微 生 物 遺 伝 資 源 利 用 マニュアル (23) MAFF Microorganism Genetic Resources Manual No.23 ISSN1344-1159 Plectosporium tabacinum 佐 藤 豊 三 農 業 生 物 資 源 研 究 所 ジンバンク 1980 年 代 前 半, 鹿 児 島 県 でカボチャの 地 上 部 全 体 にかすり 状 の 白 斑 が 多 数 生 じ, 収 穫 に 悪 影 響 が 及 んで 問 題 となった. 病 徴 から 本 病 は 白 斑 病 と 名 づけられたものの, 病 原 性 の 確 認 された 分 離 菌 株 は 同 定 が 困 難 であ ったため, 当 時 の 農 業 環 境 技 術 研 究 所 糸 状 菌 分 類 研 究 室 に 持 ち 込 まれた. 検 討 の 結 果, 該 当 する 既 知 種 がな いことから 同 菌 を 新 種 Cephalosporiopsis cucurbitae とすることが 提 案 されたが( 稲 葉 濱 屋,1986),ラテ ン 語 記 載 などが 未 了 であった.この 学 名 の 論 文 発 表 を 含 めて 本 菌 の 研 究 を 引 き 継 いだ 筆 者 は, 再 検 討 の 過 程 で APS Press の Compendium of cucurbit diseases(zitter et al.,1996)に 本 病 に 酷 似 した 病 徴 写 真 を 見 出 した.これを 突 破 口 として 文 献 を 探 ったところ,この 病 原 菌 は 当 時 新 属 に 移 されたばかりの Plectosporium tabacinum であることが 明 らかになった.その 後,カボチャばかりではなくラナンキュラス 株 枯 病 を 起 こす 系 統 も 明 らかになり,また, 他 属 菌 として 報 告 されていたクルクマさび 斑 病 菌 やダイコン 円 形 褐 斑 病 菌 が 相 次 いで 本 菌 に 再 同 定 されるなど, 身 近 な 植 物 病 原 菌 であることが 分 かってきた.ここでは, 当 ジーンバンクに 保 存 されている P. tabacinum の 国 内 産 菌 株 の 諸 特 性 を 中 心 に 解 説 し, 本 菌 による 各 種 植 物 病 害 の 生 態 学 的 研 究 や 新 病 害 の 診 断 技 術 の 開 発,および 本 菌 に 関 する 菌 学 的 研 究 の 発 展 に 供 したい.. Plectosporium tabacinum 1919 年,キュウリから 初 めて 本 菌 の 子 のう 時 代 (テレオモルフ)が 分 離 され Venturia cucumerina Lindfors と 命 名 された.その 後 1933 年,タバコから 分 離 された 分 生 子 時 代 (アナモルフ)が Cephalosporium tabacinum J.F.H. Beyma として 報 告 された. 以 来, 世 界 各 地 で 根 圏 土 壌 菌 としてあるいは 植 物 遺 体 から 分 離 され, 様 々な 学 名 で 呼 ばれてきた.1941 年 に 記 載 された Cephalosporiopsis imperfecta F. & V. Moreau もそ の 一 つである(Palm et al., 1995).1968 年,Fusarium tabacinum (J.F.H. Beyma)W.Gams としてアナモル フが 転 属 されたが, 分 生 子 の 形 態 などからさらに 1984 年 Microdochium 属 に 移 され,M. tabacinum (J.F.H. Beyma)von Arx とされた.しかし, 本 菌 の 分 生 子 形 成 様 式 は Microdochium 属 の 特 徴 であるアネロ 型 ではな くフィアロ 型 であり,しかも 子 のう 時 代 が Fusarium 属 の 子 のう 時 代 である Nectria 属 や Gibberella 属 では ないことなどから,1995 年 Palm et al. (1995)により Plectosporium 属 が 新 設 されそこに 収 められた. 現 在, P. tabacinum (J.F.H. Beyma)M.E. Palm, W. Gams & Nirenberg の 他 に,2004 年 Rynchosporium 属 から 転 属 された P. alismatis (Oudemans)W.M. Pitt, W. Gams & U. Braun(Pitt and Gams, 2005)が 本 属 菌 とし て 認 められている. Plectosporium tabacinum 我 が 国 で は 1975 年, 兵 庫 県 千 刈 湖 の 湖 底 堆 積 物 か ら 分 離 さ れ た 子 の う 時 代 を 基 に Micronectriella cucumeris (Klebahn)C. Booth として 初 めて 報 告 された(Tubaki and Ito,1975; 宇 田 川 ら,1978). 冒 頭 で 触 れたように,1986 年, 稲 葉 濱 屋 はカボチャ 白 斑 病 の 病 原 菌 を Cephalosporiopsis 属 の 新 種 と 認 め,C. cucurbitae Hamaya & Inaba を 提 案 したが, 命 名 規 約 に 沿 った 論 文 発 表 に 至 らず 裸 名 (nomen nudum)のま Toyozo Sato [National Institute of Agrobiological Sciences] Plectosporium tabacinum, a plant pahogenic hyphomycetous fungus with host specific strains. MAFF Microorganism Genetic Resources Manual No.23 (2008) 1
まであった.Sato et al.(2005)は 同 菌 の 形 態 および 病 原 性 を 再 検 討 し, 新 種 ではなく P. tabacinum である ことを 明 らかにした.その 後, 筆 者 らにより Acremonium 属 菌 等 に 誤 同 定 されていた 病 原 菌 の 元 菌 株 が 本 菌 に 再 同 定 され( 表 1; 佐 藤 ら,2007,2008),また, 最 近 本 菌 による 新 病 害 も 報 告 されるようになり( 竹 内 ら, Plectosporium tabacinum MAFF 番 号 株 名 分 離 源 旧 学 名 採 集 地 病 名 ( 症 状 ) 2 DDBJ accession 238627 FLS63 カボチャ (Cephalosporiopsis cucurbitae) a) 鹿 児 島 県 白 斑 病 準 備 中 3, 14 238628 Ib931 カボチャ 茨 城 県 準 備 中 12, 14 238629 RA1 ラナンキュラス b) 香 川 県 長 尾 町 株 枯 病 AB264781 12, 14 238630 RN331 ラナンキュラス 238631 RN611 ラナンキュラス 準 備 中 238632 CH92-Co-10 ラナンキュラス 千 葉 県 準 備 中 14 238633 CH94-Co-2 ボタンイチゲ ( 株 枯 ) 12 238634 PA2 ピーマン 愛 媛 県 ( 葉 枯 ) AB264782 12 238802 Cal4 クルクマ Plectosporium sp. 沖 縄 県 具 志 川 市 さび 斑 病 AB264785 12 238809 CaG1 クルクマ 12 238958 PlCu-1-1-H クルクマ Acremonium sp. 八 丈 町 AB264788 16, 21 238959 PlCu-1-B クルクマ 小 笠 原 村 16, 21 238960 PlCu-2-O クルクマ 大 島 町 AB266247 16, 21 238961 PlCu-3-Y クルクマ 江 東 区 AB266248 16, 21 238962 PlCu-6-C クルクマ 調 布 市 AB266249 16, 21 238963 CCL21 クルクマ Plectosporium sp. 千 葉 県 富 山 町 AB266250 12 238964 MR43 ダイコン Plectosporium sp. 神 奈 川 県 三 浦 市 円 形 褐 斑 病 AB266251 12 238965 YR113 ダイコン 神 奈 川 県 横 須 賀 市 12 238966 RP63 ダイコン 宮 崎 県 AB266252 12 238967 T1H2 トマト 香 川 県 大 野 原 町 ( 地 際 褐 変 ) AB266253 12 238968 78710 キュウリ Colletotrichum 三 重 県 lagenalium 津 市 ( 葉 斑 点 ) AB264786 12 238969 86711 シロウリ C. lagenalium 茨 城 県 ( 茎 病 斑 ) AB264787 12 239085 NNSH -28(1) バナナ 239928 JTO-572 オモダカ Plectosporium sp. Cylindrocarpon sagittariae sp. nov. 世 田 谷 区 文 献 ( 果 皮 病 斑 ) 1 栃 木 県 斑 点 病 準 備 中 4, 13 240260 87-4 ダイコン Acremonium sp. 神 奈 川 県 三 浦 市 円 形 褐 斑 病 準 備 中 5, 13 240545 c) MP1 カラトリカブト 香 川 県 善 通 寺 市 株 枯 病 準 備 中 18 240789 c) 116-2 カブ 沖 縄 県 宮 古 島 市 ( 葉 枯 ) 240790 c) 116-5 カブ 238635 d) IFO9985 ニオイスミレ Micronectriella cucumerina f ) (エジプト)? AB264783 14 兵 庫 県 238636 e) IFO30005 ( 湖 底 堆 積 物 ) M. cucumerina f ) ( 腐 生 性 ) AB264784 14, 19 千 刈 湖 a) 裸 名 (ラテン 語 記 載 等 なし),b) ハナキンポウゲ,c) 暗 色 菌 叢 系 統,d) NBRC9985, e) NBRC30005,f) 子 のう 時 代
2008; 富 岡 ら,2008), 我 が 国 での 分 布 や 宿 主 が 次 第 に 明 らかにされつつある( 佐 藤,2008b). 本 菌 はこれま で, 九 州 沖 縄, 四 国, 近 畿, 伊 豆 小 笠 原 諸 島 を 含 む 関 東 東 海 で 採 集 分 離 され, 今 のところ 北 限 は 栃 木 県 となっている. Plectosporium tabacinum 培 養 菌 叢 は 一 般 に 粘 質 で 気 中 菌 糸 はごくわずかであり, 白 い 気 中 菌 糸 がある 場 合 も 後 に 培 地 に 貼 りつき, 多 くの 菌 株 は 淡 クリーム ベージュないし 肌 色 銅 色 を 呈 するが( 図 1,2),まれに 灰 褐 色 ないし 暗 褐 色 の 菌 株 ( 富 岡 ら,2008)もある( 図 3). 菌 叢 の 淡 い 色 合 いは 大 量 に 形 成 された 分 生 子 の 色 であり,ごく 一 部 の 菌 株 で P. tabacinum は 菌 糸 壁 が 淡 褐 色 ないし 褐 色 に 着 色 するため 肉 眼 的 には 菌 叢 が 暗 褐 色 に 見 える. PDA 培 地 上 で 本 菌 は 5 30 で 生 育 し,23 25 で 最 も 生 育 が 良 好 である( 図 4).また,20, PDA 上 暗 黒 下 で 培 養 すると,2 6mm/ 日 の 速 さでコロニー 直 径 が 拡 大 する.このように, 本 菌 は 比 較 的 生 育 が 遅 く 気 中 菌 糸 に 乏 しい 特 徴 か ら, 一 度 典 型 的 な 菌 株 を 見 ておけば, 以 降 は 暗 色 系 の 菌 株 以 外 はコロニーの 外 見 で P. tabacinum との 見 当 が 付 く. 分 生 子 形 成 細 胞 は 内 出 芽 型 のモノフィアライ 3 ド(monophialide, 図 5, 6)およびアデロフィアライド(adelophialide: 菌 糸 から 伸 びた 無 隔 壁 の 分 枝 先 端 で 分 生 子 形 成, 図 7)で, 単 純 な 分 生 子 柄 上 に 頂 生 または 側 生 し, 先 端 に 円 筒 形 の 杯 状 部 (collarette)があり, 富 栄 養 培 地 上 で 先 端 が 小 刻 みに 捻 転 する 場 合 がある( 図 8).また,フィアライドから 仮 軸 状 (シンポディアル) に 新 しいフィアライドが 形 成 されたり( 図 9),フィアライド 先 端 が 二 叉 分 岐 し,それぞれの 頂 部 で 分 生 子 が 形 成 される 場 合 もある( 図 10).フィアライドの 大 きさは 5.5 30( 45) (1.4 )1.8 3.0( 4.0)µm で,
先 端 に 分 生 子 の 集 塊 を 偽 頭 状 に 着 生 す る( 図 5). 分 生 子 は, 油 滴 を 多 く 含 み, 無 色, 楕 円 形 ないし 紡 錘 形 でボート 状 に 片 側 が 丸 みを 帯 び, 菌 株 によっては 一 端 がわずかに 湾 曲 し, 表 面 は 平 滑, 無 1 隔 壁. 有 隔 壁 分 生 子 の 割 合 は 菌 株 に より 異 なるが,SNA など 貧 栄 養 培 地 上 ではほとんどが 50% 以 下 であるの に 対 し,PDA など 富 栄 養 培 地 上 では 90%を 超 える 菌 株 もある( 図 11). 無 隔 壁 分 生 子 の 大 きさは 4.6 12.0 ( 13.6) (1.8 ) 2.0 3.1 µm, 有 隔 Plectosporium tabacinum P. alismatis 形 質 P. tabacinum P. alismatis コロニーの 色 淡 クリーム 色 淡 クリーム 色 ないし 橙 褐 色 21 9 日 後 のコロニー 直 径 40 50 mm 17 24 mm 生 育 適 温 21 27 24 27 最 高 生 育 温 度 30 付 近 33 生 育 適 温 での 最 大 コロニー 直 径 41 48 mm 20 24 mm 分 生 子 の 形 態 両 端 が 丸 く 細 まる 紡 錘 形, 一 端 がわずかながらより 湾 曲 両 端 がよりくちばし 状 に 細 まる 紡 錘 形, 通 常 両 端 とも 湾 曲 有 隔 壁 分 生 子 の 割 合 (PCA, SNA) ほとんどの 場 合 50% 以 下 ほぼ 100% 有 隔 壁 分 生 子 の 一 般 的 サイズ 8 12 2.0 2.5( 3) µm 13 19.5 2.5 3.0( 5) µm 厚 壁 胞 子 なし 連 鎖 状 に 形 成, 直 径 4.5 14 µm a) Pitt and Gams(2005)の Table 1 を 改 変 4
壁 分 生 子 の 大 きさは 7.3 14.0 2.3 3.6 µm. Plectosporium 属 にはもう 1 種 P. alismatis が 所 属 しているが,P. tabacinum は P. alismatis よりも 生 育 が 早 く, 有 隔 壁 分 生 子 が 小 さく 貧 栄 養 培 地 での 形 成 割 合 も 低 いほか, 厚 壁 胞 子 を 形 成 しない 点 で 明 確 に 判 別 でき る( 表 2;Pitt and Gams,2005). 本 菌 は 雌 雄 同 株 性 (homothallic)とされるが,seifert(1996)が 指 摘 するように, 大 多 数 の 菌 株 は 子 のう 殻 を 形 成 しない. 国 内 でも 本 菌 の 初 報 告 において 子 のう 時 代 が 記 述 されて 以 降 (Tubaki and Ito,1975), 他 の 菌 株 では 子 のう 殻 形 成 は 確 認 されていない.なお, 現 在 本 菌 の 子 のう 時 代 の 学 名 として Plectosphaerella cucumerina (Lindfors) W. Gams が 通 用 している(Palm et al., 1995;Seifert,1996). Plectosporium tabacinum Plectosporium tabacinum ( テレオモルフ:Plectosphaerella cucumerina) および P. alismatis ( シノニム: Rhychosporium alismatis) の 複 数 菌 株 について rdna の ITS1, 5.8S および ITS2 を 含 む ITS 領 域 の 塩 基 配 列 が 公 的 データベースに 登 録 されており,それらに 基 づく 分 子 系 統 解 析 が 行 われている(Pitt et al. 2004). Verticillium nigrescens を 外 群 として 近 隣 結 合 法 により 作 成 された 系 統 樹 上 で 両 種 の 菌 株 は 隣 接 した 独 立 のク レードを 形 成 しており,それらは DNA レベルでも 同 一 属 の 異 種 であることが 裏 付 けられている. 一 方, 形 態 的 に P. tabacinum と 同 定 された 国 産 菌 株 の 当 該 塩 基 配 列 は, 多 くの 場 合 P. tabacinum(= Plectosphaerella cucumerina)の DDBJ 登 録 データとほぼ 一 致 し 同 菌 であることが 支 持 された( 表 1).しかし, 一 部 の 菌 株 は 相 同 性 が 95% 程 度 であり, 変 種 あるいは 別 種 の 可 能 性 も 残 されている.また, 国 産 菌 株 のうち 由 来 の 異 なる 代 表 的 な 12 菌 株 について ITS 領 域 の 塩 基 配 列 に 基 づき 分 子 系 統 解 析 を 行 った 結 果,クルクマ 分 離 株 のグルー プとそれら 以 外 の 菌 株 を 含 むグループの 2 群 に 類 別 された( 図 12; 佐 藤 ら,2007). 今 後 これら 両 群 の 形 態 な ど 諸 特 性 を 詳 細 に 調 べ, 分 類 学 的 な 取 り 扱 いについて 検 討 するとともに, 他 の 宿 主 に 由 来 する 菌 株 についても 同 様 に 解 析 する 必 要 がある. Plectosporium tabacinum 5
6 海外における Plectosporium tabacinum の宿主 分布 Fusarium tabacinum などシノニムも含めると根圏土壌や植物残渣以外で報告された本菌の宿主 分離源 には ジャガイモ 茎壊死斑 トマト 根腐 タバコ キュウリ 幼果腐敗 萎凋 メロン カボチャ 白 斑病 レタス ビート 萎凋 フロックス パンジー ヒマワリ カンナ バジル ピーナッツ クワイ 葉 枯 Campanula isophylla, ザリガニ えら Palm et al.,1995 およびラナンキュラス 株枯 Gullino and Garibaldi 1984 などがある 本菌はこれまでヨーロッパ各地 イギリス ロシア 南 北アメリカ キューバ オーストラリア ニュー ジーランド モーリシャス タンザニア ナイジェリア マラウイ エジプト マレーシアおよび韓国といっ た世界各地から報告されている Palm et al. 1995 Seifert 1996 7. 国内における Plectosporium tabacinum の宿主と病徴 病原性 1 宿主と病徴 伝染経路 Plectosporium tabacinum はこれまで 国内では 13 種の植物から分離されている そのうちオモダカ オ モダカ科 カボチャ ウリ科 クルクマ ショウガ科 ダイコン アブラナ科 トマト ナス科 カラ トリカブトおよびラナンキュラス キンポウゲ科 の 7 種に対して病害を起こすことが立証され それぞれ病 名が付けられている 表 1 国外の事例も含めて本菌による自然発生病徴は地上部に生じるタイプと地下部 が侵されるタイプに大別される 前者としてクルクマさび斑病 図 13 およびカボチャ白斑病 図 14 など があり 後者ではダイコン円形褐斑病 図 15 やラナンキュラス株枯病 図 16 を挙げることができる 地 図 16 ラナンキュラス株枯病 図 13 クルクマ さび斑病 図 14 カボチャ 白斑病 葉柄 図 15 ダイコン 円形褐斑病 図 17 ラナンキュラス株枯病 左 罹病株 右 健全株 図 18 ラナンキュラス株枯病菌の分生子懸濁液 滴下接種 4 日後の苗 6
上 部 が 侵 される 病 害 では 微 小 な 斑 点 が 多 数 生 じ, 斑 点 密 度 の 高 い 部 分 から 順 次 枯 死 する. 一 方, 地 下 部 に 発 生 する 病 害 では, 根 の 褐 変 腐 敗 により 地 上 部 が 生 育 不 良 を 起 こし 次 第 に 枯 死 する 場 合 が 多 く,ダイコンでは 類 円 形 ないし 楕 円 形 の 陥 没 褐 色 斑 が 散 生 あるいは 集 中 発 生 し 商 品 価 値 が 著 しく 損 なわれる. 本 菌 は 古 くから 土 壌 菌 と 認 識 されてきたが, 植 物 の 地 上 部 も 直 接 加 害 することに 注 意 を 払 う 必 要 がある. 自 然 発 病 では 地 下 部 の みを 侵 すラナンキュラス 株 枯 病 菌 の 分 生 子 懸 濁 液 を 幼 苗 の 葉 に 滴 下 すると, 速 やかに 壊 死 斑 が 広 がり 枯 死 する ( 図 18). 本 菌 は 大 量 の 湿 性 分 生 子 (wet conidia)を 形 成 するところから, 菌 糸 による 生 育 範 囲 の 拡 大 以 外 は 基 本 的 に 水 を 介 して 遠 隔 地 に 伝 搬 するものと 考 えられる.すなわち, 地 下 部 では 分 生 子 が 土 壌 間 隙 の 水 中 を 移 動 して 新 たな 宿 主 や 基 質 に 到 達 し, 病 害 を 起 こし 再 増 殖 していると 予 想 される. 他 方, 植 物 体 の 地 上 部 には 風 雨 によ る 土 壌 残 渣 からの 跳 ね 上 げと 飛 沫 付 着 が 主 たる 伝 染 経 路 と 推 測 される. 本 菌 分 生 子 懸 濁 液 の 噴 霧 接 種 により 無 傷 カボチャが 容 易 に 白 斑 病 に 感 染 することから(Sato et al.,2005), 露 地 カボチャでは 上 記 のような 伝 染 様 式 により 白 斑 病 が 発 生 蔓 延 するものと 考 えられる.しかし, 周 年 施 設 栽 培 のクルクマやトマトの 地 上 部 に も 本 菌 によるさび 斑 病 が 発 生 することから( 竹 内 ら,2008; 米 山 ら,2006), 今 後 施 設 における 伝 染 経 路 の 解 明 が 期 待 される. Plectosporium tabacinum 国 内 での 報 告 はまだ 少 ないものの,P. tabacinum はこれまで 海 外 で 様 々な 植 物 を 加 害 することが 報 告 され てきた(6 章 を 参 照 ;Palm et al.,1995).このため 複 数 の 罹 病 植 物 から 分 離 された 国 内 産 菌 株 も 当 初 は 多 犯 性 と 考 えられた.しかし,カボチャ,ラナンキュラス,クルクマおよび 海 外 のスミレ(Viola odorata)から 分 離 された 菌 株 をそれら 分 離 源 植 物 に 交 互 接 種 した 結 果, 各 菌 株 はそれぞれの 分 離 源 植 物 にのみ 強 い 病 原 性 を 示 し, 他 の 植 物 にはほとんどあるいはまったく 感 染 が 認 められなかった( 表 3;Sato et al., 2005; 佐 藤 ら, 2007).また, 国 内 で 初 めて 分 離 された 湖 底 堆 積 物 由 来 の 菌 株 は,いずれの 植 物 にも 明 瞭 な 病 原 性 を 示 さず 腐 Plectosporium tabacinum 接 種 源 菌 株 MAFF 番 号 採 集 地 分 離 源 病 原 性 a) カボチャ ラナンキュラス クルクマ 238627 鹿 児 島 県 カボチャ 238628 茨 城 県 カボチャ 238629 香 川 県 長 尾 町 ラナンキュラス 238632 千 葉 県 ラナンキュラス 238633 千 葉 県 アネモネ 238634 愛 媛 県 ピーマン 238958 八 丈 町 クルクマ 238960 大 島 町 クルクマ 238961 江 東 区 クルクマ 238962 調 布 市 クルクマ 238963 千 葉 県 富 山 町 クルクマ 238966 宮 崎 県 ダイコン 238635 b) (エジプト) ニオイスミレ 238636 c) 兵 庫 県 千 刈 湖 湖 底 堆 積 物 a) : 有 り;: 無 し,b) IFO9985,c) IFO30005 7
生 性 の 系 統 と 考 えられた. さらに,トマトさび 斑 病 の 病 原 菌 株 を 5 科 10 種 の 植 物 [トマト ピーマン(ナス 科 ),コマツナ ダイコン (アブラナ 科 ),キュウリ(ウリ 科 ),ゴボウ(キク 科 ),ラナンキュラス(キンポウゲ 科 ) 等 ]に 接 種 した 結 果, トマト 以 外 では 発 病 しなかったという 報 告 もある( 竹 内 ら,2008).このように, 本 菌 には 明 らかに 宿 主 特 異 的 な 病 原 性 系 統 が 複 数 存 在 すること,および DNA 塩 基 配 列 に 基 づく 宿 主 別 菌 株 の 分 子 系 統 解 析 の 結 果 より, 本 菌 は Fusarium solani 等 のように 集 合 種 である 可 能 性 が 高 い. 今 後 更 なる 菌 株 の 収 集 とそれらを 用 いた 病 原 性 分 化 型 (forma specialis)の 解 明 も 望 まれる. Plectosporium tabacinum Plectosporium tabacinum の 分 離 菌 株 を 効 率 よく 得 るには 表 1に 示 した 宿 主 植 物, 特 に 小 白 斑 を 生 じたカボチャの 茎 葉 や 生 育 不 良 のキンポウゲ 科 植 物 の 褐 変 根 を 採 集 すると 高 い 分 離 率 が 期 待 でき る. 白 斑 症 状 やさび 斑 症 状 を 示 す 茎 葉 を 水 道 水 で 軽 く 洗 って 表 面 の 土 やごみを 取 り 除 き,20 25 の 湿 室 内 に 保 ち 分 生 子 形 成 を 促 す. 1 2 日 後, 分 生 子 柄 の 先 端 部 に 形 成 された 乳 白 色 の 分 生 子 塊 ( 図 19)を 実 体 顕 微 鏡 下 で 確 認 した 後, 電 解 研 磨 したタングステン 針 で すくい 取 り 針 の 柄 の 基 端 を 用 いてジャガイモ 煎 汁 寒 天 (PDA) 平 板 などに 分 生 子 を 画 線 する.これを 室 温 で 1 日 培 養 し 発 芽 した 単 独 の 分 生 子 を 実 体 顕 微 鏡 下 で 観 察 しながらタングステン 針 で 寒 天 ごとか きとり,PDA あるいは Synthetic low-nutrient Agar(SNA:グル コース 0.2 g/l,シュークロース 0.2 g/l,kh 2 PO 4 1.0 g/l,kno 3 1.0 g/l,mgso 4 7H 2 O 0.5 g/l,kcl 0.5 g/l, 1N NaOH 水 溶 液 0.6 ml/l, 寒 天 23.0 g/l)の 斜 面 培 地 に 移 植 し 単 胞 子 分 離 菌 株 とする( 佐 藤,2008a). 立 枯 症 状 を 示 す 植 物 の 褐 変 根 は 同 様 に 水 洗 した 後, 健 全 部 との 境 界 部 分 を 長 さ 約 5 mm に 切 り 取 り,70%エタノール に 約 30 秒 浸 漬 し 直 ちに 1% 次 亜 塩 素 酸 ナトリウム 水 溶 液 に 移 して 2 3 分 漬 けた 後, 水 洗 せず 乳 酸 酸 性 PDA および 乳 酸 酸 性 素 寒 天 培 地 (WA)に 置 床 する.Plectosporium tabacinum は 一 般 の 糸 状 菌 より 生 育 が 遅 いた め 単 菌 糸 分 離 は 困 難 であるが, 分 離 片 に 優 占 的 に 生 息 している 場 合 は,その 上 でベージュないし 淡 橙 色 の 分 生 子 塊 を 形 成 するので, 上 記 と 同 様 に 単 胞 子 分 離 を 行 う. P. tabacinum Plectosporium tabacinum は PDA 培 地 上 などで 短 期 間 に 大 量 の 分 生 子 を 形 成 するため, 多 くの 植 物 に 接 種 する 場 合 も 比 較 的 容 易 である. 植 物 体 の 地 上 部 に 対 する 病 徴 再 現 には, 通 常 無 傷 植 物 への 分 生 子 懸 濁 液 (10 5 /ml) の 噴 霧 接 種 が 適 している.また, 病 原 性 のみを 調 べるためのより 簡 便 な 方 法 としては, 同 じ 密 度 の 分 生 子 懸 濁 液 を 葉 面 や 生 長 点 部 分 に 滴 下 する 方 法 もある( 図 18). 他 方, 地 下 部 への 接 種 は,Fusarium oxysporum など の 場 合 と 同 様 に, 分 生 子 懸 濁 液 (10 5 /ml)を 用 いた 浸 根 接 種 が 一 般 的 である. 噴 霧 接 種 や 浸 根 接 種 の 具 体 的 手 順 などは 大 畑 ら(1995)を 参 照 されたい. Plectosporium tabacinum は 分 離 菌 株 の 維 持 保 存 が 比 較 的 容 易 な 菌 であるが, 菌 株 によっては 継 代 培 養 を 繰 り 返 すと 分 生 子 形 成 能 が 低 下 するので, 以 下 の 冷 蔵 あるいは 冷 凍 による 長 期 保 存 を 行 うことが 望 ましい.5 付 近 で 斜 面 培 養 を 冷 蔵 すると 培 地 が 乾 燥 するが, 半 分 程 度 に 縮 まったら SNA 液 体 培 地 などの 貧 栄 養 培 地 を 斜 面 の 中 程 まで 注 入 して 7 10 日 間 室 温 で 培 養 後, 液 面 に 菌 糸 膜 が 形 成 されたことを 確 認 して 再 び 冷 蔵 する. これを 繰 り 返 し, 培 地 が 乾 固 しない 限 り 本 菌 はまず 死 滅 することはない. 菌 株 をしばらく 実 験 に 使 用 しない 場 合 は,スラント 培 養 に 10%スキムミルク 1.5%グルタミン 酸 ナトリウムを 加 え,5 で 2 日 間 予 冷 後, 40 80 で 凍 結 する. 復 活 培 養 は 40 50 温 湯 中 に 試 験 管 を 1 2 分 間 漬 けて 急 速 解 凍 し 移 植 する. 8
明 らかに 宿 主 特 異 性 を 示 す 病 原 性 系 統 と 腐 生 性 の 系 統 が 認 められる P. tabacinum について( 米 山 ら, 2006; 佐 藤 ら,2007), 現 在,その 宿 主 特 異 性 や 病 原 性 の 調 査 を 順 次 進 めているが,その 過 程 で 未 報 告 の 宿 主 由 来 菌 株 が 得 られており( 表 1), 今 後 も 様 々な 植 物 に 特 異 的 な 病 原 性 を 示 す 系 統 が 見 出 される 可 能 性 がある. 本 マニュアルの 読 者 には, 未 知 の 立 枯 性 斑 点 性 病 害 の 罹 病 部 から 生 育 の 遅 い 湿 性 の 糸 状 菌 が 分 離 された 場 合, 単 細 胞 と 2 細 胞 の 紡 錘 形 分 生 子 が 混 在 するか 否 か 確 認 し, 分 離 源 植 物 に 接 種 することを 勧 めたい.また, 本 菌 によると 思 われる 病 害 が 見 つかり, 確 証 を 得 ようとするならば, 表 1の 菌 株 を 取 り 寄 せて 比 較 されたい. 本 マニュアル 作 成 にあたり 貴 重 な 菌 株 や 写 真 を 提 供 して 頂 いた 方 々,また, 分 子 系 統 解 析 を 快 くお 引 き 受 け 頂 いた 諸 氏 をはじめとする 共 同 研 究 者 の 各 位 に 厚 く 御 礼 申 し 上 げる. 1) Alvindia, D.G., T. Kobayashi, Y. Yaguchi and K. Natsuaki (2002) Pathogenisity of fungi isolated from non-chemical bananas. Jpn. J. Trop. Agric. 46:215-223. 2) Gullino M.L., and A. Garibaldi (1984) Le principali malattie fungine del ranuncolo (Principal fungus diseases of Ranunculus). Colture Protette 13 :76-78 (in Italian) 3) 稲 葉 忠 興 濱 屋 悦 二 (1986) カボチャ 白 斑 病 の 再 同 定. 日 植 病 報 52: 521. ( 講 要 ). 4) N e g i s h i, H. ( 1 9 9 6 ) A n e w s p e c i e s o f Cylindrocarpon causing leaf spot on old-world arrowhead (Sagittaria trifolia). Ann. Phytopath. Soc. Jpn. 62: 495-497. 5) 大 林 延 夫 渡 辺 恒 雄 (1988) 三 浦 半 島 のダイコン に 最 近 発 生 した 円 形 陥 没 症 状 の 新 病 害. 日 植 病 報 54: 68-69( 講 要 ). 6) 大 畑 貫 一 荒 木 隆 男 木 曽 皓 工 藤 晟 高 橋 幸 吉 編 (1995) 作 物 病 原 菌 研 究 技 法 の 基 礎. 日 本 植 物 防 疫 協 会, 東 京,342 pp. 7) Palm M.E., W. Gams and H.I. Nirenberg (1995) Plectosporium, a new genus for Fusarium tabacinum, the anamorph of Plectosphaerella cucumerina. Mycologia 87: 397-406. 8) Pitt, W.M., S.P. Goodwin, G.J. Ash, N.J. Cother and E.J. Cother (2004) Plectosporium alismatis comb. nov. a new placement for the Alismataceae pathogen Rynchosporium alismatis. Mycol. Res. 108:775-780. 9) Pitt, W.M., and W. Gams (2005) A redescription of Plectosporium alismatis (hyphomycetes with glomerellaceous affinities) Nova Hedw. 81: 311-323. 10) 佐 藤 豊 三 (2008a) 新 病 害 究 明 の 手 順 とキーテクニ ック 小 道 具 類. 植 物 防 疫 62: 223-227. 11) 佐 藤 豊 三 (2008b) 近 年 国 内 で 各 種 病 害 を 起 こ す こ と が 明 ら か と な っ た 不 完 全 糸 状 菌 Plectosporium tabacinum. 植 物 防 疫 62: 490-495. 12) 佐 藤 豊 三 竹 内 純 長 尾 英 幸 富 岡 啓 介 (2007) Plectosporium tabacinum と 分 子 再 同 定 した 数 種 園 芸 植 物 由 来 の 菌 株. 日 本 菌 学 会 第 51 回 大 会 講 要 集,p.70( 講 要 ). 13) 佐 藤 豊 三 根 岸 秀 明 渡 邊 恒 雄 森 脇 丈 治 廣 岡 裕 吏 青 木 孝 之 澤 田 宏 之 永 井 利 郎 遠 藤 眞 智 子 富 岡 啓 介 (2008) NIAS (MAFF) ジ ー ン バ ン ク 所 蔵 Plectosporium お よ び Colletotrichum 属 関 連 菌 株 の DNA 分 子 系 統 解 析 による 再 同 定. 日 本 微 生 物 資 源 学 会 誌 24: 63( 講 要 ). 14) Sato, T., T. Inaba, M. Mori, K. Watanabe, K. Tomioka and E. Hamaya (2005) Plectosporium blight of pumpkin and ranunculus caused by Plectosporium tabacinum, J. Gen. Plant Pathol. 71: 127-132. 15) Seifert, K.A. (1996) Plectosporium tabacinum. Fungi Canadensis No. 333. 16) 竹 内 純 堀 江 博 道 安 藤 勝 彦 平 野 寿 一 (1994) Acremonium 属 菌 によるクルクマさび 斑 病 ( 新 称 ). 日 植 病 報 60: 747( 講 要 ). 17) 竹 内 純 鍵 和 田 聡 難 波 成 任 堀 江 博 道 (2008) ツルナ 黒 枯 病 ( 新 称 )およびトマトさび 斑 病 ( 新 称 )の 発 生. 日 植 病 報 74: 179( 講 要 ). 18) 富 岡 啓 介 廣 岡 裕 吏 遠 藤 眞 智 子 永 井 利 郎 澤 田 宏 之 青 木 孝 之 佐 藤 豊 三 (2008) Plectosporium tabacinum (van Beyma) Palm, Gams et Nirenberg によるハナトリカブト 株 枯 病 ( 新 称 ). 日 植 病 報 74: 181( 講 要 ). 9
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