Title 思春期男子の身体化と心理療法 - 主体の確立という視点から-( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 梅村, 高太郎 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL

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Title 思春期男子の身体化と心理療法 - 主体の確立という視点から-( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 梅村, 高太郎 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date 2013-07-23 URL https://doi.org/10.14989/doctor.k17 Right 学位規則第 9 条第 2 項により要約公開 Type Thesis or Dissertation Textversion none Kyoto University

( 続紙 1) 京都大学 博士 ( 教育学 ) 氏名梅村高太郞 論文題目思春期男子の身体化と心理療法 主体の確立という視点から ( 論文内容の要旨 ) 本論文は 思春期の男子における心身症や転換症状に代表される 身体化 の事態に注目し その心理療法について 主体の確立という観点から3つの事例研究を中心に論じたものである 第 Ⅰ 章では 思春期が 生理的 心理的 社会的な次元における子どもから大人への大変革の時期であり 主体の確立に向けた過程が進行することが確認された しかし イニシエーションが消滅した現代では その移行を個人的に達成せねばならないため 男女それぞれに特異的な形で精神疾患などの問題が生じやすいことが指摘された そして本研究は 身体化を呈した思春期男子との心理療法において その途上にとどまっている主体の確立がどのようにしてなされるのかを検討するものであることが確認された 第 Ⅱ 章では 症状の形成メカニズムや病態水準といった点から心身症と神経症における身体症状との区別が先行研究では強調されてきたが そうした区別がなくなってきていることが指摘され 心で受けとめきれない問題を 身体を通じて体験 表現する 身体化 という 両者に共通したあり方に注目することの意義が確認された さらに これまでの心身症をめぐる言説について批判的に検討が行われ 従来の心理療法や医学が 心身の解離を心身症の病理とみなして 心と体をつなぎ原初の全体性を回復しようとしてきたが 身体化においては むしろ心身が分かたれず未分化な状態にあり 主体が十分に確立されていないことが問題であることが指摘され いかに分裂を孕んだ主体となっていくかという視点が重要であることが示唆された 続く第 Ⅲ 章 ~ 第 Ⅴ 章では 思春期男子の身体化の心理療法において 主体がどのように立ち現れるのかについて考察するために 著者自身がセラピストとして関わった それぞれに年齢や症状が異なる3つの事例をもとにして事例研究が行われた 第 Ⅲ 章では 身体化の心理療法においては 未分化な心身を切り離し 主体が成立することが必要だという考えから 喘息や音声チックなどのさまざまな身体症状を呈した低身長男児 Aとのプレイセラピーが取り上げられ その契機となる 身体の否定 の働きを中心に考察された 第 Ⅳ 章では アトピー性皮膚炎の増悪を機に来談した高校生男子 Bとのイメージを用いた心理療法過程について 主体の確立に注目して考察が行われ 特にそれが自らを包む即自的トポスを飛び出すという 包まれることの否定 という形で展開することが浮かび上がってきた - 1 -

( 続紙 2 ) 第 Ⅴ 章では 解離性 転換性障害の心理療法においては 必要悪としての症状を放棄し いかにして隠蔽された主体を再び現すことができるかが重要になるとの考えから 寮生活のなかで解離 転換症状を呈した男子 Cとの心理療法が取り上げられ その主体を現す動きが展開していった過程について論じられた 第 Ⅵ 章と第 Ⅶ 章の2 章は 第 Ⅲ 章 ~ 第 Ⅴ 章で論じた個々の事例の知見を重ね合わせ その比較検討から帰納的に 身体化を示す思春期男子の心理療法における普遍的特徴を導き出すことが試みられた 第 Ⅵ 章では 先行研究の知見も踏まえつつ 身体化を呈する思春期の者に対して心理療法的接近を試みる際にどのような注意や工夫が必要となるのかを 面接技法と治療関係という二つの観点から考察された 面接技法という観点からは イメージ技法の問題点を明らかにしつつ 1 断片的 直截的なイメージに対してもセラピストがコミットメントを失わず そこにある 物語以前の物語 を 物語 として展開させていくこと 2クライエントの意識的理解を頼みとせず セラピストがイメージ自体の論理をつかみ 両者がともにイメージのなかに入ること 3 外在物に表現された自己との間で 自己関係がつくり出されることの重要性が論じられた また 治療関係という観点からは 鏡 器 舞台 として機能するという心理療法の基本原則が通用しにくいために セラピストの能動性 主体性を治療に活かす方向へ転換してきていることが指摘され セラピストが変容の 器 のなかに自らの主体を投げ込み 触媒 として機能すること 舞台 に上がり 相手役 として機能することが重要となることが示唆された 第 Ⅶ 章では 3 事例の総合検討から 主体の確立にとって重要だった契機として 1 身体化における未分化な心身を徹底的に切り離す 身体の否定 2 自らを包む即自的トポスを飛び出す 包まれることの否定 3 鏡像的他者として機能するセラピストとの 同一化の否定 という三つの否定を抽出し それぞれに関連する事象を取り上げて考察された そして 本論文の限界と今後取り組んでいくべき課題として 思春期男子以外に対する適用可能性 ここでの身体化概念が孕む限界 同じく主体のなさが特徴とされる発達障害や身体病との関係について触れられた 注 ) 論文内容の要旨と論文審査の結果の要旨は 1 頁を 38 字 36 行で作成し 合わせて 3,000 字を標準とすること 論文内容の要旨を英語で記入するときは 400~1,100words で作成し審査結の要旨は日本語 500~2,000 字程度で作成すること - 2 -

( 続紙 3 ) ( 論文審査の結果の要旨 ) 本論文は 思春期における心身の変化 身体症状の意味と治療という 2 つ枠組みを背景に持ちつつ 様々な身体症状を呈した思春期男子 3 人についての著者自身の心理療法の事例研究からエッセンスを抽出させて 主体の確立という視点から全体の論を構成したものである 第 Ⅰ 章は 本論文における思春期の捉え方が確認されたもので 思春期においては様々な次元で子どもから大人へ移行する激動の時期であり 主体の確立に向けた過程が進行するとして 主体 という概念が導入された 本論文では 思春期および思春期における心理療法を主体の確立という視点から捉えようとしたものである また イニシエーションなどの社会的機能が弱まるとともに 大人への移行が個人に委ねられることに伴う困難さがあり それが身体症状などとして現れる可能性が指摘されている ここには 思春期における心身の変化を個人で担うことの意味と身体症状の関係についての重要な指摘がなされていると考えられる 第 Ⅱ 章は 本論文における心身の関係や身体症状についての捉え方が示されたものである いわゆる心身症については アレキシサイミア という概念が登場して以来 神経症のような葛藤や抑鬱感を伴わないものの 病態水準として神経症よりも重篤であるとして区別する考え方が定着してきた しかし本論文で扱われた事例がまさにそうであるように 病態水準的な区別がなくなってきていることが指摘され 身体を通じて体験 表現するあり方に従来とは異なるアプローチが必要であることを強調しているのは注目に値する またこれまでの心身症や身体化についての言説では 身体症状を心身の病的な解離とみなして 心と体をつないで原初的な全体性を回復させようとするものが多かった それに対して本論文では 思春期における身体症状は 主体が確立されていないためにむしろ心身が未分化なために生じてくるものとみなして ある意味で自他や心身などの分裂をはらんだ主体が確立されてくることが治療的であるという視点を提唱している これはこれまでの心身症研究になかった独創的な視点であるとして評価できよう 思春期 身体化についてのそれぞれの理論的枠組みを背景に持ちつつ 第 Ⅲ 章 ~ 第 Ⅴ 章は 何らかの形で身体化された問題を持っていた思春期男子に 著者自身がセラピストして心理療法を行った 3 つの事例研究である そこでは主体がどのように立ち現れるかに特に焦点が当てられている 本論文について一致して評価できる最大のポイントは 3 つの個々の事例の見事さであろう 身体症状を呈し しかも思春期の男子は なかなか自分のことを語ってくれず それどころがそもそも関係を持つのが困難である しかし著者は それぞれの事例において 見事にクライエントとの関係をつけ ときには受け身的であらねばならないセラピストの役割をかなぐり捨ててクライエントと関わり 見事な治療的展開を生じさせている 少ないながらも 3 例の成功した自験例に基づいて 全体の論を展開しているところが非常にすぐれているとして評価された 第 Ⅲ 章では, 喘息や音声チックなどのさまざまな身体症状を呈した低身長男児とのプレイセラピーのプロセスが取り上げられ 身体の否定 の働きを中心に考察 - 3 -

( 続紙 4 ) されている 来談当初のクライエントの心身は未分化な状態にあったと考えられるが 徹底的な身体の解体というイメージを通じて身体が否定され また分離され 後には対象化や分節化がなされて 自己関係が成立するようになる ここでは心身の分離が身体症状の解消と主体の確立のために大切であるという見方が 事例を通して裏づけられている 第 Ⅳ 章では, アトピー性皮膚炎の増悪を機に来談した高校生男子とのイメージを用いた心理療法過程が報告され 身体と主体性に関して考察されている この事例においては 自らがまだ包まれているという存在のあり方を飛び出すという 包まれることの否定 が 夢やイメージで生じてきたのが主体の確立や症状の収束にとって重要になっている 3 事例の中では 最も心身症の範疇に近く またアレキシサイミアの特徴を呈するクライエントであるけれども そこではあまり身体が直接的に治療に登場しないのも興味深い 第 Ⅴ 章では, 解離性 転換性障害と診断できる 右手で字が書けなくなるなどの症状を呈した男子の心理療法が扱われる この心理療法においては 左右の区別すらあいまいであったのが 心身の分化が非常に進んだのが印象的であった また主体という観点からは 必要悪としての転換症状を放棄し 隠蔽された主体が再び姿を現してき セラピストとの同一化を否定したのが重要であると考えられた 第 Ⅵ 章と第 Ⅶ 章の2 章は 3つの事例研究の比較検討から 身体化を示す思春期男子の心理療法における普遍的特徴を導き出すことを試みたもので これまでの 器 や 舞台 としての心理療法に対して セラピストも中に入っていくという 触媒 というメタファー また3つの異なる事例において それぞれに 否定 という要素が主体確立のために重要であるという指摘が 本質的なものとして評価された 本論文は思春期に関する研究と身体症状の意味に関する研究という2つの枠組みがやや交錯する形になっていて 思春期に絞った方がよいのではという指摘もあった また男女の違いについての考察が不十分に終わっていることも指摘された しかしこれらの問題点の指摘は 事例研究からエッセンスを取り出すという方法論で興味深い成果を生み出した本研究の分析のさらなる展開と深化を視野に入れたものであり 本研究の価値をいささかも下げるものではない よって 本論文は博士 ( 教育学 ) の学位論文として価値あるものと認める また 平成 25 年 6 月 6 日 論文内容とそれに関連した試問を行った結果 合格と認めた 論文内容の要旨及び審査の結果の要旨は 本学学術情報リポジトリに掲載し 公表とする 特許申請 雑誌掲載等の関係により 学位授与後即日公表することに支障がある場合は 以下に公表可能とする日付を記入すること 要旨公開可能日 : 年月日以降 - 4 -