北陵クリニック事件

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ンダ氏は再勾留されることとなった 重要なことは ゴビンダ氏の勾留を認めたのは 控訴審が係属する高裁の裁判部である東京高裁刑事第 4 部だということである 同裁判部が 罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由 があると判断したことから その後の 異議申し立てについて判断した東京高裁刑事 5 部も 特別抗

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中で 否認に転じて 無罪を主張した しかし 菅家氏の無罪主張は認められず 1993 年 7 月 7 日に宇都宮地裁 ( 久保真人裁判長 ) で無期懲役判決 1996 年 5 月 9 日に東京高裁 ( 高木俊夫裁判長 ) で控訴棄却 2000 年 7 月 17 日に最高裁第二小法廷 ( 亀山継夫裁判長


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三衆議院議員稲葉誠一君提出再審三事件に関する質問に対する答弁書一について捜査当局においては 今後とも 捜査技術の一層の向上を図るとともに 自白の信用性に関し裏付け捜査を徹底する等十全な捜査の実施に努めるべきものと考える 二について再審三事件の判決においては いずれも被告人の自白の信用性に関する指摘が

量刑不当・棄却

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的にも影響があるので, 期間をできるだけ短縮することに向けて尽力していただきたい 争点がない事件でも三, 四か月かかるということであるが, 結構時間がかかっているという印象である 事案によっては, 慎重にしなければならないが, 争点がない事件では2か月くらいでできるのではないか 一般人からして裁判は

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員となって刑事裁判に参加しています 裁判員は具体的に何をするのか? 裁判員は 一つの公判に対し 6 名が選任され 3 名の職業裁判官と共に業務を行います 裁判員が行う業務は大きく三点あります 一点目が 公判に立ち会う事 です 公判とは刑事訴訟の手続きのうち 裁判官 検察官 被告人 ( 弁護人 ) が

2020 年を目標とする法 司法支援改革プロジェクト (PHAP LUAT2020) 公安省 最高人民検察院 - 最高人民裁判所 国防省 番号 : 03/2018/TTLT-BCA- VKSNDTC-TANDTC-BQP ベトナム社会主義共和国独立 自由 幸福

市民ロースクール

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Ⅰ 被害者が記帳台に置いた封筒に現金 66,600 円が在中していたか? 一審判決は本件当日の朝 自宅を出る前に本件封筒の中に現金が入っているのを目視で確認したとの被害者の供述は これを信用することができる ( 弁護人が供述の変遷等として指摘する部分は いずれもこの供述の根幹部分に関わるものではない

⑵ ⑶ ⑷ ⑸ ⑴ ⑵

技術的制限手段に関する現状 BSA ザ ソフトウェア アライアンス 2017 年 2 月 15 日

を行うことが決定された場合, 鑑定結果の報告までに相当期間を要するときは, 公判開始前に, 鑑定の経過及び結果の報告を除く鑑定の手続を行うことができる ( 第 1 回公判期日前の鑑定, 法 50 条 1 項 ) 審理期間と対比した公判前整理手続期間 期日回数の状況は, 図表 33 及び図表 3 5な

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鹿児鹿児島大学法文学部紀要 人文学科論集 第 84 号 (2017) 別刷 2017 年 2 月発行 犯罪報道 予断排し 手続きチェックを 冤罪共犯者とならないための 5 カ条 宮下正昭


された犯人が着用していた帽子や眼鏡は持っていないなどと供述して, 犯罪の成立を争った イ原審の証拠構造本件犯行そのものに関する証拠本件犯行そのものに関する証拠として, 本件犯行を目撃したという本件マンションの住人の警察官調書 ( 原審甲 2), 精液様のものが本件マンション2 階通路から採取されたこ

民事訴訟法


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資料6 損害賠償請求に係る債務名義の実効性に関するアンケート調査 集計結果

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民事模擬裁判 ( 茂垣博 蒲俊郎 大澤恒夫 千葉理 菅谷貴子 ) 2 3 年前期 2 年後期 選択必修 2 単位集中 1 科目内容 目標 この授業は 民事裁判実務についての裁判官と弁護士の役割を模擬的に体験させ 裁判運営のあり方を考えさせるとともに 民事実体法および手続法を実務的視点から立体的に理解

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累計平成 21 年平成 22 年平成 23 年 総数 5,342 1,196 1,797 1, 強盗致傷 1, 殺人 1, 現住建造物等放火 覚せい剤取締法違反


自由と正義-2017年10月号-GPS捜査大法廷判決に至るまでの弁護活動

していた ところが合議では 裁判長と右陪席裁判官は有罪を主張し 多数決で死刑判決が決まった 確固たる有罪の立証がなされていなかったので 合議では他の裁判官を説得できると思っていた かなり強い口調で他の裁判官に詰め寄ったが 及ばなかった 合議結果を受けて 自分が 死刑に処す という心にもない死刑判決を

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雇用形態 正式に雇用された警察職員 通訳吏員 県警に登録したフリーの通訳者 民間通訳人 仕事の内容 捜査現場に同行しての通訳 取り調べの通訳 弁護士の通訳応募資格 正式職員と民間通訳人で条件が異なる 実例で見る司法通訳の問題点道後タイ人女性殺人事件メルボルン事件ニック ベイカー事件道後タイ人女性殺人

在は法律名が 医薬品, 医療機器等の品質, 有効性及び安全性の確保等に関する法律 と改正されており, 同法において同じ規制がされている )2 条 14 項に規定する薬物に指定された ( 以下 指定薬物 という ) ものである (2) 被告人は, 検察官調書 ( 原審乙 8) において, 任意提出当日

第 1 はじめに本年 1 月, 平成 14 年に富山県氷見市において発生し, 既に実刑判決が確定していた2 件の強姦等事件に関し, 別の真犯人が存在することが明らかとなった ( 以下 氷見事件 という ) さらに, 本年 2 月 23 日, 鹿児島地裁は, 公職選挙法違反事件に関し, 被告人全員 (

平成 27 年度 特定行政書士法定研修 考査問題 解答と解説 本解答と解説は 正式に公表されたものではなく 作成者が独自に作成したものであり 内容の信頼性については保証しない 以下の事項に全て該当 遵守する場合にのみ 利用を許可する 東京都行政書士会葛飾支部会員であること 営利目的でないこと 内容を

応して 本件著作物 1 などといい, 併せて 本件各著作物 という ) の著作権者であると主張する原告が, 氏名不詳者 ( 後述する本件各動画の番号に対応して, 本件投稿者 1 などといい, 併せて 本件各投稿者 という ) が被告の提供するインターネット接続サービスを経由してインターネット上のウェ

を行うことが決定された場合, 鑑定結果の報告までに相当期間を要するときは, 公判開始前に, 鑑定の経過及び結果の報告を除く鑑定の手続を行うことができる ( 第 1 回公判期日前の鑑定, 法 50 条 1 項 ) 審理期間と対比した公判前整理手続期間 期日回数の状況は, 図表 33 及び図表 35 な

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裁の民事訴訟が約 1.3 倍, 執行事件が約 1.6 倍, 破産事件にいたっては約 5 倍と急増しています 地裁の刑事訴訟事件については横ばいに近い状態が続 いていましたが, この 3,4 年は著しい増加傾向を示しており,10 年前の 約 1.7 倍になっています また, 簡裁の調停事件も約 5 倍

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司法通訳とは 外国人が日本で犯罪に巻きこまれると逮捕 取り調べ 起訴 裁判 逮捕から取り調べ : 警察の通訳吏員 民間通訳人 裁判所での通訳をするのが法廷通訳人法廷通訳人は多くの場合 被告人の横に座る 被告人の為にだけ通訳をするのではない 裁判官 弁護人 検察官 被告人 時には証人の立場にたって通訳


第 2 章交通事故被害の実態 外出する回数が減った 趣味や遊びをしなくなった 23 経済的に苦しくなった 2 2 家庭内の人間関係が悪くなった 6 5 仕事 学校を休みがちになった 3 9 仕事 学校をやめた 死亡事故遺族 事故の被害者になったことを非難された 8 重傷事故被害者

検察審査会制度の運用改善及び制度改革を求める意見書

平成19年(ネ受)第435号上告受理申立理由要旨抜粋

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仕事としての通訳

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0 月 22 日現在, 通帳紛失の総合口座記号番号 特定番号 A-B~C 担保定額貯金 4 件 ( 特定金額 A): 平成 15 年 1 月 ~ 平成 16 年 3 月 : 特定郵便局 A 預入が証明されている 調査結果の回答書 の原本の写しの請求と, 特定年月日 Aの 改姓届 ( 開示請求者本人

青森国民年金事案 690 第 1 委員会の結論申立人の昭和 36 年 4 月から 47 年 4 月までの国民年金保険料 同年 5 月から同年 9 月までの期間 52 年 8 月から 53 年 3 月までの期間及び 54 年 4 月から 61 年 3 月までの期間の国民年金付加保険料については 納付し

階通路において 前同様の状態で 自己の陰茎を露出して手淫した上 射精し もって公然とわいせつな行為をした というものである 2 第一審判決 (1) 第一審判決の要旨第一審は 被告人が本件犯行の犯人であると認定し 被告人を懲役 1 年に処すると判決した 被告人が犯人との同一性を争ったが 第一審判決は

平成 22 年は,1 年間に1,506の裁判員裁判が実施された 20 代から70 歳以上の幅広い世代から, 様々な職業の男女 8,673 人が裁判員に選任され, 全国 50の地方裁判所において, 殺人, 強盗致傷等の重大事件に関する刑事裁判に参加した 選定された裁判員候補者 12 万 6455 人の

平成  年 月 日判決言渡し 同日判決原本領収 裁判所書記官

丙は 平成 12 年 7 月 27 日に死亡し 同人の相続が開始した ( 以下 この相続を 本件相続 という ) 本件相続に係る共同相続人は 原告ら及び丁の3 名である (3) 相続税の申告原告らは 法定の申告期限内に 武蔵府中税務署長に対し 相続税法 ( 平成 15 年法律第 8 号による改正前の

★裁判員速報(制度施行~平成30年8月末)

凡例 目次 Ⅰ. 警察段階 第 1 図 A 表 : 警察段階 Ⅱ. 検察段階 第 2 図 B 表 : 検察段階 Ⅲ. 公判段階 第 3 図 ~ 第 12 図 C 表 : 新受人員 既済人員 未済人員 ( 最高裁 高裁 地裁 簡裁 ) D 表 : 平均審理期間 E 1 表 : 通常第一審終局 参考 戦

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裁判員制度 についてのアンケート < 調査概要 > 調査方法 : インサーチモニターを対象としたインターネット調査 分析対象者 : 札幌市内在住の20 歳以上男女 調査実施期間 : 2009 年 11 月 10 日 ( 火 )~11 月 11 日 ( 水 ) 有効回答者数 : N=450 全体 45

沖縄厚生年金事案 440 第 1 委員会の結論申立人の申立期間のうち 申立期間 2に係る標準報酬月額は 事業主が社会保険事務所 ( 当時 ) に届け出た標準報酬月額であったと認められることから 当該期間の標準報酬月額を 28 万円に訂正することが必要である また 申立期間 3について 申立人は当該期

平成 30 年 10 月 26 日判決言渡同日原本領収裁判所書記官 平成 30 年 ( ワ ) 第 号発信者情報開示請求事件 口頭弁論終結日平成 30 年 9 月 28 日 判 決 5 原告 X 同訴訟代理人弁護士 上 岡 弘 明 被 告 G M O ペパボ株式会社 同訴訟代理人弁護士

名古屋女子大学紀要 58( 人 社 ) 知的障害者に対する冤罪の現状と課題 川上 輝昭 Current situations and issues of false charge to mentally deficient person Teruaki KAWAKAMI 1 は

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法第 20 条は, 有期契約労働者の労働条件が期間の定めがあることにより無期契約労働者の労働条件と相違する場合, その相違は, 職務の内容 ( 労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度をいう 以下同じ ), 当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して, 有期契約労働者にとって不合

目次 第 1 はじめに 4 第 2 裁判員制度の目的 5 第 3 対象事件の拡大と選択権 6 第 4 捜査のあり方 と 審理のあり方 の組み合わせが引き起こす問題 7 1 証拠の厳選 により 捜査の不可視化 が起こる 2 捜査のあり方の改革を ⑴ 捜査全過程の記録化 ⑵ 被疑者取り調べの全過程の録音

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上陸不許可処分取消し請求事件 平成21年7月24日 事件番号:平成21(行ウ)123 東京地方裁判所 民事第38部

高知国民年金事案 584 第 1 委員会の結論申立人の昭和 62 年 6 月から平成 6 年 3 月までの国民年金保険料については 納付していたものと認めることはできない 第 2 申立の要旨等 1 申立人の氏名等氏名 : 女基礎年金番号 : 生年月日 : 昭和 42 年生住所 : 2 申立内容の要旨

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Transcription:

警察 メディアの合作冤罪 仙台 北陵クリニック事件 2007 年 12 月 1 日 / 守大助さんを支援する東京大集会 山口正紀 ( ジャーナリスト / 人権と報道 連絡会世話人 ) 1 作られた 事件 と問答無用の裁判 ⑴ 逮捕 取り調べ 起訴 1 逮捕 2001 年 1 月 6 日 宮城県警は仙台市の北陵クリニック元准看護師 守大助さんを 入院中の小 6 女児の点滴ボトルに筋弛緩剤を混入した として殺人未遂容疑で逮捕 2 自白強要の取り調べ 守さんは取り調べで自白を強要され 1 月 6 日 ~8 日 容疑の一部を認めるような供述調書を作られたが 弁護士の接見をきっかけに 9 日から否認 3 再逮捕 起訴 3 月 30 日まで再逮捕を繰り返し 仙台地検は 4 月 5 件の殺人 殺人未遂の罪で起訴 ⑵ 裁判 1 一審 01 年 7 月 11 日の一審初公判で守さんは起訴事実をすべて否認し 無実を訴え 弁護団は 患者の容体急変は 病変や薬の副作用が原因 事件そのものが存在しない と主張 1 筋弛緩剤は通常 静脈注射し 12 分間で血中濃度が半減する 点滴に混入し死に至らせる 凶器性 は医学的な立証なし 2 起訴 5 件中 2 件について主治医が 心筋梗塞 薬の副作用 と証言 他の3 件も専門医が てんかん性発作 医療過誤 3 患者の血液 尿などから筋弛緩剤を検出した とする大阪府警科学捜査研究所の鑑定は 鑑定方法などに不備があり 鑑定資料が全量消費され 証拠能力なし 4 北陵クリニックは経営難から高齢者 重症患者を多数受け入れる一方 救急対応できる医師が退職した後 容体急変による他病院への転送 死亡 が頻発 5 鑑定資料の 全量消費 について科捜研の鑑定人は 一審で 他の薬毒物も分析したため などと弁明したが 弁護側は 鑑定は捏造された疑いがある と指摘 判決(04 年 3 月 30 日 ) 仙台地裁 ( 畑中英明裁判長 ) は 疑惑の鑑定 をほぼ唯一の証拠として無期懲役判決 1

2 二審 控訴審初公判(05 年 6 月 15 日 ) で弁護側は影浦光義 福岡大学教授の鑑定意見書を提出 科捜研鑑定で検出したという化合物は 出現した分子イオンの測定値から見て 筋弛緩剤マスキュラックスの主成分ベクロニウムではない 検察が矢島直 東京大学助教授に依頼しながら公判に提出しなかった筋弛緩剤点滴投与に関するシミュレーションの開示 裁判所による筋弛緩剤の質量分析なども請求 第 2 回 ( 手続きのみ ) を経て第 3 回 (7 月 20 日 ) で審理打ち切り田中亮一裁判長は 橋本保彦 元東北大学教授 ( 一審で検察側主張を補強 ) の証人尋問が終わると 事実調べ終了 を宣言 弁護側に次回公判で最終弁論するよう要請 弁護側は 10 月 5 日の第 4 回公判で 事実調べの継続を要求田中裁判長は証人 証拠調べ 鑑定請求を却下 弁護側が申し立てた異議 裁判官忌避も却下 弁護団は このような訴訟指揮では被告人の権利を守れない として全員退廷 10 月 6 日 控訴審結審 3 月 22 日判決 という記事が各紙に掲載 弁護人も支援者も 法廷で裁判長の判決期日指定を聞いていない ( 阿部泰雄弁護団長 ) 弁護団は 弁護人不在の期日指定は刑事訴訟法違反 と異議を申し立てたが 却下 本人質問 弁護側弁論もさせずに判決(06 年 3 月 22 日 ) 田中裁判長は弁護人 4 人に次々と退廷を命令 抗議した支援者 被告人にも退廷命令一審判決をコピーしただけの有罪判決 ( 科捜研の ) 鑑定に疑問はなく 合理的で妥当 資料の全量消費には合理的理由が認められる 守さんと弁護団は直ちに上告 2 犯人視の逮捕報道 問題を指摘しない裁判報道 ⑴ 逮捕と同時に犯人断定の大報道 病院内の無差別殺人事件 1 逮捕翌日の 1 月 7 日 全国紙各紙が一面トップの大報道 患者点滴に筋弛緩剤/ 元准看護士を逮捕 / 殺人未遂容疑 / 小 6 意識不明 / 仙台の病院 / 容体急変十数人 /7 8 人が死亡 (7 日付 朝日 一面トップ ) 命救う病院でなぜ/ 元准看護士に殺人未遂容疑 / 動機は? 管理体制は? 信頼 根底から崩壊 ( 7 日付 朝日 社会面トップ ) 女児に筋弛緩剤重体 / 元准看護士逮捕 / 不審な死 数人 / 仙台の病院 ( 7 日付 読売 一面トップ ) 女児に筋弛緩剤点滴/ 殺人未遂容疑 / 元准看護士を逮捕 / 仙台の病院 / 過去に複数の急死者 (7 日付 毎日 一面トップ ) 2

2 新聞 テレビは連日 警察情報を流し 被害者の数 を競って 恐怖の点滴男 に 2 年で患者 10 人近く死亡 / 仙台の病院 / 元准看護士が点滴 / 女児重体 / 殺意認める供述 / 容体急変 / 他事件も立件へ (8 日付 読売 一面トップ ) 背筋凍る 恐怖の点滴 / 守容疑者 / 容体急変 平然と報告 (8 日付 読売 社会面トップ ) 守容疑者/20 人点滴 約 10 人死亡 / 筋弛緩剤 / 関連を捜査 / 在籍 2 年で (9 日付 毎日 一面トップ ) 筋弛緩剤 3 人からも検出 / 仙台の病院 / 守容疑者が点滴 / 女児 後も急変 死亡/ 計 20 人近く容体急変うち 10 人死亡 (10 日付 朝日 一面トップ ) 3 読者に 犯人 と信じさせた 犯行自白 報道 悪人視 のプライバシー侵害報道 筋弛緩剤点滴/ 待遇に不満 と供述/ 容疑者の准看護士 / 混入 ほかにも (8 日付 朝日 一面トップ) 筋弛緩剤点滴 / 他の患者も ほのめかす/ 守容疑者 / 逮捕容疑認める (8 日付 毎日 一面 4 段 ) 守容疑者/ 十数人に薬物 と供述/ 同僚女性や職場など / いろんな不満 (10 日付 読売 一面トップ) 副院長ら困らせたかった / 筋弛緩剤事件 / 守容疑者が供述 / 給与上がらず不満 (10 日付 毎日 社会面 5 段 ) 守容疑者/ 仮面だった? 好青年 / 患者にいじめ / すぐキレる 印象 ( 11 日付 朝日 夕刊社会面 4 段 ) 筋弛緩剤点滴/ 医師の腕試す 意図/ 守容疑者供述 / 地位にも不満 ( 13 日付 朝日 社会面トップ ) 殺意の点滴なぜ 検証 仙台薬物投与事件 / 安い給料切り捨てやすい准看護士 ゆがんだ自尊心 (13 日付 毎日 社会面連載 ) 9 日から否認していたにもかかわらず 警察のリークで続けた 自白 報道 1 月 18 日のNHK クローズアップ現代 放送中止申し入れ後 ようやく 否認 報道 朝日は 事件報道 では超異例の 2 週間連続一面報道 その後も 再逮捕 起訴のたびに同じような犯人視報道 ⑵ 裁判の問題点を指摘しない判決報道 1 被害者の怒り を強調した一審判決報道(04 年 3 月 30 日 ) 守被告に無期懲役/ 筋弛緩剤事件 / 殺意持ち投与 認定/ 仙台地裁 / 周到 巧妙な手段 / 状況証拠積み重ね結論 (30 日付夕刊 朝日 一面トップ ) 3

有罪 戻らぬ意識 / 苦しんだ証拠固め / 筋弛緩剤事件判決 /15 歳少女無言の青春 / 傍聴の母親 涙ぬぐう / 守被告 微動だにせず (30 日付夕刊 朝日 社会面トップ ) 3 年半 意識戻らぬ娘 / 筋弛緩剤事件判決 / 有罪 母の目に涙/ 高校入学の春のはずが / 守被告 一瞬天仰ぐ (30 日付夕刊 読売 社会面トップ ) あの子に謝って / 守被告に無期懲役 / 涙で聞く被害者母 / 裁判 被告のため? (30 日付 毎日 夕刊社会面トップ ) 判決報道が無視した 鑑定資料全量消費 問題 判決は 大阪府警 科捜研が行った 患者の血清や尿 点滴ボトルなどの各鑑定資料から筋弛緩剤の成分が検出された とする鑑定書に基づき 容体急変はいずれも筋弛緩剤の投与による故意の犯罪行為 と認定 弁護側は公判で 鑑定資料たる血清や尿 点滴輸液と 患者五人との同一性の証明がない として第三者的な検査機関による再鑑定を請求 鑑定書によると 血清 尿は1ml から7ml 点滴輸液は3ml から 53ml と 鑑定資料は十分にあった しかし 検察は 鑑定資料は全量消費した と主張 弁護側は 証拠捏造 を指摘したが 仙台地裁は 捏造をうかがわせる事情はない と認めた 鑑定資料全量消費に関する判決に疑問を呈したのは 30 日夜のNHK 解説番組 あすを読む で 若林誠一解説委員が 資料が残っていない場合は 証拠として認めないことが必要ではないか と指摘しただけ 全国紙各紙は この問題を完全に無視した 2 強引な訴訟指揮を問題にしなかった二審判決報道 (06 年 3 月 23 日朝刊 ) 筋弛緩剤事件/ 守被告 2 審も無期 / 仙台高裁判決 証拠能力誤りなし ( 朝日 )/ 被害者の母 罪償って / 被告は 判決でたらめ (23 日付 朝日 社会面 4 段 ) 筋弛緩剤事件/ 守被告 2 審も無期 / 仙台高裁控訴棄却 1 審 事実誤認ない / 罪認め償って 被害者の母 / 被告の母 無実伝えたい (23 日付 読売 社会面トップ ) 罪認めてほしい / 筋弛緩剤 2 審無期 / 退廷の被告を非難 / 被害者の母目頭押さえ切々 / 弁護側は 事実誤認 (23 日付 毎日 社会面トップ ) 二審の訴訟指揮を批判したのは 東京新聞 23 日朝刊社会面の解説記事のみ 実質的な審理はほとんどなく四回の公判で結審 裁判長期化への懸念もあるが 一審判決に対する弁護側の疑問を積極的に解明しようとしたとは言い難い訴訟指揮だった ( 中略 ) 控訴審が誰の目にも納得のできる内容だったのか 疑問が残る 迅速裁判を評価した 産経 解説記事 審理の迅速化は 長期裁判に対する国民の不満に背を押された司法改革の主眼の一つだ ( 中略 ) 今回の訴訟指揮は 時代が求める 適正な刑事裁判 への一つの答えになるだろう 4

3 冤罪に加担するメディア ⑴ 警察情報を鵜呑みにした逮捕 自白報道 1 警察発表を疑わず 筋弛緩剤点滴による殺人事件 を前提に大報道 2 不可解な動機を疑わず 警察のリークで 自白 報道 3 弁護人に取材せず 否認後も 自白 報道を継続 4 被害者の多さ を競う特ダネ競争 5 家族 生い立ちなどを事件と結びつけるプライバシー侵害 6 被疑者 被告人 = 犯人を前提とした 被害者の怒り 報道 ⑵ 裁判に影響を与えた犯人視世論 裁判官の予断 1 鑑定資料全量消費 だけでも 証拠不十分 とすべきなのに 被告人 = 犯人の予断を持った一審 畑中英明裁判長は 捏造をうかがわせる事情はない と認定 2 弁護団の求めた証拠 証人調べ 鑑定請求をすべて却下した二審 田中亮一裁判長は 真実解明 の意思を最初から持っていなかった ⑶ 報道で予断を形成する裁判官たち 1 裁判所にも影響を与えた ロス疑惑 報道 氏名不詳者との共謀 で有罪判決を出した1 審判決 実行犯 =O 被告は無罪だが 三浦の犯行に間違いない という恐るべき予断共謀共同正犯の判例を覆す 実行犯なき主犯 認定 疑惑報道 に影響された 1 審を批判した 2 審逆転無罪判決 本件は ロス疑惑銃撃事件として 激しい報道合戦が繰り広げられた マスコミ報道が先行し これが引き金になって警察の捜査に発展した こうした場面では 報道の根拠としている証拠が 反対尋問の批判に耐えて高い証明力を保持できるかどうかの検討が十分でないまま 総じて嫌疑をかける側にまわる傾向を避けがたい 207 年 2 月 無罪の心証 を告白した袴田事件 (1966 年 ) の熊本典道 元裁判官 事件直後の大々的犯人視報道で 袴田が犯人 と予断を持っていた他の裁判官 熊本判事は 事件発生の約半年後に静岡地裁に赴任 報道の影響を受けていなかった 3 有罪世論 にプレッシャーを受ける裁判官たち 相次ぐ 証拠がなくても有罪 判決( 和歌山カレー事件 恵庭冤罪事件 ) ⑷ 無罪判決の場合しか 冤罪 を問題にしないメディア 1 富山冤罪事件 志布志事件で 自白偏重捜査 を批判したメディア 2メディア自身が捜査段階 逮捕時に 自白偏重報道 しながら 検証 反省せず 5

4 冤罪加担 人権侵害報道の構造 ⑴ 報道被害の原因 1 有罪断定の報理 犯罪報道が警察 検察の捜査情報に依存して行われ 逮捕 = 犯人 を確定した事実のように伝えていること 2 犯人探しの特ダネ競争 犯罪報道を 読者 視聴者の関心に応えるため と称して 大々的に扱う日本のメディアの伝統的体質 そこから生まれた激しい特ダネ競争 3 興味本位なセンセーショナリズム 大事件や特異な事件が起きると 集中豪雨のように大量の記事で紙面を埋め ニュース番組も事件一色にするセンセーショナリズム 4 人権意識の希薄な記者 貧しい記者教育 記者 メディア幹部の人権意識の問題 ⑵ 警察情報に依存した取材 報道 1 情報の中心は警察 検察 夜討ち 朝駆け で競う非公式情報の入手合戦 2 現場取材 裏付け取材は 警察情報の補足程度 3 被疑者の主張 は 付け足し( 面会取材の壁 弁護士取材は増えてきたが ) ⑶ 警察の統制下におかれた記者クラブ取材 1メンバー以外 記者会見からも排除する排他的なクラブ 2 捜査批判をすると 会社ぐるみ取材拒否自白強要 長時間の取調べなどの捜査チェックはほとんどなし 3 記者会見では 捜査の問題点などだれも質問せず ⑷ 発生段階の集中報道 裁判軽視の取材システム 1 警察には各社が大量の記者を投入 2 裁判所取材は少数初公判 論告 判決しか取材できない体制 3 情報が少ない段階で大報道し 事件の真相が見えてくる裁判は軽視 4 冤罪事件の裁判も 初報に都合の悪い情報は報道せず ⑸ 問われる 事件報道の構造と意味 1 警察情報依存型の事件報道 犯人視報道からの脱却 発表 は 発表 として 最低限の 事実報道 に抑制すること 2 事件報道の意味を根底から問い直すこと 警察情報 = 特ダネ 意識を捨て 捜査段階では権力チェック中心に 社会的背景 報道は 裁判取材の中から 3 記者の取材スタンス 権力を疑う 視点を第一に/ 不可欠な弁護士からの取材 4 事件報道全体を見直す各社 メディア全体の議論が必要記者個人にも その責任報道被害者の被害体験を聞く 体験 を 6