Microsoft Word - プレス原稿_0528【最終版】

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論文の内容の要旨

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報道発表資料 2008 年 11 月 10 日 独立行政法人理化学研究所 メタン酸化反応で生成する分子の散乱状態を可視化 複数の反応経路を観測 - メタンと酸素原子の反応は 挿入 引き抜き のどっち? に結論 - ポイント 成層圏における酸素原子とメタンの化学反応を実験室で再現 メタン酸化反応で生成

O1-1 O1-2 O1-3 O1-4 O1-5 O1-6

背景光触媒材料として利用される二酸化チタン (TiO2) には, ルチル型とアナターゼ型がある このうちアナターゼ型はルチル型より触媒活性が高いことが知られているが, その違いを生み出す要因は不明だった 光触媒活性は, 光吸収により形成されたキャリアが結晶表面に到達して分子と相互作用する過程と, キ

IS(A-3)- 1 - IS 技術情報 (A3) 遮へい計算ソフト IsoShieldⅡ(Standard) の基礎データ核データ表 五十棲泰人株式会社イソシールド IsoShieldⅡ(Basic) には放射性同位元素からの放射線 (α 線 β 線 γ/x 線および内部転換 / オージェ電子 )

化学結合が推定できる表面分析 X線光電子分光法

報道関係者各位 平成 24 年 4 月 13 日 筑波大学 ナノ材料で Cs( セシウム ) イオンを結晶中に捕獲 研究成果のポイント : 放射性セシウム除染の切り札になりうる成果セシウムイオンを効率的にナノ空間 ナノの檻にぴったり収容して捕獲 除去 国立大学法人筑波大学 学長山田信博 ( 以下 筑

フォルハルト法 NH SCN の標準液または KSCN の標準液を用い,Ag または Hg を直接沈殿滴定する方法 および Cl, Br, I, CN, 試料溶液に Fe SCN, S 2 を指示薬として加える 例 : Cl の逆滴定による定量 などを逆滴定する方法をいう Fe を加えた試料液に硝酸

抄録/抄録1    (1)V

マスコミへの訃報送信における注意事項

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τ-→K-π-π+ν τ崩壊における CP対称性の破れの探索

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日本内科学会雑誌第98巻第4号

日本内科学会雑誌第97巻第7号

鉱物と類似の構造を持つ白雲母の鉱物表面に挟まれた塩化ナトリウム (NaCl) 水溶液が 厚さ 1 ナノメートル ( 水分子約 3 個分の厚み ) 以下まで圧縮されても著しい潤滑性を示すことを実験的に明らかにしてきました しかし そのメカニズムについては解明されておらず 世界的にも存在が珍しいクリープ

プレスリリース 2017 年 4 月 14 日 報道関係者各位 慶應義塾大学 有機単層結晶薄膜の電子物性の評価に成功 - 太陽電池や電子デバイスへの応用に期待 - 慶應義塾基礎科学 基盤工学インスティテュートの渋田昌弘研究員 ( 慶應義塾大学大学院理工学研究科専任講師 ) および中嶋敦主任研究員 (

う特性に起因する固有の量子論的効果が多数現れるため 基礎学理の観点からも大きく注目されています しかし 特にゼロ質量電子系における電子相関効果については未だ十分な検証がなされておらず 実験的な解明が待たれていました 東北大学金属材料研究所の平田倫啓助教 東京大学大学院工学系研究科の石川恭平大学院生

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表紙


8.1 有機シンチレータ 有機物質中のシンチレーション機構 有機物質の蛍光過程 単一分子のエネルギー準位の励起によって生じる 分子の種類にのみよる ( 物理的状態には関係ない 気体でも固体でも 溶液の一部でも同様の蛍光が観測できる * 無機物質では規則的な格子結晶が過程の元になっているの

平成 30 年 8 月 6 日 報道機関各位 東京工業大学 東北大学 日本工業大学 高出力な全固体電池で超高速充放電を実現全固体電池の実用化に向けて大きな一歩 要点 5V 程度の高電圧を発生する全固体電池で極めて低い界面抵抗を実現 14 ma/cm 2 の高い電流密度での超高速充放電が可能に 界面形

■ 質量分析計の原理 ■

目次 2 1. イントロダクション 2. 実験原理 3. データ取得 4. データ解析 5. 結果 考察 まとめ

P1〜14/稲 〃

高集積化が可能な低電流スピントロニクス素子の開発に成功 ~ 固体電解質を用いたイオン移動で実現低電流 大容量メモリの実現へ前進 ~ 配布日時 : 平成 28 年 1 月 12 日 14 時国立研究開発法人物質 材料研究機構東京理科大学概要 1. 国立研究開発法人物質 材料研究機構国際ナノアーキテクト

がんを見つけて破壊するナノ粒子を開発 ~ 試薬を混合するだけでナノ粒子の中空化とハイブリッド化を同時に達成 ~ 名古屋大学未来材料 システム研究所 ( 所長 : 興戸正純 ) の林幸壱朗 ( はやしこういちろう ) 助教 丸橋卓磨 ( まるはしたくま ) 大学院生 余語利信 ( よごとしのぶ ) 教

図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

研究ノート 陽電子消滅法によるアルミニウム合金中の原子空孔挙動観察 Behavior of vacancies in aluminum alloys observed by positron annihilation spectroscopy 井上耕治, 白井泰治京都大学大学院工学研究科 K. In

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natMg+86Krの反応による生成核からのβ線の測定とGEANTによるシミュレーションとの比較

2018/6/12 表面の電子状態 表面に局在する電子状態 表面電子状態表面準位 1. ショックレー状態 ( 準位 ) 2. タム状態 ( 準位 ) 3. 鏡像状態 ( 準位 ) 4. 表面バンドのナローイング 5. 吸着子の状態密度 鏡像力によるポテンシャル 表面からzの位置の電子に働く力とポテン

第90回日本感染症学会学術講演会抄録(I)

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と呼ばれる普通の電子とは全く異なる仮説的な粒子が出現することが予言されており その特異な統計性を利用した新機能デバイスへの応用も期待されています 今回研究グループは パラジウム (Pd) とビスマス (Bi) で構成される新規超伝導体 PdBi2 がトポロジカルな性質をもつ物質であることを明らかにし

電解メッキ初期過程における電極近傍イオン種のリアルタイム観測に成功

日本内科学会雑誌第102巻第4号

気体を用いた荷電粒子検出器

具合が大きくなり 一般相対性理論 3 に基づく重力の記述が破綻するためである この問題を解決する新しいアプローチとして 1997 年米国プリンストン大のマルダセナ教授は ブラックホールの中心を含めて正しく重力を記述する理論を提唱した この理論によれば ちょうどホログラムが立体図形の情報を平面上に記録

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ポイント 太陽電池用の高性能な酸化チタン極薄膜の詳細な構造が解明できていなかったため 高性能化への指針が不十分であった 非常に微小な領域が観察できる顕微鏡と化学的な結合の状態を調査可能な解析手法を組み合わせることにより 太陽電池応用に有望な酸化チタンの詳細構造を明らかにした 詳細な構造の解明により

本研究は 合同研究チームの上田を代表とする文部科学省 X 線自由電子レーザー重点戦略研究課題 文部科学省 X 線自由電子レーザー利用推進研究課題 理化学研究所 SACLA 利用装置提案課題 共同研究拠点課題の各事業の一環として行われました 詳細な説明 1. 背景自由電子レーザーの誕生により 極紫外光

理 化学現象として現れます このような3つ以上の力が互いに相関する事象のことを多体問題といい 多体問題は理論的に予測することが非常に難しいとされています 液体中の物質の振る舞いは まさにこの多体問題です このような多体問題を解析するために 高性能コンピューターを用いた分子動力学シュミレーションなどを

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Solar Flare neutrino for Super Novae Conference

ます この零エネルギーの輻射が量子もつれを共有できることから ブラックホールが極めて高温な防火壁で覆われているという仮説が論理的必然でないことを明らかにしました 本研究の成果は 米国物理学会誌 Physical Review Letters に 2018 年 5 月 4 日 ( 米国東部時間 ) オ

プランクの公式と量子化

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研究の背景有機薄膜太陽電池は フレキシブル 低コストで環境に優しいことから 次世代太陽電池として着目されています 最近では エネルギー変換効率が % を超える報告もあり 実用化が期待されています 有機薄膜太陽電池デバイスの内部では 図 に示すように (I) 励起子の生成 (II) 分子界面での電荷生

Techniques for Nuclear and Particle Physics Experiments Energy Loss by Radiation : Bremsstrahlung 制動放射によるエネルギー損失は σ r 2 e = (e 2 mc 2 ) 2 で表される為

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はじめに

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() 実験 Ⅱ. 太陽の寿命を計算する 秒あたりに太陽が放出している全エネルギー量を計測データをもとに求める 太陽の放出エネルギーの起源は, 水素の原子核 4 個が核融合しヘリウムになるときのエネルギーと仮定し, 質量とエネルギーの等価性から 回の核融合で放出される全放射エネルギーを求める 3.から

機械学習により熱電変換性能を最大にするナノ構造の設計を実現

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記者発表資料

物性物理学 I( 平山 ) 補足資料 No.6 ( 量子ポイントコンタクト ) 右図のように 2つ物質が非常に小さな接点を介して接触している状況を考えましょう 物質中の電子の平均自由行程に比べて 接点のサイズが非常に小さな場合 この接点を量子ポイントコンタクトと呼ぶことがあります この系で左右の2つ

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解法 1 原子の性質を周期表で理解する 原子の結合について理解するには まずは原子の種類 (= 元素 ) による性質の違いを知る必要がある 原子の性質は 次の 3 つによって理解することができる イオン化エネルギー = 原子から電子 1 個を取り除くのに必要なエネルギー ( イメージ ) 電子 原子

本成果は 以下の事業 研究領域 研究課題によって得られました 戦略的創造研究推進事業総括実施型研究 (ERATO) 研究プロジェクト : 伊丹分子ナノカーボンプロジェクト 研究総括 : 伊丹健一郎 ( 名古屋大学大学院理学研究科 / トランスフォーマティブ生命分子研究所拠点長 / 教授 ) 研究期間

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B. モル濃度 速度定数と化学反応の速さ 1.1 段階反応 ( 単純反応 ): + I HI を例に H ヨウ化水素 HI が生成する速さ は,H と I のモル濃度をそれぞれ [ ], [ I ] [ H ] [ I ] に比例することが, 実験により, わかっている したがって, 比例定数を k

目次 1. 目的 2. 原理 2-1オルソポジトロニウムの性質 2-2 寿命の測定 2-3ポジトロニウムの反応 3. 装置と方法 3-1 実験装置 3-2 実験方法 3-3 装置のセットアップ 3-4 回路の配線 3-5TDC による時間測定 3-6 実験環境 4. 結果 解析 4-1ADC キャリ

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素粒子物理学2 素粒子物理学序論B 2010年度講義第4回

学生実験・ガンマ線

平成22年11月15日

PRESS RELEASE (2015/10/23) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

研究紹介 ~粒子線シミュレーション~

生物時計の安定性の秘密を解明

TOKYO UNIVERSITY OF SCIENCE 1-3 KAGURAZAKA, SHINJUKU-KU, TOKYO , JAPAN Phone: 報道関係各位 2018 年 4 月 24 日 擬 2 次元空間に閉じ込められた水に二つの新たな状

1. 内容と成果研究チームは 天の川銀河の中心を含む数度の領域について 一酸化炭素分子が放つ波長 0.87mm の電波を観測しました 観測に使用した望遠鏡は 南米チリのアタカマ砂漠 ( 標高 4800m) に設置された直径 10m のアステ望遠鏡です 観測は 2005 年から 2010 年までの長期

平成18年度サイエンス・パートナーシップ・プログラム(SPP)

これまでの研究と将来構想

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放射線照射により生じる水の発光が線量を反映することを確認 ~ 新しい 高精度線量イメージング機器 への応用に期待 ~ 名古屋大学大学院医学系研究科の山本誠一教授 小森雅孝准教授 矢部卓也大学院生は 名古屋陽子線治療センターの歳藤利行博士 量子科学技術研究開発機構 ( 量研 ) 高崎量子応用研究所の山

第2回 星の一生 星は生まれてから死ぬまでに元素を造りばらまく

プログラム

報道機関各位 平成 30 年 6 月 11 日 東京工業大学神奈川県立産業技術総合研究所東北大学 温めると縮む材料の合成に成功 - 室温条件で最も体積が収縮する材料 - 〇市販品の負熱膨張材料の体積収縮を大きく上回る 8.5% の収縮〇ペロブスカイト構造を持つバナジン酸鉛 PbVO3 を負熱膨張物質

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2 私たちは生活の中で金属製の日用品をたくさん使用していますが 錆びるので困ります 特に錆びやすいのは包丁や鍋などの台所用品です 金属は全て 水と酸素により腐食されて錆を生じますが 台所は水を使う湿気の多い場所なので 包丁や鍋を濡れたまま放置しておくと水と空気中の酸素により腐食されて錆びるのです こ

物理学 II( 熱力学 ) 期末試験問題 (2) 問 (2) : 以下のカルノーサイクルの p V 線図に関して以下の問題に答えなさい. (a) "! (a) p V 線図の各過程 ( ) の名称とそのと (& きの仕事 W の面積を図示せよ. # " %&! (' $! #! " $ %'!!!

研究成果東京工業大学理学院の那須譲治助教と東京大学大学院工学系研究科の求幸年教授は 英国ケンブリッジ大学の Johannes Knolle 研究員 Dmitry Kovrizhin 研究員 ドイツマックスプランク研究所の Roderich Moessner 教授と共同で 絶対零度で量子スピン液体を示

ポリトロープ、対流と輻射、時間尺度

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Transcription:

報道関係各位 2014 年 5 月 28 日 二酸化チタン表面における陽電子消滅誘起イオン脱離の観測に成功 ~ 陽電子を用いた固体最表面の改質に道 ~ 東京理科大学研究戦略 産学連携センター立教大学リサーチ イニシアティブセンター 本研究成果のポイント 二酸化チタン表面での陽電子の対消滅に伴って脱離する酸素正イオンの観測に成功 陽電子を用いた固体最表面の改質に道を拓いた 本研究は 東京理科大学理学部第二部物理学科長嶋泰之教授 立教大学理学部物理学科平山孝人教授 立花隆行助教 ( 元東京理科大学助教 ) のグループによる共同研究です 本成果は米国の科学雑誌 Physical Review B: Rapid Communications 89 巻オンライン版 5 月 27 日付 現地時間 (5 月 27 日付 日本時間 ) に掲載されました < 論文名 > Positron-annihilation-induced ion desorption from TiO2(110) ( 日本語名 : 二酸化チタン (110) 表面からの陽電子消滅誘起イオン脱離 ) 1. 概要東京理科大学 ( 東理大 ) 立教大学( 立教大 ) の研究グループ ( 代表 東理大理学部第二部物理学科長嶋泰之教授 ) は 数 10 ev 1 あるいはそれより低いエネルギーの陽電子 2 を二酸化チタン表面に入射すると 表面上から酸素の正イオン (O + 3 ) が脱離する現象 4 5 を発見しました この結果は 陽電子が固体表面原子の内殻電子と対消滅して内殻に空孔が生じ これが緩和するときに不安定な電荷分布が一時的にできるために 酸素原子が周辺の原子との結合を切断して正イオンとなって放出することを表しています 固体に侵入した陽電子は特定の原子種周辺に集まるという特徴があるため この現象を利用すれば 固体表面に存在する原子種を選択的に取り除くことが可能になります さらに 全くエネルギーを持たない陽電子であっても内殻電子と対消滅することが可能です このため 固体内部に侵入しないような十分低いエネルギーで陽電子を入射することにより 固体内部を損傷することなく試料最表面を構成している原子のみをイオンとして脱離させることができます この手法は 固体最表面の改質に道を拓くことになります 1

2. 背景固体表面に電子線や光を入射して内殻電子を励起すると 内殻に空孔が生じます 内殻に空孔を持つ状態はエネルギー的に不安定なため 原子 分子内で大きな電荷の移動が起こります この過程で 試料表面の原子がイオン化するとともに周辺の原子との結合を切断するのに十分な運動エネルギーを得ることができるので 表面から正イオンが脱離することがあります この様な現象は 1978 年に米国の M. L. Knotek と P. J. Feibelman によって観測されたため Knotek-Feibelman 機構として知られています ただし脱離が起こるためには 入射電子や光子が内殻電子の励起に必要な高いエネルギーを持たなければならないので ある程度固体内部に侵入せざるを得ません 3. 研究内容と成果東理大と立教大のグループは 数 ev から数 10eV のエネルギーを持つ陽電子ビームを二酸化チタン (110) 面に入射すると 表面上から O + イオンが脱離することを明らかにしました 固体に陽電子を入射すると 陽電子はエネルギーを失った後に 表面から飛び出したり 固体中の電子と束縛してポジトロニウムと呼ばれる状態を形成して飛び出したりすることがあります また一部の陽電子は 固体表面付近の電子と対消滅してγ 線になります その中には 原子核と強く束縛された内殻電子と対消滅するものもあります 陽電子が内殻電子と対消滅すると 内殻に空孔が生じます 東理大と立教大のグループが検出に成功したのは この空孔の生成によって脱離した O + イオンです 陽電子と内殻電子との対消滅過程によって固体表面の粒子が脱離することを明らかにしたのは 本研究が初めてです O + イオンは 陽電子の入射エネルギーをいくら低くしても脱離するという結果が得られています このことは 陽電子が固体中に全く侵入しないような低いエネルギーでもイオン脱離が可能であることを示しており 固体最表面を選択的に改質する手法として使えることを意味しています 4. 今後への期待この手法を利用すれば 固体最表面のみからイオンを脱離させることが可能となります このため 試料最表面の改質が可能となり 新たな機能性材料の生成などに道が拓けると期待されます 2

用語解説 1.eV: エネルギーの単位 電子 1 つを 1V の電位差で加速した時に得られるエネルギーを 1eV( 電子ボルト ) という 2. 陽電子 : 電子の反粒子 電子と等しい質量をもち 電荷は正で電子の電荷の絶対値に等しい 放射性同位元素のβ 崩壊や高エネルギー γ 線からの対生成で得られる 電子と出会うと対消滅して主に 2 本のγ 線になる 3. 脱離 : 粒子が固体表面から空間に飛び出していくこと 4. 内殻電子 : 原子核の周りの原子で 価電子より内側に存在する電子のこと 5. 対消滅 : 粒子と反粒子 ( 本文では電子と陽電子 ) が衝突し エネルギー (γ 線 ) となって消滅すること お問い合わせ < 研究内容に関すること> 東京理科大学理学部第二部物理学科教授長嶋泰之 Tel:03-5228-8724 E-mail:ynaga@rs.kagu.tus.ac.jp 立教大学理学部物理学科教授平山孝人 Tel:03-3985-2359 E-mail:hirayama@rikkyo.ac.jp 助教立花隆行 Tel:03-3985-4593 E-mail:tachibana@rikkyo.ac.jp < 報道担当 > 東京理科大学研究戦略 産学連携センター企画管理部門担当 : 宮田 Tel: 03-5876-1530 Fax: 03-5876-1676 E-mail:ura@admin.tus.ac.jp 立教大学リサーチ イニシアティブセンター担当 : 三浦 Tel:03-3985-4608 Fax:03-3985-2458 E-mail:research-koho@rikkyo.ac.jp 3

参考図 図 1 陽電子消滅誘起イオン脱離の概念図 1 表面原子の内殻電子が入射した陽電子と対消滅してγ 線となることにより 内殻に空孔が生成する 2 内殻空孔生成により 原子 分子内で電荷交換や電子放出が起こる 3 電荷移動の結果 運動エネルギーを得た表面原子がイオンとして表面から脱離する 図 2 放出イオンの飛行時間スペクトル Ei は陽電子の試料表面への入射エネルギーを表す このスペクトルより 陽電子の入射に伴って O + イオンが脱離していることがわかる 4

図 3 陽電子の入射エネルギー Ei を変えたときの O + イオン放出量の変化 電子入射の場合に O + が放出される最低エネルギー (34eV) よりも低いエネルギーでも O + イオンが脱離している 5