金 沢 区 生 涯 学 習 わ の 会 会 報 第 6 号 (2003 年 8 月 )
雑 感 : 半 世 紀 前 そして 今 伊 澤 尚 1945 年 戦 災 で 焼 け 出 され この 地 へ 親 と 共 に 越 してきた 裏 山 は 歴 史 的 には 塗 桶 山 という そこは 通 称 お 宮 さんと 子 供 たちが 呼 ぶ 浅 間 神 社 がある 木 花 咲 耶 姫 を 祭 る 春 には 山 桜 の 花 夏 には 蝉 時 雨 昆 虫 採 取 秋 には 山 栗 アケビ 採 りを 楽 しんだ 冬 には 六 国 峠 に 足 を 運 び 遥 か 山 腹 から 山 頂 に 雪 をいた だく 秀 麗 富 士 を 遠 望 できる お 宮 さんからの 眺 めも 亦 とても 素 晴 しく 遠 く 房 総 の 山 々 三 浦 半 島 の 横 須 賀 が 望 まれる 近 くは 湘 南 電 鉄 ( 現 : 京 浜 急 行 )の 金 沢 文 庫 駅 瀬 戸 橋 付 近 には 葦 の 原 や 蓮 田 宮 川 の 流 れが 眼 下 に 広 がる この 景 勝 の 地 金 沢 を 一 望 に 出 来 る 喜 びを 幼 い 頃 より 楽 しんできた 能 見 堂 跡 地 の 筆 捨 松 の 由 来 も 実 感 できる この 金 沢 に50 余 年 生 活 してきたが 実 際 金 澤 については 皆 目 知 らないのが 本 音 金 沢 小 学 校 時 代 に 通 った 道 筋 にある 神 社 を 若 干 知 るのみ 今 年 初 めて わ の 会 へ 参 加 でき 皆 様 の 知 識 や 博 学 に 脱 帽 するのみ 年 齢 を 重 ね 色 々と 記 憶 が 薄 れていくのを 懸 念 する 第 1 回 学 習 会 での 田 中 啓 一 先 生 の 講 演 内 容 は 大 変 興 味 深 く 時 間 の 経 つのが 忘 れ た 専 門 的 知 識 の 広 さ 深 さ また 世 界 への 洞 察 力 など 感 銘 した また 第 2 回 学 習 会 の 八 柳 サエ 先 生 の 鏑 木 清 方 と 金 沢 八 景 についての 話 は 大 正 昭 和 の 金 沢 が 別 荘 文 化 の 栄 華 を 享 受 したことを 知 らせてくれ とても 有 意 義 であった 特 に 通 学 の 途 中 いつも 見 ていた 山 の 上 にあった 游 心 庵 ( 残 念 ながら 現 在 その 山 も 崩 し 造 成 中 ) もし10 年 ほど 早 く 生 まれていれば 清 方 に 会 うことが 出 来 たか もしれないと 想 像 するのは 楽 しい 瀬 戸 神 社 前 にある 千 代 本 楼 を 清 方 の 愛 した 東 屋 と 想 像 すると 絵 日 記 とも 符 合 し これもまた 愉 快 だ ぜひ 今 後 もこの 景 勝 と 歴 史 の 町 金 沢 を 探 訪 し 知 識 を 深 めて 行 きたい 世 話 を していただく 皆 様 のご 苦 労 に 唯 感 謝 するのみ これからも 宜 しくお 願 いします 鏑 木 清 方 と 樋 口 一 葉 青 沼 博 智 相 院 釈 妙 葉 信 女 明 治 29 年 11 月 23 日 これは 樋 口 家 墓 所 の 墓 石 の3 面 に 刻 まれた12の 法 名 と 没 年 のうち 樋 口 一 葉 のものと 思 われるものである 絵 心 の 全 くない 私 が 第 2 回 学 習 会 鏑 木 清 方 と 金 沢 八 景 の 企 画 に 参 加 し 八 柳 先 生 の 著 書 を 中 心 に 勉 強 しているうちに 清 方 が 大 正 時 代 を 東 京 の 本 郷 竜 岡 町 に 住 んでいたこと 泉 鏡 花 や 樋 口 一 葉 の 小 説 の 挿 絵 を 描 いていたこと 等 を 知 った - 1 -
私 は 昭 和 9 年 から13 年 まで 本 郷 の 東 大 正 門 前 付 近 に 住 んでいた 近 くに 石 川 啄 木 が 寄 宿 した 旅 館 の 跡 とか 徳 田 秋 声 の 旧 居 が 在 ることなどに 全 然 関 心 が 無 く 東 大 の 構 内 で 守 衛 さんの 目 を 誤 魔 化 して 遊 びまわる 子 供 の 一 人 だった ただ 僅 かに 東 大 赤 門 前 や 菊 坂 に 一 葉 が 住 んでいたらしいことを 聞 き 覚 えて 居 た 菊 坂 は 一 葉 の 井 戸 で 知 られている 処 である 学 習 会 を 契 機 に 俄 然 私 の 心 の 中 に 本 郷 竜 岡 町 と 樋 口 一 葉 への 関 心 が 高 ま り 学 習 会 に 先 立 つ5 月 22 日 本 郷 三 丁 目 を 起 点 として 本 郷 歴 史 散 策 を 試 みた 散 策 の 中 味 に 触 れてみる 三 丁 目 ~ 麟 祥 院 ( 春 日 局 の 墓 所 )~ 湯 島 天 神 ( 湯 島 の 白 梅 鏡 花 の 筆 塚 など) ~ 旧 岩 崎 邸 ( 明 治 の 広 大 な 豪 華 洋 館 )~ 無 縁 坂 ( 森 鴎 外 の 散 歩 道 で 知 られるが 清 方 も 散 歩 しただろう) 以 上 が 旧 竜 岡 町 の 見 処 ~ 東 大 竜 岡 門 ~ 東 大 構 内 ~ 三 四 郎 池 ~ 東 大 赤 門 ( 江 戸 時 代 の 建 造 物 )~ 一 葉 桜 木 の 宿 跡 (4 歳 から9 歳 まで 住 む) ~ 本 妙 寺 跡 ( 明 暦 の 大 火 の 火 元 )~ 菊 富 士 のホテル 跡 ~ 一 葉 旧 居 跡 と 井 戸 (18 歳 から21 歳 まで 住 む)~ 旧 伊 勢 屋 質 店 ( 一 葉 が 通 った 店 で 建 物 は 昔 のまま)~ 以 下 省 略 此 れまでもしばしば 本 郷 を 訪 れているが この 散 策 は 今 までとはひと 味 もふた 味 も 違 うものとなった さて 学 習 会 が 終 わった 後 何 か 満 たされなく 物 足 りなく 感 じていた それは 一 葉 の 墓 が 何 処 に 在 るかが 分 からないことであった 清 方 の 作 品 に 一 葉 の 墓 が 有 る 一 葉 の 作 品 に 出 てくるヒロインが 墓 を 抱 き 抱 えるポーズをしてい る 彼 女 の 終 焉 の 地 は 菊 坂 の 旧 居 とは500mも 離 れていないし 本 郷 にはお 寺 も 多 いから 多 分 お 墓 は 本 郷 に 有 るだろう 位 に 考 えていた 本 郷 三 丁 目 に 在 る 文 京 ふるさと 歴 史 館 なる 便 利 な 施 設 で 調 べるが 解 からない その 内 に 解 かるだろう 位 に のんびり 構 えていた6 月 の 終 り 頃 テレビで 一 葉 物 語 の 番 組 を 見 るとはなしに 観 ていると なんとお 墓 が 出 て 来 たではないか 杉 並 区 永 福 一 丁 目 に 在 る 築 地 本 願 寺 和 田 堀 廟 所 がそれである 渋 谷 から 出 ている 京 王 井 の 頭 線 明 大 前 から 徒 歩 10 分 甲 州 街 道 に 面 し 明 治 大 学 和 泉 校 舎 に 隣 接 している 7 月 2 日 廟 所 入 口 の 花 屋 さんで 墓 所 を 教 えてもらい 樋 口 家 と 刻 まれた 墓 石 の 前 に 立 つことが 出 来 た 墓 石 は ここの 墓 地 としては 小 さい 方 だが 間 口 1.5 米 奥 行 き2 米 ぐらいはありそうだ こじんまりした 生 垣 が 廻 らされており 雑 草 も 無 くさっぱりしていた 墓 石 の 左 右 と 背 面 に 刻 まれている 計 12の 法 名 と 没 年 を 一 つ 一 つ 確 かめ 向 かって 右 側 面 の 端 に 冒 頭 の 文 字 を 見 付 け 一 葉 のものと 確 信 した 写 真 を 撮 らせてもらったりしているうちに サラリーマン 風 の 男 性 がお 参 りして いった やっと 見 付 けたこともあり その 場 を 去 り 難 かったが 一 葉 女 史 の 墓 の 絵 を 思 い 浮 かべつつ 墓 前 を 離 れた これで 心 残 りは 解 消 した 然 し 然 し である 何 故 お 墓 が 本 郷 ではなく 築 地 本 願 寺 にあるのだ 樋 口 家 - 2 -
は 父 親 が 事 業 に 失 敗 し 貧 乏 だったという 一 葉 という 稼 ぎ 頭 が 亡 き 後 は 推 して 知 るべし 縁 者 が 頑 張 ったのか いや 待 てよ これは 要 らざる 詮 索 というものだろう 自 問 自 答 の 末 私 の 中 での 学 習 会 はこれで 名 実 ともに 終 了 したのだと 私 なりに 結 論 付 けた 平 成 15 年 度 第 1 回 2 回 学 習 会 の 主 な 感 想 (アンケート 結 果 より) 第 1 回 学 習 会 21 世 紀 の 金 沢 ( 講 師 田 中 啓 一 氏 ) 出 席 者 78 名 (78%) 面 白 くて 興 味 深 く 迫 力 あって 引 き 込 まれる 講 演 でした 豊 富 な 事 例 具 体 的 な 数 値 を 示 し 視 野 を 広 げてくれた 新 聞 やテレビには 無 い 視 点 が 新 鮮 でした 都 市 環 境 や 金 沢 区 への 辛 口 提 言 が 欲 しかった 第 2 回 学 習 会 鏑 木 清 方 と 金 沢 八 景 ( 講 師 八 柳 サエ 氏 ) 出 席 者 69 名 (69%) 清 方 の 金 沢 への 憧 れや 強 い 思 いに 驚 きを 覚 えた 人 間 像 と 描 かれた 絵 画 との 関 係 が 大 変 良 く 理 解 できた 金 沢 をこんなに 愛 した 画 家 が 居 たことを 知 り 嬉 しく 思 う 清 方 を 身 近 に 感 じたが スライドが 薄 くて 残 念 あらためて 鏑 木 清 方 美 術 展 をじっくり 観 賞 したいと 思 う 講 演 でした 運 営 委 員 会 よりお 知 らせ 第 5 回 学 習 会 探 訪 のお 知 らせ 運 営 委 員 小 俣 悦 男 9 月 27 日 ( 土 )は 待 望 の 探 訪 で~す 金 沢 山 から 小 柴 を 歩 く 秋 は 行 事 が 多 く 何 かと 忙 しい 季 節 ですが 万 障 お 繰 り 合 わせのうえ 是 非 ご 参 加 下 さい 史 跡 探 訪 の 他 に 柴 町 内 会 宍 倉 会 長 から 地 元 ならではの 話 をおきかせ 頂 き また 金 澤 園 では 斎 田 オーナーから 金 澤 園 にまつわる 話 などをして 頂 き かつティータ イムを 楽 しみます 皆 様 から なるほど なるほど!なるほど なるほど!そうだったのか そうだったのか と 言 って 頂 くよう 我 々 も 勉 強 中 です 充 実 した 一 日 請 け 合 いです お 待 ち 致 しております - 3 -
日 時 :9 月 27 日 ( 土 ) 午 前 9 時 集 合 午 後 4 時 解 散 称 名 寺 赤 門 前 金 澤 園 歩 行 距 離 約 5km コース 北 条 実 時 の 墓 金 沢 山 称 名 寺 庭 園 仁 王 門 海 岸 尼 寺 跡 ( 大 橋 新 太 郎 別 荘 跡 ) 柴 漁 港 ( 昼 食 ) 漁 業 記 念 碑 宝 蔵 院 熊 野 神 社 金 澤 園 (ティータイム) 解 散 小 雨 決 行,ただし 大 雨 の 場 合 は10 月 4 日 ( 土 )に 延 期 (その 場 合 は 朝 7 時 迄 に 運 営 委 員 よりご 連 絡 致 します ) 上 り 下 りの 坂 道 あり スニーカー リュック 等 でお 出 かけ 下 さい 雨 具 お 弁 当 飲 み 物 等 は 各 自 で 持 参 して 下 さい 金 澤 園 でのお 茶 菓 子 代 500 円 (300 円 は 会 負 担 ) 当 日 200 円 集 めさせて 頂 きます 第 6 回 学 習 会 伊 能 忠 敬 金 沢 を 歩 く 日 時 :10 月 25 日 ( 土 ) 10:00~12:00 場 所 : 金 沢 地 区 センター 講 師 : 分 科 会 伊 能 忠 敬 研 究 会 運 営 委 員 岡 本 茂 男 伊 能 忠 敬 が 日 本 地 図 作 製 のおり この 金 沢 の 地 を 測 量 していたことは 会 報 2 号 にてお 話 いたしましたが 来 る 第 6 回 講 座 にて いままでに 調 査 した 事 柄 を 皆 様 にご 報 告 する 事 になっております 色 々 調 べる 中 で 此 処 地 元 には 現 在 残 されている 資 料 が 殆 どなく 満 足 な ご 報 告 が 出 来 るのか 心 配 いたしております そんな 中 伊 能 忠 敬 より 四 十 二 年 も 前 に 日 本 輿 地 路 程 全 図 を 完 成 している 偉 人 がいたことが 分 かり 驚 いています その 人 は 長 久 保 赤 水 (1717~1801)といい 茨 城 県 高 萩 市 の 出 身 日 本 ではじめて 緯 度 線 と 経 度 線 を 地 図 上 に 用 いた 事 で 知 られる 儒 者 地 理 学 者 です 水 戸 藩 の 侍 講 も 勤 め 大 日 本 史 の 編 纂 にも 関 わっています ただ 地 図 の 精 度 の 点 では 後 に 作 成 される 伊 能 図 に 一 歩 を 譲 る 事 になるようで すがそれ 以 前 にあった 日 本 絵 図 の 段 階 からは 大 きく 進 歩 したものであった これらのこともふまえて 実 のあるご 報 告 をしなければと 鉢 巻 きをして 頑 張 って いるところです どうぞご 期 待 下 さい - 4 -
各 分 科 会 の 今 年 度 の 行 事 日 程 ( 下 期 ) 各 分 科 会 より 寺 社 を 巡 る 会 9 月 4 日 ( 木 ) 10:00 集 合 JR 鎌 倉 駅 東 口 テーマ 鎌 倉 仏 教 について 行 動 建 長 寺 他 を 歩 く 10 月 2 日 ( 木 )10:00 集 合 JR 北 鎌 倉 駅 テーマ 時 頼 時 宗 の 跡 を 訪 ねる 行 動 円 覚 寺 他 を 歩 く 11 月 6 日 ( 木 )10:00 集 合 JR 鎌 倉 駅 東 口 テーマ 中 世 の 築 港 の 跡 を 訪 ねる 行 動 和 賀 江 島 光 明 寺 他 を 歩 く 12 月 4 日 ( 木 )10:00 集 合 杉 本 寺 バス 停 テーマ 鎌 倉 の 紅 葉 を 訪 ねる 行 動 獅 子 舞 の 谷 瑞 泉 寺 他 を 歩 く 古 文 書 を 読 む 会 亜 米 利 加 船 渡 来 日 記 読 下 文 素 読 武 家 文 書 ~ 書 簡 の 読 下 し 史 跡 探 訪 地 方 文 書 読 下 し 地 方 文 書 寺 社 文 書 読 下 し 同 上 代 表 からの 一 言 天 下 の 名 跡 名 刹 を 学 びながら 寺 社 を 巡 っています とても 贅 沢 な 気 分 です 毎 回 会 員 の 熱 心 な 学 習 意 欲 に 支 られ 曲 りなりにも 会 を 続 けて 来 ました 会 員 一 人 ひとりが 交 互 に 先 生 と 生 徒 にと 負 担 のない 形 で 会 を 継 続 して 行 きたい 編 集 後 記 発 行 日 皆 さんのご 協 力 により 会 報 第 6 号 の 発 行 発 行 が 出 来 ました 多 くの 方 々からの 編 集 責 任 者 寄 稿 を 厚 く 感 謝 します 聴 きたい 講 演 ( 内 容 と 講 師 名 )や 歩 き たい 探 訪 箇 所 など ご 意 見 ご 希 望 を 編 集 部 までお 寄 せ 下 さい また 分 科 会 活 動 の 更 なる 充 実 をめざし 皆 様 方 のご 参 加 とご 協 力 を 切 にお 願 いいた します 平 成 15 年 8 月 23 日 金 沢 区 生 涯 学 習 わ の 会 小 岩 克 介 236-0005 横 市 金 沢 区 並 木 3-3-2-103 Tel/Fax 045-783-0474-5 -