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体状態を保持したまま 電気伝導の獲得という電荷が担う性質の劇的な変化が起こる すなわ ち電荷とスピンが分離して振る舞うことを示しています そして このような状況で実現して いる金属が通常とは異なる特異な金属であることが 電気伝導度の温度依存性から明らかにされました もともと電子が持っていた電荷やスピ

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Transcription:

架橋点が自由に動ける架橋剤を開発 従来利用されてきた多くの高分子ゲルに柔軟な力学物性をもたらすことが可能に 名古屋大学大学院工学研究科竹岡敬和准教授等は 架橋点が自由に動くことのできる架橋剤を開発し それを用いて高分子ゲルを作ると 高分子ゲルが非常に高い靭性と伸張性を示すことを明らかにしました また この架橋剤を用いて調製した刺激応答性高分子ゲルの応答速度は 従来の高分子ゲルに比べて飛躍的に速くなることも分かりました 従来の高分子ゲルは 力学的な脆さや応答の遅さが原因となり その刺激に応じた体積や表面の変化を利用した人工筋肉 ドラッグデリバリーシステム センサー 再生医療用の培養床としての実用化が困難でした 本研究結果から 今後 刺激応答性高分子ゲルの上記の目的への利用が期待できます 本研究成果は 2014 年 10 月 8 日発行 ( 英国時間 ) 英国の国際学術雑誌 Nature Communications 誌( 電子版 ) に掲載されます

架橋点が自由に動ける架橋剤を開発 従来利用されてきた多くの高分子ゲルに柔軟な力学物性をもたらすことが可能に - 人工筋肉 センサー 再生医療への応用に期待 - 概要 高分子ゲルは 高分子鎖が架橋されることで 3 次元の網目構造を形成し その空間に沢山の溶媒を保持して膨潤したゲルである 高分子ゲルは誰でも簡単に調製できることに加え 分子篩い能 高い液体保持性 振動吸収性などの様々な機能を示すため 多くの分野で実用的に利用されている 一方 刺激に応じて体積や表面物性を可逆に変化させる高分子ゲルの性質は この 30 年間に多くの基礎および応用研究において興味を持たれ 人工筋肉 ドラッグデリバリーシステム 分子認識センサー 再生医療用の培養床など より高度な分野への利用が検討されてきた しかし 高分子ゲルの力学物性や刺激応答速度が不十分なため 実用化には至っていない 名古屋大学大学院工学研究科竹岡敬和准教授等は 直鎖状のポリエチレングリコール (PEG) が環状の分子であるシクロデキストリン (CD) を貫通した状態を嵩高い分子で閉じ込めた超分子の一種であるポリロタキサンの環状分子部分に反応性のビニル基を修飾して架橋剤に用いることで 刺激応答性高分子ゲルの力学的物性や応答速度を飛躍的に向上させることに成功した 本研究成果は 2014 年 10 月 8 日発行 ( 英国時間 ) 英国の国際学術誌 Nature Communications ( 電子板 ) に掲載されます ポイント 高分子ゲルは その調製しやすさと多様な機能により 多くの研究分野で利用されてきた しかし 環境の変化や刺激に対して その体積を大きく変化させる刺激応答性高分子ゲルに関しては 多くの可能性があるにもかかわらず その力学的な脆さや遅い応答性のために 応用に結びついていなかった 本研究では 新しく開発した架橋点が動く架橋剤を利用することで 従来通りの簡単な調製方法により刺激応答性高分子ゲルに高い靭性や伸張性を持たせること および応答速度を上げることに成功した 背景 一般に 高分子鎖をところどころ架橋した 3 次元高分子網目が沢山の溶媒を吸収したものを高分子ゲルと呼ぶ 化学 物理の分野では 様々な種類の高分子からなる高分子ゲルに関する多くの基礎物性についての研究が行われ 薬学 医学 工学などの研究分野においても 高分子ゲルの分子篩い能力 液体保持性 粘弾性などの多様な性質が利用されている 高分子ゲルに関連した研究がここまで多くの分野に広がった理由の一つとしては その簡易な調製方法が挙げられる 例えば 分子生物学の研究で多用されている電気泳動用のポリアクリルアミドゲルは 所定の量のモノマー 架橋剤 反応開始剤を計り取り 全てを混ぜて純水もしくは緩衝液に溶かして減圧脱気した後 反応促進剤を加えるだけで得られる 一般の化学合成に必要な知識や器具を使わなくとも 簡単なレシピに従って作る料理のように どこでも誰でも同じ性質を示す高分子ゲルを

作ることが可能なのだ さらに 高分子ゲルの有する様々な性質 例えば 上記に記した性質に加えて 徐放性 振動吸収能 生体適合性など 各研究分野において必要とされる機能を持ち合わせていることも遍在化した理由である 一方 外部から加えられた刺激に応じてその体積や表面物性などを変化させる刺激応答性高分子ゲルは 従来の高分子ゲルと同様に調製方法が簡単で利用範囲が広いことに加え バイオセンサー ドラッグデリバリーシステム 人工筋肉など 従来の高分子ゲルに比べてより高度な先端的研究分野に応用可能と考えられている しかし 研究が盛んになってから約 30 年を経た現在でも 実用化した事例は少ない その原因の一つは これまでに用いられたほとんどの刺激応答性高分子ゲルは 高分子の網目の不均一な構造の存在によって力学的に脆いためである 例えば 刺激応答性高分子ゲルを含む従来の高分子ゲルは一方向に伸張させた場合 最も短い高分子鎖に力が集中してしまうため 網目は崩壊し わずか 1.2 1.5 倍で壊れてしまう 刺激を加えることによって高分子ゲルの体積を繰り返し大きく変化させる場合にも 同じ理由によって高分子網目は壊れてしまう 刺激応答性を示さないような従来の高分子ゲルに関しても 網目が不均一なために力学的には脆い また 従来の刺激応答性高分子ゲルは 刺激に対する応答の遅さも問題になっている 力学物性と刺激応答性が飛躍的に改善された刺激応答性高分子ゲルを 簡単な操作で調製できれば 高分子ゲルの高度な先端的研究分野での利用も可能になると考えられていた しかし これまでに高分子ゲルの力学的強度などを改善するために行われた方法は 調製方法が複雑であったり 望みの力学物性と刺激応答性を兼ね備えることが困難であった 研究の内容 名古屋大学大学院工学研究科竹岡敬和准教授等と 東京大学大学院新領域創成科学研究科酒井康博助教等との共同研究グループは 直鎖状のポリエチレングリコール (PEG) が環状の分子であるシクロデキストリン (CD) を貫通した状態を嵩高い分子で閉じ込めた超分子であるポリロタキサンの環状分子部分に反応性のビニル基を修飾し これを架橋剤に用いて刺激応答性高分子ゲルを作ったところ 従来の架橋剤 ( 例えば メチレンビスアクリルアミドなど ) を用いて調製した刺激応答性高分子ゲルと比べて その伸張率が 10 倍以上になることを見いだした また 靭性も飛躍的に向上することがわかった 高分子ゲルのわずかな部分を占める架橋剤に可動性を与えることで 高分子ゲルの力学的物性を大幅に改善させることに成功した さらに 刺激に応じた体積変化も迅速になることがわかった 成果の意義 この架橋剤を用いれば 可動性の架橋点をラジカル重合で得られる様々な高分子ゲルに導入することができるため 従来研究されてきた多くの高分子ゲルの力学物性を向上させることが簡単にできる また 刺激応答性高分子ゲルにおいては その応答速度に関しても飛躍的に向上することが確認されていることから 人工筋肉 センサー ドラッグデリバリーシステムといった応用にも利用できる

用語説明 人工筋肉 : 生体の筋肉組織を模倣することを目指して開発されているアクチュエータの一種 ドラッグデリバリーシステム : 病気になったときに 必要な薬物を必要な量だけ必要な場所に送達するためのシステム このようなシステムを用いれば 副作用がなくなると考えられる 再生医療 : 傷害や疾病により機能しなくなったり 失われた組織や臓器を 移植や代替品を利用するのではなく 自らの細胞を利用して再生させる試み 超分子 : 複数の分子が非共有結合によって秩序だった集合体を形成し 新しい物性や機能を示す分子 靭性 : 材料の粘り強さ 外力に抗して破壊されにくい性質 論文名 出典 : Nature Communications (2014) タイトル : Extremely stretchable thermosensitive hydrogels by introducing slide-ring polyrotaxane-cross-linkers and ionic groups into the polymer network 著者名 :Abu Bin Imran 1,3, 江崎健太 1, 後藤弘旭 1, 関隆広 1, 伊藤耕三 2, 酒井康博 2, 竹岡敬和 1 所属 : 1. 名古屋大学大学院工学研究科物質制御工学専攻 2. 東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 3. バングラデシュ工科大学工学部化学科 図 1 可動性の架橋剤を用いて調製した高分子ゲルを伸長させた場合の概念図

図 2 可動性の架橋剤を用いて高分子ゲルを調製する方法 a: ポリロタキサンから可動性の架橋剤を合成 b: 可動性の架橋剤を用いて高分子ゲルを調製

図 3 可動性の架橋剤を用いて調製した高分子ゲルの物性 a: 伸張性 b: 圧縮性 c: 曲げ d: カッターでも簡単に切れない e: 沢山の溶媒を吸収できる f: 一般に利用されている架橋剤 ( ここでは メチレンビスアクリルアミド ) を用いて調製した高分子ゲル (i&ii) と可動性の架橋剤を用いて調製した高分子ゲル (iii iv v) の引っぱり試験の結果 可動性の架橋剤を用いて調製した高分子ゲルは高い靭性と伸張性を示す

図 4 可動性の架橋剤を用いて調製した高分子ゲルの温度変化に応じた体積の時間変化