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Transcription:

Title 不妊治療者の人生選択のナラティヴ - 子どもをもつことをめぐって -( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 安田, 裕子 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date 2010-03-23 URL http://hdl.handle.net/2433/120759 Right Type Thesis or Dissertation Textversion none Kyoto University

( 続紙 1) 京都大学 博士 ( 教育学 ) 氏名 安田裕子 不妊治療者の人生選択のナラティヴ 論文題目 子どもをもつことをめぐって ( 論文内容の要旨 ) 本論文は 不妊治療者の人生選択 をナラティヴ ( 語り 物語 ) からとらえる研究であり 次の10 章から構成された 第 1 章では問題を明確にした 生殖補助医療技術が進歩する一方で 不妊治療でも受胎しない女性もいる 本研究では 受胎しなかった不妊女性の子どもをもつことをめぐる選択と経験を 受胎を絶対視しない立場から 不妊治療をやめる選択 に焦点をあて その選択後のライフストーリーから捉えた 第 2 章では理論的 方法論的基盤を述べた 発達における喪失の意義 という生涯発達の観点を取り入れ 経験の組織化のされ方を重視するナラティヴ アプローチに依拠し なかでも当事者の意味づけを捉え事例を用い物語的アイデンティティを探究する また 人間発達や人生径路の多様性と複線性を捉える分析枠組みとして 複線径路 等至性モデル (TEM) を用いた 第 3 章では 不妊治療を始め やめる選択をするまで と 養子縁組を選択し 現在に至るまで のどの時期を扱い 語る行為 と 語られたもの のいずれを分析対象とするかにより 不妊経験に関する研究の構成と目的を整理し 補足的に扱う未婚の若年女性の中絶経験に関する研究の目的を示した 第 4 章では 不妊経験のインタビュー参与者と 全研究の分析方法を述べた 第 5 章では TEMを用いて 不妊治療をやめる 養子縁組を意識する 養子縁組をやめる 経験に焦点をあて 不妊治療と養子縁組の関わり方から径路を類型化した 代表事例の語りを 私 身体 夫婦 医療 社会の次元にまとめ 現在に至る経験を捉えた 考察では焦点化した各点が当事者にいかに経験されていたかを検討した 不妊経験は人生におけるかけがえのない価値を探求する物語として意味づけられていた 第 6 章では 行為主体の語り 共同の語り 逡巡の語り という分析視点により 不妊治療をやめる選択の語り方を捉えた 考察では 行為主体の語り と 共同の語り の差異と共通性を検討した 行為主体の語り では医師の治療方針に不信を抱き状況を自身で打開するなかで 共同の語り では治療の不成功の衝撃が医師への信頼の下で解きほぐされるなかで 治療をやめる選択がなされていた また 他者とのつながりの中で 治療中心の閉塞状態から展望を広げていくという共通性が見られた 躊躇い揺らぐ様を特徴とした 逡巡の語り には 今後の変化の可能性が秘められていた 第 7 章では KJ 法を用いて 非配偶者間人工授精 (AID) と養子縁組をした女性の非血縁の家族関係を築く経験を捉えた 考察では 普通 の家族を意識せざるを得ない葛藤を AIDと養子縁組との対比から検討した AIDの場合には 受胎した事実 - 1 -

( 続紙 2 ) を秘密にすることで逸脱性を一層内面化してしまう人が多い 他方で養子縁組をした参与者は 子どもに出自を告知し親子間で苦悩を分かち合い 非血縁の家族関係の存在を社会に知らせたいという展望をもっていた 第 8 章では KJ 法を用いて 養子縁組を選択した以後の経験を捉え 不妊経験を経て養子縁組を試みる人への選択支援を検討した 考察では 子どもの試し行動や告知などの課題を認識することが非血縁の親子関係を築く基盤になり 非血縁に関する親の肯定的な態度が子どものアイデンティティ形成に重要な役割を果たすことを明らかにした 第 9 章では TEMを用いて 妊娠に気づき中絶手術を経て現在に至る未婚の若年女性の中絶経験を パートナー関係を構成しつつ捉えた 考察では 中絶経験の語られなさが 誰にも話さないままに胎児が失われ また実質的 精神的な支えが得られないという二重苦となり 当事者女性が孤独に悲嘆のプロセスを辿ることを明らかにした 中絶経験を隠蔽せず中絶せざるを得ない状況を想定した教育や支援の検討につなげることが重要であり それは パートナーを始め近親者や看護職者が各々に対処策や関わり方を検討する知見となり 中絶をスティグマ視する社会認識を変える力になると考えられた 第 10 章では 総合考察として不妊当事者への支援を検討した 情報提供と心理教育による選択支援 を行い 当事者が人生展望に位置づけて不妊治療や養子縁組を選択できることが重要である 治療過程では 不妊の喪失への支援 が必須である 疎外感や孤独感などの喪失にはグループでの経験の共有が 理想的な家族像などの喪失には個人カウンセリングが有効である また 夫と妻が互いの喪失を理解し合うための支援も必須である 不妊経験の社会的共有 は 歩む方向性を選択する指針を提供したり 非当事者による当事者理解を促す支援である 非配偶者間の不妊治療をする人への支援 として 生まれてくる子どもを始め各当事者の視点を取り入れ検討することが必至である 今後の課題としては 不妊カウンセリングに資する知見を得 語り方に留意して語り手の生涯発達を検討し TEMの可能性を追究する必要性があると考えられた 最後に 女性と子どもの人生がむすばれる有り様を 不妊治療 養子縁組 中絶手術という受胎をめぐる選択肢との関連から述べた 注 ) 論文内容の要旨と論文審査の結果の要旨は 1 頁を 38 字 36 行で作成し 合わせて 3 000 字を標準とすること 論文内容の要旨を英語で記入するときは 400~1 100words で作成し審査結の要旨は日本語 500~2 000 字程度で作成すること - 2 -

( 続紙 3 ) ( 論文審査の結果の要旨 ) 本論文は 受胎しなかった不妊女性の子どもをもつことをめぐる人生選択と経験を 受胎を絶対視しない立場から 特に 不妊治療をやめる選択 に焦点をあて その選択後のライフストーリーを捉えたものである 理論的には 発達における喪失の意義 という生涯発達心理学の観点を取り入れて 子どもがさずからなかった という経験をどのように意味づけてその後の人生を考えていくかをみようとした また 人間発達や人生径路の多様性と複線性を捉える分析枠組みとして 複線径路 等至性モデル (TEM) を用いて時間軸上に選択経路を図式化する試みをした 方法論としては 当事者の経験の組織化のされ方や意味づけ方を重視するナラティヴ アプローチを用いた ナラティヴ アプローチでは 外側からの視点ではなく 当事者が不妊治療やその後の経験をどのように意味づけて語るかを捉えることを重視した また 個々の事例に寄り添い 語りを丁寧に記述し分析する質的研究法を用いた おもな結果として 次のことを見いだした 複線径路 等至性モデル (TEM) を用いて 不妊治療をやめる 養子縁組を意識する 養子縁組をやめる 経験に焦点をあて 不妊治療と養子縁組の関わり方から径路を類型化し 図式化した また 代表事例の語りを 私 身体 夫婦 医療 社会の次元にまとめて考察した 不妊経験は人生におけるかけがえのない価値を探求する物語として意味づけられていた また 行為主体の語り 共同の語り 逡巡の語り という分析視点により 不妊治療をやめる選択の語り方の多様性を捉えた さらに不妊治療をやめて養子縁組を選択した以後の経験を捉え 不妊経験を経て養子縁組を試みる人への選択支援を検討した 子どもの試し行動や告知などの課題を認識することが非血縁の親子関係を築く基盤になり 非血縁に関する親の肯定的な態度が子どものアイデンティティ形成に重要な役割を果たすことを明らかにした 不妊当事者への支援としては 情報提供と心理教育による選択支援 を行い 当事者が人生展望のなかに位置づけて不妊治療や養子縁組を選択できるようにすることが重要と考えられた 不妊治療の過程では不妊という 喪失 にどのように向き合うかという観点からの支援が必要である 子どもをさずからなかったことによる疎外感や孤独感という 喪失 にはグループで経験を共有することが 理想的な家族像などの 喪失 には個人カウンセリングが有効であろう また 夫と妻が互いの喪失を理解し合うための支援も必須である 不妊経験の社会的共有 は 歩む方向性を選択する指針を提供し 非当事者による当事者理解を促す支援である 非配偶者間の不妊治療をする人への支援 として 生まれてくる子どもを始め各当事者の視点を取り入れ検討することが必要である - 3 -

( 続紙 4 ) 不妊治療は 生殖補助医療技術の進歩に伴って急速に普及してきたが その当事者である女性たちがどのような心理的問題に直面しているか どのような支援を必要としているかという問題に 本格的に切り込んだ研究はほとんどない 本研究は きわめて重要な現代的課題を扱った先駆的で意欲的な研究として おもに次の観点から高く評価された 第 1 に 本研究では 生殖補助医療 を医学的 社会的問題として議論する従来の枠組を超えて 女性の生涯発達や人生の選択という視点からとらえようとしていることである 生涯発達という視点からみると 子どもの有無だけで人生の幸福が決まるわけではない 不妊治療を長く続けることによる身体的 心理的負担を考慮するならば やめる という選択や 養子縁組 など他の選択肢が考慮される必要がある 第 2 に ナラティヴ アプローチの方法論と分析法を用いて 個々の事例の語りをていねいに分析し 当事者がどのように経験しているかを語りのなかから浮き彫りにしたことである 方法論的にも斬新であり 他の研究にも広く応用可能である 第 3 に 不妊治療をやめたり養子縁組を選択した当事者の経験を類型化して記述するだけではなく 今後の発達臨床的支援の方法とむすびつけて実践的に考察したことである このように研究全体としては高く評価されたが いくつか問題点も指摘された 特に過去の経験を語る ナラティヴ の方法論では 現在から過去へと時間をさかのぼって物語ることが不可欠であるのに対して 筆者が用いている 複線径路 等至性モデル (TEM) では 一方向的に前進する不可逆的時間軸を用いているということが 理論的に大きな問題として指摘された しかし これらの問題はこの意欲的な論文の価値を損ねるものではなく 今後の検討課題として提起されるものである よって 本論文は博士 ( 教育学 ) の学位論文として価値あるものと認める また 平成 22 年 1 月 27 日 論文内容とそれに関連した試問を行った結果 合格と認めた 論文内容の要旨及び審査の結果の要旨は 本学学術情報リポジトリに掲載し 公表とする 特許申請 雑誌掲載等の関係により 学位授与後即日公表することに支障がある場合は 以下に公表可能とする日付を記入すること 要旨公開可能日 : 年月日以降 - 4 -