霊長類の大脳皮質で運動課題中の多細胞活動を 2 光子カルシウムイメージングで長期間 同時計測することに成功 1. 発表者 : 松崎政紀 ( 東京大学大学院医学系研究科機能生物学専攻教授 ) 2. 発表のポイント : 霊長類コモン マーモセットのための手で道具を操作する運動課題用装置と新規の訓練方法

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研究の背景 ヒトは他の動物に比べて脳が発達していることが特徴であり, 脳の発達のおかげでヒトは特有の能力の獲得が可能になったと考えられています この脳の発達に大きく関わりがあると考えられているのが, 本研究で扱っている大脳皮質の表面に存在するシワ = 脳回 です 大脳皮質は脳の中でも高次脳機能に関わ

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本成果は 主に以下の事業 研究領域 研究課題によって得られました 日本医療研究開発機構 (AMED) 脳科学研究戦略推進プログラム ( 平成 27 年度より文部科学省より移管 ) 研究課題名 : 遺伝子改変マーモセットの汎用性拡大および作出技術の高度化とその脳科学への応用 研究代表者 : 佐々木えり

統合失調症発症に強い影響を及ぼす遺伝子変異を,神経発達関連遺伝子のNDE1内に同定した

2017 年 12 月 15 日 報道機関各位 国立大学法人東北大学大学院医学系研究科国立大学法人九州大学生体防御医学研究所国立研究開発法人日本医療研究開発機構 ヒト胎盤幹細胞の樹立に世界で初めて成功 - 生殖医療 再生医療への貢献が期待 - 研究のポイント 注 胎盤幹細胞 (TS 細胞 ) 1 は

4. 発表内容 : 1 研究の背景 先行研究における問題点 正常な脳では 神経細胞が適切な相手と適切な数と強さの結合 ( シナプス ) を作り 機能的な神経回路が作られています このような機能的神経回路は 生まれた時に完成しているので はなく 生後の発達過程において必要なシナプスが残り不要なシナプス

発達期小脳において 脳由来神経栄養因子 (BDNF) はシナプスを積極的に弱め除去する 刈り込み因子 としてはたらく 1. 発表者 : 狩野方伸 ( 東京大学大学院医学系研究科機能生物学専攻神経生理学分野教授 ) 2. 発表のポイント : 生後発達期の小脳において 不要な神経結合 ( シナプス )

脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

統合失調症モデルマウスを用いた解析で新たな統合失調症病態シグナルを同定-統合失調症における新たな予防法・治療法開発への手がかり-

Microsoft Word - 【広報課確認】 _プレス原稿(最終版)_東大医科研 河岡先生_miClear

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2. 手法まず Cre 組換え酵素 ( ファージ 2 由来の遺伝子組換え酵素 ) を Emx1 という大脳皮質特異的な遺伝子のプロモーター 3 の制御下に発現させることのできる遺伝子操作マウス (Cre マウス ) を作製しました 詳細な解析により このマウスは 大脳皮質の興奮性神経特異的に 2 個

4. 発表内容 : 研究の背景 イヌに お手 を新しく教える場合 お手 ができた時に餌を与えるとイヌはまた お手 をして餌をもらおうとする このように動物が行動を起こした直後に報酬 ( 餌 ) を与えると そ の行動が強化され 繰り返し行動するようになる ( 図 1 左 ) このことは 100 年以

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研究の背景社会生活を送る上では 衝動的な行動や不必要な行動を抑制できることがとても重要です ところが注意欠陥多動性障害やパーキンソン病などの精神 神経疾患をもつ患者さんの多くでは この行動抑制の能力が低下しています これまでの先行研究により 行動抑制では 脳の中の前頭前野や大脳基底核と呼ばれる領域が

いて認知 社会機能障害は日々の生活に大きな支障をきたしますが その病態は未だに明らかになっていません 近年の統合失調症の脳構造に関する研究では 健常者との比較で 前頭前野 ( 注 4) などの前頭葉や側頭葉を中心とした大脳皮質の体積減少 海馬 扁桃体 視床 側坐核などの大脳皮質下領域の体積減少が報告

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り込みが進まなくなることを明らかにしました つまり 生後 12 日までの刈り込みには強い シナプス結合と弱いシナプス結合の相対的な差が 生後 12 日以降の刈り込みには強いシナプス 結合と弱いシナプス結合の相対的な差だけでなくシナプス結合の絶対的な強さが重要であることを明らかにしました 本研究成果は

報道発表資料 2004 年 9 月 6 日 独立行政法人理化学研究所 記憶形成における神経回路の形態変化の観察に成功 - クラゲの蛍光蛋白で神経細胞のつなぎ目を色づけ - 独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事長 ) マサチューセッツ工科大学 (Charles M. Vest 総長 ) は記憶形

解禁日時 :2019 年 2 月 4 日 ( 月 ) 午後 7 時 ( 日本時間 ) プレス通知資料 ( 研究成果 ) 報道関係各位 2019 年 2 月 1 日 国立大学法人東京医科歯科大学 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 IL13Rα2 が血管新生を介して悪性黒色腫 ( メラノーマ ) を

前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

生物時計の安定性の秘密を解明

化を明らかにすることにより 自閉症発症のリスクに関わるメカニズムを明らかにすることが期待されます 本研究成果は 本年 京都において開催される Neuro2013 において 6 月 22 日に発表されます (P ) お問い合わせ先 東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野教授大隅典

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精神医学研究 教育と精神医療を繋ぐ 双方向の対話 10:00 11:00 特別講演 3 司会 尾崎 紀夫 JSL3 名古屋大学大学院医学系研究科精神医学 親と子どもの心療学分野 AMED のミッション 情報共有と分散統合 末松 誠 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 11:10 12:10 特別講

報道発表資料 2002 年 10 月 10 日 独立行政法人理化学研究所 頭にだけ脳ができるように制御している遺伝子を世界で初めて発見 - 再生医療につながる重要な基礎研究成果として期待 - 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は プラナリアを用いて 全能性幹細胞 ( 万能細胞 ) が頭部以外で脳

報道機関各位 平成 27 年 8 月 18 日 東京工業大学広報センター長大谷清 鰭から四肢への進化はどうして起ったか サメの胸鰭を題材に謎を解き明かす 要点 四肢への進化過程で 位置価を持つ領域のバランスが後側寄りにシフト 前側と後側のバランスをシフトさせる原因となったゲノム配列を同定 サメ鰭の前

平成 28 年 6 月 3 日 報道機関各位 東京工業大学広報センター長 岡田 清 カラー画像と近赤外線画像を同時に撮影可能なイメージングシステムを開発 - 次世代画像センシングに向けオリンパスと共同開発 - 要点 可視光と近赤外光を同時に撮像可能な撮像素子の開発 撮像データをリアルタイムで処理する

Microsoft Word - プレス原稿_0528【最終版】

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法医学問題「想定問答」(記者会見後:平成15年  月  日)

大学院博士課程共通科目ベーシックプログラム

マスコミへの訃報送信における注意事項

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Microsoft Word - 岩里PR-fin_HP用に修正.docx

サカナに逃げろ!と指令する神経細胞の分子メカニズムを解明 -個性的な神経細胞のでき方の理解につながり,難聴治療の創薬標的への応用に期待-

平成14年度研究報告

の機能不全がどのように思春期の神経回路網形成に影響をあたえ 最終的な疾患病態へ進行するのかは解明されていません そこで統合失調症の発症関連分子として確立されている遺伝子 DISC1 に注目し 神経培養細胞や生きたままのマウス前頭葉のライブ撮影を行うことで DISC1 の機能を抑制した神経細胞における

Microsoft Word 「ERATO河岡先生(東大)」原稿(確定版:解禁あり)-1

神経細胞での脂質ラフトを介した新たなシグナル伝達制御を発見

Microsoft Word - 【確定】東大薬佐々木プレスリリース原稿

本研究は 日本医療研究開発機構 (AMED) 革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト ( 平成 27 年度に文部科学省により移管 ) 臨床と基礎研究の連携強化による精神 神経疾患の克服 ( 融合脳 ) 科学研究費助成事業 新学術領域研究 科学技術振興機構 (JST) 戦略的創造研究

化学の力で見たい細胞だけを光らせる - 遺伝学 脳科学に有用な画期的技術の開発 - 1. 発表者 : 浦野泰照 ( 東京大学大学院薬学系研究科薬品代謝化学教室教授 / 大学院医学系研究科生体物理医学専攻生体情報学分野 ( 兼担 )) 神谷真子 ( 東京大学大学院医学系研究科生体物理医学専攻生体情報学

世界初! 細胞内の線維を切るハサミの機構を解明 この度 名古屋大学大学院理学研究科の成田哲博准教授らの研究グループは 大阪大学 東海学院大学 豊田理化学研究所との共同研究で 細胞内で最もメジャーな線維であるアクチン線維を切断 分解する機構をクライオ電子顕微鏡法注 1) による構造解析によって解明する

の感染が阻止されるという いわゆる 二度なし現象 の原理であり 予防接種 ( ワクチン ) を行う根拠でもあります 特定の抗原を認識する記憶 B 細胞は体内を循環していますがその数は非常に少なく その中で抗原に遭遇した僅かな記憶 B 細胞が著しく増殖し 効率良く形質細胞に分化することが 大量の抗体産

報道発表資料 2001 年 12 月 29 日 独立行政法人理化学研究所 生きた細胞を詳細に観察できる新しい蛍光タンパク質を開発 - とらえられなかった細胞内現象を可視化 - 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は 生きた細胞内における現象を詳細に観察することができる新しい蛍光タンパク質の開発に成

記者クラブ各位 平成 28 年 8 月 24 日大学共同利用機関法人自然科学研究機構生理学研究所国立大学法人山梨大学国立研究開発法人日本医療研究開発機構 免疫細胞が発達期の脳回路を造る 発達期の脳内免疫状態の重要性を提唱 お世話になっております 今回 自然科学研究機構生理学研究所の鍋倉淳一教授 吉村

プレスリリース 報道関係者各位 2019 年 10 月 24 日慶應義塾大学医学部大日本住友製薬株式会社名古屋大学大学院医学系研究科 ips 細胞を用いた研究により 精神疾患に共通する病態を発見 - 双極性障害 統合失調症の病態解明 治療薬開発への応用に期待 - 慶應義塾大学医学部生理学教室の岡野栄

「飢餓により誘導されるオートファジーに伴う“細胞内”アミロイドの増加を発見」【岡澤均 教授】

統合失調症の発症に関与するゲノムコピー数変異の同定と病態メカニズムの解明 ポイント 統合失調症の発症に関与するゲノムコピー数変異 (CNV) が 患者全体の約 9% で同定され 難病として医療費助成の対象になっている疾患も含まれることが分かった 発症に関連した CNV を持つ患者では その 40%

糖鎖の新しい機能を発見:補体系をコントロールして健康な脳神経を維持する

本成果は 以下の研究助成金によって得られました JSPS 科研費 ( 井上由紀子 ) JSPS 科研費 , 16H06528( 井上高良 ) 精神 神経疾患研究開発費 24-12, 26-9, 27-

PRESS RELEASE (2012/9/27) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

長期/島本1

論文の内容の要旨

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共同研究チーム 個人情報につき 削除しております 1

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記憶を正しく思い出すための脳の仕組みを解明 ~ 側頭葉の信号が皮質層にまたがる神経回路を活性化 ~ 1. 発表者 : 竹田真己東京大学大学院医学系研究科統合生理学教室特任講師 ( 研究当 時 )( 現順天堂大学大学院医学研究科特任講師 ) 2. 発表のポイント : 脳が記憶を思い出すための仕組みは解

生物 第39講~第47講 テキスト

図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

平成20年5月20日

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るマウスを解析したところ XCR1 陽性樹状細胞欠失マウスと同様に 腸管 T 細胞の減少が認められました さらに XCL1 の発現が 脾臓やリンパ節の T 細胞に比較して 腸管組織の T 細胞において高いこと そして 腸管内で T 細胞と XCR1 陽性樹状細胞が密に相互作用していることも明らかにな

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報道関係者各位 平成 26 年 1 月 20 日 国立大学法人筑波大学 動脈硬化の進行を促進するたんぱく質を発見 研究成果のポイント 1. 日本人の死因の第 2 位と第 4 位である心疾患 脳血管疾患のほとんどの原因は動脈硬化である 2. 酸化されたコレステロールを取り込んだマクロファージが大量に血

現し Gasc1 発現低下は多動 固執傾向 様々な学習 記憶障害などの行動異常や 樹状突起スパイン密度の増加と長期増強の亢進というシナプスの異常を引き起こすことを発見し これらの表現型がヒト自閉スペクトラム症 (ASD) など神経発達症の病態と一部類することを見出した しかしながら Gasc1 発現

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的な記憶を使って素早く学習しますが 練習時間が長くなると長期的な記憶を使い 長く記憶を残せるようになります 例えば いちど練習してできるようになった運動のやり方を忘れてしまっても 2 回目に練習するときは 1 回目より早くできるようになります これは 短期の記憶が失われても 長期の記憶が残っているか

報道発表資料 2006 年 8 月 7 日 独立行政法人理化学研究所 国立大学法人大阪大学 栄養素 亜鉛 は免疫のシグナル - 免疫系の活性化に細胞内亜鉛濃度が関与 - ポイント 亜鉛が免疫応答を制御 亜鉛がシグナル伝達分子として作用する 免疫の新領域を開拓独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事

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1. 背景血小板上の受容体 CLEC-2 と ある種のがん細胞の表面に発現するタンパク質 ポドプラニン やマムシ毒 ロドサイチン が結合すると 血小板が活性化され 血液が凝固します ( 図 1) ポドプラニンは O- 結合型糖鎖が結合した糖タンパク質であり CLEC-2 受容体との結合にはその糖鎖が

スライド 1

平成 29 年 6 月 9 日 ニーマンピック病 C 型タンパク質の新しい機能の解明 リソソーム膜に特殊な領域を形成し 脂肪滴の取り込み 分解を促進する 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長門松健治 ) 分子細胞学分野の辻琢磨 ( つじたくま ) 助教 藤本豊士 ( ふじもととよし ) 教授ら

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統合失調症といった精神疾患では シナプス形成やシナプス機能の調節の異常が発症の原因の一つであると考えられています これまでの研究で シナプスの形を作り出す細胞骨格系のタンパク質 細胞同士をつないでシナプス形成に関与する細胞接着分子群 あるいはグルタミン酸やドーパミン 2 系分子といったシナプス伝達を

統合失調症に関連する遺伝子変異を 22q11.2 欠失領域の RTN4R 遺伝子に世界で初めて同定 ポイント 統合失調症発症の最大のリスクである 22q11.2 欠失領域に含まれる神経発達障害関連遺伝子 RTN4R に存在する稀な一塩基変異が 統計学的に統合失調症の発症に関与することを確認しました

平成 26 年 8 月 21 日 チンパンジーもヒトも瞳の変化に敏感 -ヒトとチンパンジーに共通の情動認知過程を非侵襲の視線追従装置で解明- 概要マリスカ クレット (Mariska Kret) アムステルダム大学心理学部研究員( 元日本学術振興会外国人特別研究員 ) 友永雅己( ともながまさき )

背景 私たちの体はたくさんの細胞からできていますが そのそれぞれに遺伝情報が受け継がれるためには 細胞が分裂するときに染色体を正確に分配しなければいけません 染色体の分配は紡錘体という装置によって行われ この際にまず染色体が紡錘体の中央に集まって整列し その後 2 つの極の方向に引っ張られて分配され

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遺伝子の近傍に別の遺伝子の発現制御領域 ( エンハンサーなど ) が移動してくることによって その遺伝子の発現様式を変化させるものです ( 図 2) 融合タンパク質は比較的容易に検出できるので 前者のような二つの遺伝子組み換えの例はこれまで数多く発見されてきたのに対して 後者の場合は 広範囲のゲノム

細胞外情報を集積 統合し 適切な転写応答へと変換する 細胞内 ロジックボード 分子の発見 1. 発表者 : 畠山昌則 ( 東京大学大学院医学系研究科病因 病理学専攻微生物学分野教授 ) 2. 発表のポイント : 多細胞生物の個体発生および維持に必須の役割を担う多彩な形態形成シグナルを細胞内で集積 統

報道発表資料 2007 年 4 月 11 日 独立行政法人理化学研究所 傷害を受けた網膜細胞を薬で再生する手法を発見 - 移植治療と異なる薬物による新たな再生治療への第一歩 - ポイント マウス サルの網膜の再生を促進することに成功 網膜だけでなく 難治性神経変性疾患の再生治療にも期待できる 神経回

かし この技術に必要となる遺伝子改変技術は ヒトの組織細胞ではこれまで実現できず ヒトがん組織の細胞系譜解析は困難でした 正常の大腸上皮の組織には幹細胞が存在し 自分自身と同じ幹細胞を永続的に産み出す ( 自己複製 ) とともに 寿命が短く自己複製できない分化した細胞を次々と産み出すことで組織構造を

PRESS RELEASE (2014/2/6) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

疫学研究の病院HPによる情報公開 様式の作成について

赤色 camp 可視化蛍光タンパク質センサーの開発 1. 発表者 : 原田一貴 ( 東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻博士課程 2 年 ) 伊藤幹 ( 東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻修士課程 2 年 ( 研究当時 )) 坪井貴司 ( 東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻准教授 )

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別紙 < 研究の背景と経緯 > 自閉症は 全人口の約 2% が罹患する非常に頻度の高い神経発達障害です 近年 クロマチンリモデ リング因子 ( 5) である CHD8 が自閉症の原因遺伝子として同定され 大変注目を集めています ( 図 1) 本研究グループは これまでに CHD8 遺伝子変異を持つ

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住環境テ サ イン学科 建築環境工学住居 建築デザイン 准教授または講師教授または准教授 住環境設備 住環境工学 環境工学演習 環境計画演習ほか住居計画 住環境デザイン概論 設計演習ほか 博士 ( または Ph.D) の学位を有する方 もしくは取得を目指して研究を進めている方 博士 ( または Ph

国立研究開発法人科学技術振興機構社会技術研究開発センター 科学技術と知の精神文化 研究会 講演録の発行にあたって 世界的に大きな時代の転換期に直面している現在 日本の科学 技術に携わる人々とその 共同体の精神 規範 文化について 歴史に学びじっくり議論をし 将来を考える場が必要 なのではないだろうか

Transcription:

霊長類の大脳皮質で運動課題中の多細胞活動を 2 光子カルシウムイメージングで長期間 同時計測することに成功 1. 発表者 : 松崎政紀 ( 東京大学大学院医学系研究科機能生物学専攻教授 ) 2. 発表のポイント : 霊長類コモン マーモセットのための手で道具を操作する運動課題用装置と新規の訓練方法 を開発し マーモセットが手を使ってうまく運動課題を習得できる事を実証しました 2 光子カルシウムイメージングで運動課題中の多くの脳神経細胞の活動を長期間 同時計測 することに成功しました 運動課題中のマーモセットで 2 光子カルシウムイメージングによる神経活動の計測が可能に なったことで 霊長類脳における認知 行動に係わる神経細胞の活動やその空間分布を 1 細胞 レベルで解析する事ができるようになります 3. 発表概要 : 東京大学大学院医学系研究科機能生物学専攻生理学講座細胞分子生理学分野の松崎政紀教授 蝦名鉄平助教 正水芳人助教 川崎医療福祉大学医療技術学部感覚矯正学科の彦坂和雄教授 自治医科大学分子病態治療研究センター遺伝子治療研究部の水上浩明教授 自然科学研究機構 生理学研究所生体システム研究部門の南部篤教授 実験動物中央研究所マーモセット研究部の 佐々木えりか部長 理化学研究所脳神経科学研究センター高次脳機能分子解析チームの山森哲 雄チームリーダーらの研究チームは 霊長類コモン マーモセットのための手を使って道具を 操作する運動課題用装置と課題の訓練方法を開発し 2 光子顕微鏡という脳の比較的深い層まで生きたまま 見る ことができる顕微鏡で運動中のマーモセット大脳皮質から運動に関連し た神経細胞の活動を計測する事に成功しました マーモセットはヒトと似た生体機能を持っており 遺伝子改変動物を含む疾患モデルの開発 が積極的に進められています 今回の開発によって 認知や行動などヒトの高次脳機能の神経 ネットワーク基盤の理解が大きく進展すると考えられます 本研究は 日本医療研究開発機構 (AMED) 革新的技術による脳機能ネットワークの全 容解明プロジェクト ( 平成 27 年度より文部科学省から移管 ) の研究開発課題 脳科学研究 に有用性の高い遺伝子改変マーモセットラインの創出と普及 として行われました 本研究の 成果は 5 月 14 日に Nature Communications 誌に掲載されました 4. 発表内容 : ヒトは道具を作る動物 (Homo faber) と言われるように 手を巧みに用いて道具を作ることによって文明を発展させてきました 新世界ザルであるコモン マーモセット ( 注 1) は手を 用いた細かい動きが出来る動物です そのためマウスでは研究することができない ヒトの手 による複雑な運動を脳がどのように制御しているのか という疑問に答える実験を行うことが 出来ます 2014 年に日本で開始された 革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プ

ロジェクト ( 略称 : 革新脳プロジェクト ホームページ :http://brainminds.jp/) はマーモ セットをモデル動物として 霊長類の高度に発達した脳の神経ネットワークの全容を細胞レベ ルで理解することを目標としています 同プロジェクトは 米国の BRAIN Initiative EU の The Human Brain Project などとともに 現在世界的に推進されている脳機能の統合的理解を 目指す試みの中の一つに位置づけられます 本研究では 霊長類の神経ネットワークを細胞レ ベルで理解するという目標に向けて 手を使って道具を操作しているマーモセットの大脳皮質 において多細胞の神経活動を長期間にわたって計測し 解析するための技術開発を目指しまし た 脳の神経活動を大規模に 細胞 1 個 1 個を区別しながら計測する方法として 細胞の活動に 伴って蛍光が強くなる蛍光カルシウムセンサータンパク質 ( 注 2) を神経細胞に発現させ 2 光子顕微鏡 ( 注 3) で観察する方法 (2 光子カルシウムイメージング法 ) があります この方 法は 細胞の詳細な位置関係の情報を得ることができ しかも同じ細胞群から繰り返し記録で きるという利点があります 最近では 脳内の数百 ~ 数千の神経細胞の活動を同時に計測する 事も可能となっており マウスなど 小型動物の知覚 認知 運動に関連する神経活動の解明 に大きく貢献してきました 研究グループはこれまでの研究で 2 光子カルシウムイメージング法によって麻酔下のマーモセットの大脳皮質で数百個の神経細胞の活動を同時に計測し さ らに同一の神経細胞を 100 日以上観測する事に世界で初めて成功しています 本研究ではこの 技術をさらに発展させ 手を使って道具を操作する運動課題中の神経細胞の細胞体 軸索 樹 状突起 ( 注 4) の活動を 2 光子カルシウムイメージング法によって計測する事に挑戦しました はじめに マーモセットのための手を使って道具を動かす運動課題 ( 図 1) の開発を行いま した しかし これまでにマーモセットではこのような運動課題の成功例がなく その訓練は 難しいと考えられていました この問題を解決するために 本研究ではマーモセットに特化し た訓練装置を開発し 運動技能の習得に伴って徐々に訓練を難しくする新規の訓練方法を作成 しました この方法を使ってマーモセットを数ヵ月訓練すると マーモセットがコントローラ ーを手で操作して 画面上のカーソルを特定の位置に移動させる事ができるようになりました (1 方向 /2 方向到達運動課題 図 1) さらに このカーソル移動を妨害するようにコントロ ーラーの動きに垂直の力を加え続けると この力を打ち消すようにカーソル軌道を修正できる事を示しました ( 図 2 運動適応課題 ) 次に マーモセット大脳皮質の運動野 ( 注 5) で神経細胞に蛍光カルシウムセンサータンパ ク質を発現させました このマーモセットが運動している時に 2 光子カルシウムイメージング 法を行うことで カーソル移動に関連する神経活動を検出する事に成功しました 2 方向到達 運動課題では同じ神経細胞集団を 12 日間にわたって観察し ある神経細胞がこの期間を通し てある特定の位置へカーソルを移動させる時にのみ活動する事を示しました ( 図 3) また 運動適応課題では 運動の妨害によってカーソルの軌道が変化すると それに合わせて個々の 神経細胞の活動が変化する事を示しました ( 図 4) さらに 神経軸索や樹状突起の活動を運 動中にイメージングし 到達運動に関連した活動を検出する事にも成功しました ( 図 5) マーモセットはヒトと共通性を持った高度に発達した脳を持っています また ヒトと類似 した生理学的 解剖学的な特徴や薬物代謝を持っています 日本は 次世代まで導入遺伝子が 受け継がれる遺伝子改変マーモセットの作製に世界で初めて成功しており さまざまな精神 神経疾患モデルの作製が進められています 本研究で開発した技術によって 様々な疾患モデ ルマーモセットで多数の神経細胞の活動を同時に計測する事が可能になり どうやって手と道 具を使って日々の問題を解決しているのかというヒト特有の高次脳機能の理解が大きく進展す

ると考えられます また この計測技術を 精神 神経疾患モデルマーモセットにおける神経 ネットワーク変容の理解に役立てる事で 新たな治療方法の開発につながると期待できます 5. 発表雑誌 : 雑誌名 : Nature Communications 2018 年 5 月 14 日 論文タイトル :Two-photon imaging of neuronal activity in motor cortex of marmosets during upper-limb movement tasks 著者 :Teppei Ebina #, Yoshito Masamizu #, Yasuhiro R. Tanaka, Akiya Watakabe, Reiko Hirakawa, Yuka Hirayama, Riichiro Hira, Shin-Ichiro Terada, Daisuke Koketsu, Kazuo Hikosaka, Hiroaki Mizukami, Atsushi Nambu, Erika Sasaki, Tetsuo Yamamori, and Masanori Matsuzaki* (# は同等貢献 * は責任著者 ) DOI 番号 :10.1038/s41467-018-04286-6. 6. 問い合わせ先 : < 研究内容について > 国立大学法人東京大学大学院医学系研究科 機能生物学専攻生理学講座細胞分子生理学分野 教授松崎政紀 ( まつざきまさのり ) TEL: 03-5841-3471 FAX: 03-5841-3471 E-mail: mzakim@m.u-tokyo.ac.jp <AMED 事業について> 日本医療研究開発機構戦略推進部脳と心の研究課 100-0004 東京都千代田区大手町 1-7-1 読売新聞ビル TEL:03-6870-2222 FAX:03-6870-2244 E-mail: brain-pm@amed.go.jp 7. 用語解説 : ( 注 1) コモン マーモセット広鼻猿類に属するサルで 南米に生息する事から新世界ザルとも呼ばれる 小型で繁殖力が高く 飼育が容易なため 近年 霊長類のモデル動物としての関心が高まっている ( 注 2) 蛍光カルシウムセンサータンパク質 カルシウムイオンと結合すると 特定の励起光によって蛍光を発するタンパク質 ( 注 3)2 光子顕微鏡励起光として長波長の近赤外光を用いるため 生体内での散乱の影響を受けにくく 生体深部 にある蛍光分子を励起する事ができる顕微鏡

( 注 4) 軸索 樹状突起 共に神経細胞の細胞体から伸びているケーブル状の構造をしており 軸索は他の神経細胞に情 報を出力する機能を 樹状突起は逆に情報を受け取る機能を持っている ( 注 5) 大脳皮質運動野 大脳皮質は機能によって多数の領域に分化しており 運動野は運動の計画や実行に関わってい ると考えられている 8. 添付資料 : 図 1. 上肢到達運動課題 ( 上段 ) ディスプレイ上のカーソル ( 白い四角 ) の位置はコントローラーの位置と対応している マーモセットはコントローラーを 2 次元に操作する事でカーソル位置を保持領域からターゲット領域へと移動させる課題の訓練を行う 到達運動課題では はじめに 保持領域 ( 灰色の四角 ) が画面に描画され ( 保持期間 ) マーモセットはカーソルを保持領域内に一定時間留めておく必要がある その後 1 方向到達運動課題では 保持領域の下側に 2 方向運動課題では上下どちらかにターゲット領域が提示されるので 提示されたターゲットへ向けてカーソルを移動させる ( 到達運動期間 ) ( 下段 )1 方向運動課題の訓練 1 日目ではマニピュランダムの操作に慣れていないため カーソルの軌道が乱れているが 繰り返し訓練を行うことで操作に習熟し 軌道が直線に近くなる 2 方向到達運動課題では 1 方向到達運動課題で提示されていないターゲット 2への軌道が乱れているが こちらも訓練によって改善する事がわかる

図 2. 運動適応課題 1 方向到達運動課題中にコントローラーに到達運動 (Y) 方向とは垂直のX 方向へ力を加えると 初めは軌道が大きくX 方向へ乱れるが ( 妨害中 最初の 10 試行 ) 徐々にこの力を打ち消すように軌道が修正される ( 妨害中 最後の 10 試行 ) 軌道が修正された後で妨害をやめると 数回の試行の間 力を加えていないにもかかわらずそれまでとは逆向き (-X 方向 ) の軌道があらわれる ( 妨害をやめた後 最初の 10 試行 ) 図 3.2 方向到達運動課題中の 2 光子イメージング ( 左 ) 運動課題中のマーモセット大脳皮質から 2 光子イメージングで取得した画像 白く見える部分が蛍光カルシウムセンサータンパク質の蛍光シグナル 上段はイメージング実験 1 日目 下段は 10 日目の画像 ( 中 ) 黄色い矢印でマークした神経細胞周辺の拡大図 周辺も含め 同一の細胞集団が観察できている ( 右 ) マーモセットがコントローラーを動かしている時のマークした神経細胞の活動を示した 各試行で到達運動を行っている時の蛍光シグナルの変化を灰色で 全ての試行

を平均したデータを黒色の線で示した この神経細胞はイメージング 1 日目と 10 日目の両方でタ ーゲット 1 への到達運動を行っている時に強く活動している 図 4. 運動適応課題中の神経細胞活動運動適応課題中にマーモセットがコントローラーを動かしている時の神経細胞の活動を示した 神経細胞 1は力を加えている時のみに活動し 細胞 2は力を加えた後で活動が大きくなり その影響が妨害をやめた後でも残っている事がわかる 図 5. 神経細胞の樹状突起から記録した運動関連の活動 ( 左 ) 運動中に神経細胞の樹状突起から記録した蛍光シグナル ( 右 ) 左図の1~3で示した樹状突起の領域で記録された蛍光シグナルの時間変化とそのときのカーソルの Y 座標 樹状突起 1と2はカーソルの Y 座標が増える向きに動くときに強く活動しており 樹状突起 3は1 2と別のタイミングで活動している