社会福祉法人におけるガバナンス強化とは

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1 社会福祉法人におけるガバナンス強化とは 社会動向レポート 社会福祉法人におけるガバナンス強化とは 社会政策コンサルティング部 マネジャー 宇都隆一 ガバナンス強化 --- 社会福祉法人が新たに突きつけられている経営課題である 社会福祉法人に求められるガバナンスとは一体何か いわゆる 統治 監視 とどのような違いがあるのか ガバナンスというキーワードを軸に 社会福祉法人の経営のあり方について考察した 1. 社会福祉法人のガバナンス強化に関する議論 (1) 契機となった 特養の内部留保問題 特別養護老人ホーム ( 以下 特養 ) の内部留保額を試算した社会保障審議会介護給付費分科会の資料が公表されてから2 年が経過した 資料では 特養 1 施設あたり約 3.1 億円 総額で約 2 兆円規模に達する内部留保額が存在するとの試算を導いている この結果は いわゆる 特養の内部留保問題 としてマスコミ各社などにとりあげられ 内部留保の社会還元を求めたり あるいは社会福 祉法人に普通法人並みの課税をするべきなど 財政面で手厚い保護を受ける社会福祉法人が利益を必要以上に蓄積している姿に批判が集まった 資料は 社会福祉法人に以下のような経営改善を求めることを結論としているが ここに ガバナンスの強化 というキーワードが取り上げられている 内部留保問題に対する社会的議論の高まりを契機に 社会福祉法人のガバナンス強化のあり方に注目が集まることとなった ( 図表 1) 図表 1 社会福祉法人の経営改善の方向性について 財務諸表等の積極的な公表 ガバナンスの強化特養等を安定した経営状態とした上で 社会福祉法人が地域の福祉ニーズに応じた多様な取組を進めていくことは 公益性の高い社会福祉法人に求められている役割 経営能力やガバナンスの向上のためにも 財務諸表や今後の建替え等を含めた事業計画などを H P などで積極的に公表し 社会福祉法人の財務状況や資金の使途について 透明性の向上 明確化に努めるべき 社福軽減など社会 地域貢献の積極的な実施税制優遇措置等を受けている社会福祉法人が低所得者の負担軽減などの社会貢献を行うことは 社会福祉事業の実施を任務とする社会福祉法人本来の使命 社会福祉法人は 社福軽減を積極的に実施して低所得者の介護保険サービスの利用促進を図るなど 社会貢献 地域貢献を積極的に行うべき ( 資料 ) 第 7 回社会保障審議会介護給付費分科会介護事業経営調査委員会資料 特別養護老人ホームの内部留保について より作成 1

2 vol (2) 企業経営にみる ガバナンス強化 の新たな潮流 ガバナンス という概念は 株式会社など企業経営の分野で議論されることが多い その株式会社の世界では 近時 新たなガバナンス論が展開されている それが 2015 年 6 月より施行された コーポレートガバナンス コード ( 以下 ガバナンス コード ) である ガバナンス コードは 金融庁と東京証券取引所が策定した上場企業を対象とする企業統治の指針で 大きく5つの基本原則で構成されている 具体的には 1 株主の権利 平等性の確保 2 株主以外のステークホルダーとの適切な協働 3 適切な情報開示と透明性の確保 4 取締役会等の責務 5ステークホルダーとの対話の促進 である 興味深いのは このガバナンス コードが 政府の掲げる成長戦略の一環に位置づけられていることである ガバナンス強化というと 規律重視の側面ばかりが強調され ともすれば経営の足かせと受け止められていた点は否めない これに対して ガバナンス コードは経営の規律維持だけでなく ステークホルダーからの信頼確保を通じた経営基盤の強化 その結果として企業の持続的な成長を企図している点に目新しさがある (3) 株式会社と比較した社会福祉法人の特徴このように 株式会社におけるガバナンス論は 新たな局面を迎えつつあるが 社会福祉法人はこうした議論をどのように受容していくべきであろうか その点を考察するにあたって まず 社会福祉法人の基本的性格 仕組みを株式会社と比較して整理しておくことが有用である 社会福祉法人は 社会福祉法第 22 条において 社会福祉事業 (1) を行うことを目的として 設立された法人 と定義されている 社会福祉事業を行う社会福祉法人は 公益性 と 非営利性 という性格を併せ持った法人として 株式会社と異なる特徴を有する なかでも顕著な差異は 持分概念 の有無に現れる 持分とは 株式会社でいうところの 株式 をイメージするとわかりやすい 具体的には 利益配当や会社解散時に残余財産の分配を受ける権利のほか 議決権に代表される経営に参画 是正する権利を表章したものである こうした権利を有する主体が法人の所有者であり 株式会社の場合には 株主 ということになる これに対して 社会福祉法人には持分概念が存在しない (2) 持分が存在しないため 事業を源泉とする利益配当はなく 事業解散時の残余財産も原則国庫に帰属する また 株主 のような所有者概念も存在しないことから いわゆる 所有と経営の分離 が図られず法人運営に関する意思決定権限は 理事長をはじめとする理事会に集中しているのが実態である こうした差異を踏まえると 前述のガバナンス コードに代表される株式会社のガバナンス論は 社会福祉法人のガバナンス強化のあり方を考える上で 特段の示唆を含んでいないように思われるかもしれない しかし 社会福祉法人は株主のような所有者こそ存在しないものの 多様なステークホルダーとの関係のなかで存立しているという点では 株式会社と変わるところはない そうすると ガバナンス コードの基本原則のうち 2 株主以外のステークホルダーとの適切な協働 5ステークホルダーとの対話の促進といった考え方は 社会福祉法人の経営の質的向上 ひいては社会福祉法人という制度そのものの 維持 発展を図っていく上で十分参考になるものといえそうである 2

3 社会福祉法人におけるガバナンス強化とは 図表 2 経営戦略の策定状況と今後の予定 社会福祉法人における経営戦略の策定状況 策定している 経営戦略の今後の策定予定 ( 現在策定していない法人を対象 ) 予定なし予定あり 策定していない 時期は決めていないが予定あり ( 資料 ) みずほ情報総研株式会社 平成 25 年度老人保健事業推進費等補助金老人保健健康増進等事業特別養護老人ホーム等を経営する社会福祉法人のガバナンスの強化方策に関する調査研究事業報告書 ( 年 3 月 ) 2. 経営戦略の策定 開示を通じたステークホルダーとの対話促進 (1) 対話促進機能としての経営戦略の策定ガバナンス コードでは ステークホルダーとの対話促進の手段として 経営戦略の策定 開示 の重要性をあげている では 経営戦略の策定 開示が どのような形でステークホルダーとの対話促進として機能するのだろうか 経営戦略とは 自らの将来のありたい姿 目標と現状とのギャップを埋めるために 法人が実施すべき具体的な施策を掲げたもの をいう (3) この策定プロセスに ステークホルダーとの対話機能をみてとることができる まず 自らの将来のありたい姿 目標 これは 経営ビジョン と一般的に称されるものであるが 経営ビジョンを策定する際 地域社会が社会福祉法人に何を期待しているのか また それを自法人が実現できるのかを検討しなければならない 地域社会からの期待を把握するには 施設の利用者はもちろん その家族 行政 連携先としての医療機関や他の介護施設等といった様々なステークホルダーとの十分なコミュニケーション ( 対話 ) が欠かせない さらにこうした地域社会の期待に応えうる経 営資源 ( 特に人材 ) を自法人が具備しているかどうかも認識しておかなければならない いくら地域社会の期待に応えるといっても 自法人の職員の力量からみて対応困難なものであったり 職員の想いとの間にあまりにギャップがあっては持続的な取組みにはならない その意味で 職員というステークホルダーとの対話も不可欠である こうして経営ビジョンとしての 将来のありたい姿 目標 が定まると 次に現状との格差を埋めていくための道筋である 経営戦略 を策定することになる ステークホルダーとの対話はこの段階で一層の重要性を増してくる なぜなら どの戦略を採用するかによって ステークホルダーの利害得失関係は大きく異なってくるからである 全てのステークホルダーに対して常に高い満足を提供し続けられるような戦略が策定できればよいが その意味で戦略には絶対の解はないといってよい 必要なのは ステークホルダー間の優先順位を明確にすること 優先順位で当面劣後するステークホルダーに対しては中長期的に一定の満足を確保できるようなストーリーを提示すること すなわち合意形成をはかっていくことである 3

4 vol 図表 3 経営戦略の策定が進まない理由 ( 資料 ) みずほ情報総研株式会社 平成 25 年度老人保健事業推進費等補助金老人保健健康増進等事業特別養護老人ホーム等を経営する社会福祉法人のガバナンスの強化方策に関する調査研究事業報告書 ( 年 3 月 ) (2) ハードル高い非営利組織の戦略策定このように 社会福祉法人も今後経営戦略の策定 開示等を通じてステークホルダーとの関係性を強化していくことが必要である しかしながら 社会福祉法人のような非営利組織の戦略策定は容易なものではない 経営学の泰斗であるP.F. ドラッカーは その著書 非営利組織の経営 で 営利組織と比較した非営利組織における戦略策定の難しさを指摘している 成果目標 業績評価指標などの設定の難しさに加えて それを適切に運用しうるマネジメント能力 ( ここでいうマネジメントは 戦略の策定と実行およびその評価を担う組織全体としての管理運営 という意味である ) もより高度なものが必要であるためとしている (4) 営利組織の代表格である株式会社と比較するとこの点が明らかになる 株式会社の場合 その組織目的はいうまでもなく 利益創出 である 従って 経営戦略の策定プロセスはもちろん ステークホルダーとの合意形成にあたっても 利益 という定量的価値尺度を共有した議論が可能である もちろん 株式会社の経営戦略にも数字で表現できない要素はあろうが それであっても究極的には利益という数値に反映されるものでなければならない (5) これに対して 非営利組織では こうしたわかりやすい共通の価値尺度による評価が難しい その組織目的は 地域貢献 など抽象度の高いものであり そこに込められるステークホルダーの想いも様々である それゆえ その実現の道筋である戦略の策定方法も難易度が高くなるのである (3) 進まない社会福祉法人の戦略策定では 社会福祉法人の経営戦略策定の実態はどのようになっているのだろうか みずほ情報総研が平成 25 年度に実施した調査 特別養護老人ホーム等を経営する社会福祉法人のガバナンスの強化方策に関する調査研究事業 では 全国の社会福祉法人を対象に 経営戦略の策定状況等に関するアンケート調査を行った (6) 1 経営戦略を策定している社会福祉法人は半数に満たないこれによると 経営戦略を策定している社会福祉法人は約 4 割と半数以下にとどまる一方 経営戦略を策定していない法人については その約 8 割が将来何らかの形で戦略を策定する予定と回答している ( 図表 2) 4

5 社会福祉法人におけるガバナンス強化とは すなわち 社会福祉法人の多くが経営戦略策定の必要性を認識しつつも 実際に取組みに着手できているところはいまだ少数というのが実態である 2 経営戦略の策定が進まない理由また アンケート調査では社会福祉法人の経営戦略策定が進まない理由について 戦略策定を担う専門人材の不足を指摘する声が多かった ( 図表 3) たしかに 社会福祉法人は 株式会社などと比較して規模の小さい法人が多く 戦略策定を担う人材を育成することはもちろん 内部人材として配置しておくことが難しいという側面はある しかし 不足するのは 戦略を策定する専門人材だけではないと筆者は考えている 策定した戦略に基づいて具体的に組織運営を推進するトップマネジメントの資質 これが欠如していることも戦略策定が進まない要因の一つであろう 例えば 一橋大学大学院の楠木健教授は 最も希少な経営資源は経営者 と語っている (7) これは営利 非営利問わず 当てはまる考え方ではなかろうか 3. 社会への期待にどのように対応するか以上のように 社会福祉法人の戦略策定は難易度が高く またそれを担う人材が不足しているという実情もある だからといって 社会福祉法人がこの点において後手に回ってよいという理由にはならない 前述のように 社会福祉法人は制度そのものの意義が問われるような厳しい批判に晒されている しかし 社会福祉法人に向けられているのは決して批判の声だけではない 批判と同じかそれ以上に社会福祉法人に対する役割期待は一層の高まりを見せているのである 例えば 病院から施設へ という政策の流 れの中 特養をはじめとする高齢者向け施設は その数が圧倒的に不足している ボリュームだけでなく 入所者のプライバシーを確保するための個室化対応など 質的な向上も期待されている このように考えると 社会福祉法人への批判というのは 社会福祉法人がその使命や制度的意義を終えたことに対するものではなく むしろ 高まる役割期待に対して その持てる経営資源を十分に活用できていないという 期待と現実とのギャップ に起因するものといえるのではないだろうか そうであるならば 社会福祉法人がその付託に応えるためには ガバナンス に込められる意味についても 組織の規律確保といった必要最低限の水準では不十分である 一歩進んだ積極的意義を見出していかなければならない 経営戦略の策定や開示はその意味で重要なのである 注 (1) 社会福祉事業とは 未成年者 高齢者や障害者で生活上の支援 介助を要とする人 経済的困窮者などに対し 生活の質を維持 向上させるためのサービスを社会的に提供 あるいはそのための制度や設備を整備する事業をいう (2) この点は残余財産の帰属先が国庫とする旨を規定した社会福祉法第 47 条が根拠とされる (3) もっとも 経営戦略に公式化された定義があるわけではない 中長期目標と現状とのギャップを埋めるための具体的筋道 という内容であれば 本文で示された以外の表現方法も当然ありえる (4) 具体的には 非営利組織は収支なるものがないからこそマネジメントが重要 成果は企業よりも非営利組織において大きな意味を持つ しかも成果は企業よりも非営利組織においてこそ把握と測定が難しい とドラッカーはその著書 ( ダイヤモンド社 非営利組織の経営 2007 年 ) で指摘している (5) たとえば株式会社においても 人材は重要な経営資源であるが資金や設備など他の経営資源と異なり金額換算されず貸借対照表上にも計上されない しかしながら 人材も利益稼得の重要な生産手段 5

6 vol であり その意味で 会社の経営数値に反映されるものといえる (6) アンケート調査は 全国の特別養護老人ホームを経営する社会福祉法人 1,000 法人を対象に実施 267 法人から回答を得た (7) 週刊東洋経済 2015 年 9 月 12 日号のインタビュー記事より 6