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Transcription:

Bulletin of Aichi Univ. of Education, 65(Humanities and Social Sciences), pp. 145-157, March, 2016 動作名詞 Diskussion の場合 外国語教育講座 ( ドイツ語 ) Über die Nominalisierungen von Verben und Funktionsverbgefügen das Beispiel des Nomen Actionis Diskussion Masahiro NAYA Department of Foreign Languages. Aichi University of Education, Kariya 448-8542, Japan 1. はじめに 現代ドイツ語には動詞を名詞化し それを文法的機能しか有しない機能動詞とともに用 いる機能動詞構造という表現形式が存在する たとえば (1)Das Komitee stellt das Problem zur Diskussion. 委員会はその問題を討議に付す 例文 (1) は 基礎動詞 ( 本稿では動作名詞が派生された元の動詞を基礎動詞と呼ぶ ) である diskutierenが名詞化されてdiskussionとなり それが前置詞 zuを介して機能動詞 stellen と結合したものである この表現は次の基礎動詞を用いた表現の 書き換え であるとされる (2)Das Komitee diskutiert das Problem. 委員会はその問題を討議する そもそも言語には同じ表現価値を有する表現形式は存在しないのであって 例文 (1) と (2) についてもそれぞれ表現価値は異なっている 例文 (2) は問題を討議するという事実を述べているに過ぎないが 例文 (1) は問題を討議の場に提出するという意味であり 実際に討議されるのは将来のことである では機能動詞構造の如何なる働きによってこうした表現価値が付加されるのであろうか 本稿では 議論 を表す動詞 diskutieren について それが名詞化された動作名詞 Diskussion およびそれを構成要素とする機能動詞構造を考察対象とし コーパスを用いた実証的分析によりその表現機能を明らかにする そし 145

て語彙概念構造 (Lexical Conceptual Structure 以下 LCS と略す ) 1 の分析により生成メカニ ズムを解明したいと思う 手順は次の通りである 1) コーパスによる例文収集 2) 機能動詞構造の表現機能の分析 3) 生成メカニズムの解明 本稿で特に 議論 を表す機能動詞構造を取り上げる理由は 前置詞格タイプだけではなく4 格タイプの構造を有するなど発話動詞の中でも機能動詞構造自体のヴァリエーションが豊富であること そしてこのヴァリエーションが如何なるメカニズムに基づくものであるのかを解明する必要があると考えるからである なお機能動詞構造の解明が発話動詞全体の意味構造の解明に繋がればと考えている 2. コーパスによる例文収集 IDS(Institut für Deutsche Sprache)Mannheimのコーパスである Cosmas II を利用して 動作名詞 Diskussion を用いた機能動詞構造の例文収集を行った 表 1は機能動詞 (bringen, setzen, stellen) との結合可能性を調査したものである 表 1 bringen setzen stellen zur Diskussion 69 4 3801 分析の結果 前置詞 zu を介して圧倒的に動詞 stellen との結合を示す例が多いことがわ かった 次にその例 (bringen, stellen) を挙げておこう (3) Diesen Vorschlag sollen die Delegierten in ihren Gemeinden zur Diskussion bringen, bat der Präsident. (St. Galler Tagblatt, 22.11.1999) 長官は代表委員にこの提案を自分の地区に持ち帰って議論して欲しいと頼んだ (4) Er wolle das zur Sprache bringen, was der Innenminister nicht zur Diskussion stellen könne. (Vorarlberger Nachrichten, 01.07.2000) 彼は内務大臣が議論出来なかったことを話そうとしているようだ 表 2 kommen gehen gelangen zur Diskussion 42 2 5 表 2 は機能動詞 (kommen, gehen, gelangen) との結合可能性を示したものである 結合す 146

る例は少ないが ここでは機能動詞 kommen の例のみを挙げておこう (5) Das hochexplosive Problem Jerusalem soll erst zu einem späteren Zeitpunkt zur Diskussion kommen. (Salzburger Nachrichten, 20.05.2000) エルサレムの重大な問題は後になってから議論に付すべきです 表 3 sein bleiben stehen zur Diskussion 0 3 2422 表 3 は機能動詞 (sein, bleiben, stehen) との結合可能性を示したものである stehen と結合 する例を挙げておこう (6) Wie könnte ein Zeitplan aussehen? Diese und andere Fragen werden an diesem Abend zur Diskussion stehen. (St. Galler Tagblatt, 24.03.1999) スケジュールはどんなものか あれやこれやの問題が今晩議論されるだろう 次の表 4は機能動詞 (machen, leisten, führen) との結合可能性を示したものである これ らの動詞の場合 動作名詞は 4 格目的語で表示される 表 4 machen leisten führen Diskussion 4 9 2108 machen や leisten に比べ 機能動詞 führen と結合する例が圧倒的に多い その例を次に挙 げておく (7) Das werden wir 2002 entscheiden. Darüber muss man jetzt keine aufgeregte Diskussion führen. (Mannheimer Morgen, 14.03.2001) それは2002 年に決定しましょう それについては今ここで激しく議論するのは控えなければなりません 以上 動作名詞 Diskussion の機能動詞との結合可能性を示した この調査により前置詞タイプの例では stellenと stehenが 4 格タイプでは führenと結合する例が圧倒的に多いことが判明した 結合の分布に偏りが見られるが これは動作名詞の意味論的特徴に基づくもので詳細な分析が必要である ここでは特に他動詞 自動詞 ( 行為 移動 状態 ) などの相違に視点を据え LCSに基づく分析を行いたいと思う 147

3. 機能動詞構造の表現機能次に機能動詞構造の表現機能について述べる たとえば Langenscheidt の辞書 2 には動詞 diskutierenについて その 1 の項目としてjemand diskutiert mit jemandem über etw. が挙げられ zwei od. mehrere Personen führen ein relativ langes Gespräch über ein Thema( 二ないし数名の人があるテーマについて比較的長い会話を行う ) との説明がある そして2の項目として ein Ausschuß o.ä. diskutiert etw. とあり eine Gruppe von Personen erörtert verschiedene Aspekte eines Themas, damit jeder seine Meinung dazu sagen kann( 委員会などの グループが各自自分の意見を述べるためにあるテーマのさまざまな側面を討議する ) との説明がある また Klappenbachの辞書 3 にはdiskutierenの項目にまず etw. mit jmdm.in wechselseitiger Aussprache erörtern, besprechen, debattieren という説明がありetw. diskutieren の例文が そして次にüber ein Projekt, über einen Vorschlagとの記述がありüber etw.diskutierenの例文が挙げられている また Dudenの辞書 4 では最初に über etw. d. の例が 次にetw. d. の例が挙げられている こうしたさまざまな辞書の記述からも動詞 diskutieren には前置詞格目的語を伴う自動詞としての用法と4 格目的語を伴う他動詞としての用法があることが認められよう こうした自動詞と他動詞の用法について その受動文や対応する機能動詞構造文との比較をしつつ その表現機能の分析を行う 次の文は動詞 diskutierenの自動詞としての例である (8)Das Komitee diskutiert über das Problem. 委員会がその問題について議論する 例文 (8) は das Problem が前置詞格目的語として置かれている さて次は基礎動詞を名 詞化して Diskussion とし 機能動詞 führen の 4 格目的語として置かれている例である (9)Das Komitee führt eine Diskussion über das Problem. この場合 (9) は (8) の書き換え ( 項構造が同じ ) となっているが その表現機能は異 なる たとえば (8) の前置詞格目的語 über das Problem は削除できないが (9) の場合は 削除可能である (9) の場合は前置詞格目的語ではなく 付加語にすぎないからである (10a)* Das Komitee diskutiert. (10b) Das Komitee führt eine Diskussion. ここで前置詞格目的語が削除可能であることは 議論 の対象に目を向けることなく 議論 という動作そのものに視点を据える表現であることを示すものである つまり diskutierenという動詞による表現 (8) は das Problemという対象に対する働きかけ ( 結果を含まない ) を表すのに対して 機能動詞構造による表現 (9) は主語の動作そのものを強調した表現となっているのである さて次は動詞 diskutierenの他動詞としての用法である 148

(11)Das Komittee diskutiert das Problem. この場合 das Problem が4 格目的語として置かれており 対象に対する行為 ( 結果を含む ) を表す つまり委員による討議の結果 das Problemに何らかの影響が及ぶ可能性があるのである さて次は基礎動詞を名詞化してDiskussion とし 前置詞 zu を介して機能動詞 stellenと結びついた例である (12)Das Komittee stellt das Problem zur Diskussion. この文は (11) の書き換えとなっているが 表現価値は全く異なる 日本語では 討議に付す と訳されるが 文字通り問題を討議の場に提出するという意味であり 実際に討議されるのは将来のことである さて次の例は動詞 diskutieren を用いた (11) の受動文である (13)Das Problem wird diskutiert. 次は動作名詞 Diskussion が前置詞 zu を介して機能動詞 stehen と結びついた例である (14)Das Problem steht zur Diskussion. この例は受動文 (13) の書き換えとなっているが 問題が討議の場に提出されているという意味であり 将来の討議に向けた準備が整っているという意味である 動詞 diskutieren とその受動文 そしてその書き換えとなる機能動詞構造文は以上のような表現機能を有しているのである 4. 生成メカニズム本稿における生成メカニズムの分析ではLCS を用いて生成メカニズムを解明したいと思う 影山 (1996) は LCS について次のようなモデルを提示して説明している そもそも LCS の全体 ( 達成 accomplishment) は上位事象と下位事象から成り 上位事象と下位事象はオペレータであるCAUSE で繋がれる 上位事象はACT( 活動 activity) 下位事象は BECOME( 到達 achievement) と STATE( 状態 state) から成る 全ての動詞は上位事象のみから成るもの ( 非能格動詞 ) 下位事象から成るもの( 非対格動詞 ) そして上位事象と下位事象の結合から成るもの ( 使役他動詞 ) に分類される 非能格動詞 : 上位事象 非対格動詞 : 下位事象 使役他動詞 : 上位事象 + 下位事象 149

達成 (accomplishment) 上位事象 CAUSE 下位事象 ACT BECOME STATE 活動 (activity) 到達 (achievement) 状態 (state) 非能格動詞 非対格動詞 本稿で取り上げる機能動詞のうち自動詞 sein, bleiben, stehen は状態 STATE を表す非対格動詞 また自動詞 kommen, gehen, gelangen は到達 BECOME を表す非対格動詞に分類される また使役他動詞 bringen, setzen, stellen および machen, leisten, führen は上位事象と下位事象が CAUSEによって結ばれた達成動詞に分類される 前章では動詞 diskutieren に自動詞と他動詞の用法があることを確認したが ドイツ語の Valenz 辞典 (Helbig/Schenkel) には次のような文構造に関する記載がある 5 Ⅰ diskutieren 1+(2)=3 Ⅱ diskutieren Sn, (Sa/p 1 S/NS daß, w, ob ), (p 2 S) Ⅲ Sn 1. Hum (Die Studenten diskutieren.) 2.Abstr. (als Hum) (Die VEBs diskutieren den Plan) Sa Abstr (Sie diskutieren die Planaufgaben) p 1=über p 1 Sa keine Selektionsbeschränkungen (Sie diskutieren über den Studenten) NS Act (Sie diskutieren daüber, daß~/wer~/ob) p 2=mit p 2 Sd Hum (Er diskutiert mit seinem Freund die Probleme) 以上の記述に基づき 4 格目的語をとる場合と前置詞格目的語をとる動詞 diskutieren の 2 つ の LCS を考えてみよう 影山 (1996) はいわゆる動能構文 6 の LCS を次のように表記して いる 本稿ではこれを A と表示する A:[ event x ACT ON y] そして 4 格目的語をとる他動詞の LCS を次のように表記している これを B と表示する B:[ event x ACT]CAUSE [event y BECOME] 150

Aの構造は yという対象に対して働きかけるだけで y の変化は含意しない これに対してBの構造は x の行為の結果 y が何らかの変化を被ることが表されている このように基礎動詞 diskutierenの意味構造は それぞれ AとBの2 種類があるのである さて問題はこれら2つのLCSのうちどちらを主たる LCSと見做し どちらを副としての LCSと見做すのかということである あるいはそれぞれを動詞 diskutieren の多義として それぞれを主として見做すべきなのであろうか 我々はここで在間 (1994) の発言に耳を傾けたい (15a)Er schüttelt den Baum.( 彼は木を揺する ) (15b)Er schüttelt die Äpfel vom Baum.( 彼は木からリンゴを揺すり落とす ) 在間は当該の動詞を単純に多義語と解釈するのではなく 動詞の語義と統語構造との相互作用によって新しい意味単位が生成されると解釈するべきであると述べている 7 動詞 schüttelnはあくまで 揺する という意味であり それが b 文においては die Äpfel vom Baum という統語構造と相互的に作用し合って 落とす という意味を形成している こうした捉え方により動詞 schütteln の意味について 多義化メカニズムに基づく一般的記述が可能になると述べている 本稿でもこうした考え方を採用したい すると動詞 diskutieren の既述の A と B の2つのLCSは統語構造の働きによって生み出されたものであり その核となる基本的意義は 議論する という継続的行為そのものであるということになる これを LCSで表すと次のようになろう X:[event x ACT] 動詞 diskutieren が 主語 + V+ 前置詞格目的語 という統語構造の中で用いられると LCS の A:[ event x ACT ON y] が生成され 主語 + V+4 格目的語 の中で用いられると LCS の B:[ event x ACT]CAUSE [event y BECOME] が生成されるのである さて動詞 diskutieren が名詞化されDiskussion になるとこのLCS はどうなるのであろうか Grimshow(1990) は動作名詞 Nomen Actionis も LCS を有すると述べている そもそも名詞が動詞的意味を有する動作名詞である限り LCS を有すると考えてよかろう ではLCS の A なのかB なのか あるいは Xの LCSが名詞化によって保持されるのか この点については結合する機能動詞ごとに考えなければならないので まずは機能動詞の LCS について述べたいと思う 第 1 章において動作名詞 Diskussion と結合する機能動詞は 動作名詞を4 格目的語にする場合 führenが圧倒的に多いことを確認した たとえば (16)Er führt eine Diskussion über die Politik. そもそも動詞 führen には 運ぶ 導く 営む 運用する などの意味がある しかし機能動詞として用いられた場合 いずれも する 行う という意味で使用される 動作名詞が本来の意味を担い 機能動詞は文字通り文法的機能しか遂行しないからである こうした点から機能動詞 führenは次の LCSを有していると見做すことが出来よう 8 151

führen:[ x ACT ON y] する 行う は ACT ON という術語で表される 項 x は外項であり y は働きかけの対 象である さてこの項 y に動作名詞 Diskussion の LCS が挿入されることになるが これは既 述の X:[ x ACT] であると考えてよかろう 図示すると次のようになる GV diskutieren:[ x ACT] NA Diskussion:[ x ACT] FV führen:[ x ACT ON y] FV+NA[x ACT ON [x ACT]] 機能動詞の外項 x と動作名詞の外項 x に同一指示がかかり これが主語にリンクされる また ACT ON は ACT に統合され 結局 [x ACT] の LCS が生成されることになる Diskussion führen:[xi ACT ON [xi ACT]] [x ACT] 同一指示 次に機能動詞 stehen と stellen について述べよう 9 そもそもstehen は 立っている 載っている 止まっている などの意味があるが 機能動詞として用いられた場合 ~の状態である という意味を有する 影山 (1996) は静止状態のLCS を次のように表している 場所はz そこに存在するものは yで表される stehen:[ state y BE [ LOC AT z]] stellen には 立たせる 置く 定める などの意味があるが 機能動詞として用いられ た場合 ~ の状態に置く という意味を有する この LCS は stehen の LCS に CAUSE を付 加したものとして表すことができよう stellen:[ x CAUSE [state y BE [ LOC AT z]]] さて動作名詞 Diskussion が機能動詞 stehen と結びつく場合 動作名詞のLCS が機能動詞の LCS の項 z に挿入されることになる では動作名詞の如何なる LCS が挿入されるのであろうか 既述のように動作名詞 Diskussion は X の LCS から統語構造の働きによってAとB の LCS が生み出される たとえばXのLCS が機能動詞 stehen の項 z に挿入されると仮定してみよう 152

NA(X) Diskussion:[ x ACT] FV stehen:[ state y BE [ LOC AT z]] すると次のような統合 LCS が得られることになる FV+NA(X) *[state y BE [ LOC AT TO[x ACT]] この LCS の場合 内項 y が外項 x の外側にあり そもそも LCS としては理論的に成立し ない 同様に A と B の LCS が挿入される場合も成立は不可能である FV+NA(A) *[state y BE [ LOC AT TO [x ACT ON y]]] FV+NA(B) *[state y BE [ LOC AT TO [[ x ACT]CAUSE [y BECOME]]]] これらのLCS ではいずれも内項 y が外項 x の外側に位置している LCS としては理論的に成立しないのである このように X A Bの LCSがいずれも挿入不可能であり しかも外項 x があってはならないとすると 内項 yから成る下位事象の抽出を考えざるを得ない 影山 (1999) は動作名詞 ( デキゴト名詞 ) の形成について次のように述べている 10 基体動詞の語彙概念構造から任意の Event ないし State を取り立て それを派生名詞の形 式役割として設定する 形式役割とはいわゆる特質構造 (Qualia Structure) 11 の一つであるが 語の外的属性 ここでは意味を担う部分のことを意味する さて内項 y が存在するのはLCS の B である つまり動詞の名詞化により動作名詞が形成されると B の LCS の下位事象の部分だけが抜き出されることになる そしてそれが機能動詞の項 zに挿入されることになるのである GV diskutieren:[ x ACT]CAUSE [y BECOME] NA Diskussion:[ y BECOME] FV stehen:[ state y BE [ LOC AT z]] FV+NA zur Diskussion stehen:[ state yi BE [ LOC AT TO[yi BECOME]]] 同一指示 この統合 LCS の項 y には同一指示がかかり一つの項として実現する なおここで述語 AT の補足説明として TO を導入しているが この TO の導入により [y BECOME] の挿入が可 能となっている もし TO が導入されなければ [y BECOME] を挿入することは出来なく 153

なる このTO の導入により 術語 BE の内側に術語 BECOME が位置することが可能となり 将来議論される状況に向かう現在の状況が表現される こうした表現が可能となるのは 術語 TO の導入のお陰なのである さて前章では zur Diskussion stehenが動詞 diskutieren の受動文の書き換えとなっていることを確認した (13)Das Problem wird diskutiert. (14)Das Problem steht zur Diskussion. werden を用いた受動文は外項 x で表される動作主が文中で表示されていないものの 常 に表示される可能性を含んだ表現である たとえば (17)Das Problem wird (von dem Komitee) diskutiert. werden による受動文はシンタクスレベルでの操作により外項 x を消すわけであるが 機能動詞構造 stehen を用いた表現は 意味論レベル (LCS) において外項 x を消す操作をしているため 動作主の存在を完全に消去することが可能となっているのである さて動作名詞 Diskussionは機能動詞 stellenとも結合する その際 stehenの場合と同様に動作名詞の LCSの下位事象だけが抽出され それが機能動詞の項 zに挿入されることになる GV diskutieren:[ x ACT]CAUSE [y BECOME] NA Diskussion:[ y BECOME] FV stellen:[ x CAUSE [state y BE [ LOC AT z]]] FV+NA zur Diskussion stellen:[ x CAUSE [state yi BE [ LOC AT TO [yi BECOME]]]] 同一指示 出来上がった統合 LCS の y の項には同一指示がかかり stellen の 4 格目的語として実現す る さて前章ではこの表現は動詞 diskutieren を用いた表現の書き換えとなっていることを 確認した (11)Das Komittee diskutiert das Problem. (12)Das Komittee stellt das Problem zur Diskussion. こうした書き換えの可能性は それぞれの文に術語 CAUSE が 1 つしか存在しないこと に基づく そしてそれは動詞が動作名詞になる際の LCS の抽出と密接な関係がある もし LCS が抽出されず LCS の B 全体が機能動詞 stellen の項 z に挿入されると考えてみよう 154

NA Diskussion:[x CAUSE [y BECOME]] FV stellen:[ x CAUSE [state y BE [ LOC AT z]]] FV + NA zur Diskussion stellen: [x CAUSE [state y BE [ LOC AT TO[x CAUSE[y BECOME]]]]] この場合 術語 CAUSE が LCS に 2 つ存在しており この文は lassen 文の書き換えでなけ ればならないはずである (18)Er lässt das Komittee über das Problem diskutieren. ところが実際は 例 (11) と (12) で見たようにlassen 文の書き換えではなく 普通の diskutieren 文の書き換えとなっている これは統合 LCS の中に術語 CAUSE が1つしか存在しないことを示すものである これこそ動詞 disukutierenの名詞化の際に下位事象だけが抽出される証拠に他ならないのである 5. さまざまな議論動詞 議論を表す動詞は diskutieren だけではない debattieren, erörtern などの動詞も議論を表 す 動詞 debattieren は前置詞格目的語をとる自動詞 4 格目的語をとる他動詞としての用法 があり 動詞 diskutieren とほぼ同じ使われ方をする (19a)Das Komitee debattiert über das Problem. (19b)Das Komitee debattiert das Problem. また動作名詞 Debatte は動作名詞 Diskussion とほぼ同様の機能動詞との結合分布を示す たとえば 4 格タイプ (20)Das Komitee führt eine Debatte über das Problem. 前置詞格タイプ (21)Das Komitee stellt das Problem zur Debatte. (22)Das Problem steht zur Debatte. このように Diskussion と Debatte は極めてよく似た振る舞いをする 前章で見た生成メカ ニズムもほぼ同様であると見做してよかろう さて動詞 erörtern は前置詞格目的語をとる 自動詞としての用法はなく 4 格目的語をとる他動詞としての用法しかない 155

(23)Das Komitee erörtert das Problem. 動作名詞 Erörterung の機能動詞との結合は Diskussion とは少し異なる たとえば (24a)*Das Komitee führt eine Erörterung über das Problem. (24b)*Das Komitee macht eine Erörterung über das Problem. このように機能動詞 führen や machen とは結合しない また機能動詞 stellen や stehen より も bringen や kommen と結びつく頻度が高い (25)Das Komitee bringt das Problem zur Erörterung. (26)Das Problem kommt zur Erörterung. 動詞 bringenや kommenはもともと移動表現が基本となっており 移動のためには幾ばくかの時間がかかる これに対してstehen と stellen は状態表現が基本となっており 時間的には点的である こうした機能動詞の意味的相違が動作名詞との結合のあり方に関与していることは確かであるが そのマッチングの解明に関しては厳密な意味論的分析が必要となる 今後の課題である 6. まとめ本稿では動詞 diskutieren とその名詞化された動作名詞 Diskussion を取り上げ コーパス分析に基づいて如何なる機能動詞と結合するのかを探った そして結合によって出来た機能動詞構造が如何なる表現機能を有しているのかを明らかにした さらに基礎動詞から如何なるメカニズムに基づいて機能動詞構造が生成されるのかを示し 動詞の名詞化における LCS の抽出と機能動詞との結合による統合 LCS の形成が重要な働きを担っていることを述べた 議論動詞は機能動詞 führen や stellen, stehen とともに用いられ他の発話動詞にはない独特の振る舞いを示す 議論 は発話の一種であるが 集団的な発話であり 必ず相手がある そして議論すべき内容 ( 話題 ) がある 議論動詞の持つこうした意味特性が機能動詞との結合に関与しているものと思われるが これについては稿を改めたい 今後の筆者の課題であり この課題の解決のためにさらに詳細な意味論的分析を行いたいと考えている ( なお インフォルマントとして協力を惜しまれなかった愛知教育大学の Oliver Mayer 氏に 感謝の意を表する ) 156

参考文献 Duden (1977):Das große Wörterbuch der deutschen Sprache in sechs Bänden. Mannheim Helbig, Gerhardt (1979):Problem der Beschreibung von Funktionsverbgefügen im Deutschen. In: Deutsch als Fremdsprache 16 Helbig/Schenkel (1983):Wörterbuch zur Valenz und Distribution deutscher Verben. Tübingen Grimshaw, Jane (1990):Argument Structure. MIT Press Jackendoff, Ray (1990):Semantic Structures. MIT Press Klappenbach/Steinitz (1978):Wörterbuch der Deutschen Gegenwartssprache. Berlin Langenscheidt (2005):Grosswörterbuch Deutsch als Fremdsprache. München Polenz, Peter von (1955):Funktionsverben im heutigen Deutsch. Wirkendes Wort 17, München Popadic, Hanna (1971):Untersuchungen zur Frage der Nominalisierung des Verbalausdruck im heutigen Deutsch. In: IDS 9, Mannheim Pustejovsky, James (1995):The generative Lexicon. MIT Press 小野尚之 (2005): 生成語彙意味論 日英語対照研究シリーズ 9 くろしお出版影山太郎 (1996): 動詞意味論: 言語と認知の接点 くろしお出版影山太郎 (1999): 形態論と意味 英語学演習シリーズ 2 くろしお出版在間進 (1994): 統語構造の意味機能 ドイツ語研究 2 クロノス (1993): 機能動詞構造の生成メカニズム 日本独文学会 ドイツ文学 第 90 号 (2008): デキゴト名詞 SpracheとRedeについて LCSに基づく分析 三重中京大学研究フォーラム 第 4 号 コーパス Cosmas II IDS (Institut für Deutsche Sprache), Mannheim 注 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 Jackendoff(1990) および影山 (1996)S.90 を参照のこと Langenscheidt(2005)S.771 を参照のこと Klappenbach/Steinitz(1978)S.828 を参照のこと Duden(1977)Band 2 S.544 を参照のこと Sn は主格 Sa は対格 p は前置詞 その他の記号については Helbig/Schenkel(1983)S.97 を参照のこと 前置詞格目的語をとる非能格動詞 在間 (1994)S.139 を参照のこと 影山 (1996)S.68 を参照のこと 機能動詞 bringen と kommen は事例も少なく本稿で扱う紙面の余裕はない この LCS は納谷 (2008) を参 照のこと 影山 (1999)S.102 を参照のこと 特質構造は意味的特性を表示するもので 形式役割 構成役割 目的役割 主体役割の 4 つの役割から成 る Pustejovsky(1995) および小野尚之 (2005) を参照のこと (2015 年 9 月 17 日受理 ) 157