愛知学院大学文学部紀要第 33 号 幸 の立伝人物 10 名附伝 2 名合計 12 名についても比較検討するためその特色を解明する 終りに全体を まとめて結びとする 1. 高麗史 J 列伝 嬖幸 口 (i) 立伝人物史料 前述した様に列伝第三十七嬖幸口には立伝 20 名附伝 15 名の合計 35 名

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1 Aichi-Gakuin Alohl Gakuln Unlverslty University 高麗時代の 厂嬖幸伝 研究 II 一 立伝人物の分析一 西ーー丿孝雄 はじめに 1. 高麗史 列伝 D 立伝人物史料 嬖幸 口 (ii) 嬖幸伝 の人物分析 2. 宋史 列伝 i) 立伝人物史料 佞幸 佞幸 の人物分析 結 論 はじめに先に, 高麗時代の 嬖幸伝 研究 1 一 立伝人物の分析一 ( 愛知学院大学人間文化研究所紀要 人 間文化 第 18 号 ) を発表した そこでは主に 高麗 史 列伝の嬖幸伝 9 に見える立伝 16 名附伝 9 名の 合計 25 名を分析した 25 名の嬖幸の分類, 立伝人物の生き様, 官職等につ いて検討した 今回は列伝第 三十七嬖幸口に見える立伝 20 名附伝 15 名の合計 35 名につ とにする いて嬖幸伝 うと同様な分析検討を実施するこ 史記 佞幸列伝第六十五の終りで 太史公曰く一甚だしい哉 ( かな 愛憎の時なる ( 愛憎が時に よって変化することは, 実にはなはだしいものがある ) と述べており, 佞媚 ( ことばや態度でこびへつ らう ) を以て主君の寵幸を得ようとする者のむつかしさを言っている また, 漢書 佞幸伝第六十二 の賛に言う 1) として佞幸者 ( こびへつらって主君にかわいがられる人 ) は (1) 女徳 ( 色 ) にかぎってあ るのでなく, 思うにまた男色もある ねい その進みかたは正道によらず, 官位もその能力に過ぎていた ため, 終りを全うすることができず (3) いったん帝が崩御すると, 姦臣は命令をほしいままにし (4 ) それゆえ仲尼 ( 孔子 ) は 損者三友 ( 便辟一一体裁をかざり率直でない者, 善柔一うわべ善く誠実 でない者, 便佞一口先うまく実意のない者の三種の友は有害である ) を著わしており, 王者が人を私 び 愛するのに官職を用いない 等の例をあげている 高麗史 の嬖幸伝もこれらを参考にして立伝され たものであろう 史記 や 漢書 の佞幸列伝に見える以上の指摘は 高麗史 の嬖幸伝中の人物に もそのままあてはまるのである 嬖幸伝日の分析では生没年未詳者, 晩年は暗殺 梟首 流島 賤しい身分から寵愛を得て栄達した人等が多く その進みかたは正道によらず, 官位もその能力に過ぎていたため, 終りを全うすることができず 人々から恨を多くかった人物が多数いた点を解明した 以下において嬖幸伝口の 35 名について分析検討をして, その特色を解明し, 更に, 宋史 列伝 佞 一 33 一 NII-Electronic N 工工一 Eleotronlo Llbrary Library

2 愛知学院大学文学部紀要第 33 号 幸 の立伝人物 10 名附伝 2 名合計 12 名についても比較検討するためその特色を解明する 終りに全体を まとめて結びとする 1. 高麗史 J 列伝 嬖幸 口 (i) 立伝人物史料 前述した様に列伝第三十七嬖幸口には立伝 20 名附伝 15 名の合計 35 名があげられてい る 嬖幸 { 一 ) の分 析では 漢書 にあるように その進みかたは正道によらず, 官位もその能力に過ぎていたため, 終り を全うすることができず に一生を終えた人々が多数いた点を指摘した 以下において嬖幸伝の各人物 についてその特色を検討することにする (1) 尹秀尹吉甫 ( イ ) 尹秀 ( 生没年未詳 ) 尹秀は第二 十五代忠烈王時代の嬖臣である 忠烈王の蒙古に在るや 秀 鷹犬を以て幸を得た 人物で, にわ 即位に及び鷹坊を管掌した 官軍簿判書鷹揚上護軍に至っ た人物である 暴かに疾を得, 起立し挙を奮 い, 墻壁を撞き大いに叫んで日う 狐兎, 麋 ( おおじか ), 鹿胡ぞ我肉を瞰 ( くら ) うと 遂に死 す 動物を殺した祟りであろう その伝記は大略次の様である 2 } ( 史料 1 ) 高麗忠烈王の嬖臣なり 漆原縣の人父養三無頼の行を爲し, 江都に棄市せらる 因て其の地を號 ニう えん して養三岐と日う 秀は元宗の朝親從將軍に拜す 時に同知樞密趙嗷夜秀を召し, 林衍を誅さんこ とを謀る 秀諾す 嗷遷延發せず, 秀懼れて其の謀を以て衍に告ぐ 衍, 嗷を殺す 後ち秀, 嗷をたずざ殺すの故を追理せられんことを懼れ, 家を挈えて頭螢哥に投じ叛て蒙古に入る 忠烈の蒙古に在る や, 秀鷹犬を以て幸を得, 即位に及び瀋陽より家を挈えて還り, 鷹坊を管す 勢を恃んで惡を縱に し, 人禽獸を以て之を目す 其の屬を分遣し, 至る所鷄犬を捕殺して鷹を飼い, 民間の鷄犬殆んど 盡く 官軍簿判書鷹揚軍上護 ( 將 ) 軍に至る 暴に疾を得, 起立して拳を奮い, 墻壁を撞き大に叫 んで日う, 狐兔麋鹿胡ぞ我肉を瞰うと 邃に死す 尹秀は父養三が 無頼の行を為し, 江都に棄市せられた 人物の子で, 忠烈王 ( ) が蒙古 に在る時 秀鷹犬を以て幸を得 て, 官は軍簿判書鷹揚上護 ( 將 ) 軍に至った人であるが, 鷹坊の弊は にわ なはだしく, 動物を殺した祟りで暴かに病を得て狂い遂に死んだ人物である ( ロ ) 尹吉甫 ( 生没年未詳 ) 尹吉甫は忠烈王時代の嬖臣秀の孫である 撃毬 ( 撃棒戯 ) を善くし 元の仁宗が太子だった時, 吉甫 は宦者伯顔秀古思に因って東宮に出入することを得て, 第 26 代忠宣王に寵遇された人物である その伝 記の概略は, 次の様である ( 史料 1 ) 高麗忠烈王の嬖臣秀の孫なり 撃毬を善くす 元の仁宗太子たりし時, 吉甫宦者伯顔秀古思に因 りて東宮に出入するを得, 是に由て忠宣に寵遇せられ, 中郎將を授けられ, 言從はれざる無し 後さからおとおこち吉甫, 伯顏秀古思に忤い, 職を罷めて東還し, 尋で務安監務に貶され, 起されて合浦鎭邊使と爲 る 尹吉甫は撃棒戯を善くして第 26 代忠宣王 ( ) に寵遇され 言従はれざる無し といわれ, 東還して務安監務を経て合浦鎮辺使となった人物である その後 2 等功臣として検校上護軍となった 李貞金文庇李王并 ( イ ) 李貞 ( 生没年未詳 ) 李貞は本と賤隷の出身で, 狗殺業者で勇力を以て聞こえた人物で武臣である 貞は鷹犬を以て忠烈王 一 34 一 たの

3 高麗時代の 嬖幸伝 研究皿 ( 西川 ) へLj の幸を得た人物で数年ならずして副知密直司事に登っ た嬖臣である その伝記は凡そ, 次の様である 31 ほふ 高麗の嬖臣なり 本賤隸に出づ 狗を屠るを以て業と爲し, 勇力を以て聞ゆ 金俊の子桂に愛せ らる 桂敗る s に及び逃れて免かる 忠烈王の乳媼の女婿と爲り, 邃に寵有り 鷹坊を管し, 鷹犬 にわか を以て數年ならずして驟に樞密に登る 賤隸の濫に大官を授かる未だ貞の如きものあらず みだり 李貞は忠烈王の乳媼 ( めのと ) の女壻 ( むすめの夫 ) と為り, 遂に寵を得た人物である 鷹坊を管掌 し, 鷹犬を以て数年ならずして驟に枢密に登った人物である だあらず といわれ狗殺業者で大官に登った人物である ( ロ ) 金文庇 ( 生没年未詳 ) 賤隷に大官を濫授する貞の如きもの未 金文庇 ( きんぶんひ ) は家世 ( 家柄 ) 微賤, 勇力を以て聞こえた武臣である 忠烈王の初, 上将軍を 以て元帥金方慶に従い, 高麗右軍の帥と為り, 日本を撃つ ( 弘安の役 その伝記は凡そ, 次の様である ( 史料 2 ) 家世微賤, 勇力を以て聞ゆ 夜別抄指踰と爲り將軍に進む 高麗元宗十年將軍趙允播 祕書郎張 顯等と與に林衍を誅さんと謀り, 允播の父同知樞密嗷に告ぐ 嗷從わず 文庇事漏れ禍の己に及ぼ んことを懼れ, 反っ て衍に告ぐ 衍皀卩ち允播 顯等を殺し, 嗷を黒山島に流す 忠烈の初上將軍を 以て元帥金方慶に從い, 高麗右軍の帥と爲り, 日本を撃つ 文庇常に狗を燎き, 竹を破り, 毛を けず かゆ 刮りて之を食う 後病を得 遍體皆癢く, 人をして竹を以て其の身を刮らしめ邃に死に至る 金慶 孫の子琿, 文庇と友とし善し 文庇死後其妻朴氏と逋じ, 劾せられて海島に流さる 金文庇は 常に狗を燎き, 竹を破り, 毛を刮りて之を食う 後, 疾を得て 遍体皆癢く人をして竹 を以て其の身を刮らしめ遂に死に至った 人物である 犬の祟りをうけた人といえよう 尚, 文庇の死 後の妻は友人の妻朴氏と通じ, 竹州に流された レ 9 李垪 ( 生没年未詳 ) 李垪 ( りへい ) は忠烈王代の人で 王の猟を好むこと, 皆な胼之を導くなり といわれ 勇を好み騎 射を善く した人物で監察侍丞将軍にまで至った その伝記は大略, 次の様である や よう 忠烈時の人 畊勇を好み騎射を善くす 常に養鷹遊獵を以て事と爲し, 鳥雀を生捕して其毛を去 しゃく ようじゆん り, 口嚼して以て鷹隼を飼い, 或は生鷄を割き其牛を留めて之を飼う 王の獵を好むこと, 皆な 垪之を導くなり 相傳う 死するに及び, 鳥觜状の如きもの體に遍ねしと し 李垪は忠烈王を猟に案内し, 寵遇され官は将軍にまで至っ た人物である 常に鷹を養い遊猟を以て くちばし 事とした 暴死するに及び 鳥 の觜状の如きもの体に遍ねく あらわれ鳥の 祟りを受けた人物とい え よう (3) 元卿 (? 1302) ( 忠烈王 28) 元卿は忠烈王代の嬖臣である 彼は 性豪奢, 射御を好み, 文儒を喜ば ない人物であった 幼よ 4 り蒙語を習い屡々王及び公主に従いて入朝し, 元の世祖は常に之を呼んで納麟哈刺 ) と云う とい われ しゅぜん て出世した人物である 尚, 納麟哈刺 とは 其 の対応詳敏 挙止便棲を以て納麟と日い, 鬚髯美黒 なるを以て暗刺と日う とある その伝記は凡そ, 次の様である 5) e ( 史料 3 ) ふ 高麗の中贊 ( 正四品 ) 傅の子なり 性豪奢, 射御を好み, 儒を喜ばず 忠烈の朝中郎將に累遷し, さからし 三道人物推刷別監と爲り公圭の旨に忤う 公圭怒りて之を杖す 全羅道巡撫使の幕僚李贄, 道に驛 馬の物を駄して京に如く者を見, 之を詰れば乃ち鷹坊人の私物なり 贄其の人を繋ぎ其の物を國庫しんに輪す 蠏王に譖 ( そしる ) して曰く, 李贄鷂 ( はしたか ) を進むる者を見, 罵て曰く安ぞ此を用 一 35 一

4 Aichi-Gakuin Alohl Gakuln Unlverslty University 愛知学院大学文学部紀要第 33 号 い るを爲さんと, 其の鷂を撲殺せりと 王怒りて贄を海島に流す 王鷹坊都監を置き, 卿と朴義と を副使と爲す 將軍より大將軍に轉ず 印侯, 公圭の怯怜哈 ( 私属人 ) を以て驟に宰輔に登り, 勢 かり 中外を傾く 卿, 侯の勢を籍らんと欲し, 子善に侯の女を娶る 是より侯に黨し, 好んで事を生じ く 國害を爲す 右副承旨に進み副知密直司事に陞る 時に卿の兄翊, 卿の下に在り卿, 王に白して曰 く, 兄弟同じく宰相と爲り, 弟を以て兄の右に居るは心未だ安からざる所なりと 乃ち卿を改めて 三司使と爲し翊を副知密直と爲す 後ち同知密直司事に至りて卒す 卿幼より蒙語を習い罎々王に從いて入朝す 元の世祀常に之を呼んで納麟哈刺と日う 其の應對詳敏, 擧止使捷なるを以て納麟と日い, 鬚髯美黒なるを以て哈刺と日う 嘗て元の武略將軍征東行中書省都鎭撫と爲り, 金符を帶 ぺり 元卿は同知密直司事に至り卒した人物である 嘗て, 元の武略将軍 ( 従五品 ) 征東行中書省鎮撫と 為って金符を受けた人物でもあった (4) 朴義 (? 1321) ( 忠肅王 8 ) 朴義は密陽の人で 鷹犬を以て高麗忠烈王に嬖せられ将軍に累遷 した人物である 第 25 代忠烈王第 26 代忠宣王第 27 代忠肅王代の嬖臣である その伝記の概略は, 次の様である 6> ( 史料 4 ) 密陽の人なり 鷹犬を以て高麗忠烈王に嬖せられ將軍に累遷す 是より先, 密城の人趙阡なる者 守を殺して賊に應ず 此において密城は降されて歸化部曲と爲る 義左右に賂し王に白して h びただ 曰く, 密城は大にして貢賦甚だ夥し, 降して部曲と爲し鎭撫する者無ければ恐くは其民流散せんと 王乃 よう かつ ち蘇復別監を置く 常に一鷂を養う 郎哥歹曰く, 鷂の尾羽十二なる者は希なり 此鷂は十四羽 若し帚に獻ぜば必ず厚く賞せられんと 邃に郎哥歹に隨いて元に如きて之を獻ず 還るに及んで自 ら言う 帝命有り己を以て大將軍と爲すと 忠宣王世子たりし時義に謂て曰く, 毎に鷹犬を以て吾 ぎんたん ざから 君を從叟する者は此の老狗なりと, 義慚赧 ( はじて赤面する ) す 後ち公圭の旨に忤い海島に流さ れ, 家産を籍沒せられしが, 未だ幾くならずして右副承旨を拜し, 左僕射副知密直同知資政院事に 歴遷し, 忠宣王位に皀卩くや僉議贊成事を加えられ, 密陽君に封ぜらる 忠肅王八年卒す 義富で而 りんして吝なり初め黄金二十錠銀三十斤を以て忠宣の爲に佛寺を施さんと欲せ しが, 義死して子正尹 ( 正三品 ) 惟正之を私用す 忠宣因て惟正を巡軍に囚え, 金二十兩銀七十斤銀瓶六百布千匹奴婢三 十口田二十結を徴す 朴義は忠宣王位につくや僉議賛成事を加えられ, 密陽君に封ぜられ忠肅王 8 年に卒した人物であった 義富で而して吝なり といわれた人物でもある (5 ) 朴景亮 (? 1320 )( 忠肅王 7 ) し むご 朴景亮は忠宣王の妃 趙妃の姉 ( 姉 ) 妹の壻 であり, 文臣である その伝記は凡そ, 次の様である 7} ( 史料 5 ) 初名は喧 抄奴 ( 召使 ) 祿大の子 忠宣王の妃趙妃の姉妹の婿なり 韓國公主, 趙妃の寵を專ら しん にするを妬みて之を元に譖 ( そしる ) す 元使を遒りて, 趙妃を治し, 景亮も亦執えられて元に如 き, 其家を籍せらる 從いて元に如く 後ち軍簿判書に累遷し, 權に密直副使を授けられる 僉議評理に還り, 王に 李思褞 金深等以爲らく, 王の久しく京師に留るは實に景亮等之が腹心たるによ ると 徽政院に上言し, 爲に獄に繋がる 忠肅王の時興禮君に封ぜらる 忠宣王香を奉じて江南に 行くや, 景亮遽安君李連松と之に從いしが, 時に伯顔禿古思事を用い 使を遒りて王を召し還す ほんざん侍從の臣僚等忠宣の邃に免かれざるを知りて皆奔竄 ( にげてかくれる ) し, 景亮李連松と與に藥を 仰で死す 朴景亮は忠宣王の妃韓国公主 ( 薊国大長公主 ) が趙妃 ( 趙仁規の娘 ) の寵を専らにするを妬みて之を 一 36 一 とら NII-Electronic N 工工一 Eleotronlo Llbrary Library

5 Aichi-Gakuin Alohl Gakuln Unlverslty University 高麗時代の 嬖幸伝 研究 H ( 西川 ) しん そ 元に譖訴 ( うそのうったえをする ) した その時, 景亮も執えられて元に如き, 其家を籍 ( 没 ) せら れている 忠宣王の時, 李連松とともに 薬を仰で 死亡している 忠肅王の時興礼君に封ぜられてい る人物である (6) 全英甫 (? 1348)( 忠穆王 4 ) 全英甫は嬖臣である 彼は 本と帝釈院の奴 であった 金薄 ( 箔 ) を治するを以て生と為していた 忠烈王の時郎将 ( 正六品武官 ) を授けられている その伝記は凡そ, 次の様である gl ( 史料 6 ) 嬖倖の臣なり 本と帚釋院の奴 金薄を治するを以て生と爲す 高麗忠烈王郎將を授けしが, 諌 官告身 ( 任官辞令書 ) に署せず 忠宣王復位の二年, 大護軍に拜するに及び,9P ち之に署す 英甫 せん 嘗て資贍司使と爲り, 多く銀幤を霜む 王白元恒が嘗て諷部 げん ( 法律 詞訟 刑獄に関する事を受け 持った官衙 ) を知り, 選軍を監して能名有るを以て, 命じて諸司の契卷を勾較 ( くらべただす ) せ しむ 元恒英甫を究間して置かず 英甫甚だ之を怨み, 事に因り王に譖して之を靈興島に流す ち忠肅王の時密直副使を授けられ, 知司事兼大司憲に累轉す 評理に改められ, 贊成事に陞り, 又 三司使を拜す 忠肅王元に留めらる S こ う や, 瀋王嵩位を奪わんと欲し, 奸臣等皆之に結び事將に危か t く らんとす 英甫 朴虚中とともに座観して拯わず, 爲に忠肅の怨む所と爲る 忠穆四年死す 全英甫は第 27 代忠肅王の時三司使 ( 正三品 ) を拝されている 彼は第 29 代王忠穆王 4 年に死去してい こうこ う 後 る人物である (7> 康允忠 (? 1359 )( 恭愍王 8 ) 康允忠は 本賤隷, 初め忠肅王に仕え護軍 ( 正四品武官 ) を拝した 人物である 彼の伝記は凡そ, 次のようである 9 ) ( 史料 7 ) てき 本賤隸, 初め忠肅に仕え護軍を拜す 嘗て郎將白儒の妻を強淫す 海島に杖流せらる 曹頗の Ptvo ) 忠恵に侍從して勞有り, 密直副使を授く 忠穆の朝贊成事 時に徳寧公圭盛年居中 ( 中間にあって 偏しない ) し, 允忠, 斐栓と與に出入幸を得る 人有り匿名の榜を貼り, 允忠一宦者を以て一侍女ばいを媒し君母に通じ恣行淫亂此を誅せば國に患無からん云々 後金偸, 李齊賢等上疏して其罪を疏すはんこん 金南寶の妻を強奸し又白儒の妻を姦す累ねて杖斷を經, 身に瘢痕 ( きずあと ) を帶ぶ 現に正妻あり又密直趙石堅服喪の妻を娶る 云々 恭愍王三年復た判三司事となる 八年之を殺 す げつし 康允忠は賤隷の出身であった 判三司事となり恭愍王 8 年 (1359) に忠恵王の華子釈器の事に係って殺害されている人物である 強姦罪, 公主乱淫, 強奸有夫姦を経て二妻をめとった人物でもあった 裴栓 (? 1361) ( 恭愍王 10) 裴栓 ( はいせん ) は興海郡の人で, 其母は宮婢であった 忠恵王の嬖幸となり, 護軍に累転して軍簿判書に歴官した 彼の伝記は凡そ, 次の様である 11) ( 史料 8 ) 興海郡の人 其母は宮婢なり f 全, 高麗忠恵王の嬖幸となり 護軍に累轉し委ねるに機務を以てせられ, 軍簿判書に歴官す 曹頗の亂に侍從して勞有り 功を一等に録せられ, 興海府院君に封ぜらる, 栓嘗て元に在り 王, 夜 f 全の第に幸し, 其妻と其姉 ( 姉 ) 金珸の妻を淫す 僅, 康允忠と與に徳寧公主に幸を得, 中に居りて事を用う 人有り匿名状を作りて栓の罪惡を版画の門に貼る 公主諸宰相を召して謂て日く, 自今栓を近侍せしむる勿れと 然れども栓獪お公圭の宮中に在りて事 もちろう を用うること前の如し, 時に都僉議尹時遇, 王側に在りて懽を弄す 人之を目して尹王と日う 干 謁する者時遇に因らざれば必ず栓に托す 李齊賢懽省 ( 権征東行省事 ) と爲るに及び, 僅を獄に下 一 37 一 NII-Electronic N 工工一 Eleotronlo Llbrary Library

6 愛知学院大学文学部 紀 要 第 33 号 ゆる たい せしが, 恭愍王之を宥す 時人其の元惡を曲貸するを憤る 居ること十年にして卒す て き 裴栓は奸臣である 曹頗 (? 1339 年 ) の乱に侍従して労有り 功を一等に録せられ, 興海府院君に封ぜられた 人物である f 全は嘗て元に在った時忠恵王は夜 栓の第に幸し, 其の妻と其の姉金珸 の妻を淫 した 王の乱淫のうらみもあったであろう 時に都僉議尹時遇, 王側に在りて権を弄す 人かん i つ之を目して尹王と日う 干謁 ( 個人的なことをたのみこむ ) する者時遇に因らざれば必ず倹に托 した 李斉賢が権省 ( 権征東行省事 ) と為るに及び, 栓を獄に下せしが, 恭愍王之を宥した 時人其の元悪 ( 大悪人 ) を曲貸 ( 容赦 ) するを憤る といわれた奸臣であった (9 ) 閔渙 (? 1362 ) ( 恭愍王 ll 年 ) 閔渙 ( びんかん ) は第 28 代忠恵王の倖臣となり, 官は代言 ( 密直司の正三品 に至った政治家である たのにくしゅうれんか禧妃 ( 尹継宗の娘 ) の舅を以て勢を怙みて横恣し, 人の疾む所と為った人物である 聚斂家 ( 重税を徴 収して人民を苦しめる臣 ) でもあっ た 彼の伝記は大略, 次の様である 12 ) ( 史料 9 ) てき 高麗の密直司事頗の子なり 忠惠王の倖臣と爲り, 官代言に至る 又禧妃の舅を以て勢を怙みて 横悠し, 人の疾む所と爲る 王に勸めて初めて職税を有識者の郷里に居る者に課し, 徴求甚だ急に, た さのがもと ず 人其苦にへ堪 ず 或は家を挈えて山に登り, 或は舟に乘りて遠く遁れば, 山澤を焚て之を索め, 祠 鄰族に及ぶに至る 又船税を徴し, 舟無き者と雖も亦其の害を被り, 民生に安ぜず, 擧國騒擾す 13 後東界存撫使 ) 崔昌義の言に因て之を罷めしが, 尋で復た之を徴す 渙又建言し四件の奴婢を徴し 以て新宮に納る 諸豪富皆害を被り, 惟だ渙に賂する者は免かる を得たり 渙又惡少 ( 不良少年 ) しりぞ を諸道に分遣して財物を誅求し, 事露はれて黜けられしが, 幾くも無く召されて復た寵幸を得たり とら元使朶赤等來りて王を執うるや, 近習の群小又囚えらる 渙等檻車を以て元に迭られ, 辰州路 南省 辰況道涜陵県 ) に流さる 後ち生還し, 同知密直司事を拜せしが, 紅賊の亂に元帥と爲り, 撼兵官鄭世雲を殺せし罪を以て李芳實等と與に誅せらる 閔渙は諸道に職税の布を徴した 髪を断っ て布を貿て納めさせたり, 奴婢の誅索を強取したり, 諸豪 富冢の婢の姿色ある者を皆奪って北殿に置き, 紡績せしめ, 平人の家の如し 1 といわれた 彼は聚斂 家であった 紅巾の乱の時 誅せられた人物である 尹碩 (? 1348) ( 忠穆王 4 年 ) 尹碩は忠宣王の時別将 ( 正七品の武官 ) となった人物であり, 文臣である 忠肅王即位に及び護軍 を授かる 王の嬖幸と為り代言に累遷する 後, 海平府院君に封ぜられ, 政丞を拝した人物である 彼 の伝記は凡そ, 次の様である 14 ) ( 史料 IO) ひ 善州海卒の人 父萬庇官副知密直司事に至る 碩は高麗忠宣の時別將と爲る 時に元使至る 碩 さん盞人 ( 酒杯を受ける人 ) を以て王の前に立つ 元使帝旨を傳へ 兩王子をして入侍せしむ 碩之を 聞き默して自ら念う, 吾當に弟に從うべしと, 歸りて其の父に告ぐ 父の曰く兒の計失せり, 王子 に從う所以のものは後日の計を爲す所以なり, 兄在りて弟先づ國を有たんやと 碩の日く, 吾も亦あ其の然るを知る, 然れども, 吾れ少を見れば則ち敬心生じ, 長を見ては則ち否らず, 此れ吾が策を 決する所以なりと 途に之に從う 長は早く亡し 少は皀卩ち忠肅なり 忠肅帥位に及び護軍を搜く 王の嬖幸と爲り代言に累遷す 碩巧言令色, 逢迎を善くし, 賢を妬み能を疾み, 是非を顛倒す 忠 宣其の國を誤らんことを恐れ王に論して之を斥けしめ, 金海に貶す 後ち孫埼と與に曹頗 蔡河中 に付し, 觀望生事國害を爲す 累官して密直司事に至り, 僉議評理に轉じ, 海卒府院君に封ぜられ, 政丞を拜す 忠恵王の初中贊に改められ功臣の號を加へらる 忠肅復位して元に在り 閔祥正等を 遣りて忠恵の嬖幸を巡軍に囚す 碩も亦囚へられしが尋で釋さる 忠惠位に復し, 又政丞を拜す 一 38 一 おと に く てき ( 湖

7 Aichi-Gakuin Alohl Gakuln Unlverslty University 高麗時代の 嬖幸伝 研究 H ( 西川 ) 忠穆王の時元の嬖臣高龍普に托して, 元より鎭國上將軍高麗都元帥を受け, 御史臺に彈劾せられて 元籍に發還し, 海平に流されて卒す 葬るに庶人の禮を以てす 尹碩は忠恵王位に復し, 又政丞を拝した 忠穆王の時御史台に弾劾され海平に流されて卒してい る人物である 葬るに庶人の礼を以てした 人物である ad 孫埼 ( 生没年未詳 ) 孫埼は第 27 代忠肅王代の倖臣である 本と商人であっ たが, 忠肅王の倖臣と為り, 侍従の労を以て田 ぞうかく 及び蔵獲 ( 奴婢 ) を賜わり, 知密直司事に陞り功臣の号を賜わっ た人物である 彼の伝記は大略, 次の 様である ls) ( 史料 11) 本と商人なり 高麗忠肅王の倖臣と爲り, 侍從の勞を以て田及藏獲を賜わる 撼部典書より知密 直司事に陞り功臣の號を賜わる 王讒せられて元に留まる ざん ぬす 奸臣等瀋王に附して王位を竊まんと謀 る 埼能く身を忘れて弁理し, 王復位して國に還るに及び, 僉議評理に拜し, 贊成事に進む 恭愍, 王弟を以て入朝するや, 埼之に從い, 皀卩位に及び卒海府院君に封ぜられ, 尋で政丞を以て致仕す 孫埼は恭愍が, 王弟を以て入朝するや, 碕之に従い, 即位するに及び 平海府院君 に封ぜられ, つ いで政丞を以て致仕した人物である 鄭方吉 林仲流姜融 {d> 鄭方吉 (1254? ) ( 高宗 41 年 ) かさ鄭方吉は官人 嬖臣である 登第し官を累ねて判典校事と為り, 成均大司成に転じ, 密直司 ( 王命の 出納と宮中の宿衛 軍機等に関する事を受け持つ官衙 ) に入った人物である その伝記は大略次の様 である 161 ( 史料 12) 高麗の嬖臣なり 登第し官を累ねて判典校事と爲り, 成均大司成に轉じ, 密直司に入る 忠肅王 びん 元に留めらる や方吉, 韓宗愈等と百官を旻天寺に會し, 書を爲りて王を還さんことを請い ふ そ つく, 又本 國を誣訴 ( 悪くいってうったえる ) する者を執途せんことを請う 後ち僉議政丞を舞す 時に盜金 馬郡馬韓の砠武康王の陵を發き, 捕われて典法司に繋かる 盗逸す 方吉典法官を劾せんと欲す はば 贊成事林仲流之を沮んで曰く, 賊獄に繋かるこ と二 年, 現贓無く, 死者多しと 方吉曰く, 吾固と ばじよく 發塚人の金多きを知ると 且仲流を罵辱す 時人方吉の言を以て是と爲す 時に方吉年七十六 忠 肅杖を賜いて出て事を硯せしめ, 金臺鉉に代りて行省の事を權知 ( 職務を臨時に受け持つ ) せしむ 時に, 盗賊馬韓の始祖武康王の墓を発き, 典法司に繋がる 方吉典法官を劾せんと欲したが, 賛成事 もと 林仲流, 之を沮んで言うには現贓 ( 盗品をかくす ) 無く死する者多しと 方吉が言うの に 吾 は固より 塚を発く人の金多きを知る と 時人は方吉の言を以て是としたという ( ロ ) 林仲沈 ( 生没年未詳 ) 林仲沈は忠肅王代に右常侍 ( 正三品 ) を以て詮注に参り, 官は賛成事 ( 正二品 ) に至った人物である その伝記は大略次の様である あずか もとも ( 史料 12> 高麗忠肅王の時右常侍を以て詮注に參り 官贊成事に至る 王の後元の年 ( 復位年 1332 年 ) 命ぜ られて, 將伯鮮と東征省事を攝行す 王嘗て仲沈に謂て曰く, 卿は我が政を亂る, 人目して林權と つかさど 云うと 鄭權なる者曾て銓選を典り, 多く賄賂を受く 故に王之を比せしなり 鄭権なる者が曽て銓選を典 ( つかさど り, 多く賄賂を受けた 故に王は之を比せしものであった 姜融 (? 1349) ( 忠定王元年 ) 姜融は忠宣 忠肅王代の嬖臣である 其の祖は晋州の官奴である その伝記は大略, 次の様である 一 39 一 NII-Electronic N 工工一 Eleotronlo Llbrary Library

8 Aichi-Gakuin Alohl Gakuln Unlverslty University 愛知学院大学文学部紀要第 33 号 ( 史料 12) 本の姓名は康莊と稱す 高麗忠宣忠肅王朝の嬖臣なり 其租は晉州の官奴たり 忠宣王の時内府令と爲り, 忠肅王の朝功臣の號を賜わり, 官贊成事に陞り, 晉寧府院君に封ぜらる 忠定王二年卒 す 忠宣王の時内府令 ( 正三品 ) と為り, 忠肅王の時. 功臣の号を賜わり, 官は賛成事に陞り, 晋寧府 院君に封ぜられてい る 第 30 代忠定王 2 年 (1350 年 ) に卒してい る 17 ) a3) 申青朴青 ( イ ) 申青 ( 生没年未詳 ) こう 申青は多仁県伐里駅の吏であっ た 嘗て元に入り瀋王嵩の従者と為っ て幸を得た人物である 忠肅王 元に如くに及び, 瀋邸に館し, 前散員より護軍を授かり上護軍 あった その伝記は凡そ, 次の様である IS ) ( 正三品の武官職 ) に累遷した人物で ( 史料 13) 一名は松 多仁縣伐里驛の吏 嘗て元に入り瀋王嵩の從者と爲りて幸を得, 忠肅王元に如くに及う び, 瀋邸に館し, 青見ゆるを得たり 前散員より護軍を授かり上護軍に累遷す 忠肅政に倦む ( あ きる ) に及び青居中用事, 勢一國を傾け, 忌憚する所無し 朴青, ひとし李青と名を齊うし, 時に三青と しょこう 號せらる 忠肅毎に忠恵の過失を言う 從臣曹盆清等忠惠所狎 ( 手なれた ) の惡少輩を除かんと謀 り, 青等をして之を圖らしむ 青時に巡軍千戸たり 旨を奉ぜりと稱して其の惡少の尤なる者宋八 郎等を捕らえて巡軍に囚し, 拷掠甚だ嚴なり 忠恵之を放たしめんと欲し, 屡青を召せども至らず 忠恵怨んで置かず 跣請して其罪を正さしむ こう 忠肅薨じ忠恵位に復するに及び, 權省洪光彬をして青を理間所に囚し, 行省に 後ち巡軍に移し囚え, 宋八郎等を遣り, 糞を以て青の口に塗り, 其の家 を籍沒す 恭愍王立つに及び, 青又起ちて 4 壤道巡間使と爲り 官工部尚書樞密院副使に累遷す 申青は忠肅王が政に倦むに及び青, 威を仮りて事を用い略ぼ忌憚する所無し 悪小の尤者宋八郎等を こうりょう 捕らえて巡軍に囚し, 拷掠 ( 拷問 ) 甚だ厳であっ た 忠恵王位に復するに及び, 青を理問所に囚し, 其 の罪を正さしむ 青は 其の家を籍没 されている 恭愍王立つに及び, 青は又起ちて平壌道巡問使と 為り, 官は工部尚書から枢密院副使まで累遷した人物であった ロ 朴青 ( 生没年未詳 ) 朴青は素と微賤より出で, 鷹を養うを以て忠肅王に幸を得た人物である その伝記は凡そ, 次の様で ある ( 史料 13> 一名松 素と微賤より出で, 鷹を養うを以て忠肅王に幸を得官密直司使に至る 王の威を假り て事を用い, 忌憚する所無し 申青 李青と名を齊うし, 時に三青と號せらる 其妻族父李臣桂と みみき 通ず 青兩人を則り監察司に告げて之を鞫せしむ きく 朴青は官は, 密直司使に至っ た人物である 忠肅王の威を仮りて事を用い, 忌憚する所無し とい われた みみさ妻の族父李臣桂と通じ, 申青 李青の両人を則 ( 耳切りの刑 ) り監察司に告げて之を鞫問せし めた人物であった (14 王三錫梁載曹羣卿崔老星尹賢安珪 ( イ 王三錫 ( 生没年未詳 ) 王三錫は忠肅王代の嬖幸の臣である 彼は本とは南蛮人である 彼は才術無く, 忠肅王元に在りし時 こちょうけんふ医術を以て王に媚び, 近幸を得て寵眷 ( かわいがる ) 比無, 称して師傅と為った人物である 彼の伝記 は大略, 次の様である 19 } ( 史料 14) 一 40 一 NII-Electronic N 工工一 Eleotronlo Llbrary Library

9 Aichi-Gakuin Alohl Gakuln Unlverslty University 高麗時代の 嬖幸伝 研究且 ( 西川 ) そさけいそう高麗忠肅王嬖幸の臣なり 本と南蠻の人 性狙詐 ( いつわりあざむく ) 輕躁 ( かるはずみ ), 才 術無し 嘗て商舶に隨いて燕に至り人に糊口す 忠肅元に在りし時, 三錫幸臣に因りて見えんこと を求む 王之を悗び, 途に王に從いて東還し, 醫術を以て王に媚び, 近幸を得寵眷比無し, 稱して ふひさていじょく 師傅と爲す 賢を妬み能を嫉み, 官を賣り獄を鬻ぎ, 臺官を庭辱 ( 公衆の前で辱める ) するに至そる 王悟らず 嘗て儒學提擧と爲る, 文宣王の像を塑せんと欲す 成均館大成殿を閉じて納れず 三錫王に譖して博士 學録等を理間所に囚へ, 並に其の職を罷む 其の専悠 ( 気まま ) 此くの如し 王三錫は 官を売り獄を鬻ぎ, 台官を庭辱するに至 1 った, 人物である 三錫は文宣王 ( 孔子 ) の像 を塑せんと欲し, 成均館は大成殿を閉じて納れず, 三錫は之を譖して博士 学録等を囚え並びに其職を 罷めさした 専恣はこの様であった ( ロ } 梁載 ( 生没年未詳 ) いんえん梁載は燕南の人である 忠肅王の嬖臣王三錫に附し, 責縁 ( つ てを求める 用事し, 朝野の疾む所とてんじ なる 三錫死亡すると燕に還っ たが, 忠肅王元に如くに及び, 王の左右に諂事 ( へつ らいつ かえる ) し て寵を得, 佑文君に封ぜられた人物である 彼の伝記は大略, 次の様である ( 史料 14) 初名將 燕南の人なり 高麗忠肅王の嬖臣王三錫に附し, 黄縁用事し, 朝野の疾む所となる 三 錫死するに及び燕に還りしが, 忠肅元に如くに及び, 王の左右に諂事して寵を得, 佑文君に封ぜらみれる 郎將曹華卿と與に銓注を掌り, 宦寺に結納して竊に政柄を弄し, 請謁門に盈ち, 賄賂公行し, 士大夫も多く其の門に出づ 梁載は郎将曹華卿とともに銓注を掌り, 宦寺に結納してひそかに政柄を弄し, 請謁 たのみこむ ) 門に盈ち, 賄賂公行し, 士大夫も多く其の門に出づ といわれた人物であった せん し せい えづ にく ( 権力のある人に の曹華卿 ( 生没年未詳 ) しん曹華卿は忠肅王代の嬖臣である 嘗て僧と為り, 風水地理を相し術を売りて生を為した人物である 彼の伝記は大略, 次の様である ( 史料 14) 高麗忠肅王時の嬖臣なり 嘗て僣と爲り, 風水を相し術を賣りて生を爲す 倖臣梁載に因りて進 み, 同じく銓注を掌り, 宦寺に結びて竊に政柄を弄し, 請謁門に盈ち, 多く賄賂を納る 代言に進 み提學を帶ぶ 士林之を耻とす は じ 倖臣梁載に因りて進み, 宦寺に結びて政柄を弄し, 請謁門に盈ち, 多く賄賂を納る ( 正三品 ) となるが士林は之を耻とした 崔老星 ( 生没年未詳 ) タンフク シ 代言に進み提学 崔老星は忠肅王代の官人 嬖臣である 本名は党黒厮, 色目人の富商である その伝記は凡そ, 次の 様である ( 史料 14) 高麗忠肅王の嬖臣なり 本名黨黒廝本と富商なり 嬖倖梁載に因りて進み, 懐義君に封ぜらる 崔老星は嬖臣梁載に因りて進み, 懐義君に封ぜられた人物である 尹賢 ( 生没年未詳 ) えんウ 尹賢は忠肅王代の嬖臣である 尚州の人で初め典法司の掾吏 ( 官衙の下役 ) となっ て申時用の家臣と なり典法司の佐郎 ( 正六品 ) となった人物である その伝記は凡そ, 次の様である ( 史料 14) 高麗忠肅王時の嬖臣なり 筒州の人初め典法掾を以て申時用の家臣となり典法佐郎を拜するを得 たり 又宦官と謀りて持 4 李孫寳の名を抹殺し, 己の名を改注す 時に左右近習表裡事を用い, 任 一 41 一 NII-Electronic N 工工一 Eleotronlo Llbrary Library

10 Aichi-Gakuin Alohl Gakuln Unlverslty University 愛知学院大学文学部紀要第 33 号 さと意に拜除し T 錢を以て官を得る者幾んど百餘人に至る 王之を覺らず 時に左右近習表裡事を用い, 任意に拝除し, 銭を以て官を得る者幾んど百余人に至る 王これを覚 らずと言われた ( A > 安珪 ( 生没年未詳 ) 安珪は忠肅王代の嬖臣である 王潜邸時の侍学 ( 侍講 ) であった 家世本と平微で他技無しといわれ た人物である その伝記は凡そ, 次の様である ( 史料 14) 高麗忠肅王潛邸時の侍學なり 家世本と罕微, 他技無し 性柔訥, 逢迎を善くす 王之を忠宣王 に薦め典校校勘 ( 正九品 ) に權補す 忠肅王元より國に還り百官班迎す 忠肅珪を目して笑い數々 引見す 忠宣王謹愼なる者を擇ばしめて王府の知印 ( 官印を保管する吏卒 ) と爲さしむ 忠肅乃ちそし 珪を以て選部散郎と爲し, 委するに銓注を以てす 時議之を誹る 後ち代言を拜し, 仍て選を掌り 政堂文學 ( 正二品 ) に累遷して卒す 安珪は性柔訥, 逢迎を善くするといわれた人物である 忠宣王は謹慎なる者を択びて王府の知印とし た 忠肅王は珪を選部散郎となし, 銓注 ( 人物を審査しふさわしい官職ポストを決める を以てした 時議之を誹る その後代言を拝し, 仍て選を掌り政堂文学に累遷して卒した人物である 05) 崔安道李宜風金之鏡李仁吉 ( イ ) 崔安道 (? 1340) ( 忠恵王復位 1 年 ) 崔安道は忠肅王代の嬖臣である 母は宮婢である 内僚 ( 掖庭局に属する官吏 ) を以て忠宣王に燕邸 で事え, 遂に蒙漢語に通ず その後, 忠肅王の僚属となり, その功を録せられて田及び蔵獲 ( 奴婢 ) を 賜わった人物である 李宜風とともに忠肅王の嬖臣となった人である その伝記は大略, 次の様である 20 ) ( 史料 15) 小字那海 其の先は海州の人 徙りて龍川に居る 安道の母は宮婢なり 内僚を以て忠宣王に燕 邸に事え, 途に蒙漢語に逋ず 後ち忠肅王の僚屬と爲り, 其の功を録せられて田及藏獲を賜わる しん 李宜風と與に忠肅の嬖臣と爲る 忠肅譖 ( ざんげん ) せられて元に留るや, 安道侍從勞有るを以て はい 田民を加賜せらる 王元に留ること五年, 憂悖 ( うれいみだれる 性を傷り, 國に還るに及び常にこつこつ深殿に居り, 忽忽 ( 失意のさま ) として樂まず 政事に親まず 安道, 金之鏡 申時用 f 曾砠倫等 ほしいままいくごくと權柄を擅にし, 賣官鬻獄 ( 金を取って裁判を手かげんする ) 至らざる所無く, 台諌の章疏も中 沮して啓せず 元, 高麗に省を立てんと欲す 安道金怡等と力弁して之を止む 功を以て又田民を 賜わり, 上護軍に累轉す 金之鏡 李仁吉等と内乘の馬三百匹を江華に牧し, 侵暴する所多く, 民 すうじゆう 苦に堪えず, 流散して殆んど盡く 王卒州に獵す 安道行在に至り, 驪從 ( おとも ) 甚だ多し 王 望み見て元使來ると爲し驚駭す 至るに及んで怒りて島に流す 安道留るこ いため と旬餘乃ち行く 配所 に入らず楊廣道に遊遍し, 過ぐる所の州郡待遇薄ければ皀卩ち鞭撻す 忠惠王の初, 召されて監察に 改められ功臣の號を賜わる 既にして元に入りて宿衞し, 元の中尚監丞を授かり, 太府太監に轉ず 尋で詔を奉じて國に還り, 忠惠後元年 ( 復位年 1339 年 ) 卒す 安道, 金之鏡 申時用 僧祖倫等と権柄をほしい いくごく ままにし, 売官鬻獄至らざる所無く, 台諌の章疏も 中沮して啓せないありさまであった 又, 元が高麗に省を立てんとしたのを止めさせ, その功を以て田 民を賜わり, 上護軍に累転した人物である 忠恵王の初, 功臣の号を賜わった 忠恵王復位元年に卒し た人物である ( ロ ) 李宜風 ( 生没年未詳 ) きんたつ李宜風は本と元人 射御を善くする 忠肅王の嬖臣なり, 朝夕禁闥 ( 宮中 ) に出入し, 十五歳にして 散員 ( 正八品の武官職 ) に補せられた人物である その伝記は凡そ, 次の様である 一 42 一 NII-Electronic N 工工一 Eleotronlo Llbrary Library

11 ( 史料 15) 高麗時代の 嬖幸伝 研究 1 五 ( 西川 ) 本と元人 射御を善くす 高麗忠肅王の嬖臣と爲り, 朝夕禁闥に出入し, 十五歳にして散員に補 たお せらる 嘗て王に從て獵し, 一箭走鹿を駕前に殪し, 別將 ( 正七品の武官職 ) 行首を授けられ, 驟にびえつ捻部典書を拜し, 密直副使に累陞す 性奇巧, 惟だ媚俔にびる ) に務め, 權を招き賄を納れ, 常あずか に崔安道と共に王側に在りて朝政に與り, 盗に威福 ( 刑罰と恩賞 ) を行えり かって, 王に従って猟し, 鹿を得る その功により, 別将行首を授けられ, ついに密直副使に累陞し た人物である 権を招き賄を納れ, 常に崔安道と共に王側に在り朝政に与り, 恣に威福を行った人物で ほしい まま にわか ある 金之鏡 (? 1322 ) ( 忠肅王復位 1 年 ) 金之鏡は忠肅王代の嬖臣である 密直副使に累遷した人物である その伝記は凡そ, 次の様である ( 史料 15) 高麗忠肅王の嬖臣なり 密直副使に累遷す 王白州に幸す 元の使者完者來る 之鏡王に白して 曰く, 完者の族黨の本國に在る者に, 完者之に官を與えんこと望むと 王因りて之鏡及高用賢 奉つかさど天祐に命じて銓注を掌らしむ 申時用政房に至り之鏡を罵りて曰く, 今日の除授は使臣の爲なり 爾が輩官を鬻ぐ, 何ぞ吾子孫を官せざるやと 時に職を失ふ者皆庭に在り 時用顧みて曰く, 汝等 かく ちゅう ぎ 錢無し, 又誰をか怨まんやと 求官者雲集す 之鏡等夜村舍に匿れて注擬 ( 任命すべき官職をあてようへ L はめる ) す 上護軍申丁官を求めて未だ得ず 之鏡 天祐を罵りて曰く, 爾何ぞ聰明を壅蔽 ( ふさ ぎおおう ) し, 除授を專擅するやと うる能はず 批 又大に呼んで曰く, 錢無き者は官を求むる勿れと 之鏡等對 ( 決裁 ) 成り, 李仁吉擅に之を其第に改む 批目下るに及び, 用事者爭いて相塗竄 ( 塗改 ) し, 朱墨弁ずべからざるに至る 時に童謠有りて云う, 用綜布作都目, 政諫眞黒冊, 我欲 油之, 今年痲子少, 噫不得と 初め之鏡王を誘いて位を辭せしめ, 忠惠を立て 以て己の功と爲さ んと欲す 忠惠用いず 之鏡快々たり 忠肅復位するに及び, 之鏡の背恩を怒り, 之を巡軍に囚す とざん 邃に憂憤して獄中に痩死す そうしその後, 忠肅王復位するに及び, 之鏡の背恩を怒り, 之を巡軍に囚す 遂に憂憤して獄中に痩死 ( や せ細っ て死ぬ ) した人物である 当時の民衆が官職を金銭であさる様子がうかがえる興味ある史料であ る (A 李仁吉 ( 生没年未詳 ) 李仁吉は忠肅王代の嬖臣である 本とは商人であった その伝記は凡そ, 次の様である ( 史料 15> 高麗忠肅王の倖臣なり 一名成柱本商人なり 爲る 又姦諂を以て忠恵に幸せらる 高麗忠肅王の嬖臣と爲り, 官を累ねて密直副使と かんてん 李仁吉は忠肅王の嬖臣となり, 官を累ねて密直副使となる 又, 姦諂 ( へ っ らう ) を以て忠恵王に幸 せられた人物である 盧英瑞朴良衍宋明理 (d) 盧英瑞 ( 生没年未詳 ) 盧英瑞は忠恵王代の嬖臣である かつて王に従いて元に如き, 回回の家に舎し, その妻を窃み杖され て遣還せられた 王は憐みてますます幸有り, 内乗別監 ( 君主の乗る馬に関する事を受け持つ官職 ) を 授けられた人物である その伝記は凡そ, 次の様である 21 ) ( 史料 16) 高麗忠惠王の嬖臣なり 嘗て王に從いて元に如き, 囘囘の家に舍し, 其の妻を竊み, 杖されて遣 還せらる 宦者の父に英瑞と同名なるものあり, 瑞州に除せらる 英瑞謂らく自ら之を得と 皀卩ち 一 43 一

12 Aichi-Gakuin Alohl Gakuln Unlverslty University 愛知学院大学文学部紀要第 33 号 てき 任に赴く 事覺はれて杖せらる 王憐みて盆幸有り, 丙乘別監を授かる 曹頗の亂, 元王を徴して つな刑部に囚し, 又英瑞等を獄に繋ぐ 王位に復し國に還るに及び, 侍從の功を一等に録し直城君に封 うば ず 王嘗て人の官を褫いて宮人の親戚に授けんと欲す 英瑞王に白して曰く, 臣も亦是の官を以て 人に授けんと欲すと 王其の誰なるやを間う 對て曰く, 嘗て臣に屋材を遺るもの有りと 王笑て 之を許す 忠穆王の初, 豐儲倉 ( 宮廷に米穀を進上する事をつかさどる官衙 ) 副使李仁壽 丞李汝 きくいんあはば 就倉貨を竊み, 監察司囚えて之を鞫す 仁壽は英瑞の姻姫 ( あいむご ) なり 王命を以て之を阻み, たく尋で仁壽を軍簿正郎と爲し, 監察執義趙淵を謫して ( とがめて ) 水源府使と爲す 後ち徳寧公圭英 瑞を光陽に流せし斛李齊賢省事を權知 ( 兼務 ) するに及び移して加徳島に流せり 曹頗の乱で, 侍従の功で一等に録し厂直城君 に封ぜられている その後, 徳寧公主英瑞を光陽に流 したが, 李斉賢が省事を権知するに及び移して加徳島に流された人物である ( ロ 朴良衍 ( 生没年未詳 ) か朴良衍は忠恵王代の武人 嬖臣である かつて親従将軍を以て内乗を管掌し, 潜に良馬八匹を易え, 事覚われて流刑に処せられたが, 後ち大護軍に累遷した人物である その伝記は大略次の様である ( 史料 16 ) 高麗忠恵王の嬖臣なり 嘗て親從將軍を以て内乘を管し, 潛に良馬八匹を易え, 事覺われて布八 百疋を徴せられ, 流に處せられしが, 後ち大護軍に累遷す 王新宮を三蜆に起し, 艮衍等に命じて こび 役を督せ しめ, 督役甚だ急なり 良衍媚を王に求めんと欲し, 大に營度を加え近京諸郡の丁夫を發 らくえき し, 材を伐りて江に浮べて下し, 人馬絡繹 ( 連なり続くさま ), 州郡騷然たり 又人家寺院の材瓦 せい 礎砌 ( のきの下の石だたみ ) に至るまで撤取せざるなし 王執われて元に如くに及び, 良衍等亦捕 えられ, 檻載して元に逞られ杭州路に流さる 忠恵王は新宮を三蜆に起こし, 良衍等に命じて役を督せしめた 督役は甚だ急であった 近京諸郡の 丁夫を発し, 人家寺院の材瓦礎砌に至るまで撤取させ, 良衍は媚を王に求めんと欲した て元に如き, 良衍も亦捕えられ檻載して元に送られ杭州路 あった 的宋明理 ( 生没年未詳 ) 宋明理は忠恵王代の嬖臣である その伝記は凡そ, 次の様である ( 史料 16) とら けん 忠恵王執はれ ( 浙江省 錢塘道杭県 ) に流された人物で 忠惠王の嬖臣なり 歴官上護軍に至る 毎に王の從行に從う 王嘗て儺戲 ( 儺禮 ) を作り明理に 命じて之を掌せしむ 百工を役し市中の物を奪て其費に供す 市舖皆閉づ 又王に勤めて樓を崇教 寺蓮池の旁に起す 遊宴の所と爲す だ ぎ 宋明理は普請建築を以てする 厂土木 の事例である 百工を役し市中の物を奪って其費に供 した 人物で土木を以て嬖幸された人物である a 笥金興慶 (? 1374) ( 辛隅王即位年 ) りょうよう 金興慶は恭愍王の寵臣である 頗る龍陽 ( 男色 ) の寵が有っ た 常に内寝に侍し, 数月の聞に, 三司 左尹, 左右衛上護軍, っいで代言を拝し超遷した人物で, 寵愛日に深し といわれる その伝記の大 略は凡そ, 次の様である 22) ( 史料 17) れいべんねいえ高麗の名將金就礪の曾孫なり 性聰慧便侫 ( 口先がうまくて, 心に誠がない ) 恭愍王の朝, 選ま れて逹赤 ( 長官 ) に補せらる 王見て之を悗び, 以て内速古赤 ( 君主の側にいて世話をする職務 ) と爲し, 頗る龍陽の寵有り 常に内寢に侍し, 未だ嘗て一たびも休沐するを許されず 數月の間, 超遷して三司左尹に至り, 左右衞上護軍に轉じ, 尋で又代言を拜し, 寵愛日に深し 王年少貌美の 一 44 一 NII-Electronic N 工工一 Eleotronlo Llbrary Library

13 Aichi-Gakuin Alohl Gakuln Unlverslty University 高麗時代の 嬖幸伝 研究 II ( 西川 ) 者を選み, 子弟衞を置き, 洪倫 韓安 權珸 洪寛 盧這等を以て之に屬し, 興慶をして之を總べ ひひんこいねがしむ 王又興慶 倫等をして諸妃嬪 ( 宮女 ) に逋ぜしめ, 以て子を得んことを冀う 慶興寵倖既に 極まり, 勢中外を傾く 嘗て事を以て典法惣郎楊允發を嚥み, 旨を矯めて ( 悪いものを正しくする ) 之を召す 允發辭するに病を以てす 興慶 EP ち巡衞府に命じ執へて宮中に至らしむ 時方に嚴冬, 其身を裸にし, 繆夜之を侵辱す 從者等亦驕傲を悠にし, 途に糾正 ( 従六品 ) 姜隱 金南生 柳法しつ等に遇いて馬を下らず 隱等叱して之を下らしむ 從者之を興慶に訴う 興慶乃ち隱等を囚し, 憲 府をして之を罪せしむ 興慶王に請いて其母積善翕圭柳氏を以て交州江陵楊廣三道斫恩使と爲す 尋で辰韓國大夫人に封ぜらる 興慶倡妓小斤莊を愛し, 人の之を竊まんことを恐れ, 日に其の黨崔 仁哲をして之を伺はしむ 仁哲宰相李成林が其の家に宿せるを見て之を興慶に告ぐ 翌日興慶成林 に戲れて曰く, 宰相倡家に宿する可なるかと 成林色を變じて之れ無きを言う 是によりて隙有 り 興慶王に白し, 成林を出して楊廣道都巡間使と爲す 適ま倭寇有り, 成林禦ぎて敗績 ( 大敗 ) うら たまた た はいせき す あらそい す 都巡察使崔瑩, 興慶の意を向えんとし, 之を殺さんと欲す 成林の異父弟廉興邦亦王に寵有り 力救して死を免かれ, 烽卒に杖配せらる 興慶直に當り, 判典校林樸をして代り直せしめ, 又安師 碕等と宴樂を禁中に張る 其の忌憚する所無き皆此れに類す 出入毎に驕從の盛なる辛飩と異なる ころ無し 崔萬生 洪倫等, 王を弑し, 辛隅嗣で立つ に及び, 右司議安宗源 門下舍人金濤 補闕林孝 先 正言盧嵩 閔由誼等上言して興慶の罪惡を列擧し, 萬生等の大逆を醸成せるもの は興慶なりと 論じ, 憲司をして明に其の罪を正し, 以て後來を誡めんことを請うこと再三 偶逾に興慶を彦陽に 流し, 除名籍沒す 初め呉獻洪倫等の謀逆を聞き, 之を興慶に告ぐ 興慶, 倫等が方に寵有りて, つぶさ 王之を信ぜず, 反て害を受けんこ とを恐れ, 獪予決せず 既にして亂作るに及び, 獻具に崔瑩に告 ぐ, 瑩皀卩ち獻を興慶の配所に遣りて對弁せしむ かえ はんぜい 興慶獻にて謂て曰く, 汝筒, 乳臭, 吾汝を先王に 薦む 然るに汝之を思はず, 卻って我を反噬 ( 罪人が, うったえた者をかえって罪に引きこむ ) せ んとするやと 獻の曰く, 吾れ倫等の逆謀を以て公に告げしは, 之れ公の徳に報ゆる所以なりと 興慶對うる能はず 途に誅せらる 金興慶は辛禍が立つ に及びその罪悪を列挙して憲司をして明に其の罪を正した 禍は遂に興慶を彦陽 に流し, 除名籍没した その後, 誅せられた人物である 潘福海 ( 生没年未詳 ) 第 32 代辛隅王の寵臣である 潘福海は密直承旨に累遷し, 密直副使 ( 従二品 ) に陞った人物である 彼の伝記は凡そ, 次の様である 23 > ( 史料 18 ) 巨濟の人 盆淳の子 高麗王辛隅の嬖幸たり 密直承旨に累遷し, 密直副使に陞る 時に隅西海 かりおうやしいのこ道に畋 ( 狩 ) す 福海之に從いて瓮津に至る 嵎野豕を射り, 豕突て隅の馬に觸れ, 禍驚き墜ちて おどすすたお 將に危からんとす 輻海馬を躍らして直ちに前み一箭野を殪し, 嵎免かる S 得たり 是より寵遇日 たか に隆く, 姓を王と賜ひて義子と爲し, 門下贊成事に擢んで, 功臣の號を賜い, 其父門下許理盆淳を ほ う 起して右侍中と爲し, 以て其の忠義を褒す 幅海は林堅味の女を聚り, 後又典儀注簿柳芬の女娶る 堅味も之を禁ずる能はず はん ぬき 趙胖の事起り, 椙, 堅味 廉興邦を獄に下せしが幅海は義子たるの故を 以て敢えて疑わず 兵を領して崔瑩等と共に宿衞せ しむ 稿海陰に異志を懐き, 夜, 突騎數十を以 いつわ こしょう て詐りて徼巡と稱し馳せて瑩の軍に入り之を圖らんと欲す 瑩方に胡床 ( 背のあるこし掛け ) に きょ踞して偏裨 しよう ( 一方の将 ) を指揮し, 目睫を交へ ず ( 寝ず ) 幅海邃に害するを得ずして還る 翌日 隅, 福海の意を試みんと欲し問い て曰く, 何を以て堅味を處せんと 福海對へ ず 復問い て曰く, ゆる いつ わだく 唯汝が言是れ從はんと 對へて 曰く, 若し臣の舅を宥さば 臣當に死を以て報ぜんと 隅陽り諾し, 既にして福海を獄に下して之を誅し, 其家を籍沒す 一 45 一 NII-Electronic N 工工一 Eleotronlo Llbrary Library

14 愛知学院大学文学部紀要第 33 号 表 1 嬖幸伝 P 人物官職一覧 人物活動王代嬖幸分類と特色官職晩年 (1> ( イ ) 尹吉甫忠宣王嬖臣撃毬検校上護軍生没年未詳 (2) ( イ ) 李貞忠烈王嬖臣鷹犬副知密直司事生没年未詳 金文庇忠烈王武臣上将軍生没年未詳 李垪忠烈王鷹犬監察侍丞将軍生没年未詳暴死 (3) 元卿忠烈王嬖臣同知密直司事 4) 朴義忠烈 忠宣 忠肅王嬖臣鷹犬将軍 {5> 朴景亮忠宣王文臣興礼君賜薬死 (6) 全英甫忠烈王嬖臣三司使 {7> 康允忠忠肅 忠穆 恭愍王嬖臣判三司事殺害 (8> 裴 f 全忠恵王嬖臣奸臣軍簿判書 (9) 閔渙忠恵王倖臣聚斂代言 尹碩忠宣 忠肅 忠恵王嬖臣 文臣政丞 代言流罪海平府院君 OD 孫埼忠肅王倖臣商人知密直司事 政丞生没年未詳 αa ω 鄭方吉高宗王官人 嬖臣密直司 林仲流忠肅王嬖臣賛成事生没年未詳 姜融忠宣 忠肅王嬖臣賛成事晋寧府院君 イ ) 申青忠肅 恭愍王嬖臣枢密院副使生没年未詳 回朴青忠肅王嬖臣鷹犬密直司使刑刑生没年未詳 α の ( イ ) 王三錫忠肅王嬖臣医術南蛮人師傅生没年未詳 ロ ) 梁載忠肅王嬖臣佑文君生没年未詳 い ) 曹羣卿忠肅王嬖臣風水地理提学生没年未詳 口崔老星忠肅王官人 嬖臣色目人商人懐義君生没年未詳 困尹賢忠肅王嬖臣典法司佐郎生没年未詳 凶安珪忠肅王嬖臣代言政堂文学生没年未詳 ( イ ) 崔安道忠宣 忠肅 忠恵王嬖臣上護軍監察大夫 回李宜風忠肅王嬖臣密直副使生没年未詳 い ) 金之鏡忠肅王嬖臣密直副使獄死 口李仁吉忠肅 忠恵王嬖臣商人密直副使生没年未詳 イ ) 盧英瑞忠恵王嬖臣直城君 内丞別監流島生没年未詳 { ロ ) 朴良衍忠恵王武人 嬖臣大護軍送元流罪生没年未詳 宋明理忠恵王嬖臣土木護軍生没年未詳 金興慶恭愍王寵臣龍陽代言流罪 潘福海辛隅王寵臣密直副使獄死 申元弼恭譲王嬖臣内府令遠地の流罪生没年未詳 めと 潘福海は林堅味の女を聚り, 後又典儀注簿柳芬の女を娶る 堅味も之を禁ずることができなかった 一夫二妻である 後, 趙胖の事起り, 福海を獄に下して之を誅し, 其の家を籍没した 働申元弼 ( 生没年未詳 ) 申元弼は門地は本と単微 ( 微賤 ) 出身であった 第 34 代恭譲王潜邸に在りし時, 常に衣食を賜い, 之 と与に学んだ 登第して部令を累遷した人物である 彼の伝記は凡そ, 次の様である 24) ( 史料 19) 門地本と單微 高麗恭譲王潛邸に在りし時, 常に衣食を賜い, 之と與に學ぶ 登第して部令を累 一 46 一

15 Aichi-Gakuin Alohl Gakuln Unlverslty University 高麗時代の 嬖幸伝 研究 II ( 西川 ) 遷し, 罷め歸りて久しく郷曲に居る 王皀卩位の七日, 特に使を遣りて之を召し, 弘幅都監判官經筵檢討官を授く 一日王, 元弼に謂て曰く, 余久しく深宮に居り, 脚膝酸疼 ( うずく ) すと 對て曰 く, 毎夜宮中において宜しく佛天を拜し, 以て氣を養うぺしと 王之に從い, 仁王佛を別殿に置き 朝暮禮拜し, 災異に遇へば皀卩ち斫禳す 元弼常に王側に在りて諛言 ( おせじ ) を進め, 且っ異端の 説を以て王心を惑わし, 房闥 ( 宮中の部屋 に出入し, 宙寺と流を同うし, 恣に邪媚を爲す 士林いやし 之を鄙む 驟に禮曹撼郎に遷り内府令に轉ず 皆經筵官を蒹ぬ 經筵官は更日侍講す, 唯だ弼は日 てんねい おもむ に左右に侍し, 諂侫 ( こびへ つ らう ) を以て幸を得, 士大夫趨き附する者多し 後ち禹玄寶の黨を ゆ げん 以て遠地に流さる 恭譲王即位し召して弘福都監判官経筵検討官を授ける その後, 礼曹撼郎に遷り, 内府令に転ずる 皆経筵官を兼ねる 元弼は日に左右に侍し, 諂侫を以て幸を得 士大夫趨き附する者が多かっ た 後ち, 禹玄宝の党を以て遠地に流された人物であっ た 以上, 列伝第三十七嬖幸口に見える立伝 20 名附伝 15 名の合計 35 名につ いてその生涯の略伝につ いて 見てきた 時の権力者にへ つ らい寵愛を受けて身に余る官職をのぼり富貴利達をきわめた人物が多く, その生没未詳者が多い こ とが判明した 次に,35 名の分析結果をまとめることにしよう (iil 嬖幸伝口の人物分析 嬖幸伝口に見える人物分析をした一覧表は表 1 の通りである 活動年代は忠肅王代が最も多く 11 例, 忠烈王代 6 例, 忠恵王代 5 例, 忠宣王代 2 例, 以下各 1 例は高宗, 恭愍, 辛禍, 恭譲王代である 他,2 代 3 代にまたがって活動した 7 例等があり 以上合計 35 例となる 嬖幸分類では鷹犬 5, 撃毬 1, 医術南蛮人 1, 風水地理 1, 色目人商人 1, 商人 1, 土木 1, 龍陽 1, 聚斂 1 等 8 分類 13 事例がある その他は不明である 嬖臣の中には卑賤な出身者が多数いた 又, 生没年未詳者が 21 名もいる 官職はかなり高位なものが多いことが判明する 嬖幸伝日に見える人物と共通点が多く同様な例が多い 晩年が狂死, 賜薬死, 流罪, 獄死, 殺害といった人物が多いのも嬖臣者の大きな特色である 其の 2. 宋史 列伝 佞幸 (i) 立伝人物史料 五代の末から宋の終わりまで 370 年間の歴史が記述されている ねいこう 宋史, その列伝の 佞幸 ( こびへ つらって主君にかわいがられる ) にみえる佞幸立伝人物 12 名 ( 立伝 10 名附伝 2 名 ) を分析して, その特 色を解明することとしたい 宋史 は至正 5 年 (1345 年 ) に完成している 一方, 高麗史 は 1451 年撰進されており 52 年には 高麗史節要 が完成している 両者の 佞幸 伝と 嬖幸亅伝を比較してその特色を解明することにする 高麗王朝 ( 年 ) は南宋 北宋 ( 年 ) から文物の影響が大変大きかった 先ず, 宋史 佞幸伝がいかなる理由基準によって作られたかをみることにする 高麗史 の 嬖幸 伝 は六区分によって分類記述されていた 人君生長深宮之中, 法家, 拂士接耳目之時少 t 宦官, 女子共啓處之日多, 二者, 佞幸之梯媒也 剛明之圭亦有佞幸焉, 剛好專任, 明好偏察, 一彼佞幸者投其機爲患深矣 他日敗闕, 雖能殄除 鑒城以求狐, 灌杜以索鼠, 亦日殆哉! 宋世中材之君, 朝有佞幸, 所不免也 太宗有弭徳超, 趙贊, 孝宗有會覿, 龍大淵, 二君固不可謂非剛明之主也 作佞幸傳 ひつし君主は深宮の中で生育し, 法家 ( 法度を以て君主を規正する世臣 ) や払士 ( 得失を以て君主を輔弼す る賢士 ) の耳目に接する時は少ない 宦官, 女子と共にくつろぐ日が多い この二者は佞幸の梯媒 ( な かだち ) となるものである く除去しても国家はあやうくなるのである 宋の中材 彼の佞幸者は一に其機に投じて患を深くする 他日, 佞幸者が過失してよ 一 47 一 ( 普通の才 ) の君主の時代には佞幸者がおり免が NII-Electronic N 工工一 Eleotronlo Llbrary Library

16 Aichi-Gakuin Alohl Gakuln Unlverslty University 愛知学院大学文学部紀要第 33 号れないところである 太宗孝宗は剛明なる君主であるが佞幸者がいる 佞幸伝を作る 以上 宋史 の佞幸伝は佞幸の梯媒により其の機に投じて佞幸者が生まれるとしている 剛明な君主の時でも佞幸者はいるものであると言っている 佞幸者の区分基準は記述されていない 以下において立伝 12 名の伝記の略歴について見ることにする (1) 弭徳超 ( びとくちょう ) ( 生没年未詳 ) 滄州清地の人 官は太宗の時, 枢密副使 後, 涼州に配され禁錮, 卒す 侯莫陳利用 ( こうばくちんりよう )(? 988 年 ) 益州成都の人 幼時より変幻の術を体得し, 太平興国の初, 京師に売薬して, 黄白の事 ( 丹薬を 煉っ て黄金白銀を製する術 ) を以て人を惑わし, 太宗に用いられて鄭州団練使を拝命 後, 専横の れんさつ 事が多かっ たので商州に禁錮せられ, 臠殺 ( ずたずたに切り殺す ) された (3) 趙賛 ( ちょうせん ) (? 995 年 ) 并州の人 性, 険危 佞姦 初め軍の小吏となる 官は太宗の時, 供奉 後, 宮中で飲宴し, 帝の 怒に触れ, 死を賜う (4) 王黼 ( おうほ ) ( 年 ) 北宋開封祥符の人 多智にして佞 校書郎となり, 蔡京を相に復するに力あり 京, 之を徳として, 左諌議大夫より特進少宰に進む 後, 朝廷, 女真に結びて燕を図らんとするや, 天下の丁夫より金 を徴し, 空城若干を買収して勝を奏したが, 欽宗の時, 誅死 (5) 朱劭 ( しゅめん ) (1075 ll26 年 ) 徽宗, 意を花石に垂る 動は淅中の珍異を取って進め, 後, 防禦使となる 州郡に流毒すること二 十年 時に東南小朝廷と称す 方臘の乱あり 靖康の難に, 欽宗は朱を斬らしめた (6) 王継先 ( おうけいせん ) (1098 ll81 年 ) 開封の人 性姦佞 建炎の初, 医を以て幸を得た 世に王医師と号す 後, 昭慶軍承宣使に遷る 権勢は秦檜と並ぶほどで後に其の十罪を劾されるにいたった (7) 曽覿 ( そうてき ) (1109 ll80 年 ) 沐の人 孝宗の時, 潜邸の宮人を以て閤門の事を権知する 官は開府儀同三司 事を用い しんちく ゆうい ること二 十年 権, 大臣を譖逐 ( そしりおいはらう ) するに至る 帝の知るところとなる 覿は憂恚 ( うれ いいかる ) して死んだ (8) 龍大淵 ( りょうだいえん ) (? 1168 年 ) 曽覿と同じく建王内知の客となる 官は左武大夫に至る 孝宗の時, 枢密副都承旨 宣州監察使, 皇城司となる 甚だ帝に寵遇せらさた 後, 浙東総管に至る 張説 ( ちょうせつ (? 1180 年 ) 開封の人 寿聖皇后の女弟を娶る 官は簽書枢密院事 湖州で卒す 王抃 ( おうべ ん ) (? ll84 年 ) たの 初め, 国信所小吏となり, 後, 知閤門事に至る 帝 ( 南宋孝宗 ) の親信を得て恩を恃み専恣す 官 は福州監察使に終わる 矼 D 姜特立 ( きょうとくりつ ) (ll25? ) 麗水の人 淳煕中, 福建兵驟副都監となる 海賊をとらえるに功あり, 閤門舎人に除せられる 太 子宮左右春坊に充てられる 寧宗の時, 慶遠軍節度使を拝命する 讌煕載 ( しょうきさい ) ( 生没年未詳 ) 青州益都の人 平陽王の伴読となる 光宗の即位後は春坊の旧人たるを以て事を用い, 忌憚する所 なく, 官は忠州防禦使, 知閤門事に至り紹熙中に卒した 一 48 一 NII-Electronic N 工工一 Eleotronlo Llbrary Library

17 高麗時代の 嬖幸伝 研究 II ( 西川 ) 佞幸亅の人物分析 宋史 列伝の 佞幸 J にみえる佞幸立伝人物 2 名を分析してその特色をみると次の通りである 活 動年代は北宋代太宗 3 例, 欽宗 2 例 南宋代高宗 1 例, 孝宗 4 例, 光宗 1 例, 寧宗 1 例等で合計 12 例で ある 嬖幸分類では医術が 2 名のみである 官職はかなり高位者が多い 嬖幸者の身分は卑賤な者は少 ない様である 晩年は禁錮刑 2 名, 死賜薬 1 名, 誅死 1 名, 斬死 1 名等である やはり その進みかた は正道によらず, 官位もその能力に過ぎていたため, 終りを全うすることができ なかったと言われた 人々であろう 佞幸伝には 12 名しかのっておらず, その特色はあまりはっきりとしない やはり 高麗 史 嬖幸伝 ) と口の方がかなり特色がみられたのである 結 論 嬖幸伝口に見える人物分析をして 覧表 1 からその活動年代をみると忠肅王代が最も多く 11 例, っい で, 忠烈王代 6 例, 忠恵王代 5 例等となっていた 元との関係で嬖幸された人がかなりいた点が注目さ れる 高麗王朝を (1> 高麗の建国と支配体制の整備期王, 朝の繁栄と門閥官僚期,(3) 武臣政権とモンゴルの支配期,(4 ) 元明交替期の四期に区分すると嬖幸伝 ( 一 ) の分析では, 忠烈王代 17 例は (3) 期の武臣政権とモ ンゴルの支配期が最も多かった 嬖幸伝 O の方は (3) 期と (4) 期の元明交替期にあたる忠肅王代 11 例, 忠 烈王代 6 例, 忠恵王代 5 例, 以下恭愍王, 辛嵎王, 恭譲王代等である 嬖幸分類では鷹犬により嬖幸さ れたものが 5 例もあったのは注目されよう 他は撃毬, 医術の南蛮人, 風水地理, 色目人商人, 土木, 龍陽, 聚斂等の例がみられた 又, 嬖臣の中には卑賤な出身の者がかなりいた 又, 晩年になって生没 年未詳者が 21 名もいたのは大きな特色であった 官職はかなり高位に登ったが 漢書 佞幸伝の賛にあ るように 進不蘇道, 位過其任, 莫能有終 ( 進み方は正道によらず, 官位もその能力に過ぎていたた め, 終りを全うすることができない ) 人々が多かったといえよう 時の権力者にへつらい寵愛を受けて 身にあまる官職をのぼり富貴利達をきわめた人々が大半をしめていた 時の権力者の寵愛については 史記 佞幸列伝で太史公日くとして 愛憎が時によって変化することは, 実にはなはだしいものがあ る とあり, 権力者の 気紛れ によるものが多いことは嬖幸者の晩年をみればわかろう 王権の庇 護の下権傾一国 可能な強大な権力 を嬖臣となった人々が手にしたのは実事であるが 25>, その正し い利用方法が大切であることを我々に示唆しているといえよう 宋史 列伝佞幸 にみえる 12 名の特色はその晩年がやはり不運な死をとげているのは嬖幸者の共 通点といえよう 註 1 ) 班固著小竹武夫訳 2 ) ( 史料 1 ) 尹秀 吉甫 漢書 7 佞幸伝第六十三, ちくま学芸文庫,535 頁参照 尹秀, 漆原縣人, 父養三, 爲無頼行, 棄市江都, 因號其地, 爲養三岐 秀, 元宗朝, 拜親從將軍, 時同知樞 密趙嗷, 夜召秀, 謀誅林衍, 秀, 諾, 嗷, 遷延不發, 秀懼, 以其謀告衍, 衍, 殺嗷, 初秀舅隊正宋義, 隨使 如蒙古, 知蒙古將加兵于我, 逃還以告 t 得遷都江華, 以功, 累遷樞密副使, 致仕, 至是, 復都舊京, 義, 懼蒙古詰前事, 秀, 亦懼追理, 殺嗷之故, 二人相與謀, 挈家投頭輦哥, 叛入蒙古, 忠烈之在蒙古, 爲禿魯花也, 秀, 以鷹犬, 得幸, 及卻位, 秀, 自瀋陽, 挈家還, 管鷹坊恃勢縱惡, 人以禽獸, 目之, 嘗如元獻鷂, 還言, 帚以鷹坊子五十人, 處之羅州, 凡屬鷹坊者, 勿使侵擾, 且令朴義, 掌之, 以秀自請也, 未幾, 帚, 遣鷹坊子郎哥歹等二十人, 往慶尚道河陽永州之地, 以秀及元卿, 件行, 又以秀, 爲全羅道鷹坊使, 卿 義 李貞, 爲 慶尚 忠清 西海道王旨使用別監, 初秀等, 分管諸道鷹坊, 招集逋民, 稱爲伊里干, 伊里干, 華言聚落也, 按察及州郡牧守, 小忤其意, 必譖而罪之故, 伊里干人, 肆毒良民, 無敢誰何, 都兵馬使, 屡請罷鷹坊, 秀等, 一 49 一

18 愛知学院大学文学部紀要第 33 号 恐王聽之, 諷王奏帝, 各受聖旨, 鷹坊牢不可破, 又假使別監之名, 其權盆重, 自後, 秀 貞 卿 義, 毎 分遣其屬, 稱捉鷹別監者, 不可勝數, 所至撃鮮飼鷹, 民聞鷄犬殆盡, 秀, 官至軍簿到書鷹揚軍上護軍, 一日, 三角山檜, 夢一老父邀至其家, 謂日, 我龍也, 昨日, 吾兒化爲鵠, 遊大澤中, 尹秀射殺之, 曾, 寤而異之, 告南京留守王舩, 舩, 詣秀問之, 果其口獲緇鵠, 其大異常, 尋暴得疾, 起立奮拳撞墻壁, 大明日, 狐兔麋鹿, 胡瞰我肉 t 邃死 t 子古孫 吉甫, 吉甫, 善撃毬, 元仁宗, 爲太子, 吉甫, 因宦者伯顔禿古思, 得出入東宮, 由是, 忠宣, 亦寵遇之, 搜中郎將 言無不從, 時淑妃, 得幸于王, 順妃之女伯顔忽篤, 入侍太子 謀辱淑妃 訴太干, 令淑妃赴都, 王, 患之, 吉甫, 白太子, 乃止, 王, 喜謂吉甫臼, 汝宜繼乃父爲班屯, 吉甫辭日, 臣 年少, 請授臣兄, 乃拜吉孫, 鷹揚軍上護軍, 吉甫, 大護軍, 後吉甫, 忤伯顏禿古思, 失職東還, 尋貶務安監 務, 起爲合浦鎭邊使, 子桓, 自有傳, 宋義了和, 義乃叛入也, 和, 泣諌, 不聽, 至中路, 逃歸, 義, 告頭輦 哥, 追還之, 和, 少習騎馬, 撃毬弄杖, 妙絶古今, 帯, 甚歎賞, 謂左右日, 若非神助, 則是幻術, 康守衡日, 致高麗人都江華, 抗拒王師, 義之所爲也, 今高麗出陸, 義懼罪, 來耳, 由是, 義, 貧困失所, 和, 盆怨其父, 請帝挈妻東還, 元宗, 喜擢爲御牽龍行首, 至中禁指踰, 以其母牋, 限職三品, 後義, 亦還 3 )( 史料 2 ) 李貞金文庇李琲 李貞, 本賤隷也, 常屠狗爲業, 以勇力, 聞, 見愛於金俊 F 枉, 及桂敗, 逃免, 爲忠烈乳媼女婿 逮有寵, 管 鷹坊, 多聚無頼之徒, 流毒郡縣, 國人, 皆惡之, 累遷將軍, 貞, 自元還, 謂王日, 帚, 問國王, 馳馬放鷹, 熟乎, 貞, 欲使王, 數遊田故, 有是言, 尋辭職, 避日本之役, 國制, 伶官限七品, 貞 愛伶官金大直女, 諷 王授大直祗候, 賜犀帶, 王, 幸壽康宮, 貞, 設宴迎于道, 先散栗林間, 手自拾, 燬以獻, 土悗, 官至副知密 直司事貞, 以鷹犬得幸, 不數年, 驟登樞密, 賤鄰之濫授大官, 未有如貞者, 子, 郎將現, 張舜龍之壻與 宮人無比, 私事覺, 將殺之, 以舜龍故, 流海島, 有金文庇荅, 家世單微, 以勇九聞, 爲夜別抄指論, 忠 烈時, 積官至軍簿判書, 初趙文柱, 欲誅林衍, 召文庇, 議. 久未發, 文庇, 懼謀洩及禍, 乃告衍, 衍, 殺文 柱, 文庇, 常燎狗, 破竹刮毛而食之, 及得疾, 遍體皆癢, 使人以竹刮其身, 至死, 李垪 張公 李卒者, 亦 忠烈時人, 垪, 好勇善騎射, 官至將軍, 常以養鷹遊獵爲事, 生捕鳥雀, 去其毛, 嚼以飼鷹, 或割生鷄, 留其 牛而飼之, 王之好獵, 皆耕導之, 及死, 如鳥觜状者遍體, 公雫, 以鷹犬得幸, 王, 使公平, 養鷹于宮園, 凵 必再至, 公李, 殺民聞鷄狗無算, 直史館秋適, 嘗候 4, 聞苫裏有聲, 發覗之, 生狗割一脚矣 4 ) 納麟吟刺とは蒙古語の Narin ( 敏捷 ) と Khara ( あごとほおひげが黒い ) 音の音訳である 5 } ( 史料 3) 元卿 元卿, 傅子也, 性豪奢, 好射御, 不喜儒, 忠烈朝, 累遯中郎將, 爲三道人物推考別監, 忤公圭旨, 公圭怒, 杖之, 全羅道巡撫使幕僚李贄, 道見驛馬駄物如京者, 詰之, 乃鷹坊人私物也, 贄, 繋其人, 輸其物國庫, 卿, 譖王日, 李贄, 見進鷭者, 罵日, 安用此爲, 撲殺其鷂, 土怒, 流贄海島 t 坊都監, 卿, 與朴義 未幾, 尹秀, 白王釋之, 王, 置鷹 爲副使, 由將軍, 轉大將軍, 印侯, 以公主怯怜口, 驟登宰輔, 權傾中外, 卿, 欲籍侯 勢, 以子善長, 娶侯女, 自是, 黨於侯, 好生事爲國害, 進右副承旨, 陞副知密直司事, 時卿兄翊, 位在卿下. 卿, 白王日, 兄弟同爲宰相, 弟居兄右, 心所未安, 乃改卿爲三司使, 翊爲副知密直, 後拜中京留守果毅軍都 指揮使, 以同知密直司事, 卒, 卿, 幼習蒙語, 屡從モ入朝, 世租, 常呼之日納麟哈刺, 以其應對詳敏, 舉止便捷故, 口納麟, 鬚髯美黒故, 日哈刺, 嘗受元命, 爲武略將軍征東行中書省都鎭撫, 帶金符 6 )( 史料 4 ) 朴義, 朴義 密陽人, 以鷹犬, 嬖於忠烈, 累遷將軍, 先是, 密城人趙阡 殺守應賊, 降密城, 爲歸化部曲, 義, 賂 左右, 白王日, 密城, 大郡, 貢賦甚夥, 降爲部曲, 無鎭撫者, 恐其民流散, 乃置蘇復別監, 義, 常養一鷂, 郎哥歹日, 鷂尾 M 十二者罕, 此鷂十四, 若獻帝, 必厚賞, 義隨郎哥歹, 如元獻之, 及還, 自言帚有命, 以 己爲大將軍, 王, 獵于安南, 義, 獲一鵠以進, 王. 大倪, 賜衣, 忠宣, 爲世子, 嘗謂義日, 毎以鷹犬, 從臾 吾君者, 此老狗也 t 義, 慚赧, 後忤公圭旨, 流海島, 籍沒家産, 未幾,# 右副承旨, 歴左僕射副知密直同知 資政院事, 忠宣, 皀卩位, 加僉議贊成事, 封密陽君, 忠肅八年, 卒, 義, 富而吝, 初欲以黄金二十錠 銀三十斤, 爲忠宣, 施佛寺, 義死, 子正尹惟正, 私用之, 忠宣, 囚惟正于巡軍徴金二十兩 銀七十斤 銀瓶六白 布千匹 奴婢三十口 7 )( 史料 5 ) 朴景亮 田二十結 一 50 一

19 高麗時代の 嬖幸伝 研究 ll ( 西川 ) 朴景亮, 初名璋, 抄奴祿大之子, 忠宣趙妃姉妹之壻, 韓國公主, 妬趙妃專寵, 譖于元, 元遣使, 治之, 景亮, 亦被執如元. 途籍其家, 後累歴軍簿判書, 權授密直副使, 忠宣, 賜景亮鞋帶, 又教日, 大徳七年春, 奸臣佞 堅, 至行在香水園, 謀不利於孤朴景亮 劉福和 洪読 許有全 李連松 姜融 李珍 李箭 趙邇等, 奮 義忘生, 力沮奸謀忠勤特異, 宜別祿功用之, 景亮親子及堂兄弟姉妹, 至于子孫, 並爲艮, 又以其族, 杪奴金泰, 補南海縣令, 泰元, 嬖宦李淑友壻也, 國人言, 自今抄之路, 開矣, 遷僉議評理從 1 1 如元, 李思温 金深, 以爲王之久留京師, 實由景亮等, 爲之腹心, 言於黴政院, 繋獄, 語在深傳, 忠肅時, 封興醴君, 忠宣, 奉香江南, 景亮, 與逾安君李連松等, 從之, 行全金山寺, 元遐使急召王, 令騎士擁逼以行, 侍從臣僚, 知伯顔禿古思用事, 恐忠宣不免, 皆奔竄, 景亮 連松, 皆仰藥死 8 ) ( 史料 6 ) 全英甫 全英甫, 本帝釋院奴, 治金薄, 爲生, 元嬖宦本淑之妻兄也, 淑, 嘗黨於王惟紹, 謀廢忠宣, 及忠宣誅惟紹, 乃籍英甫家, 流遠島, 初忠烈, 搜英甫郎將, 諌官, 不署告身, 及忠宣復位二年, 拜大護軍, 皀卩署之, 時人語日, 間者人言, 小王, 立政必公, 今銑免英甫罪, 又擾大官, 何私昵如此, 英甫, 嘗爲資瞻司使, 多竊銀幤, 王, 以白元恒, 嘗知諷部, 監選軍, 有能名, 命勾較諸司契卷, 元恒, 究問英甫不置, 英甫, 甚怨之, 會元恒. 杖殺司僕令史, 英甫, 訴王, 流元恒靈興島, 忠肅時, 授密直副使, 累轉知司事兼大司憲, 臺官, 閉門不署告 身, 後改許理, 陞贊成事, 又拜三司使. 忠肅之留元也, 瀋王嵩, 謀奪王位, 奸臣交構, 王 遣朴仁卒, 謂宰相日, 昔有小廣大隨大廣大, 渡水無船, 謂諸大廣大日, 我短小, 難知深淺, 君輩身長, 宜先測水, 咸日然, 入水皆溺, 獨小廣大発, 今有二小廣大, 在吾國, 全英甫 朴虚中, 是也, 置我禍網, 晏然坐視何以異此, 國 語, 假面爲戲者, 謂之廣大, 英甫, 嘗壓艮人一百六卜人, 爲賤, 事覺, 整治都監, 決還本籍, 忠穆四年, 死 9 > ( 史料 7 ) 康允忠 康允忠, 本賤隸, 始事忠肅, 拜護軍, 嘗強淫郎將白儒妻, 監察司, 鞫問, 具服, 請罪之, 不允, 監察 僉議 典法, 交章極論, 留中不下, 監察司, 累日不視事, 乃杖流海島, 曹頗之亂侍從忠恵, 有勞, 録勞爲一等, 授密直副使, 時王, 求四件奴婢, 甚急, 允忠, 與閔渙, 屯之, 遷僉議評理, 出爲楊廣全羅慶尚三道問民疾苦 使, 閔渙, 分遣惡少諸道, 誅求無厭, 允忠, 執途惡少, 囚巡軍, 忠穆朝, 拜贊成事, 初趙得球, 從王煦, 如 元, 煦, 與得球, 議整治事, 得球日, 允忠. 在幼主之側, 納君於邪, 苟欲整治, 宜先去之, 允忠, 聞而啣之, 及煦, 與金永日屯, 以奇三萬死, 不克整治, 欲如元奏帝, 允忠, 恐得球圖已, 誘王貶于耽羅 時徳寧公圭, 盛 年居中, 允忠與斐栓, 出入得幸, 秉政權作威輻, 有人貼匿名榜于監行領云, 贊成事康允忠, 以一宦者, 一侍女, 通媒君母, 恣行淫亂, 得寵于内, 與河有源, 沮整治都監, 若誅此兩人, 國無患矣, 密直印礑 贊成權謙 李壽山, 言於院使高龍普日, 允忠, 逋乎君母 罪悪貫盈, 今允忠, 聞院使來, 白王日, 龍普, 謀陷先 tt, 薨 于岳陽, 令得罪而來 t 王何必待以厚禮, 龍普, 聞而憾之, 謂允忠日, 爾爲内臣, 悠行無禮, 何哉, 自今, 毋 昵于内, 允忠, 懼, 謝病不出數日, 賂龍普母, 以請龍普對允忠, 語礑等日, 今欲弁康贊成事, 公等, 母隱前 言, 礑等, 相視黙然. 龍普, 陽詰之. 顧謂允忠日, 公, 宜復硯事, 會王, 牽百官, 迎詔, 允忠, 逮扈從, 金 倫, 李齊賢 朴忠佐等, 上蹠口, 孟子日, 不仁者, 可與言哉, 安其危而利其災, 樂其所以亡者, 不仁而可與 言, 則何亡國敗家之有, 其有欺君罔民. 不憚天下之公論, 不畏天下之大法, 則不仕之大者也, 與之言, 尚不 可, 况信之任之乎, 竊見康允忠, 起自賤隸, 得幸先王, 奸諂荒瀋, 既經杖斷, 宜畏法以退藏, 獪匿過名, 復 貪榮而冒進, 百端逞欲, 一代肆凶, 先王, 所以詔獄就徴, 岳陽反葬, 允忠一賊, 實是根株閔渙九人, 只爲枝葉, 積釁專歸於上, 狡謀獨免其身, 斯則一國之痛心而疾首者也, 臣倫等, 倶抱願忠之志, 不勝疾悪之心, 謹跣其罪, 以聞, 蓋允忠者, 強姦金南寶之妻, 又姦白儒之妻, 累經杖斷, 身帶瘢痕, 冐受征東員外, 仍兼僉議贊成, 豪横不法, 現有王妻, 又娶故密直趙石堅服喪妻, 據有石堅家産, 又至正六年, 天子, 命王 睨歡 金那海, 整治本國弊政, 脱歡, 因言前代之事, 允忠, 實爲禍根, 當先黜退, 可以整治, 允忠, 恐懼, 潛用譎謀, 紿那海, 抑睨歡, 以誤整治之事, 又至正七年, 天子, 復命睨歡等, 整治, 殿下 T 召脱歡等, 宰臣 耆老, 議所以奉行者, 耆老, 一以爲聽斷田民之訟只爲整治之事, 必先整治選法中外之官. 各得其人, 令監察, 舉劾非違, 然後, 可以上副帚意, 允忠, 方爲政房提調, 恐失其利. 且怨王 睨歡前言, 作色拂袖而起, 不以 衆論, 入白, 尋用所親安子由等不諳民事之人, 爲整治都監官, 陞脱歡, 爲領都僉議, 實奪其構, 焉能整治, 脱歡不能舉行十事者, 實允忠所沮也, 宗廟之事, 國之大事, 子由, 攝行大廟, 擅以犧牛, 與願堂僣, 使血祀有闕, 監察, 劾論其罪, 以其壻利泪, 爲允忠門客, 百計營救, 反陞子由, 爲贊成事, 諌官宋天鳳 李芳實 安元龍, 不署子由謝牒, 允忠, 矯王命, 召芳實等, 勒令請暇, 尋奪其職且允忠, 監傳之奴, 安知流品清濁, 一 51 一

20 愛知学院大学文学部紀要第 33 号 乃爲政房提調, 擅銓選乃權, 與奪由己. 賄賂公行, 門戸如市, 専權於國, 流毒於民, 至使先王, 存被譴訶, 袈稽膾謚, 若不舉正此賊之罪, 無以追明先王之忠, 伏乞轉呈上國, 以明前代之事, 非先王之過, 皆允忠所爲, 加此賊兩親之誅, 雪先王萬世之恥, 王及太妃, 感悟, 轉呈于元, 恭愍三年, 復爲贊成事, 尋判三司事, 五年, 護軍林伸甫, 欲奉忠惠蕈子釋器, 潛圖不軌, 繋治巡軍, 辭連允忠, 貶爲東莢縣令, 八年 t 殺之 10) 曹頗 (? 1339 年 ) は忠肅王 忠恵王代の叛逆者である 瀋陽王嵩に追従して謀略で忠肅王を誹謗した 後 に忠恵王の宮殿を襲撃したが殺害された 高麗史 131 巻, 叛逆五曹頗伝参照 11) ( 史料 8 ) 裴 f 全 裴栓, 興海郡人, 其母宮婢, 栓, 爲忠惠嬖幸, 累轉護軍, 委以機務, 歴官軍簿判書, 曹頗之亂, 侍從有勞, 録功爲一等, 封興海君,f 全, 嘗在元, 王, 夜幸栓第, 淫其妻與其姨金瑁妻, 栓與康允忠, 得幸徳寧公圭, 居 中用事, 有人作匿名状, 録栓罪惡 貼版圖門, 公主, 召諸宰相, 謂日, 自今, 裴栓, 勿復近侍, 忠定時, 爲 行省理問, 元以 f 全及郎中金永煦 員外郎李元弼等, 受昧放倭賊, 囚鞫之, 會赦免, 栓, 獪在公主宮中, 用事 如舊, 時都僉議尹時遐, 在王側, 弄權, 人目之日尹王, 干謁者, 不因時遇, 則必托栓, 及李齊賢, 爲權省, 下 f 全于行省獄, 恭愍, 宥之, 時人, 憤其曲貸元惡, 居十年, 卒, 子尚絅 筒度 尚志 尚恭 12) ( 史料 9 ) 閔渙 閔渙, 密直事頗子也, 爲忠恵倖臣, 官累代言, 又以禧妃之舅, 怙勢悠横, 人皆疾之, 嬖人密夫金, 使江陵道, 素人參, 參貴, 所得少, 懼王罪己, 擅徴職税, 還説王日, 臣往江陵, 見朝士退居癰里, 病民者衆, 臣徴其職 税, 藏州郡, 以待上命, 朝士居外者, 非獨江陵, 五道皆然, 若從臣計, 有利於國, 王, 納其言, 渙, 從旁從 曳, 分遣嬖人諸道, 徴職税, 六品以上, 布百五十匹, 七品以下, 百匹, 散職, 十五匹, 人聞令下, 或挈家登 山, 或乘舟而遁, 於是, 焚山澤而索地, 禍及其族, 政丞蔡河中等, 請罷職税, 王, 欲從, 渙又勸之, 徴税盆 急, 慶爾道, 有散員同正者, 貧甚, 賣盡資産, 不充額, 其女, 痛父受苦, 斷髮貿布以納, 與父皆縊死, 又徴 船税, 雖無舟者, 亦被其害, 後東界存撫使崔昌義, 白王, 罷五道職視, 盡還其主, 渙, 又建白求取人四件婢 奴甚急, 日寄上, 日投屬, 日先王所嘗賜與, 日人相貿易者, 王 使渙及康允忠等, 圭之, 於是, 諸豪富家婢 有姿色者, 皆奪而置之北殿使紡績如牛人家權準 奉天祐 權適家尤甚其害, 唯賂渙者, 得免, 渙, 又 分遣惡少諸道, 或收山海税, 或徴巫匠業中貢布, 民不堪苦, 康允忠, 爲間民疾苦使, 執邊惡少, 囚巡軍, 王, 怒黜渙, 未幾召之, 復得幸焉, 王, 嘗使渙及朴艮衍 金善莊等, 監督新宮役, 王, 怒稽緩, 杖渙等, 於是, 人家 寺院 材瓦礫砌, 靡不撤取, 及王被執于元, 印鐺, 以檻車, 載渙等九人, 如元, 流渙于辰州路, 後還國, 拜同知密直司事, 紅賊之亂, 渙, 爲元帥, 以殺撼兵官鄭世雲與李芳實等, 伏誅, 子輻 軾 13) 災難や変乱等が起こった場合に人民を慰撫するために地方に派遣する臨時官職 14) ( 史料 10) 尹碩 尹碩, 善州海平縣人, 父萬庇, 官至副知密直司事, 碩, 忠宣時, 爲別將, 元使至, 以盞人, 立王前, 元使, 傳帚旨, 令兩王子, 入侍, 碩, 聞之, 黙自念, 吾當從弟, 歸告其父, 父日, 兒計失矣, 所以從王子者, 爲後 日計, 兄在而弟先有國乎, 碩日, 吾亦知其然, 然吾見少則敬心生, 見長則否, 此所以決吾策也, 邃從之, 長早亡, 少皀卩忠肅也, 及忠肅皀 P 位, 授護軍, 爲王嬖幸, 累遷代言, 慴松戒, 嘗有穢行, 見黜於其徒, 以其妹, 與碩, 碩, 薦於王, 由是, 與碩倶見寵, 出入無禁, 碩, 巧言令色, 善逢迎, 妬賢嫉能 其言誤國, 論王斥之 顛倒是非, 忠宣, 恐 貶于金海, 後與孫碕, 附曹頗 蔡河中, 觀望生事, 爲國害, 官累同知密直司事, 元欲 立省于本國, 碩, 與金怡 李凌幹等, 奏于帝, 議邃寢, 論功一等, 轉僉議評理, 封海卒府院君, 拜政丞, 王, 有疾, 不親除授, 碩, 與代言奉天祐等, 銓注於其第, 碩, 性急, 數罵辱嬖人, 嬖人, 多怨之, 贊成事林仲流, 與碩有遑言, 碩, 以馬策, 秩之, 嬖人白王, 王怒, 下碩巡軍, 杖之, 忠惠初, 改中贊, 加壁上三韓十字功臣號, 忠肅, 復位在元, 遣閔祚正 趙炎輝 蒋伯群 仁守等, 下碩及宰相孫埼 金之鏡 上護軍裴栓 呉子淳 康庶 朴連 代言李君 f 亥 尹桓 大護軍丘天祐 護軍崔安壽 金天佑 郎將盧英瑞等于巡軍, 皆忠惠嬖幸也, 伯祥, 鞫碩以四事 E ヨ, 王之朝元也, 汝, 勒止行邸錢粮, 前王與小人, 亂政, 汝, 爲相不言, 又與前王, 謀叛 上國, 又與内堅朴連等, 交構王父子, 乃囚其子之彪 之賢, 奪之彪告身, 杖流海島, 又流孫埼二十餘人, 後 數月, 頗黨, 有訴寃於元者, 元, 遣客省大史都赤來, 囚伯詳 仁守 祥正 炎輝于行省, 釋碩等囚, 召還埼 等, 忠惠復位, 又拜左政丞, 曹頗之亂, 侍從有功, 賜鐵劵, 忠穆時, 御史崔濡, 強瀋碩婦, 碩, 訴于元, 托 元嬖宦高龍普, 受鎭國上將軍高麗都元帥, 御史臺, 彈之, 發還元籍, 流于海卒, 卒, 葬以庶人, 之彪 一 52 一 官至

21 高麗時代の 嬖幸伝 研究 II ( 西川 ) 知門下省事, 封 ts4a 君, 謚忠簡, 性, 寛厚, 不立崖岸, 略通蒙古語, 子寶, 大護軍, 寶子可觀, 自有傳 15> ( 史料 11) 孫埼 孫碕, 本商人, 爲忠肅倖臣, 累遷大護軍, 以侍從勞, 賜田及藏獲, 由撼部典書, 陞知密直司事, 賜推誠協輔 功臣號, 王, 見讒留元, 奸臣附瀋王, 謀竊王位, 埼, 能忘身弁理 王, 復位還國, 賜鐵劵, 加推誠守義佐理 功臣號, 拜僉議評理, 進贊成事, 後王還自元, 次卒壌, 埼, 與萬戸曹碩 政堂文學朴遠大 司成張公允等, 沿大同江, 携妓縱樂, 王 命衞士, 執埼等反接, 囚巡軍, 恭愍, 以王弟入朝, 埼, 從之, 及皀卩位, 封卒海府院君, 尋以政丞致仕 16)( 史料 12) 邸方吉林仲流姜融 鄭方吉, 登第, 累官判典校事, 轉成均大司成, 入密直司, 忠肅, 見留于元方吉, 與韓宗愈等, 會百官旻天寺, 爲書請還王, 又請執邊誣訴本國者, 後拜僉議政丞, 時盗發金馬郡馬韓租武康王陵, 捕繋典法司, 盜逸, 方吉, 欲劾典法官, 贊成事林仲流, 沮之日, 賊繋獄二年, 無現臓, 使者多矣, 方吉日, 吾固知發塚人金多, 且云, 潛用 E 濟田租者誰, 屡罵辱之, 仲流, 慚恚移病, 人以方吉言, 爲是, 時方吉, 年七十六, 王, 賜以杖, 代金 臺鉉權行省事, 忠惠, 在元襲位, 忠肅, 將如元, 至海州, 方吉, 與贊成事姜融 前評理金元祥, 白忠肅日, 今王之位, 殿下與之, 宜誠心事殿下, 反如仇讎, 殿下之臣, 皆褫職, 唯以義成倉, 屬殿下, 供億不給, 辱莫 大焉, 又與龍崔元子, 不友, 勢不可兩存, 請殿下, 與元子, 入朝, 曹盆清, 力諌不可, 忠肅, 嘉納之, 然以 方吉言, 獪未能自安, 仲沈, 嘗與議郎曹光漢 應教韓宗愈, 參銓注, 官至贊成事, 嘗與蒋伯群, 攝征東省事, 忠肅, 嘗謂仲流日, 卿, 亂我之政, 人目日林權, 有鄭權者, 曾典銓選, 多爰賄賂故王, 比之, 融本姓名 康莊, 其組, 晉州官奴, 忠宣時, 拜内府令, 妹爲巫, 食松岳祠, 大護軍金直邦, 以其所善巫, 代之, 融不可, 直邦, 罵融日, 汝是官奴, 何驕乃爾, 忠肅, 賜端誠協戴功臣號, 累陞贊成事 封晉寧府院君, 忠定元年, 卒, 子千裕, 婢妾出也, 恭愍以其妹, 爲元丞相睨睨寵姫, 命密直金敬直, 以其子妻之, 千裕後封河城府 院君 17) 黄寿永編著 増補韓国金石遺文 一コ志社刊,1978 年 頁参照 敬天寺石塔に大施主姜融の銘文がある 忠 穆王 4 年 (1348 年 ) の銘文がみえる 18> ( 史料 13) 申青 朴青 申青, 一名松, 多仁縣伐里驛吏, 嘗入元, 爲瀋王嵩從者, 得幸, 及忠肅如元, 館於瀋邸, 青, 得見, 由前散員, 授護軍, 累遷上護軍, 及忠肅倦勤, 青, 假威用事, 勢傾一國, 無忌憚, 與朴青 李青, 齊名, 時號三青, 忠肅, 毎言忠惠過失, 從臣曹盆濟 尹桓, 謀去忠恵所狎惡少輩, 以上護軍呉子淳 大護軍洪瑞, 與青善, 遣 二 人, 與青共固之, 時青爲巡軍千戸, 稱奉旨, 執其悪少之尤者宋八郎 洪莊等, 囚之, 拷掠甚嚴, 忠恵, 欲 其跣放, 屡召青, 不至, 忠恵. 憾不置, 忠肅薨, 忠恵立, 令權省 洪彬, 囚青于理回所, 命耆老府院君權溥 等, 跣青罪, 告行省日, 木有蠹, 不除則萎, 國有盜, 不去則危, 故孔子爲政七日, 誅少正卯, 所以除國害而 安民心也, 今有内堅申青者, 起自微賤, 冐受官爵, 擅權自恣, 不畏朝廷之制, 本國之法, 鬻官賣獄, 中外憤怨, 望加責罰, 不幸, 先王棄世, 嗣王居憂, 若不陳告省府衆情鬱抑, 無處可申, 伏望亟正其罪, 以一戒百, 青, 本驛戸, 變名逃役, 冐受大職, 罪一也, 青, 將遠近親屬, 除免站役, 又影賣占人戸, 聚作莊舎, 私其貢 役, 罪二也, 本國風俗, 無間奪畢, 大忌家長方位, 如有犯動, 必致病疾 青, 今年正月, 就先國王宮裏, 暗 堀大樹正値先王行年方位, 因而府懌, 以致大故先王, 嬰疾二十餘日, 青, 居申沮遏, 他人莫得近前, 又不報公圭及嗣王, 其意難測, 罪三也, 青, 矯先王旨, 勒取人金, 不與其直, 一又盜徳泉庫布千八百匹 義成 倉布二千四百五十匹 寺吐田二百六十餘結, 自餘取人田民, 不可勝記, 罪四也, 令親屬, 擅乘驛騎, 械繋多仁縣吏黄仁贊, 奪其奴婢一十七口, 恐嚇檢校裴筒書 別將宋全 令同正朴得侯 李均 呉天世等, 逼溜其女, 其餘難以盡暾, 罪五也, 令親屬, 率二百餘人, 執金化郡吏文世 盆守等五十餘人, 壓艮爲奴婢, 毆殺文世及 丁延妻, 典法判書安岫 監察執義尹奕 持卒李敏等, 守正, 不聽其言, 青, 矯旨囚巡軍, 百計侵擾, 罪六也, 家起大樓, 金畫其壁, 朱髴其楹, 奢僭類此, 罪七也, 凡其所犯, 或在赦前, 恣行不悛, 迄至于今, 其敢不告, 行省, 録其書, 授金永煦, 呈中書省, 永煦妹壻別哥不花. 時爲平章, 於王兩姨兄弟故, 賜永煦, 鈔一百錠 綾一十五匹 紵布三十匹 遣之, 移囚青巡軍, 遣宋明理 宋八郎. 以糞塗青口, 既而籍沒青家撤其樓, 輪 材瓦於崇教池, 恭愍時, 搜夲壌道巡間使, 官累工部尚書樞密院副使, 朴青, 一名松, 素微賤, 以養鷹, 得幸 忠肅, 累遷上護軍, 以罪, 收賜田, 屬興善宮, 後爲密直司使, 其妻, 嘗與族父李臣桂, 通, 青, 則兩人, 告 一 53 一

22 愛知学院大学文学部紀要第 33 号 監察司, 鞫之 19) ( 史料 14) 王三錫梁載曹華卿崔老星尹賢安珪 王三錫, 本南蠻人, 性狙詐輕躁, 無才術, 嘗隨商舶至燕糊囗於人, 忠肅, 在元, 三錫, 因幸臣求見, 王, 悦之, 逖從王東還, 以醫術媚土, 得近幸, 寵眷無比, 稱爲師傅, 妬賢嫉能, 賣官鬻獄, 至於庭辱臺官, 王, 不悟, 三錫, 以陰陽幻術, 勸王幸漢陽富原龍山, 久留, 公圭, 在龍山, 生元子而薨, 時有飛書云. 禪師砠倫 師傅王三錫, 誘王久留, 龍山, 濱海下濕之地. 使公主免身氈幕遘疾不救, 若達帝聽, 二人之罪, 在所不赦, 三錫, 嘗爲儒學提擧, 欲塑文宣王像, 成均館, 閉大成殿, 不納, 三錫. 譖之, 囚博士李暄 學録申讃於理間 所, 並罷其職, 專恣如此, 梁載, 初名將, 燕南人, 柎 r 錫, 黄縁用事, 朝野疾之, 三錫死, 載, 還燕, 及忠 肅, 如元, 載, 又與蒋伯禪, 構兇謀, 不克, 邃諂事王左右, 得幸, 封佑文君, 與郎將曹萃卿, 掌銓注, 交結 宦寺, 竊弄政柄, 請謁盈門, 賄賂公行, 士大夫, 多出其門, 以華卿, 爲左代言, 崔老星, 懷義君, 申時用, 大匡元尹, 尹賢, 持卒, 行錢得官者, 幾至百餘, 王, 不之覺, 載, 又所以善李閏, 屬蔡洪哲 安珪, 中第, 時商買雜類, 競依載, 以載舅, 玉天祐, 與帚相李楔 金元軾, 爭奴婢, 撼郎尹奕瞻, 依違久未抉, 載, 奪奕 瞻, 以賢代之, 賢, 皀卩斷與天祐, 僉議司, 會署告身, 蔡河中, 見載所用漢人告身, 遽裂去三四紙, 萃卿, 嘗 爲僣, 相風水, 賣術爲生, 亦因載以進, 同掌選, 遽以代言, 帶提學, 士林触望, 嘗嬌旨, 令楊廣道貢物別監 申淑, 獻熊掌 M 胎, 淑, 督索州郡, 事聞, 王怒罷淑職華卿, 陽若不知, 老星色目富商, 本名黨黒廝 亦因載, 得封君, 載, 嫌物議, 詭書批目云, 百四歳老人崔老星, 賢,G 州人, 以典法掾, 爲時用家臣, 得拜典法佐郎, 賣獄受布百五十匹, 事覺, 憲司, 劾其罪, 時批目, 下巳二日, 賢, 與宦官, 謀寢其劾, 收批入内, 抹持卒李孫寶名, 改注, 賢, 不用印, 臺官, 不署告身, 賢, 昏夜乞哀, 又托構臺宦寺, 促署之, 珪, 忠肅潛邸時侍學也, 家世本雫微, 無他技, 性柔訥, 善逢迎, 忠肅, 薦於忠宣, 權補典校校勘, 忠肅, 自元還國, 百官, 班迎, 忠肅, 目珪笑之, 數引見, 忠宣, 俾擇謹愼者, 爲王府知印, 忠肅, 乃以珪, 爲選部散郎, 委以 銓注, 時議非之, 後拜代言, 仍掌選, 累遷政堂文學, 卒 20)( 史料 15) 崔安道李宜風金之鏡李仁吉 崔安道, 小字那海, 其先海州人, 徙居龍州, 安道母, 宮婢, 以内僚, 事忠宣於燕邸, 邃通蒙漢語, 後爲忠肅 僚屬, 録其勞, 賜田及藏獲, 與李宜風, 倶爲忠 : 肅嬖臣, 曹頗, 與詐慶, 爭財, 安道, 與宜右慶, 譖頗, 頗, 方得幸忠宣, 譖安道, 杖流海島, 未幾, 復見幸, 與宜風常在王側, 專事報復, 忠肅, 被譖留元, 以安道, 侍從有勞, 加賜田民, 王, 留燕五年, 憂悸傷性, 及還國, 常居深殿, 忽忽不樂, 不親政事, 安道, 與金之鏡 申時用 僣砠倫等, 擅權柄, 賣官鬻獄 無所不至, 臺諌章蹠, 中沮不啓, 時元, 欲立省本國, 安道, 與金怡 等, 力弁乃止, 以功, 又賜田民, 累轉上護軍, 元使買驢, 來, 安道 之鏡, 自以專恣, 恐禍及己, 日夜憂懼, 及買驢, 還, 喜盆驕, 王, 遣安道于 4 壤, 餽買驢金銀 綾羅 紵布, 買驢, 不受, 安道, 私用之, 乂與金之鏡 李仁吉 辛貞 李仲陽 裴佇 李吉祥 鄭都赤不花等牧内乘馬已百匹于江華, 多所侵暴民不堪苦, 流散殆盡, 王, 獵干 4 州, 安道, 詣行在, 驍從甚衆, 王, 望見, 意元使來. 驚駭, 及至, 怒 t 流于島, 安道, 留旬蝕, 乃行, 其慊從, 尚多不入配所, 遊遍楊廣道, 時按廉馬季良, 貪婪嗜牛肚, 民譏之日, 馬食牛, 及安 道至, 季戻及州郡, 爭勞慰, 待遇稍薄, 安道, 輒加鞭撻, 忠恵初, 召拜監察大夫, 祭酒金右鏐, 掌監試, 安 道子環, 年纔十餘, 不學, 得中試, 提學韓宗愈 代言李君核, 掌貢擧, 環, 又中, 獻納許邑 正言趙廉 鄭 天濡等, 上書言, 安道, 濫居風憲, 子環, 乳臭中第, 請罪之, 不從, 以其書, 示安道, 臺官, 以環借述登第, 砠母又賤, 不署依牒, 凡九年, 王, 督省官, 署之, 改同知密直司事, 賜協謀同徳功臣號, 元, 授征東行省左 右司員外郎, 既而入元宿衞, 元, 授中 A 監丞, 轉太府太監, 尋奉詔還國, 有南氏者, 忠肅所幸女也, 安道, 與之鏡通焉, 忠恵後元年, 卒, 年四十七, 子濡 源 淑臣 文丘 源, 皀卩環也, 忠定時, 爲代言, 轉版固到書, 恭愍朝, 倭焚喬桐甲山倉, 源, 與戰, 獲二艘, 拜密直副使, 賜陳力協謀功臣號, 趙日新, 伏誅, 源, 盆有寵, 常侍左右, 嘗因事, 杖公主殿甕人八思不花, 九思不花訴日, 源, 捶我, 致公圭驚墮胎, 大不敬, 王, 下巡軍, 命贊成柳濯, 嚴加訊鞫, 不服, 貶爲光陽監務, 時謂宰相金普, 妬寵而講之也, 元, 將討高郵賊召募將卒, 王, 召源, 還封龍城君, 遣之, 時南賊日盛, 我軍陷六合, 移防淮安路, 源與李權等六人, 戰死, 濡, 自有傳, 宜風本元人, 善射御, 爲忠肅嬖臣, 朝夕出入禁闥, 年十五, 補散員, 嘗從王獵, 鹿走駕前, 一箭殪之, 王, 悗, 授別將行首, 驟拜穂部典書, 累陞密直副使, 性奇功, 惟務媚椀, 招權納賂, 恣行威福, 愛晉陽妓月娥, 黄縁得官者甚衆, 砠倫, 亦諂事, 宜風逾近幸, 頗與朝政, 逞私撓法, 之鏡亦忠肅嬖臣也, 累遷密直副使, 王, 幸白州, 元使完者來, 之鏡, 白王日, 完者族黨, 在本國, 完者, 將欲官之, 王, 命之鏡 一 54 一

23 高麗時代の 嬖幸伝 研究 II ( 西川 ) 及高用賢 奉天砧, 掌銓注, 申時用, 至政房, 罵之鏡日, 今日除授, 爲使臣也, 爾輩鬻官, 何不官吾子孫耶, 時失職者, 皆在庭, 時用顧日, 若等無錢, 又誰怨耶, 求官者, 雲集, 之鏡等, 夜匿村舍, 注擬, 上護軍申丁, 求官未得, 罵之鏡 大祐日, 爾何壅蔽聰明, 專擅除授也, 又大呼日, 無錢者, 毋求官, 之鏡等, 不能樹, 批 成, 李仁吉, 擅改于其第, 及批目下, 用事者. 爭相塗竄, 朱墨, 至不可弁, 時有童謠云, 用綜布作都目, 政 事眞黒册, 我欲油之, 今年麻子少, 噫不得, 初之鏡. 誘土辭位, 立忠恵, 自以爲功, 忠恵, 不用, 之鏡, 快怏, 忠肅, 復位, 以之鏡背恩, 囚巡軍, 憂恚痩死, 仁吉, 一名成桂, 本商人, 亦忠肅嬖臣也, 累官密直副使, 與護軍李安, 爭奴婢毆安, 又毆其妻傷胎, 監察司 囚仁吉家奴, 仁吉, 至監察司門, 伺臺官出, 罵辱之, 仁吉, 又以姦諂, 幸於忠恵, 忠肅, 嘗見忠恵衣冠太侈, 訓戒之, 且謂仁吉日, 汝眞犬豕也, 杖流于島, 忠惠, 中止之 21) ( 史料 16) 盧英瑞朴良衍宋明理 盧英瑞, 忠恵嬖臣也, 嘗從王如元, 舍於回回家竊其妻, 杖之遣還, 有宙者父與英瑞同名者, 除瑞州, 英瑞, 自謂得之, 皀卩之任, 事覺, 杖之, 王, 憐而盆幸, 授内乘別監, 曹頗之亂, 元, 徴 E 囚刑部, 又繋英瑞等獄 及王復位還國, 録侍從功爲一等, 封直城君, 爵其父母妻子, 賜田及藏獲, 王, 嘗欲褫人官授宮人親戚, 英瑞白王日, 臣亦欲以是官搜人, 王, 間爲誰, 日, 有嘗遺我屋材者, 王, 笑許之, 忠穆初, 豐儲倉副使李仁壽 丞李汝就, 竊倉貨, 監察司, 囚鞫之, 仁壽, 英瑞姻姫也, 以王命, 沮之, 尋以仁壽, 爲軍簿正郎, 謫執義趙 淵, 爲水原府使, 後徳寧公圭, 流英瑞于光陽, 及李齊賢, 爲權省, 流加徳島 t 朴良衍 宋明理, 亦忠惠嬖臣 也, 良衍, 嘗以親從護軍, 管内乘, 潛易戻馬八匹, 事覺, 徴布八百匹, 流之, 累遷大護軍, 明理, 歴官上護 軍, 苺從王微行, 王, 嘗作儺戯, 命明理, 主之, 賜布二百匹, 役百工, 奪市中物, 以供其費, 市鋪皆閉, 又勸王, 起樓崇教寺蓮池旁, 爲遊宴之所, 王, 命艮衍植花木, 王, 又起新宮于三蜆, 命 R 衍及金善莊 閔渙等, 督役, 書雲副正閔鍼季, 以陰陽拘忌, 言不利, 王, 怒毆之, 艮衍, 求媚於王, 大加營, 度點丙江人戸, 蝓甓 瓦, 又令惡少輩, 奪人牛馬以輸, 又發近京諸郡丁夫, 伐材, 浮江而下, 人馬絡繹, 州郡騷然, 農者輟耕, 時 京城民訛言, 王將取民家小兒數十, 埋新宮礎下, 家家驚駭, 多抱皃逃竄者, 惡少乘聞, 悠行剽竊, 王, 怒營 宮稽綏, 責善莊 良衍等日, 若不斷手十月, 必受重刑, 且徴賜物及工費, 善莊等, 書夜督役, 不少懈, 又強榜日, 自宰相至權務, 輪材不及期者, 徴布五百匹, 分配海島, 於是, 輦材絡繹, 新宮殿宇門戸, 皆飾鍮銅, 乃命百官下至胥吏, 毎二人, 給五綜布一匹, 徴鍮銅二斤, 人皆苦之, 又歛諸道銅鐵, 鑄鼎鏝錆釜納之新宮, 民間農器, 盡括無餘, 王, 尚怒其稽綏, 親杖善莊 良衍 渙, 於是, 人家寺院材瓦礎砌, 靡不撤取, 其宮室 制度, 不類王居, 及王被執如元, 高龍普, 捕良衍 善莊等十畭人, 囚之, 明理, 以與龍普善故, 免, 印礑, 檻載艮衍等, 如元, 元, 流艮衍于杭州路 22) ( 史料 17) 金興慶 金興慶, 侍中就礪之曾孫, 聰慧便佞, 恭愍朝, 選補考逹赤, 王, 見而 i 兌之, 以爲内速古赤, 有龍陽之寵, 常 侍内寢, 未嘗一夕許休沐, 數月間, 超遷至三司左尹, 轉左右衞上護軍, 寵愛日深, 嘗入直據胡床, 王, 見之 怒, 使上護軍盧躊, 豢毆幾斃, 後王, 又以事笞興慶, 興慶怒, 毆内侍宋良哲, 復矯命杖之, 拜代言, 有上護軍金用輝 諂附興慶, 嘗奸高家奴妻當坐興慶, 因誕辰, 講土赦, 邃得免, 王, 賀子弟衞, 以洪倫 韓安 權瑁 洪寛 盧暄, 屬焉, 興慶, 撼之, 王, 強使興慶 倫 安等, 通盆妃, 慶興寵倖臨極. 勢傾中外, 嘗以事, 銜典法撼郎楊允發, 矯旨召之, 允發, 辭以疾, 命巡衞府, 執致宮中, 時方隆冬, 裸其身, 終夜侵辱, 郎將張龍, 本判事張海奴也, 諂事贊成安師埼, 不禮於海, 海, 怒捶之, 龍, 訴師埼, 師碕, 告興慶, 興慶, 白王, 令巡衞府, 捕海, 并取契劵, 海, 知之, 攜劵逃, 繋其處女巡衞府, 又興慶從者, 遇刹正姜隱 金南生 柳法等, 不下馬, 隱等, 叱下之, 從者, 訴興慶, 乃囚隱等, 令憲府 罪之, 興慶, 請以母積善翁圭柳氏, 爲 交州江陵楊廣三道斫恩使, 傳騎至十饑匹, 按部守令, 競行苞苴 柳, 尋封辰韓國大夫人, 柳, 受俸廣與倉, 米布麁惡, 興慶, 怒, 杖倉官于闕外,T., 以體覆使李傑生, 輕決河乙沚等罪, 殺之, 傑生臨刑, 談笑自若, 人謂傑生, 剛直敢言, 嘗忤興慶故, 及興慶愛倡妓小斤莊, 恐人竊之, 日使其黨崔仁哲, 伺之, 見李成林宿其 家以告, 明日, 興慶戲之日, 宰相宿倡家, 可乎, 成林, 變色日, 無之, 由是, 交惡白王, 出成林, 爲楊廣道都巡間使, 適禦倭軍, 敗, 都巡察使崔瑩, 希興慶意 欲殺之, 成林異父弟廉興邦, 亦有寵於王 t 力救免死, 杖配烽卒, 斯其都鎭撫池深, 興慶當直, 使判典校林樸, 代之, 又與安師埼等, 張樂宴中, 其無忌憚, 類此, 毎出入, 驪從之盛, 與辛日屯無異, 及王被弑, 辛偶立, 右司議安宗源 門下舍人金濤 補闕林孝先 正言盧嵩 閔由誼等上言, 古人云 大姦似忠, 大詐似信, 金興慶, 不更事無知, 惟以年少檢利, 荷先王寵眷, 超擢高官, 一 55 一

24 愛知学院大学文学部紀要 第 33 号 得任喉舌, 朝夕昵侍, 怙權陵僭, 蒙蔽聰明, 專擅威幅, 縱肆貪婪, 王旨, 擅傳而不奏, 御膳, 先己而後進, 刑政自任, 賄賂盛行, 用公府之財, 爲己物, 取内廐之馬, 爲己畜, 奪人之妻, 陽令離異, 受人之奴, 陰許扶 援, 慢罵宰相, 縛辱郎吏, 以普通佛舍, 作其馬坊, 役七站人馬, 輪其私米, 誘扇群小, 悠行不法, 虧君徳, 歛人怨, 遠近, 莫不痛憤, 畏威, 莫敢指斥, 使上恩, 不得下究, 下情, 不得上逹, 馴致堅氷之勢, 醸成前日 之禍, 蓋起禍者, 萬生也, 而媒禍者, 興慶也, 昔趙高, 專於秦, 而卒成望夷之禍, 朱鼻, 專於梁, 而俄有臺 城之變, 今在惟新之朝, 宜先正興慶誤國陷君之罪, 以快一國臣民之憤, 迄至今日, 略無譴訶, 興慶, 曾不自 悔, 所在群聚, 謀自安之術, 驚駭視聽, 沸騰物議且興慶之縱悪至此者, 亦由王伯 安沼 鄭龍壽, 爲其腹心, 相濟爲之耳, 請令憲司, 明正其罪, 以誡後來, 隅, 留中不下, 臺省, 請至再三, 偶, 乃流興慶干彦陽, 除名籍其家, 餘皆免官, 初呉獻, 聞洪倫等謀, 以告興慶, 興慶, 以倫等有寵於王, 恐王不信, 反爲所害, 獪 予未發, 及亂作, 獻, 具告崔瑩, 瑩, 遣献于興慶貶所, 封弁, 興慶, 謂獻日, 汝尚乳臭, 吾薦汝先王, 汝反 欲噬我耶, 獻日, 吾以倫等逆謀, 告公, 乃所以報公徳也, 興慶, 無以對, 遽誅之 23) ( 史料 18 ) 潘福海 潘福海, 巨濟人, 爲辛禍嬖幸, 累遷密直承旨, 嘗直禁中, 與知申事李存性, 戲褫知印爾書高士聚衣, 相與誼 鬧, 隅, 聞而問之稿海 存性, 對日, 士聚使酒, 臣等不能禁, 隅怒, 罷士聚職, 後福海, 陞密直副使隅, 畋于西海道, 幅海, 從之, 至瓮津, 嵎, 射豕, 豕突觸馬嵎, 驚墜, 編海, 躍馬直前, 一箭殪之, 隅, 得免, 自是, 寵遇日隆, 賜姓王爲子, 擢門下贊成事, 賜推忠亮節翊載佐命輔理功臣號, 超拜其父門下評理盆淳, 爲 右侍中, 以福海, 既爲禍子, 同入政府不相避, 偶, 賜福海教日, 遇急遽倉卒之難然後知出衆之眞才, 立 光明雋偉之功, 然後受稀世之至寵, 此古賢臣碩輔, 所以富貴不離其身而聲名流於萬世者也, 乃租阜, 奉使節 而逋日本, 提文衡而取英材, 代有聞人, 立于朝, 著餘慶, 浸漬久而大振, 其在卿乎, 卿, 材兼文武, 立志堅 確, 移孝爲忠, 主國忘身, 丙寅西狩, 封豕奔來我前, 左右變色, 不知所爲, 我之安危, 在於呼吸之頃, 卿, 躍馬而來, 一箭洞其腹應弦而斃, 是卿邊績我命于天也, 此雖宗杜山川之靈, 黙誘卿衷, 然非卿所蘊之忠所稟之勇, 予末小子, 何由奉宗 t± 山川於今日乎, 他稽典故, 錫卿王姓, 爲義子, 陞卿贊成事 所以異其恩數, 勤其忠勇也, 拜父侍中, 所以勤其忠義也, 幅海, 嘗從偶田, 墜馬, 隅, 以所乘馬, 與之福海, 娶林堅味女, 後又娶典儀注簿柳芬女, 堅味, 不敢禁但嘘唏而已, 趙胖事起, 隅, 下堅味 廉興邦獄, 以福海爲子故, 不 疑, 使領兵, 與崔瑩等宿衞, 福海, 陰懐異志, 夜以突騎數十, 詐稱徼巡, 馳入瑩軍, 瑩, 方被甲踞胡床, 指 揮偏裨, 目不交睫, 福海, 不得害而還, 翌日, 禍欲試福海意, 問日, 何以處堅味, 幅海, 不對, 復問日, 唯爾言是從, 對日, 若宥臣舅, 臣當以死報, 禍, 應日諾, 既而下幅海獄誅之, 籍其家事在堅味傳 24)( 史料 19) 申元弼 申元弼, 門地單微, 恭讓, 在潛邸時, 常賜衣食, 與之學, 登第, 累遷部令, 罷歸, 久居郷曲, 王, 皀卩位七日, 特遣使, 召之, 授弘幅都監判官經筵檢討官, 一日, 王, 謂元弼日, 餘久居深宮, 脚膝酸疼, 對日, 毎夜宮中, 宜拜天拜佛以養氣, 王, 從之, 置仁王佛於別殿 朝暮禮拜, 遇災異, 輒斬禳, 命給田都監, 賜元弼田, 仍趣 成案給之, 元弼, 矯世子旨, 憲司, 劾之, 王, 命罷其職, 既而悔之, 欲罪言者, 知申事李行, 密白世子, 諌 止之, 王, 不聽, 左使鄭道傳, 又諌之, 怒稍解, 王, 御經筵, 代言成石穃, 論刑制之紊日, 往者, 趙胖枉爰酷刑, 然且不死命也, 元弼, 在側日, 胖, 嘗奉釋教, 其得免死, 實由果報也, 禮成江水, 赤沸三日, 王, 有憂色, 元弼日, 安知其不爲祚也, 元弼, 毎進諛言, 且以異端之説, 蠱惑王心, 出入房闥, 與宙寺同流 爲邪媚, 士林鄙之, 驟遷禮曹撼郎, 轉内府令, 皆帶經筵, 經筵官, 更日侍講, 唯元弼, 日侍左右, 以諂佞得幸, 士大夫, 多趨附者, 後以禹玄寶黨, 流遠地 25) 崔在晋著 高麗史列伝の 嬖幸伝研究 東西史学 2,29 頁参照 1996 年, 韓国東西史学会刊 恣 一 56 一

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