理科学習における対話過程の分析とその意味に関する研究 ナラティヴ論を基軸とした一考察 in Science Classes. - Based on Narrative Approach - 大木裕未, 長沼武志, 和田一郎 OOKI, Yumi,NAGANUMA, Takeshi,WADA, Ichiro 横浜国立大学大学院教育学研究科, 神奈川県三浦市立剣崎小学校, 横浜国立大学 Graduate School of Education, Yokohama National University, Kenzaki Elementary School, Yokohama National University [ 要約 ] 理科学習において, 他者との協働的な学習により, 対話を通して自己の考えの妥当性を高めていくことは, 資質 能力 の育成に関して大きく寄与すると捉えられ, バフチンをはじめ, 歴史的にも数多く指摘されている それを踏まえ本研究では, ブルーナーの指摘する ナラティヴ論 を基軸とし, 理科学習における対話の内実を詳細に捉え, その意味について検討することを目的とした 結果として, 対話により, 子ども同士でナラティヴの 社会性 として関わり, 他者の発言をアプロプリエーションすることでナラティヴの構築が進むこと, 教師が相互アプロプリエーションし子どもを見取り, ナラティヴの 社会性 として関わることで子どものアプロプリエーションが促され, ナラティヴの構築が進むこと, 対話におけるアプロプリエーションと相互アプロプリエーションによるナラティヴの構築は 時間性 の要素が不可欠であることが明らかとなった [ キーワード ] 対話, ナラティヴ論, 小学校理科 1. 問題の所在と研究の目的 2. 理科学習おける対話の位置づけ 平成 年 3 月に新学習指導要領が公示された 子どもの学習における対話の重要性について, そこでは, 何を学ぶか だけでなく, どのようバフチンをはじめとした多くの理論は有益であに学ぶか, 何ができるようになるか の視点をる バフチンは, 理解とは, 他のテキストたちと取り入れた授業改善が重要であると示された 中の相関と新しいコンテキスト ( 自分の, 現代の, でも, どのように学ぶか については 主体的 未来の ) における意味づけのし直しである と指対話的で深い学び の視点から学習過程を改善す摘している ( バフチン,) これにより, 学習る必要があると提案されている これに見られるを通した理解は, 他者との対話を通して意味づけように, 他者との協働的な学びを通し, 自己の考を行っていくことであり, その意味は文脈えの妥当性を高めていくことは, 子どもの 資質 () に依存するものであると捉えられる 能力 育成に関して大きく寄与すると捉えられる そして, バフチンは すべての言葉は人それぞれ この協働的な学習における, 他者とのやり取りに自分のと, 人のとに分れるが, その境界は入りである対話の重要性は, バフチンやヴィゴツキー, 乱れて, その境界線上で激しい対話の戦いが行わワーチなどにより, 歴史的にも数多く指摘されてれている と指摘している ( バフチン,) いる また, バフチンは言葉の獲得について, 言葉の しかし, 理科学習における対話の内実を詳細に中の言葉は, なかば他者の言葉である それが 自捉えることや, その意味について検討することは, 分の 言葉となるのは, 話者がその言葉の中に自課題であると考えられる これに関わり, 本研究分の志向とアクセントを住まわせ, 言葉を支配し, では, ブルーナーの指摘する ナラティヴ論 に言葉を自己の意味と表現の志向性に吸収した時着目する ( ブルーナー,) それを基に, 理科である と, 他者の言葉を 収奪 することであ学習における対話の詳細を捉え, その意味についると説明している て検討することを目的とした このような指摘を踏まえれば, 学習は他者との 175
相互作用を踏まえた, 社会文化的な視点から捉える必要があると解釈できる このように, 学習を社会文化的な視点で捉えることは, ヴィゴツキーの理論を基軸とするものである ヴィゴツキーは, 人間の概念構築や言葉の意味の習得, 思考などの 高次精神機能 ( ) の発達について, 社会文化的な視点から説明した それによると, 高次精神機能の発達は, 社会 文化との関わりによる 精神間機能 として現れ, その後に個人の思考内部の関わりである 精神内機能 として現れる ( ヴィゴツキー,) 子どもは, 他者や文化資源との関わりにより思考を深め, それを自分の中に 内化 () していくのである 更に, ワーチは, ヴィゴツキーの 内化 の概念を, 習得 ( ) と 専有() の2つ分けて考えることを提案した このうち, 専有() について, バフチンの 収奪 の説明を踏襲し, 他者に属する何かあるものを取り入れ, それを自分のものとする過程 と説明した ( ワーチ,) すなわち, 子どもは他者のものを取り入れ, 自分のものとすることで思考を深めていくと捉えられる また, らは, 教室における教師と子どもの関わりに目を向け, 教室内で子どもがアプロプリエーションを行いながら学習を進めることと同様に, 教師も子どもの考えをアプロプリエーションして捉え, それに対しフィードバックを与え, 考えの更新を促すことを 相互アプロプリエーション () と提案しアプロプリエーションの意味を拡張した ( ) これらのことから, 学習において教師や子どもなどの他者や教材という社会 文化との関わりの中で, 協働的に思考を深め, アプロプリエーションし, 自己のものとしていくことが求められると捉えられる そしてそれは教師の関わりである 相互アプロプリエーション により促されると考えられる これらはすなわち, 学習における対話の成立である 3. ナラティヴ論に基づく対話の意味 次に, 学習において実現を目指される対話の内実を捉える視点として, ブルーナーの ナラティヴ論 の指摘に着目する ブルーナーは, 人間の思考様式について2 種類あると提案した 個別の経験からの思考である ナラティヴ モード と, 体系化 一般化された セオリー モード である また, これら2つの様式は独立しているのではなく, 情報を補完し合う, 相補的な関係であると指摘した ( ブルーナー,) これを踏まえ, & は, 理科学習におけるナラティヴ モードとセオリー モードの相補関係が成立した, 全体の認知構造を ナラティヴ と捉えた そして, ナラティヴの構築を成立させる 7つの要素を示した ( &, ) また, 野口によれば, ナラティヴは, 時間性, 意味性, 社会性 のという3つの性質を有することが指摘されている ( 野口,) これらの指摘について, 大木らは表 1のように整理し, ブルーナーの指摘との関連付けを図った ( 大木ら,) 表 1 ナラティヴの構成要素 ナラティヴは 時間性 を有することにより, 構築が始まる その要素として, 学習の見通しである 志向性 や, 連続して起こる 事象, 個別の 経験 が位置づけられる そして, 時間性 を一貫して持ち, 事象が関連付くことで 構造 が生じる また, 他者の思考や教材を 媒介 として関連付ける このようにして, ナラティヴに 意味性 を帯びる さらに, 意味性 の促進には, 社会性 が関連する 教師や子ども同士で他者の思考について言い換えを図る 語り手 や, 176
解釈し価値づける 読み手 の要素が関連付くことで, ナラティヴの 意味性 はより深化し拡大する このナラティヴの構築過程は, 理科学習において, 子どもの思考が, 経験を拠り所とするものが, 科学的になっていく過程であると捉えられる また, このような子どもの思考の変容は自動的に起こるわけではなく, 他者との対話が不可欠である ( 大木ら,) このようなナラティヴの構築の際, 子ども同士で 語り手 や 読み手 として関連付くことは, 他者の思考をアプロプリエーションする機会であり, それにより 意味性 が関連付くと捉えられる そして, そのようなアプロプリエーションの機会を支えるのはナラティヴの 時間性 であると考えられる また, 教師が, 子どもの思考に対し 語り手 や 読み手 として関連付くことは, 相互アプロプリエーション であり, それに 4. 理科学習における対話過程の分析 4.1 分析方法, 調査時期, 実施対象及び実施単元 本研究では, 図 1に示した視点に基づき, 小学校第 5 学年理科の単元 人の誕生 を事例として, 理科学習における対話の成立について分析を行った そしてそれを基に, 理科学習における対話の意味について考察を行った 本授業実践は, 年 6 月に実施された, 神奈川県内公立小学校第 5 学年 名を対象とした 4.2 授業実践の概要 本授実践は, 小学校理科の単元 人の誕生 ( 全 7 時間 ) に関する学習であり, 表 2で示す内容で計画, 実施した 本稿では, 第 2 次を分析対象として取り上げる 表 2 学習内容の概要 より子どもの思考に 意味性 を関連付かせ, ナ 次 学習内容 ラティヴの構築を促すと捉えられる これらを関連付けると, 図 1のように摸式化できる 1 ( 第 1 2 時 ) どうして人間は誕生までに時間がかかるのかについて学習した 以上より, 図 1に示した視点を用いることで, 理科授業における対話の成立について詳細に捉えることが出来ると考えられる 2 ( 第 3 4 5 時 ) 母親はどのように胎児を守り栄養を与えているのかについて学習した 3 ( 第 6 7 時 ) 胎児は子宮でどのように成長するのかについて学習した 図 1 対話を通じたナラティヴの構築過程 177
5. 結果及び考察 本授業実践では, 人の誕生について明らかにする ことを全体の志向性として学習が進められた その中で, 第 2 次では, 母親はどのように胎児を守り栄養を与えているのか を志向性とし, 班で教科書やインターネットを用いて調査し, それをクラスで共有し, 学習が進められた そのため, 時間性 の要素が保証されていた その際のプロトコルの抜粋を表 3に示す この学習場面では, 母親が胎児を守る仕組み として, 子宮と羊水の機能について対話を通じて思考を深めた 表 3 プロトコルの抜粋 発話 内容 番号 (T: 教師,A~F: 子ども ) T1 じゃあ, 守る仕組みからみんなでやって いこうか (A B 児の班へ発表促す ) A1 守る仕組みをしているのは子宮と羊水 です 子宮は赤ちゃんを守る部屋 子宮 内膜は赤ちゃんが安心して眠れるよう にお布団の役目をしている あと, 寒さ をしのぐこともできる T2 なんで? A2 お布団の役目をしているから B1 次に羊水, 子宮は羊水に満たされてい る だから, 外からの衝撃を和らげるこ ともできる ( 略 ) T3 (C D 児の班へ発表促す ) C1 子宮は, 胎児を育てる 簡単に言うと, 胎児を育てる部屋で, 子宮の内側にある 子宮内膜は, 安心して寝られるようにふ わふわしたお布団の役目をしている T4 少し表現が変わりましたね 何だった? もう一度 C2 ふわふわ ( 略 ) T5 お布団みたいなふわふわって言ったよ ね さっきの班 (A B 児が所属 ) は寒 さをしのげるって言いましたが, 子宮は 衝撃から身を守る役目はあるの? ない の? E1 ある ( 略 ) T6 (E F 児の班は ) それについて少しお 話を付け足せると思うんですよね E2 胎児は子宮の中で育ち, その子宮の中に は羊水という水で満たされています な ので, 衝撃を和らげるし, 子宮も分厚いから,( 子宮で ) 衝撃を和らげた後に, 羊水でも和らげているので, 胎児には衝撃は来ない 例えば,2 段ベッドから飛び降りることあるじゃん その時に, 布団 1 枚の上に飛び込むよりも,2 枚の方が痛くないじゃん 初めにA 児は,A1のように子宮は 胎児を守る部屋 であり, 子宮内膜は布団のような役目をしていると発言した これは,A 児の 布団で眠った という経験と, 母体内での胎児を関係づけた表現である そのため, 布団 というA 児のナラティヴ モードと 子宮で胎児を守っている というセオリー モードが相互作用したナラティヴであると捉えられる この発言を受け,C 児は子宮内膜について ふわふわしたお布団の役目 と発言した これは, 読み手 となりA 児の発言解釈した発言であると考えられる また,A 児の発言 A1における, 子宮内膜はお布団である という考え方をアプロプリエーションした発言であると捉えられる そしてそれを踏まえ,C 児が自己のナラティヴと関連付け,C1の発言をしたと考えられる これにより, お布団 の考えに ふわふわ という質的なイメージが関連付き, 意味が拡大した さらに,E 児は,2 段ベッドでの例えを発言した これは,C 児の 子宮内膜はふわふわなお布団 という発言と,B1の羊水に関する発言について 読み手 となる発言であると捉えられる そしてそれにより,B 児とC 児の思考をアプロプ 178
リエーションし, 自己のナラティヴと関連付け発により, 子どものアプロプリエーションを促し, 言したと考えられる それにより, 母親が胎児をナラティヴの構築が進むことが明らかになった 守る仕組み について, ふわふわなお布団 とい 以上のように, 対話により, 子ども同士で発言う考えに, 羊水の役目を関連付け, 子宮と羊水でをアプロプリエーションすることで, ナラティヴダブルクッションになっている とし, 更に意味の構築を進めた また, 教師が子どもを見取り, を深化 拡大した 相互アプロプリエーションを行うことで, 子ども この場面での教師の介在についてみると, 相互のアプロプリエーションを促し, ナラティヴの構アプロプリエーションを行い, 子どものナラティ築が促進されたと捉えられる ヴに対し 読み手 として機能していることが分 かる T2は,A1の 寒さをしのぐことが出来 6. 本研究の総括と今後の展望 る という発言は 子宮内膜はお布団の役目 と 本研究の成果は以下のようにまとめられる いうことと関連付くと解釈し, 読み手 として機 1) 対話により, 子ども同士で 語り手 や 読能する発言であると捉えられる また,T4は, み手 というナラティヴの 社会性 とし A1の発言をC 児がアプロプリエーションし,C て関わり, 他者の発言をアプロプリエーシ 1の発言をしたことを解釈し, 読み手 として価ョンすることで, 意味性 が関連付き, ナ値付けし, 再度発言を促したと捉えられる そしラティヴの構築が進む てT5は,E 児の表現はこれまで展開された対話 2) 対話において教師が相互アプロプリエーシをより詳細にすると解釈し, 読み手 価値付けし, ョンをし, 子どもを見取り, 語り手 や 読発言を促したと捉えられる み手 というナラティヴの 社会性 としこのように, 教師が, 子どものナラティヴを相て関わることで, 子どものアプロプリエー互アプロプリエーションして捉え, フィードバッションを促す それにより子どものナラテクとして 社会性 の要素で関わっていた それ ィヴに 意味性 が関連付き, その構築を促 進する 図 2 人の誕生 における対話を通じたナラティヴの構築過程 179
3) このような, 対話におけるアプロプリエーションと相互アプロプリエーションによるナラティヴの構築は 時間性 の要素が不可欠である このように, 理科学習における対話について, 図 1に示した視点で捉えられることが明らかとなった それにより, 理科学習における対話は, 子ども同士でアプロプリエーションをし, 社会性 として関わり合うことで, 子どもの思考の深まりであるナラティヴを構築していくことであると捉えられる また, 教師が子どもに対し相互アプロプリエーションをし 社会性 として関連付くことで, 子どものアプロプリエーションを促す 本研究を踏まえ今後は, 対話を通じた学習による, 子どもの思考の質的変容について検討していきたいと考えている 引用及び参考文献 & :,,,,, バフチン( 新谷啓三郎他 訳 ): ことば 対話 テキスト, 平凡社, バフチン( 伊東一郎 訳 ): 小説の言葉, :,,, ブルーナー ( 田中一彦 訳 ): 可能世界の心理, みすず書房,, 野口裕二 : ナラティヴ アプローチ, 勁草書房,, 大木裕未 齊藤武 和田一郎 : ナラティヴ論に基づく対話的な理科授業における子どもの思考 表現の変容過程の分析 臨床教科教育学会誌 第 巻, 第 2 号,, ヴィゴツキー ( 土井捷三 神谷栄司 訳 ): 発達の最近接領域 の理論, 三学出版,, ワーチ( 佐藤公浩他 訳 ): 行為としての心, 北大路書房,, 180