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( 続紙 1 ) 京都大学博士 ( 経済学 ) 氏名衣笠陽子 論文題目 医療経営と医療管理会計 ( 論文内容の要旨 ) 本論文は 医療機関経営における管理会計システムの役割について 制度的環境の変化の影響と組織構造上の特徴の両面から考察している 医療領域における管理会計の既存研究の多くが 活動基準原価計算やバランスト スコアカードといった個別技法に焦点を合わせて研究を行ってきているのに対して 本論文は経営管理プロセスという視点を導入することで 予算管理を中軸として個別技法を統合した医療管理会計システムを考察している 第 1 章では 営利企業と対比して医療機関の特徴が整理されるとともに 日本の医療機関が抱える経営課題に関して財務的状況の推移が示された上で 問題意識が提示され 全体の構成が紹介されている 第 2 章では 医療機関における管理会計の意義と役割について 先行研究の検討と整理が行われている 戦後日本における医療管理会計研究が 原価計算研究を中心として進められてきており 1990 年代以降に急増した医療管理会計研究の多くが個別管理会計技法の導入に関する研究となっていることが示されている その上で 個別管理会計技法を統合する医療管理会計システムの視点からの研究の必要性が主張され 医療管理会計システムの視点にたった研究アプローチとして予算管理に着目することの有用性が論じられている 第 3 章と第 4 章では 医療機関を取り巻く制度的環境の変化と それが医療経営に及ぼす影響について検討が行われている 第 3 章では 医療保険体制と診療報酬制度の変化について 制度の推移とともに 医療保険体制を構成する保険者 政府 医療機関 家計それぞれの財政状態の変化が検討されている そのなかで 開設主体ごとに医療機関の収支状況が検討され 公費補填を加えた上でもなお 損益差額がマイナスである現状が明らかにされている 第 4 章では 診療報酬支払制度の変化が 医療機関の経営に与える影響について検討されている 原価に基づいた診療報酬制度が制度化されなかった経緯など診療報酬制度の歴史的変遷が概観された上で 2003 年から導入が始まった疾病群別予見定額払い方式が医療機関に与える影響について利益構造の観点から分析されている 出来高払い方式のひとつとして疾病群別予見定額払い方式は 費用削減インセンティブを持ち 医療サービスの質を維持向上するためには 医療機能評価のような質的評価と組み合わされて運用されることが望ましいことが示されている 第 5 章では 医療機関における利益概念について 病院会計準則を手がかりとした考察が行われた上で 業績評価指標としての利益の意味が独立行政法人国立病院機構の財務データによって検討されている 独立行政法人国立病院機構に属する病院の財務データの分析を通じて 赤字病院は減価償却費負担が大きいことや 当期純利益と医業収益の関係がU 字形状となっていることなどが示されている 同様のU 字形状の関 1

係は 当期純利益と材料費 給与費 経費との関係にも見られ 医療機関の業績を評価するためには 当期純利益だけでなく 収益や費用を細かく分析することが必要であることが示唆されている 第 6 章では 医療機関の組織構造上の特徴として 医師を典型とするプロフェッショナルの存在をとりあげて 自律性を重視し組織への帰属意識が低いプロフェッショナルに依存した組織における管理会計の役割について検討が行われている プロフェッショナルは プロフェッショナルとしての考え方と 組織の方針とが一致していない場合 役割葛藤に陥ってしまう 予算管理プロセスが 経営方針と治療についてプロフェッショナルと経営管理者が対話する場を提供することで この役割葛藤を緩和し 医療の質と安定した経営を両立させることができるという展望が 詳細な先行研究の検討を通じて示されたうえで 医療機関における予算管理システムのモデルが提示されている 第 7 章では ケーススタディによって 予算管理を中軸とした医療機関の管理会計システムの構造とプロセスが示されている ケースサイトにおける管理会計システムについて 部門別収支を基礎とした責任会計システムが構築されていることが示された上で 部門別収支計算や部門別原価計算の構造の詳細が明らかにされ 部門間相互依存性が高い組織において費用だけでなく収益に関しても配賦計算が行われていることを明らかにしている さらに 予算管理プロセスを通じてコミットメント形成機能や調整機能が働く仕組みを明らかにし 戦略形成 事業計画 目標共有 業績評価が予算管理の一連のプロセスのなかに組み込まれていることを示している 第 8 章では 各章の内容が要約され データの制約などに起因する本論文の限界が述べられたうえで 今後の研究課題が示されている 2

( 続紙 2 ) ( 論文審査の結果の要旨 ) 医療機関における管理会計の役割に関する研究は 日本においては まだそれほど多くの研究蓄積があるとはいえず また 既存研究の多くは原価計算手法などの個別管理会計技法に焦点を合わせたものである その理由として著者は 医療機関の経営環境が厳しくなるなかで 経営改善ツールとして経営管理手法への期待が高まり その文脈において管理会計技法が注目されてきたと指摘している そのため 営利企業とともに発展してきた管理会計技法と医療機関との適合性が十分に考慮されることなく また 個別の管理会計技法が組み込まれる経営管理システム全体からの分析も不十分であった 本論文は このような問題意識を出発点として 制度的な環境変化が医療経営に及ぼす影響を検討し そのうえで医療機関の組織構造上の特性と適合する管理会計のあり方を提示している極めて意欲的な研究である 具体的には以下の3 点が 特に評価される学術的貢献である 第一に 先行研究の丁寧な検討と整理を通じて 個別管理会計技法を統合する管理会計システムという視点を提示し 予算管理を中軸とした医療管理会計システムの理論モデルを構築したことがあげられる 本論文は 行動会計学に依拠した参加型予算研究の知見を活用することで 医療機関のようなプロフェッショナルが活躍する組織において 予算管理プロセスが組織目的とプロフェッショナルの自律性を両立させるためのコミュニケーションの場を提供する可能性を示し それと整合的な管理会計システムの理論モデルを提示している また 医療機関が抱える経営管理上の課題として 医師に代表されるプロフェッショナルの役割葛藤を指摘し 管理会計システムがコミットメント機能や調整機能を発揮するプロセスを構成することで この課題に対応することができることを論じている これらの意義は 医療分野だけにとどまらず 知的専門家が活躍する様々な組織における管理会計の役割を理解するという意味でも小さくない 第二に 管理会計システムの理論モデルの妥当性について ケーススタディによって検討し 理論モデルと整合的な管理会計システムの特徴を具体的に明らかにしたことがあげられる 医療機関における責任会計システムの構造を明らかにしたうえで その運用に必要不可欠な管理会計情報がどのように提供されているのかを, 当該情報システムの計算構造にまで踏み込んだ形で検討している 具体的には 費用だけでなく収益も各部門に配賦する計算が行われることで 部門間相互依存性が高い組織において説得力の高い部門別収支計算を行っていることが示されている さらに 予算管理プロセスを通じてコミットメント形成機能や調整機能が働く仕組みを明らかにし 戦略形成 事業計画 目標共有 業績評価が予算管理の一連のプロセスのなかに組み込まれていることを示している 従来の医療管理会計の研究が個別技法のレベルでの分析にとどまっていたのに対して 予算管理プロセスを通じて個別技法が統合される姿を具体的事例によって示したことの学術的意義は大きい 第三に 医療機関の利益概念の業績評価指標としての特性について 収益や費用 3

との関連性を分析することによって非常に興味深い知見を得ていることがあげられる 独立行政法人国立病院機構に属する154の病院の財務データを用いた分析によって 赤字病院は減価償却費負担が大きいことや 当期純利益と医業収益の関係がU 字形状となっていること 同様に当期純利益と材料費 給与費 経費との間にもU 字形状の関係が見られることなどが明らかにされている 当期純利益と費用 収益項目との関係性を分析することで 医療機関の業績を理解するためには 当期純利益だけでなく 収益や費用を細かく分析し さらに必要に応じて定性的な評価を組み合わせる必要性のあることが示唆されている これまでの研究の多くが 経験的なデータの裏付けが希薄なまま理論的な考察を進める傾向にあるなかで 本論文が個別病院の財務データを活用することで 業績評価指標としての当期純利益の限界を明らかにしたことの貢献は小さくない 以上のように本論文は 制度的環境の変遷とその医療機関経営に対する影響について丁寧に検討したうえで 医療機関の特性と合致した管理会計システムのモデルを提示し その有効性をケーススタディによって明らかにしようとする極めて意欲的なものであるが なお いくつかの問題点と課題が残っている 第一に 各章の分析によって得られた知見が相互にどのように関連しているのか 必ずしも十分な説明が行われていないという問題がある 個別の分析を関連づける理論的なフレームワークをさらに洗練することによって 本論文で得られた知見の学術的価値は一層高まるはずである 第二に 医療機関における管理会計の分析を進めていくうえで より一般的な非営利組織における管理会計について 先行研究の批判的検討を行い基礎概念の精緻化をはかっていく必要がある 非営利組織における管理会計の標準的な議論を踏まえた上で独自の概念を展開することで 本論文の説得力が向上すると期待できる 第三に プロフェッショナルの役割葛藤を緩和する管理会計の仕組みとして ケーススタディを通じて予算管理システムのモデルの妥当性が具体的事例によって示されてはいるものの それが形式的な構造レベルでの妥当性にとどまっているという限界がある 形式的な構造レベルからさらに一歩踏み込んで 現実の経営管理実践のなかで それらの機能がどの程度 またどのように果たされているのか その詳細を明らかにすることが望まれる とはいえ 以上にあげた問題点と課題は 将来に向けた研究の発展方向を示唆したものであって 本論文の学術的価値を損なうものではない よって 本論文は博士 ( 経済学 ) の学位論文として認める なお 平成 23 年 2 月 22 日 論文内容とそれに関連した試問を行った結果 合格と認めた 4