( 続紙 1 ) 京都大学博士 ( 人間 環境学 ) 氏名川上陽子 論文題目 三島由紀夫 表面の思想 ( 論文内容の要旨 ) 本論文は 表面 への志向という観点から三島由紀夫の作品の読解を試みるものである 表面 とは 世界に現れたもの 現されたもの 手で触れ目で見 耳で聞くなどして ある ということ

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Title 精神分析的心理療法と象徴化 自閉症現象と早期の心の発達の解明の試み ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 平井, 正三 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL









Title ベトナム語南部方言の形成過程に関する一考察 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 近藤, 美佳 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL

Transcription:

Title 三島由紀夫 表面の思想 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 川上, 陽子 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date 2012-03-26 URL http://hdl.handle.net/2433/157667 Right Type Thesis or Dissertation Textversion none Kyoto University

( 続紙 1 ) 京都大学博士 ( 人間 環境学 ) 氏名川上陽子 論文題目 三島由紀夫 表面の思想 ( 論文内容の要旨 ) 本論文は 表面 への志向という観点から三島由紀夫の作品の読解を試みるものである 表面 とは 世界に現れたもの 現されたもの 手で触れ目で見 耳で聞くなどして ある ということが認めうるもの全般を指すが 本論文ではおもに言葉と肉体に焦点をあてる そのような 表面 とは 私 の制御や操作 理解を遁れる 他者 の存在を告げ知らせ 解釈という行為の契機を与える場所である したがってそれは 他者 と 私 の隔絶の徴であるとともに両者を媒介する場所であり 私 でも 他者 でもない 両者の境界でもある 表面 への志向とは 私 と 他者 の関係 そのあいだをめぐる思索である 第 1 章は 私 の手記という体裁をとった 仮面の告白 を読み解く 書かれた私 とは 書く私 が他者に認識可能な形で提示したみずからの像 すなわち 表面 であり それはすでに 私 から乖離している この 表面 を媒介として 私 の 内面 は他者に提示され 解釈される このような構造を押さえたうえでこの作品を考えると この作品自体が 作者が読者に提示した 表面 であり 作者から乖離しずれゆくものでもある その意味においてこの作品こそが 仮面 であり 安定的な作者像の形成を阻止している 第 2 章は 吃音に苦しむ鹿苑寺の徒弟 溝口の語りで構成される 金閣寺 を扱う 溝口の吃音は言葉をめぐる困難の象徴であり そこに 他者 に理解されない 私 の煩悶が託されている その根底には 吃音さえなければ 私 は十全に 他者 に理解されるはずだという思い込みがある だがそれは 私 の制御の外にある 他者 の否認であり 自己閉塞の状態である この作品は その閉塞から遁れる方途を探る物語として読むことができる 作中の禅海和尚には 表面 としての事物を 解釈を施す以前のあるがままの 他者 として受容する姿勢が持たされており 溝口はそのような禅海和尚との対話によって 自己閉塞から解放される すなわち 認識する 私 もまた認識される存在であり 他者に見られる 私 の 表面 は 私 には制御不可能であって 他人が見るであらうとおりに見 られるしかない と了解する 金閣放火は溝口がみずからの 内面 を 表面 として提示する行為であり 溝口が炎上する金閣を見ようともしないのは その行為の解釈を他者に委ねたためである それはまた 作品と 作品を提示したのち不在となる 作者 との関係に似ている 第 3 章は 鏡子の家 美しい星 太陽と鉄 文化防衛論 を扱う 鏡子の家

は 他者 不在の物語であり 美しい星 はそれを引き継ぎながら 肉体を 私 の限界ではなく 私 と 他者 が触れ 共在する場所として認めるに至る物語として解釈する 太陽と鉄 は そのような肉体という 表面 とその可能性について思索を展開したものである 表面 は 他人の想像力ならいくらでも許すだろうが もはや私自身の想像力の容喙を許さない ような場 すなわち 私 の 内面 作用を及ぼしうる限界であり かつ 他者 の 内面 作用が開始される場である 肉体をそうした 表面 と考えるならば 肉体の鍛錬とは 言葉による表明と同じものと捉えられる このような 表面 への志向が 表面の思想 と呼ばれる それは 私 が了解可能な 私 ではもはやなくなり 他者 によって存立しうる 私 がはじまる地点を見出そうという試みである 文化防衛論 は 表面の思想 が 文化 の領域で展開されたものとして読むことができる 文化概念 としての 天皇 は 無個性 の 肉体 や 非個性の言葉 ( 太陽と鉄 ) といった 表面 に対応し 各々が異質な 他者 であるような数多の 私 を その異質性を浸食させることなく共在させてきた場所である 第 4 章は 豊饒の海 を扱い 転生 という装置の機能の変遷などを検討し 最後の場面の解釈の可能性を提示する 全 4 巻を通じて登場する唯一の人物 本多は 自らの認識を絶対化し 他者 を否認する 認識者 としてとらえられる しかしその認識の力を否定され 世界は阿頼耶識という滝の流れの一瞬一瞬にすぎず 我 もまたその滝の一飛沫にすぎない と悟る だがそのような悟りも本多にとっては なおもみずからの認識の優越性を示すものであった それが月修寺門跡の言葉によって打ち砕かれ 本多は見る ( 認識する ) 存在ではなく 見られる存在としての自らのあり方を受け容れる この小説の最後の場面は 何もない 庭である それはいっさいの意味づけが 何もない 解釈の手前においてすでに存在している 表面 としての世界である 本多もまた 同様にみずからをただ 表面 として世界へと差し出している 本多は みずからの認識に世界を併呑することなく 他者 とひとしく存在する 私 のありようを受け容れる場所にたどり着いたとみることができる

( 続紙 2 ) ( 論文審査の結果の要旨 ) 本論文は 三島由紀夫が 太陽と鉄 で表明した 表面の思想 に着想を得て 表面への志向という観点から 三島由紀夫の作品の読解を試み 表面の思想 の展開過程を明らかにしようとしたものである 扱う作品は 仮面の告白 ( 第 1 章 ) 金閣寺 ( 第 2 章 ) 鏡子の家 美しい星 太陽と鉄 文化防衛論 ( 以上第 3 章 ) 豊饒の海 ( 第 4 章 ) である これらの作品については膨大な研究や論評があるが 本論文はそれらを丹念に精査し 研究動向や解釈の流れを整理したうえで問題点や疑問点をあぶり出し あるいは踏襲すべき点を洗い出したうえで 新しい視点からの解釈を提示する 意欲的なものである テキストを丁寧に読み込み これまで見逃されてきた点にも着目しての解釈には説得性があり また 他の作品も数多く参照しており 確固たる基盤の上に書かれている 仮面の告白 は 私 がみずからの過去を手記に綴る という体裁をとるが 性的自伝 あるいは すべては完全な虚構 など 三島自身によって矛盾した説明がなされている 本論文はこの点に注目し 作中の 書かれた私 と 書く私 それを小説として書く 作者 という三つの位相の関連を追求し この小説が示すのはまずは書くことの困難であることを示す 私 がみずからについて書くとはつねに 意図した 私 ではない 私 を生み出すことである 作者はみずからの過去を素材に 仮面の告白 という作品を書き それを あらゆる解釈を誘発する契機として機能するような 表面 として提示した それがまさに 仮面 であり それに 三島由紀夫 という名を与えて 読者による多様な 作者 像を統括させる一方 その背後にはもはや誰もいない と宣言した と読み解く 仮面の告白 の解釈に新しい次元を切り開くとともに 表面 への志向がすでに認められる点を明らかにした 金閣寺 もやはり 言葉をめぐる困難の物語として読まれる 溝口の吃音がその困難を象徴し 溝口の煩悶そして自己閉塞の根底には 私 とは異質の 私 の制御が及ばない 他者 の否認がある と読み解き 禅海和尚との対話により 溝口は 他者 の見るがままの 表面 としての 私 を受け容れることで 自己閉塞から遁れ得た とする そして溝口にとっての脅迫的な幻影としての 金閣 には 私 とは隔絶した不可知の 他者 が託されていると考える そのうえで 幻影の 金閣 を憎んだ溝口がなぜ現実の金閣を焼かねばならなかったのか という問いへの答えを提示する すなわち 戦後 平穏な日常の永続を自明と見なす風潮が蔓延するが それは溝口にとって不可知 不可解なるもの すなわち 他者 の排除に他ならず 永続の象徴と見なされている金閣寺を焼失させることで 他者 を顕現させようとした という 金閣放火とは みずからの内面における 金閣 を目に見える 表面 として顕現させ 他者 によるあらゆる解釈に晒す行為であり ここにもまた作者と作品との関係が示

されている という指摘は 斬新である 鏡子の家 美しい星 太陽と鉄 文化防衛論 の4 編についても 肉体 言葉 そして文化概念としての 天皇 が 私 の限界であり かつ 他者 へ開かれる場所であり かつ 私 と 他者 の共在の場所としての 表面 としていかに提示されているかを明らかにし 太陽と鉄 で表明された 表面の思想 を他の作品とも関連づけ その含意の可能性を提示しえた 豊饒の海 を扱う第 4 章は 本多という人物を中心に 自らの認識 ( 内面 ) を絶対視して異質な 他者 を認めない 孤絶したあり方から 他者との共存へという あり方の変遷を 表面 としてのあり方の受容という観点から読み解いてゆく この作品は とくに第 3 巻における物語の転調および作品終盤の月修寺門跡の言葉の解釈についてさまざまに論じられてきたが 本論文は 転生 を本多の認識と関連づけ 表面 への志向に着目することで 新しい次元の解釈を示しえた 以上のように本論文は 個々の作品について 従来の観点にとらわれない斬新な解釈を説得的に提示するだけでなく 表面の思想 の展開過程として捉えることにより 作品間の関連性が浮き彫りにされ 斬新で秀逸な三島論となっている また他者関係論も 作品内の分析 解釈に終わるのではなく 書くこと および読むことをめぐっての 読者と作品 作家と作品 読者と作家といった 作品を超え出たダイナミズムを作品構造に認めて析出した点も興味深い たしかに 表面 という概念がまだ曖昧であったり 先行研究の整理にかなり紙数を割いているために 本論の流れが中断され論文としてのまとまりに欠けているきらいがあったり といった不足も認められる また学位申請者は現代哲学に親しんでおり 日本近代文学研究に基盤を持つものではない それは論文の弱点ともなりうるが 日本近代文学研究者の気がつかない独自の視点から新しい解釈を提示しえている点が 高く評価できる 以上を総合して 本論文は博士 ( 人間 環境学 ) の学位論文として価値あるものと認める また 平成 24 年 1 月 26 日 論文内容とそれに関連した事項について口頭試問を行った結果 合格と認めた Webでの即日公開を希望しない場合は 以下に公表可能とする日付を記入すること 要旨公開可能日 : 年月日以降