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イタリアの 1972 年修復憲章 について 鳥海 ( 大竹 ) 秀実 はじめに 2005 年 6 月 現代の修復理念の基礎を築いたチェーザレ ブランディの 修復の理 論 (Cesare Brandi, Teoria del Restauro) の日本語訳が ローマ中央修復研究所 のジュゼッペ バジーレ氏の提案に基づき 東京大学大学院人文社会系研究科の小佐野重利教授 2) の監訳および池上英洋 3) 大竹秀実 4) の翻訳により出版された ブランディの生誕 100 年を迎える 2006 年を前に この書は世界 9 カ国語に翻訳出版され 世界的に彼の理論を振り返り考察する気運が見られる 原書の 1963 年初版は絶版となったが 1977 年のエイナウディ社版は イタリアでは修復を志す者が初めに手にする教科書とも言える本であり 巻末にはブランディの概念を大きく反映した 1972 年修復憲章 が収められている (p.133-154) 邦訳 修復の理論 は本文と補遺のみを所収しているため 愛知県立芸術大学教授の森田義之 5) と訳者の一人である大竹秀実により ここに 1972 年修復憲章の日本語訳を試み 1977 年版の 修復の理論 を完結させるものである 文化遺産保護に関する憲章は今までに世界で数多く起草されてきたが 特に 20 世紀前半から半ばにかけての先駆けとなった憲章は主に建造物を対象としていた しかし 1972 年修復憲章 は建造物だけでなく動産文化財もその範疇に含み イタリア国内に向けて 当時文化財を管轄していた文部省から出された 本稿では 国際的な憲章の歴史の流れをふまえながら イタリアの 1972 年修復憲章 が作成された背景について考察する なお 修復憲章 は 1987 年にイタリア学術会議 (Consiglio Nazionale delle Ricerche / C.N.R.) によって新たに作成されている これら 2 つの 修復憲章 は 建造物 歴史的地区 考古学遺物 美術品など文化財の分類に従って 詳細に保存修復のあり方と方法を記しているが 細部においては数十年を経た今日の考え方と相容れない部分も生じている けれども これらは修復理念の発展の研究にとって大いに意義ある歴史的文書であり 翻訳を通じて日本のより多くの専門家の方々に読んで頂きたいと考えている 1) 1972 年以前の世界の憲章文化遺産の保護 修復に関する憲章などの文書は 世界で現在までにその数はおおよ 1

そ 1939 年までに 7 件 1940 年から 1969 年の間に 28 件 以降頻度が上がり 1970 年から 1979 年までに 23 件 1980 年から 1989 年までに 38 件 1990 年から 1999 年までに 76 件が起草されているという 6) 憲章 Charter とは さまざまな国の代表的研究者による議論の結果として 非政府組織から出される法的効力をもたない倫理や概念の方向性を示す文書であり ドキュメントと呼ばれることもある 7) 中でも 1931 年の アテネ憲章 8) と 1964 年の ヴェネツィア憲章 9) は モニュメント保護の概念の発展を示す歴史的文書としてその高い重要性が広く認められている 10) しかしながら 今日の国際化と文化財の定義の拡大の動きの中で 特にヨーロッパの石造建造物を対象としたこれらの憲章は 文化と物質の異なる他の地域にまで普遍的に適用することはできないことが明らかとなり 近年の国際会議およびドキュメントの中では オーセンティシティー 文化の多様性 無形文化財の問題などをキーワードに新たな展開を迎えている 動産文化財についても 第一次世界大戦後に 世界の文化遺産の保全に対する高い意識の風潮を受けて考古学学術会議や 1921 年パリの国際美術史学会 (Congrès international d histoire de l art) そして 1930 年のローマでの芸術作品の科学的調査と保存に関する国際学会 (International Conference for the Study of Scientific Methods for the Examination and Preservation of Works of Art) などが開催された 特に 1930 年のローマでの会議の成果として 欧米諸国の科学者 美術史家 および修復家の協力により 絵画の保存についての手引書 Manual on the Conservation of Paintings が 1939 年にフランス語で 次いで 1940 年に英語で出版されたことは意義深かった これらは 収蔵品を監督する美術館館長や学芸員の保存に関する知識の普及に役立っただけでなく 学術的に総合的な知識を備える新たな職種として生まれ変わりつつあった修復家にとっても有益な本であった これは憲章ではないが 絵画の保存修復に科学的アプローチを促す具体的かつ詳細なテキストとして大きな役割を果たした 11) この会議の内容の一部は 1927 年に知的協力機関 (International Institute of Intellectual Cooperation ) 12) の枠組みの中につくられた国際博物館事務局 (International Museum Office / IMO) の定期刊行物 Mouseion( ユネスコの雑誌 Museum の前身であり その後 Museum international となる ) の中に 1931 年から 1932 年にかけて公表された IMO は専門家間の情報交換に貢献しただけでなく 将来的な憲章や勧告の起草につながるような議論を促進した IMO の活動は 終戦後の 1946 年に創立された国際博物館会議 (International Council of Museum / ICOM) に託される 1964 年に ICOMOS が設立されるまでは ICOM による美術館 博物館の定義は幅広く 考古学的遺跡 動物園 庭園 歴史的モニュメント 自然なども網羅していた 13) ユネスコからは 1978 年に 動産文化財保護のための勧告 (Recommendation for the Protection 2

of Movable Cultural Property) が発表されるが これは特に修復を焦点としたもので はなく動産の保護全般について述べている イタリア国内の 修復憲章 19 世紀後半は ヨーロッパ全体にわたって ヴィオレ = ル = デュックの様式を優先させ現存しない部分も創造する修復と ラスキンによる時間の経過を尊重しできるだけ手を加えないロマン主義を背景とする思想の対立が見られた そして 1882 年にイタリアの文部省が公布したモニュメントの修復に関する通達は ヴィオレ = ル = デュックの理論に傾倒したものであった これを批判する形で 翌年の 1883 年 ローマにおける第 4 回イタリア技術者 建築家会議にて カミッロ ボイトの考証学的修復 restauro filologico に裏打ちされた決議 (Voto conclusivo del Ⅲ Congresso degli ingegnieri e architetti italiani) が採択され 次いで 科学的修復 restauro scientifico を唱えたグスターヴォ ジョヴァンノーニが ボイトの考えを部分的に取り入れつつ また 1931 年のアテネ憲章の影響を受けて イタリア修復憲章 Carta Italiana del Restauro を作成し 1932 年に古物 美術品総局から承認され公布された 14) 1932 年のモニュメントを対象とした イタリア修復憲章 から 1972 年の 修復憲章 Carta del Restauro の間には 40 年にわたる歳月が流れているが その間に国内で主要な憲章が作成されたことはなく 1972 年修復憲章の冒頭では 非常に早い年代につくられた 1931 年の憲章の功績が讃えられている 筆者は 1972 年修復憲章 が起草された歴史的背景として 以下のことを推測している つまり 1950 年代 1960 年代の第二次世界大戦による破壊の復興期において 各地で盛んに行われていた歴史的建造物の修復を適切な方法で進めること そして 1970 年代に文化財の保護についても地方分権が進んだことから 国内全体の文化財の修復方法のレベルを高く維持し統一する必要性が出てきたことである また 国外の動きとして 1964 年の ヴェネツィア憲章 にも注意は向けられていたであろうし 1964 年のフランチェスキーニ委員会の文化財保護に関する調査も影響を及ぼしたであろう 1972 年修復憲章 は 物質とイメージの二元性 パティナ 歴史的価値の尊重 修復箇所の識別性など チェーザレ ブランディの理念をその根底に覗かせている 15) ブランディは 1939 年にイタリア全体の修復を主導する機関として創設された ローマ中央修復研究所 (Istituto Centrale per il Restauro / ICR) の初代所長に就任し 1960 年までの 20 年にわたってその任を務めた 中央修復研究所を退いた後は パレルモ大学 (1961-67 年 ) やローマ大学 (1967-76 年 ) において美術史の教鞭をとった 実は 1948 年からもすでにローマ大学の美術史専門課程で修復と歴史の講義をしており 3

これが彼の著書 修復の理論 のきっかけとなったという 1951 年以降は ICOM の文化遺産保存修復関係の任務を引き受けるとともに 文化遺産イタリア国内審議会芸術 歴史遺産委員会委員長などを歴任するなど 美術批評および国内外の文化遺産の保存修復に造詣が深かった また 美術史だけでなく法学においても学位を取得しており このような背景は 彼が興味を示していたカント ベネデット クローチェ フッサール ハイデッガー サルトルなどの哲学の素養とともに 彼の理論から読み取ることができる ブランディは 中央修復研究所で数多くの修復の実例に直面しただけでなく 見聞旅行でイタリア以外の世界の文化遺産に関する知見も深めており 生涯に著した著書 論文 随筆は夥しい数にのぼる 16) 1963 年の 修復の理論 の出版も 1972 年修復憲章 の起草も ブランディはすでに中央修復研究所の所長を退き大学で教鞭をとっていた時期にあたり それまでの経験と知見を実らせた成果であった 1972 年修復憲章 の構成は 冒頭にまず すべての種類の文化財に関わる一般的な総則が第 1 条から第 12 条まであり これに続いて文化財の種類によって 4 つの附則がつけられている それらは A) 古代遺物の保全と修復に関する準則 B) 建造物の修復管理に関する準則 C) 絵画と彫刻の修復に関する準則 D) 歴史的中心地区 の保護に関する準則 である 絵画や彫刻などの美術作品をはじめ 建造物や歴史的地区など 動産および不動産から一つの建物に限らない地区の保存についてまで 一つの憲章の中で広く文化財の種類を網羅している点は 今までの世界的な憲章の流れを見ても稀である 文化財の種類の中には モザイクやフレスコ画 アンフォラなど 日本のようなイタリアから遠く離れた地域の国にはない イタリアに特徴的なものも挙げられている また処置について認可や意見をあおぐべき当局も明示されており 文部省を頂点としたイタリアの文化財保護システムのための憲章であることが明らかに分かる 17) そして 法的拘束力がないものの 国全体が共通の認識と基準に従って保存修復活動を展開するよう省が統一を図ろうとした方針がうかがえる 各地域の文化財監督局には修復報告書の書式があり 修復家によって作成された報告書を整理保管している イタリア国内の文化財の保存修復を統制するもう一つの仕組みとして UNI Beni Culturali/NorMal 委員会がある 元来 1977 年に 中央修復研究所 (ICR) とイタリア学術会議 (CNR) が石材の劣化と保存方法の研究について基準となる方法を定義する目的で石材規格統一委員会 (Normalizzazione Materiali Lapidei / NorMal) を発足させたが 1996 年に文化財省とイタリア全国規格協会 (Ente Nazionale Italiano di Unificazione / UNI) の間で協定が結ばれ 現在は文化財を構成するその他の材質についてもその研究や基準策定が行われている 4

イタリアは 膨大な数の文化財を抱えていること そしてそれらは必ずしも美術館 博物館など公的機関に収蔵されているわけではなく 教会や個人所有の場合も多いということが 国内の文化財を取り巻く状況の特徴として挙げられる 文化財の修復をすべて国立修復機関で行うことは不可能であり 基本的に地域の文化財はその地域で修復しなければならず 中央の研究成果や基準となる方法を地方へ普及させる必要がある 成文化した 修復憲章 には 国中に同一の保存修復の理念と方法論を敷衍させる役割があり 1972 年修復憲章 は 文部省から全国に配置されているすべての文化財監督官に対して発せられたのである このようにイタリアでは 文化財の立法的 行政的保護システムだけでなく 保存修復に関わる理念についても中央から国内各地に普及させるよう働きかけが行われている 註 1) 2008 年より保存修復高等研究所 Istituto Superiore per la Conservazione ed il Restauro (ISCR) 2) 2018 年現在 東京大学名誉教授 3) 2018 年現在 東京造形大学教授 4) 2018 年現在 東京文化財研究所保存科学研究センター近代文化遺産研究室 研究補佐員 5) 2018 年現在 愛知県立芸術大学名誉教授 6) Rosalia Varoli-Piazza, Riflessioni sulle carte, raccomandazioni e documenti internazionali, a cura di Paola Letardi, Iva Trentin, Giuseppe Cutugno, Monumenti in bronzo all aperto, Esperienze di conservazione a confronto, Nardini, Firenze, 2004, pp.21-25; CERR, Centro Europeo di Ricerca sulla Conservazione e sul Restauro di Siena, Carte, risoluzioni e documenti per la conservazione ed il restauro dei beni culturali, CD-ROM, Siena, marzo 2003. 7) Jean-Louis Luxen, Reflection of the use of heritage charters and conventions, Conservation, The Getty Conservation Institute Newsletter, vol.19, no.2, 2004, pp.4-9; Varoli-Piazza 前掲書 ; 憲章 に対して ユネスコなどの国際政府組織による 条約 Convention は 法的拘束力を有し加盟国はそれに従う義務がある たとえば 1954 年の武力紛争の際の文化財の保護のための条約 1970 年の文化財の不法な輸出 輸入及び所有権譲渡の禁止及び防止に関する条約 1972 年の世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約などがこれにあたる なお 勧告 5

Recommendation に法的拘束力はない 8) 1931 年にアテネで開かれた 芸術的 歴史的記念建造物の保護と保存のための専門家会議 (International Conference of Experts for the Protection and Conservation of Artistic and Historical Monuments) の成果が アテネ憲章 と呼ばれるものである これは (I) 修復の一般原則 (II) 記念建造物の保護 保存のための行政的 法律的施策 (III) 記念建造物の価値高揚 (IV) 修復に用いる材料 (V) 記念建造物の破損とその要因 (VI) 保存修復技術 (VII) 保存修復に関する国際協力の 7 つの部分から成り モニュメント修復の近代的な考え方の基盤を形成した ; 日本イコモス国内委員会 文化遺産保護憲章研究 検討報告書 1999 年 pp.67-72 144-146 9) 1964 年の国際記念物遺跡会議 (International Council on Monuments and Sites / ICOMOS) による ヴェネツィア憲章 の正式名称は 記念建造物および遺跡の保全と修復のための国際憲章 (International Charter for the Conservation and Restoration of Monuments and Sites) であり 全 16 条から成る 10) Cevat Erder, Jane Lennon, A Discussion about Heritage Charters and Conventions, Conservation, The Getty Conservation Institute Newsletter, vol.19, no.2, 2004, pp.11-15. 11) International Institute of Intellectual Cooperation, Manual on the Conservation of Paintings, Paris, 1940 ( 復刻版 Archetype Publications, London, 1997). 12) 1921 年に国際連盟が フランスの哲学者アンリ ベルクソンの提案に基づいて国際的文化協力のために設立した ; 日本イコモス国内委員会 前掲書 p.72 13) Varoli-Piazza 前掲書 14) Giorgio Gianighian, Italy, edited by Robert Pickard, Policy and Law in Heritage Conservation, SPON PRESS, London and New York, 2001, pp.184-206. 15) アレッサンドロ コンティは ブランディは 1972 年修復憲章 の草稿に参加を主張したがそれはかなわず あいまいで混乱した内容となったと批判する ; Alessandro Conti, Manuale di restauro, Einaudi, Torino, 1996, p.55; 邦訳 岡田温司他訳 修復の鑑交差する美学と歴史と思想 ありな書房 2002 年 p.88 16) ジュゼッペ バジーレ 日本語版まえがき チェーザレ ブランディについて 小佐野重利監訳 池上英洋 大竹秀実訳 チェーザレ ブランディ修復の理論 三元社 2005 年 pp.7-23 17) 1975 年に文化財 環境財省が設立された後 1998 年に文化財 文化活動省 2013 6

年に文化財 文化活動 観光省 2018 年文化財 文化活動となり文化財を管轄して いる 本文は ヨーロッパ諸国の文化財保護制度と活用事例報告書 [ イタリア編 ] 東京文化財研究所 pp.174-177 平成 18 年に所収の論文を改訂したものである ( 鳥海 ( 大竹 ) 秀実 東京文化財研究所保存科学研究センター近代文化遺産研究室研究補佐員 ) 7