加速する宇宙論 東京大学大学院理学系研究科 物理学専攻須藤靖 1970 年代 1980 年代 光を出さない元素 元素以外の 1990 年代 ダークマター ダークエネルギー 2010 年代 宇宙科学講演会 ー今年のノーベル物理学賞の意義を知るー 2011 年 12 月 7 日 18:10-18:50 駒場 1 キャンパス 13 号館 1323 室星 銀河 ( 光を出す元素 )
宇宙論研究の歴史 n 1916 年 ~ 一般相対論的宇宙モデル n 1929 年宇宙膨張の発見 ( ハッブル ) n 1946 年 ~ ビッグバンモデルの提唱 ( ガモフ ) n 1965 年 CMBの発見 ( ペンジアス ウィルソン ) n 1980 年 ~ 宇宙の大構造の発見素粒子論的宇宙論の誕生宇宙論的数値シミュレーション n 1992 年 CMB 温度ゆらぎの検出 (COBE) n 1990 年代後半 ~ 宇宙論パラメータの精密決定平坦な宇宙 ダークマター 宇宙定数 ( ダークエネルギー )
1978 Nobel Prize in Physics n Arno Penzias and Robert Wilson n For the discovery of cosmic microwave background radiation The Astrophysical Journal 142(1965)419
2006 Nobel Prize in Physics n John Mather and George Smoot
2011 Nobel prize in Physics n Saul Perlmutter, Brian P. Schmidt and Adam G. Riess n for the discovery of the accelerating expansion of the Universe through observations of distant supernovae
宇宙の膨張
エドウィンハッブル (1889-1953) n アンドロメダ星雲中にセファイド型変光星を見つけてその距離を決定し 遠方の星雲は我々の銀河系内の星の集団ではなく 独立した銀河であることを示した (1923 年 ) n さらに遠方の銀河はその距離に比例した速度で遠ざかっていることを発見し 宇宙が膨張していることを観測的に明らかにした (1929 年 ) ハッブルが発見したアンドロメダ銀河のセファイド変光星 1931 年にウィルソン山天文台を訪問したアインシュタイン http://www.mtwilson.edu/history
ドップラー効果を用いた後退速度の決定 実験室系でのスペクトル λ o λ 観測されたスペクトル 赤方偏移 z λ λ λ 0 0 = v c 波長 後退速度
ハッブルの法則 (1929) n 遠方銀河は我々に対して遠ざかっている n その後退速度は 銀河までの距離に比例している ハッブルの法則 v=h 0 d ハッブルが得た遠方銀河の距離速度関係
ハッブルの法則の解釈 (1) n 我々の銀河系は宇宙の中心に位置する (?) すべての銀河が我々の銀河系を中心にして かつその後退速度が距離に比例するような特殊な関係を満たしながら運動している
ハッブルの法則の解釈 (2) n ハッブルの法則は 我々の銀河系に対してだけではなく宇宙のどこでも成り立つこの法則は 単に個々の銀河の運動ではなく 宇宙があらゆる場所で全体として一様等方に膨張していることを示している
何に対して膨張している? n すべての場所を中心に膨張していると言ってもよいが 中心があるわけではないし 何に対してでもない あらゆる場所が等しく相似的に膨張している n 風船の表面の例がかえって混乱させてるらしい むしろ 無限に伸びた一本のゴムひもを例として考えるほうが誤解が少ないかもしれない 端がないことも重要
ハッブル定数と宇宙の距離尺度 H 0 =72 ± 3 ( 統計誤差 )± 7 ( 系統誤差 ) km/s/mpc 72 km/s/mpc ハッブル宇宙望遠鏡によるセファイド変光星の観測から較正された銀河距離指標を用いて ハッブル定数の値は約 1 割の精度で決定されている W.L.Freedman: Phys.Rep.333-334(2000)13
ハッブルの法則と宇宙年齢 n ハッブル定数の逆数は宇宙年齢の目安 t H h = = H d v 0 = = 100h km/s/mpc 1/(100h d H d 0 = 0.71の場合 1 1 H t 億年 ) 0 H 100h 1 140億年 億年 d v 後退速度が一定ならば d/v だけ過去に遡れば宇宙全体が一点に集まる 宇宙には始まりがある! 進化する!
ハッブルの法則か ルメートルの法則か? n Sidney van den Bergh: The curious case of Lemaître s equation 24, arxiv:1106.1195 n 宇宙膨張を発見したのは1929 年のハッブルの論文 (PNAS, 15, 1929, 168) だというのが通説 n しかし ルメートルの1927 年のフランス語論文ですでに ハッブル定数 が重みのつけ方によって625 あるいは575km/s/Mpcと計算されていた ( この事実は一部ではよく知られていたらしい ) n この論文はその後 MNRASに英訳されて 1931 年に発表されているが そこでは ハッブル定数の計算に関する式の一部と 本文および脚注がすっぽりと抜け落ちている
英訳版では削除されている箇所 (1)
英訳版では削除されている箇所 (2)
英訳版では削除されている箇所 (3)
後退速度 距離関係の比較 ルメートル (1927) 575km/s/Mpc ハッブル (1929) 530km/s/Mpc Un Univers homogène de masse constante et de rayon croissant rendant compte de la vitesse radiale des nébuleuses extragalactiques, l Abbé G. Lemaître Annales de la Societe Scientifique de Bruxelles, A47, pp. 49-59 : A homogeneous universe of constant mass and increasing radius accounting for the radial velocity of extragalactic nebluae, MNRAS 91(1931)483
Stigler's law of eponymy n No scientific discovery is named after its original discoverer (1980 by University of Chicago statistics professor Stephen Stigler) n Aharonov-Bohm effect, Alzheimer's disease, Bode's Law Cardano's formula, Curie point, Dyson spheres Euler's number, Euler's formula, Fermi's golden rule, Gauss's Theorem, Gaussian distribution, Halley's comet, Hubble's law, Kuiper belt, Snell's law of refraction, Stigler's Law, attributed by Stigler himself to Robert K. Merton, Wheatstone bridge, Yagi antenna
宇宙の果てを見通す 23
銀河宇宙 原始銀河 第一世代天体 宇宙 波背景輻射 宇宙 誕生 遠くの宇宙は 過去の宇宙 137 億年 10 億年 4 億年 ~7 億年
宇宙を見る目の進歩 (1) 地上 5m 望遠鏡 + 写真乾板 100 万 人間の眼 25
宇宙を見る目の進歩 (2) 地上 4m 望遠鏡 +CCD: 100 写真乾板 26
宇宙を見る目の進歩 (3) ハッブル宇宙望遠鏡 27
宇宙を見る目の進歩 (4) ハッブル宇宙望遠鏡 CCD 1000 地上望遠鏡 28
銀河宇宙から宇宙マイクロ波背景輻射へ 29
宇宙の組成
宇宙の主成分の候補 (1): バリオン n 地上の物質のほとんどすべては元素 ( 原子 ) から構成されている n 光やニュートリノもあるがそれらは全質量への寄与としては無視できる n 原子は原子核 (= 陽子 + 中性子 ) と電子からできているが 電子の質量は陽子の 2000 分の 1 なのでその寄与も無視してよい n 陽子と中性子は バリオン と呼ばれる種族である ( 本来はクォークから構成されている複合粒子の総称 ) n このため 通常の物質のことを指して バリオン というやや不正確な表現が慣用となっている n 宇宙も地上と同じく普通の粒子 (= バリオン ) だけからなると考えるのがもっとも自然
バリオン存在量の推定 n 普通の物質はほとんどが見える ( 光を出す ) n 単位体積あたりの光の量を測定 n 星 ( 銀河 ) が単位質量あたりに出す光の量を推定 n 観測された光量を質量に換算 n 単位体積あたりの質量 = 質量密度が推定できる n 星以外のバリオン ( 高温ガスなど ) についても同様 n 宇宙の全質量の約 5 パーセント弱しか説明できない
宇宙の主成分の候補 (2): ダークマター n 宇宙は本当に地上の物質と同じく元素 ( バリオン ) だけでできていると考えてよいものか No n ダークマターとは重力を及ぼすが直接光ることはない未知の物質で 1930 年代に存在が予想された 今や天文学観測によってその存在はほぼ確実 n ダークマターを仮定しない場合 数多くの観測データをそれぞれ異なる複雑なモデルで説明しなくてならない n 科学は現象を説明できるモデルが複数存在する場合 仮定がもっとも少ないものが優れていると考える ( 思考の経済性 )
ダークマター存在量の推定 n 銀河や銀河団にはバリオンの 10 倍程度 の見えない質量が存在 (= ダークマター ) n 銀河や銀河団の運動を測定し そのエネルギーと釣り合うだけの重力エネルギーを説明できるダークマター量を推定 n 重力レンズ現象からダークマターの量を推定 n 宇宙の全質量の約 23 パーセントを占める
ダークマター存在の観測的証拠 n 銀河の平坦な回転曲線 n 遠方クェーサーの 重力レンズ多重像 n 弾丸銀河団
宇宙の主成分の候補 (3): ダークエネルギー n ダークマターの存在は 光っているものだけが世界のすべてではないことを教えてくれた n 空間分布の違いを利用した相対的観測 n では宇宙のあらゆる空間を一様に満たしているような成分は存在しないのか n 仮にあるとしても相対的でない測定は可能か n 真空 には本当に何もないのか n ダークエネルギーは 空間的には一様分布していてもその密度は時々刻々変化する n 宇宙膨張は宇宙の密度の絶対的な値 ( 互いの差ではなく ) によって決まる n 宇宙膨張の時間依存性を測定する n 時間軸に沿った相対的な測定は可能
宇宙の加速膨張と物理法則 n 物理法則 ( 運動方程式 ) は時間の2 階微分 ( つまり加速度 ) で書き表される n 宇宙の加速度を測る 2011 年度のノーベル物理学賞のテーマ ( 土居先生の講演 ) n 宇宙の大きさ (a) を現在 (t 0 ) 付近でテイラー展開 a(t) = a(t 0 )+ da dt t0 (t! t 0 )+ 1 2 d 2 a dt 2 t 0 (t! t 0 ) 2 +! n n n 第一項 : 宇宙の 大きさ 定数倍の自由度があり意味を持たない第二項 : 宇宙の膨張率 ( ハッブル定数 ) 宇宙の年齢第三項 : 宇宙膨張の加速度 力を及ぼす物質の正体を物理法則 ( 一般相対論から導かれる宇宙膨張の方程式 ) を通じて解明できる 37
本来は宇宙は加速できないはず! n ニュートンの重力の逆二乗則 d 2 a GM(< a) =! =! G " 4! 2 $ dt a 2 a 2 # n 一般相対論による宇宙膨張の式 n 圧力も重力源として寄与する 3 "a3 d 2 a dt =! 4!G (" + 3p)a 2 3 % ' =! 4!G & 3 "a < 0 n 負の加速度を説明するには 負の質量あるいは負の圧力を仮定するしかない n アインシュタインの宇宙定数 : p=-ρ n より一般化したのがダークエネルギー : p=wρ( 定数 w<-1/3) n あるいはそもそも宇宙論スケールでは一般相対論が正しくないのかも ( 修正重力理論 )?
宇宙のダークエネルギー n ダークマターとは異なり 空間的に局在しているようなものではない n 例えば 本来何もないはずの真空自体が持っているエネルギーのように 宇宙全体を一様にみたしている n その重力は 実効的に 万有斥力 n 1917 年にアインシュタインが ( 全く異なる理由から ) 導入した宇宙定数に対応 n ダークマター以上にその正体は不明 n ダークエネルギーは いまだ理解していない新たな物理学を探る重要な手がかり
宇宙の組成と宇宙膨張の未来 n 宇宙の構造と進化の観測を通じて 宇宙の組成を決定する 宇宙の未来もわかる 宇宙のサイズ? 宇宙のサイズ? 宇宙のサイズ 減速膨張 高密度 ( 重力が強い ) 宇宙 加速膨張 時間? 宇宙のサイズ 等速膨張 低密度 ( 重力が弱い ) 宇宙 時間 高密度 ( 重力が強い ) 宇宙 加速収縮 万有斥力が働く宇宙 時間? 時間
宇宙論の進化 41
Astro2010: decadal survey n Cosmic Dawn n New Worlds n Physics of the Universe August 13, 2010 http://sites.nationalacademies.org/bpa/bpa_049810
The Science Frontier: discovery areas and principal questions n Discovery areas n Identification and characterization of nearby habitable exoplanets n Gravitational wave astronomy n Time-domain astronomy n Astrometry n The epoch of reionization 第二の地球 重力波天文学突発 激変天体近地球接近天体銀河系 宇宙の精密測量 宇宙の再電離
残 れ 課題 謎 n 宇宙の起源 n 素粒子物理学 量子重力理論の進展に依存 n ダークマターの直接検出 n 天文学から高エネルギー物理学実験へ n ダークエネルギーの性質の解明 n 宇宙の加速膨張の起源 n 重力波の直接検出 n 一般相対論の検証から新しい天文学の窓へ n 高エネルギー宇宙線の起源 n 粒子加速機構の解明 粒子線天文学の開拓 n 超新星爆発 ガンマ線バーストのメカニズム n 大質量星進化の最終段階の理解 n 第一世代天体の発見 起源 進化 n 宇宙の果てを見通す 天体の起源 元素の起源 n 恒星 惑星の起源 n 星 惑星 コンパクト天体の形成と進化 n 地球型系外惑星の発見から宇宙生物学へ n 第二の地球 生命 文明の起源 生物の普遍性
( 天文学 ) 研究スタイルの必然的進化 : 太陽系外惑星探査を例として 今はどの時期なのかを見極めることが本質 紀元前 ~1995 年 1995 年 ~2009 年 2009 年 ~ 20xx 年 地上からの系外惑星探査 山師 先駆者 ハイリスク ノーリターン ゴールドラッシュ ハイリスク ハイリターン 定着 ローリスク ハイリターン 20xx 年 ~ 統計を稼ぐ ローリスク ローリターン スペースからの系外惑星探査 荒唐無稽 ハイリスク ノーリターン 立案 ハイリスク ハイリターン 実現 ローリスク ハイリターン 定着 ローリスク ローリターン 系外惑星上の生命探査 論外 : 危ない人々 十分成功して失うものがない人 荒唐無稽 ハイリスク ノーリターン 立案 ハイリスク ハイリターン 実現? ローリスク ハイリターン? ブレイクスルー 1995 年系外惑星発見 2009 年系外惑星専用衛星 Kepler 打ち上げ 20XX 年ハビタブル惑星発見???
Dark matter and dark energy: 21 st century clouds over the universe? http://www.physics.gla.ac.uk/physics3/kelvin_online/clouds.htm n Lord Kelvin @ Royal society on April 27, 1900 n beauty and clearness of theory was overshadowed by two clouds n Dark matter and dark energy in the 21 st century n Two dark clouds in astronomy? No! n Two probes of new physics? Yes (hopefully)
科学的宇宙観 の進化 1990 年代 1980 年代 ダークエネルギー 2010 年代 1970 年代 光を出さない元素 元素以外の ダークマター 星 銀河 ( 光を出す元素 ) 宇宙の 95% 以上の成分が正体不明 我々は何も知らなかった 48
20 世紀の天文学が見た夜空ノムコウ 宇宙は何からできているか? n 我々の体をはじめ 地上のすべての物質は元素から成る n しかし宇宙全体を考えると 元素の割合は5% 以下 n 光は出さず重力だけを及ぼすダークマターが約 2 割 n 残る 7 割以上は 宇宙を一様に満たすダークエネルギー n 目に見えない 存在しない n 宇宙の主成分は目に見えない未知の存在 49
みえているものだけがすべてではない 50
大切なものは目に見えない 51
金子みすず : 星とたんぽぽ 青いお空のそこふかく海の小石のそのように夜がくるまでしずんでる昼のお星はめにみえぬ見えぬけれどもあるんだよ見えぬものでもあるんだよ 52
おまけ n 明日 (12 月 8 日 )18:00より駒場一年生を対象とした理学部進学ガイダンスがありますので そちらにもぜひ参加してください