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Vol. 63, 8, 2012 489 ハルセル試験 ( 高速ハルセルを含む ) の原理と分析事例 小岩仁子 a, 山本 渡 a a 山本鍍金試験器 ( 151 0051 東京都渋谷区千駄ヶ谷 5 28 1) Theory and Evaluation Example of Hull Cell Test Including for High Speed Plating Kimiko KOIWA a and Wataru YAMAMOTO a a YAMAMOTO-MS Co., LTD.(5-28-1, Sendagaya, Shibuya-ku, Tokyo 151-0051) Keywords : Hull Cell, Covering Power, Metal Impurities, High Speed Plating 1. はじめに 現在マイクロマシン, ナノテクノロジー分野などに, めっきは深く関与する 従来のめっき用途に加え近年のめっき技術は, 現代のハイテク技術に欠かすことのできない重要な要素となっている めっきをするにあたって, 製品性能を維持するには浴の管理が大変重要である しかしながら, めっき浴は作業とともに, 刻一刻と変化している そのため, めっき浴に対し様々な試験を行い, 常に管理する必要性がある めっき浴の管理方法としては, 化学分析や物理化学試験 (ph や比重等 ) などで定量的に管理するものと, ハルセル試験 ハーリング試験など電着試験によって定性的に管理するものがある その中でもハルセル試験は少量の液量を用いて短時間で簡単に浴状態を観察することができる大変有効な試験方法で,1930 年代から長くめっき現場で使用されている 特に時間がかかり難しい光沢剤や添加剤の分析も, ハルセル試験では簡単に過不足を判断できる また試験結果は, 浴の能力を皮膜として 記録 保存 する品質管理の物的証拠にもなりえる 表 1にハルセル試験で行える浴評価の例を示す 特にめっき皮膜の光沢が悪い, 高い電流密度部が焦げる, 低い電流密度部のめっきが黒色になるなどめっき浴に不調をきたした場合, 事前に標準サンプルを作製することで, 浴トラブル発生の予測をすることが可能であり, また正常なめっき浴から得られたハルセルパターンと比較することで, 不調の 表 1 ハルセル試験で可能な評価ポイント 1 めっき浴の最適電流密度範囲 2 限界電流密度を判断するための焦げ ( やけ ) の範囲 3 被覆力 ( どれくらい低い電流密度まで良好なめっきが得られるか ) 4 めっき浴組成のバランス判断 5 光沢剤, 添加剤の過不足 6 不純物の混入や影響 7 ハルセル板に研磨傷をつけ, めっきすることによりレベリング作用の評価 8 合金めっきの場合, 合金組成 9 弱電解処理など, 不純物除去の効果判断 10 活性炭処理, ろ過処理の効果 11 浴のトラブル発生の予知 12 各薬液を加える最適なタイミングの予測 15 原因を究明できる ハルセル試験は めっき液の評価 および めっき液の管理 の他にも 新しいめっき浴の開発 に利用されているが, ここでは, ハルセル試験の原理や実際の結果を元にした分析事例についていくつか記す また, 従来と異なるタイプのいくつかのハルセル試験についても原理などを含め説明する 2. ハルセル試験 2.1 原理電気めっきを行う場合, 陰極にどのように電流が流れるかを示す電流分布が重要な条件の一つとなる それは電流分布が皮膜厚さの均一性に大きく起因するためである 電流分布には大きく分けて一次電流分布と二次電流分布があるが, 一次電流分布とはめっき液の種類やめっき条件に関係なく, めっき槽内の幾何学的条件 ( 被めっき物や槽の形状, 電極配置など ) によって決定される ハルセル水槽ではわざと陰極を斜めに設置することで, 陽極との極間距離を変化させて電流分布状態に勾配をもたせ ( 極間距離が近いほど電流密度は高くなる ), 一度に幅広い電流密度領域の観察をできる構造となっている ハルセル水槽の 1 次電流分布モデルを図 1に示す 皮膜厚さ分布の大体はこの一次電流分布で決定され, 分布状態は数学的な計算などで求めることができる この電流密度分布の関係式は以下のように表される C.D=I (C1-C2 log[l]) (1) C.D: 電流密度 (A/ft ),I: 総電流 (A) L: 高電流密度側から測った陰極上の距離 (inch) C1,C2: 電解質の性質に係る定数 Anode 図 1 ハルセル水槽および 1 次電流分布モデル図

490 解 説 表面技術 ここで,C1,C2 の定数の取り方には種々の方法が提案されているものの, 定数 C1,C2 の値は多くのめっき液にあてはまる値として,267 ml セルに対し C1 = 27.7,C2 = 48.7 が推奨されている C.D(A/ft )=I(A) (27.7-48.7 log[l(inch)]) (2) 以上より単位を ft を dm,inch を cm に置き換えると, 次のようなハルセル電流密度の関係式が求まる C.D(A/dm )=I(A) (5.10-5.24 log[l(cm)]) (3) この関係式は本や文献により種々有るものの, 一般的には (3) 式が採用されている しかし, 実際にめっきを行うとカソード表面に分極現象が生じ, 一次電流分布が乱れ新しい電流分布ができる これを二次電流分布という 二次電流分布を決定する電気化学的特性は, 陰極 ( カソード ) における分極と浴の伝導度によって決定するため, めっき浴の種類, 添加剤の種類 量などによって変化する 陰極電流効率が 100%, または電流密度に関係なく一定ならば, ファラデーの法則に従い二次電流分布とめっき分布は等しくなるが, 一般的に電流効率は電流密度によって変化するため, この電流分布を電流効率で補正したものが最終的なめっき分布となる 二次電流分布を決定する因子に関しては電気化学的手法を用いて測定することも可能であるが, 電流密度によって電流効率が変化することなど実用的な見地から, 実際にめっきを行いその皮膜分布を測定するハルセル試験が簡便であり利用されている 2.2 試験手順ハルセル試験はめっきの種類などによって加温や空気撹拌の有無など, 観察目的に合わせた試験条件にすることで, より明確に試験結果を活用することができる ハルセル試験を行うにあたり, 表 2にめっき浴別の主な試験条件例を示す 初めはこの条件を参考に必要な装置を用意すると良い 基本構成はハルセル水槽, 電源, 陽極板, 陰極板で, 必要に応じ てヒーターとポンプを用意する 表の条件は過去の検討から浴管理をする上で不良が現れやすく, 比較検討しやすい結果を得られるものとなっているが, 目的に合わせて適宜条件を設定する必要がある 例えばニッケルめっき ( ワット浴ベース ) の場合, 皮膜の光沢状態などを見る場合には全電流 3 A で無撹拌で行うことが望ましいが, 銅など金属不純物の有無を確認したい場合は空気撹拌を行いながら全電流 1 A にて試験すると, 低電流部に不純物に起因する黒色析出が現れるなど違いが分かりやすい また, 実際行っているめっき条件に近い方が観察しやすい場合もある 通常使用している電流密度がテストピース中央部になるような全電流を選択し試験をすると, 不良の現れやすい高電流部低電流部側の状態も一度に確認することができる 陽極板と陰極板 ( テストピース ) はめっき浴の種類によって異なる 一般に亜鉛 銀 銅 カドミウム 鉄 ニッケル コバルト スズのめっきを行う場合にはそれぞれの金属の板を陽極として使用する 例えばニッケルめっきを行いたい場合には陽極はニッケル板を用いる また, 金などの貴金属めっきにて試験したい場合にはチタン上に白金が施されたものなど不溶性陽極を使用する場合が多い 陰極板に関しては銅 黄銅 鉄のいずれかを使用する場合が多い 陰極板の表面が汚れていた場合, 適切な評価ができなくなる恐れがあるため前処理として脱脂, 活性化 ( 酸活性 ) 工程はしっかりと行う必要がある 脱脂は電解または浸漬にて洗浄を行い, 処理溶液は水酸化ナトリウムやリン酸ナトリウム, 界面活性剤からなる 電解洗浄では処理液による化学的な作用とともに水の電気分解によって発生するガスを利用して表面洗浄を行っている また浸漬洗浄の場合はアルカリによる油脂の鹸化作用や界面活性剤による乳化 分散作用により汚れを除去する 浸漬の場合には加温した溶液に陰極板を浸漬するのみだが, 電解の場合では別途対極としてステンレスなどを用意する必要 表 2 めっき種類別ハルセル試験条件例 めっき液の種類 硫酸銅 ハルセルの種類 空気カクハン型 陽極 含燐銅チタンイリジウム 陰極 ( テストピース ) 黄銅 ( 真鍮 ) 全電流 (A) 2 ~ 3 5 ~ 10 シアン化銅加温型無酸素銅 使用例 時間温度 ( 分 ) ( ) 撹拌 鉄 20 ~ 60 20 ~ 55 空気 カソードロッカー ピロリン酸銅加温型無酸素銅 2 5 50 ~ 60 ニッケル スルファミン酸ニッケル SK ニッケル 2 ~ 3 5 空気 / 無 加温型 クロムクロム 電解ニッケル スズ 5% 入鉛 黄銅 ( 真鍮 ) 銅黄銅 ( 真鍮 ) 黄銅にニッケルめっき 16 1 5 40 ~ 60 空気 5 ~ 10 2 40 ~ 60 無 シアン化亜鉛 1 ジンケート並型亜鉛鉄 5 20 ~ 30 塩化亜鉛 2 硫酸スズ並型スズ鉄 1 5 18 ~ 20 スマートロジウムチタン白金黄銅に 5 40 ~ 60 てのりニッケル加温型カーボン 1 アルカリ金めっき 1 ~ 3 50 ~ 65 スマートチタン白金 シアン化銀 並型 銀 0.5 ~ 1 5 ~ 10 20 ~ 30 酸性金 てのり チタン白金 3 ~ 5 20 ~ 50 20 ~ 35 無 カソードロッカーカソードロッカー カソードロッカー

Vol. 63, 8, 2012 ハルセル試験 ( 高速ハルセルを含む ) の原理と分析事例 491 がある また, 脱脂処理に筆めっき を用いると液量も少なく, 表面を擦るためより洗浄効果が期待できる 酸活性に関しては塩酸または硫酸 5 ~ 10 vol% 程度の溶液に浸漬するのが一般的である 2.3 評価方法めっき皮膜が陰極板上にどのように現れたかを正確に判断することが, ハルセル試験で最も重要となる 得られた結果から, 光沢範囲 平滑化能力 不純物の有無など, 主に判定するポイントを以下に示す ただし, 異常が出た場合, 原因究明の手がかりになることもあるので, 試験中も電圧状態や気泡発生など浴の観察をすることも忘れてはならない 2.3.1 外観の観察および記録テストピース上には, 密着不良, ふくれ, 焦げ ( やけ ), 光沢不良など色々なめっき状態が再現されそれぞれの特長が観察できる 一般的にめっき液に混入した不純物の影響は, 低電流密度部および界面や裏面には無機不純物 ( 金属等 ) が出やすく, 有機不純物や浴バランスの影響は高電流密度部に出やすくなる 些細な変化の観察により, 限界電流密度の把握 光沢範囲の把握 添加剤の能力や傾向 不純物の有無 ろ過の効果 ( ざらつきの有無 ) めっき浴のバランスなどを読み取ることが可能である 一つの方法として, 正常な液と意図的にバランスを崩した液のハルセル試験を事前に行い比較しておくことで, 簡単に違いを読み取ることができるようになる 結果の記録方法としては, 実際のテストピースを保存するものと, 写真や評価図として記す方法が挙げられる テストピースをそのまま保存をする際には, めっきの種類により変色することがあるので注意が必要である ( 特に銅めっきや銀めっきなどは変色しやすい ) 保存方法としては,1 デシケーター中に保存する,2 防錆紙に包んでポリエチレンの袋などに入れておく,3 表面に透明ラッカーを塗っておく,4クロメート処理をする ( 薄いクロム液にさっと通す ) などがある ただし, ラッカーを塗る場合は均一になるようにすることと, めっき直後と光沢が変わることがあるので注意が必要である テストピースの収納には皮膜の保護が重要なため, 一枚ずつ袋にいれて行うと良い 写真のアルバムを利用したり, 日付や試験条件など書き込める専用の用紙を準備しフォルダに保管する方法もある テストピースの写真を撮る場合には, 光沢皮膜の場合黒く写るなどなどして分かりにくいため, 金属メッシュや縞模様の紙などを反射させて撮影することが有効である また, 皮膜状態を図として記録する場合には, 図 2のように符号で記録する 外観は観察する位置によって変わってくるため, 基本的にテストピース下部より約 25 mm 上の 10 mm 幅を観察面とし, 必ず毎回同じ位置の状態を確認する また, できる限り実寸で記録すると後々比較しやすい 2.3.2 平滑化能力の観察ワイヤーブラシなどでテストピース表面に傷を付けて試験をし, 傷の状態を確認することで, 平滑化能力の観察もできる 平滑化とは素地の微視的な凹凸を平滑化するめっき浴の作用のことで, 一般に平滑化作用はめっき液の添加物によって影響を受けることが多く, そのような添加剤をレベラー (Leveller) という 試験方法は事前にテストピース表面にワイヤーブラシや紙やすり ( 研磨紙 ) などでキズを付け, そのキズへのめっき状態で平滑性を判断する 2.3.3 伸び性 ( 光沢ニッケルの場合 ) の観察電着後テストピースの左下側の隅を裏側に向け, 折り曲げてクラックの状態をみることで伸び性を観察する 2.3.4 素材からの影響物めっき液中に素材からめっきに影響を与える物が抽出されると考えられる時は, その素材および機材をめっき液中に浸漬し時間を追ってハルセル試験を行うとその影響を確認することができる 2.3.5 めっき膜厚計と併用 (1) 均一電着性の評価ハルセル試験により電着したテストピース上のめっき厚さを測定し, 一次電流分布比と二次電流分布比 ( 析出厚さ比 ) か パターンの状態を表す符号 実際の皮膜形状 パターンの状態を表す符号 実際の皮膜形状 光沢 上部から覗き込むと 目がはっきりと反射するめっき表面 ふくれ めっき層の一部が素地又は下地と密着しない状態 半光沢 上部から覗き込むと 目がぼやけたりかろうじて反射するめっき表面 焦げ, やけ 荒いめっきで 主に過大な電流密度の場合に生じる表面の変質 無光沢 くもり 微視的にも 巨視的にも 光を乱反射あるいは吸収し 滑らかな面のないめっき表面 樹脂状めっき 被めっき物に生じる枝状又は不規則な突起物 条痕, 縞 水素ガス発生により生じる縦方向の縞状のめっき表面 ビリ, クラック めっき被膜の表面に生じる無秩序 無方向の割れ ピット めっき面に生成される巨視的な穴 無めっき めっきが着いてない状態低電流密度部分などに生じやすい ざらつき ( ザラ ) めっき浴中の固体浮遊物が めっき層の中に入り込んで生じる小突起 図 2 ハルセル試験結果の評価方法 ( パターン表記例 ) 17

492 解 説 表面技術 ら均一電着性 (Throwing Power) を求められる 例えば全電流 1 A の場合, 左端 ( 高電流部側 ) から 1 cm の点 A ではハルセルの電流密度式により 5.1 A/dm,6 cm の点 B では 1.02 A/dm となる この場合, 電流配分比は点 A の電流密度 / 点 B の電流密度のため, およそ 5 になる また金属析出比は 2 点における皮膜厚さを測定し, 析出量 A/B にて算出する それぞれ求めた電流配分比 P, 金属析出比 M をハーリングセル試験と同様にフィールド式 (4) に当てはめることで, 均一電着性 (%) を導き出すことが可能である TP=(P-M)/(P+M-2) 100 (4) TP: 均一電着性 (%),M: 金属析出比,P: 電流配分比ただし, ハーリングセルで求めた値とハルセルを利用した値では数値が異なるため, 結果の比較は同一試験方法にて行う必要がある (2) 合金析出比率蛍光 Ⅹ 線めっき膜厚計を使用して, 厚さと合金比率を測定すると, 電流密度と合金析出比率が容易に求めることができる ( はんだめっきの Sn:Pb 比率など ) 2.4 事例実際に試験を行った結果を以下に示す 今回使用した浴は標準的なワット浴ベースのニッケル浴であり, 硫酸ニッケル 6 水和物 240 g/dm, 塩化ニッケル 6 水和物 45 g/dm, ホウ酸 30 g/dm および添加剤 (1 次光沢剤 2 g/dm,2 次光沢剤 0.2 g/ dm ) を添加し建浴した これを基本浴組成として,pH 4.0 に調整後浴温 50 度にて用いた 2.4.1 ホウ酸が含まれない場合上記に示した浴組成のうち, ホウ酸のみを含まない浴にてハルセル試験を行った結果を図 3(a) に示す 全電流は 3 A とし空気撹拌は行わず, めっき時間は 5 分とした 図より, 高電流部の広い範囲での緑色粉末沈着とビリがあらわれたが中 ~ 低電流部では光沢がある皮膜となった 緑色粉末は ph 緩衝剤であるホウ酸が入っていないため, 高電流部にて水素発生により ph 上昇がおこり, 水酸化ニッケル ( 緑色粉末 ) が沈着したと考えられる また, 更に添加剤をも含まないものを図 3(b) に示す 全電流などは (a) と同じである (a) と同様, 高電流部に緑色粉末の沈着とビリが出たが, 中電流部でも光沢は出ず縦条痕がみられた 水酸化ニッケル ( 緑色粉末 ) の沈着理由は (a) と同じだが, 添加剤が含まれなかったため全体的に光沢がない皮膜となった 2.4.2 無機不純物が含まれた場合基本浴組成にて全電流は 1 A, 空気撹拌を行いつつ 5 分間めっきした結果を図 4に示す 図 4(a) は全面光沢ではある が低電流部に無めっき部が見られた これは撹拌と光沢剤の影響によって被覆力が低下したためと考えられる また図 4 (b) は基本浴に金属不純物として亜鉛イオンを 20 ppm 添加したものであるが, 全体的に (a) と同等の光沢があるものの液面付近及と低電流部にかけて黒色析出していることが確認できる またこの黒色はテストピースの裏側にも確認できた これは, 低電流部において亜鉛が共析したためである 亜鉛イオンが不純物として浴中に入る要因としては被めっき物 ( 亜鉛ダイカストなど ) のめっき浴槽への落下し溶出したことなどが考えられる 普段の管理においてこういった結果が得られた場合, めっき浴槽内の落下物の点検や弱電解処理の実施が必要となる 弱電解処理とは通常より低い電流密度で長時間ダミー板にめっきすることであり, 電流密度の目安は通常の半分 ~ 1/10 とする 亜鉛の他にも銅イオンが含まれた場合も同様の結果が得られる 2.5 ハルセル試験とめっき現場工場では特に不良品を生じていない時にでも, ハルセル試験でめっき浴の欠陥を発見することや不調を予見することができ, また 2.4.2 に示したように, 不良原因が特定できれば, 対策を講じることも可能である しかしながら, 工場の製品に不良が生じていても, ハルセル試験では何ら異常の出ない場合もある その場合は, めっきする品物の素材自体に何らかの変更があったり, 前処理液の不調, 腐食などによる接点不良などの設備 メンテナンスに問題があるなど, めっき液以外の要因が考えられる これはハルセル試験が定常試験で, 設備の不良は再現できないためである しかしこの特長を上手く使うことで, 定期的な試験により現在 過去 未来の浴の特性を知ることは, トラブルの予防と早期解決に役立つことが考えられる 様々な分析手法をアナログ式の時計とデジタル式の時計に例えるのであれば, ハルセル試験がアナログ時計, 化学分析や機器分析がデジタル時計と言える ハルセル試験は化学分析とともに工場管理の一手段として現場にあわせ応用することが賢明である 3. ハルセルロングタイプ電子機器分野の発展にともない, めっき技術も進化している それに合わせハルセル試験用のセルも従来にないタイプも使用されている 例えば合金めっきでは浴組成によって電流密度における合金比率変動が著しく起こるものもあり, より細かい電流密度での評価が必要となる そのような要求に対し, ハルセルロングタイプは陰極が通常の 2 倍長くなることでより広範囲な電流密度での状態が観察できる 特に常で (a) 添加剤あり (b) 添加剤なし (a) 金属不純物なし (b) 金属不純物あり 図 3 ワット浴にてホウ酸をまったく含まない浴での結果 18 図 4 ワット浴にて金属不純物 ( 亜鉛 20 ppm) の有無

Vol. 63, 8, 2012 ハルセル試験 ( 高速ハルセルを含む ) の原理と分析事例 493 は評価しにくい低電流密度部分が見やすくなるなどの利点がある 電流密度分布などは係数が異なるもの,2.1 で示した電流分布式 (1) に付随する また, 評価方法は通常のハルセル試験と同様である 他にもバレルめっきでは回転にともないサンプルが内部にもぐり込み, 電流密度がほとんどゼロに近い状態になるなど, 1 つのサンプルに対して幅広い電流密度でのめっき析出がある そのため, バレルめっきの評価にもこのロングタイプは有効であるが, バレルめっきの場合, サンプル同士が接触することで擦れあうため, テストピースが静止状態のハルセル試験とは異なる結果がでる場合がある また, より低い電流密度での析出があるため, サンプル素材の加工処理によってはハルセルでは現れない水素過電圧の影響がでる場合もあるので, 注意が必要である 3.1 事例ハルセルロングタイプを使用した場合の結果を図 5に示す 浴組成は 2.4 基本浴と同様であるが, 図 5(a) 光沢剤を添加 k: 金属により固有の定数,t: 電解時間皮膜厚さは基本的に電流密度に比例するため, 同じめっき時間とすると電流密度を大きくすれば皮膜も厚くなる つまり, 高速めっきをするためには電流密度を高くし, 析出速度を上げることが考えられるが, 実際は電流密度を大きくしすぎると水素還元反応が起こり電流効率は著しく低下する ここで電極表面の物質収支を考えると, 電極表面での単位時間, 単位面積あたりに析出する金属の量は, ファラデーの法則より以下のように表せる Ne=i / n F (6) Ne: 析出金属の量,i: 電流密度 n: 電析金属の原子価,F: ファラデーの定数よって電極表面では,Ne の量の金属イオンが消耗されるので, 電極近傍の金属イオン濃度が低下して濃度勾配が生じる すると金属イオンは, 拡散, 泳動, 対流などによって溶液の沖合いからめっき面に移動するし, この移動量を次式のように表すことができる したもの, 図 5(b) は光沢剤を添加していないものとし, めっ Nd=D(Co-C)/d (7) き条件は全電流 1 A, 空気撹拌あり, めっき時間 5 分とした その結果,(a)(b) を比較したところ光沢剤を添加した場合, 被覆力が低下することが分かる これは光沢剤の影響であることが示唆されるが, 通常のハルセル試験よりも顕著に観察することが可能であった 4. 高速めっき用ハルセル 4.1 原理ハルセル試験の有効性は前述したが, 通常のハルセル試験では強撹拌をともなうめっきや高速めっきなどには撹拌の問題から不向きとなる まず, 高速めっきと撹拌の影響について説明する 実際にめっきが析出するときの反応を考えた場合, 電気めっきにおいて析出皮膜の厚さは通常電気量に比例して増加するため, 次のように表される dp=ηkit (5) dp: 膜厚,η: 電流効率 (%),i: 電流密度 Nd: 移動量,D: 金属イオンの拡散定数 Co: 沖合いの金属イオン濃度 C: 電極表面の金属イオン濃度 d: 拡散層の厚さ定常状態では, 析出した分の金属イオンが沖合いから供給されるため析出量 (Ne)= 移動量 (Nd) となる そのため,(6), (7) 式より i=nfd(co-c)/d (8) ここで析出量 > 移動量となった場合, 電極表面の金属イオン濃度が低下し, さらに金属イオンが無くなるとめっきは析出しなくなる この時の電流を限界電流密度 (il) と呼ぶ 限界電流密度は界面での金属イオンが 0 つまり C=0 の時,(8) 式から以下の式が導かれる il=nfdco/d (9) この限界電流密度を超えた場合, 著しい水素還元反応が起こることで皮膜が析出しなくなることや, 焦げ ( やけ ) と呼ばれるような形状が荒くなる異常析出が現れる この限界電流 密度を大きくすることで, 高速めっきは可能となるが, それ には (9) 式より金属イオン濃度 (Co) を濃く, 拡散定数 (D) を 大きく (= 液温を高くする ), 拡散層の厚さ (d) を小さくすれ ば良い 異常析出の抑制には添加剤も有効であるが, 高速めっ きをするためには強撹拌が必要である このような見解から, 通常のハルセルより強撹拌下での めっき状態を再現でき, 高電流密度領域の結果を得ることが (a) 添加剤あり 可能な高速めっき用のハルセルが開発された 高速めっき 用ハルセルの構成は, 二つの水槽 ( 外 内水槽 ) と回転装置, 整流器, 陽極板と棒型テストピース ( 陰極 ) などからなってい る 内側の水槽は, 図 6に示すように通常のハルセル水槽を 縦にしたような外観で, 通常のハルセル陰極板を棒状にして 回転させることで, 撹拌速度を速め強撹拌下でのめっきや高 速めっきに対応している 例えば 40 rpm の回転数でテスト (b) 添加剤なし ピースを回転させた場合, 約 1 m/ 分の陰極揺動をしたこと になり, 同じ撹拌速度 ( 回転数 ) における陰極電流密度の分布 図 5 ロングタイプを用いた場合の添加剤添加による被覆力の比較 を一つのテストピース上に得ることができる 電流密度分布 19

494 解 説 表面技術 陰極棒 1cm 9cm 試験の有効な部分 低 通常のハルセルと同じ構造 ( 斜線部 ) 高 1cm 陽極 図 6 高速めっき用ハルセル外観および内槽構造モデル 電流密度 (A/dm 2 ) 電流密度 (A/dm 2 ) 140 120 100 80 60 40 20 25A 20A 15A 10A 5A 0 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 試験片の先端からの距離 (cm) 試験片有効範囲先端からの距離 (cm) 有効範囲 式は電流分布式 (1) に付随し, 例としてニッケルめっきでは 以下の式として表される C.D=I(5.35-2.39 logl) (10) C.D: 電流密度 (A/dm ),I: 総電流 (A) 有効範囲 L: 高電流密度側から測った陰極上の距離 (cm) この (10) 式は 10 ~ 3000 rpm の範囲内で回転数の影響を受 けず, 電流値に比例する 正確には各浴ごとの測定が必要であるが, 概ね電流効率が 80 ~ 95 % 程度のめっき液では上記の式が適応できる (1) (2) (3) (4) (a) 金属濃度 10g/dm 3 (b) 金属濃度 25g/dm 3 図 7 全電流による電流密度グラフおよび高速めっき用ハルセルでの陰極回転数による結果比較 (1)400 rpm,(2)800 rpm,(3)1600 rpm,(4)2800 rpm 4.2 事例市販のパラジウムめっき浴を用い, 試験を行った結果を図 7に示す 図 7(a) と (b) では金属濃度が 10 g/l,25 g/l とそれぞれ異なり, テストピース左側が高電流部となる 全電流 5 A として回転数を 400,800,1600,2800 rpm と変化させたところ金属濃度が高く, 回転数が高いほど光沢皮膜が得られる結果となった これは (9) 式から導きかれる傾向と一致する また他の高速めっきハルセルの結果として, 添加剤の種類によっては撹拌速度が上昇するとともに効果が減少するものなども見られた 5. まとめハルセル試験は, 電気めっきに古くから利用されている管理ツールである 日本の表面処理技術は普段からレベルが高く, Made in Japan の品質を支えている 背景の一つに, 長年培った管理技術を常日頃からしっかりと継続することが寄与していると考えられる 今後もよりよい品質保持のためにも, 目的にあった試験方法を選択し, 続けていくことが重要である (Received May 31, 2012) 文献 ₁ )R. O. Hull ; Proc. Amer. Electroplaters Society, 27, 52(1939). ₂ )G. F. Kinney, J. V. Festa ; Plating, 41, 380(1954). ₃ )R. H. Rousselot ; Metal Finishing, 57, 56(1959). ₄ )R. Terakado, H. Nagasaka ; Kinzoku Hyomen Gijyutu, 27, 676(1976). ₅ )DIN 50957(1958). ₆ ) 春山志郎 ; 表面技術者のための電気化学, p.92( 丸善, 2001). ₇ ) ハルセル技術資料集, p.7( 山本鍍金試験器, 2011). ₈ )http://www.yamamoto-ms.co.jp/technique/brush.html ₉ )W. Yamamoto, T. Imabayashi, T. Oukawado, T. Yasuzawa, I. Saito, K. Tamura ; Hyomen Gijyutu, 50, 473(1999). 10) 高速めっき用ハルセル及びかくはん効果試験器取扱説明書, p.10 ( 山本鍍金試験器, 2005). 20