古貨銭の真贋鑑定に X 線残留応力測定を使う 蛍光 X 線でも X 線 CT でもない 応力測定だからわかることがある

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Transcription:

古貨銭の真贋鑑定に X 線残留応力測定を使う 蛍光 X 線でも X 線 CT でもない 応力測定だからわかることがある

X 線を利用すを使う古貨銭や古美術品 文化財の鑑定に 祥符通寳について ると聞けば どのような方法を思い浮かべるでしょう 蛍光 X 線による元素分析でしょうか それともX 線透過法を使った3 次元像でしょうか リガクの研究者が 材料 誌に X 線残留応力測定による古貨銭の偽造に関する調査 という論文を発表しました 本論文では X 線残留応力測定を有効に活用することで 測定対象の古貨銭の真贋鑑定に有効な知見を得られたことが明かされています その内容について解説します 本論文において分析対象としたのは 祥符通寳 ( しょうふつうほう ) という古貨銭です 祥符通寳は 中国北宋時代の大中祥符年間 (1008 ~ 1016 年 ) に 中国で作られた貨幣です それが貿易を通じて日本に入ってきたものを渡来銭と呼びます しかし 国内で流通するに足る十分な数はありません そのため 国内では 各地の有力者が模鋳した貨幣も流通していました 彼らは貨幣を偽造したわけではなく 金属の価値を背景に模鋳したもので これらの貨幣にも正当な金銭価値はありました こうして 日本では多様な 模鋳銭 が見られるようになったのです 現代のコイン収集家や博物館 資料館は 渡来銭だけでなく これらの模鋳銭も収集対象としています たとえば 模鋳銭には ミントマーク ( 印 ) が付いているものもあり キリシタン大名とかかわりが深いと考えられている十字 ( クロス ) 入りのものは市場価値が高いようです コインの状態に加え ミントマークの違いや珍しさなどで 市場価値に差が出てきます そのため 祥符通寳には大きく4つのカテゴリがあることがわかります 1. 中国で作られたオリジナル中国産の渡来銭は 国内でも流通しました 金属で作られた貨幣そのものに価値があったため 貨幣の輸入を目的とする商取引もありました 2. 偽造品現代のコレクターにとって価値の高い貨幣を 現代の組織もしくは個人が偽造したものです 多くの場合 元素分析することで見破ることができます 3. 日本で流通した模鋳銭金属そのものに価値があったため 日本の有力者が模鋳した貨幣もオリジナルと同様に流通しました 同様に 大越 ( ベトナム ) 産の模鋳銭も国内に入ってきたことが確認されています 国内では 祥符通寳だけでなく 皇宋通寳 ( こうそうつうほう ) や元豊通寳 ( げんぽうつうほう ) 熈寧元寳 ( きねいげんぽう ) なども模鋳されています 4. 模鋳銭を追加工した偽造品コレクター価値の高い模鋳銭を偽造したい場合 現代に安祥符通寳について古く流通している模鋳銭に追加工すれば 元素分析の網をくぐり抜けることができます 本論文では このカテゴリへの対策について新たな知見を提示しています 貨銭の真贋鑑定にX線残留応力測定 2

古3. 日本で流通したを使う本論文の執筆にあたり 用意したのは X 線を使って分析すると何がわかるのか X 線を使って分析すると何がわかるのか 模鋳銭 と 出所不明の祥符通寳です 以下 手元に用意した3の模鋳銭をA 今回鑑定対象となる出所不明の祥符通寳を Bとします A: 模鋳銭 B: 出所不明の祥符通寳果たしてBは どのカテゴリに当てはまるのでしょうか まずは X 線を利用して分析すれば 何がわかるのかについて整理しておきましょう 蛍光 X 線 分析対象に含まれる元素を定性 定量するために利用します 今回の場合 1. 中国で作られたオリジナル が含む元素の情報はすでに知られているため Bがオリジナルであるかどうか はわかります 本物にしか市場価値がなく 真か偽の2 択になる場合 蛍光 X 線分析は有効な手法です しかしながら 今回のケースでは基材の銅に鉛やヒ素 鉄などを混ぜた模造品にも市場価値があり 4. 模鋳銭を追加工した偽造品 を見分ける必要があります そのため 蛍光 X 線は決定的な手段とは言えません X 線 CT X 線顕微鏡 文化財鑑定に広く用いられる手法です 実際に 断層写真法による銭種の判別分析は 数多くの有効な成果を挙げてきました ただ 今回の場合には 4. 模鋳銭を追加工した偽造品 を見分ける必要があり これも決定的な手段とは言えないかもしれません X 線残留応力測定 4. 模鋳銭を追加工した偽造品 を判別するにあたって 最も有益な手段になります 加工された部分に圧縮応力が残留する可能性が高いため その部分の応力を分析すれば 追加工の有無がわかります 古貨銭や金属加工が施された文化財の真贋鑑定に最適な手法と言えるでしょう こうした考察に基づき 今回は蛍光 X 線とX 線残留応力測定を組み合わせて分析することにしました 貨銭の真贋鑑定にX線残留応力測定 3

古X 線分析を試してみることにしました ここでを使うまずは 蛍光 測定 測定 A と B を比較すると 銅 () 以外の元素の種類と量に大き 分析したいのは A と B を構成する元素の違いを知ること B な違いが見られました 興味深いのは 銀 (Ag) の含有量 が 1. 中国で作られたオリジナル である可能性についても A はゼロなのに対し B には微量含まれています 歴史を紐 検証できます 元素分析した結果を 以下の図に示しました 解いてみましょう 国内で粗銅に含まれる銀を抽出できる ようになったのは 天正 19 年 (1591 年 ) ごろに普及した C 南蛮絞という技法が生まれてからです そのため 銀が含まれるBの製造年代は 銀を完全に排除できているAより古いと考えることができます なお 1. 中国で作られたオリジナル は 銅, 錫 (Sn), 鉛 (Pb) がバランスよく配合された青銅製です BはAと同様にこのバランスが大きく崩れており 1. 中国で作られたオ リジナル と異なる特徴を持つことが明らかになりました C ここから もう1つの知見を得ることができました どちらも 銅が最も多く含まれているため X 線残留応力解析では銅の結晶相を利用できそうだということです C 貨銭の真贋鑑定にX線残留応力測定 4

古貨銭の真贋鑑定にX線残留応力測定を使う 5 測定 X 線残留応力解析の前に 準備が必要です X 線回折法でA とB 測定し 両者を比較しやすい格子面を特定します 結果は 以下です X 線残留応力解析の結果 わかったことは大きく以下のとおりです : 50 1000 500 0 P o./ lmn 1 2 4 5 Pb : 模鋳銭 : 出所不明の祥符通寳 40 60 80 100 120 140 2 l 200 111 200 220 311 222 400 331 このピークを応力分析に利用する 2g. 36.27 43.32 50.45 74.13 89.95 95.16 116.95 136.52 420 144.73 この結果を受けて 測定しやすいピークには 蛍光バックグラウンドの影響を受けにくい銅の331 面を選ぶことにしました いよいよ X 線残留応力解析に移ります 測定場所はAとBの裏面で 形状の似ている突起部に5 点のポイントを設定 1mm 間隔でビニールテープを貼ってマスクし 正確に測定できるようにしました 測定点 2~4における突起を中心とした3 点の残留応力値に有意な差が見られた 縁に当たる測定点 1と5の残留応力値を比較すると, 真ん中の3 点と比べて観測値が互いに近い値を取っている 0 50 100 150 200 250 A: 模鋳銭 B: 出所不明の祥符通寳 300 1 2 3 4 5 2.5 2 1.5 56.66 104.07 31.79 115.83 47.01 154.5 13.98 128.37 150.79 184.59 1 A: 模鋳銭 0.5 B: 出所不明の祥符通寳 0 1 2 3 4 5 半価幅 (FWHM) 測定の結果 Bの半価幅はAの半価幅より大きかった これらの結果から 浮かび上がってきた事実はどのようなものでしょう

古貨銭の真贋鑑定にX線残留応力測定を使う 6 結論 結論 これらの結果から 浮かび上がってきた事実はどのようなものでしょう 注目したいのは 測定点 1と5の残留応力値が近い一方 2~4には有意な差が見られた という部分です この結果から 縁部分が同様の加工をされているにもかかわらず 中央の突起部には別の力が加わっているようであると推察できます さらに Bの半価幅の広がりは 加工硬化が原因である可能性が高く これはBに何らかの加工処理が加わったことを裏付けています 中央の突起部で測定されたBの残留応力は Aより高い圧縮応力を示していました 本来突起のなかった模鋳銭に突起を設けたことで 市場価値の高いものへ偽造した と考えることができます 古貨銭や古美術品 文化財の鑑定において Ⅹ 線は極めて有効な手段です 蛍光 X 線やX 線 CT X 線顕微鏡では これまでに豊富な実績を積み重ねてきました 一方 X 線残留応力測定の適用は まだ始まったばかりです 今回 リガクが発表した論文は 日本材料学会のジャーナル 材料 Vol. 65 (2016) で無料公開されています より詳しい情報を希望される方は ぜひダウンロードしてお読みください

196-8666 東京都昭島市松原町 3-9-12 (042)545-8111 代表電話案内 FAX.(042)544-9795 東京支店 / 151-0051 渋谷区千駄ヶ谷 4-14-4 (03)3479-6011 FAX.(03)3479-6171 大阪支店 / 569-1146 高槻市赤大路町 14-8 (072)696-3387 FAX.(072)694-5852 東北営業所 / 980-0804 仙台市青葉区大町 1-2-16 (022)264-0446 FAX.(022)223-1977 名古屋営業所 / 461-0002 名古屋市東区代官町 35-16 (052)931-8441 FAX.(052)931-2689 九州営業所 / 802-0005 北九州市小倉北区堺町 2-1-1 (093)541-5111 FAX.(093)541-5288 URL https://www.rigaku.com 7A/170200PR