の偉容を目の辺りにして 思わず ホウーッ という声が出た 創立以来三十六年余 卒業生五, 二八四名を世に送り出した 地域 住民が誇りとする学び舎である 青雲のかなたに その大震災にも負けず 学校の 前庭にすっくと立ち尽くしていた ものがある 平成三年十月 創立二十周年記 念として建立された 青雲のかな た に の 像 だ 制 作 者 二 科 会 会員藤巻秀正さん 題字 初代校 長井口汪先生 ふるさとの山 権現堂を背景に して 三羽の鳩を飛び立たせよう としている少女は 限りない可能 性と夢のある若人の未来を象徴し ており 石の台座の裏面には次の 文言が続いている こ の 鳩 の 如 く 広 神 中 学 校 の 生徒が青雲のかなたに大きく飛翔 することを願い この像を建立す る この芸術の香り高い彫像が在 校生および卒業生の友情と連帯の 象徴となることを 平成三年十月 二十六日 広神村教育委員会 18 ナーレを飾る全校合唱コンクール を催したのだが それが終了した ばかりの午後五時五十六分 あの 中越大震災が発生した 体育館の天井は全面落下し 校 舎 も 破 損 し た が 不 幸 中 の 幸 い 全校生徒が退校した直後のことで あわやの大惨事を免れることは出 来た しかし 以後一年間 体育 館は使用不能の事態となったので ある この時 全国各地 各校から寄 せられた励ましや支援が 復興へ の大きな力になったとは この日 お目にかかった当時の教育長山本 征雄さんの感懐だが 先生方や生 徒自身の頑張りが学校を支えたこ とは勿論であろう 台座裏の文言 広神村立から魚沼市立へ 魚沼市立広神中学校の前身 広 神村立広神中学校は 昭和四十六 年四月 広瀬中学校と薮神中学校 が名目統合されて誕生した それに先立つ昭和三十年 町村 合併促進法に基づいて 広瀨村と 薮神村が合併 広神村になったの であったが 一村一校の統合校舎 が竣工したのは 昭和四十七年二 月 新校舎に実質統合をしたのは 名目統合から一年後の昭和四十七 年四月であった そして 平成十六年十一月一日 平成の大合併によって 広神村は 小出町 堀之内町 湯之谷村 守 門村 入広瀬村と合併 魚沼市が 誕生したのは ご存知の通りであ る 中越大震災を乗り越えて その魚沼市誕生を目前にした平 成十六年十月二十三日 広神中学 校では村立中学校としてのフィ 四階建ての偉容 地域住民誇り の 学 び 舎 ふるさとの町への帰郷の折 何 度となく通っていたわけだが 上 越新幹線 浦佐 の駅に降り立っ たのは 今回が初めてであった 九月二十日 東京広神会の佐藤 永久会長が改札口まで出迎えて下 さったので 駅前にあると聞いて いた角さん 田中角栄元首相 の 銅像を確認するまでもなく車上の 人となり 一路広神中学校へ もう少し山道を行くのかと想像 していたのだが ほぼ平坦な道を スムーズに走って学校に到着 魚 沼三山を遠景にした周囲の景観と 堂々たる四階建の校舎 大体育館 遠く魚沼三山を望む