その1NEXT 初版発行 :2010 年 2 月 26 日第一章 夜の街(宵の口)昔も今も好きなんよハイヒールを脱いで今夜も 別のわたし
泉都 別府市 夜のとばりが下りると 街はきらめくネオンに包まれる 別府恋歌 第 1 章 夜の街 / 宵の口 p. 2
別府恋歌 第 1 章 夜の街 / 宵の口 p. 3 泉都 別府市 別府八湯の湯煙がたなびく街に 新しい変化の波が寄せている 浴衣の人並みが絶え間なく続いた一九五〇年代から 旅館街や商店街の明かりが消えていった九〇年代 別府の観光再生を目指して 中心市街地で商業開発や活性化の計画が進む二〇〇〇年代へ 古き良き温泉文化が息づく大分県第二の都市が趣を変えている 人と街 暮らし 文化 変わり行く別府の 素顔 を長期連載でつづっていきたい 第一章では夜の街の 今 を伝える 二〇〇七年十月二十二日
別府恋歌 第 1 章 夜の街 / 宵の口 p. 4 リュックを背負い 今も自宅から店まで歩いて通う 店の名物はダイコンの浅漬け 私が漬けるんよ 亀井笑子は 人生 悔いなし と笑った昔も今も好きなんよ 夜来香 一輪夢の続きんな言い伝えがあるの いつか別府で店を持ったとき その花の名を付けよう そう決めたのは今から何年前のことだったろう 北浜一丁目のスナック 夜来香 (イエライシャン) カウンターの奥に立つ亀井笑子は今年九月 八十二歳になった 湯の街にネオンをともして三十二年 夜の世界に生きて六十年近くになる 十七歳だった 三重高等女学校のセーラー服を着て 徴用から逃れるため門司港から客1 夜に咲く その妖艶(ようえん)な香りが好きだった 一輪挿しを枕元に置くと 会いたい人の夢を見る 台湾ではそ二〇〇七年十月二十二日
別府恋歌 第 1 章 夜の街 / 宵の口 p. 5 船 高千穂丸 で台湾に渡った 龍山国民学校(台北市)の教諭になったのが十八歳 二年後 子どもたちと一緒に道教の本山 仙公廟(びょう) で玉音放送を聞いた 無我夢中だった戦後の復興期 大分に引き揚げて結婚し 津久見で一杯飲み屋を始めた 確か昭和二十二年ごろやったかな ディック ミネが歌う 夜霧のブルース が港町に流れていた 才にたけていたのだろう 主人の反対を押し切ってクラブに改装したら そりゃあ もう しょうがないくらいもうかってね やがて高度経済成長の波が押し寄せる 新婚旅行や修学旅行ブームに沸く泉都は 野津生まれの亀井にとって とにかく あこがれの場所やった その中心地の雑居ビルにネオンを掲げ 共に夢を競った同年配の女たちは一人 また一人と 夜の街 から引退していった 今 思う 確かに別府は落ちぶれた 繁栄の時代に手を打たなかったからだ と言う人もいる その通りかもしれない でもね と 亀井は店内の照明に視線を向けた わたしにとって 昔も今も別府は別府 なぜか知らん 本当に好きな街なんよ 客は来なけりゃ 来なくてもいい 上手は言わん ただ いつまでも 昔のように笑顔で客を迎える街であってほしいんよ 夕焼けの鶴見岳を背に 今日も自宅から四キロほど坂道を下って北浜に通った 間もなく 亀井にとっての 一日 が始まる やがて夜来香が咲く時間だ
別府恋歌 第 1 章 夜の街 / 宵の口 p. 6 ゆっくりと流れる時間の中で ゆっくりトークを楽しんでほしい シンプルモダンの内装 佐藤真美は だから店の名を スロー にしたんよ と語ったハイヒールを脱いで2 夜の世界に生きる女たちは 人それぞれに 事情 を持つ 別府市生まれの佐藤真美(42 )もその一人だ 丸六年勤めた県内の大手メーカーを脱サラ 今年五月三日 酔客二〇〇七年十月二十三日
別府恋歌 第 1 章 夜の街 / 宵の口 p. 7 でにぎわう北浜一丁目のつるみプレザンビル一階に 自称 洋風小料理屋スナック を構えた 店の名は Slow(スロー) ある日 ふと思ったんよ このまま年を重ねたら ひょっとして老後は一人きりになるんじゃないかって 十九歳で結婚した 二十一歳で産んだ長女が四歳になったとき 訳あって離婚した 昼は市内の設計事務所で働いて 夜は娘を家に残し ハイヒールをはいてスナックのバイトを続けた バブルの絶頂期だった 誰でも気兼ねなく立ち寄れるように と店内をバリアフリーにした 落ち着いたシンプルモダンの内装 背もたれ付きのチェアが九席並んだカウンターに 毎晩 母親と一緒に作った わが家の味 を並べる きんぴらごぼう ポテトサラダ 煮しめ 酢の物 娘が独り立ちしたからね 世話焼きで話し好きの性格もあって もう一度 人が集まる別府の夜に戻ってみよっかな て思い立った 今じゃあ もう昔のような色気はないけど 白い料理皿を並べて 夜 の支度を整えた 別府は狭い街やけん 人と人のつながりがすごく深いんよ 最初はみんなクールで口は悪いけど 裏切らんで相手の懐に入っていけば温かい心で接してくれる だからかもしれんね わたしが別府を離れきらんのは 午後六時すぎ 開店と同時に一人目の客が来た あら 久しぶり エプロン姿の佐藤が笑顔で迎える もう ハイヒールはいらない
別府恋歌 第 1 章 夜の街 / 宵の口 p. 8 別府の夜に勤めるホステスたちの大半はバイトだ 一生の仕事にはしたくない でも 自分の夢をかなえるまでは続けるつもり と 26 歳の彼女は言った 今夜も 別のわたし 3 はやりの 光メーク を施す ナチュラル系のカラーを入れた髪を後ろで束ね きらびやかな貸し衣装を身にまとう 客をもてなすボックス席 その革張りのソファには 今日も 別のわたし が座っている 北浜一丁目のローズプラッツビル三階 幅広い年代層の男性客でにぎわうラウンジ KT(ケイティ) には 十七人の女の子が在籍する 二〇〇七年十月二十四日
別府恋歌 第 1 章 夜の街 / 宵の口 p. 9 開店三年目 日に日に常連客を増やしている新進気鋭の人気店だ サキ と呼ばれる大分市在住の秋尾早紀江(26 )=仮名=は入店十カ月 親に内証で通っている 福岡県内の短大を卒業し OLからホステスに転身したのは インテリアプランナーになりたいから そのためにお金をためたい と思って バイト情報誌をめくり 昼によく遊びに来てた別府 のこの店を選んだ 初めての接客 初めての水商売 最初は不安だったけど 慣れたら面白い てか 思った以上に楽しいです みんな優しくて おいしい店も多い わたし的には結構 気に入ってます 今やホステスのほとんどはバイトだ だからといって 生半可な気持ちで勤まるほどこの世界は甘くない と 和服姿のママ竹下一枝(42 )は背筋を伸ばす 夢を求めて来る男性をどう楽しませるか 容姿はもちろんだけど やっぱり最後はここよ こめかみをトントンと二度 指でたたいた ラフな私服で出勤してきたサキは 胸元が大きく開いたベージュのドレスに着替えた ホステス業を一生の仕事にしようとは思わない でも インテリアプランナーになるまでは続けてみようかな と感じている 午後七時半 今夜も 別のわたし に変身した
別府恋歌 第 1 章 夜の街 / 宵の口 p. 10 オオイタデジタルブックとはオオイタデジタルブックは 大分合同新聞社と学校法人別府大学が 大分の文化振興の一助となることを願って立ち上げたインターネット活用プロジェクト NAN-NAN( なんなん ) の一環です NAN-NAN では 大分の文化と歴史を伝承していくうえで重要な さまざまな文書や資料をデジタル化して公開します そして 読者からの指摘 追加情報を受けながら逐次 改訂して充実発展を図っていきたいと願っています 情報があれば ぜひ NAN-NAN 事務局にお寄せください NAN-NAN では この 別府恋歌 以外にもデジタルブック等をホームページで公開しています インターネットに接続のうえ下のボタンをクリックすると ホームページが立ち上がります まずは クリック!!! 大分合同新聞社 別府大学 デジタル版 老舗の風景 その1 編集大分合同新聞社初出掲載媒体大分合同新聞 (2007 年 10 月 22 日 ~ 2009 年 3 月 14 日 ) デジタル版 2010 年 2 月 26 日初版発行編集大分合同新聞社制作別府大学メディア教育 研究センター地域連携部 / 川村研究室発行 NAN-NAN 事務局 ( 870-8605 大分市府内町 3-9-15 大分合同新聞社企画調査部内 ) c 大分合同新聞社 デジタル版 別府恋歌 について 別府恋歌 は 大分合同新聞社が 2007 年 10 月から翌 2009 年 3 月まで 同紙夕刊に掲載した連載記事 今回 デジタルブックとして再構成し 公開する 登場人物の年齢をはじめ文中の記述内容は 新聞連載時のもの 2010 年 2 月 26 日 NAN-NAN 事務局