( 続紙 1) 京都大学博士 ( 教育学 ) 氏名田村綾菜 論文題目 児童の謝罪と罪悪感の認知に関する発達的研究 ( 論文内容の要旨 ) 本論文は 児童 ( 小学生 ) の対人葛藤場面における謝罪の認知について 罪悪感との関連を中心に 加害者と被害者という2つの立場から発達的変化を検討した 本論文は

Similar documents
( 続紙 1) 京都大学博士 ( 教育学 ) 氏名小山内秀和 論文題目 物語世界への没入体験 - 測定ツールの開発と読解における役割 - ( 論文内容の要旨 ) 本論文は, 読者が物語世界に没入する体験を明らかにする測定ツールを開発し, 読解における役割を実証的に解明した認知心理学的研究である 8

( 続紙 1 ) 京都大学 博士 ( 薬学 ) 氏名 大西正俊 論文題目 出血性脳障害におけるミクログリアおよびMAPキナーゼ経路の役割に関する研究 ( 論文内容の要旨 ) 脳内出血は 高血圧などの原因により脳血管が破綻し 脳実質へ出血した病態をいう 漏出する血液中の種々の因子の中でも 血液凝固に関




( 続紙 1 ) 京都大学博士 ( 農学 ) 氏名 山本祥平 論文題目 食品事業者の危機管理と法令遵守に関する研究 ( 論文内容の要旨 ) 食品由来ハザードによる健康被害を抑制するには 食品汚染事故を未然に防ぎ ( 予防措置 ) 事故が起きたときには 迅速に被害の拡大を抑えること ( 危機管理 )










~ ご 再 ~


京都大学博士 ( 工学 ) 氏名宮口克一 論文題目 塩素固定化材を用いた断面修復材と犠牲陽極材を併用した断面修復工法の鉄筋防食性能に関する研究 ( 論文内容の要旨 ) 本論文は, 塩害を受けたコンクリート構造物の対策として一般的な対策のひとつである, 断面修復工法を検討の対象とし, その耐久性をより




( 続紙 1) 京都大学 博士 ( 教育学 ) 氏名 安田裕子 不妊治療者の人生選択のナラティヴ 論文題目 子どもをもつことをめぐって ( 論文内容の要旨 ) 本論文は 不妊治療者の人生選択 をナラティヴ ( 語り 物語 ) からとらえる研究であり 次の10 章から構成された 第 1 章では問題を明





熊 本 大 学 学 術 リポジトリ Kumamoto University Repositor Title プロスタシンを 中 心 としたNa 再 吸 収 血 圧 調 節 の 分 子 基 盤 の 解 明 Author(s) 脇 田, 直 樹 Citation Issue date



















( 続紙 1 ) 京都大学博士 ( 経済学 ) 氏名衣笠陽子 論文題目 医療経営と医療管理会計 ( 論文内容の要旨 ) 本論文は 医療機関経営における管理会計システムの役割について 制度的環境の変化の影響と組織構造上の特徴の両面から考察している 医療領域における管理会計の既存研究の多くが 活動基準原



Title 思春期男子の身体化と心理療法 - 主体の確立という視点から-( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 梅村, 高太郎 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL






横浜市立大学論叢人文科学系列 2018 年度 :Vol.70 No.1 幼児における罪悪感表出の理解の発達 謝罪の種類は排除判断に影響するのか? 長谷川真里 問題と目的罪悪感や誇りなどの道徳感情 (moral emotion) は 人々が道徳的に行動し 道徳的逸脱行動を避けるよう動機づけるものである












~:J:.













脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http









DV問題と向き合う被害女性の心理:彼女たちはなぜ暴力的環境に留まってしまうのか

Microsoft Word - 博士論文概要.docx











Transcription:

Title 児童の謝罪と罪悪感の認知に関する発達的研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 田村, 綾菜 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date 2011-03-23 URL http://hdl.handle.net/2433/142261 Right Type Thesis or Dissertation Textversion none Kyoto University

( 続紙 1) 京都大学博士 ( 教育学 ) 氏名田村綾菜 論文題目 児童の謝罪と罪悪感の認知に関する発達的研究 ( 論文内容の要旨 ) 本論文は 児童 ( 小学生 ) の対人葛藤場面における謝罪の認知について 罪悪感との関連を中心に 加害者と被害者という2つの立場から発達的変化を検討した 本論文は 以下の5つの章から構成されている 第 1 章では 謝罪がどのように位置づけられてきたのかについての先行研究を整理し 本論文の目的と構成が示された 先行研究によれば 子どもは2 歳頃に ごめんね という言語的な謝罪ができるようになること 4 歳から6 歳頃にかけて謝罪効果の認識が発達するにつれて謝罪を多用するようになること 幼児期の初期には保育者の罰を回避することを目的とした道具的謝罪が多くなること 6 歳頃になると罪悪感の認識を伴う誠実な謝罪ができるようになること それ以降も状況によっては道具的謝罪を用いることがあり 成人になっても謝罪が対人場面における印象操作の方法として多用されることが示された 次に 謝罪に対する判断がどのように発達するのかということについては 3 歳頃までに 悪いことをしたら謝らなければならない という社会的ルールを理解し 謝らないよりも謝る方がよいと判断するようになること 9 歳頃までに違反行為などの望ましくない出来事に対する責任を認め後悔を表明するという謝罪の機能を理解し 加害者が反省しているかどうかという観点から謝罪を識別するようになること 成人では言語的 非言語的な手がかりから加害者の謝罪に罪悪感が伴うかどうかを重要な判断基準としていることが示された 章末では 本論文の目的と 続く第 2 章から第 4 章において6つの実証的研究を取り上げることが示された 第 2 章では 加害者の立場に焦点をあて 児童期における謝罪の特徴を明らかにすることを目的とした2つの研究が取り上げられた [ 研究 1] の調査 1では小学 1 2 年生 19 名を対象に個別面接調査を実施し 日常場面における謝罪のエピソードを収集した 同調査 2では小学 1 2 年生 24 名の個別面接調査から 謝罪の8 割が罪悪感を伴うこと 裏返せば2 割は道具的謝罪であることを明らかにした 続く [ 研究 2] では 1 3 5 年生 188 名を対象に仮想場面を用いた質問紙調査を実施し 加害者が謝罪する理由の発達的変化を 被害者との親密性 の要因を含めて検討した その結果 罪悪感は1 年生と5 年生の間に差があり 学年が上がると徐々に罪悪感が低くなるという結果から 児童はそれほど悪いことをしたと思っていなくても謝ること どの学年においても親密性が高い相手の場合には印象悪化回避の動機づけが高く 親密な関係を維持するものとして謝罪が認識されていることが示された

( 続紙 2 ) 第 3 章では 被害者の立場に焦点をあてた2つの研究が取り上げられた [ 研究 3] では 大学生 102 名を対象とする予備調査の後 小学 1 3 5 年生 346 名を対象に仮想場面を用いた質問紙調査を実施し 加害者の表情 ( 罪悪感の有無 ) と謝罪の言葉 ( 謝罪の有無 ) によって被害者の怒りがどのように異なるかに関する認知の発達差を検討した その結果 謝罪の言葉がないと怒りが緩和されない 1 年生に対し 3 5 年生では 加害者が悲しそうな表情であれば謝罪の言葉がなくても罪悪感を認知し 怒りが増加しにくいことが明らかになった ただし 学年に関わらず ごめんね と言われたら いいよ と答えることが自動的な反応として強く根づいていることも示された 続く [ 研究 4] では確実に表情図を注目するように教示するなど研究 3の問題点を改良し 小学 1 3 5 年生 210 名を対象に調査を追加した その結果 1 年生においては 謝罪するときの嬉しそうな表情が 罪悪感がない というネガティブな意味ではなく むしろ親和的な表情としてポジティブに評価されるのに対し 3 5 年生ではそれを不誠実な態度として認知する傾向が示された 第 4 章は 第三者の介入行動に焦点を当て 児童の対人葛藤を解決するための効果的な介入方法を検討する2つの研究を取り上げた まず [ 研究 5] では 小学 1 3 5 年生 261 名を対象に加害者の立場の仮想場面を用いた質問紙調査を実施し 教師から謝罪を促される条件 友達から謝罪を促される条件 謝罪を促されない統制条件の3つを比較した その結果 介入者が先生か友達かにかかわらず 第三者が謝罪を促すことは 1 年生にとって誠実な謝罪を引き出す効果があるが 3 年生ではその効果がなくなり 5 年生では逆に罪悪感を抑制してしまう傾向が示された 続く [ 研究 6] では 小学 1 3 5 年生 262 名を対象に 被害者の立場の仮想場面を用いた質問紙調査を実施し 教師が謝罪を促す条件 友達が謝罪を促す条件 自発的に謝罪する条件の3つを比較し 3 年生以降では他者から促されて謝った加害者は罪悪感が低いと評定されることが示された 第 5 章では 研究 1~6で明らかになった加害者の謝罪と被害者の謝罪認知に関する学年ごとの発達特徴をもとに 加害者の謝罪の表出から被害者の謝罪の認知に至る一連のプロセスモデルが示された 1 年生と3 年生の間に大きな発達差がみられ 3 年生は5 年生に近い位置づけにあるが 研究によっては1 年生から 5 年生にかけて段階的に変化する場合もあることから 3 年生は発達の過渡期であると考えられる 本研究全体を通じて 児童がよりよい対人関係を維持していくために 対人葛藤場面を効果的に解決するような介入を行っていく上で重要な示唆が得られた 注 ) 論文内容の要旨と論文審査の結果の要旨は 1 頁を 38 字 36 行で作成し 合わせて 3,000 字を標準とすること 論文内容の要旨を英語で記入するときは 400~1,100words で作成し審査結の要旨は日本語 500~2,000 字程度で作成すること

( 続紙 3 ) ( 論文審査の結果の要旨 ) 子どもの 心の教育 ということが言われるようになって久しいが 小学校児童がどのような道徳観を持ち その発達に周りの大人がどのように関わっていけばよいかというテーマは 実証的研究がまだまだ少ない領域である 論者は 児童の対人葛藤場面における謝罪と罪悪感の認知について 加害者と被害者という 2つの立場からその発達的変化を検討するために 全部で6つの研究を行った 研究 1~2では小学 1~2 年生を対象とする面接法による調査 研究 3~6では小学 1 3 5 年生を対象とする質問紙法による調査がそれぞれ行われ 全部で 1,310 人にものぼる子どもたちから貴重なデータを得ている 論文は 5つの章から構成され 第 1 章で謝罪の認知についての先行研究を整理して本論文の目的を示した後 第 2 章 ~ 第 4 章において研究が2つずつ取り上げられ 第 5 章では6つの研究から明らかになった加害者の謝罪と被害者の謝罪認知に関する発達段階 1 年と3 年 5 年の2 段階に分かれた をもとに 加害者の謝罪の表出から被害者の謝罪の認知に至る一連のプロセスモデルを提示している その結果を1 年と3 年 5 年に分けてまとめると 以下のようになる 小学 1 年生の謝罪は 罪悪感の認識によって強く促進される ( 研究 1) と同時に 罰回避と印象悪化回避という動機づけも存在し それが謝罪を促進している ( 研究 2) それらの動機づけは 1 年生ではまだ加害者と被害者の親密性の影響を受けない ( 研究 2) 加害者が謝罪を表出すると 被害者は加害者の表情よりも言葉に強い影響を受け ごめん という言葉から加害者の罪悪感を認知し 被害者の怒りは緩和される ( 研究 3 4) また 先生や友達が加害者に謝罪を促すという介入は 加害者の罪悪感の認識を促進し ( 研究 5) 被害者における加害者の罪悪感の認知を促進する効果がある ( 研究 6) 他方 小学 3 5 年生では 罪悪感や罰回避の動機づけよりも 印象悪化回避の動機づけが謝罪を強く促進する ( 研究 2) 加害者と被害者の親密性は罰回避や印象悪化回避の動機づけに影響する ( 研究 2) 加害者が謝罪を表出すると 被害者は加害者の言葉よりも表情に強い影響を受け 悲しそうな表情から加害者の罪悪感を認知し 被害者の怒りは緩和される ( 研究 3 4) また 先生や友達が加害者の謝罪を促すという介入は 加害者の罪悪感の認識を抑制し ( 研究 5) 被害者による加害者の罪悪感の認知を抑制する( 研究 6) 介入による抑制効果は 1 年生における促進効果ほど大きくはない

( 続紙 4 ) 以上のように 児童期における謝罪の認知プロセスの発達的変化が明らかになり 小学 1 年生から3 年生の間に大きな発達的変化がみられることが示されたことは 本論文の大きな成果であり 謝罪の認知プロセスの解明だけではなく 児童がよりよい対人関係を維持していくために 対人葛藤場面を効果的に解決するような介入を行っていく上で重要な知見をもたらすものと高く評価できる 他方 本研究に対して 次のような問題点が指摘された (1) 道徳性の発達研究全体に対する本研究の位置づけが十分とは言えない (2) 男女のデータを取っているのに 性差の分析結果が示されていない (3) 加害者条件と被害者条件を同時に実施した対応のあるデータがない (4) 言語と表情といっても言語は文字情報 表情は線画であり 限定的である その他のことがらも含めて 指摘された問題は本研究の価値を根本的に減ずるものではなく またその問題点の意味を論者自身がある程度自覚していた よって 本論文は博士 ( 教育学 ) の学位論文として価値あるものと認める また 平成 23 年 2 月 9 日 論文内容とそれに関連した試問を行った結果 合格と認めた 論文内容の要旨及び審査の結果の要旨は 本学学術情報リポジトリに掲載し 公表とする 特許申請 雑誌掲載等の関係により 学位授与後即日公表することに支障がある場合は 以下に公表可能とする日付を記入すること 要旨公開可能日 : 年月日以降