ÿþᓉ›±‡J”åe˘−
|
|
|
- ゆりか おおはし
- 6 years ago
- Views:
Transcription
1 1 大正十二年(一月)一月一日甲戌月曜晴 大正十二年一月一日早起 四方拝 仏前参拝 家内一統無事如例 椒酒 雑煮を 憐迹のり重旅行にて 治子 幾子 光重と 外職員 生徒と十二人賑々敷祝ひ済て 直に自働車二台にて日比谷大武写真師ぇ乗込て撮影して帰 *憐{( 隣) }*迹のり重{( 迹憲重) }一月二日乙亥火曜晴 朝の祝膳如昨 午下二時より坂本氏のひき初に行 夜九時帰 一月三日丙子水曜晴 予記和慰会 華族会館 会費三円五十銭 朝の祝膳如昨 直ニ自動車にて初年礼廻る 始伏見宮より閑院宮 摂政宮 久爾宮 梨本宮 朝香宮 竹田宮 東久爾宮 北白川宮 華頂宮 有栖川宮 山科宮 宮内太臣 皇后太夫 十四軒を奉仕して昼時帰 夜 華族会館にて和慰会に行 大勢也 *久爾宮{( 久邇宮) }*東久爾宮{( 東久邇宮) }*宮内太臣{( 宮内大臣) }(一月四日 記載ナシ)一月五日戊寅金曜予記午後一時より新年会 会費一円五拾銭 統一閣 第八回目 本年の第一回 此ハ醍醐酒てあるから戴よとの事にて御杯について賜る 其色赤く葡萄酒を赤くしたる色にて 御味ハ何共口にて申されぬ 甘露と云う 生てはしめて此味を覚ゆる 此間 天楽近く聞えたり *ついて{( 注いて) }(一月六日~十日 記載ナシ)一月十一日甲申木曜予記故小松彰仁親王殿下廿年祭 侯爵家ニテ御霊前祭 午前十一時 御墓所祭 午后二時 (一月十二日~二十一日 記載ナシ)一月二十二日乙未月曜晴
2 2 月曜学校教授する 本日より試験画にかゝる 一月二十三日丙申火曜晴 火曜稽古する 一月二十四日丁酉水曜雨 昨夜より雨にて終日小雨ふりつゝきて寒強く 明かたより 予 腹痛はけしく下痢もありて 李子を呼てまた井深氏も呼て 手当よし 二度いたみなから 堪かたくて困りたり 早手当よろしくて この二度切にて痛も止みたり 竹内氏も来りて治療する 午下より雪ふり出して大雪となる 匆五寸位積りたり 竹内氏今晩も来られたり 細君も *匆{( 忽) }一月二十五日戊戌木曜大雪 美事なる雪にて水昌世界なり 終日臥辱ス 来客 大坂天下茶や寺田氏来る 久々にて先一献を出して 予の枕下にて咄しあふ 時に 予の筆物一枚せかまれて ゆる〱一枚額面 歓喜信楽の題字を遣す 悦んて帰る 時 夜八時頃也 *水昌{( 水晶) }*天下茶や{( 天下茶屋) }一月二十六日己亥金曜晴 臥辱ス 東宮摂政殿下沼津ぇ行啓 竹内より電話 信州極楽寺室 明日夕刻来られる 一月二十七日庚子土曜晴 天晴朗 本日床拂ス 皇后陛下御還啓 一月二十八日辛丑日曜晴 予記堀田伯 百福会 午下一時より 予 李子と同道にて堀田伯に行 此日の新年和慰会ハ百福会と云 二階上り口 御福の人形案内者にて 琴楳書画 双五六 将棊 囲盤 或歌留多 とらんふ 蓄音器 三弦 尺八 占茶 煎茶席とあり 誰かれさへつなく 数奇の処に遊ふと云 予ハ先 煎茶席にて 次 抹茶席に 三弦 竹と合せて面白く 予ハ四時に帰 跡晩餐ハよほと面白き趣工のよし 残念也 五時より帝国ホテルに行 李子同行 島田孝一氏と中村りう子との結婚披露会にて媒酌人原富太郎 安子にて会食 種々珍談もありて 九時帰 *琴楳書画{( 琴棋書画) }*双五六{( 双六) }*囲盤{( 囲棊) }*とらんふ{( トランプ) }*占茶{( 点茶) }*さへつ{( 差別) }*数奇{( 好き) }*跡{( 後) }*趣工{( 趣向) }*島田孝一{( 島田孝之) }一月二十九日壬寅月曜晴
3 3 朝より教授する 此夕 極楽寺咲子さま御出 竹内細君と夕餐を饗す 久々にて御霊感の御咄しにて皆々有かたさに只々涙と共に聴聞す 竹内氏も来りて十二時帰 一月三十日癸卯火曜晴 朝より火曜稽古する 竹内氏より依頼にて 色紙に 枯露柿二ッにみ光に摂取せられし柿の味三枚揮毫ス 一月三十一日甲辰水曜晴 朝より諸仏日にていそかし 来客 古谷錫子 久々にて閑談不止 已而帰 (二月)(二月一日 記載ナシ)二月二日丙午金曜晴 朝より教授する 午下一時半迄 二月三日丁未土曜晴 伏見宮 此朝 緋子瑞鶴の御別邸にて脳溢血にて匆御事きれの由 承り 其御いたましさ 驚愕限りなし この夜 御重体のまゝにて伏見本殿ぇ還御あらせられたり *緋子{( 銚子) }*匆{( 忽) }二月四日戊申日曜晴 (コノ日 記事ナシ)(二月五日 六日 記載ナシ)二月七日辛亥水曜予記午後一時より〵橋岡談交会 会費三円五十銭 〵奥村五百子十七回忌 午下一時三十分より 浅草別院にて 書をよす 神代 松島 井上正覚寺 橋岡 大宮 川合 多田 (二月八日~十日 記載ナシ)
4 4 二月十一日乙卯日曜晴朗 紀元節祝日 九時 職員生徒講堂ニ集る 初 勅語奉読 紀元節の演舌李子 唱歌前後共有て 一同ぇ菓子を出ス 予ハ銀を供に蓮て三島子ぇ行 光明会集り 田中学士の講話ありて五時退散 跡残りの分 田中学士の御咄申て晩餐済 十時半比迄にて帰 水道橋停車 夫よりハ車ハなく雪解にて とて歩む事かなはす 銀も大らうばいいたしたるに 迎ふ人力車飛来て乗せてくれたり 李子の喜ひ ひと方ならす 是や如来の御賜物なりとて さんたんする事非常なり 有かたし *蓮て{( 連て) }*跡{( 後) }*とて(とても)*らうばい{( 狼狽) }*迎ふ{( 向ふ) }*さんたん{( 賛嘆) }二月十二日丙辰月曜晴 朝より教授 昼後迄 此夜 竹内夫婦来る 二月十三日丁巳火曜陰 火曜稽古なから 予て外務大臣の顧問たる米人法学博士デテー氏 当学校参観を乞れて生徒の体そう 其外茶事を見て 寄宿舎 其外 食堂 台所等くまなく見て 校長室にて茶菓を饗して午昼過帰られたり 第九霊感 已に住居の軒端に明星四ッかゝれり 此の如し けふより此家を守護してやると仰られたり 其玉は 代々橙より大きくて光あり ヱンブダゴンの如し 大ゐに李子不在にてもかゝる御守護をうけ居れハ此上なき安心々々也 *体そう{( 体操) }*けふ{( 今日) }*ヱンブダゴン{( 閻浮檀金) }二月十四日戊午水曜晴 朝九時 職員生徒講に集り 伏見宮貞愛親王 御国葬儀ニ付 遙拝場を設けて親王御功蹟を主事より一同に申聞せて 校長外一同遙拝申上る 本日ハ学校休業 御絵奠を写す 本山来りて写真をとる 此夕 竹田氏来る *講{( 講堂) }*御功蹟{( 御功績) }二月十五日己未木曜晴 朝 佐々木氏ぇ行 此朝 庭に来て鶯の初音聞たりとて 春たちていく日もあらぬにうた人の宿をとくとふ鶯の聲二月十六日庚申金曜雨 来客 午下三時頃より河鰭為子さま御出にて晩餐を共にして 夜八時迄
5 5 夜八時より竹内夫婦来る 二月十七日辛酉土曜晴 午下 森律子より招待により帝劇に行 昨夜雨雪となりて一寸積る 二月十八日壬戌日曜晴 十八日 例会日 午下三時より田中学士 竹内夫婦 石崎 志賀 其外也 夜十時迄 此朝 竹内氏 笹本上人の御寺へ参りて霊感の事を尋ねられたれハ 上人の仰には 四霊は観世音 勢至 普現 文殊の四菩薩の霊現也と仰せられたる也 実に此上なき有かたさ *普現{( 普賢) }二月十九日癸亥月曜晴 朝より教授にかゝる 午後迄 此夕 竹内夫婦 二月二十日甲子火曜雪 朝より雪降出したり 火曜の稽古する (二月二十一日~二十八日 記載ナシ)(三月)(三月一日 二日 記載ナシ)三月三日乙亥土曜塾にて雛祭もしたり 歯痛にて困却する 五年生の製作ものニ付 五時迄 三月四日丙子日曜予記午下五時 東京会館ぇ杉山久夫と梅若米子の結婚披露会 歯痛にて断 此日も歯痛にて五年生の画を見る事出来す 竹柏会 藤瀬の催にて東京会館の処 閑院宮様より御招にて 午後参 御息所拝謁する 三条末子さまの御縁段の義にて大ゐによろこはし 此御縁成就すれは大〳〵安心々々也 夕景帰 *御縁段{( 御縁談) }三月五日丁丑月曜
6 6 出勤授業す やはり食事ハそこ粉のみ *そこ粉{( そは粉) }三月六日戊寅火曜火曜の稽古する (三月七日 記載ナシ)三月八日庚辰木曜 第十 八日明かたの夢に広々たる講堂の様な処 大形御絵奠の中壱間竪壱間余なるに 絵は正ニはつきりとみえわかねとも 涅槃造の様にもみえたり 其肩の処 白く明て跡見花蹊として下に印章と押と云 予 其講話をする事と成りたり 又 岡村の夢に弁栄上人 わか安祥堂に御入にて私歯のいたみを治療して下さるとみたり 予の歯いたみも夫より直ニ痛みとまりて心地よく相成 実に有かたさいはん方なし 来客 神田寿子 *涅槃造{( 涅槃像) }三月九日辛巳金曜晴 朝十時より午後迄にて 漸五年生の製作ものみなかけたり 来客 津田栄子 夜 竹内夫婦来 三月十日壬午土曜晴 朝より画の筆入にかゝる 来客 藤岡君子 三月十一日癸未日曜雨 予記〵光明会三島邸 御断 朝より画の筆入する 午下二時半より学校現父兄の方々 井上角五郎氏 一木氏 其外十五人集る わか記念事業の事ニ付 相談会ありて五時比済 李子不在 予出席する 三月十二日甲申月曜雨 予記〵地明会 御断 朝より終日画筆とる 三月十三日乙酉火曜晴 火曜の稽古する 第十一霊感夢にて有かたし( と) も有かたし 此朝かたの夢に 摂政宮殿下成らせられられて さも御なれ〱しくわか家に帰りたるやうに御安心遊はされ 私も御側にて種々御はなし申上て 此秋の御正婚の御日取も何日と遊はしてとの事なとも申上候 昨年 学制発布五
7 7 十年紀念祝賀会に大学ぇ行啓あらせられたる時の御祝事御発声 五千人と云人々 角から角へ玉の如き大御声に驚々かんじ入たる事申上候 わか女生徒にも御朗読を願ひたひと申上て よし〳〵( と) 仰せられ 此朝成らせられて昼にも御還啓なく御咄し共遊はされたる 此摂政宮殿下ハ弁栄聖人の御生れ替りてあるとたしかに仰せられたり *御正婚{( 御成婚) }*御祝事{( 御祝辞) }三月十四日丙戌水曜あられ 小雨 朝より画事にかゝる 来客 笹本上人の室と良子 入学ニ付竹内細君付添て来られる 李子 米人ビヤド東京発工に付 送別に行 井上 万里すみ子 朝くら氏と共に 此夜 竹内来る *発工{( 発向) }*朝くら{( 朝倉) }三月十五日丁亥木曜雪 小雨 朝より画事ニかゝる 来客 さゝ木雪子 心の花の三百号 書を頼みに来られる *さゝ木雪子{( 佐々木雪子) }三月十六日戊子金曜晴 朝より佐々木先生より御依頼になる絹本に 光明皇后の御歌 万葉かなにて揮毫する 五 六枚 また絖地武花子の六十の賀のうた共揮毫 終日かゝる 此夜 竹内夫婦来られる 台処はつ女の替りに妹はる 此日よりやとひ入る事 来客 堀田伴子様 日暮て帰られる *やとひ{( 雇ひ) }*台処{( 台所) }三月十七日己丑土曜晴 (コノ日 記事ナシ)三月十八日庚寅日曜晴 七十度 朝より画の手入する 光明会 客の準備する 午下三時より続々来客 横田縫子 田中学士 三島かね子 板谷夫人 石坂 長谷川 岩浪 斎藤 竹内弐人 志賀鉄千代 松野和邦氏の三十四回忌法事を 此光明会にて念仏三昧 妙なる因縁かな 田中氏の講話一同聴聞する 鉄千代御供養にて すもし 支那のそはなともありて 大ゐに賑々し 九時散会ス 夕景より雨になる 此時 雨も小やみになる あつさのはしめにて結構々々 三月十九日辛卯月曜彼岸入 雨 三日月見えす 朝より画の手入する 終日 三月二十日壬辰火曜陰
8 8 朝七時頃 高橋弘より電話にて 太田早苗 昨夜九時四十五分 女児妢娩 両人共至極建{( 健) }全なると云 実に安産にて有かたし みおやの御守と早速に御礼申上候 先々此安産にて 先々安神々々 これより竹女を中野ぇ遣して安産の模様も実見にやりたり 午下帰りて 実地に早苗にも逢ひ 子供も見て来りて 大ゐに元気にて平常の通り咄しなとして産気付てより二時間位 はしめより三時間ハかゝらぬ位と申たり 大〳〵安心 御仏御加護の事と有かたかり 多忙ニ付 火曜の稽古休む *妢娩{( 分娩) }*みおや{( 御祖) }(三月二十一日 記載ナシ)三月二十二日甲午木曜晴 朝より画の手入する 朝九時より生徒送別会にて余興はしまる 昼 四年生よりすもし其外種々なる御馳走ありて 後 余興三十番余もありて 四時過畢 職員と五年生饗応 茶菓も頗るよくせいとんして四年生のあつせん{( 斡旋) }よく行届きたり 六時過畢 *せいとん{( 整頓) }三月二十三日乙未金曜晴 朝より画の手入すへて済 来客 善光寺の尼井上氏 跡見憲重 浅野社ぇ採用せられる 先々安心々々 寄宿生の送別会 夕餐会食 発信大宮さまへ返事 フース フー イン シヤパン社ぇ返事 竹内氏来る 三月二十四日丙申土曜晴朗 朝九時 職員生徒講堂ニ集る 終業式 校長の種々なる愉旨 主事学監の生徒ぇのはなしありて 十一時済 *愉旨{( 諭旨) }三月二十五日丁酉日曜晴朗 予記卒業証書授与式 風もなく頗長閑なる好天気 是も御加護なるへし 朝より学校惣体準備もよく斉ひて 職員 生徒五年 卒業生 四 三 二 一年優等の者のみ 卒業生の父兄母姉大勢也 始 君か代 勅語 校長の演舌 証書授与式おこそかに済 来賓の演舌 外務省テーテイ博士 佐々木信綱博士 高木代議士 先々すみやかに式全済て 来賓に茶菓を饗す 済て学校より卒業生ぇすもし及茶菓を出ス 点燈済無事全済
9 9 *点燈済{( 点燈頃) }三月二十六日戊戌月曜晴 予記謝恩会 午前九時より 朝十時より謝恩会はしまる 式場幕 上面絖地 上の水引幕萌黄 中萱草色 其下黄色 両横幕浅黄色 実立派なり 職員一同着席 運動場にもき店ありて是も立派 ピヤノ 躍 長貝 劇活人画 七番 休憩 すもし しるこ サイダ 御菓子 生花 お土産ふくさ 後九番 いつれも感に堪たり 晩餐洋食 七時頃全済 *もき店{( 模擬店) }*長貝{( 長唄) }三月二十七日己亥火曜晴 朝 伝教大師絵巻物文章揮毫ス 昼飯早々 銀を供にして中野太田氏を問ふ 早苗産児を見る 早苗も産後( 共) 思はれす元気にて 産児ハ発育もよくしつかりして乳もよくのむ 乳のよく出る事先々安心 子供の貌たち 眼ハ大きく鼻すしよく通りて口も形よく 髪の毛の濃く耳ハよほと福相 すへてよく出来て居る 嬉し 三時間ほとにて帰 三月二十八日庚子水曜晴 予記姉小路延子三年 千代滝三十三年 光園寺にて法事 朝 絵詞揮毫ス 午下一時より光園寺ぇ参詣する 読経済て墓参して 三時過より鳥尾子ぇ行 夜八時帰 山梨県地場伝一郎より干柿とほし葡萄と絹本着 大村徳敏様廿三日薨去にて 廿八日午後一時より三時迄公爵毛利邸にて告別式なから 姉小路と同時間にて不参する *光園寺{( 光円寺) }*光園寺{( 光円寺) }三月二十九日辛丑木曜晴 朝より絵詞巻すへて揮毫落成する 佐々木氏ぇ行て帰 此夕 甘利と寿子来る 三月三十日壬寅金曜晴 朝より揮毫ものス 山梨県地場伝三郎ぇ絹本返却 返書も出す 三月三十一日癸卯土曜晴 午下一時より宮中に参る 此日 皇后陛下葉山より御還啓ニ付 三時三十分御着のよしにて 女官{( 空白) }に御目( に) かゝりて暫時御咄し申上て退出ス
10 10 (四月)四月一日甲辰日曜晴 予記午下一時より浅草別院にて荘厳院追悼法要 早朝 徒歩して善光寺伝通院ぇ参詣して帰 此寺院のさくら二ツ三ツ咲出したり 此日より小林鍾吉氏日本画 わか校にて展覧会はしまりて見物する 午下一時半より浅草別院ぇ参詣する 荘厳院殿追悼法要 当御門主も京都より御台臨に相成て盛況なり 五時帰 李子 関博喜様大病ニ付御見舞ニ行 本日より摂政宮殿下御渡台ニ付 御無事祈願ニかゝる *わか校{( 我校) }四月二日乙巳月曜晴 早朝 徒歩して善光寺伝通院ぇ参詣する 院の庭の花一面に一分通り咲出したり 鐘のひゝきか経の声よりかとおもはれたり 午下 号外読売新聞 北白川成久王薨去巴里にて自動車事故の為同妃 浅香宮も御重傷此報に摂して驚きの魂も消んはかり 何たる御いたましの御有さまやと泣涙やます *摂して{( 接して) }四月三日丙午火曜雨 予記〵地明会 万里小路元秀男と田中栄八郎三女糸子と婚儀斉ひ 午下五時半より帝国ホテルにて披露会 朝の徒歩 雨にて止る 車にて高輪北白川宮ぇ御弔伺及御見舞申上る 御留守御用掛に逢て此御惨状 互に涙なからに語り合 いまた御正報はなく新聞の通りのみ 夫より朝香宮ぇ参り御見舞申上る 妃殿下ハ京都に成らせられて今晩御帰殿の御都合なりといふ それから毛利様ぇ御見舞申上て帰 午下五時より帝国ホテルに行 李子も同伴 万里小路元秀 田中糸子の結婚披露会 始 余興 白鶴の講談 梅若の猩々 小勝の落語 食事 大広間 主席渋沢 大倉にて大々的宴会也 無事済て帰 *白鶴{( 伯鶴) }四月四日丁未水曜晴 予記李子京都ぇ出発 早朝より李子 万里すみ子 広はし寿子 石山氏四人也 九時半の発にて神戸行 無事出立する 此早朝 徒歩して伝通院の桜花すへて咲揃ひたり 終日揮毫ものス 松島茂房より菱かちん着 *広はし寿子{( 広橋寿子) }
11 11 四月五日戊申木曜陰 早朝 伝通院ぇ参る 花散もはしめす 咲も残らすといふ 帰りて朝より終日さかしものにて掉入不残掃除出来たり 前十時頃より雨ふり出して終日のふり通し 夜に入 豪雨凍雨 雪となりて 明治廿二年四月四日比 有栖川若宮殿下ヱタ島兵学校にて薨去遊はされ 其御大葬送の節 桜花満花の時 大雪にて大木折れ大枝折てふしきの事あり それと同し様に察し申上る 此度の北白川宮の御さい難は *掉入{( 押入) }*ヱタ{( 江田) }*ふしき{( 不思議) }*さい難{( 災難) }四月六日己酉金曜雨 昨日よりの残りの雨にて先々終日雨ふる 朝 井上尼 下田たき子孫の入学の御礼に来られる 竹内氏来られる 四月七日庚戌土曜晴 早起 行楽する 御寺のさくら花満ちたり *行楽{( 行薬) }四月八日辛亥日曜晴 予記光明会 三島邸 早起 行楽する 九時より治子と銀を供にして電車て三島邸に行 笹本上人御出席にて御講和も承る 終日念仏三昧にて相済 後 主人子の活動写真 実に感佩の外なし 畢而晩餐を饗せらる 夕景より雨風にて八時過自動車にて帰 *行楽{( 行薬) }*御講和{( 御講話) }四月九日壬子月曜晴 早起 行楽する きのふのあらしに未た花ちりはしめす さき満たり 昼時 李子 寿さまも無事帰宅する 予ハ北白川宮ぇ参殿する 御用懸に逢たり 御見舞申上る 妃殿下益御良好にて御手術にかゝらせらるゝ事 御いたましさ御察し申上て只々惨然々々 竹田宮ぇ参る 妃殿下に拝謁仰せ付られて種々御咄し中 仏教の事御信念遊はさるゝ様 懇々と申上て退る 朝香宮ぇ参り妃殿下に拝謁 また種々御咄し申上る それより閑院宮ぇ参り妃殿下に拝謁申上候て 御苑の花満開を見る 例年の通り此殿ぇ御移り後かゝせす 吉例となる *行楽{( 行薬) }四月十日癸丑火曜晴 早起 行楽する 来客 山登美津 大友徳子母と 中田隠居 渡辺みさ子母と 竹内夫婦 *行楽{( 行薬) }四月十一日甲寅水曜晴
12 12 早起 行楽して帰 朝八時より始業式執行 安井氏送別会 *行楽{( 行薬) }四月十二日乙卯木曜晴 早起 行楽して帰 午下一時前より岩崎喜勢子告別式に焼香して帰 *行楽{( 行薬) }四月十三日丙辰金曜晴 予記午後一時より浅草千束町草津にて 朝 行楽して帰 午後一時より浅草千束町草津屋にて遠藤重吉 狩野満寿子の結婚式 すへて日本風にて盛会也 六時済て帰 *行楽{( 行薬) }四月十四日丁巳土曜晴 予記十二時半より麹町区永楽町永楽倶楽部にて桃園会 出席 早起 行楽して帰 午下早々桃園会ニ出席 余興 講談白痴正宗湯可げん 次 卒業生の築前枇杷二番 これは黒人以上の芸術也 *行楽{( 行薬) }*白痴{( 伯知) }*湯可げん{( 湯加減) }*築前枇杷{( 筑前琵琶) }*黒人{( 玄人) }四月十五日戊午日曜晴 予記午下六時 帝国ホテルぇ 黒田正夫ト松本初子ト 次男鎮夫ト村井米子ト結婚披露会 四月十五日午下二時より三五会 右同席ニテ 朝の行楽済て 午下二時より帝国ホテルにて三五会出席 六時帰 直に余 李子 井上 朝倉と自動車同ホテルぇ行 結婚式大盛会也 市外池袋字大原一三五四村井寛 *行楽{( 行薬) }四月十六日己未月曜晴 予記午下五時 柳橋柳光亭にて 山登美津 朝の行楽畢 教授十二時迄 午下五時より柳光亭にて山登美津子引退祝会 日本風にて大盛会 余興も沢山 結構々々也 九時帰 *行楽{( 行薬) }四月十七日庚申火曜晴 予記松花会 午下一時より堀田家にて 朝の行楽済て 火曜の稽古する 一時より堀田伯家に行 *行楽{( 行薬) }四月十八日辛酉水曜晴 七十度
13 13 朝の行楽済て 午下三時に同行衆御出にて 笹本上人俄の要用にて不参 田中学士の講演 夜八時退散 *行楽{( 行薬) }四月十九日壬戌木曜雨 寒し 午下三時より安田暉子より送別会之催し 明治座に行 日蓮上人の法論左団治人形師仁左衛門慶安太平記忠弥左団治神田祭江戸錦にて面白く 久し振にて旧芝居もよし 十時済て帰 四月二十日癸亥金曜晴 行楽して帰 教授する 十二時迄 *行楽{( 行薬) }四月二十一日甲子土曜晴 予記午下四時より酒井伯御招待 朝の行楽済 四時より約の如く酒井伯ぇ 予 李子同道 李子ぇの送別に御招に預りたる也 相客万里伯 葉室伯御夫婦 堀田伯御夫婦と伴子さまと加茂氏夫婦となり 御蔵幅釈尊出山梁楷筆中雪山水梁楷筆右白桃鳥徐熈筆小鳥雪竹毛益筆右国宝ものにて眼を驚かしたりを拝見す 御饗宴御料理西京料理にて御品其味口を驚かしたり 姫方の長唄にて耳を驚かしたり 十時過帰 *行楽{( 行薬) }四月二十二日乙丑日曜晴 朝の行楽済 太田弟二郎 早苗 産後はしめて来る 佐藤博愛娘順子 卒業の御礼に来る *行楽{( 行薬) }四月二十三日丙寅月曜晴 予記幡ヶ谷養殖場にて送別会 養禽会社より 朝の行楽済 *行楽{( 行薬) }四月二十四日丁卯火曜晴
14 14 朝の行楽済て火曜の稽古する *行楽{( 行薬) }(四月二十五日 記載ナシ)四月二十六日己巳木曜晴 予記午下四時より富士見軒にて 同志より 朝の行楽済 佐々木氏ぇ行 *行楽{( 行薬) }四月二十七日庚午金曜晴 朝の行楽済て 午下早々 朝香宮ぇ参り 御息所拝謁申上て 此度御渡欧の御機嫌伺て退出 夫より北白川宮ぇ参り 御霊参拝ス 竹田宮妃殿下 北白川宮竹子様にも拝謁して帰 *行楽{( 行薬) }四月二十八日辛未土曜晴 予記わか校友大会 上野精養軒にて 朝の行楽済 午下早々 わか校友会に臨む 春季大会ニ李子送別会をかれて 未曾有の盛況 開会之辞大束氏 中島徳蔵先生演舌 李子演舌 増田義一氏 みな結構 講談白鶴誠の頭に神やとる 洋楽名氏四人のはいおりん サロニ会にて畢 食堂ひらける 本日の会員の服装ハ目もあやに錦に何と譬ふへきや 天ハ晴朗 風なく雲なく 庭のつゝしの赤きに映して 極楽浄土のたくひなり 六時 めて度畢る 此時 少雨あり *行楽{( 行薬) }*かれて{( かねて) }*白鶴{( 伯鶴) }*洋楽名氏{( 洋楽名士) }*はいおりん{( ヴァイオリン) }*つゝし{( 躑躅) }*めて度{( 目出度) }四月二十九日壬申日曜雨 朝 新田より端書 菊子昨十二時半 死去のよししらせありて 午下早々新田ぇ行て弔詞を申て 夫より三田三光町瑞松寺にて関博直子の告別式に参拝して帰 来客 笹本上人 *死去のよし{( 死去の由) }四月三十日癸酉月曜晴 朝の行楽済 授業 朝より昼迄 *行楽{( 行薬) }(五月)五月一日甲戌火曜雨
15 15 雨にて行楽止む 火曜稽古する *行楽{( 行薬) }五月二日乙亥水曜晴 朝の行楽して帰 *行楽{( 行薬) }(五月三日 四日 記載ナシ)五月五日戊寅土曜晴 朝の行楽済て 午下四時より星の錫君よりの送別会にて 李子ハ不参 予 出席 向島入金にて 先年花見の珍談有し家にて みな〱ぇ珍談を語りて大笑ひ 星の鶴子の同行にて 星の細君 花子 鶴子の母 兄 二兄夫婦 渡辺静江も 校書 御扚等 其外落語 義太夫 踊等にて賑々し 宴のはしまる前に百花園散歩する 快言へからす 十一時済て帰 *行楽{( 行薬) }*星の錫君{( 星野錫君) }*星の鶴子{( 星野鶴子) }*星の細君{( 星野細君) }*御扚{( 御酌) }五月六日己卯日曜晴 朝の行楽済て 十時頃より李子と同しく三島子光明会に会す 李子の送別会を兼られたり 常よりも大せいにて賑はしく 夜八時迄 夕方より雨になりて *行楽{( 行薬) }五月七日庚辰月曜晴 朝の行楽済て 出勤昼迄也 *行楽{( 行薬) }五月八日辛巳火曜雨 稽古日を断りて 来客つゝきなり 午下二時より安田善三郎氏長唄会にて面白く 五時より矢来酒井伯ぇ出向る 和慰会より李子送別会にて 一人も不参ならすと云幹事の申渡しと云 実に大勢盛会 十一時頃御いとま申して帰る 五月九日壬午水曜朝より来客つゝきにて忙殺いたし候 光静尼 五島よし子一泊する 李子 夜三時一寸寐につく けふの記事いそかしくて *けふ{( 今日) }
16 16 五月十日癸未木曜晴 朝四時起にて 李子出発の準備 朝の祝膳も相済 六時半自動車にて 李子 予 雨宮御伴{( 供) }にて東京駅ニ着 全生徒列をなして見送る プラツトホヲム見送り人の沢山 驚き入たり 七時半の汽車にて横浜波止場に着 早々北野丸に乗込 部屋なとも見る 船迄の見送り人をし合へし合の有さま 花束の山 部やハ埋れたり やかて船より五色のつなて紙をなけて下より受る 千筋百すし其美奇 実に奇麗いふへからすの盛況也 十時 愈とも綱をはつして沖に迎ふ 時 其色紙をはなつさま未曾有也 李子 花束をふる 静江 鶴子ハ金の扇 赤の扇をふる 見る〱沖遠く船出いさまし 夫より予ハ原氏より迎ひの自動車にて三渓園ニ行 富太郎君夫婦 春子の御もてなし 厚意にかんしたり 古健築淀君の釣殿すへて落製 昼餐支那式にて美味珍味に舌打ちしつゝ久々の談話面白く 三時半また自動車にて桜木町迄春子さま送りくれられたり *御伴{( 御供) }*部や{( 部屋) }*古健築{( 古建築) }*落製{( 落成) }五月十一日甲申金曜雨 予記朝 京都姉小路あてにて李子ぇは書出す 朝雨にて行楽{( 薬) }止る 授業 朝より昼まて くれ〳〵も昨日の天気晴朗ハ天の御加護の賜もの也 きのふハ盛況に 今日ハ有かた涙の雨しきり也 午下 雨も霽たり *行楽{( 行薬) }五月十二日乙酉土曜雨 朝 雷と雨にて夕立の様にて 暫時にして晴 五月十三日丙戌日曜晴 朝の行楽済 夜 甘利来る 李子よりはかきにて 昨十一日午後着神 直に京都ぇ参り 墓参して姉小路さま一泊 十二日神戸にて光明会ぇ出向く処 *行楽{( 行薬) }*はかき{( 端書) }五月十四日丁亥月曜晴 朝の行楽済て 出勤正午迄 午下二時より宮中に参内す 花松典侍様 正親町様 大原様 松平信子御用掛に御目にかゝり 皇后陛下にはけふハ拝謁被遊かたく 御養蚕眉前には御沙たあらせられ候 其節ゆる〱参れと仰せられ 久爾宮様より御献上の鯛の浜焼 陛下より拝領仰付られたり 来客 夜 五島善子 *行楽{( 行薬) }*けふ{( 今日) }*御養蚕眉{( 御養蚕繭) }*御沙た{( 御沙汰) }*久爾宮様{( 久邇宮様) }五月十五日戊子火曜雨 后晴 予記浅草地明会
17 17 火曜稽古日 午下一時より地明会ニ参詣ス 五月十六日己丑水曜晴 夕雨 朝の行楽済 李子 瀬戸内海進行中 北の丸にて五月十三日夜出の書状着 同渡辺 浦氏よりも 午下 鳥尾子ぇ行 来客 竹内夫婦 神戸李の盛況委細承りて 大ゐに悦々入候 *行楽{( 行薬) }*北の丸{( 北野丸) }五月十七日庚寅木曜曇 予記愛国婦人会 十七日正午帝国ホテルぇ 出席 朝の行楽済 星の鶴子より瀬戸内海よりの書状着 愛国婦人会支部長歓迎の為 帝国ホテル行 昼餐を伴にする 畢而帰途 河はた子を問ふ 山岸細君 鳥尾泰子 千せ子も来られて 晩餐をよはれて帰 *行楽{( 行薬) }*星の鶴子{( 星野鶴子) }*伴に{( 共に) }*河はた子{( 河鰭子) }五月十八日辛卯金曜晴朗 予記家の常会也 朝の行楽済て 授業昼迄 午下より光明会執行 田中木必先生 裏松千よ子 会員不残 外に万里麟雄 智子さまも実に賑々しく廿人也 御講話 念仏も済て 八時皆御帰也 はしめてのあつさにてうちはを出す *行楽{( 行薬) }*うちは{( 団扇) }五月十九日壬辰土曜晴 予記観世会 観世清廉追善会 斎藤たか子 今宮 雨宮同伴 切の{( 空白) }を残して予ハ帰 五月二十日癸巳日曜晴 予記星野鏡三郎氏学校開校式 明星学校 朝八時より雨宮と銀を連て水道橋より電車にて九時着 北多摩郡府中町貫井明星実務学校に行 電車下りて十八丁 道路ハ至極よろし 場所ハ大松処々に有て雑木林を開拓したる也 五千坪と云 空風ハよし 校舎ハ準備至極申分なし 講堂ニ集り 式全畢 跡余興ありて庭園にテントの下に大食堂を設けて食会ス 心地よし 後又余興にて二時済て帰 *跡{( 後) }*食会{( 会食) }五月二十一日甲午月曜雨 終日雨ふり通したり 授業昼迄 午下七時に帝劇ぇ行 雨宮をつれて 義民録 白狐温泉 夏の日の恋 来客 幸島菊子 跡見玉枝 大倉徳子より廿五日の招待書 受信阪谷 大倉書至 五月二十二日乙未火曜雨
18 18 火曜の稽古する 大倉氏ぇ返書 阪谷寿子ぇも返書 五月二十三日丙申水曜雨 朝九時より 予 雨宮と三越ぇ買物に行 此日二時比 三井物産小脇氏よりしらせあり ホンコンを今たつといふ音信は耳に聞ゆる心地こそすれ来客 佐々木静子 敏子 受信小脇源治郎氏よりは書 昨廿二日香港御安着 廿三日昼同地御出発 李子一行 津田氏より電報 *は書{( 端書) }五月二十四日丁酉木曜晴 午下より曇りたり 朝 佐々木氏ぇ訪問する 終日揮毫ものす 五月二十五日戊戌金曜雨 后晴 予記午後六時葵町三大倉喜八郎より招待 朝 教授昼迄 午下五時半より葵町大倉男ぇ行 夫人徳子悦んて予を迎くれ 何くれと咄しに興を添られて 洋館より日本館にて 庭は夫人の設径にて深山幽谷の景 新緑清々し 殊に雨晴にて樹々ハみな洗ひ上たるさま 合客狩野楳令氏 外ハ身うちの人々にて 御料理ハ三谷八百善 此上なき調理のこりたるもの計にて 三方の御膳鄭重此上なし 配膳ハ孫娘たちの奇麗なるのにて 余興燕右にて落語面白し 本膳にて御飯 九時帰 久米百代すへてよく側のせわ人と云 帰宅後 井上はしめ安楽寺尼も九人とも御馳走をひらきて にき〱しうたふへてけふの咄しをする 十時済て臥 *設径{( 設計) }*狩野楳令{( 幸野楳嶺) }*三谷八百善{( 山谷八百善) }*こりたる{( 凝りたる) }*燕右{( 円右) }*たふへて{( 食べて) }五月二十六日己亥土曜晴 はしめて晴天 朝礼出勤する 此朝光重つれて伝通院参詣して帰 来客 万里伯御出にて 智子さま此度此方ニ御世話申事を悦んて御頼みに相成たり 五月二十七日庚子日曜雨 朝より揮毫ものス 来客 夕 五島善子 五月二十八日辛丑月曜晴 朝雨 夜又雨 予記午後一時より本郷丸山川崎邸にて みとり会 朝より教授して昼迄 来客 秋田千田勇子 午下二時より小石川丸山川崎邸に行 緑会幹事川崎道子 井上雪子等にて 予はしめ主事大塚 斎藤菊寿氏 大塚久 大江氏 井上 朝倉 門馬氏 其外会員三十人余 此家の広き立派なるに庭園の広大なる 園中散歩す 凡一万坪
19 19 も有かと思ふ 見わたしより向ふ下に池も有 樹木石の位地等 頗る結構にて 此下の庭園だけでも学校にほしいと心動きたり 門を出れはすく護国寺の電車道にて便りなり 此家ハ元岩村氏の持たるもの也と云 竹内氏夫婦来る *大塚{( 大束) }*位地{( 位置) }*すく{( 直) }五月二十九日壬寅火曜陰 予記万里小路智子さま本日より寄宿なる 早起 伝通院に参詣して帰 火曜稽古する 五月三十日癸卯水曜陰 予記午下三時 築地水交社 伏見宮より 朝 行楽して帰 午下一時半より水交社ニ行 三時 伏見博恭王殿下御台臨 本会総裁奉戴式 令旨を賜る 畢而食堂ニテ茶菓を賜はる 御培食被仰付 済て帰 帰途 東京駅前にて 北白川宮御遺骸御帰朝御霊柩拝し奉る 涙の声のみ 此夕雨しきり也 *行楽{( 行薬) }*御培食{( 御陪食) }五月三十一日甲辰木曜晴 予記学校遠足会 朝五時より姉ヶ崎遠足準備して七時四十分発汽車にて行 天気も先々晴らしく 六百七十余人也 みな大〳〵諭快 姉ヶ崎着 村人小野口吉五郎 賄方御用 観迎の旗を先にたてゝ案内する 海の中竜宮館を広き二楷造ありて生徒一同集会 汐干広く日渡ス限り干汐にて蛤あさり 貝ひろふ事 実に夥しくみな大悦 七時間の遊ひ ゆる〱と遊ひたり 四時四十分の汽車にて六時半両国ニ着 汽車に乗てから雨になりて両国にて雨も止たり *諭快{( 愉快) }*観迎{( 歓迎) }*二楷{( 二階) }*日渡ス{( 見渡ス) }(六月)六月一日乙巳金曜先晴 朝雨 予記休業 朝 善光寺ぇ参詣する 昼時より大宮尼公御台臨にて久々拝顔 三時頃 児も揃ひて 玄関より御ねり出しにて善光寺ぇ参したり 後 予ハ河鰭子ぇ行 七時帰 此日 宮城皇宮様より四日三時迄ニ参れとの御沙た賜り直に御請申上たり *御ねり出し{( 御邌り出し) }*御沙た{( 御沙汰) }六月二日丙午土曜陰 朝 善光寺ぇ参詣して帰 午下二時より吉祥寺にて五島盛光子の告別式に参りて帰 夫より河鰭子ニ行 六時帰 六月三日丁未日曜晴 予記甘利氏温習会
20 20 朝 善光寺ニ参詣して帰 午下二時より鳥尾子に行 甘利氏温習会 予ハ末の契 三奏 四季の声と二曲 夜九時帰 六月四日戊申日曜晴 予記三時迄 宮中参内 朝 善光寺ぇ参詣して帰 九時より授業十二時迄 午下二時より宮中参内 早速 松風典侍 花松典侍様御目にかゝりて 皇后陛下御蚕所に成らせられ 予も御供申上て拝謁す 今眉を造るこしらへにてそれを御分けに成る 予も御手伝さして戴く 眉を造り上たるもありて 未たしのハ桑を御やりになる 枚数いく百となく 不残御覧になる 丁度六時迄 還啓遊はされて私も御供申上て 御奥にて御合のもの 御膳も戴き 御なもの其外御調理 陛下の御下物 造花の御盆栽も戴き退出ス 帰りて今日の御模様みな〱ぇ申聞せて御調理もの供にいたゝく *眉{( 繭) }*眉{( 繭) }*御なもの{( 御菜もの) }*供に{( 共に) }六月五日己酉火曜晴 朝 善光寺ぇ参詣して帰 花松典侍様ぇ御礼の文上る 夜 堀田伴子様,十時比迄 昨日の御菓子残月,先生方ぇふく分す 火曜の稽古する *ふく{( 福) }六月六日庚戌水曜晴 朝の行楽{( 薬) }済て 北白川宮ぇ参り御参拝申上て帰 六月七日辛亥木曜晴 朝 津田栄子と共に佐々木氏ぇ行て行 *行て行{( 行て帰) }六月八日壬午金曜晴 朝礼済て 揮毫ものス 午下一時より善光寺婦人会に会ス 尼公御坐所にて種々物語りする やかて記念祝事式始る 尼公御出勤祝文御朗読 続て芝のかん長 其外寺々のかん長祝事 東京府知事 市長の祝文それ〱有て 式全済て後 尼公をはしめ写真撮影する 済て帰 此日 小雨ふり出したり 来客 光静尼 斎藤仁子みな一泊 竹内夫婦来る 香港津田氏より李子一行の写真二枚着 とる手遅しと見る みな意気洋{( 揚) }々 無事を安心する *かん長{( 管長) }*かん長{( 管長) }*此日{( 此時) }六月九日癸丑土曜雨 予記午下五時半 富士見軒ぇ生活改善 費弐円也 のみ物三十銭 朝礼 朝より揮毫ものス 斎藤仁子と物語して此日帰られたり 予ハ午下三時より河鰭子に
21 21 行 甘利氏も来られる 四時半より富士見軒に行 生活改善委員会 明日 時の記念日準備の懇話会 食堂六時より 食事中講話会もあり 八時帰 此時 雨止たり 終日の雨 六月十日甲寅日曜晴 予記三島子邸にて 予等の仏門に入りたる日ニて其記念会也 五時起て 午前九時より 予 斎藤仁子と三島子邸に行 笹本上人御来臨にて御念仏 御講話ありて 午下又御念仏と御講話ありて後 田中木必氏の講話もあり 夜に入て帰 此時 雨 六月十一日乙卯月曜陰 来客 星野佐代子 六月十二日丙辰火曜陰 朝 善光寺参詣して帰 火曜の稽古する 午下河はた子ぇ行 今川小路玉枝を見舞に行 病気ハ血アク百八十五度とありて此まゝに捨置てハ三年ハたもたんと云に驚たり 或脳洫血か何しても血の脳に登りて外の事ハ打捨て養生にかゝれと云 よく〱養生専一をたのみ入たり 即而帰 来客 星野鏡三郎夫婦 *河はた子{( 河鰭子) }*血アク{( 血圧) }*たもたん{( 保たん) }*脳洫血{( 脳溢血) }六月十三日丁巳水曜陰 朝 善光寺 伝通院ぇ参詣して帰 来客 光静尼一泊 六月十四日戊午木曜旧五月朔日 晴 朝礼済て津田氏の地袋墨竹揮毫ス 来客 古や朝子 *古や朝子{( 古屋朝子) }六月十五日己未金曜陰 朝の行楽済て 教授十二時迄 午下 時半より桑原師 和宮様御事歴講和あり 二時間半 万里麟雄師同伴 来 津田栄子 *行楽{( 行薬) }*講和{( 講話) }六月十六日庚申土曜雨 午下三時より河はた子に行て帰 発信神戸佐々木静ぇ返書 校友会会名付てやる 姉小路良子様ぇ書をよす *河はた子{( 河鰭子) }
22 22 六月十七日辛酉日曜雨 (コノ日 記事ナシ)六月十八日壬戌月曜陰 朝より教授十二時迄 光明会 此朝突然竹内氏より広島の佐々木為興上人御出に成ると云 午前三時より右上人と山口県樹下潜竜法念寺主職 松戸の僧と来られ 田中氏 久米 大炊御門 竹内と男七人也 常員より外に星野花子 三島子の親戚夫人と御嫁さまと 周布貞子 竹内母堂 牛込弁天町夫人と今壱人石山吉子 廿二人也 此御講話実に結構 感に堪たりとて本日より明十九日より三日間毎夜七時始にて講話会を頼むと云事に相治定したり 夕食を一汁 おすもしちらし 内こしらへにて 御漬ものにて 此朝 竹内氏神戸より帰着 *主職{( 住職) }六月十九日癸亥火曜晴 火曜の稽古する 夕講話会 七時より廿六人也 懐中しるこ 生半菓子紙に包て出す 昆布茶と *生半菓子{( 半生菓子) }六月二十日甲子水曜晴 予記午下二時半 丸ノ内海上ビルデイング六階 朝の行楽済て 午下丸の内ビルデイング六階ぇ上りたれハ義勇財団ハなく またをりて{( 空白) }船会社てあらうとをしへてくれた 此社ぇ行て尋ねたれと こゝではないと云て電話て尋ねてくれたれとしれす 其内四時も過て帰 東京市麹町区永楽町一ノ一 義勇財団海防義会婦人部 委員の相談会来客 森堯子 此夜佐々木為興上人招待して御講話をきく会する者 二十四人也 男子七人とも 食事 葛素麺 **行楽{( 行薬) }*をりて{( 下りて) }*をしへて{( 教へて) }六月二十一日乙丑木曜雨 朝 佐々木ぇ行 来客 高辻重子 此夜七時 講話会開会三日目 雨にもかゝはらす大せいにて御講話 益真に入て感服す 三十二人也 食事 洋菓子 鉄鉋巻すし 枇杷 くもの 大雨なから帰りの時分ハ雨も止たり *鉄鉋巻すし{( 鉄砲巻すし) }*くもの(くだもの)六月二十二日丙寅金曜雨 風 出勤 十二時済 風雨大あらしにて 午下止 予ハ井上 岡村同伴にて四時より三島子ぇ行 佐々木上人の講話会聴聞して十時過て帰 この三人ハ安田暉子の自動車にて帰
23 23 唯専寺先住法悦の十七回忌ニ付白木綿一反 志として着 六月二十三日丁卯土曜晴 朝 行楽して帰 来客 両角源子 荒井真子 竹内夫婦 午下四時頃より河はた子ぇ行て帰 はしめて十日の月清し 発信木津跡見ぇ香料五円と書をよす *行楽{( 行薬) }*河はた子{( 河鰭子) }六月二十四日戊辰日曜晴 予記郵船会社より 六月廿日坡西土着 北野丸李子一行 朝の行楽済て 安田暉子より明二十六日念仏会を開催する趣にて 竹内よりの御尊像を一幅を進呈する 朝九時頃より学校敷地の件に付 井上角太郎氏をはしめ一木喜徳郎君 其外十四 五人御集会にて協義あり 予も挨拶をする 十二時散会 本日ハ李子の一行マルセーユに着する期程ニ付 祝のため赤飯 焼もの 御なますにて祝膳する 来客 中畑米次郎 *坡西土{( ポートサイド) }*行楽{( 行薬) }六月二十五日己巳月曜予記午下六時より安田家にて念仏会 朝五時半より行楽して帰 地久節式ありて後 生徒の英語対話あり みなよく出来たり 十時済 端書にて知らせあり 姉小路きよ女事 さる十九日男子分娩 公経と命名すと云 午下一時廿分いく子男子妢娩 両人共建全 安田家より此日夕飯さし上度ニ付 四時迄に御出をといふ 佐々木上人 竹内夫婦と夕餐を供にす 念仏会ありて 十時自動車にて帰 けふハいかなる良辰なるか 地久節に男子出生 李子一行マルセーユ着 *行楽{( 行薬) }*妢娩{( 分娩) }*建全{( 健全) }*供にす{( 共にす) }六月二十六日庚午火曜晴 火曜の稽古する 来客 国民道徳講演会主幹旭光道人丸尾博通 六月二十七日辛未水曜雨 朝礼済て 来客 九条武子 藤井瑞枝 茂木栄子 光浄尼一泊 *光浄尼{( 光静尼) }六月二十八日壬申木曜晴 満月清し 朝礼済て 佐々木氏ぇ行 帰途福田善子と逢て大々悦ひ是非々々私宅迄来てくれとて 同行して行 丸山町井上角五郎氏の一間置て隣家にて 普請も出来 立派なる住居にて 種々咄
24 24 し 長座にて昼前帰 来客 大東京新報社記者仁田脇善一 大阪木津勘助町縫宿ノ出ノ人 *一間{( 一軒) }六月二十九日癸酉金曜晴 朝礼済て 授業昼迄済 来客 神田寿子 島田りう子 光浄尼来り一泊 竹内氏来る *光浄尼{( 光静尼) }六月三十日甲戌土曜晴 后雨 朝礼済て 予 雨宮と三越ぇ買物に行て帰 十二時 跡見憲重三男 命名富雄と云 (七月)七月一日乙亥日曜雨 朝九時より 予 姉小路伯ぇ出産の悦ひに行て 公経さまをはしめてみる たくましき御子也 産衣を御祝ひする 暫時にしてそれより閑院宮様ぇ参る 中元の御祝義申上る 御息所様 若宮様 寛子女王 華子女王様にも拝謁する御二度もいたゝきて帰 来客 棚はし{( 橋) }あや子 大黒や 高はし弘 *棚はしあや子{( 棚橋あや子) }*高はし弘{( 高橋弘) }七月二日丙子月曜雨 朝の授業十二時まて 竹内夫婦来る 発信渡辺玉子 岡村尚子ぇ返書する 七月三日丁丑火曜晴 予記五島子 駒込吉祥寺にて五七日午下一時執行 参詣 朝礼済て 火曜の稽古する 午下 五島子五七日仏事に付 吉祥寺ぇ参詣して帰 (七月四日~八日 記載ナシ)七月九日癸未月曜雨 (コノ日 記事ナシ)七月十日甲申火曜雨 朝晴 午下雨となる 午下早々宮中参内 花松典侍 松風典侍様に御目ニかゝり人生の帰趣新刊を皇后陛下に献上 栄聖人の に信教一休に{( の) }雨あられの哥と二 を献上 両典侍様ぇも人生の帰趣を呈して仏法の御咄し等を申上て退出す
25 25 *栄聖人( 弁栄聖人)七月十一日乙酉水曜陰 午下 鳥尾子ぇ行 此不在中 雨宮母病気ニ付 帰宅する 此夜八時半 すみさま奈良より帰京ニ付 迎ひの者出ス 時間九時過 無事帰宅 竹内氏来る 七月十二日丙戌木曜雨 天皇 皇后両陛下日光御行幸なる 此朝 佐々木氏ぇ行 (七月十三日 記載ナシ)七月十四日戊子土曜雨 来客 万里伯くわ 堀田伴子さま 七月十五日己丑日曜雨 (コノ日 記事ナシ)七月十六日庚寅月曜雨 (コノ日 記事ナシ)七月十七日辛卯火曜予記帝劇行 七月十八日壬辰水曜晴 予記光明例会 光明会を開く 午下三時集る 田中木叉君講師にて念仏三昧にかゝる 夕飯後八時済 七月十九日癸巳木曜晴 午下六時より安田家にて古今座芝居設けられる 始 西洋劇 片岡悴 片岡我十 外女ゆう{( 優) }にて 後 旧劇 忠臣本蔵松切之場 小治郎 我十にてよく出来たり 畢而庭園天幕下にて洋食にて八時済て帰 七月二十日甲午金曜此朝 丸民来る 談話中 腹部いたみ出して直ニ臥蓐 竹内氏をたのみて治療を乞ふ 井深氏も来る 時侯の障りにて *時侯{( 時候) }七月二十一日乙未土曜予記中南絢子結婚式 築地水交社 午下五時 断
26 26 微恙にて臥 七月二十二日丙申日曜微恙にて臥 中南定太郎 總子と聟なるものと御礼にきたる *總子{( 絢子) }(七月二十三日 記載ナシ)七月二十四日戊戌火曜晴 朝小雨 已而晴 学校終業式 職員生徒式場に集る 主事講演次ニ斎藤氏 式全畢 本年ハ生徒一同大ましめにて嬉しき事也 微恙もほとんとよくなる 出席す 七月二十五日己亥水曜晴 93 (度) 暑中らしき天気 久々にて六月廿日出郵便はかき カイロサポイホテルにて李子より ズエス運河ニテ渡辺静子 星の花 黒木仲子より無事之由 申来る 此夜 竹内夫婦来 斎藤菊寿 細君と悴と *はかき{( 端書) }*ズエス運河{( スエズ運河) }*星の花{( 星野花) }七月二十六日庚子木曜晴 朝 佐々木氏ぇ行て帰 来客 古や益よ わし田静子 此夕 河はた為子 甘利氏来られる しほり染物よく出来たり ます子さまの手芸にかゝる帯三筋 *古や益よ{( 古屋益よ) }*わし田静子{( 鷲田静子) }*河はた為子{( 河鰭為子) }七月二十七日辛丑金曜晴 月清し 清暑 来客 久米民十郎 日蓄文芸部江口重国蓄音器ニ付相談する 八月二日午前十時迄に霊南坂ぇ行事 此夕 河はた子ぇ行 西大路子よりは書着 六月廿三日同子マルセーユぇ行 廿六日朝七時半 李子の一行を迎へる予程にてハリに行つもりのよしを聞 大ゐに安心々々 東宮殿下 富士御登山ニ付 山の神々に御無事を祈る *河はた子{( 河鰭子) }*は書{( 端書) }七月二十八日壬寅土曜晴 清暑 摂政宮殿下不二御登山も御元気にて御首尾よく御成就遊はされたり 有かたし 来客 太田弟二郎 宮原六之助 七月二十九日癸卯日曜晴 早起 揮毫ものす
27 27 (七月三十日 三十一日 記載ナシ)(八月)八月一日丙午水曜暑中小包物出す 姉小路様ぇ 高くら様ぇ 大聖寺様ぇ 大坂唯専寺ぇ 寺田氏ぇ 田中氏ぇ 美の遠藤ぇ 藤井瑞枝ぇ 神代郁之進ぇ 森律子ぇ *高くら様{( 高倉様) }* 美の{( 美濃) }八月二日丁未木曜晴 此朝九時半 日蓄会社より江口氏自動車にて迎来る 即 予ハ雨宮を連て同乗して霊南坂町日蓄社に行 雨利寅男 其娘よしを 長の娘 梶川も先在て 三曲の居住居位置 口を入れる穴に迎つて予一番前に 尺八わか耳のそは 三弦左の耳のそは 琴ハビサに付てはしめる 三分ツゝ両面二枚に入れる 度々やり直しもして漸出来上る 一時 此時 昼飯 後 書画帖二冊依頼にて 声なれや声なれや世ハ声なれや声なれや声天地にひゝきわたりて永遠にひゝく声なり時鳥それより写真撮影ありて三時帰 竹内氏来たる *雨利寅男{( 甘利寅尾) }*長の{( 長野) }*迎つて{( 向つて) }*ビサ{( 膝) }八月三日戊申金曜晴 朝より揮毫ものす 雨利氏ぇ挨拶に小紋かたひら一反 金五円 よし推ぇ 紫のふくさ地と五円 梶川氏モヂの羽織地を進し候 *雨利氏{( 甘利氏) }*よし推{( よし雄) }*モヂ{( 綟) }八月四日己酉土曜晴 朝より揮毫もの 暑中見舞の返事やらにて大多忙を究{( 極) }めたり 来客 美術学校々長の夫人正木夫人 此度の御別事に入会申込れ候て 御互に歓喜の至と存 承知いたし候 此夕 雨利氏来る 来客 万里小路通義さま 御暇乞に 米国御用にて 来る七日出帆のよしにて 御餞別金拾五円を上る *雨利氏{( 甘利氏) }八月五日庚戌日曜陰 昼前よりはしめて雨ふら出して雲霓のおもひなから雨少しにて止 むしあつく 寄宿舎の大
28 28 掃除 別事客の準備に大いそかしく有かたかりける事也 竹内夫婦きたる また夕かたよりも雨ふる 細雨 すこし涼しさを覚ゆる 竹内氏取扱にて五島子の御家宝なる五百羅漢の細密なる彫刻ある念珠 私ぇ贈与せられたり 実に結構此上なく ゆへ{( 故) }はよし子さまはしめ容易ならさる御世話になりたるを其恩を酬ゆるしるしとて也と云 *雨ふら出して{( 雨ふり出して) }*ゆへ{( 故) }八月六日辛亥月曜晴 盛暑 来客 大束重善氏の細君 姉小路良子様ぇ 高くら寿子様 沢田正雄ぇ 御慶事記念会館にて評議員に当選 承諾ス 本日御別事ニ付 笹本上人 竹内氏三人 黒岩氏 三島かね子さま 正木夫人 長谷川千賀子泊り込にて 道場装厳して 此夜より念仏三昧に入る 高倉さまより素麺着 *高くら寿子様{( 高倉寿子様) }八月七日壬子火曜晴 予記別事開始朝四時起鐘 四時半道場に集り念仏 六時半朝餐 十時休憩 茶菓のみもの 十一時御講話 十二時昼餐済て男子方風呂に入る 午后二時半より念仏三昧 三時御合のもの 飯料 水もの 休憩 四時半より念仏三昧御講話 六時半晩餐 御夫人方の御湯に入る事 夜念仏 七時半済 まちに待たる李子の便り 此時始めて着 七月一日此停車場に着 片山氏の出迎ひをうけ種々御世話に成候 倫敦学校ハ未た閉校せす 都合よし ロンドンに一ヶ月滞在の事 始めての便りにて大安心々々 朝の御つとめ中也 八月八日癸丑水曜晴 毎朝例の如し 八月九日甲寅木曜晴 例の如し 八月十日乙卯金曜十日 第十二 明かたの霊夢 御盆に鶏卵位なる玉を盛て是を私に下される 其玉の光りハ金剛石か水昌か明光々たるもの 数ハ百八ッある 此半分ハ人にもわかつべしと申されて夢さめたり 此朝 上人に此御霊夢を御咄し申上たるに 玉ハマニ如意宝珠 自由自在心のまゝに法味を人にも施し 今既に此別事を其通りにて 数百八ッは百八煩悩を消滅して如来の御慈悲を蒙る事 今こゝに此通りてある 実に如来よりの直に御示してあると申されたり 有難しとも有かたし 道場にて一同念仏三昧の処と庭におりて一同写真撮影ス
29 29 *水昌{( 水晶) }*マニ如意宝珠{( 摩尼如意宝珠) }*御示してある{( 御示しである) }八月十一日丙辰土曜晴 予記御別事終業 四時起 半より道場に集り念仏三昧 六時半朝餐済て念仏 十時休憩 茶菓 夫より上人御講話にて 十二時昼餐にて御別事終業 午下 上人様 次の者一同ぇ御講話御受念をさつけられたり 夫より御八ッ御素麺を出す みな此度の御別事ニ付 大悦にて続々帰宅されたり 御上人ハ午後五時御帰りになりたり 此時竹内氏同しく帰られる 上人ぇ私より白絽一反を 平野僧ぇ五円と半かち一打を *平野僧{( 平の僧) }*半かち{( ハンカチ) }*一打{( ダース) }八月十二日戊辰日曜晴 三時半起て御念仏修行す 挙家一同大奮発にて跡かた付する 光明会員より金五拾円 私ぇ挨拶されたれ共 是ハ受くへきにあらすとて帰したれハ 学校記念事業にとて寄附されたり *帰したれハ{( 返したれハ) }八月十三日戊午月曜晴 9(0) (度)以上 早起 御念仏修行ス 八月十四日己未火曜晴 9(0) (度)以上 早起 御念仏修行ス 来客 三島嘉根子様 御別事の御礼に入らせられたり 八月十五日庚申水曜晴 9(0) (度)上 早起 御念仏修行する 太田早苗子より書至 十三日出の文にて明夕帰森する 嘉子児を連て一人にて出立すると云 それて停車場迄も送る事も出来す 驚て森岡ぇ文出ス 竹内夫婦来る 午後二時頃 笹本上人御入来にて別事中の御礼仰せられ却而恐縮いたし候 右ニ付 其御礼として私ぇ金五拾円也を下さる 是ハ逆礼故と申上たれハ学校修ぜんの内ぇとて下されたれは拠なく御うけいたし候 *帰森{( 帰盛) }*森岡{( 盛岡) }*修ぜん{( 修繕) } 八月十六日辛酉木曜晴 9(0) 上 早起 四時前念仏 来客 大友法子 正木夫人 津田弘見 自電にて今晩神戸出立申来る 予不参する 今朝ハ是非跡見三次郎氏を尋る筈にて電話にて聞けは昨晩帰岡いたしたると云 玉枝も今朝鎌倉ぇ出立いたしたると云 車も来りし故 河はた子ぇ行 また不在中にて帰 *津田弘見{( 津田弘視) }*河はた子{( 河鰭子) }
30 30 八月十七日壬戌金曜晴 早起 念佛修行する 来客 中畑氏色紙 たにさく{( 短冊) } 揮毫もの渡ス 斎藤菊寿氏 宮原六之介氏より学校ぇ金百円也 寄附金請取 夕景より河はた子を訪ふて帰 此時より少し一寸雨ふる 裏松千代子さま御出になる 大聖寺様よりかんてんとゆば着 *河はた子{( 河鰭子) }*かんてん{( 寒天) }*ゆば{( 湯葉) }八月十八日癸亥土曜雨 小雨 早起 念仏修行ス 朝大ゐに涼気を覚ゆ 十八日記念ニ念仏修行 みな朝六時集り 七時済 昼飯におすもしをこしらへて出す 来客 津田栄子 長尾雄 夕飯後また一同御念仏三昧にかゝる 八月十九日甲子日曜晴 早起 御念仏修行ス 朝より日光御用邸ぇ小包にて汲泉六十八号献上 花松様ぇも文出す 岡山三次郎ぇ文 盛岡太田ぇ文及小包物出ス 午下又もとの暑さに堪かねたり 竹内夫婦来たる 八月二十日乙丑月曜晴 早起 念仏修行ス 午後二時雨ふり出したり 已而止 八月二十一日丙寅火曜晴 早起 念仏修行ス 来客 中畑氏 李子より七月十六日月曜午下二時半 倫敦アーテレヤレーマンシヨンホテルより十五枚の細書 写真七枚と着 此時 御別事の写真と手紙 あめりか経由にて倫敦ぇ文出ス *あめりか{( アメリカ) }八月二十二日丁卯水曜晴 早起 念仏修行ス 此日午後より雨と雷鳴落雷もありたり 八月二十三日戊辰木曜晴 早起 念仏修行す 有約 宮原氏より午後四時自動車にて迎来 予と井上氏と乗車して世田ヶ谷宮原氏ニ行 此日ハ尤最第一と( 云) 天気にて昨日ニ引かへて結構々々 六時頃より六之助氏と みえ子 いそ子 予と 井上と自動車にて玉川水光亭に着 実に此玉川の発展にハ驚々入たり 此亭の家屋の立派なる 此庭のさんばしより屋形船に乗ス 月清く水ひやゝかに 此良夜を如何せんの句の如く赤辟以上の納涼に 鮎の料理うまし 九時過てまた自動車にて帰 十時頃なり 極楽生活也
31 31 *さんばし{( 桟橋) }*赤辟{( 赤壁) }八月二十四日己巳金曜雨 早起 念仏修行ス 天又雨雷鳴にて昨日とは雲泥の差なり 有難し〳〵 第十三 夢に 富峰か骨になりたるを見る (図入る)八月二十五日庚午土曜晴 早起 御念仏修行ス 朝 五島善子さまを問ふ 明日御帰国にて御暇乞旁雅子さまの御病気も問ふ 御餞別として金百円と手堤を経子さまに 金扇ニ歌をかきて上る 已而帰る 此朝 帝国発明協会より上垣安衛来る 蓄音器出来ニ付 持参にて 此位よくは入たるハなきと大〳〵得意にて 早々蓄音器みな〱呼てはしめてわか声をきく よく出来たり 此日 万里小路すみさま房州より帰られたり *わか声{( 我声) }八月二十六日辛未日曜晴 早起 念仏修行する 来客 隣憲重兄 浜口酒造之助氏 万里伯御入来にて蓄音器御きかせする 此夜 河はた為子さま 甘利 其娘も呼たれと雷鳴豪雨にて来らす 河はたさま計なり *浜口酒造之助{( 浜口造酒之助) }*河はた為子さま{( 河鰭為子さま) }*河はたさま{( 河鰭さま) }八月二十七日壬申月曜晴 十四 此朝二時頃 夢に宇宙一はいなる大々的なる御仏を見奉る 御体御肉ハ清くふとき奇麗なる御肉にて御座体にてかしこしとも有かたしとも言語に堪たり 御名を呼て逢奉るみすかたは宇宙全体満ち足らひたる四時起て拵へて予ハ車にて両国停車場に行 外は電車にて動勢十二人也 男二人 銀と畳や迄 天気ハ最第一と云 汽車中もすゝしく みな心地よく 光静尼ハ此夜より泊り込にて道案内なり 市川 中山 八幡て{( 衍) }にて八幡神社に詣て 予ハ引舟迄行 小舟一艘奇麗に掃除して待居て十二人乗込 両岸芦こもの間をすれ〳〵て行 此間廿八丁と云 然し暑さは殊更にて絶かたし やかて奉免安楽寺に着 講中みな紋付袴にて迎ひに来たる 十時前着 本堂にて御読経済てまだ昼に早し 梨子畑に行 予と治子と内に居る 梨子畑より人きて涼しくとも是を師匠にみせたしとて二度も迎ひ来れ共 この暑さにとてもと断りたり 昼飯も御叮ねいにておいしくいたゝきたり やかてみな〱梨を沢山に持ち帰り 其味殊に結構なり 四時より寺を出てまた引舟にて 帰りハ殊に涼気を覚たり みな法華寺に参詣して八時廿分の汽車にて無事帰宅する 光静尼もまた一泊 九時廿分着
32 32 *動勢{( 同勢) }*絶かたし{( 堪かたし) }*御叮ねい{( 御叮嚀) }八月二十八日癸酉火曜晴 夜に入りて雷鳴あり 89 (度) 朝四時半より念仏修行する 朝より教員の来客ありて蓄音器きかせる 竹内きたる 総理大臣加藤友三郎氏告別式 八月二十九日甲戌水曜晴 朝四時起 念仏修行す 光静尼昨晩一伯にて今朝 此味ハ外になしの実なりふどう君かこゝろの露したゝりて御佛の手縄引舟よせられつこゝろも安く楽しき寺に百味より紫蘇飯うまし安楽寺この三枚をかきて上たり *一伯{( 一泊) }*ふどう{( 葡萄) }八月三十日乙亥木曜晴 朝四時半起 念仏修行 終日揮毫ものス 此夜河はた子ぇ行て帰 *河はた子{( 河鰭子) }八月三十一日丙子金曜晴 早起 念仏修行ス 朝 橋岡氏来る 天空海濶 (九月)九月一日丁丑土曜晴 早起 念仏修行済 方々ぇ手紙を出ス 村井吉兵衛 渡辺鶴子 外五軒ぇ 昼飯祝膳ニ着 十二時 此時俄然震災 いつもの如く落付たるに わか体にみな付繰ひ 治子 光をいた{( 抱) }きて其内いく子 富児をいたきて来る みなに此時 如来に御助けを受るのて一同御念仏する 一寸震やみたる時 そら今庭に出てよとみな庭に出る 大赤樫の根元によりて避難する やかて新田より寿子 政子 其外四娘逃れ来る 内ハみな焼落たり 父と数とハ未た逃け来らす 心配 其内火災起る すし兼より五人来る 其内新田数子も来る 大安心 大震度々 学校表大門倒壊 其向家屋みな倒れ 壱人即死 死者を出したり 続々正報きたる 瓦斯ハ絶る 暗黒なから火事に断水断電 月もよし 明らく{( ママ) }庭にて通夜する 南 東 北とより火盛也 夜 砲兵工シヤウノダン薬 不残バク発にて其音すさまし *わか体{( 我体) }*繰ひ{( 纏ひ) }*いたきて{( 抱きて) }*正報{( 詳報) }*砲
33 33 兵工シヤウ{( 砲兵工廠) }*ダン薬{( 弾薬) }*バク発{( 爆発) }九月二日戊寅日曜晴 震火災に鮮人の横謀にて 此家を守る人三団体 よく守りくれられたり わか門内ハ罹災民の避難所となる 学校 雨天体そう 其外広場ハ避難所となる 夕方 竹内氏動勢五人にて上野よりやつと逃れ来る 先々安心々々 庭宿 此夜 堀田伴子さま 原町酒井伯ぇ逃れられり 老校長ハ植物園か矢来酒井伯ぇ逃れられ( よ) と云 隣治子といく子 子供連て是非と云 われハこゝに居度と云 自動車申付たれと行事出来すと断られて とう〱やめにして安心々々 *体そう{( 体操場) }*動勢{( 同勢) }九月三日己卯月曜陰 雨 朝より庭住居 食事ハ一同寄宿舎にて始めて食事する 此時 三十八人と云 女中下部ハ別として 午下三時頃より雨降出して庭住居を坐敷にして一同坐敷に上る 夜も洋館 外 坐敷ハ奥三間にてみな臥 九月四日庚辰火曜晴 朝ハ雨もやみて晴朗天気也 朝より続々見舞客にて忙しく 親戚知人は大てい無事 高橋弘の正報なく 跡見玉枝も不明にて心痛する 李子所在地ぇ電報ニテ無事をしらせ度 外務太臣内田康哉様ぇ文にて願上 此時御不在ニ而秘書官ぇ願上置たり 跡見のり重使ニ行 大江安五郎氏来る 火災にかゝり にけ場より来る 閑院宮寛子女王様 梨本宮殿下 山科宮大妃殿下 東久爾宮ノ王子殿下薨去のよし也 松方公徳富氏 松岡康穀氏 園田孝吉も死去のよし也 新聞ハなく正報もなくて 下瀬憲造氏先無事の顔をみる 九死一生にて漸逃れたりと *正報{( 詳報) }*外務太臣{( 外務大臣) }*跡見のり重{( 跡見憲重) }*にけ場{( 逃場) }*東久爾宮{( 東久邇宮) }*正報{( 詳報) }九月五日辛巳水曜晴 此夕 北条万通房さまより使来る 東京の様子少しも知らす 様子きかして 此方ハ無事 酒井も同し 堀田和子震災のため死去 火葬する 正恒はしめ外ハ無事と云 驚々の外無之候 九月六日壬午木曜晴 朝より見舞続々 堀田伯より使にて 奥方一日の大震災ニ家屋倒壊之為 御逝去之由不取敢内報 朝より治郎を頼み 高橋弘 加茂氏 裏松 河辺 葉室 安田善三郎 島田三郎 松平とも子 あんしたる先々みな無事 安心々々 井上角五郎 安田善三郎 久米民之助夫婦
34 34 箱根ゴウラにて船にて帰京の筈 未た正報なし 第十五 此夜の夢に 御能御覧に 予佐野源左衛門をつとめる 烏帽子直垂にて今舞台に出ると云時 眼覚たり *加茂氏{( 賀茂氏) }*あんし{( 案じ) }*ゴウラ{( 強羅) }*正報{( 詳報) }九月七日癸未金曜晴 朝の念仏修行する 外国ぇ郵便ハ取扱ハないのて津田頼みに治郎を使ス 神戸からハ出ると云 大束 斎藤 梶山 笹本上人より使来る 慶雲寺御一同無事 此近辺ハ焼出ス 横浜橋本氏 鎌倉芝氏 無事告来る 富司 堀田博ぇ悔ニ行 今晩より水道水来る 有かたし 此夜二時頃震起 少し強にてみな起る 大御親の胃のケイレンもおさまりて世の発育の幸やみるへきあらみたまゆすり雄たけひゆりたけひ人のこゝろをいましめんため大君にさわりあらせすとひたすらに祈るこゝろを神やしるらむ此さわきしるやしらすや虫の声*ケイレン{( 痙攣) }*焼出{( 焼失) }*堀田博{( 堀田伯) }九月八日甲申土曜晴 朝の念仏修行する 今朝の新聞に暴風雨兆ありと みな屋根に上りて用意する 水戸より浜口酒造之介 後藤定吉 同興の三人尋ね来る 加茂いつを氏来る みな無事なるか 一番悴未た行衛不明のよし也 夕景 森岡より太田弟二郎氏来る 先々無事を悦んて帰 菊池氏の行衛不明を尋ね行と云 *浜口酒造之介{( 浜口造酒之介) }*加茂いつを{( 賀茂いつお) }*森岡{( 盛岡) }九月九日乙酉日曜晴 朝の念仏修行済 来客 姉伯無事 新築のみ倒れる 新田純興佐渡に帰る 此夜より仏前に於て一同念佛三昧 九月十日丙戌月曜予記寛子女王様告別式 朝七時半と云ふ 朝六時より 予 憲重を連て自動車にて始めて出門する 自動車にも筆ふとに閑院宮参殿と表裏に張付る 実に口伝に聞たるよりハばい以上にて 其惨たる 地獄の有さまかと思ふ 閑院様ぇ参る 宮様 御息所様 若宮様 華宮様ぇ拝謁仰付られて 御一統様を見上てよくも生て戴たるとなきさけふ 宮様仰せられ{( 衍) }るゝには 一日の二度御食事 御洋館御二階にて みな様御寄になるにドンと一分間に御洋館へたはつて 其まゝ下敷に御成被遊 宮御力にまかせて漸御出口て出られ 君様 華様ハ漸御出ましの出来るだけ (図入る)加様な穴から御助かりになりまして 御引ずり出しに成て御無事 寛様 御顔御頭を御うたれに成て 即薨去遊はされましま( し) たと云御実状を御咄しになりまして 若宮様ハ士官学校
35 35 にて直に御逃けに成ますと直に土壁落てあやうの御助かりのよし 先々御厚運 天祐とも有かたかり候 御棺前に参拝して帰 此日 新田成丸大坂より無事着 此夜も一同念佛三昧 *張付る{( 貼付る) }*ばい{( 倍) }*あやう{( 危う) }九月十一日丁亥火曜八月一日 晴 あれもなく至極晴朗 あつさは九十度 朝の修行済 来客 後藤静枝主人先々母も無事 家も焼すと云 今朝 萌荷谷の人来る 橋本太吉氏の手紙持参 鎌倉の住居ハ少し軽斜したる位にて一同無事也と云 是も安心 また李子の一行ぇ電報出スと云 李も早く帰れと云やる 海軍万里小路通雄さま御出にて一泊 葉室伯御出にて 御養子リヤウマチにて痛甚しといふ 竹内氏を依頼されたり 一同 夜念仏三昧 *萌荷谷{( 茗荷谷) }*軽斜{( 傾斜) }九月十二日戊子水曜弐百廿日 平静 天晴朗可喜候 晴 朝の修行済 海軍通雄さま房州ぇ出向られる 来客 長崎より万里通としさま 本日 竹内氏 葉室伯ぇ行治療する 大ゐによろしき由也 京都より徳永帰られたり 一同 夜念仏する 大詔煥発 陛下思召 恐れ入たる御事共かな 有かたしといふもなほ有難し *万里通としさま{( 万里通利さま) }九月十三日己丑木曜晴 90 (度) 朝の修行する 来客 二見氏 見舞客之惨たるはなし計にて聞も恐ろしき事のみ也 豪雨甚し 雨もりもひとく みな夜中不眠也 此夜 万里通雄さま 平石はるを連て房州より帰京にて北条の実況を語られ 委しく承り候 一同 夜念仏する 九月十四日庚寅金曜雨 朝より豪雨又晴 晴雨ひまなし 昨夜 玉枝よりは書着にて 一日着のみ着のまゝ何一ッもたすして九段迄逃のひて困難甚しと云 此分て避難所をつきとめて 池袋小知徹二氏に落付たると云のて先々安心々々して居る処 昨夜のは書にてハ代々木富ヶ谷一四五六井上親雄氏方に避難して居ると云のて単物二枚 臑伴 帯 白木綿 紙類 アンパンなと持たせて治郎を遣し候 久米民之介来る 一同 夜念仏する *は書{( 端書) }*は書{( 端書) }*臑伴{( 襦袢) }九月十五日辛卯土曜晴 朝の修行済 十五日ニ付 昼食 赤飯ニはしめて肴をたうへる 此日 新田氏一家ハ伝通院表町に新らしき借家ありたりとてみな其家に移る 予ハ昨夜中より腹痛下痢もありて 早速竹内氏に治療を迎てをさまる 終日臥蓐 *たうへる{( 食べる) }
36 36 (九月十六日 記載ナシ)九月十七日癸巳月曜晴 朝の修行すむ 昼前 笹本上人来臨にて一日の大震ニ付 御寺の震害 其外横浜中通の橋本氏の母ごのはなしにてみな涙感いたし候 昼飯を共にして暫時にして帰られる 鎌倉より(以下 記述ナシ) *涙感{( 感涙) }九月十八日甲午火曜晴 静かなる秋日和なり 早朝 雨宮宅より人使にて母病気危変ニ付 早速来てくれと云 信女 竹内早々出かけ行たり 鎌倉の某紫今朝帰 来客 広島の松島氏千葉より帰る 寿子ぇ見舞物持参する 是から船にて帰広するよし 暇乞に来る 本日は例の十八日念仏三昧会を執行するはつ筈{( 衍) } 発信書をよす 星の花子 太田原藤井瑞枝 安楽寺光静尼ぇ *星の花子{( 星野花子) }*太田原{( 小田原) }九月十九日乙未水曜晴 朝の念仏修行する 屋根瓦を落してふき置{( 直) }しする また震災の如し 房州北条より通敏氏帰 午下 房州より芳房さま帰られて一泊 此夜 念仏三昧修行ス 九月二十日丙申木曜晴 天気晴朗 此朝 万すみさま 麟雄さまと船にて帰 芝浦にて船まちする 此行に新田成丸 加茂すか子夫婦と同行 午前の筈 午後五時船来りて みな無事乗船する 此夜 念仏三昧修行 *加茂すか子{( 賀茂すか子) }九月二十一日丁酉金曜彼岸の入 晴 朝の念仏修行済 東京日々新聞に学校告事出る 三日間おくれて 本校生徒 及校友会員中 遭難者 及住所替りたる者ハ至急届出ありたし 来客 角田栄子 此度ハ七人共に焼死をまぬかれたり 其御内の子共等二人外 嫁たちつれてヒルデンにて昼食の会合に六楷上りたる時 地震にて 其の惨事ハ実に地獄にて 一人の怪我なしに逃のひたりと 此咄を聞く者せんりつの外なし 夜 念仏三昧会修行ス *六楷{( 六階) }*せんりつ{( 戦慄) }九月二十二日戊戌土曜晴 雨 朝の念仏修行済 八王寺関屋氏より見舞として白米二俵 せんへい大袋 大ふく餅沢山 鶏肉も三十人前位 ヒスケートと持参せられたり 実に篤志の方と感謝いたし候 雨もりひと
37 37 くて大さわき也 夜 念仏三昧会修行ス *八王寺{( 八王子) }*せんへい{( 煎餅) }*大ふく餅{( 大福餅) }九月二十三日己亥日曜晴 朝の修行済 此日ハ家のゆかみを直しに人夫来る 来客 戸田郁子 角田栄子 書をよす 遠州跡見ぇ 名古や高島花 静岡鈴木ヨウ 長野武重絹子 池袋野波 長岡北の元峰 神台志賀氏 片瀬佐藤貞 八軒ぇ 夜 念仏三昧会修行ス なきさけふ声ハ残りて焼のはら都大路の月影さむし*名古や{( 名古屋) }*神台{( 初台) }九月二十四日庚子月曜彼岸中日 雨 秋季皇霊祭ニ付御宝前祭りする 一同ぇ彼岸の供養にちらしすしを拵ぇ一同会食す 夜 念仏三昧会修行ス 雨 朝よりの暴風雨に雨もり甚し 二楷の雨 滝の如し 隣の憲氏ヤツキと成て人々をトクして荷物道具を出し畳を上て二楷にテントを張てみな夜をてツす 明かた迄 *二楷{( 二階) }*ヤツキ{( 躍起) }*トクして{( 督して) }*二楷{( 二階) }*てツす{( 徹す) }九月二十五日辛丑火曜晴 朝の修行する 昨日に引替 至極上天気にて 畳類其外 庭に干ものする 夜 念仏三昧 書をよす 堀田伴子さまぇ 大坂唯専寺ぇ 大坂よりハ九月二日 三日の来状 今廿五日始めて着す 仲秋明月影清し 月見団子も備ぇものもみな廃し 九月二十六日壬寅水曜晴 予記わか玄関前雨天体さう場に被難者百人計 みな悦んて引上たり 朝の修行する 此日 竹内氏家内五人 四ッ谷区内藤氏の家ぇ移転する 来客 備前より跡見勝雄氏尋ね来る 書をよす 天下茶や寺田 みの遠藤ぇ 横浜橋本ぇ 夕景五時半比 また強震にて庭ぇ出る *わか玄関{( 我玄関) }*体さう場{( 体操場) }*天下茶や{( 屋) }*みの{( 美濃) }九月二十七日癸卯木曜晴 朝の修行すむ 大坂 及諸県よりの見舞に対し 礼状安否を報す 九軒分出す 万里小路智子さま 直房さまの御供養にいなりすしをみな戴きて 夜念仏修行ス 九月二十八日甲辰金曜雨
38 38 早起 震災見舞の礼状出す 九州光明会 奈良井上隆森 公爵毛利様 外六軒ぇ 夜 念仏修行ス 九月二十九日乙巳土曜明 予記此日より電話通す 嬉し 早起 念仏修行ス 第一番 加茂氏より電話 此方より田村長子ぇ電話かける それより方々ぇ 来客 田辺三保子 本日より皇后陛下日光より御還啓に相成て 上野より直に罹災者御視察あらせられたり *明{( 晴) }*加茂氏{( 賀茂氏) }九月三十日丙午日曜晴 雨 朝七時より閑院宮ぇ参る 寛子女王御三十日御霊祭ニ付 参拝して それより豊島ヶ岡御墓祭に参拝す 若宮殿下と華子女子様とと{( 衍) }黒田長礼様 茂子女王様と予 御同車にて参拝ス 鳥尾子迄御同車にて同子爵を訪ふて車にて帰 来客 長谷川千賀子 岩浪稲子 津田栄子 長尾雄 昼飯を供にして種々の御咄しに四時過帰 神戸光明会員山中潤三氏来る 神戸光明会より京都の同会員罹災者五十人前の裁縫を依頼せられたり 夜 念仏 *女子様{( 女王様) }*供にして{( 共にして) }(十月)十月一日丁未月曜晴 朝の念仏修行す 高橋弘ぇ使出ス 秀子ぇ出産御祝物を贈る 緋の紋縮緬のチヤン〱と金十円を 書をよす 地方六軒ぇ 五島善子より電報 経子今朝二時死去 九月廿九日 十月二日戊申火曜陰 雨も少し 朝の修行済 此日ハ天曇りて地震もありそふなと思ひ居たるに 前十時頃ゆりいたし みな一所に集りて已に庭に出んといたしたるに先々上て嬉し 来客 神戸光明会極楽寺和尚山中潤三 竹内氏と此度光明会罹災者に衣服施与のため来京致されたり 此夜 三人一泊 夜 念三昧修行ス 発信朝鮮 京都 神戸はしめ十軒余 書をよす *上て{( 止て) }十月三日己酉水曜陰 予記皇后陛下 今朝日光ぇ御還啓あらせられる 朝の修行済て 此朝神戸の客人暇乞をして笹本上人を尋ねて横浜より帰神の筈と云 夜一時前強震 又三時頃強震 みな起て驚きたり 此朝 堀田伯ぇ御悔に行 伴子様 正恒様 酒
39 39 井喜美子様にも御目にかゝりて 此度惨害の事とも承りて実に驚嘆の外無候 已而帰 夜 念仏三昧修行ス 李子より書至 十月四日庚戌木曜晴 朝の修行済 来客目黒文平其弟と 角田栄子 森律子 星野氏夫婦にて 石山基陽 此朝 新田氏 昨夜の地震見舞に来る 十月五日辛亥金曜晴 予記堀田和子 五日午前十時より正午迄 弥生町にて告別式執行 朝の修行済て 十時より堀田和子様の告別式に参拝ス 松花会の人々十人計も集る 参拝人も大勢にて伯爵夫人の権力も有て先々御仕合と云へきてある 夜 念仏三昧もすむ 夜十時 強震あり 十月六日壬子土曜雨 朝の修行済 来客つゝきにて地方ぇも書をよす 丹羽恒子より文着す 築地の家ハ焼失 鎌倉にて震災の為に家たをれ 下敷と成てふしきに助かりたりと云 *たをれ{( 倒れ) }*ふしき{( 不思議) }十月七日癸丑日曜陰 朝の修行済て 来客 中村良子 清水辰雄 閑院様ぇ御すもし献上する 手製のを 地方ぇ返書出す 受信李子 羅馬よりは書着 *は書{( 端書) }十月八日甲寅月曜雨 朝の修行済 此日 駿ヶ台田村の野田繰さま 此度の震災ニ付 田村の家も焼て 其時逃ふさま 老人ハ人に負ふさりて先はたかと云有様 漸親戚なる市ヶ谷仲町成瀬方に避難いたしたると云文にて大ゐに驚き 早速名仙の綿入 紋羽二重の綿入道行 鹿の子長臑伴 唐緞子の帯 友禅の肩かけを使してもたせ候 実にきの毒なる有様也 夜 念仏修行ス *野田繰{( 野田操) }*名仙{( 銘仙) }*臑伴{( 襦袢) }十月九日乙卯火曜晴 朝の修行済 此日 雨宮漸帰りたり 十月十日丙辰水曜雨 朝の修行済 雨 強雨にて雨もに大変也
40 40 *雨もに{( 雨もり) }十月十一日丁巳木曜晴 よく快晴 朝の修行済て 予をはしめ井上 朝倉 岡村 跡寿子 雨宮と六人連 自動車にて焼跡廻向ニ行 先上野より浅草観世音に参りて また此火の海の中を御逃れになりたるも仏の御加護てなけはと涙下る 雨の如し 何こも瞬のとゝく限りハ焼の原 一望千里と云か よく焼たもの とても言語 筆には不及候 両国橋を渡りて被服所に行 是骸骨の山をなしたるを みな御花 線香を手向 各宗教の僧侶達読経をして 実に此広き処 人の集りたるも驚きの涙のみ 本所深川ハまた昨夜の雨に川となりて水の地獄に落入りたり 夫より日本橋京橋ぇ視さつして宮城前のてんと生活をみて 十二時家に帰 いつこか何こと方角はわからす 惨の惨たるもの也 此夜 いまた強雨にて 雨もりにみな通夜いたし候 夜の念三昧修行ス *何こ{( 何処) }*瞬{( 眼) }*被服所{( 被服廠) }*視さつ{( 視察) }*てんと{( テント) }*いつこ{( 何処) }*何こ{( 何処) }十月十二日戊午金曜雨 晴 朝の修行済 来客 石崎 松野 震災の咄しにて御互に語り合候 玉枝方ぇ便りして大久保殿ぇ何か見舞をと存たれと みなせの高き人にて 私の着物ハとてもものにならす 黒紋縮緬紋付羽織地 縞物裏地 臑半 かゝえ縮 ちゝみ 黒御召 帯萩の様をもたせ遣し候 酒匂藤井瑞枝子より人来り候て 藤井の宅ハ三寸計のゆかみたれと火災は免れ 外ぇ逃難いたし候中 村人来りて一切よくかた付られたるよし 村人の信用斯の如しと云 小田原ハ実に全めつ 三軒計ハ先々ツヽパリしてたもちたる家のみと云 来客 跡見玉枝 大久保 *せ{( 背) }*臑半{( 襦袢) }*縮( 縮緬) *萩の様( 萩の模様) *ゆかみ{( 歪み) }*逃難{( 避難) }*全めつ{( 全滅) }(十月十三日 記載ナシ)十月十四日庚申日曜晴 雨 朝の修行済 本日より待にまちたる瓦斯来る 大悦 九月一日より 此方 隣家とも 食事一切寄宿舎より貯}ひ下され候ひしも 今日より食事を此方にていたす様に相成 有かたき事也 来客 嘉山梅子 下瀬房子 *貯ひ{( 賄ひ) }十月十五日辛酉月曜晴 雨 朝の修行済 本日より開校 九時講堂に職員生徒参集 主事より生徒の今後の心得等 委細
41 41 講演ありて 主任先生よりも種々申達せられ候 生徒集まる者六百弐人也 (十月十六日~十九日 記載ナシ)十月二十日丙寅土曜晴 朝の修行済 七時半より閑院宮様ぇ参りて御五十日祭ニ参拝す 八時半 宮様にて御二度戴て 十二時より園田氏告別式に参拝して帰 来客 志賀鉄千代 外に何々会の幹事方寄合て 神戸真交会よりの見舞のネル分配いたされたり 十月二十一日丁卯日曜晴 朝の修行済て(以下 記述ナシ) 竹内氏来る 十月二十二日戊辰月曜晴 朝の修行済て 来客 長尾雄 午下 予 雨宮つれて武島町三越ぇ行 小学児童ぇの袋もの地を買に行 四時頃帰 此日 竹内夫婦 書生も来りて神戸光明会よりの焼失家ぇ見舞物調に来られたり 十月二十三日己巳火曜晴 朝の修行済て けふハ揮毫はしめやうと思ふと来客にて 村井薫子 島田信子 山根綾子 鳥尾千せ子 朝四時過 又地震ス *けふ{( 今日) }(十月二十四日 記載ナシ)十月二十五日辛未木曜晴 朝の修行済て 光静尼の御衣 ちり蓮華着色にて揮毫ス 伊藤富貴方ぇ見舞物品もたせやる わか校より 焼出されの小学児童ぇ手提袋三百箇 文部省より依頼の分 さし出す 横浜長世沢子 諏訪さま *ちり蓮華{( 散蓮華) }*わか校{( 我校) }*長世沢子{( 長与沢子) }十月二十六日壬申金曜陰 朝の修行畢る 十時より十二時迄授業 本日三島氏より依頼なる手提袋弐百箇 治郎にもたせやる 竹内きたる
42 42 十月二十七日癸酉土曜晴 朝の修行畢る 横田縫子ぇ御見舞 煙草盆一対 御菓子器 黒ぬり桐の蒔絵御盆を 神戸光明会極楽寺ぇ 同真交会小西つね子ぇ書をよす (十月二十八日~三十日 記載ナシ)十月三十一日丁丑水曜天長節 晴 朝の修行済 夜 念仏例の如し 学校本日式如例 九時職員生徒一同式場ニ参列 勅語拝読花蹊 大束主事本日の演舌ありて式相済 生徒一同ぇ菓子を出す 十二時より校長 大束 其外職員一同十八号室に集る 今回東京府より学校職員ぇ補助金 四 五 六 七 八 九 十迄之金六拾三円也を拝受ス 主事之労を憩{( 慰) }する為に午餐を饗ス 予よりすもしと葡萄を出す 吸もの まくろのさし身 菓子等にて 一同より大束氏( ぇ) 三拾円進呈ス 竹内氏 *憩する{( 慰する) }(十一月)十一月一日戊寅木曜晴 雨 朝の修行済 夜 念仏如例 来客 佐々木豊子娘の入塾を頼に来る 裏松ちよ子さま関あき子の入塾を 朝 地震ス 十一月二日己卯金曜雨 后晴 朝暮の修行済 横浜原氏 西郷氏 石川徳右衛門氏ぇ見舞を 銀遣す 十一月三日庚辰土曜明治天皇祭 晴 休業 朝暮の修行ス 三条家に行 久々にて末子さま 此度松永安彦嗣子安衛と婚約整ひ 十一月廿四日御治定相成ニ付て 千よ子様にも拝し 末子さまニ種々今後の御心掛の事とも申上て帰 十一月四日辛巳日曜晴 朝暮の修行ス 来客 嘉悦孝子 李子よりの書面を持て 英国婦人会より震災の寄贈もの十日比内務省ぇ着の上 女子学校長ぇ配附方依頼せられたる由 申越れたり 来客 目黒文平 河鰭為子 ます子 万里芳房 鱗雄 竹内氏 横田縫子 *持て{( 以て) }*配附{( 配付) }*鱗雄{( 麟雄) }
43 43 十一月五日壬午月曜晴 朝五時強震 庭に出る迄 又驚たり 朝暮修行ス 出務スル 十一月六日癸未火曜晴 朝暮の修行す 十時頃より 予 寿子と中野ぇ行 河津暹氏を訪ふ 御夫婦とも面会 敏子様震死せられたるを御悔申上る 珍しき因縁なる哉 安政の地震に富永氏裏の竹藪に逃難中出産して此度の震災になくなりましたと御物語に いかなる事にやと思ひ候 太田にて久々嘉子の成長を よく笑ひ何やらかたり貌にて よろこひて よく肥たり 先々発育もよろしく安心いたし三時より帰 夜十一時四十分強震 後又震 二度 *逃難{( 避難) }十一月七日甲申水曜雨 朝の修行 夜も同しく 絵画清談記者山浦氏 瀑布図箱書依頼す (十一月八日 九日 記載ナシ)十一月十日丁亥土曜予記午後四時 ヒヤド夫人来訪 (十一月十一日~十三日 記載ナシ)十一月十四日辛卯水曜晴 朝 帝国ホテルに行 ビヤド博士 是非予に逢て帰国いたしたきと言はれたれと日時なくて それより此方より面会をしてと存て博士をとふた 御両人共大〳〵悦候て暫時咄して 明十五日出発の御暇乞をして帰 島田三郎氏死去 十一月十五日壬辰木曜晴 朝より日比野氏来る 北野元峰師 予の事を大ゐに心配せられたりとて其意伝を申聞けられたり 予は此朝島田氏ぇ御悔みに行て御暇乞も出来たり それより麻布竿霞町なる長谷寺に北野和尚を尋ねて拝晤 大ゐに悦はれ暫時咄して帰る それより横田逢子を尋ねて帰 *麻布竿霞町{( 麻布笄霞町) }*横田逢子{( 横田縫子) }(十一月十六日 十七日 記載ナシ)十一月十八日乙未日曜雨 朝の修行済 本日ハ震災後始めての御念仏会執行 笹本上人の御講あり 此日ハ十二時より
44 44 といふ 四時退散のつもり也 集るもの廿五人也 十一月十九日丙申月曜晴 朝の修行 夜念もすむ 午下早々 四ッ谷北伊賀町田村謹寿方ぇ見舞に行 蝶子 操さまにも久々にて対面 震災当時の物語にて四時過帰 学校業務今日より九時五十分より〇時三十分迄 十一月二十日丁酉火曜晴 (コノ日 記述ナシ)(十一月二十一日 二十二日 記載ナシ)十一月二十三日庚子金曜晴 朝より来客 日比野雷風 太田弟二郎 早苗 嘉子 加{( 賀) }茂 河村松花会 津田栄子 京都高はし信照 石崎と 朝より夜に入るまて来客つゝき *高はし信照{( 高橋信照) }十一月二十四日辛丑土曜雨 朝の修行 夜念仏も 来客 石山基弘子 土井早苗 下瀬房子子供二人と 十一月一日バアフアロー停車場着 愈帰途中 ナイヤガラノ滝見物のはかき着 *はかき{( 端書) }十一月二十五日壬寅日曜晴 朝の修行 夜念仏も 来客 加{( 賀) }茂富子勝子入塾ニ付 竹内氏も 水道橋赤十字かり{( 仮) }社にて常盤会よりの慈善バザに行 買物して帰 受信電報大洋丸より 廿七日午後七時半より八時迄のうち横浜ぇ着 *かり社{( 仮社) }十一月二十六日癸卯月曜晴 (コノ日 記述ナシ)(十一月二十七日~三十日 記載ナシ)十一月三十日丁未金曜予記宮城より女官様御出の事
45 45 (十二月)十二月一日戊申土曜晴 朝八時より 予 智子さま同行 三島子邸にて別事念仏に参加する 山口県より藤本上人御出張にて御面語する 午下四時済て帰 十二月二日己酉日曜晴 朝八時より 予 智子さま同行 昨の通り御別事つとめて帰 此日ハ李子も参加する 十二月三日庚戌月曜晴 学校にて李子の歓迎会執行 講堂に職員生徒集会 李子旅行談あり 渡辺静江も 畢而裁縫処にて職員一同午餐会あり 三時過畢 十二月四日辛亥火曜晴 朝八時より三島邸に行 御別事修行する 此日四時帰 李子 智子一泊する 十二月五日壬子水曜晴 朝早くより三島邸に行 御別事修行 四時畢 後会 震火災の活動劇写真もありて十一時自動車にて帰 (十二月六日 七日 記載ナシ)十二月八日乙卯土曜晴 朝暮修行する 来客 河はた為子 外にも続々来客 李子ハ方々ぇ行 横浜石川氏 原氏ぇ 下部二人を遣す 久米民之介より手紙持参にて使来 長男民十郎九月一日横浜ぇ行とて出たきり種々尋ねたれと今に行方不明に付 震災に横死をとけた者として 明九日午前十時 千駄ヶ谷瑞円寺に於て哀別回向致度と云 驚入たる有さま哉 *河はた為子{( 河鰭為子) }十二月九日丙辰日曜晴 予記午下九時寛子女王殿下百日祭権 ノ義 午後一時半御墓所之義 朝八時より閑院宮ぇ参る 寛子女王殿下御百日祭ニ付参拝 玉串を奉る 後 両殿下 若宮 華宮殿下に拝謁して御咄し共申上て退散ス 李子ハ久米民十郎百日祭に瑞園寺に参詣する *瑞園寺{( 瑞円寺) }十二月十日丁巳月曜小雨 予記午下九時より講堂に於て震火災に横死之霊追悼祭
46 46 執行 朝より講堂に祭壇を設けて九月一日震火災ニ横死の霊位はい{( 牌) }を安置して校長 職員 生徒一同を集め藤本上人 井上隆森上人読経ありて順番に焼香 畢而藤本上人御講話ありて式全畢 右上人と竹内氏昼餐を共にす 夫より上人帰られたり *霊位はい{( 霊位牌) }十二月十一日戊午火曜晴 朝の修行 夜念仏も 学校出勤 昼後迄 五年生二組 新年言志御題歌竪詠草に書出る 来客 万伯御出にて昼飯を供にして帰られたり 第十六 明かたの霊感に わか口に光明の玉をいたゝく 手に持て口に入れる やわらかくあたゝかく何とも言葉にはいへぬ有かたさ *供にして{( 共にして) }*わか口{( 我口に) }に十二月十二日己未水曜晴 朝晩修行 来客 目黒氏 島田信子 長尾雄 夕飯を共にす 竹内氏 十二月十三日庚申木曜陰 朝 津田弘視 明日出発 神戸支店長ニ 夫婦と小児と暇乞に来る 予 佐々木氏ぇ行 五島善子着 一泊 十二月十四日辛酉金曜陰 朝晩修行する 金曜教授午後三時済 五島善子 吉祥寺にて守光子 和子の御遺骨を掘起して五島国元ぇ持参せらる 午後八時 停車場迄 井上 雨宮見送る 十二月十五日壬戌土曜陰 朝晩修行する 宮中より御依頼なる 災民に御下賜になる男女綿入五百枚仕立出来ニ而 宮内省より請取の役員来られて相渡し候 はた来年の御勅題和歌 四 五年生詠進す 此使 石山氏 石井房子 蝶子 範門三人 横浜より一泊 *石井房子{( 石川房子) }十二月十六日癸亥日曜晴 朝 学校出勤 午下三十分迄 石井房子 子供弐人と帰浜する 来客 吉岡弥生 葉室伯 賀茂氏 西大路子 *石井房子{( 石川房子) }十二月十七日甲子月曜晴
47 47 朝学校出勤 来客 橋本その子 三輪敏子 十二月十八日乙丑火曜晴 光明会執行 午下一時より 笹本上人の御講話ありて五時畢 十二月十九日丙寅水曜晴 朝の修行済 来客 堀田伴子さま 十二月二十日丁卯木曜晴 朝九時汽車にて李子 智子さまと房州北条ぇ行 来客 松平鞆子さま 十二月二十一日戊辰金曜晴 朝の修行畢る 学校出勤 予の教授ハ此日にて畢る 十二月二十二日己巳土曜雨 朝の修行済 来客 嘉山梅子 受信電報 明八時出発迎ひたのむ 十二月二十三日庚午日曜晴 予記朝より銀を両国ぇ向ひ出ス 朝の修行畢 来客 内田恒子 岩田 河村晴子 石沢 昼過 李子 智子無事帰宅 寄宿舎送別会 書をよす 香川県鎌田勝太郎 愛知県三浦七右衛門 十二月二十四日辛未月曜朝の修行畢 学校朝九時 職員生徒講堂ニ参集 本年学期終業式 校長演舌畢 式全済 午下三時より 予 李子と同しく飯田町吉岡弥生至誠病院バラツク築造成て 此席ニテ養鶏会社と花の日会とより李子帰朝歓迎会 出席ス 予記本日午後三時より吉岡病院にて上村熊雄使歓迎会 十二月二十五日壬申火曜晴 朝の修行する 十二月二十六日癸酉水曜晴 朝の修行済て 万里小路すみさま奈良より帰らる 予ハ揮毫ものにいそかし 十二月二十七日甲戌木曜晴 朝の修行済
48 48 昼時号外 摂政殿下議会開院式に行啓御道筋 虎の門御通過中 一兇漢日本人 仕込杖銃を発射せしも殿下には全く御安泰にあらせられ 其まゝ議院に臨ませられ 勅語も事更御立はに御朗続あらせられ 御沈着の御態度ハ自然に備はらせらる御威儀に感激し奉る 是ハ何たる事そや 日本人にはあらすと思ふ かゝる逆財の出たるは何事そや 天をうらみ血涙ほとはしる 此夜新聞には内閣惣総理太臣をはしめ総辞職 *御立は{( 御立派) }*御朗続{( 御朗読) }*逆財{( 逆賊) }*内閣惣総理太臣{( 内閣総理大臣) }十二月二十八日乙亥金曜晴 朝の修行済 来客 小林鍾吉 田中格太郎氏 酒井きみ子さま 万里伯 夕飯を共にす 水戸後藤氏 発信姉小路良子さまぇ書をよす 十二月二十九日丙子土曜晴 朝十時より閑院宮ぇ御歳暮に参り 御息所に拝謁して種々の御物語りも承り申上て 御二度 なにか暖かなるものをと仰せられて種々いたゝきて 今年中の御懇命を蒙りたる御礼を申上候 退出 来客 横田縫子 万里栄 わした静子 跡見寿子 星野錫氏 本日にて歳暮の贈品大てい済 東京日々新聞号外 山本内閣総辞職 *わした静子{( 鷲田静子) }(十二月三十日 三十一日 記載ナシ)三月四日閑院宮様行同廿八日光円寺より鳥尾子ぇ三十一日宮中ぇ参内四月一日浅草本願寺ぇ三日北白川宮朝香宮毛利公ぇ帝国ホテルぇ九日北白川宮竹田宮浅香宮閑院宮
49 五月より一日酒月よ月一日よ月一日日河河はた子ぇ六ぇ往復*河はた子{( 河鰭子) }二子留り李守見舞洋三日枝廿五日安田氏二日水道橋迄廿ぇ廿一日佐々木氏五日河はた子ぇ往復*河はた子{( 河鰭ら豆と山椒小品十円同幸島菊子そり一日姉小路閑日丸内ヒルテイング往復廿子) }廿島子行十二見軒所 往日御尾子ぇ四日鳥吉祥寺ぇ往復三子) }同はた子ぇ往復*河はた子{( 河鰭井伯田氏ぇ酒島子日三井伯ぇ六包藤井瑞物ニ行七 上下五 往復三日河ぇ往復九日安 往復八見玉枝商{( 河鰭子) }不{( 河鰭子) }廿{( 河鰭子) }十 菓子一瓶来跡院宮様十日三越買行三三日河はた子 上下*河はた子二日河はた子と玉枝ぇ行 往復*河はた子日水道橋迄ぇ十はた子ぇ*河はた子日北白川宮復六道橋迄行水 49
50 挿入紙)同月十御菓子星野さよ子同友篤友旧友友益心友心洗心清心真四菓子二重折来佐々木静子同敏朋好屋朝子(子六 子日玉 海苔古 50
Eto_Kishu
// P. 乙未 P. 騎手別一覧表阪神レース 秋山真一郎 // 丁未....... 阪神レース 岩崎翼 // 丙辰 阪神レース 加藤祥太 // 阪神レース 川須栄彦 //.... 阪神レース 城戸義政 //.. 己酉. 癸未. 乙卯 阪神レース 国分優作 // 丙寅. 阪神レース 小牧太 // 甲戌....... 阪神レース 鮫島克駿 //. 戊子................ 阪神レース 池添謙一
03genjyo_快適環境.xls
< 下 野 市 ホームページ 市 の 概 況 より> < 下 野 市 文 化 財 マップ しもつけシティーガイド 下 野 市 都 市 計 画 マスタープランより> 指 定 文 化 財 下 野 文 化 財 件 数 内 訳 ( 平 成 21 年 3 月 31 日 現 在 ) 有 形 文 化 財 無 形 文 化 財 民 俗 文 化 財 記 念 物 建 造 物 絵 画 彫 刻 工 芸 品 書 跡 古 文 書
ÿþᓉ›±‡J”åe˘−
1 大正十年(一月)一月一日甲子土曜晴 四方拝 朝 勤行はしめ済て 当家にて一同屠蘇 雑煮を祝ふ 例年なからみな無事 この悦かきりなし 来賀客 続々として賑はしき 受信年賀状 は書 名刺 五百通余也 *は書{( 端書) }一月二日乙丑日曜晴朗 昨一日の如く一同雑煮 其外みな同し 賀客 夜まても賑々し 一月三日丙寅月曜晴 朝 勤行 雑煮等元日の如し 朝八時より酒井伯の自動車にて年賀廻りをする 始 閑院宮様より東伏見宮
黄 檗 宇 治 大 久 保 線 宇 治 大 久 保 淀 線 103 ー 21 ー 京 阪 淀 駅 ー 240 ー 240A 立 命 館 宇 治 経 由 250 ー 250A ー 立 命 館 宇 治 経 由 390 360 340 320 280 250 230 220 平 野 町 黄 檗 公 園 ニ
宇 治 久 御 山 団 地 線 大 久 保 中 書 島 線 22A ー 久 御 山 団 地 22C ー 久 御 山 団 地 25 ー 京 阪 中 書 島 330 300 270 240 26 ー 久 御 山 団 地 290 260 220 26B ー まちの 駅 イオン 久 御 山 店 前 270 250 緑 ヶ 原 250 230 西 町 新 成 田 230 城 南 荘 前 栄 町 神 明 西 栄
ÿþᓉ›±‡J”åe˘−
1 大正四年(一月)本年ハ諒闇にて すへての義式は廃されて新年状をも出さす 静閑なる元旦ニ付 俄に思ひ付て 予 李子と旅行する 泰 寿子ハ昨暮より江の島辺旅行中 *義式{( 儀式) }一月一日壬辰金曜晴 朝五時起 仕舞済て 四方拝 祖先拝して 如例年 学校作法室にて 予はしめ越年生徒一同 椒酒雑煮を祝ふ 畢而例の新年帖揮毫始をなす 予 李子と小田原ぇ旅行す 東京駅始めてにて 弘 靖子 早苗 静子 寿さま
ÿþᓉ›±‡J”åe˘−
1 大正六年(一月)一月一日癸卯月曜晴朗 無風 夜九時頃より雨ふり出したり 朝五時起 天地神明に拝し 祖先仏前を拝み 本日より例とす 小石川に学校を移してより年々学校にて式を致せしか 本年よりわか住宅にて椒酒 雑煮を祝ふ 予 李子 静子 寿子 土井田鶴 井上八重子 朝倉 雨宮の八人也 賀客 石山みさを 基春 姉小路伯 浦五十吉 石山基たけ{( 威) } 葉室伯 発信年賀状は{( 端) }書 弐百三十枚出ス
Microsoft Word - M075029_檜山_表紙.docx
2011 1 25 075029 4 61 29 1 1 2 1.1 2 1.2 3 1.3 5 1.4 6 2 12 2.1 12 2.2 13 3 15 3.1 15 3.2 17 3.3 19 20 21 web 21 はじめに 研 究 概 要 2 研 究 方 法 CSV ArcGIS 21 1 第 1 章 新 聞 業 界 の 現 状 1.1 全 体 の 売 上 1 図 1: 業 界 全 体
ÿþᓉ›±‡J”åe˘−
1 明治三十九年会日毎月八日 一 ニ 三 六 十 十一 四 五 七 八 九 十二(一月)一月一日乙巳月曜晴朗 朝六時起 四方拝 畢而挙家一同椒酒 雑煮 食堂に集る 畢而家内一同 越年生徒六人を拉して氷川神社に参詣して帰 賀客清水連郎 其外続々来 予も今年六十七歳の齢を重ね 家内に病人もなく頗建康 めてたき新年也 発信新年状二百五十枚 *建康(健康)一月二日丙午火曜晴朗 朝六時起 神拝済て 七時半食堂に集る
中 央 公 民 館 ( 所 在 地 191-0011 日 野 本 町 7-5-23) 実 習 室 ホール 談 話 室 講 座 室 A 講 座 室 B 視 聴 覚 室 調 理 実 習 室 小 会 議 室 保 育 室 24 人 50.2m2 20 人 66.0m2 16 人 45.6m2 36 人 51
日 野 第 五 小 学 校 ( 所 在 地 191-0062 多 摩 平 6-21-1) 生 活 科 室 40 人 63m2 ピアノあり 大 ホール 200 人 330m2 ピアノあり 大 ホールは 平 成 27 年 1 月 から1 年 半 位 の 予 定 で 校 舎 増 築 に 伴 う 改 修 工 事 のため 使 用 不 可 となります 詳 細 についてはお 問 合 せください 問 合 せ 先 日
青 森 5-9 青 森 市 本 町 5 丁 目 4 番 27 本 町 5-4-18 74,300-5.9 71,900-3.2 青 森 5-10 青 森 市 本 町 2 丁 目 5 番 3 本 町 2-5-3 73,400-6.1 70,700-3.7 青 森 5-11 青 森 市 中 央 1 丁
平 成 地 価 公 示 一 覧 ( 青 森 県 分 ) 標 準 地 番 号 所 在 地 住 居 表 示 等 青 森 - 1 青 森 市 大 字 野 尻 字 今 田 1 番 10 19,400-5.4 18,700-3.6 青 森 - 2 青 森 市 大 字 石 江 字 岡 部 164 番 10 外 42,400-3.4 41,400-2.4 青 森 - 3 青 森 市 大 字 三 内 字 沢 部 399
<89DF8B8E82CC90AC90D1313689F12E786C73>
一 二 三 四 五 * 栄 光 ある 過 去 の 実 績 ( 男 子 の )- 優 勝 今 高 橋 青 森 佐 藤 星 山 新 潟 有 賀 阿 佐 野 東 京 佐 藤 小 野 崎 宮 城 松 崎 千 葉 福 島 宮 城 本 田 大 和 田 新 潟 宮 城 吉 村 上 田 準 優 勝 橋 場 新 井 北 海 道 越 浦 小 笠 原 宮 城 北 山 鈴 木 宮 城 松 井 中 村 東 京 三 浦 石 上
同 上 5,000 山 奥 町 山 奥 自 治 会 同 上 行 政 管 理 室 同 上 40,000 三 万 谷 町 自 治 会 同 上 行 政 管 理 室 同 上 5,000 田 尻 町 自 治 会 同 上 行 政 管 理 室 同 上 95,000 間 戸 自 治 会 同 上 行 政 管 理 室
福 井 市 防 犯 灯 設 置 事 業 補 助 金 5,000 真 木 町 自 治 会 夜 間 における 犯 罪 防 止 と 市 民 の 通 行 安 全 確 保 を 図 る 行 政 管 理 室 同 上 30,000 寮 町 自 治 会 同 上 行 政 管 理 室 同 上 10,000 生 部 町 自 治 会 同 上 行 政 管 理 室 同 上 370,000 山 室 町 自 治 会 同 上 行 政
- 3 - - 4 - 感 銘 歌 御 津 磯 夫 第 二 歌 集 ノ ボ タ ン の 窓 よ り - 5 - 歌 集 一 本 の 木 杉 浦 弘 - 6 - 青 桐 蒲 郡 岡 本 八 千 代 - 7 - 初 生 り 新 城 白 井 久 吉 - 8 - ホ モ サ ピ エ ン ス 東 京 今 泉 由 利 - 9 - 朝 顔 豊 川 伊 藤 八 重 - 10 - 濃 紫 豊 川 弓 谷 久 - 11
男 子 敗 者 復 活 戦 5 北 日 体 袋 4 北 6 5 4 掛 川 東 掛 川 工 新 居 5 北 立 7 城 4 6 北 市 工 立 5 4 8 4 南 開 誠 館 掛 川 北 城 北 工 市 立 市 袋 湖 南 5 5 7 4 7 4 北 商 代 4 7 4 北 商 湖 東 4 8 商
男 子 団 体 戦 組 合 せ 6 8 4 4 6 位 決 定 戦 8 4 4 名 6 8 4 4 4 東 名 賀 名 代 6 4 4 5 6 東 名 4 優 勝 東 名 8 掛 川 南 気 代 工 南 5 5 代 6 4 東 5 7 4 常 5 菊 湖 南 9 4 北 開 誠 館 5 北 日 体 6 工 市 立 7 新 居 袋 8 掛 川 東 9 城 北 工 北 オ イ ス カ 掛 川 工 4 南
インカレ歴代ランキング(女子).xls
全 日 本 大 学 対 抗 卓 球 大 会 歴 代 ランキング 女 子 昭 和 25 年 度 (1950 年 度 )まで 全 国 学 校 対 抗 卓 球 大 会 昭 和 23 年 度 昭 和 2 年 度 昭 和 25 年 度 昭 和 26 年 度 昭 和 27 年 度 (19 年 度 ) (199 年 度 ) (1950 年 度 ) (1951 年 度 ) (1952 年 度 ) 第 1 回 第 19
須 磨 区 ( 神 戸 水 上 警 察 の 管 轄 区 域 を 除 く 区 域 ) 兵 庫 県 垂 水 警 察 神 戸 市 垂 水 区 神 戸 市 のうち 垂 水 区 ( 神 戸 水 上 警 察 の 管 轄 区 域 を 除 く 区 域 ) 兵 庫 県 神 戸 水 上 警 神 戸 市 中 央 区 水
警 察 の 名 称 位 置 及 び 管 轄 区 域 平 成 18 年 4 月 1 日 現 在 名 称 位 置 管 轄 区 域 兵 庫 県 東 灘 警 察 神 戸 市 東 灘 区 神 戸 市 のうち 東 灘 区 ( 兵 庫 県 神 戸 水 上 警 察 の 管 轄 区 域 を 除 く 区 域 ) 兵 庫 県 灘 警 察 神 戸 市 灘 区 神 戸 市 のうち 灘 区 ( 兵 庫 県 神 戸 水 上 警
地 区 追 浜 N0 施 設 名 契 約 年 月 日 備 考 21 追 浜 下 水 ポンプ 場 旧 海 軍 天 神 用 地 235 - - - 平 成 7 年 7 月 18 日 22 市 道 敷 ( 第 4,818 号 ) 旧 第 一 海 軍 技 術 廠 42 - - 昭 和 26 年 3 月 2
地 区 N0 施 設 名 1 日 向 公 園 旧 海 軍 運 輸 部 日 向 地 区 1,509-3 昭 和 26 年 3 月 2 日 昭 和 26 年 6 月 1 日 2 夏 島 小 学 校 旧 海 軍 鉈 切 山 用 地 21,302-12 昭 和 29 年 12 月 20 日 昭 和 31 年 11 月 7 日 3 鷹 取 公 園 旧 海 軍 追 浜 高 等 官 宿 舎 11,963-17 昭
ÿþᓉ›±‡J”åe˘−
1 明治三十六年(一月)一月一日己丑木曜四方拝 晴 あたゝかし 朝五時起 万端仕度して四方拝 家内生徒一同食堂ニて雑煮を祝ふ 畢而第六教室にて君か代三唱す 天皇 皇后 皇太子 同妃 皇孫殿下 我校 及校長 生徒の万歳を唱ふ 余 六十四年の年を迎ぇ 心の長閑さ清々しさ めてたき極也 家内及生徒一同を拉して 氷川神社に参詣して帰る 本年ハ生徒の越年三十人也 受方摘要吉田石子 五円 植竹政子 五円 一月二日庚寅金曜晴
新 幹 線 朝 の 通 勤 通 学 に 便 利 な つばめ の 両 数 や 時 刻 を 見 直 します 熊 本 7:11 発 博 多 行 き つばめ 306 号 を N700 系 車 両 8 両 編 成 で 運 転 します 定 員 は 546 名 (+162 名 )となり 着 席 チャンスを 拡 大
平 成 27 年 12 月 18 日 平 成 28 年 春 ダイヤ 改 正 JR 九 州 では 平 成 28 年 3 月 26 日 ( 土 )にダイヤ 改 正 を 実 施 します 具 体 的 な 内 容 がまとまりましたのでお 知 らせします 今 回 のダイヤ 改 正 のポイント 新 幹 線 朝 の 通 勤 通 学 に 便 利 な つばめ の 両 数 や 時 刻 を 見 直 します 週 末 のお 出
別添
販 売 局 一 覧 都 道 府 県 局 名 郵 便 番 号 住 所 神 奈 川 県 横 浜 北 幸 220-0004 横 浜 市 西 区 北 幸 2-10-33 横 浜 駅 西 口 220-0005 横 浜 市 西 区 南 幸 1-10-16 みなとみらい 四 220-0012 横 浜 市 西 区 みなとみらい4-4-2 クイーンズスクエア 横 浜 220-0012 横 浜 市 西 区 みなとみらい2-3-4
第 69 回 大 阪 大 学 名 古 屋 大 学 対 校 陸 上 競 技 大 会 第 22 回 大 阪 大 学 名 古 屋 大 学 女 子 対 校 陸 上 競 技 大 会 期 日 平 成 27 年 5 月 30 日 ( 土 ) 会 場 半 田 運 動 公 園 陸 上 競 技 場 主 管 愛 知 陸 上 競 技 協 会 主 催 名 古 屋 大 学 陸 上 競 技 部 大 阪 大 学 陸 上 競 技 部
千 葉 市 資 源 循 環 部 千 葉 県 千 葉 市 中 央 区 千 葉 港 2-1 千 葉 中 央 コミュニティセンター3F 船 橋 市 千 葉 県 船 橋 市 湊 町 柏 市 産 業 277
北 海 道 廃 棄 物 管 理 グループ 060-8588 北 海 道 札 幌 市 中 央 区 北 3 条 西 6 011-204-5199 旭 川 市 環 境 対 策 課 産 業 廃 棄 物 係 070-8525 北 海 道 旭 川 市 6 条 通 9 丁 目 46 総 合 庁 舎 8F 0166-25-6369 札 幌 市 環 境 事 業 部 事 業 廃 棄 物 課 060-8611 北 海 道
蠎・ア縺上§繧・≧縺上j8譛亥捷_P1_20
11 NO 547 総 合 防 災 訓 練 現 行 改 正 後 建 築 物 申 請 者 施 行 に 伴 う 事 務 費 宅 地 開 発 区 分 造 成 面 積 1,000m2 以 上 面 積 に 1m2あたり650 円 を 乗 じて 得 た 額 例 : 造 成 面 積 1,500m2 場 合 1,500m2 650 円 + 消 費 税 申 請 者 施 行 工 事 設 計 額 より 算 出 賦
ÿþᓉ›±‡J”åe˘−
1 大正五年(一月)一月一日土曜とり雨 朝五時起 天地神明に礼拝 仏前に拝して 七時半 作法室にて淑{(椒) }酒雑煮を祝ふ 予 李子をはしめ十二人 男子木村壱人のみ 家内一同無事めて度き年を迎へたり 予の住宅 漸賀客を迎ふるに至る 朝 泰 寿子 弘 靖子 早苗来り 淑{(椒) }酒雑煮を祝ふ 大束氏 清水連郎 手柄氏 長尾氏 一月二日日曜いぬ細雨 朝 作法室にて雑煮を祝ふ 如昨賀客 酒井忠克 戸谷氏
燈 光 会 創 立 百 周 年 に 当 たり 永 年 にわたり 航 路 標 識 関 係 に 尽 力 のあった 燈 光 会 会 員 等 茶 会
1 燈 光 会 創 立 百 周 年 に 当 たり 永 年 にわたり 航 路 標 識 関 係 に 尽 力 のあった 燈 光 会 会 員 等 茶 会 茶 会 風 景 ( 於 宮 殿 連 翠 )( 天 皇 陛 下 ) 茶 会 風 景 ( 於 宮 殿 連 翠 )( 皇 后 陛 下 ) 小 林 道 男 五 賀 利 雄 中 村 桂 千 葉 文 夫 土 谷 文 夫 遠 藤 文 友 高 橋 理 夫 友 常 晶 池
untitled
1 人 事 異 動 表 発 令 年 月 日 平 成 17 年 4 月 1 日 部 長 級 区 長 発 令 発 令 権 者 中 野 区 長 田 中 大 輔 発 令 氏 名 旧 備 考 区 長 室 長 寺 部 守 芳 区 民 生 活 部 ごみ 減 量 清 掃 事 業 担 当 参 事 総 務 部 未 収 金 対 策 担 当 参 事 ( 総 務 部 長 石 神 正 義 兼 務 ) 区 民 生 活
首 は 下 あ ご の 骨 の 下 か ら 鎖 骨 の 上 ま で 自 分 の 首 を 両 手 で は さ ん で お さ え て み ま し ょ う 師 首 っ て ど ん な 仕 事 を し て い る か な 子 頭 を の せ て い る 頭 を お さ え て い る 頭 を 動 か し
の ど の 仕 事 2 0 1 5 年 3 月 4 日 黒 川 理 科 研 究 会 永 澤 義 人 私 は ふ だ ん は 自 分 の か ら だ に つ い て 深 く 考 え る こ と は ほ と ん ど あ り ま せ ん で も 一 昨 年 食 道 癌 に な り 担 当 医 か ら 食 道 癌 の 後 遺 症 で い ち ば ん 多 く 恐 ろ し い の は 誤 飲 に よ る 肺 炎
Microsoft Word - all最終
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 地 区 名 区 長 および 副 区 長 施 設 名 第 1 地 区 区 長 竹 下 仁 大 阪 府 三 島 救 命 救 急 センター 副 区 長 田 野 孝 則 大 阪 府 済 生 会 茨 木 病 院 第 2 地 区 区 長 船 越 あゆみ 阪 大 微 生 物 病 研 究 会 副 区 長 厚 東 良 輔 市 立 吹 田 市 民 病 院 第 3 地
目 次 本 編. 地 価 公 示 価 格 一 覧 表 ページ. 地 価 公 示 価 格 選 定 替 廃 止 等 一 覧 7ページ 3. 地 価 公 示 地 価 調 査 共 通 地 点 の 価 格 一 覧 表 8ページ 資 料 編 4. 宇 都 宮 市 ( 用 途 地 域 別 ) 均 価 格 変 動
8 地 価 公 示 価 格 一 覧 表 価 格 時 点 8 月 日 国 土 交 通 省 8 3 月 3 日 地 価 公 示 調 査 価 格 一 覧 表 (ポイント) 地 価 調 査 地 との 共 通 地 点 (7ポイント) 3 資 料 編 用 途 地 域 別 均 価 格 変 動 率 一 覧 表 およびグラフ 住 宅 地 及 び 商 業 地 地 価 公 示 地 価 調 査 の 価 格 及 び 変 動
<91E589EF88CF88F5817582C282C682DE8176>
女 子 タ フ ルス 0001 01 10:13 斎 藤 忍 野 中 梨 沙 至 学 館 高 校 小 野 葉 子 0 山 本 怜 佳 至 学 館 高 校 Date:18-09-11 Page.1 女 子 タ フ ルス 001 10:45 青 柳 恵 鈴 木 茉 美 9 11 大 石 梨 紗 1 岩 山 由 布 子 女 子 タ フ ルス 000 0 10:7 三 井 所 夏 美 渡 辺 英 里 千 葉
3
3.へき 地 保 健 医 療 (1) へき 地 保 健 医 療 の 概 要 本 県 は 平 成 16 年 12 月 現 在 で 無 医 地 区 数 が 20 市 町 村 48 地 区 無 歯 科 医 地 区 が 25 市 町 村 66 地 区 あ り 全 国 有 数 の 無 医 無 歯 科 医 地 区 である このため 住 民 の 健 康 の 保 持 と 予 防 医 療 に 一 体 化 を 図 るため
与謝蕪村
四 季 俳 句 与 謝 蕪 村 冬 五 一 秋 三 九 夏 二 三 春 目 次 1 i ii 春 -1 - 春 雨 や 暮 れ な む と し て け ふ も あ り -2 - 春 風 や 堤 つ つ み 長 う し て 家 遠 し -3 - 遅 き 日 つ も り て 遠 き む し な -4 - や ぶ 入 り 夢 や 小 豆 あ づ き 煮 え る う ち -5 - 燭 し ょ く 火 を
<91E589EF8C8B89CA303730382E786C73>
男 子 ダブルス 優 勝 : 濱 松 大 樹 ( 武 蔵 越 生 ) 松 島 池 上 里 清 水 小 林 米 田 武 蔵 越 生 坂 戸 越 生 埼 玉 平 成 橋 本 吉 田 石 川 滝 谷 丑 場 吉 野 塩 田 森 田 川 越 東 所 沢 西 川 越 東 武 蔵 越 生 町 田 佐 藤 平 沼 田 中 国 分 青 木 戸 澤 加 藤 西 武 台 入 間 向 陽 坂 戸 西 所 沢 北 大 久
<4D6963726F736F667420576F7264202D20817932382E322E32328F4390B3817A977691CE8DF489D38F8A88EA9797955C5F8CF68A4A9770816A5F2E646F6378>
< 番 西 条 小 学 地 校 区 > 通 学 路 安 全 対 策 一 覧 表 (H28.2 月 改 訂 版 ) 12 号 路 線 名 ( 位 置 ) カメラのキタムラ 箇 所 名 住 所 南 学 路 の 状 況 危 険 の 内 容 対 策 内 容 事 業 主 体 対 策 状 況 3 市 道 土 吉 与 行 丸 泉 御 線 薗 宇 線 福 美 賀 人 茂 酒 自 造 動 ~ 車 学 上 校 市 北
公 示 価 格 一 覧 の 見 方 1 < 番 号 > 一 連 番 号 2 < 標 準 地 番 号 > 冠 記 番 号 例 示 標 準 地 の 用 途 なし -1-2 住 宅 地 5 5-1 5-2 商 業 地 9 9-1 9-2 工 業 地 3 < 市 町 名 > 標 準 地 が 属 する 市 町
平 成 28 年 地 価 公 示 ( 山 口 県 分 ) 公 示 価 格 一 覧 < 基 準 日 : 平 成 28 年 1 月 1 日 > 山 口 県 総 合 企 画 部 政 策 企 画 課 ( 資 料 : 国 土 交 通 省 ) 公 示 価 格 一 覧 の 見 方 1 < 番 号 > 一 連 番 号 2 < 標 準 地 番 号 > 冠 記 番 号 例 示 標 準 地 の 用 途 なし -1-2 住
<874181798267826F8CF6955C81458D589056837D8358835E815B837483408343838B817A8CF6955C977089C18D488DEC8BC62E786C73>
群 馬 県 1270 群 馬 県 立 心 臓 血 管 センター 県 立 群 馬 県 前 橋 市 亀 泉 町 甲 3-12 医 療 局 長 027-269-7455 等 有 無 射 液 セ サ 指 プ マ 又 示 又 ト リー 内 1271 野 村 産 婦 人 科 ( 現 : 野 村 産 婦 人 科 医 ) 群 馬 県 前 橋 市 下 沖 町 129-1 027-234-7100 1272 今 井 産
<92508F838F578C76816948509770816A2E786C73>
平 成 24 年 2 月 1 日 現 在 ( 単 純 集 ) ( 大 槌 町 復 興 局 復 興 推 進 室 ) 1/26 住 宅 再 建 に 関 する 意 向 調 査 について 1. 調 査 目 的 被 災 者 住 宅 再 建 について 見 通 しや 考 え 方 を 明 らかにすることにより 大 槌 町 東 日 本 大 震 災 津 波 復 興 画 ( 実 施 画 ) 策 定 に 係 る 基 礎 資
平 成 27 年 度 群 馬 県 国 体 予 選 体 操 競 技 大 会 少 年 女 子 順 位 所 属 名 通 番 名 個 人 総 合 成 績 一 覧 表 学 年 跳 馬 段 違 い 平 行 棒 2015/6/13( 土 )18:03 平 均 台 ゆ か 合 計 1 健 大 高 崎 17 田 口
種 目 別 成 績 平 成 27 年 度 群 馬 県 国 体 予 選 体 操 競 技 大 会 理 事 長 古 宇 田 隆 久 競 技 種 目 体 操 競 技 少 年 女 子 TEL 2 田 口 希 健 大 高 崎 高 3 13.200 3 小 林 周 健 大 高 崎 高 3 13.050 4 小 島 里 穂 吉 井 高 3 12.950 4 髙 木 清 楓 伊 商 高 1 12.950 6 善 如
七 の 二 自 然 公 園 法 ( 昭 和 三 十 二 年 法 律 第 百 六 十 一 号 ) 第 二 十 条 第 一 項 に 規 定 する 国 立 公 園 又 は 国 定 公 園 の 特 別 地 域 のうち 同 法 第 二 十 一 条 第 一 項 に 規 定 する 特 別 保 護 地 区 その 他
地 方 税 法 ( 固 定 資 産 税 の 非 課 税 の 範 囲 ) 第 三 百 四 十 八 条 市 町 村 は 国 並 びに 都 道 府 県 市 町 村 特 別 区 これらの 組 合 財 産 区 及 び 合 併 特 例 区 に 対 しては 固 定 資 産 税 を 課 することができない 2 固 定 資 産 税 は 次 に 掲 げる 固 定 資 産 に 対 しては 課 することができない ただし
統 合 ( 予 定 ) 日 店 番 号 統 合 店 店 番 号 継 承 店 電 話 番 号 H17.8.8 ( 月 ) 917 下 馬 支 店 78 世 田 谷 支 店 (03)5430-5311 H17.7.11 ( 月 ) 19 世 田 谷 通 支 店 597 経 堂 支 店 (03)3425-
店 舗 統 合 のお 知 らせ( 統 合 日 順 ) 店 舗 統 合 にともない 以 下 の 通 り 店 番 号 店 名 を 変 更 させていただきます お 客 さまにはご 不 便 をおかけいたしますが ご 了 承 いただきますようお 願 いいたします 統 合 ( 予 定 ) 日 店 番 号 統 合 店 店 番 号 継 承 店 電 話 番 号 H28.3.14 ( 月 ) 456 姫 路 南 支 店
豊 住 直 樹 岩 沢 雅 司 渡 邉 幸 彦 7 中 林 信 男 高 橋 功 7 竹 原 奈 津 紀 滝 沢 義 明 コ 9 片 見 明 コ ム ム 高 橋 進 小 峰 直 ム 中 島 克 昌 55 0 松 島 誠 55 滝 邦 久 関 竹 夫 嶋 田 道 夫 信 7 栗 原 孝 信 ム 竹 井
コート 般 男 子 人 用 開 始 時 間 終 了 時 間 ブロック 佐 野 博 士 佐 久 間 弘 敏 信 信 井 上 友 幸 田 中 英 司 横 尾 昌 法 加 賀 重 隆 ム ム - 0 0 コート 般 男 子 人 用 開 始 時 間 終 了 時 間 B ブロック 武 田 長 谷 部 弘 之 根 岸 修 55 中 村 亘 55 宮 木 伸 夫 寺 西 信 ム ム 8 0 5-7 0 8 9 -
男 子 2 Cクラス 男 子 団 体 総 合 ( 中 学 生 ) 第 1 位 下 小 路 中 学 校 90.900 村 上 山 口 篠 澤 城 内 第 2 位 北 陵 中 学 校 66.400 伊 藤 佐 藤 森 中 村 Cクラス 男 子 個 人 総 合 ( 中 学 生 ) 第 1 位 関 口 汰
男 子 1 小 学 生 男 子 マット 運 動 第 1 位 高 橋 頼 生 7.80 みたけジムナスト 第 2 位 伊 藤 魁 星 7.65 みたけジムナスト 第 3 位 河 本 純 也 7.50 みたけジムナスト Aクラス 男 子 個 人 総 合 ( 小 学 校 低 学 年 ) Bクラス 男 子 個 人 総 合 ( 小 学 校 高 学 年 ) 第 1 位 高 橋 響 30.200 パレットスポーツクラブ
38 4 鈴 木 菜 央 ( 札 幌 月 寒 ) W -9-5 4 宗 像 冴 枝 ( 大 麻 ) 39 45 橋 谷 麻 由 ( 江 別 ) W 7- - - 44 小 田 島 真 由 ( 札 幌 白 石 ) 4 47 田 中 美 佳 ( 恵 庭 南 ) W -6-5 46 中 納 瑞 希 ( 札
回 戦 藤 井 春 果 ( 札 幌 厚 別 ) W キ L 3 柴 田 葵 ( 札 幌 平 岡 ) 7 柏 美 乃 里 ( 札 幌 東 ) W - -5 8 岩 井 美 穂 ( 札 幌 平 岸 ) 3 吉 田 梨 穂 ( 札 幌 丘 珠 ) W -9-8 9 大 野 晴 加 ( 大 麻 ) 4 3 土 谷 麻 貴 ( 札 幌 真 栄 ) W -6 3-4 佐 々 木 いちご ( 札 幌 白 石 )
7 きれいな 梅 が いっぱいとれたよ! いいにおいがする と 子 どもたち たくさん 採 れました 幼 稚 園 で 梅 干 しなどを 作 ります Gojo Photo News ごじょうフォトニュース Gojo Photo News ごじょうフォトニュース Gojo Photo News ごじょうフォトニュース 最 新 号 広 報 五 條 平 成 26 年 7 号 バックナンバー スクラップブック
男 子 敗 者 復 活 戦 5 3 5 湖 南 北 湖 南 北 3 9 5 袋 井 商 農 北 西 5 西 北 3 3 7 西 商 7 3 9 5 5 3 横 須 賀 日 体 南 新 居 池 新 天 竜 小 笠 西 商 6 8 3 6 5 8 5 市 5 8 3 北 立 5 3 北 市 立 聖 隷
男 子 団 体 戦 組 合 せ 7 3 6 3 位 決 定 戦 東 3 7 5 3 3 8 西 名 5 菊 3 5 川 東 3 5 3 5 3 3 学 5 6 西 院 3 優 勝 西 名 8 南 3 湖 南 常 天 竜 学 代 西 工 院 3 8 学 6 6 西 院 常 5 菊 3 池 新 9 小 笠 日 体 5 横 須 賀 6 西 北 商 3 7 北 西 新 居 8 袋 井 商 9 工 常 菊 川
石 川 県 高 体 連 事 務 局 御 中 1/3 平 成 24 年 度 石 川 県 高 等 学 校 総 合 体 育 大 会 少 林 寺 拳 法 競 技 ( 予 選 ) 種 目 名 予 選 出 場 順 予 選 順 位 支 部 名 団 体 名 予 選 合 計 男 子 団 体 演 武 1 5 小 松 明
平 成 24 年 度 石 川 県 高 等 学 校 総 合 体 育 大 会 少 林 寺 拳 法 競 技 種 目 名 順 位 高 校 名 選 手 名 1 選 手 名 2 1. 男 子 団 体 演 武 の 部 2. 男 子 組 演 武 の 部 3. 男 子 単 独 演 武 の 部 4. 女 子 団 体 演 武 の 部 5. 女 子 組 演 武 の 部 6. 女 子 単 独 演 武 の 部 1 位 金 沢
2. 建 築 基 準 法 に 基 づく 限 着 色 項 目 の 地 区 が 尾 張 旭 市 内 にはあります 関 係 課 で 確 認 してください 項 目 所 管 課 窓 口 市 役 所 内 電 話 備 考 がけに 関 する 限 (がけ 条 例 ) 都 市 計 画 課 建 築 住 宅 係 南 庁 舎
重 要 事 項 調 査 シート( 法 令 に 基 づく 限 の 調 べ 方 ) 尾 張 旭 市 版 1. 都 市 計 画 法 に 基 づく 限 項 目 市 内 所 管 課 窓 口 市 役 所 内 電 話 区 都 市 計 画 区 有 都 市 計 画 課 計 画 係 南 庁 舎 2F 76-8156 都 市 計 画 道 路 有 都 市 計 画 課 計 画 係 南 庁 舎 2F 76-8156 都 市 計
(Microsoft PowerPoint - \213{\217\351\226k\225\224\(B1\213g\223c\))
東 北 地 方 太 平 洋 沖 地 震 災 害 調 査 報 告 B1( ) 班 : 吉 田 信 之, 山 下 典 彦, 深 田 隆 弘 東 北 支 部 関 西 支 部 合 同 第 一 次 調 査 団 調 査 期 間 :2011 : 年 4 月 5 日 8 日 調 査 員 :(B1 : 班 : ) 吉 田 信 之 ( 神 戸 大 学 ), 山 下 典 彦 ( 神 戸 市 立 工 業 高 等 専 門 学
大 手 2 丁 目 大 手 3 丁 目 大 畑 町 大 宮 1 丁 目 273
合 計 264,34 127,817 136,527 102,87 260,12 126,137 133,985 100,401 4,22 1,680 2,542 2,476 明 里 町 373 194 179 196 360 185 175 190 13 9 4 6 足 羽 上 町 2 0 2 2 2 0 2 2 0 0 0 0 足 羽 1 丁 目 803 394 409 320 794 389
大 手 2 丁 目 大 手 3 丁 目 大 畑 町 大 宮 1 丁 目 272
合 計 264,27 127,767 136,510 102,917 260,073 126,08 133,985 100,45 4,204 1,679 2,525 2,462 明 里 町 373 193 180 196 360 184 176 190 13 9 4 6 足 羽 上 町 2 0 2 2 2 0 2 2 0 0 0 0 足 羽 1 丁 目 79 389 410 318 790 384
大 手 2 丁 目 大 手 3 丁 目 大 畑 町 大 宮 1 丁 目
合 計 264,316 127,738 136,578 103,245 259,924 125,973 133,951 100,583 4,392 1,765 2,627 2,662 明 里 町 36 190 176 193 354 182 172 18 12 8 4 5 足 羽 上 町 2 0 2 2 2 0 2 2 0 0 0 0 足 羽 1 丁 目 79 390 409 318 790 385
Taro-学校だより学力調査号.jtd
第 5 号 ( H2 7. 1 1. 1 7 ) 舞 鶴 小 学 校 ま い づ る 発 行 人 大 澤 正 史 本 校 の 学 習 状 況 に つ い て ( 今 年 度 6 年 生 が 実 施 し た 全 国 学 力 学 習 状 況 調 査 の 結 果 ) 今 年 度 の 全 国 学 A1 2007 年 よ り 日 本 全 国 の 小 中 学 校 の 最 高 学 年 ( 小 学 6 年 力 学
<938292C38E7396BC95EB816994EC914F816A5F32303133303332362E786C73>
60001 60002 60003 星 賀 納 所 線 納 所 梅 崎 線 新 木 場 寺 浦 線 唐 津 市 肥 前 町 星 賀 字 坂 ノ 屋 敷 728 番 2 地 先 4.90 4,533.51 唐 津 市 肥 前 町 納 所 字 芝 生 丁 592 番 5 地 先 26.00 唐 津 市 肥 前 町 納 所 字 稗 田 乙 581 番 1 地 先 3.90 5,709.88 唐 津 市 肥
横 浜 ガーデン 山 神 奈 川 県 横 浜 市 神 奈 川 区 三 ツ 沢 下 町 33-14 横 浜 菅 田 神 奈 川 県 横 浜 市 神 奈 川 区 菅 田 町 488 新 田 神 奈 川 県 横 浜 市 港 北 区 新 吉 田 町 3238 横 浜 日 吉 七 神 奈 川 県 横 浜 市
横 浜 中 央 神 奈 川 県 横 浜 市 西 区 高 島 2-14-2 青 葉 神 奈 川 県 横 浜 市 青 葉 区 荏 田 西 1-7-5 鶴 見 神 奈 川 県 横 浜 市 鶴 見 区 鶴 見 中 央 3-22-1 港 北 神 奈 川 県 横 浜 市 港 北 区 菊 名 6-20-18 都 筑 神 奈 川 県 横 浜 市 都 筑 区 茅 ヶ 崎 中 央 33-1 緑 神 奈 川 県 横 浜
平 成 22 年 度 広 島 県 高 等 学 校 総 合 体 育 大 会 男 子 学 校 対 抗 戦 結 果 (H22.6.5 記 録 花 岡 理 ) 広 島 城 北 2 安 古 市 2 沼 田 0 高 陽 廿 日 市 西 0 0 4 尾 道 4 大 門 2 0 0 0 5 県 立 工 業 5 崇
第 42 回 広 島 県 高 等 学 校 バドミントン 個 人 選 手 権 大 会 兼 第 5 回 中 国 高 等 学 校 バドミントン 選 手 権 大 会 第 6 回 全 国 高 等 学 校 総 合 体 育 大 会 バドミントン 競 技 会 広 島 県 予 選 会 総 合 成 績 男 子 学 校 対 抗 戦 の 部 広 島 城 北 2 安 古 市 市 立 福 山 基 町 5 安 芸 府 中 5 桜
6/19 +0.5 小 高 孝 二 23.28 中 嶋 憲 一 24.02 小 町 谷 直 樹 27.44 200m 愛 知 駒 ヶ 根 市 駒 ヶ 根 市 6/19 松 下 正 浩 59.49 400m 静 岡 6/19 森 田 俊 一 5:52.36 1500m 愛 知 6/19 中 澤 俊 喜
6/19 M30-0.7 小 野 宏 貴 7.25 60m 岐 阜 6/19 0.0 小 野 宏 貴 11.16 上 原 隆 伸 17.35 100m 岐 阜 松 本 市 6/19-1.7 小 野 宏 貴 22.53 200m 岐 阜 6/19 小 林 祐 也 2:10.86 6/19 小 林 祐 也 4:30.04 浅 井 祐 一 郎 5:04.71 1500m 長 野 市 松 本 市 6/19
174977_広島市報(第1028号).indd
平 成 28 年 2 月 1 日 第 1028 号 91 江 口 悦 子 主 婦 45,000 雑 費 春 日 トシ 子 主 婦 45,000 79,152 福 間 健 無 職 45,000 原 田 美 佐 子 主 婦 45,000 隅 田 杉 子 主 婦 45,000 151,200 330,804 竹 野 早 苗 主 婦 45,000 竹 野 里 夏 主 婦 45,000 216,000 佐 々
ら 情 報 せ 先 先 ホムペジ
菊 池 川 大 橋 橋 長 メトル ホムペジ http://www.city.tamana.lg.jp 携 帯 ホムペジ http://www.city.tamana.lg.jp/i ら 情 報 せ 先 先 ホムペジ http://www.city.tamana.lg.jp..5 役 5 代 横 島 4 代 岱 明 5 代 天 水 代..5 再 ウ ォ ミ グ プ コ 年 再 対 象 技 術 得 目
Bエリア Fエリア D01 a 駅 前 1 2 丁 目 25 0 25 F01 c 富 田 町 字 権 現 林 他 208 58 266 D02 a 大 町 1 2 丁 目 93 322 415 F02 a 富 田 町 字 上 ノ 台 他 238 87 325 D03 b 中 町 38 71 109
まかせて 郡 山 エリア 一 覧 表 日 付 2016/4/1 配 布 料 金 (R=ランク) a:@6.0 円 b:@6.8 円 c:@7.6 円 ( 全 戸 配 布 ) 集 合 住 宅 の 中 でも2ルーム 以 上 の 集 合 を2R 集 合 とします 集 合 の 数 の 中 に 含 まれます チラシの 配 布 を 禁 止 している 住 宅 や 空 き 家 など( 特 に 集 合 住 宅 )は
表紙
公益財団法人京都府埋蔵文化財調査研究センター 設立 35 周年記念講演会 シンポジウム やまとごころとからざえ 和魂漢才 京都 東アジア 考古学 ʩ 1 テーマ 和魂漢才 京都 東アジア交流考古学 2 日 時 平成 27 年 11 月 29 日 日 12:30 16:30 3 主 催 京都府教育委員会 公益財団法人京都府埋蔵文化財調査研究センター 4 後 援 向日市教育委員会 5 会 場 向日市民会館
