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Title 現代中東における難民問題とイスラーム的 NGO- 難民ホスト国ヨルダンの研究 -( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 佐藤, 麻理絵 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date 2016-03-23 URL https://doi.org/10.14989/doctor.k19 Right 学位規則第 9 条第 2 項により要約公開 Type Thesis or Dissertation Textversion none Kyoto University

( 続紙 1 ) 京都大学 博士 ( 地域研究 ) 氏名 佐藤麻理絵 現代中東における難民問題とイスラーム的 NGO 論文題目 - 難民ホスト国ヨルダンの研究 - ( 論文内容の要旨 ) 本論文は 中東地域研究における重要な研究課題である難民問題について 難民研究 持続型生存基盤論 臨地研究などを総合して研究したものである 特に対象地域としてヨルダンを取り上げ 同国の特徴を 難民ホスト国 として調査 研究し さらに 20 世紀半ばから今日に至る断続的な難民の流入が同国の都市形成にどのような影響を与えたかを 臨地研究に基づいて実証的に検討している 第 1 章は 中東における難民問題について理論的 歴史的な側面から概観している まず現代の国際社会にとってパレスチナ難民の発生が今日的な難民問題の出発点であったという歴史的経緯を踏まえ 国際社会における難民問題を通史的に概観した上で 難民研究の史的展開を批判的に考察している また中東 イスラーム世界が必ずしも国際難民条約を批准せずに 独自の難民認識や難民対策を有していることを明らかにしている 現在の中東が国民国家体制を採用することで 生態的 歴史的特質に合致しない擬制的な国家群を生みだし それが紛争や戦争によって難民を増加させる結果を生んでいることが 批判的に考察されている 第 2 章では 持続型生存基盤論の観点から 熱帯乾燥域 に属する当該地域の特質を描き出している この特質の把握は 当該地域における難民問題の理解にとって重要であるのみならず 流入した難民が水の乏しい国境地帯に長期滞在せず 都市部に移動して 都市に変容をもたらすという実態を理解する上でも肝要である さらに 当該地域が本来の生態的特徴と近現代に成立した諸国家の人工性を合わせもっていることを考察して この地域について 個別国家を超える要素を多く持った 超域的中東 としてとらえるべきことが提案されている さらに この視座に基づいて現代ヨルダンの形成が論じられている 第 3 章では 断続的に数多くの難民を受け入れてきたヨルダンが 難民の受入と支援をどのように展開してきたかを 歴史的経緯とフィールド調査の成果に基づいて論究している その中で 特に1970 年代以降に中東で顕在化したイスラーム復興にともなって イスラーム的 NGO が活発な活動を展開するようになった実態を 実証的に論じている 本章では イスラーム的 NGO が 難民保護及び支援に関して国際機関 受入国政府に次ぐ 第三項 として位置づけられている 第 4 章では 前章での考察を引き継ぎ 首都であるアンマンのイスラーム的 NGOについて フィールド調査の成果に基づいて詳細に明らかにしている 特に 東アンマンのバドル地区での調査に基づき 新興地域に難民が流入し そこに生活基盤を形成していく過程を

都市型生存基盤の構築 として描いている それと同時に 多くの困難を抱える難民に対して イスラーム的 NGOが 即応的対応力 を発揮して草の根的な支援をおこなっている現状を明らかにしている 第 5 章では シリア難民が国境を超えて流入し続けているヨルダン北部の都市マフラクを対象としてフィールド調査をおこない 沙漠地帯の小都市が難民の流入によって拡張している現状を詳細に描いている 現地における調査に加えて GISのデータなどを活用し 水資源のあり方と居住地の拡張がどのように相関しているかについて また水資源の希少性が持続的な生存基盤を形成する上で大きな障壁となっている点について論じている 結論では 以上のような研究の成果を総括している 中東の難民問題は この地域の生態的特徴と結びついた固有性を持つと同時に 現代的な国民国家体制が紛争や戦争をもたらして難民を増加させるという構造的矛盾と結びついており 今後も難民が増加する可能性が高い 難民の窮状を助ける一助として 今後の難民問題への対処について提言がなされている 従来の国際的な取組は 国際機関と難民受入国の2 者を 欧米系のN GOが部分的に補完する形でなされてきた その一方で 中東現地ではイスラーム的なNGO が広範に活動している それらを国際機関と当該国政府に次ぐ 第三項 と位置づけて それらのNGOが持つ即応的対応力をも活用するような有機的な連携の構築が望まれる 本論文では 地域研究の成果に基づいて 地域の実態に合わせた難民支援策が構築されるべきと提案されている

( 続紙 2 ) ( 論文審査の結果の要旨 ) 中東地域は 国連が成立してまもなくこの地でパレスチナ難民が生まれ 国際社会にとっての 難民問題 の原点となったのみならず 近年においても 2003 年のイラク戦争とその後の国内紛争に起因するイラク難民 2011 年以降のシリア内戦に伴うシリア難民など 多くの難民を生み出してきた 難民支援の現場および学術的な難民研究においては 本来は出身国への帰還が望まれる難民が実際には長期にわたって難民状態に置かれる 長期化 の問題が近年大きな課題とされている さらに近年は 新たな難民が次々と生まれる状態が生じて 深刻な人道上の危機となると同時に 難民研究にとっても大きな困難が生じている 2015 年には世界全体の難民数が約 6,000 万人にのぼり 史上最悪の数字となった 本論文は 現場における難民問題も 難民問題の解決策を提示しきれていない難民研究の現状も大きな危機に直面しているとの認識の下に 難民問題の原点であると同時に今日的な危機の焦点ともなっている中東を対象として 難民問題の理解と難民救援の現実策に何らかのブレークスルーをもたらすことを目指している 特に臨地研究にあたっては パレスチナ難民の発生から現在のシリア内戦に至るまで世界最大級の 難民ホスト国 であり続けているヨルダンをフィールドとして 持続型生存基盤論の視座に則って 調査をおこなっている 本論文の意義として 以下の四点が挙げられる 第一に 難民ホスト国 ヨルダンにおいて パレスチナ難民 イラク難民 シリア難民などが継続的に流入し その多くが都市部に定住している現状について 歴史的考察とフィールド調査に基づく実証的な研究をおこない 今日の中東における難民についてその実態を明らかにしたことである 中東の難民研究はこれまでパレスチナ難民に偏っており 本研究が近年のイラクやシリアでの紛争による難民問題に光を当てたことの意義は大きい 特に 2011 年以降のシリア内戦にともなうシリア難民について ヨルダンへの流入 難民キャンプでの生活 都市部への移動という動的なプロセスに関して 現在進行形の実態を明らかにしたことは高く評価される 第二に 持続型生存基盤論の視座を適用し 熱帯乾燥域 としての中東での 難民 の特質を明らかにしたことは 中東における生存基盤を考察する上で大きな貢献となっている 沙漠の上に人工的な国境が引かれている中東では 現在では国境によって人びとの移動が妨げられているが 沙漠は本来自由な往来を助けるものである 文化的にも通底性の高い2 国間で移動する場合 国際難民条約が想定している 難民 に当てはまらない事例が多く生まれるという点 また乾燥地域の国境は生態的に生存基盤が形成されにくく 難民の8 割が都市部に流入する点などは 重要な発見である 第三に ヨルダン研究への貢献である 本論文はヨルダンが20 世紀に形成 発展す

る上で 難民や避難民の流入がきわめて大きな役割を果たしてきたことを明らかにしている 一般に 難民は受入国において国民とは異なる少数派の他者と認識されるが ヨルダンの場合 パレスチナ人 イラク人 シリア人のいずれもが言語的 宗教的な共通性を持っており 長期の間に非常に多くの難民や避難民がヨルダン社会に溶け込んでいる 円滑な定着にしても社会的な摩擦がおこる場合でも 単に難民として一括すべきではなく 当人たちの出自や階層 流入した時点での経済状態 あるいはヨルダン人の親類がどの程度いるか さらに流入時のヨルダンの政治経済状態といった諸条件によって さまざまな差異が生じていることを実証的に論じたことも大きな貢献となっている 第四に 本論文が学術的な考究に加えて 現実の難民問題の緩和にどのように貢献しうるかを考察した点も 高く評価できる 従来の難民救援 支援および難民研究が国際機関 当該国政府 欧米系のNGOなどを主としているのに対して 中東現地の草の根のイスラーム的 NGOに着目して実証的な調査をおこなった上で それらと連携 協力することでより実効性のある難民支援が可能となる と提起したことは 研究と実務を架橋すべき地域研究の責務を果たす優れた貢献であろう 以上のように本論文は 中東地域研究 持続型生存基盤論 難民研究を総合して 臨地研究に基づいて大きな成果をあげた優れた研究である 中東地域研究 ヨルダン研究 難民研究に寄与するところが大きく また地域研究の新分野としての持続型生存基盤論の発展にも寄与するものである よって 本論文は博士 ( 地域研究 ) の学位論文として価値あるものと認める また 平成 28 年 2 月 3 日 論文内容とそれに関連した事項について試問した結果 合格と認めた なお 本論文は 京都大学学位規程第 14 条第 2 項に該当するものと判断し 公表に際しては 当該論文の全文に代えてその内容を要約したものとすることを認める