大阪市立科学館研究報告 第25号 2015年 p.45-54
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- まれあ よしくに
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1 大 阪 市 立 科 学 館 研 究 報 告 25, (2015) 歌 川 國 芳 知 多 星 呉 用 と 古 観 象 台 の 観 測 器 宮 島 一 彦 * 概 要 歌 川 國 芳 ( )の 浮 世 絵 出 世 作 通 俗 水 滸 伝 豪 傑 百 八 人 シリーズ(1827) 中 に 知 多 星 呉 用 という 一 枚 がある この 絵 の 呉 用 の 足 元 に 描 かれている 天 文 儀 器 が フェルビースト( 中 国 名 南 懐 仁 )が 北 京 の 観 象 台 に 設 置 した 肉 眼 天 体 観 測 器 であることは J.Needhamが Science and Civilisation in China で 簡 単 に 指 摘 しているが あまり 知 られていない 観 象 台 全 体 及 び 個 々の 観 測 器 を 描 いた 図 は 岡 田 玉 山 編 述 画 / 岡 熊 岳 大 野 東 野 画 唐 土 名 勝 図 会 (1806)に 載 せられている これらが 中 国 からもたらさ れた 南 懐 仁 新 製 霊 台 儀 象 志 附 新 製 霊 台 儀 象 図 (1674 序 )に 基 づいていることは 明 らかであろう 國 芳 はおそらく 唐 土 名 勝 図 会 に 基 づき かつ 実 際 よりずっと 縮 小 して 呉 用 の 足 元 に 描 いたのである この 観 象 台 は 明 清 の 都 北 京 の 内 城 の 一 角 に 設 けられたもので かつては 元 明 代 の 観 測 器 が 据 え られていた 清 朝 になり イエズス 会 士 南 懐 仁 らが 康 熙 帝 に 願 い 出 て それらの 儀 器 を 鋳 つぶして 得 た 青 銅 により 西 洋 式 の 肉 眼 観 測 器 を 製 作 設 置 した これが 上 記 の2 書 に 描 かれたものであり 義 和 団 の 乱 の 際 仏 独 に 戦 利 品 として 持 ち 去 られるなどの 転 変 の 末 に 元 の 場 所 に 戻 され 現 在 見 ることができる これらの 観 測 器 の 多 くは Tycho Brahe( )の 天 文 台 に 設 置 されたものを 手 本 にしている 1. 歌 川 國 芳 歌 川 國 芳 は 周 知 のように 葛 飾 北 斎 や 喜 多 川 歌 麿 歌 川 広 重 らと 並 んで 現 在 でも 人 気 の 高 い 浮 世 絵 師 である 広 重 と 同 年 の 生 まれで 12 歳 で 描 いた 鍾 馗 提 剣 図 が 歌 川 豊 国 の 目 に と ま り 15 歳 の 文 化 8(1811) 年 その 弟 子 となった 同 11(1814) 年 頃 刊 の 合 巻 御 無 事 忠 臣 蔵 表 紙 と 挿 絵 が 初 作 とされる そ して 豊 国 没 後 の 文 政 10(1827) 年 頃 に 発 表 した 大 判 揃 物 通 俗 水 滸 伝 豪 傑 百 八 人 が 評 判 を 博 した 人 物 に よって 之 一 個 とするものと 之 壱 人 とするもの がある このシリーズ( 確 認 されているのは 文 献 1には61 組 74 人 とあるが 文 献 18のリストでは75 人 )の 一 枚 に 知 多 星 呉 用 がある シリーズ 最 初 の5 枚 のうちの1 枚 とのことで あるが 他 の 人 物 に 比 べ 美 術 書 や 美 術 展 で 紹 介 さ れることは 比 較 的 少 ないように 思 う 図 柄 は 他 の 人 物 が 入 れ 墨 を 施 した 肌 を 露 わにしたりして 勇 ましい 姿 で 描 かれているのとはいささか 趣 を 異 にし 指 を 折 って 策 をめぐらす 足 元 に 天 文 儀 器 が 描 かれている その * 中 之 島 科 学 研 究 所 研 究 員 / 同 志 社 大 学 理 工 学 部 嘱 託 講 師 [email protected] 浮 世 絵 の 実 物 を 購 入 したのを 機 会 に この 天 文 儀 器 に 着 目 して 見 たい 2. 水 滸 伝 水 滸 伝 は 三 国 志 演 義 西 遊 記 金 瓶 梅 と 併 せて 中 国 四 大 奇 書 に 数 えられる 奇 は 奇 妙 の 意 ではなく 優 れた という 意 味 であり それならば 他 に も 紅 楼 夢 など 数 に 入 れたいものもあるが それはさ ておく 現 在 見 る 形 になったのは 明 代 初 め その 形 に まとめたのは 施 耐 庵 とされるが 成 立 過 程 作 者 等 に ついて 詳 細 は 例 えば 駒 田 信 二 の 現 代 日 本 語 訳 版 ( 参 考 文 献 2)の 解 説 を 参 照 されたい 梁 山 泊 に 集 (つど)った 宋 江 を 首 領 とする108 人 の 好 漢 が 活 躍 三 国 志 の 諸 葛 亮 孔 明 に 相 当 する のが 呉 用 で 知 多 星 はあだ 名 である 三 国 志 演 義 のかなりの 部 分 が 史 実 に 基 づいているのに 対 し 水 滸 伝 は 虚 構 がほとんどであるが 宋 江 のモデルは 北 宋 末 に 梁 山 泊 の 湖 沼 地 帯 を 中 心 に 起 こった 反 乱 の 指 導 者 として 実 在 するし 同 書 に 登 場 する 宦 官 の 童 貫 や 宰 相 の 蔡 京 太 尉 ( 軍 事 の 長 官 ) 高 俅 同 じころ 反 乱 を 起 こした 方 臘 なども 実 在 の 人 物 である 三 国 志 同 様 水 滸 伝 もわが 国 の 江 戸 文 学 に 大 き な 影 響 を 与 え た 岡 島 冠 山 ( ) の 訓
2 宮 島 一 彦 図 1. 筆 者 所 蔵 歌 川 國 芳 通 俗 水 滸 伝 豪 傑 百 八 人 之 一 個 知 多 星 呉 用
3 歌 川 國 芳 知 多 星 呉 用 と 古 観 象 台 の 観 測 器 点 本 と 翻 訳 をはじめ 翻 訳 翻 案 等 が 出 版 された 江 戸 時 代 における 決 定 版 ともいうべきものは 滝 沢 馬 琴 と 高 井 蘭 山 との 訳 になる 新 編 水 滸 画 伝 で 挿 絵 は 葛 飾 北 斎 が 担 当 した 馬 琴 の 南 総 里 見 八 犬 伝 も 水 滸 伝 に 想 を 得 たものである 現 代 語 訳 では 上 記 の 駒 田 信 二 のもの 翻 案 小 説 では 吉 川 英 治 新 水 滸 伝 ( 遺 作 未 完 )などがあるが 詳 しいことは 省 略 す る 3. 國 芳 の 知 多 星 呉 用 筆 者 がこの 浮 世 絵 を 初 めて 知 ったのは Needham Science and Civilisation in China, Vol.3 の 翻 訳 ( 日 本 語 訳 中 国 の 科 学 と 文 明 第 5 巻 天 の 科 学 ) 時 のこと で 訳 の 分 担 範 囲 に 含 まれていた( 文 献 3,4) P.450 の 図 版 説 明 に 曰 く ( 前 略 ) The legend reads: Chioku Seigōyō [Chih -To-Hsing, Wu Yung], a man from the village of Tōkei, having the cognomen Gāgaku-kyudō, and the literary name Karyu-sensei. In military science he was not inferior to Kōmei [i.e. Chuko Liang] and Taikohō [i.e. Chiang Tzu-Ya], and for wiles and stratagems he equalled Hanrei [i.e. Fan li]. He was a general at Ryosanhaku [i.e. Liang Shan Po, the headquarters of the rebellion described in All Men are Brothers]. ( 以 下 略 ) 始 めの Chioku Seigōyō は 絵 の 右 上 の 知 多 星 呉 用 を 読 んだものだが 多 を oku としているのは おおく と 訓 読 みしたのであろう Sei( 星 )を 呉 用 の 方 にくっ つけ([ ] 内 の 中 国 語 読 みは 正 しく 区 切 っている) 呉 を gō と 伸 ばしている 以 下 は 絵 の 中 段 左 方 の 文 を 読 んだもので これも 少 し 読 みがおかしいが いちいち 指 摘 しないでおく 原 文 は 東 渓 村 の 人 にして 字 (あざな)は 呉 学 究 道 号 を 加 [ 穴 冠 に 流 =りょう] 先 生 といふ 陣 㳒 [= 法 ]は 孔 明 太 公 望 に 不 劣 (おとらず) 陰 謀 は [ 草 冠 に 夕 + 匕 范 ] 蠡 (はんれい)にも 勝 れり 梁 山 泊 の 軍 師 なり である 120 回 本 では 第 13 回 後 半 から 舞 台 が 東 渓 村 に 移 り 第 14 回 で 呉 用 が 登 場 する 駒 田 信 二 の 訳 ( 平 凡 社 中 国 古 典 奇 書 シリーズ)によれば(ふりがな 略 ) ( 前 略 ) 学 者 のような 身 なりで 頭 には 桶 型 の 眉 深 な 頭 巾 をかぶり 身 には 黒 い 縁 のある 麻 のゆったりした うわぎを 着 腰 には 茶 褐 色 の 帯 をしめ 下 には 絹 の 靴 に 白 の 靴 下 をはき 眉 秀 で 顔 は 白 く 長 いひげを たくわえている この 人 こそ 知 多 星 の 呉 用 であって 字 は 学 究 道 号 を 加 亮 先 生 といい もともとこの 村 の 人 この 呉 用 をたたえた 臨 仙 江 ( 曲 の 名 )のうたがあ る ( 中 略 ) 謀 略 は 諸 葛 ( 孔 明 )を 欺 く 陳 平 ( 漢 の 高 祖 の 智 臣 ) 豈 才 能 に 適 せんや 略 か 小 計 を 施 せば 鬼 神 も 驚 く 字 は 称 す 呉 学 究 人 は 呼 ぶ 知 多 星 と 号 の 下 の 文 字 ( りゅう または りょう )は 亮 になっている ここには 比 較 の 対 象 として 太 公 望 も 范 蠡 も 出 てこな い 呉 用 は 天 罡 星 の 化 身 36 人 の 一 人 だが 地 煞 星 の 化 身 72 人 中 の 神 機 軍 師 朱 武 をたたえる 詩 には( 第 59 回 ) 智 は 張 良 の 比 たるべく 才 は 范 蠡 を 欺 かんとす 今 呉 用 に 副 うに 堪 えたり 朱 武 神 機 と 号 す とあり 朱 武 も 范 蠡 としか 比 較 していない 宋 周 密 撰 癸 辛 雑 識 続 集 上 の 宋 江 三 十 六 賛 知 多 星 呉 学 究 の 条 にもこれらの 人 物 との 比 較 はされていない 4. 知 多 星 呉 用 に 描 かれた 天 文 儀 器 かつては 占 星 術 は 兵 家 の 必 須 の 学 であったから 軍 師 呉 用 の 足 元 に 天 文 儀 器 をあしらったのであろう が 水 滸 伝 の 舞 台 は 北 宋 末 であるし 120 回 本 がほ ぼ 確 立 したのが 明 初 である イスラムの 天 文 儀 器 は 伝 来 しているが 西 洋 のものはまだ 伝 わっていない しか し 明 清 の 都 であった 北 京 に 今 も 残 る 古 観 象 台 の 西 洋 式 天 文 儀 器 を 見 れば それらのうちの 二 つを 描 いた ものであることは 一 目 瞭 然 である ニーダムは 前 記 図 版 説 明 の 冒 頭 で Ferdinand Verbiest, habited as a Chinese official, with his sextant and his celestial globe. また 末 尾 に His conflation with one of the heroes of popular literature in this way is remarkable. と 書 いている ここに 描 かれた 儀 器 (celestial globeは 誤 りでarmillary sphereが 正 しい)がフェルビーストの 製 作 に なるものであるとの 指 摘 はよいとして 人 物 像 がフェル ビースト 扮 するものという 主 張 の 根 拠 は 何 なのか わか らない 5. 北 京 の 古 観 象 台 筆 者 が 北 京 の 古 観 象 台 を 最 初 に 訪 れたのは1980 年 3 月 で 第 1 次 日 本 科 学 史 学 術 訪 中 団 の 一 員 として であった 時 あたかも 人 の 死 者 を 出 した1976 年 7 月 28 日 の 唐 山 地 震 から4 年 足 らずしかたっていな かった この 地 震 で 震 源 地 に 近 い 北 京 古 観 象 台 も 被 害 を 受 け 側 壁 の 一 部 が 崩 れ 儀 器 にも 被 害 が 出 た ため 取 り 外 して ソヴィエト 連 邦 との 関 係 が 悪 化 した 時 に 台 下 に 設 けられたという 避 難 用 トンネルに 収 納 されていた( 図 2,3) 81 年 3 月 に 第 2 次 日 本 科 学 史 学 術 訪 中 団 の 一 員 と して 近 くを 通 過 した 時 も 儀 器 はまだ 台 上 には 戻 って いなかったが 同 年 中 に 修 復 が 完 了 重 点 文 物 保 護 単 位 に 指 定 されたことが 翌 年 報 じられた その 後 1987 年 2005 年 の 国 際 学 会 の 際 訪 問 の 機 会 を 得 た 2005 年 には 周 囲 が 高 いビルに 取 り 囲 ま
4 宮 島 一 彦 れてしまっていた 台 上 には 呉 用 の 足 元 に 描 かれていた 六 分 儀 ( 当 時 の 中 国 名 は 紀 限 儀 文 献 1に 地 平 経 緯 儀 あるブログに 八 分 儀 とあるのはいずれも 誤 り) 天 球 儀 ( 中 国 名 は 天 体 儀 )を 始 め 8 基 の 観 測 器 が 設 置 されている これら の 儀 器 お よ び 観 象 台 全 体 の 俯 瞰 図 は 南 懐 仁 (Ver biest, ) 欽 定 ( 新 製 ) 霊 台 儀 象 志 附 新 製 霊 台 儀 象 図 および 董 誥 欽 定 皇 朝 礼 器 図 式 ( 文 献 7,8)な どにも 収 載 されている この 両 書 は 岡 田 玉 山 編 述 画 / 岡 熊 岳 大 野 東 野 画 唐 土 名 勝 図 会 巻 一 ( 文 図 2. 修 復 整 備 中 の 古 観 象 台 1980 年 筆 者 撮 影 図 3. 儀 器 の 取 り 外 された 古 観 象 台 台 上 撮 影 同 上 図 6. 天 体 儀 右 後 方 は 黄 道 経 緯 儀 1987 年 筆 者 撮 影 図 4. 古 観 象 台 俯 瞰 写 真 ( 人 民 画 報 1983 年 第 11 期 ) 図 5. 紀 限 儀 2005 年 筆 者 撮 影 図 7. 筆 者 蔵 唐 土 名 勝 図 会 巻 三 紀 限 儀 之 図
5 歌川國芳 知多星呉用 と古観象台の観測器 献9) の 引用書目 にも記載されている 下に 唐土名 勝図会 の 次ページに 霊 台儀象図 の 俯瞰図を 掲げる 両図を比べると むしろ前者の方が自然な感 じに描かれている また 紀限儀 天体儀の実物と 霊 台儀象図 皇朝礼器図式 唐土名勝図会 の絵とを 比較すると 装 飾 や表面の星座など 霊台 は他 の2書と異なり 実物も2書と微妙に異なる 図8 同 天体儀之図 図9 現在の古観象台 2005年筆者撮影 台下には中 国式の伝統的な渾天儀が置かれている 図 10 唐土名勝図会 巻三 観象台上之図 左右のページに分かれた図を整合させるため 縮小率を変えている
6 宮 島 一 彦 図 11. 筆 者 蔵 霊 台 儀 象 図 写 本 より 観 象 台 之 図 國 芳 の 絵 は 皇 朝 唐 土 に 近 い もちろん 國 芳 が 中 国 で 実 見 出 来 るはずもなく これらの 書 に 準 拠 したに 相 違 ない 儀 象 図 にはなかった 人 物 が 描 か れており 儀 器 名 や 説 明 文 も 加 えられている 紀 限 儀 は 奥 の 中 央 天 体 儀 は 手 前 の 中 央 にある 右 奥 から 左 回 りに 天 風 竿 ( 風 向 計 ) 紀 限 儀 ( 六 分 儀 2 天 体 の 角 距 離 の 測 定 ) 象 限 儀 ( 四 分 儀 高 度 の 測 定 ) 地 平 経 儀 ( 方 位 角 の 測 定 ) 黄 道 [ 経 緯 ] 儀 ( 一 種 のアルミラ 球 儀 黄 緯 黄 緯 の 測 定 ) 天 体 儀 ( 天 球 儀 ) 赤 道 [ 経 緯 ] 儀 ( 一 種 のアルミラ 球 儀 赤 経 赤 緯 の 測 定 )となる その 奥 のも のはよくわからない これを 図 4の 航 空 写 真 と 比 較 すると 配 置 が 一 致 し ない( 図 22 参 照 ) 天 風 竿 は 別 にして 少 なくとも 他 の6 つの 儀 器 は 南 懐 仁 が 製 作 したものであるが 後 述 のよ うに 1715 年 に 紀 理 安 (キリアン シュトゥンプB. Kilian Stumpf) に よ っ て 地 平 経 緯 儀 が 1744 年 に 戴 進 賢 (Kögler, )らによって 璣 衡 撫 辰 儀 が 加 えられ た それらの 際 に 配 置 の 調 整 と 台 の 拡 張 が 行 われた その 後 義 和 団 の 乱 後 にこれらの 儀 器 は 戦 利 品 として フランスやドイツに 持 ち 帰 られてのち 返 還 された 日 中 戦 争 や 文 化 大 革 命 も 経 験 したし 先 述 のように 唐 山 地 震 後 にも 取 り 外 して 台 下 に 置 かれた 修 復 作 業 中 に 薮 内 清 先 生 のところに 観 象 台 の 古 い 写 真 はな いか との 問 い 合 わせがあった 霊 台 儀 象 図 の 観 象 台 之 図 はMelchior Hafnerの Astronomia Europaea に 銅 版 画 で 収 載 されて 西 洋 にも 紹 介 されたが デュアルド(Le p.du Halde)の 銅 版 画 は 裏 返 しで それと 知 らずに 転 載 している 書 物 もあ る( 文 献 3,10) 6. 観 象 台 縁 起
7 歌 川 國 芳 知 多 星 呉 用 と 古 観 象 台 の 観 測 器 元 朝 は 都 を 北 京 において 大 都 と 呼 んだ 中 国 の 王 朝 の 常 として( 漢 民 族 でない 元 の 場 合 も) 司 天 台 を 都 に 建 設 し 郭 守 敬 の 設 計 になる13ほどの 儀 器 が 据 え 付 けられた この 場 所 は 現 在 の 古 観 象 台 の 北 にあ った その 後 明 が 興 り 元 が 滅 んで 明 の 洪 武 帝 が 都 を 南 京 に 定 めると 鶏 鳴 山 ( 現 鶏 籠 山 ) 北 極 閣 に 観 星 台 を 建 設 し これらを 移 設 した 永 楽 帝 の 時 都 を 南 京 から 北 京 に 移 したが その 際 上 記 の 天 文 儀 器 はそのまま 残 置 された そして 欽 天 監 ( 天 文 の 役 所 )の 役 人 を 派 遣 してこれらの 木 型 を 取 り それを 北 京 に 持 ち 帰 って 渾 儀 ( 渾 天 儀 西 方 のアル ミラ 球 儀 に 相 当 ) 渾 象 ( 天 球 儀 ) 簡 儀 ( 郭 守 敬 が 創 案 し たもの) 圭 表 (ノーモンの 一 種 )を 複 製 し 北 京 宣 化 門 城 上 の 観 星 台 に 設 置 した 万 暦 年 間 に 西 洋 天 文 学 が 伝 わると 徐 光 啓 は 願 い 出 て 象 限 大 儀 6 紀 限 大 儀 3 平 懸 渾 儀 3 交 食 儀 1 列 宿 経 緯 天 球 1 万 国 経 緯 地 球 1 平 面 日 晷 3 転 盤 星 晷 3 候 時 鐘 3 望 遠 鏡 3を 造 った さらに 李 天 経 は 沙 漏 を 作 った 今 個 々の 説 明 は 省 く 清 では 観 象 台 と 改 称 され 前 述 のように 康 煕 13 年 南 懐 仁 が 天 体 儀 黄 道 経 緯 儀 赤 道 経 緯 儀 地 平 経 儀 象 限 儀 紀 限 儀 を また 同 54 年 には 紀 理 安 が 地 平 経 緯 儀 を 造 って 台 上 に 設 置 した この 際 銅 材 を 得 るため 両 京 の 元 明 時 代 の 儀 器 を 鋳 つぶした が ある 廷 臣 の 奏 請 により 明 代 の 渾 儀 簡 儀 天 体 の3 儀 だけは 残 された これらも 乾 隆 帝 の9 年 北 京 に 移 さ れた 同 じ 乾 隆 帝 の9 年 圭 表 と 戴 進 賢 ら 作 の 璣 衡 撫 辰 儀 (アルミラ 球 儀 の 一 種 )が 加 えられ また 50 年 にはイ ギリスから 小 象 限 儀 が 献 上 された 清 末 光 緒 帝 の 時 の 義 和 団 の 乱 終 結 後 の1901 年 これらは 独 仏 に 戦 利 品 として 持 ち 去 られ 代 わりに 小 天 体 儀 小 地 平 経 緯 儀 が 設 置 された 第 一 次 大 戦 後 返 還 が 決 まり 1920 年 に 日 本 を 経 由 して 1921 年 に 北 京 の 古 観 象 台 上 に 戻 されたが 元 明 の 渾 儀 簡 儀 圭 表 は 台 下 に 置 かれた 1931 年 にいわゆる 満 州 事 変 が 起 こると うち 渾 儀 簡 儀 圭 表 ( 台 座 を 除 く) 漏 壺 ( 水 時 計 ) 小 天 体 儀 小 地 平 経 緯 儀 は 民 国 で 建 設 された 南 京 の 紫 金 山 天 文 台 に 移 された( 文 献 15) いずれも 現 存 する 北 京 の 古 観 象 台 は 内 城 の 南 東 角 天 安 門 の 東 に あったが 現 在 では 周 囲 の 城 壁 は 取 り 壊 され その 下 を 地 下 鉄 が 走 っている 7.Tycho Braheの 儀 器 との 関 係 ところで 観 象 台 上 にイエズス 会 士 たちが 据 え 付 けた 天 文 儀 器 の 多 くはTycho Brahe ( デン マーク)の Astronomiæ Instauratæ Mechanica ( 文 献 16) に 記 載 が あ る こ の 書 は ティ コ が 領 地 の 島 に 建 図 12. 南 京 紫 金 山 天 文 台 の 明 代 渾 儀 1980 年 筆 者 撮 影 図 13. 同 明 代 簡 儀 図 14. 同 上 圭 表 明 代 のもので 清 朝 の 時 1 尺 の 実 長 が 変 わったため 表 の 上 部 を 継 ぎ 足 したという てた 天 文 台 に ティコ 自 身 の 創 意 工 夫 を 盛 り 込 んで 作 ら れ 据 え 付 け ら れ て い た 観 測 器 に つ い て 書 か れ
8 宮 島 一 彦 図 15. 唐 土 名 勝 図 会 に 示 された 観 象 台 の 位 置 右 端 東 の 文 字 のすぐ 左 図 16.ティコの 六 分 儀 たものである 図 10,11に 描 かれているものを 順 に 比 較 すると (1) 知 多 星 呉 用 に も 描 か れ た 紀 限 儀 は Sextans Astronomicus Trigonicus pro Distantiis Rimandis で ある( 図 16) 図 17.ティコの 象 限 儀 (2) 象 限 儀 はQuadrans Volubilis Azimuthalis( 図 17) (3) 地 平 経 儀 に 対 応 するものはない( 経 緯 儀 に 近 いもの はある) (4) 黄 道 [ 経 緯 ] 儀 はArmillæ Zodiacales (5) 天 体 儀 はGlobus Magnus Orichalcicusに 相 当 する
9 歌 川 國 芳 知 多 星 呉 用 と 古 観 象 台 の 観 測 器 が かなりデザインが 異 なる また 描 かれた 星 座 は 前 者 は 中 国 星 座 ( 位 置 はイエズス 会 士 の 観 測 値 に 従 う) 後 者 は 西 洋 星 座 である (6) 赤 道 [ 経 緯 ] 儀 はArmillæ Aliæ Æquatoriæ ティコは 望 遠 鏡 発 明 (1608) 以 前 の 最 高 の 観 測 者 と いってもよい 天 文 学 者 で 独 自 の 工 夫 を 凝 らして 観 測 精 度 を 高 めた 彼 の 提 唱 した 新 しい 天 動 説 (アイルラン ドにS.Eriugena(c810~c877)という 先 駆 者 がいる)をベー スにした 暦 法 が 中 国 に 渡 来 したイエズス 会 士 らによっ て 時 憲 暦 として 施 行 された 観 象 台 に 上 述 の 観 測 器 が 据 え 付 けられたころは すでに 望 遠 鏡 が 発 明 されて65 年 以 上 たっており 上 にも 触 れたように 明 末 に 徐 光 啓 は 観 象 台 に 望 遠 鏡 を 設 置 している それにもかかわらず イエズス 会 士 た ちがそれらを 取 り 壊 して 新 たに 設 置 した 天 文 儀 器 は すべて 肉 眼 観 測 器 である Hevelius( )は 望 遠 鏡 による 観 測 と 肉 眼 観 測 器 による 観 測 の 両 方 を 行 った また ムガール 帝 国 の 藩 王 (マハラジャ) Jai Singh 2 世 ( )は 1725 年 前 後 に デリー ジャイプール 等 の5か 所 にジャ ンタル マンタル( 天 文 台 )を 建 設 したが そこに 設 置 さ れた 観 測 器 もまた 肉 眼 用 のものであった 望 遠 鏡 は 表 面 や 形 の 観 察 肉 眼 観 測 器 は 位 置 観 測 という 使 い 分 けか 肉 眼 観 測 への 思 い 入 れの 強 さか 理 由 はよくわからないが 中 国 の 場 合 伝 統 的 な 天 文 学 を も 尊 重 し つ つ 西 洋 天 文 学 を 導 入 し た イ エ ズ ス 会 士 たちにとっては 暦 法 についても 観 測 器 につ いても ティコの 影 響 が 大 きかったといえる 8.おわりに かくして 極 東 の 国 の 浮 世 絵 師 が 描 いた 天 文 儀 器 が はるか 北 欧 の 天 文 儀 器 にまでつながっていることが 明 らかになった これらの 儀 器 は 有 為 転 変 のすえ 現 在 も 見 ることができる なお 刀 の 鍔 に 天 文 儀 器 が 描 かれているケースが ときどきあるが 下 の 写 真 は 日 本 刀 の 鍔 に 関 するある 事 典 に 収 録 されている 斎 藤 真 義 作 の 鍔 で 三 国 志 五 丈 原 の 項 に 入 っている すなわち 蜀 の 丞 相 諸 葛 亮 孔 明 ということであるが この 構 図 モチーフ 等 は 國 芳 の 知 多 星 呉 用 そっくりで 足 元 に 天 体 儀 と 紀 限 儀 が 置 いてある 孔 明 であることを 示 す 銘 があるようではな く( 斎 藤 真 義 の 文 字 は 写 真 から 読 み 取 れる) 編 者 の 思 い 込 みらしく 感 じられる 図 18.デリーのジャンタル マンタル 1969 年 筆 者 撮 影 図 19.ジャイプールのジャンタル マンタル 撮 影 同 上 図 20,21. 刀 の 鍔 に 描 かれた 天 文 儀 器 [おもな 参 考 文 献 ] (1) 大 阪 市 立 美 術 館 没 後 150 年 歌 川 國 芳 展 ( 図 録 )2011 (2) 駒 田 信 二 水 滸 伝 中 国 古 典 奇 書 シリーズ 平 凡 社 1962( 同 氏 の 訳 と し て は そ の 前 後 に 同 社 の 中
10 宮 島 一 彦 国 古 典 文 学 全 集 中 国 古 典 文 学 大 系 版 がある) (3)J.Needham Science and Civilisation in China, Cambridge University Press,1959 (4) 中 国 の 科 学 と 文 明 第 5 巻 天 の 科 学 思 索 社 1976 第 2 刷 1979 (5) 文 物 1982 年 第 5 期 (6) 伊 世 同 北 京 古 観 象 台 席 沢 宗 中 国 古 代 天 文 学 成 就 人 民 画 報 1983 年 第 11 期 (7) 南 懐 仁 (Verbiest) 欽 定 ( 新 製 ) 霊 台 儀 象 志 附 新 製 霊 台 儀 象 図 (1674 序 ) (8) 董 誥 欽 定 皇 朝 礼 器 図 式 1759/1766( 静 嘉 堂 蔵 本 マイクロフィルム) (9) 岡 田 玉 山 編 述 画 / 岡 熊 岳 大 野 東 野 画 唐 土 名 勝 図 会 (1806) (10) 今 井 湊 中 国 物 理 雑 識 全 国 書 房 1946 (11) 常 福 元 天 文 儀 器 志 略 1932 頃 (12) 明 史 活 字 本 中 華 書 局 1974 (13) 歴 代 天 文 律 暦 等 志 彙 編 四 中 華 書 局 1976 (14) 清 史 稿 活 字 本 中 華 書 局 1976 (15) 陳 遵 嬀 中 国 天 文 学 史 第 四 冊 上 海 人 民 出 版 社 1989 (16)Tycho Brahe Astronomiæ Instaurataæ Mecha nica 1598( 複 製 版 Culture et Civilisation, Bruxell es, 1969) (17) 宮 島 一 彦 昔 の 天 文 儀 器 天 文 学 史 ( 中 山 茂 編 ) 恒 星 社 厚 生 閣 1982 第 2 刷 1987 (18) とら のあごら( 美 術 アーカイブ 水 滸 伝 DB ほかに 四 庫 全 書 電 子 版 いくつかのインターネット 記 事 を 参 照 した 図 22. 英 文 ウィキペディアより 現 在 の 古 観 象 台 平 面 図 図 10,11と 同 じく 上 が 北 で 奥 から 左 回 りに 璣 衡 撫 辰 儀 象 限 儀 天 体 儀 黄 道 経 緯 儀 地 平 経 儀 地 平 経 緯 儀 紀 限 儀 赤 道 経 緯 儀 で 南 懐 仁 より 後 に 造 られた 璣 衡 撫 辰 儀 と 地 平 経 緯 儀 が 増 え 天 風 竿 と 用 途 不 明 の 穴 のあいた 台 がない 象 限 儀 黄 道 儀 以 外 は 配 置 も 変 わっている なお 現 在 は もと 晷 影 堂 ( 一 種 の 観 測 室 )があった 花 園 (GARDEN, 図 9)の 中 に 渾 天 儀 ( 図 12 参 照 )および 圭 表 ( 図 14) 紫 微 殿 前 の 中 庭 (COURTYARD)に 同 じく 簡 儀 が 置 かれている 渾 天 儀 と 簡 儀 は 紫 金 山 天 文 台 のものの 複 製 だが 圭 表 の 台 座 は 元 代 のもの 図 23. イ ギ リス 特 使 Macartney より 1793 年 熱 河 離 宮 に 避 暑 滞 在 中 の 乾 隆 帝 に 献 上 された ものとして 描 かれている 天 体 儀 と 黄 道 経 緯 儀 絹 本 着 色 実 際 は1673 年 にフェルビーストが 製 作 し 観 象 台 に 据 え 付 け た も の 1990 年 旧 王 立 天 文 台 (Greenwich) 博 物 館 にて 筆 者 撮 影 遠 近 法 補 正 ガラスがはま っているため 展 示 室 の 光 が 映 り 込 んでいる
目 標 を 達 成 するための 指 標 第 4 章 計 画 における 環 境 施 策 世 界 遺 産 への 登 録 早 期 登 録 の 実 現 史 跡 の 公 有 地 化 平 成 27 年 度 (2015 年 度 )までに 235,022.30m 2 施 策 の 体 系 1 歴 史 的 遺 産 とこ
Ⅲ 歴 史 的 文 化 的 環 境 の 確 保 古 都 鎌 倉 の 歴 史 的 遺 産 を 保 全 活 用 し 世 界 遺 産 に 登 録 されることをめざしま 現 状 と 課 題 わが 国 初 めての 武 家 政 権 が 誕 生 した 本 市 南 東 部 は 三 方 を 山 に 囲 まれ 南 に 相 模 湾 を 望 む 特 徴 ある 地 形 をしており この 地 形 を 生 かした 独 自 の 都
庁議案件No
庁 議 案 件 No.1 平 成 24 年 4 月 24 日 所 管 市 長 公 室 企 画 部 件 名 関 西 広 域 連 合 への 加 入 について 経 過 現 状 政 策 課 題 対 応 方 針 今 後 の 取 組 ( 案 ) 関 係 局 と の 政 策 連 携 関 西 広 域 連 合 の 概 要 複 数 府 県 により 設 立 される 全 国 初 の 広 域 連 合 として 平 成 22 年
158 高 校 講 座 習 モ 現 ラ 習 モ 距 離 置 示 終 向 据 示 唆 与 取 ょ 第 7576 回 第 :
157 高 校 講 座 習 モ 現 第 7576 回 ラ 習 モ 全 回 杉 卓 第 : 第 : 題 高 低 違 善 善 悪 立 観 項 立 怒 始 身 近 エ ソ 訓 進 ぜ 起 客 観 姿 勢 深 ポ 身 近 来 析 視 点 批 判 リ カ リ 力 エ ソ 例 踏 ビ ラ ネ 表 隅 々 込 改 般 利 発 達 結 果 過 去 戻 標 ぼ 質 せ 反 埋 ゆ 過 知 利 益 被 ょ 少 立 止
2 出 願 資 格 審 査 前 記 1の 出 願 資 格 (5) 又 は(6) により 出 願 を 希 望 する 者 には, 出 願 に 先 立 ち 出 願 資 格 審 査 を 行 いますので, 次 の 書 類 を 以 下 の 期 間 に 岡 山 大 学 大 学 院 自 然 科 学 研 究 科 等
Ⅱ 入 学 者 選 抜 試 験 学 生 募 集 要 項 ( 自 然 科 学 研 究 科 環 境 学 研 究 科 共 通 ) ( 入 学 時 期 : 平 成 18 年 10 月 又 は 平 成 19 年 4 月 ) 1 出 願 資 格 次 の 各 号 のいずれかに 該 当 する 者 です (1) 修 士 の 学 位 若 しくは 専 門 職 学 位 を 有 する 者 又 は 平 成 19 年 3 月 (
2 2015 August
2015 AUGUST No.70 CONTENTS 2 2015 August 2015 August 3 役 員 改 選 ( 任 期 : 平 成 27 年 6 月 平 成 29 年 6 月 ) 任 期 満 了 に 伴 う 役 員 改 選 において 第 3 期 目 を 担 う 役 員 の 皆 様 が 次 のとおり 決 定 いたしました 印 は 新 任 会 長 藤 波 一 博 副 会 長 金 子 重
<4D6963726F736F667420576F7264202D203032208E598BC68A8897CD82CC8DC490B68B7982D18E598BC68A8893AE82CC8A76905682C98AD682B782E993C195CA915B9275964082C98AEE82C382AD936F985E96C68B9690C582CC93C197E1915B927582CC898492B75F8E96914F955D89BF8F915F2E646F6
様 式 租 税 特 別 措 置 等 に 係 る 政 策 の 事 前 評 価 書 1 政 策 評 価 の 対 象 とした 産 業 活 力 の 再 生 及 び 産 業 活 動 の 革 新 に 関 する 特 別 措 置 法 に 基 づく 登 録 免 租 税 特 別 措 置 等 の 名 称 許 税 の 特 例 措 置 の 延 長 ( 国 税 32)( 登 録 免 許 税 : 外 ) 2 要 望 の 内 容
2 役 員 の 報 酬 等 の 支 給 状 況 役 名 法 人 の 長 理 事 理 事 ( 非 常 勤 ) 平 成 25 年 度 年 間 報 酬 等 の 総 額 就 任 退 任 の 状 況 報 酬 ( 給 与 ) 賞 与 その 他 ( 内 容 ) 就 任 退 任 16,936 10,654 4,36
独 立 行 政 法 人 駐 留 軍 等 労 働 者 労 務 管 理 機 構 の 役 職 員 の 報 酬 給 与 等 について Ⅰ 役 員 報 酬 等 について 1 役 員 報 酬 についての 基 本 方 針 に 関 する 事 項 1 平 成 25 年 度 における 役 員 報 酬 についての 業 績 反 映 のさせ 方 検 証 結 果 理 事 長 は 今 中 期 計 画 に 掲 げた 新 たな 要
せ ず 素 稿 以 外 訓 み を す べ て カ ラ 見 出 シ と し た 一 二 頚 印 を 必 ず 連 用 す る 場 合 不 期 身 後 京 山 蔵 よ う に し て 掲 出 し 三 思 山 蔵 を も 別 に 立 て カ ラ 見 出 シ と し た 一 所 蔵 者 名 は 通 称 雅
近 時 蔵 書 印 譜 類 重 刊 復 刻 が 続 い た 蔵 書 印 は 伝 来 を 証 す る い わ ば 書 籍 履 歴 書 で あ る 印 譜 類 が 座 右 に 備 わ る こ と に よ っ て 書 物 来 歴 解 明 に 便 宜 が 与 え ら れ た こ と 言 う ま で も な い し か し 凡 蔵 書 印 譜 に は 印 影 収 集 印 文 解 読 所 蔵 ( 使 用 ) 者
する ( 評 定 の 時 期 ) 第 条 成 績 評 定 の 時 期 は 第 3 次 評 定 者 にあっては 完 成 検 査 及 び 部 分 引 渡 しに 伴 う 検 査 の 時 とし 第 次 評 定 者 及 び 第 次 評 定 者 にあっては 工 事 の 完 成 の 時 とする ( 成 績 評 定
射 水 市 建 設 工 事 施 行 に 関 する 工 事 成 績 評 定 要 領 平 成 8 年 3 月 7 告 示 第 44 号 ( 目 的 ) 第 条 この 要 領 は 射 水 市 が 所 掌 する 工 事 の 成 績 評 定 ( 以 下 評 定 という )に 必 要 な 事 項 を 定 め 公 正 かつ 的 確 な 評 定 を 行 うことにより もって 請 負 業 者 の 選 定 及 び 指
23~40 1. 第 一 期 大 坂 (l 583~1595 年 ) 2. 第 二 期 大 坂 (l 596~1614 年 ) 市 立 長 浜 城 歴 史 博 物 館 編 湖 北 長 浜 と 秀 吉 ~ 南 北 20~30 聞 が 基 本 となっている また 佐 久 2. 第 二 期 大 坂 (1 596~1614 年 ) 1. 第 一 期 大 坂 (1583~1595 年 ) 歴 を 藤 堂
0605調査用紙(公民)
社 会 公 民 番 号 2 略 称 東 京 書 籍 書 名 新 編 新 し 公 民 1 基 礎 基 本 確 実 な 定 着 を 図 るため を 促 すため や 個 応 じた 3 単 元 ( 単 元 設 定 4 各 年 ( び や 考 え 展 開 5 特 徴 的 な 単 元 おけ る 課 題 関 わり 等 ア 1 単 位 時 間 ( 見 開 き 2 頁 ) 毎 課 題 を 設 定 し 課 題 関 連
埼玉県高校受験 私立高校学費一覧
埼 玉 / 近 県 私 立 高 校 学 費 一 覧 (2014 年 度 参,ただし 判 明 分 ) 就 学 支 援 金 と 県 の 学 費 軽 減 制 度 年 4 月 より 公 立 高 等 学 校 の 無 償 化 がスタートしました 同 時 に 設 けられた 高 等 学 校 就 学 支 援 金 制 度 は, 国 私 立 の 高 校 や 中 等 教 育 学 校 後 期 課 程, 高 等 専 門 学 校
近畿中部防衛局広報誌
近 畿 中 部 防 衛 局 広 報 誌 舞 鶴 地 方 総 監 部 大 講 堂 海 軍 記 念 館 近 中 くん 多 々 見 良 三 舞 鶴 市 長 と 田 渕 眞 二 近 畿 中 部 防 衛 局 長 との 対 談 自 衛 隊 施 設 巡 り ~ 海 上 自 衛 隊 舞 鶴 地 区 と 歴 史 的 建 造 物 ~ シリーズ 各 課 紹 介 防 音 対 策 課 当 局 のマスコットキャラクター 決 定!
入 札 参 加 者 は 入 札 の 執 行 完 了 に 至 るまではいつでも 入 札 を 辞 退 することができ これを 理 由 として 以 降 の 指 名 等 において 不 利 益 な 取 扱 いを 受 けることはない 12 入 札 保 証 金 免 除 13 契 約 保 証 金 免 除 14 入
入 札 公 告 次 のとおり 一 般 競 争 入 札 に 付 します なお 本 業 務 の 契 約 締 結 は 当 該 業 務 に 係 る 平 成 27 年 度 予 算 の 執 行 が 可 能 となってい ることを 条 件 とします 平 成 27 年 2 月 17 日 独 立 行 政 法 人 鉄 道 建 設 運 輸 施 設 整 備 支 援 機 構 契 約 担 当 役 鉄 道 建 設 本 部 九 州
(2) 単 身 者 向 け 以 外 の 賃 貸 共 同 住 宅 等 当 該 建 物 に 対 して 新 たに 固 定 資 産 税 等 が 課 税 される 年 から 起 算 して5 年 間 とする ( 交 付 申 請 及 び 決 定 ) 第 5 条 補 助 金 の 交 付 を 受 けようとする 者 は
加 西 市 賃 貸 共 同 住 宅 等 建 設 促 進 補 助 金 交 付 要 綱 ( 目 的 ) 第 1 条 この 要 綱 は 賃 貸 共 同 住 宅 等 を 新 築 した 者 に 対 して 補 助 金 を 交 付 することにより 賃 貸 共 同 住 宅 等 の 建 設 を 促 進 し 人 口 の 増 加 に 資 することを 目 的 とする ( 定 義 ) 第 2 条 この 要 綱 において 次
財団法人山梨社会保険協会寄付行為
一 般 財 団 法 人 山 梨 社 会 保 険 協 会 定 款 第 1 章 総 則 ( 名 称 ) 第 1 条 この 法 人 は 一 般 財 団 法 人 山 梨 社 会 保 険 協 会 と 称 する ( 事 務 所 ) 第 2 条 この 法 人 は 主 たる 事 務 所 を 山 梨 県 甲 府 市 に 置 く 第 2 章 目 的 及 び 事 業 ( 目 的 ) 第 3 条 この 法 人 は 山 梨
佐渡市都市計画区域の見直し
都 市 計 画 区 域 の 拡 大 について 佐 渡 市 建 設 課 都 市 計 画 とは 土 地 の 使 い 方 や 建 物 の 建 て 方 についての ルールをはじめ まちづくりに 必 要 なことがら について 総 合 的 一 体 的 に 定 め まちづく り 全 体 を 秩 序 だてて 進 めていくことを 目 的 と した 都 市 計 画 法 という 法 律 で 定 められた 計 画 です 住
一宮市町内会に対する防犯カメラ設置補助金交付要綱
瀬 戸 市 防 犯 カメラ 設 置 費 補 助 金 交 付 要 綱 ( 目 的 ) 第 1 条 この 要 綱 は 地 域 防 犯 のために 必 要 な 箇 所 に 防 犯 カメラを 設 置 する 連 区 自 治 会 及 び 瀬 戸 防 犯 協 会 連 合 会 ( 以 下 連 区 自 治 会 等 という )に 対 し その 設 置 費 用 を 補 助 することにより 安 全 安 心 なまちづくりを 推
ていることから それに 先 行 する 形 で 下 請 業 者 についても 対 策 を 講 じることとしまし た 本 県 としましては それまでの 間 に 未 加 入 の 建 設 業 者 に 加 入 していただきますよう 28 年 4 月 から 実 施 することとしました 問 6 公 共 工 事 の
3 月 1 日 ( 火 )HP 公 表 基 本 関 係 社 会 保 険 等 未 加 入 対 策 に 関 する 想 定 問 答 問 1 社 会 保 険 等 とは 何 か 社 会 保 険 ( 健 康 保 険 及 び 厚 生 年 金 保 険 )と 労 働 保 険 ( 雇 用 保 険 )を 指 します 問 2 どのような 場 合 でも 元 請 と 未 加 入 業 者 との 一 次 下 請 契 約 が 禁 止
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(2) 生 活 再 建 支 援 プロジェクト 全 県 民 が 将 来 の 生 活 設 計 を 描 くことができ 生 活 再 建 を 進 めることができるようにするため 早 期 に 帰 還 する 避 難 者 長 期 避 難 者 など 被 災 者 それぞれのおかれた 状 況 に 応 じた よりきめ 細 かな 支 援 を 行 う 取 組 を 進 め 1 県 内 避 難 者 支 援 一 新 1 里 山 いきいき
Microsoft Word - M075029_檜山_表紙.docx
2011 1 25 075029 4 61 29 1 1 2 1.1 2 1.2 3 1.3 5 1.4 6 2 12 2.1 12 2.2 13 3 15 3.1 15 3.2 17 3.3 19 20 21 web 21 はじめに 研 究 概 要 2 研 究 方 法 CSV ArcGIS 21 1 第 1 章 新 聞 業 界 の 現 状 1.1 全 体 の 売 上 1 図 1: 業 界 全 体
・モニター広告運営事業仕様書
秋 田 市 新 庁 舎 動 画 広 告 放 映 事 業 仕 様 書 1 目 的 多 く の 市 民 の 目 に 触 れ る 市 役 所 の 特 性 を 活 か し 映 像 や 音 声 を 活 用 し た モ ニ タ ー に よ る 動 画 広 告 を 新 庁 舎 内 に 導 入 し 新 庁 舎 の 主 要 機 能 の 一 つ で あ る 情 報 発 信 拠 点 と し て の 役 割 を 果 た す
ごあいさつ
( 浅 利 氏 ) 檜 山 安 東 氏 脇 本 湊 戸 沢 氏 角 館 赤 尾 津 氏 岩 屋 氏 本 堂 氏 六 郷 氏 内 越 氏 石 沢 氏 滝 沢 氏 仁 賀 保 氏 祢 々 井 氏 矢 島 氏 下 村 氏 小 野 寺 氏 横 手 ごあいさつ 秋 田 藩 家 蔵 文 書 歴 史 上 の 人 物 と 秋 田 秋 田 藩 家 蔵 文 書 に 見 る 秋 田 の 戦 国 時 代 戦 国 時 代
新ひだか町住宅新築リフォーム等緊急支援補助金交付要綱
新 ひだか 町 住 宅 新 築 リフォーム 耐 震 等 支 援 補 助 金 交 付 要 綱 平 成 26 年 6 月 27 日 要 綱 第 15 号 ( 目 的 ) 第 1 条 この 要 綱 は 住 宅 の 新 築 工 事 増 改 築 工 事 リフォーム 工 事 又 は 耐 震 補 強 工 事 ( 以 下 新 築 リフォーム 等 工 事 という ) を 行 う 者 に 対 し その 工 事 費 の
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東 北 地 方 太 平 洋 沖 地 震 災 害 調 査 報 告 B1( ) 班 : 吉 田 信 之, 山 下 典 彦, 深 田 隆 弘 東 北 支 部 関 西 支 部 合 同 第 一 次 調 査 団 調 査 期 間 :2011 : 年 4 月 5 日 8 日 調 査 員 :(B1 : 班 : ) 吉 田 信 之 ( 神 戸 大 学 ), 山 下 典 彦 ( 神 戸 市 立 工 業 高 等 専 門 学
スライド 1
公 的 年 金 制 度 の 健 全 性 及 び 信 頼 性 の 確 保 のための 厚 生 年 金 保 険 法 等 の 一 部 を 改 正 する 法 律 について 厚 生 労 働 省 年 金 局 公 的 年 金 制 度 の 健 全 性 及 び 信 頼 性 の 確 保 のための 厚 生 年 金 保 険 法 等 の 一 部 を 改 正 する 法 律 ( 平 成 25 年 法 律 第 63 号 )の 概 要
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第 1 編 共 通 業 務 共 通 仕 様 書 平 成 27 年 7 月 第 1 章 一 般 1.1 目 的 業 務 共 通 仕 様 書 ( 以 下 技 研 仕 様 書 という )は 阪 神 高 速 技 研 株 式 会 社 ( 以 下 会 社 という )が 発 注 する 調 査 検 討 資 料 作 成 設 計 補 助 測 量 作 業 その 他 こ れらに 類 する 業 務 に 係 る 業 務 請 負
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1 人 事 異 動 表 発 令 年 月 日 平 成 17 年 4 月 1 日 部 長 級 区 長 発 令 発 令 権 者 中 野 区 長 田 中 大 輔 発 令 氏 名 旧 備 考 区 長 室 長 寺 部 守 芳 区 民 生 活 部 ごみ 減 量 清 掃 事 業 担 当 参 事 総 務 部 未 収 金 対 策 担 当 参 事 ( 総 務 部 長 石 神 正 義 兼 務 ) 区 民 生 活
2 役 員 の 報 酬 等 の 支 給 状 況 平 成 27 年 度 年 間 報 酬 等 の 総 額 就 任 退 任 の 状 況 役 名 報 酬 ( 給 与 ) 賞 与 その 他 ( 内 容 ) 就 任 退 任 2,142 ( 地 域 手 当 ) 17,205 11,580 3,311 4 月 1
独 立 行 政 法 人 統 計 センター( 法 人 番 号 7011105002089)の 役 職 員 の 報 酬 給 与 等 について Ⅰ 役 員 報 酬 等 について 1 役 員 報 酬 についての 基 本 方 針 に 関 する 事 項 1 役 員 報 酬 の 支 給 水 準 の 設 定 についての 考 え 方 独 立 行 政 法 人 通 則 法 第 52 条 第 3 項 の 規 定 に 基 づき
全設健発第 号
全 設 健 発 第 114 号 平 成 28 年 2 月 23 日 事 業 主 殿 全 国 設 計 事 務 所 健 康 保 険 組 合 理 事 長 石 井 純 公 印 省 略 健 康 保 険 法 の 改 正 の ご 案 内 等 に つ い て 時 下 益 々ご 清 栄 のこととお 慶 び 申 し 上 げます 当 健 康 保 険 組 合 の 運 営 につきましては 日 頃 よりご 協 力 いただき 厚
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静 情 審 第 6 3 号 平 成 26 年 3 月 24 日 静 岡 県 知 事 様 静 岡 県 情 報 公 開 審 査 会 会 長 興 津 哲 雄 静 岡 県 情 報 公 開 条 例 第 19 条 の 規 定 に 基 づく 諮 問 について( 答 申 ) 平 成 25 年 11 月 7 日 付 け 静 空 総 第 141 号 による 下 記 の 諮 問 について 別 紙 のとおり 答 申 し ます
Microsoft Word - 【事務連絡】居所情報の登録申請が間に合わなかった場合の取扱いの周知について.docx
事 務 連 絡 平 成 27 年 11 月 5 日 各 都 道 府 県 障 害 福 祉 主 管 部 ( 局 ) 長 殿 厚 生 労 働 省 社 会 援 護 局 障 害 保 健 福 祉 部 企 画 課 長 期 入 所 者 等 がマイナンバー 通 知 カードを 入 所 等 先 で 受 け 取 るに 当 たっての 居 所 情 報 の 登 録 申 請 が 間 に 合 わなかった 場 合 の 取 扱 いについて(
03genjyo_快適環境.xls
< 下 野 市 ホームページ 市 の 概 況 より> < 下 野 市 文 化 財 マップ しもつけシティーガイド 下 野 市 都 市 計 画 マスタープランより> 指 定 文 化 財 下 野 文 化 財 件 数 内 訳 ( 平 成 21 年 3 月 31 日 現 在 ) 有 形 文 化 財 無 形 文 化 財 民 俗 文 化 財 記 念 物 建 造 物 絵 画 彫 刻 工 芸 品 書 跡 古 文 書
Taro-学校だより学力調査号.jtd
第 5 号 ( H2 7. 1 1. 1 7 ) 舞 鶴 小 学 校 ま い づ る 発 行 人 大 澤 正 史 本 校 の 学 習 状 況 に つ い て ( 今 年 度 6 年 生 が 実 施 し た 全 国 学 力 学 習 状 況 調 査 の 結 果 ) 今 年 度 の 全 国 学 A1 2007 年 よ り 日 本 全 国 の 小 中 学 校 の 最 高 学 年 ( 小 学 6 年 力 学
