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4. 発表内容 : 1 研究の背景 先行研究における問題点 正常な脳では 神経細胞が適切な相手と適切な数と強さの結合 ( シナプス ) を作り 機能的な神経回路が作られています このような機能的神経回路は 生まれた時に完成しているので はなく 生後の発達過程において必要なシナプスが残り不要なシナプス

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Microsoft Word - 運動が自閉症様行動とシナプス変性を改善する

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研究の背景社会生活を送る上では 衝動的な行動や不必要な行動を抑制できることがとても重要です ところが注意欠陥多動性障害やパーキンソン病などの精神 神経疾患をもつ患者さんの多くでは この行動抑制の能力が低下しています これまでの先行研究により 行動抑制では 脳の中の前頭前野や大脳基底核と呼ばれる領域が

脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

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PRESS RELEASE (2016/11/22) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

記憶を正しく思い出すための脳の仕組みを解明 ~ 側頭葉の信号が皮質層にまたがる神経回路を活性化 ~ 1. 発表者 : 竹田真己東京大学大学院医学系研究科統合生理学教室特任講師 ( 研究当 時 )( 現順天堂大学大学院医学研究科特任講師 ) 2. 発表のポイント : 脳が記憶を思い出すための仕組みは解

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統合失調症モデルマウスを用いた解析で新たな統合失調症病態シグナルを同定-統合失調症における新たな予防法・治療法開発への手がかり-

Microsoft Word - 【広報課確認】プレスリリース原稿(乘本)池谷‗RIKEN最終版

4. 発表内容 : 研究の背景 イヌに お手 を新しく教える場合 お手 ができた時に餌を与えるとイヌはまた お手 をして餌をもらおうとする このように動物が行動を起こした直後に報酬 ( 餌 ) を与えると そ の行動が強化され 繰り返し行動するようになる ( 図 1 左 ) このことは 100 年以

統合失調症発症に強い影響を及ぼす遺伝子変異を,神経発達関連遺伝子のNDE1内に同定した

別紙 自閉症の発症メカニズムを解明 - 治療への応用を期待 < 研究の背景と経緯 > 近年 自閉症や注意欠陥 多動性障害 学習障害等の精神疾患である 発達障害 が大きな社会問題となっています 自閉症は他人の気持ちが理解できない等といった社会的相互作用 ( コミュニケーション ) の障害や 決まった手

( 様式乙 8) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 米田博 藤原眞也 副査副査 教授教授 黒岩敏彦千原精志郎 副査 教授 佐浦隆一 主論文題名 Anhedonia in Japanese patients with Parkinson s disease ( 日本人パー

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2. 手法まず Cre 組換え酵素 ( ファージ 2 由来の遺伝子組換え酵素 ) を Emx1 という大脳皮質特異的な遺伝子のプロモーター 3 の制御下に発現させることのできる遺伝子操作マウス (Cre マウス ) を作製しました 詳細な解析により このマウスは 大脳皮質の興奮性神経特異的に 2 個

論文の内容の要旨

Microsoft Word - 【確定】プレスリリース原稿(坂口)_最終版

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前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

化を明らかにすることにより 自閉症発症のリスクに関わるメカニズムを明らかにすることが期待されます 本研究成果は 本年 京都において開催される Neuro2013 において 6 月 22 日に発表されます (P ) お問い合わせ先 東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野教授大隅典

機械学習により熱電変換性能を最大にするナノ構造の設計を実現

平成16年6月  日

報道発表資料 2006 年 8 月 7 日 独立行政法人理化学研究所 国立大学法人大阪大学 栄養素 亜鉛 は免疫のシグナル - 免疫系の活性化に細胞内亜鉛濃度が関与 - ポイント 亜鉛が免疫応答を制御 亜鉛がシグナル伝達分子として作用する 免疫の新領域を開拓独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事

研究の背景 ヒトは他の動物に比べて脳が発達していることが特徴であり, 脳の発達のおかげでヒトは特有の能力の獲得が可能になったと考えられています この脳の発達に大きく関わりがあると考えられているのが, 本研究で扱っている大脳皮質の表面に存在するシワ = 脳回 です 大脳皮質は脳の中でも高次脳機能に関わ

Microsoft Word - 【広報課確認】 _プレス原稿(最終版)_東大医科研 河岡先生_miClear

( 続紙 1 ) 京都大学 博士 ( 薬学 ) 氏名 大西正俊 論文題目 出血性脳障害におけるミクログリアおよびMAPキナーゼ経路の役割に関する研究 ( 論文内容の要旨 ) 脳内出血は 高血圧などの原因により脳血管が破綻し 脳実質へ出血した病態をいう 漏出する血液中の種々の因子の中でも 血液凝固に関

報道関係者各位 平成 29 年 1 月 17 日 国立大学法人筑波大学 短時間の運動で記憶力が高まる ヒトの海馬が関連する機能の働きが 10 分間の中強度運動で向上! 研究成果のポイント 分間の中強度運動によって 物事を正確に記憶するために重要な 類似記憶の識別能力 が向上することを ヒ

研究成果東京工業大学理学院の那須譲治助教と東京大学大学院工学系研究科の求幸年教授は 英国ケンブリッジ大学の Johannes Knolle 研究員 Dmitry Kovrizhin 研究員 ドイツマックスプランク研究所の Roderich Moessner 教授と共同で 絶対零度で量子スピン液体を示

的な記憶を使って素早く学習しますが 練習時間が長くなると長期的な記憶を使い 長く記憶を残せるようになります 例えば いちど練習してできるようになった運動のやり方を忘れてしまっても 2 回目に練習するときは 1 回目より早くできるようになります これは 短期の記憶が失われても 長期の記憶が残っているか

報道発表資料 2004 年 9 月 6 日 独立行政法人理化学研究所 記憶形成における神経回路の形態変化の観察に成功 - クラゲの蛍光蛋白で神経細胞のつなぎ目を色づけ - 独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事長 ) マサチューセッツ工科大学 (Charles M. Vest 総長 ) は記憶形

Microsoft Word - 日本語解説.doc

報道発表資料 2002 年 10 月 10 日 独立行政法人理化学研究所 頭にだけ脳ができるように制御している遺伝子を世界で初めて発見 - 再生医療につながる重要な基礎研究成果として期待 - 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は プラナリアを用いて 全能性幹細胞 ( 万能細胞 ) が頭部以外で脳

マスコミへの訃報送信における注意事項

博士論文 考え続ける義務感と反復思考の役割に注目した 診断横断的なメタ認知モデルの構築 ( 要約 ) 平成 30 年 3 月 広島大学大学院総合科学研究科 向井秀文

報道機関各位 平成 27 年 8 月 18 日 東京工業大学広報センター長大谷清 鰭から四肢への進化はどうして起ったか サメの胸鰭を題材に謎を解き明かす 要点 四肢への進化過程で 位置価を持つ領域のバランスが後側寄りにシフト 前側と後側のバランスをシフトさせる原因となったゲノム配列を同定 サメ鰭の前

いて認知 社会機能障害は日々の生活に大きな支障をきたしますが その病態は未だに明らかになっていません 近年の統合失調症の脳構造に関する研究では 健常者との比較で 前頭前野 ( 注 4) などの前頭葉や側頭葉を中心とした大脳皮質の体積減少 海馬 扁桃体 視床 側坐核などの大脳皮質下領域の体積減少が報告

生物時計の安定性の秘密を解明

Microsoft Word - プレス原稿_0528【最終版】

糖鎖の新しい機能を発見:補体系をコントロールして健康な脳神経を維持する

図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

の感染が阻止されるという いわゆる 二度なし現象 の原理であり 予防接種 ( ワクチン ) を行う根拠でもあります 特定の抗原を認識する記憶 B 細胞は体内を循環していますがその数は非常に少なく その中で抗原に遭遇した僅かな記憶 B 細胞が著しく増殖し 効率良く形質細胞に分化することが 大量の抗体産

Chapter 1

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平成 26 年 8 月 21 日 チンパンジーもヒトも瞳の変化に敏感 -ヒトとチンパンジーに共通の情動認知過程を非侵襲の視線追従装置で解明- 概要マリスカ クレット (Mariska Kret) アムステルダム大学心理学部研究員( 元日本学術振興会外国人特別研究員 ) 友永雅己( ともながまさき )

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図 1. 微小管 ( 赤線 ) は細胞分裂 伸長の方向を規定する本瀬准教授らは NIMA 関連キナーゼ 6 (NEK6) というタンパク質の機能を手がかりとして 微小管が整列するメカニズムを調べました NEK6 を欠損したシロイヌナズナ変異体では微小管が整列しないため 細胞と器官が異常な方向に伸長し

報道関係者各位 平成 24 年 4 月 13 日 筑波大学 ナノ材料で Cs( セシウム ) イオンを結晶中に捕獲 研究成果のポイント : 放射性セシウム除染の切り札になりうる成果セシウムイオンを効率的にナノ空間 ナノの檻にぴったり収容して捕獲 除去 国立大学法人筑波大学 学長山田信博 ( 以下 筑

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学位論文の要約

Powered by TCPDF ( Title 組織のスラック探索に関する包括的モデルの構築と実証研究 Sub Title On the comprehensive model of organizational slack search Author 三橋, 平 (M

< 研究の背景 > 運動に疲労はつきもので その原因や予防策は多くの研究者や競技者 そしてスポーツ愛好者の興味を引く古くて新しいテーマです 運動時の疲労は 必要な力を発揮できなくなった状態 と定義され 疲労の原因が起こる身体部位によって末梢性疲労と中枢性疲労に分けることができます 末梢性疲労の原因の

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1. 背景血小板上の受容体 CLEC-2 と ある種のがん細胞の表面に発現するタンパク質 ポドプラニン やマムシ毒 ロドサイチン が結合すると 血小板が活性化され 血液が凝固します ( 図 1) ポドプラニンは O- 結合型糖鎖が結合した糖タンパク質であり CLEC-2 受容体との結合にはその糖鎖が

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発電単価 [JPY/kWh] 差が大きい ピークシフトによる経済的価値が大きい Time 0 時 23 時 30 分 発電単価 [JPY/kWh] 差が小さい ピークシフトしても経済的価値

り込みが進まなくなることを明らかにしました つまり 生後 12 日までの刈り込みには強い シナプス結合と弱いシナプス結合の相対的な差が 生後 12 日以降の刈り込みには強いシナプス 結合と弱いシナプス結合の相対的な差だけでなくシナプス結合の絶対的な強さが重要であることを明らかにしました 本研究成果は

平成14年度研究報告

背景 私たちの体はたくさんの細胞からできていますが そのそれぞれに遺伝情報が受け継がれるためには 細胞が分裂するときに染色体を正確に分配しなければいけません 染色体の分配は紡錘体という装置によって行われ この際にまず染色体が紡錘体の中央に集まって整列し その後 2 つの極の方向に引っ張られて分配され

インプラント周囲炎を惹起してから 1 ヶ月毎に 4 ヶ月間 放射線学的周囲骨レベル probing depth clinical attachment level modified gingival index を測定した 実験 2: インプラント周囲炎の進行状況の評価結紮線によってインプラント周囲

報道関係者各位 平成 29 年 11 月 8 日国立大学法人筑波大学国立大学法人京都大学国立研究開発法人理化学研究所 自閉スペクトラム症者のコミュニケーション障害に関する新たな視点 ~ 最新の脳波技術を用いた科学的根拠による理解の促進 ~ 研究成果のポイント 1. 自閉スペクトラム症者 (1) の二


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偶発学習及び意図学習の自由再生に及ぼすBGM文脈依存効果

世界初! 細胞内の線維を切るハサミの機構を解明 この度 名古屋大学大学院理学研究科の成田哲博准教授らの研究グループは 大阪大学 東海学院大学 豊田理化学研究所との共同研究で 細胞内で最もメジャーな線維であるアクチン線維を切断 分解する機構をクライオ電子顕微鏡法注 1) による構造解析によって解明する

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研究の背景これまで, アルペンスキー競技の競技者にかかる空気抵抗 ( 抗力 ) に関する研究では, 実際のレーサーを対象に実験風洞 (Wind tunnel) を用いて, 滑走フォームと空気抵抗の関係や, スーツを含むスキー用具のデザインが検討されてきました. しかし, 風洞を用いた実験では, レー

1. 背景コンピュータが目覚ましく進歩し 演算速度や記憶容量の大きさでは人の脳を凌駕するスーパーコンピュータも出現してきました しかし 言語を用い 直観を働かせ 抽象や概念を形成し 問題への解答を見いだし 自分自身を改善する 人間のような思考能力を持つ人工知能の実現にはまだ遠い道のりがあるように見え

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平成18年度厚生労働科学研究費補助金(労働安全衛生総合研究事業)

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2 成果の内容本研究では 相関電子系において 非平衡性を利用した新たな超伝導増強の可能性を提示することを目指しました 本研究グループは 銅酸化物群に対する最も単純な理論模型での電子ダイナミクスについて 電子間相互作用の効果を精度よく取り込める数値計算手法を開発し それを用いた数値シミュレーションを実

抑制することが知られている 今回はヒト子宮内膜におけるコレステロール硫酸のプロテ アーゼ活性に対する効果を検討することとした コレステロール硫酸の着床期特異的な発現の機序を解明するために 合成酵素であるコ レステロール硫酸基転移酵素 (SULT2B1b) に着目した ヒト子宮内膜は排卵後 脱落膜 化

サカナに逃げろ!と指令する神経細胞の分子メカニズムを解明 -個性的な神経細胞のでき方の理解につながり,難聴治療の創薬標的への応用に期待-

報道機関各位 平成 28 年 8 月 23 日 東京工業大学東京大学 電気分極の回転による圧電特性の向上を確認 圧電メカニズムを実験で解明 非鉛材料の開発に道 概要 東京工業大学科学技術創成研究院フロンティア材料研究所の北條元助教 東正樹教授 清水啓佑大学院生 東京大学大学院工学系研究科の幾原雄一教

別添 1 抗不安薬 睡眠薬の処方実態についての報告 平成 23 年 11 月 1 日厚生労働省社会 援護局障害保健福祉部精神 障害保健課 平成 22 年度厚生労働科学研究費補助金特別研究事業 向精神薬の処方実態に関する国内外の比較研究 ( 研究代表者 : 中川敦夫国立精神 神経医療研究センタートラン

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平成 28 年 12 月 12 日 癌の転移の一種である胃癌腹膜播種 ( ふくまくはしゅ ) に特異的な新しい標的分子 synaptotagmin 8 の発見 ~ 革新的な分子標的治療薬とそのコンパニオン診断薬開発へ ~ 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 髙橋雅英 ) 消化器外科学の小寺泰

Microsoft Word - 01マニュアル・入稿原稿p1-112.doc


ポイント 〇等価尺度法を用いた日本の子育て費用の計測〇 1993 年 年までの期間から 2003 年 年までの期間にかけて,2 歳以下の子育て費用が大幅に上昇していることを発見〇就学前の子供を持つ世帯に対する手当てを優先的に拡充するべきであるという政策的含意 研究背景 日本に

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本成果は 主に以下の事業 研究領域 研究課題によって得られました 日本医療研究開発機構 (AMED) 脳科学研究戦略推進プログラム ( 平成 27 年度より文部科学省より移管 ) 研究課題名 : 遺伝子改変マーモセットの汎用性拡大および作出技術の高度化とその脳科学への応用 研究代表者 : 佐々木えり

周波数特性解析

2017 年 12 月 15 日 報道機関各位 国立大学法人東北大学大学院医学系研究科国立大学法人九州大学生体防御医学研究所国立研究開発法人日本医療研究開発機構 ヒト胎盤幹細胞の樹立に世界で初めて成功 - 生殖医療 再生医療への貢献が期待 - 研究のポイント 注 胎盤幹細胞 (TS 細胞 ) 1 は

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今後の展開現在でも 自己免疫疾患の発症機構については不明な点が多くあります 今回の発見により 今後自己免疫疾患の発症機構の理解が大きく前進すると共に 今まで見過ごされてきたイントロン残存の重要性が 生体反応の様々な局面で明らかにされることが期待されます 図 1 Jmjd6 欠損型の胸腺をヌードマウス

Microsoft Word - 岩里PR-fin_HP用に修正.docx

がんを見つけて破壊するナノ粒子を開発 ~ 試薬を混合するだけでナノ粒子の中空化とハイブリッド化を同時に達成 ~ 名古屋大学未来材料 システム研究所 ( 所長 : 興戸正純 ) の林幸壱朗 ( はやしこういちろう ) 助教 丸橋卓磨 ( まるはしたくま ) 大学院生 余語利信 ( よごとしのぶ ) 教

Transcription:

東京大学大学院薬学系研究科 作業記憶 ( ワーキングメモリ ) の脳メカニズムを解明 ~ 複数の位置を記憶する空間迷路課題をラットに解かせて検証 ~ 1. 発表者 佐々木拓哉 ( 東京大学大学院薬学系研究科薬学専攻助教 ) 2. 発表のポイント 複数の作業記憶 ( ワーキングメモリ ) が必要とされる迷路行動課題をラットに解かせて 神経活動を記録した結果 海馬 - 歯状回が作業記憶に必要な脳領域であることを示しました 従来 作業記憶は 前頭皮質や大脳基底核などの脳領域が重要と考えられてきましたが 本研究では 新たに海馬 - 歯状回の重要性を示唆しました さらに本研究では 記憶すべき事項に対応した神経細胞の活動が 記憶の更新と共に次々と変動することを発見しました 本研究により 作業記憶の実体の一側面が解明されました この結果は 適切かつ効率的に複数の作業を進めるための脳情報処理メカニズム解明への布石となります 3. 発表概要東京大学大学院薬学系研究科の佐々木拓哉助教らの研究グループは ラットに多数の選択肢があるような迷路課題を解かせ 課題を効率的に解くために必要な作業記憶 ( ワーキングメモリ ) が 海馬の神経活動によって形成されていることを解明しました 私たちは 現在の作業に必要な情報を一時的に記憶し その記憶に基づいて一連の作業を効率的に実行することができます これまで 適切な作業記憶を保持するために 海馬やその近傍の歯状回といった脳領域が どのような役割を果たすかは解明されていませんでした 本研究グループは ラットの脳に多数の電極を埋め込み 報酬を得るために迷路課題を解くラットから脳活動を記録しました 解析の結果 海馬 - 歯状回の相互作用から生じる神経細細群の活動が 適切な作業記憶に重要であることを示しました 特筆すべきは 保持する必要がある作業記憶に対応する神経活動は強く保たれており 逆に 不要な記憶に対しては 神経活動が低下するという点です つまり 海馬の神経回路には 保持すべき記憶に対応した神経細胞が存在し これらの細胞が必要に応じて 活動レベルを柔軟に変化させることがわかりました 本研究により 作業記憶における海馬の役割 そしてその神経メカニズムの一端が解明されました 本研究成果は 記憶すべき項目が次々と変化していくような環境において 適切かつ効率的に作業を進めるための脳メカニズムの解明に向けた布石となります 本研究成果は 日本時間 1 月 16 日 ( 火 ) 午前 1 時 ( 米国東部時間 :1 月 15 日 ( 月 ) 午前 11 時 ) 発行の英国科学誌 ネイチャー ニューロサイエンス に掲載されます 1

4. 発表内容研究の背景と経緯動物は 現在の作業に必要な情報を一時的に記憶し その記憶に基づいて一連の作業を効率的に実行することができます こうした記憶は 作業記憶 ( ワーキングメモリ ) と呼ばれており その神経メカニズムの解明のために多くの研究が行われてきました 従来 作業記憶には 前頭皮質や大脳基底核などの脳領域が重要と考えられてきました いっぽう 海馬とその近傍の歯状回といった脳領域は 過去に起こった出来事の長期的な記憶 ( エピソード記憶 ) には重要であることが知られていましたが 作業記憶との関連はほとんど明らかではありませんでした 本研究では このような現状を踏まえ まず海馬 - 歯状回が作業記憶にとって重要な脳領域であるか検証しました また どのような神経活動が働いているか解析しました 研究方法と発見の内容本研究では ラットの脳に数十本の金属電極を慢性的に埋め込み 神経細胞の電気活動を記録しました これらのラットは 8 方向に伸びたアームをもつ放射状迷路において それぞれのアームの端に置かれたチョコレート報酬を得るような行動をとるように訓練されます 最も効率のよい行動は すべてのアームに 1 度ずつ入り報酬を得ることです このような行動をとるためには ラットは これまでに訪れたアームとまだ訪れていないアームをすべて記憶しておく必要があります このような行動課題を 空間作業記憶課題として用いました まず 海馬の近傍に位置する歯状回を破壊したラットでは この課題の成績が有意に低下しました このことから 歯状回の空間作業記憶への必要性が示唆されました 次に このような歯状回破壊ラットにおいて 歯状回からの神経入力を受ける海馬の神経細胞群の活動を解析し 正常ラットとの違いを検証しました 正常ラットでは 各アームにて報酬を得ている時には 神経細胞集団の同期活動が観察されましたが 歯状回破壊ラットではこのような活動は低下していました この同期活動には 動物が特定の位置にいるときに強く活動する海馬の神経細胞 ( 場所細胞 ( 注 1)) の発火が含まれており 特に正常ラットでは これから訪れるべき報酬位置に対応した場所細胞の活動が有意に多く含まれていました すなわち 将来に必要な情報に対応した神経細胞の活動量が高く保たれていることを意味します 一方 課題を正しく解くことができない歯状回破壊ラットでは そのような特徴的な活動は観察されませんでした 以上の結果から (1) 歯状回が海馬神経細胞の同期活動の発生に重要であること (2) 空間作業記憶の保持には 記憶の必要性に応じて 海馬の神経細胞の活動量が適切に制御される必要があること (3) こうした特徴的な活動には 歯状回が必要であること が示されました 今後の展開本研究から 作業記憶に必要な海馬の神経機構の一端が解明されました この結果は 適切かつ効率的に複数の作業を進めるための脳情報処理メカニズム解明への布石となります 今後は 今回解明された神経活動が 前頭皮質など他の脳領域とどのように相互作用するか調べる必要があります また 今回見出された神経活動の時空間パターンを人為的に操作し 行動 2

課題成績の変化を調べる必要があります これらの検証を重ねることで 作業記憶を司る神経活 動がより詳細に解明されていくことが期待されます < 本研究の主な助成事業 > 科学研究費補助金新学術領域 適応回路シフト 公募研究目的志向型の適応行動における海馬回路表象の解析研究代表 : 佐々木拓哉 ( 東京大学大学院薬学系研究科 ) 新学術領域 個性 創発脳 公募研究 個性を担う精神活動の大規模解析 研究代表 : 佐々木拓哉 ( 東京大学大学院薬学系研究科 ) 戦略的創造研究推進事業さきがけ 末梢光変調による精神機能調節の解明 研究代表 : 佐々木拓哉 ( 東京大学大学院薬学系研究科 ) < 本研究の共同研究機関 > 実験は カリフォルニア大学サンディエゴ校にて データ解析 論文執筆は カリフォルニア 大学サンディエゴ校および東京大学大学院薬学系研究科で行われました 5. 発表雑誌雑誌 Nature Neuroscience ( ネイチャー ニューロサイエンス ) 題目 Dentate network activity is necessary for spatial working memory by supporting CA3 sharp-wave ripple generation and prospective firing of CA3 neurons. ( 海馬 - 歯状回ネットワークは空間作業記憶に必要である ) 著者 Takuya Sasaki, Veronica C Piatti, Hwaun Ernie, Siavash Ahmadi, Stefan Leutgeb, Jill K Leutgeb 6. 注意事項 日本時間 1 月 16 日 ( 火 ) 午前 1 時 ( 米国東部時間 :1 月 15 日 ( 月 ) 午前 11 時 ) 以前の公 表は禁じられています 7. 問い合わせ先東京大学大学院薬学系研究科薬品作用学教室助教佐々木拓哉 ( ササキタクヤ ) 113-0033 東京都文京区本郷 7-3-1 携帯 :090-1264-8292 Tel:03-5841-4783 Fax:03-5841-4786 E-mail:tsasaki@mol.f.u-tokyo.ac.jp 3

8. 用語解説 注 1 場所細胞 動物がある特定の場所を通過するときにだけ発火する細胞 1971 年に O'keefe らによって発見され 2014 年にノーベル生理学 医学賞を受賞した 9. 添付資料 図 1 脳に電極を埋め込んだラットに空間迷路を解かせる ラットは 短期間保持される作業記 憶 ( ワーキングメモリ ) を参照して 報酬位置を効率的に訪れる 図 2 歯状回を破壊すると空間作業記憶課題の成績が低下する (A) 左は迷路の概略図 各数字はアームの番号を表す ラットは毎回中央に置かれ アームの端にある報酬まで走る 右は 脳に電極を埋め込んだラットからの記録の様子 (B) 迷路課題の一例 前半フェーズでは ランダムに選ばれた 1つのアームだけが開かれ 報酬にアクセスできる これを 4 回繰り返したのち 後半フェーズでは 残りのアームを自由に選択できる (C) 海馬歯状回の写真 コントロールと比べて 歯状回を破壊したラットでは 歯状回の神経細胞層が消失している ( 矢印 ) (D) 歯状回を破壊した手術の後は 課題の成績が有意に低下する 4

A 海馬神経細胞の同期活動を反映したシャープウェーブリップル波 0.2 mv 250 ms B 海馬リップル波の頻度 (%) >600 400 200 0 reward * # # 0 1 2 3 control 歯状回からの入力線維の残存量 C 海馬の場所細胞 場所受容野 発火位置 アームの順序 1st 2nd 3rd 4th 5th 6th 7th 8th 前向き発火 後向き発火 図 3 海馬神経細胞の同期活動は歯状回からの投射入力に依存する この同期活動には 将来訪れるべき場所に対応した場所細胞の活動が含まれる (A) 海馬では多数の神経細胞が同時に活動する同期活動が検出される これは特徴的な脳波 シャープウェーブリップル波として検出される (B) 報酬時の海馬シャープウェーブリップル波と歯状回からの入力量の関係 歯状回破壊ラットにおいて 歯状回からの入力線維の残存数が多いほど シャープウェーブリップル波の数が増大する (C) 明らかになった海馬場所細胞の発火パターンの概念図 左から右に 8つのアームを辿ると想定し 場所細胞の代表的な発火位置を赤まるで示した この場所細胞は 6 番目のアームにおいて場所受容野をもつが その場所を訪れる前から発火 ( 前向き発火 ) が検出される 5