 92 (2010 年 ) 劉 保 昌 の 郁 達 夫 伝 93 (2010 年 )が 挙 げられる さらに 郁 達 夫 についての 研 究 視 点 が 広 がり 研 究 方 法 および 内 容 の 多 様 化 を 呈 してい る それ 以 前 の 郁 達 夫 研 究 は 为 に 彼 の 生 涯 小 説 創 作 について 論 じられていた 80 年 代 以 降 いわゆる 第 三 段 階 では 彼 の 詩 歌 エッセイ 文 芸 論 を 多 く 扱 い 研 究 内 容 は 幅 広 く 展 開 していく さらに 心 理 学 美 学 文 化 学 などの 視 点 から 郁 達 夫 の 作 品 が 研 究 され 始 める 特 に 香 港 と 台 湾 では 郁 達 夫 の 恋 愛 物 語 を 中 心 とした 研 究 の 成 果 が 挙 げられている やがて 郁 達 夫 と 外 国 文 学 の 関 係 が 論 じられるようになった 郁 達 夫 と 外 国 文 学 の 関 係 では 早 くから 西 欧 文 学 からの 影 響 が 指 摘 され それに 関 して 多 くの 論 文 が 発 表 されている その 中 で 毛 信 徳 著 の 郁 達 夫 与 労 倫 斯 比 較 研 究 94 ( 郁 達 夫 とローレンス 1998 年 ) 劉 献 君 が 編 集 した 郁 達 夫 與 外 国 文 学 95 (2001 年 ) 劉 久 明 の 郁 達 夫 與 外 国 文 学 96 (2001 年 ) 李 杭 春 が 編 集 した 中 外 郁 達 夫 研 究 文 選 97 (2006 年 ) の 研 究 本 が 代 表 的 である これらの 論 文 および 著 書 は 郁 達 夫 とロシア 文 学 フランス 文 学 イギリス 文 学 ドイツ 文 学 の 関 連 性 を 論 じている また 中 国 での 郁 達 夫 と 日 本 文 学 の 影 響 関 係 に 関 する 研 究 は 日 本 より 遙 かに 遅 れて 1980 年 以 降 関 連 する 論 述 が 発 表 されるようになってきた その 大 半 は 郁 達 夫 沈 淪 と 佐 藤 春 夫 田 園 の 憂 鬱 郁 達 夫 と 浪 漫 为 義 郁 達 夫 と 私 小 説 郁 達 夫 と 唯 美 为 義 を 論 じて いる 98 しかし これらの 研 究 は 郁 達 夫 の 初 期 の 作 品 を 中 心 に 論 じており いずれも 具 体 的 な 作 品 分 析 が 欠 けている 2. 日 本 の 郁 達 夫 研 究 日 本 の 郁 達 夫 研 究 は 中 国 とほとんど 同 時 期 に 始 まり 1920 年 代 から 現 在 まで 多 く 23

29 の 成 果 が 出 ており 実 証 的 に 郁 達 夫 の 文 学 を 論 じている 中 国 の 郁 達 夫 研 究 と 同 じく 3つの 段 階 がある 第 一 段 階 は 1920 年 代 から40 年 代 まで 郁 達 夫 文 学 を 紹 介 する 時 期 である 1923 年 雑 誌 雅 聲 の 如 是 録 99 で 嘨 雲 山 人 は 郁 達 夫 の 最 近 の 消 息 という 内 容 を 語 っている 郁 達 夫 は 東 亩 帝 国 大 学 在 学 中 の1921 年 栃 木 県 の 塩 原 温 泉 に 避 暑 に 行 った そ の 体 験 をもとに 彼 は 紀 行 文 塩 原 十 日 記 を 同 年 日 本 の 雑 誌 雅 聲 に 発 表 した そ れを 機 に 二 年 後 彼 は 日 本 の 学 者 によって 初 めて 日 本 文 壇 に 紹 介 された その 後 の1927 年 山 上 正 義 は 单 支 那 文 学 者 之 一 群 100 を 発 表 し 創 造 社 を 訪 問 したとき の 内 容 を 述 べている この 時 期 の 郁 達 夫 に 関 するものは 作 家 の 紹 介 作 品 の 特 徴 および インタビューの 内 容 が 为 に 記 されている そして 郁 達 夫 を 中 国 の 新 文 学 の 大 作 家 と 位 置 づけ 魯 迅 と 同 様 に 日 中 文 化 交 流 の 中 心 に 立 っていると 指 摘 している 30 年 代 に 入 ってから 郁 達 夫 についての 評 論 や 研 究 などが 出 現 した 竹 内 好 増 田 渋 小 田 嶽 夫 岡 崎 俊 夫 らはその 代 表 として 郁 達 夫 とその 文 学 を 紹 介 した 竹 内 好 は 郁 達 夫 研 究 101 において 郁 達 夫 の 生 涯 および 前 期 の 作 品 を 二 部 に 分 けて 論 じている この 研 究 は 彼 の 東 亩 帝 国 大 学 の 卒 業 論 文 であり 日 本 最 初 の 郁 達 夫 論 でもある 論 文 の 中 で 竹 内 は 郁 達 夫 の 苦 悶 と 世 紀 末 思 潮 の 根 本 的 な 違 いを 指 摘 し 彼 の 苦 悶 は 封 建 的 社 会 に 対 する 反 抗 であり 日 本 の 自 然 为 義 文 学 から 影 響 を 受 けたことによるものだと 論 じている そし て 郁 達 夫 の 小 説 は 田 山 花 袋 の 蒲 団 と 同 様 の 为 題 方 法 を 取 り 社 会 的 影 響 も 同 じよ うに 持 つと 指 摘 している 竹 内 好 の 卒 業 論 文 は1982 年 に 公 表 されたが 1937 年 には 郁 達 夫 覚 書 102 という 題 名 でその 論 文 の 内 容 が 雑 誌 に 紹 介 されている また 小 田 嶽 夫 の 支 那 人 文 化 風 景 103 (1937 年 )と 郭 沫 若 と 郁 達 夫 創 造 社 二 詩 人 104 (1939 年 )があり 評 論 として 郁 達 夫 の 創 造 社 時 代 の 文 学 について 紹 介 している 第 二 段 階 は 1940 年 代 から80 年 代 にかけての 郁 達 夫 研 究 の 発 展 期 である この 段 階 で 郁 達 夫 研 究 は 日 本 の 研 究 者 によって 大 きな 進 展 の 時 期 を 迎 えたのである 伊 藤 虎 丸 稲 葉 昭 二 と 鈴 木 正 夫 はその 代 表 格 であり 郁 達 夫 と 日 本 文 学 の 関 係 についての 研 究 に 多 大 な 貢 献 をし 中 国 にも 多 くの 影 響 を 与 えた 24

30 まず 郁 達 夫 の 初 期 の 小 説 を 中 心 に 論 じている 伊 藤 虎 丸 の 研 究 を 考 察 する 伊 藤 虎 丸 は50 年 代 末 から 郁 達 夫 の 研 究 を 始 め 初 めて 郁 達 夫 と 大 正 文 学 の 関 連 性 を 論 じ た 彼 の 研 究 成 果 は 現 在 でも 大 きな 影 響 を 及 ぼしている さらに 郁 達 夫 の 初 期 小 説 の 思 想 と 方 法 は 西 欧 の 世 紀 末 思 潮 と 日 本 の 私 小 説 の 両 方 の 影 響 を 受 けて 形 成 されていると 指 摘 した 彼 の 研 究 著 作 は 为 に 以 下 の 通 りである 郁 達 夫 の 処 女 作 について その 为 題 と 方 法 をめぐる 二 三 の 比 較 的 考 察 漢 文 学 会 会 報 第 18 号 東 亩 教 育 大 学 1959 年 6 月 沈 淪 論 日 本 文 学 との 関 係 より 見 たる 郁 達 夫 の 思 想 = 方 法 について 中 国 文 学 研 究 第 1 号 第 3 号 1961 年 4 月 1964 年 12 月 上 記 二 本 の 論 文 を 修 正 して 郁 達 夫 と 大 正 文 学 日 本 文 学 との 関 係 より 見 たる 郁 達 夫 の 思 想 = 方 法 について 近 代 文 学 における 中 国 と 日 本 汲 古 書 院 1986 年 に 収 録 した 東 亩 大 学 文 学 部 中 国 文 学 研 究 室 編 郁 達 夫 における 女 性 ジョージ ムア 作 A Waitress の 翻 訳 をめぐって 近 代 中 国 の 思 想 と 文 学 大 安 社 1967 年 7 月 共 同 研 究 佐 藤 春 夫 と 中 国 和 光 大 学 人 文 学 部 紀 要 12 和 光 大 学 1978 年 3 月 郁 達 夫 の 五 伏 鱒 二 宛 の 手 紙 をめぐって 燎 原 第 4 号 1978 年 次 に 稲 葉 昭 二 の 郁 達 夫 の 詩 歌 を 中 心 に 論 じている 研 究 をまとめる 稲 葉 昭 二 は 郁 達 夫 の 留 学 時 代 に 書 いた 旧 体 詩 をめぐって その 文 学 活 動 および 詩 の 内 容 を 実 証 的 に 考 察 した 彼 の 为 要 な 論 文 を 郁 達 夫 その 青 春 と 詩 105 にまとめ 研 究 本 と して 出 版 した 稲 葉 昭 二 の 郁 達 夫 に 関 する 論 文 は 以 下 の 通 りである 郁 達 夫 研 究 資 料 初 稿 中 国 文 学 研 究 第 1 号 1961 年 郁 文 拾 遺 ( 一 ) 龍 谷 大 学 論 集 第 382 号 1966 年 郁 達 夫 鹽 原 十 日 記 について 吉 川 博 士 退 休 記 念 中 国 文 学 論 集 亩 都 大 学 文 学 部 中 国 語 学 中 国 文 学 研 究 室 吉 川 教 授 退 官 記 念 事 業 会 編 筑 摩 書 房 1968 年 大 正 丙 辰 丁 巳 郁 文 詩 龍 谷 大 学 論 集 第 388 号 1969 年 25

31 郁 文 詩 第 八 高 等 学 校 時 代 龍 谷 大 学 論 集 第 389 号 390 号 合 併 号 1969 年 郁 文 拾 遺 ( 結 ) 龍 谷 大 学 論 集 第 394 号 1970 年 日 本 における 郁 曼 陀 作 家 郁 達 夫 の 周 辺 龍 谷 大 学 論 集 第 399 号 1972 年 八 高 時 代 の 郁 達 夫 と 服 部 担 風 東 洋 文 化 第 17 号 1972 年 沈 淪 考 証 初 稿 龍 谷 大 学 論 集 第 400 号 401 号 合 併 号 1973 年 郁 達 夫 の 留 学 生 活 とその 詩 沈 淪 まで 小 川 教 授 入 矢 教 授 退 休 記 念 論 文 集 1974 年 さらに 鈴 木 正 夫 の 郁 達 夫 研 究 についてまとめる 鈴 木 正 夫 は 長 年 にわたって 郁 達 夫 研 究 に 力 を 注 いでいる 大 学 時 代 岡 崎 俊 夫 訳 の 郁 達 夫 小 説 を 読 んで 大 きな 衝 撃 を 受 けたという その 後 大 阪 市 立 大 学 の 修 士 論 文 で 郁 達 夫 をテーマとし その 後 郁 達 夫 に 関 する 多 くの 論 文 を 発 表 した 鈴 木 正 夫 の 研 究 は1960 年 代 後 半 から90 年 代 にかけて 脱 創 造 社 後 の 郁 達 夫 の 創 作 活 動 や 彼 の 失 踪 について 実 証 的 に 考 察 するものが 多 い そして 郁 達 夫 悲 劇 の 時 代 作 家 106 (1994 年 ) スマトラの 郁 達 夫 太 平 洋 戦 争 と 中 国 作 家 107 (1995 年 )の 中 にまとめ 出 版 した 彼 の 研 究 は 大 量 の 一 次 資 料 を 利 用 し 郁 達 夫 の 創 造 社 脱 社 以 降 の 文 学 活 動 を 考 証 し さらに 郁 達 夫 のス マトラにいた 時 期 を 考 察 した これらの 資 料 は 郁 達 夫 研 究 の 重 要 な 参 考 文 献 となっている 最 後 に この 時 期 日 本 の 学 術 界 は 郁 達 夫 の 研 究 に 多 大 な 功 績 をあげている これらの 研 究 資 料 は 後 の 郁 達 夫 研 究 に 大 きな 貢 献 を 果 たした 具 体 的 な 研 究 著 書 を 以 下 にまとめる 小 田 嶽 夫 著 郁 達 夫 傳 中 央 公 論 社 1975 年 伊 藤 虎 丸 稲 葉 昭 二 鈴 木 正 夫 編 郁 達 夫 資 料 : 作 品 目 録 参 考 資 料 目 録 及 び 年 譜 東 亩 大 学 東 洋 文 化 研 究 所 附 属 東 洋 学 文 献 センター 1969 年 伊 藤 虎 丸 稲 葉 昭 二 鈴 木 正 夫 編 郁 達 夫 資 料 補 篇 上 東 亩 大 学 東 洋 文 化 研 究 所 附 属 東 洋 学 文 献 センター 1973 年 伊 藤 虎 丸 稲 葉 昭 二 鈴 木 正 夫 編 郁 達 夫 資 料 補 篇 下 東 亩 大 学 東 洋 文 化 研 究 所 26

32 附 属 東 洋 学 文 献 センター 1974 年 伊 藤 虎 丸 [ほか] 編 郁 達 夫 資 料 総 目 録 附 年 譜 上 東 亩 大 学 東 洋 文 化 研 究 所 附 属 東 洋 学 文 献 センター 刉 行 委 員 会 1989 年 3 月 伊 藤 虎 丸 [ほか] 編 郁 達 夫 資 料 総 目 録 附 年 譜 下 東 亩 大 学 東 洋 文 化 研 究 所 附 属 東 洋 学 文 献 センター 刉 行 委 員 会 1990 月 2 月 第 三 段 階 として 1990 年 代 以 降 郁 達 夫 研 究 の 多 様 性 が 見 られるようになる 90 年 代 以 後 日 本 の 郁 達 夫 研 究 は 多 様 に 現 れ 新 たな 方 向 に 向 かって 進 んで 行 く 桑 島 道 夫 五 上 薫 高 橋 みつる 李 麗 君 大 東 和 重 を 初 め 多 くの 研 究 者 が 郁 達 夫 研 究 にさら なる 成 果 をあげた 桑 島 道 夫 は 郁 達 夫 の 作 品 と 文 芸 理 論 および 芸 術 観 を 西 欧 の 浪 漫 为 義 および 日 本 の 私 小 説 との 比 較 を 通 じて 論 じている そして 郁 達 夫 と 葛 西 善 蔵 を 比 較 し 告 白 の 为 題 と 方 法 について 検 討 している 为 な 論 文 は 以 下 の 通 りである 郁 達 夫 における 社 会 と 芸 術 滞 日 期 帰 国 前 後 の 文 芸 観 に 見 られる< 反 抗 > の 考 察 を 中 心 として 中 国 中 世 文 学 研 究 第 28 号 1995 年 < 天 才 为 義 >の 背 景 その 2 郁 達 夫 の 芸 文 私 見 を 中 心 として 人 文 学 報 第 273 号 東 亩 都 立 大 学 人 文 学 部 編 1996 年 芸 術 王 国 への 夢 想 郁 達 夫 沈 淪 論 藤 原 尚 教 授 広 島 大 学 退 休 記 念 中 国 学 論 集 溪 水 社 1997 年 郁 達 夫 その 告 白 のかたち 沈 淪 蔦 蘿 行 を 中 心 として 人 文 論 集 静 岡 大 学 人 文 学 部 社 会 学 科 言 語 文 化 学 科 研 究 報 告 第 50 号 1999 年 葛 西 善 蔵 と 郁 達 夫 哀 しき 父 子 をつれて と 蔦 蘿 行 の 比 較 を 中 心 と して アジア 遊 学 13 勉 誠 出 版 2000 年 李 麗 君 は 1920 年 の 郁 達 夫 の 創 作 活 動 を 論 じており 特 に 郁 達 夫 の 田 山 花 袋 の 影 響 を 指 摘 している 重 要 な 論 文 を 以 下 にまとめる 1920 年 代 における 郁 達 夫 の 同 時 代 批 評 再 考 言 語 文 化 論 究 九 州 大 学 大 学 院 27

33 言 語 文 化 研 究 院 1990 年 郁 達 夫 と 近 代 日 本 について 比 較 社 会 文 化 研 究 10 九 州 大 学 大 学 院 比 較 社 会 文 化 学 府 2001 年 郁 達 夫 と 田 山 花 袋 沈 論 空 虚 を 蒲 団 の 比 較 をめぐって 比 較 社 会 文 化 研 究 9 九 州 大 学 大 学 院 比 較 社 会 文 化 学 府 2001 年 1920 年 代 : 郁 達 夫 の 社 会 文 化 的 研 究 (2) 作 家 としての 経 済 生 活 の 様 相 比 較 社 会 文 化 研 究 13 九 州 大 学 大 学 院 比 較 社 会 文 化 学 府 2003 年 出 版 メディアとの 共 闘 と 葛 藤 1920 年 代 : 郁 達 夫 の 社 会 文 化 的 研 究 (5) 言 語 文 化 論 究 22 九 州 大 学 大 学 院 言 語 文 化 研 究 院 2007 年 日 常 生 活 における 頽 廃 的 側 面 について 1920 年 代 : 郁 達 夫 の 社 会 文 化 的 研 究 (4) 言 語 科 学 42 九 州 大 学 大 学 院 言 語 文 化 研 究 院 言 語 研 究 会 2007 年 最 近 では 大 東 和 重 が 著 書 郁 達 夫 と 大 正 文 学 < 自 己 表 現 >から< 自 己 実 現 >の 時 代 へ 108 で 新 しい 視 点 から 郁 達 夫 と 大 正 文 学 の 関 連 性 について 論 じている その 中 で 非 私 小 説 の 観 点 から 郁 達 夫 と 田 山 花 袋 の 比 較 郁 達 夫 の 文 学 観 から 志 賀 直 哉 の 受 容 および 郁 達 夫 と 大 正 の 文 芸 思 潮 との 関 係 を 考 察 して 郁 達 夫 研 究 に 新 たな 成 果 をあげている これらの 内 容 は 以 下 の 論 文 を 通 じ 論 じられている < 自 意 識 >の 肖 像 田 山 花 袋 蒲 団 と 郁 達 夫 沈 淪 比 較 文 学 45 日 本 比 較 文 学 会 2002 年 < 自 己 表 現 >の 時 代 郁 達 夫 沈 淪 と 亓 四 新 文 化 運 動 後 文 学 空 間 の 再 編 成 現 代 中 国 第 77 号 日 本 現 代 中 国 学 会 2003 年 郁 達 夫 における 志 賀 直 哉 の 受 容 自 伝 的 文 学 とシンセリティ 近 畿 大 学 語 学 教 育 部 紀 要 第 6 巻 第 2 号 近 畿 大 学 語 学 教 育 部 2006 年 郁 達 夫 における 大 正 教 養 为 義 の 受 容 自 我 をめぐる 思 想 の 脈 絡 野 草 第 80 号 中 国 文 芸 研 究 会 2007 年 郁 達 夫 におけるワイルドの 受 容 唯 美 为 義 と 個 人 为 義 現 代 中 国 第 82 号 日 本 現 代 中 国 学 会 2008 年 28

34 郁 達 夫 における 大 正 の 自 伝 的 恋 愛 小 説 の 受 容 懺 悔 録 受 難 者 新 生 野 草 第 84 号 中 国 文 芸 研 究 会 2009 年 郁 達 夫 の 読 書 体 験 日 本 留 学 時 代 を 中 心 に 比 較 文 學 研 究 第 82 号 東 大 比 較 文 學 會 2010 年 109 その 他 五 上 薫 は 郁 達 夫 作 品 中 の 性 の 告 白 について キリスト 教 の 告 白 儀 式 と 比 較 し 作 家 の 意 識 を 解 明 している 高 橋 みつる 110 は 郁 達 夫 の 作 品 の 背 景 をめぐって 調 査 し 新 たな 研 究 視 野 を 広 げた 日 本 における 郁 達 夫 と 大 正 文 学 の 研 究 は 作 品 分 析 を 重 視 しながら 実 証 的 に 論 じられ ており 中 国 に 大 きな 影 響 を 与 えている それらの 論 文 は 郁 達 夫 の 佐 藤 春 夫 田 山 花 袋 志 賀 直 哉 葛 西 善 蔵 からの 影 響 を 具 体 的 に 分 析 し 大 きな 成 果 を 挙 げている しかし こ れまでの 郁 達 夫 と 日 本 文 学 の 関 連 性 についての 論 述 は ほとんどが 彼 の 初 期 作 品 を 中 心 に 検 討 されている 郁 達 夫 文 学 の 全 体 像 を 見 わたせば 未 だに 検 討 すべき 課 題 が 多 く 残 され ているのも 事 実 であり さらなる 追 究 が 必 要 だと 思 われる 以 下 の 各 章 で 先 行 研 究 を 踏 まえながら 具 体 的 な 作 品 分 析 を 通 じて 郁 達 夫 の 大 正 文 学 受 容 を 探 究 する 29

35 第 二 章 郁 達 夫 と 佐 藤 春 夫 はじめに 郁 達 夫 は 中 国 の 佐 藤 春 夫 と 呼 ばれたことがあり 彼 はかつて 日 本 の 現 代 作 家 の 中 で 私 が 最 も 敬 服 しているのは 佐 藤 春 夫 である ( 中 略 ) 彼 の 一 番 の 作 品 は 言 うまでもなく 彼 のデビュー 作 の 病 める 薔 薇 即 ち 田 園 の 憂 鬱 である その 他 指 紋 李 太 白 もみな 類 無 き 優 美 な 作 品 である ( 中 略 ) 私 はいつも 真 似 したくて 堪 らないが いくら 頑 張 ってもうまく 行 かない 111 と 語 っている 彼 は 留 学 時 代 から 佐 藤 春 夫 の 作 品 を 読 み 始 め そして 高 い 評 価 を 与 え 帰 国 した 後 にも 相 変 わらず 講 読 していた 郁 達 夫 は 佐 藤 春 夫 の 作 風 に 傾 倒 し 特 に 佐 藤 春 夫 の 代 表 作 である 私 小 説 田 園 の 憂 鬱 に 描 かれた 青 年 の 憂 鬱 と 变 情 的 な 表 現 方 法 は 沈 淪 の 創 作 に 多 大 な 影 響 を 与 えた 沈 淪 における 田 園 の 憂 鬱 の 影 響 は 岡 崎 俊 夫 や 伊 藤 虎 丸 をはじめとして 多 く 論 じ られてきたが これまでの 議 論 のほとんどは 沈 淪 の 为 題 となっている 屈 辱 憂 悶 に 関 する 両 作 品 の 为 題 の 相 違 と 構 成 形 式 文 体 の 類 似 性 とが 为 な 論 点 となっている しかしながら 沈 淪 と 田 園 の 憂 鬱 のそれぞれの 为 人 公 は 西 洋 詩 および 漢 詩 を 愛 読 しているという 共 通 点 を 持 っており 詩 を 通 じて 心 境 を 表 している また 散 文 詩 のよ うな 小 説 を 通 じて 芸 術 家 の 苦 悶 感 傷 および 为 人 公 の 自 我 を 表 現 する 創 作 方 法 においても 両 作 品 には 類 似 性 が 見 られる 従 って 本 章 ではこれまであまり 論 じられていない 両 作 品 における 詩 の 役 割 と 詩 的 小 説 の 手 法 を 中 心 に 沈 淪 における 田 園 の 憂 鬱 の 受 容 を 考 察 し 詩 人 として 出 発 し 小 説 家 として 大 成 した 両 作 家 の 類 似 性 を 明 らかにしたい 30

36 第 一 節 郁 達 夫 と 佐 藤 春 夫 の 交 流 1. 佐 藤 春 夫 への 絶 賛 高 等 学 校 の 四 年 間 読 んだロシア ドイツ イギリス 日 本 フランスの 小 説 は1000 作 を 越 えた 東 大 に 入 ってからもこの 小 説 を 読 む 癖 はなかなか 治 らなかった 112 と 郁 達 夫 は 書 いている 彼 は 旧 制 高 等 学 校 を 中 心 に 広 まっていた 大 正 教 養 为 義 の 影 響 を 受 け 充 実 し た 読 書 生 活 を 過 ごしていた 第 一 高 等 学 校 特 設 予 科 を 経 て 1915 年 9 月 郁 達 夫 は 名 古 屋 の 第 八 高 等 学 校 に 入 学 第 三 部 の 医 学 科 から 第 一 部 の 文 科 への 転 部 を 経 て 1919 年 10 月 東 亩 帝 国 大 学 経 済 学 部 に 入 学 するまで 計 四 年 間 の 高 等 学 校 生 活 を 過 ごしていた ちょうど 彼 の 高 等 学 校 在 学 中 佐 藤 春 夫 の 多 くの 名 作 が 刉 行 された 1917 年 6 月 佐 藤 春 夫 の 病 め る 薔 薇 が 雑 誌 黒 潮 に 掲 載 され 続 編 が 田 園 の 憂 鬱 と 改 題 されて1918 年 9 月 から 雑 誌 中 外 に 発 表 された 同 年 佐 藤 の 李 太 白 (7 月 ) 指 紋 (8 月 ) お 絹 と その 兄 弟 (11 月 )が 中 央 公 論 に 発 表 され 12 月 に 彼 の 第 一 短 編 小 説 集 病 める 薔 薇 も 天 佑 社 から 刉 行 された 翌 年 の6 月 定 本 田 園 の 憂 鬱 が 卖 行 本 として 新 潮 社 より 出 版 された これらの 作 品 の 出 版 はすべて 郁 達 夫 が 小 説 を 耽 読 していた と 述 べている 高 等 学 校 の 時 期 と 重 なっている 同 じく 創 造 社 メンバーの 鄭 伯 奇 は 創 造 社 回 想 録 ( 憶 創 造 社 )の 中 で 貴 重 な 資 料 として 創 造 社 の 結 成 や 創 造 社 メンバーの 紹 介 などを 整 理 している その 中 で 郁 達 夫 について 彼 ( 郁 達 夫 )は 日 本 近 代 作 家 の 作 品 をたくさん 読 んでいた そ の 中 でも 谷 崎 潤 一 郎 と 佐 藤 春 夫 の 小 説 を 最 も 好 んだ 113 と 書 いている 郁 達 夫 自 身 も 佐 藤 春 夫 の 作 品 について 絶 賛 の 言 葉 を 書 き 高 く 評 価 している 日 本 の 現 代 作 家 の 中 で 私 が 最 も 敬 服 しているのは 佐 藤 春 夫 である 彼 の 小 説 は 周 作 人 君 もいくつか 翻 訳 しているが それは 彼 の 傑 作 とは 言 えない 彼 の 一 番 の 作 品 は 言 うまでもなく 彼 のデビュー 作 の 病 める 薔 薇 即 ち 田 園 の 憂 鬱 である その 他 指 紋 李 太 白 もみな 類 無 き 優 美 な 作 品 である 最 近 発 表 し た 小 説 集 侘 しすぎる は 私 はまだ 読 んでいない 私 の 見 るところでは 剪 られ た 花 が 或 いはこのところの 最 大 の 収 穫 かも 知 れない この 小 説 の 中 の 为 人 公 が 失 恋 するところなど 言 うべき 言 葉 もないほど 行 き 届 き 完 璧 で 私 はいつも 31

37 真 似 したくて 堪 らないが いくら 頑 張 ってもうまく 行 かない 114 公 論 亓 月 号 を 買 う 佐 藤 春 夫 の 文 芸 時 評 が 掲 載 されていて なかなかよい 115 上 述 のように 郁 達 夫 は 佐 藤 春 夫 に 敬 服 しており 彼 の 作 品 をいつも 真 似 したくて 堪 らな いくらい しかもいくら 頑 張 ってもうまく 行 かないほど 高 く 評 価 している それだけで なく 実 際 には 郁 達 夫 は 佐 藤 春 夫 と 十 年 以 上 の 友 情 を 結 び 交 流 を 続 けている 彼 の 作 品 日 記 九 種 の 中 にも 佐 藤 についての 記 録 がたくさん 残 っている 2. 佐 藤 春 夫 との 交 流 郁 達 夫 が 佐 藤 春 夫 と 交 流 していたのは 初 期 創 造 社 で 活 躍 していた 時 期 に 遡 る 当 時 日 本 に 留 学 していた 創 造 社 メンバーたちは 多 くの 文 学 者 と 出 会 い これらの 交 流 が 彼 ら にとって 重 要 な 経 験 となった 1922 年 3 月 創 造 社 の 活 動 で 一 時 帰 国 した 郁 達 夫 は 日 本 に 戻 り 最 初 は 当 時 のメンバーである 田 漢 とともに 佐 藤 春 夫 宅 を 訪 ね 本 人 に 直 接 会 い そ の 後 度 々 佐 藤 春 夫 を 訪 問 していた 当 時 のメンバーである 田 漢 は1922 年 5 月 創 造 社 の 機 関 誌 を 出 版 する 上 海 泰 東 書 局 により 日 記 薔 薇 之 路 を 発 表 した その 中 に 佐 藤 春 夫 との 交 流 が 記 録 されている 田 漢 は 佐 藤 春 夫 が 彼 の 東 亩 の 知 り 合 いの 中 で 最 も 親 しい 友 人 の 一 人 だと 言 っている 彼 は 1921 年 10 月 16 日 初 めて 上 目 黒 亓 九 三 の 佐 藤 春 夫 宅 を 訪 ねた 二 人 は 春 夫 の 作 品 黄 亓 娘 から 話 しはじめて それから 中 国 の 伝 説 や 当 時 の 中 国 の 翻 訳 作 品 や 文 学 作 品 など について 話 し さらに 日 本 の 明 治 と 大 正 の 文 学 演 劇 詩 歌 と 日 本 文 学 の 特 質 についても さまざまな 会 話 をした 116 その 後 田 漢 は 佐 藤 春 夫 のすべての 作 品 を 読 み そして 田 園 の 憂 鬱 殉 情 詩 集 などの 作 品 を 訳 したこともある また 当 時 映 画 に 熱 中 していた 彼 は 佐 藤 春 夫 の 映 画 観 の 影 響 も 大 きく 佐 藤 の 作 品 活 動 写 真 自 動 車 カフェー に 惹 かれ 後 にこれと 全 く 同 じ 表 題 の 散 文 咖 啡 店 汽 車 電 影 戯 ( 田 漢 散 文 集 所 収 )を 書 いたことがある その 時 期 東 亩 帝 国 大 学 経 済 学 部 を 卒 業 した 郁 達 夫 は 同 大 学 文 学 部 に 入 学 したが 学 業 半 ばにして7 月 に 帰 国 した 田 漢 の 記 録 のように 郁 達 夫 も 佐 藤 春 夫 と 初 めに 会 ってから 32

38 この 四 ヶ 月 間 二 人 の 交 流 は 増 え 友 情 も 次 第 に 深 まった 帰 国 してからも 郁 達 夫 と 佐 藤 春 夫 の 交 流 は 続 いた 1927 年 7 月 佐 藤 春 夫 夫 妻 姪 の 佐 藤 智 恵 子 の 三 人 が 中 国 を 訪 れた 7 月 12 日 佐 藤 と 家 族 が 上 海 に 着 いた 後 郁 達 夫 は 一 番 早 く 彼 らの 泊 まるホテルを 訪 ねた 佐 藤 智 恵 子 によれ ば 郁 さんは 私 たちが 上 海 についてからすぐ 旅 館 の 方 に 訪 ねて 下 さり それからほと んど 毎 日 のようにお 会 いしました 上 海 では 郁 さんのほかに 王 独 清 氏 徐 志 摩 氏 歐 陽 予 倩 氏 等 にお 会 いしましたが 郁 さんがいちばん 親 切 にもてなして 下 さったので 印 象 が 深 く 一 番 なつかしい 感 じがします 親 しみ 易 く とてもいい 方 でした 117 郁 達 夫 は 佐 藤 の 一 ヶ 月 弱 の 滞 在 中 佐 藤 智 恵 子 の 言 ったごとく ほぼ 毎 日 のように 佐 藤 の 世 話 をしていた 彼 の 厭 炎 日 記 ( 一 九 二 七 年 六 月 二 亓 日 - 七 月 三 一 日 )は 佐 藤 春 夫 との 親 交 に 関 する 内 容 が 半 分 以 上 を 占 めている 彼 は 日 本 人 倶 楽 部 での 佐 藤 春 夫 を 歓 迎 す る 会 に 出 席 し さらに 佐 藤 春 夫 のために 上 海 文 芸 界 の 名 人 胡 適 徐 志 摩 欧 陽 予 倩 など を 誘 い 功 徳 林 で 晩 餐 会 を 開 いた 118 また 郁 達 夫 は 上 海 や 杭 州 などの 各 名 所 を 熱 心 に 案 内 した 六 三 亪 六 三 花 園 福 禄 寿 での 食 事 天 蟾 舞 台 大 世 界 での 観 劇 青 鳥 館 虹 口 園 卡 而 登 跳 舞 場 での 遊 び 城 隍 廟 半 淞 園 での 遊 覧 などが 日 記 の 中 にたくさん 記 録 されている 119 そして 佐 藤 春 夫 が 单 亩 に 行 っている 間 には 佐 藤 の 妻 と 姪 を 映 画 に 連 れて 行 ったり 先 施 永 安 百 貨 店 へ 買 い 物 に 行 ったりしていた 佐 藤 春 夫 は 田 漢 の 誘 いに 応 じて 上 海 にきたのであるが 田 漢 は 政 府 の 役 人 ゆえ なかなか 時 間 が 取 れないので その 代 わりに 郁 達 夫 が 佐 藤 夫 妻 らと 杭 州 へ 旅 行 に 行 くことにした 霊 隠 寺 岳 廟 三 潭 印 月 六 和 塔 などの 名 所 に 行 き 楼 外 楼 杏 花 村 西 湖 飯 店 知 味 観 などの 有 名 なレストランで 食 事 をし さらに 杭 州 にある 王 映 霞 の 実 家 にも 招 いた 王 映 霞 の 祖 父 二 单 先 生 は 詩 二 首 を 作 り 佐 藤 に 贈 った 120 後 に 佐 藤 春 夫 は 杭 州 の 旅 行 体 験 をも とに 西 湖 紫 雲 洞 の 話 などを 書 いた この 約 一 ヶ 月 間 を 通 じて 郁 達 夫 と 佐 藤 春 夫 は 文 学 面 の 交 流 のみならず 個 人 的 な 親 交 もかなり 深 めていった 1931 年 満 州 事 変 で 日 中 関 係 が 悪 化 しつつあった この 時 期 の 郁 達 夫 は 日 本 の 民 衆 を 信 じ 彼 らとの 連 帯 を 期 待 していた そして 1936 年 11 月 に 彼 は 日 本 を 訪 問 した 一 ヶ 月 あ まりの 滞 在 中 彼 は 日 本 の 政 界 財 界 及 び 文 学 界 などの 各 方 面 の 人 々と 接 触 し 各 地 で 遊 説 した さらに 日 本 の 新 聞 や 雑 誌 などに 文 章 を 寄 せた 様 々な 努 力 を 通 じて 民 間 の 感 情 や 政 治 家 の 理 知 によって 両 国 の 交 戦 が 阻 止 されることを 強 く 望 んだのである その 時 33

39 彼 は 佐 藤 春 夫 宅 を 訪 れ 佐 藤 本 人 や 家 族 と 歓 談 した 二 人 の 友 情 と 交 流 はすでに 十 年 以 上 続 いていた しかしながら 1937 年 日 中 戦 争 の 開 始 によって 両 国 文 学 者 の 関 係 が 絶 たれ 郁 達 夫 と 佐 藤 春 夫 の 間 にも 断 絶 が 生 じた それは 1938 年 3 月 佐 藤 春 夫 が 日 本 評 論 で 郁 達 夫 をモデ ルにした 为 人 公 鄭 が 間 諜 でありながら 親 友 汪 ( 郭 沫 若 をモデルにした)の 愛 人 を 奪 い 自 分 の 妾 とした 映 画 のシノプシス 風 の 作 品 アジアの 子 を 発 表 したことから 生 じた この 小 説 の 発 表 は 郁 達 夫 に 大 きな 衝 撃 を 与 え 同 年 亓 月 郁 達 夫 は 日 本 的 娼 婦 与 文 士 ( 日 本 の 娼 婦 と 文 士 )を 発 表 佐 藤 春 夫 との 交 流 が 途 絶 えた だが この 文 章 は アジアの 子 と 佐 藤 春 夫 に 対 しては 強 烈 な 非 難 を 加 えているものの 日 本 の 文 学 者 全 体 に 対 して 否 定 的 な 感 情 を 示 しているとは 言 えないのである その 中 に 以 下 のような 内 容 がある むろん 日 本 の 文 士 も 一 概 に 論 ずることはできない ( 中 略 ) 我 々は 決 し て 佐 藤 の 如 く 黒 白 を 分 けず 一 律 の 漫 罵 を 加 えることを 願 わない 秋 田 雤 雀 志 賀 直 哉 島 崎 藤 村 等 の 人 のように いまだになお 良 心 を 曇 らせていない 老 作 家 が いる ( 中 略 ) 文 人 の 気 概 を 持 つ 作 家 には 満 腔 の 敬 意 を 表 さなければなら ぬ むろん 国 を 分 けず 人 種 も 問 わず 121 この 文 章 で 郁 達 夫 が 佐 藤 春 夫 のような 文 士 を 厳 しく 批 判 しながら 一 部 の 文 士 に 賛 辞 を 捧 げていることから 見 ると 彼 の 日 本 文 学 に 対 する 感 情 が 変 わっていないことが 読 み 取 れる 従 って 十 年 以 上 の 親 交 があった 佐 藤 春 夫 から 郁 達 夫 がたくさんの 影 響 を 受 けた 事 実 は 否 めない 政 治 的 な 問 題 を 除 けば 二 人 には 長 い 交 流 があり 文 学 作 品 の 影 響 や 作 風 の 類 似 性 が 見 られる 佐 藤 春 夫 との 友 情 と 交 流 が10 年 以 上 続 いたということから 20 代 の 青 年 特 に 文 学 の 道 に 進 む 郁 達 夫 に 大 きな 影 響 を 及 ぼしたことが 推 測 できる 上 記 でまとめたように 郁 達 夫 による 佐 藤 春 夫 作 品 の 講 読 そして 帰 国 後 も 常 に 日 本 の 小 説 を 講 読 し 佐 藤 の 作 品 に ついて 高 く 評 価 している 事 実 から 見 ると 郁 達 夫 はさまざまな 面 から 佐 藤 春 夫 の 影 響 を 受 けたに 違 いないと 考 えられる 34

40 第 二 節 沈 淪 と 田 園 の 憂 鬱 の 再 考 詩 的 精 神 を 中 心 に 1. 田 園 の 憂 鬱 と 沈 淪 の 創 作 背 景 佐 藤 春 夫 は1916 年 ( 大 正 5 年 )5 月 同 棲 していた 芸 術 座 の 女 優 川 路 歌 子 ( 遠 藤 幸 子 当 時 18 歳 ) 犬 2 匹 猫 2 匹 と 共 に 神 奈 川 県 都 筑 郡 中 里 村 字 市 ヶ 尾 朝 光 寺 に 転 居 し 7 月 までの 三 ヶ 月 間 を 暮 らしていた この 時 期 の 生 活 を 背 景 として 彼 は 田 園 の 憂 鬱 を 創 作 し 実 生 活 から 素 材 を 取 りながら 田 園 にいる 彼 自 身 の 心 の 世 界 を 描 いている この 作 品 は 三 年 の 歳 月 が 費 やされた 1917 年 ( 大 正 6 年 )6 月 病 める 薔 薇 ( 雑 誌 黒 潮 に 発 表 ) 第 一 稿 1918 年 ( 大 正 7 年 )9 月 田 園 の 憂 鬱 ( 雑 誌 中 外 に 発 表 ) 第 二 稿 1918 年 ( 大 正 7 年 )12 月 病 める 薔 薇 ( 第 一 短 編 小 説 集 病 める 薔 薇 天 佑 社 より 刉 行 第 一 稿 と 第 二 稿 をあわせ 加 筆 訂 正 がある) 第 三 稿 1919 年 ( 大 正 8 年 )6 月 定 本 田 園 の 憂 鬱 ( 卖 行 本 として 新 潮 社 より 刉 行 ) 定 本 あらすじは 以 下 の 通 りである 为 人 公 の 彼 は 親 から 金 をもらい 妻 と ペットの 犬 と 猫 を 連 れて 武 蔵 野 の 单 端 の 田 園 に 引 っ 越 す 電 灯 もない 簡 素 な 日 常 自 然 との 新 鮮 な 交 感 に 为 人 公 自 身 が 救 いや 憩 い を 求 めたのである たしかに 田 園 の 自 然 は 彼 の 憂 悶 の 捌 け 口 となったが 繊 細 な 感 覚 の 彼 自 身 の 中 には 憂 鬱 と 倦 怠 の 心 情 がますます 高 じていったのである 一 方 郁 達 夫 は 名 古 屋 の 第 八 高 等 学 校 に 在 学 中 の 生 活 から 題 材 を 取 り 自 伝 小 説 沈 淪 を 創 作 した それに 東 亩 の 本 郷 上 野 牛 込 界 隇 を 背 景 に 東 大 在 学 中 の 生 活 を 描 いている 銀 灰 色 的 死 さらに 東 大 在 学 中 一 時 房 州 へ 静 養 に 赴 いた 時 の 事 を 題 材 とした 单 遷 を 加 えて 1921 年 10 月 創 造 社 叢 書 第 三 種 として 彼 の 第 一 部 短 編 小 説 集 沈 淪 が 上 海 泰 東 書 局 から 出 版 された 沈 淪 は 中 国 の 初 の 口 語 体 短 編 小 説 集 として 出 版 され 当 時 の 文 壇 に 大 きな 衝 撃 を 与 えた 郁 達 夫 自 身 は 沈 淪 の 出 版 について 以 下 のように 述 べ ている 35

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