資料3-1_本多准教授提出資料

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( 平成 22 年 12 月 17 日ヒト ES 委員会説明資料 ) 幹細胞から臓器を作成する 動物性集合胚作成の必要性について 中内啓光 東京大学医科学研究所幹細胞治療研究センター JST 戦略的創造研究推進事業 ERATO 型研究研究プロジェクト名 : 中内幹細胞制御プロジェクト 1

れていない 遺伝子改変動物の作製が容易になるなどの面からキメラ形成できる多能性幹細胞 へのニーズは高く ヒトを含むげっ歯類以外の動物におけるナイーブ型多能性幹細胞の開発に 関して世界的に激しい競争が行われている 本共同研究チームは 着床後の多能性状態にある EpiSC を着床前胚に移植し 移植細胞が

を行った 2.iPS 細胞の由来の探索 3.MEF および TTF 以外の細胞からの ips 細胞誘導 4.Fbx15 以外の遺伝子発現を指標とした ips 細胞の樹立 ips 細胞はこれまでのところレトロウイルスを用いた場合しか樹立できていない また 4 因子を導入した線維芽細胞の中で ips 細

STAP現象の検証の実施について

STAP現象の検証結果

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Microsoft PowerPoint - 資料6-1_高橋委員(公開用修正).pptx

平成18年3月17日

資料 4 生命倫理専門調査会における主な議論 平成 25 年 12 月 20 日 1 海外における規制の状況 内閣府は平成 24 年度 ES 細胞 ips 細胞から作成した生殖細胞によるヒト胚作成に関する法規制の状況を確認するため 米国 英国 ドイツ フランス スペイン オーストラリア及び韓国を対象

本成果は 主に以下の事業 研究領域 研究課題によって得られました 日本医療研究開発機構 (AMED) 脳科学研究戦略推進プログラム ( 平成 27 年度より文部科学省より移管 ) 研究課題名 : 遺伝子改変マーモセットの汎用性拡大および作出技術の高度化とその脳科学への応用 研究代表者 : 佐々木えり

1. 背景生殖細胞は 哺乳類の体を構成する細胞の中で 次世代へと受け継がれ 新たな個体をつくり出すことが可能な唯一の細胞です 生殖細胞系列の分化過程や 生殖細胞に特徴的なDNAのメチル化を含むエピゲノム情報 8 の再構成注メカニズムを解明することは 不妊の原因究明や世代を経たエピゲノム情報の伝達メカ

資料 3-1 CREST 人工多能性幹細胞 (ips 細胞 ) 作製 制御等の医療基盤技術 平成 20 年度平成 21 年度平成 22 年度 10 件 7 件 6 件 進捗状況報告 9.28,2010 総括須田年生

<1. 新手法のポイント > -2 -

2013年9月8日:関東医学哲学・倫理学会総合部会 「ヒトの要素をもつ動物を作成することは どこまで許されるのか?」 human-nonhuman chimeras, mixtures, interspecies, part-human chimeras, animals containing human material等

クローン ES 細胞を利用したクローンマウスの作出方法

長期/島本1

スライド 1

研究成果の概要 ( 背景 ) 従来の遺伝子工学は, 実質的に外来遺伝子の導入に限られ, 標的部位への導入は極めて困難でした ZFN, TALEN, CRISPR/Cas 1) 等のゲノム編集は, 微生物起源の人工酵素による遺伝子改変技術の総称で, 外来遺伝子の標的部位への導入のほか, 内在遺伝子の破

背景ヒトを含むほとんどの哺乳類は性染色体によってその雌雄が決定されます 性染色体はX 染色体とY 染色体から成り 性染色体がXX 型ならばメスが XY 型ならばオスが生じます つまりY 染色体 ( の遺伝子 ) があるか否かでメスになるかオスになるかが決定します しかしながら Y 染色体は進化の過程

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2

資料2-1

精子・卵子・胚研究の現状(久慈 直昭 慶應義塾大学医学部産婦人科学教室 講師提出資料)

ASC は 8 週齢 ICR メスマウスの皮下脂肪組織をコラゲナーゼ処理後 遠心分離で得たペレットとして単離し BMSC は同じマウスの大腿骨からフラッシュアウトにより獲得した 10%FBS 1% 抗生剤を含む DMEM にて それぞれ培養を行った FACS Passage 2 (P2) の ASC

資料110-4-1 核置換(ヒト胚核移植胚)に関する規制の状況について

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 松尾祐介 論文審査担当者 主査淺原弘嗣 副査関矢一郎 金井正美 論文題目 Local fibroblast proliferation but not influx is responsible for synovial hyperplasia in a mur

背景 歯はエナメル質 象牙質 セメント質の3つの硬い組織から構成されます この中でエナメル質は 生体内で最も硬い組織であり 人が食生活を営む上できわめて重要な役割を持ちます これまでエナメル質は 一旦齲蝕 ( むし歯 ) などで破壊されると 再生させることは不可能であり 人工物による修復しかできませ

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報道発表資料 2007 年 4 月 11 日 独立行政法人理化学研究所 傷害を受けた網膜細胞を薬で再生する手法を発見 - 移植治療と異なる薬物による新たな再生治療への第一歩 - ポイント マウス サルの網膜の再生を促進することに成功 網膜だけでなく 難治性神経変性疾患の再生治療にも期待できる 神経回

解禁日時 :2019 年 2 月 4 日 ( 月 ) 午後 7 時 ( 日本時間 ) プレス通知資料 ( 研究成果 ) 報道関係各位 2019 年 2 月 1 日 国立大学法人東京医科歯科大学 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 IL13Rα2 が血管新生を介して悪性黒色腫 ( メラノーマ ) を

60 秒でわかるプレスリリース 2008 年 7 月 12 日 独立行政法人理化学研究所 生殖細胞の誕生に必須な遺伝子 Prdm14 の発見 - Prdm14 の欠損は 精子 卵子がまったく形成しない成体に - 種の保存 をつかさどる生殖細胞には 幾世代にもわたり遺伝情報を理想な状態で維持し 個体を

論文の内容の要旨

た さらに クローン胚からクローン ES 細胞 2の樹立にも成功しました 樹立成績は高く 尿細胞が 15 個あれば 1 株できる計算になります これらの成果から 本方法は絶滅危惧種など貴重な動物において 体をいっさい傷つけずにクローン個体を作出する重要な手段になり得ること 野生動物など尿を無菌状態で

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化を明らかにすることにより 自閉症発症のリスクに関わるメカニズムを明らかにすることが期待されます 本研究成果は 本年 京都において開催される Neuro2013 において 6 月 22 日に発表されます (P ) お問い合わせ先 東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野教授大隅典

Establishment and Characterization of Cynomolgus Monkey ES Cell Lines

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( 樹立の用に供されるヒト胚に関する要件 ) 第 6 条第 1 種樹立の用に供されるヒト受精胚は 次に掲げる要件を満たすものとする 一生殖補助医療に用いる目的で作成されたヒト受精胚であって 当該目的に用いる予定がないもののうち 提供する者による当該ヒト受精胚を滅失させることについての意思が確認されて

( 図 ) 顕微受精の様子

報道発表資料 2005 年 8 月 2 日 独立行政法人理化学研究所 国立大学法人京都大学 ES 細胞からの神経網膜前駆細胞と視細胞の分化誘導に世界で初めて成功 - 網膜疾患治療法開発への応用に大きな期待 - ポイント ES 細胞の細胞塊を浮遊培養し 16% の高効率で神経網膜前駆細胞に分化させる系

2012 年 6 月 独立行政法人理化学研究所 住友化学株式会社 ヒト ES 細胞から立体網膜の形成に世界で初めて成功 - 網膜難病の治療や原因解明の研究を飛躍的に加速 - 本研究成果のポイント ヒト ES 細胞の自己組織化培養で胎児型の眼 眼杯 の形成に成功 視細胞や神経節細胞などを含むヒト立体網

学報_台紙20まで

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遺伝子の近傍に別の遺伝子の発現制御領域 ( エンハンサーなど ) が移動してくることによって その遺伝子の発現様式を変化させるものです ( 図 2) 融合タンパク質は比較的容易に検出できるので 前者のような二つの遺伝子組み換えの例はこれまで数多く発見されてきたのに対して 後者の場合は 広範囲のゲノム

生物の発生 分化 再生 平成 12 年度採択研究代表者 小林悟 ( 岡崎国立共同研究機構統合バイオサイエンスセンター教授 ) 生殖細胞の形成機構の解明とその哺乳動物への応用 1. 研究実施の概要本研究は ショウジョウバエおよびマウスの生殖細胞に関わる分子の同定および機能解析を行い 無脊椎 脊椎動物に

かし この技術に必要となる遺伝子改変技術は ヒトの組織細胞ではこれまで実現できず ヒトがん組織の細胞系譜解析は困難でした 正常の大腸上皮の組織には幹細胞が存在し 自分自身と同じ幹細胞を永続的に産み出す ( 自己複製 ) とともに 寿命が短く自己複製できない分化した細胞を次々と産み出すことで組織構造を

2017 年 12 月 15 日 報道機関各位 国立大学法人東北大学大学院医学系研究科国立大学法人九州大学生体防御医学研究所国立研究開発法人日本医療研究開発機構 ヒト胎盤幹細胞の樹立に世界で初めて成功 - 生殖医療 再生医療への貢献が期待 - 研究のポイント 注 胎盤幹細胞 (TS 細胞 ) 1 は

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今後の展開現在でも 自己免疫疾患の発症機構については不明な点が多くあります 今回の発見により 今後自己免疫疾患の発症機構の理解が大きく前進すると共に 今まで見過ごされてきたイントロン残存の重要性が 生体反応の様々な局面で明らかにされることが期待されます 図 1 Jmjd6 欠損型の胸腺をヌードマウス

報道関係者各位 平成 26 年 1 月 20 日 国立大学法人筑波大学 動脈硬化の進行を促進するたんぱく質を発見 研究成果のポイント 1. 日本人の死因の第 2 位と第 4 位である心疾患 脳血管疾患のほとんどの原因は動脈硬化である 2. 酸化されたコレステロールを取り込んだマクロファージが大量に血

研究成果報告書

動物性集合胚を用いた研究の 意義と倫理的課題

体細胞の分化状態の記憶を消去し初期化する原理を発見

た遺伝子を切断し修復時に微小なエラーを生じさせて機能を破壊するノックアウトと 外部か ら任意の配列を挿入して事前設計した通りの機能を与えるノックインに大別される 外来遺伝 子をもった動物の作成や遺伝子治療には後者の技術が必要である しかし 動物胚への遺伝子ノックインには マイクロインジェクション法

能性を示した < 方法 > M-CSF RANKL VEGF-C Ds-Red それぞれの全長 cdnaを レトロウイルスを用いてHeLa 細胞に遺伝子導入した これによりM-CSFとDs-Redを発現するHeLa 細胞 (HeLa-M) RANKLと Ds-Redを発現するHeLa 細胞 (HeL

調査委員会 報告

抑制することが知られている 今回はヒト子宮内膜におけるコレステロール硫酸のプロテ アーゼ活性に対する効果を検討することとした コレステロール硫酸の着床期特異的な発現の機序を解明するために 合成酵素であるコ レステロール硫酸基転移酵素 (SULT2B1b) に着目した ヒト子宮内膜は排卵後 脱落膜 化

報道発表資料 2002 年 10 月 10 日 独立行政法人理化学研究所 頭にだけ脳ができるように制御している遺伝子を世界で初めて発見 - 再生医療につながる重要な基礎研究成果として期待 - 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は プラナリアを用いて 全能性幹細胞 ( 万能細胞 ) が頭部以外で脳

ヒト脂肪組織由来幹細胞における外因性脂肪酸結合タンパク (FABP)4 FABP 5 の影響 糖尿病 肥満の病態解明と脂肪幹細胞再生治療への可能性 ポイント 脂肪幹細胞の脂肪分化誘導に伴い FABP4( 脂肪細胞型 ) FABP5( 表皮型 ) が発現亢進し 分泌されることを確認しました トランスク

HYOSHI48-12_57828.pdf

「ゲノムインプリント消去には能動的脱メチル化が必要である」【石野史敏教授】

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周期的に活性化する 色素幹細胞は毛包幹細胞と同様にバルジ サブバルジ領域に局在し 周期的に活性化して分化した色素細胞を毛母に供給し それにより毛が着色する しかし ゲノムストレスが加わるとこのシステムは破たんする 我々の研究室では 加齢に伴い色素幹細胞が枯渇すると白髪を発症すること また 5Gy の

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今日のご報告内容 1. キメラとは 2. ヒトと動物のキメラに関する概念整理 3. 日本におけるヒトと動物のキメラに関する規制状況 4. イギリスにおけるヒトと動物のキメラに関する規制状況 5. ヒトと動物のキメラをめぐる倫理的問題 6. ヒトと動物のキメラ研究に関する今後の検討課題 2

Microsoft PowerPoint - 資料3-8_(B理研・古関)拠点B理研古関120613

科学6月独立Q_河本.indd

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Gene Therapy for chronic glomerulonephritis

icems ニュースリリース News Release 2009 年 12 月 11 日 京都大学物質 - 細胞統合システム拠点 ips 細胞研究を進めるための社会的課題と展望 - 国際幹細胞学会でのワークショップの議論を基に - 加藤和人京都大学物質 - 細胞統合システム拠点 (icems=アイセ

卵黄 PIP 2 IP 3 mammalian ICSI ER Ca 2+ 胚盤

研究の背景 ヒトは他の動物に比べて脳が発達していることが特徴であり, 脳の発達のおかげでヒトは特有の能力の獲得が可能になったと考えられています この脳の発達に大きく関わりがあると考えられているのが, 本研究で扱っている大脳皮質の表面に存在するシワ = 脳回 です 大脳皮質は脳の中でも高次脳機能に関わ

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第13回文科大臣賞幹細胞選考資料

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 森脇真一 井上善博 副査副査 教授教授 東 治 人 上 田 晃 一 副査 教授 朝日通雄 主論文題名 Transgene number-dependent, gene expression rate-independe

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(部門)            様

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< 研究内容 > (1) 細胞生存率の解析宇宙環境で保存したマウス ES 細胞を地上で培養し その増殖を調べます 宇宙放射線には陽子や鉄 炭素などがイオン化した重粒子線などが含まれています とくに重粒子線は細胞に対する傷害が大きいことが知られています 右の図は 地上で放射線医学総合研究所の重粒子線が

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く 細胞傷害活性の無い CD4 + ヘルパー T 細胞が必須と判明した 吉田らは 1988 年 C57BL/6 マウスが腹腔内に移植した BALB/c マウス由来の Meth A 腫瘍細胞 (CTL 耐性細胞株 ) を拒絶すること 1991 年 同種異系移植によって誘導されるマクロファージ (AIM

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九州大学病院の遺伝子治療臨床研究実施計画(慢性重症虚血肢(閉塞

(定義)附則第一章総則第一条ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律(以下 法 という )に定めるもののほか この指針において 次の各号に掲げる用語の意義は それぞれ当該各号に定めるところによる 四提供医療機関特定胚の作成に用いるヒトの未受精卵又はヒト受精胚(以下 未受精卵等 という )の提供を

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報道発表資料 2006 年 4 月 13 日 独立行政法人理化学研究所 抗ウイルス免疫発動機構の解明 - 免疫 アレルギー制御のための新たな標的分子を発見 - ポイント 異物センサー TLR のシグナル伝達機構を解析 インターフェロン産生に必須な分子 IKK アルファ を発見 免疫 アレルギーの有効

報道発表資料 2006 年 6 月 21 日 独立行政法人理化学研究所 アレルギー反応を制御する新たなメカニズムを発見 - 謎の免疫細胞 記憶型 T 細胞 がアレルギー反応に必須 - ポイント アレルギー発症の細胞を可視化する緑色蛍光マウスの開発により解明 分化 発生等で重要なノッチ分子への情報伝達

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世界初!超低温保存した子豚の精巣をもとに子豚が誕生

ヒト胚の研究体制に関する研究(吉村 泰典 委員提出資料)

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論文題目  腸管分化に関わるmiRNAの探索とその発現制御解析

研究の詳細な説明 1. 背景細菌 ウイルス ワクチンなどの抗原が人の体内に入るとリンパ組織の中で胚中心が形成されます メモリー B 細胞は胚中心に存在する胚中心 B 細胞から誘導されてくること知られています しかし その誘導の仕組みについてはよくわかっておらず その仕組みの解明は重要な課題として残っ

記載例 : ウイルス マウス ( 感染実験 ) ( 注 )Web システム上で承認された実験計画の変更申請については 様式 A 中央の これまでの変更 申請を選択し 承認番号を入力すると過去の申請内容が反映されます さきに内容を呼び出してから入力を始めてください 加齢医学研究所 分野東北太郎教授 組

博第265号

本成果は 以下の研究助成金によって得られました JSPS 科研費 ( 井上由紀子 ) JSPS 科研費 , 16H06528( 井上高良 ) 精神 神経疾患研究開発費 24-12, 26-9, 27-

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2013 年 12 月 12 日 ( 木 ) 文部科学省動物性集合 胚作業部会講演 多能性幹細胞と動物胚とのキメラ作製 - 現状とその可能性ー 宮崎大学テニュアトラック推進機構テニュアトラック准教授本多新

1. マウスの発生と多能性幹細胞 着床前 受精 始原生殖細胞 生殖細胞 EpiSC 着床後 ips 細胞 体細胞 ES EpiSC ips 細胞には多能性 ( 理論的にどのような組織にも分化可能 ) がある

ES 細胞を用いたキメラマウス作製 (1980 年代後半から ) 緑色遺伝子導入 マウス ES 細胞 緑色に光る ES 細胞 マウスの初期胚に注入 緑色の細胞を持つキメラマウス

3. 各動物種の ES/iPS 細胞の特徴について

多能性幹細胞の品質について ナイーブ型 幹細胞としての質が高い プライム型 幹細胞としての質は低い 高 多能性幹細胞の質とは? 精子 卵子に分化可能テラトーマ形成能未分化マーカー陽性マウスラットそれ以外 ( ヒト サル ブタなど ) キメラ形成能体外での分化能 低 ナイーブ型とプライム型の多能性幹細胞には質的な相違がある

1. マウスの発生と多能性幹細胞 着床前 ナイーブ型 受精 プライム型 始原生殖細胞 生殖細胞 ナイーブ型 ips 細胞 EpiSC 着床後 体細胞

マウス ラットから樹立される多能性幹細胞 (ES/iPS/EpiSC) マウスES/iPS 細胞マウスEpiSC(Epiblast Stem Cell) ES/iPS コロニー形態テラトーマ形成能キメラ形成能生殖細胞分化能相同組換え活性多能性維持因子 2i 培地への対応相同なマウス発生段階多能性の状態 重層 ( ドーム型 ) ありありあり高い LIF 自己複製 4.5~5.0 日胚ナイーブ型 単層 ( 扁平型 ) ありほとんど無しなし低い Fgf2, アクチビン分化 6.5~7.0 日胚プライム型

キメラ作製を利用した応用技術 ( 補完法 ) このマウスを交配してお腹から胚を取り出す この胚は本来であれば目のないマウスとして生まれるはずである 先天的に目のないマウス 正常な ES 細胞 ( 緑色 ) を注入すると ES 細胞で 本来ならば生じない目を補完した! ES 細胞が目となり 目を持ったキメラマウスが生まれてくる

先ほどの例はマウス ES 細胞をマウスの初期胚に入れた では もしも異種間でキメラを作ったらどうなるのか? 膵臓のできないマウスの初期胚に注入して ラットの ES 細胞はマウスの体の中で膵臓になれるのだろうか? ラットの ES 細胞 ( 緑 ) を メスマウスの子宮に移植したら

Cell (2010) 中内啓光先生の研究チーム ( 東京大学 ) 血糖も下がっている! マウスにラットの細胞でできた膵臓が!!

Cell (2010) このシステムの課題点 1. 寄与率はさほど高くはないが 全身に寄与している ( 寄与させる組織を完全にコントロールできるわけではない ) 2. 発生率が低い 生後の発育も悪い 3. 膵臓の発生に必須な Pdx1 欠損マウス胚をホストにしているが Pdx1 の影響を受けない他の細胞 ( 神経 血管 間質系細胞 ) はマウスの細胞なので 膵臓丸ごと全部がラットの細胞で構成されているわけではない

Genes to Cells (2011) The American J. Phathology (2012) 岡部先生の研究チーム ( 阪大 ) マウスとラットの異種間キメラによる胚盤胞補完 ヌードマウス ( 胸腺なし ) にラット由来の胸腺を補完 ラットの T 細胞は確認できなかったが マウス T 細胞の発生 維持により機能を発揮していることを確認 中内先生の研究チーム ( 東大 ) マウスによる胚盤胞補完 ( 異種間ではない ) マウス腎臓の補完に成功 尿の生成により機能を確認 ちなみに マウスの中でラットの精子も確認 ( 腎臓は異種間 ( マウス ラット ) 補完が困難 ) おそらく Sal1 遺伝子の異種間相違が原因

胚盤胞補完法を行うために必要なこと ナイーブ型 精子 卵子に分化可能 テラトーマ形成能 プライム型 未分化マーカー陽性 高 ES/iPS 細胞マウス ラットEpiSCも含むマウスラットそれ以外 ( ヒト サル ブタなど ) 低 キメラ形成能 体外での分化能 1. キメラになりうる多能性幹細胞の有無 2. ホスト胚の適合性と遺伝子破壊技術の有無 ナイーブ型幹細胞の有無はキメラ作製において有力な指標となる つまりマウスかラット以外の動物では技術的に困難 では 他の動物種で胚盤胞補完を行うためにはどうすれば良いか? プライム型の多能性幹細胞はキメラにならないのか? プライム型の多能性幹細胞をナイーブ型に変換することはできないか?

PLoS ONE(2011) 丹羽仁史先生の研究チーム ( 理研 CDB) マウス EpiSC に細胞接着因子 E-cadherin を過剰発現させれば 寄与率の高いキメラを得ることができる ( ただし 効率は低く生殖細胞には分化できない ) プライム型 ( マウス ラット以外の ES/iPS) でもキメラ動物を作製できる可能性が示唆された

他の動物種由来の ES/iPS 細胞はどうか? 幹細胞の特徴とキメラ形成能について

( ヒトへの応用を見据えた )ES/iPS 細胞研究の実験動物間の比較 サルサル ブタブタ ウサギラット ラットマウス マウス? ES (ips) 細胞の特徴 動物の価格 ( 万円 ) 飼育 維持の規模および経費 プライム型ヒト型プライム型ヒト型 (?) プライム型マウス型ナイーブ型マウス型ナイーブ型 ( 有 ) ( 有 ) ( 有 ) ( 有 ) 30~50 30~5010~30 10~30 1~20.15 0.15 0.1 大大大大中中中小小 繁殖 中程度中程度 ~ 困難 ~ 困難容易容易 容易容易 容易容易 容易 利用施設数 小 大 中 小 多 小 多小 多 少 プライム型 利用に制限 中 ヒト型だが利用に制限あり 多 プライム型 利用しやすい 多 ナイーブ型 利用しやすい

ブタ ( プライム型 ) 利点 : 臓器の大きさがヒトに近い発生工学技術が確立されている ( キメラ作製技術 クローン技術など ) 難点 :ips 細胞の比較対象として重要な ES 細胞の樹立が非常に困難樹立された ips 細胞の不安定性 ( 外来遺伝子の発現持続 ) Stem Cell and Development (2013) 花園先生の研究チーム ( 自治医科大 ) ブタは外来山中因子のサイレンシングがかかりにくいことを利用し 培養環境の変化でナイーブ型 ( 様 ) 細胞の樹立に成功 サイレンシングおよび分化能 ( テラトーマ形成能 ) に課題 内部細胞塊や中期胚の一部に寄与

サル ( プライム型 ) 利点 : 霊長類モデル発生工学技術が確立されている ( 特にマーモセット ) 難点 : 繁殖に難点あり ( 妊娠期間 140~160 日 )( 産仔数が少ない :1~2 頭 / 出産 ) 他実験動物に比べて動物倫理の壁が高い ( 高次精神構造の発達による ) Cell (2012) 立花先生 &Mitalipov の研究チーム ES 細胞由来キメラは産まれず ( 胚盤胞に寄与できず ) 4-cell 集合胚であればキメラになった プライム型多能性幹細胞はキメラになりにくい

マウス同様 数をこなせば プライム型もキメラになりうる ( 寄与率は低い ) ウサギ ( プライム型 ) 利点 : マウス ラットに次ぐ扱い安さ ( 動物価格 倫理 繁殖 ( 妊娠期間が 30 日で多産 ) 発生工学技術が確立されている ES 細胞もある難点 : 遺伝子配列情報の整備が若干遅れている ウサギの細胞に反応する抗体を見いだすのが一苦労 マウス以外ではプライム型の幹細胞由来で ( まともな?) キメラ作製の報告がある唯一の動物 ( キメラ作製実験のやりやすさ ( 高い発生工学技術 優れた繁殖能力 ) を物語っている ) Mol.Reprod. Dev. (1996) Biol. Reprod. (2010) 野生型 ( 黒 ) 白い毛がキメラ 野生型 ( ダッチベルト ) 黒い毛がキメラ 3 頭 /287 個注入 ( 約 1%) 2 頭 /188 個移植 ( 約 1%) ただし 生後 60 日目で死んでしまった

ウサギ ( プライム型 ) J.Biol.Chem.(2013) ナイーブ型への変換による幹細胞の質的改良 プライム型のウサギ ips 細胞をナイーブ型 ( 様 ) 細胞への変換に成功 ナイーブ型化 プライム型のウサギ ips 細胞 プライム型ウサギ ips 細胞は胚盤胞に寄与しない ナイーブ様ウサギ ips 細胞は胚盤胞に寄与する ナイーブ型 ( 様 ) に変換したウサギ ips 細胞 ナイーブ様に変換すれば マウス胚盤胞にも寄与できる 成熟オリゴデンドロサイトまで出現するようになった ナイーブ型様に変換することにより 体外での ( 神経系への ) 分化誘導能力が向上することも判明

4. 動物性集合胚技術 ( ヒト細胞 + 動物胚 ) の有用性 ( マウス以外で ) ドナー細胞として用いる多能性幹細胞種としては ヒト多能性幹細胞研究が圧倒的に樹立数も多く その解析も進んでいる 特に 体外での分化誘導や難治性疾患の解析などで期待されていることから その品質評価についても厳格な培養法 評価法が発達している キメラを作る際は ドナー幹細胞の品質とホスト胚の状態 ( 組み合わせ ) を検討する必要がある

体外での分化誘導でわかること できること これまでの多能性幹細胞 分化細胞という限界を越えて Cell Stem Cell (2012) 笹井先生の研究チーム ( 理研 CDB) 多能性幹細胞 分化細胞 複雑な組織 眼杯 ES 細胞の 自己組織化 により複雑な眼杯や立体網膜組織が形成されていく様子を観察することができた 立体網膜構造 長期培養により 視細胞 ( 錯体細胞 桿体細胞 ) 神経節細胞 介在神経細胞 双極細胞前駆細胞など複数の細胞から成る構造の分化誘導が可能である

サル ES 細胞をマウス初期胚へ注入した異種間キメラ胚 Stem Cell Research (2011) 予想どおり ほとんどキメラにならず

ではヒトの ES 細胞を動物の初期胚へ注入した異種間キメラ胚はどうか? Developmental Dynamics (2002) Developmental Biology (2006) ヒト ES 細胞をニワトリの初期胚へ注入した異種間キメラ胚 ( イスラエル ) ヒト ES 細胞をマウスの初期胚へ注入した異種間キメラ胚 ( アメリカ )) ヒト ES 細胞がニワトリ胚の中で神経組織に分化している 8.5 日マウス胚においてヒト ES 細胞がわずかではあるが寄与している

プライム型のヒト ES 細胞はやはりキメラとして寄与しにくい では ナイーブ型への変換はどうか? PNAS (2010) Nature (2013) Oct3/4, Klf4 の過剰発現および培養環境の変換でナイーブ型のヒト ES 細胞を樹立した 培養環境の変換だけでナイーブ型への誘導を成し遂げている コントロールには見られない広範囲にわたる神経褶の GFP のシグナル マウス 10.5 日胚におけるキメラとしての寄与

ホストとなる動物胚についての考察 異種間でキメラを作製する場合 ドナーとなる幹細胞だけでなくホストとなる動物胚についても考慮する必要がある 1. 時間軸において発生のプログラムが異なるドナー細胞と胚は同調するのか? マウス (20 日 ) とラット (23 日 ) であれば異種間でも同調したが ヒト (280 日 ) の細胞とマウス胚 (20 日 ) で同調するのだろうか? 2. キメラ動物の体内に臓器をまるごと作るような研究 ( 補完法 ) を行うためには その臓器が発生しないような遺伝子欠損ホスト胚が必要になる ( 遺伝子欠損動物をどのようにして作製するか?)

高いキメラ率が確認されているマウス ES 細胞をウサギ胚に注入した場合 胚盤胞には高効率で寄与 抗 GFP 抗体による免疫染色 拡大 14.5 日胚 A 多能性幹細胞だけでなく ホストとなる胚についても多岐にわたる解析が必要であろう 14.5 日胚 B 全体 拡大 質の高いマウス ES 細胞でも ウサギ胚には若干しか寄与できない ( 未発表 ) ホスト胚の種類 時期 方法などの検討が異種間キメラ動物作製に重要

マウス以外の動物種における遺伝子破壊 ( ゲノム編集 ) 標的結合型ヌクレアーゼの注入 ZFN, TALEN, CRISPR/Cas9 といった多能性幹細胞を介さずとも遺伝子破壊ができる技術が開発され 世界的な競争が激化している ほ乳動物でもマウス ラットでは成功している ブタなどでも成功例があり我々もウサギでの遺伝子破壊に成功している ( 投稿準備中 ) 他動物種における遺伝子破壊の環境も整いつつある

遺伝子欠損技術とマウス型多能性幹細胞を組み合わせた研究例 ウサギ遺伝子破壊技術 ナイーブ型にしたヒト多能性幹細胞があれば ウサギの体の一部にヒトの組織を補完することも可能になるはず 造血系組織がヒトの細胞 ( ウサギからヒトの血液 ) 器官まるごとがヒトの細胞 ( 薬理モデルなどへの展開 ) ブタやサルをホストにすれば 臓器の大きさや体内環境がよりヒトに近い状態となる

まとめ ヒト ( 型 ) 多能性幹細胞と動物胚でキメラを作製するためには ドナー幹細胞 1.E-cad の過剰発現やナイーブ化により ドナー細胞を改変してキメラ率を高める 2. ドナーとして寄与させる ES/iPS 細胞の品質評価も重要 ( 染色体異常の検定や分化能など ) ホスト胚 1. ドナーとホスト胚発生の同調化に関する研究も必要 2. マウス以外の遺伝子破壊動物作成技術は環境が整いつつある 動物性集合胚の有用性 発生メカニズムの力を借りて 機能を有した臓器の大部分を作ることさえ可能である ただし ドナー細胞がホスト胚に寄与するのか否か 寄与しない場合どうすれば寄与するようになるのか ヒトを含む様々な種での早急な検討が必要不可欠