ポイント 先端成長をする植物細胞が 狭くて小さい空間に進入した際の反応を調べる または観察するためのツールはこれまでになかった 微細加工技術によって最小で1マイクロメートルの隙間を持つマイクロ流体デバイスを作製し 3 種類の先端成長をする植物細胞 ( 花粉管細胞 根毛細胞 原糸体細胞 ) に試験した

Similar documents
植物が花粉管の誘引を停止するメカニズムを発見

図 : と の花粉管の先端 の花粉管は伸長途中で破裂してしまう 研究の背景 被子植物は花粉を介した有性生殖を行います めしべの柱頭に受粉した花粉は 柱頭から水や養分を吸収し 花粉管という細長い管状の構造を発芽 伸長させます 花粉管は花柱を通過し 伝達組織内を伸長し 胚珠からの誘導を受けて胚珠へ到達し

遺伝子組み換えを使わない簡便な花粉管の遺伝子制御法の開発-育種や農業分野への応用に期待-

図 1. 微小管 ( 赤線 ) は細胞分裂 伸長の方向を規定する本瀬准教授らは NIMA 関連キナーゼ 6 (NEK6) というタンパク質の機能を手がかりとして 微小管が整列するメカニズムを調べました NEK6 を欠損したシロイヌナズナ変異体では微小管が整列しないため 細胞と器官が異常な方向に伸長し

Microsoft Word - PRESS_

という特殊な細胞から分泌されるルアーと呼ばれる誘引物質が分泌され 同種の花粉管が正確に誘引されます (Higashiyama et al., 2001, Science; Okuda, Tsutsui et al., 2009, Nature) モデル植物であるシロイヌナズナにおいてもルアーが発見さ

世界初! 細胞内の線維を切るハサミの機構を解明 この度 名古屋大学大学院理学研究科の成田哲博准教授らの研究グループは 大阪大学 東海学院大学 豊田理化学研究所との共同研究で 細胞内で最もメジャーな線維であるアクチン線維を切断 分解する機構をクライオ電子顕微鏡法注 1) による構造解析によって解明する

学報_台紙20まで

植物の細胞分裂を急速に止める新規化合物の発見 合成化学と植物科学の融合から植物の成長を制御する新たな薬剤の探索 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所 (ITbM) の南保正和 ( なんぼまさかず ) 特任助教 植田美那子 ( うえだみなこ ) 特任講師 ( 同大学院理学研究科兼任 ) 桑田

Microsoft Word - 【広報課確認】 _プレス原稿(最終版)_東大医科研 河岡先生_miClear

脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

<4D F736F F D20322E CA48B8690AC89CA5B90B688E38CA E525D>

ポイント 〇等価尺度法を用いた日本の子育て費用の計測〇 1993 年 年までの期間から 2003 年 年までの期間にかけて,2 歳以下の子育て費用が大幅に上昇していることを発見〇就学前の子供を持つ世帯に対する手当てを優先的に拡充するべきであるという政策的含意 研究背景 日本に

Microsoft Word - プレス原稿_0528【最終版】

研究の背景 ヒトは他の動物に比べて脳が発達していることが特徴であり, 脳の発達のおかげでヒトは特有の能力の獲得が可能になったと考えられています この脳の発達に大きく関わりがあると考えられているのが, 本研究で扱っている大脳皮質の表面に存在するシワ = 脳回 です 大脳皮質は脳の中でも高次脳機能に関わ

<4D F736F F D C668DDA94C5817A8AEE90B68CA45F927D946791E58BA493AF838A838A815B83585F8AB28DD79645>

振動発電の高効率化に新展開 : 強誘電体材料のナノサイズ化による新たな特性制御手法を発見 名古屋大学大学院工学研究科 ( 研究科長 : 新美智秀 ) 兼科学技術振興機構さきがけ研究者の山田智明 ( やまだともあき ) 准教授らの研究グループは 物質 材料研究機構技術開発 共用部門の坂田修身 ( さか

機械学習により熱電変換性能を最大にするナノ構造の設計を実現

Ueda_PNAS2019jp

Microsoft Word - PR docx

2017 年 12 月 15 日 報道機関各位 国立大学法人東北大学大学院医学系研究科国立大学法人九州大学生体防御医学研究所国立研究開発法人日本医療研究開発機構 ヒト胎盤幹細胞の樹立に世界で初めて成功 - 生殖医療 再生医療への貢献が期待 - 研究のポイント 注 胎盤幹細胞 (TS 細胞 ) 1 は

架橋点が自由に動ける架橋剤を開発〜従来利用されてきた多くの高分子ゲルに柔軟な力学物性をもたらすことが可能に〜

長期/島本1

領域代表者 : 金井求 ( 東京大学大学院薬学系研究科教授 ) 研究期間 :2017 年 7 月 ~2023 年 3 月上記研究課題では 独立した機能を持つ複数の触媒の働きを重奏的に活かしたハイブリッド触媒系を創製し 実現すれば大きなインパクトを持つものの従来は不可能であった 極めて効率の高い有機合

背景 私たちの体はたくさんの細胞からできていますが そのそれぞれに遺伝情報が受け継がれるためには 細胞が分裂するときに染色体を正確に分配しなければいけません 染色体の分配は紡錘体という装置によって行われ この際にまず染色体が紡錘体の中央に集まって整列し その後 2 つの極の方向に引っ張られて分配され

PRESS RELEASE (2012/9/27) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

報道発表資料 2004 年 9 月 6 日 独立行政法人理化学研究所 記憶形成における神経回路の形態変化の観察に成功 - クラゲの蛍光蛋白で神経細胞のつなぎ目を色づけ - 独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事長 ) マサチューセッツ工科大学 (Charles M. Vest 総長 ) は記憶形

4. 発表内容 : 1 研究の背景 先行研究における問題点 正常な脳では 神経細胞が適切な相手と適切な数と強さの結合 ( シナプス ) を作り 機能的な神経回路が作られています このような機能的神経回路は 生まれた時に完成しているので はなく 生後の発達過程において必要なシナプスが残り不要なシナプス

報道関係者各位 平成 24 年 4 月 13 日 筑波大学 ナノ材料で Cs( セシウム ) イオンを結晶中に捕獲 研究成果のポイント : 放射性セシウム除染の切り札になりうる成果セシウムイオンを効率的にナノ空間 ナノの檻にぴったり収容して捕獲 除去 国立大学法人筑波大学 学長山田信博 ( 以下 筑

平成 26 年 8 月 21 日 チンパンジーもヒトも瞳の変化に敏感 -ヒトとチンパンジーに共通の情動認知過程を非侵襲の視線追従装置で解明- 概要マリスカ クレット (Mariska Kret) アムステルダム大学心理学部研究員( 元日本学術振興会外国人特別研究員 ) 友永雅己( ともながまさき )

生物は繁殖において 近い種類の他種にまちがって悪影響を与えることがあり これは繁殖干渉と呼ばれています 西田准教授らのグループは今まで野外調査などで タンポポをはじめとする日本の在来植物が外来種から繁殖干渉を受けていることを研究してきましたが 今回 タンポポでその直接のメカニズムを明らかにすることに

生物時計の安定性の秘密を解明

<4D F736F F D F D F095AA89F082CC82B582AD82DD202E646F63>

平成 30 年 8 月 17 日 報道機関各位 東京工業大学広報 社会連携本部長 佐藤勲 オイル生産性が飛躍的に向上したスーパー藻類を作出 - バイオ燃料生産における最大の壁を打破 - 要点 藻類のオイル生産性向上を阻害していた課題を解決 オイル生産と細胞増殖を両立しながらオイル生産性を飛躍的に向上

Microsoft Word - 01.doc

ポイント ガラス-シリコン-ガラスの3 層構造を持つ高剛性なマイクロ流体チップを用いることで 16 マイクロ秒 (1 マイクロ秒は 100 万分の1 秒 ) の高速な流体制御に成功しました 本技術を応用することで 世界最高レベルの細胞分取性能 ( 高速 高純度 高生存率 ) を実現しました 図 1

法医学問題「想定問答」(記者会見後:平成15年  月  日)

解禁日時 :2019 年 2 月 4 日 ( 月 ) 午後 7 時 ( 日本時間 ) プレス通知資料 ( 研究成果 ) 報道関係各位 2019 年 2 月 1 日 国立大学法人東京医科歯科大学 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 IL13Rα2 が血管新生を介して悪性黒色腫 ( メラノーマ ) を

3 学校教育におけるJSLカリキュラム(中学校編)(理科)3.単元シート・指導案例・ワークシート 9 生物の細胞と生殖

統合失調症発症に強い影響を及ぼす遺伝子変異を,神経発達関連遺伝子のNDE1内に同定した

がんを見つけて破壊するナノ粒子を開発 ~ 試薬を混合するだけでナノ粒子の中空化とハイブリッド化を同時に達成 ~ 名古屋大学未来材料 システム研究所 ( 所長 : 興戸正純 ) の林幸壱朗 ( はやしこういちろう ) 助教 丸橋卓磨 ( まるはしたくま ) 大学院生 余語利信 ( よごとしのぶ ) 教

別紙 自閉症の発症メカニズムを解明 - 治療への応用を期待 < 研究の背景と経緯 > 近年 自閉症や注意欠陥 多動性障害 学習障害等の精神疾患である 発達障害 が大きな社会問題となっています 自閉症は他人の気持ちが理解できない等といった社会的相互作用 ( コミュニケーション ) の障害や 決まった手

報道機関各位 平成 27 年 8 月 18 日 東京工業大学広報センター長大谷清 鰭から四肢への進化はどうして起ったか サメの胸鰭を題材に謎を解き明かす 要点 四肢への進化過程で 位置価を持つ領域のバランスが後側寄りにシフト 前側と後側のバランスをシフトさせる原因となったゲノム配列を同定 サメ鰭の前

報道発表資料 2001 年 12 月 29 日 独立行政法人理化学研究所 生きた細胞を詳細に観察できる新しい蛍光タンパク質を開発 - とらえられなかった細胞内現象を可視化 - 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は 生きた細胞内における現象を詳細に観察することができる新しい蛍光タンパク質の開発に成

ポイント 微生物細胞から生える細い毛を 無傷のまま効率的に切断 回収する新手法を考案しました 新手法では 蛋白質を切断するプロテアーゼという酵素の一種を利用します 特殊なアミノ酸配列だけを認識して切断する特異性の高いプロテアーゼに着目し この酵素の認識 切断部位を毛の根元に導入するために 蛋白質の設

研究の詳細な説明 1. 背景細菌 ウイルス ワクチンなどの抗原が人の体内に入るとリンパ組織の中で胚中心が形成されます メモリー B 細胞は胚中心に存在する胚中心 B 細胞から誘導されてくること知られています しかし その誘導の仕組みについてはよくわかっておらず その仕組みの解明は重要な課題として残っ

untitled

1. 背景生殖細胞は 哺乳類の体を構成する細胞の中で 次世代へと受け継がれ 新たな個体をつくり出すことが可能な唯一の細胞です 生殖細胞系列の分化過程や 生殖細胞に特徴的なDNAのメチル化を含むエピゲノム情報 8 の再構成注メカニズムを解明することは 不妊の原因究明や世代を経たエピゲノム情報の伝達メカ

の感染が阻止されるという いわゆる 二度なし現象 の原理であり 予防接種 ( ワクチン ) を行う根拠でもあります 特定の抗原を認識する記憶 B 細胞は体内を循環していますがその数は非常に少なく その中で抗原に遭遇した僅かな記憶 B 細胞が著しく増殖し 効率良く形質細胞に分化することが 大量の抗体産

この問題点の一つとして従来からの細胞培養法が挙げられます 長年行われている細胞培養法では 細胞培養フラスコやディッシュなどを使用していますが これらは実験者にとって操作しやすいものの 細胞自身に適したものでは決してありません それは 細胞が本来あるべき環境とは異なるからです 私たちの体において 細胞

受精に関わる精子融合因子 IZUMO1 と卵子受容体 JUNO の認識機構を解明 1. 発表者 : 大戸梅治 ( 東京大学大学院薬学系研究科准教授 ) 石田英子 ( 東京大学大学院薬学系研究科特任研究員 ) 清水敏之 ( 東京大学大学院薬学系研究科教授 ) 井上直和 ( 福島県立医科大学医学部附属生

図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

コントロール SCL1 を散布した葉 萎 ( しお ) れの抑制 : バラの葉に SCL1 を散布し 葉を切り取って 6 時間後の様子 気孔開口を抑制する新しい化合物を発見! 植物のしおれを抑える新たな技術開発に期待 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所 (WPI-ITbM) の木下俊則

報道機関各位 平成 28 年 8 月 23 日 東京工業大学東京大学 電気分極の回転による圧電特性の向上を確認 圧電メカニズムを実験で解明 非鉛材料の開発に道 概要 東京工業大学科学技術創成研究院フロンティア材料研究所の北條元助教 東正樹教授 清水啓佑大学院生 東京大学大学院工学系研究科の幾原雄一教

Microsoft Word CREST中山(確定版)

IB-B

別紙 < 研究の背景と経緯 > 自閉症は 全人口の約 2% が罹患する非常に頻度の高い神経発達障害です 近年 クロマチンリモデ リング因子 ( 5) である CHD8 が自閉症の原因遺伝子として同定され 大変注目を集めています ( 図 1) 本研究グループは これまでに CHD8 遺伝子変異を持つ

大学院博士課程共通科目ベーシックプログラム

Microsoft Word - 01.doc

報道機関各位 平成 27 年 3 月 20 日 ( 同時提供資料 ) 栃木県政記者クラブ 国立大学法人宇都宮大学 埼玉県政記者クラブ 学校法人 埼玉医科大学 文部科学記者会, 科学記者会 学校法人 早稲田大学 任意の偏光を持つテラヘルツ光の解析法を開発 ( 報道解禁日 :3 月 24 日午後 7 時

共同研究チーム 個人情報につき 削除しております 1

平成 29 年 6 月 9 日 ニーマンピック病 C 型タンパク質の新しい機能の解明 リソソーム膜に特殊な領域を形成し 脂肪滴の取り込み 分解を促進する 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長門松健治 ) 分子細胞学分野の辻琢磨 ( つじたくま ) 助教 藤本豊士 ( ふじもととよし ) 教授ら

( 図 ) IP3 と IRBIT( アービット ) が IP3 受容体に競合して結合する様子

平成 30 年 1 月 5 日 報道機関各位 東北大学大学院工学研究科 低温で利用可能な弾性熱量効果を確認 フロンガスを用いない地球環境にやさしい低温用固体冷却素子 としての応用が期待 発表のポイント 従来材料では 210K が最低温度であった超弾性注 1 に付随する冷却効果 ( 弾性熱量効果注 2

生物科学専攻後期 共通科目 科目番号 02AU001 科目名 先端生物科学特別セミナー 授業方法 単位数 標準履修年次 実施学期曜時限教室担当教員授業概要備考 秋 ABC 水 6 中田和人 生物学研究の面白さを実感できるよう 毎回各分野におけるホットな研究内容を取りあげて 生物学

発電単価 [JPY/kWh] 差が大きい ピークシフトによる経済的価値が大きい Time 0 時 23 時 30 分 発電単価 [JPY/kWh] 差が小さい ピークシフトしても経済的価値

iワーク 理科 家庭学習のてびき 定期テストでよい成績をあげられるよう このてびきを しっかりと読んで iワークで勉強しましょう 勉強の準備をしよう 定期テストの範囲を確認しましょう 教科書 ノート 筆記用具の準備をしましょう 右ページの上に書いてある キーワード を確認しましょう 1 学習のポイン

研究背景 糖尿病は 現在世界で4 億 2 千万人以上にものぼる患者がいますが その約 90% は 代表的な生活習慣病のひとつでもある 2 型糖尿病です 2 型糖尿病の治療薬の中でも 世界で最もよく処方されている経口投与薬メトホルミン ( 図 1) は 筋肉や脂肪組織への糖 ( グルコース ) の取り

論文の内容の要旨

「飢餓により誘導されるオートファジーに伴う“細胞内”アミロイドの増加を発見」【岡澤均 教授】

<4D F736F F D C668DDA97705F B382AB82AA82AF936EE7B C91E D A81768CB48D A6D92E894C F08BD682A082E8816A202D B2E444F4358>

「ゲノムインプリント消去には能動的脱メチル化が必要である」【石野史敏教授】

( 平成 22 年 12 月 17 日ヒト ES 委員会説明資料 ) 幹細胞から臓器を作成する 動物性集合胚作成の必要性について 中内啓光 東京大学医科学研究所幹細胞治療研究センター JST 戦略的創造研究推進事業 ERATO 型研究研究プロジェクト名 : 中内幹細胞制御プロジェクト 1

16K14278 研究成果報告書

共同研究報告書

Microsoft Word - 01.docx

ポイント 太陽電池用の高性能な酸化チタン極薄膜の詳細な構造が解明できていなかったため 高性能化への指針が不十分であった 非常に微小な領域が観察できる顕微鏡と化学的な結合の状態を調査可能な解析手法を組み合わせることにより 太陽電池応用に有望な酸化チタンの詳細構造を明らかにした 詳細な構造の解明により

< F2D E382E32348DC58F4988F38DFC8CB48D65817A4832>

本扉~プロ

研究の背景これまで, アルペンスキー競技の競技者にかかる空気抵抗 ( 抗力 ) に関する研究では, 実際のレーサーを対象に実験風洞 (Wind tunnel) を用いて, 滑走フォームと空気抵抗の関係や, スーツを含むスキー用具のデザインが検討されてきました. しかし, 風洞を用いた実験では, レー

<4D F736F F D208DC58F498A6D92E88CB48D652D8B4C8ED289EF8CA992CA926D2E646F63>

本研究は 日本医療研究開発機構 (AMED) 革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト ( 平成 27 年度に文部科学省により移管 ) 臨床と基礎研究の連携強化による精神 神経疾患の克服 ( 融合脳 ) 科学研究費助成事業 新学術領域研究 科学技術振興機構 (JST) 戦略的創造研究

的な記憶を使って素早く学習しますが 練習時間が長くなると長期的な記憶を使い 長く記憶を残せるようになります 例えば いちど練習してできるようになった運動のやり方を忘れてしまっても 2 回目に練習するときは 1 回目より早くできるようになります これは 短期の記憶が失われても 長期の記憶が残っているか

配信先 : 東北大学 宮城県政記者会 東北電力記者クラブ科学技術振興機構 文部科学記者会 科学記者会配付日時 : 平成 30 年 5 月 25 日午後 2 時 ( 日本時間 ) 解禁日時 : 平成 30 年 5 月 29 日午前 0 時 ( 日本時間 ) 報道機関各位 平成 30 年 5 月 25

細胞間の“すきま”を密着させてバリアを制御する分子構造の解明

平成 28 年 9 月 16 日 離れた細胞間の物質輸送やシグナル伝達を担う脂質膜ナノチューブの形成を誘導する仕組み 1. 発表のポイント : 離れた細胞間の物質輸送やシグナル伝達を担う脂質膜ナノチューブ (Tunneling nanotube TNT) の形成を誘導するタンパク質 M-Sec の立

< 内容 > 乳がんは女性の罹患率が第一位のがんで 日本人女性の約 11 人に 1 人がかかり 近年患者数は上昇傾向にあります 乳がんの約 60 70% は 女性ホルモンであるエストロゲンと結合して細胞増殖に働くエストロゲン受容体 (ER) を生産 ( 発現 ) しています そのため エストロゲンの

2017 年 2 月 6 日 アルビノ個体を用いて菌に寄生して生きるランではたらく遺伝子を明らかに ~ 光合成をやめた菌従属栄養植物の成り立ちを解明するための重要な手がかり ~ 研究の概要 神戸大学大学院理学研究科の末次健司特命講師 鳥取大学農学部の上中弘典准教授 三浦千裕研究員 千葉大学教育学部の

PRESS RELEASE (2015/10/23) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

( 続紙 1 ) 京都大学 博士 ( 薬学 ) 氏名 大西正俊 論文題目 出血性脳障害におけるミクログリアおよびMAPキナーゼ経路の役割に関する研究 ( 論文内容の要旨 ) 脳内出血は 高血圧などの原因により脳血管が破綻し 脳実質へ出血した病態をいう 漏出する血液中の種々の因子の中でも 血液凝固に関

なお本研究は 東京大学 米国ウィスコンシン大学 国立感染症研究所 米国スクリプス研 究所 米国農務省 ニュージーランドオークランド大学 日本中央競馬会が共同で行ったもの です 本研究成果は 日本医療研究開発機構 (AMED) 新興 再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業 文部科学省新学術領

Nov 11

記者発表資料

分子マシンを架橋剤に使用することで 高分子ゲルの伸張性と靱性が飛躍的に向上 人工筋肉などのアクチュエータやソフトマシーン センサー 医療への応用も可能に 名古屋大学大学院工学研究科 ( 研究科長 : 新美智秀 ) の竹岡敬和 ( たけおかゆ きかず ) 准教授の研究グループは 東京大学大学院新領域創

生物 第39講~第47講 テキスト

遺伝子の近傍に別の遺伝子の発現制御領域 ( エンハンサーなど ) が移動してくることによって その遺伝子の発現様式を変化させるものです ( 図 2) 融合タンパク質は比較的容易に検出できるので 前者のような二つの遺伝子組み換えの例はこれまで数多く発見されてきたのに対して 後者の場合は 広範囲のゲノム

回細胞分裂して 1 つの花粉管細胞と 2 つの精細胞をもつ花粉に成熟し その間にタペート層 4 から花粉成熟に必要な脂質を中心とした物質が供給されて完成します 研究チームは 脂質の一種であるステロールが植物の発生 生長に与える影響を調べる目的で ステロール生合成に重要な遺伝子 HMG1 の欠損変異体

Microsoft Word - 【確定】東大薬佐々木プレスリリース原稿

PRESS RELEASE (2014/2/6) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

< 用語解説 > 注 1 ゲノムの安定性ゲノムの持つ情報に変化が起こらない安定な状態 つまり ゲノムを担う DNA が切れて一部が失われたり 組み換わり場所が変化たり コピー数が変動したり 変異が入ったりしない状態 注 2 リボソーム RNA 遺伝子 タンパク質の製造工場であるリボソームの構成成分の

Transcription:

1 マイクロメートルの隙間を通過する植物細胞 ~ マイクロ流体デバイスで観察 ~ 名古屋大学大学院理学研究科 ( 研究科長杉山直 ) の東山哲也 ( ひがしやまてつや ) 教授 ( 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所教授 ) 佐藤良勝 ( さとうよしかつ ) 特任講師 ( 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所 ) 柳澤直樹 ( やなぎさわなおき ) 研究員 ( 名古屋大学大学院理学研究科 ) らの研究グループは 微細加工技術注 1) 2) によって作製したマイクロ流体デバイス注を用いて 植物細胞が自身のサイズよりもはるかに小さい空間内でも伸長し続けられることを明らかにしました 野外では コンクリートの割れ目や石垣の隙間など細くて狭い空間でも植物が育つ様子を観察できます しかし 植物が細胞レベルではどのぐらい狭い空間を通過できるのか? という疑問に対して これまで容易に確かめられる方法がありませんでした 研究グループは 3) 最小で1マイクロメートルの隙間を持つマイクロ流体デバイスを作製し 先端成長注をす 4) ることで知られている3 種類の植物細胞 ( トレニアの花粉管細胞注 シロイヌナズナの根毛 5) 6) 細胞注 ヒメツリガネゴケ原糸体細胞注 ) をデバイス内で培養して この隙間に対してそれぞれの細胞がどのように反応するのかを観察しました その結果 これら全ての細胞は 自身の幅よりも狭い1マイクロメートルの隙間をくぐり抜け その後も先端成長をし続ける 7) ことが分かりました また ライブセルイメージング注により トレニアの花粉管細胞の栄養核と精細胞核が隙間をすり抜ける瞬間を鮮明に撮影することに成功しました 本研究で開発したマイクロ流体デバイスを用いることで 狭くて小さい空間でも植物細胞の先端成長を観察できるようになります これまでにはなかった実験ツールによって 植物細胞の先端成長に関する研究が進展し 新たな知見を得られることが期待されます 本研究成果は 英国のオンライン学術誌 Scientific Reports で 5 月 3 日午前 10 時 ( 英国時間 日本時間午後 6 時 ) に公開されました

ポイント 先端成長をする植物細胞が 狭くて小さい空間に進入した際の反応を調べる または観察するためのツールはこれまでになかった 微細加工技術によって最小で1マイクロメートルの隙間を持つマイクロ流体デバイスを作製し 3 種類の先端成長をする植物細胞 ( 花粉管細胞 根毛細胞 原糸体細胞 ) に試験した結果 これら全ての細胞が狭小な隙間をすり抜けられることが明らかになった 開発したマイクロ流体デバイスを用いることで 先端成長をする植物細胞に対して狭小空間での伸長能力を試験できるようになった 研究背景と内容 8) 動物の細胞と違い 植物の細胞は硬い細胞壁に覆われていますが 膨圧注の強さによって細胞の大きさが変化します 一部の植物細胞には 部分的に柔らかい細胞壁があり そのような細胞は膨圧によって伸長することができます その代表的な例として 花粉から伸長する花粉管細胞が挙げられます 花粉管細胞は 雌しべの中を先端成長しながら進み 内部にある精細胞をメス組織の 9) 胚珠注内に届ける役割を持つ細胞です この際 雌しべの中にはいくつもの物理的障害が存在し 胚珠に到達するまでに何度も狭い空間をくぐり抜ける能力が必要と考えられます しかし 花粉管先端部分の柔軟性は良く知られていましたが 果たしてどれだけ狭い空間を通り抜けることができるのか またその状況下で細胞核にはどのようなことが起こるのか そのような疑問に対する報告は今までありませんでした 注 10) 本研究では 最小で1マイクロメートルの隙間をPDMS( ポリジメチルシロキサン ) 上に作製し ( 図 1 左 ) 細胞が隙間へ向かうような流路を作製したマイクロ流体デバイスを開発しました このデバイス内でトレニア ( 学名 :Torenia fournieri) の花粉管を培養し 狭小な隙間に対する反応を観察しました その結果 幅が8マイクロメートル程度の花粉管は1マイクロメートルの隙間に合わせて細胞の先端部分を変形させることで 徐々にすり抜けることが分かりました ( 図 1 右 ) また 蛍光タンパク質で標識した花粉管の栄養核と精細胞核もそれぞれ形を変えながら 狭小な隙間をすり抜ける瞬間をライブセルイメージングによって捉えることができました 花粉管 隙間 図 1:PDMS( ポリジメチルシロキサン ) 上に作製した 1 マイクロメートルの隙間の走査型電 子顕微鏡像 ( 左 ) と その隙間をすり抜けるトレニアの花粉管の光学顕微鏡像 ( 右 ) スケール は 20 マイクロメートル

先端成長をする植物細胞の他の例として 根毛があります 研究グループは モデル植物であるシロイヌナズナの根毛にも花粉管と同様に試験できるマイクロ流体デバイスを作製し 狭小な隙間にどのように反応するのか観察しました その結果 幅が7マイクロメートル程度の根毛の先端部位 ならびに細胞核 ( 図 2: 赤色で示されている箇所 ) も1マイクロメートルの隙間をすり抜けられることが分かりました 隙間 伸長方向 図 2: 狭小の隙間をすり抜けたシロイヌナズナの根毛 スケールは50マイクロメートル ヒメツリガネゴケ ( 学名 :Physcomitrella patens) の原糸体細胞にも同様の試験を行った結果 幅が18~20マイクロメートル程度の先端部位が1マイクロメートルの隙間に合わせて細胞の形を変えて通過する様子を観察できました ( 図 3) また 細胞は隙間を細胞核や葉緑体とともに通過した後 細胞分裂も可能なことが分かりました 隙間 伸長方向 図 3: 狭小の隙間をすり抜けたヒメツリガネゴケの原糸体細胞 スケールは 20 マイクロメートル

まとめと今後の展望 先端成長をする植物細胞には 自身のサイズよりもはるかに小さい空間内でも細胞の形を変えながら伸長し続ける能力があることを明らかにしました また 細胞核が同様の能力を備えていることも確認できました 今回開発したマイクロ流体デバイスを用いることで 様々な変異体に対しても狭小空間内での細胞の伸長能力を試験できることから 植物細胞の先端成長を理解する上で 新たな知見を得られる可能性があると期待されます 用語説明 注 1) 微細加工技術マイクロメートルまたはナノメートスケールの立体構造を作る技術を指す 光や電子線を感光性の物質に露光して構造物を作製する 注 2) マイクロ流体デバイス深さがマイクロメートル (100 万分の1メートル または1000 分の1ミリ ) スケールの溝 ( 流路 ) のネットワークが施された基板 注 3) 先端成長部分的に柔らかい細胞壁がある植物細胞において 自身の膨圧によって局所的に伸長する現象 注 4) 花粉管細胞被子植物の受精に必要な2つの精細胞を含みながら雌しべの中を先端成長する細胞 最終的には胚珠内へ到達し 卵細胞と胚乳細胞にそれぞれ受精することで 種子が形成される 注 5) 根毛細胞根の表面から形成される細長い細胞で 土壌から水や栄養分を吸収する役割を担う 注 6) 原糸体細胞胞子の発芽後に形成される細胞体 注 7) ライブセルイメージング光学顕微鏡で生きた細胞の生体活動を直接見るイメージング手法 注 8) 膨圧浸透によって細胞内に水が入ることで細胞を覆う細胞膜が広がろうとする力 注 9) 胚珠雌しべの奥深くに位置する種子の元となる組織 注 10)PDMS( ポリジメチルシロキサン ) 透明なシリコンで マイクロ流体デバイスを作製するための基盤として最もよく使われる材料 掲載雑誌 論文名 著者 掲載雑誌 :Scientific Reports 論文名 :Capability of tip-growing plant cells to penetrate into extremely narrow gaps ( 狭小な隙間をすり抜けて先端成長をする植物細胞の能力 ) 著者 :Naoki Yanagisawa, Nagisa Sugimoto, Hideyuki Arata, Tetsuya Higashiyama and Yoshikatsu Sato ( 柳澤直樹 杉本渚 新田英之 東山哲也 佐藤良勝 ) 論文公開日 :2017 年 5 月 3 日午前 10 時 ( 英国時間 日本時間午後 6 時 )

DOI: 10.1038/s41598-017-01610-w 研究費 本成果は 以下の事業 研究課題によって得られました 科学技術振興機構 (JST) 戦略的創造研究推進事業総括実施型研究 (ERATO) 研究プロジェクト : 東山ライブホロニクスプロジェクト 研究総括 : 東山哲也 ( 名古屋大学大学院理学研究科 名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所教授 ) 研究期間 :2010 年 10 月 ~2016 年 3 月 また 本成果の一部は 以下の事業による支援を受けて行われました 文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究植物新種誕生の原理 (JP16H06465, JP16H06464) 日本学術振興会科学研究補助金挑戦的萌芽研究 (No. 26600061, 25650075, 15K14542)