目 次 1 目的 2 事業内容 2-1 調査方法 2-2 実施体制 2-3 スケジュール 3 調査結果 資料 : 調査結果 (1) 地域資源及びそれらに係るキーパーソンのリスト化 (a) 歴史 (b) 文化 (c) 郷土 文学 (d) 伝説 伝承 民話等 (e) 食文化 (f) 地場産品 (g) 自

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1 平成 25 年度 歴史と伝承が息づく東北 みちのくに発掘プロジェクト 基礎調査事業に関する業務 業務報告書 平成 26 年 3 月 特定非営利活動法人東北みち会議

2 目 次 1 目的 2 事業内容 2-1 調査方法 2-2 実施体制 2-3 スケジュール 3 調査結果 資料 : 調査結果 (1) 地域資源及びそれらに係るキーパーソンのリスト化 (a) 歴史 (b) 文化 (c) 郷土 文学 (d) 伝説 伝承 民話等 (e) 食文化 (f) 地場産品 (g) 自然 (h) 景観 生活様式等 (i) 映画 アニメの舞台 (2) 歴史 伝承を切り口にした地域資源の大括り化 ストーリー化 (3) 地域資源を絡めた域内回遊プログラムのモデル提唱 - 1 -

3 1 目的 東北地域には美しい自然や豊かな農林水産物 情緒豊かな街並みや賑やかなお祭りなど歴史と伝統に育まれた多種多様な 地域資源 が存在し それぞれの地域資源は四季折々を通じて各地で活用されているが 一部を除き魅力あるこれらの資源を地域活性化の観点から十分に有効活用しきれていない現状にある この調査では 東北地域に潜在する多種多様な地域資源を発掘するとともに 点在する地域資源に共通項を見出し ジャンルや地域にとらわれない広範な連携を模索することなどを通じて 地域資源の歴史的価値を再認識しつつ それらのストーリー性も含めた地域資源の新たな付加価値を創造すること ( 新規創業 起業 地域ブランド化 新商品開発 新販路開拓等 ) を目的に調査を実施した 2 事業内容 2-1 調査方法 (1) 地域資源及びそれらに係るキーパーソンのリスト化について ⅰ) リストの記載内容カテゴリー ( 仕様書に沿った 9 カテゴリー ) 県 市町村 地域資源名 資源の概要 歴史的価値 ストーリー 所在地 情報源 取材元 地域のキーパーソン ⅱ) 件数 1 カテゴリーにつき各県 20 件 20 件 6 県 9 カテゴリー =1,080 件以上を目標に調査を実施 ⅲ) 調査方法等 1 当法人所有の調査データ 県 市町村図書館 郷土資料館等の資料を集約 2 各カテゴリー 調査対象項目を洗い出し リスト化作業を実施した 資料不足項目は必要に応じて現地調査 インターネット等を活用し補足を行った 3キーパーソン 連絡先は 各地の観光協会や教育委員会等 広域的な情報をもつ団体を先にリストアップし 追加情報のある場合は現地団体等を追記した (2) 歴史 伝承を切り口にした地域資源の大括り化 ストーリー化について ⅰ) 調査方法等 1 各地域で (1) 調査を実施した担当者から ストーリー提案を集める 2 本部 ( 統括リーダー 事務局 ) で精査し 選定を行った 3 各調査担当者が原稿の執筆 写真選定を実施した - 2 -

4 (3) 地域資源を絡めた域内回遊プログラムのモデル提唱について 上記 (2) で作成したストーリーに 立ち寄りポイント ( 史跡 文化財 自然景観 街並 み等の見どころ 食文化等 ) を加え 域内を回遊するプログラムを作成する (4) 報告書作成 2-2 実施体制 2-3 スケジュール 作業項目担当 H25.11 H25.12 H26.1 H26.2 H26.3 大分類中分類小分類 ( 責任者 ) (1) 地域資源リスト化 調査準備 地域資源調査 (2) ストーリー化 調査方針決定鐙 安藤 調査チーム打合せ田中ほか 資料収集 資源選定 リスト化作業 田中 安藤 田中 安藤 キーパーソンリストアップ 選定田中 安藤 取りまとめ報告書作成安藤 ストーリー作成 ストーリー案選定 作成 フ ラッシュアッフ 安藤 鐙 田中 取りまとめ報告書作成安藤 (3) 域内回遊プログラムのモデル作成 フ ロク ラム作成 ストーリー選定 プログラム作成 安藤 鐙 田中 取りまとめ報告書作成安藤 ( 補足 ) - 3 -

5 3 調査結果 (1) 地域資源及びそれらに係るキーパーソンのリスト化について 調査結果 別紙資料の通り 調査カテゴリー件数主な地域資源 (a) 歴史 409 件 史跡 文化財 交通 運輸 ( 街道 舟運 ) 歴史上 の人物と一族 旅人たちの足跡 (b) 文化 193 件祭事 伝統的行事 民俗芸能等 信仰 (c) 郷土 文学 120 件 郷土文学者 ( 明治以降 東北出身または東北にゆ かりのある人物 東北を舞台にした作品の作者 ) (d) 伝説 伝承 民話等 63 件東北各地が舞台となった伝説 伝承 民話 (e) 食文化 226 件 郷土料理 伝統料理 特産品 ( 新作 創造の B 級 グルメ等は除く ) (f) 地場産品 伝統技術等 195 件 漆器 陶器 木工 民芸品 工芸品 郷土の手仕 事 (g) 自然 283 件山岳 湖沼 滝 海岸 鍾乳洞 渓谷 温泉 (h) 景観 生活様式等 601 件 歴史的街並み 宿場 歴史的建造物 近代化遺産 産業遺産 土木遺産 農山漁村集落 生活様式 (i) 映画 アニメ等の舞台 255 件 映画 アニメ ドラマ ( 大河 朝ドラなど 単発 の 2 時間ドラマ等は除く ) 計 2,345 件 調査項目 県 市町村 地域資源名 資源の概要 歴史的価値 ストーリー 所在地 情報源 取材元 - 4 -

6 (2) 歴史 伝承を切り口にした地域資源の大括り化 ストーリー化について 調査結果 別紙資料の通り 下記 6つのテーマに対し ストーリーを取りまとめた ストーリー 関連する地域 (1) 北前船 新潟 山形 秋田 青森 (2) 奥州街道 福島 宮城 岩手 青森 (3) 羽州街道 福島 宮城 山形 秋田 青森 (4) 出羽三山参詣の道 福島 山形 宮城 山形 秋田 山形 岩手 山形 (5) イザベラバードの道 新潟 山形 秋田 青森 (6) 義経北行伝説 山形 宮城 岩手 青森 (3) 地域資源を絡めた域内回遊プログラムのモデル提唱について 調査結果 別紙資料の通り 上記 (2) のストーリーにする域内回遊コースの概要 立ち寄りポイントを解説 ( 例 ) - 5 -

7 (1) 地域資源調査リスト (a) 歴史 カテゴリー県市町村地域資源名資源の概要歴史的価値 ストーリー所在地情報源 取材元 1 (a) 歴史 青森県 東北町 長者久保遺跡 < 史跡 > 無土器文化とも推定される旧石器 時代終末期 (B.C1 万 3 千 ~4 千年 ) の遺跡 県重宝 縄文草創期への過渡期に位置し 縄文文化の起源を探る上で重要 出土品は野辺地町立歴史民俗資料館に展示 上北郡東北町字横沢 日本の古代遺跡 29 青森 ( 企画 / 森浩一 著 / 鈴木克彦 発行 / 保育社 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 野辺地町立歴史民俗資料館 TEL (a) 歴史 青森県 弘前市 大森勝山遺跡 < 史跡 > 旧石器 ~ 縄文前期 ~ 晩期の遺跡 国史跡 直径 13m 超の大型住居跡や長径約 50m の環状列石 ( ストーンサークル ) 大森地区の近くには砂沢遺跡 ( 日本最北の水田跡 ) も 弘前市大森字勝山 日本の古代遺跡 29 青森 ( 企画 / 森浩一 著 / 鈴木克彦 発行 / 保育社 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 弘前市教育委員会文化財保護課 TEL (a) 歴史 青森県 青森市 三内丸山遺跡 < 史跡 > 縄文中期を中心とする大規模集落 等の遺跡 国史跡 大規模列柱跡やクルミ栽培の形跡などが確認され クニ ( 国 ) の萌芽を指摘する説も 縄文時代 のイメージを一変させた 青森市三内丸山 遙かなる縄文の声 ( 著 / 岡田康博 発行 / 日本放送協会 ) 青森県教育庁文化課三内丸山遺跡保存活用推進室 TEL (a) 歴史 青森県 つがる市 亀ケ岡遺跡 < 史跡 > 縄文前期 ~ 晩期 ~ 弥生 ~ 中世に 到る複合遺跡群 国史跡 遮光器土偶や高度に洗練された漆彩色土器等が出土し 亀ヶ岡文化 と呼ばれる 縄文晩期を代表する指標遺跡 つがる市木造町亀ケ岡字亀山 近江野沢 館岡字沢根 日本の古代遺跡 29 青森 ( 企野辺地町立歴史民俗資料館 画 / 森浩一 著 / 鈴木克彦 発行 TEL / 保育社 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 5 (a) 歴史 青森県 八戸市 是川遺跡 < 史跡 > 縄文前期 ~ 晩期の複合遺跡 国史 跡 高度な漆塗り土器 木器 監胎漆器で有名 亀ケ岡文化 を代表する縄文遺跡の一つ 出土品は八戸市埋蔵文化財センター ( 是川縄文館 ) に収蔵 八戸市是川宇中居 日本の古代遺跡 29 青森 ( 企画 / 森浩一 著 / 鈴木克彦 発行 / 保育社 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 八戸市立是川縄文館 TEL (a) 歴史 青森県 田舎館村 垂柳遺跡 < 史跡 > 弥生中期の水田遺跡 砂沢遺跡 ( 弘前市 ) で水田跡が確認されるまでは日 本最北 弥生時代に東北北部でも稲作が行なわれ南津軽郡田舎館村ていたととを初めて確認できた画期的遺垂柳跡 炭化米 畦や水路跡 弥生人の足跡なども発見 日本の古代遺跡 29 青森 ( 企画 / 森浩一 著 / 鈴木克彦 発行 / 保育社 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 田舎館村歴史民俗資料館 ( 出土品 関係資料も展示 ) TEL (a) 歴史 青森県 弘前市 砂沢遺跡 < 史跡 > 弥生前期の水田遺跡 日本最北 最後の縄文式とも最初の弥生式ともされ る精巧な 砂沢式土器 の標識遺跡 籾痕 のついた土器や碧玉製管玉も出土 弘前市北部の三和 ( みわ ) 集落 日本の古代遺跡 29 青森 ( 企画 / 森浩一 著 / 鈴木克彦 発行 / 保育社 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 弘前市教育委員会文化財保護課 TEL (a) 歴史 青森県 八戸市 鹿島沢古墳群 < 史跡 > 本州最北の古墳群 ( 円墳の群集 墳 ) 発見当初は約 10 基確認 今は3 基の み 格式を窺わせる玉類や金銅製の馬具 装飾品類や鉄万などが出土し 被葬者の人物像と古代大和朝廷との関わりに諸説 八戸市大字根城字大久保 ~ 沢里字鹿島沢 日本の古代遺跡 29 青森 ( 企画 / 森浩一 著 / 鈴木克彦 発行 / 保育社 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 八戸市博物館 TEL (a) 歴史 青森県 外ヶ浜町 観瀾山館跡 < 史跡 > アイヌのチャシ ( 砦 見張り場 館 ) 跡 と伝えられる 築造年代不明 江戸時代に は弘前藩が蟹田御台場 ( 砲台 ) を築いた 10 (a) 歴史 青森県 青森市 尻八館跡 < 史跡 > 外ヶ浜 ( 津軽半島東岸 ) の代表的な 中世館跡 日本海海運で名を馳せた安藤 ( 安東 ) 氏関連の山城と見る説が有力 陸奥湾を一望する景勝地 公園として整備され 頂上付近の展望台や太宰治文学碑も 船載品を含む膨大な古銭や陶磁器 鉄製品 石製品などが出土 青森県立郷土館で保管 展示 外ヶ浜町 (1 日 蟹田町小国字東小国山 ) 青森市後潟字後潟山 ~ 六枚橋字六枚橋山 新版青森県の歴史散歩 ( 編 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 奥州街道 ( 著 / 伊藤孝博 編集発行 / 無明舎出版 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 外ヶ浜町教育委員会 TEL 青森県立郷土館 TEL a 歴史 1/188

8 11 (a) 歴史 青森県 蓬田町 蓬田館跡 < 史跡 > 尻八館と同様 安藤氏系豪族の居 館だったとされる中世の平城跡 ( 別名 蓬 田城 ) 12 (a) 歴史 青森県 五所川原市福島城跡 < 史跡 > 十三湖の北東岸丘陵にある壮大な 中世山城跡 十三湊安藤氏との関連説が 有力 戦国時代には南部氏系の居城となったが 天正 13 年 (1585) 大浦為信( 津軽氏祖 ) によって落城 今は旧村社の八幡宮がある 丘陵の一角には長身人骨出土で注目された縄文期のオセドウ貝塚 周辺には山王坊跡 ( 日吉神社 ) や唐川城跡 禅林寺跡など十三湊安藤氏関連の中世遺跡 東津軽郡蓬田町蓬田字汐越 五所川原市 ( 旧 市浦村相内 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 青森県立郷土館 TEL 青森県教育委員会文化財保護課 TEL (a) 歴史 青森県 藤崎町 藤崎城跡 < 史跡 > 古代末期 前九年の役で滅んだ安倍貞任の遺児 高星 ( たかあき ) 丸 が密かに落ち延びて成長し その子が築いたと伝承される 14 (a) 歴史 青森県 八戸市 根城跡 < 史跡 > 建武新政 (1334~) 以来 約 260 年 にわたり根城南部氏の拠点だった広大な 中世城郭跡 国史跡 一族は安藤 ( 安東 ) 氏を名乗り 岩木川を下って十三湊に進出したとも伝え 中世安藤氏 発祥の地 の一つとなっている 陸奥国司兼鎮守府将軍 北畠顕家の国代として派遣された南部師行が築城 城跡の東側に隣接して八戸市博物館 南津軽郡藤崎町藤崎 八戸市大字根城字根城 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 藤崎町教育委員会 TEL 八戸市博物館 TEL (a) 歴史 青森県 青森市 浪岡城 ( 浪岡御所 ) 跡 < 史跡 > 南北朝時代に南朝方の忠臣だった北畠親房の子孫が この付近を拠点としたとされる 現在地への築城は室町期の 応仁の乱 の頃と推定 16 (a) 歴史 青森県 平川市 大光寺城跡 < 史跡 > 中世から戦国末期にかけ 曽我 氏 南部氏 津軽氏らが攻防を繰り広げた 津軽争奪戦の舞台 17 (a) 歴史 青森県 五所川原市十三湊野遺跡 < 史跡 > 日本の代表的良港 三津七湊 の 一つに数えられた中世 十三湊 跡 国史 跡に指定 18 (a) 歴史 青森県 三戸町 三戸城跡 < 史跡 > 戦国時代から豊臣時代にかけての 一時期 南部氏宗家の本拠だった堅牢な 山城跡 天正 6 年 (1578) 津軽為信により落城し 北畠一族は四散した 城跡は史跡公園として整備 出土品は青森市中世の館で展示 最後は津軽氏系の城となったが江戸初期に廃城 城門や石材は弘前城築城に使用 初期の 町人町 後の 武家エリア 大規模な港湾施設などの跡が確認された 全国でも類を見ない中世日本海海運の港湾都市遺跡 三戸城主 南部信直は本拠を九戸城 ( 福岡城 ) に移し やがて盛岡城を本拠とする盛岡藩に発展 三戸城跡は公園として整備され三戸城温故館がある 青森市 ( 旧 浪岡町浪岡町字五所 平川市 ( 旧 平賀町大光寺 ) 五所川原市 ( 旧 市浦村十三 ) 三戸郡三戸町梅内字城ノ下 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 東北ふしぎ探訪 歴史 民俗のミステリーを歩く ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 奥州街道 ( 著 / 伊藤孝博 編集発行 / 無明舎出版 ) 青森市中世の館 TEL 平川市教育委員会 TEL 青森県教育委員会文化財保護課 TEL 三戸町立歴史民俗資料館 ( 三戸城温故館 ) TEL (a) 歴史 青森県 三戸町 三戸大神宮 < 史跡 > 三戸城下の中心的神社 ( 祭神 天 照皇大神 ) 文政 9 年 (1826) の神輿が現 存 戊辰戦争の後 斗南藩 ( 旧会津藩 ) の人々は下北だけでなく三戸にも移住した 関連の石碑やエピソードが残る 三戸郡三戸町大字同心町字諏訪内 43 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) および直接取材 三戸大神宮 20 (a) 歴史 青森県 南部町 三光寺 < 史跡 > 建長 6 年 (1254) 南部氏 2 代の南部 実光が開基したと伝えられる南部氏ゆか りの古刹 伝 実光墓 ( 塚 ) や南部信直 ( 南部藩祖 ) 夫妻墓 ( 五輪塔 ) 南部利康霊屋 ( 国重文 ) 南部利直霊屋 ( 県重宝 ) などがある 三戸郡南部町小向字正寿寺 60 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 三光寺 21 (a) 歴史 青森県 南部町 聖寿寺館 ( 本三戸城 ) 跡 < 史跡 > 戦国期 三戸南部氏が本拠とした 居城跡 三光寺の南隣 堀割跡などが現 存 天文年間 (1532~55) に炎上し 本拠を三三戸郡南部町戸城に移城 後の盛岡藩へとつながった 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 南部町教育委員会 TEL (a) 歴史 青森県 鰺ヶ沢町 種里城跡 < 史跡 > 津軽氏祖 大浦光信が本拠とした 中世山城跡 津軽藩発祥の地とされる 23 (a) 歴史 青森県 南部町 法光寺 < 史跡 > 曹洞宗の奥羽三大本山の一つに 数えられる名刹 曹洞宗開祖 道元禅師 の遺骨と仏舎利を納めた三重塔も 大浦氏はその後 大浦城を本拠とし 大浦為信の時に南部氏から離れて津軽を統一 津軽氏を名乗った 種里城跡には光信の墓がある 名峰 名久井岳の中腹にあり 北条時頼廻国伝承が残る ( 時頼が開基し弘安 3 年に草創との寺伝 ) 西津軽郡鯵ケ沢町種里 三戸郡南部町大字法光寺字法光寺 20 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 鰺ヶ沢町教育委員会 TEL 南部町教育委員会 TEL 法光寺 24 (a) 歴史 青森県 八戸市 八戸城跡 < 史跡 > 江戸初期に盛岡南部藩から分離 独立した八戸南部藩 2 万石の本拠 25 (a) 歴史 青森県 八戸市 長者山新羅神社 < 史跡 > 南部氏の遠祖である甲斐源氏の 新羅三郎義光 ( 源義光 ) などを祭る 本丸跡に建つ三八城 ( みやぎ ) 神社は新羅三郎義光 ( 八幡太郎義家の弟 南部氏遠祖 ) 南部光行( 南部氏始祖 ) 直房( 八戸南部務初代 ) を祀る 八戸三社大祭の中日 江戸時代から続く騎馬打毬 ( 県民俗 ) が境内の旧馬場で行なわれる 八戸市内丸 八戸市長者一丁目 6-10 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 八戸市博物館 TEL 新羅神社 a 歴史 2/188

9 カテゴリー 県 市町村 地域資源名 資源の概要 歴史的価値 ストーリー 所在地 情報源 取材元 26 (a) 歴史 青森県 八戸市 八戸南部家墓所 ( 南宗寺 ) < 史跡 > 八戸南部藩創設以来の歴代藩主 南宗寺は八戸南部藩の菩提所 初代藩 八戸市長者 1 丁目 新版青森県の歴史散歩 ( 編 と家族の墓所 ( 県史跡 ) 南宗寺裏手の長 主 直房が開基 寺名は父 利直 ( 盛岡藩 著 / 青森県高等学校地方史研究 者山麓 初代藩主 ) の院号 南宗院 に由来 会 発行 / 山川出版社 ) 27 (a) 歴史 青森県 弘前市 弘前城跡 < 史跡 > 弘前藩 ( 近世津軽氏 ) の本拠だった 広大な平山城跡 東北屈指の桜の名所と して知られる 国史跡 28 (a) 歴史 青森県 弘前市 弘前八幡宮 < 史跡 > 弘前藩 2 代藩主の津軽信政が弘 前城守護のため現在地に勧請 それ以前 は大浦城の鬼門守護神 旧県社 29 (a) 歴史 青森県 弘前市 長勝寺構と禅林三十三カ寺 < 史跡 > 長勝寺を中心に配置された曹洞宗 寺院群の総称 ( 弘前城跡の一部として国 史跡 ) 30 (a) 歴史 青森県 七戸町 七戸城跡 < 史跡 > 鎌倉時代の築造 南北朝時代以降 南部氏により整備されたと見られる壮大な城跡 奥州北部の南朝勢力の拠点の一つ 国史跡 31 (a) 歴史 青森県 青森市 善知鳥神社 < 史跡 > 宗像女三神 ( 海の女神 ) を祭る古社 江戸初期 弘前津軽藩の青森町奉行が藩命により再建 藩の祈願所に一つに 旧県社 32 (a) 歴史 青森県 七戸町 千曳神社 < 史跡 > 八衢彦 ( やちまたひこ ) と八衢姫 ( 交通の要衝を司る神 ) を祭る謎に包まれた古社 江戸期には藩主も参詣 幕府巡見使も代参派遣 33 (a) 歴史 青森県 弘前市 岩木山神社 < 史跡 > 古代以来 津軽の山岳信仰の中心 的舞台の一つ 江戸期は歴代の津軽藩主 が崇敬し社殿を建立整備 旧国幣小社 城域がほぼ往時の規模で維持されている極めて貴重な遺構 本丸は破却されたが 城門や櫓の多くが現存し ほとんどが国重文に指定されている 江戸後期は蝦夷地 ( 北海道 ) 警備に赴く藩士の渡海安全祈祷や守札配布を担った 江戸初期建立の本殿と唐門は国重文 長勝寺は大浦氏以来の菩提寺 津軽氏の移動に伴って移転し 他の寺々とともに現在地に 国重文 県重宝多数 津軽家霊屋も 江戸初期 七戸城主 南部重信が南部宗家を継いで盛岡藩主となり 七戸城には代官所が置かれた 城跡は史跡公園 ( 柏葉公園 ) に 烏頭中納言安方の創祀 阿倍比羅夫の勧請 坂上田村麻呂の再建など伝承豊富 参道入口付近に青森市道路元標 弘前市下白銀町 弘前市八幡町 1 丁目 1-1 弘前市西茂森 上北郡七戸町七戸 青森市安方 2 丁目 7 奥州街道上道と下道 ( 本道 ) の聞に位置 上北郡七戸町字菩坂上田村麻呂創建伝承を持ち 壺碑 ( つ提木 56 ぼのいしぶみ ) 伝説の舞台の一つ 三女神伝説 龍女伝説 田村麻呂伝説ほか豊富な由来譚 桜門 拝殿 奥門 瑞垣は国重文 奥の日光 とも呼ばれる 弘前市大字百沢字寺沢 27 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 奥州街道 ( 著 / 伊藤孝博 編集発行 / 無明舎出版 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 南宗寺 八戸市教育委員会 TEL 弘前城史料館 TEL 弘前八幡宮 弘前市教育委員会文化財保護課 TEL 七戸町教育委員会 TEL 善知鳥神社青森市教育委員会 TEL 七戸町教育委員会 TEL 弘前市教育委員会文化財保護課 TEL (a) 歴史 青森県 弘前市 鬼神社 < 史跡 > 水不足に悩む村人の田に 岩木山の鬼神が水を引いてやったとの由来譚を伝える 一方で田村麻呂勧請伝承も 創建年代不詳 旧郷社 35 (a) 歴史 青森県 弘前市 厳鬼山神社 < 史跡 > 岩木山神社 ( 明治初期までは百沢 寺 ) の本来の旧地 大山祗神 ( 山の神 ) を祭 る 旧村社 36 (a) 歴史 青森県 弘前市 久度寺 < 史跡 > 津軽真言五山 の一つに定めら れた霊場 毎年 5 月の おしら講 で有名 37 (a) 歴史 青森県 むつ市 恐山 < 史跡 > 日本三大霊場の一つとされ 本州 最北の慈覚大師円仁開基伝承をもっ 死 者の霊との再会の場として有名 38 (a) 歴史 青森県 深浦町 円覚寺 < 史跡 > 深浦港を控える澗口観音堂 金比羅堂 薬師堂の総称 田村麻呂ほか9 世紀に遡る開基伝承 津軽氏の祈祷所として藩主が修理再建 39 (a) 歴史 青森県 今別町 本覚寺 < 史跡 >10 世紀に遡る寺伝をもち 江戸時 代 湯殿山 ( 山形県 ) 派遣の修験が再建し たとも伝える古刹 ( 今は浄土宗 ) 40 (a) 歴史 青森県 青森市 西光院 < 史跡 > 法然上人の高弟 金光上人ゆかり の開基伝承をもつ古刹 もとは西光寺 近 くに金光上人を記る金光塚も 地元 鬼沢集落では今も 節分に豆をまかず 端午の節句に菖蒲を屋根に刺さないという 明治の改称前は赤倉山鬼神大権現 岩木山信仰は元々 今の岩木山神社がある岩木山南麓でなく 今の鬼神社や巌鬼神社がある北麓が中心だったと考えられている 寺宝の伝 円山応挙筆 幽霊の図 は御開帳すると雨が降るとされ 雨乞いに使われたという 天台系の山岳修験 別当 円通寺 ( 曹洞宗 ) の宗派にとらわれない おやままいり などが混在する 夏の大祭には イタコ も 平泉の藤原基衡が寄進したと伝えられる厨子 ( 国重文 ) など寺宝 寺伝多数 貴重な北前船関連奉納絵馬群も 中興の祖 5 世貞伝上人は漁業振興 昆布養殖など逸話多数 竜神を祀る多聞天堂や本堂は江戸中期のもの 庫裏は元 鰊御殿 津軽氏による津軽統一後 西光寺は弘前に移って庵寺だけが残ったが 幕末に再建が許され西光院となった 弘前市鬼沢字菖蒲沢 151 弘前市大字十腰内字猿沢 78-7 弘前市坂元山元 1 むつ市田名部 西津軽郡深浦町大字深浦字浜町 275 東津軽郡今別町今別 119 青森市浪岡大字北中野字天王 21-2 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 弘前市教育委員会文化財保護課 TEL 弘前市教育委員会文化財保護課 TEL 弘前市教育委員会文化財保護課 TEL 円通寺 円覚寺深浦町歴史民俗資料館 TEL 今別町教育委員会 TEL 弘前市教育委員会文化財保護課 TEL (a) 歴史 青森県 野辺地町 津軽南部藩境塚 < 史跡 > 奥州街道筋の津軽と南部の国境を示す塚 ( 県史跡 ) 藩境の二本又川を挟んで4つあり 通称 四つ森 とも 四つ塚 とも 川の南に 従是東南盛岡領 北に 従是西北津軽本次郎領分 の石碑あり こうした大規模で明瞭な藩境塚は奥州街道全体でも珍しい 上北郡野辺地町の旧馬門村 ~ 狩場沢村 奥州街道 ( 著 / 伊藤孝博 編集発行 / 無明舎出版 ) 野辺地町教育委員会 TEL a 歴史 3/188

10 カテゴリー 県 市町村 地域資源名 資源の概要 歴史的価値 ストーリー 所在地 情報源 取材元 42 (a) 歴史 青森県 深浦町 折曽関跡 < 史跡 > 蒙古襲来 ( 元寇 ) とならんで鎌倉幕 津軽大乱は14 世紀前半 幕府を巻き込ん 西津軽郡深浦町関 新版青森県の歴史散歩 ( 編 府滅亡への要因になったとされる 津軽大 だ津軽安藤氏の内乱 折曾関の痕跡はな 著 / 青森県高等学校地方史研究 乱の古戦場の一つ 西浜折曾関 跡 いが 古地名などから関集落付近に比定 会 発行 / 山川出版社 ) 43 (a) 歴史 青森県青森市 平川 市 深浦町 津軽三関跡 ( 野内 碇ヶ関 大間越の三関跡 ) < 史跡 > 盛岡南部藩に対する弘前津軽藩と黒石津軽藩の野内番所 秋田藩に対する弘前津軽藩の大間越番所と碇ヶ関番所の総称 44 (a) 歴史 青森県 青森市 北畠氏累代墓 < 史跡 > 南朝方の忠臣だった浪岡御所系の 北畠氏一族の墓と伝えられる五輪塔 風 化が激しく原形はとどめない 45 (a) 歴史 青森県 十和田市 太素塚 < 史跡 > 三本木原開拓の祖とされる新渡戸 伝 ( にとべつとう ) の墓 左右に息子 十次 郎と孫 稲造 ( いなぞう ) の墓も 46 (a) 歴史 青森県 つがる市 八 戸市ほか 亀ケ岡文化の国指定文化財 < 文化財 > 亀ヶ岡遺跡 是川遺跡などをはじめとする縄文晩期の 亀ケ岡文化 の出土品類 されている それぞれ奥州街道口 大間越街道口 羽州街道口を固め 役人が配置されていた 津軽藩と盛岡 秋田両藩との緊張関係を物語る 標石の 北畠累代墓 の字は三条実美 ( さねとみ ) が揮亳 南朝びいきが窺える200m ほど南には北畠守親の墓と伝えられる五輪塔も 開拓に従事した孫 七郎や開拓協力者の位牌堂も 境内の十和田市立新渡戸記念館では関連資料や遺品を展示 新渡戸稲造の蔵書も 亀ヶ岡出土品は遮光器土偶 ( 国重文 ) ほか優品が多いが各地に分散している 是川出土品は土器 土偶 木器 玉類など 633 点が国重文 青森市野内字菊川 平川市 ( 旧 碇ヶ関村碇ヶ関 ) 深浦町( 旧 岩崎村大間越 ) 青森市 ( 旧 浪岡町北中野 ) 十和田市東三番町 つがる市木造町亀ヶ岡字亀山 近江野沢 館岡字沢根 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 日本の古代遺跡 29 青森 ( 企画 / 森浩一 著 / 鈴木克彦 発行 / 保育社 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 深浦町教育委員会 TEL 各教育委員会 青森市中世の館 TEL 十和田市立新渡戸記念館 TEL 是川遺跡の文化財 : 是川縄文館 TEL 亀ヶ岡遺跡の文化財 : 縄文館 青森県立郷土館 東京大学 慶応大学 東北大学ほか 47 (a) 歴史 青森県 青森市 三内丸山遺跡の国指定文化 財 48 (a) 歴史 青森県 弘前市 中別所の板碑群と正応元年 板碑 < 文化財 > 青森県内の年間出土量の40 年分に当たる膨大な遺物 ( 土器 石器 土偶など ) 巨大列柱穴のクリの巨木( 径 1m) などを出土 < 文化財 > 中別所地区の俗称 公卿塚 ( くげづか ) に14 基 俗称 石仏 ( いしぼとけ ) に 35 基 計 49 基もの鎌倉時代末期の板碑が林立 49 (a) 歴史 青森県 東北町 日本中央碑 < 文化財 > 伝説の古碑 壺碑 ( つぼのいしぶ み ) や 千曳石 との関連説も出され研究者 に注目された謎の石碑 様々な食用植物 動物の遺物 新潟のヒスイ 岩手のコハク 秋田のアスファルト 北海道の黒曜石なども 特に 石仏 の中の正応元年 (1288) の板碑は建立者や建立趣意が分かり 他にも歴史的に興味深い解読が 青森市 弘前市中別所字葛野 古代東北史の謎の中でも異色の雰囲気を上北郡東北町 日本漂わせている 壺碑 石文地区 ( 現 東中央の碑保存館 北町 ) に来た坂上田村麻呂が弓筈で 日本中央 と刻んだ 旨の伝承も 遙かなる縄文の声 ( 著 / 岡田康博 発行 / 日本放送協会 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 東北ふしぎ探訪 歴史 民俗のミステリーを歩く ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎 ) 奥州街道 ( 著 / 伊藤孝博 編集発行 / 無明舎出版 ) 青森県教育庁文化課三内丸山遺跡活用推進室 TEL 弘前市教育委員会 TEL 東北町教育委員会 TEL (a) 歴史 青森県 深浦町 関の古墳群 < 文化財 > 推定樹齢 1000 年の 関の杉 ( 県天然 ) の下に近傍から移設した 五輪塔を含む42 基の中世古碑群 ほとんどが板碑 県史跡 51 (a) 歴史 青森県 三戸町 唐馬碑 < 文化財 > 徳川吉宗 (8 代将軍 ) が南部藩に下賜したペルシア馬の供養碑 から花の陸奥 ( みちのく ) に散る春砂哉 ( かな ) などの碑文 52 (a) 歴史 青森県 大鰐町 大円寺の丈六木造阿弥陀如 来座像 < 文化財 > 大円寺 ( 真言宗 ) の大日堂の本尊 国重文 文化財指定では阿弥陀知来だが 寺伝では大日如来像だという 53 (a) 歴史 青森県 蓬田村 正法院の円空がはまお仏 < 文化財 > 正法院 ( しようぼういん 曹洞宗 ) の寺宝となっている観世音菩薩坐像 ( 寺の 本尊は釈迦知来 ) 県重宝 安倍 の名や 14 世紀前半 ~ 後半の北朝年号が確認され 貴重な史料 十三湊安藤 ( 安東 ) 氏関連のものと見られている から花 は 唐花 で外国 春砂 ( はるしゃ ) は ペルシア のこと 三戸は古代以来 駿馬の産地の一つ 大円寺 ( 旧 高伯寺 ) は津軽藩主にも庇護された 境内には中世の板碑や江戸時代の石灯籠 2 基 同じく庚申塔なども 一木 素木造り 総高 49 cm 像高 34.5 cm 円空の初期の作で 義経寺 ( 三厩村 ) の円空仏 ( 観世音菩薩坐像 ) とほとんど同じ 西津軽郡深浦町関字栃沢 三戸郡三戸町川守田字下比良 南津軽郡大鰐町 JR 大鰐駅の北側 東津軽郡蓬田村阿弥陀川字汐干 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 深浦町教育委員会 TEL 三戸町教育委員会 TEL 大鰐町教育委員会 TEL 大円寺 蓬田村教育委員会 TEL 正法院 54 (a) 歴史 青森県 外ヶ浜町 義経寺の円空仏 < 文化財 > 義経寺の秘仏とされる観世音菩薩坐像 県重宝 円空が刻んで祀った竜馬山観音堂が義経寺の始まりと伝える ( 円空間基伝承 ) 明治の廃仏毀釈に遭った観音堂は今別本覚寺の末寺として生き残り ( 真言宗から浄土宗へ ) 義経渡海伝説にちなんで義経寺に改称 外ヶ浜町 ( 旧 東津軽郡三厩村本町 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編義経寺著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) & 義経北行伝説 ( 著 / 伊藤孝博 編集発行 / 無明舎出版 ) 55 (a) 歴史 青森県 田舎館村 胸肩神社の円空仏 < 文化財 > 宗像 ( むなかた ) 三神 ( 海の女神 三柱 ) を祀る胸肩神社の十一面観音像 県重宝 近くの生魂 ( いくたま ) 神社 ( 旧 大日如来堂 ) には田村麻呂創建伝承 集落の北には津軽為信に滅ぼされた田舎館城の侍たちの供養碑も 南津軽郡田舎館村田舎館 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 田舎館村教育委員会 TEL a 歴史 4/188

11 56 (a) 歴史 青森県 今別町 本覚寺の青銅塔婆 ( 貞伝上 人墓 ) < 文化財 >5 世貞伝が出羽新庄の鋳物師に造らせ 自ら塔婆下の墓穴に入って入滅したという高さ3m 以上もある笠形青銅塔婆 県重宝 57 (a) 歴史 青森県 青森市 金光塚 ( 金光上人を祀る ) < 文化財 > 法然上人 ( 浄土宗開祖 ) の高弟 金光上人を祀った墓碑 西に約 1kmの西 光院は金光上人ゆかりの寺 58 (a) 歴史 青森県 鰺ヶ沢町 延寿院の円空仏 < 文化財 > 延寿院 ( 曹洞宗 ) 本尊の木造菩薩 坐像 寺伝では薬師知来像 青森県の西 海岸地方唯一の円空仏 県重宝 59 (a) 歴史 青森県 鰺ヶ沢町 明和大地震犠牲者供養塔 < 文化財 > 明和大地震 ( 明和 3 年 =1766 年 ) で 犠牲となった人々の供養塔 延寿院境 内 60 (a) 歴史 青森県 深浦町 円覚寺奉納海上信仰資料 < 文化財 > 深浦の円覚寺に奉納された江戸 時代の船絵馬 70 点 髷額 ( まげがく )28 点な ど106 点 国民俗 61 (a) 歴史 青森県 八戸市 櫛引八幡宮の国指定文化財 類 < 文化財 > 赤糸緘鎧兜大袖付と白糸緘鎧兜大袖付 ( ともに国宝 ) のほか 国重文の兜などが3 点 県重宝の鰐口や舞楽面 9 面 日本刀なども 62 (a) 歴史 青森県 七戸町 七戸の絵馬群 < 文化財 > 絵馬の里 と呼ばれる七戸の中世 ~ 江戸期の奉納小絵馬群 小田子不動堂に96 枚 見町観音堂に172 枚 ( ともに県民俗 ) など 63 (a) 歴史 青森県 西目屋村 弘前市 藤崎町 鶴田町 五所川原市 つがる市 中泊町 岩木川舟運の遺産 < 交通 運輸 > 岩木川舟運は藤崎や板柳などの川港と河口の十三湊を結び 津軽平野の新田地帯の米を上方に運んだ 川筋にはその名残が 64 (a) 歴史 青森県 五所川原市十三湊と中世日本海海運 < 交通 運輸 > 日之本将軍 安藤氏の本拠 十三湊は中世日本海海運で栄え 西国の拠点港 博多に対し 北方交易の中枢基地だった 65 (a) 歴史 青森県 津軽全域 津軽為信 < 歴史上の人物と一族 > 大浦為信 津軽藩祖 大浦城を本拠に津軽を統一して南部氏から独立 豊臣秀吉により承認され近世大名 津軽氏に 66 (a) 歴史 岩手県 西和賀町 大野台遺跡 < 史跡 > 岩手県の後期旧石器時代を代表 する基準遺跡 5 期の文化層から多様な 石器群など1 万 2000 点が出土 67 (a) 歴史 岩手県 一関市 金森遺跡 < 史跡 > 野牛 オオツノシカ ヘラジカ ナウマンゾウなど 旧石器時代に絶滅した大型哺乳動物類の化石 植物化石が大量に出土 68 (a) 歴史 岩手県 一戸町 御所野遺跡 < 史跡 > 縄文中期の代表的な大集落遺跡 東西 500m 南北 120mにわたり500~600 棟と推定される住居跡 国史跡 69 (a) 歴史 岩手県 北上市 樺山遺跡 < 史跡 > 縄文中期の配石遺構 35 基と竪穴住居跡 甕棺遺構などが発見された ムラ の跡 国史跡 大量の各種石器類や土器 土製品も出土 正面に南無阿弥陀仏の名号 裏面に地蔵尊の浮彫 側面と余白に貞伝の事歴を刻む 規模 鋳造技術 歴史的価値も合わせ異色の塔婆 念仏布教のため奥州入りした金光は蓬田村の川で阿弥陀像を発見 浪岡に草庵を結び これが曲折を経て今の西光院になったと伝える 江戸時代初期 鰺ヶ沢沖で漁網にかかったと伝え 海上安全と大漁を祈る漁民の信仰を集めた 別名 海上漂流黒本尊 詳しい調査は進んでいないが 東北の日本海側で江戸期の地震関連碑は余り知られていない 石材は御影石で 北前船で運ばれて来た可能性がある 北国船や北前船の様子 西廻り航路の船主 船頭たちの信仰ぶりを示す重要な海運史料 これほどまとまっているのは全国でも稀少 国宝の 2 点はそれぞれ長慶天皇と後村上天皇のものだったと伝え 根城南部氏と南朝との深い結びつきを物語る 古代以来の馬産地 七戸らしい民俗 源平合戦宇治川先陣争いの名馬 いけづき は七戸産 するすみ は三戸産と伝えられる 十三湊を要に日本海海運とアクセスしたため 海上安全を祈る神社なども 板柳の海童神社はその一つ ( 後に岩木川の守護神に ) 安藤氏が南部氏によって津軽から駆逐された15 世紀後半 十三湊は急速に衰退 江戸期には岩木川流域の米集荷も鰺ヶ沢港が中心に 大浦城を築いたのは種里城主 南部光信の子の南部 ( 大浦 ) 盛信 為信の子の津軽信枚は江戸初期に弘前城を築き津軽氏の本拠藩とした 地元の小学生が発見した大遺跡 縄文早期 ~ 晩期の土器 石器も含まれる 火葬蔵骨器は県内最古のもの 往時の環境や狩猟方法を知る上で日本有数の遺跡 発掘された野牛は地名と発見者の名の一字を採りハナイズミモリウシと命名 配石遺構と大型住居跡のある祭祀場を中心とした 縄文時代の典型的な ムラ と判明 史跡公園として整備 多くの配石遺構と住居跡が一遺跡で見つかるのは稀なケース 埋め戻し保存された遺跡上に ガイダンス施設のある史跡公園が 東津軽郡今別町今別字今別 青森市 ( 旧 南津軽郡浪岡町北中野 ) 西津軽郡鰺ヶ沢町富根町 西津軽郡鰺ヶ沢町富根町 西津軽郡深浦町深浦字浜町 八戸市八幡字八幡 上北郡七戸町後川原 & 見町 青森県 五所川原市 ( 旧北津軽郡市浦村十三 ) 青森県 西和賀町 ( 旧和賀郡湯田町 ) の国道 107 号線沿い ( 秋田県境付近の舌状段丘上 ) 一関市 ( 旧 西磐井郡花泉町花泉金森 ) 二戸郡一戸町 JR 一戸駅南東 2kmの馬淵川右岸段丘上 北上市稲瀬町字大谷地 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 奥州街道 ( 編集発行 / 無明舎出版 著 / 伊藤孝博 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版社 ) 日本の古代遺跡 51 岩手 ( 著 / 高橋信雄 発行/ 保育社 ) 新版岩手県の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 日本の古代遺跡 51 岩手 ( 著 / 高橋信雄 発行 / 保育社 ) 新版岩手県の歴史散歩 ( 編 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行 / 山川出版社 ) 日本の古代遺跡 51 岩手 ( 著 / 高橋信雄 発行 / 保育社 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 本覚寺今別町教育委員会 TEL 弘前市教育委員会文化財保護課 TEL 鰺ヶ沢町教育委員会 TEL 鰺ヶ沢町教育委員会 TEL 円覚寺奉納海上信仰収蔵庫 櫛引八幡宮宝物殿 七戸町立 鷹山宇一記念美術館絵馬館 ( 道の駅しちのへ七戸文化村 ) 青森県教育庁文化財保護課 TEL 青森県教育庁文化財保護課 TEL 弘前市博物館 TEL 湯田町歴史民俗資料館 TEL 一関市教育委員会 TEL 御所野縄文博物館 TEL 日本の古代遺跡 51 岩手 ( 著北上市教育委員会 TEL0197- / 高橋信雄 発行/ 保育社 ) 新 版岩手県の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) a 歴史 5/188

12 カテゴリー 県 市町村 地域資源名 資源の概要 歴史的価値 ストーリー 所在地 情報源 取材元 70 (a) 歴史 岩手県 北上市 八天遺跡 < 史跡 > 縄文中期 ~ 後期の大集落跡 径 墓壙を含む500 基以上の土壌も 土製仮 北上市更木町 17mX13.5mの大型円形建物跡や土製仮 面は祭祀道具 大型建物は一般住居でな 面の部品 ( 国重文 ) なども出土 国史跡 く 神殿 のようなものと推定 71 (a) 歴史 岩手県 北上市 江釣子古墳 < 史跡 > 旧 和賀郡江釣子村と和賀村にまたがる田園地帯の 5つの群集古墳群の総称 7 世紀後半 ~8 世紀前半と推定 国史跡 72 (a) 歴史 岩手県 奥州市 角塚古墳 < 史跡 > 日本最北の前方後円墳 主軸全長約 45m 5 世紀末 ~6 世紀初頭と推定 東北北部の前方後円墳としては最大で最古 国史跡 73 (a) 歴史 岩手県 奥州市 胆沢城跡 < 史跡 > 延暦 21 年 (802) 坂上田村麻呂が築いた大城柵 官衛の跡 約 670m 四方を基底幅 3mの築地塀が囲んでいた 国史跡 74 (a) 歴史 岩手県 奥州市 巣伏古戦場跡 < 史跡 > 延暦 8 年 (789) アテルイ率いる 蝦 夷 ( えみし ) ( 東北先住民 ) 軍が大和朝廷軍 を撃破した古戦場跡 75 (a) 歴史 岩手県 盛岡市 志波城跡 < 史跡 > 古代大和朝廷勢力による最北の城柵跡 延暦 22 年 (803) 坂上田村麻呂が造営 多賀城 ( 陸奥国府 ) に匹敵する巨大さ 国史跡 76 (a) 歴史 岩手県 矢巾町 徳丹城跡 < 史跡 > 志波城が放棄された直後 古代大和朝廷が東北支配のため築いた最後の城柵 規模は約 350m 四方に縮小 国史跡 77 (a) 歴史 岩手県 北上市 極楽寺跡 < 史跡 > 平泉文化以前の一大山岳寺院跡 多くの僧坊跡や土師器 須恵器 金属製品 軒丸瓦などを発掘 別称 国見山廃寺跡 県史跡 78 (a) 歴史 岩手県 岩手町 御堂観音 < 史跡 > 北上山新通法寺正覚院 ( 天台宗 ) の通称 境内の 弓弭 ( ゆはず ) の泉 は古来 北上川の源泉と信じられた 社殿脇に北上山水神も 79 (a) 歴史 岩手県 盛岡市 厨川柵跡 < 史跡 > 前九年の役 (11 世紀 ) で安倍貞任の 最後の拠点となった柵 ( 古代の城砦 ) 跡 堀 跡の一部や関連地名が現存 80 (a) 歴史 岩手県 金ヶ崎町 鳥海柵跡 < 史跡 > 安倍宗任 ( 鳥海三郎 安倍貞任の弟 ) の柵跡 ( 擬定地 ) 前九年の役で安倍氏の総帥 安倍頼時 ( 貞任 宗任らの父 ) が戦死した地 81 (a) 歴史 岩手県 奥州市 豊田館跡 < 史跡 > 平泉藤原氏初代となった清原清衡 ( 藤原清衡 ) が 平泉を本拠とする前に住んだ居館跡とされる 館は清衡の父 藤原経清が築城 82 (a) 歴史 岩手県 平泉町 柳之御所遺跡 < 史跡 > 平泉藤原氏全盛期だった3 代 秀衡の政庁跡と推定 最大長 750m 最大幅 220mの広大な敷地に建物 塀 堀 庭などの遺構 国史跡 83 (a) 歴史 岩手県 紫波町 陣ケ岡 < 史跡 > 志波城築城の坂上田村麻呂軍と人夫 前九年の役の源頼義 義家軍 奥州合戦の源頼朝軍 斯波氏攻撃の南部信直軍が駐屯した陣営跡 計 120 基のうち猫谷地古墳群 (16 基 ) の 1 号墳は代表的墳墓として発掘整備され 石積みの全貌が見える 族長一族の墳墓説 被葬者は不明 伝説では 掃部 ( かもん ) 長者の塚 とも 円筒埴輪や人物 動物 家形などの形象埴輪も出土 埴輪列としても北限 アテルイの本拠地に造営された胆沢城により 朝廷の勢力圏は一気に北進 翌年には鎮守府 ( 東北征服の軍事司令部 ) も多賀城から移転 朝廷軍は征東大将軍 紀古佐美をリーダーに総勢 5 万 2000 余の大軍 アテルイ軍の巧みな作戦と頑強な抵抗により壊滅的被害を出し撤退 南北約 840m. 東西約 930m 内郭( 政庁 ) は多賀城を上回る150m 四方 水害等のためか8 年で歴史から姿を消す 史跡公園として整備 9 世紀半ば頃には衰退したと見られ 朝廷勢力が 蝦夷 によって南に押し戻されたとの推測も 跡地の一部は史跡公園として整備 上田村麻呂が勧請し慈覚大師が大伽藍を整えたと伝える 現在の極楽寺に往時の銅製龍頭と錫杖頭が現存 ( ともに国重文 ) 坂上田村麻呂の祈願所として始まり 源義家 ( 八幡太郎 ) が再建したと伝える 門前の道が奥州街道 奥州三十三観音第 32 番札所 源頼義 清原武則連合軍により厨川柵は落城 蝦夷 の血を引く陸奥の大豪族 安倍氏は滅んだ 東北古代史の一大転換点の一つ 宗任も前九年の役で死んだとされるが 落ち延びて九州に逃れ西国安倍氏の祖となったとの伝承も 安倍晋三首相はその流れの由 父が前九年の役で殺された後 清衡は勝者 清原氏の元で育ち清原氏を名乗った 後三年の役で清原氏が滅亡 清衡は旧姓 藤原に 中国産白磁を含む陶磁器 漆器 鉄器 金銅製品 土器など膨大な出土遺物も ( 土器だけで 20 トン ) 史跡公園として整備 古代から中世にかけ (9 世紀 ~16 世紀 ) 東北史に残る大戦乱で 4 回も大軍が集結したという 地勢的に極めて特異な野営地 北上市 ( 旧 和賀郡江釣子村江釣子ほか ) 奥州市 ( 旧 胆沢郡胆沢町南都田字塚田 通称 一本杉 ) 奥州市 ( 旧水沢市佐倉河字宇佐ほか ) 奥州市水沢区佐倉河四丑 ~ 江刺区愛宕 盛岡市太田方八丁 紫波郡矢巾町西徳田ほか 北上市稲瀬町内門岡ほか 岩手郡岩手町御堂第 3 地割 9 正覚院 日本の古代遺跡 51 岩手 ( 著 / 高橋信雄 発行/ 保育社 ) 新版岩手県の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 日本の古代遺跡 51 岩手 ( 著 / 高橋信雄 発行/ 保育社 ) 新版岩手県の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 日本の古代遺跡 51 岩手 ( 著 / 高橋信雄 発行/ 保育社 ) 新版岩手県の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 日本の古代遺跡 51 岩手 ( 著 / 高橋信雄 発行/ 保育社 ) 新版岩手県の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 東北ふしぎ探訪 歴史 民俗のミステリーを歩く ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 奥州街道 ( 著 / 伊藤孝博 編集発行 / 無明舎出版 ) 奥州街道 ( 著 / 伊藤孝博 編集発行 / 無明舎出版 ) 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 奥州街道 ( 著 / 伊藤孝博 編集発行 / 無明舎出版 ) 盛岡市天昌寺町 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 胆沢郡金ヶ崎町西根字原添下 奥州市 ( 旧江刺市岩谷堂下苗代沢字持田 ) 西磐井郡平泉町平泉 紫波郡紫波町宮手字陣ケ岡ほか 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 及び自己取材 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 日本の古代遺跡 51 岩手 ( 著 / 高橋信雄 発行 / 保育社 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 北上市立博物館 TEL 江釣子史跡センター TEL 奥州市教育委員会 TEL 奥州市埋蔵文化財調査センター ( 胆沢城跡に隣接 ) TEL 奥州市教育委員会 TEL 盛岡市教育委員会 TEL 矢巾町歴史民俗資料館 ( 徳丹城跡に隣接 ) TEL 北上市教育委員会 TEL 岩手町教育委員会 TEL 盛岡市教育委員会 TEL 金ヶ崎町教育委員会 TEL 奥州市教育委員会 TEL ( 財 ) 岩手県文化振興事業団埋蔵文化財センタ一 TEL 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 紫波町教育委員会 TEL019- 岩手県高等学校教育研究会社会 部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) a 歴史 6/188

13 84 (a) 歴史 岩手県 紫波町 高水寺城跡 < 史跡 > 紫波郡の領主 斯波氏 ( 奥州総奉 行 足利家氏が祖 ) の居城跡 南北朝時代 は北奥の北朝勢力の拠点 85 (a) 歴史 岩手県 奥州市 岩屋堂城跡 < 史跡 > 鎌倉末期に江刺氏 ( 奥州総奉行 葛西清重の子孫 ) が築いたとされる中世山城跡 本丸跡は八幡神社 二の丸跡は岩谷堂高校敷地 86 (a) 歴史 岩手県 二戸市 九戸城跡 < 史跡 > 九戸戦争 ( 九戸政実の乱 ) の中心舞台となった壮大堅固な山城跡 規模は宗家 三戸南部氏の拠点を凌ぐ威容 国史跡 87 (a) 歴史 岩手県 平泉町 中尊寺 < 史跡 > 平泉藤原氏初代の清衡が前九年 後三年の役の死者供養と奥羽の安寧を願って建立 天台宗東北大本山 山号 関山 国史跡 88 (a) 歴史 岩手県 平泉町 毛越寺 < 史跡 > 平泉藤原氏 2 代の基衡が鳥羽天皇の勅願で建立し3 代秀衡が造営を継承 堂塔四十余 僧坊五百余 の大伽藍跡 国史跡 89 (a) 歴史 岩手県 奥州市 長者原廃寺跡 ( 伝 金売吉次 屋敷跡 ) < 史跡 > 平泉藤原氏時代かそれ以前のものと見られる古代寺院跡 約 100m 四方の土塁や南門 本堂 西塔跡が判明 県史跡 90 (a) 歴史 岩手県 盛岡市 盛岡城跡 < 史跡 > 南部信直 ( 盛岡藩祖 ) の命により息子 利直 ( 初代藩主 ) が築城 旧 三戸城下から領民を移し 盛岡藩の本拠に 国史跡 91 (a) 歴史 岩手県 盛岡市 三ツ石神社 < 史跡 > 岩手 や 不来方 ( 盛岡の旧名 ) の 地名由来伝承を持つ古社 高さ3mほどの 巨大な三つの花崗岩が御神体 92 (a) 歴史 岩手県 盛岡市 報恩寺 < 史跡 > 藩政時代 盛岡五山の一つに数え られた曹洞宗の名刹 禅道場であるととも に 羅漢堂の五百羅漢でも有名 93 (a) 歴史 岩手県 紫波町 志賀理和気神社 < 史跡 > 古代の全国最北の国幣社 ( 国司が御幣を奉じる社 ) 延喜式内社 地元先住民 ( 蝦夷 ) の神を取り込み格付けしたもの 94 (a) 歴史 岩手県 花巻市 花巻城跡 < 史跡 > 中世は稗貫氏の鳥谷ケ崎城 九戸の乱の後 南部信直が城代を置き 花巻城と改名 盛岡藩の和賀 稗貫 2 郡統治の本拠に 95 (a) 歴史 岩手県 奥州市 寿庵館跡 < 史跡 > 伊達政宗の家臣で水沢に入部したキリシタン領主 後藤寿庵の居館跡 岩手県南のキリスト教布教の拠点 跡地には寿庵記念廟堂 96 (a) 歴史 岩手県 遠野市 鍋倉城跡 < 史跡 > 盛岡藩の重鎮 遠野南部氏の居城跡 戦国末期 阿曽沼氏が築いた横田城を改名し修築 明治まで遠野統治の中心に 97 (a) 歴史 岩手県 遠野市 南部神社 < 史跡 > 遠野南部氏の祖 勤王五世 ( きんのうごせい ) を祀る 後醍醐天皇や南朝に忠誠を尽くした八戸南部氏の南部師行と以後 4 代の当主 98 (a) 歴史 岩手県 一関市 一関城跡 < 史跡 > 古代 安倍家任 ( 磐井五郎 ) が築き安倍氏勢力圏の南の関門にしたと伝える 中世以降 葛西 ~ 留守 ( 伊達一門 )~ 伊達氏が領有 99 (a) 歴史 岩手県 一関市 舞草神社 < 史跡 > 平安時代中期 日本万を生み出し たとされる舞草鍛冶 ( もくさかじ ) 集団の守り 神となった古社 延喜式内社 戦国末期 南部信直が攻め取って郡山城と改名 盛岡城築城の間 藩主 南部利直が十数年にわたり居城 城山公園として整備 江刺氏は宗家 葛西氏が秀吉に滅ぼされた後 稗貫郡に移封され まもなく断絶 江戸期は岩城氏 ( 伊達政宗の子孫 ) が岩谷堂城主に 豊臣秀吉軍 ( 東北の有力大名の大半を含む ) により落城した九戸城には南部信直が入り福岡城と改名 盛岡に移るまで南部氏の本拠に 寺塔四十余 僧坊三百余 のうち往時の建物で現存するのは金色堂と経蔵だけだが 国宝や国重文など多数 東北の平安文化の宝庫 吾朝無双の精舎 と讃えられた往時の建物は現存しないが 毛越寺庭園 ( 国特別名勝 ) が面影を残す 毛越寺は一山の寺々の総称 金売吉次屋敷跡との古伝も 一帯は衣川柵に隣接し 平泉時代以前は安倍氏の本拠地 前九年の役の激戦地の一つ 築城は水害のため難航し 利直が盛岡に落ち着くことはなかった 藩が盛岡城を正式な本拠としたのは 信直の孫 重直の時代 神様に捕らえられた鬼が 二度と荒らしに来ない ( 不来方 ) とこの岩に手形を押して誓った ( 岩手 ) と伝える さんさ踊りの起源語も 五百羅漢は江戸中期に京都の仏師により造られたもの 胡人服の像が 2 体含まれ マルコ ポーロとフビライだと伝える 忘れられていたが江戸期になって復興 御神体は赤石 志賀理和気神 の しかり にはアイヌ語説やマタギの頭領説なども 円城寺門 ( 城の搦手門 ) と時鐘堂が現存 ( 復元 ) 時鐘は盛岡城のものだったが 城下まで音が届かず花巻に移したと伝える 寿庵は近世東北キリシタンの代表的人物の一人 迫害に遭って館を去った後の消息は謎に包まれている 潜行ルートや墓を含め諸説 来内川と物見山に守られた天然の要害 本丸 二の丸 空堀 搦手門などの遺構が現存 三の丸は公園として整備 遠野南部氏は寛永 4 年 (1627) 八戸南部氏の南部直義が遠野 1 万 2000 石の領主として移封されたのに始まる 南部神社は鍋倉城の一角 留守氏や伊達氏が居城したかは不明 最後は一関藩 3 万石の田村氏が領したが 幕府に城構えを許されず城跡北側に居住 古代日本の万剣を代表する蕨手刀 ( 奈良 ~ 平安初期 ) は全国の 6 割以上が北上川と馬淵川流域で出土 その伝統の中から日本刀が誕生 紫波郡紫波町二日町字古館 奥州市 ( 旧江刺市岩谷堂字館下 ) 二戸市福岡城ノ内字城ノ内ほか 西磐井郡平泉町平泉衣関 202 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 平泉町平泉大沢 58 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 奥州市 ( 旧 胆沢郡衣川村下衣川 ) 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 盛岡市内丸 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 盛岡市名須川町 2-1 奥州街道 ( 著 / 伊藤孝博 編集発行 / 無明舎出版 ) 盛岡市内丸 12-2 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 紫波郡紫波町桜町字本町川原 1 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 花巻市城内 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 奥州市水沢区福原 東北ふしぎ探訪 歴史 民俗のミステリーを歩く ( 著 / 伊藤孝博 発行無明舎出版 ) 遠野市遠野町鍋倉 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 遠野市東舘町 3-6 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 一関市釣山 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 一関市舞川大平 5 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行 / 山川出版社 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 紫波町教育委員会 TEL 奥州市教育委員会 TEL 二戸市教育委員会 TEL 中尊寺讃衡蔵 TEL 平泉文化史館 TEL 毛越寺事務局 TEL 衣川収蔵庫 懐徳館 TEL 盛岡市教育委員会 TEL 盛岡市教育委員会 TEL 報恩寺 TEL 紫波町教育委員会 TEL 花巻市教育委員会 TEL 奥州市教育委員会 TEL 遠野市教育委員会 TEL 遠野市教育委員会 TEL 一関市教育委員会 TEL 一関市教育委員会 TEL a 歴史 7/188

14 100 (a) 歴史 岩手県 花巻市 清水寺 < 史跡 > 日本三清水の一つに数えられる天台宗の名刹 坂上田村麻呂が兜の十一面観音に祈願し当地に堂宇を建てたのが始まりと伝える 101 (a) 歴史 岩手県 奥州市 黒石寺 < 史跡 > 天平 3 年 (730) に行基菩薩が開山 嘉祥 2 年 (849) に慈覚大師が中興と伝える天台宗の古刹 日本最古の胎内銘を持つ仏像も 102 (a) 歴史 岩手県 奥州市 正法寺 < 史跡 > 陸奥国で最初の曹洞宗の拠点 通称 奥の正法寺 江戸時代以前は日本曹洞宗三本山の一つ ( 永平寺 総持寺 正法寺 ) 奥羽二国の本山 103 (a) 歴史 岩手県 奥州市 駒形神社 < 史跡 > 胆沢郡の延喜式内七社の一つ 奥宮は駒ヶ岳 (1130m) 山頂 江戸期は盛岡藩と仙台藩がそれぞれの領内に里宮を設置 104 (a) 歴史 岩手県 花巻市 光林寺 < 史跡 > 一遍上人ゆかりの時宗の名刹 弘安 2 年 (1279) 寺林館主 河野通重の子の通次 ( 一遍の従兄弟 ) が開創した念仏道場が始まり 105 (a) 歴史 岩手県 宮古市 横山八幡宮 < 史跡 > 白鳳 2 年 (680) 創建伝承の古社 和銅年間 (708~715) この地に流された歌人 猿丸太夫が里人の頼みで禰宜になったと伝える 106 (a) 歴史 岩手県 宮古市 黒森神社 < 史跡 > 坂上田村麻呂創建と伝える修験霊場 祭神スサノヲ 樹齢千年を超す境内の巨木は海上からの目印となり 三陸漁民の信仰も 107 (a) 歴史 岩手県 花巻市 早池峰神社 < 史跡 > 北上山地の最高峰 早池峰山 (1914m) が御神体 本宮は山頂 江戸時代は岩手山 姫神山とともに盛岡藩領の三鎮山 108 (a) 歴史 岩手県 滝沢村 岩手山神社 < 史跡 > 岩手の最高峰 岩手山 (2014m) が御神体 坂上田村麻呂が神山として祀ったのが始まりとも伝える 中世は厨川工藤氏が祭祀 109 (a) 歴史 岩手県 北上市 南部伊達領境塚 < 史跡 > 駒ヶ岳山頂から唐丹湾まで約 130 kmの盛岡藩と仙台藩の境界に築かれた境塚 全国でも例のない境塚 分布の密な約 11kmが国史跡 110 (a) 歴史 岩手県 北上市 聖塚 ( 河野通信墳墓 ) < 史跡 > 河野水軍を率い壇の浦合戦などで活躍した伊予 ( 愛媛 ) の豪族 河野通信 ( みちのぶ ) の墓 11.5m 四方の上円下方塚 県史跡 111 (a) 歴史 岩手県 遠野市 清信尼の墓 < 史跡 > 八戸南部氏 20 代 南部直政夫人の墓 実子がないまま29 歳で未亡人となり 南部直義を養子とするまでの間 政務を担った 112 (a) 歴史 岩手県 大槌町 吉里吉里 ( 前川 ) 前兵衛の墓 < 史跡 > 江戸初期から百石船による俵物交易で財を為した豪商 前川善兵衛と一族の墓 江戸中期の3 代 ~4 代目当時が全盛期 113 (a) 歴史 岩手県 一関市 大籠の隠れキリシタン史跡 < 史跡 > 江戸初期の奥羽キリシタンの主要エリアの一つだった大籠一帯に残る 信仰と大迫害の跡 磔や打ち首 鉄砲などで 300 余人が殉教 114 (a) 歴史 岩手県 奥州市 高野長英の墓 < 史跡 > 江戸後期から幕末近くにかけての思想家 経論家 教育者 高野長英 ( 水沢出身 ) の墓 幕府の弾圧に遭い 最後は江戸で自刃 115 (a) 歴史 岩手県 田野畑村 佐々木弥五衛の墓 < 史跡 > 百姓が勝った大一揆 として民衆 運動史に名高い 江戸後期の三閉伊通一 揆の指導者の墓 本堂に十一面観音像を安置 東国三十三観音第一番札所 関流和算の大算額 ( 千葉胤則銘 ) が奉納され寺宝に 旧正月 7 日 (2 月 ) 夜の蘇民祭 ( 厄除け 五穀豊饒祈願 ) も謎の奇祭として有名 裸の男たちによる蘇民袋争奪戦がクライマックス 貞和 4 年 (1348) 総持寺( 能登 )2 世峨山の高弟 無底が開山 江戸幕府の宗教政策により衰退したが修行道場として現役 寺宝多数 駒形神は山岳信仰や馬神 農業神などがミックスされたものらしく 駒ヶ岳の雪形で農事の時期を占うならわしも 京都在勤中の通次は 貴賎男女の別ない一遍の布教ぶりを見て発心 帰郷した息子の熱意に打たれ父母も仏門に 寺宝や縁起伝承多数 寛弘 3 年 (1006) 一条天皇と横山八幡宮禰宜との 和歌のやりとりを通じた 宮古 地名由来譚も残る 御神木の大銀杏もこれに関連 北は普代村から南は吉里吉里まで1 年おきに廻ったという 黒森神楽 ( 県民俗 ) でも有名 中世を含む獅子頭 16 頭は県文化財 大同 2 年 (807) 遠野郷の猟師らが山頂に瀬織津姫を勧請したのが始まりと伝える 早池峰神楽は国民俗 本殿は県文化財 近世は盛岡領総鎮守の巌鷲山 ( がんしゅうざん ) 大権現として祀られ 各登山口に新山堂があった これが岩手山神社の前身 50 年余も藩境争いが続き 江戸初期に幕府の裁定で確定したのを機に築いたもの 国史跡区間だけで大小 210 基以上の塚が現存 通信は承久の乱に敗れて江刺郡に流され貞応 2 年 (1223) 没 時宗開祖 一遍の祖父に当たり 塚は 一遍上人絵伝 ( 国宝 ) にも登場 直義は遠野に移封され遠野南部氏初代に 普段は盛岡に住み 遠野の実際の領国経営は清心尼が担った 封建時代では異例の 女殿様 江戸や下田などと取引きし遠野と山田に支店 江戸後期の5 代目の時 日光東照宮修理など莫大な御用金賦課や宝暦飢饉などで衰退 多くの刑場跡や墓 首塚 供養碑などが点在 一角にローマ法王庁が関与して大籠教会堂が建てられ 大籠キリシタン殉教公園も整備 学術的にも歴史的にも業績が多く 潜伏逃亡中 全国各地に足跡を残した 水沢の長英旧宅は国史跡 著書や関係資料 58 点が国重文 一揆は弘化年間と嘉永年間の二次にわたり 弥五兵衛は弘化一揆の頭取 ( 最高指導者 ) 人々から 小本の祖父 ( おど ) と呼ばれた 花巻市太田第 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 奥州市水沢区黒石町山内 17 奥州市水沢区黒石町字正法寺 129 奥州市水沢区中上野町 1-83 花巻市石鳥谷町中寺林第 12 地割 54 宮古市宮町 2 丁目 5-1 宮古市山口 4 字田ノ神前 132 番 花巻市大迫町内川目 1-1 岩手郡滝沢村 岩手山頂上 北上市黒沢尻町 相去町ほか 北上市稲瀬町字水越 遠野市松崎町光興寺金沢 上閉伊郡大槌町吉里吉里 一関市 ( 旧 東磐井郡藤沢町大籠 ) 奥州市水沢区東町の大安寺 田野畑村 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 東北ふしぎ探訪 歴史 民俗のミステリーを歩く ( 著 / 伊藤孝博 発行無明舎出版 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 清水寺 黒石寺 正法寺 駒形神社 光林寺 横山八幡宮 宮古市立図書館 ( 獅子頭 16 頭保管 ) TEL 花巻市教育委員会 TEL 岩手県教育委員会 TEL 北上市立博物館 TEL 北上市教育委員会 TEL 遠野市教育委員会 TEL 大槌町教育委員会 TEL 一関市教育委員会 TEL 大籠教会堂 高野長英記念館 TEL 田野畑村民俗資料館 TEL a 歴史 8/188

15 116 (a) 歴史 岩手県 盛岡市 畠山多助の墓 < 史跡 > 三閉伊一揆のうち 佐々木弥五兵 衛を継ぐ形で嘉永一揆の中心的指導者を 務めた畠山太助の墓 117 (a) 歴史 岩手県 一関市 建長の碑 < 文化財 > 岩手県最古の板碑 ( 県文化 ) 建 長 8 年 (1256) 2 基の双式碑で両親を追善 供養したもの 118 (a) 歴史 岩手県 陸前高田市玉山碑 ( 玉山金山の史碑 ) < 文化財 >< 文化財 > 江戸初期まで仙台藩領の代表的な産金地だった玉山金山の繁栄ぶりなどを刻んだ史碑 宝麿 10 年 (1760) 建立 119 (a) 歴史 岩手県 花巻市 天保義民の碑 < 文化財 > 天保 7 年 (1836) 大飢僅の中で大迫通り農民が決起した一揆指導者の顕彰供養碑 切牛の覚十郎と小簗の喜太郎 120 (a) 歴史 岩手県 盛岡市 羅漢公園の十六羅漢石像 ( 餓死者供養 ) < 文化財 > 天保飢饉餓死者供養のため建てられたともいわれる 21 体の巨大な石像群 ( 五智知来と十六羅漢 ) 121 (a) 歴史 岩手県 釜石市 星座石 < 文化財 > 伊能忠敬の沿岸測量に協力した 葛西昌丕 ( まさひろ ) が忠敬の星座図を写 し 後に石に刻んだもの 県文化財 122 (a) 歴史 岩手県 奥州市 黒石寺の国指定文化財 < 文化財 > 木造薬師如来坐像 ( 本尊 ) と木造 僧形坐像と木造四天王立像 (4 体 ) の3 点が 国重文 他にも十二神将像などがある 123 (a) 歴史 岩手県 平泉町 平泉の国指定文化財群 < 文化財 > 国宝が中尊寺金色堂など7つ 国宝以外の国重文が27 有形文化財だけで計 34もの国指定 圧倒的な東北平安文化の宝庫 124 (a) 歴史 岩手県 花巻市 勝行院の阿弥陀如来座像 < 文化財 > 勝行院 ( 浄土宗 ) の本尊となって いる木造仏 鎌倉時代の作で 総高 340cm の寄木造り 125 (a) 歴史 岩手県 花巻市 旧 チベット蔵脩館 収蔵品 < 文化財 > 大正時代にチベット仏教の法王ダライラマの内政顧問を務めた多田等観師が持ち帰った収集品の数々 126 (a) 歴史 岩手県 花巻市 南部杜氏酒造用具 < 文化財 > 江戸初期から全国に知られた南 部杜氏 ( とじ ) の酒造用具 1788 点が国重 文 往時の酒造文化を伝えるため石鳥谷 127 (a) 歴史 岩手県 花巻市 成島毘沙門堂の兜跋毘沙門 天像と木造伝吉祥天像 町が収集したもの < 文化財 > 毘沙門天像は4.2mの迫力ある木造立像 吉祥天像は平安初期の作で翻波式の衣文が特徴 ともに国重文 128 (a) 歴史 岩手県 北上市 極楽寺の銅製龍頭と錫杖 < 文化財 > 銅製龍頭 ( 法要の時に立てる巾幡笠の頭部 ) は平安前期の作で4 頭 銅製錫杖頭は平安中期の作で1 柄 いずれも国重文 129 (a) 歴史 岩手県 北上市 立花毘沙門堂の木造毘沙門 天像と木造二天王像 < 文化財 > 毘沙門天立像は高さ102cm一木造 二天王 ( 持国天と増長天 ) 立像は各 160.5cmと154.5cmの寄木造 ともに平安後期 国重文 130 (a) 歴史 岩手県 奥州市 愛宕神社の兜跋毘沙門天像 < 文化財 > 高さ1.82mの鉈彫一木造立像 1 1 世紀頃に地元で作られたと推定 国重文 ほかに毘沙門天三像や十一面観音立像 ( 県文化 ) も 一揆は大勝利で終わったが 太助は明治の地租改正反対一揆を指導して逮捕され 一ヵ月も拷問を受けた後 首を吊って死んだ 碑は最明寺の山門左手 最明寺 ( 天台宗 ) は養老年間 (714~724) に鎮守府将軍 大野東人が創建 慈覚大師中興と伝える古刹 玉山千軒 と呼ばれ多くの神社仏閣まであったと伝える 同金山には 奈良大仏 平重盛 平泉藤原氏と金売吉次などに関わる伝承も 同地方最大規模だったが穀改反対 御用金免除などの要求は受け入れられず 2 人は処刑された 墓はそれぞれ到岸寺と桂林寺に 領内の 5 万 8000 人から喜捨を得て天保 8 年 (1837) に着工 10 人の石工により嘉永 2 年 (1849) に完成したと伝える 全国測量中の忠敬は享和元年 (1801) 唐丹村も訪れ葛西家に宿泊 星座石の傍には昌丕が碑文を記した陸奥州気仙郡唐丹村測量之碑も 薬師像は貞観 4 年 (862) の作で 胎内銘のある仏像としては日本最古 僧形像は永承 2 年 (1047) の作で慈覚大師像と伝えられる ほかに毛越寺の延年が国指定重要無形民俗文化財 国特別史跡 3 ヵ所 国史跡 2 ヵ所 国特別名勝 1 ヵ所 とても個別に挙げきれない 元禄年間 (1688~1704) に京都の名工が修理し 芝増上寺 ( 将軍家菩提寺 ) 大僧正により開眼したと伝える 帰国時に法王から贈られたインド伝来の金銅降魔釈迦牟尼仏や仏典 仏画などを含む貴重なコレクション 稗貫郡や紫波郡は盛岡藩領でも酒造りが盛んだったという 機械化の中でも杜氏の役割は欠かせず 今も各地で活躍 毘沙門堂自体も国重文 江戸中期に補修した木造阿弥陀如来立像 ( 県文化 ) もある 境内西側の熊野神社は1 歳児の 泣き相撲 で有名 極楽寺は平泉中尊寺より2 世紀も前の一大山岳寺院 極楽寺跡 ( 国見山廃寺跡 県史跡 ) からは多くの伽藍跡 様々な遺物も出土 極楽寺跡の南方に国見山神社 ( 式内社 ) があり 立花毘沙門堂 ( 万福寺 ) は北方の国見山北谷に位置 いずれも古代極楽寺の文化園 大同 3 年 (808) 創建とされる智福毘沙門堂が愛宕神社の前身 ( 境内内 ) 仏像は収蔵庫にあり祭礼日に特別開帳するという 盛岡市北山の本誓寺 一関市 ( 旧 東磐井郡川崎村門崎字石蔵 最明寺境内 ) 東北ふしぎ探訪 歴史 民俗のミステリーを歩く ( 著 / 伊藤孝博 発行無明舎出版 ) 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 陸前高田市竹駒町字新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 花巻市 ( 旧 稗貫郡大迫町亀ケ森字木戸ケ沢 ) 盛岡市茶畑 2 丁目 1 ( らかん児童公園 ) 釜石市唐丹町字大曽根 奥州市水沢区黒石町字山内 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 盛岡市教育委員会 TEL 一関市教育委員会 TEL 陸前高田市教育委員会 TEL 花巻市教育委員会 TEL 盛岡市教育委員会 TEL 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩釜石市教育委員会 TEL 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 西磐井郡平泉町 国宝 重要文化財大全 ( 監修 / 文化庁 毎日新聞社刊 ) 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行 / 山川出版社 ) 花巻市鍛冶町 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 花巻市 花巻市 ( 旧 稗貫郡石鳥谷町中寺林 ) 花巻市 ( 旧 和賀郡東和町北成島 ) 北上市稲瀬町内門岡ほか 北上市黒沢尻町立花 奥州市江刺区藤里字智福 奥州街道 ( 著 / 伊藤孝博 編集発行 / 無明舎出版 ) 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行 / 山川出版社 ) 黒石寺 TEL 平泉町教育委員会 TEL 花巻市教育委員会 TEL 花巻歴史民俗資料館 TEL 石鳥谷歴史民俗資料館 TEL 花巻市教育委員会 TEL 北上市教育委員会 TEL 北上市立博物館 TEL 奥州市教育委員会 TEL a 歴史 9/188

16 131 (a) 歴史 岩手県 遠野市 新里の五百羅漢像 ( 飢饉供 養遺構 ) 132 (a) 歴史 岩手県 西和賀町 碧祥寺博物館の 積雪期の 生活用具 狩猟用具 丸木 舟 133 (a) 歴史 岩手県 盛岡市 紫波町 花巻市 遠野市 宮古市 久慈市 野田村 洋野町 葛巻町 岩 134 (a) 歴史 岩手県 奥州市及び その周辺 遠野 宮古 久慈野田街道 アテルイ < 文化財 > 天明飢饉餓死者供養のため大慈寺 ( 遠野南部氏菩提寺 )19 世義山が花崗岩の自然石に線刻した五百羅漢 約 380 体が現存 < 文化財 > 豪雪地でマタギの里でもあった沢内の積雪期の生活用具 1792 点と狩猟用具 486 点 丸木舟 1 隻が国指定重要民俗文化財 < 交通 運輸 > 奥州縦貫の幹線道路 奥州街道と三陸地方を結んだ横断ルートのうち 今の岩手県内で最も代表的な 3 街道 < 歴史上の人物と一族 >8 世紀末 ~9 世紀初頭 古代大和朝廷による東北侵攻に立ち向かった 蝦夷 ( 東北先住民 ) のリーダー 135 (a) 歴史 岩手県 盛岡市 南部利直 < 歴史上の人物と一族 > 盛岡藩初代藩主 父 南部信直が九戸戦争により南部氏宗家の立場を磐石にした後 盛岡藩の基礎を築く 136 (a) 歴史 岩手県 二戸市 九 戸村 九戸政実 < 歴史上の人物と一族 > 天下人 豊臣秀吉に公然と立ち向かった最後の大戦争 九戸の乱 の主役 南部氏の三大勢力の一つ 137 (a) 歴史 宮城県 大崎市 馬場壇 A 遺跡 < 史跡 >3 万年以上前の前期旧石器時代の ものとされる層状遺跡 宮城県では最古 級の遺跡の一つ 国史跡 138 (a) 歴史 宮城県 大崎市 座散乱木遺跡 < 史跡 > 前期旧石器時代から縄文初頭まで とされる層状遺跡 宮城県で最初に本格 調査された旧石器遺跡 国史跡 139 (a) 歴史 宮城県 仙台市 富沢遺跡 < 史跡 > 約 2 万年前の後期旧石器時代の森 林跡 ( 埋没林 ) やキャンプ跡が姿を現わし 世界的に注目された遺跡 140 (a) 歴史 宮城県 東松島市 里浜貝塚 < 史跡 > 縄文前期 晩期 弥生 奈良 平安にわたる日本最大の貝塚遺跡 東西 800m 南北 200m 土器編年型式の標識遺跡 国史跡 141 (a) 歴史 宮城県 七ヶ浜町 大木囲貝塚 < 史跡 > 縄文時代各期にわたる遺物が出 土した東西 260m 南北 125mの大貝塚 土 器編年の標識遺跡 国史跡 142 (a) 歴史 宮城県 松島町 西の浜貝塚 < 史跡 > 縄文前期から奈良 平安時代にま でおよぶ約 90mX70mの貝塚遺跡 縄文後 期の編年研究で有名 国史跡 農民の苦悩を伝える貴重な遺構 南部藩はしばしば飢饉に襲われ 宝暦飢饉では遠野の人口が約 4 分の1に減ったといわれる ほかに民間信仰資料や衣食住用具 農具など1 万数千点を収蔵展示 全国でも異色の博物館 国指定の丸木舟は 川舟としては唯一 遠野街道は盛岡 ~ 遠野 ~ 釜石 宮古街道は盛岡 ~ 宮古 久慈野田街道は沼宮内 ~ 久慈方面を結び 物流面でも政治的にも大きな役割 当時は各地で抵抗戦が展開され 胆沢江刺地方を本拠とするアテルイはその 代表格 " 最後は河内国( 現 大阪府 ) で斬首された 利直は盛岡城築城に着手し旧三戸城下の領民を移住させたが 築城は長期化 信直も利直も盛岡に腰を据えることはなかった 南部宗家継承をめぐり信直と対立 総勢 10 万ともいわれる大軍 ( 徳川 蒲生 浅野や東北の有力大名と信直軍 ) と戦い九戸城の悲劇に 発見者の F 氏 ( 石器文化談話会 ) は数 10 万年前と主張したが 他の石器とすり替えた偽装と判明 どこまで真実なのか不詳 馬場壇 A 遺跡と同様 これも F 氏が関与 出土遺物は多数あるが どこまでが本物なのか不明 宮城県で初めて弥生期の水田跡が確認された遺跡でもある 森林跡を覆う形で博物館を建設 地底の森ミュージアム として公開 質量ともに豊富な骨角器や縄文後期以降の製塩土器も 出土品は奥松島縄文村資料館に収蔵展示 特に 東北地方南部の縄文前期と中期の土器編年の基準となる 大木 ( だいぎ ) 式 型式分類 (Ⅰ 式 ~10 式 ) で有名 奈良時代の製塩土器と製塩遺構が東北で最初に発見され 弥生期の製塩遺構も確認 史跡公園として整備保存 遠野市綾織町新里 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 西和賀町 ( 旧 和賀郡沢内村太田 ) 岩手県 岩手県 岩手県 岩手県 大崎市 ( 旧 古川市清水三丁目北馬場壇 ) 大崎市 ( 旧 玉造郡岩出山町下野目字座散乱木 ) 仙台市太白区長町 (JR 長町駅の南西約 1.5 km ) 東松島市 ( 旧 桃生郡鳴瀬町宮戸字里 宮戸島の里地区 ) 宮城郡七ケ浜町東宮浜字大木 宮城郡松島町磯崎字西の浜 新版岩手の歴史散歩 ( 編著 / 岩手県高等学校教育研究会社会部会日本史部会 発行/ 山川出版社 ) 東北の街道 ( 監修 / 渡辺信夫 企画 発行 / 東北建設協会 著 / 渡辺信夫ほか ) 東北ふしぎ探訪 歴史 民俗のミステリーを歩く ( 著 / 伊藤孝博 発行無明舎出版 ) 奥州街道 ( 著 / 伊藤孝博 編集発行 / 無明舎出版 ) 奥州街道 ( 著 / 伊藤孝博 編集発行 / 無明舎出版 ) 日本の古代遺跡 15 宮城 ( 企画 / 森浩一 著 / 工藤雅樹 発行 / 保育社 ) 日本の古代遺跡 15 宮城 ( 企画 / 森浩一 著 / 工藤雅樹 発行 / 保育社 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 日本の古代遺跡 15 宮城 ( 企画 / 森浩一 著 / 工藤雅樹 発行 / 保育社 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 日本の古代遺跡 15 宮城 ( 企画 / 森浩一 著 / 工藤雅樹 発行 / 保育社 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 日本の古代遺跡 15 宮城 ( 企画 / 森浩一 著 / 工藤雅樹 発行 / 保育社 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 日本の古代遺跡 15 宮城 ( 企画 / 森浩一 著 / 工藤雅樹 発行 / 保育社 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 遠野市教育委員会 TEL 碧祥寺博物館 TEL 各市町村教育委員会盛岡市 紫波町 花巻市 遠野市 ( 遠野街道 ) 盛岡市 宮古市 ( 宮古街道 ) 久慈市 野田村 洋野町 葛巻町 岩手町 ( 久慈野田街道 ) 奥州市教育委員会 TEL 岩手県教育委員会 TEL 二戸市教育委員会 TEL 東北歴史博物館 TEL 宮城県教育委員会 TEL 地底の森ミュージアム ( 仙台市富沢遺跡保存館 ) TEL 東北歴史博物館 TEL 奥松島縄文村歴史資料館 TEL 七ヶ浜町歴史資料館 TEL 松島町教育委員会 TEL a 歴史 10/188

17 143 (a) 歴史 宮城県 栗原市 山王囲遺跡 < 史跡 > 縄文晩期から弥生初期にかけての特に籃胎漆器 朱漆塗櫛 編布 ( あみぎぬ ) 集落遺跡 土器 石器 土偶類のほか有機で有名 縄文期の編布出土は全国初 ク 質素材の遺物を多数出土 国史跡 一帯は史跡公園化 ルミやドングリ 鹿や猪の骨も大量に出土 144 (a) 歴史 宮城県 美里町 小牛田の複合遺跡群 < 史跡 > 山前遺跡 ( 縄文 ~ 古墳 ~ 平安 ~ 鎌倉 ~ 南北朝 国史跡 ) をはじめ 貝塚や円墳 前方後円墳 中世館跡や板碑などが点在 145 (a) 歴史 宮城県 古川市 玉造柵跡 < 史跡 > 陸奥玉造郡に存在したと8 世紀の 記録にある古代朝廷の城柵 名生館 ( みょ うだて ) 遺跡が有力な擬定地 国史跡 146 (a) 歴史 宮城県 多賀城市 陸奥国府跡 ( 多賀城跡 ) < 史跡 > 代陸奥国の軍事と行政統治の中心拠点だった大城柵跡 1 辺約 1kmの不整方形 約 74 万m2 神亀元年 (724) 創建 国特別史跡 147 (a) 歴史 宮城県 仙台市 陸奥国分寺跡 < 史跡 > 国分寺 国分尼寺は聖武帝の勅により一国に寺建立 陸奥田分寺は全国でも武蔵国分寺に次ぐ規模 約 242m 四方 国史跡 148 (a) 歴史 宮城県 大崎市 宮沢遺跡 < 史跡 > 東西 1400m 南北 850m 多賀城や払田柵の約 1.5 倍 秋田城の4 倍と 東北最大規模の古代城柵跡 8~9 世紀と推定 国史跡 149 (a) 歴史 宮城県 栗原市 伊治城跡 < 史跡 > 神護景雲元年 (767) 大和朝廷による北方支配の最前線拠点として築かれた古代城柵跡 アザマロの乱 の主舞台の一つ 150 (a) 歴史 宮城県 栗原市 鳥矢崎古墳群 < 史跡 >8 世紀半ばから9 世紀初頭にかけて築かれたとされる33 基の終末期古墳群 青銅帯金具や蕨手刀などを出土 県史跡 151 (a) 歴史 宮城県 石巻市 桃生城跡 < 史跡 > 天平宝字 3 年 (759) に完成したと見られる古代城柵跡 東西 650m 南北 700m 出羽の雄勝城とセットで造営された戦略的拠点 152 (a) 歴史 宮城県 涌谷町 天平産金遺跡 ( 黄金山神社 一帯 ) < 史跡 > 天平 21 年 (749) 日本で初めて金を産出し朝廷に貢納 と記録されている 陸奥国産金 比定地 黄金山産金遺跡として国史跡 場所は JR 小牛駅西側の丘陵地帯 一つのエリアに縄文時代から中世までの歴史の痕跡が勢揃い 山前遺跡の一部は史跡公園 中世 大崎氏の名生城跡として知られたが 発掘の結果 多賀城より古い 7 世紀末に遡る官衙的遺構を確認 鎮守府 ( 軍総司令部 ) を胆沢城に移したこともあったが 東北で最も重要な出先機関として 10 世紀まで存続 跡地の一部は史跡公園 源頼朝が平泉藤原氏を滅ぼした奥州合戦で焼失 講堂跡に伊達政宗が薬師堂建立 ( 国重文 ) 跡地の一部は史跡公園化 正史に登場しない謎の城柵 覚鰲城 (8 世紀末 胆沢蝦夷の反抗を防ぐため宮城県北 ~ 岩手県南に築かれた城 ) 跡に比定する説も 栗原市 ( 旧 栗原郡一迫町真坂宇山王 ) 美里町 ( 旧 遠田郡小牛田町北浦字山前ほか ) 大崎市 ( 旧 古川市大崎 ) 多賀城市市川ほか 仙台市若林区木ノ下 ( 薬師堂境内ほか ) 大崎市 ( 旧 古川市宮沢 長岡 川熊 ) アザマロは陸奥田按察使 ( 行政長官 ) 紀広栗原市 ( 旧 栗原郡純を殺害して伊治城を奪い 多賀城も焼き築館町城生野 ) 討ち 蝦夷たちの長い抵抗戦の端緒に 地元の有力な同族墓群といわれ 郡の大領 ( 郡司長官 ) だったアザマロ ( 伊治公呰麻呂 ) 一族を想定する説も 朝廷の最大権力者 恵美押勝 ( 藤原仲麻呂 ) の下で息子 恵美朝獦 ( あさかり ) が造営を指揮し 2 階級特進との記録 陸奥産金を記念した六角堂跡と思われる礎石や 天平 銘の瓦類などが出土 陸奥の黄金は奈良大仏を金色に輝かせた 153 (a) 歴史 宮城県 登米市 柳津虚空蔵尊 < 史跡 > 福島県の柳津 茨城県の村松とと 尊像だけでなく宝性院を 柳津虚空蔵尊 もに日本三大虚空蔵尊の一つ 宝性院 ( 真と通称 脇侍の大黒天と毘沙門天は伝 言宗 ) の本尊 神亀 3 年 (726) 行基の作と伝える 弘法大師作 宝性院には七不思議伝説も 栗原市 ( 旧 栗原郡栗駒町猿飛来鳥矢崎 ) 石巻市 ( 旧 桃生郡河北町飯野ほか ) 遠田郡涌谷町涌谷黄金山 ( 黄金山神社境内と周辺 ) 登米市 ( 旧 本吉郡津山町柳津字大柳津 ) 日本の古代遺跡 15 宮城 ( 企画 / 森浩一 著 / 工藤雅樹 発行 / 保育社 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 日本の古代遺跡 15 宮城 ( 企画 / 森浩一 著 / 工藤雅樹 発行 / 保育社 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 日本の古代遺跡 15 宮城 ( 企画 / 森浩一 著 / 工藤雅樹 発行 / 保育社 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 日本の古代遺跡 15 宮城 ( 企画 / 森浩一 著 / 工藤雅樹 発行 / 保育社 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 日本の古代遺跡 15 宮城 ( 企画 / 森浩一 著 / 工藤雅樹 発行 / 保育社 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 日本の古代遺跡 15 宮城 ( 企画 / 森浩一 著 / 工藤雅樹 発行 / 保育社 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 東北の街道 ( 監修 / 渡辺信夫 発行 / 無明舎出版 ) 日本の古代遺跡 15 宮城 ( 企画 / 森浩一 著 / 工藤雅樹 発行 / 保育社 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 日本の古代遺跡 15 宮城 ( 企画 / 森浩一 著 / 工藤雅樹 発行 / 保育社 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 日本の古代遺跡 15 宮城 ( 企画 / 森浩一 著 / 工藤雅樹 発行 / 保育社 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 山王考古館 ( 史跡公園の一角 ) TEL 美里町教育委員会 TEL 大崎市教育委員会 TEL 東北歴史博物館 TEL 東北歴史博物館 TEL 仙台市教育委員会 TEL 大崎市教育委員会 TEL 栗原市築館出土文化財管理センター ( 伊治城跡の一角 ) TEL 栗原市教育委員会 TEL 石巻市教育委員会 TEL 天平ろまん館 TEL 登米市教育委員会 TEL a 歴史 11/188

18 154 (a) 歴史 岩手県 花巻市 東和の隠れキリシタン史跡 < 史跡 > 謎のキリシタン領主 後藤寿庵の 碑や墓とされる墓碑などが残り 寿庵の末 裔を称する家も 155 (a) 歴史 宮城県 塩釜市 塩竈神社 < 史跡 > 陸奥田 一の宮 的古社 主祭神は塩土老翁神 武甕槌神 経津主神 志波彦 多賀 鼻節の式内三社も統べ 陸奥総社的存在 156 (a) 歴史 宮城県 松島町 瑞巌寺 < 史跡 > 天長 5 年 (828) 慈覚大師が勅命により建立した松島寺 ( 天台宗 ) が始まり 鎌倉期 執権 北条時頼が宗徒を滅ぼし臨済宗寺院に 157 (a) 歴史 宮城県 名取市 雷神山古墳 < 史跡 > 東北最大の前方後円墳 全長 168 m 4 世紀末 ~5 世紀前半の古墳時代前期 地方国家の大首長 的存在の墓と推定 国史跡 158 (a) 歴史 宮城県 仙台市 仙台城跡 < 史跡 > 仙台藩の中心となった名城跡 中世国分氏の千代城を伊達政宗が仙台城と改め 新たに築城 日本で最後に築かれた最大級の山城 159 (a) 歴史 宮城県 仙台市 瑞鳳殿 ( 伊達政宗廟 ) < 史跡 > 仙台藩祖 伊達政宗 ( 貞山政宗 ) の廟所 絢爛華麗な桃山風建物は国宝だったが 仙台空襲で焼失 昭和 54 年 (1979) に再建 160 (a) 歴史 宮城県 仙台市 大崎八幡神社 < 史跡 > 伊達政宗が仙台城下鎮護のため 造営 仙台藩領の八幡神 12 社の代表格 社殿は国宝 長床は国重文 161 (a) 歴史 宮城県 仙台市 輪王寺と伊達五山 < 史跡 > 輪王寺は梁川 ( 福島県 ) に伊達政宗 ( 儀山 ) の夫人 ( 足利将軍義光の叔母 ) が開基 伊達五山は伊達氏ゆかりの臨済宗 5 寺の総称 162 (a) 歴史 宮城県 仙台市 仙台東照宮 < 史跡 > 仙台藩 2 代藩主 伊達忠宗が幕府からの多額の融資に感謝して建立 ( 祭神 徳川家康 ) 領内では塩竈神社に次ぐ待遇 163 (a) 歴史 宮城県 白石市 白石城跡 < 史跡 > 関ケ原合戦後 伊達政宗の重鎮 片倉小十郎の本拠に 一国一城制下でも仙台城以外に 城 として幕府から公認された唯一の例 164 (a) 歴史 宮城県 白石市 片倉小十郎歴代廟 < 史跡 > 初代 片倉小十郎景綱から10 代までの白石城主と7 代城主夫人 ( 仙台藩主伊達吉村の娘 ) の廟所 野天に並ぶ阿弥陀知来像群が異色 165 (a) 歴史 宮城県 亘理町 亘理城跡 < 史跡 > 伊達一門の重鎮 伊達成実に始ま る亘理伊達氏の本拠 戦国末期 亘理氏 ( 源頼朝の地頭 千葉氏の子孫 ) が築城 166 (a) 歴史 宮城県 亘理町 伊達成実霊屋 < 史跡 > 亘理伊達氏初代成実の霊廟 ( 県文化 ) 松島円通院の三慧殿(2 代藩主忠宗の子の霊廟 国重文 ) とならび県内最古の現存霊廟建築 167 (a) 歴史 宮城県 大崎市 岩出山城跡 史跡 > 天正 19 年 (1591) 米沢から移封された伊達政宗が 仙台に移るまでの10 年余り居城した山城跡 その後は岩出山伊達氏の要害に 168 (a) 歴史 宮城県 涌谷町 涌谷城跡と見龍廟 < 史跡 > 伊達一門 涌谷伊達氏の居館 ( 涌谷要害 ) 跡と同氏第 4 代 伊達安芸宗重 ( 法号 見龍院 ) の霊屋 ( 県文化 ) 居館跡は公園に 寿庵の晩年や没した地については諸説唱えられてきたが 推定説の一つがこの地 県境付近のこの一帯はキリシタン信仰の主要エリア 古代 ~ 中世 ~ 近世と時の権力者が崇敬 仙台藩伊達氏造営の拝殿 ( 県文化 ) 藩主奉納の太万 ( 国重文 2 振 県文化 35 振 ) などが現存 伊達政宗が再興 東北を代表する禅宗寺院となった 国宝の本堂や庫裏などを含め重要文化財多数 北東の丘陵には前方後円墳 5 基と方墳 2 基の飯野坂古墳群 ( 国史跡 ) 他にも全長 90m の大塚山古墳など 古代名取地方発展の痕跡多数 広瀬川や竜ノ口渓谷をひかえる天然の要害 日本一といわれた大手門も5000 余畳の二の丸御殿も仙台空襲で焼失 隅櫓のみ再現 再建工事に先立つ墓室調査で 独眼竜といわれた政宗の遺体や甲宵などの副葬品を確認 黒々とした頭髪も残り話題に 天喜 5 年 (1057) 八幡太郎源義家が遠田郡に創建 中世大崎氏が崇敬 政宗により岩出山を経て仙台へ 故郷 米沢の成島八幡も合祀 輪王寺 ( 曹桐宗 ) は東北の曹桐宗僧尼の元締 伊達氏とともに6 回も移転 ( 輪王寺の六遷 ) 五山の多くも米沢や岩出山を経て仙台へ 葛西大崎一揆鎮圧の帰途 政宗 ( 貞山 ) の案内で家康が宿陣した地でもある 石鳥居 唐門 透塀 随神門 本殿などが国重文 古代刈田氏以来 伊達氏系や蒲生氏 上杉氏が領したが最後は伊達領 仙台藩の南の関門 戊辰戦争時 奥羽越列藩同盟への舞台に 小十郎景綱は秀吉や家康が家臣に欲しがったほどの人物 伊達の家臣でありながら白石城が 城 と公認されたのはこのためとも 江戸期は 御館 や 要害 戊辰戦争での仙台藩の降伏式は亘理御館が舞台 当主と家臣団は北海道開拓移住 北海道伊達市の開基に 成実霊屋のある大雄寺 ( 亘理伊達氏菩提寺 ) 南の高台には 歴代当主の墓や 5 代当主の霊屋 成実の父 実元の位牌堂も 元々は大崎氏系や木村氏系が居城した岩手沢域 政宗のために城を修築したのが徳川家康 本丸跡は公園として整備 伊達安芸は仙台藩と幕府を揺るがした 伊達騒動 ( 仙台藩寛文事件 ) の主要人物の一人となった藩の重鎮 登米市 ( 旧 東和町米川 ) 東北ふしぎ探訪 歴史 民俗のミステリーを歩く ( 著 / 伊藤孝博 発行無明舎出版 ) 塩竈市一森山 1-1 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 宮城郡松島町松島町内 91 名取市植松 仙台市青葉区青葉山 仙台市青葉区霊屋下 23-5 仙台市青葉区八幡 仙台市青葉区北山 仙台市青葉区東照宮 白石市字益岡 白石市の愛宕山 ( 市街地西部郊外 ) 亘理郡亘理町 亘理郡亘理町字泉ケ入 大崎市 ( 旧 玉造郡岩出山町字城山 ) 遠田郡涌谷町字下町 ( 涌谷城跡 ) 涌谷町字龍淵寺 ( 見龍廟 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 日本の古代遺跡 15 宮城 ( 企画 / 森浩一 著 / 工藤雅樹 発行 / 保育社 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 奥州街道 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 登米市教育委員会 TEL 塩竃神社博物館 TEL 瑞巌寺宝物館 TEL 松島観瀾亭博物館 ( 松島町産業観光課 )TEL 名取市教育部文化振興課 TEL 仙台市博物館 ( 仙台城三の丸跡 ) TEL 国宝を含む慶長遣欧使節関係資料も 仙台市博物館 TEL 仙台市博物館 TEL 仙台市教育委員会 TEL 仙台市教育委員会 TEL 白石城 歴史探訪ミュージアム TEL 白石城歴史探訪ミュージアム 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 亘理町教育委員会 TEL 有備館 有備館は岩出山伊達氏の学問所 ( 仙台藩校 養賢堂より 45 年も前の開設 ) 現存する郷学遺構としては全国最古 国史跡 名勝 ( 現在は東日本大震災からの復旧工事中 非公開 ) 涌谷町立史料館 ( 涌谷城山公園 ) TEL a 歴史 12/188

19 169 (a) 歴史 宮城県 大崎市 石雲寺と茂庭氏霊屋 < 史跡 > 伊達氏の重臣 茂庭氏の菩提寺と霊廟 ( 県文化 ) 霊屋は初代から3 代までの墓の上に建てられたもの 背後には4 代以降の墓所 170 (a) 歴史 宮城県 南三陸町 旭館跡 < 史跡 > 平安末期 藤原秀衡の4 男 高衡が築いたとされる館跡 平泉滅亡後 葛西氏 ~ 千葉氏 ( 本吉氏 ) が入り本吉地方の主城に 171 (a) 歴史 宮城県 石巻市 黄金山神社 ( 金華山 ) < 史跡 > もとは弁財天 ( 海上安全と財福の女 神 ) を安置した修験系の金花山大金寺 東 北各地に広がった金華山信仰の中心 172 (a) 歴史 宮城県 気仙沼市 大島神社 < 史跡 > 桃生六座 ( どれも式内社 ) 中の名神 大社だったとされる古社 御神体は亀山 (235m) 山上の巨石 社殿は亀山中腹 173 (a) 歴史 宮城県 角田市 高蔵寺阿弥陀堂 < 史跡 > 弘仁 2 年 (819) 南都( 奈良 ) の高僧 徳一が開基と伝える古刹 嵯峨天皇 ( 大同 4~ 弘仁 13) による 高蔵寺 の勅額が現存 174 (a) 歴史 宮城県 名取市 名取熊野三社 < 史跡 > 東北地方に勧請された代表的な熊 野三社 熊野新宮社 ( 熊野神社 ) 熊野本 宮社 熊野那智神社の総称 175 (a) 歴史 宮城県 岩沼市 竹駒神社 < 史跡 > 陸奥国守 小野篁が山城国の稲荷明神を勧請したと伝える古社 食物豊饒の三神を祀る 今も農業神として多くの参詣 日本三稲荷 176 (a) 歴史 宮城県 栗原市 尿前の関跡 < 史跡 > 羽前街道 ( 中山越出羽道 吉岡 ~ 岩出山 ~ 堺田 ~ 新庄 ) の国境近くに仙台藩が設置した境目番所跡 古代 岩手の関 の地とも推定 177 (a) 歴史 宮城県 花山町 花山御番所跡 < 史跡 > 小安街道 ( 花山越え ) に置かれた仙台藩花山村寒湯御番所 ( 通称 花山御番所 ) の跡 現存する口留番所遺構は稀少 国史跡 178 (a) 歴史 宮城県 仙台市 横綱谷風の墓 < 史跡 > 古今無双の名横綱といわれた第 2 代 谷風梶之助 ( 霞日村出身 ) の墓 南鍛治町の東漸寺に記念碑 県庁前の勾当台公園に銅像 179 (a) 歴史 宮城県 栗原市 細倉鉱山跡 < 史跡 > 伝説では9 世紀に遡り 近世は仙台藩直営 明治以降は民営化され 昭和 62 年 (1987) まで宮城県内最後の鉛鉱山として存続 180 (a) 歴史 宮城県 気仙沼市 波路上塩田跡 < 史跡 > 仙台藩主用の塩を生産した入浜式塩田跡 播州赤穂の先進的製塩法を学び 技術者も招聘 江戸前期開設 津波被害未確認 181 (a) 歴史 宮城県 東松島市 奥田多十郎の墓 < 史跡 > 石巻を出航した船がロシアまで流 され 12 年かかって世界一周 文化 2 年 (1805) に帰国した奥田多十郎の墓 182 (a) 歴史 宮城県 仙台市 林子平の墓 < 史跡 > 江戸中期 三国通覧図説 や 海 国兵談 などを著し海防の重要性を説いた 林子平の墓 国史跡 183 (a) 歴史 宮城県 多賀城市 多賀城碑 < 文化財 > 神亀元年 (724) に大野東人が多 賀城を築造し天平宝字 6 年 (762) に藤原朝 獦 ) が修理したことなどを刻んだ古碑 184 (a) 歴史 宮城県 登米市 白地横穴群出土装身具 < 文化財 > 宮城県北中央部の古墳時代終 末期の横穴群の一つ 白地 ( はくじ ) 横穴群 (5 基 ) から出土した大量の装身具類 霊屋内部には各代当主夫妻ら8 体の彩色木造坐像や 藩主 伊達氏と茂庭氏代々の位牌も安置 境内には樹齢 500 年の高野槙 ( 県天然 ) 本吉郡志津川には摂関家 藤原頼長の荘園があり 平泉藤原氏が管理経営 黄金や馬を貢納した旨の記録も 藤原秀衡や葛西清重 歴代の伊達氏に保護されたが 明治 2 年 神仏分離により黄金山神社に ( 祭神は金山毘古神 金山毘売神 ) 古くは 計仙麻大島神 として記録に 人心帰服のため朝廷が祀ったとの説 近世は神仏混淆 大島神社となったのは明治初期 阿弥陀堂は県内最古の木造建築 ( 国重文 ) 藤原秀衡の妻らが建立と記録に 本尊の丈六木造阿弥陀如来坐像も同時代のもので国重文 平安末期 篤信の老女により創建との 名取老女 伝説が残る 国重文などの文化財や逸話多数 三社を含む 東街道 めぐりも見もの 旧暦 2 月の初午大祭が有名 江戸期には馬市が立ち幕府や南部藩からも参加 伊達吉村造営の社殿は放火で焼失したが平成 5 年に再建 義経主従が平泉に落ち延びる際に通ったと伝え 鳴子地名由来譚の一つ 奥の細道 の百蕉が関守に怪しまれたことでも有名 花山越えは栗駒山峡を経て秋田の皆瀬村 ~ 小安へ抜ける間道 現存する遺構は幕末のもの 四脚門や役宅 板倉など 谷風は第 4 代横綱とされるが 事実上は小野川とともに初代横綱との説も 本場所総取組 308 戦で黒星 連勝 多くの逸話が残る 昭和の最盛期は神岡鉱山 ( 岐阜 ) に次いで全国 2 位の鉛産出量 跡地に鉱山資料館や体験型施設 細倉マインパーク 開設 民営だが藩が資金援助 燃料の薪も藩直営の御塩木山 ( おんしおきやま ) が供給されるなど 特別の保護を受けた 大黒屋光太夫や中浜万次郎などで知られる江戸期の漂流譚の典型的一例 墓の1 kmほど南には江戸初期に設置された大浜唐船番所の跡も 子平の主張は異説として幕府に弾圧され 失意困窮の内に病死 六無斎 と称した 寛政三奇人の一人とされる 多賀城と主要因との聞の里程も刻まれている 国特別史跡 多賀城跡敷地内 江戸時代の一時期 伝説の 壷碑 と混同されたことも 銙帯 ( かたい ) 金具のほか 勾玉 ガラス玉 切子玉 トンボ玉などの見事な玉類 東北歴史博物館に収蔵 大崎市 ( 旧 志田郡松山町千石字大欅 ) 南三陸町 ( 旧 本吉郡志津川町下保巴毛 ) 石巻市 ( 旧 牡鹿郡牡鹿町金華山 ) 気仙沼市字亀山 1 角田市高倉字寺前 49 名取市高舘熊野堂字五反田 34 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 岩沼市稲荷町 1 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 大崎市 ( 旧 玉造郡鳴子町字尿前 ) 栗原市 ( 旧 栗原郡花山村字本沢温湯口 ) 仙台市若林区霞目 栗原市 ( 旧 栗原郡鷲沢町南郷荒町 ) 気仙沼市波路上 ( はじかみ ) 瀬向 東松島市 ( 旧 桃生郡鳴瀬町宮戸字室浜 宮戸島の東岸 ) 仙台市青葉区子平町 ( 龍雲院 ) 多賀城市市川 登米市 ( 旧 中田町 白維山丘陵の南 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 日本の古代遺跡 21 山形 ( 企画 / 森浩一 著 / 川崎利夫 発行 / 保育社 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 大崎市教育委員会 TEL 南三陸町教育委員会 TEL 石巻市教育委員会 気仙沼市教育委員会 TEL 角田市教育委員会 TEL 名取市教育部文化振興課 TEL / 東北歴史博物館 ( 国重文の一切経を保管 ) TEL 岩沼市教育委員会 TEL / 竹駒神社馬事博物館 TEL 大崎市教育委員会 TEL 栗原市花山教育センター TEL 仙台市教育委員会 TEL 細倉マインパーク TEL 気仙沼市教育委員会 TEL 東松島市教育委員会 TEL 仙台市教育委員会 TEL 東北歴史博物館 TEL 東北歴史博物館 TEL a 歴史 13/188

20 185 (a) 歴史 宮城県 仙台市 蒙古の碑 < 文化財 > 弘安 5 年 (1282) 帰化僧 無学祖元が弟子たちに命じて 弘安の役 で漂没した元 ( 蒙古 ) 軍兵士を追善供養したとされる古碑 186 (a) 歴史 宮城県 登米市 中田の板碑群 < 文化財 > 弥勅寺の周辺などに集中する板 碑群 岩手県境に近い北上川流域は板碑 が多く 登米郡だけで330 基以上 187 (a) 歴史 宮城県 松島町 松島の国指定文化財群 < 文化財 > 瑞巌寺の本堂 ( 元方丈 ) と庫裏 廊下が国宝 御成門や五大堂 ( 松島五大 堂 ) 本堂障壁画など16 件が国重文 碑のある善応寺 ( 臨済宗 ) は仙台藩 3 代藩主伊達綱宗の位牌所 碑は江戸中期 別の寺院跡で見つかり 善応寺に移設 弥勒寺は役小角開山 弥勤菩薩坐像 ( 県文化 ) は弘法大師が安置 脇仏は運慶 堪慶作と伝える 同寺の板碑は正応 3 年 (1290) 建立 円通院の三慧殿 雄島南端にある頼賢の碑も国重文 他にも 観瀾亭や日吉山王神社 ( 瑞巌寺護法神 ) を含め県文化多数 仙台市宮城野区燕沢 ( 善応寺 ) 登米市 ( 旧 登米郡中田町上沼の弥勒寺とその周辺 ) 宮城郡松島町 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 国宝 重要文化財大全 ( 編 / 毎日新聞社 発行 / 毎日新聞社 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 善応寺 TEL 登米市教育委員会 宮城県教育委員会 TEL (a) 歴史 宮城県 築館町 双林寺と国指定文化財 < 文化財 > 木造薬師如来坐像 ( 伝 伝教大師最澄作 ) と木造二天王立像 ( 持国天と増長天 ) が国重文 地蔵菩薩と阿弥陀知来の立像が県文化 同寺は比叡山延暦寺末寺の医王山興福寺が前身 戦国末期 双林寺として再興 通称 杉薬師 平安期の東北仏教文化を伝える仏像群 栗原市築館薬師台 1-1 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 国宝 重要文化財大全 ( 編 / 毎日新聞社 発行 / 毎日新聞社 ) 双林寺 TEL (a) 歴史 宮城県 石巻市 鳥屋神社奉納絵馬 奥州石 ノ巻図 < 文化財 > 式内社 鳥屋 ( とや ) 神社にある奉納絵馬 北上川舟運と太平洋航路の基地として栄えた江戸末期の石巻の様子を伝える 県文化 190 (a) 歴史 宮城県 石巻市 月の浦と太平洋横断 < 交通 運輸 > 伊達政宗による慶長遺欧使節団 ( 支倉常長一行 ) が出帆したとされる地 日本の外洋航海 海運史上に特筆される大事業 191 (a) 歴史 宮城県 二戸市 アザマロ < 歴史上の人物と一族 > 伊治公呰麻呂 ( これはるのきみのあざまろ ) 大和朝廷に帰順した蝦夷の首長で伊治郡 ( 現 栗原郡 ) の郡司長官 192 (a) 歴史 宮城県 白石市 片倉小十郎 < 歴史上の人物と一族 > 白石の片倉氏初代となった片倉小十郎景綱 伊達政宗 ( 貞山 ) を支えた重鎮 以後の当主も小十郎を襲名 193 (a) 歴史 宮城県 仙台市 石 巻市 川崎 町 支倉常長 < 歴史上の人物と一族 > 慶長 18 年 (1613) 伊達政宗の命でメキシコ~スペイン本国 ~ローマに派遣された仙台藩士 慶長遣欧使節の正使 194 (a) 歴史 秋田県 湯沢市 岩井堂洞窟遺跡 < 史跡 > 縄文早期前半 前期 後期 晩期 弥生時代の洞穴遺跡 12 層にわたり各時代の遺物が多数出土 秋田県内最古の石匙も 国史跡 195 (a) 歴史 秋田県 鹿角市 大湯環状列石 < 史跡 > 日本の代表的な大規模配石遺構 縄文後期 径約 46mの万座遺跡と径 40m の野中堂遺跡がセット 国特別史跡 196 (a) 歴史 秋田県 秋田市 秋田城跡 < 史跡 > 天平 5 年 (733) 今の山形県にあった出羽柵が移され 出羽国の中枢となった古代城柵跡 秋田城と呼ばれたのは 760 年頃 国史跡 197 (a) 歴史 秋田県 大仙市 払田柵跡 < 史跡 > 史書に名前も存在も登場しない謎 の古代大規模城柵官衛跡 払田柵は地名 を採った仮名 秋田県の国史跡第一号 198 (a) 歴史 秋田県 羽後町 足田柵跡 ( 擬 雄勝城跡 ) < 史跡 > 足田 ( たらだ ) 柵も地名から採った名称 天平宝字 3 年 (759) 大和朝廷が出羽北部内陸に造営したとされる雄勝城跡の擬定地 石巻は古来 水陸交通の要衝 一時廃れたが江戸初期に川村孫兵衛が北上川河口や河道を改修整備 仙台 盛岡 八戸藩の物流拠点に 航海船サン ファン バウチスタ号 ( 政宗が建造させた大型帆船 ) は復元 使節団関連資料 ( 国宝や国重文 ) は仙台市博物館に 宝亀 11 年 (780) 陸奥国按察使の紀広純を殺して伊治城を奪い多賀城も焼き討ちした アザマロの乱 の主役 アテルイの戦いの前景 景綱は秀吉や家康が家臣にしたがったほどの人物といわれ 一国一城制下でも白石城は仙台城とともに 城 と認められた 石巻市 ( 日和山の北隣の羽黒山 ) 石巻市 ( 旧 牡鹿部牡鹿町月浦 ) 宮城県 宮城県 仙台藩との交易を求めスペイン国王と謁宮城県見 ローマ法王の歓待も受けたが 目的を果たせず元和 6 年 (1620) に失意の帰国 秋田県エリアの早期縄文土器研究上 不可欠の遺跡 4 つの洞穴のうち 2 つには祠 付近の人々の信仰対象という 長年の調査研究で多くの説が出されたが 寒冷化で分散したムラの人々の 祭りと祈りの場 説が近年は有力 城地は一辺 550m の不正多角形で中央に政庁 多くの建物跡と出土遺物 元慶の乱 (878 年 ) の舞台の一つ 陸奥の胆沢域と出羽の秋田城の中間に位置するとされた雄勝城 ( 場所不明 ) と見る説など諸説あるが 今も真相は不明 城柵の一端が判明 一帯に同時代の柏原古墳群や 郡山 地名もあることなどから 雄勝城跡の有力候補とされるが不確定 湯沢市 ( 旧 雄勝郡雄勝町上院内字岩井堂 ) 鹿角市十和田大湯宇野中堂字万座 秋田市寺内ほか ( 高清水丘陵 ) 大仙市 ( 旧 仙北郡仙北町払田ほか ) 雄勝郡羽後町足田雲雀野 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 奥州街道 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編著 / 宮城県高等学校社会科教育研究会歴史部会 発行 / 山川出版 ) 日本の古代遺跡 24 秋田 ( 著 / 富樫泰時 企画 / 森浩一 発行 / 保育社 ) 東北ふしぎ探訪 歴史 民俗のミステリーを歩く ( 著 / 伊藤孝博 発行無明舎出版 ) 大湯ストーンサークル館 作成資料 ( 大湯ストーンサークル館 ) 東北ふしぎ探訪 歴史 民俗のミステリーを歩く ( 著 / 伊藤孝博 発行無明舎出版 ) 新版秋田県の歴史散歩 ( 編 / 秋田県の歴史散歩編集委員会 山川出版社刊 ) 日本の古代遺跡 24 秋田 ( 著 / 富樫泰時 企画 / 森浩一 発行 / 保育社 ) 新版秋田県の歴史散歩 ( 編 / 秋田県の歴史散歩編集委員会 山川出版社刊 ) 日本の古代遺跡 24 秋田 ( 著 / 富樫泰時 企画 / 森浩一 発行 / 保育社 ) 石巻市教育委員会 TEL 宮城県慶長使節ミュージアム ( サン ファン館 ) TEL 宮城県教育委員会 TEL 白石市教育委員会 TEL 仙台市博物館 TEL 湯沢市教育委員会 TEL 大湯ストーンサークル館 TEL 秋田城跡調査事務所 秋田県教育委員会文化財保護室 TEL 秋田県埋蔵文化財センター ( 払田柵跡に隣接 ) TEL 払田柵跡調査事務所 TEL 秋田県埋蔵文化財センター ( 払田柵跡に隣接 ) TEL 羽後町教育委員会 TEL a 歴史 14/188

21 199 (a) 歴史 秋田県 北秋田市 胡桃館遺跡 < 史跡 > 古代の建物が洪水などで埋没し往 時の場所で発見された 埋没家屋 遺跡 全国的にも極めて異例 平安中期 200 (a) 歴史 秋田県 由利本荘市高城山城跡 ( 天鷺城蹟 ) < 史跡 > 由利十二頭の一人 赤尾津氏が構 えた中世山城跡 古代 坂上田村麻呂に 抵抗した天鷺速男の本拠との伝承も 201 (a) 歴史 秋田県 横手市 後三年役古戦場 < 史跡 > 平泉藤原氏登場につながった古代東北の大戦乱 後三年の役 の古戦場 金沢柵や沼柵など今の横手市エリアが主な舞台 202 (a) 歴史 秋田県 横手市 金沢柵跡 < 史跡 > 後三年の役 最大最後の決戦場 清原家衡勢が籠城し清原清衡と源義家らの連合軍が攻撃した要害堅固な山城 203 (a) 歴史 秋田県 能代市 檜山城跡 < 史跡 > 檜山安東 ( 安藤 ) 氏が本拠とした壮大堅固な蝦夷館式馬蹄形の中世山城 近世大名 秋田氏誕生につながる湊合戦の主舞台 国史跡 204 (a) 歴史 秋田県 秋田市 湊城跡 < 史跡 > 湊合戦で勝利した檜山の安東実季 ( 後の秋田実季 ) が本拠とした平城跡 関ヶ原合戦後 秋田に移封された佐竹氏が一時居城 205 (a) 歴史 秋田県 男鹿市 脇本城跡 < 史跡 > 土豪 ( 土着の豪族 ) 脇本五郎や安東 愛季 ( 実季の父 ) らが本拠とした中世山城 跡 男鹿は秋田湊と檜山を結ぶ要衝 206 (a) 歴史 秋田県 本荘市 本荘城跡 < 史跡 > 江戸初期 由利郡を領した最上氏の臣 楯岡氏が築城し本拠とした山城跡 ( 本城城 ) 最上氏改易後 六郷氏の本拠に ( 本荘城 ) 207 (a) 歴史 秋田県 秋田市 久保田城跡 < 史跡 > 慶長九年 (1604) 以降 秋田藩佐竹氏の本拠だった半山城跡 秋田城とも云うが 一般に秋田城は古代秋田城 ( 高清水岡 ) を指す 208 (a) 歴史 秋田県 秋田市 天徳寺と佐竹家廟所 < 史跡 > 天徳寺 ( 曹洞宗 ) は佐竹氏菩提寺 佐竹氏とともに常陸から移動 藩内最高の寺格 寺の背後の五庵山に歴代藩主の廟所 209 (a) 歴史 秋田県 横手市 横手城跡 < 史跡 > 戦国末期に小野寺氏が築城した山城跡 関ヶ原合戦後 小野寺氏は改易 佐竹氏が支城として整備し横手城代を配置 210 (a) 歴史 秋田県 湯沢市 湯沢城跡 < 史跡 > 鎌倉時代 小野寺氏が築城したのに始まる山城跡 戦国期 最上氏の臣 楯岡氏が攻略し居城 関ケ原後 佐竹氏の支城に 211 (a) 歴史 秋田県 大仙市 唐松神社と天日宮 < 史跡 > 神功皇后などを祀る古社 社家は古代大和の大豪族 物部氏の末流と伝え 氏神社天日宮は極めて特異な自然石剥面神明造様式 212 (a) 歴史 秋田県 秋田市 太平山三吉神社 < 史跡 > 役小角の開基 坂上田村麻呂が堂宇建立と伝える古社 大己貴神 ( 大国主 ) 少彦名神と三吉霊神を祀る 全国三吉神社の総本山 213 (a) 歴史 秋田県 羽後町 三輪神社 < 史跡 > 日本最古とされる奈良の大神 ( おおみわ ) 神社に由来する古社 祭神 大物主神 所在地不明の古代城柵 雄勝城との関わり説も 埋没家屋 は米代川流域に 7 ヵ所確認 江戸期から知られたものも 胡桃館遺跡は官衙的施設の建物と推定 建築遺材も出土 江戸初期に入部した岩城氏は高城山の裾に亀田陣屋を築いて本拠に 今の 天鷺城 は資料館 高城山城跡は跳望絶景の公園 安倍氏滅亡後 奥羽最大勢力となった清原氏の内紛に源氏 ( 八幡太郎義家ら ) が絡んだ戦い 最大の勝者が清原清衡 ( 後の藤原清衡 ) 連合軍は攻めあぐねたが 兵糧攻めの末 寛治元年 (1087)11 月に落城 城跡や付近の古戦場 ( 旧 横手市 ~ 仙南村 ) は公園として整備 江戸時代初期 秋田藩主となった佐竹義宣の弟 多賀谷宣家 ( 檜山 1 万石 ) が居城したが 幕命により破却 佐竹氏は内陸部に久保田城を築いて移り住み 湊城は廃城 跡地に土崎湊町の鎮守として土崎神明社を創建 男鹿の愛季は檜山安東氏と湊安東氏を統一 没後 12 歳の実季が家督を継ぐと再び分裂し 湊合戦へ 檜山城に籠城した実季側が勝利 慶応 4 年 (1868) の戊辰戦争で城の大半を焼失 本丸跡 ( 本荘公園 ) に本荘神社など 三の丸跡に市役所や消防署など 常陸から移封され湊城に入った佐竹氏は 湊城が手狭なことや戦略的理由から やや内陸部に久保田城を築城 城跡は千秋公園に 天徳寺には累代藩主肖像 ( 県文化 ) や初代義宣の陣羽織などが伝わる 五庵山頂上は平和記念公園 秋田市を一望 幕末まで秋田県南地方の統治の中心 戊辰戦争で奥羽越列藩同盟軍 ( 仙台 庄内藩 ) の攻撃により落城 城跡は横手公園に 佐竹南家の佐竹義種が城代となり城を整備拡張 秋田藩の南の固めと雄勝地方の民政統治を担った 城跡は公園として整備 唐松神社奥殿 ( 県文化 ) は伝 源義家再建 秋田藩 3 代藩主が現在地に移転 室町末期とされる県内最古の獅子頭 ( 県文化 ) も 本来は太平山 (1171m) が神体の山岳信仰で山頂に奥宮 山を一望する市街地の赤沼に里宮 ( 旧 遥拝所 元 佐竹氏の雪見御殿の地 ) 源義家が武具奉納 平泉藤原氏 小野寺氏 佐竹氏が崇敬との記録 三輪神社本殿と境内社の須賀神社本殿は国重文 北秋田市 ( 旧 北秋田郡鷹巣町綴子字胡桃館 ) 由利本荘市 ( 旧 由利郡岩城町下蛇田 ) 横手市 ( 旧 平鹿郡雄物川町や大雄村 仙北郡仙南村などを含む ) 横手市金沢 能代市檜山 秋田市土崎港 男鹿市協本 本荘市出戸町 秋田市千秋公園 秋田市泉字三獄根 10-1 横手市城山町 湯沢市古館山 大仙市協和境下台 84 秋田市広面赤沼 3-2 雄勝郡羽後町杉宮字宮林 1 番 新版秋田県の歴史散歩 ( 編著 / 秋田県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版社 ) 日本の古代遺跡 24 秋田 ( 著 / 富樫泰時 企画 / 森浩一 発行 / 保育社 ) 新版秋田県の歴史散歩 ( 編著 / 秋田県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版社 ) 新版秋田県の歴史散歩 ( 編著 / 秋田県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版社 ) 新版秋田県の歴史散歩 ( 編著 / 秋田県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版社 ) 新版秋田県の歴史散歩 ( 編著 / 秋田県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版社 ) 新版秋田県の歴史散歩 ( 編著 / 秋田県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版社 新版秋田県の歴史散歩 ( 編著 / 秋田県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版社 ) 新版秋田県の歴史散歩 ( 編著 / 秋田県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版社 ) 新版秋田県の歴史散歩 ( 編著 / 秋田県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版社 ) 新版秋田県の歴史散歩 ( 編著 / 秋田県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版社 ) 新版秋田県の歴史散歩 ( 編著 / 秋田県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版社 ) 新版秋田県の歴史散歩 ( 編著 / 秋田県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版社 ) 新版秋田県の歴史散歩 ( 編著 / 秋田県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版社 ) および 東北ふしぎ探訪 歴史 民俗のミステリーを歩く ( 著 / 伊藤孝博 発行無明舎出版 ) 新版秋田県の歴史散歩 ( 編著 / 秋田県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版社 ) 新版秋田県の歴史散歩 ( 編著 / 秋田県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版社 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 北秋田市教育委員会 TEL 由利本荘市教育委員会 TEL 横手市教育委員会 TEL 横手市教育委員会 TEL 能代市教育委員会 TEL 秋田市教育委員会文化振興室 TEL 男鹿市教育委員会 由利本荘市教育委員会 TEL 佐竹史料館 ( 千秋公園内 ) TEL 佐竹史料館 TEL 横手市教育委員会 TEL 湯沢市教育委員会 TEL 大仙市教育委員会.TEL 太平山三吉神社 羽後町教育委員会 TEL a 歴史 15/188

22 214 (a) 歴史 秋田県 横手市 波宇志別神社 < 史跡 > 古代 中世 近世と出羽一円に及 んだ保呂羽山 ( ほろわさん ) 信仰の中心 延喜式内社 山頂 (438m) に社殿 215 (a) 歴史 秋田県 大仙市 神宮寺八幡神社 < 史跡 > 伝 坂上田村麻呂勧請 源義家と 源頼朝の再建棟札が残る古社 15 世紀に も社殿造営の棟札 ( 県文化 ) 216 (a) 歴史 秋田県 男鹿市 真山神社と赤神神社五社堂 < 史跡 > 男鹿三山 ( 真山 本山 毛無山 ) の山 岳信仰の起点 ( 終点 ) となる古社と男鹿の ナマハゲ ( 国無形 ) 発祥伝説の地 217 (a) 歴史 秋田県 秋田市 秋田古四王神社 < 史跡 > 四道将軍の一人 大彦命が神代の 武神 武甕槌 ( タケミカヅチ ) 命を祀ったと伝 える古社 坂上田村麻呂再興伝承も 山を神体とする山岳信仰 天平宝字元年 (757) に蔵王権現を勧請と伝える 横手 秋田 亀田 矢島の4 登拝口 霜月神楽は国無形 神宮寺 の地名は 出羽国最北の延喜式内社だった副川神社の別当 神宮寺華蔵院に由来 ( 副川神社は後に八郎潟町に移転 ) 真山神社は中世安東氏 近世佐竹氏の祈願所 五社堂 ( 県文化 ) の厨子は国重文 真山神社も五社堂も文化財や伝承豊富 越後五十公野の古四王神社 会津喜多方の腰王神社とともに三古四王の一つ 古代先住民の 齶田浦の神 との関連説も 横手市大森町八沢木字木ノ根坂 200 大仙市神宮寺神宮寺 33 真山神社 : 男鹿市北浦上真山 赤神神社五社堂 : 男鹿市船川港門前 秋田市寺内字児桜 81 新版秋田県の歴史散歩 ( 編著 / 秋田県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版社 ) 新版秋田県の歴史散歩 ( 編著 / 秋田県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版社 ) 新版秋田県の歴史散歩 ( 編著 / 秋田県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版社 ) 東北ふしぎ探訪 歴史 民俗のミステリーを歩く ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 横手市教育委員会 TEL 大仙市教育委員会 TEL 男鹿市教育委員会 TEL 秋田市教育委員会 TEL (a) 歴史 秋田県 潟上市 東湖八坂神社 < 史跡 > 江戸期までは天王または牛頭天王 社 祭神スサノヲ 牛乗り 神事や 蜘昧 舞 ( 一種の軽業 ) 神事などの例祭で有名 7 月の例祭に向け 正月から毎月のように準備の神事が 同社と八郎潟と 八郎太郎 伝説との関連を推測する説も 潟上市天王天王 24 潟上市 東北ふしぎ探訪 歴史 民俗のミステリーを歩く ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 潟上市教育委員会 TEL (a) 歴史 秋田県 湯沢市 院内銀山跡 < 史跡 > 秋田藩領を代表する大銀山の跡 江戸初期に本格採掘が始まり 幕末と明治中期 ~ 後期 ( 古河鉱業時代 ) には産出量日本一 220 (a) 歴史 秋田県 北秋田市 阿仁銅山跡 < 史跡 > 秋田藩領を代表する大銅山の一つ 金銀山だったが江戸初期に銅山となり 江戸中期には大坂廻銅が別子銅山をしのぎ日本一 221 (a) 歴史 秋田県 鹿角市 尾去沢鉱山跡 < 史跡 > 秋田藩領を代表する大銅山の一つ 江戸時代後期以降 別子 ( 愛媛 ) 阿仁 ( 秋田 ) とともに日本三大銅山に数えられた 222 (a) 歴史 秋田県 大館市 安藤昌益の墓 < 史跡 > 江戸時代の卓抜な思想家 安藤昌益 ( 二井田出身 ) の墓 門弟たちの建てた遺徳顕彰碑は宗教紛争で破壊されたが 昭和 53 年に再建 223 (a) 歴史 秋田県 秋田市 平田篤胤の墓 < 史跡 > 江戸時代の高名な国学者 平田篤 胤 ( 久保田出身 ) の墓 国史跡 幕府により 江戸から追放され 久保田で病没 224 (a) 歴史 秋田県 北秋田市 延慶碑 < 文化財 > 延慶 2 年 (309) に建立された秋田県内最古の板碑 松石殿 の追善供養碑 伝承にも記録にも登場しない謎の人物 225 (a) 歴史 秋田県 井川町 井川の板碑群 < 文化財 > 八郎潟沿岸部の新屋敷墓地や今戸地区に30 基以上の板碑が現存 県内では最も板碑の密度が高いエリアの一つ 226 (a) 歴史 秋田県 湯沢市 熊野神社磨崖碑 < 文化財 > 社殿背後の崖岩に阿弥陀三尊 の種字と願文を刻む 元享 2 年 (1322) 鎌 倉期の磨崖碑は秋田県内唯一 ( 県史跡 ) 227 (a) 歴史 秋田県 美郷町 六郷の寺院と板碑群 < 文化財 > 江戸初期に佐竹義家が東方防 備も兼ねて配置したものなど27の寺院と 中世の板碑 29 基 228 (a) 歴史 秋田県 横手市 猩々碑 < 文化財 > 羽州街道と浅舞 増田街道の交 差点 十文字 に建っていた道標石 文化 8 年 (1811) 建立 江戸時代の最盛期には鉱山町の人口が藩都 久保田を超えたとの説も 昭和 29 年 最終閉山 坑道跡や墓地 金山神社などが残る ] 明治以降は県営 ~ 官営 ~ 民営 昭和 45 年 最終閉山 異人館 ( 夷人館 県文化 ) が 外国人技師たちを招いた時代の名残を伝える 明治以降は官営などを経て民営化 ( 三菱 ) 昭和 53 年 完全閉山 廃坑跡などを利用して鉱山体験博物館 マインランド尾去沢 に 昌益は万人平等に田畑を耕すのが自然にかなった道と説き 身分制度と これを支える寺社や俗信を否定した 神かがり的 " ともいえる篤胤の激烈な尊皇主義は幕府に嫌われたが 倒幕運動や明治以降の日本に大きく影響したとされる 土に埋もれていたのを地元の人々が小橋に使おうとしたが微動だにせず 安置するために運ぼうとすると自ら立ち上がったとの逸話も 年代が判明する17 基の全てが 北朝年号 南北朝時代のこの地方が北朝方 ( 足利氏系 ) の影響下にあったことを示す史料 古代 多賀城と秋田城を結んだ 出羽山道駅路 ( 加美 ~ 尾花沢 ~ 金山 ~ 有屋峠 ~ 寺沢 ~ 雄勝 ) の道沿い 古道の一部が残存 名水の里として知られる六郷だが 寺と板碑の町 でもある 六郷の板碑は 自然石にそのまま梵字 種字を記したのが特徴 謡曲の酒仙 猩々 像を刻んだ異色のもの 今は新しい猩々碑が建っている 実物は地元の幸福会館に保存されている 湯沢市 ( 旧 雄勝郡雄勝町院内銀山町 ) 北秋田市 ( 旧 北秋田郡阿仁町阿仁合 ) 鹿角市尾去沢字獅子沢 大館市二井田字贄の里 ( 温泉寺 ) 秋田市手形大沢 北秋田市 ( 旧 北秋田郡合川町川井 ) 南秋田郡井川町 湯沢市 ( 旧 雄勝郡雄勝町横堀 ) 美郷町 ( 旧 仙北郡六郷町 ) 横手市 ( 旧 平鹿郡十文字町十文字 ) 新版秋田県の歴史散歩 ( 編著 / 秋田県の歴史散歩編集会編 発行 / 山川出版 ) 新版秋田県の歴史散歩 ( 編著 / 秋田県の歴史散歩編集会編 発行 / 山川出版 ) 新版秋田県の歴史散歩 ( 編著 / 秋田県の歴史散歩編集会編 発行 / 山川出版 ) 新版秋田県の歴史散歩 ( 編著 / 秋田県の歴史散歩編集会編 発行 / 山川出版 ) 新版秋田県の歴史散歩 ( 編著 / 秋田県の歴史散歩編集会編 発行 / 山川出版 ) 新版秋田県の歴史散歩 ( 編著 / 秋田県の歴史散歩編集会編 発行 / 山川出版 ) 新版秋田県の歴史散歩 ( 編著 / 秋田県の歴史散歩編集会編 発行 / 山川出版 ) 新版秋田県の歴史散歩 ( 編著 / 秋田県の歴史散歩編集会編 発行 / 山川出版 ) 新版秋田県の歴史散歩 ( 編著 / 秋田県の歴史散歩編集会編 発行 / 山川出版 ) 新版秋田県の歴史散歩 ( 編著 / 秋田県の歴史散歩編集会編 発行 / 山川出版 ) 湯沢市教育委員会 TEL 北秋田市教育委員会 TEL 鹿角市鉱山歴史館 TEL 大館市教育委員会 TEL 秋田市教育委員会 TEL 北秋田市教育委員会 TEL 井川町教育委員会 湯沢市教育委員会 TEL 美郷町教育委員会 TEL 横手市教育委員会 TEL (a) 歴史 秋田県 横手市 正伝寺の聖観音立像 < 文化財 > 正伝寺の開基由来とされる金銅 正観音立像 白鳳時代の作で 東北最古 の金銅仏といわれる 県文化 室町時代 長谷寺 ( 京都 ) の三十三観音のうちの一体を請い受け 観音堂を建立して祀ったのが正伝寺の始まりと伝える 横手市栄 各駅停車全国歴史散歩秋田県 ( 編 / 秋田魁新報社 発行 / 河出書房新社 ) 横手市教育委員会 TEL a 歴史 16/188

23 230 (a) 歴史 秋田県 潟上市 ボラ塚とハタハタ供養碑 < 文化財 > ボラ塚は塩口地区に数基 ハタ ハタ供養碑は出戸浜と江川浜 文字通り 大量に漁獲した魚を供養したもの 231 (a) 歴史 秋田県 大仙市 水神社の線刻千手観音等鏡 像 < 文化財 >10 世紀後半 ( 平安中期 ) 頃の作と見られる白銅製八稜鏡 秋田県内で唯一の国宝 製作者や奉納者 ( 京の藤原氏系の女性 ) 銘も 232 (a) 歴史 秋田県 由利本荘市赤田の大仏 < 文化財 > 総高 10m 杉寄木造 金箔張の 十一面観世音菩薩 名僧と慕われた 赤 田の閑居さん こと是山泰覚の発願 魚の供養碑は漁の盛んな各地に見られるが 旧天王町は魚を含めて供養碑や八大竜王碑 観音碑 地蔵などの石碑石仏が多い 延宝 5 年 (1677) 水路を掘った際に地中から出てきたもの 埋まっていた経緯は不明 水 ( すい ) 神社社殿に祀られている 江戸後期に完成したが明治になって焼失 今の大仏と大仏殿 ( 大観音堂 高さ 21m 余 ) は明治中期に復元されたもの 潟上市 ( 旧 南秋田郡天王町塩口金木鼻 同町江川浜山ほか ) 大仙市 ( 旧 仙北郡中仙町大字豊川字観音堂 ) 各駅停車全国歴史散歩秋田県 ( 編 / 秋田魁新報社 発行 / 河出書房新社 ) 新版秋田県の歴史散歩 ( 編著 / 秋田県の歴史散歩編集会編 発行 / 山川出版 ) 由利本荘市赤田字 新版秋田県の歴史散歩 ( 編上田表 ( 長谷寺境内 ) 著 / 秋田県の歴史散歩編集会編 発行/ 山川出版 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 潟上市教育委員会 大仙市教育委員会 TEL 由利本荘市教育委員会.TEL (a) 歴史 秋田県 北秋田市 正法院の丈六地蔵 < 文化財 > 高さー丈六尺 ( 約 5m) の延命地蔵菩薩坐像 鎌沢地区にあるので鎌沢大仏とも通称 木彫り坐像仏では全国 5 指に入るとも 234 (a) 歴史 秋田県 北秋田市 内館文庫 < 文化財 > 始まりは古代に遡るといわれる 図書館 " 江戸初期 綴子神社付属の私 塾 内館塾 創設 江戸中期 藩許塾に 江戸後期 地蔵の首を背に全国修業中の京の仏師が鎌沢に着く頃 首が重くなって動けなくなったため 像を完成させたと伝える 宮野尹賢 ( いんけん ) や般若院英泉が教授となり村人を教育 明治期には後身の綴子小学校に内藤湖南が赴任したことも 北秋田市 ( 旧 北秋田郡合川町鎌沢 ) 北秋田市綴子 ( 旧 北秋田郡鷹巣町綴子 ) 各駅停車全国歴史散歩秋田県 ( 編 / 秋田魁新報社 発行 / 河出書房新社 ) 新版秋田県の歴史散歩 ( 編著 / 秋田県の歴史散歩編集会編 発行 / 山川出版 ) 北秋田市教育委員会 北秋田市教育委員会 TEL (a) 歴史 秋田県 羽後町 佐藤信淵文庫 < 文化財 > 江戸三大農学者の一人に数えら れた佐藤信淵 ( しんえん 西馬音内出身 ) の関連資料などを収蔵する文庫 236 (a) 歴史 秋田県 秋田市ほか菅江真澄遊覧記 < 文化財 > 民俗学の先覚者とも評される江 戸後期の卓抜な フィールドワーカー " 菅 江真澄の著作類のうち89 冊が国重文 237 (a) 歴史 秋田県 潟上市 八郎潟漁労用具 < 文化財 > 日本第二の大湖だった八郎潟の 往時の漁業の姿を伝える潟船や漁具類 八郎潟漁撈用具収蔵庫で保存 展示 国重文 238 (a) 歴史 秋田県 由利本荘 市 横手市 湯沢市 本荘街道 < 交通 運輸 > 出羽の二大縦貫道だった羽州街道の湯沢と北国街道の本荘を結んだ重要な内陸横断道 信淵は農学 経済学 兵学 鉱山 地理 蘭学 国学などを学び 後世の農本主義思想にも影響を与えた 遊覧記 は真澄の旅日記や地誌類などの総称 ほかに 46 点が 菅江真澄著作集 として県文化財 秋田市寺内に墓がある 収蔵庫に隣接する旧 昭和町歴史民俗資料館は 国が埋もれた民俗資料収集のため打ち出した補助制度による全国 3 館の一つ 本荘藩主 亀田藩主の参勤交代路や幕府巡見使の順路であるとともに 日本海と秋田藩領内陸南部を結ぶ物流の幹線 雄勝郡羽後町西馬音内川原田 秋田市ほか 潟上市 ( 旧 南秋田郡昭和町大久保 ) 秋田県 新版秋田県の歴史散歩 ( 編著 / 秋田県の歴史散歩編集会編 発行/ 山川出版 ) 菅江真澄と秋田 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 新版秋田県の歴史散歩 ( 編著 / 秋田県の歴史散歩編集会編 発行 / 山川出版 ) 東北の街道 ( 監修 / 渡辺信夫 発行 / 無明舎出版 ) 羽後町教育委員会 TEL 菅江真澄資料センター ( 秋田県立博物館内 ) TEL 潟上市教育委員会 TEL 秋田県教育委員会 239 (a) 歴史 秋田県 湯沢市 横 手市 大仙 市 秋田市 240 (a) 歴史 秋田県 大館市 北秋田市 藤里町 能代市 雄物川舟運の遺産 米代川舟運の遺産 < 交通 運輸 > 県南内陸部と土崎港を結んだ物流の動脈 大曲や神宮寺浜などの川湊を経て久保田城下に至り 土崎で日本海海運とアクセス < 交通 運輸 > 秋田県北内陸部と日本海の能代を結んだ物流の動脈 大館の沢尻舟場を起点に 鷹巣や二ツ井 鶴形などの川港が栄えた 241 (a) 歴史 秋田県 由利本荘市子吉川舟運の遺産 < 交通 運輸 > 県南の由利郡内陸部と本荘城下の古雪 ( ふるゆき ) 港を結んだ物流の動脈 本荘 亀田両藩の米や物産の集荷で繁栄 242 (a) 歴史 秋田県 山形県 243 (a) 歴史 秋田県 青森県 仙北市 横手市 山形県新庄市 能代市 男鹿市 青森県浪岡町 鰺ヶ沢町 中 小野寺氏 秋田安藤氏 < 歴史上の人物と一族 > 下野国の豪族だったが源頼朝に出羽国雄勝郡の地頭職を与えられ やがて雄勝 平鹿 仙北 3 郡を領する戦国大名に < 歴史上の人物と一族 > 古代陸奥の大豪族 安倍氏の末裔と伝え 中世は日本海交易に名を馳せ 戦国末期には出羽北部随一の大名に 244 (a) 歴史 山形県 南陽市 稲荷森古墳 < 史跡 > 日本海側で最北 山形県内で最大 の前方後円古墳 5 世紀前半から中期頃 と推定 全長 96m 東北第 6 位の規模 245 (a) 歴史 山形県 飯豊町 上谷地遺跡 < 史跡 > 約 3 万年前の旧石器類が出土した山形県内最古の遺跡 東北で初めて中期旧石器文化の存在の可能性を告げた遺跡 下りは米などを運び 帰り荷は日本海航路による文物も 流域内陸部の各地に 上方方面からの影響を示す文化や風俗が 米をはじめとする物流一般に加え 阿仁銅山や尾去沢銅山 秋田杉の主産地などを流域に抱えたのも米代川舟運の大きな特色 江戸初期までは河口付近の両岸に古雪港があり 河口一帯を ふるき " と総称していたのでは との説も 小野寺宗家は稲庭城を皮切りに沼館城 横手城 大森城などを築いて勢力拡大 最後は関ケ原合戦で西軍についたため改易 秋田氏を名乗って土崎湊城を本拠としたが 近世は常陸を経て三春に転封 明治の廃藩置県まで大名として存続した稀有の一族 置賜盆地 ( 米沢盆地 ) 北部に位置 岡盆地には天神森古墳 (75m) や戸塚山古墳 (54m) なども 前方後円墳の分布研究に貴重な史料 羽越水害後の被害調査で偶然発見したのが端緒 学術調査で 200 点以上の石器が出土 中期旧石器の技法に類似した加工法を確認し脚光 秋田県 秋田県 秋田県 秋田県 秋田県 南陽市大字長岡字稲荷森 西置賜郡飯豊町上屋地 新版秋田県の歴史散歩 ( 編著 / 秋田県の歴史散歩編集委員会編 発行 / 山川出版 ) 米代川読本 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 新版秋田県の歴史散歩 ( 編著 / 秋田県の歴史散歩編集会編 発行 / 山川出版 ) 新版秋田県の歴史散歩 ( 編著 / 秋田県の歴史散歩編集会編 発行 / 山川出版 ) 東北ふしぎ探訪 歴史 民俗のミステリーを歩く ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 日本の古代遺跡 21 山形 ( 企画 / 森浩一 著 / 川崎利夫 発行 / 保育社 ) 日本の古代遺跡 21 山形 ( 企画 / 森浩一 著 / 川崎利夫 発行 / 保育社 ) 秋田県教育委員会 TEL 秋田県教育委員会 TEL 由利本荘市教育委員会 横手市教育委員会 秋田県教育委員会 TEL / 三春町歴史民俗資料館 ( 福島県 ) TEL 南陽市教育委員会 TEL 山形県立博物館 TEL a 歴史 17/188

24 カテゴリー 県 市町村 地域資源名 資源の概要 歴史的価値 ストーリー 所在地 情報源 取材元 246 (a) 歴史 山形県 山形市 嶋遺跡 < 史跡 > 古墳時代前期から後期にかけての出羽田設置前後の古代東北農村を伝える山形市江俣 集落遺跡 7 世紀が全盛期と推定 住居跡貴重な遺跡 農具などの木製品遺物も多 や高床式倉庫跡などを発掘 国史跡 数出土 エリアの一部は史跡公園化 247 (a) 歴史 山形県 酒田市 出羽国府跡 ( 城輪柵跡 ) < 史跡 > 大和朝廷の出先機関が秋田城から後退した後 9~11 世紀頃にかけて出羽 外郭は約 720m 四方 内部に250m 四方の政庁域と見られる多くの建物跡を確認 一 国府が置かれたとされる国衙跡 国史跡 部を再現し史跡公園として整備 248 (a) 歴史山形県新庄市新庄城跡 < 史跡 > 新庄藩 戸沢氏が本拠とした平城城は最上氏の臣 日野氏のものだったが 跡 ( 新庄沼田城とも ) 最上郡全域と村山地最上氏改易後 戸沢氏が居城 戊辰戦争方の一部などの経営の中心 で市街地の大半とともに焼失 今は公園 249 (a) 歴史 山形県 山形市 山形城跡 < 史跡 >14 世紀 出羽按察使 斯波兼頼が基礎を築き 最上義光 ( 兼頼の子孫 ) が戦国末期に修築して本拠とした大規模な平城跡 250 (a) 歴史 山形県 山形市 長谷堂城跡 < 史跡 > 上杉景勝の将 直江兼続軍の山形 城攻略を食い止めた 長谷堂合戦 で知ら れる山城跡 山形城の支域 251 (a) 歴史 山形県 山形市 光禅寺 ( 最上義光の墓 ) < 史跡 > 最上義光の菩提寺 ( 曹洞宗 ) 義光 家親 義俊 3 代の墓や 義光に殉死した家臣らの墓 永和 3 年 (1376) の板碑 ( 市文化 ) 252 (a) 歴史 山形県 天童市 若松寺 < 史跡 > 通称 若松観音 行基の開基 慈 覚大師が山頂から移設と伝える古刹 本 堂と金銅聖観音像懸仏など3 件が国重 文 253 (a) 歴史 山形県 米沢市 米沢城址 < 史跡 > 米沢藩上杉氏の本拠だった平城 跡 鎌倉期の大江氏 ( 長井氏 ) 戦国末期 の伊達氏も本拠とした地 本丸跡に上杉 神社や松岬公園 254 (a) 歴史 山形県 米沢市 上杉家廟所 < 史跡 > 上杉謙信廟を中央に2 代景勝 ( 米沢藩初代 ) から12 代斉定まで上杉家歴代当主の廟が並ぶ 境内は南北約 180m 東西約 109m 255 (a) 歴史 山形県 米沢市 林泉寺 < 史跡 > 元は越後高田にあった長尾家 ( 上杉謙信の祖 ) の菩提寺 米沢に移転し 上杉家当主の夫人と子女 上杉家の重臣たちの廟所に 256 (a) 歴史 山形県 米沢市 成島八幡神社 < 史跡 > 宝亀 8 年 (777) 朝廷軍の将 大友河麿が宇佐八幡を勧請したと伝える古社 鎌倉期に長井氏が社殿造営 伊達氏や上杉氏も崇敬 に 最上氏 57 万石は元和 8 年 (622) に改易 ( 取潰し ) 以後の山形城主は老中クラスの譜代大名が13 氏も交替 城跡の中心部は霞城公園に 長谷堂城を落とせぬまま関ケ原での西軍敗北の報を受けた直江軍は米沢に撤退 伊達氏も絡んだ一連の戦いを東北の関ケ原合戦とも呼ぶ 光禅寺は義光が建立 最上氏改易に伴って入部した鳥居氏の時 旧地から現在地に移転 庭園は江戸初期の遠州流名園 ( 市名勝 ) めでためでたの若松さまよ と花笠音頭にも歌われる縁結びの寺として有名 最上三十三観音第一番札所 上杉氏ゆかりの膨大な宝物類が上杉神社稽照殿と上杉博物館 ( 外郭跡の一角 ) に 国宝 1 件 国重文 17 件 2000 点以上 謙信は米沢城本丸内に祀られていたが明治初期に移設 8 代目までは高野山に納骨し 米沢では遺灰や冠服を納め位牌を祀っていた 直江兼続夫妻 武田信清 ( 信玄の 6 男 ) 上杉景勝夫人菊姫 ( 信玄の娘 ) 上杉綱勝夫人媛姫 ( 保科正之の娘 ) などの墓も 今の拝殿は伊達宗遠 (14 世紀 ) 本殿は上杉綱勝 (17 世紀 ) が造営 伊達政宗は仙台に大崎八幡造営の際 故郷の成島八幡を勧請合祀 酒田市域輪 新庄市 ( 最上公園 ) 山形市霞城町 ( または香澄町 ) 山形市長谷堂 日本の古代遺跡 21 山形 ( 企画 / 森浩一 著 / 川崎利夫 発行 / 保育社 ) 山形県の歴史散歩 ( 編 / 山形県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版 ) 日本の古代遺跡 21 山形 ( 企画 / 森浩一 著 / 川崎利夫 発行 / 保育社 ) 山形県の歴史散歩 ( 編 / 山形県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版 ) 山形県の歴史散歩 ( 編 / 山形県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版 ) 山形県の歴史散歩 ( 編 / 山形県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版 ) 六十里越街道 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 山形市鉄砲町 山形県の歴史散歩 ( 編 / 山形県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版 ) 天童市大字山元 米沢市丸の内 米沢市御廟 米沢市林泉寺 1 丁目 2-3 米沢市広幡町成島 山形県の歴史散歩 ( 編 / 山形県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版 ) 山形県の歴史散歩 ( 編 / 山形県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版 ) 国宝 重要文化財大全 ( 編 / 毎日新聞社 発行 / 毎日新聞社 ) 山形県の歴史散歩 ( 編 / 山形県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版 ) 山形県の歴史散歩 ( 編 / 山形県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 山形県立博物館 TEL 酒田市教育委員会 TEL 新庄市教育委員会 TEL 最上義光歴史館 TEL 最上義光歴史館 TEL 最上義光歴史館 TEL 天童市教育委員会 TEL 米沢市上杉博物館 米沢市教育委員会 TEL 米沢市教育委員会 TEL 山形県の歴史散歩 ( 編 / 山形県米沢市教育委員会 TEL0238- の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版 ) 各駅停車全国歴史散歩山形県 ( 編 / 山形新聞社 発行 / 河出書房新社 ) 奥州街道 ( 著 伊藤孝博 発行 無明舎出版 ) 257 (a) 歴史 山形県 高畠町 亀岡文殊 < 史跡 > 大聖寺 ( 真言宗 ) 亀岡文殊堂 大同 2 年 (807) 慈覚大師開山と伝える霊場 大和の安倍 丹後の切戸とともに日本三文殊の一つ 文殊講や合格祈願の参詣所で知られるが霊場としての逸話も残る 亀岡百首 は上杉氏の重鎮 直江兼続らが歌会を催した時のもの 東置賜郡高畠町亀岡 山形県の歴史散歩 ( 編 / 山形県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版 ) 各駅停車全国歴史散歩山形県 ( 編 / 山形新聞社 発行 / 河出書房新社 ) 高畠町教育委員会 TEL a 歴史 18/188

25 258 (a) 歴史 山形県 高畠町 安久津八幡宮 < 史跡 > 源義家 ( 八幡太郎 ) が前九年 後三年の役の戦勝を感謝し鎌倉鶴岡八幡を勧請したと伝える古社 通称 東 ( あずま ) 八幡宮 259 (a) 歴史 山形県 山形市 立石寺 ( 山寺 ) < 史跡 > 貞観 2 年 (860) 慈覚大師が勅許を得て開山と伝える 東北を代表する名刹 宝珠山立石寺を中心とする全山が国史跡 国名勝 260 (a) 歴史 山形県 南陽市 宮内熊野神社 < 史跡 > 東北の伊勢 " とも熊野大社とも呼 ばれる古社 大同元年 (806) 平城天皇の 勅により創建と伝えるが実態は不詳 261 (a) 歴史 山形県 寒河江市 寒河江八幡宮 < 史跡 > 寒河江庄の総鎮守とされた古社 建久 2 年 (1191) 大江広元が八幡原に鶴岡八幡宮 ( 鎌倉 ) を分霊勧請 大江氏入部後 現在地に 262 (a) 歴史 山形県 寒河江市 慈恩寺 < 史跡 > 神亀元年 (724) 聖武天皇の勅により行基が開山 天平 18 年 (746) 婆羅門僧正が開基と伝える古刹 興福寺や高野山も関与 263 (a) 歴史 山形県 鶴岡市ほか湯殿山真言四カ寺と岩根沢 日月寺 < 史跡 > 湯殿山への主要な登拝口で別当を務めた真言宗 4 寺と岩根沢口 ( 月山道 羽黒系 ) の別当寺 羽黒側と合わせ出羽三山信仰の拠点 264 (a) 歴史 山形県 鶴岡市 気比神社 < 史跡 > 霊亀 2 年 (716) 丹波( 京都府 ) の真名井から移住した人々が敦賀 ( 福井県 ) 気比 ( けひ ) 神社の分霊を祀ったとされる古社 今の建物は江戸中期に上杉氏が建立 本東置賜郡高畠町安殿 舞楽殿 三重塔 ( 置賜地方唯一の木造久津 層塔建築 ) は県文化財 比叡山から分けた不滅の法燈が灯る 叡山の法燈が信長により途絶えた際は山寺の燈を移した 文化財多数 奥の細道 でも有名 近世は上杉氏の祈祷所となり社殿再建 八幡太郎義家の臣 鎌倉権五郎手植えと伝える大銀杏がある 出羽田分寺跡説を唱える人も 八幡原 ( 最上川沿い ) には源頼義 義家親子が八幡を祀ったとも 僧形八幡像は県文化 作試し神事の流鏑馬が伝わる (9 月の例祭 ) 中世は大江氏や最上氏が保護 江戸期には幕府が寺領 2800 石余を与え 東北最大の巨刹に 学頭 宝蔵院は本道寺や大日寺の本寺 4 寺は注連寺 大日坊 本道寺 大日寺 出羽三山には八方七口があり 天台宗の羽黒山系と真言宗の湯殿山系に分かれていた 敦賀気比神社は越前国一宮で正一位勲一等 応神天皇即位にも関わったとされる最高神格 同社の分布と古四王の関連を指摘する説も 山形市大字山寺 南陽市宮内 寒河江市八幡町 ( 長岡山の南端 ) 寒河江市大字慈思寺地籍 31 鶴岡市大網七五三掛 鶴岡市大網上村 西川町本道寺 西川町大井沢 西川町岩根沢 鶴岡市三瀬字宮ノ前 1 番 山形県の歴史散歩 ( 編 / 山形県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版 ) 各駅停車全国歴史散歩山形県 ( 編 / 山形新聞社 発行 / 河出書房新社 ) 山形県の歴史散歩 ( 編 / 山形県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版 ) 各駅停車全国歴史散歩山形県 ( 編 / 山形新聞社 発行 / 河出書房新社 ) 山形県の歴史散歩 ( 編 / 山形県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版 ) 各駅停車全国歴史散歩山形県 ( 編 / 山形新聞社 発行 / 河出書房新社 ) 山形県の歴史散歩 ( 編 / 山形県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版 ) 各駅停車全国歴史散歩山形県 ( 編 / 山形新聞社 発行 / 河出書房新社 ) 山形県の歴史散歩 ( 編 / 山形県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版 ) 各駅停車全国歴史散歩山形県 ( 編 / 山形新聞社 発行 / 河出書房新社 ) 六十里越街道 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 六十里越街道 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 山形県の歴史散歩 ( 編 / 山形県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版 ) 別冊歴史読本諸国一宮と謎の神々 ( 新人物往来社 ) 東北ふしぎ探訪 歴史 民俗のミステリーを歩く ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 高畠町教育委員会 TEL 山形市教育委員会 TEL 立石寺文化財収蔵庫秘宝館 南陽市教育委員会 寒河江市教育委員会 TEL 寒河江市教育委員会 TEL 鶴岡市教育委員会 西川町教育委員会 鶴岡市教育委員会 TEL (a) 歴史 山形県 遊佐町 鳥海山大物忌神社 < 史跡 > 出羽国一宮 鳥海山を神とし ( 大物 忌神 ) 山頂に本殿 吹浦と蕨岡に口ノ宮 ( 里宮 ) 欽明天皇 25 年 (564) 創建と伝える 266 (a) 歴史 山形県 鶴岡市 念珠関 ( 鼠ヶ関 ) 跡 < 史跡 > 白河関 勿来関とともに奥羽三古関といわれた古代関所の跡 本来は県境海岸の鼠喰岩 ( みずみかじりいわ ) 付近にあったとされる 噴火を繰り返す鳥海山は東北平定を目指す古代朝廷にとって大脅威 9 世紀には次々と昇進し 東北では異例の正二位に ( 月山と同時 ) 平泉に落ち延びる義経一行は安宅関を通らず船で念珠関に上陸したとの説も 史蹟念関趾 碑があるのは江戸期に移設された関跡 飽海郡遊佐町大字吹浦字布倉 1 番地 蕨岡 鳥海山頂 鶴岡市 ( 旧 西田川郡温海町鼠ヶ関 ) 山形県の歴史散歩 ( 編 / 山形県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版 ) 別冊歴史読本諸国一宮と謎の神々 ( 新人物往来社 ) 東北ふしぎ探訪 歴史 民俗のミステリーを歩く ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 山形県の歴史散歩 ( 編 / 山形県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版 ) 各駅停車全国歴史散歩山形県 ( 編 / 山形新聞社 発行 / 河出書房新社 ) 六十里越街道 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 遊佐町教育委員会 TEL 鶴岡市教育委員会 TEL a 歴史 19/188

26 267 (a) 歴史 山形県 尾花沢市 延沢 ( 野辺沢 ) 銀山跡 < 史跡 > 江戸初期 延沢 ( 野辺沢 ) 氏が経営 山形藩 鳥居氏の時代を経て寛永 11 全盛だった寛永期の様子を示す文書や絵図が現存 ( 市文化 ) 銀山温泉近くの おも 年 (1634) に幕府直営となった大銀山の跡 かげ公園 では大坑道跡 ( 市史跡 ) を見学 できる 尾花沢市大字銀山新畑 山形県の歴史散歩 ( 編 / 山形県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版 ) 各駅停車全国歴史散歩山形県 ( 編 / 山形新聞社 発行 / 河出書房新社 ) 六十里越街道 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 尾花沢市教育委員会 TEL (a) 歴史 山形県 鶴岡市 加藤清正墓碑 < 史跡 > 猛将として知られた肥後熊本 52 万石の大名 加藤清正の墓碑 戒名を刻んだ五輪塔 弓野焼 ( 熊本 ) の無蓋の瓶も発見 県史跡 清正の子 忠広は流罪となって庄内藩な預けられ 当地に居館 墓石と伝えられていた別の鉾型石の下からは清正着用の兜も出土 鶴岡市 ( 旧 東田川郡櫛引町丸岡 ) 丸岡城跡 ( 県史跡 ) 北隣の天沢寺 ( 曹洞宗 ) 山形県の歴史散歩 ( 編 / 山形県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版 ) 各駅停車全国歴史散歩山形県 ( 編 / 山形新聞社 発行 / 河出書房新社 ) 六十里越街道 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 鶴岡市教育委員会 TEL (a) 歴史 山形県 寒河江市 白岩義民の墓 < 史跡 > 寛永 10 年 (1633) 領主の暴政を農民が幕府に直訴 領主への軽い処分を不満とし再決起をはかつて処刑された義民 38 名の供養碑 270 (a) 歴史 山形県 山形市 竜山の石造明神鳥居 竜山に向かって建てられた石造明神鳥居 元木地区と成沢地区 島木と笠木の反りがほとんど無い平安後期の様式 ともに国重文 271 (a) 歴史 山形県 東根市 与次郎稲荷の石鳥居 < 文化財 > 平安後期様式の石造明神鳥居 かつては 最上三鳥居 のーつとされ国の重要美術品 ( 他の2 基は山形市元木と天童市荒谷原 ) 272 (a) 歴史 山形県 遊佐町 三崎山の青銅刀 < 文化財 > 縄文後期 ~ 晩期の三崎山遺跡から出土した全長 26cmの青銅製刀子 ( ナイフ ) 古代中国の殷 周時代の青銅刀子と極めて類似 273 (a) 歴史 山形県鶴岡市 遊佐 町 雨後石鏃 < 文化財 > 承和 6 年 (839) や仁和元年 (885) 長雨の後に色とりどりの夥しい石鏃が砂浜に忽然と出現したと正史にある比定地 274 (a) 歴史 山形県 舟形町 縄文の女神像 < 文化財 > 西ノ前遺跡 ( 縄文中期の大集落 跡 ) から出土した日本最大の土偶 (45cm) 八頭身 " の造形が異色の女性像 国宝 275 (a) 歴史 山形県 南陽市 正元元年大日板碑 < 文化財 > 正元元年 (1259) 銘の板碑 ( 県文 化 ) 高さ2.57m 山形県内最古 同じ地区 に嘉暦 2 年 (1327) の大日板碑 ( 県文化 ) も 276 (a) 歴史 山形県 酒田市 生石板碑群 < 文化財 > 生石地区に残る40 余基の板碑 群 年号銘が判明する24 基が県文化財 正和 3 年 (1314) から応安 5 年 (1372) まで 処刑から 33 回忌にあたる寛文 10 年 (1670) 縄目のついた墓碑も別の所に建立 白岩郷では寛永年間にも直訴事件で代表が獄死 竜山は通称 西蔵王 " 古くから修験の霊山 成沢の鳥居は八幡神社前に移設されたもので 本来は竜山に向かっていたと伝える 移設されたもので損傷が激しい 与次郎稲荷は秋田藩佐竹氏の飛脚 那珂与次郎 ( 大狐 ) と六回宿をめぐる伝説の舞台として有名 後世持ち込まれたものではなく地下 2.5m の岩石の隙間から出土 沿海州や中国北部と亀ケ岡縄文文化圏の関わりを示唆するとの説も 人々は鬼神が天から降らせたと認識 朝廷は凶事の前兆として神仏への祈祷を命令 古代秋田城でも同様の 雨後石鏃 現象が記録に かつて 縄文のヴィーナス と呼ばれたが 今は一般に 縄文の女神 と通称 舟形町立歴史民俗資料館収蔵 ( 貸し出しで 留守 " も ) 嘉暦 2 年板碑も高さ2.6mの巨大なもの 典型的な置賜型板碑とされる 鎌倉期の同地方は大江広元ら大江氏の勢力下にあった 庄内平野と出羽丘陵が接するエリアの約 2 km区問 南朝年号 (14 基 ) と北朝年号 (8 基 ) が混在し 往時の情勢を窺う貴重な史料 寒河江市白岩の誓願寺 縄目 " 墓碑は西川町間沢の東泉寺 山形市大字小立 ( 元木 ) と山形市蔵王成沢 ( 成沢八幡神社入口 ) 東根市蟹沢 飽海郡遊佐町三崎山 飽海郡遊佐町藤崎の神矢道遺跡 同町北目の神矢田遺跡ほか 最上郡舟形町の猿羽根山街道沿い 南陽市梨郷竹原 酒田市大字生石 ( おいし ) 山形県の歴史散歩 ( 編 / 山形県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版 ) 各駅停車全国歴史散歩山形県 ( 編 / 山形新聞社 発行 / 河出書房新社 ) 六十里越街道 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 山形県の歴史散歩 ( 編 / 山形県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版 ) 各駅停車全国歴史散歩山形県 ( 編 / 山形新聞社 発行 / 河出書房新社 ) 国宝 重要文化財大全 ( 編 / 毎日新聞社 発行 / 毎日新聞社 ) 山形県の歴史散歩 ( 編 / 山形県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版 ) 各駅停車全国歴史散歩山形県 ( 編 / 山形新聞社 発行 / 河出書房新社 ) 日本の古代遺跡 21 山形 ( 企画 / 森浩一 著 / 川崎利夫 発行 / 保育社 ) 日本の古代遺跡 21 山形 ( 企画 / 森浩一 著 / 川崎利夫 発行 / 保育社 ) 山形ウォーキングガイド ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 各駅停車全国歴史散歩山形県 ( 編 / 山形新聞社 発行 / 河出書房新社 ) 山形県の歴史散歩 ( 編 / 山形県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版 ) 各駅停車全国歴史散歩山形県 ( 編 / 山形新聞社 発行 / 河出書房新社 ) 寒河江市教育委員会 TEL 山形市教育委員会 東根市教育委員会 遊佐町教育委員会 TEL 遊佐町教育委員会 TEL 舟形町歴史民俗資料館 南陽市教育委員会 TEL 酒田市教育委員会 TEL a 歴史 20/188

27 277 (a) 歴史 山形県 高畠町 酬恩碑 ( 義民顕彰碑 ) < 文化財 > 寛文 6 年 (1666) 農民の窮状などを幕府に直訴して処刑されたと伝えられる屋代郷義民 高梨利右衛門の報恩顕彰碑 278 (a) 歴史 山形県 米沢市 田沢の草木塔 < 文化財 > 草木の霊を鎮魂供養したり感謝を捧げたとみられる異色の石塔群 江戸期の10 基は全て市文化財 ( 米沢全体では 17 基 ) 279 (a) 歴史 山形県 鶴岡市 大山の石敢当 < 文化財 > 石敢当 ( いしがんとう ) は旅の安全を祈って建てた中国伝来の石塔 九州等に多いが東北では稀 分布の北限として県文化財 直訴がもとで屋代郷は米沢藩領から天領になったとの説も 碑は幕府に破却されたり明治政府に倒されたが その度に地元民が再建 江戸中期に田沢地区で発祥したとされ置賜地方各地に伝播 自然との共生精神のシンボルとして全国や海外にも 現代の草木塔 が 明治初期 道路改修を指揮した県令 三島通庸が この石敢当を憚りルート変更したとの逸話も 石敢当 は古代中国の武人の名 東置賜郡高畠町二井宿 米沢市口田沢 神原 入田沢 鶴岡市大山 ( 酒造資料館の隣 ) 屋代郷義民高梨利右衛門 ( 高梨利右衛門三百年祭実行委員会 ) 草木塔の里田沢 ( おいたま草木塔の会 ) 山形県の歴史散歩 ( 編 / 山形県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版 ) 各駅停車全国歴史散歩山形県 ( 編 / 山形新聞社 発行 / 河出書房新社 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 高畠町教育委員会 TEL 米沢市田沢コミュニティーセンター 鶴岡市教育委員会 TEL (a) 歴史 山形県 山形市 山寺 ( 立石寺 ) の文化財 < 文化財 > 全山が国史跡 国名勝 立石寺根本中堂が国宝 ( に昇格?) 三重小塔 木 納経堂 ( 県文化 ) や慈覚大師廟 ( 開山堂 ) 釈迦堂 五大堂などの建物以外でも 木造 山形市大字山寺 造薬師如来坐像 天養元年如法経所碑が釈迦如来立像や伝教大師坐像ほか寺宝 国重文 多数 281 (a) 歴史 山形県 寒河江市 慈恩寺の国指定文化財群 < 文化財 > 本堂 木造阿弥陀如来坐像 木造騎獅文殊菩薩と脇侍像 木造騎像普賢菩薩と十羅利女像 木造弥勒菩薩と諸尊像などが国重文 木造十二神将立像 木造薬師知来と両脇侍像も国重文 東北の仏像文化の一大宝庫 同寺と谷地八幡宮で舞われる林家舞楽は県民俗 寒河江市大字慈恩寺 山形県の歴史散歩 ( 編 / 山形県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版 ) 各駅停車全国歴史散歩山形県 ( 編 / 山形新聞社 発行 / 河出書房新社 ) 国宝 重要文化財大全 ( 編 / 毎日新聞社 発行 / 毎日新聞社 ) 山形県の歴史散歩 ( 編 / 山形県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版 ) 各駅停車全国歴史散歩山形県 ( 編 / 山形新聞社 発行 / 河出書房新社 ) 国宝 重要文化財大全 ( 編 / 毎日新聞社 発行 / 毎日新聞社 ) 立石寺文化財収蔵庫秘宝館 寒河江市教育委員会 (a) 歴史 山形県 鶴岡市 羽黒山の国指定文化財群 < 文化財 > 羽黒山五重塔が国宝 三神合祭 殿と鐘楼 黄金堂 ( 正善院 ) 銅鏡(190 面 ) 銅燈籠竿 梵鐘が国重文 岩根沢の旧 日月寺本堂 ( 月山神社出羽神社湯殿山神社摂社月山出羽湯殿山三神社社殿 ) も国重文 旧羽黒系が三山神社化されたもの 鶴岡市 ( 旧 東田川郡羽黒町手向ほか ) と西村山郡西川町大字岩根沢 山形県の歴史散歩 ( 編 / 山形県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版 ) 各駅停車全国歴史散歩山形県 ( 編 / 山形新聞社 発行 / 河出書房新社 ) 国宝 重要文化財大全 ( 編 / 毎日新聞社 発行 / 毎日新聞社 ) 立石寺文化財収蔵庫秘宝館 283 (a) 歴史山形県山形市千手堂吉祥院の千手観音像 < 文化財 > 室町期様式の観音堂に安置さほかにも平安 ~ 室町期の多くの諸仏 最れた平安初期の木造観世音菩薩立像 像上義光奉納の御詠歌額も 往時は千手堂高約 175cm 一木造翻波式衣文の名残り が最上三十三観音の第一番札所と推定 国重文 山形市大字千手堂 山形県の歴史散歩 ( 編 / 山形県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版 ) 各駅停車全国歴史散歩山形県 ( 編 / 山形新聞社 発行 / 河出書房新社 ) 山形市教育委員会 TEL (a) 歴史 山形県 鶴岡市 西 川町 山形 市 六十里越街道 < 交通 運輸 > 山形城下の羽州街道から月山山系中腹を経て鶴岡城下を結んだ最短の横断陸路 湯殿山参詣へのメインルート 内陸勢力と海岸勢力の中世以来のドラマ 山岳修験が培った歴史を刻む 山道区間の古道ルートの多くが現存 整備 活用の取り組みも 山形県 六十里越街道 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 鶴岡市教育委員会 TEL 西川町教育委員会 TEL 矢野光男 ( 山形県歴史の道 六十里越街道 を記録する会 代表 ) 285 (a) 歴史 山形県 酒田市ほか最上川舟運の遺産 < 交通 運輸 > 山形県内陸部と酒田 ( 最上川河口 ) を結んだ物流の大動脈 最上氏が庄内も領した戦国末期から山形 ~ 酒田を一貫通船 江戸期には上流部の難所が改修され米沢藩領まで通船可能に 船町 ( 山形城下 ) や大石田 ( 最大の川港 ) 谷地などが重要拠点 山形県 六十里越街道 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 山形県教育委員会 a 歴史 21/188

28 カテゴリー 県 市町村 地域資源名 資源の概要 歴史的価値 ストーリー 所在地 情報源 取材元 286 (a) 歴史 山形県 米沢市 大江氏 ( 長井氏 ) < 歴史上の人物と一族 > 文治 5 年 (1189) の 長井氏は大江時広が初代 14 世紀 伊達 山形県 奥州合戦で平泉藤原氏が滅びた後 源頼 氏により滅亡 同族の大江親広は寒河江 朝から長井庄 ( 米沢置賜地方 ) の地頭職を 庄地頭となったが 戦国末期 最上氏の 与えられた 配下に 287 (a) 歴史 山形県 鶴岡市 酒井氏 < 歴史上の人物と一族 > 元和 8 年 (1622) の最上氏改易の後 庄内を領した譜代大名 庄内藩初代は酒井忠勝 ( 酒井家 3 代目 ) 288 (a) 歴史 山形県 米沢市 上杉鷹山 < 歴史上の人物と一族 > 米沢藩 9 代藩主 治憲 ( はるのり ) の隠居後の号 謙信からだと10 代目当主 財政再建を断行した米沢藩中興の祖 289 (a) 歴史 山形県 山形市 最上義光 < 歴史上の人物と一族 > 出羽南部を代表する有力な戦国大名の一人 関ケ原合戦後 庄内を含む57 万石の雄藩に 山形発展の礎を築く 290 (a) 歴史 山形 秋 田県 遊佐町 にかほ市 有耶無耶関跡 < 史跡 > 鳥海山の手長足長なる毒蛇が出没し 出る時は うや 不在の時は むや と霊鳥が旅人に知らせたという関所跡 最上氏改易後の山形城主は目まぐるしく交替したが 庄内藩は一貫して酒井家が治め続け 戊辰戦争 ~ 明治を迎えた 質素倹約 殖産興業だけでなく 大帝フレデリックと並び18 世紀開明君主の到達点に立っていた世界史的存在 ( 新渡戸稲造 ) とも 祖先は足利氏と同族の斯波氏 最上氏は上杉氏や伊達氏など群雄割拠の中で勢力を固めたが 元和 8 年 (1622) に改易 ( 取り潰し ) 伝説的 歌枕 の関 出羽国司の物資輸送を妨害から守る関所との説も 有耶無耶関 跡は宮城 山形県境の笹谷峠旧道などにもある 291 (a) 歴史 福島県 新地町 新地貝塚 < 史跡 > 縄文後期 ~ 晩期の貝塚 福島県で新地貝塚は手長明神なる巨人の遺物 との遺跡学術調査の先駆け 土器編年標識の伝説が残る 近くに手長明神社跡 ( 国史 遺跡 ( 新地式土器 ) 国史跡 跡 ) 北西丘陵に手長明神を合祀した二羽 渡神社も 292 (a) 歴史 福島県 会津坂下町亀ケ森古墳 < 史跡 > 古墳時代前期 (4 世紀 ) の前方後円墳 全長 127m 宮城の雷神山古墳に次ぎ東北第 2 位 平地築造では東北最大 国史跡 293 (a) 歴史 福島県 会津若松市会津大塚山古墳 < 史跡 > 東北に存在しないとされていた古 墳時代前期 (4 世紀 ) の文化を初めて実証し た前方後円墳 全長 114m 国史跡 294 (a) 歴史 福島県 いわき市 中田横穴古墳 < 史跡 >6 世紀末の横穴式装飾古墳 後室に赤い三角文の装飾壁画 装身具 385 点 武器や武具 169 点など膨大な遺物を出土 国史跡 295 (a) 歴史 福島県 南相馬市 真野古墳群 < 史跡 > 東北最大規模の群集墳 東西 1.3 km 南北 700mほどの台地に約 120 基 ( 前方後円古墳 2 基と小円墳 ) 6~7 世紀 国史跡 通称 大亀甲 隣りに 小亀甲 と呼ばれる鎮守森古墳 ( 珍しい前方後方墳 国史跡 ) 大和政権と会津の古くからの関わりを示唆 三角縁神獣鏡や環頭太刀 玉類や鉄器類などが次々と出土 (18 件 370 点余が国重文 ) 古代東北史を書き替える発見として脚光 同じエリアの神谷作古墳で男子胡坐像 女子像 跪坐像 ( どれも国重文 ) の埴輪が出土しており 文様と埴輪文化の関連説も 時期による葬法の変化が窺え 日本の古墳文化を考える上で全国的にも貴重な遺跡 開発などにより 今は 49 基を残すのみ 山形県 山形県の歴史散歩 ( 編 / 山形県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版 ) 各駅停車全国歴史散歩山形県 ( 編 / 山形新聞社 発行 / 河出書房新社 ) 六十里越街道 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 米沢市教育委員会 TEL 鶴岡市教育委員会 TEL 致道博物館 ( 元 酒井家御用屋敷 ) 山形県 米沢市史 ( 米沢市 ) ほか 米沢市上杉博物館 TEL 山形県 山形県遊佐町と秋田県にかほ市 ( 旧 象潟町 ) の間の三崎峠旧道 相馬郡新地町小川字貝塚西ほか 河沼郡会津坂下町青津字館の越 会津若松市一箕町八幡字北滝沢 山形県の歴史散歩 ( 編 / 山形県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版 ) 各駅停車全国歴史散歩山形県 ( 編 / 山形新聞社 発行 / 河出書房新社 ) 歌枕とうほく紀行 ( 編 / 田口昌樹 + 無明舎出版 ) 各駅停車全国歴史散歩山形県 ( 編 / 山形新聞社 発行 / 河出書房新 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史 公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版社 ) 日本の古代遺跡 45 福島 ( 企画 / 森浩一 編著 / 穴澤咊光 馬目順一 発行 / 保育社 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史 公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版社 ) 日本の古代遺跡 45 福島 ( 企画 / 森浩一 編著 / 穴澤咊光 馬目順一 発行 / 保育社 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史 公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版社 ) 日本の古代遺跡 45 福島 ( 企画 / 森浩一 編著 / 穴澤咊光 馬目順一 発行 / 保育社 ) いわき市平沼ノ内 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史 公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版社 ) 日本の古代遺跡 45 福島 ( 企画 / 森浩一 編著 / 穴澤咊光 馬目順一 発行 / 保育社 ) 南相馬市 ( 旧 相馬郡鹿島町寺内字大谷地 字仏方 字八幡林 同町小池字長沼 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史 公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版社 ) 日本の古代遺跡 45 福島 ( 企画 / 森浩一 編著 / 穴澤咊光 馬目順一 発行 / 保育社 ) 最上義光記念館 TEL 遊佐町教育委員会 TEL にかほ市教育委員会 新地町教育委員会 TEL 会津坂下町教育委員会 会津若松市教育委員会 TEL いわき市教育委員会 TEL 南相馬市教育委員会 TEL 福島県立博物館 ( 出土品のうち県文化財の金銅製双魚袋金具を収蔵 ) a 歴史 22/188

29 296 (a) 歴史 福島県 泉崎村 泉崎横穴装飾古墳 < 史跡 >7 世紀前半頃の横穴古墳 玄室の天井に天空の星を表わすと見られる渦巻文と円文 奥壁に狩猟などをテーマとした壁画 国史跡 297 (a) 歴史 福島県 双葉町 清戸迫装飾古墳 < 史跡 > 清戸迫 ( きよとさく ) 横穴群 (200 基以上の分布確認 6 世紀末 ~7 世紀 ) の1 基 古代豪族の狩猟風景らしい壁画 国史跡 298 (a) 歴史 福島県 南相馬市 羽山横穴装飾古墳 < 史跡 >7 世紀初期 ( 古墳時代末期 ) の横穴古墳 人物や馬などの動物たち 蛇行文 謎の渦巻文 1 対 (2 個 ) 星々状の円文など 国史跡 299 (a) 歴史 福島県 棚倉町 棚倉城跡 < 史跡 > 寛永元年 (1624) 丹羽長秀が築城 以後 8 家 17 代にわたる棚倉藩 5 万石の本拠 丹羽氏 ( 外様大名 ) 以外は全て譜代大名 300 (a) 歴史 福島県 棚倉町 都都古別神社 < 史跡 > 八槻都々古別 ( やつきつつこわけ ) 神社とも 宮城の塩竈神社と並び陸奥田 一宮とされた古社 延喜式の名神大社 301 (a) 歴史 福島県 三春町 三春城跡 < 史跡 > 戦国期 田村氏 ( 坂上田村麻呂の末裔 ) が居城した山城 伊達 蒲生 上杉 加藤 松下氏領や天領を経て三春秋田藩の本拠に 302 (a) 歴史 福島県 本宮市 人取橋古戦場跡 < 史跡 > 天正 13 年 (1585) 伊達政宗が佐 竹 蘆名 相馬 二階堂氏など南東北の主 要勢力の連合軍と戦った古戦場跡 303 (a) 歴史 福島県 二本松市 二本松城跡 < 史跡 > 二本松藩 丹羽氏が本拠とした壮大堅固な名城の跡 中世畠山氏の築城が始まり 伊達氏支配を経て丹羽氏が大改修 304 (a) 歴史 福島県 二本松市 大隣寺 < 史跡 > 二本松藩丹羽氏の菩提寺 ( 曹洞 宗 ) 累代当主の墓や内室陰墓 二本松少 年隊士の墓と戊辰殉難者群霊塔も 305 (a) 歴史 福島県 福島市 福島城跡 < 史跡 > 中世は伊達氏配下の大仏城 文禄元年 (1592) 頃 蒲生氏の将 木村氏が改修し福島城と改名 江戸中期からは板倉氏 3 万石の本拠 306 (a) 歴史 福島県 福島市 文知摺観音 < 史跡 > 信夫文知摺 ( もぢずり ) や河原左大臣 源融 ( とおる ) と虎女の伝説などで名高い名勝 陸奥を代表する歌枕の地の一つ 307 (a) 歴史 福島県 福島市 医王寺と大鳥城跡 < 史跡 > 医王寺 ( 真言宗 ) は天長 3 年 (826) 弘法大師の開基と伝え 信夫庄司 佐藤一族の菩提寺 大鳥城は佐藤氏が本拠とした古代山城 馬に乗り弓を持って鹿を追う男性 1 人 踊る男性 4 人と壺を捧げ持つ女性 3 人 被葬者の生涯の一こまと葬儀場面とも推定 玄室奥壁に反時計回り 7 重の渦巻文 冠帽人物像 2 体 騎馬像 1 体 射手像 1 体 鹿や犬などと見られる動物 5 匹を朱彩で描写 赤斑をもつ白鹿も印象的 これらの壁画 (294~) は孰れも何らかの 説話 を描いたと見られているが 図象学的意味は未解明 棚倉も戊辰戦争の舞台の一つ 今は大手口 ( 県天然の欅あり ) と 内堀 土塁に固まれた本丸跡と石垣の一部が残る 主祭神は味耜高彦根 ( あじすきたかひこね ) 命 日本武尊がこの地で祀ったのに始まると伝える 御田植神事と七座神楽は県民俗 三春秋田氏は元 秋田安藤 ( 安東 ) 氏 正保 2 年 (1645) に常陸宍戸から三春に移動 伊達政宗 ( 貞山 ) 夫人 愛姫は三春田村氏の娘 連合軍約 3 万に対し政宗軍 7000 政宗にとって生涯最大の苦戦とも 跡地の一角に 討ち死にした伊達の老将 茂庭 ( 鬼庭 ) 左月の墓 素晴らしい眺望の本丸跡 ( 山頂 ) や庭園も見もの 戊辰戦争で落城 二本松少年隊の悲劇でも知られる 霞ケ城公園として整備 二本松少年隊は城下南の大壇口で奮戦 戦場跡には隊士供養碑や彼らを援護し戦死した 2 名を供養する 二勇士の碑 などがある 古代末期は佐藤基治 ( 信夫庄司 ) 一族の杉妻太郎の杉妻城 木村氏の後は上杉氏が城代を置き 本多氏や堀田氏が城主になったことも 文知摺は石に藍を摺りつける染め物とされ 古代陸奥の特産品 みちのくのしのぶもぢずり誰ゆえに~ ( 源融 ) の歌は百人一首にも 信夫庄は平泉藤原氏の荘園で 佐藤庄司基治は藤原氏の軍師格だったとも 医王寺には義経関連の遺品 大鳥城跡は史跡公園 西白河郡泉崎村字白石山 双葉郡双葉町新山字清戸迫 南相馬市 ( 旧 原町市中太田字天狗回 字西畑 ) 東白川郡棚倉町字城跡 ( じょうせき ) 東白川郡棚倉町八槻字大宮 66 田村郡三春町城清水 南町ほか 本宮市 ( 旧 安達郡本宮町青田字戸ノ内ほか ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史 公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版社 ) 日本の古代遺跡 45 福島 ( 企画 / 森浩一 編著 / 穴澤咊光 馬目順一 発行 / 保育社 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史 公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版社 ) 日本の古代遺跡 45 福島 ( 企画 / 森浩一 編著 / 穴澤咊光 馬目順一 発行 / 保育社 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史 公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版社 ) 日本の古代遺跡 45 福島 ( 企画 / 森浩一 編著 / 穴澤咊光 馬目順一 発行 / 保育社 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史 公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版社 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史 公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版社 ) 別冊歴史読本諸国一宮と謎の神々 ( 発行 新人物往来社 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史 公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版社 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史 公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版社 ) 奥州街道 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 二本松市郭内 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史 公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版社 ) 奥州街道 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 二本松市成田町 1 丁目 532 福島市杉妻 ( すぎのめ ) 町 ( 福島県庁の地が城跡の中心部 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史 公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版社 ) 奥州街道 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史 公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版社 ) 福島市山口字寺前 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史 公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版社 ) 福島市平野字寺前 ( 医王寺 ) 福島市飯坂町字館 ( 大鳥城跡 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史 公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版社 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 泉崎村教育委員会 TEL 福島県教育委員会 TEL 南相馬市教育委員会 TEL 棚倉町教育委員会 TEL 棚倉町教育委員会 TEL 三春町教育委員会 TEL 本宮市教育委員会 TEL 二本松市教育委員会 TEL 二本松市教育委員会 TEL 福島市教育委員会 TEL 福島市教育委員会 TEL 福島市教育委員会 TEL a 歴史 23/188

30 308 (a) 歴史 福島県 桑折町 西山城跡 < 史跡 > 天文元年 (1532) から同 17 年 (1548) 頃まで伊達氏の本拠だった広大堅固な中世山城の跡 伊達氏が大勢力になる飛躍の地 国史跡 309 (a) 歴史 福島県 伊達市 梁川城跡 < 史跡 >15 世紀前半から約 1 世紀 ( 桑折西山城に移るまで ) 伊達氏が本拠とした平城跡 天正 19 年 (1591) 以降 蒲生氏や上杉氏の城に 310 (a) 歴史 福島県 伊達市 霊山 < 史跡 > 貞観元年 (859) 慈覚大師が清和天皇の勅により霊山寺を創建と伝える山岳修験の大霊場跡 僧坊 3600と称された 国史跡 国名勝 311 (a) 歴史 福島県 川俣町 機織神社 < 史跡 > 蘇我馬子に暗殺された崇峻天皇 (6 世紀末 ) の妻 小手姫を祭神とする古社 創建年代不詳 機織りの女神として崇敬 312 (a) 歴史 福島県 猪苗代町 猪苗代城跡 < 史跡 > 鎌倉初期に佐原氏が築城 ( 城主の子孫は猪苗代氏 ) 戦国末期は蘆名氏と伊達氏の攻防の舞台となった平山城の跡 313 (a) 歴史 福島県 猪苗代町 土津神社と保科正之之墓所 < 史跡 > 土津 ( はにつ ) 神社は会津松平藩祖 保科正之を祀る 奥日光廟といわれた壮麗な社殿は戊辰戦争で焼失 近くの高台に墓所 314 (a) 歴史 福島県 猪苗代町 磐椅神社 < 史跡 > そもそもは磐梯山 ( 磐の梯 天に届 く岩の梯子 ) を神と祀ったもの 祭神 大山 祇命と埴山姫命 延喜式内社 315 (a) 歴史 福島県 磐梯町 慧日寺 < 史跡 > 法相宗の高僧 徳ーが平安初期に開いた大寺院跡 国史跡 平安後期には子院 3800 坊 多くの僧兵を擁し 東北最大級の勢力圏に 316 (a) 歴史 福島県 会津若松市若松城跡 < 史跡 > 中世蘆名氏が居館 天正 18 年 (1590) 蒲生氏郷( うじさと ) が本格築城した大規模な平城の跡 国史跡 別名 鶴ケ城 317 (a) 歴史 福島県 会津若松市蘆名家廟所と松平家墓所 < 史跡 > 蘆名家廟所には16 代盛氏 ( もりうじ ) の墓など3 基 松平家墓所 ( 国史跡 ) には初代 保科正之を除く2 代 ~9 代の歴代藩主らの墓 318 (a) 歴史 福島県 会津若松市飯盛山と白虎隊士の墓 < 史跡 > 飯盛山は市街地を眺望できる古くからの景勝地 戊辰戦争で命を落とした白虎隊士の墓や藩主 松平容保の歌碑 供養碑などがある 319 (a) 歴史 福島県 会津若松市蒲生氏郷墓 < 史跡 > 天正 18 年 (1590) 豊臣秀吉により 会津に移封され 若松城の大改修や城下 整備を進めた蒲生氏郷 ( うじさと ) の墓 320 (a) 歴史 福島県 喜多方市 喜多方熊野神社 < 史跡 > 天喜 5 年 (1057) 前九年役で訪れた源義家が紀伊の熊野三社を会津に勧請 ( 河沼郡熊野堂村 ) うち一社を移したとされる古社 321 (a) 歴史 福島県 喜多方市 喜多方古四王神社 < 史跡 > 越後国五十公野 ( いじみの ) 出羽 国秋田とともに三古四王とされる古社 会津 地名発祥伝説に関連との説も 伊達晴宗 ( 独眼竜政宗の祖父 ) は父 稙宗 ( たねむね ) との戦い ( 天文の乱 ) に勝利した後 西山城を廃城とし本拠を米沢城に移した 江戸初期に上杉氏が伊達郡を失なった後 ( 領地半減 ) 尾張徳川家領となり松平梁川藩が成立 一時期 松前藩が移封されたことも 南北朝時代 北畠顕家が南奥羽の南朝の拠点として霊山城を築城 一時期 陸奥田府を称したことも 寺も城も北朝勢により焼失 姫は奥州に落ち延びて同地に土着し養蚕製絹技術をもたらしたと伝える 小手郷 ( 川俣 ) は古来 絹の里 として有名 江戸期は会津藩が猪苗代地方の要として城代を配置 戊辰戦争 母成峠の戦いで敗れた際 城代は城を焼き払って退却 今は公園に 正之は徳川 3 代将軍家光の異母弟 4 代将軍を補佐し幕閣に大きな影響力 藩政でも会津藩の基礎を築いた 同神社には社宝多数 平安初期までは会津を代表する神だったが やがて慧日寺の守護神的存在に 延喜式では会津の首位の座を伊佐須美神社に譲っている 源平合戦で平氏に味方 信濃で敗北し衰退へ 戦国末期 伊達 蘆名の合戦による兵火で堂塔伽藍の大半を焼失 近くに今の恵日寺 蒲生氏移封後 加藤氏を経て寛永 20 年 (1643) に保科正之が入部 ( 保科氏は元禄 9 年から松平姓 ) 戊辰戦争の悲劇の舞台 小田山北麓一帯が中世会津領主 蘆名氏の墓域 近世会津藩最後の藩主 容保 ( かたもり ) の後の当主は松平家墓所の奥に別途納骨 この地で自刃した 20 名のうち 唯一蘇生した飯沼貞吉を除く 19 名の墓が正面に 戦死した 31 名の墓が右手に並ぶ 興徳寺 ( 臨済宗 ) 境内の五輪塔 墓前に辞世の歌碑 旧 興徳寺は天正 18 年 会津入りした秀吉が 奥羽仕置 を行なった場所 後三年役で再び訪れた義家が 本宮 新宮 那智のうち新宮を当地に移したと伝える 国重文の巨大な長床 ( 拝殿 ) は壮観 文化財多数 古四王 ( 越王 ) 神の多くは北面して祀られているのが特色 喜多方の社殿は北向きの宝形造りで 本来の特徴をとどめる 伊達郡桑折町本丸ほか 伊達市 ( 旧 伊達郡梁川町字桜ケ岡 鶴ケ岡 ) 伊達市 ( 旧 伊達郡霊山町大石字霊山 ) 相馬市玉野 伊達郡川俣町字舘 58 番 耶麻郡猪苗代町字古城跡 耶麻郡猪苗代町見祢 ( みね ) 山 耶麻郡猪苗代町西峰 6199 耶麻郡磐梯町磐梯寺西 38( 磐梯山慧日寺資料館 ) 会津若松市追手 ( おおて ) 町ほか 会津若松市花見ケ丘 ( 蘆名家廟所 ) 会津若松市東山町石山字墓山甲 ( 会津藩主松平家墓所 ) 会津若松市一箕町八幡字弁天下 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史 公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版社 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史 公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版社 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史 公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版社 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史 公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版社 ) 東北ふしぎ探訪 歴史 民俗のミステリーを歩く ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史 公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版社 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史 公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版社 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史 公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版社 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史 公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版社 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史 公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版社 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史 公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版社 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史 公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版社 ) 会津若松市栄町 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史 公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版社 ) 喜多方市慶徳町新宮 2258 喜多方市慶徳町松舞家字丑ノ尾 3940 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史 公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版社 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 東北ふしぎ探訪 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 桑折町教育委員会 TEL 伊達市教育委員会 TEL 伊達市教育委員会 TEL かわまたおりもの展示館 TEL 猪苗代町教育委員会 TEL 猪苗代町教育委員会 猪苗代町教育委員会 磐梯町教育委員会 TEL 会津若松市教育委員会 会津若松市教育委員会 TEL 白虎隊記念館 TEL 会津若松市教育委員会 TEL 喜多方市教育委員会 TEL 喜多方市教育委員会 TEL (a) 歴史 福島県 会津坂下町恵隆寺 < 史跡 >5 世紀中頃 ( 仏教公式伝来より約 1 世紀も前 ) に梁 ( 中国 ) の僧 青岩が開基と伝える古刹 平安初期 徳一大師再建説も 今の恵隆寺は真言宗 弘法大師が立木に彫ったという高さ 8.5m の 立木観音 ( 木造千手観音立像 ) と観音堂は国重文 河沼郡会津坂下町塔寺字松原 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 会津坂下町教育委員会 福島県高等学校地理歴史公民科 TEL ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) a 歴史 24/188

31 323 (a) 歴史 福島県 会津坂下町心清水八幡宮 ( 塔寺八幡 ) < 史跡 > 天喜 3 年 (1055) 源義家( 八幡太郎 ) が京の石清水八幡を勧請と伝える古社 河沼郡の総鎮守 通称 塔寺八幡 社宝多数 324 (a) 歴史 福島県 柳津町 円蔵寺 ( 柳津虚空蔵尊 ) < 史跡 > 茨城の村松 宮城の柳津とともに 日本三大虚空蔵 歴代会津藩主 幕府巡 見使も参詣 十三参り や 七日堂裸参 り で有名 325 (a) 歴史 福島県 会津美里町向羽黒山城跡 < 史跡 > 別名 岩崎城跡 永禄 4 年 (1561) 会津領主の蘆名盛氏が築城を開始し隠居 した壮大な城の跡 福島県を代表する戦 国期の山城 326 (a) 歴史 福島県 会津美里町龍興寺 < 史跡 > 嘉祥元年 (848) に慈覚大師開基と 伝える天台宗の古刹 江戸幕府で権勢を ふるった天海僧正が修行 得度した寺 327 (a) 歴史 福島県 会津美里町伊佐須美神社 < 史跡 > 塩竈神社と都々古別神社に次ぐ奥州二宮 会津の総鎮守 式内社 祭神はイザナギ イザナミ両神と大毘古命 建沼河別命 328 (a) 歴史 福島県 喜多方市 飯豊山神社 < 史跡 > 飯豊山 ( 福島 山形 新潟 ) を神とす る山岳信仰の社 白雉 3 年 (652) 開山と伝 え 山頂に本殿 麓に遥拝殿 329 (a) 歴史 福島県 西会津町 野沢の大山祀神社 < 史跡 > 西会津を代表する山の神 安産の 神 宝亀 9 年 (778) 勧請と伝え 祭神は大山 祀命 磐長比売命 木花咲耶比売命 330 (a) 歴史 福島県 南会津町 鴫山城 < 史跡 > 南北朝時代末期以後 長沼氏が居城した山城の跡 中世城館から近世城郭への移行形態を含む桝形や空堀 土塁などが残る 県史跡 331 (a) 歴史 福島県 いわき市 白水阿弥陀堂 < 史跡 > 正式名 願成寺阿弥陀堂 永暦元年 (1160) 領主岩城氏の後室徳尼( 藤原清衡の娘 ) が亡夫の冥福を祈り建立と伝える 国宝 332 (a) 歴史 福島県 いわき市 飯野平城 < 史跡 > 文明 15 年 (1483) に岩城氏が築城し た中世平城 ( ひらじろ ) の跡 戦国大名に成 長した同氏の本拠地 333 (a) 歴史 福島県 南相馬市 小高城 < 史跡 > 建武 3 年 (1336) から慶長 16 年 (1611) まで奥州相馬氏の本拠だった平山城の跡 県史跡 本丸跡に相馬小高神社 ( 妙見神社 ) 334 (a) 歴史 福島県 相馬市 中村城跡と相馬神社と相馬 中村神社 < 史跡 > 慶長 16 年 (1611) から明治まで奥州相馬氏 ( 相馬中村藩 6 万石 ) の本拠だった平城の跡 ( 県史跡 ) と相馬氏ゆかりの 2 社 335 (a) 歴史 福島県 白河市 白河関跡 < 史跡 > 勿来関とともに古代陸奥国の二大関門だった関所跡 白河藩主 松平定信が建立した古関蹟碑や白河神社がある 国史跡 336 (a) 歴史 福島県 いわき市 勿来関跡 < 史跡 > 古名は菊多関 古代東山道の白河関に対し古代東海道の常陸 陸奥 ( 設置当時は石城国 ) 国境近くに配された重要関門 337 (a) 歴史 福島県 国見町 阿津賀志 ( 厚樫 ) 山の大防塁 跡 < 史跡 > 奥州合戦で奥州軍 ( 平泉藤原氏勢 ) 最大の防御線だった防塁の跡 厚樫山中腹から阿武隈川まで数キロにわたる 2 重空堀 国史跡 南北朝時代から江戸初期までの克明な日記 塔寺八幡宮長帳 は極めて貴重な中世史料 会津最大の銅製鰐口とともに国重文 今の円蔵寺は臨済宗だが徳一 ( 法相宗 ) 開基と伝え 本尊は伝 弘法大師 ( 真言宗 ) 作の虚空蔵菩薩像 奥之院弁天堂は国重文 盛氏は天正 2 年 (1574) 再び黒川城 ( 後の若松城 ) に復帰 岩崎城は短命だったが 曲輪や土塁 空堀などの遺構が良好な状態で現存 平泉藤原氏時代から 200 年以上にわたり多くの貴族と庶民が写経を続けたという同寺所蔵の 一字蓮台法華経 9 巻は国宝 四道将軍と 会津 地名発祥に関わる創建伝説も 蘆名氏寄進と伝える朱漆金銅装神輿は国重文 田植神事は県民俗 蒲生氏が登拝道を整備してから一般にも広がり 五穀豊穣と成人儀礼信仰の山に 米沢への間道抜けを禁じた江戸期の制札場跡は県史跡 麓の遥拝殿前は旅館や土産物屋などが鳥居前町を形成 春の 大山祭 や秋の例祭で賑わう 山の中腹に本殿 更に奥に奥之院 長沼氏は中世の南山地方 ( 西会津郡東部ほか ) の領主 同氏が牛頭天王祭として始めさせた田島袛園祭 ( 国民俗 ) は800 年の伝統を持つ 平泉仏教文化が波及した代表例として有名 堂内には木造阿弥陀如来と両脇侍 持国天 多聞天の立像 ( 全て国重文 ) 庭園は国史跡 平 ( たいら ) の地名は 飯野平 に由来 関ヶ原合戦後 岩城氏は秋田の由利郡に移封 平には鳥居氏が入り平城 ( たいらじよう ) 築城 相馬野馬追祭の 野馬掛 神事の舞台 奥州相馬氏は平将門の血を引く下総国の千葉氏の末裔 奥州合戦後 浜通り地方を領有 中世の城を拡張改修して小高城から移動 相馬神社は奥州相馬氏祖 相馬師常らが祭神 相馬中村神社は将門以来の 妙見神 が源流 白河関跡の比定地は諸説あるが 発掘調査の結果 重要な境界施設の存在は確実視された 白河神社には多くの歌碑や義経伝説も 白河関も菊多関も古代末までには役割を終了 菊多関は古歌の なこそ関 に重ねられ 近世 勿来 を当て字 比定地に多くの歌碑 元寇防塁 ( 福岡市 ) 水城防塁 ( 大宰府市 ) とともに日本三大防塁 奥州合戦は日本史が古代から中世に転換する大きな節目 河沼郡会津坂下町大字塔寺字松原 2908 柳津町柳津寺家町甲 176 会津美里町 ( 旧 大沼郡本郷町 白鳳山公園 ) 会津美里町 ( 旧 大沼郡会津高田町龍興寺北 ) 大沼郡会津美里町字宮林 4377 喜多方市山都町一ノ木字飯豊山乙 4841 番 耶麻郡西会津町野沢字大久保 南会津町 ( 旧 南会津郡田島町田島字愛宕山ほか ) いわき市内郷白水町広畑 219 いわき市平 ( 飯野平城と近世 磐城平藩の平城は別 ) 南相馬市 ( 旧 相馬郡小高町小高 ) 相馬市中村字北町 140 ( 両神社とも城跡の一角 相馬中村神社社殿は国重文 ) 白河市旗宿字関の森 いわき市勿来町関団長沢 ( 比定地は他にも諸説 ) 伊達郡国見町大木戸 西大枝ほか 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 奥州街道 ( 著 伊藤孝博 発行 無明舎出版 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 会津坂下町教育委員会 TEL 柳津町教育委員会 TEL 会津美里町教育委員会 TEL 会津美里町教育委員会 TEL 会津美里町教育委員会 TEL 喜多方市教育委員会 TEL 西会津町教育委員会 TEL 南会津町教育委員会 TEL いわき市教育委員会 TEL いわき市教育委員会 TEL 南相馬市教育委員会 TEL 相馬市教育委員会 TEL 白河市教育委員会 TEL 勿来関文学歴史館 TEL 国見町教育委員会 TEL a 歴史 25/188

32 338 (a) 歴史 福島県 桑折町 半田銀山跡と早田伝之助屋 敷 < 史跡 > 江戸期 松平桑折藩や幕府が経営した大銀山の跡と 採鉱を請け負っていた地元の名主 早田伝之助家の豪邸 339 (a) 歴史 福島県 南相馬市 大悲山の磨崖仏 < 文化財 > 東北最大の磨崖仏群 薬師堂石仏 ( 釈迦如来など7 体 ) 阿弥陀堂石仏(1 体 ) 観音堂石仏( 千手観音ほか ) どれも国史跡 340 (a) 歴史 福島県 会津美里町大光寺石造供養塔 < 文化財 > 延応 2 年 (1240) の板碑 種字は阿弥陀如来 三角丁部 二条切込線 顎部様式 銘のある板碑としては東北地方最古 県文化 341 (a) 歴史 福島県 国見町 蒙古の碑 < 文化財 > 正式には石母田 ( いしもだ ) 供養石塔 碑文は 元寇の際に勧降使として来日した一山一寧が徳治 3 年 (1308) に揮毫 国史跡 342 (a) 歴史 福島県 福島市 正嘉二年の石造供養塔 < 文化財 > 正嘉 2 年 (1258) の板碑 平氏の娘が母を供養した旨の銘も 阿弥陀如来などの姿を見事に浮彫りした異色のもの 国史跡 343 (a) 歴史 福島県 いわき市 神谷作古墳の埴輪男子胡座 像 < 文化財 > 神谷作古墳群 ( 高久古墳群の一部 ) の 1 基から出土した人物埴輪 6 世紀の東国を代表する逸品 国重文 344 (a) 歴史 福島県 福島市 弘安八年板碑 < 文化財 > 弘安 8 年 (1285) の板碑 信夫山 の薬王寺 ( 天台宗 ) 参道に移設 信夫山は 信達盆地の山岳信仰の中心 345 (a) 歴史 福島県 福島市 巖谷観音磨崖仏群 < 文化財 > 夫山の東麓の岩崖に刻まれた 約 60 体の供養仏群 宝永年間 (1704~ 1711) のもの 346 (a) 歴史 福島県 伊達市 寛延三義民顕彰碑 < 文化財 > 寛延 2 年 (1749) 桑折代官( 幕府 ) の苛政に抵抗した寛延大一揆の指導者 3 人の供養碑 347 (a) 歴史 福島県 南会津町 南山義民碑 < 文化財 > 享保 5 年 (1720) から3 年に及んだ 会津最大の農民一揆 南山御蔵入騒動 で処刑された6 名の供養碑 348 (a) 歴史 福島県 いわき市 天明飢饉救荒報恩碑 < 文化財 > 天明大飢饉の際 小名浜代官 ( 幕府 ) の救荒策に感謝して地元民が建て た顕彰報恩碑 天明 6 年 (1786) 建立 最盛期は佐渡相川 但馬生野 石見大森と並ぶ全国有数規模 昭和 26 年 (1951) 閉山 早田邸には五代友厚の息子が住んだことも 大同年間 (806~810) 徳一大師の作と伝えるが 様式から平安後期と推定 中世は相馬氏一族の大悲山 ( だいひさ ) 氏のエリア 同様式の東北各県と北関東の板碑の祖型とされる 平泉藤原氏 3 代 藤原秀衡の娘と関連付ける伝承も 中世の同地区は伊達氏の守護代 石母国氏が統治 石塔の名もこれに由来 近くに石母田館跡 ( 堀と土塁の遺構 ) 伊達郡桑折町北半田 南相馬市 ( 旧 相馬郡小高町泉沢字薬師前ほか 大悲山の杉森の中 ) 会津美里町 ( 旧 大沼郡会津高田町富川字藤田 ) 伊達郡国見町石母国字中ノ内 源平合戦での平家滅亡や奥州合戦での福島市下鳥渡 ( とり平泉藤原氏滅亡に関連か 場所は陽泉寺わた ) 字寺東北側の丘陵 中世の板碑多数 同古墳群からは女子像と跪坐像の埴輪も ( ともに国重文 ) 一帯は古代 石城軍団が置かれた比定地に近いエリア 信夫三山と称し羽黒 月山 湯殿山神社を配置 羽山廃堂跡からは平安中期 ~ 室町期の古鏡や武具出土 ( 県文化 ) 伝説も豊富 岩谷観音から400m 余り東には五十辺館跡 古代末期 佐藤基治 ( 信夫庄司 ) の叔父 伊賀良目 ( いがらめ ) 高重が居館 土塁や空堀 同一揆は明治末の新聞小説 天狗廻状 で有名になり 大正 7 年 (1918) に碑を建立 寛延一揆は中通りと会津の各地でも 江戸期最大 同一揆は天領で起きた最初の強訴運動 幕府に深刻な打撃 碑は昭和 3 年 (1928) 建立 傍らに土井晩翠の歌碑も いわき市平神谷作 ( かみやさく ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 奥州街道 ( 著 伊藤孝博 発行 無明舎出版 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 福島市御山 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 福島市御山字岩谷ほか 伊達市 ( 旧 伊達郡伊達町字田町 薬師堂境内 ) 南会津町 ( 旧 南会津郡田島町田島字丸山甲 碑のある常慶寺 ( 真言律宗 ) には白井遠平いわき市小川町上 ( 自由民権運動家 実業家 衆議院議員 ) や小川字植ノ内櫛田民蔵 ( マルクス研究者 ) の墓も 349 (a) 歴史福島県広野町北迫地蔵と島田帯刀尊公塔 < 文化財 > 天明大飢饉の餓死者を供養す同地方の代官だった島田帯万 ( たてわき ) る北迫 ( きたば ) 地蔵と 天保大飢饉の際のは窮民救済のため独断で年貢収納を延期幕府代宮の善政を讃える顕彰碑 し 救助米を供出 島田を讃える碑は十数基現存 350 (a) 歴史 福島県 福島市 享保義民の碑 < 文化財 > 享保 14 年 (1729) 幕府代官の圧政に苦しむ農民を救うため福島藩に越訴 江戸の目安箱にも直訴して処刑された義民の供養碑 351 (a) 歴史 福島県 二本松市 戒石銘碑 < 文化財 > 寛延 2 年 (1749) 二本松藩 7 代藩主 丹羽高寛が藩士を戒めるため造らせた碑 二本松城大手口近くの一角 国史跡 352 (a) 歴史 福島県 西会津町 杉木之覚碑 < 文化財 > 江戸後期 野沢代官所が野沢組 42ヵ村に約 33 万本もの杉苗を配って植林を奨励 不時の災難に備えるよう布告した碑 ( 県文化 ) 場所は県営あづま運動公園の北角 公園近くの慈徳寺には伊達輝宗 ( 政宗の父 ) の首塚とされる五輪塔の一部が残る 巨大な自然石に北宋黄庭堅の戒石銘を刻文 藩士の俸給は領民の汗と脂によるものゆえ 民を虐げではならない との趣旨 天保 2 年 (1831) 建立 碑文を裏付ける文書 不時囲杉木組定御請 2 点も現存 ( 県文化 ) 近世林政史の貴重な史料 双葉郡広野町下北迫 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 福島市佐原 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 二本松市郭内 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 耶麻郡西会津町野沢字如法寺 如法寺観音堂 ( 鳥追観音 ころり観音 県文化 ) 手前の雷山公園内 ( 本来は野沢本陣前 現在地に移転 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 桑折町教育委員会 TEL 南相馬市教育委員会 TEL 会津美里町教育委員会 TEL 国見町教育委員会 TEL 福島市教育委員会 TEL いわき市教育委員会 TEL 福島市教育委員会 TEL 福島市教育委員会 TEL 伊達市教育委員会 TEL 奥会津地方歴史民俗資料館 TEL いわき市教育委員会 TEL 広野町教育委員会 TEL 福島市教育委員会 TEL 二本松市教育委員会 TEL 西会津町教育委員会 TEL a 歴史 26/188

33 353 (a) 歴史 福島県 伊達市 管野八郎自彫の碑 < 文化財 > 安政 6 年 (1859) 幕政を批判し頼三樹三郎らとともに八丈島送りとなった菅野八郎が 安政 4 年に故郷の岩に刻文した碑 354 (a) 歴史 福島県 湯川村 勝常寺の国指定文化財群 < 文化財 > 木造薬師如来と両脇侍像が国宝 木造十一面観音立像 地蔵菩薩立像 四天王立像 天部立像が国重文 薬師堂の建物も国重文 355 (a) 歴史 福島県 会津美里町法用寺の国指定文化財群 < 文化財 > 木造金剛力士立像 ( 仁王像 )2 体と本堂厨子と仏壇が国重文 仁王のうち阿形像は鶴ヶ城 ( 会津若松市 ) 天守閣に展示 356 (a) 歴史 福島県 いわき市 薬王寺の国指定文化財と板 碑群 < 文化財 > 木造文殊菩薩騎獅像と厨子入金銅宝篋印舎利塔が国重文 弘安 8 年 (1258) から永和 4 年 (1378) までの板碑が58 基も現存 357 (a) 歴史 福島県 郡山市 如宝寺の国指定文化財 < 文化財 > 承元 2 年 (1208) の曼陀羅石造供養塔 ( 通称 笠塔婆 ) と建治 2 年 (1276) の板石塔婆が国重文 江戸期のキリシタン墓碑もある 358 (a) 歴史 福島県 福島市 医王寺の文化財と石造供養 塔群 < 文化財 > 伝 弁慶の笈 ( 県文化 ) 義経の太刀 佐藤継信と忠信兄弟の遺品類 同兄弟の墓 ( 板碑 ) 石造供養塔群( 県史跡 ) など 359 (a) 歴史 福島県 喜多方市 喜多方熊野神社の文化財 < 文化財 > 長床 ( 拝殿 ) と銅鉢が国重文 本殿と鎌倉初期の木造文殊菩薩騎獅子像 県内最古の銅鐘 14 世紀の牛王板木と銅製鰐口が県文化 360 (a) 歴史 福島県 伊達市 中村佐兵治家の養蚕関連資 料 ( 奥州本場蚕種 ) < 文化財 > 江戸期以来の蚕種紙製造業者だった中村家に伝わる貴重な養蚕関連資料 梁川は旧 伊達町伏黒地区とともに 奥州蚕種 の本場 361 (a) 歴史 福島県 岩城街道 < 交通 運輸 > 奥州街道の本宮宿や郡山宿 や須賀川宿などから三春城下を経て磐城 平 ( いわきたいら ) 城下に至った脇街道 362 (a) 歴史 福島県 阿賀野川舟運の遺産 < 交通 運輸 > 会津地方中央部や喜多方地方から大川 阿賀川水系で越後に入り 阿賀野川で新潟の白山堀などと結んだ物流の大動脈 363 (a) 歴史 福島県 蘆名氏 < 歴史上の人物と一族 > 奥州合戦後 関東から会津に入った三浦 佐原氏系一族 ( 鎌倉武士団の一部 ) 会津の大半を領する戦国大名に成長 364 (a) 歴史 福島県 相馬氏 < 歴史上の人物と一族 > 奥州合戦の戦功により頼朝から陸奥国行方郡を与えられ 近世 相馬中村藩にまで発展した一族 奥州相馬氏とも 365 (a) 歴史 福島県 結城氏 < 歴史上の人物と一族 > 奥州合戦後 頼朝により白河地方に配された一族 結城白川氏とも 約 400 年にわたって中世白河を支配 366 (a) 歴史 福島県 岩城氏 < 歴史上の人物と一族 > 奥州合戦後 好嶋 ( よしま ) 庄 ( 現いわき市の一部 ) の地頭となった一族 南北朝 ~ 室町と勢力拡大し戦国大名に 八郎は元治元年 (1864) に赦免 慶応 2 年 (1866) に信達騒動の首謀者として逮捕されたが無罪 世直し大明神 と崇められた人物 勝常寺 ( 真言宗 ) は徳一 ( 法相宗 ) 開基と伝え 会津盆地中央にあるため 中央薬師 とも通称 会津の仏教文化の一大宝庫 同寺 ( 天台宗 ) は養老 4 年 (720) 得道が創建 大同 3 年 (808) 徳一が再興と伝える 十一面観音立像 2 体や三重塔 銅鐘は県文化 同寺 ( 真言宗 ) は伝 徳一創建の八茎嶽薬師の別当寺 大伽藍だったが戊辰戦争で多くを焼失 刺繍阿弥陀三尊種字懸幅は県文化 同寺 ( 真言宗 ) は大同 2 年 (807) 虎丸長者が平城天皇下賜の馬頭観音を祀ったのが開基とも伝える 戊辰戦争で多くを焼失 同寺 ( 真言宗 ) は天長 3 年 (826) 弘法大師開基と伝える 信夫庄司 佐藤氏菩提寺 佐藤基治夫妻の墓も 義経ゆかりのスポット 同社は源義家が紀伊の熊野三社から勧請したうちの新宮社が始まりと伝える 神像 6 体 ( 県文化 ) ほか文化財多数 中村善右衛門創製の蚕当計 ( さんとうけい ) と 蚕当計秘訣 の版木 寛政 4 年 (1792) 以来の繭の標本が現存 仙道地方と浜通りの江戸浜街道を結んだ重要な横断道 一部は三春藩主の参勤交代や会津藩の廻米路 五十集 ( いさば ) 道としても活躍 若松城下や塩川宿などに集荷した廻米を最大の中継拠点 津川 ( 新潟県 明治初期までは福島県 ) に輸送 日本海航路につないだ 門田荘の黒川 ( 今の会津若松 ) を本拠にほぼ会津全域を支配したが 戦国末期 伊達政宗との戦いに敗れ滅亡 各地に史跡 戦跡多数 中世 ~ 戦国期 ~ 藩政時代と同じ地方で存続した全国でも珍しい一族 その誇りは 始祖 平将門以来の伝統を受け継ぐ相馬野馬追祭にも 白川城が本拠 ( 城跡は県史跡 ) 小峰城( 近世白河城 ) も元は結城一族が築いた城館 江戸初期 丹羽氏の白河藩が成立し大改修 戦国末期は佐竹氏や伊達氏と離合を繰り返し 関ヶ原合戦では佐竹氏に接近して参戦しなかったため出羽国亀田 ( 秋田県 ) に転封 伊達市 ( 旧 伊達郡保原町金原田字中屋敷 ) 河沼郡湯川村勝常字代舞 会津美里町 ( 旧 大沼郡会津高田町雀林字三番山下 ) いわき市四倉町玉山 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 国宝 重要文化財大全 ( 編 / 毎日新聞社 発行 / 毎日新聞社 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 郡山市堂前町 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 福島市平野字寺前 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 喜多方市慶徳町新宮字熊野 伊達市 ( 旧 伊達郡梁川町 市街地中心部の国道 349 号線沿い ) 福島県 福島県 新潟県 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 東北の街道 ( 監修 / 渡辺信夫 発行 / 無明舎出版 ) イザベラ バード紀行 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) ほか 福島県 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 福島県 東北ふしぎ探訪 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 福島県 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 福島県 秋田県 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 伊達市教育委員会 TEL 勝常寺重要文化財収蔵庫 ( 本尊の薬師如来のほかは収蔵庫に ) 会津美里町教育委員会 TEL いわき市教育委員会 TEL 郡山市教育委員会 TEL 医王寺宝物館 TEL 福島市教育委員会 TEL 喜多方市教育委員会 TEL 伊達市教育委員会 TEL 福島県教育委員会 TEL 福島県教育委員会 TEL 福島県教育委員会 TEL 福島県教育委員会 TEL 福島県教育委員会 TEL 福島県教育委員会 TEL 秋田県教育委員会 TEL a 歴史 27/188

34 367 (a) 歴史 岩手 宮 城県 368 (a) 歴史 宮城 福 島県 369 (a) 歴史 宮城 福 島県 370 (a) 歴史 山形 宮 城県 371 (a) 歴史 山形 宮 城県 372 (a) 歴史 山形 秋 田県 373 (a) 歴史 山形 福 島県 北上川舟運の遺産 江戸浜街道 阿武隈川舟運の遺産 笹谷 二口 関山街道 最上 出羽街道 羽州浜街道 会津五街道 ( 白河 二本松 下野 米沢 越後街道 ) < 交通 運輸 > 江戸初期に川村孫兵衛が河道を付け替え整備 八戸藩 盛岡藩 仙台藩の江戸廻米などを石巻に運んだ物流の大動脈 < 交通 運輸 > 江戸から水戸を経て浜通りに入り 岩沼で奥州街道と合流した幹線街道 古代 中世は東海道の呼称も < 交通 運輸 > 信達地方と河口の荒浜湊を結んだ物流の大動脈 主な河岸は福島城下や瀬上 桑折 水沢 ( 丸森 ) 玉崎 ( 岩沼 ) など < 交通 運輸 > 連携 補完し合いながら仙台城下 ( 奥州街道 ) と山形城下 ( 羽州街道 ) を結んだ 3 筋の横断ルート < 交通 運輸 > 奥州街道 吉岡宿から奥羽山脈を越え出羽に通じた2 筋の道 軽井沢越最上街道 と 中山越出羽街道 ( 呼称は様々 ) < 交通 運輸 > 羽州街道の秋田から沼田 ~ 鼠ヶ関を経て越後村上へ通じた日本海側の幹線縦貫道 多くの文人墨客が足跡 砂と岩の難所も < 交通 運輸 > 会津藩の中心 会津若松から領外の主要地に通じた 5 筋の幹線街道 江戸期に会津藩が整備 盛岡城下の新山河岸 中継拠点の郡山 ( 紫波 ) 黒沢尻 ( 北上 ) 薄衣 ( 川崎 ) 黄海 ( 藤沢 ) などの河岸を経て太平洋航路にアクセス 勿来関を経由し 陸奥南部と中部にとっては古来 内陸の東山道とともに重要な縦貫道 道筋の豊富な遺跡 史跡が長い歴史を物語る 江戸前期 河村瑞賢が開いた東廻り航路と接続 ( 松島湾の寒風沢でアクセス ) 仙台藩 米沢藩 福島藩の廻米や御城米輸送に活躍 笹谷街道は笹谷峠越えで古代以来の道 宮城 山形県二口街道は山伏峠か清水峠を越える最短コース 関山街道は馬も越せない関山峠越えの嶺渡り 軽井沢越は古代は軍道 延沢銀山 ( 尾花沢 ) の時代は銀輸送も 芭蕉は軽井沢越を 難所 として避け中山越( 尿前関ルート ) で出羽へ 古代末の奥州合戦 戦国期の上杉氏系と最上氏系の攻防 幕末の戊辰戦争と 軍道としての歴史も数々 岩手 宮城県 新版岩手県の歴史散歩 ( 編 / 岩手県高等学校教育研究会地歴 公民部会歴史部会日本史部会 発行 / 山川出版 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編 / 宮城県高等学校社会科 ( 地理歴史科 公民科 ) 教育研究会 発行 / 山川出版 ) 福島 宮城県 東北の街道 ( 監修 / 渡辺信夫 発行 / 無明舎出版 ) 福島 宮城県 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 新版宮城県の歴史散歩 ( 編 / 宮城県高等学校社会科 ( 地理歴史科 公民科 ) 教育研究会 発行 / 山川出版 ) 宮城 山形県 秋田 山形県 奥州街道に出る白河街道と二本松街道 福島 山形県今市を経て日光や江戸に至る下野街道 米沢城下への米沢街道 新発田城下への越後街道 東北の街道 ( 監修 / 渡辺信夫 発行 / 無明舎出版 ) 東北の街道 ( 監修 / 渡辺信夫 発行 / 無明舎出版 ) 東北の街道 ( 監修 / 渡辺信夫 発行 / 無明舎出版 ) 東北の街道 ( 監修 / 渡辺信夫 発行 / 無明舎出版 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 岩手県教育委員会 TEL 宮城県教育委員会 TEL 福島県教育委員会 TEL 宮城県教育委員会 TEL 福島県教育委員会 TEL 宮城県教育委員会 TEL 関山街道フォーラム協議会 ( 問合せ : 広瀬市民センター TEL ) m/ 最上海道研究会 ( 加美町 ) 藤井慶吾氏軽井沢越大室研究会 ( 村山市 ) 平山繁氏 秋田県教育委員会 TEL 山形県教育委員会 TEL 福島県教育委員会 TEL 山形県教育委員会 TEL (a) 歴史 秋田 岩 手県 375 (a) 歴史 秋田 岩 手県 376 (a) 歴史 秋田 岩 手県 377 (a) 歴史 秋田 宮 城県 378 (a) 歴史 青森 岩 手 宮城 県 379 (a) 歴史 青森 岩 手 宮城 県 平和街道秋田街道鹿角街道小安街道三陸浜街道東廻航路の遺産 < 交通 運輸 > 出羽国平鹿郡の横手と陸奥国和賀郡の北上を結んだ脇街道 名称は明治の開削改修工事の後 郡名の一字を採って命名 < 交通 運輸 > 盛岡城下から雫石 ~ 国見峠越を経て生保内に下り角館方面と結んだ道 古名は秋田往来や生保内街道 南部街道ほか様々 < 交通 運輸 > 盛岡城下と鹿角 ( 秋田県 往時は盛岡藩領 ) を結び 鹿角からは三戸 ( 青森県 ) や大館 ( 秋田県 ) 方面にアクセスした街道 < 交通 運輸 > 奥州街道の築館宿から花山峠 ~ 小安温泉 ~ 稲庭などを経て十文字で羽州街道に合流した物流の道 < 交通 運輸 > 八戸と気仙沼の間の三陸沿岸を結んだ 地域間交流 " に不可欠の道 浜街道 は明治以降の名 古くは 海辺道 < 交通 運輸 > 江戸時代前期 河村瑞賢が東廻り航路 ( 太平洋側を往来する航路 ) を開拓 主要河川の舟運と接続し江戸との直行ルートに 古名は南部道や岩崎街道や沢内街道など 大名の参勤交代路ではなかったが 秋田 盛岡両藩の庶民レベルでの交流 交易に活躍 秋田街道 名が定着するのは明治期に仙岩峠が聞かれて以降 古代から軍略の道 近世になり両藩の交易 交流の動脈の一つに 古来の軍道 江戸期は尾去沢の銅を運ぶ重要幹線 尾去沢銅の輪送は野辺地湊経由のほか 米代川や北上川の舟運を利用した時期も 仙台藩にとっては伊達一門や宿老らの 在所 を結んだ道 秋田藩にとっては福島の伊達地方から稲庭に桑苗や蚕種を導入した道 宮古以北は隆起海岸の坂越え 以南はリアス式海岸の谷越えの難関続き 険路に強い牛が活躍 三閉伊通百姓一揆の舞台にも 北上川河口の石巻や阿武隈川河口の荒浜 松島湾の寒風沢などは諸藩の江戸廻米や御城米 ( 天領米 ) 輸送で繁栄 多くの遺跡 史跡も 秋田 岩手県 東北の街道 ( 監修 / 渡辺信夫 発行 / 無明舎出版 ) 岩手 秋田県 東北の街道 ( 監修 / 渡辺信夫 発行 / 無明舎出版 ) 岩手 秋田県 宮城 秋田県 青森 岩手 宮城県 東北の街道 ( 監修 / 渡辺信夫 発行 / 無明舎出版 ) 東北の街道 ( 監修 / 渡辺信夫 発行 / 無明舎出版 ) 青森 岩手 宮城県 新版宮城県の歴史散歩 ( 編 / 宮城県高等学校社会科 ( 地理歴史科 公民科 ) 教育研究会 発行 / 山川出版 ) ほか 秋田県教育委員会 TEL 岩手県教育委員会 TEL 岩手県教育委員会 TEL 秋田県教育委員会 TEL 東北の街道 ( 監修 / 渡辺信夫 発行 / 無明舎出版 ) 八幡平市鹿角街道 WEB サイト 鹿角街道まちづくり実行委員会 TEL 宮城県教育委員会 TEL 秋田県教育委員会 TEL 各県教育委員会 各県教育委員会 a 歴史 28/188

35 380 (a) 歴史青森 秋北前船の遺産 < 交通 運輸 > 江戸時代前期 河村瑞賢が大坂廻米や大坂廻銅の輸送だけでなく 青森 秋田 山形県 北前船寄港地と交易の物語 田 山形西廻り航路 ( 日本海側を往来して瀬戸内海本州各地と蝦夷地の交易で繁栄 大商人 ( 文 / 加藤貞仁 写真 / 鐙啓記 無県 ~ 上方を結ぶ航路 ) を開拓したのを機に北たちが育ち文化文物交流に寄与 随所に明舎出版刊 ) 381 (a) 歴史 青森 秋 田県 大間越街道 前船が活躍 < 交通 運輸 > 弘前城下から鰺ヶ沢 ~ 大関越を経て秋田領に入り 能代を通って金光寺で羽州街道と合流した道 名称は明治期の命名 史跡 遺跡多数 江戸初期までは津軽藩主の参勤交代路 以後も鰺ヶ沢港への藩米や物資輸送路として活躍 鯵ヶ沢以南は生活路に 青森 秋田県 東北の街道 ( 監修 / 渡辺信夫 発行 / 無明舎出版 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 各県教育委員会 青森県教育委員会 TEL 秋田県教育委員会 TEL (a) 歴史 福島 宮城 岩手 青森県 383 (a) 歴史 福島 山 形 秋 田 青森 県 奥州街道 羽州街道 < 交通 運輸 > 江戸日本橋を起点とする近世 五街道 の一つ 陸奥の主要城下を経て津軽半島 三厩に至った日本最長の街道 < 交通 運輸 > 奥州街道 桑折宿のはずれで分岐し 山形 ~ 秋田を経て油川宿 ( 青森 ) で奥州街道に合流 東北の二大縦貫幹線 正式には幕府管轄の白河までが奥州道中 ( 五街道の一つ ) 奥州街道は全体の総称 多くの脇街道が分岐する陸路の大動脈 奥州街道とともに 参勤交代の諸大名や幕府巡見使が利用 物流と人の往来でも出羽で最も重要な大動脈 福島 宮城 岩手 青森県 福島 山形 秋田 青森県 奥州街道 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 東北の街道 ( 監修 / 渡辺信夫 発行 / 無明舎出版 ) 各県教育委員会 各県教育委員会羽州街道交流会 TEL (a) 歴史 東北 6 県 橘南谿 < 旅人たちの足跡 > 江戸中期の医者 伊勢国久居 ( 三重県津市 ) 出身 漢詩や随筆の得意な文人として有名 東西遊記 はベストセラーに 385 (a) 歴史 東北 6 県 古川古松軒 < 旅人たちの足跡 > 江戸中期の医者 備中 国新本村 ( 岡山県総社市 ) 出身 全国各地 を巡り 西遊雑記 や 東遊雑記 などを著 述 386 (a) 歴史 東北 6 県 伊能忠敬 < 旅人たちの足跡 > 江戸中期の商人 上総 国小関村 ( 千葉県九十九里町 ) 出身 隠居 後に地理や天文 測量術などを学び 17 年で全国測量 387 (a) 歴史 東北 6 県 吉田松陰 < 旅人たちの足跡 > 幕末の志士 軍学者 経論家 長門国松本村 ( 山口県萩市 ) 出身 嘉永 4 年 (1851) から翌年にかけ 東北各地を見開 388 (a) 歴史 宮城 岩手 秋田 山形県 389 (a) 歴史 宮城 秋 田県 390 (a) 歴史 山形 秋田 宮城 青森県 391 (a) 歴史 山形 秋 田 青森 県 392 (a) 歴史 秋田 山 形 福島 県 393 (a) 歴史 福島 宮城 岩手 山形県 394 (a) 歴史 福島 宮 城 山 形 秋田 県 富本繁太夫 熊谷新右衛門 菅江真澄 イザベラ バード 今野於以登 松尾芭蕉 中山高陽 < 旅人たちの足跡 > 江戸後期の富本節 ( 浄瑠璃の一派 ) の芸人 少なくとも文政 11 年 (1828) から天保 7 年 (1836) までの間は各地を点々 < 旅人たちの足跡 > 江戸後期の大工の棟梁 気仙沼出身 天保 8 年 (1837) 飢饉が続く仙台藩の命令で秋田の矢島藩に米の買い付けに < 旅人たちの足跡 > 日本の民俗学の先覚とも評される江戸中期の紀行家 地誌学者 三河国渥美郡 ( 愛知県豊橋市近辺 ) 出身と推定 < 旅人たちの足跡 >19 世紀最大の女性旅行家と評される紀行作家 探検家 ジャーナリスト イギリス ヨークシャー出身 < 旅人たちの足跡 > 幕末の出羽国本庄 ( 秋田県由利本荘市 ) の商家の娘と推定 女性二人と 家来 " の御供だけで諸国宮参りを敢行 < 旅人たちの足跡 > 江戸時代前期の俳人 伊賀国上野 ( 三重県伊賀市 ) 出身 蕉風と呼ばれる新境地を聞き 俳聖 として有名 < 旅人たちの足跡 > 江戸時代中期の画家 文人 土佐国高知城下 ( 高知市 ) 出身 明和九年 (1772 安永元年 ) 東北地方を取材旅行 天明 6 年 (1786) 東日本一帯を旅して 東遊記 著述 先に巡った西日本各地の記録 西遊記 と合わせたのが 東西遊記 天明 8 年 (1788) 幕府巡見使に随行して出羽 ~ 陸奥 ~ 松前 ~ 蝦夷地を見聞した記録が 東遊雑記 歴史資料としても貴重 伊能図 ( 大日本沿海輿地全図 ) は近代的日本地図の基礎に 測量旅行の膨大なメモ 28 冊が国重文 ( 通称 沿海日記 ) 行記が 東北遊日記 安政大獄により刑死したが松下村塾などを通して伝えた思想と志は倒幕 ~ 明治維新に大きな影響 筆満可勢 ( ふでまかせ ) なる旅日記風書物に著者兼 主人公 として登場 旅人の確かな息づかいと江戸文化の厚みが伝わる記録 買い付け関連事項だけでなく 仙台領とは打って変わって陽気な秋田側の空気や風俗 祭り 食事などの様子を綴ったのが 秋田日記 天明 3 年 (1783) 以降 長い旅人生に入り秋田藩領で没 この間 越後と奥羽諸国 蝦夷島を巡り膨大な記録を著述 ( 多くが国重文 ) 南米を除く全大陸に足跡 明治 11 年 (1878) に初来日し北日本 北海道 関西を巡った記録が 日本奥地紀行 ( 他にも諸訳 ) 文久 2 年 (1862) から翌年にかけ 伊勢神宮を含む各地の寺社 名所を一巡り 出費や関所の様子をメモしたのが 参宮道中諸用記 代表的な紀行句集が 奥の細道 元禄 2 年 (1689) 江戸を出て奥州 羽州を巡り美濃大垣までの旅を作品化 後世に大きな影響 旅の様子を記した紀行文が 奥游日録 ( おうゆうにちろく ) 他に 塩竈湾や金色堂 鳥海山と象潟などを題材に多くの書画を制作 東北全県 東北全県 東北全県 東北全県 宮城 岩手 秋田 山形県 宮城 秋田県 山形 秋田 宮城 青森県 福島 山形 秋田 青森県 秋田 山形 福島県 福島 宮城 岩手 山形県 福島 宮城 山形 秋田県 江戸 東北旅日記 案内 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 江戸 東北旅日記 案内 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 江戸 東北旅日記 案内 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 江戸 東北旅日記 案内 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 江戸 東北旅日記 案内 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 江戸 東北旅日記 案内 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 江戸 東北旅日記 案内 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 江戸 東北旅日記 案内 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 関所抜け江戸の女たちの冒険 ( 著 / 金森敦子 発行 / 晶文社 ) 江戸 東北旅日記 案内 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 江戸 東北旅日記 案内 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 各県教育委員会 各県教育委員会 県教育委員会 各県教育委員会 各県教育委員会 宮城県教育委員会 TEL 秋田県教育委員会 TEL 菅江真澄と巡るあきたの道 c/masumi/index2.html 各県教育委員会 各県教育委員会 由利本荘市教育委員会 TEL 各県教育委員会 各県教育委員会 a 歴史 29/188

36 395 (a) 歴史 福島 宮城 山形 秋田県 396 (a) 歴史 福島 宮 城県 野田泉光院 諸九尼 < 旅人たちの足跡 > 江戸中期の武士で修験者 日向国佐土原 ( 宮崎県佐土原町 ) 出身 日向の山伏を束ねた最高位の大先達 < 旅人たちの足跡 > 江戸中期の女宗匠 ( 俳句の師匠 ) 筑紫国唐島 ( 福岡県久留米市 ) 出身 明和 8 年 (1771) みちのく を旅行 397 (a) 歴史 東北 6 県 平泉藤原氏 < 歴史上の人物と一族 > 泉を本拠に平安時代末期の奥州と羽州を統べた一族 都の藤原摂関家と区別し平泉藤原氏とも奥州藤原氏とも 398 (a) 歴史 岩手 宮 城 青森 県 399 (a) 歴史 山形 宮 城 岩手 県 400 (a) 歴史 山形 秋 田 宮城 県 401 (a) 歴史 山形 福島 宮城 岩手県 402 (a) 歴史 山形 福 島県 403 (a) 歴史 秋田 宮城 岩手 青森県 404 (a) 歴史 青森 岩 手県 405 (a) 歴史 福島 宮城 岩手 山形 秋田 406 (a) 歴史 福島 宮 城 岩手 県 407 (a) 歴史 福島 宮 城 岩手 県 408 (a) 歴史 福島 山 形県 409 (a) 歴史 福島 山 形県 安倍氏 源義経 戸沢氏 伊達政宗 保科正之と会津松平氏 清原氏 南部信直 源頼義 義家 ( 八幡太郎 ) 源頼朝 坂上田村麻呂 上杉景勝 直江兼続 < 歴史上の人物と一族 > 衣川を本拠に奥六郡 ( 北上川流域 ) を支配し平安中期まで陸奥最大の豪族だった一族 初代は蝦夷の酋長と伝える < 歴史上の人物と一族 > 幼名 牛若 源平合戦で源氏勝利の立役者 源頼朝の異母弟 兄の不興を買って追討され平泉へ ( 義経東下り ) < 歴史上の人物と一族 > 鎌倉初期まで 雫石 ( 岩手 ) を本拠とした豪族一族 秋田の仙北郡を転々とし 15 世紀から角館を本拠に勢力拡大 < 歴史上の人物と一族 > 伊達氏 17 世 戦国末期 産名 二階堂 畠山氏などを滅ぼし南奥州の覇者に 米沢から岩出山を経て仙台城築城 < 歴史上の人物と一族 > 会津松平藩祖 寛永 20 年 (1643) 山形藩から移封で会津入り 3 代正容 ( まさかた ) の時から松平氏を 名乗る < 歴史上の人物と一族 > 横手を本拠に仙北地方を支配し平安中期まで出羽最大の豪族だった一族 前九年役で源氏を支援し安倍氏を打倒 < 歴史上の人物と一族 > 戦国末期に南部宗家を継ぎ 九戸戦争などに勝利して近世南部氏の基礎を築いた有力大名 盛岡藩祖 < 歴史上の人物と一族 > 後三年役では義家が頭領 どちらの戦いでも源氏は勝ったが 朝廷に警戒され奥州獲得には失敗 父子とも伝説を含めて各地に足跡 < 歴史上の人物と一族 > 鎌倉幕府を聞き日本史上初めて本格的な武家政権を樹立した武人 政治家 古代から中世への転換点に位置 < 歴史上の人物と一族 > 平安時代初期 征夷副将軍や征夷大将軍として桓武朝廷の東北地方平定事業を担った代表的な武人 < 歴史上の人物と一族 > 上杉家第 2 代当主 ( 初代 謙信 ) 越後から会津に移り120 万石を領有した大大名 ( 米沢 庄内 信達などを含む ) < 歴史上の人物と一族 > 上杉景勝の重臣 120 万石時代は米沢城将として 30 万石を領有 統治 家康の天下取りを阻止しようとした智将 文化九年 (1812) 隠居して全国各地の主な霊山を廻国の6 年余りの旅へ その様子を克明に記したのが 日本九峯修行日記 奥の細道 へのあこがれがあったとも 京都を出て江戸 ~ 奥州を巡り 近江に戻るまでの様子を綴った旅日記が 秋風の記 後三年役を勝ち抜いた清衡から基衡 秀衡 泰衡と続いたが源頼朝により4 代約 100 年で滅亡 黄金の平泉時代は古代東北史の一大画期 前九年役 (11 世紀中葉 ) で源氏と清原氏 ( 出羽最大の豪族 ) の連合軍に敗れ滅亡したが 血脈は遺児を通じて平泉藤原氏や津軽安東氏へ 藤原秀衡に庇護されたが秀衡没後 頼朝の圧力を受けた泰衡により殺された ( 脱出北行伝説も ) 同年 平泉も頼朝軍により滅亡 関ヶ原合戦後 佐竹氏の秋田入りとともに常陸松岡に移封 最上氏改易後 真室川を経て新庄に本拠を移し 明治維新まで新庄藩を統治 仙台藩 62 万石の藩祖 伊達氏 9 世に名将といわれた政宗 ( 号 儀山 ) がいるため 17 世は独眼龍政宗とも貞山政宗とも呼ばれる 正之は徳川 3 代将軍家光の異母弟 4 代将軍を補佐し幕開にも大きな影響力 会津藩最後の藩主は京都守護職 松平容保 ( かたもり ) 安倍氏なきあと奥羽最大勢力となったが後三年役で滅亡 勝ち抜いた清衡 ( 母は安倍氏 清原氏のもとで成長 ) が平泉藤原氏に 南部氏は奥州合戦後に頼朝から糠部 5 郡を与えられた光行が始祖 南北朝時代 甲斐源氏の南部師行が入部し 後の南部氏系へと成長 後三年役では義家が頭領 どちらの戦いでも源氏は勝ったが 朝廷に警戒され奥州獲得には失敗 父子とも伝説を含めて各地に足跡 東北の中世史は 奥州合戦で平泉藤原氏が滅びた後 頼朝によって奥羽各地に所領を与えられた家人や豪族たちのドラマを軸に展開 アテルイらを降伏させ今の盛岡付近まで北進したのは史実とされる それ以外にも東北各地に夥しい足跡伝説が附会され軍神化 徳川家康が上杉攻撃に大軍を発したのが関ケ原合戦の序章 戦後 家康により米沢 30 万石に減封 上杉氏米沢藩の藩祖に 城下の町割や治水 ( 直江堤 ) など近世米沢の基礎を築いた 学問にも造詣 関ケ原合戦時は最上氏攻略に出陣 ( 西軍敗北の報で撤退 ) 福島 宮城 山形 秋田県 福島 宮城県 東北全県 岩手 宮城 青森県 山形 宮城 岩手県 江戸 東北旅日記 案内 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 江戸 東北旅日記 案内 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 奥州街道 ( 著 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) ほか 奥州街道 ( 著 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) ほか 義経北行伝説の旅 ( 著 / 伊藤孝博 無明舎出版刊 ) 岩手 秋田 山形県 新版秋田県の歴史散歩 ( 編 / 秋田県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版 ) 新版山形県の歴史散歩 ( 編 / 山形県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版 ) 山形 福島 宮城 岩手県 新版宮城県の歴史散歩 ( 編 / 宮城県高等学校社会科 ( 地理歴史科 公民科 ) 教育研究会 発行 / 山川出版 ) ほか 山形 福島県 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) ほか 秋田 宮城 岩手 青森県 青森 岩手県 福島 宮城 岩手 山形 秋田県 東北全県 福島 宮城 岩手県 福島 山形県 福島 山形県 各県の 歴史散歩 シリーズ ( 発行 / 山川出版 ) ほか 各県の 歴史散歩 シリーズ ( 発行 / 山川出版 ) ほか 各県の 歴史散歩 シリーズ ( 発行 / 山川出版 ) ほか 各県の 歴史散歩 シリーズ ( 発行 / 山川出版 ) ほか 各県の 歴史散歩 シリーズ ( 発行 / 山川出版 ) 東北ふしぎ探訪 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 各県の 歴史散歩 シリーズ ( 発行 / 山川出版 ) ほか 各県の 歴史散歩 シリーズ ( 発行 / 山川出版 ) ほか ( 自治体 企業 NPO 含む ) 各県教育委員会 宮城県教育委員会 TEL 福島県教育委員会 TEL 各県教育委員会 各県教育委員会 各県教育委員会 各県教育委員会 各県教育委員会 各県教育委員会 各県教育委員会 各県教育委員会 各県教育委員会 各県教育委員会 各県教育委員会 福島県教育委員会 TEL 山形県教育委員会 TEL 福島県教育委員会 TEL 山形県教育委員会 TEL a 歴史 30/188

37 (1) 地域資源調査リスト (b) 文学 カテゴリー県市町村地域資源名資源の概要歴史的価値 ストーリー所在地情報源 取材元 1 (b) 文化 青森県 藤崎町 常磐の裸参り 1 月 1 日 / 元旦に裸の若者たちが重さ 400キロの大しめ縄や供え物を常盤八幡 宮に奉納する 豊作を祈る年頭の行事 2 (b) 文化 青森県 東通村 下北の能舞 1 月 1~2 日 1 月 15 日 / 古くから下北半島の各地で行われてきた山伏神楽のひとつ 現在は元日から数日間かけて東通村内の各集落で演じられる 奉納するしめ縄は 年縄 ( としな ) といい 正式名称は 常盤八幡宮年縄奉納裸参り 藩政時代から続く旧常盤村を代表する伝統行事 15 世紀末 山伏修験者がもたらしたといわれる 中世芸能の特徴を色濃く残し 権現舞 武士舞など十八番二十四幕が伝わる 国指定重要無形民俗文化財 藤崎町常盤常盤八幡宮 弘前観光コンベンション協会 HP API 祭礼行事 青森県 ( 桜楓社 ) 東通村の各集落 祭礼行事 青森県 ( 桜楓社 ) 東通村商工会 HP /higashidoori/index.html ( 自治体 企業 NPO 含む ) 常盤コミュニティーセンター: 藤崎町企画財政課: ( 代 ) 東通村郷土芸能保存連合会 東通村教育委員会 : ( 代 ) 3 (b) 文化 青森県 東通村 餅つき踊り 1 月 15 日 ~16 日 / 婦人たちがカラフルな着物で着飾り その年の豊作を祈って田植えと餅つきの所作をしながら門付け祝いをして回る 4 (b) 文化 青森県 弘前市 鬼沢のハダカ参り 旧暦 1 月 1 日 / 弘前市鬼沢地区にある鬼 神社 ( きじんじゃ ) から出発した裸の男衆 が 大小のしめ縄を地区内の神社や祠に 奉納する 5 (b) 文化 青森県 弘前市 沢田ろうそくまつり 旧暦 1 月 15 日 / 旧相馬村沢田地区の神明宮にある岩屋堂という洞穴で 地区の人たちがろうそくを灯し 五穀豊穣を祈願する 6 (b) 文化 青森県 八戸市 八戸のえんぶり 2 月 17~20 日 / 八戸市内一円で行われる豊作祈願の予祝 ( 前もって祝う ) 芸能 各地区からえんぶり組が数十組出て 神社に参拝したあと田植舞を舞いながら市内を練り歩く 藩政時代に京都から伝来したと伝わる小正月行事 踊り手は餅つき道具をかたどった杵と臼を持ち 華やかに舞踊る 県指定無形民俗文化財 350 年以上の歴史がある旧正月の伝統行事 元旦に新しい年縄 ( としな ) を奉納することで その年の五穀豊穣 家内安全を祈願する 翌朝のろうそくのロウの垂れ具合を稲穂に見立て 豊凶を占う 平家の落人伝説が伝わる沢田地区で 平家の霊を弔うためにはじめられたともいう 東通村の各集落 祭礼行事 青森県 ( 桜楓社 ) 東通村 HP 弘前市鬼沢鬼神社 祭礼行事 青森県 ( 桜楓社 ) 弘前観光コンベンション協会 HP 弘前市沢田沢田神明宮 祭礼行事 青森県 ( 桜楓社 ) 青森県観光情報サイト HP ay_ html 東通村教育委員会 : ( 代表 ) 鬼沢公民館 : 弘前市観光政策課 : 弘前市相馬総合支所 : 弘前市観光政策課 : 南部氏の祖 南部光行が奥州に下向した 八戸市新羅神社ほ 八戸市観光コンベンション協会 八戸観光コンベンション協会: 鎌倉時代から始まったとされる 舞は農作 か市内各所 HP 業の動作を表現したもので えんぶりとは田をならす 朳 ( えぶり ) に由来する 国指定重要無形民俗文化財 八戸市 HP/ 八戸えんぶり 八戸市観光課: (b) 文化 青森県 五戸町ほか南部駒踊り 不定期 / 木製の馬 ( 駒形 ) を腰につけ 笛 太鼓 鉦の囃子に合わせて勇壮に踊 る 南部地方の伝統的な民俗芸能 8 (b) 文化 青森県 十和田市 南部洞内神楽 4 月 15 日 9 月 15 日十和田市洞内 ( ほらない ) 地区にある豊良八幡宮の信仰に付随して伝えられている勇壮華麗な神事芸能 藩政時代の牧場の野馬捕りの様子を舞踊化したもので 先祖代々から伝わる古態をそのまま継承している 主なものは県指定無形民俗文化財 4 月と 9 月の八幡宮の例祭に奉納されるほか 1 月 14 日に行われる おこもり でも演じられる 演目として 権現舞 など 21 番が伝えられている 十和田市洞内 八戸市高舘 三沢市浜三沢 五戸町石沢ほか 十和田市洞内豊良八幡宮 祭礼行事 青森県 ( 桜楓社 ) 青森県 HP/ あおもりの文化財 a/education/kenmukei_index_1.ht ml 祭礼行事 青森県 ( 桜楓社 ) 十和田市南部洞内神楽 / /files/29.pdf 青森県教育委員会文化財保護課 : 五戸町企画振興課 : ( 代 ) 十和田市教育委員会 : ( 代 ) 9 (b) 文化 青森県 弘前市 弘前城雪灯籠まつり 2 月 7~11 日 / 弘前公園内に 大小様々な雪燈籠や雪像を配置 灯りがともされた雪像は弘前城とあいまって幽玄の世界へ誘う 10 (b) 文化 青森県 弘前市 久渡寺のオシラ講 5 月 15~16 日 / 久渡寺は津軽地方のオシラ様信仰の中心 大祭のオシラ講には大勢の人がオシラ様を持ち寄り参拝に訪れる 長くて辛い北国の冬を楽しく演出しようと 1977 年にスタートした弘前市民手作りの雪祭り 東北五大雪まつりのひとつ オシラ様は生産の神で 桑の木で作った男女一対の木像が御神体 オシラ講ではきらびやかな衣装で着飾らせ 冠をつけるなどして遊ばせる 弘前市弘前公園 弘前観光コンベンション協会 HP 弘前市坂元久渡寺 祭礼行事 青森県 ( 桜楓社 ) 文化庁国指定文化財等データベース /maindetails.asp 弘前市立観光館 : 青森県文化財保護課 : 久遠寺 : (b) 文化 青森県 つがる市 水虎様の祭り 7 月 20 日 / 旧木造町の木造千年にある 水虎様の祠は 毎年 7 月 20 日が宵宮祭り で 燈籠流しが行われる 水虎様は 子供を水難から守る神様で つがる市木造千年多くは河童の形をしているのが特徴 水ほか虎大明神 の守り札を身に着けると河童にさらわれないという 祭礼行事 青森県 ( 桜楓社 ) b 文化 31/188

38 12 (b) 文化 青森県 五所川原市川倉賽の河原地蔵尊例大祭旧暦 6 月 23~24 日 / 地蔵信仰が盛んな津軽地方で 最も盛大に行われている地蔵祭り 縁日には県内外から多くの参詣者が集まり 賑わう 13 (b) 文化 青森県 深浦町 岩崎の鹿島流し 5 月下旬 ~7 月上旬 / ミニチュアの舟に人形を据え 笛 太鼓の囃子で集落を巡行 最後に舟を海に流し 地区の安泰 五穀豊穣を祈る 14 (b) 文化 青森県 新郷村 キリスト祭 6 月第 1 日曜日 / キリストの墓 とされる塚の前で行われる慰霊祭 形態は神道形式で 神官が祝詞を唱え 婦人たちがこの地域の盆踊り ナニャドヤラ を踊る 15 (b) 文化 青森県 十和田市 板ノ沢の人形結い 7 月 20 日 / 集落住民が高さ約 3メートルの男女一対のカヤ人形を作り 御瀧大龍神 ( 板ノ沢神社 ) の入り口に据え 無病息災や五穀豊穣を祈る 16 (b) 文化 青森県 田子町 田子の虫追い 旧暦 6 月 24 日 / 田子町細野地区 飯豊地区で江戸時代から続く伝統行事 男女一対のワラ人形を作って練り歩き 五穀豊穣や害虫防除 家内安全などを祈念する 17 (b) 文化 青森県 大鰐町 大鰐の丑湯まつり 7 月下旬 / 大鰐温泉の共同浴場 大湯会館 では 毎年土用の丑の日に牛にのったご神体を湯に浮かべ 無病息災を祈願する 恐山とともにイタコの口寄せで知られる霊場で 旧金木町の地蔵堂には約 2000 体の地蔵尊が安置されている 大祭の参詣者は堂内や賽の河原のお地蔵様に供え物をし 亡き子供の供養をする 秋田県の 鹿島流し と同系の民俗行事で 旧岩崎村の松神 大間越 黒崎の 3 地域で日取りを別々に行われている 県指定無形民俗文化財 ゴルゴダの丘で処刑されたはずのキリストが 実は密かに日本に渡り 戸来 ( へらい ) で106 歳の天寿を全うしたというキリスト渡来伝説をもとに 1964 年から行われている 江戸時代に天明大飢饉に見舞われた住民たちが 死者の供養と災厄の侵入を防ぐため始めたと伝わる 男女 2 体の大人形のほか 安産祈願 子孫繁栄などの願いを込めた小型人形もつくられる ワラ人形とともに 悪虫退散 五穀豊穣 などと書いた幡を持ち 太鼓 笛 鉦を囃しながら村を回り 最後に村はずれに人形を送り出す 田子町のほか 七戸町 南部町 五戸町などでも行われている 祭りは東国行脚の円智上人が霊夢によって大鰐温泉を発見したという故事に由来する 現在は大鰐温泉サマーフェースティバルの一環として開催 五所川原市金木町川倉 深浦町松神 大間越 黒崎 祭礼行事 青森県 ( 桜楓社 ) 五所川原市 HP /16_kanko/keisyo.html#9 祭礼行事 青森県 ( 桜楓社 ) 青森県 HP/ あおもりの文化財 a/education/culture.html 新郷村戸来 祭礼行事 青森県 ( 桜楓社 ) 青森県観光情報サイト HP ay_ html 十和田市深持板ノ沢 田子町細野 田子町飯豊 大鰐町蔵館大湯会館 ( 自治体 企業 NPO 含む ) 賽の河原地蔵尊事務所: 青森県教育委員会文化財保護課 : キリストの里伝承館 : 新郷村観光協会 : 祭礼行事 青森県 ( 桜楓社 ) 十和田市教育委員会生涯学習 十和田市広報/ とわだの文化課 : 財 / /files/p12.pdf 祭礼行事 青森県 ( 桜楓社 ) 田子町教育委員会: 田子町 HP/ 県指定文化財 ky pdf 祭礼行事 青森県 ( 桜楓社 ) 大鰐町 HP ji.html 大鰐温泉サマーフェスティバル実行委員会 ( 大鰐町役場企画観光課内 ): ( 代 ) 18 (b) 文化 青森県 むつ市 恐山大祭 7 月 20~24 日 / 人の死後 霊魂が集まると信じられてきた霊場 恐山 春 夏 秋の3 回の祭典のうち夏の大祭が最も賑わい 県内外から多数の参詣者が訪れる 夏の大祭は死者の供養を目的としていむつ市田名部宇曽る 期間中は 僧侶たちによる古式ゆかし利山い 上山式 ( じょうざんしき ) のほか イタコの口寄せが行われ 今は亡き人の声に涙する光景が見られる ぐるりん下北 恐山寺務所: ( 代 ) むつ市商工観光課: 下北ナビ aisai.html 19 (b) 文化 青森県 八戸市 八戸三社大祭 8 月 1~3 日おがみ神社 新羅神社 神明宮の三社合同の祭礼 三社の神輿に従う各町内の豪華絢爛な山車が出て 市内の目抜き通りを巡行する 20 (b) 文化 青森県 平川市 国上寺の火柱三昧 旧暦 7 月 27 日 / 古懸山不動院国上寺の 4 年に1 度の大祭では 火柱三昧 ( かしょうざんまい ) という火渡りなどの荒行が行われる 21 (b) 文化 青森県 青森市 青森ねぶた祭 8 月 2~7 日 /20 数台に及ぶ極彩色の人形灯籠が繰り出し その前後に花笠をかぶったハネトと呼ばれる踊り手たちが囃子に合わせて練りまわる 津軽の短い夏を彩る勇壮な祭り およそ 290 年前 おがみ神社で豊作加護と報恩の願いを込めて氏子たちが祭礼を行ったのが始まりとされる 青森県南部地方を代表する夏祭り 国指定重要無形民俗文化財 津軽三不動尊のひとつに数えられる本尊の不動明王は 座っている姿から ねまり不動 と呼ばれ 酉年生まれの一代守り本尊として信仰を集めている ねぶたの起源は諸説あるが 夏の睡魔を流してやる 眠り流し に由来するともいう 青森県内各地で行われているが 東北四大夏祭りのひとつ青森のねぶたが最も有名 国指定重要無形民俗文化財 八戸市新羅神社ほか市内各所 平川市碇ヶ関古懸国上寺 青森市街地各所 八戸観光コンベンション協会公式観光情報サイト / 八戸三社大祭 八戸市 HP/ 八戸三社大祭 html 八戸観光コンベンション協会 : 八戸市観光課 : 祭礼行事 青森県 ( 桜楓社 ) 古懸山不動院国上寺: 平川市観光協会: ( 代 ) 青森ねぶた祭りオフィシャルサイト 青森市 HP/ 青森ねぶた祭 info.rbz?ik=1&nd=139 青森ねぶた祭実行委員会事務局ゆうそう ( 青森観光コンベンション協会 ): 青森市観光課 : (b) 文化 青森県 弘前市 弘前ねぷたまつり 8 月 1~7 日 / 弘前ねぷたは表に武者絵 裏に美人画などが描かれた扇形が特徴 大小約 70 台がヤーヤドーの勇ましい掛け声やお囃子と共に市中を練り歩く 勝利を祝う凱旋型の青森の ねぶた と違い 弘前の ねぷた は出陣型といわれ 華麗幽玄なのが特色 金魚ねぷた など小型のかわいらしいものもある 国指定重要無形民俗文化財 弘前市街地各所 弘前市 HP 弘前ねぷたまつり /kanko/matsuri/neputa.html 青森県観光情報サイト ay_ html 弘前市観光政策課 : 弘前観光コンベンション協会 : b 文化 32/188

39 23 (b) 文化 青森県 五所川原市奥津軽虫と火まつり 6 月第 3 土曜日 / 龍蛇体状の 虫 を虫送り運行のあと岩木川の河川敷で 五穀豊穣 悪疫退散 の願いを込め 火を放つ 24 (b) 文化 青森県 黒石市 黒石よされ 8 月 14~16 日 / 黒石よされの調べにのって 揃いの浴衣 花笠の踊り手が イチャホー イチャホー の掛け声で流しながら踊り歩く 稲を病害虫から守ることを目的とした伝統行事 虫送り に 地域の伝統芸能や火まつりを加えた新しい祭りで 五所川原の初夏の風物詩となっている よされ はもともと盆踊りの恋の掛け合い唄であったといわれ 廻り踊り 組踊り 流し踊りの三種から構成される 日本三大流し踊りのひとつ 五所川原市大町通 ~ 岩木川河川敷 五所川原青年会議所 HP 黒石市市街地各所 黒石観光協会 HP er/kuroishiyosare 黒石市 HP/ 黒石よされ /Sight_Seeing/Sig_Yosare.html ( 自治体 企業 NPO 含む ) 奥津軽虫と火まつり実行委員会 ( 五所川原青年会議所 ): 五所川原市教育委員会: ( 代 ) 黒石観光協会: 黒石市商工観光課: ( 代 ) 25 (b) 文化 青森県 階上町 平内鶏舞 8 月 13~15 日 / 鶏頭烏帽子をかぶった舞い手が 墓地で念仏を唱えながら囃子にあわせ踊る 先祖を供養する盆の恒例行事 幕末のころ気仙沼方面から伝えられたという念仏踊り系統の芸能 踊ることを ハネル といい 躍動感のある所作が特徴 県指定無形民俗文化財 階上町平内 祭礼行事 青森県 ( 桜楓社 ) 青森県 HP あおもりの文化財 a/education/kiroku_mumin5.html 階上町教育課 : (b) 文化 青森県 五所川原市五所川原立佞武多 8 月 4~8 日 / 高さ約 22m 重さ約 19トンの巨大な立佞武多 ( たちねぷた )3 台のほか 中型 小型のねぷたが 市街地を練り歩く 明治時代から大正時代に盛んだった 立佞武多 を 1998 年に復活 現在では東北でも有数の夏祭りへと発展した 五所川原市街地各所 五所川原観光情報局 / 立佞武多 puta.html 立佞武多の館 HP al/index.html 五所川原市観光協会 : 立佞武多の館 : ( 代 ) 27 (b) 文化 青森県 鰺ヶ沢町 白八幡宮大祭 8 月 14~17 日 / 大祭は4 年に1 度 古式ゆかしい神輿の渡御行列と それに供奉する華麗な山車が祇園囃子を奏で練り歩く 北前船交易による上方文化の影響からか 京都の祇園祭りに似ていて 津軽の京祭り とも称される 港町ならではの御神輿海上渡御も行われる 鰺ヶ沢町中心街白幡八幡宮 ~ 鰺ヶ沢港 祭礼行事 青森県 ( 桜楓社 ) 鰺ヶ沢町観光ポータルサイト白幡八幡宮大祭 aisai/index.html 白八幡宮大祭本部事務局 ( 山村開発センター内 ) : ( 代 ) 28 (b) 文化 青森県 黒石市 大川原の火流し 8 月 16 日 / アシガヤで編んだ3 隻の舟に火をつけ 若者が引きながら川を下る 舟は早生 中生 晩生の稲に見たてたもので 燃え方でその年の豊凶を占い 人々の無病息災を祈る 送り盆の夕刻 集落を流れる中野川で行う伝統行事 南北朝時代 大川原に流れ着いた南朝側の子孫が 死者の慰霊のために始めた精霊流しが起源とされる 県指定無形民俗文化財 黒石市大川原 黒石観光協会 HP er/hinagashi 黒石市 HP/ 大川原の火流し /100sen/Rep_2001_08.html 黒石観光協会 : 黒石市商工観光課 : ( 代 ) 29 (b) 文化 青森県 むつ市 田名部まつり 8 月 18~20 日 / 田名部まつりは田名部神社の例大祭で 下北半島最大の夏祭り 雅やかな祇園囃子とともに華麗に飾り付けられた5 台の山車が市内を練り歩く まつり期間中は神社境内で神楽や能舞が奉納され おしまこ流し踊り が彩りを添える 最終日深夜に 5 台の山車が一堂に会する 五車別れ がクライマックス 国指定重要無形民俗文化財 むつ市田名部市街田名部神社 むつ市 HP/ 市内観光情報 むつ市商工観光課: ( 代 ) cfm/16,0,32,html むつ市観光協会: むつ商工会議所 HP/ むつ市観光情報 /kankotop.htm 30 (b) 文化 青森県 弘前市 岩木山お山参詣 旧暦 8 月 1 日 / 岩木山神社の大祭に 村ごとに集団を組んで詣でた後 岩木山に登ってご来光を仰ぎ 五穀豊穣 家内安全を祈願する 津軽地方最大の年中行事 31 (b) 文化 青森県 平川市 猿賀神社十五夜大祭 旧暦 8 月 14~16 日 / 津軽神楽 ( 県無形民俗文化財 ) の神前奉奏 獅子踊の競演 登山ばやし奉納などの祭事や神賑行事が3 日間にわたって行われ 多くの参拝者で賑わう 32 (b) 文化 青森県 弘前市 小栗山神社例大祭 資料不足により情報不確定 揃いの白衣の半纏と鉢巻き姿の人たち 弘前市百沢寺沢岩 祭礼行事 青森県 ( 桜楓社 ) が 御幣と幟をかつぎ 登山囃子に合わせて サイギサイギ と唱えながら進む 津軽の象徴 岩木山への集団登拝儀礼の行事 国指定重要無形民俗文化財 木山神社 岩木山観光協会 HP/ お山参詣 / 岩木山登山ばやし保存会 HP 旧尾上町の猿賀神社は 津軽地方の人々平川市猿賀石林猿に さるかさま と親しまれている古社 十賀神社五夜大祭のほか 七日堂大祭 御田植祭 刈穂祭などの祭事が1 年を通して行われる dex.html 祭礼行事 青森県 ( 桜楓社 ) 平川市ふるさとセンターさるか荘 HP/ 猿賀神社 hp?id=17 岩木山神社お山参詣実行委員会 : 岩木山観光協会 : 弘前市観光政策課 : 猿賀神社社務所 : 平川市商工観光課 : ( 代 ) b 文化 33/188

40 33 (b) 文化 青森県 野辺地町 のへじ祇園まつり 8 月 15~18 日 / 野辺地八幡宮の例祭に合わせ 大注連縄奉納 山車の合同運行 神輿の海上渡御 花火大会などが行われる 34 (b) 文化 青森県 三戸町 さんのへ秋まつり 9 月下旬 / 三戸大神宮例大祭での神輿渡りを起源を持つ秋祭り 武者絵巻を題材とした豪華絢爛な人形山車が町の目抜き通りを練り歩く 京都祇園まつりの流れをくむ華やかな祭りで 野辺地が南部藩有数の商港として栄えた江戸時代に 北前船に乗ってもたらされたいわれる もとは三戸大神宮の祭礼に 町内にある 2 つの熊野神社の祭礼を加えた三社祭りで 三戸三社大祭といわれていた 野辺地町中心街野辺地八幡宮 ~ 野辺地港 三戸町中心街三戸大神宮 ( 自治体 企業 NPO 含む ) 祭礼行事 青森県 ( 桜楓社 ) 野辺地町観光協会 野辺地町観光協会 HP/ のへじ 祇園まつり 三戸町 HP/ 三戸町の四季のまつり jp/kanko/kanko-matsuri/kankomatsuri.htm#akimatsuri 三戸町観光協会 : 三戸町総務課まちづくり推進室 : (b) 文化 青森県 佐井村 箭根森八幡宮大祭 9 月 14~15 日 / 佐井村本村地区における最大の秋祭り 渡御の行列は神楽を先頭に神輿 2 基と山車 4 台で行列を組み 村内を練り歩く 元禄 9 年 (1969 年 ) に始まったといい 当時の佐井湊に入港した北前船の影響から 祭りの形式は京都祇園祭の系統をひく 佐井村村内箭根森八幡宮 祭礼行事 青森県 ( 桜楓社 ) 箭根森八幡宮 HP ori/ 佐井村観光協会 (b) 文化 岩手県 盛岡市 盛岡の裸参り 1 月中旬 ~ 下旬 / 素足にわらじを履き さらしを巻いてしめ縄を背負った裸の男衆が 社寺にお参りして一年の無病息災を祈願する 盛岡八幡宮の年越し祭に行われるのが有名 盛岡市の各所で藩政時代から伝えられてきた伝統行事 盛岡八幡宮 (1 月 15 日 ) のほか 盛岡北山の教浄寺 (14 日 ) 桜山神社 (26 日 ) などでも行われている 盛岡市内盛岡八幡宮 教条寺 桜山神社 盛岡観光コンベンション協会 HP/ 盛岡観光情報 盛岡八幡宮 HP /saiji_1.html 盛岡観光コンベンション協会 : 盛岡八幡宮 : 教浄寺 : 桜山神社 : (b) 文化 岩手県 大船渡市 吉浜のスネカ 1 月 15 日 / 奇怪な面をかぶり 藁蓑などを身に着けスネカに扮したた男たちが 吉浜地区内の家々を訪れて 怠け者や泣く子を戒める 来訪神の行事 スネカとは 囲炉裏のそばで怠けている者の脛にできる火班を剥ぐスネカワタグリに由来するといい その年の五穀豊穣や豊漁を地域にもたらす存在とも考えられている 国指定重要無形民俗文化財 大船渡市三陸町吉浜 文化庁 / 国指定文化財等データベース /maindetails.asp 岩手県立博物館 / 吉浜のスネカ 3iwate/diary/ / 大船渡市教育委員会 : ( 代 ) 大船渡市吉浜地域振興出張所 : (b) 文化 岩手県 平泉町 毛越寺二十日夜祭 1 月 20 日 / 毛越寺常行堂に祭られる作物の神 摩多羅神 の祭儀で 厄年の老若男女による献膳行列など 無病息災を祈願する 39 (b) 文化 岩手県 水沢市 黒石寺蘇民祭 旧暦 1 月 7~8 日 / 旧正月 7 日夜半から翌未明にかけて 下帯だけの裸の男たちが繰り広げる勇壮な裸祭り 古式にのっとって厳寒の中で行われ 奇祭として知られる 法要の後 最後に常行堂内で奉納される 延年の舞 ( 国指定重要無形民俗文化財 ) は 王朝時代の古式の舞をそのままの姿で今に伝えている 当日の行事は 裸参り - 火焚き登り - 別当登り - 鬼子登り - 蘇民袋の争奪の順で行われる 最後に厄除けの護符 小間木の入った蘇民袋を奪った者の住む地が 五穀豊穣を約束されるという 平泉町平泉毛越寺 平泉町観光協会 HP 毛越寺 HP/ 毛越寺二十日夜祭 /data01.html 奥州市水沢区黒石黒石寺 祭礼行事 岩手県 ( 桜楓社 ) 妙見山黒石寺 HP 奥州市観光情報サイト / 黒石寺蘇民祭 nko/view.rbz?cd=1599 毛越寺事務局 : 平泉町観光協会 : 妙見山黒石寺 奥州市商業観光課 : 黒石寺蘇民祭保存協力会 ( 黒石公民館内 ) : (b) 文化 岩手県 二戸市 似鳥八幡神社のサイトギ 旧暦 1 月 6 日 / 似鳥 ( にたどり ) 神社の例大祭に合わせ 燃やしたサイトギの木から舞い上がる火の粉の流れ具合により その年の天候や作柄を占う 吉凶占いの伝統行事 41 (b) 文化 岩手県 一関市 大原水かけまつり 2 月 11 日 / 沿道で待ち構えた人達から容赦のない冷水を浴びせかけられながら 厳寒の中 裸の男衆が勇ましく走り抜ける奇祭 夕方より神前で似鳥神楽を奉奏した後 下帯姿の男衆が火の周りを取り囲み 数 m の長さのテコで火を揺さぶる 火の粉が石段の方向に舞うと良作 神社側に舞うと不作という 明暦 3 年 (1657) の江戸振袖火事の日を厄日と定め 火防祈願として始まったものともいう 無病息災と大願成就を祈願し 市外からの参加者も多い 二戸市似鳥林ノ下似鳥八幡神社 一関市大東町大原大原商店街 ~ 大原八幡神社 文化庁 / 国指定文化財等データベース /maindetails.asp 二戸市観光協会 HP 祭礼行事 岩手県 ( 桜楓社 ) 一関市 HP/ 大東大原水かけまつり p/index.cfm/6,44810,107,html 二戸市観光協会 : 二戸市商工観光課 : 一関市大東支所産業経済課 : 大東大原水かけ祭り保存会 ( 大原公民館内 ) : b 文化 34/188

41 42 (b) 文化 岩手県 雫石町 岩手雪まつり 2 月上旬 / 小岩井農場のまきば園で行われる雪祭り 約 10 日間の開催期間中 多彩なイベントが繰り広げられ 多くの観光客で賑わう 2014 年で 47 回目を数える 大小の雪像や氷像がライトアップされる夜は昼とは違った趣で楽しめ 冬の夜空を彩る花火大会も見どころのひとつ 雫石町小岩井農場まきば園 いわて雪まつり HP / しずくいし観光協会 HP/ いわて雪まつり ( 自治体 企業 NPO 含む ) 岩手雪まつり実行委員会事務局 : しずくいし観光協会: (b) 文化 岩手県 水沢市 日高火防祭 4 月 28~29 日 / 火の神を祀る日高神社の火防祈願の祭り 江戸のいろは組にならっ水沢 6 町から 町印を先頭に打ち囃子 囃子屋台が街を練り歩く 明暦 3 年 (1657) の振袖火事を体験した水奥州市水沢区市街沢城主が 城下に民間消防隊を組織 日地日高神社高神社に火防を祈願したのが始まりという 祭りで奏でられる日高囃子は県指定無形民俗文化財 祭礼行事 岩手県 ( 桜楓社 ) 奥州市観光情報サイト / 日高火防祭 nko/view.rbz?nd=393&ik=1&pnp= 392&pnp=393&cd=1497 奥州市商工観光部商業観光課 : 日高火防祭実行委員会 ( 水沢市商工労働課内 ) : (b) 文化 岩手県 花巻市 大沢温泉金勢まつり 4 月 29 日 / 金勢神社の御神体 金勢様 を 半纏姿の女性たちが露天風呂で洗い 清め 縁結び 子宝 安産を願う 45 (b) 文化 岩手県 平泉町 春の藤原まつり 5 月 1 日 ~5 日 /5 日間のまつり期間中 稚児行列 延年の舞 弁慶力餅競技大会など藤原氏の栄華をしのぶさまざまな行事が行われる 金勢様は重さ150kg 長さ1.4mのケヤキづくりの男根 冬期間だけ温泉内の仮宮に安置されており まつりが終わると大久保山の本宮に戻る まつりの中心となるのは 平泉に着いた義経を藤原秀衡が出迎えた情景を再現した 源義経公東下り行列 義経役には人気の芸能人が扮する 花巻市湯口大沢大沢温泉 平泉町平泉平泉駅前 毛越寺 中尊寺 祭礼行事 岩手県 ( 桜楓社 ) 大沢温泉 HP 祭礼行事 岩手県 ( 桜楓社 ) 平泉観光協会 HP/ 春の藤原まつり _fujiwara/ 大沢温泉 : 花巻市観光課 : ( 代 ) 平泉観光協会 : (b) 文化 岩手県 二戸市 天台寺春の例大祭 5 月 5 日 / 古くから おやまさかり として親しまれてきた天台寺のお祭り 呼び物の みこし渡御 は長慶天皇の葬列を模したものという 八葉山天台寺は 奈良時代に聖武天皇の勅命を受けた行基が開山したと伝えられる古刹 大祭は年 2 回 春のほか 10 月上旬の秋にも行われる 二戸市浄法寺町御山天台寺 祭礼行事 岩手県 ( 桜楓社 ) 二戸市 HP/ 天台寺例大祭 anko/joboji/reitaisai.html 八葉山天台寺 : 二戸市観光協会 : 二戸市浄法寺総合支所 : ( 代 ) 47 (b) 文化 岩手県 盛岡市 チャグチャグ馬コ 6 月 15 日 / 農耕馬に感謝する伝統行事 色鮮やかな装束で着飾った馬と馬主が 滝沢市鬼越蒼前神社に参拝し 盛岡八幡宮まで約 14キロの道のりを5 時間近くかけて行進する 農作業で苦労を共にする馬たちに飾られ滝沢市鵜飼たたくさんの鈴が 歩くたびにチャグチャグ鬼越蒼前神社 ~~ と鳴るのが名称の由来といわれ その音盛岡市盛岡八幡宮 ( ね ) が環境省の 日本の音風景 100 選 に選定されている 祭礼行事 岩手県 ( 桜楓社 ) 滝沢市 HP/ チャグチャグ馬コ /01chag 滝沢市観光協会 : ( 代 ) チャグチャグ馬コ保存会事務局 ( 盛岡市観光課内 ) : ( 代 ) 48 (b) 文化 岩手県 遠野市 遠野早池峰神社例大祭 7 月 17 日 / 宵宮では 神門と本殿の間にある くぐり拝殿 に板を渡した舞台で 年の伝統を持つ大出早池峰神楽が奉納される 49 (b) 文化 岩手県 花巻市 早池峰神社例大祭 7 月 31 日 ~8 月 1 日 / 霊峰早池峰の山岳信仰の中心 早池峰神社の祭り 神輿の渡御 山伏たちによる権現様のお通り 童子らによる神楽の披露などの行列が沿道を練り歩く 日本神話の世界をそのままに受け継ぐ優美な7 拍子の神楽 早池峯妙泉寺の開基後 (852 年 ~856 年 ) 間もなくして京都から伝えられたといわれる 宵宮で 6 時間にわたって奉納される岳神楽と大償神楽は中世芸能の面影を今に残し 早池峰神楽 として国指定重要無形民俗文化財 またユネスコの無形文化遺産に登録されている 遠野市附馬牛町上附馬牛早池峰神社 花巻市大迫町内川目早池峰神社 祭礼行事 岩手県 ( 桜楓社 ) 遠野市観光協会: 遠野市教育委員会: 花巻市 HP/ 早池峰神楽 /sightseeing/kanko/ html 岩手県観光協会 HP/ 早池峰神楽 ecial/kagura/index.html 花巻市大迫総合支所 : ( 代 ) 早池峰神社 : (b) 文化 岩手県 盛岡市 盛岡さんさ踊り 8 月 1~4 日 / 約 2 万人の踊り手と1 万数千 個の太鼓が盛岡のメインストリートを群舞 する 東北を代表する夏祭りのひとつ さんさ踊りは藩政時代から受け継がれてきた盆踊りで 岩手 の由来とされる三ツ石伝説が起源とされる 地域ごとに伝わっていた振付けを統一し 昭和 53 年に新たに始められた 盛岡市中心街市役所 ~ 中央通 盛岡さんさ踊り HP 盛岡商工会議所 HP/ 盛岡さんさ踊り a/parade.html 盛岡市観光課 : 盛岡観光コンベンション協会 : 盛岡さんさ踊り実行委員会 ( 盛岡商工会議所内 ) : (b) 文化 岩手県 陸前高田市海上七夕 8 月第 1 日曜日 / 東日本大震災の影響に より現在は休止中 今年の実施は不明 日本唯一といわれる海上七夕 海原にそびえ立つ火柱を思わせる 20m のみごとな短冊やボンボリ 吹き流しなどで飾った漁船団が囃子にのって広田湾内をパレードする 陸前高田市小友町両替漁港 祭礼行事 岩手県 ( 桜楓社 ) 陸前高田市観光協会 : b 文化 35/188

42 52 (b) 文化 岩手県 陸前高田市けんか七夕 8 月 7 日 / 山から切り出した太い藤づるで 樹齢 50 年以上の杉の丸太 ( 舵棒とよばれる ) を山車にくくりつけ 相手の山車とぶつかりあう勇壮な祭り 東日本大震災で 4 台あった山車のうち 3 台が津波で流され 存続が危ぶまれたが 2012 年には 2 台の山車がぶつかり合うけんか七夕が実現し 本来の姿に戻りつつある 陸前高田市気仙町荒町 上八日町 下八日町 鉄砲町 ( 自治体 企業 NPO 含む ) 陸前高田市観光物産協会 HP 陸前高田市観光物産協会: / けんか七夕 気仙町けんか七夕祭り保存連 enka-tanabata/kenkatanabata_2012.html : 合会 ( 菅野 ) 祭礼行事 岩手県 ( 桜楓社 ) 53 (b) 文化 岩手県 花巻市 大迫あんどんまつり 8 月 14 日 16 日 / 武者絵や歌舞伎の題材のほか 先祖供養の仏画などが描かれた4 台の あんどん山車 が操り出し 町内を練り歩く 天保の大飢饉の餓死者の霊を弔うため始まったといわれる 山車は 14 日の運行後は作り替えられて中日は休み 16 日には別の出し物が登場する 花巻市大迫町中心街 祭礼行事 岩手県 ( 桜楓社 ) 花巻市大迫総合支所: 花巻観光協会 HP/ あんどんま 2111( 代 ) つり 花巻市観光課: ( 代 ) l.php?id=45 54 (b) 文化 岩手県 盛岡市 永井の大念仏剣舞 不定期 / 旧都南村永井に伝承されている 供養念仏の一種とされる剣舞 大笠を頭 上にのせて踊る 笠振 は圧巻 55 (b) 文化 岩手県 北上市 北上みちのく芸能まつり 8 月上旬 /3 日間にわたって 北上市街のあちこちで100 組を越える団体の民俗芸能が披露される なかでも 鬼剣舞大群舞 は圧巻 念仏歌の独特のリズムと情緒のなかに 人間の煩悩を払い弥陀の御来迎に歓喜するという古信仰に支えられた踊り 国指定重要無形民俗文化財 民俗芸能の宝庫北上市で 昭和 37 年に開催された 第 1 回みちのく郷土芸能まつり が始まり 北上河畔での花火大会とトロッコ流しも見逃せない 盛岡市永井 祭礼行事 岩手県 ( 桜楓社 ) 文化庁 HP/ 国指定文化財等データベース /maindetails.asp 北上市内各所北上駅前大通り 北上川河畔 みちのく芸能まつり HP 北上観光コンベンション協会 HP 盛岡市無形民俗文化財保存連絡協議会 ( 盛岡市教育委員会歴史文化課内 ) : 北上市商業観光課 : 北上みちのく芸能まつり実行委員会 ( 北上観光コンベンション協会 ): (b) 文化 岩手県 盛岡市 盛岡舟ッコ流し 8 月 16 日 / 提灯や盆の供物で飾った舟に火を放ち 川に流して祖先の霊を送り 無病息災を祈る 送り盆の精霊舟流しの行事 57 (b) 文化 岩手県 二戸市 福田の人形送り 8 月 16 日 / 男女 2 体のわら人形を作り 神社を出発してから地区内を廻ったのち 橋の上から川に流す 悪疫退散の人形送りの行事 58 (b) 文化 岩手県 花巻市 花巻まつり 9 月第 2 金 土 日曜日 / 風流山車 樽神輿のパレードが練り歩き 神楽権現舞や鹿踊などの郷土芸能も披露される花巻の一大イベント 59 (b) 文化 岩手県 盛岡市 盛岡八幡宮例大祭 9 月 13~16 日 /4 日間の祭りの期間中 宵宮祭の神輿渡御にはじまり 山車の巡行 例大祭の神事 最終日の神事流鏑馬 ( やぶさめ ) と続く 盛岡を代表する秋祭り 60 (b) 文化 岩手県 遠野市 日本のふるさと遠野まつり 9 月第 3 土 日曜日 / 郷土芸能を披露しながら市街地を巡る郷土芸能パレード 約 50 団体が一堂に会す郷土芸能共演会などが行われる 61 (b) 文化 岩手県 一関市 室根神社特別大祭 旧暦閏年の翌年の旧暦 9 月 17~19 日 / 大祭は3 日間にわたって行われる 神輿の先着争いなど勇壮な祭事が特徴で 東北の荒祭りとして知られる 62 (b) 文化 岩手県 花巻市 三熊野神社の泣き相撲 9 月 19 日 /9 月の例大祭に奉納される十二番角力 ( すもう ) 式は ユニークな角力神事で 地元の幼児による 泣き相撲 として知られる 南部藩主 南部行信の娘が水灯の大法事を行ったのが始まりで その後 川で溺死した遊女の霊を慰めるため行われるようになったという 体の悪い所をなでたせんべいを家族の人数分だけ持ち寄り 最後に人形と一緒に流す 人形は人の災厄を受けとめてくれる形代と考えられている 江戸時代初めころ 花巻城主 北松斎を敬慕して山車をつくり 町に繰り出したのが始まりという 山車に従う花巻囃子は京都の祇園囃子の流れをくむ 宝永 6 年 (1709) 南部藩 20 万石の城下町 23 町が完成したおり 各町から 1 台ずつ山車を出して祝ったことに始まるという 山車には南部独特の音頭あげがつき 太鼓を打ち鳴らしながら練り歩く 鹿踊り 神楽 南部囃子などの郷土芸能を実りの秋への感謝として披露する もともとは遠野郷八幡宮の例大祭に合わせて行われていた 大祭 2 日目は荒馬先陣や袰 ( ほろ ) まつりの馬場巡り 町内行進などの祭典行列が繰り広げられる 最終日は室根山 8 合目の室根神社から本宮 新宮の両神輿が祭り場の仮宮を目指して下る ヨォヨォ の掛け声で 3 度双方の抱く幼児の顔を合わせ 先に泣き出した側を負けとする 本来は作占 ( 豊凶占い ) の神事である 盛岡市北上川明治橋上流付近 二戸市福田高清水稲荷神社 ~ 沢口橋 花巻市街地鳥谷崎神社 盛岡市街地盛岡八幡宮 ~ 盛岡城跡公園 遠野市街地遠野郷八幡宮 遠野駅周辺 一関市室根町折壁室根山室根神社 花巻市東和町北成島三熊野神社 祭礼行事 岩手県 ( 桜楓社 ) 盛岡舟っこ流し HP ttp://moriokafunekkonagashi.com / 盛岡観光コンベンション協会: 仙北地区活動センター: 舟っこ流し協賛会: 祭礼行事 岩手県 ( 桜楓社 ) 二戸市観光協会: 二戸市教育委員会: ( 代 ) 祭礼行事 岩手県 ( 桜楓社 ) 花巻観光協会 HP/ 花巻まつり l.php?id=48 盛岡八幡宮 HP 盛岡観光コンベンション協会 HP/ 盛岡観光情報 祭礼行事 岩手県 ( 桜楓社 ) 遠野市 HP/ お祭りイベント情報 ex.cfm/25,0,124,html 祭礼行事 岩手県 ( 桜楓社 ) いちのせき観光ナビ! 祭礼行事 岩手県 ( 桜楓社 ) 花巻市 HP/ 花巻の観光情報 /sightseeing/kanko/bishamon.ht ml 花巻観光協会 : 花巻まつり実行委員会 ( 花巻市商工観光部観光課 ) : ( 代 ) 盛岡観光コンベンション協会 : 盛岡八幡宮社務所 : 遠野市観光協会 : 遠野市商工観光課 : 室根大祭協賛会: 室根支所地域振興課: ( 代 ) 一関市役所商業観光課:0191- 三熊野神社 : 毘沙門まつり実行委員会 ( 花巻市東和総合支所内 ) : ( 代 ) b 文化 36/188

43 63 (b) 文化 岩手県 平泉町 秋の藤原まつり 11 月 1~3 日 / 藤原まつりは毎年 5 月と11 月に開催される 秋のまつりでは 稚児や僧衆たちが本堂から金色堂まで練り歩き 奥州藤原氏の栄華をしのぶ 64 (b) 文化 宮城県 仙台市 大崎八幡宮のどんと祭 1 月 14 日 / 毎年 1 月 14 日 宮城県各地の神社でどんと祭が行われる その中で最も規模が大きいのが大崎八幡宮で 多い時は10 万人もの参詣客で賑わう 期間中は藤原四代の公追善法要のほか 中尊寺能楽堂で能 狂言の奉納 毛越寺では浄土庭園で国指定重要無形文化財の 延年の舞 が披露され 中尊寺菊まつりも同時開催される 神社の境内で正月飾りを焼き 御神火にあたることで心身が清められ 1 年の無病息災 家内安全を祈願する正月送りの祭事 大崎八幡宮では 正式には 松焚祭 ( まつたきまつり ) という 平泉町平泉平泉駅前 毛越寺 中尊寺 仙台市青葉区八幡大崎八幡宮 祭礼行事 岩手県 ( 桜楓社 ) 中尊寺 HP/ 秋の藤原まつり event/event_aki_fujiwara.html 大崎八幡宮 HP 仙台観光コンベンション協会 HP ( 自治体 企業 NPO 含む ) 平泉観光協会: 中尊寺: 大崎八幡宮 : 宮城県観光連盟 : 仙台観光コンベンション協会 : (b) 文化 宮城県 加美町 柳沢の焼け八幡 1 月 14 日 / 火の燃え具合や煙の方向でその年の豊凶を占い 火難除け 五穀豊穣 家内安全を祈願する小正月の行事 勇壮な男たちの祭りとして長い伝統を持つ 八幡神社の前で 12 束のわらを束ねて作られた灯篭に火をつけてその年の月々の天候を占い 翌朝には笹竹とわらで作った お小屋 を勢いよく燃やして作柄を占う 県指定無形民俗文化財 加美町宮崎柳沢柳沢八幡神社 祭礼行事 宮城県 ( 桜楓社 ) 宮城県 HP/ 宮城県の指定文化財 ei/07yanagi.html 加美町商工観光課 宮城県文化財保護課 : (b) 文化 宮城県 涌谷町 箟岳白山祭 1 月 25 日 / 箟岳 ( ののだけ ) 白山祭は 1000 余年の伝統を持つといわれる山岳信仰の祭礼 豊作を願う予祝行事と 作だめし の神事が執り行われる 67 (b) 文化 宮城県 石巻市 名振のおめつき 1 月 24 日 / 火伏神事の後 地元の男衆がユーモラスな寸劇を披露する おめつき = 思いつき で 祭りの名は即興の寸劇をやることから付けられた 68 (b) 文化 宮城県 登米市 米川の水かぶり 2 月初午 / 藁で作った腰みのやかぶり物を身につけ 顔に煤 ( すす ) を塗った男たちが 家々の戸口に用意された桶の水を屋根にかけながら町を走り抜ける 火伏の伝統行事 69 (b) 文化 宮城県 岩沼市 竹駒神社初午祭 2 月初午 /2 月の初午の日を初日として7 日間にわたる祭り期間中 神輿渡御のほか 竹駒奴による奴振りや稚児行列が町中を練り歩く 箟峯寺 ( こんぽうじ ) 境内の白山堂で行われる御弓神事では 稚児 2 人が6 本ずつ計 12 本の矢を射り 矢の当り方で12か月の天候と豊凶を占う 県指定無形民俗文化財 天明元年 (1781) に名振で大火があり この惨禍を繰り返さないよう地区の東と西に 秋葉大権現 の碑を建立し 火伏せ祈願をしたのが祭りの起源とされる 県指定無形民俗文化財 一行が通りかかると町内の人々は争って装束の藁を引き抜き 自宅の屋根に上げて火伏のお守りにする 地区以外の人が参加すると火災が起こるという言い伝えがある 国指定重要無形民俗文化財 日本三大稲荷のひとつともいわれる竹駒神社は奥州藤原氏や歴代仙台藩主の庇護を受けた古社 祭りは商売繁盛 五穀豊穣を願って執り行われる 涌谷町箟岳神楽岡箟岳山箟峯寺 石巻市雄勝名振秋葉神社 ~ 名振コミュニティセンターほか 登米市東和町米川五日町 岩沼市稲荷町竹駒神社 祭礼行事 宮城県 ( 桜楓社 ) 涌谷町 HP/ 箟岳白山祭 /sangyo/kanko/event/hakusan.h tml 宮城県 HP/ 宮城県の指定文化財 ei/01naburi.html 石巻市 HP/ おめつき ont/ b/- kanko/0030/ ht ml 登米市 HP/ 米川の水かぶり shirase/towa/mizukaburi.html?m ode=preview 米川地域振興会 HP/ 米川の水かぶり / 岩沼市 HP/ 観光情報 p/kakuka/030200/ /takekomajinnjya.html 涌谷町まちづくり推進課 : 箟岳山箟峯寺 : 雄勝公民館 : 石巻市商工観光課 : ( 代 ) 登米市東和総合支所市民課 : 登米市商工観光課 : 米川地域振興会 ( 米川公民館 ): 竹駒神社社務所 : 岩沼市商工観光課 : ( 代 ) 70 (b) 文化 宮城県 塩竈市 塩竈神社帆手祭 3 月 10 日 / 重さ250 貫 ( 約 1t) の神輿を氏子 16 人が担ぎ 鹽竈神社の参道 表坂を一気に下り さらに市内を勢いよく御神幸する勇壮な祭り 奥州一宮の鹽竈神社における早春の神宮城県塩竈市一森事で 元々は天和 2 年 (1682) に火伏祭山鹽竈神社として町内の厄除けと繁栄を祈願して始まり 港町塩竈で行われることにちなんで 帆手 ( ほて ) 祭と呼ぶようになった 祭礼行事 宮城県 ( 桜楓社 ) 鹽竈神社社務所: 鹽竈神社 HP 塩竈市観光交流課: s/90.shtml 1165 塩竈市観光物産協会 HP/ 塩 塩竈市観光物産協会: 竈歳時記 yagi.jp/modules/tinyd0/?id=2 71 (b) 文化宮城県栗原市小迫の延年 4 月第 1 日曜日 / 三迫総鎮守の社として崇拝されている白山神社の例大祭で 古式ゆかしい 小迫 ( おばさま ) の延年 の舞が社前 野舞台 で奉納される 延年とは 平安から室町にかけて 僧侶や稚児たちが寺院で行っていた寺院演能 小迫の延年 は古来の形式をそのまま今に伝える貴重なもの 国指定重要無形民俗文化財 栗原市金成小迫白山神社 栗原市 HP/ 小迫の延年 cfm/12,5401,80,html 文化庁 / 国指定文化財等データベース /maindetails.asp 栗原市教育委員会文化財保護課 : 栗原市金成総合支所産業建設課 : b 文化 37/188

44 カテゴリー 県 市町村 地域資源名 資源の概要 歴史的価値 ストーリー 所在地 情報源 取材元 ( 自治体 企業 NPO 含む ) 72 (b) 文化 宮城県 加美町 熊野神社春季例祭 旧暦 3 月 15 日 / 旧宮崎町の熊野神社からご神体を入れた神輿を担ぎ 獅子舞を先頭に悪魔を祓いながら町内を練り歩く 大崎一の宮として玉造 志田 遠田 栗原 加美 5 郡の総鎮守とされる熊野神社に 室町時代から続くと伝えられる 加美町宮崎麓熊野神社 祭礼行事 宮城県 ( 桜楓社 ) 加美町宮崎支所教育委員会: 加美町商工観光課: (b) 文化 宮城県 塩竈市 塩竈神社の花まつり 4 月第 4 日曜日 / 鹽竈神社境内に咲く約 3 00 本の桜が満開となるころに行われる 神輿渡御には稚児行列が従い 市内を巡行する 74 (b) 文化 宮城県 仙台市 秋保大滝不動尊大祭 4 月 28~29 日 / 秋保大滝不動尊の春の大祭 29 日に 秋保の田植踊り ( 馬場の田植踊り ) 野口の鹿踊り 滝原の顕拝( けんばい ) などの民俗芸能が披露される 75 (b) 文化 宮城県 加美町 初午まつり火伏せの虎舞 4 月 29 日 / お囃子にのって人間が扮した虎が舞いながら 色鮮やかな山車とともに町内を練り歩く 地区の防災と家内安全を祈願する火伏せの伝統行事 76 (b) 文化 宮城県 名取市 熊野堂神楽 舞楽 4 月 29 日 / 名取の熊野神社 ( 新宮社 ) には 神楽と舞楽が継承されており 神楽は春と秋の例祭で 舞楽は春のみ披露される 氏子三祭とは 神輿が渡御 ( 市内巡行 ) する 3 つの祭典 ( 帆手祭 花まつり みなと祭り ) をいう もとは 弥生祭 と呼ばれていたが 新暦で桜の季節にあたることから 花まつり と称するようになった 秋保不動尊は不動明王を本尊とする真言宗智山派の寺で 正式名は西光寺 田植踊り ( 国指定重要無形民俗文化財 ) は 8 ~15 歳の少女が 1 から 10 までの数え唄を歌いながら舞う可憐な踊り 虎の威を借りて火事をおこす風を鎮め 火伏せを祈願したのが起源とされる 虎舞を演じるのは地元の中学生たちで 祭典本部前では数匹の虎が高屋根に上がり 勇壮な舞を披露する 舞楽は神楽殿での神楽奉納が終わってから 拝殿正面の池の中に臨時に設けられた水上舞台で舞われる 県指定無形民俗文化財 宮城県塩竈市一森山鹽竈神社 仙台市太白区秋保町馬場秋保大滝不動尊 加美町中新田町内花楽小路 名取市高舘熊野堂熊野神社 鹽竈神社 HP x.shtml 塩竈市観光物産協会 / 花まつり yagi.jp/modules/pical/ index.php?com_mode=thread&co m_order=1&event_id=700 鹽竈神社社務所 : 塩竈市観光交流課 : 塩竈市観光物産協会 : 祭礼行事 宮城県 ( 桜楓社 ) 西光寺: 宮城県観光連盟 HP/ 宮城まる 宮城県観光連盟: ごと探訪 仙台市観光交流課 祭礼行事 宮城県 ( 桜楓社 ) 加美町 HP/ 火伏の虎舞 ection001/syoukoukankou/ kankoubussann/ibento.jsp 名取市 HP/ 名取市指定文化財 宮城県 HP/ 宮城県の指定文化財 ei/20kumano.html 初午まつり実行委員会事務局 ( 加美町商工観光課 ) : 熊野神社 ( 宮司宅 ): 名取市文化振興課 : ( 代 ) 77 (b) 文化 宮城県 大和町 船形山神社の梵天ばやい 5 月 1 日 / 船形山神社の御神体 ( 金銅菩薩立像 ) 御開帳の祭典時に行われる豊作祈願の伝統行事 御神体の湿り具合を見てその年の作凶を占う 御神体が開帳されると社殿に奉納されていた梵天が参拝者の中に投げ入れられ これを激しく奪い合う 勝ち取った梵天を苗代の水口に立てると豊作に恵まれるという 県指定無形民俗文化財 大和町吉田升沢船形山神社 祭礼行事 宮城県 ( 桜楓社 ) 大和町産業振興課 : 宮城県 HP/ 宮城県の指定文 1184 化財 ei/06funagata.html 78 (b) 文化 宮城県 栗原市 花山鉄砲まつり 5 月 5 日 / 宮城県内唯一の火縄銃の祭り 見どころは古式火縄銃の発砲 陣羽織を身にまとった鉄砲組が 一斉に火縄銃を轟かせる 79 (b) 文化宮城県加美町薬莱山のお山登り資料不足により情報不確定 発砲に先立って御嶽神社から花山中学校まで 鉄砲組を先頭に子供鉄砲組 稚児行列 お囃子 手踊りが練り歩き 祭りを盛り上げる 栗原市花山御嶽神社 ~ 旧花山中学校校庭 祭礼行事 岩手県 ( 桜楓社 ) 栗原市花山総合支所 : 宮城県観光連盟 HP/ 宮城まる 2114 ごと探訪 栗原市田園観光課 ( くりはら研究 栗原観光物産協会 : 所 ): (b) 文化 宮城県 石巻市 金華山黄金山神社初巳大祭 5 月初巳 ~7 日間 / 弁財天の使者である蛇にちみ 巳月の初巳の日から 7 日間にわたり開催される金華山黄金山神社の最大の祭儀 大祭期間中の日曜日には 神輿が桟橋の御旅所に降りて海水による海潮祓いの特殊神事を斎行し 本殿まで戻る神輿渡御が行われる 石巻市鮎川浜金華山金華山黄金山神社 金華山黄金山神社 HP 金華山黄金山神社社務所: 石巻市 HP/ イベント観光情報 石巻市商工観光課: ( 代 ) 0040/index.html 81 (b) 文化 宮城県 栗原市 くりこま山車まつり 7 月最終土 日曜日 / 祭りは宵祭 本祭の 2 日間に渡る 栗駒岩ヶ崎の9 地区で製作された豪奢で華麗な山車の巡行が見どころ 江戸時代に農民を慰安し五穀豊穣を祈願した 新田の早苗振り が起源という 郷土芸能やお囃子の競演会 東北輓馬競技大会のイベントもある 栗原市栗駒岩ケ崎馬場通り ~ 六日町通り 宮城県観光連盟 HP/ 宮城まるごと探訪 栗原市栗駒総合支所産業建設係 : 栗駒市商工観光課 : b 文化 38/188

45 82 (b) 文化 宮城県 石巻市 石巻川開き祭り 7 月 31~8 月 1 日 / 東北地方最大の大河 北上川を舞台に 2 日間にわたって繰り広げられる川祭り 川施餓鬼供養の灯籠流し 神輿パレード 小学生鼓笛隊パレード 花火大会など さまざまなイベントが催される 83 (b) 文化 宮城県 塩竈市 塩竈みなと祭 7 月第 3 月曜日 / 祭り最大の見どころは 神輿海上渡御 志波彦神社と鹽竈神社の神輿をのせた2 隻の御座船が 約 100 隻に及ぶ大小の供奉船を従えて松島湾内を巡幸する 84 (b) 文化 宮城県 気仙沼市 気仙沼みなとまつり 8 月第 1 土 日曜日 / 航海の安全と大漁を祝う祭り 山車の巡行 はまらいんや踊り 打ち囃子の競演 海上花火などが2 日間にわたって盛大に繰り広げられる 北上川を開削した 川村孫兵衛重吉 の報恩感謝と街の繁栄を願って また海難 水難者を慰霊をする祭りとして 1916 年に第 1 回が開催された 東日本大震災以降は復興の祈りをこめ 地震で亡くなった人の霊を弔い 例年の供養 神事に併せて供養祭が行われている 終戦直後の 1948 年 港町塩竈の活気を取り戻そうと始められた 鹽竈神社の祭儀のほか 前夜祭の花火大会や よしこの のコンテストなど 全国有数の規模を誇る海の祭典となっている 1951 年に第 1 回を開催以後 気仙沼地方最大の祭りに発展 東日本大震災で壊滅的な被害を受け 2011 年は中止となったが 翌年には再開され 鎮魂と復興の願いをこめた花火が夜空を彩った 石巻市街地北上川中瀬 内海橋下流河畔ほか 塩竈市街地鹽竈神社 塩竈港 気仙沼市街地魚町 ~ 港町 川開き祭り HP jp/ 宮城県観光連盟 HP/ 宮城まるごと探訪 石巻市 HP/ イベント観光情報 /index.html 塩竈市観光物産協会 HP/ 塩竈みなと祭り yagi.jp/?page_id=580 志波彦神社 鹽竈神社 HP alevent/01.shtml 気仙沼みなとまつり HP atomatsuri/ 気仙沼観光コンベンションン協会 HP 気仙沼市 HP ( 自治体 企業 NPO 含む ) 石巻川開祭実行委員会( 石巻商工会議所内 ) : 石巻市商工観光課: ( 代 ) 塩竈みなと祭協賛会 : 塩竈市観光物産協会 : 塩竈市観光交流課 : 気仙沼みなとまつり実行委員会 ( 気仙沼商工会議所内 ): 気仙沼観光コンベンション協会 : 気仙沼市観光課 : (b) 文化 宮城県 角田市 金津七夕 8 月 6 日 / 藩政時代から続いている古式ゆかしい七夕祭り 竹の棒に提灯を数個付けた竿灯を手に持ち 和歌をうたいながら行列を組み 町を練り歩く 星祭り 的な行事ではなく 盆前に災厄を祓い豊作を祈願するという日本の伝統的な七夕行事の意味合いが強い 子どもたちが主体となって行われているのも大きな特徴 県指定無形民俗文化財 角田市尾山金津 宮城県 HP/ 宮城県の指定文角田市教育委員会生涯学習課 : 化財 ei/09kanatu.html 角田市 HP syogai/page00054.shtml 86 (b) 文化 宮城県 仙台市 仙台七夕 8 月 6~8 日 / 仙台駅前から続くアーケード街をはじめ 市内の全域が工夫を凝らした七夕飾り一色に染まる 東北 3 大まつりのひとつで 毎年 200 万人以上の人が繰り出す大イベント 七夕まつりの伝統は古く 旧仙台藩内各地で行われてきたが 仙台七夕まつりが特に有名 元々は旧暦 7 月 6 日夜の行事で 翌朝には竹飾りを広瀬川に流すのが習わしであった 仙台市街地仙台駅前 ~ 周辺商店街 祭礼行事 宮城県 ( 桜楓社 ) 仙台七夕まつり協賛会( 仙台商 仙台七夕まつり協賛会 HP 工会議所内 ) : 宮城県観光連盟 HP/ 宮城まる 仙台観光コンベンション協会: ごと探訪 (b) 文化 宮城県 松島町 松島灯篭流し花火大会 8 月 15~16 日 / 東日本大震災の影響で 会場 内容など大幅に縮小変更されてい る 今年の実施は不明 88 (b) 文化 宮城県 大崎市 政宗公祭り 9 月第 2 日曜 / 伊達政宗が京都に上洛した時の伊達武者行列を再現 ほら貝を吹き鳴らし 騎馬武者隊 甲冑武者隊が行進する戦国絵巻が見もの 89 (b) 文化 宮城県 登米市 登米の秋まつり 9 月第 3 土 日曜日 / 登米神社の例祭 各町内から繰り出す山車屋台が登米囃子と呼ばれる古調ゆかしい調べにのって練り歩く 15 日は瑞巌寺大施餓鬼会を奉賛する前夜祭行事で 打ち上げ花火や水中スターマインなど7000 発の花火が打ち上げられる 16 日は海上に108の灯籠と全国から寄せられた供養灯籠が浮かぶ 岩出町は伊達政宗が青年期を過ごしたことで知られる 祭りは政宗の遺徳と業績を称え 1964 年 青葉城跡に鎮座していた 政宗公平和像 が岩出山城山公園に移されたことを契機に始められた 宵祭りでは登米薪能が奉納される 山車は神々の物語や歌舞伎の名場面をなぞらえ 廃絶した仙台祭りの名残をとどめる 県指定無形民俗文化財 松島町松島瑞巌寺 松島湾 大崎市岩出山南町商店街通ほか 登米市登米町寺池伝統芸能伝承館 ( 薪能会場 ) 松島観光協会 HP 政宗公まつり協賛会 HP 大崎市 HP/ 大崎市観光案内 uest/kanko/index.html 祭礼行事 宮城県 ( 桜楓社 ) 登米市 HP/ 登米観光情報 ankou/spot/eventautumn.html#e 01 松島観光協会 : 政宗公まつり実行委員会事務局 : ( 大崎市岩出山総合支所地域振興課内 ) 大崎市観光交流課 : 登米総合支所市民課 : ( 登米秋まつり協賛会事務局 ) 登米市観光物産協会 : b 文化 39/188

46 90 (b) 文化 宮城県 築館町 薬師まつり 11 月 3 日 / 平安時代の平泉藤原氏の薬師参りをもとにした雅やかな祭り 御所車を中心に官女 武士 僧侶に扮した行列が練り歩く 国の重要文化財に指定されている杉薬師双林寺の薬師如来の由来を伝える祭礼 藤原秀衡の妻が難病を薬師如来に祈って加護され そのお礼参りに平泉から訪れたという行列を再現したもの 栗原市築館駅前商店街通り 杉薬師瑠璃殿 栗原市 HP/ 薬師堂 cfm/12,5400,80,html 宮城県観光連盟 HP/ 宮城まるごと探訪 ( 自治体 企業 NPO 含む ) つきだて薬師まつり実行委員会 : ( 築館総合支所市民サービス課内 ) 双林寺 : (b) 文化 宮城県 南三陸町 入谷打囃子 旧暦 8 月 15 日に近い日曜日 / 京都の祇園囃子の流れを持つ華麗な郷土芸能 打囃子 と神輿が地区内を練り歩き 八幡神社に奉納する 打囃子は入谷地区にある 4 つの集落がそれぞれに 講 をつくり 順番に奉納する 東日本大震災で津波の被害を受けた 年は中止となったが 翌年に復活し 五穀豊穣と復興を祈願した 南三陸町入谷入谷八幡神社 南三陸町 HP/VIRTUAL MUSEUM miyagi.jp/museum/index.html 宮城県 HP/ 宮城県の指定文化財 ei/02iriya.html 南三陸町教育委員会 : ( 代 ) 南三陸町観光振興係 : (b) 文化 宮城県 石巻市 金華山黄金山神社神鹿角切 り行事祭 10 月第 1 2 日曜日 / 太平洋に浮かぶ島 金華山に棲息する鹿を神鹿として保護し その角を切り落とす行事 伸びた角で人に危害を加えないよう 年から牡鹿が発情期を迎える秋に実施 日本では奈良の春日大社と金華山でしか見ることができない 石巻市鮎川浜金華山金華山黄金山神社 金華山黄金山神社 HP 石巻市 HP/ イベント観光情報 /index.html 93 (b) 文化 秋田県 鹿角市 大日堂舞楽 1 月 2 日 / およそ1300 年の伝統を持つ秋田県内最古の舞楽 小豆沢地区にある大日霊貴神社 ( 大日堂 ) で 毎年正月 2 日に奉納される 94 (b) 文化 秋田県 由利本荘市新山神社裸まいり 1 月第 3 日曜日 / 寒中の早朝 水垢離をとり 身を清めた男衆が 東山山頂にある新山神社を目指して103 段の石段の参道を一気に駆け上がり 五穀豊穣 家内安全などを祈願する 神社が再建された養老 2 年 (718) の祭礼の舞楽が起源といわれる 大里 小豆沢 長嶺 谷内の 4 地区から能衆が集い 堂内の二間四方の舞台で舞を奉納する 国指定重要無形民俗文化財 裸まいりは天保年間の頃に始まったともいいわれるが定かではない 男衆は白腹巻きに注連を巻き 白足袋に草鞋掛けといういでたちで ジャヤサ ジョヤサの掛け声とともに神社を目指す 鹿角市八幡平小豆沢大日霊貴神社 由利本荘市石脇東山新山神社 祭礼行事 秋田県 ( 桜楓社 ) 大日堂舞楽 HP ugaku/ 由利本荘市観光協会 HP 秋田県観光連盟 HP/ 新山神社裸参り eing/detail.html?data_id=1139 鹿角市観光交流課 : 十和田八幡平観光物産協会 : 由利本荘市観光協会 : 由利本荘市観光文化振興課 : (b) 文化 秋田県 秋田市 三吉梵天祭 1 月 17 日 / ほら貝を吹き 三吉節を唄いながら威勢よく梵天をかざし 参道の石段で神社奉納の先陣争いを繰り広げる勇壮な祭り 梵天 ( ぼんでん ) と呼ばれる依代を神社に奉納し 五穀豊穣や家内安全 産業発展などを祈願する伝統行事 太平山三吉神社の梵伝はその荒々しさから けんか梵天 の異名をもつ 秋田市広面赤沼太平山三吉神社総本宮 祭礼行事 秋田県 ( 桜楓社 ) 太平山三吉神社総本宮 HP ml 太平山三吉神社総本宮 : 秋田市観光物産課 TEL (b) 文化 秋田県 大曲市 刈和野の大綱引き 2 月 10 日 / 刈和野の上町と下町とに分かれ 太さ約 2.2mの雄綱と雌綱を引き合う 500 年の伝統を誇る日本最大級の大綱引き行事 室町時代に市を開設する権利を得るための 市神 の祭事として始められた 現在は上町が勝てば米の値段が上がり 下町が勝てば豊作とされる 大仙市刈和野大町通り 大曲市 HP 秋田県 HP/ 美しき水の郷あきた ka/ootunahiki.htm 大仙市西仙北支所市民サービス課 : 大綱引き保存会事務局 ( 西仙北中央公民館内 ) : (b) 文化 秋田県 にかほ市 掛魚祭り 2 月 4 日 / 金浦漁港に水揚げされた寒鱈を 各船主が海上安全と大漁祈願を祈願して 金浦山神社に奉納する 別名 タラ祭り 掛魚 ( かけよ ) とは 漁から帰った漁師が氏神様や恵比寿様にお供えする魚のこと 勢至公園では金浦神楽が披露され 大鍋でタラ汁がふるまわれる にかほ市金浦金浦山神社 勢至公園 祭礼行事 秋田県 ( 桜楓社 ) にかほ市観光協会 HP/ にかほ市観光案内 にかほ市観光協会 : にかほ市観光課 : (b) 文化 秋田県 大館市 アメッコ市 2 月第 2 土 日曜日 / 大館のハチ公通りに飴を売る屋台が連なり 縁起物の飴を買う大勢の人で賑わう この日飴を食べると風邪をひかないといわれている ミズキの枝にアメをつけ神前に供える農家の小正月行事が始まりといわれ 1972 年から現在のように大通りで開催されるようになった 白髭大神巡行 秋田犬パレードなどのイベントも行われる 大館市大町おおまちハチ公通り 大館市 HP/ アメッコ市 ty/sitemanager.nsf/doc/amekkoi chi.html 大館市観光協会 HP 大館アメッコ市実行委員会 : 大館駅観光案内所 (JR 大館駅内 ): 大館市観光課 : b 文化 40/188

47 99 (b) 文化 秋田県 男鹿市 なまはげ紫灯まつり 2 月第 2 金 土 日曜日 / 祭りのクライマックスは 松明をかざした15 匹のなまはげの下山 幻想的で勇壮な 男鹿を代表する冬祭り 大晦日に家々を回る民俗行事 なまはげ と 真山神社で 1 月 3 日に行われる神事 紫灯祭 を組み合わせて 観光行事化したもの 男鹿市北浦真山真山神社 ( 自治体 企業 NPO 含む ) 男鹿市 HP/ 観光情報 男鹿市観光課: 男鹿市観光協会: cfm/14,html 4700 秋田県農村振興課 HP/ 美しき 真山神社: 水の郷あきた ka/namahage-2.htm 100 (b) 文化 秋田県 仙北市 火振りかまくら 2 月 13~14 日 / 角館の冬を彩る小正月の火祭り 炭俵や米俵に火をつけて円形を描くように振り回し 無病息災や家内安全を祈願する 宮中行事の左義長の名残を伝える行事で 神聖な火で自分の身体を清め 田んぼの厄や穢れを祓う意味が込められている 仙北市角館町 仙北市 HP/ 観光情報 桧木内河川敷 町内 各所 /sightseeing/index.html 角館町観光協会/ 伝統行事 仙北市観光情報センター : 仙北市観光課 : (b) 文化 秋田県 美郷町 六郷のカマクラ ( 竹うち ) 2 月 12~15 日 /4 日間にわたって行われる小正月行事 15 日の竹うちはこの行事のハイライトで 3~4mの青竹を持った若者たちが南北に分かれて激しく打ち合い豊作を祈願する 六郷のカマクラとは 12 日の天筆書初めに始まり 鳥追い小屋造り 天筆焼き 竹うち 鳥追いと続く一連の行事のことをいい 左義長の吉書焼きの遺風と小正月行事本来の姿を今に残す 国指定重要無形民俗文化財 美郷町六郷町内各所 カマクラ畑 ( 竹うち会場 ) 祭礼行事 秋田県 ( 桜楓社 ) 美郷町観光協会 HP 美郷町 HP/ 観光 misatochoukankou/kankotop.asp 美郷町観光協会 : 美郷町商工観光交流課 : ( 代 ) 美郷町公民館 TEL (b) 文化 秋田県 横手市 横手のかまくら 2 月 15~16 日 / 小正月に行う雪国の詩情豊かな民俗行事 期間中は約 100 基の かまくらの中では 子供たちが はいってたんせ おがんでたんせ といいながら 大きなかまくらと無数のミニかまくらに灯が甘酒や餅をふるまう どんど焼きの雪室と ともり 雪のまちを彩る 水神様を祭る行事が一緒になり 明治以 降に現在の形になったものという 103 (b) 文化 秋田県 横手市 旭岡山神社のぼんでん奉納 2 月 16~17 日 / 掛け声勇ましく男衆がぼんでん ( 梵天 ) をかつぎ 激しくもみ合いながら先陣を競って旭岡山神社に奉納する かまくらの 静 に対して勇壮な 動 の祭り 横手市街地二葉町 羽黒町 横手公園ほか ぼんでんとは 神霊が降臨する依代 神横手市大沢旭岡座としての ホデ に由来するといわれる 山神社横手のぼんでんは他に例をみないほど大型で 豪華なことが特徴 奉納前日に頭飾りを競うコンクールが催される 横手観光協会 HP / 横手市観光連盟 HP 横手観光協会 HP / 横手市観光連盟 HP 横手市観光協会 : 横手市観光連盟 : 横手市観光物産課 : 横手市観光協会 : 横手市観光連盟 : 横手市観光物産課 : (b) 文化 秋田県 大仙市 川を渡るぼんでん 2 月 17 日 / ぼんでん ( 梵天 ) を川舟に乗 せて雄物川を渡り 対岸にある標高約 207mの伊豆山神社に奉納する 雪山をバックに川船で川を渡る色彩豊かなぼんでんの姿は 一面の銀世界とのコントラストとあいまって 見るものを幻想的な世界に誘う 大仙市大曲花館町内各所 ~ 雄物川 ~ 伊豆山神社 祭礼行事 秋田県 ( 桜楓社 ) 大曲市 HP unya/event/ 川を渡るぼんでん実行委員会 ( 花館公民館 ) : 大仙市商工観光課 : ( 代 ) 105 (b) 文化 秋田県 湯沢市 犬っこまつり 2 月第 3 土 日曜日 / 駅前広場や商店街につくられた雪のお堂に 夕暮れとともにロウソクが灯され シンコ細工の犬っこを祀る 悪党などが来ないようにと 米の粉で犬っこや鶴亀を作り 旧小正月の晩に家の入口や窓々にお供えして祈念したのが始まりといわれる 湯沢市街地湯沢駅前広場ほか 祭礼行事 秋田県 ( 桜楓社 ) 湯沢市 HP/ 湯沢の祭り 湯沢市観光物産協会 : 湯沢市まるごと売る課 : ( 代 ) 106 (b) 文化 秋田県北秋田市ほか万灯火 3 月彼岸の中日 / 小阿仁川流域に伝わる祖先供養の行事 日が暮れると子どもたちが中心となり 各集落で万灯火 ( まとび ) に火をともす 墓場や川の土手 山の上などで 古い布を丸めて作る だま に油を付けて燃やすと 先祖の霊がその火を道しるべとして家々に舞い戻り 子孫のもてなしを受けるとされる 上小阿仁村各集落 祭礼行事 秋田県 ( 桜楓社 ) 美の国秋田 桃源郷をゆく / 上小阿仁村万灯火 上小阿仁村産業建設課 : 上小阿仁村商工会 : (b) 文化 秋田県 横手市 沼入りぼんでん 5 月 1 日 / 杉丸太に福俵を飾ったぼんでんを担いだ男衆が弁財天沼に入り 沼の中央にぼんでんを突き立て 五穀豊穣 家内安全 水の恵みなどを祈願する 祭りに参加するのはその年の厄年や祝い事のあった若者たち 文政年間 ( ) にはすでに行われていた記録があり 秋田県内の梵天行事の原形ともいわれる 県指定無形民俗文化財 平鹿町醍醐荒処 横手市 HP/ 観光 文化 厳島神社 弁財天沼 3/index.html 横手市観光連盟 HP 横手市平鹿地域局産業建設課 : 横手市観光協会 : b 文化 41/188

48 108 (b) 文化 秋田県 にかほ市 小滝のチョークライロ舞 6 月第 2 土曜日 /1200 年の歴史を持つ民俗芸能 小滝の金峰神社祭礼に奉納される延年の舞で 境内のチョウクライロ山という土舞台で演じられる 鳥海山に住んでいた悪魔を 慈覚大師がにかほ市象潟町小法力で退治 その時 神恩に感謝して舞っ滝金峰神社たのが始まりという チョウクライロは長く久しく生きる姿 の意味がある 国指定重要無形民俗文化財 109 (b) 文化 秋田県 湯沢市 小町まつり 6 月第 2 日曜日 / 湯沢市内から選ばれた 7 人の小町娘が市女姿で小野小町の歌を 小野小町伝説は全国各地にあり 旧雄勝町小町もそのひとつ 毎年 6 月 1 日に前年 献詠し 小町の霊を慰める 観客を平安絵からその年の小町娘へバトンタッチする小 巻の世界に誘う典雅な祭り 町改めの儀があり その後小町塚 ( 小町 110 (b) 文化秋田県潟上市 男鹿市東湖八坂神社の統人行事 ( 牛乗り 蜘蛛舞 ) 7 月 7 日 / 東湖八坂神社の統人行事最大の祭事は 7 月 7 日で 潟上市天王側はスサノオノミコトに扮した 牛乗り 男鹿市船越側は 蜘蛛舞 が登場し 八岐の大蛇退治 の故事が再現される 111 (b) 文化 秋田県 北秋田市 綴子大太鼓 7 月 14~15 日 / 約 700 年前に雨乞い祈願で始められたと伝えられる伝統行事 綴子神社の例大祭に 上町と下町の2つの集落が一年交代で大太鼓を奉納する 堂 ) で本祭が行われる 統人とは各種祭事を中心になって行う人のことをいう 7 月 8 日の新統人お竹受けに始まり 翌年 7 月 8 日の注連納めまで 年間を通じて豊かな諸行事が神社の氏子さんたちによって長い間継承されてきた 国指定重要無形民俗文化財 昭和のはじめに上町と下町で奉納の先陣争いが激しくなったため 以降一年交代になり 太鼓の大きさも競うようになった 2 番目に大きい直径 3.71m のものはギネスブックで世界一の認定を受けた 祭礼行事 秋田県 ( 桜楓社 ) 秋田県農村振興課 HP/ 美しき水の郷あきた ka/ukura.htm あきた民俗芸能アーカイブス HP 湯沢市小野小町堂 湯沢市 HP/ 湯沢の祭り 潟上市天王本郷東湖八坂神社男鹿市船越 北秋田市綴子綴子神社 ( 自治体 企業 NPO 含む ) にかほ市教育委員会文化財保護課 ( 象潟郷土資料館内 ): にかほ市観光協会 : 湯沢市まるごと売る課 : ( 代 ) 湯沢市雄勝観光協会 : 祭礼行事 秋田県 ( 桜楓社 ) 潟上市産業課: 潟上市 HP/ 東湖八坂神社祭 男鹿市教育委員会: 典 男鹿市観光協会: ex.cfm/8,0,36,144,html 4700 男鹿市 HP/ 国指定文化財 綴子神社 HP 北秋田市 HP/ 綴子神社例大祭 kankou/event/index.html 綴子神社 : 大太鼓の館 TEL: 北秋田市商工観光課 : (b) 文化 秋田県 秋田市 土崎港まつり 7 月 20~21 日 / 土崎神明社の例祭に奉 納される曳山 ( ひきやま ) が 港囃子に のって車輪をきしませながら練り歩く 北前船寄港地として栄えた土崎港の夏祭りで みなと祭り の愛称で呼ばれる 土崎神明社祭の曳山行事 として国指定重要無形民俗文化財 秋田市土崎町内各所 土崎神明社 土崎港曳山まつり HP 土崎神明社 HP p/ 土崎港曳山まつり実行委員会 : 土崎神明社 : (b) 文化 秋田県 八峰町 白瀑神社例祭 ( みこしの滝浴 び ) 8 月 1 日 / 白装束の男たちが神輿を担いで町内を練り歩いた後 白瀑神社裏手にある滝壺に 神輿もろとも飛び込む涼味満点の奇祭 慈覚大師の創建と伝えられる白瀑神社の例大祭 戦前 担ぎ手があまりの暑さに耐えかね 白瀑の滝つぼに入ったのが始まりといわれる 八峰町八森館白瀑神社 八峰町 HP index.php 八峰町観光協会 HP 八峰町産業振興課 : 八峰町観光協会 : ( 代 ) 114 (b) 文化 秋田県 能代市 能代七夕 8 月 6~7 日 / 田楽 横笛 太鼓のお囃子とともに城郭型の大若燈籠を引いて各町内を運行し 翌日に灯篭上部にあるシャチに火をつけて米代川に流す 旧能代港町の五丁組による輪番制により執り行われる 青森市のねぶたや秋田市の竿燈と同じく藩政時代から続く 眠り流し 系統の行事で 役七夕 能代ねぶながし とも呼ばれる 能代市街地町内各所 ~ 能代大橋 祭礼行事 秋田県 ( 桜楓社 ) 能代観光協会 HP/ ねぶながし e_id=454 能代市 HP/ 観光テーマ 能代市観光振興課 : 能代観光協会 : 能代七夕 天空の不夜城 協議会事務局 : (b) 文化 秋田県 湯沢市 七夕絵どうろうまつり 8 月 4~5 日 / 浮世絵風の美人画が描か れた大小数百の絵燈籠が目抜き通りに吊 るされ 夕やみの街を艶やかに彩る 京都から湯沢の佐竹南家に嫁いだ姫が 湯沢市街地 柳町ほ五色の短冊を青竹に飾りつけた京風の絵か灯籠を町方にも作らせ 故郷をしのんだのが始まりといわれる 祭礼行事 秋田県 ( 桜楓社 ) 湯沢市 HP/ 七夕絵どうろうまつり 湯沢市まるごと売る課 ( 代 ) 湯沢市観光物産協会 : b 文化 42/188

49 116 (b) 文化 秋田県 秋田市 秋田竿燈まつり 8 月 3~6 日 / 竹を組んで提灯を吊るした 真夏の病魔や邪気を祓うための 眠り流 竿燈を バランスをとりながら手から肩 腰し が原型といわれる 最も大きな 大若 へと動かしていく妙技を競う 光の稲穂が夏の夜空を彩る秋田を代表する夏祭り は9 段の横竹に計 46 個の提灯が吊るされ 高さ約 12m 重さ約 50kgにもなる 国 指定重要無形民俗文化財 117 (b) 文化 秋田県 横手市 送り盆まつり 8 月 15~16 日 / 男衆に担がれた屋形舟が サイサイ囃子 にのって横手川の蛇の崎橋に向かい 花火をバックに迫力あるぶつかり合いを繰り広げる 江戸時代に大飢饉で亡くなった人々の供養のために わらで作った舟を川原で流したのが始まりといわれる 6 日には 子供たちが小型の屋形舟を曳いて町を練り歩く ねむり流し がある 秋田市街地 竿燈大通り 横手市中央町蛇の崎川原 祭礼行事 秋田県 ( 桜楓社 ) 秋田竿燈まつり HP m 秋田市 HP/ 秋田竿燈まつり y/in/cm/kanto/default.htm 横手市観光協会 / 祭り イベント /01_event/index.html 秋田ふるさと村 HP/ 横手送り盆まつり jp/7kanko/yokote-bon.html ( 自治体 企業 NPO 含む ) 秋田市竿燈まつり実行委員会事務局 ( 秋田市観光物産課内 ): 秋田観光コンベンション協会: 横手市観光協会 : 横手市観光物産課 : (b) 文化 秋田県代市 仙北市ほささら 8 月 13~15 日 / ささら とは舞い手が鳴らす楽器の名で お盆に祖先の霊を慰め 豊作を祈って踊る 演目は大名行列 獅子舞 奴舞 棒術など数種ある 初代藩主 佐竹義宣が秋田に国替えをした際 随行の人々によって伝授されたものという 秋田県内では北秋田 仙北地方などに数多く残り 県指定無形民俗文化財のものだけでも 12 件を数える 能代市二ツ井町切石仙北市角館町白岩ほか 祭礼行事 秋田県 ( 桜楓社 ) 能代市 HP/ 文化財 角館観光協会 HP/ 伝統行事 能代市二ツ井地域局教育委員会 : ( 切石作々楽 ) 仙北市観光課 : ( 白岩ささら ) 119 (b) 文化 秋田県 北秋田市 根子番楽 8 月 14 日 / 平家の落人の里と伝えられる根子 ( ねっこ ) 地区に伝わる古式豊かな舞 露払いに始まり 勇壮活発な武士舞の鞍馬 曾我兄弟など9 演目が伝承されている 120 (b) 文化秋田県横手市ほか鹿島流し資料不足により情報不確定 番楽とは かつて修験道の山伏によって行われていた山伏神楽の一種 秋田県内では根子など北秋田地方のほか 由利地方の鳥海山麓でも濃厚に伝承されている 国指定重要無形民俗文化財 北秋田市阿仁根子阿仁公民館根子分館 祭礼行事 秋田県 ( 桜楓社 ) 北秋田市 HP/ 根子番楽 kankou/event/summer/anibangaku.html 北秋田市観光協会 HP 北秋田市観光案内所 四季美館 : 北秋田市商工観光課 : (b) 文化秋田県八郎潟町一日市盆踊り 8 月 18~20 日 / 浴衣姿のほか 様々な姿に仮装した踊り手が楕円形状の輪になり 大太鼓と笛の音に合わせ 賑やかに歌い踊る テンポの早い でんでんづく踊り と きたさ八郎潟町一日市上か踊り 優雅な 三勝踊り が伝承されて町大通りいる 秋田県三大盆踊りのひとつ 県指定無形民俗文化財 八郎潟町 HP/ 観光情報 a.jp/g.html?seq=39 秋田県 HP/ 一日市盆踊り contents/ / 八郎潟町観光協会 ( 八郎潟町産業課内 ) : (b) 文化 秋田県 羽後町 西馬音内盆踊り 8 月 16~18 日 / 細長い通りにかがり火を囲んだ輪をつくり 鳥追い笠と黒い覆面 ( 彦三頭巾 ) で顔を隠し あでやかな端縫い衣装を着た踊り子たちが 流れるように優雅に踊る 123 (b) 文化 秋田県 鹿角市 毛馬内盆踊り 8 月 21~23 日手ぬぐいで頬被りをし 路上に焚いたかがり火を細長く囲んで踊る優雅で風情ある盆踊り 大の坂 甚句 じょんから の3 演目がある 124 (b) 文化 秋田県 鹿角市 花輪ばやし 8 月 19~20 日 / 花輪の産土神 幸稲荷神社の祭典で奉納される祭礼囃子 10 町内から繰り出された屋台が 笛 太鼓 三味線 鉦による激しい調子の囃子とともに練り歩く 亡者の姿を表現するという彦三頭巾をか羽後町西馬音内ぶった踊り子の表情がまったく見えず 幻本町通り想的な雰囲気をかもす 反して囃子は即興詞で踊りを盛り上げ その対象にも趣がある 全国的に有名な東北を代表する盆踊り 国指定重要無形民俗文化財 大の坂踊りは京都の念仏踊りの流れをく鹿角市毛馬内本むとされ 甚句踊りは南部領だった400 年町通り以上前 戦から帰った将兵をねぎらい舞ったのが始まりとされる 国指定重要無形民俗文化財 平安末期に笛による曲ができ 後に他の楽器が加わったとされる 欅や桂材で作られ 本漆塗り 純金箔を施した鬼板や懸魚の彫刻を配した豪華絢爛な屋台も見もの 国指定重要無形民俗文化財 祭礼行事 秋田県 ( 桜楓社 ) 羽後町観光物産協会 HP 羽後町 HP/ 観光情報 eing/index.html 祭礼行事 秋田県 ( 桜楓社 ) 毛馬内盆踊り HP 鹿角市 HP/ 毛馬内の盆踊 mukeiminzoku/789.html 鹿角市花輪 花輪ばやしHP 市街地各所 花輪駅 前 鹿角市 HP/ 伝統の祭り ento/index.html 羽後町企画商工課 : 羽後町観光物産協会: 西馬音内盆踊り会館: 鹿角市観光交流課 : 十和田八幡平観光物産協会 : 毛馬内盆踊り振興会 : 鹿角市観光交流課 : 十和田八幡平観光物産協会 : 花輪ばやし祭典委員会 : b 文化 43/188

50 125 (b) 文化 秋田県 仙北市 角館のお祭り ( 飾山囃子 ) 9 月 7~9 日 / 角館の鎮守である神明社と成就院薬師堂の祭礼 華やかな飾山 ( おやま ) が町を練り歩き お囃子に合わせて踊り手の秋田おばこが艶やかに舞う 飾山の通行の優先権を巡り 狭い路上で 交渉 が持たれる 決裂すると やまぶっつけ と呼ばれる激突がはじまり 祭りは最高潮に達する 角館祭りのやま行事 として国指定重要無形民俗文化財 仙北市角館神明社 薬師堂 町内各所 仙北市 HP/ 観光情報 /sightseeing/index.html 文化庁 / 国指定文化財等データベース /maindetails.asp ( 自治体 企業 NPO 含む ) 仙北市観光情報センター 角館駅前蔵 : 仙北市観光課 : (b) 文化 秋田県 大館市 大館神明社例祭 9 月 10~11 日 / 大小の神輿と曳山車が市内を巡行し 大館囃子で踊りを競う 最後は ぶっかけ神輿 で盛り上がる大館最大の秋祭り 大館囃子は祭典のお囃子の総称で 京都の祇園囃子の流れをくむものという 寄せ囃子 大館祇園囃子 剣囃子 還り山の 4 曲が伝承されている 大館市中神明町 大館神明社例祭 HP 大館神明社 市街地 各所 秋田民俗芸能アーカイブスHP / 大館囃子 大館神明社 : 大館神明社例祭実行委員会 : 大館市観光協会 : (b) 文化 秋田県 横手市 保呂羽山の霜月神楽 11 月 7 日 / 神に今年の収穫を感謝し 来る年へ五穀豊穣を祈る湯立神楽 霜月 ( 今は新暦の11 月 )7 日夕より翌朝にかけて 波宇志別神社里宮で夜を徹して行われる 湯立神楽とは 釜に沸かした湯を振りかけ清める 湯立 に神楽が加わった芸能神事 波宇志別神社のものは 1200 年の歴史を持つとされ 古式の原型を純粋に保つ 国指定重要無形民俗文化財 横手市大森町八沢木保呂羽山波宇志別神社里宮 横手市 HP/ 四季の民俗行事 3/cat html 秋田民俗芸能アーカイブス HP / 保呂羽山の霜月神楽 保呂羽山波宇志別神社里宮 : 横手市教育委員会文化財保護課 : 横手市大森地域局産業建設課 : (b) 文化 秋田県 男鹿市 なまはげ 12 月 31 日大晦日の晩 それぞれの集落の青年たちがなまはげに扮し 泣く子はいねがー 怠け者はいねがー などと大声で叫びながら家々を巡る男鹿半島の伝統行事 なまはげは年の節目にやって来て無病息男鹿市全域 潟上市 祭礼行事 秋田県 ( 桜楓社 ) 災 五穀豊穣をもたらす来訪神で 囲炉裏の一部 男鹿のナマハゲHP にあたっているとできるナモミを剥いで怠 け者を懲らしめる ナモミ剥ぎ が名前の由来 国指定重要無形民俗文化財 男鹿市観光協会 HP 男鹿市教育委員会生涯学習課 : 男鹿市観光協会 : なまはげ館 : (b) 文化 山形県 遊佐町 アマハゲ 1 月 1 日 3 日 6 日 / 遊佐町吹浦地区の滝ノ浦 女鹿 鳥崎に伝わる民俗行事 鬼の面とケンダンという蓑を身にまとった男 秋田県男鹿半島に伝わる なまはげ と同系統の 年の節目に現れる来訪神の行事 正月に行われる 鳥追い ホンデ焼 衆が 怠惰を戒めて集落の家々をまわる き などと合わせ 遊佐の小正月行事 と して国指定重要無形民俗文化財 遊佐町吹浦滝ノ浦 女鹿 島崎 遊佐鳥海観光協会 HP/ 遊佐の祭り maturi 遊佐町 HP/ アマハゲ p/ou/kyoiku/bunka/8207.html 遊佐町教育委員会教育課 : 遊佐町企画課 : (b) 文化 山形県 庄内町 やや祭り 1 月 15 日に近い日曜日 / 厳寒の1 月中旬 藁で作った腰蓑をつけただけの裸少年たちが 次々と冷水を浴び 安産と健康を祈願する 祭りの名は 安産の神様を祭る千河原八庄内町千河原千河幡神社の歳越祭の異称 村の若者が神社原八幡神社でみそぎをし お百度を踏んで子孫繁栄を祈ったのが起源とされる 祭礼行事 山形県 ( 桜楓社 ) 庄内町観光協会 HP/ 庄内町観光情報 miryoku_maturi.html 庄内町観光協会 ( 庄内町商工観光課内 ) : (b) 文化 山形県 高畠町 亀岡文殊星まつり 1 月 25 日 / 知恵の仏様 文殊菩薩の御利益があるように 参拝者が無病息災や開運出世を祈願して護摩の炎にお札を投げ込む 132 (b) 文化 山形県 寒河江市 御塞神まつり 旧暦 1 月 15 日 / 男性のシンボルの形をし た御神体を奪い合う奇祭 手に入れた人 には 福が訪れるといわれている 元来は黒星を祓う厄除けの密教行事 亀岡文殊堂は 切戸文殊 ( 京都府 ) 安倍文殊院 ( 奈良県 ) と並ぶ日本三大文殊のひとつとされる 松の木を彫り上げた男根形の御神体を 神社参道の女性をかたどった お塞神 に供えた後 集まった群衆に撒く 除災招福の行事 高畠町亀岡亀岡文殊堂 寒河江市平塩平塩熊野神社 祭礼行事 山形県 ( 桜楓社 ) 高畠町観光協会 HP 寒河江市観光協会 HP ふるさと塾アーカイブス HP 高畠町観光協会 : 寒河江市観光協会 ( 寒河江市情報観光課内 ) : 平塩熊野神社 : (b) 文化 山形県 鶴岡市 王祇祭 ( 黒川能 ) 2 月 1~2 日 / 王祇祭は黒川地区の鎮守 春日神社最大の例祭 伝承 500 年 能の古来の姿をそのままに伝える黒川能が奉納される 未明に春日神社からご神体の 王祇様 を上座と下座それぞれの当屋に移した後 夕刻から黒川能が始まる 式三番 能 5 番 狂言 4 番が夜を徹して演じられる 国指定重要無形民俗文化財 鶴岡市黒川宮の下春日神社ほか 鶴岡市観光連盟/ 祭り イベント 鶴岡市櫛引庁舎産業課: ( 代 ) vent/index.html 王祇会館: 鶴岡市櫛引庁舎 HP/ くしびき 鶴岡市観光連盟 ( 鶴岡市観光の伝統 物産課内 ) : ( 代 ) shibiki/dento/index.htm b 文化 44/188

51 134 (b) 文化 山形県 上山市 カセ鳥 2 月 11 日 / ケンダイと呼ばれる蓑をかぶり町中を練り歩く若者たち ( カセ鳥 ) に 市民が手桶から祝いの水をかけ 商売繁盛と火伏せを祈願する奇習 庄内町の やや祭り などと同じく 遠い土地から訪れる歳神様が一年の豊かさをもたらすいう来訪神の民俗行事 明治時代にいったん途絶えたが 1959 年に復活した 上山市街地上山城門前広場 ~ 温泉街 祭礼行事 山形県 ( 桜楓社 ) カセ鳥保存会 HP se.html 上山市観光物産協会 HP ( 自治体 企業 NPO 含む ) 上山市観光物産協会: FAX023 上山市観光課: ( 代 ) 135 (b) 文化 山形県 酒田市 黒森歌舞伎 2 月 15 日 17 日 / 江戸中期より黒森地区の 妻堂連中 によって継承されてきた農民歌舞伎 日枝神社の祭礼に境内の舞台で奉納される 客席が野外にあり 時に降りしきる雪の下酒田市黒森村中で演じるため 雪中芝居 寒中芝居などと黒森日枝神社呼ばれ 親しまれている その年の上演演目は前年 3 月の 太夫振舞 の神事で決定される 酒田市 HP/ 黒森歌舞伎 酒田市教育委員会社会教育課: yoiku/shakaikyoiku/bunkazai/180 酒田観光物産協会: html 2233 庄内文化遺産探訪 HP 酒田観光物産協会 HP (b) 文化 山形県 河北町 谷地のひなまつり 4 月 2~3 日 / 雛人形や節句用の食品 日用品を売る おひな市 が立つ 民家では 代々受け継がれてきた格調高い時代雛が一般公開され 多くの見物客が訪れる 137 (b) 文化 山形県 東根市 長瀞猪子踊り 4 月上旬 / 長瀞日枝神社例祭で奉納され る伝統の獅子踊り 山形県内最多の11 頭 の猪子 ( しし ) が踊る 138 (b) 文化 山形県 寒河江市 熊野神社の平塩舞楽 4 月 3 日 / 熊野神社の春の例大祭で奉納される古式豊かな舞楽 古来より伝わる舞は 十番 ( 太平楽は閏年のみ上演 ) を数える 139 (b) 文化 山形県 天童市 天童桜まつり 4 月下旬 / 桜の名所として知られる天童公園で開催 花駒おどり 子供将棋会 将棋女王コンテストなど多彩なイベントが催される 江戸時代に盛んだった紅花交易によりも河北町谷地ひな市たらされた京文化のひとつが 今も町内の通り 秋葉神社旧家にのこる雛人形の数々 秋葉神社境内の ひな塚 の前では ひな供養 の神事も行われる 踊りは長瀞村開削の祖とされる慈覚大使への感謝を込めて 山寺に奉納したのが始まりと伝えられる 一時中断していたものを1968 年に地区住民が復活 12の演目を継承している 京舞楽の流れを汲むといわれる舞は 古い作法が村人の手によってそのまま受け継がれ 鄙舞楽 農民舞楽とも称される 県指定無形民俗文化財 期間中のメインイベントは 人間将棋 甲冑や着物姿に身を包んだ武者や腰元たちを将棋の駒に見立てて 有名プロ同士が対局するというもの 東根市長瀞北方日枝神社 寒河江市平塩平塩熊野神社 天童市天童公園 ( 舞鶴山山頂広場 ) 祭礼行事 山形県 ( 桜楓社 ) 河北町観光協会 HP 河北町 HP/ 谷地ひなまつり a.jp/1824.html 祭礼行事 山形県 ( 桜楓社 ) 東根市 HP ta.jp/4623.html 祭礼行事 山形県 ( 桜楓社 ) 寒河江市観光協会/ 寒河江のお祭り情報 ml 天童市 HP/ 観光 イベント情報 jp/tourism/kanko/ 天童観光物産協会 HP 谷地ひなまつり実行委員会 ( 河北町観光協会内 ) : 河北町商工観光課 : ( 代 ) 東根市長瀞公民館 : 東根市商工観光課 ( 代 ) 寒河江市商工観光課 : ( 代 ) 平塩熊野神社 : 天童桜まつり実行委員会 ( 天童市観光物産協会内 ) : 天童市商工観光課 : ( 代 ) 140 (b) 文化 山形県 米沢市 米沢上杉まつり 4 月 29 日 ~5 月 3 日 / 米沢の街に春本番を告げる一大行事 神輿渡御のほか 5 日間にわたり様々な催しが盛大に行なわれる まつりは上杉神社と松岬神社の春の例大祭に合わせたもの 見どころは甲冑姿の武士が練り歩く 上杉行列 と松川河川敷で上杉 武田両軍の激突が再現される 川中島合戦 米沢市街地 上杉まつりHP 松が岬公園 松川河 川敷ほか 米沢観光物産協会 HP 米沢市 HP ata.jp/1.htm 米沢観光物産協会 : 米沢市商工観光課 : 米沢コンベンション協議会事務局 : (b) 文化 山形県 酒田市 新山延年舞 8 月 15 日 / 修験の山 新山に伝承される中世の香り豊かな延年の舞 演目数が7 つと豊富で 他には見られない舞曲もある 延年舞は長寿延命を願い 平安末期から室町時代にかけて行われた寺院芸能 新山延年舞は 伴奏で打ち鳴らされる太鼓の音色からか地元では デッコデン舞 と呼ばれる 県指定無形民俗文化財 酒田市楢橋新山新山神社 祭礼行事 山形県 ( 桜楓社 ) 酒田観光物産協会 HP 平田総合支所建設産業課 : 酒田市平田中央公民館 : (b) 文化 山形県 鶴岡市 山戸能 山五十川歌舞伎 5 月 3 日 11 月 23 日 / 山五十川地区の氏神 河内神社の奉納能 奉納芝居として代々受けつがれてきた能と歌舞伎 毎年 春と秋に神社境内で同日上演される 山五十川集落には 山戸能 と 山五十川歌舞伎 が伝わっており ひとつの集落でふたつの民俗芸能を一体として守り続けているのは 全国的にも珍しい 県指定無形民俗文化財 鶴岡市山五十川河内神社 ( 山五十川古典芸能伝承館 ) 鶴岡市観光連盟 / 鶴岡の祭り イベント vent/index.html 山五十川 HP 山五十川自治公民館 : あつみ観光協会 : 鶴岡市温海庁舎産業課 : b 文化 45/188

52 143 (b) 文化 山形県 遊佐町 吹浦田楽 ( 花笠舞 ) 5 月 7~8 日 / 鳥海山大物忌神社吹浦口ノ宮の例大祭に奉納される神事芸能 頭に直径 1mほどの大きな花笠を頂き優雅に舞う 舞人は舞が終わると花笠をはずし 舞台の上から花や紙幣を投げる 観客は争って花を奪い合い 無病息災のお守りにする 県指定無形民俗文化財 遊佐町吹浦布倉鳥海山大物忌神社吹浦口ノ宮 祭礼行事 山形県 ( 桜楓社 ) 遊佐鳥海観光協会 / 遊佐のまつり maturi 鳥海山大物忌神社 HP ( 自治体 企業 NPO 含む ) 遊佐町教育委員会教育課: 遊佐鳥海観光協会 : 大物忌神社吹浦口ノ宮 : (b) 文化 山形県 鶴岡市 高寺八講 5 月 8 日 / 高寺の雷電神社の例祭日に 華やかな 花笠舞 をはじめ 大小舞 薙刀( なぎなた ) 舞 稚児舞 の4つの舞が披露される 寺院芸能である延年の舞を 古式にのっとり今に伝える かつては 8 つの演目があったというが 現在は 4 演目のみ上演 県指定無形民俗文化財 鶴岡市羽黒町高寺雷電神社 祭礼行事 山形県 ( 桜楓社 ) 鶴岡市羽黒庁舎観光商工室: 鶴岡市観光連盟/ 祭り イベン ト情報 羽黒町観光協会( いでは文化記 念館内 ) vent/index.html : (b) 文化 山形県 山形市 薬師祭植木市 5 月 8~10 日 / 国分寺薬師堂の春の祭 礼に合わせ 周辺の通りに名物の植木市 が開かれ 多くの参詣人で賑わう 146 (b) 文化 山形県 酒田市 酒田まつり 5 月 19~21 日 / 約 50 台の山車が目抜き通りを練り歩く酒田最大の祭り 2008 年に復活した高さ20mの立て山鉾も見どころのひとつ 147 (b) 文化 山形県 鶴岡市 鶴岡天神祭 ( 化けものまつ り ) 5 月 25 日 / 通称 化けものまつり と呼ばれる鶴岡天満宮の例祭 神輿渡御 天狗舞の奉納 手踊りや仮装行列が市内を練り歩く 148 (b) 文化 山形県 鶴岡市 大山犬祭り 6 月 5 日 / 酒造の町大山の鎮守 椙尾 ( す ぎのお ) 神社の例大祭 豪華な からぐり 山車 が繰り出すことで有名 149 (b) 文化 山形県 鶴岡市 羽黒山花祭り 7 月 15 日 / 月山 出羽 湯殿山の三神を合わせ祭る出羽三山神社の例祭のひとつ 稲の開花期にあたる季節に 悪疫消除 五穀豊穣を祈願する 150 (b) 文化 山形県 南陽市 宮内熊野大社例大祭 7 月 23~26 日 / 日本三熊野のひとつ 宮内熊野大社の祭礼 4 日間にわたる祭り期間中 稚児舞 獅子ばよい 梵天ばよい 神輿下りなど様々な行事が行われる 祭り期間の 3 日間で約 40 万人の人出があるという東北最大の植木市 山形城主 最上義光が大火で焼失した城下に緑を取り戻そうと 住民に呼びかけたのが始まりと伝えられている 上 下日枝神社の例大祭 山王祭 として 1609 年 ( 慶長 14 年 ) から 1 度も休むことなく続いている 酒田大火復興記念となった 1979 年から 酒田まつり の名称となった 化けもの とは 派手な長襦袢に手ぬぐいと編み笠で顔を隠し 祭りの行列に付随して道行く人に無言で酒を振る舞う人たちのこと この姿で 3 年間誰にも知られずお参りができると 念願が叶うという 犬祭りの名は その昔 椙尾神社の裏山に棲む化け物 ( ムジナ ) を退治し 町を救ったメッケ犬伝説に由来する メッケ犬をかたどった犬みこしや 化け物に捧げたという仮女房を乗せた行列が練り歩く 稲の花をかたどった造花の梵天には大きな霊験があるといわれ 御輿とともに境内の鏡池を一周した後に参拝客が奪い合う 花を手にした者は神の恩恵が厚く 良き実りが与えられるという 熊野大社は元々は天台仏教で栄えた神仏混淆の霊地 東北の伊勢神宮ともいわれる 重さ 400 kgの大神輿巡行は 行衣 ( ぎょうい = 参加を許された行者の服装 ) を着た地元の男衆によって奉仕される 山形市薬師町 山形市観光協会 HP/ イベント国分寺薬師堂 薬師情報 公園 薬師町通り 新築西通り agata.jp/event/ 山形県 HP/ 山形の旬だより somu/020020/03/mailmag/serie s/season/ 酒田市街地中町ほ 酒田市 HP/ 酒田まつり か上日枝神社 下日枝神社 hoko/kanko/bussan/7006.html 酒田観光物産協会 HP/ 祭りイベント情報 鶴岡市街地 祭礼行事 山形県 ( 桜楓社 ) 鶴岡天満宮 鶴岡公 鶴岡市観光連盟 HP 園ほか vent/index.html 鶴岡天満宮 HP 鶴岡市大山椙尾神社 羽前大山駅 ~ 市街地 鶴岡市羽黒町手向出羽三山神社 南陽市宮内大社 熊野 鶴岡市観光連盟 HP vent/index.html 大山観光協会 HP 羽黒山観光協会 HP 出羽三山神社 HP 鶴岡市観光連盟 HP/ 羽黒山 aguro/midokoro/haguro.html#dew a 熊野大社 HP 南陽市観光協会 HP /kanko/index.html 南陽市 HP p/index.html 薬師祭植木市実行委員会 ( 山形商工会議所 ) : 山形市観光協会 : 酒田市観光物産課 : 酒田観光物産協会 : 天神祭実行委員会 ( 鶴岡市観光物産課内 ) : 鶴岡天満宮 : おおやま観光協会 : 鶴岡市観光連盟 ( 鶴岡市観光物産課内 ) : 椙尾神社 : 羽黒町観光協会 ( いでは文化記念館内 ) : 出羽三山神社 : 南陽市観光協会 : 南陽市商工観光ブランド課 : 熊野大社 : b 文化 46/188

53 151 (b) 文化 山形県 山形市 山形花笠まつり 8 月 5~7 日 / スゲ笠に赤い花飾りをつけた花笠を手にした踊り子が 花笠音頭 にあわせて群舞を繰り広げる 山形の真夏の夜をこがす東北四大まつりのひとつ 152 (b) 文化 山形県 山形市 山寺磐司祭り 8 月 6~7 日 / 開山の功労者 磐司磐三 郎に感謝を捧げる山寺の祭礼 各地から 集結した獅子踊りの奉納が見どころ 153 (b) 文化 山形県 遊佐町 杉沢比山 8 月 6 日 15 日 20 日 / 熊野神社が鳥海山で修行する山伏の宿坊として繁栄した鎌倉時代より 地域住民によって受け継がれてきた山伏神楽 比山番楽と称される 154 (b) 文化 山形県 高畠町 青竹ちょうちんまつり 8 月 15~16 日 / 夕刻から各戸 1~2 本の青竹提灯をつけ立て 沿道を飾る たかはた夏まつり として踊りパレードなども催される 155 (b) 文化 山形県 新庄市 新庄まつり 8 月 24~26 日 / 見どころは豪華絢爛な 20 台の山車行列 歴史絵巻を再現した山車が 新庄囃子を奏でながら市中を練り歩く 花笠まつり は山形県内数か所で開催さ山形市街地れているが 山形市が最も有名 各地で十日町 本町 七日踊られていた花笠音頭を統一し 1963 年町通り 文翔館夏に第 1 回を開催 2 年後には現在のような集団のパレード形式となった 獅子踊りは死者と向き合う鎮魂供養芸能であるが 山寺では開山伝承と結びつき 磐司祭で踊りが奉納されてきた 近年になって 全国の獅子踊りを集めたフェスティバルに発展している 毎年 8 月 6 日 仕組 8 月 15 日 本舞 8 月 20 日 神送り の 3 晩 神社境内で演じられる 曲目はもともと 24 曲あったが 現在はそのうち 14 曲を伝承している 国指定重要無形民俗文化財 もともとは安久津八幡神社の秋の例祭で 御仮屋となる高畠巌島神社に神輿が下る際 家々で青竹に提灯をともして迎えたのが始まりといわれる 江戸中期のころ 凶作に打ちひしがれた領民を時の藩主が希望を持たせようと祭典を行ったのが起源といわれる 新庄まつりの山車行事 として国指定重要無形民俗文化財 山形市山寺立石寺 遊佐町杉沢熊野神社 高畠町高畠まほろば通り商店街 昭和縁結び通り商店街ほか 新庄市街地最上公園 新庄駅前ほか ( 自治体 企業 NPO 含む ) 山形花笠まつりHP 山形県花笠協議会事務局( 山形 商工会議所 ) 東北の夏祭りHP : 山形市観光協会: 山形市観光協会 HP agata.jp/db/ 祭礼行事 山形県 ( 桜楓社 ) 山寺観光協会 HP / 山形市観光協会 HP agata.jp/db/ 遊佐町 HP/ 杉沢比山 p/ou/kyoiku/bunka/8206.html 遊佐鳥海観光協会 HP/ イベント html 祭礼行事 山形県 ( 桜楓社 ) 高畠町観光協会 / 青竹ちょうちんまつり 122&year=2013&month=8 新庄まつり HP uri_top.htm 新庄市 HP p/kanko.html 山寺観光協会 : 山形市観光協会 : 遊佐町教育委員会教育課 : 遊佐町観光協会 : 高畠町観光協会 : 高畠町産業経済課 : 新庄まつり委員会 ( 新庄商工会議所内 ) : 新庄市商工観光課 : ( 代 ) 156 (b) 文化 山形県 尾花沢市 おばなざわ花笠まつり 8 月 27~28 日 /27 日は神輿や囃子屋台の行列 28 日は花笠踊り大パレードを開催 街中が花笠一色に染まり 山形県内の夏祭りのフィナーレを飾る 尾花沢市は花笠踊りの発祥地といわれる 大正 8 年 灌漑用水の徳良湖を築堤する際に唄われたのが現在の 花笠音頭 の元歌で 工夫がかぶっていたスゲ笠で振りを付けたのが花笠踊りという 尾花沢市街地 おばなざわ四大まつり/HP 麓町 T 字路 ~ 新町十 字路ほか val/index.html 尾花沢市観光物産協会 HP 尾花沢市四大まつり実行委員会 ( 尾花沢市観光物産協会 ): 尾花沢市商工観光課 : ( 代 ) 157 (b) 文化 山形県 東根市 若宮八幡神社風まつり 8 月最終日曜日 / 二百十日の風を鎮め 天保年間 (1830 年 年 ) に始まったと 豊作祈願を込めて 太々神楽 ( だいだいかされる神楽舞は 鉾舞 剣舞 千歳 ぐら ) を奉納 境内では相撲大会も開かれる 舞 鬼やらい など7 演目が伝承されている 東根市東根若宮八幡神社 祭礼行事 山形県 ( 桜楓社 ) 東根市管区物産協会 HP/ 東根観光名所 meisho 東根市観光物産協会 : 東根市教育委員会 : 東根公民館 : (b) 文化 山形県 寒河江市 寒河江まつり 9 月 14~15 日 / 寒河江八幡宮例祭に 奴町巡り 神輿の祭典などのイベントが合体した秋祭り 八幡宮に伝わる流鏑馬 ( やぶさめ ) が見どころのひとつ 159 (b) 文化 山形県 河北町 谷地どんがまつり 9 月 14~17 日 / 谷地八幡宮の例大祭で かつて山形の三大祭と称せられていた歴史ある祭り 神輿渡御 舞楽 谷地奴 囃子屋台など郷土色豊かな伝統行事が繰り広げられる 寒河江八幡宮の流鏑馬には 走る馬の上から 3 つの的に向けて矢を放つ 古式流鏑馬 と 三頭の馬を走らせて着順で翌年の稲の豊凶を占う 作試し流鏑馬 がある 県指定無形民俗文化財 祭りの名称 どんが とは 舞楽の笛 太鼓の オヒヤラドンガ からきているといわれる 境内の石舞台で上演される 谷地の舞楽 ( 国指定重要無形民俗文化財 ) は 八幡宮の神職をつとめる林家が伝承し 大阪四天王寺系の舞楽として古代の様式を今に伝えている 寒河江市街地寒河江八幡宮 みこし公園 寒河江駅前ほか 河北町谷地谷地八幡宮 町内各所 寒河江観光協会 HP ml#event10 寒河江八幡宮流鏑馬保存会 HP html 祭礼行事 山形県 ( 桜楓社 ) 河北町観光協会 HP 河北町 HP/ 祭り イベント a.jp/1812.html 谷地八幡宮 HP 寒河江市さくらんぼ観光課 : ( 代 ) 寒河江市観光協会 : 寒河江八幡宮 : 谷地どんがまつり実行委員会 ( 河北町観光協会内 ) : 河北町商工観光課 : 谷地八幡宮 : b 文化 47/188

54 160 (b) 文化 山形県 米沢市 保呂羽堂の年越し祭 12 月 4 日 / 千眼寺境内で下帯姿の男衆が餅つきをし 参詣者に餅料理を振る舞う年越し行事 天井に餅をつけ 多く煤 ( すす ) がついた餅ほどご利益があるという 161 (b) 文化 山形県 鶴岡市 羽黒山松例祭 12 月 31 日 ~1 月 1 日 / 大晦日から元旦にかけて行われる羽黒山の代表的な祭事 100 日間参籠し 松聖 ( まつひじり ) となった2 人の山伏が 修行で得た験 ( げん ) の力を比べ合う 験競べ を中心に展開する 162 (b) 文化 福島県 三春町 西方の水かけ祭り 1 月 1 日 / 裸の若者たちがバケツで激しく 水をかけ合い 五穀豊穣 無病息災 子 孫繁栄を祈願する 江戸時代の初め 窪田地方に病害虫が発生したとき 保呂羽堂の縁の下の砂をまいたところ 虫が退散 村人が感謝をこめて収穫した米で餅をつき 保呂羽堂に供えたのが始まりと伝えられる 本来は羽黒修験の四季の峰のひとつ 冬の峰 の満願の行事で 歳夜祭 ともいう 験競べ のほか 藁でつくったツツガムシの大松明を焼く 火の打ち替え神事 など様々な行事が夜を徹して行われる 水をかけあうのは みそぎ の意味を持つ かける水がなくなると 泥のかけあいが始まることから 泥かけ祭り とも呼ばれる 米沢市窪田町窪田千眼寺 鶴岡市羽黒町手向出羽三山神社 三春町西方塩釜神社 祭礼行事 山形県 ( 桜楓社 ) 米沢観光物産協会 HP 羽黒山観光協会 HP 出羽三山神社 HP 鶴岡市観光連盟 HP aguro/midokoro/haguro.html#dew a 三春町観光協会 HP/ ukake/index.htm 三春町 HP/ 西方水かけまつり a.jp/soshiki/12/mizukake.html ( 自治体 企業 NPO 含む ) 米沢観光物産協会: 米沢市商工観光課: 千眼寺: 羽黒町観光協会( いでは文化記念館内 ) : 出羽三山神社: 三春町観光協会 : 三春町歴史民俗資料館 : (b) 文化 福島県 柳津町 柳津七日堂裸参り 1 月 7 日 / 下帯姿の男衆たちが圓藏寺菊光堂の麻縄をよじ登り 大鰐口を目指して競い合い 一年の幸福と無病息災を祈願する 祭りの起源は 只見川にすむ竜神から 宝照の玉 を手に入れ疫病の難を逃れた村人たちが 玉を取り返しにくる竜神を追い払うために圓藏寺に集まった - との伝説にちなむ 柳津町柳津寺家町圓蔵寺 柳津町 HP/ 柳津の祭り ma.jp/s_matsuri.php 柳津町観光協会 HP 祭礼行事 福島県 ( 桜楓社 ) 柳津観光協会 : 柳津町役場地域振興課 : (b) 文化福島県会津坂下町坂下初市大俵引き 1 月 14 日 / 雪の中で下帯姿の男衆が東会津地方では 初市にはその年の米の出会津坂下町市中会西に分かれ 長さ4m 高さ2.5m 重さ5 来や相場を占う 俵引き がつきものであっ津坂下町役場前 tの大俵を勇ましく引き合う 会津の冬の風た 上町 ( 東方 ) が勝つとその年の米の値物詩 段があがり 下町 ( 西方 ) が勝つと豊作になるといわれている 会津坂下町 HP hima.jp/members/syoukoukankou /contents /guide/newwelcome_p2.htm 祭礼行事 福島県 ( 桜楓社 ) 会津坂下町観光物産協会 : 会津坂下町役場 : ( 代 ) 165 (b) 文化 福島県 本宮市 岩角山大梵天祭 1 月 3 日 / 護摩供養のあと12 本の梵天が 1 本ずつ参拝者に投じられると 勇ましい争奪戦が繰り広げられる 岩角山岩角寺 ( いわつのさんがんかくじ ) の奇祭 奪いとった梵天の一部を身に着けると 1 年の無病息災 家内安全のご利益があると伝えられ 参拝者はお守りとして幣束の紙や竹の小さいかけらを持ち帰る 本宮市和田東屋口岩角山岩角寺 岩角山観光協会 HP html 本宮市 HP/ 岩角山大梵天祭 oshiki/19/240.html 岩角山観光協会 : 本宮市白沢総合支所 : ( 代 ) 166 (b) 文化 福島県 棚倉町 八槻都々古別神社の御田植 祭 旧暦 1 月 6 日 / 豊作を祈って神楽を奉納する神事芸能 八槻都々古別 ( やつきつつこわけ ) 神社拝殿で 一連の稲作風景が ユーモラスな舞と掛け合いにより演じられる 水取り 代かき 畔ぬり 種播き 鳥追い 田植え触れ など能狂言風な所作による田遊びの舞のあと 最後に 中飯 といって楽人全員で切り餅を参列者へ投げ配る 国指定重要無形民俗文化財 棚倉町八槻大宮八槻都々古別神社 棚倉町 HP/ 八槻都々古別神社御田植祭 ma.jp/view.rbz?cd=305 棚倉町観光協会 HP ura/index.html 祭礼行事 福島県 ( 桜楓社 ) 棚倉町観光協会 ( 棚倉町商工農林課内 ) : 八槻都々古別神社 : (b) 文化 福島県 伊達市 保原のつつこ引き祭り 3 月第 1 日曜日 / 身を清めた下帯姿の男衆が三組に分かれて大つつこ ( 大俵 ) を引き合い 商売繁盛 五穀豊穣 無病息災を祈願する 大つつこは 直径約 1.5m 長さ約 1.8 伊達市保原町弥生 m 重さ約 800kgの大俵 最後に厳島神社町厳島神社周辺境内で解体され 中のお餅 ( もち米 ) が配られる この餅を食べると一年健康で過ごせるといわれる 伊達市観光物産協会 HP shi.jp/cat47/hobara/post- 441.html 伊達市 HP/ つつこ引き祭り /soshiki/31/938.html つつこ引き祭り実行委員会 ( 厳島神社 ) : 伊達市保原総合支所 : ( 代 ) b 文化 48/188

55 168 (b) 文化 福島県 福島市 信夫三山暁参り 2 月 10 日 ~11 日 / 福島市信夫山 ( しのぶやま ) の羽黒神社の祭礼 神社に大わらじを奉納した後 未明にかけてお参りし 健脚と無病息災を祈願する 大わらじは長さ 12m 幅 1.4m 重さ 2t ある 境内にあった仁王門の片足に合わせたわらじを作り 奉納したのが始まりといいう 3 年連続で暁参りをすると恋愛が成就するという言い伝えがある 福島市駒山羽黒神社 福島市観光コンベンション協会 HP/ 信夫三山暁まいり 福島市 HP/ 福島市の祭り ima.jp/soshiki/16/matsuri.html ( 自治体 企業 NPO 含む ) 信夫三山奉賛会事務局( 福島市商業労政課内 ) : 福島市観光コンベンション協会 ( 福島駅東口案内所 ) : (b) 文化 福島県 浪江町 安波祭り 2 月第 3 日曜日 / 東日本大震災の影響に より現在は中止されている 170 (b) 文化 福島県 磐梯町 磐梯神社の舟引き祭り 3 月 21 日 / 飯舟と呼ばれる木舟に米俵を 3 俵重ね 舟の両端に2 本の綱をつけ 氏子が東西に引き合う 3 回勝負で東が勝てば 豊作 西が勝てば 米の値段が上がる という くさの神社 の例祭 御輿が海に入り 神楽 田植え踊りが奉納される 約 300 年前 くさの小島で潮水を献じ 水の濁り具合や泡立ちなどからその年の漁獲を占ったのが始まりとされる 舟引きはその年の作柄を占う神事で 判定を 磐梯明神 が直接姿を現し行うのが珍しいとされる 同じ日に少女たちによって舞われる 巫女舞 とともに県指定重要無形民俗文化財 浪江町請戸町内およびくさの神社 磐梯町磐梯八幡磐梯神社 浪江町 HP/ 安波祭 a.jp/soshiki/7/319.html 磐梯町 HP ma.jp/kanko/event/fune_miko.ht m 祭礼行事 福島県 ( 桜楓社 ) 浪江町産業 賠償対策課 ( 農業委員会 ) : 磐梯町観光協会 ( 磐梯町商工観光課内 ) : 磐梯山慧日寺資料館 : (b) 文化 福島県 須賀川市 古寺山自奉楽 旧暦 1 月 2 日 / 古寺山 ( こでらさん ) 白山寺 自奉楽 は 寺法楽 のことで 1752 年に奉納される少年少女による踊り 平鍬踊 ( 宝暦 2 年 ) 当時の住職が荒廃した寺の 須賀川市上小山田白山寺 り 田植え踊り 獅子舞の3 部からなる 再建を志し 村の子供を集めて踊りを仕立 て 浄財を集めたのが始まりといわれる 県指定重要無形民俗文化財 172 (b) 文化 福島県 会津若松市会津の彼岸獅子 3 月 20~21 日 /3 体の獅子が古式ゆかしい舞を披露しながら市内をまわる 豊作と家内安全を祈り 春の訪れを喜び合う会津の伝統行事 獅子舞は全国的には春と秋に踊られる が 会津では春彼岸に踊ることから 彼岸獅子の名がある 獅子は 1 人立ちで 大夫獅子 雄獅子 雌獅子の 3 人 1 組で演じられる 会津若松市鶴ヶ城 阿弥陀寺ほか市内各所 須賀川市 HP/ 須賀川市の歴史 ma.jp/rekisi/bunkazai-3.html 文化庁 HP/ 国指定重要文化財等データベース /maindetails.asp 会津若松観光物産協会 HP/ 季節のイベント情報 / 祭礼行事 福島県 ( 桜楓社 ) 須賀川市教育委員会生涯学習課 : 会津若松観光物産協会 ( インフォメーション サポートセンター ): (b) 文化福島県楢葉町ほか大滝神社の浜下り神事 4 月第 2 日曜日を中心に5 日間 / 現在は浜下りとは 春先に神輿が海浜に下って東日本大震災の影響で 大滝神社本殿前潮水を浴する お潮垢離 ( しおごり ) のことでの神事のみを執り行っている で 浜通り地方で広く行われている神事 大滝神社のものは5 日間に及び 県の重要無形文化財に指定されている 楢葉町上小塙芝坂大滝神社 楢葉町 HP 祭礼行事 福島県 ( 桜楓社 ) 楢葉町役場 : ( 代 ) 楢葉町歴史資料館 : (b) 文化 福島県 玉川村 南須釜の念仏踊り 4 月 3 日 8 月 14 日 / 亡くなった親族の御霊を供養するために踊られる念仏踊り まだあどけなさの残る少女たちによって演じられる 175 (b) 文化 福島県 伊達市 霊山神社春季例大祭 4 月 22 日 / 霊山 ( りょうぜん ) 神社の春の例大祭では 濫觴 ( らんじょう ) の舞 子供たちによる獅子舞 霊山太鼓や古武道が奉納される 176 (b) 文化 福島県 桧枝岐村 桧枝岐歌舞伎 5 月 12 日 8 月 18 日 / 夕闇深まるなか 神社の舞台で演じられる農民芸能 歌舞伎の演者はもちろん 裏方もすべて村人が担う 177 (b) 文化 福島県 二本松市 小浜長折の三匹獅子舞 5 月 5 日 / 諏訪神社の春の例祭に境内で演じられる三匹獅子舞 厳格なしきたりのもと 長男の少年らが五穀豊穣 悪霊退散を祈願し 勇壮に踊る 4 月 3 日の大寺薬師祭には東福寺境内で 8 月 14 日には新盆にあたる各家を巡って踊る 踊り子は7~12 歳位までの少女約 20 名ほどで構成される 県指定重要無形文化財 濫觴の舞は 少年たちが太刀を天空にかざして進む古式ゆかしい舞い 北畠顕家 ( あきいえ ) が多賀城から霊山神社に入城した際 地元民が歓迎と武運長久の願いをこめて舞った剣舞が起源とされる 5 月 12 日の愛宕神社祭礼と8 月 18 日の鎮守神社祭礼に 鎮守神社境内にある舞台 ( 舞殿 ) で村の神に奉納する形で上演される 歌舞伎は県指定重要無形文化財 舞台は国指定重要有形文化財 上長折の滝洞 ( たきぼら ) 下長折の東方 ( ひがしかた ) と中洞 ( なかぼら ) の三集落に伝承され それぞれに伝承する曲目 舞い方に多少の違いがある 県指定無形民俗文化財 玉山村南須釜東福寺 伊達市霊山町大石古屋霊山神社 檜枝岐村居平鎮守神社 二本松市下長折移川諏訪神社 玉川村 HP/ たまかわの見どころ ma.jp/outline/seeing02.php 祭礼行事 福島県 ( 桜楓社 ) 伊達市 HP/ 霊山神社春季例大祭 /soshiki/32/939.html 祭礼行事 福島県 ( 桜楓社 ) 尾瀬桧枝岐温泉観光協会 HP / 桧枝岐歌舞伎 祭礼行事 福島県 ( 桜楓社 ) 二本松市 HP/ 小浜長折の三匹獅子舞 soshiki/54/289.html 文化庁 HP/ 国指定文化財等データベース /maindetails.asp 玉川村企画産業課 : 玉川村須釜支所 : 霊山神社 : 伊達市役所霊山総合支所 : 桧枝岐温泉観光協会 : 桧枝岐村教育委員会 : 二本松市文化課 : 二本松観光協会 ( 二本松市観光課内 ) : 岩代観光協会 : b 文化 49/188

56 178 (b) 文化 福島県 下郷町 大内宿半夏まつり 7 月 2 日 / 江戸時代の宿場町の雰囲気を 都落ちした後白河天皇の第 2 皇子 高倉以下郷町大内大内 今に残す大内宿で行われる高倉神社の祭仁王 ( もちひとおう ) が越後に向かう途中 宿 礼 氏子たちが色鮮やかな時代装束に身を包み練り歩く 大内宿に立ち寄った際の様子を再現したもの 7 月 2 日の半夏生の日に行われるの でその名がある 大内宿観光協会 HP/ 宿場大内宿 下郷町観光協会 HP ( 自治体 企業 NPO 含む ) 大内宿観光協会: 下郷町観光協会: (b) 文化 福島県 会津高田町御田植祭り 7 月 12 日 / 会津の総鎮守 伊佐須美神社最大の祭り 伊勢神宮の朝田植 熱田神宮の夕田植と共に 日本三田植 のひとつと称される 180 (b) 文化 福島県 南会津町 会津田島祇園祭 7 月 19~21 日 / 日本三大祇園祭のひとつ 呼び物は23 日早朝から行われる 七行器 ( ななほかい ) 行列 花嫁行列 とも呼ばれ 花嫁姿の女性が歩いて神社に向かう 181 (b) 文化 福島県 いわき市 御宝殿熊野神社例祭 7 月 31~8 月 1 日 / 神社例祭に合わせ 地域の子どもが田楽童子に扮して田楽を奉納する 稚児による田楽は全国的にも珍しい 小 中学生の童子による獅子追いや デコサマと称する田植人形 催馬楽などによる神輿渡御行列は古い時代の祭事の様子を残す 農家の長男が女装して踊る 早乙女踊りも奉納される 七行器行列は シャンギリ囃子が流れる中 氏子らが七つの行器 ( ほかい ) に入れた供物を神前に捧げるための神聖な行列 ほかに 大屋台運行 神輿渡御 子供歌舞伎 などが3 日間にわたって盛大に行われる 国指定重要無形民俗文化財 田楽は 8 人のうち 2 人が露払い 6 人が ざらっこ と呼ばれる古曲楽器を鳴らし演ずる ほかに 4 種類からなる風流獅子舞があり 御宝殿の稚児田楽 風流 の名称で国指定重要無形民俗文化財 182 (b) 文化福島県南相馬市ほか相馬野馬追 7 月最終の土 日 月曜日 / 戦国絵巻の福島県北東部の相馬 3 社 ( 中村神社 太田ような武者行列 合戦さながらの迫力の神神社 小高神社 ) の合同例祭に合わせて旗争奪戦 絵馬の元になった馬を素手で行われる 起源は千年以上も前 相馬氏捕まえ奉納する野馬懸 400 騎余りの騎馬の祖とされる平将門が 野馬を敵に見立武者が集まり 馬を走らせ競い合う勇壮なてて軍事演習を行ったことに始まるとい祭り う 国指定重要無形民俗文化財 183 (b) 文化 福島県 郡山市 郡山うねめまつり 8 月第 1 木曜 ~ 土曜日 / 奈良時代の宮中女官 采女 ( うねめ ) にちなんだ郡山最大の祭り 5000 人を超える流し踊りや 趣向を凝らした多彩なイベントで賑わう 会津美里町宮林伊佐須美神社 会津美里町観光協会 HP 会津六詣 HP 祭礼行事 福島県 ( 桜楓社 ) 南会津町田島市街 会津祇園祭 HP 田出宇賀神社 熊野 神社ほか 会津田島祇園会館 HP 祭礼行事 福島県 ( 桜楓社 ) いわき市錦町御宝殿御宝殿熊野神社 南相馬市原町区牛来出口雲雀ヶ原祭場地 1965 年 ( 昭和 40 年 ) に安積郡 9カ町村が郡山市街地郡山と合併した際 市民が一体となれるま駅前大通り 駅西口つりを起こそうという気運が高まり 郷土広場 采女神社ほかの伝説である釆女物語を主題として誕生した祭り いわき市観光情報サイト HP/ 御宝殿熊野神社例祭 s.php?bid=217 相馬野馬追 HP 南相馬市 HP/ 相馬野馬追 /index.cfm/9,0,77,html 相馬観光協会 HP u/ 郡山うねめまつり HP ml 郡山市 HP ma.jp/index.html 伊佐須美神社社務所 会津美里町観光協会 : 南会津町観光協会田島観光センター : 南会津町商工観光課 : いわき市総合観光案内所: いわき観光まちづくりビューロー : 御宝殿熊野神社社務所: 相馬野馬追執行委員会( 南相馬市観光交流課内 ) : / 相馬市商工観光課: 相馬市観光協会: 郡山市観光協会 : 郡山うねめまつり実行委員会 ( 郡山商工会議所開発業部内 ): (b) 文化 福島県 福島市 福島わらじ祭り 8 月第 1 金 土曜日 / 長さ12m 重さ2tの日本一の大わらじが奉納され 2 日間にわたって わらじおどり わらじ競走 ダンシングそーだナイト が開催される 185 (b) 文化 福島県 いわき市 じゃんがら念仏踊り 8 月 1~15 日 / 鉦 太鼓を打ち鳴らしながら新盆 ( 初盆 ) を迎えた家を供養してまわる 踊念仏の一種 いわき地方のお盆の風物詩 2 月に行われる 信夫三山暁まいり を参考に 1970 年 ( 昭和 45 年 ) に福島市と福島商工会議所が始めた夏祭り 2 月の暁まいりで片方の大わらじ 8 月のこの祭りでもう片方の大わらじを奉納する 福島市街地信夫通り ( 本町 1 丁目周辺 ) 踊念仏の特徴は 災厄退散 亡魂鎮送をいわき市内一円目的としていること その鎮送のために念仏の唱言と踊りをすること 楽器として太鼓 鉦を用いることなどである いわき市内には約 90の伝承団体がある 福島わらじまつり HP 福島市観光コンベンション協会 HP/ わらじまつり いわき観光まちづくりビューロー HP/ じゃんがら念仏踊 hp?lid=645 祭礼行事 福島県 ( 桜楓社 ) 福島わらじまつり実行委員会事務局 ( 福島商工会議所内 ): 福島市観光コンベンション協会福島駅東口案内所 : いわき観光まちづくりビューロー ( いわき市石炭 化石館 内 ): いわき市総合観光案内所 : いわき市教育委員会 : b 文化 50/188

57 カテゴリー 県 市町村 地域資源名 資源の概要 歴史的価値 ストーリー 所在地 情報源 取材元 186 (b) 文化 福島県 白河市 白河提灯まつり 9 月 12~14 日 (1 年おき )/ 白河地方の 神輿の町内渡御 提灯行列 屋台の引き 白河市中心市街地 総鎮守 鹿嶋神社の例祭 白河市内 23 町 回しなどが行われる現在の祭りの形態 が参加する数千の提灯行列 阿武隈川を は およそ400 年前 白河藩主 本多能登 神輿が渡る 渡河 ( とか ) が見どころ 守忠義 ( のとのかみただよし ) が神輿を寄 進したことに始まるといわれる 187 (b) 文化 福島県 いわき市 飯野八幡宮の流鏑馬神事 9 月第 2 土曜 日曜日 / 流鏑馬で騎士が 馬上から放った生姜や扇子は縁起物とさ れることから 別名 生姜祭り ともいう 188 (b) 文化 福島県 会津若松市会津秋まつり 9 月 22~24 日 / 最大の呼び物は幕末の時代絵巻を再現した 会津藩公行列 総勢 600 名が隊列を組み 武者姿で練り歩く 189 (b) 文化 福島県 福島市 飯坂けんか祭り 10 月第 1 土曜日を中心とした3 日間 / 飯坂八幡神社の例大祭 若者たちに担がれた 6 台の太鼓屋台が神輿の宮入りはばみ 激しくぶつかり合うことから けんか祭り と呼ばれる 1346 年 ( 貞和 2 年 ) の放生会において行われたとの記録が残る由緒ある神事 騎士が狩衣に身を包み 馬場で空駆け 生姜撒き 扇子撒き 的矢の順で行われる 県指定重要無形民俗文化財 祭りが初めて開催されたのは 1953 年 ( 昭和 28 年 ) 戊辰戦争で落命した会津藩士などの霊を慰め 先人に感謝するという意味も込めて行われる 大阪 岸和田の 地車祭り 秋田 角館の 飾山ばやし とともに 日本三大けんか祭り といわれる 下がり半 三切り 流し 宮入り の 4 種類の打法がある太鼓の調べは京都祇園囃子の流れを汲む いわき市平八幡飯野八幡宮 会津若松市街地鶴ヶ城本丸 神明通り 中央通りほか 白河提灯まつり( 鹿嶋神社氏子壮者会 )HP 白河鹿嶋神社 HP 白河観光物産協会 HP tml 飯野八幡宮 HP いわき市観光情報サイト / 飯野八幡宮流鏑馬神事 会津若松観光物産協会 HP/ 会津若松観光ナビ / 祭礼行事 福島県 ( 桜楓社 ) 福島市飯坂町八幡 八幡神社 HP 八幡神社 町内各所 福島市観光コンベンション協会 HP/ 飯坂けんか祭り 飯坂温泉観光協会 HP ( 自治体 企業 NPO 含む ) 白河鹿嶋神社: 白河観光物産協会: 飯野八幡宮 : いわき観光まちづくりビューロー ( いわき市石炭 化石館 内 ): いわき市総合観光案内所 : 会津若松観光物産協会( インフォメーション サポートセンター ): 会津若松市観光課: 飯坂八幡神社社務所 : 飯坂温泉観光協会 : (b) 文化 福島県 二本松市 二本松の提灯祭り 10 月 4~6 日 / 二本松神社の例大祭 一 金箔漆塗りの太鼓台 1 台つき約 350 個の 番の見どころは7 台の太鼓台が揃う4 日の提灯をつける 最上部の三角型の提灯を 宵祭り 御神火で一斉に火を灯された紅提灯が 秋の夜を彩る すぎなり といい 頂点までの高さは10m を超える 県指定重要無形民俗文化財 191 (b) 文化 福島県 二本松市 針道のあばれ山車 体育の日前日の日曜日 / 諏訪神社の祭礼行事 豪快な太鼓の音が鳴り響くなか 1758 年 ( 宝暦 8 年 ) 年にこの付近一帯が凶作続きや疫病の流行にあった際 人形 趣向を凝らした張子を載せた7 台の山車がを飾った山車や神楽囃子を奉納し 疫病 若連の勇ましい掛け声とともにぶつかり合退散 五穀豊穣を祈願した記録が残って う勇壮な祭り いる 二本松市街地 二本松市 HP/ 二本松の提灯二本松神社 二本松祭り 駅前ほか site/kankou/458.html 二本松観光協会 HP 二本松市針道諏訪神社 針道商店街目抜き通り 二本松市 HP/ 針道のあばれ山車 site/kankou/467.html 二本松観光協会 HP 二本松提灯祭実行委員会 二本松観光協会 ( 二本松市観光課 ): 二本松神社社務所 : 東和観光協会 ( 東和支所地域振興課内 ) : 二本松観光協会 ( 二本松市観光課内 ) : (b) 文化福島県須賀川市須賀川の松明あかし 11 月第 2 土曜日 / 日本三大火祭りのひと 1589 年 ( 天正 17 年 ) それまで須賀川地つ 長さ10m 重さ3tもある大松明など約方一帯を治めていた二階堂氏が 伊達正 30 本もの本松明の炎が晩秋の夜空を焦が宗に攻め滅ぼされた際の犠牲者を弔うたす めに始めたといわれる 須賀川市松明通り 五老山 ( 翠ヶ丘公園内 ) 須賀川松明あかし HP ma.jp/taimatsu/ 祭礼行事 福島県 ( 桜楓社 ) 須賀川市松明あかし実行委員会 ( 須賀川観光協会 ): (b) 文化 福島県 二本松市 木幡の幡祭り 12 月第 1 日曜日 / 白幡を先達に 五色に彩られた百数十本の五反幡を押し立て 祭りは 前九年の役 (1051 年 ~1062 年 ) で 木幡山に降り積もった雪を源義家 法螺貝を響かせ木幡山をめざす 色とりど側の白旗と見違った安倍の軍勢が 戦わ りの旗が冬の大空に舞う華麗な祭り ずに敗走したという故事に由来する 国指 定重要無形民俗文化財 二本松市木幡叺内旧木幡第一小学校グラウンド ~ 隠津島神社 二本松市 HP/ 木幡の幡祭り site/kankou/538.html 二本松観光協会 HP 二本松市東和支所地域振興課 : 二本松観光協会 ( 二本松市観光課内 ) : 木幡山隠津島神社 : b 文化 51/188

58 (1) 地域資源調査リスト (c) 郷土文学 カテゴリー県市町村地域資源名資源の概要歴史的価値 ストーリー所在地情報源 取材元 1 郷土文学 青森県 五所川原市太宰治 小説家, 斜陽 人間失格 など 太宰治記念館 斜陽館 五所川原市金木町 TEL 青森県近代文学館( 青森県立図書館 2 F) /museum/ 2 郷土文学 青森県 弘前市 葛西善蔵 小説家 ( 奇蹟派 ), 哀しき父 青森県近代文学館 ( 青森県立図書館 2 F) /museum/ 3 郷土文学 青森県 弘前市 石坂洋次郎 小説家, 青い山脈 若い人 青森県近代文学館 ( 青森県立図書館 2 F) /museum/( 青森県立図書館 2F) 4 郷土文学 青森県 黒石市 秋田雨雀 劇作家 詩人, 秋田雨雀記念館黒石市中町津軽こみせ駅 2 階 5 郷土文学 青森県 青森市 北畠八穂 詩人 児童文学 ( 深田久弥の元妻 ), 青森県近代文学館 ( 青森県立図書館 2 F) /museum/ 6 郷土文学 青森県 青森市 高木恭三 方言詩人, 青森県近代文学館 ( 青森県立図書館 2 F) /museum/ 7 郷土文学 青森県 青森市 高木彬光 推理作家, 東北近代文学事典 ( 日本近代文学会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 8 郷土文学 青森県 三沢市 寺山修司 詩人 歌人, 寺山修司記念館三沢市大字三沢 TEL 郷土文学 青森県 八戸市 三浦哲郎 小説家, 忍ぶ川 芥川賞 八戸市立図書館 三浦哲郎文学コー ナー TEL 郷土文学 青森県 弘前市 長部日出雄 小説家, 津軽世去れ節 直木賞 青森県近代文学館 ( 青森県立図書館 2 F) /museum/ 11 郷土文学 青森県 十和田市 大町桂月 詩人 歌人 ( 高知県 十和田湖蔦温泉に居住 ), 奥入瀬渓流館 ( 大町桂月ほか ) 十和田市大字奥入瀬 12 郷土文学 青森県 弘前市 福士幸次郎 詩人 ( 佐藤紅緑の友人 ), 青森県近代文学館 ( 青森県立図書館 2 F) /museum/ 13 郷土文学 青森県 和歌山県 佐藤春夫 詩人 作家, 奥入瀬渓谷の賦 詩碑 東北近代文学事典 ( 日本近代文学会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 14 郷土文学 青森県 弘前市 佐藤紅緑 作家 俳人 ( サトウハチローの父 ), 青森県近代文学館 ( 青森県立図書館 2 F) /museum/ 15 郷土文学 青森県 八戸市 北村小松 劇作家 脚本家 小説家, 人間のいる街の 風景 青森県近代文学館 ( 青森県立図書館 2 F) /museum/ 16 郷土文学 青森県 弘前市 今官一 小説家, 壁の花 直木賞 青森県近代文学館 ( 青森県立図書館 2 F) /museum/ 17 郷土文学 青森県 八戸市 室井祐月 小説家 タレント ( 高橋源一郎は元夫 ), 東北近代文学事典 ( 日本近代文学会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 18 郷土文学 青森県 十和田市 川上健一 小説家, 翼はいつまでも 東北近代文学事典 ( 日本近代文学会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) c 郷土文学 52/188

59 19 郷土文学 青森県 新田次郎 小説家 ( 長野県 妻は藤原てい ), 八甲田山死の彷徨 新潮社著者一覧 20 郷土文学 青森県 弘前市 根深誠 エッセイスト, 東北近代文学事典 ( 日本近代文学会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 21 郷土文学 岩手県 盛岡市玉山石川啄木 歌人, 一握の砂 石川啄木記念館盛岡市玉山区渋民 TEL 郷土文学 岩手県 盛岡市 金田一京助 言語学者, 盛岡市先人記念館 金田一京助記念 室 ) TEL 郷土文学 岩手県 花巻市 宮沢賢治 詩人 童話作家, 宮沢賢治記念館花巻市矢沢 TEL 郷土文学 岩手県 紫波町 野村胡堂 小説家, 銭形平次捕物控 野村胡堂 あらえびす記念館紫波町彦部 TEL 郷土文学 岩手県 盛岡市 森荘己池 ( そういち ) 小説家, 山畠 蛾と笹舟 直木賞 東北近代文学事典 ( 日本近代文学会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 26 郷土文学 岩手県 紫波町 巽聖歌 詩人 童謡作家 歌人, 唱歌 たきび の作 者 27 郷土文学 岩手県 北上市 サトウハチロー 詩人 ( 妻生家が北上市 ), サトウハチロー記 念館 東北近代文学事典 ( 日本近代文学会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) サトウハチロウ記念館北上市立花 TEL 郷土文学 岩手県 花巻市 高村光太郎 詩人 彫刻家, 智恵子抄 高村山荘 記念館花巻市太田 TEL 郷土文学 岩手県 奥州市 三好京三 小説家, 子育てごっこ 直木賞 三好京三記念室奥州市衣川区ふる さと自然館 TEL 郷土文学 岩手県 西和賀町 高橋喜平 エッセイスト 雪崩学者, 雪と人生 東北近代文学事典 ( 日本近代文学 会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 31 郷土文学 岩手県 釜石市 高橋克彦 小説家, 写楽殺人事件 ほか 東北近代文学事典 ( 日本近代文学 会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 32 郷土文学 岩手県 一関市 中津文彦 小説家, 黄金流砂 江戸川乱歩賞 東北近代文学事典 ( 日本近代文学 会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 33 郷土文学 岩手県 一関市 及川和男 小説家 ( 一関市に疎開 ), 村長ありき 東北近代文学事典 ( 日本近代文学 会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 34 郷土文学 岩手県 盛岡市 山口青邨 俳人, 馬酔木同人 日本現代詩歌文学館北上市本石町 TEL 郷土文学 岩手県 遠野市 柳田國男 民俗学者, 遠野物語 遠野市立博物館遠野市東館町 TEL 郷土文学 岩手県 盛岡市 澤口たまみ エッセイスト 絵本作家, 虫のつぶやき聞 こえたよ 37 郷土文学 岩手県 盛岡市 鈴木彦次郎 小説家 ( 盛岡市に疎開 ), 文芸時代 創刊 メンバー 東北近代文学事典 ( 日本近代文学会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 東北近代文学事典 ( 日本近代文学会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 38 郷土文学 岩手県 遠野市 佐々木喜善 民俗学研究者, 遠野伝承館佐々木喜善記念館遠野 市土淵町 TEL 郷土文学 岩手県二戸市浄法寺瀬戸内寂聴 小説家, 瀬戸内寂聴記念館二戸市浄法寺町 TEL 郷土文学 宮城県 仙台市 土井晩翠 詩人 英文学者, 天地有情 荒城の月 晩翠草堂仙台市青葉区大町 TEL c 郷土文学 53/188

60 41 郷土文学 宮城県 大和町 原阿佐緒 女流歌人, 原阿佐緒記念館大和町宮床 TEL ( 自治体 企業 NPO 含む ) 42 郷土文学 宮城県 東北大 ( 医 ) 魯迅 小説家, 魯迅記念展示室仙台市青葉区東北大学資料館 43 郷土文学 宮城県東北学院教師島崎藤村 詩人 小説家, 若菜集 仙台文学館仙台市青葉区北根 TEL 郷土文学 宮城県 石巻市 志賀直哉 小説家 ( 白樺派 ), 暗夜行路 東北近代文学事典 ( 日本近代文学会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 45 郷土文学 宮城県 仙台市 佐伯一麦 小説家, ノルゲ 仙台文学館仙台市青葉区北根 TEL 郷土文学 宮城県 仙台市 常盤新平 小説家, 遠いアメリカ 直木賞 東北近代文学事典 ( 日本近代文学会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 47 郷土文学 宮城県 亘理町 山本周五郎 小説家 ( 妻が亘理町 ), 樅の木は残った 東北近代文学事典 ( 日本近代文学 会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 48 郷土文学 宮城県宮城第 3 女子高小池真理子 恋愛小説家, 恋 欲望 直木賞作家 東北近代文学事典 ( 日本近代文学 会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 49 郷土文学 宮城県 石巻市 辺見庸 小説家 ジャーナリスト, 自動起床装置 芥 川賞 東北近代文学事典 ( 日本近代文学会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 50 郷土文学 宮城県 登米市 石ノ森章太郎 漫画家 特撮原作者, サイボーグ009 仙台文学館 ( 仙台市青葉区北根 TEL ) 51 郷土文学 宮城県 仙台市 熊谷達也 小説家, 邂逅の森 直木賞 仙台文学館 ( 仙台市青葉区北根 TEL ) 52 郷土文学 宮城県 大河原町 尾形亀之助 詩人, 障子のある家 ほか 仙台文学館 ( 仙台市青葉区北根 TEL ) 53 郷土文学 宮城県 仙台市 石川善助 詩人, 詩集 亜寒帯 仙台文学館 ( 仙台市青葉区北根 TEL ) 54 郷土文学 宮城県 東北大 ( 法 ) 伊坂幸太郎 小説家, ゴールデンスランバー 仙台文学館 ( 仙台市青葉区北根 TEL ) 55 郷土文学 宮城県 仙台市 恩田陸 ( 熊谷奈苗 ) 小説家 ファンタジー小説, 仙台文学館 ( 仙台市青葉区北根 TEL ) 56 郷土文学 宮城県 東北大 ( 医 ) 北杜夫 小説 随筆家, どくとるマンボウ航海記 東北近代文学事典 ( 日本近代文学 会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 57 郷土文学 宮城県東北大大学院瀬名秀明 ホラー作家, パラサイトイヴ 仙台文学館仙台市青葉区北根 TEL 郷土文学 宮城県 仙台市 真山青果 小説家, 元禄忠臣蔵 東北近代文学事典 ( 日本近代文学会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 59 郷土文学 宮城県 仙台市 とよたかずひこ 絵本作家, 東北近代文学事典 ( 日本近代文学 会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 60 郷土文学 秋田県 秋田市雄和石井露月 俳人, 石井露月資料室秋田市雄和図書館 内 TEL 郷土文学 秋田県 横手市 石川達三 小説家, 蒼氓 第 1 回芥川賞 石川達三記念室秋田市千秋明徳町 秋田市立中央図書館内 62 郷土文学 秋田県 秋田市 伊藤永之介 小説家 ( 農民文学 ), 伊藤永之介文学碑秋田市高清水公 園内 63 郷土文学 秋田県 秋田市 今野賢三 プロレタリア作家, 秋田市土崎図書館内 c 郷土文学 54/188

61 64 郷土文学 秋田県 秋田市 内舘牧子 脚本家, 東北近代文学事典 ( 日本近代文学 会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 65 郷土文学 秋田県 秋田市 金子洋文 プロレタリア作家, 種蒔く人 創刊者 種蒔く人 資料室秋田市土崎図書 館内 TEL 郷土文学 秋田県 美郷町 小杉天外 小説家, 魔風恋風 東北近代文学事典 ( 日本近代文学 会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 67 郷土文学 秋田県 大仙市払田後藤宙外 小説家 ( 硯友社 ), ありのすさび 東北近代文学事典 ( 日本近代文学 会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 68 郷土文学 秋田県 大館市 小林多喜二 プロレタリア作家, 蟹工船 東北近代文学事典 ( 日本近代文学 会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 69 郷土文学秋田県秋田市小牧近江フランス文学者, 秋田市土崎図書館 ( 種蒔く人 資料室 70 郷土文学 秋田県 仙北市角館田口掬丁 小説家, 高井有一の祖父 新潮社記念文学館角館町田町上丁 TEL 郷土文学 秋田県仙北市田沢湖千葉治平 小説家, 虜愁記 直木賞 東北近代文学事典 ( 日本近代文学 会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 72 郷土文学 秋田県 仙北市角館佐藤義亮 出版人, 新潮社 の創立者 新潮社記念文学館仙北市角館田町 TEL 郷土文学 秋田県 大仙市協和松田解子 小説家, おりん口伝 松田解子文学記念館大仙市荒川 大盛館 TEL 郷土文学 秋田県 五城目町 矢田津世子 小説家, 矢田津世子文学記念室五城目町五 城館 TEL 郷土文学 秋田県 由利本荘市山田順子 ( ゆきこ ) 小説家 ( 竹久夢二の愛人 ), 東北近代文学事典 ( 日本近代文学 会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 76 郷土文学 秋田県 仙北市 渡辺喜恵子 小説家, 馬淵川 直木賞 みちのく子供風土記館 ( 記念館 ) 北秋 田市材木町 77 郷土文学 秋田県 仙北市 西木正明 小説家, 凍れる瞳 直木賞 東北近代文学事典 ( 日本近代文学 会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 78 郷土文学 秋田県 北海道 阿部牧郎 作家 ( 両親が大館市 ), 東北近代文学事典 ( 日本近代文学 会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 79 郷土文学 秋田県 秋田市 蓮見圭一 小説家, 悪魔を憐れむ歌 東北近代文学事典 ( 日本近代文学 会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 80 郷土文学 秋田県 秋田市 滝田樗陰 編集者, 中央公論編集者 滝田樗陰顕彰碑秋田市八橋全良寺 81 郷土文学 秋田県 横手市 福岡易之助 出版人, 白水社 の創立者 東北近代文学事典 ( 日本近代文学会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 82 郷土文学 山形県 上山市 斎藤茂吉 歌人 ( 短歌 随筆 ), アララギ同人 赤光 斎藤茂吉記念館上山市北町字弁天 TEL 郷土文学 山形県 上山市 北杜夫 小説家 ( 茂吉次男 ), どくとるマンボウ航海 記 東北近代文学事典 ( 日本近代文学会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 84 郷土文学 山形県 鶴岡市 藤沢周平 小説家, 時代小説 鶴岡市立藤沢周平記念館鶴岡市馬場町 TEL 郷土文学 山形県 高畠町 浜田広助 童話作家, 泣いた赤鬼 浜田広介記念館高畠町まほろば童話の里 TEL c 郷土文学 55/188

62 86 郷土文学 山形県 鶴岡市 田沢稲舟 小説家 (23 歳で夭折 ), 峰の残月 東北近代文学事典 ( 日本近代文学 会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 鶴岡 市五日町生家前に文学碑と胸像 ( 自治体 企業 NPO 含む ) 87 郷土文学 山形県 鶴岡市 丸谷才一 小説 評論 随筆, 東北近代文学事典 ( 日本近代文学 会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 88 郷土文学 山形県 松山町 阿部次郎 作家 小説家, 三太郎の日記 酒田市阿部記念館酒田市山寺 TEL 郷土文学 山形県 米沢市 吉本隆明 詩人 評論家, 米沢高等工業学校出身 東北近代文学事典 ( 日本近代文学 会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 吉 本ばななは二女 90 郷土文学 山形県 山形市 真壁仁 詩人, みちのく山河行 東北近代文学事典 ( 日本近代文学会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 真壁仁記念館上山市大門 TEL 郷土文学 山形県 鶴岡市 高山樗牛 小説家 文芸評論家, 日本主義 ロマン主 義 大宝館 ( 高山樗牛 横光利一ほか ) 鶴岡市馬場町 TEL 郷土文学 山形県 川西町 井上ひさし 小説家 劇作家, 直木賞ほか多数受賞 遅筆堂文庫山形館山形市蔵王松ヶ 丘 TEL 郷土文学 山形県 酒田市 森万紀子 小説家, 雪女 で泉鏡花文学賞 東北近代文学事典 ( 日本近代文学 会東北支部編 / 勉誠出版発行 )( 酒田 東高校で岸洋子と同級生 ) 94 郷土文学 山形県 三川町 奥泉光 小説家, 石の来歴 で芥川賞 東北近代文学事典 ( 日本近代文学 会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 95 郷土文学 山形県 酒田市 吉野弘 詩人, 吉野弘全詩集 東北近代文学事典 ( 日本近代文学 会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 96 郷土文学山形県酒田市成田三樹夫俳優, 遺構句集 鯨の目 鯨の目 俳句遺稿集 ( 無明舎出版 ) 97 郷土文学 山形県 酒田市 森敦 小説家 ( 妻が酒田市 ), 月山 で芥川賞 文学資料館 森敦文庫鶴岡市大網 ( 注蓮寺 )TEL 郷土文学 山形県 西川町 丸山薫 詩人 ( 岩根沢に疎開 ),( 丸山薫記念館 ) 丸山薫記念館西川町岩根沢 TEL 郷土文学 山形県 遊佐町 深田久弥 作家 登山家, 日本百名山 ( 鳥海山等 ) 東北近代文学事典 ( 日本近代文学 会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 100 郷土文学 福島県 会津若松市若松賤子 小説家 翻訳家, 小公子 翻訳 巌本善治 の妻 東北近代文学事典 ( 日本近代文学会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 101 郷土文学 福島県 須賀川市 水野仙子 小説家, 東北近代文学事典 ( 日本近代文学 会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 102 郷土文学 福島県 白河市 中山義秀 小説家 芥川賞作家, 中山義秀記念文学館白河市大信町 屋 TEL 郷土文学 福島県 いわき市 吉野セイ 小説家, 洟をたらした神 東北近代文学事典 ( 日本近代文学 会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 104 郷土文学 福島県 郡山市 宮本百合子 プロレタリア作家 ( 本籍が福島県郡山市 ), 宮本顕治と結婚 東北近代文学事典 ( 日本近代文学会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 105 郷土文学 福島県 いわき市 草野心平 詩人, 草野心平記念文学館 ( 生家 ) いわき 市小川町 TEL c 郷土文学 56/188

63 106 郷土文学 福島県 須賀川市 風野真知雄 小説家, 黒牛と妖怪 東北近代文学事典 ( 日本近代文学 会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 107 郷土文学 福島県 三春町 玄侑宗久 小説家, 中陰の花 芥川賞 東北近代文学事典 ( 日本近代文学 会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 108 郷土文学 福島県 福島市 冲方丁 ( うぶかたとう ) 小説家, 天地明察 東北近代文学事典 ( 日本近代文学 会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 109 郷土文学 福島県 郡山市 古川日出男 小説家, LOVE 三島由紀夫賞 東北近代文学事典 ( 日本近代文学 会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 110 郷土文学 福島県 福島市 長田弘 詩人, 森の絵本 など 東北近代文学事典 ( 日本近代文学 会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 111 郷土文学 福島県 郡山市 浜尾まさひろ 絵本作家, 手づくり絵本作家 東北近代文学事典 ( 日本近代文学 会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 112 郷土文学 福島県 福島市 田中冬二 詩人, 青い夜道の詩人 東北近代文学事典 ( 日本近代文学 会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 113 郷土文学 福島県 早乙女貢 歴史作家, 会津士魂 など 東北近代文学事典 ( 日本近代文学 会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 114 郷土文学 福島県 会津若松市横光利一 小説家, 日輪 旅愁 など 東北近代文学事典 ( 日本近代文学 会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 115 郷土文学 福島県 小野町 小泉武夫 文筆家, 発酵学 醸造学 いわき文化セン ター入口に詩碑あり 東北近代文学事典 ( 日本近代文学会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 116 郷土文学 福島県 二本松市 東野部薫 小説家, 和紙 芥川賞 安達ケ原ふるさと村先人館二本松市 安達ケ原 TEL 郷土文学 福島県 会津坂下町永岡慶之助 小説家, 紅葉山 など 東北近代文学事典 ( 日本近代文学 会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 118 郷土文学 福島県 下郷町 室井光広 小説家, おどるでく 芥川賞 東北近代文学事典 ( 日本近代文学 会東北支部編 / 勉誠出版発行 ) 119 郷土文学 福島県 須賀川市 円谷英二 特撮映画監督, 円谷特撮プロダクション こおりやま文学の森資料館郡山市豊 田町 TEL 郷土文学 福島県 二本松市 長沼 ( 高村 ) 智恵子 画家, 二本松市智恵子記念館二本松市油 井 TEL c 郷土文学 57/188

64 (1) 地域資源調査リスト (d) 伝説 伝承 民話 カテゴリー県市町村地域資源名資源の概要歴史的価値 ストーリー所在地情報源 取材元 1 (d) 伝説 伝承 民話等 青森県 壺碑 ( つぼのいしぶみ ) 伝説 平安後期から古歌に登場し 古代末期に は 坂上田村麻呂蝦夷遠征 と 日本中 央 伝承もまとっていた異色の古碑伝説 歌枕だけでなく東北古代史に関わる大きな謎として 中世 ~ 近世 ~ 近代まで多くの歌人 文人 武士や政治家が関心を寄せた 千曳神社 ( 青森県上北郡七戸町天間林 ) 日本中央の碑保存館 ( 青森県上北郡東北町 ) 東北ふしぎ探訪 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 東北町教育委員会 TEL (d) 伝説 伝承 民話等 3 (d) 伝説 伝承 民話等 4 (d) 伝説 伝承 民話等 5 (d) 伝説 伝承 民話等 6 (d) 伝説 伝承 民話等 7 (d) 伝説 伝承 民話等 8 (d) 伝説 伝承 民話等 9 (d) 伝説 伝承 民話等 10 (d) 伝説 伝承 民話等 11 (d) 伝説 伝承 民話等 12 (d) 伝説 伝承 民話等 13 (d) 伝説 伝承 民話等 青森県 安寿と厨子王物語 岩城判官の娘 安寿姫が弟の厨子王を人 買いの手から逃し 自分は丹後 ( 京都 ) で 死んだという 山椒太夫 物語の後日語 青森県 玉代姫と勝代姫伝説 衆生救済のため入水して湖沼の主となっ た立花中納言道忠と娘の玉代姫 勝代姫 姉妹の物語 姉戸沼と小川原湖誕生譚 青森県 岩木山と三女伝説 三人姉妹の女神のうち 末の妹が岩木山の神に 次の妹が大坊 ( だいぼう 旧平賀町 ) の神に 長姉が小栗山の神になったとの伝説 岩手県 正法寺の七不思議 曹洞宗が陸奥で初めて根付いたとされる水沢の名刹正法寺に伝わる奇譚 開祖 無底禅師の出生や 後に同寺を大鼠から守った猫の物語など 岩手県 早池峰の山姥伝説 早池峯山の山姥が降らせた七日七晩の大雨と北上川の白髭水 ( 大洪水 ) をめぐる物語 宝治元年 (1247) 大洪水を 白髭水由来 譚として語る 岩手県 マヨヒガ ( 迷い家 ) 伝説 何かに誘われるように山深く迷い込んだ里人の目に 謎めいた雰囲気の古い屋敷が現われる 入って見ると そこには不思議な別世界が 岩手県天人児 ( てんにんこう 天女 ) の羽衣譚 岩手県 チャグチャグ馬っこ伝承 ( 駒形神社由来譚 ) 遠野の猿ガ石川で水浴する天女の羽衣を猟師が盗み 領主に献上 天女は蓮糸で曼荼羅を織り 領主に献上して城内に召し抱えられたが 盛岡の強欲な長者が多くの飼馬を酷使するのを見て 神が馬となり様子を探りに長者宅へ 虐待に耐えきれず逃げ出したが 途中で息絶えた 岩手県 座敷わらし譚 童子や童女姿で旧家に現われる福の神の物語 家人以外の人の目には姿が見えず 座敷わらしが住み着けば家は栄え 退散すると衰退の前兆 岩手県 小夜姫伝説 慈悲深い掃部 ( かもん ) 長者と 冷酷で強欲な女房 女房は大蛇と化して沼に棲み 毎年 美しい娘を人身御供に差し出すよう里人に求める 宮城県 原田甲斐首塚伝承 江戸時代前期 仙台藩と幕閣を揺るがした 伊達騒動 ( 仙台藩寛文事件 ) で最大の悪役の一人とされる原田甲斐をめぐる伝承 宮城県 牛飼長者譚 牛飼村に住む百姓の家の前に ある日托鉢僧が現れた 一室を与え食事を提供し経文を教えてくれるよう頼んだが 一向に教えてくれない 姫の霊は岩木山に飛来して神に成ったと伝える 経緯は不明 江戸時代 丹後人が津軽に入ると岩木山が怒り異変を起こすとの俗信も 父娘三人の入水は沼崎観音 姉戸大明神 広沼大明神の縁起として語られる 自ら大蛇となって先住の鰐鮫と戦う八郎太郎型の要素も 姉神は岩木山が見えない小栗山を選んだと地元では伝える 小栗山の人は岩木山参詣をしないとも 末子相続の痕跡か 無底は幽霊が産んだ子とされ 伝承に関わる ホヤノの扇 や 黒い石 などが寺宝として残る 猫の墓印という 逆さ竹 も 約 50 年後に開創された妙泉寺 ( 早池峯神社本地寺 ) と水底観音 ( 本尊 ) 天正年間の大洪水と戦国領主たちの合戦や大蛇伝説も 座敷童子や河童や山姥などとともに 遠野物語 に登場する代表的な伝承説話 物語 そのものもマヨヒガか 隙を見て羽衣を取り返した天女は 六角牛山の彼方に飛び去った 光明寺の曼荼羅 ( 織物 ) 由来譚として語られる 哀れんだ村人たちが馬を葬り祀ったのが蒼前神社 命日ごとに着飾った馬に鈴を付け参詣するようになったのが チャグチャグ馬っ子 " 遠野物語の代表的キャラクターの一つ 土淵など各地で語られる 少し設定を変えて二戸の金田一温泉にも 或る年 郡司の娘が生贄籤当たったが神仏の働きで肥前松浦の小夜姫が身代わりに 最後は法華経の功徳で女房も姫も救われる物語 甲斐の遺体は江戸の芝増上寺境内に葬られたとされる 甲斐と斬り合って死んだ柴田外記の所領に 何故か伝 甲斐の首塚が ある日部屋を覗くと 僧は罰が当たり牛になっていた 牛の力によって田畑の開墾は進み収穫量も増え 牛飼村一番の長者になったと云われる 岩木山 ( 青森県 ) 青森県東北町 ( 旧 上北郡上北町小川原下招崎ほか ) 青森県弘前市小栗山 ( 小栗山神社 ) 岩手県奥州市 ( 旧水沢市黒石字正法寺 ) 岩手県 ( 早池峯山と北上川水系流域 ) 日本の伝説 1 北海道東北 ( 監修 / 日本伝説拾遺会 編集 発行 / 教育図書出版山田書院 ) 日本の伝説 1 北海道東北 ( 監修 / 日本伝説拾遺会 編集 発行 / 教育図書出版山田書院 ) 新版青森県の歴史散歩 ( 編著 / 青森県高等学校地方史研究会 発行 / 山川出版 ) 日本の伝説 2 東北 I ( 著 / 鈴木勤 発行 / 世界文化社 ) 日本の伝説 2 東北 I ( 著 / 鈴木勤 発行 / 世界文化社 ) 青森県教育委員会 TEL 東北町教育委員会 TEL 弘前市教育委員会 TEL 奥州市教育委員会 TEL 正法寺 岩手県教育委員会 TEL 遠野市 遠野物語 遠野市立博物館 TEL 光明寺 ( 遠野市綾織町上綾織 ) 駒形神社 ( 旧 蒼前神社 ) 岩手県岩手郡滝沢村大字鵜飼 岩手県遠野市 二戸市金田一 奥州市の郡司屋敷跡 ( 旧水沢市姉体町古谷の千葉家邸宅内 ) 掃部長者の守り本尊 ( 旧水沢市西高山の掃部家蔵 ) 角塚 ( 旧胆沢郡胆沢町南都田 大蛇の角の埋葬地 ) 登米市東和町米谷の東陽寺 遠田郡小牛田町 日本の伝説 1 北海道東北 ( 監修 / 日本伝説拾遺会 発行 / 教育図書出版山田書院 ) 日本の伝説 1 北海道東北 ( 監修 / 日本伝説拾遺会 発行 / 教育図書出版山田書院 ) 日本の伝説 2 東北 I ( 著 / 鈴木勤 発行 / 世界文化社 ) 日本の伝説 1 北海道東北 ( 監修 / 日本伝説拾遺会 編集 発行 / 教育図書出版山田書院 ) 東北ふしぎ探訪 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 光明寺 滝沢市教育委員会 TEL 岩手県教育委員会 TEL 奥州市教育委員会 TEL 登米市教育委員会 TEL 宮城縣史民俗 3 ( 著 / 宮城縣 宮城県教育委員会 TEL022- 発行 / 財団法人宮城県史刊行会 ) d 伝説 伝承 民話 58/188

65 14 (d) 伝説 伝承 民話等 15 (d) 伝説 伝承 民話等 秋田県 神功皇后伝説 象潟蚶満寺 ( 伝慈覚大師創建 ) や唐松神社に伝わる神功皇后足跡伝承 蚶満寺は皇后と応神天皇などの像を安置 唐松神社は別伝を伝える 秋田県 錦木塚伝承 鹿角で狭布を織る娘と錦木を商う若者の悲恋物語 亡くなった二人を 娘の父親が千束の錦木とともに葬ったと伝えるのが錦木塚 前者は皇后が応神を出産した地を筑紫でなく象潟だったとし 後者は皇后が男鹿に上陸し雄物川を経て神社の地に至った旨の伝承 狭布は白鳥の毛を混ぜて織った幅の狭い魔除け布 錦木は五種五彩の木を切って束ね 求婚に使ったもの 錦木塚は古代以来有名な歌枕 にかほ市 ( 旧 由利郡象潟町字北象潟島 皇宮山蚶満寺 ) と大仙市 ( 旧 仙北郡協和町境字下台 唐 鹿角市十和田字錦木 日本の伝説 1 北海道東北 ( 監修 / 日本伝説拾遺会 編集 発行 / 教育図書出版山田書院 ) 東北ふしぎ探訪 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 新版秋田県の歴史散歩 ( 編 / 秋田県の歴史散歩編集委員会 発行 / 山川出版 ) 歌枕とうほく紀行 ( 編 / 田口昌樹 + 無明舎出版 発行 / 無明舎出版 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 秋田県教育委員会 TEL 鹿角市教育委員会 TEL (d) 伝説 伝承 民話等 秋田県 鳥海弥三郎伝説 鳥海山の山名由来に関連付けられる 鳥 海弥三郎 をめぐる様々な伝承 古代安倍 氏の末裔や平家落人伝説の痕跡も 前九年役の安倍宗任 ( 鳥海三郎 ) と家任 ( 弥三郎 ) 鎌倉初期に奈曽川流域を領した鳥海弥三郎など 虚実混在の伝承諸説群 にかほ市 ( 旧 由利郡象潟町小滝 ) ほか 東北ふしぎ探訪 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) にかほ市教育委員会 TEL (d) 伝説 伝承 民話等 18 (d) 伝説 伝承 民話等 19 (d) 伝説 伝承 民話等 秋田県 ナマハゲ由来伝承 男鹿のナマハゲ発祥に関する不思議な伝承 本山赤神神社五社堂 ( 国重文 ) の縁起譚 漢の武帝に仕えた五鬼たちに由来と伝える 秋田県 ニギハヤヒと物部氏伝承 イワレピコ ( 神武天皇 ) 以前に大和入りしたと古事記が記すニギハヤヒ ( 物部氏の祖神 ) の 記紀にない消息伝承 唐松神社由来譚の一部 山形県 機織 ( 夕鶴 ) 伝説 広く知られた民話 鶴の恩返し の原型ともいわれる 若者と鶴との不思議な物語 鶴女房 鶴布山珍蔵寺縁起として語られる 武帝が鬼たちを従え男鹿に飛来 里人は鬼たちを欺いて賭けに勝ったが 崇らないよう年に一度だけ里に迎え接待することにしたとも 蘇我氏に滅ぼされ歴史の表舞台から消えた物部氏の遺児が北に逃げ延び 秋田物部氏につながったと伝える 珍蔵寺には縁起に関わる幾つかの事物が寺宝に 山号も寺名も縁起に由来 夕鶴の里資料館 で語り部による口演も 男鹿市船川港門前 大仙市 ( 旧 仙北郡協和町境字下台の唐松神社 ) 南陽市漆山織機 ( おりはた ) 東北ふしぎ探訪 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 東北ふしぎ探訪 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 山形ウォーキングガイド ( 著 / 伊藤孝博 無明舎出版刊 ) 男鹿市教育委員会 TEL 大仙市教育委員会 TEL 南陽市教育委員会 TEL 夕鶴の里資料館 TEL (d) 伝説 伝承 民話等 21 (d) 伝説 伝承 民話等 22 (d) 伝説 伝承 民話等 23 (d) 伝説 伝承 民話等 山形県 ハンコタンナ由来譚 山形県庄内地方や秋田県由利地方や新潟県北で見られる独特の女性衣装 ( 覆面 ) 目と口元のほかは長い黒布を巻いて顔を全て覆ってしまう野良着 美人を見れば城 風俗 ハンコタンナ ( ハナフクベ ) の由来譚 に連れ去る好色の殿様への対抗策だった 山形県 犬の宮とムジナ伝説 古代 領主に化けて里人を苦しめた大ムジナを甲斐国産の 2 匹の犬が退治したが 犬も大怪我を負って絶命 祀られたのが 犬の宮 と伝える 山形県 大杉伝説 置賜盆地の半分を日陰で覆うほどの大杉 邪魔になるとして伐採しようとするが 切りつけた斧跡が夜の聞に元に戻り なかなか倒せない 福島県 泉長者譚 紀州熊野から相馬の浜に上陸 発見した 霊泉が酒に変じ 商って長者になったとい う泉長者をめぐる伝承群 との伝も 犬の宮 の近くには やはり里人を救って死んだ猫を祀るという 猫の宮 も 同地区は戸川幸夫の小説で有名になった高安犬の里 大杉を守ろうとする仲間の木々と 敵に寝返り秘密を漏らすミゾハギ 先住狩猟民と水田農耕勢力の攻防をも思わせる巨樹伐採語 福島県浜通りでの新文化移入または開発の先駆けを伝えるとされる足跡語 地名由来や伝 長者の墓 長者屋敷跡も 山形 秋田県 高畠町高安地区 西置賜郡小国町 飯豊町など 相馬郡新地町今泉の薬師堂境内など 各駅停車全国歴史散歩秋田県 ( 編 / 秋田魁新報 発行 / 河出書房新社 ) 各駅停車全国歴史散歩山形県 ( 編 / 山形新聞 発行 / 河出書房新社 ) 日本伝説大系 3 巻 ( 著 / 野村純一ほか 発行 / みずうみ書房 ) 日本の伝説 2 東北 I ( 著 / 鈴木勤 発行 / 世界文化社 ) 鶴岡市教育委員会 TEL にかほ市教育委員会 TEL 高畠町教育委員会 TEL 小国町教育委員会 TEL 飯豊町教育委員会 TEL 新地町教育委員会 TEL (d) 伝説 伝承 民話等 福島県 信達どろ湖伝説 の昔 信達盆地 ( 福島盆地 ) は大きな湖で 信夫山は湖に浮かぶ島だった 湖の主と 戦ったヤマトタケルが水口を開くと 時代設定や登場するキャラクターを変え福島市とその周辺て 幾つもの興味深い説話が語られる 信夫三山信仰由来譚の要素も 日本伝説大系 3 巻 ( 著 / 野村純一ほか 発行 / みずうみ書房 ) 福島市教育委員会 TEL (d) 伝説 伝承 民話等 26 (d) 伝説 伝承 民話等 27 (d) 伝説 伝承 民話等 28 (d) 伝説 伝承 民話等 福島県 似仁王 ( もちひとおう ) 潜行伝説 治承 4 年 (1180) 平家打倒の旗を上げ敗死した高倉宮以仁王 ( 後白河法王の皇子 ) が 生きていて奥会津に潜行し越後に逃れたとの伝説 福島県 源融と虎女伝説 貞観年間 (859~877) 陸奥国巡行中の河原左大臣 源融と山口の長者の娘 虎女が恋に落ち再会を約束して別れたのだが 福島県 安積采女物語 愛しい夫がいながら地元のため余儀なく 宮廷に召し出された美女 安積采女 ( 女官 ) の悲劇 多くのモチーフを含む物語 福島県 佐世姫伝説 父 ( 安積領主 ) と母を殺された菖蒲姫が安積沼の大蛇に変身し下手人に復讐 恨みは鎮まらず 里人たちに娘を人身御供に差し出すよう求める 奥会津各地に足跡や逸話伝承 以仁王が発した令旨は王の死後も 一人歩き " し 後の源平合戦 平家滅亡に繋がる 有名な みちのくの信夫もぢずり誰ゆえに ~ の古歌は源融が都から虎女に送ったとされ 信夫文知摺起源譚とともに語られる 安積采女は樹霊婚姻語にも関わり 私語橋 ( ささやきばし 囁き橋 ) や音無川などの物語に登場 采女型説話は東北各地に分布 あとは水沢の小夜姫型と共通 大和壺坂の松浦長者の娘 佐世姫が身代わりに立ち 法華経の功徳で大団円 蛇骨地蔵由来譚として語る 槍枝岐村 南会津町 ( 旧 舘岩村など ) 下郷町ほか 福島市山口の文知摺観音 郡山市日和田町ほか 東北ふしぎ探訪 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 新版福島県の歴史散歩 ( 編 / 福島県高等学校地理歴史公民科 ( 社会科 ) 研究会 発行 / 山川出版 ) 日本伝説大系 3 巻 ( 著 / 野村純一ほか 発行 / みずうみ書房 ) ほか 郡山市日和田町 奥州街道 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 福島県教育委員会 TEL 福島市教育委員会 TEL 郡山市教育委員会 TEL 郡山市教育委員会 TEL d 伝説 伝承 民話 59/188

66 29 (d) 伝説 伝承 民話等 福島県 安珍清姫伝承譚 美貌の修行僧 安珍に恋こがれた清姫 戯れに色よい返事をして後悔し逃げる安珍 逃げ場に窮して道成寺の釣鐘に隠れるが 蛇身と化した清姫は鐘に巻き付き 恨みの炎で安珍を焼き殺す 歌舞伎 娘道成寺 でも知られる奇語の原像が 安珍の故郷に伝わる 白河市根回 ( 安珍の墓や安珍堂 ) 日本の伝説 2 東北 I ( 著 / 鈴木勤 発行 / 世界文化社 ) 奥州街道 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 白河市教育委員会 TEL (d) 伝説 伝承 民話等 31 (d) 伝説 伝承 民話等 32 (d) 伝説 伝承 民話等 33 (d) 伝説 伝承 民話等 34 (d) 伝説 伝承 民話等 35 (d) 伝説 伝承 民話等 36 (d) 伝説 伝承 民話等 37 (d) 伝説 伝承 民話等 山形 秋田 宮城県ほか 福島 山形 秋田 宮城 青森山形 秋田 青森 宮城県山形 福島 宮城 岩手県福島 宮城 岩手 青 森 秋田岩手 秋田 青森県 秋田 岩手 青森県 福島 宮城 山形県 役行者伝説平家落人伝説慈覚大師伝説炭焼藤太と金売吉次伝説坂上田村麻呂伝説平泉藤原氏伝承八郎太郎と三湖伝説日本武尊伝説 役行者は名を役小角 ( えんのおづぬ ) といい 7 世紀末から8 世紀初期頃の人 山岳修験の祖の一人とされる伝説的スーパーヒーロー 源平合戦で敗れた平家の落武者や一族が逃れて土着したという足跡伝承や祖先伝承 全国に分布し 東北各地にも 慈覚大師円仁 ( えんにん ) は日本天台宗の二祖 ( 布教拡大の祖 ) 広く足跡を残す 史実の部分と附会伝説が混在し 境界は暖昧な面も 産金地に住みながら価値を知らなかった藤太が都の姫を妻として黄金の価値を知り長者に 息子たちも都との交易で大長者に との伝説 史実に基づく可能性のある伝承と 大和朝廷の英雄に附会したと思われる足跡譚が混在 境界は暖昧だが 密度と広がりは圧倒的 奥州合戦で滅ぼされた後 落武者や一族関係者が逃げ延びたという伝承 記録はないが史実の可能性があるものも 十和田湖と田沢湖と八郎潟の生成譚を軸に 八郎太郎と南祖坊との宗教圏争いや水田農耕文化の拡大などを語る壮大な龍神 蛇神伝説 景行天皇の命令により東国 ( 後の関東地方 ) まで遠征したとされる神話上の存在ヤマトタケルが 東北にも足跡を印したという伝説 全国に足跡を伝えるが 東北各地の霊場にも幾つかの縁起 足跡 開山伝承 金峰神社 月山 中田弥勒寺など 奥会津 米沢街道 綱木集落 仙台の定義如来 秋田由利郡の平家山 南郷村の重盛山小松寺 ( 高松寺 ) 苫米地の島守虚空蔵ほか 五大堂 気仙沼観音堂 箟峯寺 岩蔵寺 亀岡文殊 立石寺 秋保大滝不動 紺満寺 金峰神社 恐山などに足跡や開基 中興伝承 平泉 衣川の吉次屋敷跡 金成の藤太夫妻の墓と吉次三兄弟館跡 山形の唐松観音堂 白河の金売吉次兄弟の墓などに伝承 霊現堂 千曳神社 善知鳥神社 生魂神社 梵珠山 五大堂 箟峯寺 達谷窟 ( たっこくのいわや ) 達谷窟( たやのくつ ) ほか多数 奥会津や秋田県の西木戸神社 ( 泰衡夫妻関連 ) 酒田三十六騎など 大河兼任の乱 ( 平泉藤原氏の仇討ち合戦 ) を含めれば全県に痕跡 3 つの湖そのもののほか 十和田神社 斗賀神社霊現堂 米代川 八竜神社 東湖八坂神社ほか関連地多数 桙衝神社 笠島道祖神 ビッキ石など 関連伝説は湯殿山旧大日坊の皇壇杉や男鹿赤神神社 タケルを祀るのは刈田嶺神社や仙人堂など 秋田 山形 宮城県 福島 山形 宮城 秋田 青森県 宮城 山形 秋田 青森県 岩手 宮城 山形 福島県 青森 秋田 岩手 宮城 福島県 岩手 青森 秋田 山形県 秋田 青森 岩手県 福島 宮城 山形 秋田県 各県の 歴史散歩 シリーズ ( 発行 / 山川出版 ) ほか 各県の 歴史散歩 シリーズ ( 発行 / 山川出版 ) ほか 各県の 歴史散歩 シリーズ ( 発行 / 山川出版 ) ほか 各県の 歴史散歩 シリーズ ( 発行 / 山川出版 ) ほか 各県の 歴史散歩 シリーズ ( 発行 / 山川出版 ) ほか 各県の 歴史散歩 シリーズ ( 発行 / 山川出版 ) ほか 東北ふしぎ探訪 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 各県の 歴史散歩 シリーズ ( 発行 / 山川出版 ) ほか 六十里越街道 ( 著 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 各県教育委員会各県教育委員会各県教育委員会各県教育委員会各県教育委員会各県教育委員会各県教育委員会各県教育委員会 38 (d) 伝説 伝承 民話等 福島 宮城 山形県 囁き橋と阿古耶姫伝説 ( 樹霊婚姻譚 ) 巨木を伐り倒して作った橋が囁いたり 都から下向した姫が地元の若者と慕い合い契ったところ相手が樹木の霊だったという伝説体系 先住勢力と進出勢力の軋轢を孕む巨樹伐採譚や樹霊婚姻譚 老木墓標譚 安積采女と耳語橋 杉妻 笹谷峠 千歳山万松寺ほか 福島 宮城 山形県 歌枕とうほく紀行 ( 編 / 田口昌樹各県教育委員会 + 無明舎出版 発行 / 無明舎出版 ) 日本伝説大系 1 巻 ( 著 / 宮田登ほか 発行 / みずうみ書房 ) 日本伝説大系 2 巻 ( 著 / 木崎和弘ほか 発行 / みずうみ書房 ) 日本伝説大系 3 巻 ( 著 / 野村純一ほか 発行 / みずうみ書房 ) 39 (d) 伝説 伝承 民話等 40 (d) 伝説 伝承 民話等 41 (d) 伝説 伝承 民話等 42 (d) 伝説 伝承 民話等 福島 山形 秋田県 青森 秋田 宮城県 岩手 宮城 秋田県 秋田 岩手県 平将門伝説 北条時頼 ( 西明寺入道 ) 廻国伝説 後藤寿庵潜行伝承 ダンブリ長者伝説 古代東国 ( 関東 ) 独立の旗を上げて戦い非業の最期を遂げた将門と子孫たちの伝説 生前に関する伝説 怨霊伝説 子孫の足跡伝承など 13 世紀中葉 鎌倉幕府執権 ( 最高権力者 ) の北条時頼が僧形で諸国を旅し 寺社を聞いたり領地を授ける下し状を残したとの足跡伝承 伊達政宗の家臣で水沢領主だった寿庵は 当時の奥州のキリシタンを代表する人物 迫害の手が迫る直前に姿を消し 晩年は伝承の彼方 夢のお告げで米代川を遡った娘が若者と出会って夫婦になり 更に上流へ移住して長者となり 夫婦の娘は天皇に仕えた という物語 東北では如蔵尼 ( 将門の娘 ) 墓 羽黒山五重塔 ( 伝 将門創建 ) 滝夜叉姫 ( 如蔵尼の別名 ) や将門の遺臣が聞いた村など 名川の法光寺 藤崎の唐糸塚 鯵ケ沢の白八幡宮 西木村西明寺の大国主神社 松島の瑞巌寺などに開山 開基 再建伝承や愛妾伝説 秋田仙北郡 宮城の東和町米川 ( 天齢延寿庵主 墓碑 ) 岩手の岩崎の蝦夷塚( 頂上付近の併葬墓からの出土品 ) などが関連地 川名由来譚の深層に仏教流入譚や酒造技術発見譚 鹿角地方と二戸地方の交流譚などを伝える 関連地は独鈷大日堂や大日霊貴神社ほか 福島 山形 秋田県 青森 秋田 宮城県 岩手 宮城 秋田県 秋田 岩手県 東北ふしぎ探訪 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 各県の 歴史散歩 シリーズ ( 発行 / 山川出版 ) ほか 東北ふしぎ探訪 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 米代川読本 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 各県教育委員会 各県教育委員会 各県教育委員会 秋田県教育委員会 TEL 岩手県教育委員会 TEL d 伝説 伝承 民話 60/188

67 カテゴリー 県 市町村 地域資源名 資源の概要 歴史的価値 ストーリー 所在地 情報源 取材元 43 (d) 伝説 山形 秋 小野小町伝説 平安六歌仙の一人で絶世の美女とうたわ 雄勝の小町堂や芍薬塚 米沢の小野川温秋田 山形 宮城県 各県の 歴史散歩 シリーズ ( 発 伝承 民 田 宮城 れた小町をめぐる伝説 出生地に関する 泉 松島の かさぷた小町 譚と小町腰掛 行 / 山川出版 ) ほか 話等 県 ものと 宮廷女官を辞した後の足跡伝承 け石などに関連伝承 44 (d) 伝説 伝承 民話等 福島 宮城県 藤原中将実方伝説 などが各地に 平安中期 左近中将から陸奥守に左遷されて陸奥田府に向かった藤原実方朝臣の 足跡や挿話を含む伝説 実方は二十六歌仙の一人 白河関 二本松の七夜坂 名取の笠島道祖神と実方中将の墓などが主な関連地 福島 宮城県 各県の 歴史散歩 シリーズ ( 発行 / 山川出版 ) ほか 東北ふしぎ探訪 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 各県教育委員会 福島県教育委員会 TEL 宮城県教育委員会 TEL (d) 伝説 伝承 民話等 46 (d) 伝説 伝承 民話等 47 (d) 伝説 伝承 民話等 48 (d) 伝説 伝承 民話等 49 (d) 伝説 伝承 民話等 福島 山形県 秋田 青森県 秋田 青森県 山形 宮城県 秋田 岩手県 風の三郎伝承長慶天皇伝説藤原藤房伝説朝日長者譚マタギ定六と忠犬シロ伝承 越後の弥彦山を磁場の中心にして主に越後や甲斐に分布する風神信仰の伝承群 古代大和朝廷と地元勢力の攻防と文化転換のドラマの影も 長慶天皇は南北朝時代の南朝第 3 代天皇 永徳 2 年 (1382) に後亀山 ( 南朝最後の天皇 ) に譲位 都の動乱を避け東北に潜行したとの伝説 藤原藤房は建武新政 ( 親政 ) で知られる後醍醐天皇 ( 南朝初代 ) の近臣 本人の隠遁 足跡伝説や子孫伝承が北東北西部に残る 黄金と交易 都と地方の関わり 熊野信仰などのモチーフを窺わせ 登場人物に 朝日 や 夕日 の名が冠された長者譚 天下御免の狩猟免状を家に置き忘れたまま雪山での狩猟に出たマタギが国境を越えてしまい 逮捕されて処刑の危機 主人を救うため愛犬が 風神の息吹は季節風や越後上杉氏の移動とともに東北にも及び 会津喜多方の熱塩加納 羽州米沢と置賜地方各地に痕跡 田代岳の長慶金山 ( 開発伝説 ) 中津軽郡相馬村の上皇宮 ( 祭神 長慶上皇 ) 近くの天狗平山 ( 旧 陵墓参考地) などが関連地 秋田の補陀寺と伝 藤房の墓 大館の矢立廃寺跡 五所川原の飯詰高館跡などが関連地 長慶伝説ともども南朝系の勢力圏だったエリア パターンは様々だが 金成 ( 現栗原市 ) の姉歯の松 米沢の熊野神社 衣川の朝日長者屋敷 ( 別伝 金売吉次屋敷 ) 跡などが関連地 シロは数 10km の道を駆け戻って免状を持ってきたが時既に遅し 放浪の末にシ口が死んでいた山中に老犬神社が建つ 忠犬説話の原型 福島 山形県 秋田 青森県 秋田 青森県 東北ふしぎ探訪 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 各県の 歴史散歩 シリーズ ( 発行 / 山川出版 ) ほか 各県の 歴史散歩 シリーズ ( 発行 / 山川出版 ) ほか 福島県教育委員会 TEL 山形県教育委員会 TEL 秋田県教育委員会 TEL 青森県教育委員会 TEL 秋田県教育委員会 TEL 青森県教育委員会 TEL 山形 宮城 岩手県自己取材各県教育委員会 秋田県大館市 ( 葛原の老犬神社 ) 青森県三戸町 各県の 歴史散歩 シリーズ ( 発行 / 山川出版 ) および 各駅停車全国歴史散歩秋田県 ( 編 / 秋田魁新報社 発行 / 河出書房新社 ) 田県教育委員会 TEL 青森県教育委員会 TEL (d) 伝説 伝承 民話等 山形 岩手県 雪女房 ( 雪女 ) 伝説 吹雪の夜 雪深い山里の貧しい男の家に女が現われ 宿を請う 女はそのまま居着いて女房となり よく働いて幸せに暮らすが その顛末は パターンは様々だが 山形県置賜地方 ( 小国町や米沢市 ) や岩手県遠野地方などに伝わる ヴァリエーションを変えて他の各地にも 山形 岩手県ほか 日本伝説大系 2 巻 ( 著 / 木崎和広ほか 発行 / みずうみ書房 ) 日本伝説大系 3 巻 ( 著 / 野村純一ほか 発行 / みずうみ書房 ) 各県教育委員会 51 (d) 伝説 伝承 民話等 52 (d) 伝説 伝承 民話等 秋田 山形県 秋田 青森県 与次郎稲荷伝承 徐福伝説 江戸初期 常陸から秋田に移封された佐竹義宣の隠密特急飛脚として江戸と往き来し 羽州街道の六田宿で殺された大狐 与次郎をめぐる伝承 秦始皇帝が不老不死の仙薬を求めて方士 ( 仙人 ) 徐福の大船団を東の海に派遣 徐福は蓬莱島に辿りついたが戻らなかったとの徐福伝説 史実の存在を窺わせる興味深い物語を伝える 幕府による近世街道システム整備の裏事情や政治的陰謀が絡む可能性も 蓬莱島は日本列島のことで漂着地は紀伊半島との伝もあるが 小泊の尾崎神社 ( 青森県 ) や男鹿半島 ( 秋田県 ) にも足跡伝承が残る 秋田市千秋公園 ( 久保田城跡 ) や山形県東根市などの与次郎稲荷 青森 秋田県 東北ふしぎ探訪 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 各県の 歴史散歩 シリーズ ( 発行 / 山川出版 ) 東北ふしぎ探訪 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) ほか 秋田県教育委員会 TEL 山形県教育委員会 TEL 青森県教育委員会 TEL 秋田県教育委員会 TEL (d) 伝説 伝承 民話等 54 (d) 伝説 伝承 民話等 55 (d) 伝説 伝承 民話等 秋田 青森県 秋田 福島県 山形 秋田県 阿倍比羅夫伝説 手長足長伝説 磐司磐三郎とマタギ伝説 斉明天皇の4 年 (658) 180 艘の水軍を率いて遠征し 蝦夷を帰順させたり饗応したと書記に記される越国主 阿倍比羅夫関連の伝説群 先住勢力の 手長足長 が朝廷側の神仏 ( 宗教勢力 ) により退治されたり追放されたとする伝説 貝塚の主や歌枕の主の例も 猟師の磐司磐三郎が慈覚大師に殺生を戒められて縄張りの山々を譲ったとの伝説 ( その山が山寺立石寺 ) 他にも諸伝 善知鳥神社 十三湊 チゴキ崎 岩館神明社 野代営 綴子神社 七座神社 東湖八坂神社 秋田古田王神社など伝承多数 手長足長は 鬼 や 大蛇 や 巨人 などに重ねられる 鳥海山と有耶無耶関 ( 秋田 山形 ) 新地員塚 ( 福島県 ) などに足跡 阿仁方面に移りマタギの祖になったとの一伝も 立石寺 ( 山形市 ) のほか磐三郎が棲んだという磐司岩 ( 仙台市 国名勝 ) も関連地 青森 秋田県 秋田 福島県 山形 宮城 秋田県 各県の 歴史散歩 シリーズ ( 発行 / 山川出版 ) ほか 各県の 歴史散歩 シリーズ ( 発行 / 山川出版 ) ほか 歌枕とうほく紀行 ( 編 / 田口昌樹 + 無明舎出版 発行 / 無明舎出版 ) 日本伝説大系 2 巻 ( 著 / 木崎和弘ほか 発行 / みずうみ書房 ) 日本伝説大系 3 巻 ( 著 / 野村純一ほか 発行 / みずうみ書房 ) 青森県教育委員会 TEL 秋田県教育委員会 TEL 福島県教育委員会 TEL 秋田県教育委員会 TEL 各県教育委員会 56 (d) 伝説 伝承 民話等 山形 福島県 蜂子皇子伝説 崇峻天皇 ( 6 世紀 ) の息子 蜂子皇子が大和を脱出し 日本海を北上して由良海岸に上陸 羽黒山修験の開祖となったとする伝説 開祖伝承のある能除仙を蜂子皇子に重ねたとの説も 皇子の母 小手子姫は川俣絹織物の祖として足跡 ( 川俣側では小手姫 ) 羽黒山神社 ( 山形県鶴岡市 ) 機織神社 ( 福島県旧伊達郡川俣町 ) 東北ふしぎ探訪 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 山形県教育委員会 TEL 福島県教育委員会 TEL d 伝説 伝承 民話 61/188

68 57 (d) 伝説 伝承 民話等 58 (d) 伝説 伝承 民話等 59 (d) 伝説 伝承 民話等 60 (d) 伝説 伝承 民話等 61 (d) 伝説 伝承 民話等 62 (d) 伝説 伝承 民話等 63 (d) 伝説 伝承 民話等 福島 青森県 安達原の鬼婆伝説 生れつき口のきけない都の姫の病を癒すため 妊婦の生き肝が良薬と聞いた乳母が奥州に旅立ち 安達ケ原の岩屋に住み着く 歳月は流れ 東北 6 県 古四王伝説 表記は様々だが こしおう と呼ばれ 古代 越( 越前 越中 越後 ) の王 に関わるとさ れる謎の神にまつわる伝説 伝承 東北 6 県 弘法大師伝説 全国にあるが東北の寺や霊場にも夥しい 開山 開基 創建伝承が分布 民話化され た伝説 説話も多数 東北 6 県 古代安倍氏伝承 前九年役で滅びた古代豪族 安倍氏にまつわる伝承 戦記物語に登場する地だけでなく 安倍氏の足跡が疑わしいエリアでも語られる 東北 6 県 八幡太郎 ( 源義家 ) 伝説 前九年 後三年役での源氏側のヒーローとされ 八幡太郎の名も相俟って八幡神社をはじめ多くの寺社縁起に語られる 安倍氏伝承との重複も 東北 6 県 義経伝説 兄 頼朝に追討され京都から平泉に落ち 延びた 東下り と 平泉から更に逃げたと いう 北行伝説 に大別される 東北 6 県 オシラサマ伝承譚 ( オクナイサマ型を含む ) オシラサマは東北地方に特徴的な起源不詳の屋内神 祭文語りなどを通じて馬姫婚姻譚や馬神信仰や蚕神との関わりが伝えられる 運命的悲劇と鬼気迫る惨劇 古歌や謡曲などで伝えられた合意に富んだ物語 設定を変えて五戸版 安達婆 もある 古型の古四王は日本の神々では異例の北面神 越後五十公野 会津喜多方 羽後秋田が三古四王 それぞれに異なる伝承が ほんの一例として湯殿山 会津慧日寺 中田弥勒寺 百宅集落跡 大師山など 説話では 杖で叩くと水が湧いた などのパターン 伝承地の例として隠津島神社の木幡山幡祭り ( 福島県 ) や藤崎城跡 ( 青森県 ) など 平泉初代 清衡の母が安倍氏系なのは史実 家の事績には史実もあるが 本人の足跡が疑問な地域にも伝説が分布 秋田市の藤倉神社創建伝承などはその一例 前者は基本的に史実だが移動コースや逸話をめぐって伝説 伝承が混在 平泉で死んだはずの義経が逃げ延びていたとの後者は伝説 祭りは一家の主婦や巫女が司り家族または一族 地域の女性が参加 生業や家の守護神の性格も 黒塚の岩屋 ( 福島県二本松市 観世寺境内 ) 高山峠( 青森県三戸郡五戸町 ) 山形 秋田 福島 宮城 岩手県 東北全県 岩手 青森 宮城 福島県 東北全県 東北全県 東北全県 東北ふしぎ探訪 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 東北ふしぎ探訪 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 各県の 歴史散歩 シリーズ ( 発行 / 山川出版 ) ほか 各県の 歴史散歩 シリーズ ( 発行 / 山川出版 ) ほか 各県の 歴史散歩 シリーズ ( 発行 / 山川出版 ) ほか 義経北行伝説の旅 ( 著 / 伊藤孝博 発行 / 無明舎出版 ) 各県の 歴史散歩 シリーズ ( 発行 / 山川出版 ) ほか ( 自治体 企業 NPO 含む ) 福島県教育委員会 TEL 青森県教育委員会 TEL 各県教育委員会 各県教育委員会 各県教育委員会 各県教育委員会 各県教育委員会 各県教育委員会 d 伝説 伝承 民話 62/188

69 (1) 地域資源調査リスト (e) 食文化 カテゴリー県市町村地域資源名資源の概要歴史的価値 ストーリー所在地情報源 取材元 1 (e) 食文化 青森県 津軽地方 タラのじゃっぱ汁 鱈を頭 内臓 身に分け 大根 白菜 コンニャク 豆腐などと煮 味噌で味付けした汁 じゃっぱ とは ざっぱ と同意語で 魚肉を除いた魚の部位のことをさす方言 鱈が大漁の時 浜で待つ女たちがお祝いに作っていた 浜で鱈をさばき 納屋で自家製の味噌で料理する 日本の食生活全書 聞き書き青森の食事 編集委員会編 農文協発行 青森県商工会 WEB サイト /kanko/cooking/tsugaru.html ( 自治体 企業 NPO 含む ) 2 (e) 食文化 青森県 県全域 けの汁 小正月 (1 月 15 日 女の正月 ) に作る精進料理の一つ ダイコン ニンジン ゴボウ 焼き豆腐 ササゲのほか 塩蔵のフキ ワラビを塩抜きしを1センチくらいのさいの目に切る 大鍋に昆布だしをとり すましも少し入れ煮込む 3 (e) 食文化 青森県 弘前市 いがめんち イカのげそ ( 足 ) とニンジン タマネギをみじん切りにし さらにタマゴ 小麦粉 塩 こしょうを加えて練り合わせ フライパンで焼くか油で揚げる 小正月期間中 この鍋料理が食卓の中心となる 女性たちが台所に立つことを少なくする 家事からの解放の知恵である むかしから弘前地方で食べられてきた家庭料理 最近は提供する食堂やレストランが増えてきて人気が高くなっている 聞き書き青森の食事 青森県商工会 WEB サイト /kanko/cooking/tsugaru.html#3 青森県農林水産部総合販売戦略課 WEB サイト 弘前いがめんちを食べる会 4 (e) 食文化青森県津軽 下北地方 いかのすし 湯通ししたイカの腹に 酢と塩で味付けしたもち米 キャベツなど野菜とイカの足詰めた飯鮨 イカは年中手に入るので 保存のきくイカのすしを作っておいて 忙しい時期の日常のおかずにしていた 最近はもち米を入れないで作るものが多くなっている 聞き書青森の食事 青森県農林水産部総合販売戦略青森県農林水産部総合販売戦略課課 WEBサイト o/91.phtml 5 (e) 食文化 青森県 津軽地方 ニシンやイワシの糠漬け 内臓と頭 尾を取り よく洗って干す 樽の底に塩を敷き 魚をきっちり並べる その上に糠と塩を混ぜたものをかける これを繰り返して虫がわかないようにして漬ける 6 (e) 食文化 青森県 県全域 三平汁 サケ イワシ サバ アイナメなどの魚が材料 魚を2 枚におろして切り分け 軽く塩を振っておく 昆布だしにダイコン合わせ 魚を入れて塩で味を調え ネギを話して食する 7 (e) 食文化 青森県 津軽地方 豆もち もち米と一緒に大豆を蒸し 薄い塩味をつけて臼で搗く 大豆は茶豆 黒豆 青豆などを使う 形はかまぼこ型に整えて切って食べる 8 (e) 食文化 青森県 下北地方 べこもち うるち米ともち米に砂糖と塩を混ぜ 熱湯を加えて練る それに赤や緑 黄色などに着色した餅と普通の白い餅を < 組み合わせ 金太郎飴のようにして切り分けると模様のついた餅が出来上がる 9 (e) 食文化青森県下北 上北地方 いもかっけ ( つつけ ) 芋の粉に熱湯を加えて練り 板状にのばして三角形に切る 鍋にたっぷりのお湯を沸かし かっけを茹でてニンニク味噌やネギ味噌をつけて食べたりする 10 (e) 食文化 青森県 南部町周辺干し菊料理 黄色の食用菊の阿房宮は南部地方の特産品で 干し菊を水でもどしてちらし寿司 漬け物の青菜菊巻き ホウレンソウなどのおひたし 酢の物などに使う 11 (e) 食文化 青森県 八戸市周辺せんべいかやぎ 以前はサバの水煮缶詰を使う鍋料理だった 南部小麦を材料とした南部せんべいを 肉や魚 いろいろな野菜で作られた鍋に割入れ 柔らかくして食べる鍋料理 汁用のせんべいが売られている 農作業の時の弁当のおかずだった 独特うま味をもった発酵食品で 日本海沿岸で広く食べられている 温まる鍋料理なので冬によく食べられる 味を濃くするため塩辛を入れる家もある 北海道から伝わったという説もあるが確認できない こびる ( 昼食 ) に食べるがいたみやすいので暖かくなる前が時期 5 月の田植えのころはもうつくらない もとは くじら餅 と言い 白と黒砂糖で茶色に着色した餅で作っていたが だんだんこった模様が作られるようになってきた くじら餅 は北海道に伝わっている 芋で作るかっけは最近あまり食べられなくなった 現在はそばや麦のかっけが主流である つつけ や岩手県や宮城県で言う はっと 同様のものである 阿房宮は南部藩主が京都の九条家から貰い受け 南部町の相内地区で育てられたという 古くから延命長寿の花として 風邪 頭痛 解毒などに効果があるとされた 秋の刈入れ時期 この地方の畑は黄色の菊の花で埋まる 現在は 八戸せんべい汁 が一般的 藩政時代より八戸周辺の南部藩領で食べられていた家庭料理 平成 15 年より全国に向けて PR し B 級グルメの B-1 グランプリで有名になった 南部町 聞き書き青森の食事 聞き書き青森の食事 聞き書き青森の食事 聞き書き青森の食事 漫画 美味しんぼ第 100 巻青森県 雁屋哲原作小学館 聞き書き青森の食事 サライ極上食材図鑑 陸田幸枝著 小学館 聞き書き青森の食事 青森県農林水産部総合販売戦略課 WEB サイト 八戸せんべい汁研究所 食べられる店一覧 12 e 食文化 63/188

70 12 (e) 食文化 青森県 南部地方 そばの串もち 串もちには茹でるものと 茹でてから囲炉裏であぶるものがある 軽く練って3 寸くらいの丸く平らな餅にしお湯で茹で それに味噌やニンニク味噌をつけて食べる または串に刺しじゅね ( エゴマ ) 味噌を付け 囲炉裏であぶって食べる 青森県南部地方は冷涼な気候のため 米栽培に適していなかったため雑穀 ( あわ ひえ そばなど ) が穀物の中心だった 中でも蕎麦は育てやすいのと 土地がやせてても育ちが良いため 各所で蕎麦料理が作られてきた 聞き書青森県の食事 青森県農林水産部総合販売戦略課 WEB サイト o/33-2.phtml ( 自治体 企業 NPO 含む ) 13 (e) 食文化青森県 岩手県 両県の旧南部藩領 串もち 小麦粉や米粉を練って 平らにして串にさす 味噌をつけて焼く 茹でて焼くものもある 家族で食べる家庭の食べ物だが 最近では道の駅や直売所 祭りやイベント会場でよく見る 青森のファストフードとなっている 聞き書青森県の食事 北のコナモン情報サイト /kusi.html 14 (e) 食文化 青森県 南部地方 イワシの千本つっつき 浜で食べた料理で 鍋に海水と真水を入れ 大きくささがきした大根とイワシ 味噌を入れ 斜め切りしたネギを入れる 鍋に箸を突っ込んで皆で食べるので 千本突っつき と言う 15 (e) 食文化青森県 岩手県 県全域と岩手県二戸市周辺 へちょこだんご ( 餅 ) うきうき団子 へちょこ とはへそのこと へそのように真ん中をへこました一口団子を小豆餡に入れたお汁粉状のもの 食べさせる店はないだろうが 海岸で仲間と楽しむ人もいる なべこだんご とも言い 岩手県二戸地方にもある 小豆さえあれば簡単に作れるので 家族の祝いごと 人寄せなどの時によくつくる 聞き書青森県の食事 聞き書青森県の食事 農林省選定郷土料理百選 uri100/ryouri/02.html 安藤直美 ( 岩手県二戸市 ) 16 (e) 食文化青森県下北地方 ( ばおり ) 三戸地方 ( きんか ) ばおりもち きんか餅 そば粉の餅にみそと黒砂糖の餡を入れる 半月形の形に整えるが冷めるとぼそぼそしておいしくなくなるので 熱いうちに食べる 芋の粉を 材料にしたものが ばおり餅 で 小麦と餅米を材料にしたものが きんか餅 である 名前の由来は農作業時に被る ばおり に形が似ているため 三戸周辺では きんか餅 を食べる 聞き書青森県の食事 きんか堂青森県農林水産部総合販売戦略三戸郡三戸町大字二日町 70-1 課 WEBサイト aomori.jp/movie/ /movie.phtml 17 (e) 食文化 青森県 県全域 ニシンの切り込み 塩辛の一種で 3 枚におろしたニシンやサ ケを細長く切り 麹と塩で漬けた保存食 好みで乾燥した唐辛子を入れる 北海道でもよく食べられるが 青森から伝わったと言われている 酒のつまみとして喜ばれる 聞き書青森県の食事 18 (e) 食文化青森県下北半島 津軽半島 イワシの焼き干し 獲れたてのカタクチイワシの頭と内臓 尾下北半島の脇野沢 津軽半島の平舘が中を取り 水洗いした後天日干しする 10 匹心生産地 大変な手間がかかるため 販くらいを並べて串にさして干し 炭火で焼き売価格は高い 青森市の焼き干しラーメンあげ 再度天日干しする 極上の出汁がやそば 味噌汁 鍋料理の出汁を取る 取れる高級食材となる 東北の食と農漁の文化辞典 西東秋男編 筑波書房 サライ極上食材図鑑 陸田幸枝著 小学館 19 (e) 食文化 青森県 津軽地方 津軽そば そば粉につなぎとして生大豆粉を入れて 練り 一晩おいて熟成させてからそばを打 ち ゆでる 20 (e) 食文化 青森県 津軽地方 なんばんの一升漬け 青なんばん ( 唐辛子 )1 升 米こうじ1 升 醤油 1 升をよく混ぜ合わせる 3カ月ほど 寝かせるち味がよくなじむ 米があまり取れない津軽地方で育った 独特の蕎麦の食べ方 普通の蕎麦に比べ柔らかく 優しい触感となっている 炊き立てごはんのおかずや酒の肴になる 地域によって麹なんばん 3 升漬けとも言う まるごと青森 WEBサイト 25/ 美味しんぼ第 100 巻青森県 雁屋哲原作 青森県商工会連合会サイト /dishes/tsugaru/tugaru_nanba.ht ml 三忠食堂 ( 弘前市 ) 聞き書青森の食事 21 (e) 食文化 青森県 津軽地方 タラの子あえ マダラのたまごと凍み豆腐 ダイコン こん にゃく ニンジン 醤油 酒で味を調え鍋を 火にかけ熱を加えながらにあえる 22 (e) 食文化 青森県 県全域 干しカスベ ( ペ ) の甘辛煮 カスペとはエイ ( ガンギエイ ) を干したもの 三日ほど水に浸けて戻し 鍋に水 昆布 酒 醤油 砂糖 を加えて半日ほど煮込む 冬の青森を代表する家庭のごちそう料理 家々で作るがスーパーや商店などで惣菜としても売っている 青森では生のカスペも獲れるが 干しカスペは独特のうま味を持っている 生産地は北海道の稚内地方が多い 北前船で青森 秋田 山形の港に運ばれた 青森県農林水産部総合販売課 WEB サイト o/84-3.phtml 聞き書青森の食事 漫画 美味しんぼ第 100 巻青森県 雁屋哲原作 e 食文化 64/188

71 23 (e) 食文化 青森県 津軽地方 ホタテかやぎ味噌 ホタテガイの殻を使った一人鍋料理 だし 汁に味噌と卵をとき ホタテガイやシラウ オ ネギなと一緒に煮込む 津軽では貝焼き ( かやき ) 味噌 下北では味噌貝焼きという 病気の時や出産後の栄養補給食に位置付けだったが 最近は酒の肴などに好まれている 聞き書青森の食事 ( 財 ) 農村開発企画委員会 WEB サイト青森県の郷土料理 uri100/ryouri/02.html ( 自治体 企業 NPO 含む ) 24 (e) 食文化青森県 岩手県 秋田県 青森県下北 けいらん南部地方 岩手県北部 遠野市 秋田県鹿角市 餅を卵の形に丸めた中にクルミ入りの小豆のこし餡を入れ シイタケや昆布だしでとった汁に入れ 三つ葉を乗せる あんこの甘さとだし汁が調和し 男性にも人気がある 旧南部藩領の各所に伝わる上品な料理 最近では慶弔時の御膳に出されることが多い 名前の由来は形が鶏の卵に似ているため 聞き書青森の食事 ( 財 ) 農村開発企画委員会 WEB サイト青森県の郷土料理 uri100/ryouri/02.html 25 (e) 食文化 青森県 南部地方 ジョミジュース ジョミ とは秋に小さく真っ赤な実が付くガ マズミこと ちょっと渋みと酸っぱさがある 果汁をジュースにしたもの 26 (e) 食文化 青森県 津軽半島 若生おにぎり 津軽半島沿岸に育つ 薄くて柔らかい一 年物の昆布を若生昆布という その昆布 でおにぎりを巻いたもの 27 (e) 食文化青森県三戸 上北地方 馬肉かやき 馬肉に長ネギ ゴボウ キャベツ ニンニク 豆腐 糸こんにゃくなどを味噌仕立てにした鍋 28 (e) 食文化 青森県 津軽地方 津軽漬け ねぶた漬け 数の子 ( ニシンの魚卵 ) の薄皮を丁寧に取り除き スルメ 細かく刻んだ昆布と一緒に醤油で漬け込んだもの ねぶた漬けはこれにダイコンとキュウリを漬けこむ 29 (e) 食文化 青森県 県沿岸全域タラのたず鍋 マダラの切り身と白子 ( 精巣 ) の醤油味 鍋 他に豆腐 糸コンニャク 長ネギ シュ ンギク ナラタケなどを入れる 30 (e) 食文化 青森県 野辺地町 茶粥 この地域で飲まれている 野草のカワラケ ツメイを干したお茶で炊いた米粥 31 (e) 食文化 青森県 青森市 生姜味噌おでん 角こんにゃく ダイコン さつま揚げ 根曲り竹 殻付きツブ貝などあるが 具は店によって違う 軟らかく煮たおでんに生姜を混ぜた味噌を塗って出す 32 (e) 食文化 青森県 十和田市 十和田バラ焼き 甘辛い醤油だれで下味をつけた牛バラ肉 とタマネギを 鉄板で焼いて食べる 33 (e) 食文化 青森県 津軽半島沿 岸 サメの飯鮨サメは三枚に下ろし 身を適当な大きさに切り 水に 1 週間さらす サメとご飯に酒と塩 調味料でそれぞれ味付けをし 交互に樽に漬け込み 1 ヶ月ほど寝かせる 青森県以外にはない果汁ジュース 独特の風味は好みが分かれるが 病み付きになる人も多い 赤ワインようにポリフェノールが多いということで 健康志向の人に人気がある 津軽半島の東部で取れる細目昆布は 北海道の日本海側が種生産地である ふつうは一年で流失する 細長く柔らかい特徴がある この地域は昔からの馬産地として発展してきた 農耕場の産地で馬肉を食べるようになったのは大正時代から 最近は食用馬の飼育も行われている 馬肉鍋は寒い時期の栄養バランスがいいごちそうである 北海道の 松前漬け と同様のもの たず とは たつ のことでマダラの白子を言う このお茶は利尿 整腸作用があり肝臓や胃腸に効くと愛飲されている 茶がゆは 正月のごちそうで疲れた胃腸をいたわる健康食として正月明けに食べる 普通の煮込みおでんに 太平洋戦争後 青森駅前の古川闇市で 青函連絡船の客が体が温まるようにと おでんに味噌生姜を混ぜて販売するようになった B 級グランプリ参加料理 十和田市内の60 店舗ほどで提供している 発祥は太平洋戦争後の三沢市と言われる 米軍から払下げられる脂身の多いバラ肉を工夫して食べたのが始まり 十和田市を中心に 上北 南部一帯に広がっている 寿司作りは正月前の 11 月にはどこの家でも準備をし 漬けたもの サメの飯ずしを作る光景で迎春を感じ 村の出身者にとっては懐かしい正月の味になっている 青森県庁職員ブログ まるごと青森 E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%9F / まるごと青森 WEBサイト 23/ 津軽料理遺産 WEBサイト 3/index.php 青森県商工会連合会 /kanko/cooking/nanbu2.html#1 まるごと青森 WEB サイト E3%81%A4%E3%81%8C%E3%82%8B %E6%BC%AC/ 日本の食文化と暦 WEB サイト 津軽の惣菜 高橋みちよ著津軽書房刊青森県商工会連合会 /kanko/cooking/nanbu2.html#1 東奥日報あおもりの食 WEB サイト /aomori/oden.html ジャパン WEB マガジン wada-barayaki/index.html 聞き書き青森の食事 味処たなか上北郡東北町字上笹橋 3-35 TEL あおもりおでんの会 十和田バラ焼きゼミナール e 食文化 65/188

72 34 (e) 食文化 青森県 むつ市 品川汁 豆腐と味噌をベースに 昆布と小アジの焼き干しでとった出汁を加え よくすりおろして鍋に濾し入れナラタケを入れて軽く煮た料理 むつ市川内にあった安部城銅鉱山に来た 東京の品川さんという人が好んだため名づけられたとも 品川の漁師が難破した川内の船乗りを救い この料理を与えたためとも言われている 青森県農林水産部総合販売促進課 WEB サイト o/49.phtml ( 自治体 企業 NPO 含む ) むつ市川内山田浪子 35 (e) 食文化 青森県 県全域 枝豆の塩漬け 固ゆでした毛マメの水分を取り さっとしを を振って重しを知る その時 ひたる程度 に水を差す 36 (e) 食文化 青森県 南部地方 豆しとぎ 大豆に餅米とうるち米を半々に混ぜてやや硬めに煮て臼でつき 断面が小判型になるように形を整える 青大豆や黒豆を使うことによって 黄緑や灰色の豆しとぎができる 現在は 市販品も出回っていて 気軽に味わうことができる 37 (e) 食文化 青森県 大鰐町 大鰐もやし 大鰐温泉に伝わる固有のもやし 育てるのは冬期間だけで 温泉水しか使わない 長さが40~60センチもあり しゃきしゃきした歯ざわりは独特のものがある 38 (e) 食文化岩手県 宮城県 39 (e) 食文化 岩手県 田野畑村周 辺 沿岸地域 どんこ汁 ( 鍋 ) ダイコン ゴボウ ジャガイモ ニンジン ハクサイなどの野菜と 肝とぶつ切りにしたどんこを鍋に入れ 火が通ったら豆腐と長ネギを入れる 岩手を代表する冬の鍋である どんこなます 田野畑村の正月料理 新鮮などんこの内臓を除き焼いて身をほぐし 肝臓も焼いて味付けし 水気を切った大根おろしとまぜ 酢で味をととのえる 毛マメは青森県内で古くから栽培されてきた在来種 名前のとおり さやに茶色の毛が無数に生えている 下北半島では半農半漁の家が多く 自家製味噌を作るので大豆の作付は多い 12 月 9 日の えびす様の日 には豆しとぎが作られる まず神様に供え 一年の感謝と 健康と豊作を祈り その後蒸したり焼いたりして食べる 350 年以上の歴史を持ち 代々の津軽藩主の献上されたという 町の特産品にするため 東京に出荷するなど さまざまな取り組みが始まっている どんこ とは エゾイソアイナメ というタラの仲間の地方名 東北地方の太平洋側沿岸で取れる 焼き魚 鍋 たたき 味噌汁などで食べられる 白身の淡白な味で 大きな肝はアンコウと比較される もちを食べる時には酢の物を食べる習慣があることから この地方では欠かせない風習がある まるごと青森 40/ 青森県商工会連合会 /kanko/cooking/nanbu2.html#1 津軽の惣菜完 高橋みちよ著津軽書房刊まるごと青森 WEBサイト 22 ( 財 ) 農村開発企画委員会 uri100/ryouri/03.html 聞書き岩手の食事 ( 財 ) 農村開発企画委員会 HP uri100/ryouri/03.html 大鰐町地域交流センター鰐 Come (e) 食文化青森県 岩手県 青森県南部地方 岩手県 南部せんべい 小麦粉を水で溶いて丸い型に入れて固く焼いたせんべい 黒ゴマ 落花生などをいれるものが多い 旧南部藩領北部で生産されてきたせんべい もとは飢饉時の救荒食だったが いまでは岩手県を代表する菓子となった 醤油仕立ての鍋に入れた せんべい汁 の材料となる ( 財 ) 農村開発企画委員会 HP uri100/ryouri/03.html 41 (e) 食文化 岩手県 盛岡市 花 巻市周辺 わんこそば 一口大に小分けしたそばを たれを入れたお椀になげいれるようにして食べる その数を競う大会もある 観光客に人気のそばである 42 (e) 食文化 岩手県 大迫町 はらこそば はらこ とはサケの魚卵( いくら ) のこと 大粒のはらこを軽く塩処理し 一粒一粒パラパラにする 熱いかけそばの上に刻みネギをかけ さらにその上にはらこを乗せる はらこが少し白くなってきた頃が食べごろ 43 (e) 食文化 岩手県 沿岸部 ひゅうず ( ひゅうじ みみもち かますもち ) 44 (e) 食文化 岩手県 県中央部 沿岸中央部 ぬっぺい汁 ( のっぺい汁 八杯豆腐 ) 半月形をした南部小麦粉だんごの中に 味噌 黒砂糖 クルミを入れしっかり閉じる これをゆでて作る 味噌のすまし汁に干しシイタケを入れて出汁を作り 細長く切った豆腐と大根の下ろし汁で豆腐汁をつくりお椀に盛る すった長いもを2 本の箸にからめて 豆腐汁に入れて食べる 45 (e) 食文化 岩手県 江刺周辺 きんこん漬け ニンジン ゴボウ 赤唐辛子を昆布で巻 き 中をくりぬいたウリの中に詰め塩で漬 ける 最後にみそに漬けて出来上がる 南部藩領主の南部家 27 代当主 南部直利にまつわる由来説と 慶弔時の多くの客にそばをふるまうため 小分けにしたそばを考えだしたという2 説がある 主に盛岡と花巻に提供する店が多い 三陸海岸随一のサケが遡上する津軽石川 この川や大迫川河口一帯で食する 忙しい農作業のこびる ( 昼食 ) に食べる菓子だった 朝作ってお茶と一緒に田んぼや畑に持っていき 家族や仲間と楽しみながら食べた のっぺい汁と昔から言っていたが あんまりおいしく 8 杯も食べるということから 八杯豆腐 とも言うようになった 江刺周辺の漬物 漬かるほどにおいしいことから 金婚漬け という説もあるが ほかに切り口が きんこ ( なまこ ) に似ているから きんか ( まくわうり ) 説などある 岩手の文化情報大辞典 eikatsu/ryouri/index.html 岩手のそば 熊谷印刷出版部 岩手県流通課 WEB サイト 5/communication/junjoutushin/n o-023/005.html 聞書き岩手の食事 ごちそうさまおふくろの味 刊行委員会熊谷印刷出版部 聞書き岩手の食事 ごちそうさまおふくろの味 刊行委員会熊谷印刷出版部 川井村道の駅 やまびこ館で伝統食を製造販売している 川井やまばと会 澤口ミエさん html e 食文化 66/188

73 46 (e) 食文化 岩手県 盛岡市 盛岡冷麺 小麦粉 でんぷんを原料として練り 辛みのある独特の冷たいスープにキムチ カクテキ 季節の果物 ( スイカ リンゴ ナシなど ) 牛すね肉 ゆでたまごなどと合わせる 47 (e) 食文化 岩手県 盛岡市 盛岡じゃじゃ麵 ゆでた平うどんに じゃじゃみそ という特製の肉みそやキュウリ おろしショウガ 酢やラー油などをからめて食べる 麺を食べたあとの器に生卵をとき 麺のゆで汁を注ぎ 塩やコショウで味を調えた チータン で締めにする 48 (e) 食文化岩手県 宮城県 県全域 ばっとう 一般的なばっとうはニンジンやシイタケ 鶏肉などを醤油味で食べる そのほか 小豆ばっとう 枝豆をすりつぶした じんだばっとう くるみばっとう ごまばっとう などがある 49 (e) 食文化 岩手県 北部地方 柳ばっと きのこや野菜 鶏肉 豆腐にそば粉を練っ てのばし細長いヤナギ型に作っって入れ る汁料理 冷麺の朝鮮半島では でんぷん 小麦粉 に そば粉 が加わる 北朝鮮生まれの青木輝人氏が 昭和 29 年に盛岡に開店した 食道園 で 日本人の口に合うよう工夫したのが始まり 盛岡冷麺 わんこそばと合わせ 盛岡三大麺 とされる 中国東北部から高階貫勝氏が盛岡に持ち込み 日本人に合う独特の風味にくふうした 今では市内に 10 軒以上の店がある 地域などによっていくつかのパターンがある 材料は県南部が小麦粉 県北部は小麦粉とそば粉のあわせたものが多い 県北には三角形のものも 中央部には四角形 県南部はひもかわ状の柳ばっとうとなる 江戸時代 南部藩により 農民がソバを食すことを禁止されていた時期があった 領民は これはソバではない 柳ばっと だと そば粉で柳の形の団子を作って食べ続けたという ばっと は 法度 説もある 岩手県流通課 WEB] サイト 5/communication/junjoutushin/n o-003/001.html 農林水産省選定郷土料理百選 WEB サイト uri100/recipe/recipe/ 聞書き岩手の食事 ごちそうさまおふくろの味 刊行委員会熊谷印刷出版部 ( 財 ) 農村開発企画委員会 HP uri100/ryouri/03.html 岩手県政策地域部 NPO 文化国際課 HP eikatsu/ryouri/index.html ( 自治体 企業 NPO 含む ) 食道園 ぴょんぴょん舎盛岡駅前店 盛岡じゃじゃ麺ファンクラブ 50 (e) 食文化 岩手県 北上川 ほ か河川流域 51 (e) 食文化岩手県 宮城県 県南部 宮城県全域 カニばっと がんずき 北上川流域や各地の河川では川ガニ ( モクズガニ ) を使った汁物などの料理が好まれている 小麦粉を練りちぎって鍋に入れる ばっと に川ガニを使うと いい味の出汁がでる 蒸しパンの一種 小麦粉や卵などを練った生地を蒸して しっとり もちもちっとした食感に仕上げる 黒砂糖やしょう油など 地域により味つけは様々 昔から川ガニは流域に住む人たちのごちそうだった しかし平成になってからあまり取れなくなり 川崎村では養殖に取り組み始めた こびる ( 農作業の合間のおおやつ ) のおやつ 冠婚葬祭の引き出物やお茶請けとして 昔から親しまれてきた庶民の味 最近では道の駅などの直売所でも人気 岩手県政策地域部 NPO 文化国際課 HP 岩手の文化情報大辞典 eikatsu/ryouri/index.html ごちそうさまおふくろの味 刊行委員会熊谷印刷出版部 道の駅 かわさき mlist1.html 52 (e) 食文化 岩手県 県中央部 きりせんしょ 米粉だけで作る地方と 3 割ほど餅米を加える地方もある クルミと黒砂糖を一緒にこねた餅で 小判形などの木型にいれて型をつくる 53 (e) 食文化 岩手県 野田村 しだみ団子 しだみ とはこの地方の方言で どんぐり のこと どんぐりの粉を入れた餡を小麦粉 の団子を作り餡を入れ 蒸してつくる 54 (e) 食文化岩手県久慈市 九戸郡 55 (e) 食文化 岩手県 一関市室根 町 56 (e) 食文化 岩手県 奥羽山脈沿 い まめぶ汁 矢越かぶ料理 ばっけの酢味噌和え 汁物だが具だくさんな小麦だんごと焼き豆腐入りの野菜のうま煮 小麦粉で作った まめぶ の中に黒砂糖とクルミが入っている かぶ蒸かし とも言う 一関市室根町でしか栽培されていない 矢越しかぶ が材料となるおこわ料理 ばっけ とは ふきのとう のこと アクを取った ばっけ いちょう切りのニンジン 酢 味噌 砂糖 かつお節と混ぜ合わせる 独特の香りと苦みを楽しむ料理 切りさんしょう とも言い ひな祭りや仏様に供える かつてはサンショウを刻んで浸した汁で粉を練ったことが由来である どんぐり は救荒食だった 最近の自然食ブームや伝統食ブームで脚光を浴びている 岩手県沿岸北部の岩泉や野田村では どんぐり を入れたさまざまな料理や菓子を作っている 久慈市では まめぶ を郷土食にする取り組みを行っていたが NHKテレビ あまちゃん で一躍有名になった もともとは久慈市と合併した山形村や 隣接する大野村 ( 洋野町 ) の料理 戦後 食料が豊富になった時代に作られなくなり絶滅したと思われていた 矢越かぶ を復活させた 食物繊維の含有量が抜群に高く 甘さがあり ビタミンCやミネラル類が豊富 冬季間の保存野菜が切れるころ ばっけ の香りは 春を思わせるありがたい食べ物 ごちそうさまおふくろの味 刊行委員会熊谷印刷出版部 聞書き岩手の食事 岩手県政策地域部 NPO 文化国際課 HP 岩手の文化大辞典 eikatsu/ryouri/shousai/ryouri_11 0.html 岩手県農林水産部流通課 HP 5/communication/junjoutushin/n o-024/005.html 岩手県農林水産部流通課 HP php?n=113 聞書き岩手の食事 ごちそうさまおふくろの味 刊行委員会熊谷印刷出版部 道の駅 のだ まめぶの家駅前店 00/intro/detail/jdr c8xr k.html ふれあい室根旬菜館 一関市室根町矢越字山古沢 92-1 e 食文化 67/188

74 57 (e) 食文化 岩手県 県内各地の 山間部地 カジカの甘露煮 58 (e) 食文化 岩手県 県南部 餅の本膳料理 冠婚葬祭時や季節の年中行事にもてなし料理として出される 本膳に小豆もち 雑煮もち クルミもち なます なかうち ( 漬物 ) を配膳したもの カジカ とは川底の石の間を住処とするカジカは小魚だが濃厚なうま味を持ってい小魚 ハゼと似ている 内臓をとった カジる 特に冬期間のカジカを焼き干しにするカ の甘露煮で 油で揚げないで煮ること と 極上の出汁が取れる 甘露煮にしたものも 独特の風味が自慢だ 岩手県南部から宮城県北部は 昔からもち文化が盛んだった いまでも 300 種以上のもち料理があり 日本一のもち地域と言われている 岩手県政策地域部 NPO 文化国際課 HP 岩手の文化情報大辞典 eikatsu/ryouri/shousai/ryouri_00 2.html 聞き書き岩手の食事 岩手県農林水産部流通課 HP 5/communication/junjoutushin/n o-025/005.html ( 自治体 企業 NPO 含む ) もち食レストラン ぺったんくん ( 道の駅 厳美渓内 ) 岩手県一関市厳美町字沖野々 TEL (e) 食文化 岩手県 二戸市 遠 野市周辺 60 (e) 食文化岩手県 青森県 干し餅 ( 凍み餅 ) 三陸沿岸部いちご煮 暮れや小正月についた餅を角形の流し箱か のし板で1センチくらいの暑さにのし 一日置いて10センチ 5センチ程度に切る わらやビニールひもで10 個ほどづつ編み 氷点下になる外で干す 鍋に少量の水と塩を少々入れ 殻からとったウニを入れて煮る 沸騰したら長ネギとアワビを加え ひと煮立ちしたら火からおろす 今は缶詰があるので楽に使える 干し餅は携帯と保存がきき消化も良い 好みで大豆やクルミ ゴマを入れるなどバリエーションを付けることもできる 八戸地方から岩手県沿岸北部の料理 ウニの煮た様子が木いちご ( もみじいちご ) に似ているため 昔は結婚式などの料理であり 漁師が浜で食べる料理だった 聞書き岩手の食事 ごちそうさまおふくろの味 刊行委員会熊谷印刷出版部 ごちそうさまおふくろの味 刊行委員会熊谷印刷出版部 東北の食と農漁の文化 西東秋男編筑波書房 61 (e) 食文化 岩手県 二戸市 きゃば餅 きゃば とは岩手の方言でカシワのこと 小麦粉に黒砂糖 くるみ 重曹を混ぜ 耳たぶくらいの柔らかにこねてきゃばで包み焼いて作る 62 (e) 食文化 岩手県 県全域 すあま 甘い米粉菓子 餅米ではなく質の良いうるち米だけ使用して作る 石臼と杵でつくが 手水をほとんど使わないので こしの強さが普通の餅と違います 63 (e) 食文化 岩手県 田野畑村周 辺 いもだんす ジャガイモを寒に凍らせ 乾燥粉と小麦粉を混ぜ 小豆汁にいれたもの 昔からこびるとして愛されてきたきゃばもちは 今でもおやつとして家庭で作られたり 小学校の調理実習で作られたりと 世代を越えて愛されている 色素を入れてピンク色や黄色にする 県中央部では桃の節句に欠かせない菓子である 矢巾町では 得田すあま として伝統菓子となっている 田野畑村は三陸海岸沿岸の村 平地が少なく ヤマセに悩まされた地域だが 独特の魅力的な食文化が残る地域である 64 (e) 食文化岩手県普代村きらずだんすそば粉か小麦粉をきらず ( おから ) の水分煮しめをたくさん作る行事では豆腐を多くでこね餅 そばは冷めると固くなるが きら作るので きらずも大量に出る そのためずと練り合わせた餅は固くならない きらずもち も行事の際に同時に作ることが多い 65 (e) 食文化岩手県 宮城県 岩手県一関市 宮城県栗原市 66 (e) 食文化 岩手県 県北部 一 関市 67 (e) 食文化 岩手県 宮古市 下 閉伊郡 68 (e) 食文化 岩手県 宮古市 山 田町 みょうがの葉焼き たかきび餅 くるみ雑煮 としるの塩辛 小麦粉と重曹 黒砂糖 くるみ 味噌と水を混ぜたものを みょうがの葉にはさんで 鉄板で焼いたもの みょうがの葉がある6 月から11 月までの みょうがの葉の香りがとてもよいおやつ たかきびとうるち米の粉を合わせて味を付けてこね 蒸して作る赤いお餅 へっちょこだんご もたかきび粉で作る ウグイ サバ ドンコなどの魚を焼き干しにしたもので出汁を取った雑煮 具はダイコン ニンジンのせん切り ゴボウ セリ 凍み豆腐 イクラなどを入れ 小鉢に入れたクルミだれをかけて食べる アワビの肝の塩辛 としる とはアワビの肝のことで 肝だけを集めて 3 カ月ほど塩に漬けて作る 珍味中の珍味で日本酒やワインの肴としても珍重される 岩手県南部から宮城県北部伝わる郷土料理 七夕まつりやお盆のお供え物として作られていた郷土のお菓子 たかきびとは一般的には こうりゃん と呼ばれる雑穀 他に もろこし とも言う 一時はほとんど栽培されなくなったが 食の多様化 健康食人気で栽培面積が増えている 三陸の豊かな海の幸を入れた個性的な雑煮 贅沢で手間のかかる雑煮だが 年の初めの祝いの一品である アワビが好きな人には 歯ごたえのある身と同様に珍重される逸品 としるはアワビの餌であるコンブやワカメなどの海藻類のかたまりで 成分のほとんどはグリコーゲン 岩手県政策地域部 NPO 文化国際課 HP 岩手の文化情報大辞典 eikatsu/ryouri/shousai/ryouri_06 1.html 岩手県政策地域部 NPO 文化国際課 HP 岩手の文化情報大辞典 eikatsu/ryouri/shousai/ryouri_07 0.html 岩手県政策地域部 NPO 文化国際課 HP 岩手の文化情報大辞典 eikatsu/ryouri/shousai/ryouri_10 9.html 聞書き岩手の食事 ( 財 ) 農村開発企画委員会 uri100/ryouri/03.html 岩手食文化研究会 HP 聞書き岩手の食事 農林水産省全国お雑煮ガイドH P 101/spe2 02.html 岩手県流通課 HP 5/communication/junjoutushin/n o-013/001.html キッチンガーデン二戸市駒ヶ嶺字海上前田 田中舘節子さん矢巾町大字北郡山 あけど土曜市田野畑村商工会 鈴木哲子一関市藤沢町藤沢字柳平 木村商店 山田町豊間根 7-30 新田工業団地 e 食文化 68/188

75 69 (e) 食文化 岩手県 北上山地 奥羽山脈周 辺 凍み大根 輪切りや拍子切にしたダイコンを 寒風の中で凍らせ 水分を抜いたもの 干し方は 丸いダイコンの真ん中に穴を開けひもに通したり 長いダイコンをひもでくくって干したり 地方によって形が違う 70 (e) 食文化 宮城県 気仙沼地方あざら 白菜やダイコンの古漬けを 魚のメヌケのアラと煮込んだ粕汁 古くなって少し酸っぱくなったハクサイの漬物を美味しく食べる 郷土の知恵である 71 (e) 食文化 宮城県 登米市周辺油麩料理 油麩とは油で揚げた麩のことで 登米市登米の特産品 この油麩を使った料理はいろいろ考案されているが もともとはうどんや味噌汁 夏野菜の煮物などの食べ方が主体だった 72 (e) 食文化 宮城県 大崎市 かりんとう イースト菌は使用せず 小麦粉のほか自 家米を入れてより食感を追求した 岩出山 の一斗缶入りかりんとうが人気 岩手県は本州で一番気温が低くなる県のため 各地で凍み大根を作っている 煮物を中心に その料理も多彩である 大きな鉄鍋で炊いて 仲間が集まって食べる習慣があった 冷めても美味しく 翌日に煮返すとさらに味が良くなる 明治時代に登米町で作られ始め 精進料理の食材としてお盆に必ず食べられた 最近は油麩丼などの新メニューが開発され B 級グルメの一つとなって人気だ 岩出山は昔から かりんとう の生産が盛んで 現在も 5 店がそれぞれの個性で生産販売している 西和賀町役場 HP ndex.cfm/13,12391,120,html ごっつぉうさん みやぎの食を伝える会編著 河北新報出版センター刊 宮城県庁 食材王国みやぎ HP html ごっつぉうさん みやぎの食を伝える会編著 河北新報出版センター刊 大崎市 HP( おおさきの味 ) uest/kanko/bussan/01.html ( 自治体 企業 NPO 含む ) 油麩丼の会 岩出山のかりんとう店サイト /index.htm 73 (e) 食文化 宮城県 岩手県 宮 城県 福島 県内陸部 いのはなご飯 ( こうたけ飯 ) キノコのコウタケ ( シシタケ ) の炊き込みご飯 コウタケは乾燥すると真っ黒い色になる 薫り高いキノコである 74 (e) 食文化 宮城県 白石市 おくずかけ たっぷりの野菜ととうふ 油揚げをシイタケ のだし汁で煮込み 温麺を 加えて片栗粉 でとろみをつけた精進料理 祭りや行事のごちそう食材として干して保存した 多くは取れないキノコなので 価格は高い 最近では薬用として珍重されている 宮城県の代表的な郷土料理のひとつ 県南部では 彼岸やお盆に必ず作っていた精進料理である 最近では普段の家庭料理であり 学校給食にも出るようになった ごっつぉうさん みやぎの食を伝える会編著 河北新報出版センター刊 私の作る郷土料理 ふるさとご飯会編マガジンハウス刊 ( 財 ) 農村開発企画委員会 HP uri100/ryouri/04.html 75 (e) 食文化 宮城県 松島周辺 カキ飯 ( カキご飯 ) 南三陸沿岸で養殖されているマガキだけ を具にした 贅沢な炊き込みご飯 彩とし て三つ葉を散らす 最近はカキを使った料理のバリエーションが増えているが この料理もその一つで カキは熱を通すと固くなるため 上手に炊けるようになるにはコツをつかまなければならない ごっつぉうさん みやぎの食を伝える会編著 河北新報出版センター刊 ( 財 ) 農村開発企画委員会 HP uri100/ryouri/04.html 76 (e) 食文化 宮城県 石巻市 からしまき からしをシソの葉で巻いたもの からし巻きは 生漬け大根またはたくあんを拍子切りにし 溶きからしをまぶし しそで巻いた漬物 鼻から抜けるツーンとした辛さと 1 本ずつ丁寧に巻かれたしそがおいしさの秘訣 旧河南町の名物 昔は各家庭で作っていたが 手間がかかるため最近はあまり作られなくなった 毎年 10 月下旬 ~2 月頃までの期間限定で大手量販店や JA の直売所で 深谷からしまき の商品名で販売もされている NHKエデュケーショナルみんなの今 JAいしのまき河南即貧加工部会日の料理 HP e/5011_%e3%81%8b%e3%82%89%e 123_01.html 3%81%97%E5%B7%BB%E3%81%8D.h tml 77 (e) 食文化 宮城県 栗原市 ごろんべ鍋 熱した鍋にドジョウとみりん 水を入れる 角切りしたサトイモ ダイコン ゴボウ ニンジン 凍み豆腐を入れことこと煮る 醤油か味噌で味付けし 汁がドロッとしたらた長ネギを入れ完成 78 (e) 食文化 宮城県 白石市 白石温麺 江戸時代から続く白石の特産品 乾麺で切り揃えた長さが8センチと短く 一般のそうめんより細いので茹でやすく食べやすい どじょう鍋 ごろんべ とは大崎 栗原地域の方言で ドジョウ のこと この地方では一年中食べる 地域の食である 製法で油を使わないため 食感がさっぱりしている 東北では秋田の 稲庭うどん と並ぶ有名乾麺で 郷土料理の おくずかけ に欠かせない麺である ごっつぉうさん みやぎの食を伝える会編著 河北新報出版センター刊 漫画 美味しんぼ第 75 巻宮城県編 雁屋哲原作小学館 ごっつぉうさん みやぎの食を伝える会編著 河北新報出版センター刊 ( 一社 ) うどんミュージアムHP 白石観光協会 食べる うーめん一覧 HP html e 食文化 69/188

76 79 (e) 食文化 宮城県 白石市 けんちん温麺 ごまだれ温麺白石特産の温麺を使った料理 お盆は ごまだれ すり鉢であたったゴマに味噌を加え麺つゆとみりん 水でのばす けんちん は冬が出番 具と汁と麺を別々に作っておき 鍋で一緒にする 暖かい汁が冷えた体にうれしい 80 (e) 食文化 宮城県 栗原市 ゆり根ぶかし ユリ根 ( 球根 ) を餅米に混ぜて蒸かしたおこわ ユリはオニユリ ヒメユリ コオニユリ ヨシノユリなどが苦みがなく 食用に向いている 81 (e) 食文化 宮城県 仙台市周辺仙台長なす漬け 宮城県伝統野菜の一つ 仙台長なすの塩 の漬物 仙台長茄子は 栽培期間が短く ても 収穫可能な極早生 やや小ぶり 皮 がやわらか 肉がしまっているのが特徴 82 (e) 食文化 宮城県 栗原市 ナスのずんだあえ 夏野菜の代表ナスと 枝豆をすりつぶした ずんだ で和えた料理 丁寧にすり鉢ですった ずんだ の味は格別で ふわっと広がる豆の香りと油っこいコクがなんとも言えない 83 (e) 食文化 宮城県 仙台市 仙台雑煮 海と山の幸をふんだんに盛り込んだ雑煮 大きな焼きハゼ 紅白の板かまぼこ はらこ ( サケの仔 ) ダイコン ニンジン ゴボウの引き菜 ズイキ 凍み豆腐 干しシシタケ セリなど 出汁はハゼの焼き干しからとる 84 (e) 食文化 宮城県 亘理町 山 元町 85 (e) 食文化 宮城県 志津川 石 巻周辺 ほっき飯 ホヤ雑煮 ホッキ貝を細切りにした炊き込みご飯 ホッキ貝の獲れる時期は12 月中旬から4 月下旬 ホヤを出汁と具に使った珍しい雑煮 具の豪華さ 引き菜はじめその共通な材料 醤油の味付けは仙台雑煮と似ている ホヤの用い方 雑煮の作り方は 地域や家庭により異なる 400 年以上の歴史を誇る温麺 その歴史は多様な温麺メニューを育んできた 先人の知恵を生かした食文化に 新しい食の歴史が加わろうとしている 栗原地方の行事 七日盆 で食べる料理のひとつ 七日盆 ではごちそうを 7 回食べ 水浴び を 7 回する習わしがある 伊達正宗の時代に栽培が始まったと伝えられている 明治時代に漬物用としてすでに 優良種子の供給が行われ 産地化が進んでいた とされる 栗原は餅料理の種類が多いことで知られているが ずんだ 料理も多彩である くりはら食ツーリズム研究会 という団体を作り 活動を行っている 仙台雑煮が豪華なのは伊達の殿様雑煮と関連が言われるが 共通する食材はダイコン ゴボウ 凍み豆腐だけである 仙台湾で獲れる大型ハゼは 仙台の冬の風物詩 このあたりは日本を代表するホッキ貝の産地 東日本大震災で大きな被害を受けたが 漁獲は徐々に回復して来た 正月に石巻や南三陸町の志津川で食べる また雑煮以外に そばやうどんの出汁をホヤでとる所もある スパイスであり薬草であるサフランのような香りと苦みが少しあり 慣れると癖になるような味がでる 私の作る郷土料理 ふるさとごはん会 編マガジンハウス発行 ごっつぉうさん みやぎの食を伝える会編著 河北新報出版センター刊 東北 北海道の郷土料理 乙坂ひで編著ナカニシヤ出版 ごっつぉうさん みやぎの食を伝える会編著 河北新報出版センター刊仙台商工会議所 せんだい 杜の都親善大使 HP くりはらツーリズムハンドブック 地元食の本 栗原食ツーリズム研究会発行 ごっつぉうさん みやぎの食を伝える会編著 河北新報出版センター刊 東北 北海道の郷土料理 乙坂ひで編著ナカニシヤ出版 東北 北海道の郷土料理 乙坂ひで編著ナカニシヤ出版 聞書き宮城の食事 ( 財 ) 農村開発企画委員会 uri100/ryouri/04.html ( 自治体 企業 NPO 含む ) 白石観光協会 食べる うーめん一覧 HP html 伊達美味 ( だてうま )HP u/index.html くりはら食ツーリズム研究会 亘理町観光協会 HP 86 (e) 食文化 宮城県 石巻周辺 松葉汁 大根葉とサンマのすり身 味噌仕立ての汁 サンマは包丁の峰でたたき おろしショウガと片栗粉を混ぜ合わしたすり身にする 千切りダイコンを水煮にし すり身と 87 (e) 食文化 宮城県 石巻 牡鹿 半島 マンボウの酢味噌和え とも和え マンボウの身は柔らかく水分が多い 生の白身を酢味噌で食べたり 肝臓ととも和えにしたりする 日本有数のサンマの産地ならではのさんまのすり身汁である ダイコンの千切りを松葉に見立てたもの 大きさが 3~4 メートルにもなるマンボウは 三陸海岸の定置網にときどきかかったり 突き棒で捕獲されたりする 東北 北海道の郷土料理 乙坂ひで編著ナカニシヤ出版 ごっつぉうさん みやぎの食を伝える会編著 河北新報出版センター刊 88 (e) 食文化 宮城県 県内陸北部はっとう はっとうは宮城県北から岩手県まで 旧仙台藩領で また福島県会津地方で食べられていた 内陸部小豆 つゆ カボチャ ずんだ 小豆粥 カボチャ ゴマ じゅうねんなど さまざまなはっとう ( ばっとう ) がある 89 (e) 食文化 宮城県 仙台市 仙台牛タン 仙台名物料理の代表格 仙台市内に数十件の専門店がある 塩とコショウで味付けし一晩寝かせ炭火で焼き 牛テールスープを付けるというのが定番 名前の由来はさまざまある ご法度説 小麦粉を練ってのばしたものを餺飥 ( はくたく ) と言い音読みでは ほうとう となる これが はっとう はっと となり うどんの元祖と言われている 仙台牛タンの始まりは昭和 23 年 生みの親は 太助 の初代店主 佐野啓四郎氏 ( 故 ) と言われている 洋食料理店のタンシューに惚れ込んで開発したが 素材の確保には苦労し 宮城 山形の畜産農家を回って入手した 宮城県観光連盟 HP ごっつぉうさん みやぎの食を伝える会編著 河北新報出版センター刊 聞書き宮城の食事 仙台牛タウン HP 牛タンの太助 SSID=7rhts1rcjrfgugn3ulu1k23f93 e 食文化 70/188

77 90 (e) 食文化 宮城県 気仙沼地方クジラ料理 刺身 干し肉 竜田揚げ 味噌焼きなど多様な料理が生み出さてきた クジラの味噌焼きもその一つで 鯨肉に薄く塩をふり 1 日程度干してjから醤油 酒などを入れ とろみをつけた味噌に1~2 日漬けた後 あみ焼きにする 91 (e) 食文化 宮城県 大崎市 丸 森町 へそ大根 皮をむいて厚さ 2.5 センチに輪切りにし 大釜でにて竹串に通す 乾燥は半月ほど 串から外してなお縁側で 1 週間乾し 最後はシイタケ乾燥機に入れて仕上げる かつて 牡鹿町 ( 現石巻市 ) 鮎川港は捕鯨基地として栄えてきた 捕鯨に制限が掛けられてからは 調査捕鯨基地としてミンククジラを捕獲してきた 東日本大震災で壊滅的な被害を受けたが 徐々に回復してきた 福島県との坂に位置する丸森町筆甫地区 冬の天気はいいが 夜はかなり冷えこむ 夜は凍り 昼に融けるを繰り返し ダイコンは柔らかくなる 重さが 20 分の 1 まで干からび 完成となる ( 財 ) 農村開発企画委員会 uri100/ryouri/04.html 長寿の国日本の伝統食 サライムック睦田幸枝著小学館 農林水産省 HP 901/memory_03.html ( 自治体 企業 NPO 含む ) 木村一男さん宮城県伊具郡丸森町筆甫字平松前 35 Tel (e) 食文化 宮城県 県北部 餅料理 ふすべ餅 えび餅 雑煮餅 ぼた餅 あんこ餅 草餅 ずんだ餅 ごまもち くるみ餅 じゅうね餅 しょうが餅 納豆餅 これらは多彩な餅料理の一部です その種類は60 種以上ある 93 (e) 食文化 宮城県 仙台市 沿 岸地方 笹かまぼこ 三陸沖でとれる白身魚を原料に すり身にして手の平でたたき 笹の葉の形に焼いたもの 宮城県沿岸地域や仙台市内では複数の店舗で生産されている 94 (e) 食文化 宮城県 気仙沼 ふかひれ料理 東日本大震災大震災前は国内生産の 95% が気仙沼だった すべての会社が津波で流され 生産がゼロになったが 徐々に回復し始めている 95 (e) 食文化 宮城県 仙台市 仙台駄菓子 マコロン ねじり棒 兎玉 より南京 きなこくし 味噌パンなど多くの種類がある 駄菓子 とは言え 懐かしくも品のある菓子の名作が揃う 96 (e) 食文化 宮城県 仙台市 三角定義あぶらあげ 明治 23 年創業の豆腐店 定義とうふ店 の名物油揚げ 三角形の大きく厚い油揚げに醤油と唐辛子をかけて その場で立ち食いする人が多い 97 (e) 食文化 宮城県 白石市 小原の寒葛 葛の根からとったでんぷんを生成したもの が葛粉となる 本物のくずまんじゅうやくず 餅の材料として欠かせない 98 (e) 食文化 宮城県 県内陸北部豆ねっけ ( 豆ねっけ ) ねっけ n 由来は 練る と言われている 青大豆を煮ている鍋に 米粉をふるい入れてかき混ぜ だまにならないように注意する 固めの糊状になるまで続ける 隣接する岩手県一関市から県北部 特に栗原は餅の料理が多い地域である 冠婚葬祭から日常の食まで 餅が支えた食文化は 今でもしっかり残っている 笹かまぼこは明治の初め ひらめの大量が続いた際にその利用と保存のため作られたのが発祥と言われている 江戸時代から作られてきたが 国内消費より中国への輸出がほとんどだった 干しナマコ 干しアワビ フカヒレが長崎俵物として中国に輸出され 中華料理の高級材料となった 元禄 8 年 (1695) 創業の熊谷屋 明治 18 年の石橋屋 太平洋戦争後の創業となる中鉢屋 日立屋などの店がある 江戸時代からあった菓子だが 元は子供の駄菓子屋神仏への供え物だった 定義如来西方寺の門前に立つ豆腐店の名物 この油揚げの揚げたてを買い食いするため わざわざ仙台から来る人も少なくない 白石三白 のひとつ かつて小原地区の特産品だったが 地中深くにある葛根の掘り出しが大変で 平成に入ったころ途絶えた 平成 8 年に生産組合を設立し復活を試み さらに栽培に着手 採取までは10 年以上かかるので その生育が期待されている 昔から田植えの時のこびるやお茶うけ 子供のおやつに食べられてきた郷土料理 二番粉や三番粉などくず米を無駄なく食べるために工夫されてきた 99 (e) 食文化宮城県七ヶ宿町山菜鍋七ヶ宿は山菜とキノコの宝庫である 春のミズ フキ タケノコ ワラビ モミジ山菜の盛り 5 月中旬頃 取れたての山菜ガ... 山菜という名の野草を大量に入を大量に煮込んだ鍋を食べる れた鍋をほうばる幸せ 七ヶ宿の人たちはこの幸せをあたりまえだと思っている 運の良い旅人は旅館や直売所でその幸せを分けていただくことができる 100 (e) 食文化 宮城県 亘理町 山 元町 シャコめし 寿司ネタとしても珍重されている 亘理近海で揚がるシャコは 春から夏が旬 活きの良さも自慢で そのシャコをふんだんにご飯の上に並べたもの 下に敷かれたご飯がよく見えないほど並ぶシャコ 亘理町荒浜漁港はシャコの本場 獲れたてを生きた茹でて口に運ぶ 大震災の影響で漁獲量は多くないが 回復に向かっている くりはらツーリズムハンドブック 地元食の本 栗原食ツーリズム研究会発行 宮城県蒲鉾組合連合会 気仙沼市 HP フカヒレ物語 www/contents/ /i ndex.html くりはら食ツーリズム研究会 気仙沼ふかひれブランドを守る会 HP オールアバウトHP 仙台駄菓子石橋屋 HP / 仙台観光コンベンション協会 HP 仙台旅日和 /destinations/view/135 河北新報ふらっとブログ /b1g7tamdwjb8m3inethw/ くりはらツーリズムハンドブック 地元食の本 栗原食ツーリズム研究会発行 ごっつぉうさん みやぎの食を伝える会編著 河北新報出版センター刊全国地域観光情報センター HP owbukken&id=04302ba 亘理町観光協会 くりはら食ツーリズム研究会 e 食文化 71/188

78 101 (e) 食文化 宮城県 内陸北部 きしゃずの野菜煎り きしゃずは豆腐のおからのこと おから炒り 卯の花炒りと同様の料理 栗原では きしゃずいれ という ニンジン ゴボウ ネギ 糸コンなどを油で炒り おからを入れる 102 (e) 食文化 宮城県 栗原市 レンコン料理 生産量のレンコンを使い様々な料理が食べられてきた 若柳のハス料理名人石川いわ子さんはレパートリー 50 種を超える 農家民宿 たかまった でも 若柳蓮根栽培組合 のレンコンを使った料理を堪能できる 103 (e) 食文化宮城 山形 福島県 各県ほぼ全域 104 (e) 食文化 秋田県 県全域 ( 特に 県北地方 ) シソ巻 きりたんぽ鍋 大きな青シソの葉に砂糖を加えたみそを包み 焼いたり油で揚げた家庭の味 家ごとに作り方や味が異なる おふくろの味 味噌の中にゴマやクルミを加える人もいる 炊いたご飯をスリコギでつぶしてこね 串に巻き付け 表面がほんのりキツネ色になるまで焼く 比内地鶏ガラのダシに鶏肉 ゴボウ マイタケを入れ 醤油で味をととのえる 3 つ切りにしたきりたんぽやネギ セリなどを加える むかし豆腐は自家製だったり 自家栽培の大豆を持参して豆腐を作ってもらった その時 多くのおからをもらってので この料理を作った 宮城県の蓮根生産量は全国第 2 位 栗原市若柳地区は北限の生産地である 口に運べばパリッと揚がった青しその歯触りと香味 そして口中に甘く豊かな味噌の味が広がる 宮城県では 認証食品 という制度を設けて 県内で生産された主原料を使い 地域文化や技術のこだわりをもって作られた特産品を認証している 秋田の誇る郷土料理きりたんぽは 古くは猟師やきこりが山中で残飯で串にさして焼き 味噌をつけて食べたのがはじまりといわれる くりはらツーリズムハンドブック 地元食の本 栗原食ツーリズム研究会発行 宮城を 食べに行く カルダイ社発行 ごっつぉうさん みやぎの食を伝える会編著 河北新報出版センター刊 日清オイリオHP ml 味のふるさと秋田の味 監修 = 樋口清之 田辺聖子 渡辺文雄角川書店秋田県観光総合ガイドあきたファンドッとコム HP eing/detail.html?data_id=3035 ( 自治体 企業 NPO 含む ) くりはら食ツーリズム研究会 石川いわ子さん 農家民宿たかまった千葉静子さん 七福 ( ひまわり 菜種のシソ巻き ) 大崎市三本木字西沢 内藤千鶴子 ( 米粉入り手作りしそ巻 ) 遠田郡美里町北浦字浅野栄治前 料亭秋北くらぶ ( 大館市 ) 料亭濱の屋 ( 秋田市 ) (e) 食文化 秋田県 県全域 ( 特に 男鹿半島 ) しょっつる鍋 初冬に大量にとれるハタハタを使って 豆腐 セリ 糸コンなどをショツルで味付けしたもの 昔は 各家庭で作られていたしょっつるだが 現在は加工品として流通している物を使用してのしょつる鍋となっている いなかの食卓 秋田だより著者相場栄 106 (e) 食文化 秋田県 県中央部か ら北部 だまこ鍋 だまこというのはお手玉のことで 新米のご飯をつぶし ピンポン玉サイズくらいの団子状に丸めて 野菜と共に煮込むところからこの名がある キリタンポとほとんど同じ材料を用いて作る 107 (e) 食文化 秋田県 県南部 いものこ鍋 秋田では里芋を いものこ と言う 県内産 のいものこでも 粘りと柔らかさが特徴で 人気が高い山内地区のいものこ 108 (e) 食文化 秋田県 山本郡 じゅんさい鍋 比内地鶏でだしをとったスープに醤油で味付けし だまこもち キノコ ネギ しらたき セリ ニンジンなどを入れて煮込み 最後にじゅんさいを入れる 109 (e) 食文化 秋田県 県全域 くじらかやき クジラの脂身に 山菜のミズかナスを入れ た鍋 110 (e) 食文化 秋田県 県南部 納豆汁 地元で取れた山菜や野菜をふんだんに入 れた納豆汁 9 月 19 日は 秋の節句のうち 中の節句 と呼ばれ この日にはだまこ餅を作って食べる習慣があった 最近は 残りご飯で手軽に作れると人気のメニューとなっている 地域の皆さんは 収穫期の秋に いものこ汁を屋外で食べる なべっこ で楽しむ 白神山地からそそぐ清らかな水のある三種町が 生産量日本一でもある 秋田では収穫時期の夏でもじゅんさい鍋を食べる 秋田の夏の味覚として親しまれてきた 夏バテなどで疲れた身体の回復にも良いといわれている 納豆汁は大曲 仙北のソウルフード! 伝統的な家庭料理であり 全国に誇る郷土の食文化です 味のふるさと秋田の味 監修 = 樋口清之 田辺聖子 渡辺文雄角川書店 秋田県観光総合ガイド HP /eat/yokote/sannaiimonoko.html 三種町商工会 HP x.html 阿仁川流域の郷土料理 無明舎出版 秋田県公式 Web サイト美の国あきたネット contents/ / 111 (e) 食文化 秋田県 男鹿半島 あんぷら餅 ジャガイモのすり身を使った鍋や黒砂糖 醤油の実の餅 112 (e) 食文化 秋田県 県沿岸部 だだみ鍋 タラの白子鍋 タラのあらでダシをとり タラの身 ごぼう にんじん ねぎ しいたけ 豆腐などを煮込む 味付けは醤油やしょっつる だだみは最後に入れる 113 (e) 食文化 秋田県 県沿岸南部きゅうりの冷やし汁 暑い夏の料理 きゅうり ナス ミョウガな どを薄切りにしだし汁に入れる 男鹿半島の周辺では じゃがいものことを あんぷら という ご飯の代わりに食べるために工夫された男鹿地域だけに伝わる独特の料理 秋田では タラの白子を だだみ と呼ぶ タラは活力の強い魚で 古く武家の間で珍重されていた 食欲の出ない暑い夏に 昼ごはんなどで 食事を食べやすくするために工夫された 冷たい味噌汁 日本の食生活全集 5 聞き書秋田の食事 代表藤田秀司 あきた郷味風土記 秋田県農山漁村生活研究グループ協議会発行 味のふるさと秋田の味 監修 = 樋口清之 田辺聖子 渡辺文雄角川書店 秋田県農山漁村生活研究グループ協議会発行あきた郷味風土記 e 食文化 72/188

79 114 (e) 食文化 秋田県 県沿岸部 イカのごろ汁 イカのおいしい時期に作られる素朴で簡 単にできる料理 115 (e) 食文化 秋田県 県中央部 ガニのたたき汁 甲羅を利用して作られるカニ味噌は 酒の 肴として大変おいしいものである ガニは カニの方言 116 (e) 食文化 秋田県 県南部 いぶりがっこ 大根を燻し 洗った後 米糠 塩などの入った調味液に漬け込む 各家庭で漬け込む駅の配合や時間が違い 味が異なる にんじんなどでも作られる 117 (e) 食文化 秋田県 県南部 ナスの蒸かし漬け 米をふかして完全に冷ました後 塩と麹を混ぜる 小さな桶にふかした飯を敷き 焼きミョウバンをまぶしたナスを並べ 一本の生唐辛子を裂いてまく その手順を繰り返す 118 (e) 食文化 秋田県 県南部 なた漬け 大根を使い古しの刃こぼれした なた で乱切りし 塩をふる 1 週間ほど下漬けして辛みをとる 唐辛子 聞く 柔らかく蒸した麹を混ぜあわせ 大根を入れて漬け直す 119 (e) 食文化 秋田県 県北部 味噌つけたんぽ たんぽ用に甘味などを加えてとろとろにゆ るめた味噌に 焼いたきりたんぽをくぐら せる イカを余すところなく使ったみそ汁である いかのごろとは いかの腹わたのことである 秋になると産卵のために山から川にカニがくだってくると言われている 秋の農作業の出来上がり頃になると よく食べられている がっこ とは漬物のこと 晩秋に各家庭で古くから作られた保存食 横手市山内地区が いぶりがっこが盛ん 仙北地域を中心につけられている米と麹を多く使ったナス漬 ナスの紺色が鮮やかで皮の中は真っ白でふんわりしているのが特徴 仙北系の丸ナスが良く合う 元来のなた漬は 砂糖を入れない物である 重し加減が難しく 重しの上手 下手で味にさが出てくる 豪快な漬け物である 大事なお客様のごちそうとして また祝儀や法事 そのあとひき ( 家族や手伝い人のねぎらいの宴 ) に食べるもてなし料理 秋田県観光総合ガイドHP /31.html 秋田県観光総合ガイドHP /36.html 秋田たべもの民俗誌太田雄治著 聞き書秋田の食事 秋田県農山漁村生活研究グループ協議会発行 あきた郷味風土記 いなかの食卓 秋田だより相場栄著 秋田たべもの民族誌 太田雄治秋田魁新報社 日本の食生活全集 5 聞き書秋田の食事 代表藤田秀司 ( 自治体 企業 NPO 含む ) 120 (e) 食文化 秋田県 県沿岸部 はたはたずし ハタハタの飯ずしで ハタハタ ニンジン 赤唐辛子 家によっては麩のりや生姜を入れ 3 週間以上漬けて完成 121 (e) 食文化 秋田県 県南部 なべすり餅 もち米をやや固めに炊き 器の中ですりつ ぶして作る おはぎのようなもの 122 (e) 食文化 秋田県 湯沢市 稲庭うどん 手延べ製法の干しうどんで やや薄めで 平べったい麺が特徴 農林水産省の 農 山漁村の郷土料理百選 にも選ばれた 123 (e) 食文化 秋田県 県北部 なんばんべっちょ ゆでキャベツ たくあん きゅうりの漬物 きのこ 食用菊などを細切りにし 味噌 塩 トウガラシとあえる 124 (e) 食文化 秋田県 県南部 豆腐かすてら 豆腐をしぼり水分を切った状態で砂糖 タ マゴなどを混ぜて焼き上げたお菓子 125 (e) 食文化 秋田県 県全域 麦まき 小麦粉に玉子を混ぜて巻くことから麦巻き という 126 (e) 食文化 秋田県 県全域 カスベ煮 カスベとは エイの干物のこと カスベを水で戻し 醤油や砂糖で甘辛く煮つけたもの コトコト煮込むことにより身が柔らかく 煮汁もゼリー状になる 127 (e) 食文化 秋田県 旧八郎潟周 辺 128 (e) 食文化秋田県大館 鹿角地方 短い接岸時期のため保存食として作られた 短期間で漬けこむための切りずしと 長期で食べる一匹ずしがある なべ底ですりつぶして作り 隣の家に知られずに作れるので 隣知らず とも言われた 元文元年 (1736 年 ) 同地の五代目佐藤善左衛門が 由利本荘で干しうどんを作る製法ならって帰った これが稲庭うどんの始まりだと 菅江真澄は 雪の出羽路 に書いている 能代市や山本郡では 法事などで 南蛮べっちょ という精進料理がよく登場する 南蛮べっちょ の呼び名は 南蛮( 唐辛子 ) を使い べっちょをかく ( 泣いてしまう ) ほどに辛いことから付けられたと伝えられている 県南地域では 昔からお茶うけとして愛されている郷土料理 昔は 玉子は貴重品であり 麦巻きは ひな祭りや重箱に詰めて運動会に持っていった カスベ は 冷蔵庫が普及していない時代に保存のきく海産物として重宝された 土崎の港祭りは カスベ祭り とも呼ぶほど カスベが深くかかわった祭りである いしゃじゃの塩辛 いしゃじゃ ( アミ 小エビ ) の塩辛 いしゃじゃ とは 八郎潟などの淡水で取 れる あみ のことで 新鮮なうちに塩で漬 けこんで塩辛にする とんぶりの和え物 とんぶりとはほうき草の実 くるみあえ ごまあえ 豆腐和えなどを味噌だまりか 醤油をかけて食べる 昔から仏さまの供え膳や 法事の膳料理には必ず作られた 秋田県農山漁村生活研究グループ協議会発行 あきた郷味風土記 餅 民俗選書 Vol.1 藤田秀司著 秋田たべもの民俗誌太田雄治著 秋田県企画振興部地域活力創造課活力ある農村集落づくり支援室 HP nkimura/village/detail.html?cid=1 4&vid=2&id=867 秋田県観光総合ガイドあきたファンドッとコムHP eing/detail.html?data_id=3035 秋田県観光総合ガイドあきたファンドッとコムHP /17.html 秋田県のがんばる農山漁村集落応援サイト nkimura/village/detail.html?cid=9 &vid=2&id=815 秋田県農山漁村生活研究グループ協議会発行 あきた郷味風土記 日本の食生活全集 5 聞き書秋田の食事 代表藤田秀司 e 食文化 73/188

80 129 (e) 食文化 秋田県 県北部 かまぶく 米粉 ( うるち米粉 もち米粉 ) とジャガイモ 小豆 砂糖などををまぜ合わせて作る餅 状の巻物 県北地方では 米の粉で作った口取り菓子の巻物のことをかまぼこに見立てて かまぶく という 祭りや不祝儀などの一品として作られる 130 (e) 食文化 秋田県 由利地方 松皮餅 赤松の薄皮を餅に加えたもの 常盤の松は慶事の象徴 赤は厄をよける とされる祝儀の色 五穀豊穣を願う雪国の ハレの日のご馳走だ 131 (e) 食文化 秋田県 県南部 あじゃら大根 大根と黒豆でつくる汁物 県南地方の焼畑地帯には豆料理が多い 冬は保存がきくので たくさん煮ておき い つでも食べれる 132 (e) 食文化 秋田県 県沿岸部 しょっつる 小アジ ハタハタ イワシ カニなどに塩を 加えて作る魚醤 魚に塩と麹を入れて漬け込み 十分発酵させ 骨の形もなくなってどろどろになったら火を通し こして瓶に蓄える 調味料として使う 133 (e) 食文化 秋田県 県沿岸部 エゴ 海藻のエゴクサでつくる寒天状のもの 精進料理として 法事 お盆などにはなく てはならない料理で 祝い膳の刺身に相 当するものだった 134 (e) 食文化 秋田県 県沿岸部 ギバサ 海藻のアカモクを熱湯をかけて刻んだも の 日本海側の新潟 山形 秋田で好ん で食べている 男鹿半島は昔からの海藻食文化が盛んな所だが エゴ と ギバサ はその代表格 秋田県農山漁村生活研究グループ協議会発行 あきた郷味風土記 サライもうひとつの旬長寿の国日本の伝統食陸田幸枝著 日本の食生活全集 5 聞き書秋田の食事 代表藤田秀司 日本の食生活全集 5 聞き書秋田の食事 代表藤田秀司 秋田県農山漁村生活研究グループ協議会発行 あきた郷味風土記 秋田県観光総合ガイド あきたファンドッとコムHP /detail.html?special_id=132 ( 自治体 企業 NPO 含む ) 135 (e) 食文化 秋田県 東成瀬村 小豆でっち 煮た小豆と砂糖を半殺しにして固めた菓 子 東成瀬地区の代表的なお菓子で かつてはお祝い事や農繁期の後などに作られていた 今でもお茶うけとして作られる米菓子 136 (e) 食文化 秋田県 県全域 あさ漬け 米粉を使った夏の酢の物 祝儀 不祝儀の取り回し料理としても使わ れてきましたが 女性たちの集まりの一品 料理としても人気がある 137 (e) 食文化 秋田県 男鹿半島 石焼料理 焼いた石で作る料理 真っ赤に焼けた石 を新鮮な魚介類の入った桶に入れ 瞬時 に煮てしまう豪快な料理 138 (e) 食文化 秋田県 県南部 ひろっことカドかやき ひろっこ ( アサツキ ) 塩とカド ( ニシンの塩漬 け ) のたまり ( ない場合は味噌又は醤油 ) 仕立て鍋 男鹿の漁師の暮らしから生まれた磯の香り漂う郷土料理 今では 旅館やホテル 料理屋などで食べる高級料理となってしまった 雄勝ちほうでは 早春のまだ雪深い中 雪を掘ってひろっこを収穫します 良いだしも出るため 汁物に良く使われる 139 (e) 食文化 秋田県 県全域 やつめかやき 味噌仕立てのヤツメ鍋 日本海へ注ぐ川で多く獲れるヤツメウナギ は 寒のものが特においしい 140 (e) 食文化 秋田県 県南部 ぜんまいかやき 干しぜんまいでつくる鍋 かやき とは 貝焼き がなまったもの で もともと一人鍋のことを言いうが 鍋物 を総称して かやき という 141 (e) 食文化 秋田県 県北部 こはぜすし 夏はぜの実 餅米 塩 砂糖を混ぜ合わ せる 夏はぜの実をこはぜと呼ぶ お盆や法要などの仏事の料理に良く使われる 142 (e) 食文化 秋田県 東成瀬村 平良カブ漬け 平良地区で取れるカブの麹付 この村だけで育つ伝統野菜 東成瀬村の 平良地区にだけ産出する珍しいカブで 種 を他に蒔いても 同じように育たない 秋田県農山漁村生活研究グループ協議会発行 あきた郷味風土記 秋田県農山漁村生活研究グループ協議会発行 あきた郷味風土記 男鹿市観光協会 HP =001 秋田県農山漁村生活研究グループ協議会発行 あきた郷味風土記 味のふるさと秋田の味 監修 = 樋口清之 田辺聖子 渡辺文雄角川書店県職員ブログ 秋田で元気に! 37/ 秋田県農山漁村生活研究グループ協議会発行 あきた郷味風土記 秋田県東成瀬村観光サイト article.php?story=04_003 秋田男鹿温泉郷元湯雄山閣 (e) 食文化 秋田県 由利地方 カナカブ漬け カナカブと呼ばれる小カブの麹漬け 辛み と歯ごたえのある食感が特徴 江戸時代から伝わるという幻の漬け物 灰汁を肥料として自然の力で育て上げるという焼畑農法で作られたカブを使用 にかほ市観光協会 HP /buy/ html 144 (e) 食文化 秋田県 県全域 ほおの葉まま ほおの木の葉でくるんだきな粉ごはん 昔の田植え作業のおやつとして出したも の 重労働だったため少しでも楽しく また 栄養補給する知恵でもあった 秋田県農山漁村生活研究グループ協議会発行 あきた郷味風土記 145 (e) 食文化 秋田県 由利地方内 陸部 のたや サメの頭や内臓をゆでて味噌とすり鉢であえたもの 貴重な魚のあらを無駄にしないために 作られてきた料理 のたや とは 味噌を使っているので ぬた からきたものと思われる 秋田県農山漁村生活研究グループ協議会発行 あきた郷味風土記 e 食文化 74/188

81 146 (e) 食文化 秋田県 旧八郎潟周 辺 カモかやき マガモの鍋 稲刈り頃は羽替えになって飛べないところを捕まえる モミを十分に食べてから脂肪がのり最高においしい 1 月から2 月にかけて旬 147 (e) 食文化 秋田県 県全域 どぶろく 麹 米 上白米などを材料にして作る自家 用酒 148 (e) 食文化 秋田県 横手盆地 ナスのほど焼き 一時期大量にとれるハタハタの頭と内臓 を取り除き 風通しの良い所で乾燥させて から甘辛く佃煮にする 149 (e) 食文化 秋田県 角館 くるみ漬け 夏前の若いクルミの実を味噌漬けにする クルミの殻に包丁が入るくらい 柔らかい うちに食べる漬け物である 150 (e) 食文化 秋田県 仙北地方 ねばなもち わらび根からとるでんぷんを材料にした 餅 酒の酛たてには1もろみ酛 2さけばな3 板粕仕込み4 腐れ元 5 淡酛の 大きく分けて五つある 男鹿半島沿岸では 昔から家庭料理として普通に食べられていたが 近年 若い主婦たちが好んで作る傾向が見られ人気だ 全国的に見ても非常に珍しい漬物で 当地域以外では確認できなかった 多様な漬け物が存在する角館ならではの漬け物である 冷害や凶作の多かった東北では 稲の稔実の悪い時にの大切な食糧となった 秋田たべもの民族誌 太田雄治秋田魁新報社 日本の食生活全集 5 聞き書秋田の食事 代表藤田秀司 子育てカフェにこりーふ代表小玉由紀聞き取り サライもうひとつの旬長寿の国日本の伝統食陸田幸枝著 餅 - 民俗選書藤田秀司著 ( 自治体 企業 NPO 含む ) 料亭東海林 (e) 食文化 秋田県 県中央から 県北地方 きゃのっこ汁 旬に塩蔵しておいた山菜 ( フキ ワラビ ゼンマイ, ウドなど ) 根菜類 キノコ類などを食べやすい大きさに切り 大きな鍋にたっぷりと水を入れ 結びコンブ 焼き干しを入れ沸騰させ材料を入れて煮込む 味噌味の汁 152 (e) 食文化 秋田県 県北部 きのこなっつ キノコや魚に塩と麹 ご飯を混ぜ合わせ 自然発酵させたもの 153 秋田県 県中央部 ミルク焼き 白い薄皮の中に あまり甘くないあんこがぎっしり詰まったおやき 154 (e) 食文化 秋田県 県南部地方なすの花ずし ナスに塩と麹 キクの花を重ねて作る花ず しは県南地域伝統の漬け物 155 (e) 食文化 山形県 県内陸部 だし ミョウガ キュウリ ナス ショウガ シソ ネギ 青南蛮の7 種に醤油とカツオ節 刻み昆布で味を調える 猛暑の山形に欠かせない料理で ご飯にかけたり 酒の肴にされる 156 (e) 食文化 山形県 置賜地方 冷や汁 冷やし汁 米沢 置賜では 冷や汁 ひやしる 最上や庄内では 冷やし汁 ひやしじる という 冷や汁はホタテの干し貝柱 干しシイタケなどで出汁を取りくきたち ホウレンソウ キャベツなど 冷やし汁は冷たい味噌汁にキュウか山菜のミズだけ 157 (e) 食文化 山形県 県全域 芋煮 内陸は醤油味にサトイモ 牛肉 コンニャク 長ネギ 庄内は味噌味にサトイモ 豚肉 厚揚げ 長ネギ 山形を代表する鍋として定着している 158 (e) 食文化 山形県 荘内地方 どんがら汁 マダラの身から内臓 頭 骨に豆腐を鍋に入れて煮込んだ鍋 最後に長ネギを入れ 椀に盛ってから岩のりを入れる 海岸近い地域のものだが 山に近づくにつれ 野菜の種類が多くなる 159 (e) 食文化 山形県 村山地方 ひっぱりうどん ( ひきずりうど ん ) 各自が碗に花かつお節 納豆 生卵 長ネギに麺つゆをいれ 茹でたうどが入ったうどんをテーブルの中央に置き 思い思いにうどんを椀に引きずるようにして入れる 県北 比内地方の農家には 旧正月にきゃのっこ汁を作って神仏に供え 新年の五穀豊穣 家内安全を祈る風習が残っている 交通不便な山間地では 生鮮食品が途絶えることもあり 食べ物を保存しようとした昔の人の知恵が このような発酵食品を生んだ 二世代にわたって親しまれている秋田の懐かしいおやつ 長期保存のため 本来は強い塩で漬けられるが 最近は低塩の即席漬けといわれる花ずしが作られる 夏野菜の出盛りに堪能する畑の恵み 冷蔵庫で冷やして食べるのコツ 本来は忙しいときの急ごしらえの料理だったが その美味しさから 旅館や居酒屋のメニューにも登場 米沢の冷し汁は干し貝柱を使うなど海の幸も使うなど手間をかけた豪華な行事食であり 最上の冷や汁は出汁などとらない 冷たいみそ汁と夏野菜を味わうだけの 手短なシンプル料理 もともとは いもこ汁 いものこ汁 と言った 山形の秋の風物詩が野外で芋煮鍋を囲む風景で 300 年前から行われていたという かつては棒ダラ ( 干しダラ ) を使っていたが 大正のころから山形産の牛肉を使うようになった 冬の庄内地方を代表する鍋料理 内臓 特に肝臓と白子から出るうま味が鍋の味をさらに引き立てる 内陸の人たちは庄内から どんがら汁 へも招待を 心待ちにしている 発祥の地は村山市戸沢地区という ここは炭焼きを稼業にする人が多く 窯を炊いているときには離れにくいため 簡単でおいしいと人気が広まった 阿仁川流域の郷土料理 無明舎出版 秋田県観光総合ガイドあきたファンドッとコム HP eing/detail.html?data_id=3035 日本の食生活全集 5 聞き書秋田の食事 代表藤田秀司秋田県農山漁村生活研究グループ協議会発行 あきた郷味風土記 聞書き山形の食事 農文教 やまがた郷土料理探訪 山形グリーンツーリズム推進協議会編 聞書き山形の食事 農文教 やまがた郷土料理探訪 山形グリーンツーリズム推進協議会編 聞書き山形の食事 農文教 やまがた郷土料理探訪 山形グリーンツーリズム推進協議会編 聞書き山形の食事 農文教 やまがた郷土料理探訪 山形グリーンツーリズム推進協議会編 山形県 HP somu/020020/03/mailmag/serie s/pride/hippari.html 山形グリーンツーリズム協議会 H P 冷し汁 の食べられる店 jiru.html ひっぱりうどん研究所 TEL: ( 村山市戸沢地区市民センター内 ) e 食文化 75/188

82 160 (e) 食文化 山形県 荘内地方 麦切 麦きり は うどん と同じように小麦粉を材料にした手打ちの生麺で ゆでて洗って 冷たいままつゆをつけて食べる 乾麺ではない 161 (e) 食文化 山形県 内陸部 蕎麦 山形は日本有数のそば所 地域地域 店店による個性を誇っています 村山には そば街道 があり 西川には 山菜そば があり多彩 162 (e) 食文化岩手県 山形県 岩手県奥州市江刺 山形県荘内地方 あんかけうどん 酒田ではお祝いの時 うどんに鱒か鮭の切り身とスライスしたゆで卵をのせ 甘めの葛あんをかけ おろし生姜をのせる 不祝儀の精進料理にはごま豆腐か百合根又は枝豆のすりつぶしたものが使われる 岩手県江刺では魚は入れない 163 (e) 食文化 山形県 河北町 にく蕎麦 コシの強い田舎そばに 鶏肉からダシをとった甘じょっぱいタレをかけ 親鶏のチャーシューと小口に刻んだネギを載せる 町内およそ20 店舗で肉そばを出している 日本経済新聞 食べに行きたいランキング 10 位となった 164 (e) 食文化 山形県 山形市 冷たいラーメン 冷たいスープでも油がかたまらないように改良し 昭和 27 年に 元祖山形名物冷しらーめん が完成した 今では山形市内を中心に多くの店で提供している たれや具など 各店により個性がある 麦切り と呼ぶのは鶴岡の独特もので 善宝寺がある大山地区が元祖と言われている 大麦粉でつくる麺で 麺の歴史の中でも古い方になる 麺つゆはそばつゆと同じ場合が多い 山がちな山形は 昔からそば栽培が盛んだった そばは肥料分が少ない山沿いの荒れ地でも育つためだ 今ではそばどころ山形の名は広がり 各地からそばを堪能 しに人が訪れている 酒田の観光葬祭や祭りに欠かせない料理 かける あん の多さを競う 庄内には あん をかける料理が多いが 京都や上方の食文化を伝えた北前船文化説がある 戦前のこと 居酒屋で客が残った馬肉の煮込みをそばにかけたらうまかったという説がある 戦争により馬が手に入りづらくなり 鶏にとって代わり のびにくくコシを保てるよう スープを冷やして食べるスタイルが定着した 2 年前まで夏の暑さ日本一だった山形市で 昭和 26 年のこと 客から 夏に冷たい蕎麦を食べるんだから ラーメンも冷たいのが食べてみたい の一言にヒントを得て生まれた 栄屋本店でのこと 日本麺類業団体連合会 HP aku/17_01.html 聞書き山形の食事 農文教 やまがた郷土料理探訪 山形グリーンツーリズム推進協議会編 ( 株 ) 農村開発企画委員会 HP uri100/ryouri/06.html 伊達な広域観光圏 HP ew/168 河北町商工会 HP html ( 自治体 企業 NPO 含む ) 寝覚屋半兵衛山形県鶴岡市大字馬町字枇杷川原 おくのほそ道最上川そば三街道協議会 /shokokanko/110010/selection2 2/kankousoba.html 河北町商工会 HP html 山形市観光協会 HP 冷やしラーメン元祖栄屋本店 agata.jp/db/cgibin/search/search.cgi?panel=det ail&d01=1137&c= (e) 食文化 山形県 新庄市 鶏モツラーメン あっさり目のスープに 醤油で煮込んだ鶏 モツを入れた個性あふれるラーメン 新庄 市周辺を合わせ20 軒近くに増えている 166 (e) 食文化 山形県 東根市 麩料理 六田の麩 と言えば 麩好きにとって憧れの地となっている もともと車麩が特産だったが 最近は焼き麩だけでなく 生麩や麩菓子 惣菜まで生産している 麩饅頭 人気だ 特に麩懐石の人気が高い 167 (e) 食文化 山形県 置賜地方 シソごはん もち米に塩漬けした青じその葉をみじん切りしたものと混ぜて蒸したごはん しその葉を摘んで塩漬けにしておいたものを利用 168 (e) 食文化 山形県 県全域 玉こんにゃく こんやく料理 山形市は一家庭あたりのこんにゃく消費量日本一 その勢いはさまざまなところでこんにゃく料理に表れている 山寺をはじめ観光地では玉こんにゃくが売られ また こんにゃく専門店が何軒もある 169 (e) 食文化 山形県 荘内地方 孟宗汁 庄内の 孟宗筍 の料理は独特だ 取れたての筍を柔らかくなるまでゆっくり煮て 味噌と酒粕を合わせた汁に 油揚げを入れて食する 山形県には米沢 上山 酒田 山形市 新庄などご当地ラーメンが多い その中で煮込み鶏モツのラーメンは まだ10 年程度の歴史だ 居酒屋で酒のつまみの鶏モツをラーメンに入れて食べたのが始まりという説がある 羽州街道の宿場だった六田麩作りは 江戸時代末期から続く 当時から小麦の生産が盛んで 技術は大阪から来た職人が伝えた 強力粉とグルテンを独自の配合で練り上げ さまざまな麩を生産している 現在の営業は8 店 変わりごはんの一種 仏事につくられることが多いが 日常食 お盆の 16 日には必ず炊いて仏前に供えるところもある 楢下は羽州街道の宿場だった所 こんにゃく番所を経営する丹野の本家は楢下宿の脇本陣を務めた滝沢屋 この地方では昔からこんにゃく芋の栽培が盛んだった 番所ではこんにゃくの懐石料理を堪能しようと行列ができる 庄内は孟宗竹のタケノコ消費量認トップクラス 孟宗竹の北限でもある 庄内の初夏の訪れは 孟宗汁 から始まる もうそうじる食ったか があいさつ代わりだ 京都の食文化が北前船で伝わったと言われる 新庄市商工観光課 HP p/2676.html 東根市観光物産協会 8kl46-47/ ( 財 ) 農村開発企画委員会 uri100/ryouri/06.html 東北 北海道の郷土料理 乙坂ひでC 編著ナカニシヤ出版発行 山形県 HP nkyo/bunka/about/803best1.htm l 庄内日報社 HP nf55.html 最上広域交流センターゆめりあ H P ramen-new1.html 文四郎麩山形県観光物産協会 HP /hpgen/hpb/entries/124.html 丹野こんにゃく店 月刊 スプーン HP 光子さんのごっつお歳時記 ber/gottsosaijiki/ html 170 (e) 食文化 山形県 荘内地方 むきそば そばどころ山形ならではの料理 粉にひかないで実のまま皮をむき ゆでてから汁に入れる 出汁は干しシイタケ 醤油が基本 そばのむき身に汁をかけ 長ネギ ノリなどをのせる そばを粉にひかない分 途中の手間は省けるが そばの実を家庭で向くのは難しいので むき身にしたそばの実を使ったほうが楽である 扱っている蕎麦屋は少ないので注意が必要 e 食文化 76/188

83 171 (e) 食文化 山形県 庄内黒川 黒川能の豆腐焼き 黒川能に欠かせない豆腐焼き 能の10 日ほど前から 当屋と呼ぶ当番の家が中心となり 4メートルの大きさの囲炉裏で1 万本あまりの焼き豆腐を 2 日がかりで作り 凍らせ サンショウ味の汁に漬けこんで食べるごちそう 500 年の歴史を持つ黒川能 地域挙げての伝統行事で 準備は 4~5 年前から始まる 食とのかかわりも多く その最たるものがこの豆腐焼きである 参加しないと食べれないが 同じような味付けのものが産直で売っている 庄内の祭りと年中行事 永井登志樹 長南里香著 無明舎出版刊 鶴岡食文化都市推進協議会 HP c=museum&p=tumugu009.html&p ageu_code=2124&idx=2 ( 自治体 企業 NPO 含む ) 黒川能の焼き豆腐は 産直あぐり で一般向けに販売 (e) 食文化 山形県 米沢市 鯉のうま煮 米沢がある置賜盆地は質の良い湧水に恵まれているため 鯉が泥臭くない この地方ではいろいろある鯉料理のうち うま煮 が一番人気だ 料理屋 鯉専門店 土産屋で鯉料理やパック詰めの 鯉のうま煮 が楽しめる 173 (e) 食文化 山形県 庄内地方 庄内のあく巻 庄内の笹巻きはナラなど広葉樹の灰汁で煮る バケツの上に灰を入れたざるを置き 熱湯をかけ その上澄み液で笹まきを煮る できた笹まきは薄い鼈甲色になり 保存性が高まる 174 (e) 食文化 山形県 月山周辺 山菜蕎麦鍋 ワラビ ミズなど多くの山菜を煮た鍋に そ ば粉を練ったかいもちを入れた鍋 175 (e) 食文化 山形県 鶴岡市温海温海カブ漬け 焼畑製法で作られた温海かぶを 酢と砂 糖と塩で漬ける カブの赤い色が特徴 山深い内陸部では蛋白源確保のため 鯉の養殖が盛んにおこなわれていた その習慣が現在の特産につながったのが米沢である 上杉鷹山公が養殖を推奨し 農家の台所口に池を作り 鯉を飼ってきた 灰汁を使った笹まきは奄美大島 鹿児島 宮崎にもあり 北前船が伝えた食文化説もあるが根拠はない あく巻には黒蜜ときな粉をからめて食べるのが一番 山形の過酷な自然が山菜の宝庫となっている また信仰の山 出羽三山には多くの宿坊が発達し 山菜料理の歴史が始まったと言われている 平安時代の弘仁 11 年 (821 年 ) 弘法大師が温海に立ち寄った際に授けたと言い伝えが残る 現在も焼畑製法が残っている 176 (e) 食文化 山形県 県内陸部 青菜漬け 青菜は高菜の一種 秋に漬けられる 古くから冬の保存食として漬物にされてい る 山形のふるさとの味として 家庭により 秘伝の味で受け継がれている 177 (e) 食文化 山形県 山形市周辺おみ漬け 美しい緑色と 独特の辛味 香り豊かな 味わいがある 178 (e) 食文化 山形県 山形市周辺やたら漬け 大根やにんじん なす れんこんなど 何種類もの野菜を刻みしょうゆに漬け込んだもの ごはん 雑炊やチャーハン カレーなどの付け合わせにぴったり 179 (e) 食文化山形県 青森県 新庄 尾花沢周辺青森県鰺ヶ沢町 青森市浅虫 くじら餅 精選された餅米 うるち米を材料とし 砂糖 クルミなどを練り合わせて蒸しあげた菓子 色は茶色と白色の 2 色ある 180 (e) 食文化 山形県 米沢市周辺つの巻き 山形名物 クジラ餅と同様に醤油味や味 噌味で味をつけた餅粉菓子を笹で包んで まいたもの おみ漬は 江戸時代に近江商人が青菜 大根葉 かぶの葉を細かく刻んで 合わせて塩漬けにしたのが始まりとされる 近江漬 ( おうみづけ ) がなまっておみ漬となった カラ芋を入れると歯ごたえがあっておいしい むやみやたら めったやたら にいろいろな野菜を漬け込んだことからそう呼ばれ その名が受け継がれた 越冬の保存食として 山形の食卓には欠かすことのできないものだった 新庄市を中心にした作られ300 年の歴史を持つと言う 語源は保存食として久しく持ち歩く良い餅 ( 久持良餅 ) クルミを乗せて蒸しあげた格好が塩クジラを切った形に似ているとか言う 青森県鰺ヶ沢町と青森市浅虫にもある 初夏 笹の葉が大きくなる頃 主として置賜地方に伝わる おやつ風の食べ物 笹で包んでで蒸してあるため 日持ちする 181 (e) 食文化 山形県 県内陸部 ひょう干しの煮つけ 野草のスベリヒユの煮つけ 山形の内陸部では このヒョウ干しを煮物にして正月料理に添える習慣がある ひょっと すると今年はよいこがあるかも と ヒョウ干しにかけて縁起をかついだもののようだ 182 (e) 食文化 山形県 置賜地方 うこぎ飯 ウコギの新芽を摘んで干し ご飯にいれた り おひたし 油で炒って食べる うこぎは中国から渡来した植物 江戸時代 米沢藩 上杉治憲が 救荒対策として 領内各戸にうこぎの生け垣を作らせたといわれている やまがた郷土料理探訪 山形グリーンツーリズム推進協議会編 やまがた郷土料理探訪 山形グリーンツーリズム推進協議会編 出羽屋の山菜料理 佐藤邦治著求龍堂発行 庄内のんめもの図鑑 SPOO N 編集部編集佐藤茂枝発行 つるおかおうち御膳 鶴岡市鶴岡市食育 地産地消推進協議会鶴岡市食生活改善推進協議会編集山形県鶴岡市発行 山形市役所 WEB サイト ub6/shokuiku/2e0d0kyoudo_aut_0 8.html 丸八やたら漬 WEB ページ 郷土料理百選 財団法人農村開発企画委員 uri100/ 味のふるさと 22 山形の味 角川書店発行 東北 北海道の郷土料理 乙坂ひで C 編著ナカニシヤ出版発行 鯉の六十里 道の駅 庄内みかわ 丸八やたら漬本店 山形県山形市旅篭町 2 丁目 e 食文化 77/188

84 183 (e) 食文化 山形県 県内陸部 五目ふかし 山菜をふんだんに入れたおこわ 正月や祝い事 法事などでお客をもてなす 料理 また春の山菜の採れる時期に作 る 184 (e) 食文化 山形県 県内陸部 山ウドのどんころ煮 山ウドと身欠きにしんの煮つけ どんころ とは丸太のこと 田植えの頃の ごちそう 聞き書山形の食事 日本の食生活全集山形 編集委員会編集農山漁村文化協会発行 味のふるさと22 山形の味 角川書店発行山形県 WEBページ sogoshicho/mogami/314003/tiiki sigen/kyoutuu/ryourikyo.html#ud onodonkoroni ( 自治体 企業 NPO 含む ) 185 (e) 食文化 山形県 庄内地方 民田茄子からし漬け 茄子とからしと 酒蔵の酒粕でつくる 江戸時代の初期から民田という集落でつくられているという親指の頭ほどの民田茄子を使用 元禄 2 年 (1689) 旧暦 6 月 10 日 奥の細道行脚の途中 松尾芭蕉も めづらしや山を出羽の初茄子 と詠んでいる 186 (e) 食文化 山形県 庄内地方 とち餅 アク抜きた栃の実を もち米といっしょに丁 寧につきあげたもの 187 (e) 食文化 山形県 月山周辺 月山筍味噌汁 皮をむいて一本まま使う そのままで味が 良いので下茹でせずに 味噌汁にしてい ただく 188 (e) 食文化 山形県 全県 いなごの佃煮 イナゴを炒めた後 砂糖醤油で味付けす る 栃の実拾いは 秋の彼岸すぎに行われる 昔の農村では 不作時の食糧不足に対する備えが大切だった 木の実や笹の実なども 糧物 ( かてもの ) として米に混ぜて食べることもあったようだ 昔 田植えの頃は ゆい ( 集落で互いに作業を手伝いあうこと ) や手間賃稼ぎに歩く 食事は 沢山の手伝いが来るので 特別に腕をふるってごちそうする 昔から貴重なタンパク源として 農作業中のおやつやごはんのおかずなど 大変貴重とされていました 189 (e) 食文化 山形県 庄内地方 枝豆の味噌汁 枝豆をさやごと煮込んだ味噌汁 殿様が毎日 毎日 枝豆を持ち寄らせては 今日はどこの だだちゃ の枝豆か? と尋ねたそうです だだちゃ とは庄内地方の方言で お父さん のことを言う 枝豆好きの殿様の逸話から だだちゃ豆 と呼ばれるようになった 190 (e) 食文化 福島県 中通北部 いかにんじん 細切りのニンジンとスルメイカを醤油 酒 などで漬け込んだもの 松前漬けの元祖 との説もある 191 (e) 食文化 福島県 会津地方 こづゆ 乾しホタテの貝柱でだしを取り さいの目 に切った大根 人参 里芋 キクラゲ 糸こ んなどを煮込んだ汁物 192 (e) 食文化 福島県 中通北部 会津地方 ざくざく さいの目切りにした大根 里芋 ニンジン 凍み豆腐など種類入れた 汁物と煮物の中間のような料理 193 (e) 食文化 福島県 海岸部 ウニの貝焼き ホッキガイの殻にムラサキウニを並べて焼 いたもの 江戸時代末期からの歴史 晩秋から冬に作る保存食 県北部地域の一般家庭では広く食べられており 特にお正月にはかかせない一品 江戸時代後半から明治時代初期に 会津藩の武家料理や庶民のごちそうとして広まった 正月や祭 冠婚葬祭で食べられた 大晦日やお祭り 節句などに食べられる 室町時代より前から歴史がある 言い伝えでは ある高貴な方が地方を訪れ逗留していたところ 急に出立することになり 準備していおいた多くの材料を一緒に煮込んでごちそうしたとされている いわき市江名の漁業史によると 藩政時代は がぜ ( うに ) の塩辛 が将軍家へ献上されていたという 庶民には販売されていなかった 貝焼きの始まりは江戸末期頃だと書かれているが 定かではない サライムックもうひとつの旬極上食材図鑑第 2 集 小学館発行 やまがた郷土料理探訪 山形県グリーン ツーリズム推進協議会大風印刷発行 郷土料理百選 財団法人農村開発企画委員 uri100/ryouri/06.html 聞き書山形の食事 日本の食生活全集山形 編集委員会編集農山漁村文化協会発行 つるおかおうち御膳 発行山形県鶴岡市 山形県 HP somu/020020/03/mailmag/speci al/vegetable/syounai2.html 郷土食とうほく読本 読売新聞東京本社編無明舎 郷土食とうほく読本 読売新聞東京本社編無明舎 嫁ぐ娘に会津の郷土食 伝えたいおふくろの味 星孝光著株式会社丸八 企画ぱる製作 サライもうひとつの旬長寿の国日本の伝統食陸田幸枝著 渋川問屋 江名採鮑組合柳内保之 (e) 食文化 福島県 只見などの 奥会津地方 お平 平椀の一番下に土のものとしてゴボウや山芋 その上に山のものとしてマイタケなどキノコ 手前に川のものとして赤腹 ( ウグイ ) 一番上に山のものとしてマイタケなどのキノコを並べる 南会津や大沼地方では 年とりおひら と呼ばれ 大晦日に食べられている 家族の食べる分だけではなく沢山つくり 年始客へのもてなしとして利用される 嫁ぐ娘に会津の郷土食 伝えたいおふくろの味 星孝光著株式会社丸八 企画ぱる製作 e 食文化 78/188

85 195 (e) 食文化 福島県 会津地方 つと豆腐 豆腐を細長く切って藁で包み 塩が効いた お湯で煮て日持ちを良くしたもの 196 (e) 食文化 福島県 会津地方 ニシンの山椒漬け 身欠きにしんを山椒の葉と醤油で漬け込 んだ 197 (e) 食文化 福島県 会津地方 しんごろう うるち米をやや硬めに炊き 鍋の中でそのまま棒で半つきにして卵大に握る それを串に刺し じゅうねん味噌を塗り 囲炉裏でこんがりと焼いて食べる 祭や冠婚葬祭に必ずつくられてきた 昔 柔らかい豆腐を持ち運びするときに つと ( 苞 ) が利用されてきた たまたま苞に入れたまま煮たにがきっかけとなって つと豆腐 が生まれたという ニシンは北前船にのせられて会津に多く運ばれてきた 山椒漬は初夏から夏にかけて祭や田植え料理としてよくつかわれてきた 収穫を終えた初冬の頃 豊作の喜びと感謝 そして労をねぎらうために作られている また 古事記に新米の味をみるとういう意味の しんころあいをみる という記述があり これがなまり しんごろう になったという話がある 嫁ぐ娘に会津の郷土食 伝えたいおふくろの味 星孝光著株式会社丸八 企画ぱる製作 嫁ぐ娘に会津の郷土食 伝えたいおふくろの味 星孝光著株式会社丸八 企画ぱる製作 嫁ぐ娘に会津の郷土食 伝えたいおふくろの味 星孝光著株式会社丸八 企画ぱる製作 21 世紀に残すふくしまの味 福島民報社事業局出版部編 ( 自治体 企業 NPO 含む ) 南会津農林事務所 二丸屋武蔵亭 福島県会津若松市材木町 (e) 食文化 福島県 会津地方 棒タラ煮 乾したマダラを水で戻し 砂糖と醤油で煮 つけたもの 199 (e) 食文化 福島県 喜多方市山 都 200 (e) 食文化 福島県 相馬地方海 岸部 山都の水そば 蕎麦をだし汁の代わりに湧き水に浸して食べる 古く正月や祭のごちそうとしてつくられていた 比較的裕福な家ではいとつくることができなかった それは砂糖や水飴を多量に用いてつくるため大変贅沢な食べ物であった 山都のそばは会津の中でも特においしいとされている 標高が高く 昼夜の寒暖差が大きいことや 清流沿いにそばが作られ ているためである ほっき飯 ホッキガイの炊き込みご飯 松川浦をはじめ近在する海岸で獲られ相 馬地方を代表する食材 多くのほっき貝料 理が6 月 ~11 月まで食べられている 201 (e) 食文化 福島県 会津地方 栗粉餅 栗の粉をまぶした餅 栗のうまみを引き出すため裏ごしは念入り に行う 嫁ぐ娘に会津の郷土食 伝えたいおふくろの味 星孝光著株式会社丸八 企画ぱる製作 喜多方市 旧山都町 HP ma.jp/buckwheat/soba_infm.html そば資料館 福島県喜多方市山都町字沢田 浜通りの年中行事と食べ物 平 旅館いさみや 出美穂子著歴史春秋出版発行 郷土料理百選 財団法人農村開発企画委員 uri100/ryouri/07.html 202 (e) 食文化 福島県 阿武隈山地 一帯 けんちんうどん うどんに根野菜をふんだんに入れた料理 一説では鎌倉の建長寺でお坊さん達に作られた所からけんちょう汁からけんちん汁になったとも言われている 福島スローフード連絡協議会 (e) 食文化 福島県 会津地方 高遠そば 冷たいそばに辛味大根 かつ節をかけて 食べる 寛永 20 年 (1643) 徳川三代将軍 家光の弟君である保科正行侯が 信州高遠から会津の城主となった この時 高遠町で食していたそばの打ち方と食べ方を地域に教え 進めたという 204 (e) 食文化 福島県 会津地方 田楽ニシン 身欠きにしんに味噌をぬって焼く 山に囲まれた会津は海から遠く 海の幸は干し物や塩漬けが多い 特に身欠きにしんをつかった料理が多い 今でもにしんの消費量が多く にしんの相場は会津で決まる とも言われている 205 (e) 食文化 福島県 中通北部 ひき菜煎り 大根とにんじんを炒め 砂糖と醤油 みり んで味付けしたもの 206 (e) 食文化 福島県 会津地方 納豆ひしお 納豆に甘酒 もろみ醤油を入れてよく混 ぜ 瓶などで数か月寝かせておく ひきな とは大根やにんじんの千切りのことで 名前の由来と言われている 甘辛い味付け 一般的に生の大根をつかうが 切り干し大根を使用することもある 北会津村は畑が多く 大豆の収穫量は会津地方の中で最も多い ほとんどの会津地方全域で保存食として冬の間につくられ 田植えなどの忙しい時期にたんぱく源として有効な食料品だった 207 (e) 食文化 福島県 会津地方 ひしまき 三角形をしたちまき 会津藩が文化 4 年 (1807) に作成した会津風俗帳の中に ひしまきのことを 笹の葉で包んだ形が菱形に似ているから菱巻 ( ひしまき ) の名がついた と記されている 嫁ぐ娘に会津の郷土食 伝えたいおふくろの味 星孝光著株式会社丸八 企画ぱる製作 会津若松観光物産協会 HP base/01shirou/mikaku/mikaku_m eibutsu.htm 公益財団法人学校給食研究改善協会 HP ecipe.php?id=559 会津の年中行事と食べ物 平出美穂子著歴史春秋社発行 嫁ぐ娘に会津の郷土食 伝えたいおふくろの味 星孝光著株式会社丸八 企画ぱる製作 大内宿三澤屋 南会津郡下郷町大内山本 会津満田屋 会津若松市大町 1 丁目 猪苗代観光協会 e 食文化 79/188

86 208 (e) 食文化 福島県 会津美里町つめっこ焼き 蕎麦団子にキノコ 納豆 野菜 小豆など をいれて囲炉裏の灰の中で焼いて食べ る 209 (e) 食文化 福島県 会津地方北 部 ソースかつ丼 かつ丼をソースだれに浸けてご飯に乗せたり ソースだれを掛けた丼 そば焼きもち が原形 平成 15 年に県道下郷会津本郷線 氷玉峠の開通を機に 下郷町と会津本郷町 ( 現会津美里町 ) の両商工会が地域おこしの一環として開発した 会津の郷土食と愛情を詰め込んで作ることから つめっこやき と命名した 原発事故の風評で3 年近く販売を中止していたが 2013 年復活した ソースカツ丼とは戦後 洋食屋さんから広く作られるようになったと言われているが 定かではない 福島民報 WEB サイト 2013/11/10 記事 jishin2011/2013/11/post_8575.ht ml 伝統会津ソースカツ丼の会公式 Web サイト ( 自治体 企業 NPO 含む ) つめっこやき本舗大沼郡会津美里町字川原町 TEL: 伝統会津ソースカツ丼の会公式 Web サイト (e) 食文化 福島県 会津地方 ニシンやイカの天ぷら 水で戻した身欠きにしんやスルメの天ぷ ら 江戸時代後期 北海道からの北前船と阿武隈川の舟によって会津藩へ身欠きニシンやスルメなどの干物が運ばれていた また会津では強清水といった清らかな湧水によって干物をもどし調理した 湧水の温度も天ぷらを作るのに適しているという 日清オイリオ生活科学研究室会津若松観光物産協会 WEBサイト TEL / l 会津の年中行事と食べ物 平出美穂子著歴史春秋社発行 211 (e) 食文化 福島県 会津地方 はっとう 萱屋根の葺き替えや収穫最終日に振る舞 う 蕎麦団子に砂糖を沢山入れた小豆 餅 212 (e) 食文化 福島県 中通 会津 地方 月の1 日と15 日 屋根替えの時の行事食 祝食 はっと ともいうが 由来としてはあまりおいしく食べ過ぎないよう御法度 ( ごはっと ) という言い伝えがある 饅頭の天ぷら 餡の入った饅頭の天ぷら 江戸時代 まんじゅうふ というまんじゅうの形をした ふ があり それを天ぷらとして食べていたという 昭和初期から砂糖が庶民の間で食べられるようになり まんじゅう を揚げて食べるようになったという お盆や彼岸に食べられることが多い 東北 北海道の郷土料理 乙坂ひで C 編ナカニシヤ出版発行 日清オイリオ生活科学研究室強清水元祖清水屋福 WEBサイト島県会津若松市河東町八田沢目 l 会津の年中行事と食べ物 平出美穂子著歴史春秋社発行 213 (e) 食文化 福島県 会津地方 強清水の饅頭 身欠きニシ ン スルメの天ぷら 餡の入った饅頭の天ぷら 強清水という峠にある清水の脇に建つ茶屋の名物菓子 饅頭のほかに身欠きニシン スルメの天ぷらがある ニシンとスルメの天ぷらはそばにのせて食べる 強清水茶屋があるのは会津若松と白河をつないでいた白河街道の途中にある峠で 湧き出す清水で乾物の身欠きニシンとスルメを戻して天ぷらにする 日清オイリオ生活科学研究室強清水元祖清水屋福 WEBサイト島県会津若松市河東町八田沢目 l 会津の年中行事と食べ物 平出美穂子著歴史春秋社発行 214 (e) 食文化福島県沿岸部ぼうぼう焼きサンマの身を包丁でたたき ネギや生姜 元来 漁師が舟の上で食べるもので まな味噌をこねあわせ ハンバーグ上にして焼板にさんまのミンチをのせ 上から真っ赤いた料理 な炭をのせると さんまの脂で炎が ぽうぽう と燃え上がることからこの名がついた 215 (e) 食文化 福島県 喜多方市 喜多方ラーメン 戦後間もなく作られ始めたラーメンで ご 当地ラーメンの走りの一つ 216 (e) 食文化 福島県 浜通り中央 部 217 (e) 食文化 福島県 相馬地方沿 岸部 昭和初期に 市内のあるラーメン店が 支那そば を打ち 屋台を引きながら売り歩いたものが発祥 良質の水と伝統に支えられた味噌 醤油の醸造技術がラーメンのおいしさを生み出している サガンボの煮つけ サメ ( アブラツノザメ ) の煮つけ サガンボは太平洋側では千葉県より以北に生息 サガンボはしっとりとしてクセがなく上品 青森や宮城などの地域で食べられている たこいも マダコこのぶつ切り 里芋 大根を入れて煮る 食べる直前にネギ 豆腐を入れた味噌仕立ての煮込み料理 218 (e) 食文化 福島県 奥会津 アユのすし漬け アユの飯ずし アユを米 野菜を加え 発 酵させた食品 秋はほっき漁が終わり 刺し網がおもな漁業となる また秋野菜の収穫時期ともなる 秋にはタコや大根がとれるので たこいもとして食べる 春から秋にかけては はや あゆのような川魚がたくさん獲れる 冬の食べ物としてすし漬けにしておく 浜通りの年中行事と食べ物 平出美穂子編歴史春秋社発行福島スローフード連絡協議会 東北の食と農漁の文化辞典 西東秋男編筑波書房発行喜多方観光協会 HP 地域食材大百科第 5 巻魚介類 海藻 藤原昌高著農山漁村文化協会発行 聞き書福島の食事 日本の食生活全集福島 編集委員会編集農山漁村文化協会発行 日本の食生活全集 7 聞き書福島の食事 発行所社団法人農山漁村文化協会 馳走久に定 (9 月 ~11 月 ) いわき市小名浜本町 66 e 食文化 80/188

87 219 (e) 食文化 福島県 中通北部 もち甘酒 搗きたての餅と同じくらいの麹を混ぜ込んで臼で搗く とろとろにして瓶に入れ 蔵にしまっておく とても甘くておいしい晴れの日のどぶろくとなる 220 (e) 食文化 福島県 中通北部 がにたたき汁 川がにをナタでたたいてつぶし しり鉢で すりながら味噌を入れ 味噌汁などの汁も のに入れて食べる 221 (e) 食文化 福島県 阿武隈山地芋がらの煮つけ 芋がらは里芋の茎を干したもの ずいきと も言う 芋がらを水で戻し 煮付けや刻ん で汁物にして食べる 222 (e) 食文化 福島県 阿武隈山地干し柿の天ぷら アンポ柿になったやわらかい物を選んで 種をとり 細かに切る 水で溶いた小麦粉 を付けて 油で揚げた物 寒い時に体を温めたり 風邪をひかないようにと昔から伝わっている飲み物 7 月から 8 月に川ガニを小川からとってきて食べる がには夏を越すと食べない 芋がらは 11 月の寒くなってくる時期に畑から刈り取 皮をむく 芋がらの細い方を結んで竹竿にかけ 軒先に干していた 保存食として冬場によく食べられた 寒い地方なので渋柿が多く どこの家でも干し柿を作り 甘い菓子の代わりとしていた 特に 珍しい美味のもので 祭やお祝 仏事のときなどによく作られていた 21 世紀に残すふくしまの味 発行者花田勗 日本の食生活全集 7 聞き書福島の食事 発行所社団法人農山漁村文化協会福島スローフード連絡協議会 HP 日本の食生活全集 7 聞き書福島の食事 発行所社団法人農山漁村文化協会 21 世紀に残すふくしまの味 発行者花田勗 ( 自治体 企業 NPO 含む ) 223 (e) 食文化 福島県 いわき地方 あんこう鍋 あんこう 白菜 春菊 ネギ 大根を使った味噌味の鍋 すり潰したアンコウのキモを炒ったものを入れ コクのある汁にするのが特徴 どぶ汁 ともいう 約 350 年前 磐城平藩 藩主内藤忠興がアンコウを将軍に献上したという言い伝えがある 21 世紀に残すふくしまの味 発行者花田勗 郷土食とうほく読本 読売新聞東京本社編無明舎 小名浜旅館ホテル組合 (e) 食文化 福島県 いわき地方 サンマの糠漬け 糠と塩を半々くらいに混ぜた糠床に サンマを漬け込み 糠を洗い流し焼いて食べる 糠に漬け込むことで臭みを消し うまみが引き出される 225 (e) 食文化 福島県 会津地方 わっぱ飯 ヒノキのわっぱ ( 薄い板材で作る曲げわっ ぱと同様の容器 ) に 山菜やキノコなどい ろいろな食材を入れて炊いた飯 226 (e) 食文化 福島県 会津地方 三五八漬け 塩 麹 米を3:5:8の割合で漬け床を作 り ナスやキュウリ カブ 身欠きニシンな どを漬けこむ 太平洋に面した 浜通り地方では秋にはさんまが水揚げされる さんまは頭と腹わたをとり 一晩水につけてから水を切る 木箱に漬けたさんまは漬け水がたまらないため腐らないとも言われている 料理屋 田季野の店主が昭和 30 年夏 曲げわっぱ に出逢い この器を用い 会津の食材を生かした料理を盛り込んだ 輪箱 飯 を創製 暑い夏にも食欲を誘い 夏負けを防ぐすばらしい健康食である このため 最近見直され 各家庭で作られるようになった 聞き書福島の食事 日本の食生活全集福島 編集委員会編集農山漁村文化協会発行 元祖輪箱飯田季野 HP 嫁ぐ娘に会津の郷土食 伝えたいおふくろの味 星孝光著株式会社丸八 企画ぱる製作 元祖輪箱飯田季野 会津若松市栄町 5-31 ( 鐘つき堂小路 ) e 食文化 81/188

88 (1) 地域資源調査リスト (f) 地場産品 伝統技術 カテゴリー県市町村地域資源名資源の概要歴史的価値 ストーリー所在地情報源 取材元 1 (f) 地場産品 伝統技術等 2 (f) 地場産品 伝統技術等 3 (f) 地場産品 伝統技術等 青森県 弘前市 津軽塗 堅牢で実用性に富み 同時に美しく優美な外見を持つ これは 幾重にも塗り重ねた漆を平滑に研ぎ出す 研ぎ出し変わり塗り という技法から生まれる 茶筒 盆 箸 ぐい呑み お椀などの日用雑器が多い 弘前市とその周辺の津軽地方と青森市で生産されている漆器 青森県 弘前市 津軽焼 いろいろな研究の末に 鉄釉の黒に白のかけ流しのパターンが生み出された 白釉の色は雑木 リンゴの木の枝を焼いた木灰を主としたもので それにワラ灰などを混ぜ 微妙な色調の変化を出している 青森県 弘前市 下川原焼土人形 人形は小型のものが多く 天神様 子守 ネコなどが300 種以上 人形笛が200 種以上 それにいろいろな遊び道具もつくられた 現在も およそ200 種の型が残されていて 手づくりでつくられている 元禄期 ( ) に塗師頭の池田源兵衛が 江戸で 変塗 ( かわりぬり ) 技法 を習得して帰藩し 以後主にこの技法で漆器を塗るようになったのが始まり 一時 衰退するかに見えたが 戦後盛りかえし現在も重要な産業となっている 元禄 4 年 (1691) に平清水三右衛門らによって築窯され 以後二十数年にわたり藩の用度品を焼いた それが津軽焼の始まりであるが 一時廃絶し 現在の津軽焼は昭和 11 年 (1936) に県の指導 助成によって再興されたものである 文化年間 ( ) に 9 代藩主が津軽の地に玩具が少ないと嘆いて 下川原にあった藩窯の陶師につくらせたのが始まり ほぼ同時に焼かれた下川原焼は廃絶したが 土人形は今日に続いている ( 自治体 企業 NPO 含む ) 青森県漆器協同組合連合会青森県漆器協同組合連合会 青森県百科事典 ( 東奥日報社編 ) 青森県庁ホームページ 青森県百科事典 ( 東奥日報社編 ) 青森県庁ホームページ 青森県百科事典 ( 東奥日報社編 ) 4 (f) 地場産品 伝統技術等 5 (f) 地場産品 伝統技術等 6 (f) 地場産品 伝統技術等 7 (f) 地場産品 伝統技術等 8 (f) 地場産品 伝統技術等 9 (f) 地場産品 伝統技術等 10 (f) 地場産品 伝統技術等 11 (f) 地場産品 伝統技術等 青森県 弘前市 あけび蔓細工 津軽の山野に自生するアケビのつるを利用し編みこんでつくるかごや盆はデザインが素朴で堅牢で美しい生活用品として親しまれ 観光客のおみやげ品としても喜ばれている 青森県 弘前市ほか弘前こけし こけしには 頭を胴体にはめ込む はめ込み式 と一本の木からつくる つくり付け式 がある 津軽系はつくり付け式で 頭部はオカッパ頭が多く 胴には津軽藩家紋の牡丹模様やねぶた絵などが描かれるのが特徴 青森県 弘前市 津軽凧絵 弘前だこは人物と人物 人物と動物の組み合合わせなどの 対の絵 が多い 黒石市の本郷だこの絵は 金鵄勲章 と だるま に限られていたという 青森だこは青森ねぶたと関係が深く 歌舞伎の図柄が多いのが特徴 青森県弘前市 つがる市 津軽びいどろ 津軽半島 七里長浜の砂が原料 これを 1500 度の高温で溶解し, 紀元前 1 世紀ごろから受け継いできたという 宙吹き という技法でうみだされる工芸品は 美しさと実用性の姿をみせる 青森県 弘前市 津軽打刃物 伝統的な工法である火造り 泥塗り などの焼き入れ技術により 優れた切れ味と耐久性に富み 折れず 曲がらず欠けない刃物が誕生する 青森県 弘前市 津軽桐下駄 桐は下駄の材料としてはぴったり 軽い 柔らかい 反動が少ない 温度変化が少 ないなどの特質があるからだ 青森県 弘前市 ブナコ 青森県のブナの木を有効利用するために開発された製法で ブナの原木をテープ状にカットにしたものを巻き重ね 押し出して成型 デザイン性に加え木材を無駄なく使用するエコ製法としても注目されている 青森県 八戸市 八戸焼 八戸市内で採取された粘土に工夫を加 え 百数十年前につくられていた陶器が蘇 る 江戸末期の天保年間 ( ) に津軽の人が旅の修験者からアケビのつるを編みこんだかごづくりを教わり それをつくって温泉湯治客のみやげ品として販売したのが始まり 東北地方に生まれたこけしは 形態 描彩などから10 系統に分類され そのうちの一つが津軽系 津軽こけしというのは 黒石市 大鰐町 弘前市でつくられるこけしの総称で 津軽系はさらに温湯 ( ぬるゆ ) 系と大鰐系に分かれる 弘前市を中心とする津軽の凧絵は葛飾北斎の影響を受けたり ねぶた絵との深い関係が感じられる 奉公人の内職として描かれたものだったり 歌舞伎の看板絵師が指導したのもあったという 津軽びいどろは陸奥湾の周辺でつくられていた漁業用の浮き玉の製法を応用してつくるガラス工芸品 地元の砂をはるか昔の技能で透明感あふれる工芸品に変える 藩政時代に農具や武器を製造していた鍛冶職人の技能が蘇る 江戸時代に広く流行し 津軽においても隆盛をきわめたのが桐下駄 時代とともに洋風化が進む中でも技術は伝えられている 1956 年 青森県工業試験場長らの共同研究により考案され 1963 年ブナコ漆器製造株式会社設立 1966 には北日本中小企業振興展において通産大臣賞を受賞 江戸時代末期まで八戸山中で焼かれていた焼き物が八戸焼 現在は昭山窯一つだけだが 伝統的な八戸焼がつくられている 青森県庁ホームページ 青森県百科事典 ( 東奥日報社編 ) 弘前市役所ホームページ 青森県百科事典 ( 東奥日報社編 ) 青森県庁ホームページ 青森県百科事典 ( 東奥日報社編 ) 青森県庁ホームページ 青森県百科事典 ( 東奥日報社編 ) 青森県庁ホームページ 青森県百科事典 ( 東奥日報社編 ) 青森県庁ホームページ 青森県百科事典 ( 東奥日報社編 ) ブナコ漆器製造株式会社設立 青森県庁ホームページ 青森県百科事典 ( 東奥日報社編 ) ブナコ漆器製造株式会社 f 地場産品 伝統技術 82/188

89 12 (f) 地場産品 伝統技術等 13 (f) 地場産品 伝統技術等 14 (f) 地場産品 伝統技術等 15 (f) 地場産品 伝統技術等 16 (f) 地場産品 伝統技術等 17 (f) 地場産品 伝統技術等 18 (f) 地場産品 伝統技術等 19 (f) 地場産品 伝統技術等 20 (f) 地場産品 伝統技術等 21 (f) 地場産品 伝統技術等 青森県八戸市 七戸町 五戸町 南部菱刺し 刺し子の一種で 旧南部藩領の青森県三戸 上北地方一円に分布していた その発生は明らかでないが 現存するもっとも古いものは 安政 3 年 (1856) につくられたものだという 菱形に刺したところから この名がついた 青森県 八戸市 八幡馬 仙台の木下駒 三春の三春駒とともに八幡馬は日本三駒の一つに数えられる 八戸市櫛引八幡宮では 旧暦の8 月 日に流鏑馬が奉納されていた その日は市が開かれ 八幡駒もここで売られた 現在はただ一人大久保直次郎さんが その伝統技術 ( 鉈彫}) を受け継いで 八幡駒をつくっている 青森県 八戸市 南部姫鞠 綿 ワラビ モミ類 ソバ殻などを乾燥させ てつくった芯を綿でくるみ 糸で巻く その 上に色彩豊かな刺繍模様を施している 青森県青森市 弘前市 青森県青森市 弘前市 つがる市 こぎん刺し 津軽裂織 藍染めの紺の麻布に白い木綿糸で刺す 布目に沿って 1 筋 3 筋 5 筋と奇数律で拾っていくため幾何学的な形になる こうして刺したものは美しさだけでなく 保温 補強の面でも優れている 江戸中期以降 津軽の海岸地域でも布を裂いて織る サクリ ( 裂織 ) がされるようになった かつては日常着だけだったが 今ではコートやバッグなどもつくられるようになった 青森県 十和田市 南部裂織 古い布を裂いて 経糸に麻を張り 緯 ( 横糸 ) にこの裂いた布を織り込んだもの 炬燵がけ 夜着 仕事着 帯 前掛けなどに利用されたが 復活した現在はテーブルクロスなど様々に利用される 青森県 黒石市 温湯こけし アイヌ文様を模したといわれる模様や胴体の下の部分にだるまや牡丹の花などが描かれているのが温湯こけしの特徴 また 胴体がくびれているのも大きな特徴 青森県 三戸町 南部総桐箪笥 南部総桐箪笥は金具のほかはすべて木材を使用してつくられる 桐は木目が美しく堅くて弾力性に富むなど材料としてはうってつけ ここから丹念な作業によって気品さえ感じさせる製品ができあがる 青森県 大鰐町 大鰐こけし あどけない表情を浮かべる大鰐こけしの 特徴は張りぎみの肩からまっすぐ伸びる 胴体と その胴に描かれたあやめ模様 岩手県盛岡市 奥州市 南部鉄瓶 鋳型に約 1400 度のどろどろに溶けた鉄 ( 湯と呼ばれる ) を流し込む 鋳型から中空 ( なかご ) を取り出す それをいったん冷ました後 錆を防ぐ漆を焼きつけ お歯黒の液で着色して完成 良質の鋳物砂 豊富な石炭と鉄鉱石が この鉄器を育んできた 刺し子は保温 補強のために麻布を刺したもの 菱刺しは布目を 2 筋 4 筋 6 筋とすくうので 菱形模様になる 菱刺しの基本模様の数は梅の花など およそ 14 種あるという カツラやヒバの角材から 馬の形を切り出し そのあとは ほとんど鉈一本で削り たてがみと尾をつけ 色を塗って完成 一番難しいのは 胸のふくらみを出すところで 機械では出せない丸みを出す大久保さんの技はお見事 古くは平安時代から人々に親しまれてきた毬 八戸地方にも 紙や布切れを丸めてつくった くまけり といわれる毬が明治のころからあった 現在は八戸市の老人会の方々がつくっているようだ 元禄 8 年 (1685) の記録に 古布こきん と出ているのが もっとも古い記録とされている 江戸時代に木綿の着物を着ることを許されなかった農民の知恵から生み出されたもので 今でも岩木川周辺で刺されている ぼろ織り ともいわれ たて糸に麻または木綿糸 よこ糸には着古しの木綿着物いわゆるボロを細かく引き裂いた細布を織りこんだもの 農民や漁民の仕事着や日常着として用いられた 保温 補強に優れ たいへん重宝された 寒冷な気候のため 綿を生産できなかった雪国で貴重な面を綿を無駄にすることなく 裂いて織り込んだ 一時は衰退したが 現在の趣味と実益を兼ねた伝統工芸品として復活した 木地職人だった盛秀太郎に始まる 明治 大正時代 試行錯誤の末 盛は美しい形と独特の色彩のこけしをつくる それを温湯 ( ぬるゆ ) 温泉に来る湯治客におみやげ品として売ったのである 津軽こけし館 には 盛のこけしを始め全国のこけし3000 本が集められている 昭和時代中ごろから八戸周辺で桐箪笥の製作が始まったと見られる しかし 現在 南部桐の箪笥づくりを続けているのは 1 軒のみ 津軽こけしの発祥地 温湯 ( 温泉から大鰐温泉に移り住んだこけし職人たちが 大正時代になって こけしをつくり始めたのが最初 鉄瓶を中心として発達した盛岡 南部 と 水沢の日用品を中心に発達した 田茂山 の二つの流れが 南部鉄器 の名の下に一つになったの部は 昭和 34 年 (1959) 盛岡 南部鉄器 の源流は 南部利直 ( ) の盛岡城築城に始まる 青森県庁ホームページ 岩手百科事典 ( 岩手放送編 ) 青森県庁ホームページ 青森県百科事典 ( 東奥日報社編 ) まるごと青森 青森県百科事典 ( 東奥日報社編 ) 青森県庁ホームページ 青森県百科事典 ( 東奥日報社編 ) 青森県庁ホームページ 青森県百科事典 ( 東奥日報社編 ) 南部裂織保存会ホームページ 青森県庁ホームページ 青森県百科事典 ( 東奥日報社編 ) 津軽こけし館 青森県百科事典 ( 東奥日報社編 ) 津軽こけし館 青森県百科事典 ( 東奥日報社編 ) 岩手百科事典 (( 岩手放送編 ) 日本の職人 ( 神山典士 著 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 弘前こぎん研究所弘前市在府町 61/TEL 南部裂織保存会 22 (f) 地場産品 伝統技術等 岩手県盛岡市 花巻秀衡塗市 奥州市 一関市 平泉町 平泉で栄華をきわめた奥州藤原氏に起源を発し 江戸時代後期からは衣川村 ( 現 奥州市 ) に産地が形成された 昭和 30 年 (1955) 以降は 岩手県の南部地域にも産地が広がっている トチ ケヤキなどの素材を乾燥させ生漆で固めた下地をつくる それに下塗りを 3 回重ね その上に雲形の模様を描く 文様に金箔を張り雲の外側に上絵をつけて完成 いわての文化情報大事典 岩手百科事典 ( 岩手放送編 ) f 地場産品 伝統技術 83/188

90 23 (f) 地場産品 伝統技術等 24 (f) 地場産品 伝統技術等 25 (f) 地場産品 伝統技術等 26 (f) 地場産品 伝統技術等 27 (f) 地場産品 伝統技術等 岩手県 盛岡市 チャグチャグ馬コ 祭りで行進する馬は 良質の麻の手編みの馬衣類やたくさんの鈴などで豪華に飾られる その様を木彫りにし 彩色仕あげをし さらにその上を装束で飾りつける ここまでするのは珍しい 岩手県 盛岡市 盛岡のこけし 主な材料としてミズキを使ってつくるこけしだが 頭がはめ込み式で 首うがうごくようになっているもので 無地のキナキナボッコと呼ばれるこけしが 盛岡こけしの源である 岩手県盛岡市 花巻市 ホームスパン 羊毛を毛のまま染めし 手紡ぎした太い糸を使い 手織り機で織った岩手県独特の毛織物 手紡ぎのホームスパンは弾力に富んで しわになりにくく 重さを感じさせない特性がある 岩手県 盛岡市 南部古代型染 近世以降の紙型を使う型染めのことで 鎌倉時代の遺品には 紙型を使って藍を浸し染めした資料が 麻裂 ( あさぎれ ) として残されているという 素材は絹 麻 木綿などで それを古代から伝わる染めの型で染める 染めの型は130 種にも及ぶという 岩手県 盛岡市 南部紫根染 紫根染はムラサキの根にニシゴリの灰汁を混ぜた染料で染めてつくる ムラサキは紫色の貴重な古代染料として古くから用いられているもの 柄は昔からのものに加え 独自に考案したものも含め800 種にもなる 温かみのある独特の美しさが魅力 13キロほどの道のりを着飾った100 頭ほどの馬が行進する祭り チャグチャグ馬コ その馬をかたどった玩具 昭和 22~23 年ごろからみやげ品として売られるようになり これまででは昭和 40~50 年が生産のピークだった 盛岡藩の木地師 安保家の家系の子どものおしゃぶり用のおもちゃが キナキナボッコとして伝えられたのである そこから いろいろな弟子に受け継がれて 現在のような彩色された盛岡こけしになってくるのである スコットランド育ちのホームスパンが岩手に根づいたのは 明治 14 年 (1881) ごろ 一戸郡に居住していたイギリスの宣教師が製職法を指導したことによるらしい 今でも岩手県のホームスパンの生産は全国の約 8 割を占めるという 寛永年間 ( ) 盛岡藩主が京都から染師を招き 型を使い 藍を染料として袴などの着衣を染めさせたことが始まり 現在は祖先がお抱え染師だったという家 ( 吉野家 ) の工房で染めがされている 起源は明らかでないが 寛政年間 ( ) には幕府の献上品になり その名は世に知られるようになっていた 江戸時代末期ごろまでは南部藩の特産品であった 現在は盛岡市の藤田家が その伝統を受け継いでいる いわての文化情報大事典 岩手百科事典 ( 岩手放送編 ) いわての文化情報大事典 岩手百科事典 ( 岩手放送編 ) いわての文化情報大事典 岩手百科事典 ( 岩手放送編 ) いわての文化情報大事典 岩手百科事典 ( 岩手放送編 ) ( 財 ) 民俗衣装文化協会 岩手百科事典 ( 岩手放送編 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 日本ホームスパン 28 (f) 地場産品 伝統技術等 29 (f) 地場産品 伝統技術等 30 (f) 地場産品 伝統技術等 31 (f) 地場産品 伝統技術等 32 (f) 地場産品 伝統技術等 33 (f) 地場産品 伝統技術等 34 (f) 地場産品 伝統技術等 岩手県 奥州市 岩谷堂箪笥 キリ ケヤキ クリなどを主材としている 美しい木目 味わい深く重厚な朱塗りによる光沢 華麗で豪快な手彫り金具の堅労さなどをあわせもつ箪笥 岩手県 花巻市 鍛冶丁焼 地元でとれる粘土を陶土にして それに山 砂を加え ロクロで形成したものを登り窯 で焼いたもの 岩手県 花巻市 台焼 明治 44 年 (1911) 杉村三兄弟によって台焼が完成し それから現在まで杉村家によって受け継がれているのは 堅牢で優雅な民芸調の白磁器である 岩手県 花巻市 花巻人形 粘土でつくる泥人形の一種で 節句人形 を中心に節句雛 宝船 恵比寿 大黒など の縁起物が多い 岩手県 花巻市 忍び駒 稲ワラを材料にして それに美しい布や鈴 などを飾り付けた素朴な馬人形で 花巻 地方独特のもの 岩手県 花巻市 南部系こけし 木肌が白く堅いコサンバラ ( アオハダ ) でつくられる 頭がはめ込み式で くらくらと動くキナキナと呼ばれるこけしは南部系だけである 岩手県 花巻市 張子の金のベコッコ 手漉き和紙を木型に幾重にも張り合わせ 金粉塗料で仕あげた首振り玩具 幸運と商売繁盛のマスコットとして愛用されている 江戸時代 岩屋城主が米だけの経済からの脱却を目ざして木工品の開発に取り組んだのが始まり 戦後盛んになり 近年は民芸調ブームに支えられて生産は伸びている 文政年間 ( ) に盛岡藩の焼物師が窯を築いたのが始まりといわれている 現在の鍛冶丁焼は 昭和 22 年 (1947) 阿部勝義が窯を築いて復興させたもの 明治の中ごろ 花巻温泉に誕生した台焼 創始者杉村勘兵衛は 堅牢で雅致のある製品をつくりだすため 陶土を温泉の万寿山に求めた 享保年間 ( ) に花巻鍛冶町の太田善郎がつくり始めたのが始まりとされ その起源は仙台の堤人形まで行くという 花巻地方で古くから縁結びや子孫繁栄 五穀豊穣などの使い駒として伝えられている 今でも縁起のいい郷土玩具として愛されている 初めは花巻を中心に描彩のないキナキナ形式でつくられることが多かったが 鳴子系 遠刈田系の工人が描彩を施すようになり 現在に至っている 佐渡とともに古来から産金国として有名な南部 その南部で繁栄を子孫に伝えようと砂金で牛の形にした黄金牛がつくられ それをかたどったもの いわての文化情報大事典 岩手百科事典 ( 岩手放送編 ) いわての文化情報大事典 岩手百科事典 ( 岩手放送編 ) いわての文化情報大事典 岩手百科事典 ( 岩手放送編 ) いわての文化情報大事典 いわての文化情報大事典 いわての文化情報大事典 岩手百科事典 ( 岩手放送編 ) いわての文化情報大事典 f 地場産品 伝統技術 84/188

91 35 (f) 地場産品 伝統技術等 36 (f) 地場産品 伝統技術等 37 (f) 地場産品 伝統技術等 岩手県 花巻市 成島和紙 クワ科の落葉低木のコウゾの皮を原料としてつくられる成島和紙は 寒中に漉きあげられることもあって 独特の紙質になる 岩手県 花巻市 花巻傘 岩手県内の真竹と和紙は美濃鳥山和紙 これらを材料に全工程を一貫作業で花巻 傘はつくられる 岩手県 花巻市 南部型染 藍 ( ダテ科の一年草 ) の染料で藍色に染める技法が藍染 江戸時代全国に普及した染め方で < 木灰汁の中で発酵させて染める方法 >が現在に受け継がれている 東和町 ( 現 花巻市 ) 成島では寛文年間 ( ) 以前に和紙製造が始まっていたとされる 今はただ一人が成島和紙の技法を受け継いで和紙をつくっているのみ 享和年間 ( ) のころの花巻での傘の製造が起源といわれている 岩手県唯一の製造販売所 滝田工芸の創業は大 正元年 (1912) である 藍染の最盛期は明治初期であった その後はほとんど化学染料にとって代わられる時代になるのだが そんな中でも伝統的技法が今に受け継がれている いわての文化情報大事典 いわての文化情報大事典 いわての文化情報大事典 岩手百科事典 ( 岩手放送編 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 38 (f) 地場産品 伝統技術等 39 (f) 地場産品 伝統技術等 40 (f) 地場産品 伝統技術等 41 (f) 地場産品 伝統技術等 42 (f) 地場産品 伝統技術等 43 (f) 地場産品 伝統技術等 44 (f) 地場産品 伝統技術等 45 (f) 地場産品 伝統技術等 46 (f) 地場産品 伝統技術等 47 (f) 地場産品 伝統技術等 48 (f) 地場産品 伝統技術等 岩手県 北上市 南部系覚平こけし 頭がはめ込み式で その頭がくらくら動くのが特徴の南部こけしは51 種類ある その中の一つが覚平こけしで ミズキ イタヤ サクラなどを木地としてつくる 岩手県 北上市 南部裂き織 古布を裂いてよこ糸にして織るのが裂き織 この裂き織でできる厚い木綿と麻の織物は素朴な風合いで保温性 吸湿性に富んでいる 岩手県 一関市 紫雲石硯 古代 4 億万年以上前に形成されたと考えられる紫雲石は剥離しにくいのが特色 この石でつくられた硯は石色がよく 気品のよい発墨をするとされている 岩手県 一関市 東山和紙 コウゾを原料にして 主に冬の寒い時期に漉いてできる東山和紙 柔らかで それでいて強靭な紙質をいかした書道用紙 賞状用紙 色紙など幅広くつくられている 岩手県 一関市 南部紬 草木などの食物を染料の原料としている ため 素朴で野趣に富み ふっくらしてス ベリのないのが特徴となっている 岩手県 一関市 南部千厩紬 素材の精選から染色 手織りと一貫した作業を古来からの技法にしたがって絹織物をつくってきた 近年は当地産の天然糸を使った手織りの製品もつくっている 覚平こけしは80 年の伝統を誇り 現当主は9 代目で初代以来の技法を今に受け継いでいる 昭和初期衰退したものの 戦後は民芸品として定着した 南部裂き織の最初の織元になったのは 昭和 40 年 (1965) ごろの地元の玩具作家で面師でもあった先代の沢藤隆助 平太房と号した 鎌倉時代 旅の僧が この地の川から見つけた石で硯をつくったのが紫雲石硯の始まりという 今は水墨画や鑑賞用にも用いられるようになった 平泉 藤原文化として平安時代末期からつくられていた東山和紙 昭和 30 年 (1955) ごろは町内に 100 以上の紙漉き業者がいたというが 今は 2 軒だけ 江戸時代 盛岡藩の振興策として盛んに織られた 戦後は県の産業として再興がはかられ 現在はその技法を継承した製品がつくられている 南部千厩紬の源流は平泉文化に遡るといわれる その古い伝統と技術が復興したのは 昭和 51 年 (1976) のことである 岩手県 遠野市 遠野附馬牛人形 遠野の土と和紙を混ぜ合わせて型取りし 彩色して仕あげるこの人形は すべて 江戸初期の嘉永年間 ( ) に始まり 明治の初めごろまでつくられていた そ 手づくりで仕あげる 縁起物が多く 贈り物の後 途絶えたが 昭和 60 年 (1985) に として人気を得ている なって およそ120 年ぶりに復活した 岩手県 久慈市 小久慈焼 地元の粘土を陶土に ワラ灰を使ってつ くった白釉 砂鉄を使った飴釉をかけて焼 いた日常食器が主 岩手県 久慈市 久慈砂鉄鍋 豊富な砂鉄を原料としてつくる鍋は約 1セ ンチと肉厚で 一度温まるとほぼ一定の温 度を保つ特徴がある 岩手県 久慈市 久慈琥珀 太古の植物のヤニが化石化してできたのが琥珀 久慈地方は産出量 品質ともに優れた 国内唯一の産地として知られている 岩手県 大船渡市 紫雲石硯 ( 東方紫雲 ) 紫雲石硯の特徴は 石の持つ優美さ 滑 らかさに加えて鋒鋩 ( ほうぼう 石の表面 の凹凸 ) が緻密で 墨下りがよいことにあ る 文化 10 年 (1813) 相馬の陶工が小久慈の甚六の助けを借りて三日町に築窯したのが始まりとされる その後 甚六家で技法は代々引き継がれた 昭和 32 年 (1957) からは 小久慈に築かれた窯で生産が続けられている 久慈地方は砂鉄の豊富な産地として知られていた 古くから この砂鉄を原料として たたら吹き の方法で鉄をつくり 関東 関西方面へと移出していた 古来より採取されており 古墳時代のものも出土している 平安時代にすでに琥珀工房というのがあった 江戸時代には特に盛んに掘られていた 正法寺付近でとれるので正法寺石ともいわれる紫雲石を原石とした硯は 古く平泉 藤原のころからつくられてきていたらしい 現在は個人でつくられている いわての文化情報大事典 いわての文化情報大事典 いわての文化情報大事典 いわての文化情報大事典 いわての文化情報大事典 いわての文化情報大事典 いわての文化情報大事典 いわての文化情報大事典 岩手百科事典 ( 岩手放送編 ) いわての文化情報大事典 いわての文化情報大事典 岩手百科事典 ( 岩手放送編 ) いわての文化情報大事典 f 地場産品 伝統技術 85/188

92 49 (f) 地場産品 伝統技術等 50 (f) 地場産品 伝統技術等 51 (f) 地場産品 伝統技術等 52 (f) 地場産品 伝統技術等 53 (f) 地場産品 伝統技術等 54 (f) 地場産品 伝統技術等 55 (f) 地場産品 伝統技術等 56 (f) 地場産品 伝統技術等 57 (f) 地場産品 伝統技術等 58 (f) 地場産品 伝統技術等 59 (f) 地場産品 伝統技術等 60 (f) 地場産品 伝統技術等 岩手県 二戸市 浄法寺塗 原料は地元でとれる浄法寺塗を使用 庶 民の器として実用性を重視したシンプルな デザインになっている 岩手県 八幡平市 地熱染め 270 年以上の歴史を持つ松川温泉の地熱蒸気を利用し 独特の染色をした染物 独自の手絞りによるもので 蒸気により染料が滲み美しいグラデーションが出るように考えられている 岩手県 雫石町 亀甲織 栽培からつくった麻糸で たて糸をよこ糸 にからませながら織り 六角形の亀甲模 様を浮かびあがらせる織り 岩手県 西和賀町 遠刈田系湯田こけし イタヤカエデ ミズキ サクラなどを原木としてつくる このこけしは胴の太さに比して頭の大きいことが特徴になっている 遠刈田は鳴子 土湯と並び日本三代こけし発祥の地とされている 岩手県 西和賀町 あけびづる細工 葉がほとんど枯れ落ちた11 月に入ってから アケビつるを採取し それの地面に這っている部分を丸ごと使って手かごなどに編みこむのである 岩手県 一戸町 鳥越竹細工 一般的な竹にくらべて 細く弾力に富む すず竹 を材料にして生活用具を編んできた つくられるのは ざる 弁当箱 手提げなど多様 宮城県 仙台市 作並こけし 頭部と胴部が はめこみ式 頭が大きく胴は細い直胴か 太めの胴で下部がくびれて裾広がりのものもある 蟹状の菊花 牡丹状の花模様が特徴 宮城県 仙台市 堤焼 仙台古来の焼き物の伝統を受け継ぐ風合い 鉄釉になまこの色が流れだしたような釉薬 東北の緑と雪の中から生まれたような独特の色合いの辰砂釉 緑釉 桐火釉に特徴がある 宮城県 仙台市 埋木細工 全国に類のない工芸資材 埋木 (500 万年前のもの ) を使った埋木細工 埋木の美しい木目と拭い漆を施した光沢などで重量感にあふれる 宮城県 仙台市 堤人形 西の伏見 東の堤は郷土玩具の双璧とされる 当初は おひなっこ と呼ばれたこの人形の持つ造形の美と色彩の妙味はいまだ衰えず 宮城県 仙台市 仙台張子 松川だるま 仙台張子玩具の代表格が松川だるま 顔の周囲は群青色で彩色し 腹部には宝船 福の神 松竹梅などをにぎやかに描いて華麗なもの このだるまには最初から目が入っていて珍しい 宮城県 仙台市 仙台平 糸づくりから始まり およそ30の工程を経てできあがる仙台平は 見た目の美しさ はき心地の良さに加え 丈夫でしわにならないのが特徴 仙台平の袴は能楽や歌舞伎の著名人のファンも多い 浄法寺の天台寺で僧侶が寺の什器をつくったのが始まりとされ 江戸時代には重要な産業となったが 明治になると衰退した しかし 近年 復興を遂げた 日本で初めての地熱蒸気による発電が成功し 松尾村 ( 現八幡平市 ) の特産として試作された 昭和 56 年に岩手県工業技術センター木工特産部の指導のもと商品化に成功 もともとは南部藩への献上のための織物だったが 庶民は汗はじきのために野良着の下につけていた 現在は地元の婦人たちが 昔ながらの技を受け継いで製作にあたっている 大正 8 年 (1919) 遠刈田の工人佐藤丑蔵を講師として湯本に小林工場が開かれた その後 佐藤丑蔵から小林善作 小林定雄へと受け継がれて行く 冬の長い沢内村 ( 現 西和賀町 ) では冬季の手仕事としてアケビつるによる手かごや丸かごづくりが昔から盛んであった 最近は技術を伝えることのできる人が少なくなっているのが悩み 歴史は慈覚大使と結びつく言い伝えがあるほどで 平安時代初期にまで遡るとされる 近年は伝統的な生活用具としての価値が見直されている 秋保温泉と並び 仙台の奥座敷とされる寛政 8 年 (1796) 開湯の作並温泉で生まれたこけし 誕生は 明治の初めごろと考えられている 今は この温泉のほかには 宮城県の芋沢 山形市内で主につくられている 開窯は元禄 7 年 (1694) といわれる 大正に入って一時衰退をみたが 現在は 明治 3 年 (1870) に堤焼乾馬窯を開いた針生家の4 代目が息子とともに作陶に励んでいる 文政 5 年 (1822) 青葉山で仙台藩の下級武士が埋木を発見 持ち帰って種々工夫をし 掻敷 ( かいしき 食物を盛る器 ) をつくったのが始まりとされる 元禄年間初期 ( ) 堤焼改良のため招かれた江戸の陶工 上村万右衛門の創作といわれる 明治末 人形屋は1 軒になったが 復元に力を入れ みごとに蘇った 仙台藩士 松川豊之進が創始したとの言い伝えがある 現在の松川だるまの原型は 明治初期 高橋徳太郎によってつくられた 仙台平は当時の仙台藩主が自分が身につけるための織物をつくらせたことが始まりとされる 現在は伝統を受け継ぐ人間国宝の甲田綏郎 ( こうだよしろう ) さんが代表をつとめる会社でのみつくられている いわての文化情報大事典 岩手百科事典 ( 岩手放送編 ) 八幡平市ホームページ /cat51/cat59/cat515/post_285.p hp いわての生活文化 いわての文化情報大事典 いわての文化情報大事典 岩手百科事典 ( 岩手放送編 ) いわての文化情報大事典 野山で生まれた暮らしの道具 ( かくまつとむ撮影 大檇弘 ) いわての文化情報大事典 岩手百科事典 ( 岩手放送編 ) 宮城県中小企業団体中央会 宮城県百科事典 ( 河北新報社編 ) 仙台市役所ホームページ 宮城県百科事典 ( 河北新報社編 ) 仙台市役所ホームページ 宮城県百科事典 ( 河北新報社編 ) 仙台市役所ホームページ 宮城県百科事典 ( 河北新報社編 ) 仙台市役所ホームページ 宮城県百科事典 ( 河北新報社編 ) 仙台平ホームページ 手とてとテ tetoteote-senndai.jp ( 自治体 企業 NPO 含む ) 地熱染色研究所 61 (f) 地場産品 伝統技術等 宮城県 仙台市 仙台御筆 萩筆 ( 藩政時代から伝わる筆で宮城野ハギを軸にしている ) と 五色筆 ( 明治初期に考案された筆で ハギ マツ ススキ ヨシ タデを軸として 5 種一組 ) が これまでつくられた中の絶品 仙台御筆は伊達政宗公が慶長 19 年 (1614) に学問と勧業を目的に大坂の筆職人を御用筆師として召し抱えたことが始まり 仙台市役所ホームページ 宮城県百科事典 ( 河北新報社編 ) f 地場産品 伝統技術 86/188

93 62 (f) 地場産品 伝統技術等 63 (f) 地場産品 伝統技術等 64 (f) 地場産品 伝統技術等 65 (f) 地場産品 伝統技術等 66 (f) 地場産品 伝統技術等 67 (f) 地場産品 伝統技術等 宮城県 仙台市 玉虫塗 下地塗りを施した木地の全面に銀粉を蒔き 最後に特殊な漆 ( 玉虫漆 ) を塗ることで玉虫の羽のような色調と光沢を持った製品ができる 宮城県 仙台市 仙台箪笥 仙台箪笥の原型は4 尺箪笥で 木地はケヤキを主体とする 塗りの木地呂塗 ( 飴色の透明な漆 木地呂漆を何度も塗り重ねる ) は仙台箪笥の伝統的塗り それに 牡丹や唐獅子などの文様がついている手打ち金具を打ちつけて仕あげる 宮城県 仙台市 仙台堆朱 堆朱は漆を塗り重ねた後に彫刻するのが普通だが 仙台堆朱は村上堆朱が伝わったものなので順序が逆 木地に模様を施し ( 型押し法 ) 塗りを重ねて硯箱 文箱などをつくる 宮城県 石巻市 雄勝硯 硯にとってもっとも大事なのは鋒鋩 ( ほうぼう これで墨がすれる ) この鋒鋩となる原石の粒が細かく 硬度が適当で硯に適しているというのである 宮城県 石巻市 鯨歯工芸品 当初はパイプ 印材 指輪など 次には茶托 菓子皿 靴ベラなどになり 現在はブローチ ペンダント ストラップ タイピンなどが主力製品になった 宮城県 白石市 弥治郎こけし 頭が大きく上部にベレー帽風のロクロ模様がある また 多くは胴の中間がくびれているのが弥治郎こけしの特徴 その胴部にロクロ模様が見られるのもある 昭和 7 年 (1932) 仙台にあった商工省国立東北工業所で創意工夫し特許を得たのが始まり その後は ( 有 ) 東北工芸製作所が実施権を得て 今日まで製作を続けている 江戸時代末期から始まったとされる仙台箪笥は 明治 大正時代の時期に現在のような仙台箪笥のスタイルに定着したといわれている 明治末期に仙台刑務所に招かれた新潟県村上堆朱の工人が村上堆朱の技法を伝え 仙台堆朱の基礎が確立された 文献には室町応永年間 ( ) より雄勝で産出する硯石を使った雄勝硯がつくられていたことが見える 現在も地区で採石される硯石は 国内産出量のおよそ9 割を占める かつて全国有数の捕鯨基地として栄えた牡鹿地区のみやげ品として欠くことのできないもの 昭和初期に 捕鯨船の乗組員が仕事の合間に パイプなどをつくったのが始まりとされる 白石市の弥治郎集落の鎌先温泉近くに住む木地師がつくり 温泉に来る湯治客のおみやげに販売したのが始まり 今も集落には工房があり 弥治郎こけし村 では こけしの実演 販売も行われている 仙台市役所ホームページ 宮城県百科事典 ( 河北新報社編 ) 仙台市役所ホームページ 宮城県百科事典 ( 河北新報社編 ) 仙台市役所ホームページ 宮城県百科事典 ( 河北新報社編 ) 仙台市役所ホームページ 宮城県百科事典 ( 河北新報社編 ) 石巻市役所ホームページ 宮城県百科事典 ( 河北新報社編 ) 白石市役所ホームページ ( 自治体 企業 NPO 含む ) ( 有 ) 東北工芸製作所 仙台箪笥協同組合 ( 仙台箪笥歴史工芸館仙台市青葉区本町 2-7-3) 68 (f) 地場産品 伝統技術等 69 (f) 地場産品 伝統技術等 70 (f) 地場産品 伝統技術等 71 (f) 地場産品 伝統技術等 72 (f) 地場産品 伝統技術等 73 (f) 地場産品 伝統技術等 宮城県 白石市 白石和紙 漉いた紙を版木にのせて模様を打ち出したり 柿渋をつかうなど さまざまな工夫を 伊達政宗公が 平安時代から評判になっていた 東北の紙 の紙漉きを奨励したこ こらして和紙ができる それを加工して 札とによって 原料と水質に恵まれた白石 入れ ハンドバッグなどをつくっている 刈田地方で良質の紙が生産されるように 宮城県 大崎市 鳴子こけし 肩が張り ゆるく内側にそった胴は安定感がある つくりは はめ込み式 で 首を回すとキイキイ音を出す 模様は 重ね菊 ( 横から見た菊を重ねて描いた ) 菱菊 ( 上から見た菊を胴の下部に描く ) が代表的 また 他の系統にくらべて写実的である 宮城県 大崎市 鳴子漆器 鳴子漆器の特徴は 木挽木地に対する塗り立て技術にある その代表的技術は次の二つ 木地の木目の美しさをいかす 木地呂塗 7 色の塗りと金 銀を組み合わせて墨流し風の龍門模様をつくりあげる 龍門塗 である 宮城県 大崎市 岩出山しの竹細工 この竹細工は材料に弾力性のある しの竹 の皮の部分だけを使っているのがt 特徴 滑らかな表皮を内側にして編んだざるやかごは弾力 耐久性に富む 宮城県 登米市 松笠風鈴 松笠のような飾りの下の鋳物でできた風鈴の表面には虫食いのあとのようなあとがたくさんついて ざらざらしている 手づくりのこの風鈴の出す音はひとつ ひとつ違う 宮城県 栗原市 若柳地織 綿織物独特の風合いを持つ この織り物 を加工して 室内着 のれん ネクタイ 札 入れなど多様な製品がつくられている なった こけしの日本三大発祥地の一つに数えられる鳴子温泉で誕生したこけし 古文書には こふけし があったという 木地業の盛んな鳴子で こけしがつくられ始めたのは 江戸後期のこととされている 今も鳴子温泉の こけし通り には こけし店が軒をつらねる 鳴子漆器は寛永年間 ( ) には すでに創始されたと伝えられている 文化 文政年間 ( ) には鳴子温泉の湯治客のおみやげ品としてだけでなく 外からの相当量の注文にも応じられるようになっていたという 現在も市の重要な産業の一つである 岩出山第 4 代城主 伊達村泰公が奨励し生産されるようになったといわれている 今も50 人ほどが伝統を受け継いだ竹細工づくりをしている 天明年間 ( ) 仙台藩主に音色の良い風鈴を望まれた 江田家 10 代庄衛門がつくり献上したのが始まりという 一子相伝の秘技として江田家に今日まで伝えられている 明治から大正にかけて 旧 若柳町を中心に盛んにつくられた綿織物 農作業着が主だった 現在も製造しているのは 1 社 白石市役所ホームページ 宮城県庁ホームページ 宮城県百科事典 ( 河北新報社編 ) 仙台市役所ホームページ 宮城県百科事典 ( 河北新報社編 ) 仙台市役所ホームページ 宮城県百科事典 ( 河北新報社編 ) 宮城県庁ホームページ 宮城県百科事典 ( 河北新報社編 ) 宮城県庁ホームページ 宮城県百科事典 ( 河北新報社編 ) 大崎竹工芸館大崎市岩出山字ニノ構 115 番地 TEL f 地場産品 伝統技術 87/188

94 74 (f) 地場産品 伝統技術等 75 (f) 地場産品 伝統技術等 宮城県 蔵王町 遠刈田こけし こけしの構造は 頭と銅をはめ込む さし込み式 と一本木からつくる つくり付け式 の二通りあるが 遠刈田こけしの場合はどちらもある 宮城県 加美町 中新田打刃物 刀と同様 空打ちで鋼を鍛え焼き入れする伝統技術でつくられる これでできる鎌 包丁 鉈 ナイフなどは切れ味鋭く 使いやすいと評判 蔵王町遠刈田温泉に誕生したこけし 遠刈田は鳴子 土湯と並ぶこけしの日本三大発祥地 やはり ここのこけしも温泉の湯治客の子どもへのおみやげ用につくられたもののようだ 江戸の寛文年間 ( ) に仙台藩の刀匠 舟野五郎兵衛によって創始されたと伝えられる その技術は今も生かされている 仙台市役所ホームページ 宮城県百科事典 ( 河北新報社編 ) 宮城県庁ホームページ 宮城県百科事典 ( 河北新報社編 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 76 (f) 地場産品 伝統技術等 77 (f) 地場産品 伝統技術等 78 (f) 地場産品 伝統技術等 79 (f) 地場産品 伝統技術等 80 (f) 地場産品 伝統技術等 81 (f) 地場産品 伝統技術等 82 (f) 地場産品 伝統技術等 宮城県 加美町 切込焼 製品は染め付け ( 白磁に藍色で文様を描く ) が主体 いろいろつくられている器物の中でも らっきょう徳利 他にはあまり見ない独特の形式である 秋田県 秋田市 秋田銀線細工 秋田は昔から銀の豊富な産出地で 細工も盛んだった そこに 長崎の平戸から技法が導入され 明治末期 竹谷本店初代 竹谷金之助の指導により 銀線細工は一大発展を遂げて現在に至る 秋田県 秋田市 八橋人形 粘土の合わせ型で素焼きに丹念に絵付けした土人形 いかにも素朴で土くさい親しみが魅力になっている 工程は 下ごしらえ 型どり 乾燥 窯焼き 絵づけとなる 秋田県 秋田市 秋田八丈 染めの原料はすべて植物 特色は茶色と黄色を主調色とする色調にある 茶色ハハマナスの根皮から 黄色はレンゲツツジの葉から ちなみに黒色はロックウッドから 赤色は蘇芳から すべて植物染料を用いた糸染め 秋田県 秋田市 秋田蕗摺 葉脈の堅い秋田蕗を用いて 緑色の染料や顔料と併用して 蕗の茎から葉の末端までの筋 葉脈を布や紙 衣料などに鮮明に摺りあげるのが秋田蕗摺 どんな具合にするのかは 五代目 力さんが知るのみ 秋田県 大館市 曲げわっぱ 工程は1 木目の整った秋田杉を割る あるいは製材で薄く剥ぎ乾燥させる 2 熱湯に入れて柔らかくし円筒形の型に沿って曲げる 3 曲げた両端をハサミで固定し乾燥させる 4ハサミをはずし サクラの樹皮で両端を縫いあげ 底を入れ漆塗りして完成 秋田県 鹿角市 紫根染 ( 鹿角茜染 ) 鹿角地方に自生する紫根と茜根の染料とニシコホリと称されるサワフタギの灰汁で染めるもの 絹には50 回ぐらい 木綿布の場合は130 回ぐらいの先媒染 ( 染める前に媒染を行う ) が必要とされる 江戸時代から明治時代初期に焼かれた その創始をめぐっては定説がない ただ 東北ではもっとも古いものの一つに数えられる 明治に入って間もなく廃絶し再興も成功していない 純銀の直径 0.2ミリくらいの細い線を より合わせて ローラーでつぶし デザインに合わせて所定の長さに切り渦巻状に巻く それを太めの銀線でつくった枠組の中にはめ込んで銀ロウで接着する 根気と細かな神経が必要 伝承によれば 安永 天明期 ( ) ごろ 京都伏見からきた人形師が川尻に窯を開き 陶器や人形を焼いたのが始まりとされる およそ 200 年前 石川滝右衛門が伝える伊達式 ( 福島保原 ) の織法と蓼沼甚平の伝える上州式 ( 桐生 ) の染織が組み合わさって生まれた絹織物 ただ 現在織るのは 1 軒のみ 発祥については定かでないが 文久年間 ( ) に秋田市の僧が北阿仁から転住してきた宮腰家の初代清次郎に教え伝えたのだという 秋田市の宮腰家に一子相伝の秘技として代々伝えられてきた 元禄 12 年 (1699) ごろ 杣夫が曲げ物の器物をつくるのを大館城代が知り下級武士の内職として曲げわっぱづくりを奨励したのが始まりとされる 昭和 40 年代にかけての民芸ブームなどで量産態勢が確立された この千数百年の昔から伝えられる古代染色技法を受け継いだ栗山文治郎さんは昭和 28 年 (1953) 国の無形文化財の指定を受けた 長男 文一郎さんと奥さんは昭和 53 年 (1978) に 秋田県無形文化財の指定を受けた 仙台市役所ホームページ 宮城県百科事典 ( 河北新報社編 ) 秋田の民芸 ( 秋田魁新報編 ) 秋田大百科 ( 秋田魁新報編 ) 秋田の民芸 ( 秋田魁新報編 ) 秋田大百科 ( 秋田魁新報編 ) 秋田の民芸 ( 秋田魁新報編 ) 秋田大百科 ( 秋田魁新報編 ) 秋田の民芸 ( 秋田魁新報編 ) 秋田大百科 ( 秋田魁新報編 ) 秋田の民芸 ( 秋田魁新報編 ) 秋田大百科 ( 秋田魁新報編 ) 秋田の民芸 ( 秋田魁新報編 ) 秋田大百科 ( 秋田魁新報編 ) 83 (f) 地場産品 伝統技術等 84 (f) 地場産品 伝統技術等 秋田県 湯沢市 川連漆器 乾燥した椀や膳の木地に 11にも及ぶ工程の地塗りを施す さらに 中塗り 上塗りを重ね 本塗りで塗りの工程は終わり 毛塗り沈金か蒔絵の加飾を施し 美しい製品に仕あげる 秋田県 湯沢市 湯沢まなぐ凧 横 1に対して縦 1 8という安定した比率の細長い形で縦骨と横骨だけで枠骨のない構造で 揚がってからの動きが活発だとされる 凧絵は武者絵など30 種ほどあるが 何といっても墨一色で描かれた まなぐ ( 目 ) 凧 が一番人気 稲庭に居城した小野寺氏が家臣に豊富な材木と漆で武具を塗らせ内職をさせたのが始まりと伝えられている 建久 4 年 (1190) ごろのことだから 800 年以上の歴史がある 昭和 51 年に国の伝統的工芸品の指定を受けた 元禄年間 ( ) から伝えられている 禁裏御 ( 京都御所 ) の警護のために上洛した藩士が京都で見た武者絵を模写して湯沢に持ち帰ったのが始まりとされている 秋田の民芸 ( 秋田魁新報編 ) 秋田大百科 ( 秋田魁新報編 ) 秋田の民芸 ( 秋田魁新報編 ) 秋田大百科 ( 秋田魁新報編 ) 川連漆器組合 f 地場産品 伝統技術 88/188

95 85 (f) 地場産品 伝統技術等 秋田県 湯沢市 木地山こけし こけしの描彩の図柄は義兄から与えられたのを基本として 小椋久太郎自身が考えたものだ 前垂れに梅花をあしらったこけしは 胴周りがだんだん太くなり 健康美そのものの娘姿へと変化していった 明治 年 ( ) ごろ 木地山で最初にこけしをつくった小椋久太郎の一族は文化 6 年 (1860) 仙台藩から木地山に移住してきた その一族の長は小椋徳右衛門 徳右衛門の 4 男が久四郎で 久四郎の二男が久太郎ということになる 秋田の民芸 ( 秋田魁新報編 ) 秋田大百科 ( 秋田魁新報編 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 86 (f) 地場産品 伝統技術等 87 (f) 地場産品 伝統技術等 88 (f) 地場産品 伝統技術等 89 (f) 地場産品 伝統技術等 90 (f) 地場産品 伝統技術等 91 (f) 地場産品 伝統技術等 92 (f) 地場産品 伝統技術等 93 (f) 地場産品 伝統技術等 秋田県 湯沢市 川連こけし 木地山こけしと並ぶ秋田県内の代表的伝統こけしで 頭部と胴部が一体型のつくりつけ式で 胴には前垂れ模様 頭部には大きな前髪 後頭部にはつん毛が描かれているのが特徴 秋田県 湯沢市 秋田仏壇 原木はアカマツ ホオ ヒバなどで 平板にして1 年以上天日乾燥する その平板に下地塗り 中塗り 上塗りを施し蒔絵 金箔押しなどをする こうして 伝統の川連塗の技術を生かした秋田仏壇 別名 川連仏壇が完成する 秋田県 能代市 能代春慶 特色は植物根からとる うこん粉 という黄色染料に漆と糊を入れたのを木地に塗り 後に塗り重ねる漆のすい込みを止めることにある 入念な工程でつくられる漆器は使いこむとますます素地が透けて木目が美しくなることから広く用いられている 秋田県 能代市 能代凧 凧絵は武者絵 歌舞伎絵など20 種ほどあるが 何といっても 舌を出したベラボウ絵が有名 ゆえに ベラボウ凧 といわれる 骨組みが縦 2 本だけというのも珍しい 秋田県 横手市 浅舞絞り 浅舞絞りの模様は200 種以上といわれている 小袖の全面に模様を置く 総模様の絞りになると超高級品で 簡単に手の出る着物ではなかったようだ 西馬音内盆踊りの衣装にも この技法が見られる 秋田県 横手市 中山人形 石膏の型に粘土を詰めて型抜きをし 合わせ目を削って成形 乾燥させて釜で焼いて色づけを重ねて完成させる 十二支の干支が大人気 秋田県 北秋田市 阿仁焼 秋田の焼き物は褐色に青色のなまこ釉を かけたのが多いが 阿仁焼は全体に黒っ ぽく 白や青の釉薬模様が入っている 秋田県 由利本荘市本荘塗 本荘塗を代表する技法は 菊花模様 毛彫りといって 細い線を浅く引いて模様を彫る いわゆる沈金技法のことだ 沈金と異なるのは 金粉ではなく 顔料の色粉を蒔くこと 木地山に入った一族のうち 木地山に残ってこけしをつくると主張する久四郎の家族以外は稲川に移り住んだ その中で 小椋米吉 小椋泰一郎らがこけしをつくり始める 久太郎が木地山でこけしをつくり始めるよりわずか前のことだった 昭和 35 年 (1960) ごろ 川面漆器の販売員が県外で仏壇づくりを見る機会があった これなら川面塗の技術をいかして仏壇づくりができる こう考えた販売員が故郷に帰って 仲間と試行錯誤を繰り返し ついに仏壇づくりに成功する 始まりについては 殿様が慶長 7 年 (1602) 水戸から久保田に移る際 水戸から連れてきた春慶の工人に能代春慶を開かせたのだという説が有力である その後 藩の保護のもと改良を重ね 寛政 5 年 (1794) には 御用春慶 の称を賜るに至るのである 風の強い能代では昔から凧揚げが盛んだったといわれている 明暦年間 ( ) には街中で競いあっていたと言い伝えられている ただ 現在は能代凧を製造販売しているのは 北萬 さん ただ一軒 江戸時代後期に平鹿 浅舞地方で発達した絞り染め なかなか高価なものが多く 米 1 俵が1 円のころ 浅舞絞りの単衣着が 2 円 50 銭であったという 今はわずかに 昭和 57 年 (1982) に結成された 保存会 技術の保存と伝承の活動をしているのみ 明治初期 平鹿地域 ( 旧 平鹿町吉田 ) の中山集落で誕生 樋渡ヨシさんが中山人形づくりを開始する 昭和 32 年 (1957) には横手市内に仕事場を移し 子息とともに 郷土に根ざした中山人形の製作に打ち込み 干支土鈴をつくって人気を呼んだ 現在中山人形店は5 代目の樋渡徹さんが継いで 伝統の技を繰り出している 安永 3 年 (1744) ごろ阿仁銅山を訪れた平賀源内が良質の陶土を発見したことから始まったのが阿仁焼 灰窯して久しかった阿仁窯が復活したのは 昭和 47 年 (1972) だった 本荘の地に本格的な漆器業を創業したのは北島三郎であった 川連や金沢 輪島などで修業を積み 本荘の近くや鳥海山麓の矢島などには 漆が多く産出し 漆器の木地も豊富であったことに着眼してのことだった 会社を興し地域に貢献した 秋田の民芸 ( 秋田魁新報編 ) 秋田大百科 ( 秋田魁新報編 ) 湯沢市役所ホームページ 秋田の民芸 ( 秋田魁新報編 ) 秋田大百科 ( 秋田魁新報編 ) 秋田の民芸 ( 秋田魁新報編 ) 秋田大百科 ( 秋田魁新報編 ) 秋田の民芸 ( 秋田魁新報編 ) 秋田大百科 ( 秋田魁新報編 ) 秋田の民芸 ( 秋田魁新報編 ) 秋田大百科 ( 秋田魁新報編 ) あきたファンドッとコム 秋田の民芸 ( 秋田魁新報編 ) 秋田大百科 ( 秋田魁新報編 ) 浅舞絞り保存会横手市教育委員会文化財保護課 秋田県横手市中央町 8 番 12 号かまくら館 5 階 TEL , FAX f 地場産品 伝統技術 89/188

96 94 (f) 地場産品 伝統技術等 95 (f) 地場産品 伝統技術等 96 (f) 地場産品 伝統技術等 97 (f) 地場産品 伝統技術等 98 (f) 地場産品 伝統技術等 99 (f) 地場産品 伝統技術等 100 (f) 地場産品 伝統技術等 101 (f) 地場産品 伝統技術等 102 (f) 地場産品 伝統技術等 秋田県 由利本荘市御殿まり まりの中心に モミ殻を入れたビニール袋を入れ 木綿糸でグルグル巻きにし 針と糸で4 等分 8 等分 16 等分し その上に金糸 銀糸で複雑な刺繍を施して完成 まりの三方に白い房が下げられているのも特徴 秋田県 由利本荘市亀田ぜんまい織り ぜんまい綿毛は防湿性と保温性に富み 羊毛に似た性能があるといわれる 山野に自生するぜんまいをつみとり 干す 蒸す 乾燥させたぜんまい綿を混紡させ糸を紡ぐ それをたて糸として織り込んでつくるのである 秋田県 仙北市 イタヤ細工 長さ1メートル 直径 10センチほどのイタヤカエデを割り 幅 3~5ミリ 厚さ1ミリほどに裂いて包丁と指で仕あげをかける できたものを交互に編みこんでかごや箕 ざるなどにする イタヤオモチャは割って削るだけ 秋田県 仙北市 白岩焼 白岩焼では青白色なまこ釉で皿 茶碗 かめ 鉢など日用雑器を中心に焼かれてきた 現在も伝統的ななまこ釉の特徴をいかした陶器づくりがなされている 秋田県 仙北市 樺細工 樺細工は桜の樹皮で器物をつくるので桜皮細工とも呼ばれる 桜の皮を剥ぎ 包丁で皮を削る それを木地に張り合わせ 文様を刻んで 最後に入念に研ぎを入れて完成 使い込むほどに輝きを増す器の誕生だ 秋田県 大仙市 楢岡焼 楢岡焼の特色は白岩焼に似た独特のなまこ釉にある 焼き肌の上にかけられた青白い 時には漆黒のなまこ釉の調合は一子相伝という 日常雑器をたくさんつくってきたが これからは新しい感覚を取り込んだ現代陶器にも意欲をもやして取り組んでいる 山形県 山形市 平清水焼 平清水焼を代表する製品は 青龍窯 の丹羽龍之介の焼いた数々の製品 鉄分の多い平清水の陶土をいかした 梨青瓷 と呼ばれる製品を開発 平清水焼を代表する製品にした 山形県 山形市 山形漆器 山形塗を代表する一つが 権之助塗 木地に紅模様の手彫りを施し 本漆で下地塗りから上塗り さらにベンガラの顔料を蒔き仕あげる これが 現 13 代 長門屋権之助が考案した塗りである 山形県 山形市 山形指物 指物は釘を使わず木を組み合わせるだけでつくる家具のこと 受け継いだ伝統的な技術で 木に切り込みを入れ さし合わせて民芸箪笥や茶箪笥をつくる 慶長 17 年 (1613) 本荘城に移封されてきてから御殿女中がつくって楽しんでいた 女中が町衆に手ほどきして 少女たちの遊び道具となっていったようだ その後一時途絶えたかに見えたが 戦後に復活し 今では観光みやげの民芸品としてなくてはならないものとなっている 木綿にぜんまいの綿毛を混紡して編むぜんまい織りを創織したのは 亀田の佐藤雄次郎だった しかし ぜんまい織りは昭和初期で姿が消えてしまった 今はテーマパーク 天鷺村 で織られるのみである かつては農閑期の副業として秋田県内の各地でつくられていた 藩政時代には箕づくりの家が 100 軒もあったというが 今は仙北市の佐藤定雄さん夫妻と姪の本庄あづささんが励んでいる 明和 8 年 (1771) 相馬の陶工 松本運七が角館白岩に開窯したのが始まり 全盛期の江戸時代は白岩は相馬 会津本郷と並んで東北三代産地と称された しかし 明治 33 年 (1900) 廃窯した それから70 年 昭和 51 年 (1976) 陶芸家 浜田庄司の指導と進めを受けて復興して 現在に至っている 天明年間 ( ) に角館藩士 藤村彦六が県北に伝わっている秘法を習得し角館に持ち帰ったことから始まるという それ以後 次第に知られる存在となり 武士の内職だった樺細工は生業へと発展する さらに時を経て 戦後は飛躍的に伸びて現在に至る 文久 3 年 (1863) 秋田市寺内から工人を招いて窯が創設されたが 明治 40 年 (1907) ころまでで廃窯してしまう それから 50 年 昭和 35 年 (1960) に小松幸一郎が登り窯を構築し 復興させた 現在は息子 哲郎さんが後を受けている 天保年間 ( ) に創生期がつくりあげられ 明治年間に最盛期を迎えた しかし 昭和に入って衰退し 現在は 6 つの窯元が残るのみになった 300 年以上前から山形県では漆器がつくられてきた 大正期の職人町には 数十人の漆工がいたというが 現在は 本家長門屋 が受け継ぐのみ 江戸時代の初め 山形藩主の最上義光が山形城下に職人町を設け 職人を優遇して この指物の発展につなげた あきたファンドッとコム 秋田の民芸 ( 秋田魁新報編 ) 秋田の民芸 ( 秋田魁新報編 ) 秋田大百科 ( 秋田魁新報編 ) 秋田の民芸 ( 秋田魁新報編 ) 秋田大百科 ( 秋田魁新報編 ) 日本の手仕事 ( 著 陸田幸枝写真 大橋弘 ) 秋田の民芸 ( 秋田魁新報編 ) 秋田大百科 ( 秋田魁新報編 ) 秋田の民芸 ( 秋田魁新報編 ) 秋田大百科 ( 秋田魁新報編 ) 野山で生まれた暮らしの道具 ( かくまつとむ撮影大橋弘 ) 秋田の民芸 ( 秋田魁新報編 ) 秋田大百科 ( 秋田魁新報編 ) 加美町観光協会 宮城県百科事典 ( 河北新報社編 ) 山形県庁ホームページ 山形県大百科事典 ( 山形放送編 ) 山形県庁ホームページ 山形県大百科事典 ( 山形放送編 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 103 (f) 地場産品 伝統技術等 山形県 山形市 山形建具 スギやヒノキ ホウノキなどを使い カンナで仕あげる伝説的な手法は今も変わらずに受け継がれている また 多様化する生活スタイルに合わせた製品も数多くつくられるようになった 明治から昭和にかけてさまざまな建具商組合が山形県内に設立されてきた その後山形の気候風土や生活様式に合う伝統的な建具の産地が形成されるようになってきた 山形県庁ホームページ 山形県大百科事典 ( 山形放送編 ) f 地場産品 伝統技術 90/188

97 104 (f) 地場産品 伝統技術等 105 (f) 地場産品 伝統技術等 106 (f) 地場産品 伝統技術等 山形県 山形市 桐紙 桐箱 桐紙は桐の柾目の部分を厚さ0 05ミリまで削り出してつくる 桐箱はやはり桐から木取りした素材を削り 組み合わせてつくる 山形県 山形市 籐工芸 籐はヤシ科の植物で軽くて堅牢で弾力に富む その籐の皮を手挽きし 昔ながらの技術で 曲げ 編み 巻いて製品をつくっている 山形県 山形市 切畑の臼 厳選したケヤキやアズサの原木を1 年半ほど乾燥させ 臼の大きさに切り それからまた 1 年半以上乾かす その上でていねいに内側をくりぬいて完成させる 山形では昔から良質な桐材が豊富にとれたので木工品が盛んにつくられてきた 現在も5 軒でつくる 桐紙は水野という桐紙職人が関西方面から山形に移住してきた明治中期から始まったらしい 現在 桐紙をつくるのは2 軒 籐工芸品が生活用品として暮らしのなかに普及したのは明治期に入ってから 現在 山形では明治 40 年 (1907) 年創業の商店が中心になって籐工芸製品をつくっている 臼づくりが始まったのは およそ 150 年前 臼づくりに適した木が多くあり販路にも恵まれていたためだ 最盛期には 40~50 人の職人がいたが 今は 4 人 山形県庁ホームページ 山形県大百科事典 ( 山形放送編 ) 山形県庁ホームページ 山形県庁ホームページ ( 自治体 企業 NPO 含む ) 107 (f) 地場産品 伝統技術等 108 (f) 地場産品 伝統技術等 109 (f) 地場産品 伝統技術等 110 (f) 地場産品 伝統技術等 111 (f) 地場産品 伝統技術等 112 (f) 地場産品 伝統技術等 113 (f) 地場産品 伝統技術等 114 (f) 地場産品 伝統技術等 115 (f) 地場産品 伝統技術等 山形県 山形市 山形鋳物 砂鋳型と呼ばれる 型挽き 砂鋳型にヘラで文様をつくる 文様押し 細やかな肌をつける 肌打ち などの伝統技術によって 薄手で繊細 美しい肌 という山形鋳物の魅力がつくり上げられる 山形県 山形市 山形打刃物 軟らかい鉄と硬い鋼を火造で接合し丹念に叩いて粘りと張りを引き出す 昔ながらの技法である 自由鍛錬 で 新しい商品もつくっている 山形県 山形市 山形張子 木型に和紙を水張りし 上質和紙をふのりで張り重ねて天日乾燥 その上に切り込みを入れ 粉を塗り重ね 絵付けをして完成 おかめ の面など多彩 山形県 山形市 山形こけし 山形作並系こけしは もともと子どものおもちゃとしてつくられたため 子どもが持ちやすさを考慮したつくりになっている 子どもが持ちやすいよう胴体が細い棒状になっている 蔵王高湯系は 山形系より銅が太く短く頭が大木のが特徴だ 山形県 山形市 山形仏壇 ケヤキ材を使ったほぞ組みによる頑丈なつくり 精密な彫刻 黒金具の落ち着いた輝き 温かな木目調の漆塗り こうした特徴を受け継ぐ金仏壇は国の伝統工芸品に指定されている 山形県 山形市 番傘 竹で骨組みをつくり和紙を張り 油をひいて仕あげる 番傘 は骨の数が52 本で直径 110センチ 蛇の目傘 は2 段階の開閉で いずれも雨や風に対応するようになっている 山形県 米沢市 米沢焼 黒 白 青色の釉薬をかけて焼き どっしりとした深い風合いの器ができるのが特徴 地元成島の材料のみを使った作陶を続けている 山形県 米沢市 笹野一刀彫 材料は付近でとれるコシアブラ ( ウコギ科の落葉高木 ) サルキリという刃物一本で頭部 翼部 尾部を成形し彩色して仕上げる 代表的には 商売繁盛の願いをこめる お鷹ぽっぽ 山形県 米沢市 米沢箪笥 十分に乾燥させたケヤキや桐などを製材して製造する 漆を塗り金具をとりつけて仕あげる 一番多い形は 衣装箪笥 ( 背景には米沢が織物の一大産地ということがあるか ) 他に 幸せを呼ぶ箪笥 とされる 階段箪笥 がある 平安初期に鋳物職人が馬見ヶ崎川の砂が鋳物づくりに適することを発見したのが始まりとされる 江戸初期には領主の保護政策で産業として発展 現在は美術工芸鋳物に引き継がれている 最上氏の始祖である斯波兼頼が南北朝時代 鍛冶師を連れて山形に入部したのが始まりといわれている 江戸時代には藩主が鍛冶師を保護したことで発展につながった 仏師 渋江長四郎が安正年間 ( ) 出羽三山参りに訪れ 和紙の産地 ( 鈴川 双円地区 ) に住みついたのが始まりとされる 山形のこけしは 6 系統に分類される そのうち山形市に伝わるのが山形作並系こけしと銀山温泉の蔵王高湯系こけしである こけしづくりは 温泉の湯治の定着とリンクしてきた 享保年間 ( ) 江戸浅草で技術を学んだ星野吉兵衛によってもたらされたといわれている 良質な漆や木材が豊富にとれたことが仏壇製作に貢献している 寛政元年 (1789) 矢田清太郎がつくり始めたと伝えられている その後 下級武士に傘づくりが奨励され 出羽三山参りの行者から好評を得て 最盛期には100 軒を超える業者がいたが 今は1 軒 ルーツは米沢藩の財政立て直しとして上杉鷹山公が興した 成島焼 天明 3 年 (1781) 米沢成島に窯が開かれたが大正期に廃窯 昭和 50 年 (1975) になって復興なったが その折り 米沢焼 とした 起源は地区内にある笹野観音信仰と関わりが深いとされ 千数百年前からつくられているのだという また 上杉鷹山公が冬の副業として奨励したことで盛んになったものといわれている 江戸時代後期 箪笥づくりが全国各地に広がった その一つが この米沢箪笥だが 現在その技を受け継ぐのは大正元年 (1912) 創業の家具店 1 店のみ 山形県庁ホームページ 山形県大百科事典 ( 山形放送編 ) 山形県庁ホームページ 山形県大百科事典 ( 山形放送編 ) 山形県庁ホームページ 山形県大百科事典 ( 山形放送編 ) 山形県庁ホームページ 山形県大百科事典 ( 山形放送編 ) 山形県庁ホームページ 山形県大百科事典 ( 山形放送編 ) 山形県庁ホームページ 山形県庁ホームページ 山形県庁ホームページ 山形県大百科事典 ( 山形放送編 ) 山形県庁ホームページ f 地場産品 伝統技術 91/188

98 116 (f) 地場産品 伝統技術等 117 (f) 地場産品 伝統技術等 山形県 米沢市 相良人形 前後 2 枚の土型に粘土をつけて張り合わせ 型から抜いたら形を整え 乾燥させて焼成 その後 胡粉 ( ごふん ) で真っ白に塗り 彩色して完成 山形県 鶴岡市 羽越しな布 梅雨の時期にしな ( 科 シナノキ ) の皮を剥ぎ 夏 ~ 秋に繊維を取り出す 雪が降り始めたら糸をつくり 春までにしな布を織って座布団やバッグにする 創始は米沢藩の相良清佐衛門 寛政 2 年 (1790) ごろから人形づくりを始め その後も相良家代々で製作を続けてきた 戦中に中断したが 昭和 42 年 (1967) 復興した 起源は定かではないが 温海地区の関川集落では 古くからどの家庭でもしな織りが行われてきたという 沖縄の芭蕉布などともに 日本三大古代織 に数えられ 国の伝統的工芸品にも指定されている 山形県庁ホームページ 山形県大百科事典 ( 山形放送編 ) 山形県庁ホームページ 山形県大百科事典 ( 山形放送編 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 関川しな織センター羽越しな布振興協議会山形県鶴岡市関川字向 222 内電話 (f) 地場産品 伝統技術等 119 (f) 地場産品 伝統技術等 120 (f) 地場産品 伝統技術等 121 (f) 地場産品 伝統技術等 122 (f) 地場産品 伝統技術等 123 (f) 地場産品 伝統技術等 124 (f) 地場産品 伝統技術等 125 (f) 地場産品 伝統技術等 126 (f) 地場産品 伝統技術等 山形県 鶴岡市 竹塗漆器 漆を塗り重ねて竹の風情を表現するこの工芸のポイントは 漆を丹念に盛り上げて 竹の節 をつくるところにある 色漆を何度もぼかしながら塗り 枯れ竹 をイメージさせることにある 山形県 鶴岡市 庄内竿 遊佐方面で採取 厳選した苦竹を4~5 年陰干しする さらに竹の曲がりを矯正する のし作業 に3~4 年かけて釣り竿をつくる 竹そのものを竿とし 蝋で仕上げるのは全国的にも珍しい 山形県 鶴岡市 庄内姉様 新聞紙からつくる髪は膠で固めて黒い艶を出していること 面長な顔にかわいらしい鼻がついていることなどが特徴 髪形 6 種類 これも特徴 島田 結綿 丸髷 勝山 ちょんまげ ( 男人形 ) 桃割れ 山形県 鶴岡市 いづめこ人形 シチドという草とワラでつくった いづめこ に 人形を入れ はんてんや布団に見立てた布をかぶせ 両手をつけ 最後に 御殿まり や でんでん太鼓 を組み上げる 山形県 鶴岡市 御殿まり モミ殻を袋に入れ 木綿やナイロンの白糸で半日以上かけて巻きあげる これに模様の目印となる地割を施し 絹糸で巻いたり 退色しにくい堅牢染めのリリアンを刺して多様な模様にする 山形県鶴岡市 酒田市 絵ろうそく 花紋燭ともいい 御所車や蓮華 四季の花模様などが描かれるのが特徴 しかし 行事用からおみやげ用にと用途が変化してきていて 丸形で水に浮かぶ絵ろうそくが形のかわいいのと模様の美しさで人気を得るようになっているという 山形県 酒田市 庄内刺し子 刺し子の目的は被服の保温 強化だった 特徴は文様が独自 米刺し 柿のはな ウニ刺し そろばん刺し など 基本形だけでも40 種もあること これらのパターンを今に受け継ぎ バッグ 帽子 のれん テーブルクロスなどに刺している 山形県 酒田市 磯草塗 海藻を散らしたような模様を研ぎ出したもの 地の粉塗り サビ付け ヒボ立て などの塗りを施して磯草塗の特徴である文様の下地をつくる その上から紅殻 黄 緑漆を混ぜた彩漆を塗り重ね 乾燥させてから丹念に研いで完成 山形県 酒田市 酒田船箪笥 船内で携行できるくらいの小型のもので 外側はケヤキ材 鉄金具で装飾した堅牢なつくりである 内部は桐材を使い 漏水を防ぐつくりになっている 金庫として使うもの 衣装入れにつかうものなどがある 竹塗漆器は庄内藩の武具塗装職人が明治期になって生み出したものだ その後 弟子たちが大切に継承してきて 現在は佐藤良一氏と鈴木勇氏に受け継がれている 現在の主流は 昭和の名人 山内善作が完成させた 螺旋継ぎ竿 と呼ばれるものだが 庄内地方で製造 販売しているのはトキワ釣り具店のみ 紙びなとも呼ばれる庄内姉様人形は江戸末期から庄内藩の婦女子たちの間で手遊びの一つとしてつくられたのが始まり 男人形もある かつて農村では いづめこ と呼ばれるかごに赤ん坊を入れて農作業していた その姿をかたどったいづめこ人形を最初につくったのは 太使用初期の大滝武寛だという 350 年あまりの歴史と伝統がある 明治以降は一部の旧藩士の家に伝承されるだけになっていたが 昭和 35 年ごろ上野富美さんが復活 現在は孫娘が後を継いで御殿まりづくりをしている 享保年間 ( ) 皆川重兵衛によってつくられたとされる絵ろうそくは 江戸幕府への献上品として声価を高めた 現在 庄内で手描きで絵ろうそくを製造しているのは数軒になった 青森のこぎん刺し 岩手の菱刺しと並んで 日本三大刺し子 とされる 庄内地方の農家では 昭和 40 年ごろまで この指し子が日常的につくられていた 現在は伝統を継承する品々がつくられている 新潟県で考案された磯草塗がいつのころか山形にも伝えられた 初めに温海の横堀家へ伝えられ そこから鶴岡の土佐内家へと伝承され 現在は土佐内家から酒田の斎藤家の婿養子となった4 代目八十八氏が伝統を受け継いでいる 江戸ー大正時代に廻船の船乗りが持っていた貴重品入れなどのこと 日本海側の北前船の寄港地で製造が盛んだった 酒田では明治以降 地元の船乗りの受注生産を中心に多くつくられた 山形県庁ホームページ 山形県大百科事典 ( 山形放送編 ) 山形県庁ホームページ 山形県庁ホームページ 山形県庁ホームページ 山形県庁ホームページ 山形県大百科事典 ( 山形放送編 ) 山形県庁ホームページ 山形県庁ホームページ 山形県大百科事典 ( 山形放送編 ) 山形県庁ホームページ 山形県大百科事典 ( 山形放送編 ) 山形県庁ホームページ 山形県大百科事典 ( 山形放送編 ) 上野御殿まり教室鶴岡市本町一丁目 5-36 電話 : 代表市川由喜 平田町さしこの会 p.html f 地場産品 伝統技術 92/188

99 127 (f) 地場産品 伝統技術等 128 (f) 地場産品 伝統技術等 山形県酒田市酒田光丘彫クロマツをお盆などに加工し 文様彫刻し光丘とは酒田の本間家の3 代目 本間光た工芸品 光丘彫の特徴は 荒削りにも見丘のこと その名を冠した彫物は江戸時える野趣あふれる彫刻文様にある 代から続いてきた 昭和に入って衰退したが 平成になって今野正治氏と菊地秀雄氏によって再興なった 菊地氏は平成 19 年 昔ながらの彫刻文様を復興させた 山形県 酒田市 鵜渡川原人形 粘土を型に詰めて人形の形をつくったら乾燥させ その後素焼きにする それに膠で溶いた胡粉 ( ごふん ) を数回塗って下地を整え 顔料で彩色して仕あげる 型の種類は200を超える 北前船で京都から伝わった伏見人形が原型とされる土人形 江戸末期に大石助右衛門がつくり始め 代々大石家に伝統と技術が伝えられてきた 現在は大石さんを中心に伝承と保存活動が続いている 山形県庁ホームページ 山形県庁ホームページ ( 自治体 企業 NPO 含む ) 鵜渡川原人形伝承の会 TEL: 代表者高瀬靖事務局長本間光枝 129 (f) 地場産品 伝統技術等 130 (f) 地場産品 伝統技術等 131 (f) 地場産品 伝統技術等 132 (f) 地場産品 伝統技術等 133 (f) 地場産品 伝統技術等 134 (f) 地場産品 伝統技術等 135 (f) 地場産品 伝統技術等 136 (f) 地場産品 伝統技術等 山形県 酒田市 酒田凧 酒田は風が強いため つくりは丈夫になっている 色つけした和紙に 削った竹を1 本ずつ組み込んで枠をつくると完成 凧絵の種類は豊富で 亀凧 だるま凧 人凧など 100 種ほどあるが 人凧は人の全身を描いた珍しいものだ 山形県 酒田市 傘福 江戸時代から酒田に伝わるつるし飾りの一つ 傘に天蓋がついているのが特徴 製作は古布を集めることから始まり すべて手づくり なす は大願を成す さるっこ は災いが去るようになど それぞれに意味がある 山形県 新庄市 新庄亀綾織 斜文織り という独特の織り方から生まれる きめ細やかで多彩な地紋がこの織り物の一番の特徴 もう一つ 織ったものを煮て不純物を洗い落とす 精練 という作業によって しなやかな手触りと気品ある光沢が生みだされる 山形県 新庄市 新庄東山焼 出羽の雪のかげりの色 と例えられる 澄んだ青味のなまこ釉が特色 かつてつくられた土鍋は民芸研究家の柳宗悦 ( やなぎむねよし ) に 土鍋としては日本中のもので最も美しいでせうか と言わしめたという 山形県 新庄市 隠明寺凧 丈夫さが特徴の地元の長沢和紙を使い 障子張りという骨組みを用いて ひじょうに頑丈なつくりになっている 絵柄は30 数種あるが 特に有名なのは 般若 山形県 尾花沢市 上の畑焼 白地に藍色の文様が特徴の上の畑焼を代表する絵付けが三多紋 桃 柘榴 仏手柑 ( ぶしゅかん ) を描いたもの この三つの模様には 多福 多寿 子孫繁栄 の願いが込められているのだという 山形県 尾花沢市 銀山こけし 伊豆こけし ( 銀山こけし ) で有名なのが 生まれた赤ちゃんと同じ体重 身長でつくる 誕生こけし と ドラマに登場した おしんこけし 誕生こけしは イタヤカエデを使い 重量のある硬質のこけしになっている 山形県 寒河江市 寒河江出世鯉のぼり 鯉のぼりのサイズに裁断した木綿の布地 に線描し 刷毛で染める 天日で乾燥さ せ 裁断や縫製後 口輪をとりつけて完 成 渋谷家初代から変わらぬ伝統技法で つくる その昔 左官職人の冬の手仕事としてつくられたの始まり 凧絵は北前船で大坂から運ばれて伝えられたものらしい 昭和 50 年 (1975) ごろ江戸時代の凧の下絵が発見されたのを機に 保存会 が結成され 伝承 普及につとめている 子孫繁栄や子の幸を願って地元の神社 仏閣に奉納する風習が残っている 酒田商工会議所女性会が 近年失われつつあった傘福に光をあて 文化の継承と町おこしへとつなげた 江戸時代後期 第 9 代藩主 戸沢正胤が藩財政立て直しのため 武家の婦女子に織り物づくりを奨励したことに始まる 戊辰戦争後に衰退したが 昭和末年近くに結成された 保存会 によって 復興が実現した 東山焼の開祖 涌井弥兵衛は越後出身の陶工で 東山の陶土に惚れ込み天保 12 年 (1841) 新庄戸沢藩御用窯として開窯した 現在は 6 代目正和氏が伝統を受け継いでいる 明治初期 新庄藩士だった隠明寺勇象が父からもらった江戸凧を思い出してつくったのが始まり その後 息子 常太郎が受け継ぐも凧づくりは封印される 昭和 43 年 (1968) になって常太郎の三男 憲夫氏が初代の版木を発見して 保存会 を結成 復興へと結びつけた 江戸末期に東根の長瀞藩が大坂から陶工を招いて開いた窯 しかし 財政難のため 10 年ほどで廃窯 これを現代に復興したのは 幼少期を尾花沢で過ごした伊藤瓢堂氏 大正 14 年 (1915) 県から派遣された木地職人によって技術が伝授され 銀山温泉で玩具としてつくられるようになった 伊豆家の一子相伝で そのため 別名 伊豆こけし 現在の唯一のつくり手は伊豆家 3 代目 寒河江市の柴橋地区で手染めの鯉のぼりづくりを始めたのが 代々着物染物業を営んでいた渋谷家 昭和の初めに小学校から鯉のぼりの注文を受けて 鯉のぼりづくりをするようになったのだという 3 代目が本業にし 4 代目 良春氏が継いでいる 山形県庁ホームページ 山形県大百科事典 ( 山形放送編 ) 山形県庁ホームページ 山形県庁ホームページ 山形県庁ホームページ 山形県大百科事典 ( 山形放送編 ) 山形県庁ホームページ 山形県庁ホームページ 山形県庁ホームページ 山形県大百科事典 ( 山形放送編 ) 山形県庁ホームページ 酒田凧保存会酒田市東栄町 6-20 電話 &FAX: お問い合わせ松田正美 新庄亀綾織伝承協会山形県新庄市沖の町 10-8 電話 隠明寺凧保存会山形県新庄市掘端町 4-74 f 地場産品 伝統技術 93/188

100 137 (f) 地場産品 伝統技術等 138 (f) 地場産品 伝統技術等 139 (f) 地場産品 伝統技術等 140 (f) 地場産品 伝統技術等 141 (f) 地場産品 伝統技術等 142 (f) 地場産品 伝統技術等 143 (f) 地場産品 伝統技術等 144 (f) 地場産品 伝統技術等 145 (f) 地場産品 伝統技術等 146 (f) 地場産品 伝統技術等 山形県 寒河江市 豊国草履 豊穣な稲作地帯の稲ワラを使った草履づくり 豊国 は昔から草履表に最適といわれてきた幻の品種 それを栽培し そのワラを使った草履づくりが近年進められているのである 山形県 長井市 長井刺し子 布の上に5ミリから1センチの方眼を引き それに沿って縫っていく独特の手法でつくられる 下絵を描かないで縫い刺しする技法で 個性的な製品ができあがる 山形県長井市 白鷹町 置賜紬 長井紬の代表製品は 米琉絣 染色は 板締 ( 板でできた木型で締めつける ) 模様は大柄のものが多く 独自の風合いが特徴となっている 白鷹紬は 白糸お召し たて糸に生糸 よこ糸にお召し糸を用い 柄はやはり 板締 の技法で染める 比較的小柄の模様である 山形県 長井市 成島焼 どっしりとした黒釉やなまこ釉の深い味わいのある風合いに特徴がある その特徴をいかした製品 さらに美術的価値を高めた茶陶器や現代陶器などもつくられている 山形県 長井市 黒獅子頭 神社の例祭日に開催される獅子舞でつける獅子頭 この長井の獅子頭はインパクトが強烈 顔を覆う長いたてがみ 鼻穴から伸びる髭 飛び出た目やむき出しの歯などが特徴 山形県 南陽市 青苧織 青苧の茎の皮からとった繊維は強靭な糸になるので 古くから繊維の材料とされてきた 青苧織は 汗を吸収して発散させるという機能性や涼感が得られる織り物だった 山形県 天童市 天童将棋駒 かつては手彫りであったが 現在は機械による彫り駒が主流 その中で 名工の手技から生まれる 書き駒 彫り駒 彫り埋め駒 盛り上げ駒 は国の伝統的工芸品指定を受けている 山形県 天童市 花泉凧 絵柄は 花泉の赤 といわれる鮮やかな赤が特徴 それほど強くない内陸の風に合わせた骨のつくりで 形状から 角凧 こま凧 くらげ凧などがある 人気の絵柄は 武者絵 福助 大黒 うさぎ 虎王丸などがある 山形県 山辺町 山辺のじゅうたん ここのじゅうたんづくりの工程の中で特筆されるのは マーセライズ ( 化学洗濯艶出し ) という加工技術を使っていること これは織りあがった製品を薬液に浸け 機械で磨き絹のように滑らかに仕上げるもの 山形県西川町 小国町 つる細工 つる細工の材料は近隣に自生するアケビのつるやマタタビ ブドウ クルミの樹皮などだ 適切な時期に これらの材料を採取し 乾燥や水に浸すなどの工程を経たつるを編み込んでつくる 江戸末期 冬の副業にと田宮家 8 代の五郎衛門が農民に教えたのが始まりとされる 明治 20 年 (1897) ごろには12 代目の五郎が普及させ 昭和の初めには全国一の草履表産地になったこともあるのだが 以降は衰退が続いていた 使い古した布を重ね合わせて糸を刺す刺し子 長井刺し子は 昭和 53 年 (1978) ごろ 鈴木みゑさんが 地域の旧家に残されていた雑巾を集めて独自の方法で刺したのが始まり 長井紬の琉球調の紬 ( 米琉 ) が 盛んに織られていたのは江戸末期 明治に入って 長井紬と改称した 白鷹お召しは 白鷹地方で伝統的に織られていた米琉絣をもとに 昭和 4 年 (1929) に小松米茂氏が完成させたといわれている 手織り高級絹織物である 長井市今泉地区に良質な陶土が出ることを伝え聞いた和久井利蔵が昭和 12 年 (1937) に土管 瓦製造を始めた その後 次男の富士夫氏が窯を開いて長井焼を開始した また 昭和 50 年 (1975) ごろには 復興を依頼されていた旧 米沢藩の 成島焼 をこの地で復活させた 宮地区にある總宮神社で黒獅子舞が始まった室町末期から 獅子頭がつくられるようになったと伝えられている 要請があったときに 彫師と塗師が獅子頭をつくってきた 現在 この獅子頭を彫っているのは渋谷正斗氏で 漆塗りは江口忠博氏が手がけている 青苧織は直江兼続が越後から米沢に来てから本格的な生産が始まった しかし 後年は絹織物にとって代わられ衰退した それを 昭和 63 年 (1988) 復活させたのは川合ひさ子さん 地元に自生している青苧を探し当て 研究を重ねて この古代織を完成させた 江戸時代末期 天童織田藩が財政立て直し策の一つとして 書き駒 づくりを奨励したのが始まり 明治 大正と分業 大量生産体制が確立し 日本一の駒の生産地になった 現在も全国の将棋駒の生産の大部分を占める 天保年間 ( ) に畳業を営んでいた阿部華泉が考案した凧 昭和 52 年 (1977) に4 代目阿部太彦氏が製作道具一式を発見し 家伝の花泉凧復活につなげた 現在 その4 代目は天童市の古民家で凧づくりに励んでいる 山辺町のじゅうたんづくりは 昭和 10 年 (1935) 中国から7 人の緞通技術者を招いたことから始まった そして 昭和 21 年 (1946) にオリエンタルカーペットが設立されたことで 産地形成されるところとなった 小国町は町の 9 割が森林に覆われつる細工は生活に欠かせない冬の仕事として継承されてきた 近年は町の代表的な産品の一つとして大切に継承して行こうと力が注がれている 山形県庁ホームページ 山形県庁ホームページ 山形県大百科事典 ( 山形放送編 ) 山形県庁ホームページ 山形県大百科事典 ( 山形放送編 ) 山形県庁ホームページ 山形県庁ホームページ 山形県大百科事典 ( 山形放送編 ) 山形県庁ホームページ 山形県大百科事典 ( 山形放送編 ) 山形県庁ホームページ 山形県大百科事典 ( 山形放送編 ) 山形県庁ホームページ 山形県大百科事典 ( 山形放送編 ) 山形県庁ホームページ 山形県大百科事典 ( 山形放送編 ) 山形県庁ホームページ 山形県大百科事典 ( 山形放送編 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 南陽市古代織の伝統を守る会関連ブログ 山形県将棋駒協同組合 f 地場産品 伝統技術 94/188

101 147 (f) 地場産品 伝統技術等 148 (f) 地場産品 伝統技術等 山形県 西川町 月山和紙 国産コウゾだけを使い 薬品漂泊はせず ソーダ灰による煮沸という製法と原料にこだわった手漉き和紙 昔ながらの月山判は地元コウゾ100パーセントの板干し 自然乾燥でつくる その他 紅殻や大井沢のブナ ヤマブドウなどを使った和紙も漉いている 山形県 西川町 菊摩呂こけし 菊摩呂こけしには二通りの型がある 一つは 大正型 といわれるもので はめ込み式中央胴菊くずし胴模様 で細胴の目元は二重 もう一つが 菊摩呂型 で太胴で 開き菊や重ね菊が描かれている この地の和紙は江戸時代から西川和紙の名で漉き継がれてきた 明治時代には 200 戸以上で漉かれたが 高度成長期に激減 飯野博雄氏が月山和紙と名を変えて平成 7 年まで その技術を守り 現在は大井沢で三浦一之氏が継承している 大井沢で木地業を盛んにしたのは志田五郎八 その五郎八に 18 歳で弟子入りした菊摩呂は 72 歳になると こけしづくりに傾注して 独自のこけしをつくった 大正 7 年 (1918) につくった大正こけしが特に有名 山形県庁ホームページ 山形県庁ホームページ 山形県大百科事典 ( 山形放送編 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 149 (f) 地場産品 伝統技術等 150 (f) 地場産品 伝統技術等 151 (f) 地場産品 伝統技術等 152 (f) 地場産品 伝統技術等 153 (f) 地場産品 伝統技術等 154 (f) 地場産品 伝統技術等 155 (f) 地場産品 伝統技術等 156 (f) 地場産品 伝統技術等 山形県 白鷹町 深山和紙 深山地区では 自らの手でコウゾを栽培し 収穫から加工 漉きと一貫して行なっている 紙質が柔軟性 耐久性 通気性に優れているため 江戸時代から通信記録 保存用文書用に重宝されてきた 今はブローチ 人形などにも加工されてい 山形県 真室川町 真室川漆器 お椀やお箸など 天然木の素地に漆のみを何度も塗り重ねて仕上げた製品は 使い込むほど自然の光沢が出てくると人気 地元の主婦と大学生が開発に参加してつくった えっぺ椀 も注目されている 山形県 河北町 紅花染 復興なった紅花染は 自分で栽培した紅花と自然水や果物の酸などを用いて 化学的なものを一切使わない技法で染めている 最近は鳥海山の伏流水を使用することで より鮮やかな紅色の発色を実現した 山形県 遊佐町 遊佐刺し子 印をつけず1 回ずつ刺す 横刺し の技法でつくられる独自の文様と その種類が多いことなどに特徴がある この技法で刺された代表的仕事着は 昭和のなかごろまで続いた山から木を切り下ろす作業の時に着た 橇曳き法被 がある 山形県 大蔵村 肘折こけし 型は鳴子系 描彩は遠刈田系が色濃くも パッと目を引くこの表情が肘折こけしを象徴している 三日月形の目元 輪郭を描いたくちびる もともとは おもちゃとしてつくられたもので はめ込み式で音が出る仕組みになっている 山形県 大石田町 鏝絵 民家や土蔵の壁などの漆喰を塗った上に 鏝で風景や人物などの絵を描くのが鏝絵 漆喰そのものの白色と漆喰に顔料を入れた赤 青 黄 黒などの鮮やかな色で 数十種の鏝を使って描かれる 山形県 大石田町 箕 大石田町次年子でつくられる箕の材料は山野に自生するカエデやサワグルミの樹皮 フジのつるなどである カエデを使うのは次年子だけのつくり方 サワグルミを縦軸にして カエデなどを1センチ幅に割りそろえた ヘネ と呼ばれるものを横に組んで編みあげる 福島県 福島市 土湯伝統こけし 比較的頭が小さく頭頂には蛇の目の模様 胴にはロクロ線を主とした簡素な模様が描かれ クジラ目に垂れ鼻 おちょぼ口と明るい表情が特徴 頭を胴にはめる はめ込み式 でキイキイと音をたてる 発祥は室町時代とされ 上杉鷹山公が藩の施策として原材料のコウゾの植栽を奨励したのを受けて発展した 最盛期には地内の戸数の半数の 50 戸が和紙づくりをしていた 昭和 56 年 (1981) 町は漆による産業振興に着手し 平成 2 年には漆の植栽から製品の販売まで一貫して行う 真室川町うるしセンター を開設して漆器の販路開拓などに力を注いでいる 江戸中期には 最上川舟運の発展で山形は国内一の紅花の生産地になった しかし 明治以降は衰退 平成になって べにばな国体 ( 平成 4 年 ) に向けて河北町から復興を依頼された鈴木孝男さんが独自の紅花染を確立した 遊佐刺し子の文化の伝承と町おこしをめざして 研究会 が平成 18 年に設立された その後 LLP 刺し子ギルド 遊佐刺し子スクール を設立して商品開発や販売活動をしている 鳴子で木地業を学んだ柿崎伝蔵 その弟子で遠刈田で修業した井上藤五郎 この二つの流れを汲んだのが肘折こけし 現在 地元で継承する工人は鈴木征一氏ただ一人 100 年前の原型が忠実に受け継がれている 鏝絵を確立したのは江戸後期の左官職人 伊豆の長八 大石田で鏝絵が描かれるようになったのは 明治に入ってからで 左官業の後藤家が広めた 現在は後藤秀次郎氏と伊豆富夫氏が技を支えている 箕づくりが次年子で始まったのは 500 年ほど前 秋田から来たお里という女性が技法を教えたという言い伝えが残っている 現在は次年子産業協同組合で二人が伝統の箕づくりを続けている 土湯は こけしの日本三大発祥地のひとつとされる およそ 300 年前 土湯温泉と その周辺の温泉の木地師によって生み出された 現在も県内には 土湯系こけしの工人がたくさんいて 製作が続いている 山形県庁ホームページ 山形県庁ホームページ 山形県大百科事典 ( 山形放送編 ) 山形県庁ホームページ 山形県大百科事典 ( 山形放送編 ) 山形県庁ホームページ 山形県大百科事典 ( 山形放送編 ) 山形県庁ホームページ 山形県大百科事典 ( 山形放送編 ) 山形県庁ホームページ 山形県大百科事典 ( 山形放送編 ) 山形県庁ホームページ 福島県庁ホームページ 福島大百科事典 ( 福島民報社編 ) 遊佐刺し子とその歴史研究会電話 問い合わせ土門 157 (f) 地場産品 伝統技術等 福島県 福島市 福島だるま 鶴で眉 亀で髭が描かれ 顔の両脇には花火を意味する唐草模様が描かれている やや長身で顔の彫りの深いのが特徴 江戸時代後期からおよそ 150 年にわたってつくられてきた 開運の縁起物として喜ばれている このだるまは最初から目が入っている 福島県庁ホームページ 福島大百科事典 ( 福島民報社編 ) f 地場産品 伝統技術 95/188

102 158 (f) 地場産品 伝統技術等 福島県 会津若松市会津塗 量産ができ安価 その上堅牢であることで 高く評価されている会津塗 会津絵 花塗 消金蒔絵 錦絵 朱磨き など 独特な製作技術や文様で生みだされる製品は 今も人々をとらえて離さない 本格的な生産は天正 8 年 (1590) 蒲生氏郷が会津に入って以降である 文禄元年 (1590) 日野から連れてきた塗師らに 塗り大屋敷 という伝習所を与えた これをきっかけに 以後代々の藩主の保護で大いに発展 会津の基幹産業となっている 福島県庁ホームページ 福島大百科事典 ( 福島民報社編 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 159 (f) 地場産品 伝統技術等 160 (f) 地場産品 伝統技術等 161 (f) 地場産品 伝統技術等 福島県 会津若松市会津絵蝋燭 菊や牡丹 梅などの艶やかな絵が描かれている絵ろうそくは 今でも1 本 1 本手づくりで生みだされ 主に神仏用のお灯明として実用性も高い 今は漆ではなくハゼの実からロウをとる 福島県 会津若松市会津木綿 素朴なたて縞模様がすっきりと美しい会津木綿は厚地で丈夫なことから主に日常着として着られてきた 現在は手織りの風合いが人気を呼ぶところとなっている 福島県 会津若松市会津桐製品 会津桐の特徴 1 材質が緻密 2 材に粘りと光沢がある 3 材色が銀色で重く充実している 4 杢目に ちじれ がある 5 年輪が明瞭で薄くても割れにくい 6 成長が早くかつ寿命が長い こうした会津桐の良さをいかした製品が すべて手づくりでつくられている 会津のろうそくづくりが始まったのは天正年間 ( ) 芦名盛信が漆の栽培を奨励し その漆の実からとったロウを使ってろうそくをつくった時からという その後 蒲生氏郷が招いた技術者が絵ろうそくを生みだしたのだという 会津藩主 加藤嘉明が寛永 4 年 (1627) ごろ 前領地の伊予松山から招いた織師によって技術が伝えられたのが始まりとされる 機織りは農民だけでなく藩士の婦女子の内職としても行なわれた 会津の只見川および阿賀川沿いに植栽された桐は 土壌や気象条件の作用もあって木目が美しく 堅くて弾力性に富み 最高の材質を誇っている このような桐材を使って 会津では昔から家具 ( 特にタンス ) 下駄などがつくられてきた 福島県庁ホームページ 福島県庁ホームページ 福島大百科事典 ( 福島民報社編 ) 福島県庁ホームページ 福島大百科事典 ( 福島民報社編 ) 162 (f) 地場産品 伝統技術等 福島県 会津若松市初音 この地方では 元日の朝早く 笛を吹きながらものを売り歩くことが 昭和の初めごろまで行われていた 正月に鶯の初音を聞くと福が授かるという縁起から喜ばれた 初音は長さ 5 センチくらいで竹でつくった一種の鳥笛 かつては冬場に職のない左官屋が関東産の竹を用いて内職につくっていたという 吹くと鶯の鳴き声がするというので おみやげ品としても人気がある ふくしまの行事 ( 山本明著 ) 福島大百科事典 ( 福島民報社編 ) 163 (f) 地場産品 伝統技術等 164 (f) 地場産品 伝統技術等 165 (f) 地場産品 伝統技術等 166 (f) 地場産品 伝統技術等 167 (f) 地場産品 伝統技術等 福島県 会津若松市起き上がり小法師 粘土と張り子の組み合わせで 胴が粘土 頭部が張り子でつくられたもので 七転び八起きで健康に働けるように と神棚にあげる 買う時は 家族の数より1 個多く買う習わしがある 福島県 会津若松市風車 8 本の細い竹で1センチほどのカゴをつくり 端に紙の羽をつけ これを豆で竹の柄に止めて風車のできあがり 豆で止めるのは 一年中マメで働けますように との願いがこめられているのだという 福島県会津若松市 西会津町ほか 赤ベコ ( 会津張り子 ) 和紙でできた 赤く長い首をゆらゆら揺らす張り子の玩具赤ベコ 今でも厄除けのお守り 病気の見舞い品やおみやげ品として重宝され喜ばれている 郷土玩具に赤く塗ったものが多いのは 赤には強い呪術力があり 悪い病気を退散させるという民間信仰があったかららしい 福島県 会津若松市会津唐人凧 下部が全体の半分を占めているのが唐人凧の特徴 図柄には ベロ出し えんま 武者絵 などがあるが 代表的なのが ベロくん出し と呼ばれるもの 大きな口から長いベロ ( 舌 ) を出した図柄である しかも その舌だけで全体の図柄の半分を占めているという具合である 福島県 会津若松市会津天神 学問の神様として信仰される菅原道真公を祀ったのが天神様 それをかたどった人形が伝統玩具として各地に伝わっている その中でもこの会津天神は 顔つきの温和さと品の良さが屈指と人気が高い 顔は桐の粉を固めたもので体は張り子 会津藩主の蒲生氏郷が下級武士の内職として民芸品をつくらせたのが始まりとされている 正月十日 会津若松の十日市で売られる一番人気の縁起物 こちらも起き上がり小法師と同じ およそ 400 年以上前から伝わる縁起物 正月十日の市に 色とりどりの風車がずらりと並ぶ様は 冬の風物詩になっている 天正年間 ( ) 蒲生氏郷が殖産振興のために招いた技術者が伝えたのが始まりとされる 唐人凧がどこから どのようにして会津にもたらされたかははっきりしない ただ 戊辰戦争の際 官軍に包囲された鶴ヶ城の中から 唐人凧が舞いあがったというエピソードが伝えられている 最近は 毎年 会津唐人凧揚げ大会 が開催されている 今からおよそ 400 年前 会津藩主蒲生氏郷がわざわざ京都から職人を呼んでつくらせたのが最初とされる 今でも昔ながらの製法で一つひとつていねいにつくられ 変わりない愛らしさを伝えている 福島県庁ホームページ 福島大百科事典 ( 福島民報社編 ) 福島県庁ホームページ 福島大百科事典 ( 福島民報社編 ) 福島県庁ホームページ 福島大百科事典 ( 福島民報社編 ) 福島県庁ホームページ 福島大百科事典 ( 福島民報社編 ) 福島県庁ホームページ f 地場産品 伝統技術 96/188

103 168 (f) 地場産品 伝統技術等 169 (f) 地場産品 伝統技術等 170 (f) 地場産品 伝統技術等 171 (f) 地場産品 伝統技術等 172 (f) 地場産品 伝統技術等 173 (f) 地場産品 伝統技術等 174 (f) 地場産品 伝統技術等 福島県 会津若松市会津慶山焼 昔ながらのロクロ 手びねり そして灰釉を用いる伝統を受け継ぎ 天然素材による釉薬で仕上げられた器には 素朴で独特の風合いがあり 土の香りもうするようだ 福島県 いわき市 いわき絵のぼり 豆汁で溶いた15 種類の顔料を使って木綿地に鮮やかに絵柄を描く 描かれる絵柄も武者絵や大黒など15 種類である 丹念な手描きであふれんばかりの力強さを漂わせている 福島県 いわき市 いわき和紙 近くの山野でとれるクワ科のコウゾを原料に一枚一枚ていねいに紙を漉いていく 一人伝統を受け継ぐ瀬谷さんは伝統の技術にあきたらず 押し花をしたり草木染めをするなど 工夫をこらした和紙づくりをしている 福島県 郡山市 海老根伝統手漉和紙 保存会会員 が栽培した原料( コウゾ ニレ ) と昔ながらの道具を使い 昔ながらの技法でつくりあげる伝統和紙 時の経つほど白さを増してくるのはすばらしい 福島県 喜多方市 会津桐下駄 会津桐は粘りと光沢がある材で 素直な柾目 大きな比重 明瞭な年輪 割れにくいなどの特徴がある この会津桐ならではの良さがいかされた下駄は 柾目の光沢が美しく評価が高い 福島県 喜多方市 雄国の根まがり竹細工 根まがり竹をナタ一丁で加工 細工して編みあげ ざるやかごなどの日常用具をつくる 独特のナタで竹を割る 表面の黒ずみを削るなどの作業は熟練を要する 福島県 白河市 白河だるま 別名 白河鶴亀松竹梅 と呼ばれる 字のごとく 眉が鶴 口髭は亀 髯 ( ほおひげ ) は松竹梅 鬚 ( あごひげ ) は竹で描かれている 商売繁盛 家内円満 合格祈願などの願いを託す縁起物として人気が高い 文禄元年 (1592) ごろ 蒲生氏郷が黒川城 ( 現在の鶴ヶ城 ) の屋根瓦を肥前の唐津から呼び寄せた陶工に焼かせたのが始まりとされている 現在は窯元 香山 で焼くのみ 端午の節句や男の子の成長を祝う縁起物として 江戸時代から伝えられてきた 贈り物として人気が高く また民芸愛好家の間の評価も高い 起源は永禄年間 ( ) に遡るといわれている 江戸時代には棚倉藩の保護奨励を受け 明治になると およそ 600 戸の農家が和紙づくりをしたという しかし 現在は瀬谷安雄さんのみ 明暦 4 年 (1658) ごろ和紙漉きが始まったと伝えられ 江戸末期 ~ 明治の最盛期には地区の全戸数で紙漉きがされたという 昭和 63 年 (1988) にいったん途絶えたが 平成 10 年に 保存会 が結成され 復興なった 藩の奨励により植栽が始められた会津桐 会津特有の風雪に耐え 厳しい環境に育つので 木目が美しく堅くて弾力性に富む品質を誇る 雄国地区の人々は江戸時代初期から雄国山に自生する根まがり竹を編んで収入を得ていた 戦後一時期 竹細工づくりは途絶えそうになったが持ちこたえ 現在は 保存会 が中心になって 伝承 普及に取り組んでいる 今からおよそ 300 年前 松平定信が当地の南画家 谷文晁にだるまの原画を描かせ 職人を京都に修業に行かせたのに始まるという 毎年 2 月 11 日に 白河だるま市 が開かれ 15 万人もの人でにぎわう 福島県庁ホームページ 福島県庁ホームページ ザ 福島 ( 河北新報社福島総局編 ) 福島県庁ホームページ 福島大百科事典 ( 福島民報社編 ) 福島県庁ホームページ 福島大百科事典 ( 福島民報社編 ) 福島県庁ホームページ 福島大百科事典 ( 福島民報社編 ) 福島県庁ホームページ 会津大事典 ( 会津事典編纂会編 ) 福島県庁ホームページ 福島大百科事典 ( 福島民報社編 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 海老根伝統手漉き和紙保存会 郡山市中田町海老根字北向 38 TEL (f) 地場産品 伝統技術等 176 (f) 地場産品 伝統技術等 177 (f) 地場産品 伝統技術等 178 (f) 地場産品 伝統技術等 福島県 須賀川市 須賀川絵のぼり この絵のぼりには 手描きによる独特な力強い線の動き 風雪にさらされても華やかな色彩は変色しないなどの特長がある 吉野家の6 代目青峰氏は伝統絵柄のほかに 新しい感覚の作にも挑戦している 福島県 須賀川市 江戸小紋 昔ながらの型を使った型ほりと型つけで職人の手で鮮やかに染め上げられる 独自の繊細さとおしゃれな雰囲気を合わせ持ち 現代生活にも調和する多彩なデザインが人気を呼んでいる 福島県 須賀川市 牡丹こけし 牡丹こけしの素材はミズキとサクラ 色鮮やかに描かれた満開の牡丹の花が大きな特徴で 上品な黒牡丹と愛嬌のある赤牡丹の2 種類のこけしがある 表情豊かな目もかわいらしい 福島県 二本松市 二本松万古焼 初期にはタタミ型手びねり成形で四角や五角の急須をつくっていたが やがて茶いい人好みの丸型手びねりの急須になった 現在は 地元産の粘土を使い独自の 手びねり型くずし製法 で製作している 今からおよそ230 年前 当地の画家 亜欧堂田善が男子の成長を祝って端午の節句に和紙や布地に鐘馗を描き庭先に立てたのが この絵のぼりの始まりという 吉野家初代が田善の弟子から継承し 地場産品として発展させたが 現在はこの吉野家 1 軒が残る 江戸期に完成された小紋を染める手法を江戸小紋という 江戸時代 裃の定め文様を着物にうつしたことに始まる 江戸小紋が須賀川でつくられ始めたのはおよそ 100 年前 須賀川の牡丹は全国的に有名 この牡丹を描いた牡丹こけしがつくられ始めたのは 今からおよそ100 年前という 当初は須賀川牡丹園のおみやげ品としてつくられたものという 始まりは嘉永 6 年 (1626) 山下春吉の開窯からだったと伝えられる その後 二本松城主 丹羽氏が京都から陶工を呼び寄せて下級武士に教えさせ 産業の発展につなげたという 現在は 井上窯 1 軒が残る 福島県庁ホームページ ザ 福島 ( 河北新報社福島総局編 ) 福島県庁ホームページ 福島大百科事典 ( 福島民報社編 ) 福島県庁ホームページ 福島大百科事典 ( 福島民報社編 ) 福島県庁ホームページ 福島大百科事典 ( 福島民報社編 ) f 地場産品 伝統技術 97/188

104 179 (f) 地場産品 伝統技術等 180 (f) 地場産品 伝統技術等 181 (f) 地場産品 伝統技術等 182 (f) 地場産品 伝統技術等 183 (f) 地場産品 伝統技術等 184 (f) 地場産品 伝統技術等 185 (f) 地場産品 伝統技術等 186 (f) 地場産品 伝統技術等 187 (f) 地場産品 伝統技術等 188 (f) 地場産品 伝統技術等 福島県 二本松市 上川崎和紙 原料となるコウゾ トロロアオイの栽培から紙漉きまで 一貫して昔ながらの技法を受け継ぎながら すべて手作業で行なっている 冬が紙漉きの季節なので 冷たい水の作業は大変だが ここから生まれる上川崎和紙は堅牢で 揉んでも滅多に破れないことで高い評価を得ている 福島県 二本松市 仏壇 この金仏壇づくりの全工程に関わるのは一人 一人で木地師 木彫師 塗師 箔押師の四役をこなす この工程では200 個近い部品を組み立て 仏壇一基つくるのに3 カ月ほどかかるという 福島県 二本松市 獅子頭 二本松の獅子頭は 一本の木から彫る くり抜き という技法でつくられる 素材は桐の木 彫りの工程の中では 荒彫り がもっとも難しいとされる また 左右対称均整のとれた顔をつくるのには熟練の技がいるという 福島県 相馬市 相馬駒焼 製品には茶器 花器 酒器などがある 登り窯の古い形式を今に伝えている窯から生み出される焼き物は 貫入 ( 陶磁器の表面に現れる細かいヒビ ) のある青磁と走り駒の絵が特徴とされている 福島県 相馬市 日本甲冑 金 銀 胴 鉄などを材料にした甲冑 1 領分の部品は1 万個を優に超えるという これを一人で組み上げ 頑丈さを美しさで包み込んだ甲冑 1 領を完成させるには 新作だと3 年はかかるという 福島県 浪江町 大堀相馬焼 この焼き物の特徴は 1 器全体に細かいひび ( あおひび ) が入り それがはからずも 模様になっている 2お湯などが冷めにくい 二重焼き の構造になっているなどがある 原料は地元 1カ所にのみ産する砥山石で 茶器や酒器などの日用雑器を主につくられている 福島県 浅川町 魔除花火 神社のお札を張り合わせて 花火の殻をつくっていた 悪疫退散 無病息災の魔除けにしていたなどをヒントに商品化 今の殻には浅川町に伝わる古文書の写しを短冊状にしたものが何枚も張り重ねられている 福島県 三春町 三春駒 黒駒と白駒がある 基本は胸を張っていななく姿 胸や胴は直線的につくり出されている 黒 ( 白 ) 地に赤い隅どりで単純な模様が描かれ たてがみと尾にはシュロをさしこんでいる 古くからの馬産地にふさわしい かわいい玩具 福島県 三春町 三春張り子 一般に張り子人形は安定感を第一としているので 造形的に単純化されているが 三春人形はのびのびと細かい動作まで美しく表現されているのが特徴 人形の木型は500に及び そこからつくり出される人形は 全国の張り子人形の中でも上位に数えられてきた 福島県 猪苗代町 中ノ沢こけし 土湯系の分流とされるが独創性のあるこけしだ 頭と胴がはめ込み式で ギョロ目に大きな鼻 目の周りが赤く 大きな頭には黒い蛇の目文様が描かれるなどの特徴がある 起源は 1000 年以上遡るといわれている 平安時代 東北の紙は みちのくの紙 と称号され 公の贈答の包み紙に用いられるなど 貴族社会で重宝されていた その連綿と続く歴史と技術は 二本松和紙伝承館 に伝えられている 二本松で仏壇づくりが始まったのは 1000 年前といわれている そして 今でも昔ながらの技法で塗り仏壇がつくられているのだが 受け継ぐ職人はたった一人 師子踊りの主役になるのが獅子頭だ 二本松に代々伝わる獅子頭は 丈夫で長持ちすることで知られる 現在は獅子頭づくりの後継者が修業先から戻って 伝統の技を受け継いでいる 相馬焼 ( 大堀相馬焼 ) とは区別される その創始時期は 寛永年間 ( ) とも慶安年間 ( ) ともいわれるが 始祖は田村源五衛門 田村窯は東北ではもっとも古い創業といわれ 東北各地の諸窯に影響を与えたとされる 年に一度 相馬 双葉地方の甲冑が一堂に参集する 相馬野馬追い祭り が その舞台だ 全国的にも甲冑づくりの工人は少ないが ここ相馬では 橘斌さんが甲冑づくりに身を捧げている 始まりはおよそ 300 年前 相馬藩士 半谷休閑の下僕であった左馬という人物が創始したとされている 江戸末期には窯元が 100 戸を超えたが 明治には衰退 だが 現在 27 軒も残る 浅川町の花火大会の歴史は 300 年以上前に遡る 浅川氏が佐竹氏に攻め滅ぼされた際 戦死した武士の霊を慰めようと打ち上げられたのが始まりとされる 魔除け花火は昭和 6 年 (1986) に考案された 文明年間 ( ) に起源をもち 製作の由来は坂上田村麻呂の故事によるとされる 三春藩は産馬を藩の収入源にしていた 神社に奉納したり 子どものおもちゃとする木馬づくりは 高柴村を中心に発達した 今も同じ地で昔ながらの駒づくりが続けられている 三春藩第 7 代藩主 秋田倩季 ( よしすえ ) は風流人で 三春人形に歌舞伎の所作や浮世絵風俗を採用させたと伝えられている そして 文化 文政年間 ( ) が 三春人形のもっとも盛んにつくられた時期だった 福島県内には土湯 ( こけしの日本三大発祥地 ) 系と弥治郎系の二系列のこけしがあり 中ノ沢こけしは土湯系の分流とされる 大正末期よりつくられてきた 福島県庁ホームページ 福島大百科事典 ( 福島民報社編 ) 福島県庁ホームページ 福島大百科事典 ( 福島民報社編 ) 福島県庁ホームページ 福島大百科事典 ( 福島民報社編 ) 福島県庁ホームページ 福島大百科事典 ( 福島民報社編 ) 福島県庁ホームページ 福島県庁ホームページ 福島大百科事典 ( 福島民報社編 ) 福島県庁ホームページ 福島大百科事典 ( 福島民報社編 ) 福島県庁ホームページ 福島大百科事典 ( 福島民報社編 ) 福島県庁ホームページ 福島大百科事典 ( 福島民報社編 ) 福島大百科事典 ( 福島民報社編 ) ふくしまの玩具 ( 小林金次郎著 ) ( 自治体 企業 NPO 含む ) 上川崎和紙伝承館 f 地場産品 伝統技術 98/188

105 189 (f) 地場産品 伝統技術等 190 (f) 地場産品 伝統技術等 191 (f) 地場産品 伝統技術等 福島県 昭和村 からむし織 通気性 吸湿性 速乾性などに優れ 防虫の効果もあることから 高温多湿な日本の風土に適した織物とされる また 水を通すほど風合いがよくなり 耐久性も増す特性がある 福島県 檜枝岐村 曲輪 ヒノキ スギなどの木材から薄く柾目材を剥ぎとる それを円形 長円形に曲げ端を止める 合わせ目をサクラのひも状にしたもので縫い合わせ 底をつけて出来上がり 福島県 三島町 奥会津編み組細工 [ ヒロコ ( ミヤマカンスゲ ) 細工 ] 丈夫で水に強いヒロコを縄状にない シナノキの薄皮を編み糸にして編みあげる [ ヤマブドウ細工 ] 梅雨時にヤマブドウの皮を採取し 陰干ししてから木型を使って編みあげる [ マタタビ細工 ] 自生しているマタタビの皮を剥いだものを幾何学模様に編みあげる からむし ( 別名 青苧 苧麻 ) を昭和村では およそ600 年前から 主に越後上布の原料などとして栽培してきたが 近年は栽培だけでなく 織りまでの一貫工程で製品をつくり販売するようになった 平成 6 年度からは 織り姫制度 で 織り手の養成をはかるなどしている 原料が豊富な桧枝岐では 曲げ物づくりが江戸時代から唯一の産業だった 技術は江戸時代 信州から職人を招いて習得したといわれ 明治時代が最盛期であった 現在は観光用民芸品として生産されている 奥会津地方の山間部で採取されるヒロコ ヤマブドウなどの皮やマタタビつるなどの植物を素材とする編み組細工 現在の主な産地は三島町で 奥会津編組品振興協議会 を結成し 生産 普及に取りくんでいる ( 自治体 企業 NPO 含む ) 福島県庁ホームページ昭和村からむし織の里 織姫交流館 ザ 福島 ( 河北新報社福島総局 TEL 編 ) Mail : 福島県庁ホームページ 会津大事典 ( 会津事典編纂会編 ) 福島県庁ホームページ 福島大百科事典 ( 福島民報社編 ) 192 (f) 地場産品 伝統技術等 193 (f) 地場産品 伝統技術等 194 (f) 地場産品 伝統技術等 195 (f) 地場産品 伝統技術等 福島県 三島町 総桐箪笥 会津桐は粘りと光沢があり 特に柾目の美しさには定評がある その桐材を使って仕上げる総桐箪笥は湿気も呼ばず 虫もつきにくく燃えにくいなどの特徴がある 福島県 南会津町 田島万古焼 全国でも珍しい 古来の手美ねりでつくられる焼き物 蓋や側面にカエルやサイコロなどの縁起物が施され 土の色をいかした素朴で荒削りな姿に 力強さとほのぼのとしたぬくもりが感じられる 福島県 会津美里町会津本郷焼 この焼き物には二つの流れがある 陶器系 ( 工物系 ) と有田焼の流れを汲む磁器系の二つである 主な材料は陶土 木炭で ロクロ成型のあと多種多様な釉薬で仕上げる 福島県 只見町 つる細工 自生するマタタビやアケビのつるを編み込んでつくるつる細工は つるの採取から仕上げまで一人の職人の手によって 一つひとつ手づくりでつくられる 素材のもつ素朴さから 野山のぬくもりが伝わってくるようだ 南会津地方は会津桐の産地として350 年の植栽歴がある その会津桐を100パーセント使用してつくるのが会津総桐箪笥である 引化 2 年 (1845) に田島である陶工が手びねりでつくり 鴫山万古 ( しぎやまばんこ ) と名付けたのが最初 その後いろいろあって 太平洋戦争中に製陶は中断した 復興がなったのは昭和 49 年 (1974)5 月で 23 年ぶりのことだった この時から 田島万古焼 と改称した 正保 2 年 (1645) 保科正之が瀬戸の陶工を招いて日用品の類の陶器を焼かせたのが始まり 江戸時代に多彩な技法が完成し 白磁もつくられるようになった 現在は窯元は17 軒となったが 伝統は受け継がれている 只見町では地域に自生する樹木でのつる細工が 昔から行われ 生活用品がつくられてきた 今では 実用品としてはもちろん 民芸品 インテリアとしても活用されている 福島県庁ホームページ 福島大百科事典 ( 福島民報社編 ) 福島県庁ホームページ 福島大百科事典 ( 福島民報社編 ) 福島県庁ホームページ 福島大百科事典 ( 福島民報社編 ) 福島県庁ホームページ 会津大事典 ( 会津事典編纂会編 ) f 地場産品 伝統技術 99/188

106 (1) 地域資源調査リスト (g) 自然 カテゴリー県市町村地域資源名資源の概要歴史的価値 ストーリー所在地情報源 取材元 1 (g) 自然 青森県 弘前市 鰺ヶ 沢町 岩木山 ( 津軽富士 ) 巌鬼山の別名もあり 津軽富士として親しまれている 旧暦 8 月 1 日に山麓の岩木山神社からお山参詣が行われる 日本百名山の一座で登山は易しい 弘前市百沢 岩木山観光協会 ( 自治体 企業 NPO 含む ) 岩木山観光協会 TEL: (g) 自然 青森県 深浦町 白神岳 白神山地の主峰として登山者に人気があ る JR 五能線陸奥黒崎駅が起点 民間信仰のおしら様を祀る白神ともいわれる 深浦町黒崎 十二湖深浦町観光協会 深浦町観光協会 TEL: (g) 自然 青森県 青森市 八甲田山 明治 30 年代 雪中行軍の大量遭難で有名 になったが 今は四季折々 登山者であ ふれる人気の山である 八甲田ロープウエーが利用できる行楽地となった 青森市荒川字寒水沢 八甲田ロープウェー株式会社 八甲田ロープウエー TEL: (g) 自然 青森県 十和田市 田代平湿原 八甲田山の東麓にあり 貴重な湿原植物 の群落が鑑賞できる 5 (g) 自然 青森県 むつ市 恐山 宇曽利湖 下北半島の霊場で 温泉などもあり行楽者で賑わっている 6 (g) 自然 青森県 十和田市 十和田湖 奥入瀬渓流 日本を代表する国立公園で 奥入瀬渓谷 と共に 特に紅葉の時期に観光客が多い 7 (g) 自然 青森県三沢市 東北 町 六ヶ所村 小川原湖ワカサギ日本一 しじみ 糸状マリモ オオセッカが生息するなど貴重な汽水湖である 8 (g) 自然 青森県 五所川原市十三湖 しじみ漁と十三湊遺跡などで知られ 北 日本の海上交通の拠点湊であった 駒込付近一帯が雪中行軍の遭難現場ともなった 青森市駒込 慈覚大師の開基とされ イタコの口寄せでむつ市恐山知られる大町桂月など文人画人の来訪地として有十和田湖 奥入瀬名である MAPPLE 山と高原地図 : 登山 ハイキング情報 むつ下北観光案内 MAPPLE 山と高原地図 : 登山 ハイキング情報 東北自然歩道などで湖畔を周遊できる 東北町小川原湖 東北町役場 太宰治の 津軽 でも知られ 文学碑もある 五所川原市十三 ( 旧市浦村 ) 五所川原市観光協会 昭文社 山と高原地図 ( 八甲田山 岩木山 ) むつ市観光協会 TEL: 昭文社 山と高原地図 ( 十和田湖の部 ) 東北町商工観光課 TEL: 五所川原市観光協会 TEL: (g) 自然 青森県 深浦町 十二湖 白神山地バッファゾーンの景勝地は最奥 の 青池 に特に人気がある 宝永元年 (1704) の地震でできた湖沼群である 深浦町松神山国有林 深浦町観光協会 深浦町観光協会 TEL: (g) 自然 青森県 西目屋村 暗門ノ滝 白神山地 青森県側で最も人気度が高い 景勝地で 滝めぐりやブナ林散策ができる 菅江真澄遊覧記 にも見られる秘境である 西目屋村川原平 白神山地ビジターセンター 白神山地ビジターセンター TEL: (g) 自然 青森県 鰺ヶ沢町 くろくまの滝 赤石川支流 滝ノ沢にある名瀑で白神山 地探訪の一コースとなっている 日本の滝百選 高さ85m 幅 15m 鰺ヶ沢町滝ノ沢 鰺ヶ沢町観光協会 鰺ヶ沢町商工観光課 TEL: (g) 自然 青森県 十和田市 松見ノ滝 奥入瀬川支流 黄瀬川の源流にあり 徒 渉など探検的な秘境 それだけに素晴らし い滝鑑賞ができる 13 (g) 自然 青森県 三沢市 淋代海岸 日本の白砂青松百選の海岸で 太平洋 横断の最短距離となっている 奥入瀬に注ぐ黄瀬川の源流 探検的秘境十和田市黄瀬川 太平洋横断飛行成功の記念碑 (1931 年 ) がある 三沢市淋代 十和田市 三沢市観光協会 http ://kite-misawa.com/ 十和田市十和田湖支所 TEL: 三沢市観光協会 TEL: (g) 自然 青森県 大間町 大間崎 本州最北端の岬で 大間のマグロは有名な特産物である 15 (g) 自然 青森県 深浦町 千畳敷海岸 西津軽海岸随一の景勝地で 名の通りの 広々とした岩礁地帯に遊べる 本州最北端の碑やマグロのオブジェがあ大間町大間崎る 200 年前の地震で隆起した岩礁海岸深浦町北金ヶ沢榊原 MAPPLE 観光ガイド MAPPLE 観光ガイド MAPPLE 観光ガイド 深浦町役場 TEL: (g) 自然 青森県 外ヶ浜町 竜飛岬 ( 竜飛崎 ) 津軽半島最北端の三厩は 青函トンネルの津軽側入口である 17 (g) 自然 青森県 八戸市 種差海岸 海岸の天然芝生や白浜海水浴場などが あり 八戸きっての海岸景勝地である 松陰碑 太宰治文学碑 義経伝説の義経寺もある 外ヶ浜町三厩 八戸市種差 外ヶ浜町公式 HP 外ヶ浜町三厩支所 TEL: 八戸市 ( 代表 )TEL: (g) 自然 青森県 佐井村 仏ヶ浦 平館海峡に面した海蝕崖は まさに仏の宇陀といわれる 19 (g) 自然 青森県 深浦町 椿山 ヤブツバキの群落と夕日海岸が絶景ポイ ントとなっている 20 (g) 自然 青森県 十和田市 蔦沼 蔦温泉散策コースは 蔦温泉から始まる 森の沼めぐりは静かな名所で 桂月を偲 ぶ道である 21 (g) 自然 青森県 黒石市 中野もみじ山 英国人イザベラ バードも訪れたもみじの 名所は 温湯など黒石温泉郷とセットで楽 しめる 巨岩奇岩の断崖はかの大町桂月も来訪し佐井村仏ヶ浦 佐井村観光協会 ている saikanko.sakura.ne.jp/ ウエスパ椿山は西津軽の新しいリゾート 深浦町艫作鍋石 MAPPLE 観光ガイド 地である 蔦温泉ゆかりの大町桂月の墓所もある 十和田市蔦 十和田市 黒石城下町のこみせなどで旅情満点である 黒石市南中野 中野神社 黒石観光協会 佐井村観光協会 TEL: MAPPLE 観光ガイド 十和田市十和田湖支所 TEL: 黒石市商工観光課 TEL: g 自然 100/188

107 22 (g) 自然 青森県 平川市 矢立峠旧街道 津軽と秋田の藩境となる旧くからの難所 の峠 数多くの旅人が足跡を残している 伊能忠敬や吉田松陰などの史跡がある 平川市碇ヶ関湯ノ沢平川市 ( 自治体 企業 NPO 含む ) 平川市商工観光課 TEL: (g) 自然 青森県 十和田市 八甲田温泉 八甲田山東麓にあり 田代湿原などの足 どまりとなる ホテル遊仙がある 24 (g) 自然 青森県 十和田市 谷地温泉 八甲田山中の秘湯で日本三大秘湯のひと つといわれる 昔ながらの湯治場の風情 がある ワタスゲ咲く田代湿原散策は魅力的だ 青森市駒込字深沢 ぬぐだまりの里秘湯八甲田温 泉 十和田市八甲田山中 谷地温泉 青森観光情報アプティネット ay html 25 (g) 自然 青森県 十和田市 猿倉温泉 奥入瀬渓谷散策の拠点として人気がある 十和田市奥瀬猿倉 元湯猿倉温泉 26 (g) 自然 青森県 十和田市 蔦温泉 新緑や紅葉の季節 人気度ナンバーワン ブナの森に囲まれた千年の秘湯 十和田市奥瀬字蔦 蔦温泉 の歴史の湯は大町桂月の居住地としても 野湯 知られる 27 (g) 自然 青森県 弘前市 嶽温泉 岩木山スカイライン入口近くにある古くか らの温泉地 竹の子寿司や嶽きみが名物 となっている 28 (g) 自然 青森県 弘前市 百沢温泉 岩木山神社とリンゴ畑の周辺に幾つかの 温泉宿があり 百沢スキー場から岩木山 へ登山道もある 29 (g) 自然 青森県 平川市 南田温泉 津軽平野のど真ん中にアップルランド南田温泉がある 30 (g) 自然 青森県 平川市 碇ヶ関温泉 津軽藩関所があった街道の宿場町 近く に古懸不動尊 ( 寺院 ) や道の駅がある 31 (g) 自然 青森県 平川市 湯川温泉 ( 温湯山荘 ) 浅瀬石川上流 八甲田山中にたたずむ山 の秘湯に隠れファンが多い 32 (g) 自然 青森県 大鰐町 大鰐温泉 津軽の奥座敷として津軽藩主も愛した歴 史的名湯である 33 (g) 自然 青森県 黒石市 温湯温泉 浅瀬石川沿いに長寿 温湯 落合 板留 の各温泉がある 嶽温泉は百沢村の杣夫が発見したとの伝承をもっている 弘前市常盤野字湯の沢 岩木山神社 ( 国重文 ) 史跡めぐりの温泉郷弘前市大字百沢 弘前岩木山嶽温泉旅館組合 岩木山観光協会 遊仙 TEL: 谷地温泉 TEL: 元湯猿倉温泉 TEL: 蔦温泉 TEL: 嶽温泉組合 TEL: ( 山のホテル ) 岩木山観光協会 TEL: リンゴ風呂が有名である 平川市町居南田 青森県観光情報アプティネット 南田温泉 TEL: 道の駅いかりがせき ( 津軽関の庄 ) 平川市碇ヶ関碇石 道の駅いかりがせき 津軽関の 津軽関の庄 TEL: 庄 html 吉川英治ゆかりの湯 平川市切明津根川 温湯山荘 TEL: 森 八百年の歴史をもつ歴史的温泉場 湯魂石薬師堂 が温泉街にある 7 月下旬に丑湯まつりがあり 温湯こけしの里としても知られ 津軽こけし館 や 津軽伝承工芸館 などがある 大鰐町字大鰐 黒石市温湯 温川温泉一般社団法人黒石観光協会 aoni_nurukawaonsen/nurukawasa nsou 大鰐温泉旅館協同組合公式サイト wanionsen/pege/syokai1.html 黒石市 HP / 大鰐温泉旅館協同組合 TEL: 黒石市役所 TEL: (g) 自然 青森県 黒石市 青荷温泉 南八甲田山麓の秘湯はランプの宿であ る 遠方からの温泉客に人気がある 黒石市沖浦靑荷沢滝ノ上 ランプの宿青荷温泉 靑荷温泉 TEL: (g) 自然 青森県 青森市 浅虫温泉 夏泊半島 陸奥湾に面し 北の熱海と呼 ばれる古くからの温泉街である 名の由来は 土地の人たちが温泉で麻を蒸したことによるという 青森市浅虫 浅虫温泉公式 HP 浅虫観光協会 TEL: (g) 自然 青森県 青森市 寒水沢温泉 八甲田山ロープウエー山麓駅すぐそばの リゾートホテル 青森市大字荒川寒水沢 八甲田リゾートホテル 八甲田リゾートホテル TEL: (g) 自然 青森県 風間浦町 下風呂温泉 下北半島の北端と北海道にも近く 井上 靖 海峡 の舞台ともなった 風間浦村下風呂 青森県下北半島下風呂温泉風間浦村 - 下風呂温泉郷 風間浦村青年商工会 TEL: (g) 自然 青森県 むつ市大畑薬研温泉 下北半島国定公園内にあり 名のように 薬湯として知られるカッパの湯などがある 39 (g) 自然 青森県むつ市田名部恐山温泉 日本三大霊場 恐山にある温泉は多くの 信者で賑わう むつ市大畑 むつ市田名部 むつ市役所大畑庁舎 cfm/18,3478,37,249,html むつ市観光協会 大畑庁舎産業振興課 TEL: むつ市観光協会 TEL: (g) 自然 青森県 野辺地町 馬門温泉 別称 鶴の湯 といわれ 野辺地港の西山 中にある ほたて料理 が名物である 奥州街道 ( 陸羽街道 ) 馬門の藩境がある野辺地町馬門 野辺地観光協会 野辺地町観光協会 TEL: (g) 自然 青森県 外ヶ浜町 平舘不老不死温泉 松前街道 3 百年の歴史をもつ平舘の名 湯である 津軽半島 平舘海峡を望み 徐福伝説も残されている 平舘村大字根岸字湯ノ沢 平舘不老ふ死温泉 平舘不老不死温泉 TEL: g 自然 101/188

108 42 (g) 自然 青森県 鰺ヶ沢町 鰺ヶ沢温泉 岩木山の北西麓にあり 日本海産の魚介市場が有名である 北前船航行以来 湊の出湯として知られた 43 (g) 自然 青森県 深浦町 黄金崎不老不死温泉 JR 五能線沿い 日本海の夕日を眺める海津軽国定公園 白神山地の立ち寄り湯と の露天風呂が有名 なる 44 (g) 自然 青森県 深浦町 みちのく温泉 JR 五能線舮作駅の北にある一軒宿の温 泉 45 (g) 自然 青森県 深浦町 ウエスパ椿山温泉 日本海と椿山を展望する現代的リゾートス パ 46 (g) 自然 岩手県 八幡平市 八幡平山頂周遊八幡沼な ど 47 (g) 自然 岩手県雫石町 滝沢岩手山 村 八幡平市 十和田八幡平国立公園にあり アスピーテライン山頂ターミナルから容易な雲上散策が魅力である 南部富士と呼ばれる盛岡地方のシンボルで 古来 岩手山は何かにつけふるさとの名峰に位置づけられる 48 (g) 自然 岩手県 奥州市 焼石岳 花の百名山 奥羽の名峰として人気があ る 岩手県 秋田県双方から登山道があ る 49 (g) 自然 岩手県花巻市 遠野 市 早池峰山 北上山地の高峰で長い頂稜をもつ エーデルワイスに近似のハヤチネウスユキソウ群落の山として知られる 50 (g) 自然 岩手県 盛岡市 姫神山 北上川をはさんで岩手山と向き合う女神 山はふるさとの山と啄木も詠んだ 51 (g) 自然 岩手県 久慈市 小袖海岸 ( つりがね洞 ) 北三陸の奇岩海岸景勝地で 朝ドラ あま ちゃん のロケ地として有名になった 鰺ヶ沢町 深浦町舮作字下清滝深浦町舮作鍋石 青森県観光情報アプティネット 平舘不老ふ死温泉 青森県陸奥津軽観光サイト houbetu/fukaura/00newfukaura Shukuhakuichiran.ht 洋風コテージやガラス工房などもある 深浦町舮作鍋石 ウェスパ椿山 ml 八幡太郎義家に命名の由来をもつ 中腹の焼走り溶岩流など火山活動が激しい山だ 八幡平市松尾八幡平 八幡平市西根 八幡平市観光協会 八幡平市観光協会 6 月から8 月までが山の花の見ごろである 奥州市胆沢区尿前 登山情報サイトヤマケイオンライ ン 山麓 岳の早池峰神社で神楽舞が奉納される 盛岡市玉山区渋民に 石川啄木記念館 がある 遠野市 盛岡市玉山区 遠野市観光協会 施設案内玉山総合事務所 shisetsu/shikanren/shiyakusho/ html 久慈市東端の三崎半島の北にある 久慈市小袖海岸 久慈市観光物産協会 52 (g) 自然 岩手県 田野畑村 北山崎 鵜の巣断崖 三陸海岸屈指の景勝地北山崎の断崖海 田野畑村の二大名所 田野畑村北山崎 田野畑村 HP 岸と鵜の巣断崖 自然歩道もあり 三陸復 興国立公園の価値が再確認できる ( 自治体 企業 NPO 含む ) 青森県観光局 TEL: 不老不死温泉 TEL: みちのく温泉 TEL: ウエスパ椿山 TEL: 八幡平市観光協会 TEL: 八幡平市観光協会 TEL: ヤマケイオンライン 遠野市観光協会 TEL: 盛岡市玉山総合事務所 TEL: 久慈市観光物産協会 TEL: 田野畑村役場 TEL : (g) 自然 岩手県宮古市 ( 陸中浄土ヶ浜 青の洞窟 宮古湾の代表的景勝地 漁船のさっぱ船三陸ジオパークのジオサイト 宮古市浄土ヶ浜 宮古市 HP 宮古市 TEL: 海岸 ) 遊覧が今 人気である 54 (g) 自然 岩手県 陸前高田市高田松原 三陸大津波に襲われた景勝地 高田松原三陸復興国立公園 陸前高田町高田 陸前高田市観光物産協会 陸前高田市観光物産協会 TEL: の奇蹟の一本松が復興のシンボルとなった -guide/kanko-guide.html (g) 自然 岩手県 大船渡市 碁石海岸 末崎半島の南突端にある海岸はまるで碁石を並べたようなところに浜の名の由来がある 大船渡市末崎町字大浜 大船渡市観光物産協会 大船渡市観光物産協会 TEL: (g) 自然 岩手県 岩泉町 安家洞 総延長 2 4キロkmという日本最長の鍾乳 洞 三陸ジオパークジオサイト 岩泉町安家 岩泉町 HP p/ 岩泉町 TEL: (g) 自然 岩手県 一関市 幽玄洞 名勝猊鼻渓の近くにある幽玄洞は圧巻の 洞穴である 日本最古の鍾乳洞とも伝えられる 一関市東山町長坂 幽玄洞観光 自然洞窟博物館 TEL: (g) 自然 岩手県 岩泉町 龍泉洞 日本三大鍾乳洞といわれ 3カ所の地底 湖はまるで別の宇宙の感じである 59 (g) 自然 岩手県 住田町 滝観洞 落差 29mの地底滝 ( 天の岩戸の滝 ) は日 本一の洞内滝である JR 釜石線のトンネ ルの合間にある上有住駅からすぐだ 岩泉町岩泉字金成 1-1 岩泉町役場 p/eventguide/ html 日本一の洞内滝 (29m) 住田町上有住 滝観洞 龍泉洞 TEL: 滝観洞観光センター TEL: (g) 自然 岩手県 一関市 猊鼻渓 ダイナミックな自然の造形美 砂鉄川 水 墨画の世界を舟で巡る楽しみがある 宮沢賢治が働いていた旧東北砕石工場も近い 一関市東山町長坂字町 けいび観光グループ げいび観光センター TEL: (g) 自然 岩手県 一関市 厳美渓 磐井川の花崗岩が浸食されてできた甌 穴 滝 深淵の景勝地 名物郭公だんごがロープで運ばれる 一関市厳美町滝ノ上 いちのせき観光ガイド 一関市商工観光課 TEL: g 自然 102/188

109 62 (g) 自然 岩手県 雫石町 玄武洞 ( 葛根田川渓谷 ) 葛根田川渓谷にある玄武岩の柱状節理 は雫石十景のひとつである 63 (g) 自然 岩手県 二戸市 馬仙峡 二戸市の南 馬淵川渓谷は岩手北部の 名勝地 男神女神の岩峰はかつての石切 所の名残か 64 (g) 自然 岩手県 住田町 種山が原 北上山地は隆起準平原で最高所の物見 山 ( 種山 ) には花崗岩の残丘を見ることが できる 65 (g) 自然 岩手県 八幡平市 安比高原の白い森 安比グランドタワーの奥に中の牧場 岩畑 山があり ブナとダケカンバの白い森の散 策ができる 66 (g) 自然 岩手県 八幡平市 蓬莱峡 八幡平 藤七温泉の近くにある蓬莱境は アオモリトドマツやコメツガの原生林に囲 まれた自然庭園である 67 (g) 自然 岩手県 花巻市 花巻温泉 歴史の名湯と新リゾートが共存する花巻 温泉郷は宮沢賢治のいうイーハトーブで ある 68 (g) 自然 岩手県 花巻市 台温泉 花巻一の古湯 台温泉は台川上流にあ る 69 (g) 自然 岩手県 花巻市 鉛温泉 豊沢川沿いの秘湯 鉛温泉は 藤三旅館 の白猿の湯が有名 自炊部にも人気があ る 70 (g) 自然 岩手県 花巻市 志戸平温泉 豊沢川沿い 花巻南温泉郷の閑静な湯治 場の雰囲気がある 川をさかのぼると滝ノ上温泉がある 大淵大明神や渡辺喜恵子歌碑が遊歩道沿いにある 道の駅 種山が原 から種山が原散策 宮沢賢治がこよなく愛した高原としても知られる 安比スキー場 八幡平登山などアウトドア派向き 雫石町葛根田川溪谷 二戸市 住田町姥石峠 八幡平市 奇岩怪石は八幡平火山の置き土産である八幡平市 南北朝期以前の開湯とも伝えられ ひなびた温泉街の風情がただよう 田宮虎彦の 銀心中 の舞台となった山峡の出湯 71 (g) 自然 岩手県 花巻市 花巻新湯本温泉 花巻温泉郷の奥にある新湯本温泉 バラ園と釜淵ノ滝の景勝地に近い 美翆 館 は一軒宿 72 (g) 自然 岩手県 花巻市 大沢温泉 山水閣と自炊部があり 渓流に面した自 炊部の大浴場 ( 混浴 ) の解放感がたまらな い 73 (g) 自然 岩手県 八幡平市 安比高原温泉郷 安比 安比豊畑 小屋の沢温泉 安比ス キー場などリゾート地 74 (g) 自然 岩手県 八幡平市 松川温泉 十和田八幡平国立公園に属し 樹海ライ ン 松川渓谷 地熱発電所 岩手山 三ツ 石山などへの起点となる 75 (g) 自然 岩手県 八幡平市 藤七温泉 東日本一高所の温泉として知られ 彩雲 荘 ( 一軒宿 ) の雲上の露天風呂は岩手山 の眺望が素晴らしい 76 (g) 自然 岩手県 八幡平市 新安比温泉 旧安代町叺田にある皮膚疾患に効能があ るという天然薬湯である 5 月 温泉の神である金精様の祭りが盛大に行われる 細野地区に あずみの湯 安比高原に 岩畑の湯 などがある 花巻市 花巻市 花巻市 花巻市 花巻市 花巻市湯口字大沢 八幡平市細野 安比高原 雫石町役場 e.jp/ 二戸観光協会 住田町役場 八幡平市観光協会 八幡平市観光協会 花巻観光協会 r/ 花巻観光協会 r/ 花巻観光協会 r/ 花巻観光協会 r/ 花巻観光協会 r/ 大沢温泉 高原の宿安代林業センター 松川に面して数軒の温泉宿がある 八幡平市松尾松川 八幡平市観光協会 八幡平 裏岩手連峰縦走の拠点となるり まわりには高山植物の花が咲き乱れる 安比高原や浄法寺天台寺にも近い 八幡平市松尾寄木 八幡平市 ( 安代 ) 叺田 藤七温泉 彩雲荘 八幡平市観光協会 ( 自治体 企業 NPO 含む ) 雫石町役場 TEL: 二戸市観光協会 TEL: 住田町役場 TEL: 八幡平市観光協会 TEL: 八幡平市観光協会 TEL: 花巻観光協会 TEL: 花巻観光協会 TEL: 花巻観光協会 TEL: 花巻観光協会 TEL: 花巻観光協会 TEL: 大沢温泉 TEL: 安代林業センター岩畑の湯 TEL: 八幡平市観光協会 TEL: 彩雲荘 TEL: 八幡平市観光協会 TEL: (g) 自然 岩手県 二戸市 金田一温泉 馬淵川ほとりにある金田一温泉は座敷わ らし伝説があり 金田一京助ゆかりの地で もある 78 (g) 自然 岩手県 盛岡市 つなぎ温泉 盛岡市郊外の御所湖のほとりにある盛岡 の奥座敷といわれる温泉郷 三浦哲郎 文学散歩 二戸市金田一 二戸観光協会 源義家 ( 前九年の役 ) ゆかり伝承をもつ温泉 盛岡市繋字湯の舘 つなぎ観光協会 二戸市観光協会 TEL: つなぎ温泉観光協会 TEL: (g) 自然 岩手県 北上市 夏油温泉 駒ヶ岳山麓にある夏油川上流の湯宿 焼 石岳や牛形山の登山拠点となる 千年の歴史を持つ山奥の湯治場 天然記念物石灰ドームも見どころのひとつ 北上市和賀町岩崎新田 夏油温泉 元湯夏油 TEL: (g) 自然 岩手県 北上市 瀬美温泉 夏油川沿いの一軒宿 桐の花 山吹の花 81 (g) 自然 岩手県 雫石町 雫石高倉温泉 乳頭山に連なる高倉山の東麓にある雫石 高原リゾートの温泉は岩手山の大眺望が 売りである 北上市和賀町岩崎新田雫石町高倉 瀬美温泉 雫石観光協会 瀬美温泉 TEL: 雫石町観光協会 TEL: g 自然 103/188

110 82 (g) 自然 岩手県 雫石町 休暇村岩手網張温泉 岩手の西山麓 12の温泉が点在し1300 年 の歴史を有する 83 (g) 自然 岩手県 雫石町 鴬宿温泉 鴬宿川の渓流沿い 名湯さんぽの湯めぐりが売りとなる 84 (g) 自然 岩手県 西和賀町 湯田温泉郷 錦秋湖の自然に育てられた山の温泉 JR 北上線ほっとゆだ駅は温泉のある駅舎と して知られる 85 (g) 自然 岩手県 西和賀町 沢内高原温泉 和賀川源流の沢内通り川舟地区にある新 リゾート地 銀河高原地ビールで知られる ようになった 86 (g) 自然 岩手県 西和賀町 湯川温泉 温泉のあるほっとゆだ駅が起点 出途の 湯 中の湯 奥の湯は錦秋湖の南 湯川 の上流にある 87 (g) 自然 岩手県 西和賀町 岩手湯本温泉 湯田温泉郷の一部となり 秋田から山越 旧沢内街道は無娘およねの出所として有 えした正岡子規の足跡が残る古湯である 名 88 (g) 自然 岩手県 平泉町 奥州平泉温泉 世界歴史遺産となった平泉の中尊寺や毛越寺拝観の拠点となる 平成 13 年に開湯した 89 (g) 自然 岩手県 一関市 矢びつ温泉 厳美渓に近い山王山麓にある 中尊寺別 当連光ゆかりの湯で ここは中尊寺領の 骨寺村といわれた 90 (g) 自然 岩手県 一関市 須川高原温泉 栗駒山への登山口がある須川峠の温泉 標高 1126mの高所にあり冬季は休業す る 91 (g) 自然 岩手県 一関市 祭畤温泉 神々の隠し湯といわれた かみくら温泉 R 342 栗駒山への途中にある山の湯 92 (g) 自然 宮城県 栗原市 栗駒山 昔から栗原地方では農事の指標 ( 季節 暦 ) となっていた栗駒山 93 (g) 自然 宮城県 蔵王町 蔵王連峰 ( 熊野岳 刈田岳 ) 蔵王は熊野岳を中心とした北蔵王と不忘 山のある南蔵王に分かれる 五色岳の火 山湖は有名な御釜である 雫石町網張温泉 雫石町鴬宿 西和賀町 ( 川尻 湯川 沢内 ) 西和賀町川舟 西和賀町湯川 西和賀町湯本 ( 自治体 企業 NPO 含む ) 休暇村岩手網張温泉休暇村網張温泉 TEL: ku/iwate/ 雫石観光協会雫石町観光協会 TEL: 西和賀町観光協会 西和賀町観光協会 西和賀町観光協会 西和賀町観光協会 悠久の湯 平泉温泉大沢温泉旅館 平泉町大沢 平泉町観光協会 栗駒山麓の天然温泉 栗駒山 中央火口丘剣岳の北麓 宮城県側はいわかがみ平から登山が一般的 一関市厳美町字下り松 一関市厳美町須川高原 一関市厳美町 栗原市 矢びつ温泉瑞泉閣 須川高原温泉 祭時温泉かみくら ( まつるべ温泉 ) 栗原市田園観光課 ns/index.cfm?footer=37 蔵王の樹氷は世界的に有名 蔵王町 蔵王町 西和賀町観光協会 TEL: 西和賀町観光協会 TEL: 西和賀町観光協会 TEL: 西和賀町観光協会 TEL: 平泉町観光協会 TEL: 瑞泉閣 TEL: 須川高原温泉 TEL: ( 冬季以外 ) かみくら TEL: 栗原市田園観光課 TEL: 蔵王町観光協会 TEL: (g) 自然 宮城県 白石市 七ヶ 宿町 不忘山 ( 南蔵王 ) 歌枕の山として知られる不忘山は今の刈田岳ではないかとされる 95 (g) 自然 宮城県 色麻町 船形山 ( 御所山 ) 県立自然公園 船形連峰 の主峰がであ る 96 (g) 自然 宮城県 仙台市 大東岳 秋保の二口渓谷から登山 二口山塊の 最高峰である 97 (g) 自然 宮城県栗原市 登米 市 伊豆沼 4 万平方kmの低地湖沼 渡り鳥の越冬地でラムサール条約に登録されている 白石市 七ヶ宿町 ヤマケイオンライン 色麻大滝 船形神社 ( 権現様 ) がある 色麻町 色麻町 p/ 仙台市太白区秋保町 栗原市若柳 ヤマケイオンライン 宮城県 ヤマケイオンライン TEL: ( 山と渓谷社 ) 色麻町総合振興課 TEL: ヤマケイオンライン TEL: ( 山と渓谷社 ) 宮城県自然保護課 TEL: (g) 自然 宮城県 仙台市 五色沼 青葉山公園にある五色沼はフィギュアス ケート発祥の地である 99 (g) 自然 宮城県 七ヶ宿町 長老湖 不忘山の裾野にある標高 500mにある森 のオアシス 100 (g) 自然 宮城県 仙台市 二口峡谷 ( 磊々峡 秋保大 滝 ) 磐司岩や磊々峡 秋保大滝のある自然景勝地 磊々峡は独文学者 小宮豊隆の命名 桜の小径魯迅記念碑もある 仙台市青葉区 青葉山公園 su/ryokka/midori100/guide/015/ 015.html 長老湖伝説 ( 村の娘に片思いしたある僧の伝説 ) 猟師の祖 磐司磐三郎の伝説は山寺と関係 七ヶ宿町 仙台市秋保 七ヶ宿町 iyagi.jp/ 仙台周辺のあるきかた ( ゼンリン ) 101 (g) 自然 宮城県 七ヶ宿町 滑津大滝 羽州街道 ( 七ヶ宿街道 ) 滑津宿にある 七ヶ宿町滑津 七ヶ宿町 iyagi.jp/ 102 (g) 自然 宮城県 大崎市 鳴子峡 錦模様の渓谷美が見事な鳴子峡は豊か な自然と歴史散策が楽しめる 尿前関と芭蕉峡谷散策 1 時間半 大崎市鳴子 仙台周辺のあるきかた ( ゼンリ ン ) 青葉山公園 TEL: 七ヶ宿町 TEL: 仙台市観光課 TEL: 七ヶ宿町 TEL: 鳴子温泉郷観光協会 TEL: g 自然 104/188

111 103 (g) 自然 宮城県 白石市 碧玉渓 ( 白石川 小原 ) 碧玉渓 の碧は白 石 王からなるという 徳富蘇峰の命名である 碧 は白 石 王からなる 白石市小原 白石市 / ( 自治体 企業 NPO 含む ) 白石市商工観光課 TEL: (g) 自然 宮城県 仙台市 鳳鳴四十八滝 作並温泉から約 6km下流の広瀬川にかかる大小の滝 滝の音が鳳凰の鳴く声に似ている 105 (g) 自然 宮城県 松島町 松島 俗に八百八島とも呼ばれる松島は日本三 景の一つ 複雑な海岸線と島々の景観が 松島 106 (g) 自然 宮城県 唐桑町 三陸海岸唐桑半島 気仙沼市の三陸復興国立公園の美しい 海岸美 107 (g) 自然 宮城県 鳴瀬町 奥松島 野蒜 嵯峨渓 大高森など奥松島離島の 風情があり トレッキングの島として知られ る 108 (g) 自然 宮城県 仙台市 泉ヶ岳 1172m 仙台市民 手軽な山歩きができる春 ミズバショウ群生地に人気がある山 109 (g) 自然 宮城県 白石市 材木岩 高さ約 70mの柱状節理の岩壁は国の天 然記念物 新第三紀後期頃の溶岩 作並街道の景勝地 仙台市青葉区作並 仙台市 瑞巌寺 観欄亭 五大堂 島巡り遊覧船 松島町 仙台周辺のあるきかた ( ゼンリ ン ) 巨釜 折石の奇岩カキの森鯨塚など 気仙沼市 唐桑町 唐桑町観光協会 鳴瀬町宮古島 仙台周辺のあるきかた ( ゼンリ ン ) 仙台市泉区福岡字岳山 仙台市 羽州街道と検断屋敷が公園内にある 白石市小原 宮城の自然を訪ねて ( 築地書 館 ) 仙台市役所 TEL: 松島町産業観光課 TEL: 唐桑町観光協会 TEL: 鳴瀬町商工観光課 TEL: 仙台市 TEL: (g) 自然 宮城県 大崎市 川渡 ( かわたび ) 温泉 脚気可波多比 と呼ばれた湯 川渡は鳴 子温泉郷の東 江合川南畔にある 平安時代から 玉造湯 として知られていた 大崎市鳴子 鳴子温泉郷観光協会 鳴子温泉郷観光協会 TEL: (g) 自然 宮城県 大崎市 東鳴子温泉 荒尾川沿いに点在する田中 新田中 赤 湯 新赤湯を東鳴子温泉と呼ぶ 鳴子御 殿駅が玄関口 江戸中期開湯 伊達氏ゆかりの御殿湯で御殿湯駅がある大崎市 東鳴子温泉観光協会鳴子観光 旅館案内センター TEL: ndex.html 112 (g) 自然 宮城県 大崎市 中山平温泉 大谷川沿い 鳴子温泉の西端 豊富な湯量が魅力 113 (g) 自然 宮城県 大崎市 鬼首温泉郷 神滝 轟 宮沢 吹上 鬼首温泉 間欠泉 と地獄谷のどかな温泉郷の中で スキー やテニス パラグライダーなど様々なス ポーツが楽しめる 114 (g) 自然 宮城県 栗原市 新湯 くりこま温泉郷の一つ 栗駒山登山口の新 湯 ( 硫黄泉 ) は元和年間開湯の駒の湯が 源泉 115 (g) 自然 宮城県 栗原市 花山温泉 羽後 ( 小安 ) 街道の寒湯御番所跡となりに温湯山荘がある 116 (g) 自然 宮城県 栗原市 湯浜温泉 羽後岐街道にあるランプの一軒宿 ( 冬期 休業 ) 花山峠への道中にある 出羽街道中山越えは芭蕉の奥の細道で知られる禿岳 荒雄岳山ろく 荒雄川沿いの自然湯 栗駒山登山者の立ち寄り湯でもある 大崎市鳴子温泉字星宮大崎市鬼首 栗原市栗駒沼倉耕英東 中山平温泉 鳴子温泉郷観光協会 栗原市観光物産協会 栗原市花山温湯 栗原市観光物産協会 栗駒山湯浜コースの起点 栗原市湯浜 栗原市観光物産協会 鳴子観光 旅館案内センター TEL: 鳴子温泉郷観光協会 TEL: 栗原市観光物産協会 TEL: 栗原市観光物産協会 TEL: 栗原市観光物産協会 TEL: (g) 自然 宮城県 仙台市 作並温泉 仙台の奥座敷といわれ広瀬川畔にある正 岡子規 土井晩翠ら文人ゆかりの湯 寛政 8 年 (1796) 開湯仙台藩主の隠し湯 仙台市作並温泉元湯 作並温泉旅館組合 作並温泉旅館組合 TEL: (g) 自然 宮城県 仙台市 秋保温泉 名取川 仙台藩主湯浴み御殿 磊々峡 二口街道 磐司岩などの景勝地がある 名取の御湯は日本三御湯の一とされる 仙台市秋保 秋保 里センター 秋保 里センター TEL: (g) 自然 宮城県 仙台市 茂庭温泉 旧伊達家邸宅 鐘景閣が有名な温泉スポット 茂庭荘がある 120 (g) 自然 宮城県 気仙沼市 気仙沼温泉 陸中海岸国立公園の南入口にあり 気仙 沼湾を眺望できる港町の新しい温泉地 仙台市太白区茂庭気仙沼市柏崎 仙台市 昭文社マップルネット 仙台市 TEL: 昭文社 ( 本社 ) TEL: (g) 自然 宮城県 松島町 松島温泉 松島の絶景と太古天泉という2008 年開 湯の新しい温泉 122 (g) 自然 宮城県 石巻市 追分温泉 北上川河口と登米市を結ぶ翁蔵山の峠沿いにある 峠の湯 123 (g) 自然 宮城県 川崎町 笹谷温泉 湯元 一乃湯 奇蹟の薬湯 ( 芒硝鉄泉 ) 宝の湯といわれる湯元 一乃湯 松島町石巻市北上町女川字大峰川崎町大字今宿 松島観光協会 石巻観光協会 笹谷温泉一乃湯 松島観光協会 TEL: 石巻観光協会 TEL: 笹谷温泉一乃湯 TEL: (g) 自然 宮城県 川崎町 青根温泉 遠刈田温泉の北西 標高 600mの山間に ある雲上の名湯は伊達藩の湯治場であっ た 川崎町前川 昭文社 エアリアガイド g 自然 105/188

112 125 (g) 自然 宮城県 川崎町 峩々温泉 蔵王連峰から続く険しい山に囲まれた秘 湯は胃腸病に薬効があるという 日本秘湯を守る会 川崎町大字前川字峩々 峩々温泉 ( 自治体 企業 NPO 含む ) 峩々温泉 TEL: (g) 自然 宮城県 蔵王町 遠刈田温泉 蔵王連峰に抱かれた高原の湯は蔵王エコーラインの入口にある温泉とこけし工人の里 127 (g) 自然 宮城県 白石市 小原温泉 白石川沿いに数件の温泉宿がある 昔か ら 目に小原 の薬湯とされた 128 (g) 自然 宮城県 白石市 鎌先温泉 不忘山山麓の谷間 傷に鎌先 で知られる 昔 里人が鎌の先で掘り当てたという伝承がある 129 (g) 自然 宮城県 白石市 白石湯沢温泉 やくせん 昔の宿場町に天然自噴したという石膏芒 硝泉 130 (g) 自然 宮城県 大崎市 鳴子温泉郷 374の源泉がある東北屈指の温泉郷 鳴 子こけしの里は伝統ある湯の町 江合川 沿いの歴史ある温泉街 131 (g) 自然 秋田県 由利本荘市鳥海山 石積みや木道のない登山道はここだけ 百宅コースでは鳥海山古来の道がある 132 (g) 自然 秋田県 鹿角市 八幡平 後生掛温泉 ふけの 湯 大沼自然歩道や後生掛自然研究路など山麓の自然周遊ができる 温泉とこけし工人の里 蔵王町遠刈田温泉 蔵王町観光協会 碧玉渓の景勝地がある 白石市小原 白石市商工観光課ホームページ /section/shoukan/ 弥次郎こけし白石市福岡蔵本同上同上 羽州街道の下戸沢宿にある 白石市小原字下戸沢湯沢山大崎市鳴子 鳥海山信仰の道は矢島や吹浦などもある由利本荘市鳥海町 アスピーテラインの周辺に多くの温泉がある 鹿角市八幡平 旅館やくせん 鳴子温泉郷観光協会 由利本荘市観光協会 /www/contents/ /index.html 十和田八幡平観光物産協会 蔵王町観光協会 TEL: 白石市商工観光課 TEL: やくせん TEL: 鳴子温泉郷観光協会 TEL: 由利本荘市観光協会 TEL: 鹿角市役所 TEL: (g) 自然 秋田県 北秋田市 森吉山 秋田県内陸の独立峰はブナ原生林にクマ ゲラが生息するなど自然度が格段に高い モロビ ( アオモリトドマツ ) の山は農民信仰の山である 北秋田市森吉 阿仁北秋田市 北秋田市商工観光課 TEL: (g) 自然 秋田県 仙北市 秋田駒ヶ岳 乳頭山 花の名山で知られ乳頭温泉郷や水沢温泉郷が足溜まりとなる 135 (g) 自然 秋田県東成瀬村 湯栗駒山 秣岳 宮城 岩手 秋田 3 県境 お花畑や温泉 沢市 湿原など山歩きも易しい 136 (g) 自然 秋田県秋田市 五城 目町 太平山 137 (g) 自然 秋田県 男鹿市 男鹿半島 ( 北磯 西海岸 南 磯 秋田市の霊山で三吉信仰が残されている 県内外の登山愛好者に人気の山 半島まるごと博物館といえる地質 植物 古くからの生活文化の宝庫で 日本ジオパーク に登録された 138 (g) 自然 秋田県 にかほ市 三崎山旧街道 芭蕉が旅した象潟へ最後の山越えの道が 奥の細道 として保存されている 秋田駒ヶ岳の高山植物群落は国天然記仙北市田沢湖町念物である駒ヶ岳昭和湖生成など火山活動が今なお続いて東成瀬村仁郷沢いる 古くは修験道の山として栄えた山である 秋田市仁別 五城目町馬場目 田沢湖観光協会 東成瀬村役場 dex_5.html 秋田県の山 whey/akitakennai/akita.html 男鹿のナマハゲは全国的に有名である 男鹿市全域 男鹿市観光協会 うやむやの関とも呼ばれ歌枕の地であった にかほ市象潟小砂川 にかほ市観光協会 田沢湖観光協会 TEL: 東成瀬村総務課 TEL: 秋田県の山 ( 山と溪谷 県別ガイド ) 男鹿市観光協会 TEL: にかほ市観光協会 TEL: (g) 自然 秋田県 八峰町 八森 岩館海岸 県立自然公園に属し海岸地形などから日 本ジオパークに登録された 名物ハタハタの漁場海水浴場 八峰町八森 岩舘 八峰町 HP 八峰町役場 TEL: (g) 自然 秋田県 湯沢市皆瀬小安峡 谷底から豊富な湯が吹き出す大噴湯が有 名 紅葉と温泉の名所である 不動の滝 小安御番所など歴史スポットもある 湯沢市皆瀬小安 湯沢市観光物産協会 湯沢市観光物産協会 TEL: (g) 自然 秋田県 仙北市 抱返り溪谷 東北の耶馬溪と称される渓谷の名所 コ バルトブルーの流れと紅葉に多くの観光 客が押し寄せる 142 (g) 自然 秋田県 鹿角市 湯瀬渓谷 旧鹿角街道の難所として知られるが また 有名な渓谷沿いの温泉郷でもある 143 (g) 自然 秋田県 北秋田市 小又川 ( 桃洞滝 赤水沢溪 谷 ) 144 (g) 自然 秋田県 北秋田市阿 仁 安ノ滝 幸兵衛ノ滝 145 (g) 自然 秋田県 にかほ市 獅子ヶ鼻湿原 元滝 奈曽ノ 白滝 奥森吉高原にある渓谷とブナの原生林のトレッキングが盛んである 日本百名滝にも数えられる安ノ滝 さらにスケールの大きな幸兵衛ノ滝など秘境性満点である鳥海山麓の湿原や伏流水 名瀑をめぐるコースに人気が高まっている 延長 7,2 kmの渓谷沿いに遊歩道が完備されている 旧南部藩領 花輪代官所の支配地であった 森吉山野生鳥獣センターが散策の拠点である 獅子ヶ鼻湿原の 鳥海マリモ は希少植物のコケ 仙北市田沢湖町抱返り 鹿角市湯瀬 仙北市 /sightseeing/spot/05_dakigaeri.ht ml 湯瀬渓谷 北秋田市森吉ノロ川小又川 komatagawa-00.htm 北秋田市阿仁打当 にかほ市象潟 秋田県観光総合ガイド eing/detail.html?data_id=2247 にかほ市観光案内 仙北市観光課 TEL: 鹿角市役所 TEL: 北秋田市商工観光課 TEL: 北秋田市商工観光課 TEL: にかほ市観光協会 TEL: g 自然 106/188

113 146 (g) 自然 秋田県 小坂町 七滝 十和田湖への樹海ライン入口にある 日 本の滝百選にも選ばれ 向かいには滝の 茶屋 孫左衛門 もある 147 (g) 自然 秋田県 小坂町 十和田湖西湖岸 和井内 大川岱など西湖岸は十和田湖の 静寂スポット 登録有形文化財の 十和田 ホテル は一見の価値がある ヒメマス孵化に挑んだ和井内貞行夫妻の神社もある 小坂町七滝 小坂町和井内 大川岱 小坂町役場 小坂町役場 ( 自治体 企業 NPO 含む ) 小坂町 TEL: 小坂町 HPTEL: (g) 自然 秋田県 仙北市田沢 湖 田沢湖日本最深の湖で 辰子姫伝説の湖 2010 年には幻の魚クニマスが発見された 仙北市田沢湖春山 田沢湖観光協会 田沢湖観光協会 TEL: (g) 自然 秋田県 東成瀬村 須川湖 栗駒山山麓 朱沼とも呼ばれた山の湖は 秣岳の麓にある また近くにシラタマノキ 湿原の泥炭層がある 150 (g) 自然 秋田県 秋田市 筑紫森 流紋岩の柱状節理岩脈が国天然記念物 である 秋田市周辺からのハイキングコー ス 151 (g) 自然 秋田県 由利本荘市甑峠 名勝沼 甑峠は矢島街道で 矢島藩主生駒氏の参 勤路ともなった 今は手頃な歴史探訪の 山道となっている 152 (g) 自然 秋田県 藤里町 田苗代湿原 白神山地 藤里駒ケ岳の麓にある湿原帯 は初夏のニッコウキスゲ群落が見事 153 (g) 自然 秋田県 能代市 風の松原 能代海岸にある日本最大規模の松林 ( 砂 防林 ) は市民いこいの森 154 (g) 自然 秋田県 にかほ市象 潟 象潟九十九島 芭蕉が訪れた象潟の絶景 鳥海山麓の景勝地 能因島などがあった 南部 ( 岩手 ) や仙台領と接する国境にほど近い 太平山信仰に関連してお山参詣も盛んだった 双耳峰 男甑山 女甑山がそびえる ブナ岱 田苗代湿原は白神山地の探訪コース 芭蕉ゆかりの島々 蚶満寺など見どころが多い 東成瀬村椿川仁郷国有林 秋田市河辺三内 由利本荘市鳥海町笹子 藤里町 能代浜海岸 にかほ市象潟 東成瀬村役場 dex_5.html 河辺市民サービスセンター y/kawabe/default.htm 由利本荘市観光協会 藤里町商工観光課 g.html?seq=63 能代市観光振興課 にかほ市観光協会 東成瀬村総務課 TEL: 秋田市河辺市民センター TEL: 由利本荘市観光協会 TEL: 藤里町商工観光課 TEL: 能代市観光振興課 TEL: にかほ市観光協会 TEL: (g) 自然 秋田県 能代市二ツ 井 きみまち阪 桜やもみじの名所 明治天皇が東北巡幸の折 皇后からの手紙を受け取った所である 156 (g) 自然 秋田県 八峰町 手這坂 江戸期の旅人菅江真澄が桃源郷と記録 した美しい山里である 157 (g) 自然 秋田県 鹿角市 八幡平中腹の温泉群 八幡平山麓に点在する昔からの温泉群 大深 蒸の湯 後生掛 大沼など各温泉がある 158 (g) 自然 秋田県 鹿角市 八幡平山麓の温泉 トロコ 銭川 志張 東トロコ 昔ながらの 山の湯治場 159 (g) 自然 秋田県 鹿角市 湯瀬温泉 旧鹿角街道 米代川沿いにある湯瀬渓谷 は風光明媚な温泉郷 啄木ゆかりの地 近年 恋文コンテスト発祥の地として知られる 白神山地の周縁部 水沢川上流にある集落跡 昔は湯治が盛んで オンドル式がよく知られる 能代市二ツ井きみまち坂 八峰町峰浜水沢字手這坂 鹿角市八幡平 能代市二ツ井地域局 NPO Shirakami NET html 鹿角市 昔は八幡平登山の入口となっていた 鹿角市八幡平 鹿角市 鹿角市八幡平湯瀬 鹿角市 能代市二ツ井地域局 TEL: 八峰町観光協会 TEL: 鹿角市役所 TEL: 鹿角市役所 TEL: 鹿角市役所 TEL: (g) 自然 秋田県 鹿角市 十和田大湯温泉 共同湯の伝統が息づく十和田湖観光の玄 関口 南部領五湯の一とされる 藩政期は南部盛岡藩の温泉保養地であった 鹿角市大湯 鹿角市 鹿角市役所 TEL: (g) 自然 秋田県 大館市 日景温泉 矢立峠に近い山あいの秘湯 明治期開湯 の歴史的に有名な温泉は隠れた桜の名 所でもある 162 (g) 自然 秋田県 大館市 矢立温泉 羽州街道矢立峠の入口 天然杉の美林に 囲まれ 赤湯 ( 単純鉄泉 ) として知られる 伊能忠敬 吉田松陰 イザベラ バードの道 大館市矢立 大館市長走字赤湯沢 どだすか大館 どだすか大館 大館市観光協会 TEL: 大館市観光協会 TEL: (g) 自然 秋田県 大館市 雪沢温泉 小坂街道に沿った長木川渓谷の湯 周辺 は天然秋田杉の宝庫である 大館市雪沢 どだすか大館 大館市観光協会 TEL: (g) 自然 秋田県 大館市 大滝温泉 大館の奥座敷として昔から有名な温泉 地 温泉療養にも利用される 菅江真澄は遊覧記 すすきのいでゆ に著した 大館市大滝 どだすか大館 大館市観光協会 TEL: (g) 自然 秋田県 大館市 たしろ温泉 田代岳への拠点となるホテルゆっぷら ス ポーツ公園 福祉施設ゾーン 166 (g) 自然 秋田県 北秋田市 杣温泉 ( 湯ノ沢 ) 奥森吉 湯ノ沢の秘湯 登山や渓流釣り の常連が多い 日本秘湯を守る会の宿 大館市岩瀬字上岩瀬塚の岱 北秋田市森吉字湯ノ沢 たしろ温泉ユップラ m 杣温泉旅館 たしろ温泉ユップラ TEL: 杣温泉 TEL: (g) 自然 秋田県 北秋田市 湯ノ沢温泉 森吉山荘 国民宿舎で登山客が多く利用 森吉山周 辺の拠点である 北秋田市森吉湯の岱 森吉山荘 森吉山荘 TEL: g 自然 107/188

114 168 (g) 自然 秋田県 北秋田市 打当温泉 マタギの湯はマタギ資料館が併設される温泉宿 秋田内陸線阿仁マタギ駅が最寄駅 169 (g) 自然 秋田県 藤里町 藤里 湯ノ沢温泉 白神山地世界遺産センターに近接するホ テルゆとりあ藤里や湯元和みの湯 ( 元藤 駒荘 ) などがある 170 (g) 自然 秋田県 八峰町 いさりび温泉 ( ハタハタ館 ) 白神山地拠点となる日本海眺望の絶景温 泉 魚介類直売所 ( ぶりこ ) も併設され ている 171 (g) 自然 秋田県 男鹿市 男鹿温泉郷 男鹿温泉郷は北浦地区にあり ほかに西 海岸桜島 きららか 数か所の温泉があ る ナマハゲの奇習 男鹿三山めぐり 北秋田市阿仁打当字仙北渡道 打当温泉マタギの湯 隠れ滝 銚子の滝 は真澄も訪れている 藤里町藤琴湯ノ沢 秋田白神山地まるごとガイド 男鹿三山 ( 新山 本山 毛無山のお山がけや奇習ナマハゲの柴灯まつりなどがある 八峰町八森御所の台 男鹿市北浦ほか ハタハタ館 男鹿市観光協会 ( 自治体 企業 NPO 含む ) マタギの湯 TEL: ( 株 ) 藤里開発公社 TEL: ハタハタ館 TEL: 男鹿市観光協会 TEL: (g) 自然 秋田県 秋田市 秋田温泉 秋田市の奥座敷で周辺の観光拠点とな る 郊外の旅館さとみ他がある 173 (g) 自然 秋田県 大仙市 協和温泉からまつ山荘 淀川上流 出羽山地の山の湯で 子宝安 産 美肌の湯と宣伝している 秋田市添川境内川原 子宝安産の唐松神社から名づけられた 大仙市協和船岡 からまつ山荘 & 温泉 からまつ山荘 TEL: (g) 自然 秋田県 大仙市 強首温泉 雄物川流域 石油発掘で湧出 樅峰苑 強首ホテル おも観荘 3 軒の宿がある 豪農小山田家 樅峰苑 は登録有形文化財 大仙市強首字上野台 強首樅峰苑 樅峰苑 TEL: (g) 自然 秋田県 大仙市 川口温泉奥羽山荘モリボ の里 奥羽山脈真木真昼自然公園の保養地 周辺の観光や登山基地となっている 大仙市太田町太田 奥羽山荘モリボの里 奥羽山荘 TEL: (g) 自然 秋田県 美郷町 六郷温泉あったか山 保養館 コテージ 直売所などがある美郷の湯のほかに千畑温泉 湯とぴあ雁の里温泉がある 177 (g) 自然 秋田県 横手市 上畑温泉さわらび 狙半内 釣りキチ三平の里 蔵とリンゴの 里 増田町の温泉 178 (g) 自然 秋田県 横手市 南郷温泉共林荘 横手川上流南郷の温泉 薬草園散策や南 郷岳ハイキングができる 美郷町六郷東根字下馬転 横手市増田町狙半内横手市山内 美郷ネット ndex.asp 上畑温泉さわらび 美郷町総務課 TEL: さわらび TEL: (g) 自然 秋田県 横手市 あいのの温泉 JR 北上線相野々駅から または道の駅さんないからも近い鶴ヶ池荘 山内杜氏の里 山内いものこ いぶりがっこの里で知られる 180 (g) 自然 秋田県 湯沢市 小安峡温泉 皆瀬川上流 小安街道に開けた温泉街 小安峡の景勝地で知られる 横手市山内土淵字鶴ヶ池 鶴ヶ池荘 2 種類のお湯と山菜料理が自慢 湯沢市皆瀬小安峡 湯沢市観光情報 Web 鶴ヶ池荘 TEL: 湯沢市まるごと売る課観光物産班 TEL: (g) 自然 秋田県 湯沢市 秋の宮温泉郷 鬼首道路 ( 国道 108 号 ) 稲住 鷹の湯 秋の宮山荘ほか 虎毛山登山口 川原の 湯っこ ( 鷹ノ湯露天風呂 ) がある 元禄 15 年 (1702) 開湯 秋田県最古の温泉地 湯沢市雄勝秋の宮 秋の宮温泉郷 dex.html 湯沢市まるごと売る課観光物産班 TEL: (g) 自然 秋田県 湯沢市 泥湯温泉 奥山旅館 木地山こけしの里から川原毛地獄への途 中にある 泥湯といっても泥ではない 小安岳 高松岳 川原毛地獄の拠点 湯沢市高松字泥湯沢 奥山旅館 TEL: 秋田の温泉 ( 無明舎出版 ) 183 (g) 自然 秋田県 湯沢市 湯ノ沢温泉 雄勝峠に近い山あいの一軒宿 日勝館 効能ある温泉水を販売 冬季休業 日露戦争に勝った記念に 日勝館 と命名された 湯沢市雄勝下院内湯の尻山 日勝館 TEL: (g) 自然 秋田県 由利本荘市猿倉温泉郷 雄大な鳥海山を眺めながらの露天風呂が魅力となる山奥の温泉 185 (g) 自然 秋田県 由利本荘市かすみ温泉 樹齢 4 百年のかすみ桜が咲き誇る山里の 一軒宿 186 (g) 自然 秋田県 仙北市 乳頭温泉郷 乳頭山麓 人気の秘湯が多数ある温泉 郷 秋田藩主の湯めぐり ( 湯の道紀行 ) 温 泉 187 (g) 自然 山形県 真室川町 加無山 甑山 丁岳 丁山地は加無山県立自然公園 石英安山 岩の柱状節理が発達 山はいずれも急峻 である 188 (g) 自然 山形県新庄市 湯沢 市 ( 秋田 ) 神室山 1365m みちのくの小アルプスといわれ 登山者憧れの山として知られる 鶴ノ湯 蟹場 孫六 黒湯 妙ノ湯 大釜 休暇村の乳頭山麓 7 湯 登山とトレッキングの基地となる 最上修験の山 グリーンバレイ神室 ( 金山町 ) がある 由利本荘市鳥海町猿倉由利本荘市大内町葛岡仙北市田沢湖町田沢字先達沢 真室川町 鳥海町 新庄市 金山町 湯沢市 由利本荘市観光協会 由利本荘市観光協会 田沢湖観光協会 ヤマケイオンライン 金山町 gata.jp/ 由利本荘市観光協会 TEL: 由利本荘市観光協会 TEL: 田沢湖観光協会 TEL: ヤマケイオンライン TEL: ( 山と渓谷社 ) 金山町 TEL: g 自然 108/188

115 189 (g) 自然 山形県遊佐町 酒田鳥海山市 190 (g) 自然 山形県鶴岡市 庄内出羽三山 ( 月山 羽黒山 湯 町 西川町 殿山 ) 東北第 2の高峰は古くからの信仰の歴史的名山である山岳信仰の本拠地で山伏修行の地 羽黒山奥の院の湯殿山 主峰月山からなる 山形庄内 秋田由利にまたがる 三山参詣の行列が絶えることがなかったという 遊佐町 由利本荘市遊佐町 鶴岡市 庄内町 西鶴岡市羽黒町観光協会川町 ( 自治体 企業 NPO 含む ) 遊佐鳥海観光協会 TEL: 鶴岡市羽黒町観光協会 TEL: (g) 自然 山形県村山市 寒河葉山 江市 大蔵村 1462m 山岳信仰修験道と大円院葉山は寒河江市の慈恩寺の奥の院ではないかともいわれる 192 (g) 自然 山形県 尾花沢市 御所山 ( 船形山 ) 船形山は山形側では御所山と呼ばれ 尾 花沢から登山コースがある 193 (g) 自然 山形県朝日町 西川 町 鶴岡市 朝日岳 ( 朝日連峰 ) 日本百名山の一座で 飯豊と並んで東北を代表する有名山岳である 順徳天皇隠棲説から御所山と呼ばれたともいう 米沢藩が拓いた朝日軍道 ( 米沢から庄内 ) があった 村山市 寒河江市 尾花沢市 朝日町 西川町 鶴岡市 鶴岡市観光連盟 尾花沢市 gata.jp/ 朝日町観光協会 鶴岡市観光連盟 TEL: 尾花沢市商工観光課 TEL: 朝日町観光協会 TEL: (g) 自然 山形県 鶴岡市 大鳥池 ( 朝日連峰 ) 幻の魚タキタロウという大イワナが生息す るという ヒメサユリの群落が見られる 泡滝ダムから大鳥池 以東岳登山は容易である 鶴岡市朝日大鳥 鶴岡市 鶴岡市朝日庁舎産業課 TEL: (g) 自然 山形県 戸沢村 最上峡と白糸の滝 最上川舟運の大河は今 舟下りが有名 芭蕉 奥の細道 でも知られ白糸の滝がある 196 (g) 自然 山形県 米沢市 滑川大滝と秘湯滑川温泉 板谷峠の奥にある秘湯 滑川大滝 ( 落差 1 00m) 一軒宿福島屋がある 戸沢藩船番所最上川舟唄 戸沢村古口 最上川芭蕉ライン観光 米沢市大沢 福島屋旅館 最上川芭蕉ライン観光 TEL: 福島屋旅館 TEL: (g) 自然 山形県 鶴岡市田麦 俣 七ツ滝 六十里越街道 田麦俣の奥にある名瀑は日本の滝百選でもある 磐梯朝日国立公園 鶴岡市田麦俣 鶴岡市 鶴岡市朝日庁舎産業課 TEL: (g) 自然 山形県 南陽市 白竜湖 遊女の白龍伝説がある湖 南陽市 南陽市観光協会 / 199 (g) 自然 山形県遊佐町 にか ほ市 三崎公園 旧羽州浜街道にある公園 芭蕉の 奥の細道 の三崎街道は戊辰戦争の激戦地ともなった 200 (g) 自然 山形県 酒田市 飛島 佐渡 粟島と並ぶ日本海の孤島 トビシマカンゾウ ウミネコ タブノキの自生 201 (g) 自然 山形県 真室川町 女甑の大カツラ 日本の巨樹百選 ( 幹周り13,4m) の大カツ ラがあり 及位マタギの御神木とされてい る 202 (g) 自然 山形県 東根市 日本一の大ケヤキ 国特別天然記念物の大ケヤキは東根小 学校校庭にそびえたっている 203 (g) 自然 山形県 酒田市 十二滝 庄内の名瀑で 経ヶ蔵山ハイキング登山口となっている 204 (g) 自然 山形県 米沢市 天元台高原 吾妻山の入口にあたり西吾妻ロープウ エー スキー場などがある 205 (g) 自然 山形県 小国町 赤芝峡 荒川の景勝地でヤマモミジの名所である 日本の赤壁ともいわれる 遊佐町 にかほ市象潟 遊佐町 酒田市飛島 酒田市 甑山山中 ブナの二次林も見事だ 真室川町 真室川町 高さ28m 根回り24m 樹齢 1000 年 (?) 東根市東根 東根市 ta.jp/ 大小 12の滝からなる 酒田市北俣 酒田市 白布温泉から吾妻山 ( 日本百名山 ) への 米沢市白布天元台 米沢市 登山に人気 ata.jp/ 荒川 R113 号沿い 小国町大字小渡 小国町 p/ 南陽市観光協会 TEL: 遊佐鳥海観光協会 TEL: 酒田市観光物産課 TEL: 真室川町 東根市 TEL: 酒田市観光物産課 TEL: 米沢市商工観光課 TEL: 小国町産業振興課 TEL: (g) 自然 山形県 尾花沢市 山刀伐峠 芭蕉がたどった出羽街道の峠が 奥の細 道 に書かれている 出羽の古道芭蕉の道 尾花沢市 おくのほそ道山刀伐峠保全整備協議会 iri/ 尾花沢市商工観光課 TEL: (g) 自然 山形県 尾花沢市 銀山温泉 大正ロマン漂う情緒豊かな湯の街は木造 多層の温泉宿が目立つ 江戸後期の公儀山 延沢銀山が背景にある 尾花沢市銀山新畑 銀山温泉 尾花沢市商工観光課 TEL: (g) 自然 山形県 大蔵村 肘折温泉 開湯 1200 年の歴史をもつ銅山川沿い 山深いひなびた温泉街 東北屈指の名物朝市が息づく 209 (g) 自然 山形県 最上町 赤倉温泉 慈覚大師ゆかりの歴史を刻む小国川沿い の古湯 アカ は閼伽で水の意味とされ る 冬季スキー大会など恒例イベントがさかん大蔵村肘折温泉 最上町 肘折いでゆ館 赤倉温泉観光協会 肘折いでゆ館 TEL: 赤倉温泉観光協会 TEL: g 自然 109/188

116 210 (g) 自然 山形県 最上町 瀬見温泉 小国川沿い 義経 弁慶の伝説が色濃 い 亀若丸誕生の地 JR 陸羽東線瀬見温泉駅が起点 最上町 最上町観光協会 ( 自治体 企業 NPO 含む ) 最上町観光協会 TEL: (g) 自然 山形県 最上町 大堀温泉 神室連峰の麓 小国盆地が一望できる最 上西スポーツ公園内 おらだずの宿りんどう 最上町 最上町観光協会 最上町交流促進課 TEL: (g) 自然 山形県 真室川町 まむろ川温泉 ( 梅里苑 ) 真室川町唯一の温泉 月山 葉山のロ ケーション良好 梅里苑体験交流の森が ある 真室川町 真室川町企画課 php?storytopic=0&storynum=10 真室川町企画課 TEL: (g) 自然 山形県 鮭川村 羽根沢温泉 羽根沢から与蔵峠を越えて庄内に通じる 山の道がある 石油試掘で湧出した県内 唯一の間欠泉 伝説の与蔵沼はハイキングコース 鮭川村羽根沢 鮭川村 鮭川村 TEL: a.jp/ 214 (g) 自然 山形県 戸沢村 草薙温泉 三島通庸道路開削 ( 現国道 47 号 ) で湧 出 仙人堂は日本武尊を祀る 215 (g) 自然 山形県 村山市 湯舟沢温泉 村山市山あいの一軒宿 文政 2 年開湯の鉱泉水 216 (g) 自然 山形県 東根市 東根温泉 のどかな田園地帯のさくらんぼ東根温泉 月山 葉山 朝日岳を遠望 20 泉以上の 温泉地 217 (g) 自然 山形県 天童市 天童温泉 将棋駒生産高日本一ラ フランス等フルーツ王国 218 (g) 自然 山形県 山形市 蔵王温泉 県内随一の豊富な湯量 樹氷とスキー場 強酸性硫黄泉 開湯 1900 年の名湯 明治 43 年 一人の農民が井戸を掘って湧出 花の山形 もみじの天童 と唄われる若松寺がある福島の信夫 ( 吾妻 ) 山形の白布高湯と三高湯といわれる 戸沢村大字古口村山市大字土生田東根市東根天童市山形市蔵王 戸沢村 p/ 東根温泉協同組合 天童温泉協同組合 蔵王温泉観光協会 戸沢村 TEL: 湯舟沢温泉旅館 TEL: 東根温泉協同組合 TEL: 天童温泉協同組合 TEL: 蔵王温泉観光協会 TEL: (g) 自然 山形県 南陽市 赤湯温泉 奥州街道の宿場町にある歴史の湯治場 フルーツランドのはしご湯が楽しめる 220 (g) 自然 山形県 上山市 かみのやま温泉 別名鶴脛の湯 上山城下町 羽州街道筋 にあり 古くは会津の東山温泉 庄内の湯 野浜温泉と奥州三楽郷といわれた 221 (g) 自然 山形県 米沢市 白布温泉 シラブとは霧氷のできる場所の意味 奥州 三高湯のひとつで天元台スキー場がある 222 (g) 自然 山形県 米沢市 小野川温泉 小野小町伝説が残され 伊達政宗 上杉氏ゆかりの湯で知られる ホタルの里 米沢牛 223 (g) 自然 山形県 米沢市 姥湯温泉 吾妻山中三名湯の一 旅館枡形屋 ( 峠駅 より送迎 ) 吾妻山 一切経山への登り口と なる 224 (g) 自然 山形県 米沢市 五色温泉 標高 900mにある宗川旅館 直江兼続や 上杉家ゆかりの湯 225 (g) 自然 山形県 米沢市 大平温泉 西吾妻山麓の隠れ宿的秘湯で 滝見屋旅 館の一軒宿がある 最上川の最源流であ る 226 (g) 自然 山形県 米沢市 新高湯温泉 西吾妻山中 天元台ロープウエーの上部 にある 吾妻屋旅館一軒である 227 (g) 自然 山形県 小国町 泡の湯温泉 小玉川長者原から東南にある炭酸温泉 三好荘 飯豊連峰の秘湯 5か所の共同温泉浴場がある 南陽市赤湯 南陽市観光協会 / 歴史的な温泉地は上山城下町や武家屋敷散策 朝市などが楽しめる 上山市 上山温泉観光物産協会 西吾妻山登山口天元台ロープウエー 米沢市白布天元台 米沢市商工観光課 ata.jp/ 大樽川沿いの温泉街甲子大黒天本山がある 米沢市小野川町 米沢市吾妻山中 米沢市商工観光課 ata.jp/ 米沢市商工観光課 ata.jp/ 日本秘湯を守る会の一軒宿 米沢市板谷 米沢市商工観光課 ata.jp/ 火焔ノ滝が見どころ 米沢市大平 米沢市商工観光課 ata.jp/ 米沢市 米沢市商工観光課 ata.jp/ 玉川マタギと岩魚の里 小国町小玉川 小国町観光協会 南陽市観光協会 TEL: 上山温泉観光物産協会 TEL: 米沢市商工観光課 TEL: 米沢市商工観光課 TEL: 米沢市商工観光課 TEL: 米沢市商工観光課 TEL: 米沢市商工観光課 TEL: 米沢市商工観光課 TEL: 小国町観光協会 TEL: (g) 自然 山形県 小国町 飯豊温泉 飯豊連峰登山口 温身平 ( ぬくみだいら ) にある飯豊山荘の湯 小国町小玉川 小国町観光協会 小国町観光協会 TEL: (g) 自然 山形県 鶴岡市 湯野浜温泉 日本海海浜温泉郷 日本海眺望自慢のホ テルが立ち並び夕陽百選にも選ばれてい る 230 (g) 自然 山形県 鶴岡市 湯田川温泉 白鷹の湯 と呼ばれた庄内の名湯は鶴 岡の奥座敷 梅林公園 由豆佐売神社な どが散策できる 古来 亀の湯と呼ばれ 日本最古の波乗り発祥地である 藤沢周平の生地で知られ 多くの文人墨客が愛した湯である 鶴岡市湯野浜 鶴岡市湯田川 湯野浜温泉観光協会 / 湯田川温泉観光協会 湯野浜温泉観光協会 TEL: 湯田川温泉観光協会 TEL: ,111 g 自然 110/188

117 231 (g) 自然 山形県 鶴岡市 由良温泉 新潟県境に近い羽州浜街道沿いにある由 良は日本の渚百選に選定された 八乙女温泉ホテルがある 鶴岡市由良 ホテル八乙女 ( 自治体 企業 NPO 含む ) ホテル八乙女 TEL: (g) 自然 山形県 西川町 月山志津温泉 出羽三山参詣 六十里越え街道の宿坊や宿場で栄えた 月山夏スキーや登山の起点としても利用者が多い 233 (g) 自然 山形県 遊佐町 鳥海温泉 ( 湯楽里 ) 鳥海山里宮の大物忌神社や十六羅漢が ある吹浦地区の保養温泉 六十里越え街道の宿場温泉宿数軒 西川町志津 月山朝日観光協会 夏は西浜海水浴場が賑わう 遊佐町吹浦字西浜 遊佐鳥海観光協会 月山朝日観光協会 TEL: 遊佐鳥海観光協会 TEL: (g) 自然 福島県猪苗代町 北 塩原村 磐梯山 ( 会津富士 ) 1816m 会津磐梯山は宝の山よ と唄われる会津の名峰 昔は 天に通じる 石 ( 磐 ) の梯 ( いわのはし ) にたとえられ 音読みで磐梯山になった 235 (g) 自然 福島県 福島市 吾妻小富士 ( 擂鉢山 ) 1707m 吾妻の雪うさぎの雪形が有名で 浄土平や吾妻小富士周遊のハイキングに 人気がある 236 (g) 自然 福島県 福島市 信夫山 福島市 ( 信夫郷 ) のシンボル的存在 大わらじ奉納まつりがあり 熊野 羽黒 羽山三山は御山と呼ばれ それぞれ神社がある 237 (g) 自然 福島県伊達市 相馬 市 霊山 ( りょうぜん ) 825m 阿武隈高地にある山岳信仰の山 比叡山延暦寺の僧 円仁開山の伝承をもつ 238 (g) 自然 福島県 喜多方市 飯豊山 2105m 山形 福島 新潟 3 県に境し 会 津側では いいとよさん と呼んでいる 239 (g) 自然 福島県 檜枝岐村 燧ケ岳 2356m 尾瀬国立公園に属する日本百 名山の一座で 東北の最高峰であるが 日本百名山 には入っていない 会津の高僧徳一や戊辰戦争にも関わりが深い 猪苗代町 磐梯町 北塩原村 猪苗代町観光協会 浄土平湿原吾妻小富士周遊 福島市 浄土平ビジターセンター 福島市 福島市観光コンベンション協会 比叡山延暦寺の円仁開山 伊達市 相馬市 伊達市観光物産協会 福島県側からは山都町 川入コースがある 喜多方市山都町 喜多方市観光協会山都支部 ma.jp/ 至仏山と並ぶ尾瀬の名峰である 檜枝岐村尾瀬 尾瀬檜枝岐温泉観光協会 猪苗代町観光協会 TEL: 浄土平ビジターセンター TEL: 福島市観光コンベンション協会 TEL: 伊達市観光物産協会 TEL: 喜多方市観光協会山都支部 TEL: 尾瀬檜枝岐温泉観光協会 TEL: (g) 自然 福島県 二本松市 安達太良山 ( 乳首山 ) 智恵子抄 では阿多多羅山( あだたらやま ) としており 山頂の突起は乳首と呼ばれる 連峰の最高峰は箕輪山 (1728m) である 241 (g) 自然 福島県 西郷村 甲子峠 那須連峰の北端にある南会津の古峠は 白河と会津を結ぶ重要な道であった 中腹のくろがね小屋は公共の名湯で知られている 甲子温泉から衣紋ノ滝を見て甲子峠まで行ける 二本松市 二本松観光協会 西郷村 東北の峠歩き ( 無明舎出版 ) 二本松観光協会 TEL: (g) 自然 福島県 北塩原村 裏磐梯湖沼群 磐梯山の噴火 大崩壊で形成された山の湖沼群 五色沼周辺や檜原湖 小野川湖などがある 243 (g) 自然 福島県 金山町 沼沢湖 5000 年以上の昔にできた二重カルデラ湖 で 今はすぐれたアウトドア基地となって いる 244 (g) 自然 福島県 北塩原村 雄国沼の湿原植物群落 湿原植物の群落 ( ニッコウキスゲ レンゲ ツツジなど ) はマニアに好まれるが自然が 危うくなっている面もある 245 (g) 自然 福島県 福島市 土湯の男沼 女沼 会津落城後の武士と姫の悲恋伝説がある 沼の周辺は手ごろなハイキングコースと なっている 246 (g) 自然 福島県 福島市 阿武隈峡 福島市から二本松市にかけて松川 立子 山にまたがる阿武隈川の渓谷 247 (g) 自然 福島県 下郷町 塔のへつり 大川羽鳥県立自然公園に属し 大川ライ ンの景勝地となっている 248 (g) 自然 福島県 須賀川市 乙字ヶ滝 ( 日本の滝百選 ) 幅広い滝は小ナイヤガラと称されるが こ こは阿武隈川舟運 最大の難所であった 249 (g) 自然 福島県 郡山市 銚子ヶ滝 日本の滝百選にも選ばれた高さ48mの銚子形の名瀑 250 (g) 自然 福島県 福島市 野地温泉 鬼面山中腹の秘湯一軒宿 檜造りの自噴 泉 千寿の湯 ほか野地温泉ホテルがある 五色沼湖沼群と裏磐梯湖沼群 ( 檜原湖ほか ) 北塩原村 金山町 裏磐梯観光協会 金山町商工観光課 hima.jp/ カルデラ湖 北塩原村 喜多方観光協会 鮎滝渡船場跡 蓬莱岩史跡など史跡もある 河岸の浸食地形が国の天然記念物になっている 福島市 福島市 下郷町 土湯温泉観光協会 福島県観光課温泉地振興係 ima.jp/soshiki/6.html 下郷町観光協会 乙字ヶ滝遺跡が周辺にある 須賀川市 須賀川市 ma.jp/ 郡山市熱海町石筵 郡山市観光協会 鬼面山中腹 標高 1200m 福島市土湯温泉町字野地 福島市観光コンベンション協会 裏磐梯観光協会 TEL: 金山町商工観光課 TEL: 喜多方観光協会 TEL: 土湯温泉観光協会 TEL: 福島市観光協会 TEL: 下郷町商工観光係 TEL: 須賀川市 TEL: 郡山市観光協会 TEL: 福島市観光コンベンション協会 TEL: g 自然 111/188

118 251 (g) 自然 福島県 福島市 鷲倉温泉 標高 1230mの高原の秘湯は夏もさわや か 磐梯吾妻スカイライン手前にある 日本秘湯を守る会 福島市土湯温泉町字鷲倉山 日本秘湯を守る会 ( 自治体 企業 NPO 含む ) 日本秘湯を守る会 TEL: (g) 自然 福島県 福島市 幕川温泉 吾妻山中腹 県内一の高所の湯で 巨大 檜の風呂 ( 水戸屋旅館 ) が自慢 福島市土湯温泉町字鷲倉山 土湯温泉観光協会 土湯温泉観光協会 TEL: (g) 自然 福島県 福島市 土湯 奥土湯温泉 荒川渓流沿い昔からのの温泉街は土湯こ けしの里としても知られる 聖徳太子の由来伝承をもち 聖徳太子堂もある 福島市土湯温泉町 土湯温泉観光協会 土湯温泉観光協会 TEL: (g) 自然 福島県 福島市 高湯温泉 三百年前湧出の東北屈指の薬湯といわ れ東北の草津の異名をもつ 白布 蔵王と並ぶ奥州三高湯の一つ 福島市庭坂字高湯 高湯温泉観光協会 u/ 高湯温泉観光協会 TEL: (g) 自然 福島県 福島市 飯坂温泉 福島屈指の古湯は摺上川沿いにある 鯖湖湯 など共同浴場めぐりが楽しい ラ ジウム温泉卵が名物 松尾芭蕉 おくの細道 十綱橋 福島市飯坂町湯沢 飯坂温泉観光協会 (g) 自然 福島県 福島市 もにわの湯 弱アルカリ性 美人の湯 福島市茂庭字清水 川原 257 (g) 自然 福島県 福島市 穴原温泉 飯坂温泉から上流 2kmの渓流沿い 川の 女神 かむろみの里 天王寺温泉もある 258 (g) 自然 福島県 桑折町 こおり温泉 半田山の麓 産ヶ沢川に面したうぶかの郷はカジカガエル ホタルの里として売り出し中 259 (g) 自然 福島県 二本松市 岳温泉 安達太良山麓の珍しい酸性泉の湯治温 泉 岳の湯 の共同風呂もある 摺上川渓谷 福島市飯坂町湯野新湯 福島市 ima.jp/ 福島市 ima.jp/ 奥州 ( 羽州 ) 街道追分半田銀山 桑折町南半田 桑折町振興公社 二本松市岳温泉 岳温泉観光協会 飯坂温泉観光協会 TEL: 福島市 TEL: 福島市 TEL: 桑折町振興公社 TEL: 岳温泉観光協会 TEL: (g) 自然 福島県 二本松市 塩沢温泉 安達太良山東麓 湯川渓流沿いにあり 農民温泉として親しまれている 安達太良山登山口 塩沢スキー場に至近二本松市塩沢 塩沢温泉観光協会 塩沢温泉観光協会 TEL: (g) 自然 福島県 大玉村 安達太良温泉 岳街道 県民の森 遠藤ヶ池遊歩道があ り 文覚上人ゆかりの遠藤ヶ淵も見どころ 262 (g) 自然 福島県 郡山市 磐梯熱海温泉 越後街道 五百川沿いに温泉街がある 南北朝期 京の公家 萩姫伝説をもつ 鎌倉御家人の某がこの地を領し 熱海となった 大玉村玉井字前ヶ岳 郡山市熱海町熱海 大玉村 p/ 磐梯熱海温泉協同組合 大玉村 TEL: 磐梯熱海温泉協同組合 TEL: (g) 自然 福島県 三春町 馬場の湯温泉 三春の滝桜やデコ屋敷で有名な三春町の 温泉 三春町 三春町観光協会 三春町観光協会 TEL: (g) 自然 福島県 天栄村 二岐温泉 下郷村境に近い二岐川渓谷にある二岐温 泉は渓流の甌穴に自噴する温泉 265 (g) 自然 福島県 西郷村 甲子温泉 幻の国道といわれた国道 289 号 ( 甲子道路トンネル ) が通ったことで甲子は最奥の温泉ではなくなったが 阿武隈川源流の秘湯に変わりはない 甲子峠へ古道ハイクできる 平安中期開湯 ( 伝 ) 日本秘湯を護る宿 天栄村大字湯本 二岐温泉大丸あすなろ荘 om/ 白河藩主松平定信が愛した阿武隈川源流の大岩風呂 西郷村大字真船 元湯大黒屋 二岐温泉大丸あすなろ荘 TEL: 元湯大黒屋 TEL: (g) 自然 福島県 猪苗代町 中ノ沢温泉 日本硫黄沼尻鉱山の湯治場で栄え軽便 鉄道で鉱石が運ばれた 藩政期 会津 二本松両藩の鉱区争いがあった 猪苗代町 猪苗代町観光協会 猪苗代町観光協会 TEL: (g) 自然 福島県 会津若松市東山温泉 結ったり静かな時間が流れる会津の奥座敷もかつては湯野浜 上山と並ぶ奥州三楽郷とされた 268 (g) 自然 福島県 会津若松市芦ノ牧温泉 阿賀川を見下ろす高台に温泉街を形成 行基菩薩開湯の伝説がある古湯 奈良朝 僧行基発見 ( 伝 ) とされ 竹久夢二 与謝野晶子ら文人墨客がら逗留 僧行基の開湯伝説がある 会津鉄道芦ノ牧駅が起点 会津若松市 会津若松市大戸町芦ノ牧 東山温泉観光協会 芦ノ牧温泉観光協会 東山温泉観光協会 TEL: 芦ノ牧温泉観光協会 TEL: (g) 自然 福島県 柳津町 西山温泉 会津柳津の秘湯 只見川支流滝谷川沿い の温泉郷 柳津福満虚空蔵菩薩圓蔵寺 ( 赤べこ発祥 ) 柳津町 柳津町観光商工班 柳津町観光商工班 TEL: (g) 自然 福島県 金山町 大塩温泉 奥会津 只見川を望む素朴な湯 秘湯ファ ンに人気がある JR 只見線大塩駅から 天然炭酸水 aqaizu が町の特産品 弘法大師開湯伝説の大塩 湯倉 八町 玉梨 ( 共同浴場 ) 金山町 金山町商工観光班 hima.jp/ 金山町商工観光班 TEL: g 自然 112/188

119 271 (g) 自然 福島県 下郷町 湯野上温泉 名物 湯野上温泉共同露天風呂 や茅葺屋根の駅舎が自慢 大内宿への入口にあ 湯野上の猿湯伝説 下郷町湯野上 湯野上温泉観光協会 (g) 自然 福島県 南会津町 山口温泉 会津の南口 田島町からR289 号を通り駒 共同浴場高清水自然公園ヒメサユリ群 南会津町南郷 止峠を越える 道の駅きらら289がある沼生地 田街道 273 (g) 自然 福島県 只見町 深沢温泉 豪雪の只見町にある公営の温泉付きコン ベンションホテルが季の里湯ら里は施設 が充実している 274 (g) 自然 福島県 南会津町 木賊 ( とくさ ) 温泉 せせらぎの音 野趣たっぷりの川沿いの 湯小屋は南会津舘岩 西根川渓谷にある 日帰り 共同浴場 275 (g) 自然 福島県 檜枝岐村 尾瀬檜枝岐温泉 尾瀬国立公園入口となる檜枝岐にある露 天風呂付き公衆浴場 燧 駒の湯の公衆 風呂がある 276 (g) 自然 福島県 いわき市 いわき湯本温泉 日本三古泉 ( 道後 有馬 ) の一つという常 磐きっての湯どころ いわき湯本は奈良時 代の開湯という 277 (g) 自然 福島県 いわき市 三崎温泉 小名浜漁港に近いオーシャンビューの温 泉 三崎公園がある 伊南川沿いにある 只見町 季の里 湯ら里 しゃくなげ荘 の熊鍋 南会津町宮里 南会津町 3ヶ所の露天風呂付き公衆浴場 檜枝岐村 尾瀬檜枝岐温泉観光協会 湯本温泉のシンボル 三箱 ( さはこ ) の御湯 が有名 いわき市常磐湯本町 いわき市小名浜下神白 278 (g) 自然 福島県 いわき市 新舞子温泉 新鮮海の幸と太平洋眺望 いわき市平下高久 字南谷地 279 (g) 自然 福島県 喜多方市 熱塩温泉 示現寺和尚が発見 名のとおり熱くて塩分 が強い その分薬効があるという 喜多方市熱塩加納町熱塩 いわき湯本温泉旅館協同組合 いわき市 jp/ いわき市 jp/ 喜多方市観光協会 ( 自治体 企業 NPO 含む ) 湯野上温泉観光協会 TEL: 南会津町南郷総合支所 ( 町民課総務係 ) TEL: 季の里 湯ら里 TEL: 南会津町 TEL: 尾瀬檜枝岐温泉観光協会 TEL: いわき湯本温泉旅館協同組合 TEL: いわき市 TEL: いわき市 TEL: 喜多方市観光協会 TEL: (g) 自然 福島県 喜多方市 日中温泉 文化年間に鉱泉を発見 大峠道路の日中 ダム建設で休業後 再開した 日中の山間 一軒宿 喜多方市熱塩加納町字大畑 喜多方市観光協会 喜多方市観光協会 TEL: (g) 自然 福島県 北塩原村 大塩温泉 裏磐梯の米沢街道 桧原峠への道中 大 塩峠を越えた所にある 弘法大師開湯伝 説をもつ 薬湯として名高い 北塩原村字大塩 北塩原村 hima.jp/ 北塩原村 TEL: g 自然 113/188

120 (1) 地域資源調査リスト (h) 景観 生活様式等 カテゴリー県市町村地域資源名資源の概要歴史的価値 ストーリー所在地情報源 取材元 1 (h) 景観 生活様式等 2 (h) 景観 生活様式等 3 (h) 景観 生活様式等 青森県 青森市 青函連絡船メモリアルシップ 八甲田丸 青函連絡船を ほぼ就航当時の状態に係留保存した施設 青森駅から連絡通路で直結 レストラン 有料展示コーナーあり 青森県 青森市 旧坪田家住宅 農家と商家の住居形態を併せ持つ青森県を代表する古民家 青森市中世の館 の施設として解放されている 青森県の県重宝 青森県 青森市 旧青森営林局庁舎本館 ( 青森市森林博物館 ) 明治 41 年に青森大林区署庁舎として落成したルネッサンス風の建築様式を持つ二階建木造建築物 現在は青森市森林博物館として林業に関する様々な展示を行っている 青森市の指定有形文化財 1988 年 ( 昭和 63 年 ) まで 80 年間にわたり 青森港と函館港を結び 1 億 6 千万人の乗客と 2 億 5 千万トンの貨物を運んだ 坪田家は江戸時代初めに近江から津軽へ移り住み 茶屋を営む旁ら 農業をはじめ 幕末には富豪となった 日本三大美林に数えられる青森ヒバは明治後期に国策で本格的な開発が始められた 開発の拠点となる青森大林区署庁舎は 津軽 下北両半島の国有林から精選された青森ヒバ材で建造された 青森市柳川 1 丁目 1 12 番 15 地先 青森市浪岡大字浪岡字岡田 43 青森市柳川 2 丁目 4 番 37 青森県港湾文化交流施設ホームページ /hakkoudamarutop.html 青森市公式サイト view.rbz?nd=860&ik=1&pnp=137& pnp=140&pnp=860&cd=1041 青森市公式サイト contents/bunkazai/inisie/bunkaz ai/shi/shi11.html ( 自治体 企業 NPO 含む ) 4 (h) 景観 生活様式等 5 (h) 景観 生活様式等 6 (h) 景観 生活様式等 7 (h) 景観 生活様式等 8 (h) 景観 生活様式等 9 (h) 景観 生活様式等 10 (h) 景観 生活様式等 11 (h) 景観 生活様式等 12 (h) 景観 生活様式等 青森県 青森市 旧青森銀行本店 ( 青森県立郷土館 ) 青森県青森市 中泊町ほか 津軽森林鉄道跡 昭和 6 年に第五十九銀行青森支店として建設された 細部装飾を廃したモダニズム建築として 本県を代表するものとされる 現在は青森県立郷土館として活用 国の登録有形文化財 明治 43 年に日本初の森林鉄道として津軽半島に誕生した津軽森林鉄道の遺構は 現在も各地に痕跡を留めるが 青森市森林博物館や中泊町博物館で当時の資料や車両に触れる事が出来る 津軽の林業用具 として青森県の登録有形民俗文化財に指定されている 青森県 弘前市 最勝院五重塔 最勝院に建つ五重塔は 国の文化財指定に際して 東北地方第一ノ美塔ナリ と表された 寛文 4 年 (1664 年 ) 頃の建築物 総高 31.2メートル 東北を代表する五重塔のひとつである 国指定重要文化財 鉄筋コンクリート造 2 階建の銀行建築で 吹抜の営業室には8 本の円柱を建てギャラリーを廻す 古典主義建築の骨格を保持しつつ細部装飾を省略したモダニズム建築 設計は弘前藩御用大工の家柄を持つ堀江幸治 津軽森林鉄道は明治 43 年に青森市を起点に津軽半島西側まで本線 67km が開通し 昭和 42 年の廃止まで多数の支線とともに半島一帯から青森ヒバなどの林産物を全国の市場へ運び出す役割を担った 青森市本町 2 丁目 8 番 14 青森市 ~ 五所川原市 津軽藩の永世祈願所である最勝院の寺弘前市大字銅屋町伝によれば 津軽藩祖為信の津軽統一 ( 天正 16 年 (1588 年 )) の過程で戦死した敵味方の供養のために建立したとされている 青森県弘前市岩木山神社拝殿 楼門山岳信仰の拠点となった密教寺院の本堂山岳信仰に始まる古社で 拝殿は元来 の雰囲気を今に伝える 外壁全面丹塗り 岩木山神社の別当寺 百沢寺の大堂 ( 本江戸時代初期完成の壮大な五間堂 国指堂 ) として建てられた 天正 17 年 (1589 年 ) 定重要文化財 の岩木山噴火によって焼失した後 藩祖為信が再興をはじめ 三代藩主信義の寛 青森県 弘前市 弘前八幡宮本殿 唐門 慶長 17 年 (1612 年 ) に完成したものと伝えられており 青森県最古の神社建築として貴重 本殿の彫刻には桃山時代の特徴がみられる 国指定重要文化財 青森県 弘前市 長勝寺本堂 慶長 15 年 (1610 年 ) 造営の本堂は 曹洞宗本堂として全国的にも最古に属するものである 本堂のほか 庫裏 三門 御影堂が国指定文化財指定 青森県 弘前市 津軽家霊屋 津軽家藩主代々の霊屋 5 基が南北一線に並ぶ いずれも江戸時代前期から中期に属し 年代の明らかな近世の霊屋群として貴重 国指定重要文化財 青森県 弘前市 弘前城天守 天守は三重三階櫓の近世城郭建築で 江戸時代後期天守の典型の一つとして 東北地方に残る唯一の遺構である 国指定重要文化財 青森県 弘前市 誓願寺山門 全体に彩色され 上層の壁に十二支の動物の絵が描かれている 懸魚を鶴と亀の形に作る極めて珍しい形式で俗に鶴亀門ともよばれ 特異な門建築の一つである 国指定重要文化財 永 17 年 (1640 年 ) に完成 弘前城の北東 1.5kmに位置する八幡宮は 二代藩主信枚が弘前城の鬼門の押えとして 慶長年間に附近の村から現在地へ遷座したものといわれる 長勝寺は 津軽氏の祖である大浦光信の菩提を弔うため享禄元年 (1528 年 ) に種里 ( 鰺ヶ沢町 ) に創建され 弘前城の築城に伴って現在地へ移転した 環月臺 ( 初代藩主為信室霊屋 ) 碧巌臺 ( 二代藩主信枚霊屋 ) 明鏡臺( 二代藩主信枚室霊屋 ) 白雲臺( 三代藩主信義霊屋 ) 凌雲臺( 六代藩主信著霊屋 ) からなる 二代藩主津軽信枚が最初に築いた五重の天守は寛永 4 年 (1627 年 ) に落雷により焼失したと伝えられ 現在の天守は九代寧親が 櫓造営の名目で幕府の許可を得て文化 7 年 (1810 年 ) に完成した 弘前市大字百沢字寺沢 弘前市大字八幡町一丁目 弘前市大字西茂森一丁目 弘前市大字西茂森一丁目 弘前市大字下白銀町 寺伝によれば 誓願寺は慶長元年 (1596 弘前市大字新町年 ) に創立 弘前城築城に際し現在地に移されたという 山門は形式から江戸時代中期と推定されるが 下層の蟇股などに室町期の手法もみられる 青森県公式サイト a/culture/touroku-bunkazai.html 太宰ミュージアム nts/okutsugaru/hiba_railway.html 弘前市公式サイト /gaiyo/bunkazai/kuni/kuni1.html 弘前市公式サイト /gaiyo/bunkazai/kuni/kuni2.html 弘前市公式サイト /gaiyo/bunkazai/kuni/kuni4.html 弘前市公式サイト /gaiyo/bunkazai/kuni/kuni5.html 弘前市公式サイト /gaiyo/bunkazai/kuni/kuni8.html 弘前市公式サイト /gaiyo/bunkazai/kuni/kuni9.html 弘前市公式サイト /gaiyo/bunkazai/kuni/kuni12.htm l h 景観 生活様式 114/188

121 13 (h) 景観 生活様式等 14 (h) 景観 生活様式等 15 (h) 景観 生活様式等 16 (h) 景観 生活様式等 17 (h) 景観 生活様式等 18 (h) 景観 生活様式等 19 (h) 景観 生活様式等 青森県 弘前市 革秀寺本堂 津軽為信霊屋 津軽藩祖為信の菩提寺で 江戸時代初期に造立された本堂と 藩祖を神格化して祀った華美な霊屋がある いずれも国指定重要文化財 青森県 弘前市 旧第五十九銀行本店本館 明治 37 年に完成した明治銀行建築物で 外観はルネサンス風の意匠を基調としつつ 内部天井に和紙の一種を用いるなど 和洋折衷の優れた明治建築である 国指定重要文化財 青森県 弘前市 旧弘前偕行社 旧陸軍将校らの親睦施設として明治 40 年に完成した洋風建築物 ルネサンス風を基調とした平屋建ての落ち着いた建物で 玄関に第八師団を示す 蜂 の鉄製飾りがある 国指定重要文化財 青森県 弘前市 弘前市仲町の町並み 弘前城北側に築かれた武家屋敷地で 近世に建てられた屋敷や門が数棟残る 敷地境にサワラの生垣や板塀を回し外敵に備え 薬医門を構える所もあり 敷地内には豊富な植生を維持する 重要伝統的建造物群保存地区 青森県 弘前市 旧第八師団長官舎 ( 弘前市長公舎 ) 青森県 弘前市 旧藤田家別邸 ( 藤田記念庭園 ) 玄関に切妻破風を造り外壁はモルタル塗り 大正時代の洋風高級住宅を偲ばせる貴重な建物 国指定重要文化財 弘前市出身で日本商工会議所会頭を務めた実業家藤田謙一の邸宅で 城の近くであることを意識した風格ある門構えや 尖塔を持つ洋館などが変化に富む景観を形作る 藤田記念庭園として公開 国指定重要文化財 青森県 八戸市 清水寺観音堂 天正 9 年 (1581 年 ) に建立された 県内最 古の木造建築物で 禅宗様の中世的仏堂 としても貴重な遺構 国指定重要文化財 革秀寺は藩祖為信を開基として 慶長 13 年 (1608 年 ) 二代藩主信枚により現在地に創建されたと伝えられる 革秀寺の周囲には池や土塁が築かれ 藩祖を神聖化していた 明治 30 年設立の第五十九銀行の本店として明治 37 年に完成した 設計及び施工は 弘前藩御用大工を祖父に持つ堀江佐吉で 彼は息子たちと共に数多くの優れた洋風建築を県内に残している 明治 29 年に弘前市に設置された陸軍第八師団将校らの親睦 厚生施設として明治 40 年に完成した 工事請負は堀江佐吉だが 工事中に病没したため彼の遺作となった 弘前の城下町は寛永年間 (1624~45 年 ) に弘前藩 2 代藩主信枚により整えられた 主な建造物としては 石場家住宅 ( 江戸時代中期の弘前藩御用商人の屋敷 ) 旧岩田家住宅 旧伊東家住宅( 江戸時代末期の藩医の屋敷 ) 旧梅田家住宅( 嘉永 5 年 (1852 年 ) 建築 ) などがある 大正 6 年に建造され 第八師団長官舎として使用されていたが 昭和 34 年に三分の二が解体されて 残りを現在の位置に移設した 洋館 ( 大正 10 年建築 木造二階建 ) 和館 ( 昭和 12 年建築 昭和 36 年移築 木造平屋建 ) 倉庫( 考古館 )( 大正 10 年建築 煉瓦造地上二階地下一階建 ) 冠木門および両袖番屋 ( 大正 11 年建築 ) などからなる 鎌倉時代にわが国に伝わった禅宗様という中国の建築様式で作られている またこの地域は産馬が盛んで 産馬育成の祈願を込めた多くの絵馬が奉納されている 弘前市大字藤代一丁目 弘前市大字元長町 弘前市大字御幸町 弘前市小人町 馬喰町 若党町 弘前市大字上白銀町 弘前市大字上白銀町 八戸市是川字中居 弘前市公式サイト /gaiyo/bunkazai/kuni/kuni13.htm l 弘前市公式サイト /gaiyo/bunkazai/kuni/kuni16.htm l 弘前市公式サイト /gaiyo/bunkazai/kuni/kuni19.htm l 文化庁公式サイト Cshoukai/main.asp%7B0fl=show&i d= &clc= & cmc= &cli= &cmi= %7B9.html 弘前市公式サイト /gaiyo/bunkazai/kuni/kunitouroku1.html 弘前市公式サイト /gaiyo/bunkazai/kuni/kunitouroku3.html 八戸市公式サイト html ( 自治体 企業 NPO 含む ) 20 (h) 景観 生活様式等 青森県 八戸市 長者山新羅神社本殿 本殿は入母屋造りで随所に華麗な彩色模様が施され 本殿 拝殿とも細部の彫刻などに江戸時代の特徴が良く表現されている 国指定重要文化財 創建は延宝 6 年 (1678) で 八戸藩二代藩主の南部直政が領内平穏を願う祈願所として社を建てた 現在の社殿は文政 10 年 (1827 年 ) に建立されたものである 八戸市長者 1 丁目 6 10 八戸市公式サイト 21 (h) 景観 生活様式等 22 (h) 景観 生活様式等 23 (h) 景観 生活様式等 24 (h) 景観 生活様式等 青森県 八戸市 南宗寺山門 構造は四脚門の切妻屋根で 太く良質な柱が力強さを感じさせる また南宗寺境内には史跡 八戸南部家墓所がある 国指定重要文化財 青森県 八戸市 八戸城角御殿表門 寛政年間 (1789~1800 年 ) に八戸藩の角御殿であった場所に残されている表門 全国的に見ても最大規模の棟門で 八戸城下の名残をとどめる唯一の遺構 現在は南部会館の表門として使用 青森県の県重宝 青森県 八戸市 八戸の朝市 八戸市内では現在も7ヶ所で朝市が開催されている 中でも陸奥湊駅前の朝市は 日の出前から イサバのカッチャ と呼ばれる魚商のお母さんたちの威勢のいい掛け声が響き渡る また 館鼻岸壁の朝市は出店数 400 店 来場者数 3 万人で日本最大規模 青森県 八戸市 櫛引八幡宮本殿 南門ほ か 本殿は三間社流造の社殿で 屋根の流れの曲線の美しさは特筆に値する 江戸時代前期の造立ながら桃山時代の遺風が察せられる名建築である 本殿 南門などが国指定重要文化財 南宗寺は八戸藩初代南部直房が父 利直の菩提を弔うため寛文 6 年 (1666 年 ) に創建し 寛文 11 年現在地に移築された 八戸市長者 1 丁目 7 57 八戸藩政時代 後に当時の藩の武官最高八戸市内丸 3 丁目 3 位の御番頭となる煙山冶部右衛門が寛政 6 9 年 (1797) に上棟した棟門 当時この屋敷は城の大手御門に近く 藩主一族や重臣の屋敷地になっていた 八戸の中心街の地名には三日町や八日八戸市町といった市日のついた名称が多く見られる 終戦直後の昭和 28 年から始まった陸奥湊駅前朝市が現代八戸の朝市の原点とされる 櫛引八幡宮は鎌倉時代より南部藩の総鎮守として多くの人々に尊崇されてた 現在の本殿は盛岡藩の直営で正保 2 年 (1645 年 ) から慶安元年 (1648) にかけて再建されたもの 八戸市八幡字八幡丁 3 八戸市公式サイト 青森県公式サイト a/education/juho_kenzoubutu_7.h tml 八戸市公式サイト 青森県公式サイト a/education/jubun_kenzoubutu_2 5.html h 景観 生活様式 115/188

122 25 (h) 景観 生活様式等 26 (h) 景観 生活様式等 27 (h) 景観 生活様式等 青森県 八戸市 旧旭商会 大正時代の銀行建築で 当時官庁建築や銀行建築に流行したルネッサンス風の特徴をもつ 中心市街地に位置し街の景観に彩りを添える 現在は食堂として活用されている 国の登録有形文化財 青森県 つがる市 旧高谷銀行本店 ( 盛農薬商会倉庫 ) 大正初期に銀行として建てられた 独創的な意匠を持った二階建小型木造洋風建築 現在は倉庫として利用されている 国の登録有形文化財 青森県 つがる市 増田家住宅母屋 武家屋敷の格式を取り入れた明治中頃の 古民家 内部公開されている つがる市指 定有形文化財 大正 6 年頃に八戸商業銀行小中野支店として建てられたものであり 昭和 24 年から平成元年まで燃料販売会社旭商会が事務所として使用していた この地方の大地主だった高谷一族が高谷銀行本店して大正初期に建てた 建築は青森県に多く名建築を残した堀江佐吉らの堀江組である 増田家は森田村や木造の開拓地主で代々村長や県会議員をした家柄 建築は明治中頃だが 釘を使用していない 青森県八戸市小中野 つがる市木造千代町 34-2 つがる市森田町床舞稚桜 4-1 文化遺産オンライン il.do?heritageid=150105&ishighlig ht=true&pageid=45 青森県公式サイト a/education/torokuyukei_22.html 青森県観光情報アプティネット ay_ html ( 自治体 企業 NPO 含む ) 28 (h) 景観 生活様式等 29 (h) 景観 生活様式等 30 (h) 景観 生活様式等 31 (h) 景観 生活様式等 32 (h) 景観 生活様式 33 (h) 景観 生活様式等 34 (h) 景観 生活様式等 青森県 つがる市 旧尾野家住宅 ( 稲穂いこいの里 ) 明治 25 年 (1892 年 ) に建設された津軽地方を代表する茅葺き民家で 内外とも当時の姿をとどめている 現在は移設され 稲穂いこいの里 で公開されている 青森県 つがる市 清藤氏書院庭園 津軽地方で流行した大石武学流の源流とされる江戸時代末期の観賞式枯山水庭で 東南隅に枯滝石組を組んで水落ちを二筋にわけて落す 母屋とともに国名勝に指定されている 青森県 平川市 猿賀神社本殿 本殿は文政 9 年 (1826 年 ) の建立 素木造の簡素な社殿であるが その規模は大きく 梁間 3 間の流造という形で 形式的にも極めて珍しい 県重宝に指定 青森県 平川市 盛美園と盛美館 津軽で盛んであった武学流の造園を代表する庭園 庭園を眺めるために明治 40 年に建てられた盛美館は 1 階が和洋で2 階が洋風というわが国には他に例を見ない珍しい建造物 盛美園として公開中 国指定名勝 青森県平川市金谷 土蔵のまち 資料不足により情報収集不可 青森県 むつ市 旧大湊水源地水道施設 東北地方で最初に建設された近代水道施設史上価値が高い水道施設で 石造の各施設はそれぞれ特徴的で非常に細かい造りであり 明治後期における石造河川構造物の技術水準の高さを示す 国の重要文化財 青森県 むつ市 旧海軍大湊要港部水交社 ( 北洋館 ) 大正 5 年に建築された海軍の社交場で 恐山で採石された石材を用いた重厚な洋風建築 現在は 北方の海上防衛 をテーマと展示場北洋館として活用されている 本来の建設地である稲垣村は 弘前藩の新田政策で積極的に開拓された地域である 鎌倉時代 北条時頼の側室である唐糸御前に随従して来た清藤家の先祖が 唐糸御前の霊を弔うため欅の木を植えたのが始まりとされ 江戸末期に野本洞園が作庭したと伝えられる 猿賀神社は坂上田村麻呂の創建と伝わり 藩政時代には津軽家の祈願所として定められた 農漁業 交通 眼の守護神として信仰されている 郷土の農家でもあり資産家でもあった清藤盛美が 明治 34 年から 9 年間で完成させた 武学流庭園の最高峰ともいわれる また盛美館は建築家西谷市助によって明治 40 年に建てられた 大湊水雷団 ( 明治 35 年開庁 ) の艦船補給用水の確保が主な目的で 計画設計は横須賀鎮守府経理部建築科による 明治 34 年着工 翌 35 年大湊水雷団の開庁にあわせて竣工 水交社は大正 5 年に海軍大湊要港部で働く海軍士官の社交場として建てられた つがる市稲垣町豊川宮川 つがる市公式サイト /sisetu/017/ html 平川市猿賀石林 1-6 平川市観光協会サイト kankou.com/miru/onoe/ html 平川市猿賀石林 175 青森県公式サイト a/education/juho_kenzoubutu_27. html 青森県平川市猿賀字石林 1 むつ市宇田町 桜木町 むつ市大湊町 4-1 盛美園公式サイト 青森県公式サイト a/education/jubun_kenzoubutu_3 1.html えきねっと pot/16230.html 35 (h) 景観 生活様式等 36 (h) 景観 生活様式等 37 (h) 景観 生活様式等 青森県 むつ市 下北交通線大畑駅 昭和 14 年に国鉄大畑線の執着駅として開業した大畑駅の駅舎で 鉄道廃止後も下北交通のバス案内所として活用されているほか 駅構内は機関庫を含めて保存されており 年に数回 当時の車両キハ85 を使った動態保存運転が行われている 青森県 十和田市 旧笠石家住宅 18 世紀半ばころに建てられたといわれる萱葺き住居 北側の まや が全体の3 分の1を占めるのが目立ち 馬産が重要視されたものといえる 国の重要文化財 青森県 十和田市 三本木原開拓施設群 三本木原の開拓を行うために江戸時代末期に建設された鞍出山穴堰と天狗山穴堰という2 本のトンネルを中心とする農業用水路と関係施設郡 青森を代表する農業遺産 土木学会推奨土木遺産 大畑線は 津軽海峡防衛の目的から大湊線の下北駅と 下北半島北端の大間崎を結ぶ鉄道として計画された大間線の先行開業区間として 昭和 14 年に開業 昭和 60 年に下北交通大畑線となり 平成 13 年に廃止された まや の梁組が居住部分とは異なっており まや が別棟であった時期の痕跡があることから 南部曲がり屋の成立過程の建物とされる むつ市大字関根字北川代 十和田市奥瀬字栃久保 80 近代日本を代表する農学者新渡戸稲造十和田市の祖父にあたるにあたる南部藩士新渡戸傳が生涯の目標とした大事業 大畑線キハ 85 動態保存会 2/ 青森県公式サイト ka/education/jubun_kenzoubutu_ 18.html 青森県近世以前の土木遺産 h 景観 生活様式 116/188

123 38 (h) 景観 生活様式等 39 (h) 景観 生活様式等 40 (h) 景観 生活様式等 41 (h) 景観 生活様式等 42 (h) 景観 生活様式等 43 (h) 景観 生活様式等 44 (h) 景観 生活様式等 45 (h) 景観 生活様式等 46 (h) 景観 生活様式等 47 (h) 景観 生活様式等 青森県 五所川原市旧平山家住宅 江戸時代中期に建てられた上層農家住宅で 津軽地方を代表する古民家である 地震の後に再建した建物のため 梁などに耐震性を高める工夫が見られる 内部も公開中 国指定重要文化財 青森県 五所川原市旧西沢家住宅 昭和初期に建築され 旅館として近年まで使われていた大規模木造家屋 良材を吟味した近代和風の佳品とされる 外見のみ公開 国登録有形文化財 ( 建築物 ) 青森県五所川原市 中泊町 津軽鉄道のストーブ列車 五所川原駅と津軽中里駅を結ぶ全町 20.7kmのローカル鉄道で 主に冬期間に運行される客車内の暖房に石炭焚きのダルマストーブを用いる ストーブ列車 は 地域の風物詩として人気が高い 青森県 五所川原市斜陽館 ( 旧津島家住宅 ) 津軽地方有数の大地主であった津島家の本邸で 主屋は木造二階建 伝統的町屋の形式を踏襲しつつ 店舗 階段室 応接室などは洋風の意匠 工法を導入 現在は太宰治記念館 斜陽館 として公開され 年間約 10 万人が訪れる 国指定重要文化財 青森県 五所川原市飯詰八幡宮本殿 江戸時代中期に再建された本殿は 小規模かつ素朴な造りながら各所の彫刻をはじめ優れた手法が示されている 県重宝に指定 青森県 黒石市 中町こみせ通り 中町周辺には規模の大きな町家が多く残り 前面に連続して庇を張り出した こみせ と呼ばれる通路を設ける 冬はこみせの柱の間に板戸や障子戸を落とし込み雪や風の吹き込みを避ける こみせが連続して並ぶ町並みは東北地方北部の他地域ではすでに失われ 極めて貴重である 重要伝統的建造物群保存地区 青森県 黒石市 高橋家住宅 黒石を代表する古商家建築で 屋根が低いため 与次郎組 という工法が用いられている 他にも吊り上げ式大戸 吹き抜け天井 出格子窓など 津軽地方の典型的大型商家の造りを持つ 現在も住居として利用されている 国指定重要文化財 青森県 黒石市 金平成園 ( 澤成園 ) 幕末から近代にかけて 津軽地方を風靡した大石武学流の独特の作風を良好に伝える優秀な庭園であるが 現在は未公開 国の史跡名勝天然記念物 青森県 黒石市 法眼寺本堂 方丈型本堂の古い形式が残されている 簡素な造りながら豪壮な構えの本堂 明和 3 年 (1766 年 ) の建造物 青森県の県重宝に指定されている 青森県 今別町 松陰くぐり 海岸の岩場に作られた海蝕洞を利用したトンネル かつて松前街道の難所で 嘉永 4 年 (1851 年 ) に吉田松陰が通ったことからこの名前で呼ばれる 平山家は代々湊村の肝入役を務め 津軽藩の広田組代官所の手代もつとめた家柄 主屋の建築は明和 6 年 (1769 年 ) で 表門は藩主から特に許されて天保元年 (1830 年 ) に建てられたもの 西沢家は旧小泊村に居住していた頃に北海道礼文島に鰊漁場を有し 財を得たといわれる 大正時代に旧金木町へ転入し 戦前まで漁業と農業を営んでいた 住宅の完成は昭和 11 年である ストーブ列車は昭和 5 年の津軽鉄道開業当初から運行されている 五所川原市湊字千鳥 五所川原市金木町朝日山 五所川原市 ~ 中泊町 県議会議員であった津島家 6 代目の源右五所川原市金木町衛門が邸宅として建設したも 太宰治 ( 津朝日山 島修治 ) は明治 42 年 6 月 19 日にこの家で誕生し 幼年期を過ごした家でもある 建築は堀江佐吉の4 男斉藤伊三郎による 創建は弘治元年 (1555 年 ) で その後荒廃するも承応元年 (1652 年 ) に再建され 宝永 2 年 (1705 年 ) 現在地へ移転 さらに宝暦元年 (1751 年 ) に再建されたものが現在の本殿である 黒石市街地の形成は 明暦 2 年 (1656 年 ) 津軽信英が弘前藩より黒石津軽家の創立を許され 陣屋をおいたことに始まる 陣屋の北側に武家地を その東側の浜街道沿いに中町等の商家町を配した 高橋家住宅は 代々理右衛門を名乗る黒石藩御用達の商家で 主に米穀を扱ったことから屋号を 米屋 という 米穀のほかに味噌や醤油 塩などの製造や販売などしてた 建材の建物は宝暦 13 年 (1763 年 ) 頃と推定される 明治 15 年に高橋亭山が作庭に着手したが 亭山は完成を待たずに死去したため 小幡亭樹を中心とした弟子が後を継ぎ明治 35 年に完成した 黄檗宗の寺院であり 延宝 7 年 (1679) 年の開基 現在の本堂は明和 3 年 (1766) 正月の大地震で破壊された後に 仮本堂として再建されたものである 吉田松陰は嘉永 4 年 (1851 年 ) から翌年にかけて北日本遊歴の旅をしている 広く各地の志士と交歓し 民情を視察し 特に津軽半島に出没する外国船に対する防備の有様を見る事を目的としていた 五所川原市飯詰字福泉 黒石市中町 浦町二丁目 甲徳兵衛町 横町 黒石市中町 38 黒石市大字内町 上町 黒石市山形町 82 今別町大字大泊 五所川原市公式サイト /21_kyoiku/syakyo/bunkazai/go/ hirayamake.html 五所川原市公式サイト /21_kyoiku/syakyo/bunkazai/nisi zawake.html 津軽鉄道公式サイト 五所川原市公式サイト /21_kyoiku/syakyo/bunkazai/kan agi/tusimake.html 五所川原市公式サイト /21_kyoiku/syakyo/bunkazai/go/ hatimangu.html 青森県公式サイト a/education/denken_02.html 黒石市公式サイト /Culture/Cul_10_bunkazai_kuni.ht ml 黒石市公式サイト /Culture/Cul_10_bunkazai_kuni.ht ml 青森県公式サイト ka/education/juho_kenzoubutu_1 9.html 今別町公式サイト ghtseeing/scenic/shoin.html ( 自治体 企業 NPO 含む ) 48 (h) 景観 生活様式等 49 (h) 景観 生活様式等 青森県 外ヶ浜町 階段国道 龍飛崎を通る国道 339 号は 岬下から灯台までが362 段の階段になっている この区間が階段国道と呼ばれ 日本唯一の国道風景として近年人気が出ている 青森県 外ヶ浜町 龍飛埼灯台 昭和 7 年に運転を開始した白亜円形の大型様式灯台 津軽半島先端の竜飛崎に立ち 対岸の北海道を見る事も出来る 日本の灯台 50 選選定 昭和 50 年に国道が指定される以前からの道で 現在は附近に車が迂回出来る道路が別に開通したものの 国道は階段であり続けている 昭和 7 年初点灯 無線標識業務や船舶気象通報業務も担い 国際航路である津軽海峡の海の安全を担ってきた 平成 18 年無人化 外ヶ浜町三厩龍浜 外ヶ浜町字三厩龍浜 外ヶ浜町公式サイト /k_spot.html 外ヶ浜町公式サイト /k_spot.html h 景観 生活様式 117/188

124 カテゴリー 県 市町村 地域資源名 資源の概要 歴史的価値 ストーリー 所在地 情報源 取材元 50 (h) 景観 深浦町大字深浦 生活様式 等 51 (h) 景観 生活様式等 52 (h) 景観 生活様式等 53 (h) 景観 生活様式等 54 (h) 景観 生活様式等 55 (h) 景観 生活様式等 青森県 深浦町 猿神鼻岩洞門 明治中頃に開通した道路トンネルで 岩場猿神鼻岩は猿の横顔に似ていることから に掘られた短い3 本のトンネルからなる 日本海中部地震で崩壊したが 公園とし 名づけられた大岩で 近世から深浦湊の象徴として信仰の対象とされてきた 洞門 て再整備され 現在も徒歩で通行出来る は明治 25 年から明治 39 年にかけて行われ た能代道改修工事の際に開通 青森県 深浦町 円覚寺薬師堂内厨子 構造形式や技法および意匠から室町時代前期の建造と見られる厨子で 青森県では最も古い建造物である 県指定重要文化財 青森県 深浦町 旧秋田屋旅館 ( 太宰の宿ふかうら文学館 )) 秋田街道に面して建てられた旧秋田屋旅館は現在改築され 太宰の宿ふかうら文学館 として かつてこの宿に宿泊した太宰をはじめ 深浦ゆかりの文人たちを紹介する施設として活用されている 青森県 西目屋村 広泰寺 不識塔 広泰寺は全国的にも類例が少ない煉瓦造り 洋風窓を持つ寺社建築である その近くに建つ不識塔は 明治 45 年に完成した高さ20.8mの煉瓦の塔で こちらも日本では類例のない不思議な外見をしている 村指定有形文化財 青森県 鶴田町 旧水元小学校校舎 ( 鶴田町歴史文化伝承館 ) 昭和 11 年に建築された旧水元小学校の総ヒバ造り木造 2 階建て校舎で 現在は鶴田町歴史文化伝承館として活用されている 町指定文化財 青森県 野辺地町 旧野村家住宅離れ 明治期に再建された切妻造鉄板葺の木造平屋建で 内部には田の字型に4 室を配し 庭に面した座敷には書院と地袋 天袋付き床脇のついた床の間がある 室境には近江八景の彫刻欄間を飾る良質な近代和風建築である 国指定重要文化財 円覚寺は 大同 2 年 (807 年 ) に坂上田村麻呂がこの地に観音堂を建立したことに始まるといわれる 秋田屋旅館に太宰治は 2 回宿泊している 1 度目は 津軽 執筆時 2 度目は生家へ疎開する移動中に家族で宿泊 広泰寺は 明治 44 年に西目屋村の実業家斎藤主が 米沢市の上杉謙信ゆかりの広泰寺を当地へ移して再建した 明治 45 年に完成した不識塔も斎藤主の手による物で 開拓記念と自身の埋葬地として建てた 明治 9 年創立 昭和 11 年に現在の校舎が建築された 平成 16 年閉校 NHK 大河ドラマ いのち のロケ地にも使われた 旧野村家住宅離れは 明治 9 年に明治天皇の行幸があるとの噂を耳にした豪商野村治三郎が建築し 同年と 14 年の 2 度の東北御巡幸で行在所として使用された 明治 23 年の野辺地大火で消失し 直後にほぼ昔のまま再建したと伝えられる 西津軽郡深浦町深浦字浜町 275 深浦町大字深浦字浜町 134 西目屋村川原平字大川添 89-3 他 鶴田町大字廻堰下桂井 6-3 野辺地町字野辺地 国土交通省サイト u/region/hurusato/part9/sub02. htm 青森県公式サイト ka/education/jubun_kenzoubutu_ 9.html 深浦町公式サイト ot/309.html 青森県観光情報サイト display_ html 鶴田町観光ウェブマガジン historymuseum.html 青森県公式サイト a/education/torokuyukei_78.html ( 自治体 企業 NPO 含む ) 56 (h) 景観 生活様式等 57 (h) 景観 生活様式等 58 (h) 景観 生活様式等 59 (h) 景観 生活様式等 60 (h) 景観 生活様式等 61 (h) 景観 生活様式等 青森県 野辺地町 野辺地八幡宮本殿 末社金 刀比羅宮本殿 八幡宮本殿は 慶長年間あるいは慶長 3 年 (1598 年 ) に勧請されたと伝えられる一間社の流れ造り 非公開 末社本殿は向拝柱の龍の彫刻をはじめ 各部の彫刻が優れている 公開されている 青森県の県重宝 青森県 野辺地町 野辺地鉄道防雪林 明治 26 年に東北本線の線路沿いに造成された わが国初の鉄道防雪林である 野辺地 ~ 小湊間に38ヶ所が造成されたが 野辺地駅周辺にあるものが代表的 東北地方では数少ない鉄道記念物に指定されている 青森県 七戸町 旧南部縦貫鉄道七戸駅跡と レールバス キハ10 保存車 野辺地と七戸を結んでいた南部縦貫鉄道は平成 14 年に廃止されたが 現役時代はレールバスと呼ばれる気動車キハ10が運行され 鉄道ファンによく知られた存在であった 現在も旧七戸駅構内で年二回の動態保存運転会が催されている 青森県 七戸町 青岩寺山門 山門は明治 6 年に旧七戸城の城門を移したもので 門の両側には新館八幡宮から移した仁王像が安置されている 七戸城の現存する唯一の構造物である 町指定文化財 青森県 七戸町 見町観音堂 江戸時代初期に建造された三間堂で 室 町後期の建築様式を部分的に留めてい る 青森県の県重宝 青森県 六ヶ所村 小川原湖とマテ小屋の景観 汽水湖である小川原湖の海への出入口である高瀬川に沿って立つ漁業用の小屋で 水中に大きな袋網を張り巡らして杭と杭との間に柴などを刺して魚を網に誘い入れるマテ漁のための施設である 末社金刀比羅宮本殿は 文政 5 年 (1822 年 ) に 野辺地湊役所支配頭の熊谷秀平と廻船問屋の仙台屋安田彦兵衛らが 海上安全を祈願して勧請寄進した 明治 24 年 9 月に日本鉄道 ( 現東北本線 ) が全通した 当時 国内鉄道の最北端にあたる当地方の冬季の列車運行は雪害のため困難であったが 林学者 本多静六博士の提唱により 明治 26 年から日本初の鉄道防雪林の造成が開始された 東北本線から離れていて交通不便であった七戸周辺の開発を目的に会社が設立され 昭和 37 年に千曳 ~ 七戸間開業 昭和 43 年に野辺地まで延伸 平成 9 年に休止され 平成 14 年に廃止となった 七戸城は中世の平山城で 城としては天正 20 年 (1592 年 ) に廃城となったが 近世は南部藩の直轄地として代官所が置かれた 国の史跡で 柏葉公園として整備されている 応永 3 年 (1396 年 ) の創建で 現在の建物は延宝 4 年 (1676 年 ) に再建されたものといわれる 七戸地方の観音信仰の中心地 マテ漁はこの地方に伝わる古くからの漁法で 菅江真澄も 尾駮のマテ小屋 を描いた 現在は廃れて行われていない 現存する小屋は平成 15 年に景観保存のため修復されたもの 野辺地町字笹館 12 野辺地町字上小中野 七戸町字笊田 七戸町字町 7 七戸町字見町 37-2 六ヶ所村大字倉内 青森県公式サイト ka/education/juho_kenzoubutu_3 0.html 野辺地町公式サイト /category/173/173.html?section =9 南部縦貫鉄道思い出のレールバス 七戸町商工会公式サイト /shichinohe/kanko/menu/0200_r ekisi_aoiwa.html 七戸町商工会公式サイト /shichinohe/kanko/menu/0100_ mimati.html 六ヶ所村公式サイト m/6,294,50,1,html h 景観 生活様式 118/188

125 62 (h) 景観 生活様式等 63 (h) 景観 生活様式等 64 (h) 景観 生活様式等 65 (h) 景観 生活様式等 66 (h) 景観 生活様式等 67 (h) 景観 生活様式等 青森県 風間浦村 大間線跡と下風呂アーチ橋 ( 大間鉄道アーチ橋メモリア ルロード ) 戦時中に建設され完成せずに放棄された国鉄大間線を象徴する大型の連続コンクリートアーチ橋梁で 平成 15 年に大間鉄道アーチ橋メモリアルロードとして270mが整備され 下風呂温泉郷の施設として蘇った 青森県 東通村 尻屋崎灯台 明治 9 年に東北地方初の洋式灯台として完成した 緑の草原に白亜の灯台が際立つ 煉瓦造りの灯台としては日本一の高さを誇る 青森県 東通村 寒立馬越冬放牧地の景観 下北の厳しい風雪に耐えて育った馬は寒立馬と呼ばれ 強靱な農耕馬として昔から評価が高い 尻屋崎付近は寒立馬の夏季放牧地となっている そして冬期は アタカ と呼ばれる越冬放牧地に移される 青森県の天然記念物 青森県 佐井村 福浦歌舞伎の里 福浦地区の 福浦の歌舞伎 は県無形民俗文化財に指定されており 昭和 63 年頃から 歌舞伎の里 づくりが進められている 地区内の施設 歌舞伎の館 には300 人収容の観劇スペースや これまで伝承されてきた貴重な道具等の展示コーナーがある 青森県 田子町 新田の水車とそばのむらお こし 新田地区では明治時代に作られた水車で 転作されたソバ粉をひき 新そば祭り でむらおこしを行っている 青森県 三戸町 佐瀧別邸 佐瀧別邸は大正 14 年に落成した 木造モルタル2 階建て望楼 3 階建ての洋風建築で 当時流行したドイツの住宅スタイルを基にしている 国の登録有形文化財 国鉄大畑線に続いて 昭和 14 年頃より大畑 ~ 大間崎を目指した鉄道工事が行われ 下風呂温泉付近までほぼ完成したが 昭和 18 年に戦況悪化のため工事中止となった 現在も数多くの橋やトンネルが残っている 尻屋崎は昔から難破岬と呼ばれ 遭難船の多い所として恐れられていた 明治に入り世界相手の貿易を行うため イギリス人の設計により 尻屋崎で焼いたレンガを用いて建てられた かつては野放馬という名前で藩政期から育てられていた 寒立馬は昭和 45 年からの呼称 平成 7 年には 9 頭まで減少していたが 現在は 40 頭ほどに回復している 福浦歌舞伎は上方の歌舞伎役者であった中村菊五郎が福浦に訪れた際 地元の人々に歌舞伎を教えたのが始まりとされており 漁師によって 100 年以上受け継がれてきた 全国的にも珍しい漁村歌舞伎である 新田地区の水車は江戸時代からあったとされ 何度となく修理し使ってきた 平成 11 年から 減反対策で栽培したそばと地域のシンボルとしての水車を活用して 水車そばまつり を開催している 佐瀧家は明治 19 年に雑貨屋として佐瀧本店を開業した 地元銀行の頭取も務める三戸の名士であった 風間浦村下風呂地内 東通村尻屋字尻屋崎 1-1 東通村尻屋 佐井村大字長後字福浦川目 70-1 田子町遠瀬新田向 三戸町八日町 49 地域活性化センター公式サイト gen/honpen/2.htm 青森県観光情報サイト ay_ html 下北ナビ 佐井村観光協会公式サイト ory/kabuki.html あおもり産品情報サイト aomori.jp/ranking/ /recommend2.phtml 青森県観光情報サイト ay_ html ( 自治体 企業 NPO 含む ) 68 (h) 景観 生活様式等 69 (h) 景観 生活様式等 70 (h) 景観 生活様式等 71 (h) 景観 生活様式等 青森県 三戸町 斗内稲荷神社本殿 奉納された棟札から明和 4 年 (1767 年 ) 以前に建築されたと見られる本殿は一間社流れ造り 覆屋の中にあるため保存状態が良い 青森県の県重宝 青森県 三戸町 旧三戸城表門および搦手門龍川寺の山門は三戸城の表門の1つと言 われる薬医門形式の門である また法泉 寺の山門は三戸城の搦手門の移設とい われる棟門形式の門である 町指定文化 財 青森県 三戸町 旧三戸代官所門 観福寺の山門は 江戸時代中期に三戸代官所から移されたものといわれる 総ケヤキ作り薬医門形式の門である 町指定文化財 青森県 五戸町 江渡家住宅 天明年間 (1781~1788) の建築といわれる大規模な寄せ棟造りのかやぶき屋根 現在も民家として使用されている ( 内部非公開 ) 国指定重要文化財 社地は三戸御給人栗谷川氏の屋敷跡で もとは栗谷川氏が祀ったものとされる 後に田屋集落の氏神として大切にされる 南部藩 28 代南部重直が寛永 10 年 (1633) に盛岡城を正式に居城と定め それまでの居城であった三戸城は 御古城 と呼ばれるようになった 貞亨年間 (1684~84 年 ) には城代が廃止され 三戸代官所が代わりに置かれた 延享 4 年 (1747 年 ) に三戸代官所が新築された記録があり このときに旧代官所の門が観福寺へ移築されたと考えられている 三戸町斗内字田屋ノ下 58 三戸町川守田 三戸町川守田横道 三戸町同心町字熊野林 建設当時 江渡家は八戸藩五戸代官所下五戸町荒町 17-1 役の給人であったと伝えられ 町の中心に営農を兼ねた広大な屋敷を構えたものである 青森県公式サイト ka/education/juho_kenzoubutu_1 0.html 三戸町公式サイト jp/sannohe-history/machibunkazai/machi-bunkazaipic.htm 三戸町公式サイト jp/sannohe-history/machibunkazai/machi-bunkazaipic.htm 青森県公式サイト a/education/jubun_kenzoubutu_1 9.html 72 (h) 景観 生活様式等 73 (h) 景観 生活様式等 青森県 五戸町 旧圓子家住宅 江戸時代末期に建築された武家の住宅で 玄関 式台 塀重門の関係を残している武士住宅は県内ではここのみ 青森県の県重宝 青森県 五戸町 寶福寺本堂 安政 6 年 (1859 年 ) に再建された本堂は 江戸末期の特徴をよく表し 天井は寄棟 造型化粧屋根裏という 珍しい構成であ る 青森県の県重宝 圓子氏は 九戸の乱 (1591 年 ) の後に当地に居を構え 南部藩直命の山奉行となったと伝えられている 寶福寺は明応元年 (1492 年 ) に禅寺として現在地に再開山された 嘉永 2 年 (1849 年 ) に火災にあい 安政 6 年 (1859 年 ) に再建されたのが現在の本堂である 五戸町大字倉石中市字中市 62-7 五戸町公式サイト p/kankou/annai/010.html 五戸町浅水浅水 42 五戸町公式サイト p/info/bunkazai.html h 景観 生活様式 119/188

126 カテゴリー 県 市町村 地域資源名 資源の概要 歴史的価値 ストーリー 所在地 情報源 取材元 74 (h) 景観 五戸町字野月 2 生活様式 等 75 (h) 景観 生活様式等 青森県 五戸町 五戸町消防団第一分団屯所大正 11 年に再建された 赤いドーム屋根付の望楼を持った二階建の洋風建築で 県南地方における消防屯所の代表的なデザイン 現在も五戸町消防団第一分団屯所として使用されている 青森県の県重宝 青森県 南部町 南部利康霊屋 南部利直が1632 年 ( 寛永 9) 年に四男利康の死を悼んで創建した霊屋 江戸時代初期の豪華絢爛なる桃山建築の様式がそのままに取り入れられ 華麗なること東北随一と賞される 国指定重要文化財 大正 2 年の大火で焼失した屯所と同じデザインで 大正 11 年に建て直された 昭和 15 年に購入した消防自動車を納めるため 表側が増築され現在の形となった 建築には全て最高級の木曾産の檜を用いている これは当時領内の鹿角郡に金山が発見され 南部家の財力が最も豊かな時であったことを示している 南部町大字小向字正寿寺 62-1 青森県公式サイト a/education/juho_kenzoubutu_36. html 南部町観光情報サイト l ( 自治体 企業 NPO 含む ) 76 (h) 景観 生活様式等 77 (h) 景観 生活様式等 78 (h) 景観 生活様式等 79 (h) 景観 生活様式等 青森県 南部町 南部利直霊屋 寛永 9 年 (1632 年 ) に江戸桜田邸で逝去した南部利直の霊屋で 室町時代末期の面影を残す江戸時代初期様式による典型的なものとされる 宝形造り 青森県の県重宝 青森県 南部町 田中家住宅 明治 23 年に建築された洋風の望楼を持つ住宅で 造り酒屋と洋風の消防屯所のイメージが融合した 和洋折衷の近代和風建築 国の登録有形文化財 青森県 南部町 村井家住宅 三戸駅の駅前通りに面して建つ 大正 12 年に完成した木造 2 階建モルタル仕上げの家屋 大正モダニズム時代の和洋折衷の優れた住宅 外見のみ見学可能 国の登録有形文化財 青森県 新郷村 木村家住宅主屋 江戸時代末期に建築された農家住宅で 伝統的な意匠を残し 山村景観を形成するものとして貴重 外見のみ公開 国の登録有形文化財 南部家当主 27 代南部利直は 寛永 9 年 (1632 年 ) に江戸桜田邸で逝去し 三戸聖寿寺 ( 現三光寺境内 ) に葬られた 田中家は 戦前は軍用馬を 100 頭以上育てていた山持ちの豪農であった 村井家住宅は 東京の遠藤氏により設計されたと伝えられ 大正 12 年秋に竣工した 関東大震災直後のため建材の入手に苦労し アメリカから船で運んだ建材も使用している 本住宅がある西越集落の民家は 平入りの直屋に茅葺きの寄棟造り屋根をかけ 棟を草で押さえた芝棟とするのが一般的で 特徴的な農村景観を保持している 南部町大字小向字正寿寺 60 南部町福田字間ノ原 5-1 南部町大向字泉山道 新郷村大字西越字日向 南部町観光情報サイト l 南部町観光情報サイト l 南部町公式サイト html 青森県公式サイト a/education/torokuyukei_76.html 80 (h) 景観 生活様式等 81 (h) 景観 生活様式等 82 (h) 景観 生活様式等 83 (h) 景観 生活様式等 84 (h) 景観 生活様式等 85 (h) 景観 生活様式等 岩手県 盛岡市 旧中村家住宅 ( 盛岡市中央公民館 ) 岩手県 盛岡市 岩手大学農学部旧本館 ( 岩手大学農学部農業教育 資料館 ) 岩手県 盛岡市 岩手銀行旧本店本館 ( 岩手銀行中ノ橋支店 ) 岩手県 盛岡市 旧第九十銀行本店本館 ( もりおか啄木 賢治青春館 ) 現在の母屋は文久元年 (1861 年 ) に造られたもので 江戸時代末期の特徴がよく残されている 増改築の多い商家が建築当初の形をとどめている例は珍しい 昭和 49 年に移築されて現在は公民館として利用 国指定重要文化財 大正初年に完成した旧本館は木造 2 階建て 入口にある門番所は明治 35 年の開校時の建造物とみられる 旧本館 門番とも改造が少なく わが国の学校建築の歴史を知る上で重要な建物 国指定重要文化財 東京駅などを設計した辰野金吾の設計による 煉瓦組地上 3 階の東北地方を代表する辰野式ルネサンス洋式銀行建築 現在も岩手銀行中ノ橋支店として利用 国指定重要文化財 日本の洋風建築遺構には数少ないロマネスク風の外観持つ煉瓦組地上 2 階の銀行建築 現在は市の もりおか啄木 賢治青春館 として利用されている 国指定重要文化財 岩手県 盛岡市 岩手県公会堂 昭和 2 年に竣工したコンクリート近代建築の初期の作例で アール デコ様式の意匠が随所に見られる 現在も会議室を主体とした施設として一般に利用されている 国指定重要文化財 岩手県 盛岡市 木津屋池野籐兵衛家住宅 天保 5 年 (1834 年 ) に建築された土蔵造りの商家店舗兼住宅で 防盗 防火 避難に注意が払った構造が随所に見られるのが特徴 当時の商家の面影を残す数少ない町家である 外見のみ公開 岩手県指定文化財 中村家は 糸屋 または 糸治 とよばれた城下町盛岡でも指折りの大きな商家で 呉服 古着などを主に商っていた その後 盛岡藩の特産である紫根染を一手に商うなどして繁盛した 盛岡市愛宕町 14-1 岩手大学農学部 ( 旧盛岡高等農林学校 ) 旧盛岡市上田三丁目本館は大正元年の竣工 設計は谷口鼎 18-8 明治期に設置された国立の専門学校の中心施設のうち 現存する数少ない遺構のひとつ 明治洋風建築界の雄 辰野金吾博士と盛岡出身の葛西萬司氏によって主宰された辰野 葛西建築事務所の設計 旧岩手銀行の本店として明治 44 年に完成 当時若き司法省技師であった盛岡出身の横浜勉の設計で 第九十銀行本店本館として 明治 43 年に竣工 公会堂は昭和天皇の御成婚を記念して建設が計画され 昭和 2 年に竣工した 設計は東京の日比谷公会堂や早稲田大学大隈講堂の設計で知られる佐藤功一博士 この付近は惣門といわれ 江戸時代は城下町の南の玄関口として 奥州街道沿いに盛岡の代表的な商人が店を構え 蔵が建ち並んでいた 盛岡市中ノ橋通一丁目 2 番 20 号 盛岡市中ノ橋通一丁目 1 番 25 号 盛岡市内丸 11-2 盛岡市南大通 2 丁目 3-20 盛岡市公式サイト kokyoshisetsu/kominkan/chuo/ html 盛岡市公式サイト moriokagaido/rekishi/bunkazai/k uni_shitei/ html 盛岡市公式サイト moriokagaido/rekishi/kenzobutsu / html 盛岡市公式サイト moriokagaido/rekishi/kenzobutsu / html 盛岡市公式サイト moriokagaido/rekishi/bunkazai/k uni_shitei/ html 盛岡市公式サイト moriokagaido/rekishi/bunkazai/k en_shitei/ html h 景観 生活様式 120/188

127 86 (h) 景観 生活様式等 87 (h) 景観 生活様式等 88 (h) 景観 生活様式等 89 (h) 景観 生活様式等 90 (h) 景観 生活様式 91 (h) 景観 生活様式等 92 (h) 景観 生活様式等 93 (h) 景観 生活様式等 94 (h) 景観 生活様式等 95 (h) 景観 生活様式等 96 (h) 景観 生活様式等 岩手県 盛岡市 旧渋民尋常小学校 ( 石川啄木記念館 ) 石川啄木が少年期に学び 後に 日本一の代用教員 を目指して教壇に立った学び舎 2 度の移転により変化はしているが 明治の木造校舎であり 県内最古の小学校建築とされる 盛岡市指定文化財 岩手県 盛岡市 彦御蔵 木造二階建ての豪壮な土蔵で江戸時代後期の建造とみられる 盛岡城の建造物として城内に残っている唯一の建造物である 一帯は岩手公園として整備されている 盛岡市指定文化財 岩手県 宮古市 盛合家主屋 江戸時代初期に建設されたと見られる豪商の居宅 木造平屋一部 2 階建 陸中沿岸に残る良質な住宅建築である 東日本大震災で浸水し復旧が進められている 国の登録有形文化財 岩手県 大船渡市 長安寺山門 江戸中期につくられた山門は総ケヤキ造りで高さ20mもあり 東北有数の規模を誇る 気仙匠と呼ばれた大工集団の技術を窺わせる建造物 岩手県大船渡市旧日頃市駅資料不足により情報収集不可 岩手県 花巻市 旧小原家住宅 岩手県の代表的な 曲り屋 のひとつ 江戸時代中期の建造とみられることから 曲り屋 発生の経緯を知るために貴重な建物とされる 国指定重要文化財 岩手県 花巻市 伊藤家住宅 曲が屋 と 直屋 が混在する藩境の集落に残る当時の 直屋 岩手県南地域の農家としては古い建物の一つ 国指定重要文化財 岩手県 花巻市 毘沙門堂 方三間 宝形造の寺社建築で 室町時代の特徴が見られる 岩手県内では数少ない中世の建物とみられる 国指定重要文化財 岩手県 花巻市 花巻電鉄デハ3 保存車 ( 材木町公園 ) 花巻駅に近い材木木町公園に静態保存されている デハ3 は 大正から昭和 47 年まで運転されていた花巻電鉄の唯一の保存車輌で 併用軌道で車とすれ違う必要があるため幅 1.6mという極端に細い車体を持つことから 馬面電車 の名前で親しまれていた 岩手県 花巻市 早池峰神社本殿 江戸時代初期に盛岡藩の祈願所として建てられた本殿は 石敷きの土間を持つ珍しい形式 仏教のお堂の形式の影響といわれている 県指定重要文化財 岩手県 花巻市 熊野神社本殿 坂上田村麻呂の蝦夷討伐成功に際して建立されたと伝わる古社 本殿の建造年は不明だが 随所に室町時代の建物の特徴を表す 花巻市指定文化財 旧渋民尋常小学校は1884 年 ( 明治 17 年 ) に旧渋民村に建設され 大正 2 年に渋民小学校松内分校として移転 その後昭和 38 年に廃校となった 昭和 43 年にさらに移設復元されて石川啄木記念館の施設として利用されている 盛岡城は慶長 2 年 (1597 年 ) に起工したと伝えられ 翌 3 年に豊臣秀吉の許可を得て本格的築城が始められた 不来方城とも呼ばれる 彦御蔵は場内施設のひとつとして建造された 盛合家は 津軽石川の鮭漁等で栄え 廻船業や酒造 質屋などを兼業し 盛岡藩の給人ともなった豪商である 山門 ( 楼門 ) は寛政 8 年 (1798 年 ) 竣工であるが 藩主伊達公との軋轢によって工事中止の命を受けた未完成の建造物である ( 現地案内板より ) 建て方からみて馬屋 ( 厩 ) の部分が小さいことから 曲り屋としては古いタイプであると考えられており 建設は江戸時代中期の宝暦年間 (1751~1764 年 ) ころと推測されている 所在地の田瀬地区は江戸時代の旧盛岡藩領の最南端にあたり 直屋 ( すごや ) と曲り屋が両方建てられていた地域である 18 世紀前半 (1701~1750 年 ) の建築と見られる 毘沙門堂は多くの貴重な仏像を奉るために建てられたお堂で 古くから地域の人々の信仰を集めている 建造年は不明だが 延宝元年 (1673 年 ) に修理された記録が残る 花巻電鉄は 花巻市街地と花巻温泉を結ぶ電車路線として大正初期に開業し その後支線網を広げ花巻地区の地方鉄道として地域の発展を支えた 戦後はバスとの競合から路線を次第に縮小し 昭和 47 年に全廃された 早池峰神社は平安時代の創起といわれ 江戸時代に盛岡藩が鎮山 祈願所として保護 本殿は藩主南部利直の命により慶長 15 年 (1610 年 ) から17 年 (1612 年 ) まで3 年間をかけて造営されたもの 熊野神社は 南部領寺社修験本末支配記 に坂上田村麻呂が建てたと記録されている 十二番角力式 ( 泣き相撲 ) と言われる奇祭が伝わっている 盛岡市玉山区渋民字渋民 9 盛岡市内丸 宮古市大字津軽石第 4 地割字大森 18 大船渡市日頃市町字長安寺 花巻市東和町谷内 花巻市東和町田瀬 花巻市東和町北成島 花巻市材木町 花巻市大迫町内川目 花巻市東和町北成島 5-1 盛岡市公式サイト moriokagaido/rekishi/bunkazai/s hi_shitei/ html 盛岡市公式サイト moriokagaido/rekishi/bunkazai/s hi_shitei/ html 文化庁国指定文化財等データベース 7%9B%9B%E5%90%88%E5%AE%B6% E4%BD%8F%E5%AE%85%E4%B8%B B%E5%B1%8B 大船渡市公式サイト www/contents/ /i ndex.html 花巻市公式サイト /bunkaka/bunkazai/ca/ca-1n t_kyuu-obarakejuutaku.htm 花巻市公式サイト /bunkaka/bunkazai/ca/ca-1n t_kyuu-itoukejuutaku.htm 花巻市公式サイト /bunkaka/bunkazai/ca/ca-1n t_bisyamondou.htm とうほく廃線紀行 ( 無明舎出版編 ) 花巻市公式サイト /bunkaka/bunkazai/ca/ca-2p o_hayachinejinjahonden.htm 花巻市観光協会サイト hp?p=115 ( 自治体 企業 NPO 含む ) 97 (h) 景観 生活様式等 岩手県 北上市 旧菅野家住宅 ( みちのく民俗村 ) 享保 13 年 (1728 年 ) 建築の 直屋 形式の古民家 岩手県内における建築年代の明らかな古民家では最も古い 現在は みちのく民俗村 内に移築復元 公開されている 国指定重要文化財 移設前の所在地は南部藩と境を接する口内町長洞で 伊達藩領内の典型的な直屋形式の民家である 菅野家は村役人の大胆煎を勤めたと伝わる 北上市立花 14 地割北上観光コンベンション協会サイト atid=74 h 景観 生活様式 121/188

128 98 (h) 景観 生活様式等 岩手県 北上市 多聞院伊澤家住宅 寄棟造 茅葺で 内部に道場と称する仏堂風の部屋を持っている 里修験の数少ない遺構で その活動の拠点となった仙人権現 ( 現在は久那斗神社 ) も現存していて貴重である 国指定重要文化財 多聞院伊澤家は里に住みついた修験で 江戸時代中期以降この地域で勢力をもっていた 北上市和賀町岩沢 9 地割 48 番地 北上観光コンベンション協会サイト ( 自治体 企業 NPO 含む ) 99 (h) 景観 生活様式等 100 (h) 景観 生活様式等 101 (h) 景観 生活様式等 岩手県 北上市 黒沢尻高等女学校旧校舎 ( みちのく民俗村民俗資料 館 ) 昭和初期の木造 2 階建 切妻屋根のドイツ風学校建築 構造は洋風の大正建築の名残をとどめ 旧女学校の数少ない現存校舎として貴重 岩手県 北上市 珊瑚橋 北上市街地と展勝地を結ぶ北上川に架かる 昭和 8 年に架設されたゲルバートラス形式の優美な鉄橋 名橋といわれる東京の両国橋や大阪の天満橋などと同じ構造で 夜間のライトアップも行われている 橋長 253m 岩手県 久慈市 諏訪神社本殿 拝殿 諏訪神社は九戸地方で最古級の木造建築物で 優れた彫刻がみられる また 江戸時代の 志度之海女図 ( しどのあまず ) など この地方の歴史を明かす一級資料が収められている 1927 年 ( 昭和 2 年 ) に建築された黒沢尻高等女学校旧校舎を 1978 年 ( 昭和 53 年 ) に現在地へ移築した 珊瑚橋は明治 41 年に立花村の高舘徳次郎が私財を投じて造った有料橋にはじまり 昭和 8 年に初めての永久橋として現在の橋が架設された 現在も国道 107 号として活躍している 建築の年代は拝殿が寛政 3 年 (1791 年 ) 本殿が安政 3 年 (1856 年 ) である 東回り航路の安全を祈願した多くの絵馬が奉納されている 北上市立花 14 地割 52 北上市立花 北上観光コンベンション協会サイト 東北の観光情報ポータルサイト /14463/ 久慈市長内町 きてきて久慈市 wajinzya.htm 102 (h) 景観 生活様式等 103 (h) 景観 生活様式等 104 (h) 景観 生活様式等 105 (h) 景観 生活様式等 106 (h) 景観 生活様式等 107 (h) 景観 生活様式等 108 (h) 景観 生活様式等 岩手県 久慈市 山根六郷 塩の道 の里 渓流沿いに板壁や萱葺きの民家が残る景観を活かし 伝統の暮らしや行事を伝承する活動や 粟など雑穀栽培が住民主体で進められており 桂の水車広場 では名産の野菜や郷土料理が振る舞われる 岩手県 遠野市 旧菊池家住宅 ( 伝承園 ) 江戸時代中期建築で最古級に属する南部曲がり屋 遠野地方のかつての農家の生活様式を再現し展示している伝承園に移設されて公開中 国指定重要文化財 岩手県 遠野市 千葉家住宅 ( 南部曲り家千 葉家 ) 江戸時代後期に建てられた 日本を代表する南部曲り屋 163 坪もある豪華なもので現在も生活が営まれている 一部公開中 国指定重要文化財 岩手県 遠野市 遠野ふるさと村 遠野の昔ながらの山里を再現した大規模な施設で 市内から移設された江戸中期から明治中期にかけて造られた茅葺屋根の曲り家 直屋をはじめ 小川に回る水車や 田畑 炭焼き小屋などが点在 映画やテレビの撮影にも多く利用されている 岩手県 遠野市 達曽部川橋梁 宮守川橋梁 ( めがね橋 ) 昭和 18 年に架設された国鉄釜石線の2 本のコンクリートアーチ橋で 宮沢賢治が作品 銀河鉄道の夜 のモデルにしたといわれる岩手軽便鉄道を継承していることや 山河に架された優雅な姿から 地域のシンボルとして愛されている 夜はライトアップも行われる 現役の橋である 土木学会の選奨土木遺産 岩手県 遠野市 山口の水車小屋 土淵町山口集落にある茅葺の水車小屋で 遠野の農村イメージを象徴する建物として観光地になっている 建築年代は不明 現在も使用している 岩手県 遠野市 荒神神社 青笹町の田んぼの中に立つ小さな茅葺き屋根のお堂で 権現様が祀られている 稲穂の成長を静かに見守る風景は遠野のシンボルの一つとなっている 山根六郷はかつて沿岸部と内陸部を結んでいた 塩の道 にあたり 伝統的な暮らしが営まれていた 建築当初は直屋で 築後早い時期に土間を拡張し その手前に馬屋を突出させて増築 曲屋形式に変えたことが判明している 曲がり屋の発生過程を知る上で貴重な建築である 斜面地に築かれた石垣上の平地に建つ大型の住居で 多い時には 25 名の人と 20 頭の馬がこの一軒の家で生活していた 村内にある こびるの家 は 上郷町の旧菊池善右エ門家を移築したもので 宝暦 12 年 (1762 年 ) の建築である 直屋形式で 当時この地方の直屋は 苗字帯刀を許された人の家であったという 現在は手作りの食の店として利用 達曽部川橋梁は 大正 4 年に架せられた岩手軽便鉄道の橋をそのままコンクリートで包み込む形でアーチ橋に仕立てるという 戦時中ならではの強引な形で建築している点に特徴がある 橋長 98m 宮守川橋梁は新規に建築された橋で 隣に岩手軽便鉄道時代の石造橋脚が残る 橋長 107m 現在も付近の人々の脱穀や製粉に利用されている 遠野遺産として市が認定している99ヶ所 ( 平成 22 年時点 ) の施設のひとつ 権現様が隣の地区にある権現様とケンカして 片耳をかじり取ったという言い伝えがある 遠野遺産として市が認定している施設のひとつ 久慈市山根町端神 遠野市土淵町土淵 6 地割 5 番地 1 遠野市綾織町上綾織 1-14 遠野市附馬牛町上附馬牛 岩手県遠野市宮守町 遠野市土淵町山口 遠野市青笹町中沢 にほんの里 100 選 d=29 重文民家 /htoh/iwphot/iwkikuti.htm 遠野市公式サイト ex.cfm/25,10386,122,144,html 遠野ふるさと村公式サイト 土木学会公式サイト tage/node/212 遠野市公式サイト ex.cfm/35,13258,162,379,html 遠野市公式サイト ex.cfm/35,13258,162,379,html h 景観 生活様式 122/188

129 109 (h) 景観 生活様式等 110 (h) 景観 生活様式等 111 (h) 景観 生活様式等 岩手県 遠野市 早池峯神社 遠野を見守る遠野三山の神霊を祀る神社で 萱葺きのお堂など境内の多くの建物が市指定文化財である また 周囲には古くからの信仰を物語る傾いた木の鳥居 ( 古参道 ) などがあり 旅情を誘う風景となっている 岩手県 遠野市 遠野荒川高原牧場 土淵 山口集落 岩手県 一関市 世嬉の一酒造場 ( 酒の民俗文化博物館 ) 柳田國男の 遠野物語 の舞台となった遠野の居住の在り方を表す景観地の代表例として 文化庁により重要文化的景観に指定されている 大正 7 年の建築で日本古来の土蔵建築に西洋式トラス組 ( クイーンズポスト ) の梁を入れたので 土蔵としては東北有数の規模を誇る 酒の民俗文化博物館として利用 公開中 国の登録有形文化財 早池峯神社は 遠野三山の神霊が祀られ遠野市附馬牛町上ており 大同元年 (806 年 ) 山頂に普賢坊附馬牛 19 地割 82 が一宮を建立したのが始まりと伝えられている 神輿洗いの神事が有名 荒川高原牧場は 遠野物語 の原点を成す 馬 馬産 に関する代表的な景勝地である また土淵山口集落は 遠野物語 の題材となる説話を柳田國男に語り伝えた佐々木喜善の生家や 居住地周辺の霊地など 説話の舞台となった場所が良好な環境のもとに継承されている 世嬉の一酒造場の仕込み蔵として大正 7 年に建造された 昭和 年には 2 度の大水害に冠水したが流失せず 現在も旧態を良く保っている 遠野市 一関市田村町 14 いわての旅 ail/03208/28.html 文化遺産オンライン il.do?heritageid= 文化遺産オンライン il.do?heritageid= ( 自治体 企業 NPO 含む ) 112 (h) 景観 生活様式等 113 (h) 景観 生活様式等 114 (h) 景観 生活様式等 115 (h) 景観 生活様式等 116 (h) 景観 生活様式等 117 (h) 景観 生活様式等 118 (h) 景観 生活様式等 119 (h) 景観 生活様式等 岩手県 一関市 横屋酒造造り蔵 佐藤家住 宅主屋 ( 酒のくら交流施設 ) 明治期に建造された豪壮な蔵と家屋 現在は 一関市千厩酒のくら交流施設 として利用されている 国の登録有形文化財 岩手県 一関市 長者滝橋 厳美渓の上流部に架かるコンクリートアーチ橋で 全国でも確認されているものが極めて少ない 竹筋コンクリート橋 である 現在も車道として利用 国の登録有形文化財 岩手県 一関市 旧専売局千厩葉煙草専売所標準設計に基づき明治中期に建設された 残存例が少ない煙草専売所の事務所建築 千厩の近代基幹産業の関連遺構である 国の登録有形文化財 岩手県 一関市 日本基督教団一関教会 昭和初期に建造された木造平屋建の教会建築で 聖堂正面右側に尖塔が建つ 街の景観に彩りを与える気品のある建築物 国の登録有形文化財 岩手県 一関市 宝持院山門 岩手県内最古級に属する山門 古くから石巻街道と気仙沼街道の分岐点である金沢宿のシンボルタワーとして 往来の旅人を見守ってきた 県指定文化財 岩手県 一関市 摺沢八幡神社本殿 摺沢地区の鎮守で集落を見下ろせる高台に鎮座する摺沢八幡神社の本殿は貞享 3 年 (1686) に建造された 江戸初期から中期に至る堅実な様式的手法の見られる遺構 県指定有形文化財 岩手県 一関市 一関本寺の農村景観 本寺地区は 中世平泉の荘園遺跡の諸要素が良好に遺存するとともに 近世 近代を通じて継続的に営まれてきた稲作 近代に始まった炭焼きなどの農林業を通じて岩手県南地方の農村の文化的景観を示す区域として 文化庁により重要文化的景観に指定されている 岩手県 一関市 山吹の棚田風景 大東町山吹地区の棚田は 標高 400mほどの山地に点在し 春になると至る所にヤマブキの黄色い花が咲き誇る 平成 11 年に農林水産省が指定した 日本の棚田百選 に日本最北端の指定地として指定された 佐藤家住宅主屋は明治 34 年 酒造蔵は明治 35 年に造られ 地酒 玉の春 を世に売り出した その後 西洋館 文庫蔵 酒造蔵などが昭和初期までに完成して現在の姿となった 昭和 14 年の架設 当時 欠乏しつつあった鉄にかわり 同じく引っ張り強度の高い竹を代用する研究が行われており その実例として架設された 戦争の記憶を留めた史跡でもある 日本政府は明治 31 年から葉タバコの専売を開始し その担当部署として前年 4 月に大蔵省が管轄する葉煙草専売所を全国に 61 箇所設置した この建物は明治 30 年の建設 建設は昭和 4 年で 設計者は宮古教会の羽生義三郎牧師である 宝持院は明応 4 年 (1393 年 ) 開山の古刹 山門は江戸中期の宝永 8(1711 年 ) に完成したもので 楼門様式の山門としては県内で最も古い例とされる 創建は前九年合戦の際 源頼義が八幡菩薩に戦勝を祈願して勝利を収め 社殿を建立したのが始まりとされとされる 一関市千厩町千厩字北方 一関市厳美町滝ノ上地内 一関市千厩町千厩字北方 一関市田村町 2-14 花泉町金沢字大柳 一関市大東町摺沢字八幡前 自然地形に沿って湾曲した水路や 北西一関市厳美町本寺より吹き付ける強い季節風から家屋を護るためにイグネと呼ぶ屋敷林が巡らされていることなど 本寺地区には散村的な農村景観が良好に保存されている 山吹地区は大住山の山腹に位置し 南に一関市大東町大原砂鉄川や今泉街道がある大原の中心部を山吹見下ろす この地域は古くから砂鉄を産し 近世には稲作の期間を避けて採取を行う事が申し合わされていた 千厩まちづくりサイト enokura.html 一関市公式サイト p/index.cfm/18,13144,87,230,htm l 文化遺産オンライン il.do?heritageid= 文化遺産オンライン il.do?heritageid= 一関市公式サイト p/index.cfm/6,4316,111,77,html 一関市公式サイト p/index.cfm/18,29837,162,447,ht ml 文化庁公式サイト /shoukai/keikan/bukken.html#02 社団法人農村環境整備センター /tanada/100selectmap/iwa te.html h 景観 生活様式 123/188

130 120 (h) 景観 生活様式等 岩手県 陸前高田市吉田家住宅 住民に 大庄屋 として親しまれてきた吉田家の住宅は 土蔵 味噌蔵 納屋と共に県の文化財に指定されていたが 東日本大震災の津波で流失 その後 梁など部材の大半が回収保管されている 吉田家は気仙郡 24カ村をまとめ 郡の行陸前高田市気仙町政を担った大肝入で 吉田家住宅主屋は享和 2(1802 年 ) 大肝入の執務場所として建てられ 幕府巡見使や仙台藩主の宿泊場所にもなった 岩手日報電子版 2011,12,24 記事 html ( 自治体 企業 NPO 含む ) 121 (h) 景観 生活様式等 岩手県 陸前高田市普門寺三重塔 三重塔は 文化 6 年 (1809 年 ) の建立と棟札から創建時期が明確で 本県に於ける塔婆建築としては他に実例がない唯一の遺構 高さ12.5m 県指定文化財 普門寺は 鎌倉時代の仁治 2 年 (1241 年 ) に開山され 室町時代後期の永正元年 (1504 年 ) に浜田城主千葉中務太輔宗綱の再興と伝える古刹 陸前高田市米崎町字地竹沢 いわての文化情報大事典 ss/bunkazai/detail/id/ (h) 景観 生活様式等 123 (h) 景観 生活様式等 124 (h) 景観 生活様式等 125 (h) 景観 生活様式等 126 (h) 景観 生活様式等 岩手県 釜石市 釜石鉱山橋野高炉跡 幕末に完成したわが国最古の洋式高炉跡 三基の高炉跡のほか 水車場跡や長屋跡 山神社跡なども確認されている 国の史跡であるとともに 経済産業省により近代化産業遺産 釜石市 遠野市の製鉄関連遺産 に認定されており 世界遺産登録を目指している 岩手県 釜石市 旧釜石鉱山事務所 釜石鉱山株式会社の旧事務所で コンクリート造り2 階建て 坑内作業員らが出入りした30mもある受付のカウンターなど 機能性を重視した造りと 玄関テラスなどの端正なモダニズムが同居する 東日本大震災により破損し公開停止中 国の有形登録文化財 岩手県 釜石市 釜石鉄道跡小川レンガ橋 梁 明治 13 年に開業した釜石鉄道の小川支線の跡に残る 2 本の煉瓦アーチ橋 現存するものではわが国最古級の鉄道橋である 市指定文化財であるとともに 経済産業省により近代化産業遺産 釜石市 遠野市の製鉄関連遺産 に認定されている 岩手県 二戸市 天台寺本堂 仁王門 本堂と仁王門は 盛岡藩主南部重直によって万治元年 (1658 年 ) に造営された 本堂は入母屋造の壮大な五間堂で 江戸時代前期の本格的な密教仏堂として 仁王門とともに 盛岡藩大工の技術水準を知る上でも貴重とされる 国指定重要文化財 岩手県 二戸市 黒沢治助商店 大正期に建築された木材商の大規模な店舗で 約 3060 平方メートルの敷地に町家形式の店舗と洋風意匠の倉庫が並び 後方に漆喰仕上げで力強い外観の主屋や蔵などが建つ 国の登録有形文化財 橋野高炉は 近代製鉄の父といわれる大島高任の技術指導により 安政 6 年 (1859 年 ) に完成した洋式高炉で 南部藩が経営した 釜石地域では 明治初期までに 7 か所 13 基の高炉が建設され 橋野は当時国内最大の鉄鉱山であった 日鉄鉱業株式会社が昭和 26 年に釜石鉱業所の事務所として建設 その後 子会社として引き継いだ釜石鉱山株式会社が平成 19 年まで使用した 現在は釜石市に寄贈されている 明治維新 官営によって近代化が進められた釜石鉱山では 釜石港と鉱山を結ぶ釜石鉄道を明治 9 年に着工し 同 13 年に完成した これはわが国の鉄道史上において 着工が 2 番目 開業でも 3 番目に古い 天台寺は 聖武天皇の勅願により行基が開創したと伝えられる古刹 古くから東北地方の代表的な観音霊場として栄え 桂清水観音 の名で知られる この地方を治めた南部氏は 中世 近世を通じて篤く信奉した 釜石市橋野町第 2 地割 15 釜石市甲子町第 1 地割 90 番地 2 釜石市甲子町第 14 地割 第 15 地割 二戸市浄法寺町御山字御山久保 黒沢家は大正から昭和にかけて木材商と二戸市福岡字中町 6 して栄えた 貴重な銘木を利用した住宅で他あり かつ大正期の建物が保存状態を保ったまま まとまっていることが評価されている 明治日本の産業革命遺産 maguchi/ky_iwate_01.html 文化遺産オンライン il.do?heritageid= 釜石市公式サイト /kyoudo/column/columntanbou2.html いわての文化情報大事典 ss/bunkazai/detail/id/50 文化遺産オンライン il.do?heritageid= (h) 景観 生活様式等 128 (h) 景観 生活様式等 129 (h) 景観 生活様式等 岩手県 二戸市 槻陰舎と稲荷文庫 槻陰舎は 吉田松陰の友人小倉健作と地元有志がつくった学問を学ぶ結社 会輔社 の教場となった茶室 稲荷文庫は文久 3 年 (1863 年 ) に設立された市内最古の図書館 いずれも呑香稲荷神社にある 市指定文化財 岩手県二戸市 青森県三戸町 青岩橋 昭和 10 年に架設された馬淵川に架かる県境の橋で 道路橋としては極めて珍しいトレッスル橋脚を有する 東北の大動脈国道 4 号として長く活躍し 現在も歩道として通行可 橋長 189m 土木学会の選奨土木遺産 岩手県 八幡平市 土沢の浄屋 浄屋は 講 といわれる信仰的な行事や寄り合いで集まる建物のこと 以前はこの地方の多くの集落にあったが 今はほとんどが失われた 市指定文化財 幕末 吉田松陰の後継者と目されていた小倉鯤堂が当地に身を寄せ 士族の青年をあつめて会輔社をつくった 2 千余冊の蔵書を備えた稲荷文庫と相まって青森 秋田方面からも多くの志ある若者が集い 当地は東北の鹿児島と称された 陸羽街道には明治 18 年に最初の青岩橋が架けられたが流失 永久橋として設計された本橋は昭和 10 年に架設され国道 4 号となった 昭和 45 年旧道化 現在 日本最長のトレッスル橋である 岩手山の お山かけ は男性の行事で 出発する 1 週間前から女性の入らない風呂で身を清め 白装束を着て浄屋にこもる 帰ってから再び浄屋に入り最後の禊をして解散した 二戸市福岡五日町 29 岩手県二戸市 ~ 青森県三戸町 西根寺田土沢地区内 二戸市商工会公式サイト /kankou/kunohejyou/rekisi.html 土木学会公式サイト tage/node/422 八幡平市鹿角街道 WEB h 景観 生活様式 124/188

131 カテゴリー 県 市町村 地域資源名 資源の概要 歴史的価値 ストーリー 所在地 情報源 取材元 岩手県 八幡平市 松尾鉱山松が丘アパート 八幡平市緑ヶ丘 跡 130 (h) 景観 生活様式等 131 (h) 景観 生活様式等 132 (h) 景観 生活様式等 133 (h) 景観 生活様式等 134 (h) 景観 生活様式等 昭和 30 年頃には約 1.3 万人が暮らした コンクリートの社宅群 松が丘アパート を中心とする鉱山都市が 閉山後標高 1000m の八幡平高原に廃墟となって残った 産業遺産であると同時に 廃墟ファンの心も掴み 全国から多くの観光客が訪れるようになった 岩手県 奥州市 徳水園の円筒分水 胆沢平野の重要な農業用水路である二つの堰に一定の水を分水するため 昭和 32 年に建築された円筒分水 周辺は両用水路開削の先覚者を顕彰する公園 徳水園 として整備されている 農業土木の遺産である 岩手県 奥州市 胆沢平野の散居集落風景 広大な胆沢扇状地には典型的な散居集落が展開しており 離れて建つ各屋敷の周囲に エグネ と呼ばれる防風林や エグネの下に薪を高く積み上げた キズマ など 独特の景観を有する 富山県の砺波平野 島根県の出雲平野と並んで 日本三大散居集落とされる 岩手県 奥州市 旧後藤家住宅 元禄年間 (1688~73 年 ) の建築と推定される直屋形式の農家建築 屋内は薄暗く 多くの柱が立ち並ぶなど 古い形態を留めている 現在地に移設のうえ展示されている 国指定重要文化財 岩手県 奥州市 太田家住宅 ( 太幸邸 ) 明治 1600 坪の広大な敷地に 主屋と炊き場 前座敷 土蔵 門 塀 庭園が配され 明治期富裕層の屋敷構成をよく残す 現住の家屋である 県指定有形文化財 松尾鉱山は 大正 3 年に本格操業を開始 最盛期の昭和 30 年頃には硫黄採掘量年間 100 万トンを誇る東洋一の大規模鉱山になった 約 1.3 万人が暮らす 雲上の楽園 と言われるほどの都市を形成したが 硫黄価格暴落により昭和 47 年閉山 茂井羅堰と寿安堰は 同じ胆沢川から取水しており 近接しているため 受益農民は 400 年もの間 血を流すほどの水争いを繰り返してきた これを解決するために 円筒分水が建設された 散居は たんぼや畑のなかに家屋がポツンポツンと離れて建つ集落で 日本の農村の原風景と考えられている 胆沢扇状地の場合 水が得られる場所や 火災の類を防ぐ社会的要因から散居の景観を示すものと考えられている 後藤家はこの地方の豪農であった 岩手県では曲家形式が一般的だが 当時この江刺地方は伊達藩に属していた為 その影響で直屋になったと考えられている 奥州市胆沢区若柳字上土橋 奥州市胆沢区 奥州市江刺区岩谷堂字向山 この住宅は明治 43 年 県内有数の資産家奥州市前沢町字七であった太田幸五郎によって 凶作などに日町より疲弊した地域の救済事業 ( いわゆる お助け普請 ) として建築されたとされる いわての文化情報大事典 kishi/kouzan/ 奥州市観光情報公式サイト nko/view.rbz?nd=400&ik=1&pnp= 397&pnp=400&cd=1586 奥州市観光情報公式サイト nko/view.rbz?nd=400&ik=1&pnp= 397&pnp=400&cd=1584 いわての旅 ail/03215/117.html 奥州市観光情報公式サイト nko/view.rbz?nd=401&ik=1&pnp= 397&pnp=401&cd=1566 ( 自治体 企業 NPO 含む ) 135 (h) 景観 生活様式等 136 (h) 景観 生活様式等 137 (h) 景観 生活様式等 138 (h) 景観 生活様式等 139 (h) 景観 生活様式 140 (h) 景観 生活様式等 岩手県 奥州市 正法寺本堂 庫裏 惣門 本堂は 仙台藩により江戸時代後期に再建されたもので 入母屋造 茅葺き 茅葺屋根は棟高約 26メートル 勾配 49 度 面積は720 坪で日本一とされる 庫裏は江戸時代後期の再建 惣門は寛文 5 年 (1665 年 ) 建立の四脚門で これらは国指定重要文化財 岩手県 奥州市 日高神社本殿 本殿は 寛永 9 年 (1632 年 ) に伊達氏の家臣で水沢館主であった留守宗利によって建立されたと伝えられる 三間社流造 岩手県下では江戸前期まで遡ることのできる数少ない神社本殿である 国指定重要文化財 岩手県 奥州市 旧高橋家住宅 明治期の素封家の豪華な屋敷で 明治 21 年に建てられた主屋は 当時の上流階級や文人たちに流行した 煎茶道 を主とする中国風の造りが特徴 高い装飾性と造形美が目を引く 国指定重要文化財 岩手県 奥州市 瑞山神社 ( 祖霊社 ) 日高神社境内にある瑞山神社祖霊舎は 寛永 15 年 (1638 年 ) に建造された留守伊達宗利の霊廟 入母屋造 こけら葺 妻入りの華麗な建築で 覆屋の中にある 県指定有形文化財 正法寺は 中世において曹洞宗第三の本山として東北地方における曹洞宗の中心的存在であったが 近世初期に幕府の政策により寺格を失った その後火災にも見舞われたが 仙台藩の庇護により徐々に再建された 日高神社は 大同元年 (806 年 ) 創建と伝える古社で 北斗星の本地 妙見菩薩を祀る宮として信仰を集め 古来 日高妙見 の名で親しまれた 高橋家は 第 3 代高橋萬右エ門が金融業などで財をなし これを元に屋敷の建設に着手 総工費は現在の価値に換算すると約 9 億 4300 万円に上るという 瑞山神社は留守氏代々の祖霊社である 元々は留守氏が高森に城を構えていた時 初代からの霊を祀り保栄堂と称していたが 寛永 6 年 (1629 年 ) に水沢を所領する事になり 現在地に遷座した 奥州市水沢区黒石町字正法寺 129 奥州市水沢区日高小路 奥州市水沢区字大畑小路 6 番地 奥州市水沢区日高小路 岩手県 奥州市 鎮守府八幡宮本殿 拝殿 資料不足により情報収集不可 奥州市水沢区佐倉河宮ノ内 11 岩手県 奥州市 後藤新平旧宅 ( 武家住宅 ) 江戸中期の武家住宅で 寄棟 茅葺きで 後藤新平は安政 4 年 (1857 年 ) にこの家で 奥州市水沢区吉小 江戸中期頃の下級武士の住宅の姿を今 生まれ 関東大震災後には内務大臣や帝 路 8-1 に残す 留守家の奥小姓であった後藤新 都復興院総裁として都市復興計画を立案 平の旧宅であり 現在の間取りは新平が したほか 鉄道院総裁や満鉄総裁などの 晩年になって改修したもの 県指定有形 要職についた 文化財 奥州市観光情報公式サイト nko/view.rbz?nd=401&ik=1&pnp= 397&pnp=401&cd=1558 いわての文化情報大事典 ss/bunkazai/detail/id/33 文化遺産オンライン il.do?heritageid= いわての文化情報大事典 ss/bunkazai/detail/id/35 いわての旅 ail/03215/191.html h 景観 生活様式 125/188

132 141 (h) 景観 生活様式等 142 (h) 景観 生活様式等 143 (h) 景観 生活様式等 144 (h) 景観 生活様式等 145 (h) 景観 生活様式等 146 (h) 景観 生活様式等 147 (h) 景観 生活様式等 岩手県 奥州市 武家屋敷資料館 水沢の代表的な武家屋敷で 屋敷の間口は16 間 奥行は30 間あり 東西をひば垣 正面の板塀とするなど 武家屋敷らしく凛々しいたたずまいを持つ 隣接して武家住宅資料センターがあり 地域の資料を展示 岩手県 奥州市 旧岩谷堂共立病院 ( 明治記念館 ) 明治 7 年に完成した擬洋風建築で 擬洋風建築の代表的なものに数えられる 木造 4 階建てで上部の楼閣と八角形の塔屋が特徴 現在は明治記念館として 主に医療や教育関係の資料を展示 県指定有形文化財 岩手県 雫石町 小岩井農場 小岩井農場には明治末期から昭和初期に建造された建築物が多くあり 現役で利用されているものも少なくない 明治 36 年建造の本部事務所や大正 5 年建造の四階倉庫 昭和 9 年建造の一号牛舎など 9 棟が国の登録有形文化財に指定されている 岩手県 雫石町 橋場駅跡 昭和 19 年以来 一度も列車が来ていない休止駅 既に線路も撤去されているが ホームやホームに登るための通路などが現存しており 哀愁を漂わせている 観光地ではなく駐車場もない 岩手県 岩手町 御堂観音 新通法寺正覚院が正式名だが 俗に 御堂観音 と呼ばれ地元に定着している 奥州街道に面して建ち 街道風景に情感を加える 町指定文化財 岩手県 岩手町 秋浦浄屋 古くから使われてきた浄屋で 幅三間 奥行き二間半 茅葺屋根の平屋 中央に炉が切られていて自炊 就寝するようになっている 現在も旧正月などに集まり 家内安全や豊作祈願が行なわれる 町指定文化財 岩手県 紫波町 平井邸 大正時代に建築された町屋建築で 原敬ゆかりの邸宅として知られる 原敬をもてなした44 畳の大広間など 贅を尽くした造り 毎月第 3 土曜日に一般公開 慶応 2 年 (1866 年 ) に記された 水沢家中奥州市水沢区吉小家並覚牒 によると この屋敷は 大番役 路 43 内田勘之丞のもので 禄高は96 石 2 升で家中代 2 位であった 明治 7 年の完成当初は岩谷堂共立病院で奥州市江刺区岩谷あったが 明治 21 年以降は裁判所 小学堂字向山校 女学校 農業試験場 町役場 市役所など様々な公共施設として利用された 小岩井農場は明治 24 年に創業された 西洋の大規模農場に範を取った近代農場として 事務所 倉庫 牛舎 サイロなどは西洋風の構造を採用している 中でも明治 40 年に建造された 1 号サイロは煉瓦製で 現存する日本最古のサイロである 橋場駅は大正 11 年に国鉄橋場線の終点駅として開業 昭和 19 年に不要不急路線として休止となる 戦後 橋場線は秋田県へ向け建設再開となるが その際は橋場駅を通らないルートとなり 駅は休止のままとなる 現在の田沢湖線である 境内には北上川の源泉である 弓弭の泉 が沸いており 源頼義 義家父子の伝説が伝えられている 清澄な泉である 岩手県岩手郡雫石町丸谷地 36-1 ほか 雫石町橋場 岩手町御堂第 3 地割 9 浄屋に集まっての講中は150 年ほど前か岩手町川口秋浦ら続けられ 毎月 8 日は8 日精進といってお篭りを行なった また5 月と11 月の23 日には 23 夜講を 年末には年越しを浄屋で行っていた 平井邸は 大正 12 年に衆議院議員を務めていた平井六右衛門が 当時の首相原敬を接待するために建てた邸宅である 紫波町日詰郡山駅 246 奥州市観光情報公式サイト nko/view.rbz?nd=402&ik=1&pnp= 397&pnp=402&cd=1548 いわての文化情報大事典 ss/bunkazai/detail/id/3 小岩井農場公式サイト hives/culture/ 廃線跡の記録 ( 三才ムック VOL.287) 岩手町公式サイト smap/midokannon/ 岩手町公式サイト fo/shiteibunkazai/ 岩手日報 /iwate/2010/06/post_ html ( 自治体 企業 NPO 含む ) 148 (h) 景観 生活様式等 149 (h) 景観 生活様式等 150 (h) 景観 生活様式等 151 (h) 景観 生活様式等 岩手県 紫波町 武田家住宅 明和 3 年 (1766 年 ) に建てられた上層農家建築で 典型的な南部曲がり屋の一つ 現住の家屋である 東日本大震災で土壁が破損したが 土壁プロジェクト により大勢の人の協力で修復された 町指定文化財 岩手県 紫波町 旧紫波郡役所 明治 32 年に建てられた洋風官衙建築 木 造 2 階で寄棟の建物 岩手県では数少な い現存する郡役所である 岩手県 西和賀町 鷲之巣金山跡 平泉藤原氏の黄金文化を支えた鉱山群の一つと伝えられる金山跡で 古代の金山の多くで坑口が隠されている中 岩盤に蜂の巣状に空けられた たぬき掘 と呼ばれる坑口跡を容易に見ることが出来る 武田家は藩政時代に山守 用水の管理 代々肝煎りを勤めた 母屋は明和 3 年 (1766 年 ) 厩は翌年に建築された 座敷の上手に立派な庭園を有し 家格の高い家構えを示す 旧紫波郡役所は明治 32 年に建てられ 大正 15 年まで郡役所として使用されていた 紫波町上松本境 89 紫波町日詰字西裏 23-1 金色堂に代表される平泉の黄金文化を 西和賀町鷲之巣約 100 年もの間支えたおびただしい量の金は 西和賀町内各地でも採掘され 秀衡街道を通じて平泉へと運ばれていたとされる 岩手県 金ヶ崎町 金ヶ崎町城内諏訪小路 金ヶ崎要害の武家町で 小路は鉤形や桝形 弓形など城下町特有の形態を示す 各屋敷はサワラヒバの生垣で区画され 内側にはエグネと呼ぶスギの屋敷林が植 近世初期 伊達氏の家臣大町氏が居した金ケ崎要害を取り囲むように 金ヶ崎の町割が行われた 北上川にそって武家地 南北に走る奥州街道の南北両端に足軽 えられている 生垣と屋敷林の合間から武屋敷 中央部に町人地が形成された 家屋敷の大きな屋根が見える景観は 当 地方の武家地の典型的な姿を良く伝え る 重要伝統的建造物群保存地区 金ヶ崎町 盛岡タイムス htm 岩手県の町並みと歴史建築 siwa/yakusyo.html 元気な西和賀どっとこむ 金ヶ崎町公式サイト e.jp/01town/04denken/frame.ht ml h 景観 生活様式 126/188

133 152 (h) 景観 生活様式等 153 (h) 景観 生活様式等 154 (h) 景観 生活様式等 155 (h) 景観 生活様式等 156 (h) 景観 生活様式等 157 (h) 景観 生活様式等 158 (h) 景観 生活様式 159 (h) 景観 生活様式等 160 (h) 景観 生活様式等 161 (h) 景観 生活様式等 162 (h) 景観 生活様式等 163 (h) 景観 生活様式等 岩手県 平泉町 中尊寺 世界文化遺産にも登録されている中尊寺には 数多くの文化財が所在および収蔵されている 建造物としては国宝である金色堂が第一である これは奥州藤原氏初代藤原清衡が天治元年 (1124 年 ) に建立したもので 平等院鳳凰堂と共に平安時代の浄土教建築の代表例とされる 国指定重要文化財は金色堂覆堂 中尊寺経堂などがある 岩手県 平泉町 白山神社能舞台 嘉永 6 年 (1853 年 ) に再建された現在の能舞台は 東西に長い入母屋造 茅葺で 西半を舞台 東半を楽屋とする 正統的かつ本格的な規模と形式の舞台をはじめ 橋掛 鏡の間 楽屋からなり 完備した構成の近世能舞台遺構として東日本唯一 国指定重要文化財 岩手県 平泉町 毛越寺 浄土庭園 毛越寺の庭園は 平安時代を代表する国内有数の浄土式庭園で 平安時代に書かれた日本最古の庭園書である作庭記に基づいて作られた学術的にも貴重な庭園である 境内は国の特別史跡 庭園は特別名勝に指定されている 岩手県 住田町 世田米の倉並風景 古くからの宿場町で人の往来が多く たびたび火災に見舞われてきた世田米には 財産を守るために建てられた土蔵群が町の裏手に点在している 岩手県 住田町 栗木鉄山跡 江戸時代から明治期に建造された建設時期の異なる複数の高炉や 製鉄関連施設 製鉄に基盤を置く小集落の遺構が 発掘調査などにより確認されている 県指定史跡 岩手県 住田町 満蔵寺 石門 楼門 山門が一直線に建っているのが特徴で 中でも気仙大工が腕をふるって造った豪壮な山門が目をひく 本堂は江戸末期の様式を有する 岩手県岩泉町雄鹿戸隧道資料不足により情報収集不可 岩手県 田野畑村 机浜番屋群の景観 番屋は 漁具の収納やワカメの乾燥作業などに使われた小型の木像倉庫で 海岸線に多くが立ち並ぶ景観は地域のシンボルであった 平成 18 年水産庁の 未来に残したい漁業漁村歴史文化財百選 選出 東日本大震災の津波で流失し 復活プロジェクトが進行中 岩手県 軽米町 玉川鉄山跡 遺跡は極めて大規模なものであり その 全貌は明らかにはなっていないが 高殿 の製鉄炉跡 ( 基部のみ遺存 ) フイゴ座 湯溜跡等が発見されている 本県の製鉄 発展を伺い知る貴重な遺跡 県指定史 跡 岩手県 一戸町 旧朴舘家住宅 奥州街道沿いの山間部に所在する江戸 時代末期に建てられた大型民家で 接客 空間が充実するなど南部藩領における上 層民家の特徴をよく示す 寄棟造り萱葺 き 国指定重要文化財 岩手県 一戸町 西方寺毘沙門堂本堂 江戸時代初期に建造された本堂は3 間堂 で 県北部では天台寺につぐ古い建物とし て知られる 県指定有形文化財 宮城県 仙台市青葉区 大崎八幡宮本殿 長床 本殿は権現造り 桃山様式の建築物で 総漆塗り 極彩色 飾金具など 極めて豪華な意匠が良く残されており 国宝に指定されている また 長床は貞享 3 年 (1686) 以前の建築で国指定重要文化財である 中尊寺は 天台宗東北大本山の寺院で 平泉町平泉衣関 20 寺伝では円仁の開山とされるが 12 世紀 2 初頭に藤原清衡が建立した 多宝寺 が実質的な開基と考えられる 奥州藤原氏三代ゆかりの寺として著名であり 平安時代の美術 工芸 建築の粋を集めた金色堂を始め 多くの文化財を有する 白山神社は中尊寺鎮守のひとつで 境内平泉町平泉衣関 17 の北方にある 白山神社の神事能は 中 3 尊寺一山の僧侶が伝習して今日まで連綿と行われている 現存する能舞台は 嘉永 2 年 (1849 年 ) の焼失後 同 6 年に竣工したもの 毛越寺は 吾妻鏡 によると 慈覚大師円仁が開山し 主に藤原氏二代基衡 三代秀衡が再興した なお 同寺は中尊寺とともに 平泉 仏国土 ( 浄土 ) を表す建築 庭園及び考古学的遺跡群 の一部として世界文化遺産に登録されている 伊達藩 120 余の宿場町の中でも 世田米は盛街道の主要な駅として大変賑わった 江戸時代末期の慶応 3 年 (1867 年 ) 伊達藩士の三浦乾也は藩の命により洋式高炉を築いた 明治時代は官営となって 南部鉄器の原料を水沢 羽田に運んだ 大正 11 年閉山 住田町は気仙大工の発祥の地といわれる 山門は元治元年 (1864 年 ) に気仙大区の松田大五郎が棟梁で建てた三間一戸の楼門である 田野畑の沿岸は魚類やアワビなどの好漁場で 机浜番屋群は昭和 8 年の三陸大津波の後に建てられた 25 棟で構成されていた震災の津波で全棟が流失してしまったため 番屋 22 棟を再建する計画である 玉川鉄山は江戸時代後期に 大野六カ鉄山 として知られる八戸藩の鉄山の一つ 昭和 60 年からの発掘調査によって たたらの高殿 ( 吹屋 ) 等が検出され 製鉄の遺構が初めて明らかにされ ここが史実の玉川鉄山であることが確認された 朴舘家の由来や歴史は定かではないが 大正頃までは山林 500 町歩 田畑 20 町歩もある大名主であったといわれ 常時 10 人前後の人が働き 大家族制に対応した大型住宅であった 西方寺毘沙門堂は 大同 2 年 (807 年 ) 坂上田村麻呂の建立と伝えられる 現在のお堂は寛文 3 年 (1663 年 ) に建立された 大崎八幡宮は慶長 12 年 (1607 年 ) に伊達政宗によって造営された 現在まで存続している本殿は 国内でも有数の格式と古式を持つものである 中尊寺公式サイト culturalassets/ 文化遺産オンライン il.do?heritageid= 平泉町平泉大沢 58 毛越寺公式サイト 住田町世田米 住田町世田米字子飼沢 住田町世田米本町 29 田野畑村机 軽米町小軽米町 一戸町小鳥谷字朴舘 20 番地 1 一戸町西法寺字西法寺 仙台市青葉区八幡 住田町公式サイト kanko/shiseki/siseki02.html#no1 4 住田町商工会公式サイト 住田町商工会公式サイト 田野畑村公式サイト banya/ いわての文化情報大事典 ss/bunkazai/detail/id/189 文化遺産オンライン il.do?heritageid= 一戸町公式サイト p/goshono/siteiitiran/saihoji/sai houji.htm 大崎八幡宮公式サイト ( 自治体 企業 NPO 含む ) h 景観 生活様式 127/188

134 164 (h) 景観 生活様式等 165 (h) 景観 生活様式等 166 (h) 景観 生活様式等 167 (h) 景観 生活様式等 168 (h) 景観 生活様式等 169 (h) 景観 生活様式等 170 (h) 景観 生活様式等 171 (h) 景観 生活様式等 172 (h) 景観 生活様式等 173 (h) 景観 生活様式等 宮城県 宮城県 宮城県 宮城県 宮城県 宮城県 宮城県 宮城県 宮城県 宮城県 仙台市青葉区 仙台市青葉区 仙台市青葉区 仙台市青葉区 仙台市青葉区 仙台市青葉区 仙台市青葉区 仙台市青葉区 仙台市青葉区 仙台市宮城野区 東照宮鳥居 随身門 本殿 唐門ほか 三居沢発電所 旧仙台城門 ( 宮城県知事公館正門 ) 旧万寿院殿霊屋門 ( 大願寺山門 ) 庄子屋醤油店店舗及び住宅 旧石垣家住宅 瑞鳳殿 ( 経ヶ峯伊達家墓所 ) 霊屋橋 大橋 ( 仙台橋 ) 旧仙台城板倉 本殿は入母屋造銅瓦葺きで 工芸の粋を結集した極めて華麗な建造物である また石鳥居は伊達忠宗公が承応 3 年 (1654 年 ) に奉納したものである これらに加え 随身門 唐門と透塀などが 国指定重要文化財 明治 41 年に竣工した水車発電機室は木造平屋建 下見板貼の建屋で 寄棟屋根の中央部を一段高く上げた切妻屋根と平の面の全面明り取り窓が特徴 国内有数の歴史を誇る発電所建築 国の登録有形文化財 宮城県知事公館の正門は 仙台城の寅の門を大正時代にに旧日本陸軍第二師団長官舎の正門として移築したものといわれる 切妻造本瓦葺の四脚門である 県指定文化財 大願寺山門は 江戸時代前期に建築された 一間一戸 本瓦葺の向唐門である 仙台市指定文化財 昭和前期に建てられた店舗住宅で 木造 2 階建 切妻造の店舗の背後に 平屋建 寄棟造の住居部が付く 仙台旧市街でも多くみられたセガイ造りの商家建築の型式である 国の登録有形文化財 19 世紀初期に建てられたと推定されている農家建築で 萱葺の直屋造り 屋根上部に煙り出しが付いているのが特徴 大倉ふるさとセンターに移築保存されている 市指定文化財 経ケ峯にある伊達家の霊廟で 瑞鳳殿 ( 藩祖政宗廟 ) 感仙殿( 二代忠宗廟 ) 善応殿 ( 三代綱宗廟 ) などからなる 国宝であった瑞鳳殿をはじめ昭和 20 年の仙台空襲で焼失したが 廟墓としての姿はなおよく保持されており 石段 石垣 土塁など優れた土木技術が見られる 仙台市指定史跡 昭和 10 年に完成した わが国では最初期に属する鉄筋コンクリート造りアーチ橋 瑞鳳殿そばの広瀬川に架かる 橋長 65.2 m 現在も車道として使われている 昭和 13 年に完成した鉄筋コンクリートのアーチ橋で 仙台城下と仙台城を結ぶ位置に架かる 近世以前から大橋と呼ばれ 何度も架け替えられたがこの名は受け継がれてきた 仙台市を代表する橋である もとは仙台城内にあった板倉を移築したもので 江戸時代後期を降らない建築 仙台城関係の数少ない遺構の一つとして貴重である 未公開 県指定有形文化財 伊達忠宗の願い出により 慶安 2 年 (1649 年 )8 月から工事をはじめ 承応 3 年 (1654 年 ) に完成した 以来 伊達家の守護神として祀られ 仙台藩の手厚い保護を受けた 明治 21 年 三居沢にあった宮城紡績会社が 日本で最初の水力発電による電灯の灯りを点した その後公営の電力事業に移り 現在は東北電力のもとで最大出力 1000kW の運転を続けている 仙台城は青葉城とも呼ばれ 慶長 6 年 (1601 年 ) に伊達政宗が築造してから 明治 3 年の廃城まで約 270 年に渡り伊達氏代々の居城であり 仙台藩の政庁であった 国の史跡 もとは仙台藩四代伊達綱村夫人 仙姫こと萬寿院の廟の霊屋門として 宝永 6 年 (1706 年 ) 頃までに建てられたと考えらている 庄子屋醤油店は仙台味噌醸造元で 昭和 11 年に現在の店舗を建築した 石垣家は幕末期には村肝入を 明治には郷六 愛子地域の初代戸長をした名家の家柄 仙台藩初代藩主 伊達政宗は 生前に自らの遺骸を仙台城下町南西縁にある経ケ峯に葬ることを遺言し 1636 年 ( 寛永 13 年 ) に没した 2 代藩主忠宗は遺言に従い 翌年 経ケ峯の東の峰に正面が仙台城本丸を向くように霊屋を建立して 瑞鳳殿 と命名した 明治初年に最初の木橋 ( 有料 ) がかけられた 以来数度架け替えがあり 大正 4 年に越路橋から霊屋橋と名を改めた 現在の橋は昭和 10 年に初の永久橋として架設された 仙台城下建設とともに慶長 6 年 (1601 年 ) 大手門と城下を結ぶ仙台橋 ( 大橋 ) が架けられた この橋は元和 3 年 (1617 年 ) に流出するが 大正時代に下流で発掘され 仙台市指定文化財として保存されている 仙台市青葉区東照宮一丁目 6-1 仙台市荒巻字三居沢 16 仙台市青葉区広瀬町 5-43 仙台市青葉区新坂町 7-1 仙台市青葉区八幡町 仙台市青葉区大倉字若林 14-2 仙台市青葉区霊屋下 135 ほか 仙台市青葉区霊屋下 仙台市青葉区桜ケ岡公園 明治初年に大宮家が払下げを受けて自邸仙台市宮城野区岩に移築したものを 昭和 3 年に日野氏がこ切れを買受け 現在地に再移築して穀倉として利用してきた 宮城の旅 ushouguu/ 産業技術遺産探訪 ken/tanken2003/sankyozawa/sa nkyozawa.htm 仙台市公式サイト /bunkazai/database/c html 仙台市公式サイト /bunkazai/database/c html 文化遺産オンライン il.do?heritageid= 大倉ふるさとセンター ent/index.html 仙台市公式サイト /bunkazai/database/k html 新 仙台の魅力発見 12 の散策コース ourse04/page01.htm 土木学会橋梁史年表 xname=h_bridge&max=20&sort=fi eld%3asubject%3aascending&que ry=%c2%e7%b6%b6+and+%b9%ad %C0%A5%C0%EE 宮城県公式サイト ei/20itagura.html ( 自治体 企業 NPO 含む ) 174 (h) 景観 生活様式等 宮城県 仙台市宮城野区 旧第四連隊兵舎 ( 仙台市歴史民俗資料館 ) 明治 7 年に建築された 宮城県内に現存する最古の洋風建築 木造 2 階建て 寄棟 瓦葺で外壁は白漆喰の大壁 和洋折衷 仙台市歴史民俗資料館として活用 市指定有形文化財 明治 7 年に帝国陸軍第四連隊兵舎として建築され 戦後は米軍の駐留地 東北管区警察学校と変遷し 昭和 52 年に建築当初の姿に復元して現在地に移築した 仙台市宮城野区五輪 1 丁目 3 7 仙台市公式サイト /bunkazai/database/c html h 景観 生活様式 128/188

135 175 (h) 景観 生活様式等 176 (h) 景観 生活様式等 177 (h) 景観 生活様式等 178 (h) 景観 生活様式等 179 (h) 景観 生活様式等 180 (h) 景観 生活様式等 宮城県 宮城県 宮城県 宮城県 宮城県 宮城県 仙台市若林区 仙台市若林区 仙台市若林区 仙台市若林区 仙台市太白区 仙台市太白区 陸奥国分寺薬師堂 白山神社本殿 泰心院山門 ( 旧仙台藩藩校養賢堂正門 ) 門間箪笥店指物工房 塗り工房 板倉 落合観音堂 慶長 12 年 (1607 年 ) に完成した方 5 間の薬師堂は 簡潔 雄勁な構成美がみられる 内部には宮殿形の厨子が安置され 厨子は巧緻で豊かな装飾により燦然たる光彩を放つ 大崎八幡宮社殿とともに 仙台市における桃山建築の双璧である 県指定重要文化財 寛永 17 年 (1640 年 ) に2 代藩主伊達忠宗が再建した 一間社流造 こけら葺の本殿は 破風板の流麗な曲線や古雅な懸魚の美しさに江戸時代初期の優れた手法が見られる 県指定有形文化財 泰心院の山門は もと仙台藩藩校養賢堂の正門であったものを 現在地に移築したものである 文化 14 年 (1817 年 ) 建造 一間一戸 棧瓦葺 切妻造の四脚門である 講堂などは昭和 20 年の戦災で焼失したため この門が養賢堂の唯一の遺構である 市指定文化財 門間箪笥店は仙台市街にある老舗箪笥店で 昭和初期に建造された木造の指物工房や塗り工房をはじめ 店舗 板倉などが 街の古い景観を保つものとして 国の登録有形文化財 寛永 4 年 (1627 年 ) に完成した本殿は 素木造で屋根は入母屋造 茅葺 江戸時代初期の建築様式を良く残している 県指定文化財 小滝沢橋昭和 14 年に建造された橋長 20.8m 幅 4. 5m の石造アーチ橋 谷川に架かるアーチは四季折々の風景にとても映え 旧道となった現在も多くの人が訪れている 眼鏡橋とも呼ばれている 市指定文化財 陸奥国分寺は 聖武天皇の発願によって建立された全国の国分寺の一つで 奈良時代の 740 年代頃に創建 室町時代には衰微したが 伊達政宗により再興された 薬師堂は 政宗が泉州の工匠 駿河守宗次等を招いて再建したもの 白山神社は陸奥国分寺創建時に守護神として祀られたと伝える神社である 後に国分氏の氏神として再興され さらに伊達家に引き続き深く尊崇された 仙台藩藩校養賢堂は元文元年 (1736 年 ) に 5 代藩主 伊達吉村が藩の子弟を教育するために開設 幕末には額兵隊の宿舎としても使用された また明治新政府に接収され 宮城県庁として使われたこともある 門間箪笥店は明治 4 年に仙台藩の御用職人であった門間民三郎によって創業された 仙台箪笥の老舗である 落合観音堂は はじめ太白区袋原にあったが 寛永 4 年 (1627 年 ) に伊達政宗が落合に移し さらに昭和 26 年に現在地に移転した 本尊は観世音菩薩で慈覚大師の作といわれる 材料には 近くから採掘された秋保地方の優良な凝灰岩が使用されている 設計者は地元の佐藤清一で 地域が一丸となって建設したエピソードが伝わっている 仙台市若林区木ノ下 3 丁目 8 1 仙台市若林区木ノ下 3 丁目 9-1 仙台市若林区南鍛冶町 100 仙台市若林区南鍛冶町 143 仙台市太白区四郎丸字落合 60 仙台市太白区秋保町馬場字駅 宮城県公式サイト ei/08kokubunji.html 宮城県公式サイト ei/03hakusan.html 仙台市公式サイト /bunkazai/database/c html 文化遺産オンライン il.do?heritageid= 仙台市公式サイト /bunkazai/database/c html 仙台市公式サイト /bunkazai/database/c html ( 自治体 企業 NPO 含む ) 181 (h) 景観 生活様式等 182 (h) 景観 生活様式等 183 (h) 景観 生活様式等 184 (h) 景観 生活様式等 185 (h) 景観 生活様式等 宮城県 仙台市泉区賀茂神社本殿 隣り合う下賀茂神社と上加茂神社の2 棟からなる 元禄 9 年 (1696 年 ) に建築された本殿はいずれも一間社流造り 朱塗りである 県指定文化財 宮城県 石巻市 齊藤氏庭園 ( 宝ヶ峯縄文記念館 ) 近代の庭園で 丘陵を背に建物を中心に置き周囲に平庭 園池を配す 斜面には岩窟があり ここから生じる湧泉を水源として使うなど 近代の庭園のうちでも特色あるものとして価値が高い 宝ヶ峯縄文記念館として公開されている 県指定名勝および県指定文化財 宮城県 石巻市 旧相川診療所 昭和 36 年に建造された木造平屋一部 2 階建の診療所で 同型の休憩所をL 字に接続する 病院のへき地出張所としての形態を伝える 現在は みなし仮設住宅 として利用 国の登録有形文化財 宮城県 石巻市 旧石巻ハリストス正教会教 会堂 ( 聖使徒イオアン聖堂 ) 宮城県 石巻市 慶長使節船サン ファン バウティスタ復元船 ( 宮城県慶長使節船ミュージアム ) ギリシャ正教会の教会堂として明治 13 年に建設されたビザンチン風の教会建築 現存する木造教会堂建築としては日本最古級とされる 東日本大震災の津波で2 階まで浸水し 流失は免れたが現在復旧作業中 伊達政宗が江戸時代初頭に建造した日本初の日本製西洋型軍船を 当時の寸法図をもとに平成 4 年に復元したもの 現在はテーマパーク 宮城県慶長使節船ミュージアム に係留 展示されている 賀茂神社本殿は 仙台藩 4 代藩主綱村が塩竃神社を改築する際に 境内にあった糾の宮を現在地に移したものとされる 近代における東北三大地主として知られる齋藤氏の第 9 代当主善右衛門有成により 明治後期につくられた庭園である 人口減少に伴う患者の減少などで平成 20 年に診療所の役目を終えた 東日本大震災の津波被害を免れ 住宅用に改装され民間の みなし仮設住宅 として活用されている 明治 13 年に石巻市千石町に 聖使徒イオアン聖堂 として建設された 昭和 53 年に宮城県沖地震に被災し 現在地に移築復元された 仙台市泉区古内字糺 1 石巻市前谷地黒沢 73 石巻市石巻市北上町十三 サン ファン バウティスタ号は 伊達政宗石巻市渡波大森 30 が江戸時代初頭に建造したガレオン船 2 で 仙台領内に滞在していたスペイン人提督セバスティアン ビスカイノに協力させて建造した 支倉常長ら慶長遣欧使節が使用した 仙台市公式サイト /bunkazai/database/c html 宮城県公式サイト ei/saitousiteien.html 文化遺産オンライン il.do?heritageid= 石巻市中瀬 3 番 18 号仙台宮城観光キャンペーン推進協議会 ht_pps/d_tourist.php?id= 宮城県慶長使節船ミュージアム h 景観 生活様式 129/188

136 186 (h) 景観 生活様式等 187 (h) 景観 生活様式等 宮城県 石巻市 石井閘門 北上川と野蒜築港を結ぶ北上運河の入り口に設けられた 日本最古の単純合掌扉を持つ煉瓦 石造り閘門 明治 13 年完成 現在も北上運河の閘門として使用されている 国指定重要文化財 宮城県 気仙沼市 煙雲館庭園 江戸時代初期の寛文年間 (1661~73 年 ) に仙台藩茶道頭石州流二代目清水動閑が作庭したとされる回遊式池泉庭園で 岩井崎と大島を借景とし 岩出山の有備館庭園と並び称される 市指定文化財 明治 11 年起工 13 年完成 閘門名は当時の土木局長石井省一郎にちなむ 明治初期の国家的土木事業であった野蒜築港計画の重要なマイルストーンであったが 築港自体はその後失敗した 仙台藩伊達家御一家筆頭鮎貝家の庭園 鮎貝家は明治の国文学者で歌人の落合直文 実弟で朝鮮民俗学者でもある鮎貝房之進 ( 槐園 ) の生家である 石巻市水押三丁目 6 貞山運河事典 s/spot.aspx 気仙沼市松崎片浜 197 気仙沼市公式サイト www/contents/ / ( 自治体 企業 NPO 含む ) 188 (h) 景観 生活様式等 189 (h) 景観 生活様式等 190 (h) 景観 生活様式等 191 (h) 景観 生活様式等 192 (h) 景観 生活様式等 193 (h) 景観 生活様式等 宮城県 気仙沼市 角星店舗 昭和 5 年に建築された酒造店の蔵店舗であったが 東日本大震災で店舗は流失した 背後の旧酒造工場は流失を免れている 国の登録有形文化財 宮城県 気仙沼市 小野寺家住宅主屋 小家 板倉 主屋は明治 38 年頃に建築された木造平屋建一部 2 階の農家住宅で 主要な各部屋ともに広く天井が高く 全般的に大空間を構成しているところに特徴がある 付属する小家 板倉とともに 国の登録有形文化財 宮城県 気仙沼市 旧月立小学校校舎 大正 11 年に建造された横一文字型の木造 2 階建校舎で 県内でも数少ない木造校舎建築のひとつである 現在はコミュニティセンターやボランティアの宿泊所として活用 国の登録有形文化財 宮城県 気仙沼市 補陀寺六角堂 珍しい六角錐体の屋根を持つ堂で 内外部朱塗で板天井に墨絵をえがく 宝暦 12 年 (1762) に気仙大工が建築したものという 彼らの高度な技術を今に伝える 県指定重要文化財 宮城県 気仙沼市 宝鏡寺楼門 江戸時代中期に建築された楼門は 8 脚 2 層で三間一戸の形式である 規模においては県下随一の大楼門で 東北では弘前の長勝寺山門に匹敵するといわれる 市指定文化財 宮城県 白石市 片倉家中武家屋敷旧小関 家 享保 15 年 (1730) に建築された白石城下の中流武家屋敷で 主屋は桁行 7.5 間 梁行 4.0 間の直家で 土台のない石場建 屋根は寄棟造 茅葺で裏手に櫛形の煙出し破風を付ける 宮城県指定文化財 昭和 4 年の気仙沼大火の後 市内に相次 気仙沼市魚町 文化遺産オンライン いで建築された町屋建築のひとつで 気 仙大工の優れた技術によるものであった il.do?heritageid= 小野寺家は気仙沼市下八瀬に所在する農家である 大正 11 年に建築され 昭和 16 年に増築された 近年まで校舎として使われていた 六角堂は 平安末期に名取老女が奥州を巡礼して創建した 33 箇所の観音堂の一つという謂われがある 気仙沼市字下八瀬 209 気仙沼市塚沢 72 気仙沼市古町 2 丁目 2 51 文化遺産オンライン il.do?heritageid= 文化遺産オンライン il.do?heritageid= 宮城県公式サイト ei/14hodaji.html 宝鏡寺の記録に 宝暦年間 (1751~64 年 ) 気仙沼市川原崎 31 気仙沼市公式サイトに十八世貴峰聖胤和尚の頃の建物と伝え る www/contents/ / 白石城下の武家屋敷地である後小路は 白石城北 三の丸外堀にあたる沢端川に面した町並みで 現在も静かな住宅地となっている 屋敷は平成 3 年に創建当時の姿に復原されている 白石市西益岡町 6-52 白石市公式サイト /section/conedu/bunkazai/bukeyashiki.html 194 (h) 景観 生活様式等 195 (h) 景観 生活様式等 196 (h) 景観 生活様式等 宮城県 白石市 旧上戸沢検断屋敷木村家 住宅 上戸沢に所在した旧検断屋敷木村家の主屋で 江戸時代には上戸沢宿の中心的な機能を果たしていた 江戸中期頃の建築と推測される 現在は移設されて当初の形に復元 公開されている 県指定有形文化財 宮城県 白石市 旧刈田病院本館 明治 15 年に建築されたルネサンス風の木造建築 洋式建築の病院本館としては県内最古である 市有形文化財だが 解体のうえ保存されており 見学出来ない 宮城県 白石市 壽丸屋敷 明治中期に建てられた豪商の町屋建築で 店蔵は煉瓦 2 階建て切妻平入り 内部の居住区も良く保存されてる また 敷地内に洋風の文庫蔵を建てるなど洋風の要素を積極的に取り入れている 現在はイベント会場などまちづくりの拠点の1つとして活用 上戸沢は江戸時代の山中七ヶ宿通 ( 羽州街道 ) の宿場で 奥羽 13 名の大名が往来した 木村家は代々 上戸沢宿の検断役を勤めた家である 本陣に準ずる宿泊 休憩所としての役割のほか 伝馬問屋の仕事も兼ねた 明治 15 年に宮城病院白石分院本館として建築された 昭和 29 年からは中央公民館 図書館として活用された 壽丸屋敷は店蔵が明治中期ごろ 母屋 金庫蔵が大正 12 年 門が明治の終わり もしくは大正初期につくられ のちに修復された 江戸東京文化圏に属する豪商に見られる典型的な建物とされる 白石市小原上台地内 白石市亘理町 白石市中町 白石市公式サイト /welcome/guide/015.html 白石市公式サイト /section/conedu/bunkazai/kattabyouin.html 仙台宮城観光キャンペーン推進協議会 ht_pps/d_tourist.php?id= h 景観 生活様式 130/188

137 197 (h) 景観 生活様式等 198 (h) 景観 生活様式等 199 (h) 景観 生活様式等 200 (h) 景観 生活様式等 宮城県 名取市 旧中澤家住宅 18 世紀中頃に建築されたとみられる中型の農家家屋 田の字型の四部屋と土間からなる間取りで この型は名取市とその周辺に多い 土間には太い丸太状の柱が立ち 旧仙台藩領の民家の特色を示している 県指定重要文化財 宮城県 名取市 洞口家住宅 宝暦年間 (1751~64 年 ) の祈祷札の存在からして江戸時代中期以前の建築と考えられる大型の農家建築である 屋敷林と堀に囲まれた広大な屋敷で 環濠集落の典型的な遺例とされる 県指定重要文化財 宮城県 名取市 熊野神社本殿 本殿は 拝殿の北側に南面して建つ3 棟の建物で 中央に証誠殿 右側に那智飛龍権現社 左側に十二社権現社がある いずれも江戸時代初期に建築されたといわれ 当地における熊野信仰の有り様を知る上でも貴重な建造物である 県指定有形文化財 宮城県 名取市 耕龍寺山門 山門は伊達藩家老片倉家の居城であった白石城の門の一つを明治の初め頃に移築したもので 移築の際に両妻を一間切詰めたと伝えられる 総ケヤキの素木造で 県内に残る城門のうち最も広壮なものとされる 市指定有形文化財 中沢家は愛島塩手に近世初頭より移り住名取市手倉田字山んだ旧家と伝えられるが 由緒は明らかで 216 番地 93 ない 建築年代は18 世紀中頃のものと推測されている 昭和 51 年に移築された 名取平野の水田地帯にあって 宅地面積 1500 坪 周囲は幅 3mの堀と いぐね ( 防風林 ) に囲まれ 館屋敷 と呼ばれる旧家である 一帯は屋敷林の地割が残され 近世農村社会の環濠集落の姿を留めている 保安 4 年 (1123 年 ) 紀州の熊野神社を模して勧請した名取熊野三社の一つで 熊野新宮社として創建 以来 東北地方における熊野信仰の中心地として隆盛を誇った 名取市大曲字中小路 26 番地 名取市高舘熊野堂字岩口上 51 耕龍寺の創建は応仁元年 (1467 年 ) 伊名取市増田字北谷達家 11 代持宗が開基したと伝えられ 寺 157 の墓地の片隅に持宗公とその夫人の供養塔といわれる小さな2 基の五輪塔がひっそりと並んでいる 宮城県公式サイト ei/15nakazawa.html 宮城県公式サイト ei/12horaguti.html 名取市公式サイト oshiki/kyouiku/bunka/annai/nod e_1784/node_1461/node_1647 名取市公式サイト oshiki/kyouiku/bunka/annai/nod e_1784/node_1461/node_1665 ( 自治体 企業 NPO 含む ) 201 (h) 景観 生活様式等 202 (h) 景観 生活様式等 宮城県 角田市 高蔵寺阿弥陀堂 阿弥陀堂は治承元年 (1177 年 ) の建立と伝えられ 全国で26か所 ( 東北では3ヶ所 ) しか残っていない平安時代の建造物の1つである 平泉建築の流れを組む 国指定重要文化財 宮城県 角田市 旧佐藤家住宅 18 世紀中 ~ 後半の建設と推定される農家家屋 直屋で屋根は寄棟造 茅葺である 仙台領内中農家 ( 本百姓 ) の家屋の典型とされる 国指定重要文化財 高蔵寺は弘仁 10 年 (819 年 ) に徳一上人が創建したと伝えられる 阿弥陀堂は治承元年 (1177 年 ) に飛騨工の手で造立された 天井は煙出しのためと藩の禁止令のために設けられず 太い荒けずりの柱は 鳥居建 という古式の構造で 木材の曲りを巧妙に利用した柱や梁からなっている 角田市高倉字寺前 49 番 角田市高倉字寺前 50 番 角田市公式サイト syoko/page00110.shtml 宮城県公式サイト /oksgsin-e/cultural-asset html 203 (h) 景観 生活様式等 204 (h) 景観 生活様式等 205 (h) 景観 生活様式等 宮城県 多賀城市 山王 南宮の板倉がある景 観 多賀城市西部にある山王 南宮地区の塩釜街道沿いの集落には 江戸時代から昭和の初めごろに建てられた板倉が数多く立ち並んでおり その佇まいは歴史的風景を醸し出しており貴重な文化遺産となっている 宮城県 東松島市 野蒜築港跡 明治 11 年から17 年にかけて 鳴瀬川 吉田川河口に建設が進められた大規模港湾の跡地 外港を作り 河口に市街地を造成 北上川と松島湾を運河で結ぶという壮大な計画であった 明治 17 年に中止されたが 煉瓦造りの護岸や水門の跡など多くの遺構が残る 野蒜築港資料室で様々な資料を展示している 宮城県岩沼市 仙台市 塩竃市ほか 貞山運河 ( 貞山堀 ) 仙台藩が江戸時代初期に仙台米を水上輸送するために仙台湾沿いに阿武隈川河口の荒浜から 松島湾の塩釜まで建設した 全長 31.5km の運河 日本有数の近代運河であり これは明治の野蒜築港計画で再利用された この板倉は 繁柱板倉と呼ばれるもので 断熱性 機密性に富んでいるのが特徴である 明治政府が内務卿 大久保利通のもとに東松島市野蒜字下立案した土木 7 大プロジェクトは東日本の沼 1 開発を主眼としており 中核に東北の国際港となる野蒜築港があった 明治 11 年からオランダ人技師ファン ドールンの手で設計 着工されたが 明治 17 年の台風で外港が破壊され計画は中止された 工事は初代藩主政宗の 1597 年から始まり 4 代藩主綱村の 1661 年までの 64 年間にわたって続けられた また 最終的な完成は明治 22 年である 当初は木曳堀と呼ばれたが 明治時代に政宗の追号 貞山にちなみ貞山堀と呼ばれるようになった 多賀城市山王 南宮多賀城市観光協会サイト detail.php?id=46 岩沼市 仙台市 塩竃市ほか 東松島タウンガイド 名取市公式サイト oshiki/kyouiku/bunka/annai/nod e_1793/node_1794/node_ (h) 景観 生活様式等 宮城県 岩沼市 八島本陣の櫓門 奥州街道岩沼宿の本陣と南町検断屋敷を兼ねていた八島家の櫓門である 江戸時代中期頃の建物といわれる 市指定文化財 南町検断屋敷は北町 中町と同様に藩の費用で設置されたもので 治安 交通運搬 鉄砲鑑札等を担っていた 岩沼市中央 2 丁目 岩沼市公式サイト p/kakuka/030200/030201/tyuusi nsigaiti.html h 景観 生活様式 131/188

138 カテゴリー 県 市町村 地域資源名 資源の概要 歴史的価値 ストーリー 所在地 情報源 取材元 宮城県 岩沼市 竹駒神社楼門 ( 随身門 ) 岩沼市稲荷町 1-1 向唐門 207 (h) 景観 生活様式等 208 (h) 景観 生活様式等 209 (h) 景観 生活様式等 210 (h) 景観 生活様式等 宮城県 登米市 旧登米高等尋常小学校校 舎 ( 教育資料館 ) 宮城県 登米市 覚乗寺高台院霊屋 ( 天山公廟 ) 随身門は彫刻 意匠等に優れた重厚な二階門で 文化 9 年 (1812 年 ) の建築である 向唐門は 向唐門として県下最大級で 天保 13 年 (1842 年 ) の建築である 市指定文化財 明治 21 年に建築された学校建築 木造 2 階建 素木造 瓦葺屋根造り 正面校舎中央 1 階にはギリシャ風のペディメントをつけた擬洋風建築で 随所に明治の学校建築の特色を残す 現在は教育資料館として利用されている 国指定重要文化財 江戸時代初期に建造された桃山式の霊屋で 松島の円通院にある三慧殿とともに秀作といわれる 県指定重要文化財 宮城県 登米市 華足寺客殿 山門 客殿は桁行 8 間 梁間 5 間 単層入母屋造り桟瓦葺である 山門は正面 3 間 側面 4 間 重層 入母屋造本瓦葺で屋根に蟠龍をのせる いずれも江戸時代中期の上等な建造物である 県指定有形文化財 承和 9 年 (842 年 ) に小倉百人一首で有名な後の参議小野篁卿が陸奥守として着任した際に 奥州鎮護を祈願して創建した 古くは平泉藤原三代 藩政期には伊達家歴代の手厚い庇護を受けた 日本三稲荷のひとつに数えられる ウィーン万国博覧会 (1873 年 ) に参加し日本館を建設した山添喜三郎建築技師の設計による 100 年を経た今日まで寸分の狂いも生じないため 建築界の話題となった 登米伊達家四代宗倫仙台二代藩主忠宗の五男 ) の廟所で 寛文 12 年 (1672 年 ) に建立された 登米市登米町寺池桜小路 6 登米市登米町寺池上町 35 番地 華足寺は征夷代将軍坂上田村麻呂が大登米市東和町米川同 2 年 (807) に敵 味方の戦争犠牲者の迷小山下 2 魂を鎮撫するために建立したとされる また 馬の霊場としては日本最古と伝えられる 岩沼市公式サイト p/kakuka/050300/050302/siteiitiran.html 宮城の旅 iku/ 登米市公式サイト urusatolib/aruki/toyoma/toyoma 02.html 宮城県公式サイト /bunkazai/31kesokuji.html ( 自治体 企業 NPO 含む ) 211 (h) 景観 生活様式等 212 (h) 景観 生活様式等 213 (h) 景観 生活様式等 214 (h) 景観 生活様式等 215 (h) 景観 生活様式等 216 (h) 景観 生活様式等 217 (h) 景観 生活様式等 宮城県 登米市 旧登米警察署庁舎 ( 警察資料館 ) 宮城県 登米市 旧水沢県庁舎 ( 水沢県庁記念館 ) 宮城県 登米市 旧鈴木家住宅 ( 春蘭亭 ) 明治 22 年から昭和 43 年まで登米警察署として使われていた擬洋風の木造 2 階建て建築で 現在は明治の警察署を再現し 様々な装備を展示する警察資料館として利用されている 明治 8 年に建築され県庁として使われた和洋折衷平屋建ての建築物で 県内の官公所建築として最古に属する 現在は水沢県庁記念館として 当時の行政や裁判所の風景を再現している 市指定重要文化財 近世の武家屋敷であるが 直ご家形式 と呼ばれる珍しい構造を特徴とする 現在は囲炉裏を囲んで喫茶を楽しめる施設 春欄茶 として活用されている 市指定文化財 宮城県 登米市 六角堂 明治 17 年に建築された木造 2 階建で六角柱形の仏堂で 2 階にベランダがあるなど洋風を加味している点が珍しい 市指定文化財 宮城県 登米市 不老仙館 江戸末期に建築された木造二階建ての書院造り家屋で 内部には武者隠しの部屋が残されており 茶室や句碑がある庭園が風情を誘う 現在は民俗資料館 不老仙館 として利用されている 市指定文化財 宮城県 登米市 香林寺山門 山門は 室町時代後期の天文 9 年 (1540 年 ) に月輪館の東門として建築されたものである 山門の裏側には月輪氏の家紋である二つ葉柏の彫刻を見る事が出来る 県内でも有数の古建築 県指定重要文化財 宮城県 栗原市 仙台藩花山村寒湯番所跡 近世に秋田へと通じていた子安街道の関所跡で 役宅と門が現存する 現在の四脚門は安政頃 (1854~1860 年 ) に改築されたもので 伊達家の紋が揚げられている 役宅では民俗資料などを展示 国の史跡 登米市中心部の登米町には 警察資料館のほかに水沢県庁記念館や教育資料館など 明治期の建築物が多く残されており みやぎの明治村 のキャッチフレーズで活用している 明治 4 年に宮城県の北部を管轄する地域を登米県と称し登米に県庁舎を建設したが 実際には岩手県南部を所管する水沢県の県庁舎として明治 8 年まで使用された その後は小学校や裁判所などとしても使われている 登米伊達藩初代藩主の相模宗直が慶長 9 年 (1604 年 ) に水沢城から登米に移る際 共に移住した鈴木家の屋敷である 現在の屋敷は天保 10 年以降 (1839 年 ) に建てられたとされる 奥州三十三観音の一つである興福寺の一画にあり 興福寺の観音堂が再建されるのに先立ち 明治 17 年に建築された仏堂である もとは狼河原村にあった豪農畠山家の邸宅で 嘉永 5 年 (1852 年 ) には伊達家 13 代慶邦が宿泊したという 明治 39 年に現在地へ移設され別荘として使われていたが 昭和 56 年に民俗資料館として公開された 香林寺は 戦国大名葛西氏の支館の一つである月輪館を治めていた月輪六郎 七郎兄弟の菩提寺として天正 12 年 (1584 年 ) に建築された 番所の起源は永禄 9 年 (1566 年 ) といわれている 慶長 13 年 (1608 年 ) にこの地が仙台領になってから 木戸門 役宅などが建てられて 御境目番所となった 登米市登米町寺池中町 3 番地 登米市登米町寺池桜小路 1 番地の 5 登米市登米町寺池桜小路 79 登米市南方町本郷大嶽 18 番地 登米市東和町米谷字秈荷 65 番地 登米市豊里町杢沢 87 番地 栗原市花山字本沢北ノ前 77 番地 宮城の旅 ekeisatusyo/ 宮城の旅 sawakenntyou/ 登米市公式サイト urusatolib/aruki/toyoma/toyoma 04.html 登米市公式サイト urusatolib/aruki/minamikata/min amikata04.html 登米市公式サイト urusatolib/aruki/towa/towa04.ht ml 登米市公式サイト urusatolib/aruki/toyosato/toyosa to04.html 宮城の旅 anayamaban/ h 景観 生活様式 132/188

139 218 (h) 景観 生活様式等 219 (h) 景観 生活様式等 宮城県 栗原市 旧佐藤家住宅 ( 孤雲屋敷 ) 宮城県 栗原市 金成ハリストス正教会 ( 聖使徒イオアン聖堂 ) 江戸時代中期の建築と見られる大型上層民家で 木造平屋建ての片入母屋造り 幕末の剣豪千葉周作にゆかりがあり 現在は移設のうえ 孤雲屋敷 として剣豪ゆかりの品々を展示している 市指定有形文化財 昭和 9 年に完成したビザンチン式教会で 高さ 17m の鐘楼がシンボル この地方のキリスト教信仰の歴史を記録したものであり貴重である 冬期間のライトアップも人気 市指定有形文化財 孤雲屋敷は花山村字草木沢小田に所在した旧佐藤家住宅を移築したもので 7 代目当主の重太郎は 後に幕末の剣豪として知られる事になる千葉周作の剣士としての天分を認めた人といわれる 栗原市花山字草木沢箕ノ口 栗原市公式サイト cfm/12,5405,80,html 慶応 4 年 (1868 年 ) に金成の医師酒井篤礼栗原市金成上町 30 宮城の旅が土佐の藩士澤辺琢磨らと共に函館で聖 ニコライから洗礼を受け 明治 8 年に仮会 annarikyoukai/ 堂を建てたのが始まりといわれる 現聖堂は昭和 9 年の建立である ( 自治体 企業 NPO 含む ) 220 (h) 景観 生活様式等 221 (h) 景観 生活様式等 222 (h) 景観 生活様式等 223 (h) 景観 生活様式等 224 (h) 景観 生活様式等 225 (h) 景観 生活様式等 226 (h) 景観 生活様式等 宮城県 栗原市 旧有壁宿本陣 延享元年 (1744 年 ) に改築された奥州街道有壁宿の本陣建物 入口には上客のみが通行出来る御成門 建物は東北地方では極めて例が少ない書院造りである 邸内には多くの歴史資料も残されている 国の史跡 東日本大震災の復旧工事で現在は観覧出来ない 宮城県 栗原市 細倉鉱山関連施設 1200 年の歴史をもつといわれる細倉鉱山は 主に鉛と亜鉛を産出した 昭和 62 年に閉山し 一部の坑道が細倉マインパーク ( 観光坑道 ) として公開されているほか 近世から現代までの様々な鉱業施設が残る 宮城県 栗原市 貨物駅プラットフォーム跡 ( くりはら田園鉄道跡 ) 昭和 17 年に建設されたくりはら田園鉄道 ( 当時の栗原電鉄 ) の終着駅で 鉱石や製品 コークスなどが積みおろされた 現在も線路の一部が残り プラットフォームは倉庫として使用されている 宮城県 栗原市 西山の棚田風景 栗駒山のふもとにある西山地区では 北上川の支流の二迫川 三迫川の美しい水が流れ 美しい景観 多様な動植物の生息空間である棚田を積極的に維持 保全していることから 日本棚田百選に認定されている 宮城県 大崎市 旧有備館及び庭園 元禄 5 年 (1692 年 ) に藩の学問所として建築された平屋建て茅葺き寄棟造の建物で 日本最古の学校建築といわれる 庭園は正徳 5 年 (1715 年 ) に仙台の茶人 清水道竿が造った池泉回遊式の庭園で 東北地方では数少ない本格的な大名庭園 国の史跡および名勝 宮城県 大崎市 石雲寺茂庭家霊屋 伊達家の重臣であった茂庭家の廟で 素木造方 3 間 屋根は宝形造茅葺 白壁と床のウグイス張りが特徴 年 2 回ご開帳 県指定有形文化財 宮城県 大崎市 須江家住宅 仙台藩士須江家の武家住宅で 主屋は石 場建の木造平屋建 創建年代は18 世紀後 半以前とみられる 県指定有形文化財 仙台藩主伊達政宗が元和 5 年 (1619 年 ) に奥州街道の有壁宿に設けた本陣で 奥州街道を通行する多くの藩の参勤交代や領内巡視の宿泊所となった 現在の建物は江戸中期に再建されたもの 細倉鉱山とくりはら田園鉄道は どちらも栗原地方の産業 経済 文化の発展を支えてきた歴史遺産であり 細倉鉱山関連遺産 として 近代化産業遺産に認定されている くりはら田園鉄道は 大正 7 年の設立以来 主に細倉鉱山の鉱石 製品等や乗客を輸送し 鉱山と関連の深い産業鉄道として発展した 平成 19 年廃止 明治から昭和 20 年頃までに開発された おおよそ 30 枚の棚田が耕作されている 栗原市金成有壁本町 31 栗原市鶯沢南郷柳沢 栗原市鶯沢南郷柳沢 栗原市栗駒松倉西山 元禄 4 年 (1691 年 ) に岩出山伊達家 3 代敏大崎市岩出山上川親が武士の子弟を教育するための学問所原町 6 春学館 を開設し 翌年今の場所へ移築されて有備館と改められた 石雲寺は伊達家の重臣であった茂庭家の菩提寺で 廟は宝永 5 年 (1708 年 ) に完成したものと推測されている 現存するものが少ない在郷藩士住宅の存在は貴重である 大崎市松山千石字大欅 91 大崎市岩出山上野目 栗原市公式サイト cfm/12,669,80,html 栗原市公式サイト cfm/12,0,63,193,html 栗原市公式サイト cfm/12,373,63,193,html 社団法人農村環境整備センター /tanada/100selectmap/miy agi.html 宮城の旅 ubikan/ 大崎市公式サイト uest/kanko/shiseki/02.html 宮城県公式サイト ei/38sueke.html 227 (h) 景観 生活様式 228 (h) 景観 生活様式等 宮城県大崎市祇劫寺本堂資料不足により情報収集不可 宮城県 大崎市 古川八百屋市 古川町割以来の歴史を誇る市で 三日町 七日町 十日町の地名が町内に残る 現在も3と7の日に町内前田町の熊野神社境内で盛大に開市される 戦国時代末期 伊達政宗に古川城を任された鈴木和泉元信は 戦乱で疲れきった住民に安住の地を与えるため古川の町割を行い 慶長 9 年 (1604 年 ) から経済の安定のため市を許可した 大崎市古川前田町 大崎市公式サイト ay/201104/v-event01.html 229 (h) 景観 生活様式 宮城県大崎市桃源院山門資料不足により情報収集不可 h 景観 生活様式 133/188

140 230 (h) 景観 生活様式等 宮城県 大崎市 旧千葉家住宅 ( 凛菜上の 家 ) 明治 21 年に建築された上層農家の家屋で 現在は囲炉裏を囲んで手作りのお膳を楽しめる農家レストラン 四季の里凛菜 上の家 として活用されている 旧千葉家は江戸時代には肝煎に次ぐ有力農家で 当時は後方の一段高い所に建っていたので 上の家 と呼ばれていた 大崎市岩出山下野目字山際 32 大崎市公式サイト uest/kanko/bussan/04.html ( 自治体 企業 NPO 含む ) 231 (h) 景観 生活様式等 宮城県 大崎市 松山人車軌道復元車両 大正から昭和初期に松山の街を走っていた人車軌道の車両が 大崎市松山ふるさと歴史館と大崎市松山酒ミュージアムに1 両ずつ展示されている 鉄道の原点ともいえる貴重な遺産である 市指定文化財 松山人車軌道は 松山町 ( 現大崎市 ) にあった人車軌道 ( 人を動力とする軌道 ) で 大正 11 年から昭和 3 年まで金谷 ~ 千石間 2.5km で軌道営業を行っていた 大崎市松山千石 大崎市公式サイト eople/kurashi/manabu/manabu0 2/03.html 232 (h) 景観 生活様式等 宮城県 蔵王町 我妻家住宅板蔵 前蔵 主 屋 文庫蔵 宝暦 3 年 (1753 年 ) に建てられた肝煎りの住宅で 主屋を中心に敷地内の蔵や門な 我妻家は鎌倉時代から代々続く旧家で 江戸時代には肝入も勤めた また戦国末 蔵王町曲竹字薬師前 4 どの一式が現存しており貴重である 国の期から江戸初期にかけて刈田嶺神社の神 登録有形文化財 東日本大震災に被災し 平成 26 年 4 月まで公開停止 職を兼ねたことから ねぎ屋敷 とも言われている 蔵王町観光協会サイト (h) 景観 生活様式等 234 (h) 景観 生活様式等 235 (h) 景観 生活様式等 236 (h) 景観 生活様式等 237 (h) 景観 生活様式等 宮城県 蔵王町 刈田嶺神社本殿 拝殿 随 身門 本殿は享保 3 年 (1718 年 ) に白石城主片倉家が 拝殿 随身門は文政 12 年 (1827 年 ) に宮宿の商人がそれぞれ寄進したもの 本殿は江戸時代中期の建築的特徴を有し 県指定文化財 拝殿 随身門は町指定文化財 宮城県 蔵王町 疣岩円形分水工 昭和 6 年に建造された 2つの灌漑用水に水を一定分配するための施設 コンクリート製の円形分水工であり 円周の長さが 3:7 になるように仕切りを取り付けられている 現役の施設である 選奨土木遺産指定 宮城県 七ヶ宿町 安藤家本陣 羽州街道 ( 七ヶ宿街道 ) 滑津宿の本陣建物で 切妻破風の玄関と重量感のある茅葺き屋根を持つ 屋根軒上に置かれた くらけ はこの地域の特徴とされる 内部非公開 宮城県 七ヶ宿町 東光寺山門 萱葺き屋根 切妻造の山門は 薬医門形 式で 江戸時代中期の建築とされる 町指 定文化財 宮城県 七ヶ宿町 浪花講 真誠講の看板 ( 水と歴史の館 ) 宿場の営みをしていた当時 宿屋 米沢屋 を営み 浪花講 真誠講に加入していた鈴木家にあった看板 この看板は講に加入していることを旅人に知らせるために軒下に掲げられていた 町指定有形民俗文化財 刈田嶺神社は白石城主片倉家の祈願神社として信仰されるとともに 刈田郡総鎮守として人々の崇敬を集めた 仙南一帯に広まる白鳥信仰の中心地でもあり 本殿裏は白鳥を葬る墓域とされる 地元民の事前協議のもと 水争いを未然に防いだ円形分水工は 人々の知恵が生んだ貴重な土木遺産とされる 安藤家は 天保期 (1829~48 年 ) 以降に本陣をつとめ 諸大名 幕府及び藩役人が宿泊 休息し また 当時の肝入検断 問屋も兼ねた家柄 東光寺は 室町時代の開山と伝えられ 伊達家 9 代政宗夫妻の位牌を安置しており 仙台藩から庇護を受けた 浪花講は文化元年 (1804 年 ) 大坂の商人松屋甚四郎の提唱した制度で 加入すれば優良宿屋の証しと見られた 真誠講は 明治 4 年に内国通運会社が設立された当時 貨物継立所の無い地域で旅館がこれを兼務した事を示す看板である 蔵王町宮字馬場 1 蔵王町円田字棚村 七ヶ宿町滑津 七ヶ宿町字壇前 2 蔵王町の歴史と文化財公式サイト 02/02.html 水土里ネットみやぎ verted_water/ 七ヶ宿町公式サイト iyagi.jp/sightseeing/view/andouk e.html 七ヶ宿町公式サイト iyagi.jp/sightseeing/view/toukoji. html 七ケ宿町字上野 8-1 七ヶ宿町公式サイト iyagi.jp/sightseeing/culture/nani wakou.html 238 (h) 景観 生活様式等 239 (h) 景観 生活様式等 240 (h) 景観 生活様式 241 (h) 景観 生活様式等 宮城県 村田町 願勝寺山門 山門は村田城の大手門で 芝田文乃丞常春が貞享年間 (1684~87 年 ) に建てたものとされる 明治維新後に移築された 薬医門形式 町指定文化財 宮城県 村田町 旧田山家住宅 江戸時代後期に建てられた武家屋敷で 主屋は木造平屋建て 寄棟 鉄板葺き 町指定文化財 宮城県村田町旧八巻家住宅資料不足により情報収集不可 宮城県 村田町 姥ヶ懐民話の里 江戸時代に建築された茅葺き屋根の農家建築で 現在は 姥ヶ懐民話の里 に移設され 民話伝承館として活用されている 町指定文化財 村田城は 中世から築かれた平山城で 本丸は城趾公園として整備されている 村田城下に残る唯一の武家屋敷とされる 姥ヶ懐民話の里は道の駅を併設し 直径 8 m と 3.5m の夫婦水車がある 民話伝承館で民話を聞き 水車で挽いたそば粉で手打ちそばを味わうことができる 村田町大字村田字東 102 村田町大字村田字西 66 村田町大字小泉字肬石 2 村田町公式サイト /sangyoshinko/kankoannai/kanko shisetsu/ganshoji.html 村田町公式サイト /miraikan/bunkazai/bunkazai.htm l 宮城県公式サイト /noenkan/cyokubaijyo-nminnwanosato.html h 景観 生活様式 134/188

141 242 (h) 景観 生活様式等 宮城県 柴田町 麹屋コレクション 仙台藩内の典型的な町屋建築 黒板塀に囲まれた敷地の中央にある店蔵は土蔵 2 階建て 現在は 麹屋コレクション として内部公開し 江戸時代の古美術品や仙台藩に伝わる関係資料などを展示 麹屋は原田家 柴田家 伊達家に仕えた御用商人で 大正時代まで醸造業を営んでいた 山本周五郎の小説 樅ノ木は残った に登場する麹屋又左ェ門の家のモチーフである 柴田町船岡西 1 丁目 3-2 柴田町観光物産協会公式サイト /kojiya.html ( 自治体 企業 NPO 含む ) 243 (h) 景観 生活様式等 宮城県 川崎町 青根御殿 ( 不忘閣 ) 青根温泉の不忘閣は 伊達藩唯一の御殿青根温泉は享禄元年 (1528 年 ) に伊達家湯で青根御殿と呼ばれていた 5 代藩主吉の保養所として開湯されたという 村以降の詳しい入浴日記が残る 御殿は明治期の火災で焼失するが 昭和 7 年に復元 現在は資料館となっている 柴田郡川崎町青根温泉 川崎町公式サイト jp/18,604,64.html 244 (h) 景観 生活様式等 245 (h) 景観 生活様式等 宮城県 丸森町 齋理屋敷 ( 蔵の郷土館 ) 齋理屋敷は近世以来の豪商である齋藤家の屋敷を改装した博物館で 往時の居宅と蔵 石造りの浴室などが立ち並ぶ 店蔵は嘉永元年 (1848 年 ) に建てられた屋敷内で最古の建物である 国の登録有形文化財 宮城県 丸森町 沢尻の棚田風景 阿武隈川に面した急斜面に開墾された水田であり 水田の持つ保水機能により大きな被害を未然に防止している 石垣等の人工美が周辺の山々にとけ込み 優雅な景観をなしている 日本の棚田百選 齋藤理助が事業を始めたのは文化元年 (1804 年 ) で 呉服太物商を皮切りに養蚕へと事業を広め 生糸の相場で財を成した 明治以降は醸造業や金融業を展開して 発電所も建設している 戦国 ~ 江戸時代に開墾された土地で 昭和 30 年頃に再整備して耕作している 丸森町字町西 25 丸森町沢尻 丸森町公式サイト ml 社団法人農村環境整備センター /tanada/100selectmap/miy agi.html 246 (h) 景観 生活様式等 宮城県 亘理町 老松永田醸造店舗 亘理町中心部にある醸造業の老舗で 明治 20 年代に建築された通りに面する店舗は2 階建 切妻造 瓦葺き 全体に重厚なつくりである 国の登録有形文化財 永田家は文化 12 年 (1815 年 ) より味噌 醤油 醸造業を始め その他 酒の醸造業や呉服業等を営む老舗である 亘理町字上町 31 文化遺産オンライン il.do?heritageid= (h) 景観 生活様式等 248 (h) 景観 生活様式等 249 (h) 景観 生活様式等 250 (h) 景観 生活様式等 251 (h) 景観 生活様式等 252 (h) 景観 生活様式等 宮城県 亘理町 大雄寺伊達成実公霊屋 大雄寺は亘理伊達家の菩提寺で 境内には藩祖伊達成実の霊屋 ( 県指定重要文化財 ) をはじめ 亘理伊達家 13 代の領主 夫人の墓所がある 宮城県 松島町 瑞巌寺 瑞巌寺は伊達家の菩提寺であり 伊達政宗が慶長 9 年 (1604 年 ) から14 年にかけて 諸国から130 人以上の名工を集めて桃山建築の粋を尽くした建築をした 本堂と庫裏は国宝 御成門 太鼓塀 中門は国指定重要文化財 総門は宮城県指定重要文化財である 宮城県 松島町 五大堂 透橋と呼ばれる隙間のある木橋で海を渡った小島にある堂宇で 慶長 9 年 (1604 年 ) に伊達政宗が再築した 方三間 単層 屋根宝形造 本瓦葺きで 松島の代表的景観を構成する 国指定重要文化財 宮城県 松島町 観瀾亭 こけら葺きの京間 18 畳 2 室からなる近世の秀麗な宿泊施設で 伊達家側室等の松島遊覧 幕府巡見使等の巡視の際の宿泊 接待用の施設 御仮屋 として利用されていた 県指定有形文化財 宮城県 松島町 日吉山王神社本殿 宝永 8 年 (1711) に完成した社殿は三間社 流造 素木造で舟肘木など簡素な和様風 の秀作とされる 県指定重要文化財 宮城県 松島町 陽徳院霊屋 伊達政宗側室愛姫を祀る霊廟で 万治 3 年 (1660 年 ) の建立 外部は黒漆塗とし 軒まわりの要所を極彩色で引締める 大名家の霊廟として典型的かつ代表的な建築物である 国指定重要文化財 伊達成実は伊達政宗の重臣で 仙台藩一門第二席 亘理伊達氏の初代当主である 正保 3 年 (1646 年 ) に死去し 大雄寺の霊屋に葬られた 瑞巌寺の創建は天長 5 年 (828 年 ) に慈覚大師の開山とされ 当初は延福寺と呼ばれた 中世は奥州藤原氏の庇護をうけ 近世には伊達家の菩提寺として奥羽屈指の大寺院となった 松島の歴史景観を代表する寺院である 亘理郡亘理町泉ケ入 88 松島町松島字町内 91 大同 2 年 (807 年 ) に坂上田村麻呂が松島松島町松島字町内の海の美しさに魅せられ 一小堂を置いた 111 といわれる その後 延福寺 ( 現瑞巌寺 ) の開基にともない 五大明王像が安置されて五大堂となった 観瀾亭は もともと豊臣秀吉の伏見桃山城にあった茶室を政宗がもらい受けて江戸の藩邸に移築していたものを 二代藩主忠宗が 1 本 1 石も変えぬようにと命じ 海路ここに移したと伝えられる 延福寺 ( 瑞巌寺 ) 創建のとき 慈覚大師が近江の山王社の分霊をまつったものといわれる 寛永 17 年 (1640 年 ) に現在の地に移された 陽徳院は 慶安 2 年 (1649 年 ) 伊達政宗の正室愛姫の菩提寺として 伊達忠宗が瑞巌寺の住職雲居を招き開山した 松島町松島字町内 56 松島町松島 松島町松島 亘理町観光協会公式サイト 瑞巌寺公式サイト kaku.html 宮城の旅 godaidou/ 松島観光協会公式サイト 4 宮城県公式サイト ei/16hiyosi.html 文化遺産オンライン il.do?heritageid= h 景観 生活様式 135/188

142 253 (h) 景観 生活様式等 254 (h) 景観 生活様式等 宮城県 松島町 水主衆民家 仙台藩主などが松島遊覧の際に御座船を操った水主衆の民家で 彼らの住居は藩の定めにより 茅葺 寄棟造 表通りに面して出格子と蔀戸を設け 冠木門等を構え天井は上げなかった 現在は移設され 甘味処 どんじき茶屋 として利用されている 町指定文化財 宮城県 松島町 品井沼干拓関連施設 近世から明治 大正 昭和初期まで 連綿と品井沼の干拓事業が行われ 現在は宮城県を代表する美田となっている 中心的施設である元禄潜穴 明治潜穴 吉田川サイフォン 鳴瀬川吉田川背割堤などが 品井沼干拓関連施設 として土木学会選奨土木遺産に指定されている 水主町は瑞巌寺の東に隣接する一画で 松島町松島字町内仙台藩主などが松島遊覧の際の御座船を 89 操った水主衆が暮らしていた 往時には 48 軒にものぼったが 昭和 51 年に最後まで残った水主宮田金幸の家屋を移築復元した 松島湾の北側にかつて品井沼があり 元松島町禄 6 年 (1693 年 ) に伊達藩が干拓を始めた 松島湾に通じる地下水路 ( 元禄潜穴 ) はこの時に建築された さらに明治 22 年から地元住民の手で3 本の地下水路 ( 明治潜穴 ) が開削され 昭和初期までに一帯は水害の危険の無い広大な美田となった 松島町公式サイト 8,55,143,html 土木学会公式サイト tage/node/63 ( 自治体 企業 NPO 含む ) 255 (h) 景観 生活様式等 宮城県 松島町 根廻トンネル 明治 23 年に日本鉄道 ( 東北本線 ) の鉄道ト東北鉄道は昭和 31 年に 路線の勾配を緩 ンネルとして開削された全長 168mの煉瓦トンネルで 現在は道路として使われてい 和して輸送力を増強するため 根廻トンネル経由の 山線 から 海岸線を通る現在 る 明治初期の鉄道トンネルを直に触れるの 海線 へ切り替えられた 事が出来る貴重な場所である 松島町根廻字蒜沢 日本の近代土木遺産 /hsce/2800/list_whole%20% %29/05_miyagi.htm 256 (h) 景観 生活様式等 257 (h) 景観 生活様式等 258 (h) 景観 生活様式等 259 (h) 景観 生活様式等 260 (h) 景観 生活様式等 261 (h) 景観 生活様式等 262 (h) 景観 生活様式等 263 (h) 景観 生活様式等 宮城県 富谷町 内ケ崎酒造店 奥州街道の富谷宿の老舗酒造店で 本陣跡 門には造り酒屋のシンボルである杉玉 ( 酒林 ) が飾られ 土壁の蔵など 伝統的景観が残る 宮城県 富谷町 ふるさと物産奥州道中冨谷 宿 明治末期に呉服店として建築された土蔵で 現在は改築されて まちの資料館 地場産品販売所 冨谷宿 として利用されている 宮城県 加美町 松本家住宅 江戸時代中期以前の侍屋敷で 主屋と土間の二棟からなる 宮城県中部から北部に分布する主屋と土間が分かれた家屋の代表例である 国指定重要文化財 宮城県 加美町 旧高野家住宅主屋 ( 農家 民宿おりざの森 ) 明治 23 年に建築された農家建築で 2 階建て 右面切妻造 左面寄棟造である 全体に立ちが高く 養蚕農家の特徴を備える 現在は農家民宿として活用されている 国の登録有形文化財 宮城県 涌谷町 佐々木家住宅 近世の上級武士の住宅で 棟門 主屋 別棟の書院座敷 庭園 板蔵 厩舎からなり 上級家中武士の屋敷構を良好に今日に伝えていて貴重である 町指定文有形化財 宮城県 涌谷町 見龍院霊屋 ( 見龍廟 ) 涌谷伊達家墓所で 中央正面に4 代伊達安芸宗重公及び夫人の霊屋 後方に5 代以降歴代館主の墓が整然と並ぶ 寛文 13 年 (1673 年 ) の古建築で 門前の石塔五重塔 水盤 盟石とともに県重要文化財 宮城県 涌谷町 西光寺薬医門 江戸時代中期の薬医門で 屋根は箱棟 切妻破風造 萱葺きで規模が大きく 良材 を使用している 町指定文化財 宮城県 女川町 江島の景観 牡鹿半島東方の太平洋上に浮かぶ約 5 平方 kmの孤島で 漁港背後の急斜面に民家が密集し迷路のような歩道が巡る ホタテ ウニ アワビなど豊かな漁業資源を支えに 島民約 90 人が結束して生きる 創業は寛文元年 (1661 年 ) 内ヶ崎家の初代 織部は宿場の発祥と発展に尽力した人物で 酒造店は宿場の本陣跡としても知られる 天保 14 年 (1843 年 ) 富谷宿に創業 冨谷宿 の 冨 という字は お店に伝わる資料をもとに 宿場町時代の字を使用している 松本家は 仙台藩に属した奥山家の家老を務めた家柄で 宝暦年間 (1751~1764 年 ) 吉岡( 現大和町 ) からこの地に転封されたが 当時すでにこの住宅は建っていたといわれる 旧高野家はもと福島県境に近い角田市高倉にあった農家で 近年移築され 民宿として使われている 佐々木家は涌谷伊達家の家中で 騎馬御免の家柄 3 貫 961 文の知行をもつ上級家中であった 見龍寺は臨済宗の禅寺で 天正 19 年 (1591 年 ) 亘理重宗の再興 見龍廟は伊達安芸宗重公など歴代涌谷伊達家の墓所である 西光寺は 元禄 12 年 (1699 年 ) 伊達騒動 ( 寛文事件 ) の後始末である小里谷地塚改正の時 仙台藩の関係役人たちの会議所となったところ 島には奥州藤原の家臣であった日詰五郎が落ち延びたという伝承がある 江戸時代は重罪人が流される流刑地であった 近年まで 頭に大きな荷物を載せた 陸前の大原女 が島の狭い坂道を行き交う風景が見られた 富谷町富谷町 27 富谷町富谷字町 34 加美町南小路 11 加美町字中嶋南田一番 涌谷町涌谷字黄金迫 涌谷町涌谷字竜渕寺 涌谷町小里不動 5 女川町江島 富谷町公式サイト /html/shuyu/index1.html 富谷町公式サイト /html/shuyu/index1.html 宮城の旅 umotoke/ 文化遺産オンライン il.do?heritageid= 宮城県公式サイト /nh-sgsin-e/wt-wakuya.html 宮城県公式サイト /nh-sgsin-e/wt-wakuya.html 涌谷町公式サイト /sangyo/kanko/mesho.html 日本の里 100 選 d=97 h 景観 生活様式 136/188

143 264 (h) 景観 生活様式等 宮城県 南三陸町 松笠屋敷母屋 ( ひころの里 ) 江戸後期の文化 文政期に建設された郷士の住宅で 在郷武士住宅と農民住宅がひとつにまとまっている点で 建築史上貴重な遺産である 現在は隣接する別宅とともに交流施設 ひろこの里 として利用されている 町指定有形文化財 系譜によると 須藤家は平将門に代わって勢力を伸ばした平安中期の武将 藤原秀郷を遠祖とし 中世にこの地方を治めた葛西家の旧臣である 南三陸町入谷桜沢 442 南三陸町公式サイト miyagi.jp/museum/future/article. php?p=627 ( 自治体 企業 NPO 含む ) 265 (h) 景観 生活様式等 266 (h) 景観 生活様式等 267 (h) 景観 生活様式等 268 (h) 景観 生活様式等 宮城県 南三陸町 大雄寺山門 鐘楼 鐘楼を含む山門は 宝暦元年 (1751 年 ) に入谷の山内甚之丞によって寄進された 鎌倉期の流れをくむ町内最古の建造物として町指定文化財であったが 東日本大震災の津波で流失した 秋田県 秋田市 旧秋田藩主佐竹氏別邸 ( 如 斯亭 ) 庭園 秋田藩の迎賓館的役割を果たした大規模な日本庭園で 旧秋田藩主佐竹氏のものとして現存する唯一の庭園である 東北地方の大名庭園や庭園文化を知る上で学術上 芸術上の価値が高い 史跡名勝天然記念物 秋田県 秋田市 三浦家住宅主屋ほか 本住宅主屋は 東北地方最大規模の両中門造民家である また幕末から昭和初期にかけて建築された米蔵や文庫蔵などの附属建物もよく残りる 国指定重要文化財 秋田県 秋田市 旧奈良家住宅主屋ほか 江戸時代中期の宝暦年間 (1751~1763) に建てられた典型的な両中門造りの農家建築の建物 秋田県立博物館分館として公開されている 国の重要文化財指定 大雄寺は平泉藤原秀衡の四男 本吉四郎冠者高衡によって開基され 中世葛西時代にこの地を領した元良氏の菩提寺として再興されたと伝えられる 南三陸町志津川田尻畑 如斯亭は 秋田藩 3 代藩主義処が下賜し秋田市旭川南町た土地に家臣が整備した別荘を起源とし 9 代藩主義和の時代 (1775~1815 年 ) にほぼ現在の姿に庭園を整備し 当初は得月亭と称された名を如斯亭と改めた 三浦家は秋田安東氏の家臣の家柄で 藩政期には代々黒川村の肝煎を務めた 明治期には県内屈指の豪農として知られていた この屋敷を建てた棟梁は土崎の間杉五郎八で 3 年の歳月と銀 70 貫 ( 現在の約 6000 万円 ) を費やしたと言われる 秋田市金足黒川字黒川 178 番 秋田市金足小泉字上前 8 南三陸町公式サイト miyagi.jp/museum/future/article. php?p=626 秋田県公式サイト contents/ / 文化遺産オンライン il.do?heritageid= 秋田県公式サイト eing/detail.html?data_id= (h) 景観 生活様式等 270 (h) 景観 生活様式等 271 (h) 景観 生活様式等 272 (h) 景観 生活様式等 273 (h) 景観 生活様式等 274 (h) 景観 生活様式等 275 (h) 景観 生活様式等 秋田県 秋田市 旧黒沢家住宅主屋ほか 旧黒澤家住宅は 今から約 300 前に現在の秋田市中通三丁目に建てられた上級武家屋敷住宅 昭和 63 年に一つ森公園内に移設されたが ほぼ完全な形で残る 国指定重要文化財 秋田県 秋田市 天徳寺本堂 山門ほか 本堂は規模が大きな茅葺の堂で 曹洞宗本堂の特徴をもっている また 山門は細部に常陸地方の中世社寺建築の特徴が見られる 国指定重要文化財 秋田県 秋田市 旧秋田銀行本店 ( 秋田市立赤れんが郷土館 ) 明治 45 年に旧秋田銀行本店本館として建てられた煉瓦造 2 階建ての洋風建築物で ルネサンス様式を基調とし 内装はバロック様式を取り入れている 現在は 秋田市立赤れんが郷土館 として利用されている 国指定重要文化財 秋田県 秋田市 藤倉ダム ( 藤倉水源地 ) 明治 44 年に完成した 東北地方では最も古い上水道専用ダム 堤高 16m 余りの石造重力式コンクリートダム 約 70 年間秋田市民の水瓶として活躍した 国指定重要文化財 秋田県 秋田市 彌高神社本殿 拝殿 久保田城内から移設された社殿は 秋田藩の造営した数少ない神社建築として貴重なもの 千秋公園内にあるが 本殿は神域のため拝殿のみ見学可能 県指定有形文化財 秋田県 秋田市 旧大島商会店舗 明治 34 年に完成した秋田市最初期の煉瓦造建築 1 階正面中央のアーチ型の広い出入口に特色がある 国の登録有形文化財 秋田県 秋田市 旧秋田県販売購買組合連合 会倉庫 ( 美術工芸短期大学 実習棟 ) 昭和 9 年に雄物川河口附近に完成した 8 棟の大型木造平屋建倉庫群 現在は秋田公立美術工芸短期大学の施設として活用されている 国の登録有形文化財 藩政期の中通地区は三廓 ( さんのくるわ ) と呼ばれ 上級 一部中級の武家住宅を配置し 久保田城の正面の守りとされていた 黒澤家は文政 12 年 (1829 年 ) から住居した 天徳寺は秋田藩主佐竹氏の菩提寺で 曹洞宗に属し 常陸佐竹氏の秋田転封にともなって この地に移転した 境内の書院は上段の間や茶室などを備え 藩主墓参の際には休息所となった 秋田銀行の前身である第四十八銀行時代の本店として明治 45 年に建設され 昭和 46 年まで銀行店舗として使われた 明治 44 年完成 昭和 48 年取水停止 平成 5 年に 土木近代化遺産としては全国で初めて国の重要文化財に指定された 大分県の白水ダム 愛知県の長篠堰堤とともに 日本三大美堰堤と評される 本殿はもと久保田場内にあった正八幡社で 文政 2 年 (1819 年 ) 建造である 明治 14 年に秋田出身の国学者 平田篤胤を祀る彌高神社創建の際にその本殿となった 高級雑貨等を販売した県内最初の百貨店として建設された 格式の高い建物 秋田市楢山字石塚谷地 297 番地 99 秋田市泉三嶽根 10 1 秋田市大町三丁目 3 番 21 号 秋田市山内 秋田市千秋公園 秋田市大町 倉庫群は 旧秋田県販売購買組合連合会秋田市新屋大川町 ( 現秋田経済連 ) が昭和初期に建設 同 年に国立新屋倉庫となり 平成 2 年まで米の需給倉庫として用いられていた 秋田市公式サイト y/ed/st/kurlosawa/default.htm 文化遺産オンライン il.do?heritageid= 文化遺産オンライン tail.do?id=11881 ダム便覧 秋田県総合観光ガイド eing/detail.html?data_id=1474 文化遺産オンライン il.do?heritageid= 文化遺産オンライン il.do?heritageid= h 景観 生活様式 137/188

144 276 (h) 景観 生活様式等 秋田県 秋田市 森林鉄道保存車 ( 仁別森林博物館 ) 太平山麓の仁別国有林にある仁別森林博物館は国内有数の林業に関する博物館で 特にかつて秋田県に数多く存在した森林鉄道に関係する資料が充実している 館内外に森林鉄道で利用されたディーゼル機関車や蒸気機関車 客車 運材車などが展示されている 明治 42 年以降秋田駅東側の貯木場を起点に旭川沿いの森林鉄道が開設され 日本三大美林に数えられる秋田杉を仁別国有林一帯から運び出した 山間の集落を結ぶ貴重な交通手段としても活躍したが 昭和 40 年代に廃止となり 仁別国有林内 国民の森 に森林博物館が設立された 秋田市仁別字務沢国有林 仁別森林博物館公式サイト u/introduction/gaiyou_kyoku/nib etu/ ( 自治体 企業 NPO 含む ) 277 (h) 景観 生活様式等 278 (h) 景観 生活様式等 279 (h) 景観 生活様式等 秋田県 能代市 浄明寺山門 江戸時代初期の寛永 11 年 (1634 年 ) に建造された山門は 薬医門として東北で2 番目に古いとされる 秋田県の指定有形文化財 秋田県 能代市 多宝院本堂 鐘楼 山門 全体的に江戸時代後期の曹洞宗寺院の特色を良く残し 明和 9 年 (1772 年 ) 建造の本堂の他 山門や鐘楼が秋田県指定の重要文化財となっている また 庭園は京都銀閣寺を模したといわれ 枝垂れさくらの名所としても知られる 秋田県 能代市 料亭金勇 昭和 12 年に完成した県内屈指の老舗料亭金勇 ( かねゆう ) の大規模和風建築 110 畳大の2 階大広間はじめ 秋田杉の本場能代を象徴する建物として広く知られている 国の登録有形文化財 浄明寺は安東氏ゆかりの寺で 永正年間 (1504~20 年 ) に創建したとされる 以前山門は桧山城の門を移設した物と伝えられていたため 城下がりの門 とも呼ばれていた 多宝院は秋田藩主佐竹氏の一族で檜山の 所預り となった多賀谷氏の菩提寺 寺は下総国下妻に延徳元年 (1489) に創建され 多賀谷氏と供に檜山へ移ってきた 金勇 ( かねゆう ) は 初代金谷勇助氏によって明治 23 年に創業された老舗料亭 現在の建物は 2 代目金谷勇助氏によって昭和 12 年に建て替えられたものである 能代市桧山字桧山町 40 能代市檜山小間木 52 能代市柳町 13 番 8 号 秋田県総合観光ガイド eing/detail.html?data_id=1435 能代のあんない pload/download/102010download.pdf 文化遺産オンライン il.do?heritageid= (h) 景観 生活様式等 秋田県 能代市 喜久水酒造地下貯蔵研究所 ( トンネル貯蔵庫 ) 明治 33 年に完成した秋田県最初期の鉄道用煉瓦トンネル 明治鉄道トンネルの典型的な坑門装飾を有する 洞内は年間を通じて一定の温度であることから 現在は日本酒の貯蔵庫として活用されている 見学可 ( 要予約 ) 国登録有形文化財 明治 33 年に奥羽北線の鶴形駅 富根駅間に完成した第一鶴形隧道 ( 全長 93m) で 線路変更後に残されたトンネルが 平成 8 年から古酒貯蔵庫として活用されている 能代市字鳥屋場 文化遺産オンライン il.do?heritageid= (h) 景観 生活様式等 秋田県 能代市 能代市役所第一庁舎 市中心地に建つ鉄筋コンクリート造 3 階建の市役所庁舎 ラーメン構造を外観に現す明快な立面構成で 寄棟屋根を架ける 戦後復興期の庁舎建築の好例 完成は昭和 24 年 設計およびデザインは 建築構造力学の権威であった武藤清で この点からも貴重とされる 能代市上町 1-3 文化遺産オンライン il.do?heritageid= (h) 景観 生活様式等 283 (h) 景観 生活様式等 284 (h) 景観 生活様式等 285 (h) 景観 生活様式等 秋田県 能代市 風の松原 日本海の強風 飛砂 津波から能代の街を守るクロマツの海岸砂防林 幅 1km 総延長 14km 面積約 760haに広がる700 万本もの松林は 日本一大きい松原とされる 秋田県 横手市 羽黒町武家屋敷通り 横手城下の武家屋敷街 黒塀や植栽などのデザインが統一されており 武家屋敷街としての趣きが出ている 特に秋の紅葉時の彩りは格別で 横手の冬の代表的な行事である かまくら の会場にもなっている 秋田県 横手市 増田の内蔵のある町並み 増田の中心部にある中七日町通には 明治前期から大正時代に建てられた140 棟あまりの町屋や土蔵 ( 内蔵 ) が残る 内蔵はこの地域の独特のもので 建物の中に設けられた蔵 これは防犯や防雪に対する生活の知恵であった 重要伝統的建造物群保存地区 秋田県 横手市 旧日新館 旧制横手中学校 ( 現横手高校 ) の英語教師として赴任してきたアメリカ人チャールス C チャンプリンの住居として 明治 35 年に建てられた 素朴な木の味わいが美しい木製の洋館 秋田県指定有形文化財 17 世紀終わり頃に海岸林の植樹が提唱され 18 世紀から延々と続けられてきた 虹の松原 天橋立 三保の松原 気比の松原 などと並び 日本五大松原の一つに数えられている 横手城から見て横手川の内側が内町として武家町と町割りされ 羽黒町には上級武士が配置されていた しかし戊辰の役で城と共に炎上し 内町は過半が焼失した 能代市 ( 海岸部一帯 ) 横手市羽黒町 皆瀬川と成瀬川が合流するところにある横手市増田町増田増田は 佐竹氏入部後の江戸時代以降に河川交通の物資集散地として 商業活動が盛んになった 現在の中町 七日町商店街通りがその中心で 地域の要所を結ぶ街道上に立地している 旧横手中学校嘱託英語教師として赴任し横手市城南町 7 1 た米人宣教師は多数おり マルチン M スマイザ は大正 3 年から昭和 30 年に亡くなるまで住み続け 地域の人々に親しまれた 能代市公式サイト 横手市公式サイト o/page html 横手市公式サイト setsu/masuda/ 横手市公式サイト o/page html h 景観 生活様式 138/188

145 286 (h) 景観 生活様式等 287 (h) 景観 生活様式等 288 (h) 景観 生活様式等 289 (h) 景観 生活様式等 290 (h) 景観 生活様式等 291 (h) 景観 生活様式等 292 (h) 景観 生活様式等 293 (h) 景観 生活様式等 294 (h) 景観 生活様式等 295 (h) 景観 生活様式等 秋田県 横手市 保呂羽山波宇志別神社神楽 殿 神楽殿は本殿がある保呂羽山の東方 4km の位置にあり 太い円柱 舟肘木などの形式から室町時代後期の建築とされる 母屋の前後に庇を延ばす両流造りは東北唯一の貴重な建築物である 国の重要文化財 秋田県 横手市 浅舞の御役屋門 江戸時代中期に改築された浅舞の郡奉行所 ( 御役宅 ) の門 木造平屋 トタン葺きの四脚門 昭和 49 年に現在地へ移転 横手市の指定文化財 秋田県 横手市 十文字の旦那門 文化 3 年 (1806 年 ) に完成した薬医門形式 の壮大な門 1 本のケヤキの木からすべて の材料をとったという伝承がある 秋田県 横手市 赤レンガ蔵 ( 赤川家住宅蔵 ) 明治 18 年に完成した 土蔵造 2 階建鉄板葺の煉瓦作り住宅蔵 現在は多目的ホール ギャラリーなどを設置し 様々な催事が開催されている 秋田県 横手市 日の丸醸造本社 街道に面して建つ老舗酒造の店舗 住居 酒蔵などで 増田の伝統的商家の一角を成す重要な景観を形成している 国登録有形文化財 秋田県 大館市 長走風穴 ( 風穴倉庫 ) 標高は160~180mほどだが 吹き出す冷気のため周囲に高山植物が生育している 長走風穴高山植物群落として国の天然記念物に指定されている かつては近隣住民の冷蔵庫代わりに利用されていた 秋田県 大館市 北鹿ハリストス正教会聖堂 天井のドームに特徴がある ビザンチン様式の小型木造教会建築 明治初期にキリスト教の布教が既に地方へ波及していたことを証明する文化的価値も高く評されている 秋田県指定重要文化財 秋田県 大館市 長岐邸武家門 明治期に建造された 総ケヤキ造りの大規模な薬医門 正面扉は幅 2 間両開き 左右に3 尺のくぐり戸を持つ 大館市指定文化財 秋田県 大館市 大館八幡神社 桃山式の遺風を有する彩色に特徴がある 秋田県では数少ない17 世紀に遡る数少ない神社建築 かつては大館城内に祀られていた 国指定重要文化財 秋田県 大館市 桜櫓館 ( 旧櫻場家住宅 ) 洋室を備えた木造 2 階建て和風住宅で 塔 屋を持ち複雑な屋根をかけた特異な外観 をもつ 国の登録有形文化財 波宇志別神社神楽殿は天平宝字元年 (757 年 ) に保呂羽山の現在地に勧請されたといわれ 秋田県内にある式内社 3 社のひとつ 現在も神楽殿では巫女舞の神事が奉納されている 寛政 7 年 (1795 年 ) 秋田六郡に郡方を置き その庁舎を御役屋と称した 浅舞の御役屋には今泉三右衛門が郡奉行として着任し 寛政 11 年 (1799 年 ) に御役屋を改築した 所有者の家系は在郷給人として士分格をもつ 旦那 と呼ばれた家柄であり 人びとは敬意をこめてこの門を 旦那門 と呼んでいる 県内のレンガ造りの建築物として有名な旧秋田銀行本店と同時期の建設物 明治 18 年の建築で 明治後期に改造している 日の丸 は沓澤甚兵衛が元禄 2 年 (1689 年 ) に創業した 大正 2 年 (1913) 年の日英大博覧会で 1 等金牌を受賞 崩落した土砂が堆積して出来た天然の空洞に地中の冷気が滞留し 外部との僅かな接点から冷気が流れ出ている 明治 25 年に建てられ 地域では曲田福音聖堂として親しまれた 内部にある山下りんによる聖像画 ( イコン ) も美術的評価が高い 明治の中期に扇田の地主として勢力を持っていた長岐家が造った門 秋田市の旧佐竹侯別邸の門を模して建造したものとされる 大館初代城主小場義成は 宗家佐竹義宣の秋田転封の際随伴し 慶長 15 年に大館城に入った 八幡神社はその際城中に祀られ 以後 城中及び大館 16 町の鎮守総社として崇敬を受けてきた 大館町長を勤めた櫻場文蔵が昭和 8 年に建てたものである 横手市大森町八沢木字保呂羽山 1-1 横手市平鹿町浅舞字浅舞 横手市十文字町鼎字能平喜 15 番地 横手市大森町字大森 176 横手市増田町七日町 大館市長走 大館市曲田 80 大館市比内町扇田字上扇田 79 大館市字八幡 1 番地 大館市字中城 横手市公式サイト o/page html 横手市公式サイト o/page html 横手市公式サイト o/page html 横手市公式サイト o/page html 文化遺産オンライン il.do?heritageid= 大館市公式サイト ty/sitemanager.nsf/doc/c- 02.html 秋田県総合観光ガイド eing/detail.html?data_id=1450 大館市公式サイト ty/sitemanager.nsf/doc/bukemo n.html 大館市公式サイト ty/sitemanager.nsf/doc/c- 01.html 文化遺産オンライン il.do?heritageid= ( 自治体 企業 NPO 含む ) 296 (h) 景観 生活様式等 297 (h) 景観 生活様式等 秋田県 男鹿市 赤神神社五社堂 江戸時代中期に建造された五社堂で 同形式の五棟の堂が並び建つ景観は壮観である 各堂とも要所に精緻な彫刻を有する 国指定重要文化財 秋田県 男鹿市 真山神社五社殿 江戸時代後期の建築と推定される入母屋造の社殿 建物の内壁や柱には文化元年 (1804 年 ) を最古とする多くの落書があり 当時の信仰を知るうえで貴重な資料となっている 国の有形文化財 ( 建造物 ) 男鹿半島の西端の本山は 赤神権現を信仰する修験道場として開かれた 赤神神社はこの一画をしめ 秋田藩主佐竹氏の厚い保護を受けてきた かつては五社堂とも呼ばれ五つの社があったが 火災ですべて焼けてしまったため一つの社にしたと伝えられる 真山神社はナマハゲゆかりの地としても知られる 男鹿市船川港本山門前 北浦真山字水喰沢 97 文化遺産オンライン il.do?heritageid= 男鹿市公式サイト x.cfm/14,1433,52,165,html 298 (h) 景観 生活様式等 秋田県 男鹿市 増川八幡神社内陣木造宮 殿 神社内の宮殿は一間社で 全体の様式は菅江真澄はその著書で 増川八幡神社に和様を基調としているが 細かい部分に禅ついて 享徳 4 年 (1455 年 ) に安東氏によっ宗様をとり入れており その特徴から室町て建立されたと記している 時代後期の建造と推定されている 県指定有形文化財 船川港増川字宮ノ下 20 男鹿市公式サイト h 景観 生活様式 139/188

146 299 (h) 景観 生活様式等 300 (h) 景観 生活様式等 301 (h) 景観 生活様式等 302 (h) 景観 生活様式等 303 (h) 景観 生活様式等 秋田県 男鹿市 旧男鹿市立加茂青砂小学校昭和初期に建設された木造校舎 現在は廃校となっているが 集落の歴史的景観の核であり ふるさと学習施設として活用されている 国登録文化財 秋田県 男鹿市 旧目黒家住宅 ( 男鹿真山 伝承館 ) 明治 40 年に完成した中門造の古民家 現在は移設のうえ 男鹿真山伝承館 となり 公開活用されている 国の登録有形文化財 秋田県 男鹿市 森長旅館本館 離れ 土蔵 昭和 9 年に完成した木造 2 階建ての本館に加え 離れや土蔵などが 市街地の景観を形成する建築物として国登録文化財に指定されている 現在も旅館として営業中 秋田県 男鹿市 船川港第一船入場 第二船 入場防波堤 間知石積み工法による 大正 昭和初期の技術の面影を留める防波堤 土木学会推奨土木遺産 秋田県 湯沢市 岩崎八幡神社本殿 本殿は18 世紀末に造立された権現造りの 一間社 力士像など 精緻な彫刻が随所 に見られる 湯沢市の指定文化財 加茂青砂小学校は 男鹿半島西岸の周辺から隔絶した集落に明治 9 年開校し 現在ある校舎は昭和 3 年に完成した 隣接する屋内体操場は昭和 26 年の竣工である 平成 13 年に廃校 もとは近郊の目黒家住宅主屋として 明治 40 年に建築された 立地している船川港は古くからの海港として栄えた場所で その賑わいを今に伝える建物である 船川港が外国貿易港へと踏み出す機能強化の中で施工されたもので 大正 3 年に完成した 主要な石材は近隣の寒風山から切り出された 岩崎八幡神社は寛治元年 (1087 年 ) に源義家が創建したと伝えらる 本殿は寛政 2 年 (1790 年 ) の建造 男鹿市戸賀加茂青砂字山道添 38 男鹿市北浦真山字水喰沢 80 男鹿市船川港船川字栄町 82 男鹿市船川 男鹿市公式サイト 文化遺産オンライン il.do?heritageid= 文化遺産オンライン il.do?heritageid= 土木学会公式サイト tage/node/678 湯沢市岩崎千年 283 秋田県名所旧跡見所ナビ ( 自治体 企業 NPO 含む ) 304 (h) 景観 生活様式等 305 (h) 景観 生活様式等 306 (h) 景観 生活様式等 秋田県 湯沢市 旧雄勝郡会議事堂 明治 24 年に議事堂として完成した2 階建ての洋風建築 秋田県内に残る代表的な洋風官衙建築物とされる 秋田県指定有形文化財 雄勝郡会議事堂記念館として解放されている 秋田県 湯沢市 院内銀山跡 近世から明治にかけて栄えた銀山 明治 14 年の明治天皇行幸では坑道内を視察され その坑道は 御幸坑 と呼ばれる 秋田県指定史跡だが坑道内は立入禁止 院内銀山の史料を公開する 院内銀山異人館 が院内駅に設けられている 秋田県 湯沢市 金山神社 江戸時代末期に建築された本殿は 総欅 総うるし塗りの精巧なものである 毎年 9 月には銀山の栄えた往時を偲ぶ院内銀山まつりが行われる 雄勝郡会議事堂として明治 24 年に竣工 設計担当はドイツ人であった 町役場 市役所 公民館 図書館などと時代ごとに多様な用途に使われてきた 湯沢市北荒町 慶長 11 年 (1606 年 ) の開山で 昭和 29 年休湯沢市院内銀山町山 江戸時代後半の全盛期には久保田字下タ町地内 ( 秋田市 ) を凌ぐ1 万 5000 人の人口を抱える巨大鉱山都市として成長したが 現在は無人の山林となっている 金山神社は院内銀山発見当初の創建で 現在の堂宇は文政 13 年 (1830 年 ) に建築された 歴代藩主から金灯篭 書画などが奉納され 境内には狛犬 石灯篭などが多数ある 湯沢市院内銀山町字上本町 40 番 湯沢市公式サイト yuzawa.jp/kanko/kanko01-04.htm 湯沢市公式サイト yuzawa.jp/kanko/kanko05-02.htm 湯沢市公式サイト ublic/template/phone_freepage.ht m?dspid= &time= (h) 景観 生活様式等 308 (h) 景観 生活様式等 秋田県 湯沢市 山内家住宅 市中心部から旧羽州街道沿いにある大型の町屋建築で 町屋としては新しい昭和 10 年の竣功 そのため軒の高さが高い特徴がある 国の登録有形文化財 秋田県 湯沢市 両関酒造本館 蔵 明治 7 年に建築された町屋建築で 秋田県内では最大級の規模 両関酒造の本館で 酒所湯沢を象徴する建築物として市民に愛されている 本館と4つの蔵は国の登録有形文化財 蔵の見学イベントあり 山内家は文化初年 (1804 年 ) から昭和にかけて呉服商を営み栄えた 本住宅の建材はケヤキの良材が中心で 3 代をかけて集めたという 両関酒造は明治 7 年の創業で 現在の建物は大正 12 年に建てられた 湯沢市吹張 2 丁目 1-4 湯沢市前森 4 丁目 3-18 秋田県公式サイト contents/ /index. html 秋田県総合観光ガイド eing/detail.html?data_id= (h) 景観 生活様式等 310 (h) 景観 生活様式等 311 (h) 景観 生活様式等 秋田県 湯沢市 樺山水力発電所 明治 33 年に完成した切り妻屋根 石造の発電所建築で 現存する発電所建築の中で2 番目に古く 石造の発電所では最古と言われる貴重な産業遺産である 現在も東北電力の現役発電所として稼動 秋田県 鹿角市 大湯の朝市 大湯温泉で開催される朝市は江戸時代初 期からの長い歴史を有し 現在も毎月 日に開催されている 秋田県 鹿角市 旧鹿角郡公会堂 大正 5 年に建築された木造平屋の洋風建築で 白壁と赤い屋根のアクセントがヨーロッパ風の景観を形作る 現在は民俗資料の収蔵庫 資料室として使用 市指定有形文化財 樺山発電所は 明治 33 年に院内発電所と称して完成したもので 院内銀山に電力を供給していた 建材となっている石材は坑道から切り出されたもの 古くから鉱山が隆盛した鹿角地方には 江戸時代の初期から朝市が形成され 現在も花輪 毛馬内 大湯 尾去沢の4つの朝市が残る 大正天皇の即位を記念して建てられた 内部は広く 300 人収容のステージ付きホールのほか 3 室があり 郡内文化の殿堂として各種の行事や催し物が繰り広げられた 湯沢市秋の宮 鹿角市十和田大湯字中田 鹿角市花輪字中花輪 湯沢市ジオパーク推進協議会 m/blog-entry-248.html 秋田県総合観光ガイド eing/detail.html?data_id=3191 鹿角市公式サイト enzo/738.html h 景観 生活様式 140/188

147 312 (h) 景観 生活様式等 313 (h) 景観 生活様式等 314 (h) 景観 生活様式等 315 (h) 景観 生活様式等 316 (h) 景観 生活様式等 317 (h) 景観 生活様式等 318 (h) 景観 生活様式等 319 (h) 景観 生活様式等 秋田県 鹿角市 月山神社本殿 江戸時代中期に再建された本殿は 組物が多用され 蟇股 木鼻などに華麗な文様 丸彫が施されている 長年風触に耐えてきたため木目が美しく浮き出ている 市指定有形文化財 秋田県 鹿角市 旧関善酒造 明治時代に再建された木造平屋一部 2 階建の町屋建築で 庇を長くし雪国のアーケードとした こもせ ( こみせ ) が設けられている 国の登録有形文化財 秋田県 鹿角市 渡辺家住宅主屋 土蔵 門 ( 渡部家史料館 ) 秋田県 鹿角市 尾去沢鉱山施設群 ( 史跡尾去沢鉱山 ) 秋田県 秋田県 由利本荘市旧鮎川小学校校舎 屋内運動場 由利本荘市森子大物忌神社拝殿 幣殿 明治時代に建築された上層家屋で 主屋 土蔵に加えて 江戸時代末期建築の薬医門形式の門が 国の登録有形文化財 現在は同家に伝わる骨董品などを展示する渡部家史料館として利用されている 近代東北の代表的銅山である尾去沢鉱山には 選鉱場 製錬所 煙突 ( 高さ60m) など 様々な大規模コンクリート建造物が廃墟状態で現存しており 木学会選奨土木遺産となっている また 一部の坑道は観光坑道 史跡尾去沢鉱山 として公開されている 昭和 29 年に建築された木造校舎で 白と黒のコントラストを特徴とする調和のとれた美しい姿が特徴 建設当初の姿が保存されており 全国的にも稀少である 国の登録有形文化財 鳥海山修験の中心地で 現在の拝殿と幣殿は安政 3 年 (1856 年 ) に再建された 細部に力士像や鳳凰 龍 獅子など精緻な彫刻が施されてる また本殿は大正時代に建築 これらは国の登録有形文化財である 秋田県 由利本荘市土田家住宅 家伝によると延宝 6 年 (1678 年 ) 以前の建築とされる 秋田県最古級の武家住宅で 中門造りの源流であると同時に 中世武家住宅の主殿造りの要素を併せ持つ 見学可 国指定重要文化財 秋田県 由利本荘市佐々木家住宅主屋 文庫蔵 小便所ほか 前郷の街中でひときわ目立つ望楼風の 3 階建て木造和風家屋である養老閣を中心に 主屋や文庫蔵などが立ち並ぶ 細部に洋風の要素 国の登録有形文化財 月山神社は 坂上田村麻呂が蝦夷平定を祈願したと伝えられる古社で 歴代藩主の信仰も深かった 享保 20 年 (1735 年 ) まで4 度の山火事に遭い 現存する本殿は 元文 5 年 (1740 年 ) の再建 関善酒店は安政 3 年 (1856 年 ) 創業で 現在の主屋は明治 38 年の大火で全焼し同年再建されたもの 花輪朝市会場の向かいにあり 市が開く日にはこもせにも地域の特産品などが並べられる 渡部家は 花輪代官所の役人を勤めた在郷武士の家系をひく旧家である 現在の主屋は明治 24 年に建造された 鹿角市十和田毛馬内字毛馬内沢 32 鹿角市花輪上花輪 85 鹿角市八幡平字石鳥谷 63 尾去沢鉱山は飛鳥時代 (708 年 ) の発見と鹿角市尾去沢伝えられ 金山 後に銅山として栄えた 江戸時代は南部藩の手で 明治以降は主に三菱系列の企業によって開発され 昭和 10 年頃の最盛期には従業員だけで 4500 人もいたが 昭和 53 年閉山 昭和 29 年に旧鮎川中学校として建築 昭和 45 年から旧鮎川小学校として利用 平成 16 年閉校 森子大物忌神社の創建は養老年中 (717 ~723 年 ) といわれ 鳥海山滝沢修験の中心であった 戦国時代には本荘藩主六郷氏の崇敬社となった 土田家の祖は木曽義仲の四天王の一人 根井小弥太行親の末裔と伝えられ 豊臣秀吉から朱印状が与えられた 現在の土地には江戸時代の初頭から居住 主屋は大正 3 年 別荘の養老閣は大正 10 年 文庫蔵は明治 33 年 小便所は大正 3 年頃の建築で これらは国の登録有形文化財 由利本荘市町村鳴瀬台 65 由利本荘市森子字八乙女下 99-1 由利本荘市矢島町元町相庭舘 9 由利本荘市前郷字前郷 207 鹿角市公式サイト enzo/737.html 秋田県総合観光ガイド detail.html?topics_id=1080 渡部家史料館公式サイト 88/8891/8891onko/watanabe/w atanabe.htm 土木学会公式サイト tage/node/364 秋田の魅力データベース tanomiryoku/detail.html?cid=8&id =292 文化遺産オンライン il.do?heritageid= 由利本荘市公式サイト /yashima/kinenkan/tutidake01.ht m 文化遺産オンライン il.do?heritageid= ( 自治体 企業 NPO 含む ) 320 (h) 景観 生活様式等 321 (h) 景観 生活様式等 322 (h) 景観 生活様式等 秋田県 由利本荘市斎彌酒造店門 文庫蔵 中倉ほか 和風を基調としつつも一部に洋風の要素を取り入れた明治後期の町屋建築である 旧米蔵はギャラリーとして公開されている 国の登録有形文化財 秋田県 由利本荘市永泉寺山門 慶応元年 (1865 年 ) に建築された山門は楼門形式 入母屋造り 千鳥破風が付いた山門は江戸時代末期の建築美術の見本とされる 県有形文化財 斎彌酒造店は明治 35 年の創業 高低差約 6mの傾斜地に建てられた酒蔵は 通称 のぼり蔵 と呼ばれ 風通しの良さを考慮した工夫である 永泉寺は 本荘藩主六郷家の菩提寺 現在の山門は 最後の藩主六郷政鑑の代 慶応元年 (1865 年 ) に完成した その後本堂は焼失したが 山門は現存 由利本荘市石脇字石脇 53 由利本荘市給人町 44 秋田県 由利本荘市大井家住宅 矢島の町の中心部にある豪商の屋敷で 大井家住宅は江戸時代から続く豪商の家 由利本荘市矢島町 主体部は南北棟の寄棟造 西側に座敷と 柄で 現在の建物は大正 5 年に建てられた舘町 59 納戸 東側通り土間沿いに見世 仏間 帳店舗兼屋敷 同家に伝わる江戸時代のひ 場を並べ 北西に表玄関 北面東寄りに通用玄関を設ける 国の登録有形文化 な人形は 矢島地域のイベント 町中ひなめぐり にも登場 財 文化遺産オンライン il.do?heritageid= 由利本荘市観光協会公式サイト p?lid=84 文化遺産オンライン il.do?heritageid= h 景観 生活様式 141/188

148 323 (h) 景観 生活様式等 324 (h) 景観 生活様式等 325 (h) 景観 生活様式等 326 (h) 景観 生活様式等 秋田県 潟上市 豊川油田跡 石油王国と呼ばれた秋田を代表する油田の一つで 現在もわずかながら稼働している 隣接して展示室があり 盛時の風景や歴史を知る事が出来る 新潟など関東甲信越地域で始まった我が国近代石油産業の歩みを物語る近代化産業遺産群 の構成遺産として 近代化産業遺産に認定されている 秋田県 潟上市 神明社観音堂 観音堂は享保 19 年 (1734 年 ) の建立で 総ケヤキの入母屋造 唐破風を付けた一間社流造で 随所にみごとな彫刻が施され 鎌倉時代の建築様式を伝える 国指定重要文化財 秋田県 潟上市 小玉家住宅車庫 米蔵 主 屋ほか 主屋は木造平屋建 文庫蔵は土蔵造 3 階建 米蔵は木骨煉瓦造 3 階建 車庫は煉瓦造で これらの建物は大正 12 年に建てられた 国の登録有形文化財 秋田県 大仙市 旧池田氏庭園 明治末に築かれた池泉廻遊式庭園で 苑内には高さ4m 笠の直径 4mという国内最大級の雪見灯篭や 県内最古の鉄筋コンクリート造の白亜の洋館があり 庭園のシンボルとなっている 国指定名勝 豊川油田は 明治 15 年から石油開発の探査が進められ 大正 2 年に油田の出油に成功した 最盛期には年間 8 万キロリットル以上を産油し 石油王国と呼ばれた秋田においても有数の油田だった 神明社は 元禄 2 年 (1689 年 ) に八郎潟沖合の水底より発見した千手観音を祀ったことに始まる 秋田県における近世初頭から中期にかけての建築技術の系統を探るうえで貴重な建物とされる 小玉家は醸造会社の創業家 現在の建物は大正 12 年に建てられた 池田氏は東北三大地主といわれる豪農であった その庭園は 明治時代の末期から大正時代に秋田市千秋公園を設計した長岡安平によって築かれた池泉廻遊式庭園である 潟上市昭和豊川字真形尻 潟上市飯田川飯塚字中山 16 潟上市飯田川飯塚字飯塚 68 大仙市高梨大嶋 1 潟上市公式サイト ex.cfm/8,0,35,139,html 秋田県総合観光ガイド eing/detail.html?data_id=1708 文化遺産オンライン il.do?heritageid= 秋田県総合観光ガイド /detail.html?event_id=8491 ( 自治体 企業 NPO 含む ) 327 (h) 景観 生活様式等 328 (h) 景観 生活様式等 329 (h) 景観 生活様式等 330 (h) 景観 生活様式等 331 (h) 景観 生活様式等 332 (h) 景観 生活様式等 333 (h) 景観 生活様式等 334 (h) 景観 生活様式等 秋田県 大仙市 古四王神社本殿 元亀元年 (1570 年 ) に飛騨の名工甚兵衛が建築したとされる本殿は 様式にとらわれない豪快な組み合わせ建築と 優雅な彫刻が特徴の室町時代の代表的な建築物とされる 国指定重要文化財 秋田県 大仙市 旧伊藤家住宅 ( 秋田県立農業科学館曲屋 ) 明治 33 年に建築された曲がり屋形式の農家住宅 厩のとり方や出入口の位置に地域性が認められ 秋田県と岩手県の両方の特徴を持った農家住宅として貴重とされる 国の登録有形文化財 秋田県 大仙市 旧小山田家住宅 ( 樅峰苑 ) 大正 3 年の強首大地震の後に建てられた住宅で 耐震性を確保するために宮大工を京都に派遣して耐震技術を学ばせたという 中央柱が脱着可能など 独特の技術が認められる希少な住宅 国の登録有形文化財 秋田県 大仙市 唐松神社奥殿 拝殿の中にある奥殿は室町時代のものとされ 県指定有形文化財である また 本殿に通じる参道の杉並木は 佐竹家が寄進したものとされ 見事である 秋田県 大仙市 常泉寺本堂 江戸時代中期に建築された本堂は 建築当初の茅葺き屋根を現在まで残している 市指定文化財 また 山門は昭和 28 年の再建だが 秋田県内では珍しい茅葺き屋根の鐘楼門である 秋田県 大仙市 恙虫病研究所 かつて風土病として恐れられた恙虫病の研究施設で 木造 2 階建て 土地の医師である寺邑家が代々ここで研究を重ね 病理解明への一役を担った 内部は未公開 大仙市指定史跡 秋田県 北秋田市 旧阿仁鉱山外国人官舎 ( 阿仁異人館 ) 明治 15 年に建築されたコロニアル様式の煉瓦建造物 阿仁異人館として公開されているほか 隣接する伝承館に かつて産銅日本一を記録した阿仁鉱山の資料が展示されている 国重要文化財指定 秋田県 北秋田市 専念寺山門 江戸時代中期に再建された山門は 朱に塗られた一間一戸の鐘楼門で もとは京都知恩院の山門を模したものといわれる 市指定文化財 古四王神社は 室町時代末期にこの地方の領主であった戸沢氏が国の平穏を願って建立したとされる もとは旧田沢湖町にあったが 農業科学館展示用として寄贈 移設され その際に当初の形式に復原された 大仙市大曲字古四王際 30 大仙市内小友字中沢 小山田家は代々強首地区の肝煎りを勤め大仙市強首字強首た豪農で 矢島領との境界を守る役人や 268 藩主が領内巡視をする際の本陣としての役割を有していた 現在の建物は大正 6 年の竣功 唐松神社の創建は不明だが 古代からの歴史を綴った 物部文書 が伝わる 社殿が街道よりも下がった場所にあるのが珍しい 安産に特に御利益があるとされ 近世には唐松講が組織された 常泉寺は文明年間 (1460~87 年 ) に 楢岡氏の菩提寺として楢岡城内に建立された 現在の本堂は安永 5 年 (1776 年 ) の建立である 恙虫病はかつて雄物川流域の風土病とされ 恐れられてきた 土地の医師である寺邑家は 3 代三折 (1832 年 天保 3 年没 ) から恙虫病の解明に取り組んだ 明治 15 年 当時は政府直営であった阿仁鉱山の外国人宿舎として ドイツ人鉱山技師アドルフメッケル等によって建設された 大仙市協和境下台 84 大仙市南外揚土 13 9 大仙市内小友荒町 55 北秋田市阿仁銀山字下新町 専念寺は 延慶 2 年 (1309 年 ) に金山が発北秋田市阿仁銀山見されて以来 奈良の大仏にも産出の銅下新町 4 が使われたほど栄えた阿仁鉱山の菩提寺である 大仙市公式サイト ocs/ / 文化遺産オンライン il.do?heritageid= 文化遺産オンライン il.do?heritageid= 秋田県観光総合ガイド eing/detail.html?data_id=1530 大仙市公式サイト ocs/ /files/28.pdf 大仙市公式サイト ocs/ /files/1.pdf 秋田県観光総合ガイド eing/detail.html?data_id=1592 まるまる秋田 aakita/3605.html h 景観 生活様式 142/188

149 335 (h) 景観 生活様式等 秋田県 北秋田市 金家住宅洋館 和館ほか昭和 3 年に建築された大地主の邸宅で 好対照をなす和洋両館が極めて良好に保存されており 東北地方ては数少ない大型の和洋並立住宅として貴重である 現住の邸宅である 国の登録有形文化財 金家は阿仁地方の三大旦那と呼ばれた大地主で 現在の和館と洋館は昭和 3 年に建設された 終戦直後には大野岱女子農業学校 ( 現米内沢高校 ) の女子寮として洋館を提供した 北秋田市本城字館ノ下 192 番地 北秋田市公式サイト news/2008/10/1020/kon- Shitei/Kon-Shitei.htm ( 自治体 企業 NPO 含む ) 336 (h) 景観 生活様式等 337 (h) 景観 生活様式等 338 (h) 景観 生活様式等 339 (h) 景観 生活様式等 340 (h) 景観 生活様式等 秋田県 北秋田市 阿仁根子マタギの里 根子は 四方を山に囲まれたすり鉢状の山村で 源平落人伝説が残る隠れ里の雰囲気をよく今に伝えている 阿仁マタギの発祥の地ともいわれ 山菜やキノコ採りなど森に密着した生活様式や 能楽の一種 根子番楽 などの伝統を活かしたむらづくりを進めている 秋田県 にかほ市 院内油田跡 かつて油田王国といわれた秋田の大規模油田のひとつで 閉山した現在も採取した櫓やポンピングパワーなどの装置が当時のまま残されており 貴重な産業遺産となっている 秋田県 にかほ市 上郷温水路群 温水路は 従来よりも水路の幅を広げ 水深を浅くし 落差 ( 約 700mに70 段 ) を造り 流れをゆるやかにして太陽熱で水を温めるというしくみで 日本初のものである 貴重な農業近代化遺産で 県指定有形文化財 秋田県 にかほ市 由利海岸波除石垣 江戸時代に建築された波除石垣は 芹田から金浦の飛までの海岸線に点在する小岡が石堤により結ばれている 全国的にも貴重な近世土木遺産である 国指定史跡 また 農林水産省の 未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選 選定 秋田県 にかほ市 蚶満寺山門 山門は江戸時代の建造で 中に矢島藩主生駒氏の寄進による仁王像が安置されている また山門の瓦には蚶満寺が閑院宮家の御祈願所となっていることから 菊の紋章が用いられている 市指定有形文化財 根子集落は源平の落人が渡来して開拓を北秋田市根子したという伝承がある また阿仁マタギ発祥の地として知られ 人々は独特の風習と信仰を持つマタギの狩猟文化を守ってきた 院内油田は 明治 11 年に地質学博士ベンジャミン ライマンによって発見され 大正 12 年に採油開始 全盛期の昭和 20 年には年産 11 万キロリットルに達した 平成 7 年閉山 大正 15 年 上郷の住民は米の収穫量を増やすため 冷たくて農業用水には適さない鳥海山の雪解け水の水温を上げるために温水路を建設した その構築も住民自ら行った にかほ市巾山 にかほ市象潟町上郷 波浪から海岸を守り 塩害から農地 農作にかほ市芹田 飛物を守るために本荘藩が18 世紀に造営した 19 世紀前半の作とみられる 由利南部海岸図 にはこの石垣が描かれている 建造以来しばしば修理されている 蚶満寺は 寺伝によると平安前期の853 年にかほ市象潟町象に慈覚大師によって開創 鎌倉中期 (1257 潟島 2 年 ) 時の執権北条時頼が 北国巡遊で訪れたとき寺領を寄進し再興したと伝えられる 松尾芭蕉の 奥の細道 でも知られる 秋田県のがんばる農山漁村集落応援サイト nkimura/area/detail.html?cid=7&i d=3 にかほ市観光案内公式サイト にかほ市観光案内公式サイト 秋田県観光総合ガイド eing/detail.html?data_id=317 にかほ市観光案内公式サイト (h) 景観 生活様式等 秋田県 にかほ市 陽山寺山門 山門は瓦葺きの楼門で 仁王像が安置され 別名 桜門 と呼ばれる紅白の壮麗な門 背景の緑とのコンストラストがすばらしい 市指定有形文化財 陽山寺は平安末期 (1250 年頃 ) の創建 庭園には樹齢 350 年以上とされる紅白 5 種類のツツジがあり 毎年 5 月中旬見頃を迎える にかほ市小国南野 1 にかほ市観光案内公式サイト (h) 景観 生活様式等 343 (h) 景観 生活様式等 344 (h) 景観 生活様式等 秋田県 仙北市 角館武家屋敷の町並み 角館の城下町で 旧武家町の中央にある上中級武士の武家屋敷地が良く旧状を留める 広い通り沿いに板塀が連続し 塀に沿ってシダレザクラやモミの木が深い木立を形成する 藩政期末期の屋敷割を踏襲し 屋敷は茅葺の主屋や門 蔵で構成される みちのくの小京都 とも呼ばれる 重要伝統的建造物群保存地区 秋田県 仙北市 草彅家住宅土間 主屋 母屋は天保 2 年 (1832 年 ) 土間部分は明治時代の建築 仙北地域の典型とされる農家建築で 秋田県と岩手県の中間的形態をとる 国指定重要文化財 秋田県 仙北市 大国主神社本殿 山門 明和年間 (1764~72 年 ) の建立といわれる本殿は 秋田県唯一の阿弥陀堂建築として希少である また山門は三間一戸で両側に力士像が配置されている これらは県指定重要文化財である 慶長 8 年 (1603 年 ) に角館に入部した蘆名氏は 元和 6 年 (1620 年 ) に古城山の南麓へ城下町を移転させ 現在残る武家町の町割を築いた 明歴 2 年 (1656 年 ) に蘆名氏は断絶し 佐竹北家の佐竹義隣が角館に入ると 以後 角館には多くの京文化が移入された 草彅家は土地の上層農家であった 明治の神仏分離以前は仏式の寺院で 本堂や山門の各所に改変の痕跡を留める 山門の力士像も本来は仁王像で これは運慶作といわれる 仙北市角館町 仙北市田沢湖生保内字下堂田 18 仙北市西木町西明寺字堂村 92 文化庁公式サイト Cshoukai/main.asp%7B0fl=show&i d= &clc= & cmc= &cli= &cmi= %7B9.html 文化遺産オンライン il.do?heritageid= 秋田県観光総合ガイド eing/detail.html?data_id=1534 h 景観 生活様式 143/188

150 345 (h) 景観 生活様式等 346 (h) 景観 生活様式等 347 (h) 景観 生活様式等 348 (h) 景観 生活様式等 349 (h) 景観 生活様式等 350 (h) 景観 生活様式等 秋田県 仙北市 雲厳寺山門 山門は安永 7 年 (1778 年 ) の建築で 4 体の力士が楼をに支えるユニークなデザイン その表情は1 体 1 体異なる 県指定重要文化財 秋田県 仙北市 旧角館製糸工場 明治末に建築された木造の製糸工場で 採光と換気のために越し屋根や壁面上部に開口部を設ける点が特徴である 角館の製糸産業の歴史を今に伝える建物 国の登録有形文化財 秋田県 仙北市 鶴の湯温泉本陣 茅葺き屋根の本陣は 二代目秋田藩主佐竹義隆が湯治に訪れた際に警護の者が詰めた建物といわれる 東西 43mの細長い建物で 風趣に富む湯治場の雰囲気をよく伝える 国の登録有形文化財 秋田県 仙北市 神の岩橋 生保内林用軌道 跡 大正 15 年に架設された森林軌道用の吊り橋で 当時は実現不可能と思われていた鉄道用の吊り橋を 秋田営林局の惟信をかけて建造した 橋長 78m 秋田県 小坂町 旧小坂鉱山事務所 明治 38 年に鉱山事務所として建てられたモダンな洋風建築で 木造三階建 本邦を代表する近代鉱山の建築物とされる 現在は移築のうえ観光施設 小坂鉱山事務所 として公開されている 国指定重要文化財 秋田県 小坂町 康楽館 明治 43 年に建築された国内最古級の木造芝居小屋 地上 2 階 一部地下 1 階 外観は洋館風 内装は典型的な和風芝居小屋という和洋折衷の造りが特徴で 現在も公演が行われてる 国指定十分家財 雲厳寺は 土地の支配者白岩氏が 宝徳 2 年 (1450) に創建したといわれる 総門をくぐると山門 ( 楼門 ) が見えてきます 平成 4 年に秋田県重要文化財に指定されています 明治 45 年に角館製糸工場として建築 大正 7 年の創業停止後は米の倉庫となり 現在も倉庫として利用されている 鶴の湯温泉は寛永 15 年 (1638 年 ) に二代目秋田藩主佐竹義隆が湯治訪れたといわれる古い温泉で 元禄時代 (1688~1704 年 ) から湯宿として里人をいやしてきた記録がある 橋が架かっている位置は抱返渓谷の入口にあたる 橋とその先の軌道跡は 渓谷を巡る遊歩道として活用されている 明治 38 年に合名会社藤田組小坂鉱山の本部事務所として建てられた 当時の技術の粋を結集して造られたもので ルネッサンス風の外観と意匠をもつ芸術的価値も高く評価されている 明治 43 年に小坂鉱山の厚生施設として完成 杮落としは大阪歌舞伎の尾上松鶴一座の公演であった 昭和 45 年に休止されるが 昭和 61 年に再開館されて現在に至る 仙北市角館町白岩前郷 33 仙北市角館町字下丁 14-3 仙北市田沢湖田沢字湯ノ岱 2 番地先先達沢国有林生保内事業区 50 林班ハ小班 仙北市田沢湖卒田 角館町広久内 小坂町小坂鉱山古館 48 2 小坂町小坂鉱山字松ノ下 2 仙北市公式サイト /sightseeing/spot/05_ungan.html 秋建時報 ml 文化遺産オンライン tail.do?heritageid= 秋田県観光総合ガイド eing/detail.html?data_id=9 小坂町公式サイト kuni/kouzan.html 秋田県観光総合ガイド eing/detail.html?data_id=1580 ( 自治体 企業 NPO 含む ) 351 (h) 景観 生活様式等 352 (h) 景観 生活様式等 353 (h) 景観 生活様式等 秋田県 小坂町 旧工藤家住宅 明治 18 年に建てられた地主の邸宅で 1 階と2 階を合わせて約 124 坪と大規模である 武家住宅の面影を伝える地主屋敷として貴重 現在はまちづくりの拠点施設 中小路の館 として活用 県指定有形文化財 秋田県 小坂町 十和田ホテル本館 木造 3 階建て和洋折衷の大型建築で 内 外の全体に秋田杉の良材を用いる 玄関 ホール吹抜けの構造 繊細な組子欄間 杉皮の船底天井が まさに 秋田杉の館 とよぶにふさわしい空間を作り出す 現在 もホテルとして営業中 国の登録有形文 化財 秋田県 三種町 大山家住宅 江戸時代末期に建てられた上層農家建 築 上級階層の住宅にしか許されなかっ た船枻 ( せがい ) という桁から軒先まで腕木 を伸ばし屋根を支える工法をとっているほ か 町屋建築で見られる出格子などを採 用 見学は要予約 国指定重要文化財 工藤氏は江戸時代には武士の家系で 小坂村の地主 大正 昭和初期には当時の当主茂太郎が小坂町長をつとめた家柄である 中小路 は工藤家の屋号 小坂町小坂字中小坂 62-1 十和田ホテルは 昭和 11 年に十和田湖が小坂町十和田湖字国立公園に指定されたのを機に秋田県に鉛山より建設が計画され 昭和 14 年に開館した 北東北 3 県から宮大工 80 名を集め 腕を競わせたとも伝えられる 皇族や各界の著名人も多く泊まった 小坂町公式サイト 34/276.html 小坂町公式サイト yukei/towadahotel.html 大山家は代々村役の家柄だった 三種町鵜川字飯塚 三種町公式サイト sightseeing/detail.html?category_i d=4&article_id= (h) 景観 生活様式等 355 (h) 景観 生活様式等 秋田県 五城目町 菊地家住宅文庫蔵 離れ 座敷 昭和初期に建築された造り酒屋の屋敷で 座敷は上質なつくりの書院造 離れは凝った造作が見られる和風建築で ともに平屋建 文庫蔵は高度な左官技法になる 2 階建土蔵造で 以上は国の登録有形文化財 秋田県 五城目町 野田郷倉 切妻造 板倉壁の郷倉で 現在も備荒倉として機能している 集落の農家は毎年一定量の籾を収穫後に叺に入れに納める 町指定文化財 菊地家は五城目の老舗である造り酒屋で 文化財指定を受けている各建築物は いずれも昭和初期に建築されたもの 野田神社には江戸時代から備荒用の郷倉がおかれ 現在の建物は昭和 10 に再建されたもの 五城目町字鵜ノ木 88-2 五城目町野田 文化遺産オンライン il.do?heritageid= 五城目町公式サイト p/bunkazai/tangible/detail_071.ht ml h 景観 生活様式 144/188

151 カテゴリー 県 市町村 地域資源名 資源の概要 歴史的価値 ストーリー 所在地 情報源 取材元 秋田県 五城目町 五城目朝市 下タ町通り商店街で開かれる朝市は明応 五城目の朝市は 明応 4 年 (1495 年 ) に地 五城目町下町通り 4 年 (1495 年 ) 以来の長い歴史を持つとい 頭の命で町村に 市神 をまつらせ 市を われ がつく日は道の両側 開いたのが始まりと伝えられる 江戸時代 には四季の産物や包丁や桶 ざる 衣類 には久保田 ( 秋田 ) と能代や阿仁鉱山へ などの生活用品まで並び 歳の市では正 の物資輸送の中継点として 市は大いに 月用品の買い出しで賑わう 賑わった 356 (h) 景観 生活様式等 357 (h) 景観 生活様式等 358 (h) 景観 生活様式等 359 (h) 景観 生活様式等 360 (h) 景観 生活様式等 秋田県 八郎潟町 八郎潟とうたせ舟 ( 八郎潟展示館 うたせ館 ) 秋田県 大潟村 大潟村の田園風景 ( 大潟村干拓博物館 ) 湖面の青と帆の白のコントラストが目に眩しい うたせ舟 は 干拓前の八郎潟でワカサギやシラウオをとる底引き網漁に使われていた 現在は八郎湖畔にある八郎潟展示館で2/3サイズの模型を見る事が出来る 国内最大級の干拓地に立地する大潟村には 日本ではあまり見る事の出来ない大型農業機械を利用した大規模農業が行われているほか 生活エリアには防災林に囲まれた整然とした街並みが展開する 大潟村干拓博物館で同地に関する様々な資料を展示 秋田県 美郷町 六郷清水の里 六郷は 古来から百清水とも言われてきた豊かな清水の里で 緑の木々の下にコンコンと湧き出す清水や その住人である イバラトミヨ( ハリザッコ ) の姿が涼を誘う 環境省の 名水百選 にも選ばれた そしてこれらの清水を利用したまちおこしが進められている 秋田県 羽後町 鈴木家住宅 中門造り 茅葺き屋根を残す 秋田の伝統的かつ代表的な民家で 17 世紀後半の建築と推定される 秋田県では最古の民家とされる 国指定重要文化財 大正から昭和にかけて約 100 隻のうたせ舟が八郎潟を往来していたが 八郎潟の干拓工事が始まった昭和 32 年頃を境に次々と姿を消した 昭和 39 年 かつて国内第 2の広さの湖だった八郎潟の湖水を抜いて干拓した地に秋田県大潟村が誕生した 耕地面積は約 1 万 2 千ヘクタールで 東京山手線内側面積の約 1.8 倍に相当 国内平均農家の10 倍以上の面積の農地で大規模な機械化農業をする国家プロジェクトであった 御台所清水 座頭清水 藤清水等の代表的清水は現在も生活用水として利用されているほか 町内の銘水を利用した日本酒や ニテコサイダー などの特産品がある 鈴木家は源義経の家臣の末裔とされ 頼朝の奥州征伐の際に奥州平泉から文治 5 年 (1189 年 ) に山深い現在地に落ちのび 以来定住したという 八郎潟町字川口 大潟村西 5 丁目 2 美里町六郷 羽後町飯沢字先達沢 52 五城目町公式サイト p/kanko_m_as.htm 八郎潟町公式サイト a.jp/c.html?seq=48 大潟村干拓博物館公式サイト 美郷町公式サイト misatochoukankou/sisetumeisho /yuusui/yuusui-top.asp 文化遺産オンライン il.do?heritageid= ( 自治体 企業 NPO 含む ) 361 (h) 景観 生活様式等 362 (h) 景観 生活様式等 秋田県 羽後町 三輪神社本殿 本殿は永禄 5 年 (1562 年 ) の火災をまぬがれたという記録や形式技法などから 室町時代後期の建立と考えられる 滋賀県内の室町時代遺構に多く見られるなど 地域的に限定される形式で 関東 東北では三輪神社本殿が唯一の遺構である 国指定重要文化財 秋田県 羽後町 須賀神社本殿 三輪神社の境内社で 正保 4 年 (1647 年 ) に建立された本殿は 桃山時代の建築様式の名残が見受けられ 屋根が勾配の強い入母屋で妻入りになっており 唐破風部分も重厚である 国指定重要文化財 三輪神社は 養老年間 (717~24 年 ) に大和の大神神社を勧請して創始したと伝えられる 歴代の藩主 武将の信仰が篤く 御神輿は佐竹 2 代藩主義隆夫人光聚院が奉納したもの 須賀神社は権現社ともよばれ 島根県雲南市の須我神社を大元にするといわれる 須佐之男命を祀る 羽後町杉宮字宮林 1 羽後町公式サイト eing/detail.html?id=373 羽後町杉宮字宮林 1 まるまる秋田 o/3212.html 363 (h) 景観 生活様式等 364 (h) 景観 生活様式等 秋田県 羽後町 鈴木家住宅 江戸時代中期のものとされる厩中門造りの農家 母屋部分が寄棟 厩部分が入母屋となっており 秋田県では最も古い部類に属する民家といわれる 国指定重要文化財 秋田県 羽後町 阿部家住宅 明治期に建築された中門造りの農家で 中世城館である尼沢館跡の山裾に位置し 周囲の伝統的な農村景観とよく調和する 主屋と蔵が国の登録有形文化財 鈴木家は 源義経の家来鈴木三郎重家の子孫の血筋で 文治 5 年 (1189 年 ) に奥州平泉から落ち延びてここに土着したといわれる 阿部家は大地主の家柄であった 羽後町飯沢字先達沢 52 羽後町田代字尼沢 140 文化遺産オンライン il.do?heritageid= 国指定文化財等データベース 9%98%BF%E9%83%A8%E5%AE%B6% E4%BD%8F%E5%AE%85%E4%B8%B B%E5%B1%8B 365 (h) 景観 生活様式等 秋田県 羽後町 黒沢家住宅 古くから交易の街として栄えた西馬音内の西馬音内は内陸の雄勝郡と日本海沿岸商家建築で 屋根が切妻で妻入りといったの由利郡を結ぶ交通路にあたり 中世に 秋田県内では多く見られる典型的な形式 は城下町が発達した を示す 県指定重要文化財 羽後町西馬音内字本町 124 秋田県名所 旧跡見所ナビ (h) 景観 生活様式等 山形県 山形市 千歳館主屋 客室つる 老舗料亭の木造建築で 料亭建築の好例であるとともに和洋の意匠を併せ持つ特異な建物である 現在も料亭として営業中 国の登録有形文化財 千歳館は大正 4 年に現在地で創業した老舗料亭である 離れの客室つるは 昭和 2 年に山形市で開催された全国産業博覧会の舞台を移築したとも伝えられる 山形市七日町 文化遺産オンライン il.do?heritageid= h 景観 生活様式 145/188

152 367 (h) 景観 生活様式等 山形県 山形市 旧済生館本館 ( 山形市郷土館 ) 明治初期に病院として建設された壮大な洋風建築である 中庭を囲んで病室を円形に配置し 正面の塔屋は三層構造を持つ独特の形態 現在は 山形市郷土館 として当時の姿を伝える歴史資料館になっている 国指定重要文化財 明治 11 年に県令三島通庸の開明政策の山形市霞城町 1-1 元山形県立病院として建設された 済生館 の名前は当時の太政大臣 三条実美の命名による 東北地方で最も早く西洋医学を取り入れ オーストリア人医師ローレツを金沢医学校から招聘した 山形県公式サイト shokokanko/110001/him/him_15. html ( 自治体 企業 NPO 含む ) 368 (h) 景観 生活様式等 山形県 山形市 山形市立第一小学校旧校 舎 ( 山形まなび館 ) 明治初期の技術の粋を集めた鉄筋コンク第一尋常小学校の新校舎として 山形県リートの小学校校舎で 当時のわが国ので初めて鉄筋コンクリート造 3 階建ての校最先端技術を伝える 現在は 山形まなび舎が昭和 2 年 7 月に完成した 同年 9 月に館 として市民に広く利用されている 国登 全国産業博覧会 が山形市内で開催さ録有形文化財 れたが その主会場としても使用 山形市本町 1 丁目 5-19 山形県公式サイト shokokanko/110001/him/him_16. html 369 (h) 景観 生活様式等 山形県 山形市 立石寺中堂 ( 根本中堂 ) 根本中堂は古刹立石寺の中でも最古の 立石寺は貞観 2 年 (860) 年慈覚大師円仁が山形市大字山寺 遺構で 正平年間 (1346~1370 年 ) の建物開いた 東北を代表する天台宗の寺院 こ を基礎とする入母屋の巨大な堂宇である 密教寺院堂の特徴を示す 国指定重要文化財 の中堂は正平年間 (1346~1370 年 ) の再建以来 大小の修理を数度うけているが 現在は慶長 13 年 (1608 年 ) の大修理当時 の形式に復原された 山形市観光協会公式サイト agata.jp/db/cgibin/search/search.cgi?panel=det ail&d01= &c= (h) 景観 生活様式等 371 (h) 景観 生活様式等 372 (h) 景観 生活様式等 373 (h) 景観 生活様式等 374 (h) 景観 生活様式等 375 (h) 景観 生活様式等 376 (h) 景観 生活様式等 山形県 山形市 山形県旧県庁舎及び県会議 事堂 ( 山形県郷土館文翔 館 ) 旧県庁舎は 大正 5 年に完成した壮麗な3 階建て煉瓦造りの官衙建築 ルネッサンス様式 旧県会議事堂は レンガ造り2 階建で 当時は来賓室や議員控室などに使用された いずれも国指定重要文化財 現在は山形県郷土館 ( 文翔館 ) として利用されている 山形県 山形市 鳥海月山両所宮 本殿は江戸中期享保期の建立 山門は天明 3 年 (1783 年 ) 建立の高荘な楼門で現在は随神門と称される 境内の城輪神社は桃山時代の建物とされる いずれも山形市の指定文化財 山形県 山形市 旧山形師範学校本館 講 堂 ( 山形北高講堂 ) 明治 34 年に完成した 木造二階建て洋風の学校建築 ルネッサンス様式を基調とする 現在も県立山形北高等学校の校舎として利用されている 山形県指定重要文化財 山形県 山形市 清風荘 池泉回遊式の古庭園として有名な もみじ 公園 にある和室で 現在まで公民館とし て利用されている 山形県 山形市 明善寺本堂 昭和 9 年に完成した伊東忠太設計の本堂 建築 全体的に伊東の作風が良く表れて いる 国の登録有形文化財 山形県 山形市 旧松應寺観音堂 ( 松尾山観音堂 ) 山形県米沢市 福島県福島市 栗子山隧道 ( 万世大路 ) 観音堂は方三間の宝形造で 屋根は茅葺 一部改変の部分がみられるものの 室町時代後期頃の地方的特色がみられ この時代の山形地方の建築技法を知る上に重要な建物である 国指定重要文化財 栗子山隧道は奥羽山脈山中の標高 900m の高所にある全長約 900m の道路用トンネルで 明治 14 年に開通した初代と 昭和初期に改築された 2 代目の隧道が並ぶ 現在はともに廃道 現在の国道 13 号の旧道にあたり 明治から昭和 40 年までの長きにわたって山形県の玄関口として活躍した 土木学会の選奨土木遺産 旧県庁舎の設計は東京都出身の田原新之助が担当し 米沢市出身の中條精一郎が顧問を勤めた 付属の時計塔は 札幌の時計台に次いで 2 番目に古い 昭和 50 年まで県庁舎として利用されていた 源頼義と義家によって康平 6 年 (1063 年 ) に創建されたと言われる 古くから お宮様 と称され 北の総鎮守として尊崇されてきた 本殿は寛永年中に焼失し 享保年中に再建されたものという 旧山形師範学校は明治 11 年に開校 のち現在地へ移され 昭和 38 年以降は県立山形北高等学校が利用している 清風荘の建物は 明治維新以前は宝幢寺という真言宗の寺院であり大書院であった 設計者の伊東忠太は米沢市出身の建築家で 日本建築を本格的に見直した第一人者である 彼は法隆寺が日本最古の寺院建築であることを学問的に示し それまでの 造家 という言葉を 建築 に改めた 旧松應寺観音堂は蔵王山の西麓に位置し 最上三十三観音の札所として庶民の信仰を集める 松應寺は和銅年間 (708~ 715 年 ) の草創と伝えられる 山形市旅篭町 3 丁目 4-51 山形市宮町 山形市緑町二丁目 2 番 7 号 山形市東原町二丁目 16 番 7 号 山形県公式サイト shokokanko/110001/him/him_24. html 山形市観光協会公式サイト agata.jp/db/cgibin/search/search.cgi?panel=det ail&d01=883 文化遺産オンライン il.do?heritageid= 山形市公式サイト kankou/57ed6seihuusou.html 山形市七日町 文化遺産オンライン il.do?heritageid= 山形市蔵王半郷 2 明治 9 年に初代の山形県令となった三島山形県米沢市 ~ 福通庸は 周囲を山に囲まれた山形の発展島県福島市には中央と連絡する道が必要であるとして 奥羽山脈を貫く馬車道の建設を押し進めた 明治 14 年に全線が開通し 東北巡幸中の明治天皇が開通式に臨席してこれを万世大路と名付けた 昭和 40 年廃止 山形市観光協会公式サイト agata.jp/db/cgibin/search/search.cgi?panel=det ail&d01= &c=20 山形県公式サイト shokokanko/110001/him/him_13. html h 景観 生活様式 146/188

153 377 (h) 景観 生活様式等 山形県 米沢市 旧米沢高等工業学校本館 ( 山形大学工学部 ) ルネッサンス様式を基調とする木造 2 階米沢高等工業学校は明治 43 年に開設さ建 建築面積 平方メートルに及ぶ大れた全国 7 番目の高等工業学校である 規模な学校建築 明治後半に建設された昭和 19 年に米沢工業専門学校と改称さ一連の高等工業高校の遺構として 学校れ さらに同 24 年に山形大学工学部に改建築史上でも貴重なものである 現在は組された 山形大学工学部として利用されている 国の重要文化財 山形県米沢市城南 4 丁目 3-16 山形県公式サイト shokokanko/110001/him/him_04. html ( 自治体 企業 NPO 含む ) 378 (h) 景観 生活様式等 379 (h) 景観 生活様式等 380 (h) 景観 生活様式等 381 (h) 景観 生活様式等 382 (h) 景観 生活様式等 山形県 米沢市 笹野観音堂 江戸時代末期に建設された萱葺き屋根の壮大な寺院 竜や鳳凰の彫物もすばらしく 庄内の彫物師後藤藤吉 政吉の作と伝えられる またあじさいの名所で あじさい寺 とも呼ばれている 米沢市指定文化財 山形県 米沢市 ホテル音羽屋本館 江戸時代末期に建設された萱葺き屋根の壮大な寺院 竜や鳳凰の彫物もすばらしく 庄内の彫物師後藤藤吉 政吉の作と伝えられる またあじさいの名所で あじさい寺 とも呼ばれている 米沢市指定文化財 山形県 米沢市 上杉伯爵邸 ( 米沢市上杉記念館 ) 明治 29 年に建設された総ヒノキ入母屋造りの壮大な建物で かつては皇族の宿泊所ともなっていた 現在は上杉記念館として 上杉家に関わる様々な展示をしている 国指定重要文化財 国の登録有形文化財 ( 建築物 ) 山形県 米沢市 舞鶴橋 ( 石アーチ橋 ) 米沢市丸の内の上杉神社を囲むお堀の東側に架設されている長さ5m 幅 7mのアーチ石橋で 明治 19 年の完成 国の登録有形文化財 山形県 米沢市 上杉神社稽照殿 大正 12 年に完成した上杉家の様々な遺品 1000 点以上を収蔵展示するための施設 直江兼続の有名な 愛 の鎧も展示されている 国の登録有形文化財 ( 建築物 ) 笹野観音堂は坂上田村磨呂の開基と伝わる古刹で 伊達氏 上杉氏と歴代領主の信仰も厚かった 天保 4 年に火災に遭い 同 14 年 (1843 年 ) に再建されたのが現在のお堂である 音羽屋は明治 30 年に創業し 現在の建物は昭和 12 年に建てられたもの 上杉伯爵邸は明治 29 年 元米沢城二の丸跡に上杉家 14 代茂憲伯爵邸として建てられたが 大正 8 年の米沢大火で焼失し 大正 14 年に復元されたのが現在の建物 設計者は中條精一郎 施工は名棟梁江部栄蔵 舞鶴橋の名称は米沢城の別称舞鶴城に由来する 杉神社正面につながる橋で 毎年大勢の観光客らが通行している 大正 12 年 上杉神社再建にあたって建てられた 設計者は米沢市出身の建築家 伊東忠太 米沢市笹野 米沢市駅前 米沢市松が岬 米沢市公式サイト ata.jp/1116.htm 文化遺産オンライン il.do?heritageid= 米沢市公式サイト ata.jp/1137.htm 米沢市丸の内 1 丁目置賜文化フォーラム / 米沢市丸の内 米沢市観光情報サイト n.html 383 (h) 景観 生活様式等 山形県 米沢市 直江兼続治水利水施設群 慶長年間 (1596~1615 年 ) に米沢藩主直江兼続が米沢盆地に建設した治水 利水施設群で 谷地河原堤防 ( 直江石堤 ) 蛇堤 ( 蛇土手 ) 御入水堰 などの8 件の近世河川施設が選奨土木遺産の指定を受けている 慶長 6 年 (1601 年 ) に米沢へ減封となった直江兼続は 米沢盆地の安定経営を図るため 松川の氾濫を防ぐ直江石提をはじめとする治水 利水施設を次々完成させた 城下町米沢を形成する骨格となり 一部は現在もインフラとして使われている 米沢市内各所 土木学会公式サイト tage/node/ (h) 景観 生活様式等 385 (h) 景観 生活様式等 山形県 米沢市 峠駅 奥羽本線の福島 ~ 米沢間は奥羽山脈板谷峠越えの難所で この区間に設置された赤岩 板谷 峠の3 駅は いずれもスイッチバック方式であった 後にこれらのスイッチバックは廃止されているが 現在も旧ホームなどの遺構があり 多くの鉄道ファンが訪れている 山形県 鶴岡市 旧鶴岡警察署庁舎 ( 致道博物館 ) 明治 17 年に竣工した木造 2 階建て桟瓦葺の擬洋風建築物 明治新政府の警察署としての威厳を表す堂々とした白亜の建築物である 現在は致道博物館の敷地に移設されている 県指定重要文化財 峠駅は 明治 32 年の奥羽南線 ( 奥羽本線 ) の福島 ~ 米沢間開業に伴い設置された 平成 2 年の山形新幹線開業に伴いスイッチバックが廃止された 峠駅の名物は 峠の力餅 で 現在も売られている 米沢市大字大沢字峠 初代山形県令三島通庸が 明治新政府の鶴岡市家中新町 10- 指導の下で庄内の近代化を進める象徴的 18 な施設として市街地に建築した 昭和 31 年に警察署としての使用を終え 翌年に現在地へ移設保存された 山形県公式サイト shokokanko/110001/him/him_09. html 山形県公式サイト shokokanko/110001/him/him_02. html 386 (h) 景観 生活様式等 山形県 鶴岡市 酒井氏庭園 ( 致道博物館 ) 庄内藩主酒井家の御隠殿北面に築かれた古庭園で すぐれた古庭園が少ない東北地方では稀に見る典型的な書院庭園として貴重とされる 国の名勝 正確な作庭年代 作者などは不明とされるが この地には酒井氏入国前の最上家時代から高級武士の屋敷があった 鶴岡市家中新町 山形県鶴岡市観光連盟サイト p0298.html h 景観 生活様式 147/188

154 387 (h) 景観 生活様式等 388 (h) 景観 生活様式等 389 (h) 景観 生活様式等 390 (h) 景観 生活様式等 山形県 鶴岡市 旧西田川郡役所 ( 致道博物館 ) 明治 14 年に建築された 木造 2 階建てのルネッサンス様式擬洋風官衙建築 中央にそびえる高さ20mの塔屋が一際目を引く 国指定重要文化財 現在は致道博物館の施設のひとつとして展示が行われている 山形県 鶴岡市 松ヶ岡開墾場 松ヶ岡開墾場は明治初期に旧庄内藩士の大規模な授産施設として整備された 現在も中心施設であった松ヶ岡本陣や当時の屋敷が残され 開墾記念館 ギャラリー 庄内農具館などとして活用公開されている 国指定史跡 山形県 鶴岡市 庄内藩校致道館 江戸時代後期に建築された庄内藩の藩校で 表御門 聖廟 講堂 御入間などが残る 藩校建築としては東北で唯一の現存例 国指定史跡 山形県 鶴岡市 鶴岡カトリック教会天主堂 明治 36 年に建てられたロマネスク様式教会建築で 赤い塔屋がひときわ目を引く 独自の技法でつくられた 窓絵 や 世界的にも珍しい 黒い聖母マリア像 がある 国指定重要文化財 初代山形県令三島通庸の庄内近代化の一環として建築された郡役所のひとつ 明治 14 年の明治天皇東北御巡幸では鶴岡の行在所ともなった 和 47 年に現在地へ移設 鶴岡市家中新町 明治 5 年に 旧庄内藩家老菅実秀の指導鶴岡市羽黒町松ヶのもと 旧藩士 3000 人が松ヶ岡に入植して岡 29 桑畑などを開墾 鶴岡における製糸業や絹織物業を牽引した 文化 2 年 (1805 年 ) に酒井家 9 代目藩主 忠徳公が創設した藩校 徂徠学を教学とし 自主性を重んじた教育方針であったという フランス人ダリベル神父の全財産と寄付により明治 36 年 庄内藩家老屋敷跡に建設された バジリカ型三廊式とよばれる造りで 設計は日本でも多くの名教会建築を手がけたパピノ神父による 山形県鶴岡市観光連盟サイト ate/p0300.html 山形県公式サイト shokokanko/110001/him/him_03. html 鶴岡市馬場町 山形県鶴岡市観光連盟サイト ate/p0010.html 鶴岡市馬場町 7-19 山形県鶴岡市観光連盟サイト ate/p0011.html ( 自治体 企業 NPO 含む ) 391 (h) 景観 生活様式等 山形県 鶴岡市 風間家旧宅丙申堂 明治 29 年に風間家の住居と営業の拠点として建てられた丙申堂は 薬医門のある商家として当時の繁栄ぶりをよく残している 約 4 万個の石が置かれた石置屋根が特徴 国指定重要文化財 風間家は 鶴岡城下で庄内藩の御用商人として発展し 後に鶴岡一の豪商となり産業の振興に力を注いだ 鶴岡市馬場町 1-17 山形県鶴岡市観光連盟サイト ate/p0012.html 392 (h) 景観 生活様式等 393 (h) 景観 生活様式等 394 (h) 景観 生活様式等 395 (h) 景観 生活様式等 山形県 鶴岡市 金峯神社本殿 鶴岡の街並みを見下ろす金峯山の山頂にある本殿は 江戸時代初期の慶長 13 年 (1608 年 ) に建立された一間社入母屋造りの建物 国重要文化財 山形県 鶴岡市 羽黒山三神合祭殿 鐘楼 三神合祭殿は 山岳修験の霊場である羽黒山の中心となる堂宇で 後方にある本殿と前面の拝殿が一体となった複合建築 文政元年 (1818 年 ) の再建とされる また鐘楼は最上家信によって元和 4 年 (1618 年 ) に建てられた近世初期の貴重な遺物 国指定重要文化財 山形県 鶴岡市 旧遠藤家住宅 ( 田麦俣の多層民家 ) 月山の山中にある田麦俣には 全国的にも珍しい四層構造の多層民家が数多く残り 多層民家の里として知られる 旧遠藤家は江戸時代後期の建築で 兜造り多層民家の代表的な建築物とされる 山形県指定有形文化財 山形県 鶴岡市 旧善法寺駅と モハ3 昭和 4 年に開業した庄内交通湯野浜線の善法寺駅で 近隣にある名刹善宝寺をモデルとしたコンクリート造りのモダンな建築であった 隣接するホームも現存しており 客車モハ3 形が静態保存されている 山名を蓮華峯と称し 第 38 代天智天皇 10 年 (672 年 ) に役の小角の開基とされる 奥州藤原氏や酒井氏など 歴代領主の崇敬も篤かった 禁酒の祈祷でも有名 鶴岡市青龍寺字金峯 1 羽黒山は 月山 湯殿山とともに出羽三山鶴岡市羽黒町大字と呼ばれ 古来より山岳修験の霊場とされ手向てきた 三神合祭殿は近世初期以来の特異な形式を伝える類例の数少ない修験関係の建築として貴重とされる 田麦俣部落は六十里越街道の要所で 湯殿山信仰が盛んになるにつれて宿場的性格を帯びた 当初は寄せ棟造りであったが 明治に入って養蚕のために屋根の改造が行なわれ 多層化が進んだと推定されている 昭和 4 年開業 昭和 50 年に廃止 廃止後は善法寺鉄道記念館として使われたが 後に閉館した 鶴岡市田麦俣字七ツ滝 139 鶴岡市下川 山形県鶴岡市観光連盟サイト ate/p0288.html 国指定文化財等データベース 7%BE%BD%E9%BB%92%E5%B1%B1 %E4%B8%89%E7%A5%9E%E5%90%8 8%E7%A5%AD%E6%AE%BF%E5%8F %8A%E3%81%B3%E9%90%98%E6%A 5%BC 山形県鶴岡市観光連盟サイト ate/p0136.html 396 (h) 景観 生活様式等 397 (h) 景観 生活様式等 山形県 酒田市 旧鐙屋住宅 酒田を代表する廻船問屋であった鐙屋の屋敷で 典型的な町家造りを留める 交易で栄えた酒田の繁栄を今に伝える豪壮な和風家屋である 国指定史跡 山形県 酒田市 山居倉庫 ( 酒田夢の倶楽 ) 明治 26 年に旧庄内藩主酒井家によって建てられた米保管倉庫 白壁 土蔵づくり 9 棟からなる大型倉庫で 現在も倉庫として使われているほか 一部を改築のうえ観光物産館 酒田夢の倶楽 として公開されている 鐙屋は酒田を代表する廻船問屋で 江戸時代を通じて繁栄し 日本海海運に大きな役割を果たした また酒田三十六人衆の筆頭格として町年寄役を勤め 町政にも重要な役割を果たした 明治 26 年に酒田米穀取引所の倉庫として建てられた 米処酒田の繁栄を支えてきた建造物である また建物の後にあるケヤキ並木は 暑さや風などから倉庫を守る役目をしている 酒田市中町 酒田市観光情報サイト pot_165 酒田市山居町 酒田市観光情報サイト pot_165 h 景観 生活様式 148/188

155 398 (h) 景観 生活様式等 山形県 酒田市 山王くらぶ 明治 28 年に建築された老舗料亭の木造 2 階建て店舗 現在も料亭として営業されているほか 展示体験施設として活用されている 国指定重要文化財 明治 28 年に建築の料亭 山王くらぶ として建築された 老舗料亭にふさわしく 内部の組子建具や床の間などに銘木をふんだんに用いている 酒田市日吉町二丁目 2-25 酒田市公式サイト hoko/kanko/bussan/7208.html ( 自治体 企業 NPO 含む ) 399 (h) 景観 生活様式等 山形県酒田市本間家旧本邸幕府巡見使の宿舎として明和 5 年 (1768 はじめは酒井家家臣の本間家が 幕府巡年 ) に建築された書院造りの武家住宅 周見使用宿舎として建造したが その後拝囲に高い土塀を巡らし 東西とそれぞれ長領し 代々本間家の本邸として使用され屋門と薬医門があるなど 最高級の格式た を有する 県指定重要文化財 酒田市二番町 酒田市公式サイト hoko/kanko/bussan/7204.html 400 (h) 景観 生活様式等 山形県 酒田市 光丘文庫 大正 14 年に本間家の蔵書を中心に地方有志家による数万点の貴重な蔵書を集め 酒田を訪れる皇族をはじめ 学者 軍人 芸術家も多く来館した また 市立図書館 て完成した文庫館で 酒田初の鉄筋コンクとして 市民にも愛用された リート建造物でユニークな外観を持つ 酒田市日吉町二丁目 酒田市公式サイト hoko/kanko/bussan/7205.html 401 (h) 景観 生活様式等 402 (h) 景観 生活様式等 403 (h) 景観 生活様式等 404 (h) 景観 生活様式等 405 (h) 景観 生活様式等 406 (h) 景観 生活様式等 山形県 酒田市 松山城大手門 ( 松山歴史公園 ) 寛政 4(1792) 年に建築された松山城の大手門で 県内に現存する唯一の城郭建築である 城跡一帯は松山歴史公園として整備されている 県指定文化財 山形県 酒田市 旧阿部家住宅 元禄 3 年 (1690 年 ) の建築といわれる古民家で 当時の特徴である片中門造りを有する 一向宗信仰の仏間も貴重である 市指定文化財 山形県 新庄市 旧農林省蚕糸試験場 広大な敷地の正面に庁舎を構え 左右に蚕種検査及び催青発蛾促進室と蚕種冷蔵室及び蚕種保護室を配し 庁舎の後方に4 棟の蚕室を並べ 各棟を渡廊下で連結する わが国の蚕糸業の繁栄を支えた一連の建築物として貴重である 国の登録有形文化財 山形県 新庄市 鳥越八幡神社本殿 寛永 15 年 (1638 年 ) に造営された本殿は大型の一間社流造りで 華麗な彫刻や色彩に富む江戸時代初期の特色を有する この地方では最古の建築物である 国指定重要文化財 山形県 新庄市 旧矢作家住宅 建物の規模から一般農家と見られる片中門造りの民家で 構造手法などから江戸時代中期の建立と推定される 国指定重要文化財 山形県 寒河江市 慈恩寺本堂 三重塔 本堂は元和 4 年 (1618 年 ) 山形城主最上義俊の時に完成したもので 桃山建築の様式を残す また三重塔は文政 13 年 (1830 年 ) に再建されたもので 山形盆地唯一のものである 国指定重要文化財 松山城は松山藩の居城であり 鶴ヶ岡城の支城として天明 8 年 (1788 年 ) に完成 大手門は間もなく落雷で消失したが 後に酒田の大富豪本間重利の寄進により再建された 明治元年廃城 阿部家は代々坂本新田村で村役 ( 肝煎 ) をつとめた家柄 市指定文化財 旧農林省蚕糸試験場新庄支場は 昭和 9 年に蚕業試験場福島支場新庄出張所として発足した 蚕種の研究や桑の栽培等 戦中から戦後にかけて一貫して蚕糸業の発展に寄与し 市民から 原蚕種 の名称で親しまれてきた 平成 12 年閉所 現在の本殿は新庄藩祖戸沢政盛の養子 定盛が寛永 15 年 (1638 年 ) に造営 また 拝殿は少し遅れて元禄 4 年 (1691 年 ) 2 代藩主正盛によって建立された 旧矢作家住宅については史料がなく 住宅の建立年代など明らかではない 慈恩寺は 天平 18 年 (746 年 ) 聖武天皇の勅命によってバラモン僧正が開いたと伝わる古い歴史をもつ 江戸時代には幕府から 2812 石余の御朱印を受け 東北有数の巨刹として栄えた 酒田市新屋敷 37-2 酒田市山元字千刈田 27 新庄市十日町 番地の 1 新庄市鳥越 1224 新庄市泉田往還東 460 酒田市観光物産協会サイト 酒田市公式サイト re/heritage/5fbe html 新庄市公式サイト p/9635.html 新庄市公式サイト p/2563.html 新庄市公式サイト p/2570.html 寒河江市慈恩寺 31 寒河江市観光協会 html 407 (h) 景観 生活様式等 山形県 寒河江市 旧西村山郡役所および郡会 議事堂 ( 寒河江市郷土館 ) 旧西村山郡役所は明治 11 年に建築された木造 2 階建ての洋風建築である 郡会議事堂は明治 19 年に隣に建設された木造 2 階建ての洋風建築で 現存する郡会議事堂としては最古である 寒河江市郷土館として利用されている 県指定重要文化財 初代山形県令三島通庸により県内近代化の一環として建築された洋風官衙 西村山郡役所と郡会議事堂は 郡制廃止後にそれぞれ別の場所に移設されたが 現在は再び寒河江公園内にセットで建っている 寒河江市大字寒河江字長岡丙 2707 山形県公式サイト shokokanko/110001/him/him_22. html 408 (h) 景観 生活様式等 山形県寒河江市 大江町 旧最上橋 昭和 15 年に架けられた 97.6m のコンクリートアーチ橋で 3 連からなる美しいリブアーチ橋の姿と 調和のとれたバルコニーと高欄が気品と風格を醸し出す 選奨土木遺産 日本三大急流に数えられる最上川のこの地点には 明治 15 年に初代の木橋が架けられた そして昭和 15 年に東北振興土木事業によって永久橋の旧最上橋が誕生 平成 15 年には新しい最上橋が開通した 寒河江市 大江町 ( 最上川河川上 ) 土木学会公式サイト tage/node/ (h) 景観 生活様式等 山形県寒河江市 白鷹町 最上川橋梁 明治 20 年に英国で作成されたダブルワーレントラスの鉄道用橋梁で 東海道線から現在地へ移転を経ながら 1 世紀以上の長きにわたり利用されている貴重な土木遺産である 最上川橋梁は 明治 20 年に東海道線に架設された橋梁の一部を 大正 12 年に改造して当時建設が進められていた国鉄長井線 ( 現山形鉄道フラワー長井線 ) へ移設したものである 寒河江市 白鷹町 ( 最上川河川上 ) 山形県公式サイト shokokanko/110001/him/him_07. html h 景観 生活様式 149/188

156 カテゴリー 県 市町村 地域資源名 資源の概要 歴史的価値 ストーリー 所在地 情報源 取材元 山形県 上山市 堅磐橋 新橋 覗橋 中山橋 上山市内各所 ( 石アーチ橋 ) 410 (h) 景観 生活様式等 上山市の旧街道 ( 羽州街道 米沢街道 ) 沿いにかかるこれらの橋は 全て明治 10 年代に架設された石アーチ橋で 東北地方にありながら九州の石橋技術の流れをくむ貴重な土木遺産である 初代山形県令となった三島通庸は 山深い山形の県土の発展には道路の開発が急務であると県内各地に馬車道を建設した その要所に架せられたこれらの橋は 三島の故郷である九州から招聘された石工達の手によるものが多い 山形県公式サイト shokokanko/110001/him/him_mai ncat2.html ( 自治体 企業 NPO 含む ) 411 (h) 景観 生活様式等 412 (h) 景観 生活様式等 413 (h) 景観 生活様式等 山形県 上山市 上山藩武家屋敷群 上山藩の城下町に残る武家屋敷は 森本家 三輪家 山田家 旧曽我部家などがあり いずれも茅葺屋根 鉤形の曲がり屋で 武家中門造りの建築様式を持つ 市指定有形文化財 山形県 上山市 滝沢屋 ( 旧丹野家住宅 ) 江戸時代に羽州街道の要衝として栄えた楢下宿の脇本陣 江戸時代中期の建築と推測される曲がり屋で 観音開きの大戸は大名や上級武士等の出入りにのみ使用された 現在は移築復元のうえ資料館として公開されている 市指定有形文化財 山形県 村山市 石鳥居 推定 600 年前に造られたと言われる石の鳥居 一般的な鳥居と比べると高さが低く柱が太い 山形県の石造文化を代表するひとつである 県指定有形文化財 上山城 ( 月岡城 ) は武衛義忠が天文 4 年 (1535 年 ) に築城し その西 北部一帯が武家屋敷となった 仲丁通りには藩の要職にあった家臣が居住していた 滝沢屋は庄屋を務めた由緒ある家柄で 参勤交代の折には大名や上級武士の宿泊 休息に利用された 最上義守または鳥居左京亮忠政が寄進したとされる 山形県にはこうした石造文化による石鳥居が数十ヶ所知られているが 中でも最古級に属する 上山市鶴脛町 1 丁目かみのやま温泉公式サイト p 上山市楢下乗馬場 村山市楯岡笛田 かみのやま温泉公式サイト p 村山市公式サイト anko/bunka/bunkazai/city_bunka zai.html 414 (h) 景観 生活様式等 山形県 長井市 桑島記念館 昭和 2 年に完成した医院建築で ゴシック建築を取り入れている 現在は移転のうえ桑島記念館と名を変え 講演会 イベントなどに利用される 市指定文化財 眼科医桑島五郎が昭和 2 年に長井市で初めて個人の資金による洋館 2 階建ての病院を建築した 長井市本町 長井市観光協会公式サイト (h) 景観 生活様式等 416 (h) 景観 生活様式等 417 (h) 景観 生活様式等 418 (h) 景観 生活様式等 419 (h) 景観 生活様式等 山形県 長井市 旧小池医院 昭和 6 年に完成した木造 2 階建ての医院建築で 建築様式はロンドン郊外に多いエリザベス朝 ( 或いはハーフティンバー様式 ) という日本では珍しいもの 外見のみ公開 山形県 長井市 山一醤油店 老舗醤油醸造店の店舗および醸造蔵そのた付属する多くの建物からなり 大正時代の再建だが 江戸時代の様式を良く留めている 山形県 長井市 齋藤家住宅 江戸時代後期に建築されたとみられる木造 2 階建ての町屋で 通りに面して伝統的な外観を良く残している 土蔵とともに 国の登録有形文化財 山形県 長井市 やませ蔵美術館 江戸時代から続いていた紬問屋 山清 の敷地にある 明治時代に建てられた5つの蔵が 代々の当主が集めた美術コレクションを中心に 長井紬に関する資料等を展示している 山形県 長井市 長井小学校第一校舎 昭和 8 年に完成した木造総 2 階建の学校建築 切妻造妻入の正面玄関を中心とする左右対称の外観とし 階段など内部の造作もよく残す 国の登録有形文化財 医者小池力が昭和 6 年に建設した 長井市本町 山形県観光情報ポータルサイト etail/?data_id=1850 創業は寛政元年 (1789 年 ) という当地の老舗で 現在の店舗は大正 9 年に完成した 主屋は江戸末期の建築を大正後期に移築 土蔵は 明治前期の建築である 紬問屋 山清 は江戸時代から続く紬問屋である 昭和 8 年に長井町立尋常高等小学校として開校した 昭和 22 年に長井小学校と改称 当時は第一校舎と同じ第二 第三校舎が並んでいたが これらは後にコンクリートで改築されて現存しない 長井市あら町 6-57 長井市観光協会公式サイト 長井市館町北 文化遺産オンライン il.do?heritageid= 長井市あら町 6-61 長井市ままの上 1764 他 長井市公式サイト /kenzoubutsu/644.html 文化遺産オンライン il.do?heritageid= (h) 景観 生活様式等 421 (h) 景観 生活様式等 山形県 長井市 旧西置賜郡役所 ( 小桜館 ) 明治 11 年に建てられた木造二階建ての洋風官衙建築で 現在は小桜館として様々な展示やイベントなどに利用されている 市指定有形文化財 山形県 長井市 長沼合名会社 1000 坪以上の敷地の中に 江戸後期から昭和初期に建築された主屋 作業場 前蔵 中蔵 内蔵 仕込み蔵 新蔵 付属倉庫 稲荷社が建ち 敷地内に水路がある 国の登録有形文化財 明治初期に山形県内に建築された郡役所長井市高野町 2 丁は11 棟あり そのうち6 棟が現存する これ目 7 28 は全国的に見ても高い水準である 生業の醸造業は大正 5 年から始まり 現在も営まれている 長井市十日町 他 長井市観光ポータルサイト 文化遺産オンライン il.do?heritageid= h 景観 生活様式 150/188

157 422 (h) 景観 生活様式等 山形県 天童市 若松寺観音堂 観音堂は様式手法からみて室町時代末のものと考えられるが 慶長 16 年 (1611 年 ) に大改修が行われた 5 間四方で周囲に縁をめぐらし 内陣には厨子が安置されている 国指定重要文化財 若松寺は 和銅元年 (708 年 ) 行基の開基と伝えられ 江戸時代には山形城主最上家の庇護を受けた 後縁結びの寺として著名 最上三十三観音の第一番札所である 天童市山元 天童市公式サイト p/tourism/kanko/kunibunkazai.html ( 自治体 企業 NPO 含む ) 423 (h) 景観 生活様式等 山形県 天童市 旧仲野家住宅 ( 出羽桜美術館 ) 旧羽州街道西側の敷地に建つ寄棟造平入桟瓦葺で 老舗商家にふさわしい大きく風格ある佇まい 現在は出羽桜美術館として仲野家が収蔵する様々な美術品を展示する 国の登録有形文化財 明治 45 年に出羽桜酒造株式会社社長邸天童市一日町 1- 宅として建設され 後に数度の増築を経て いる 文化遺産オンライン il.do?heritageid= (h) 景観 生活様式等 山形県天童市清池の石鳥居平安時代後期に建設されたとみられる石山形市の成沢と元木にある石鳥居ととも