平成 26 年 10 月 14 日 子どもが育つ 親も育つ 養育経験が脳の働きに与える影響 概要 養育者は 子どもを見つめ 触れ 声をかけるなど さまざまな感覚を通したやりとりを行います こうした日常的なやりとりの積み重ねは 母子間の愛着形成や子どもの学習が促進すると考えられています しかし それが

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平成 26 年 8 月 21 日 チンパンジーもヒトも瞳の変化に敏感 -ヒトとチンパンジーに共通の情動認知過程を非侵襲の視線追従装置で解明- 概要マリスカ クレット (Mariska Kret) アムステルダム大学心理学部研究員( 元日本学術振興会外国人特別研究員 ) 友永雅己( ともながまさき )


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化を明らかにすることにより 自閉症発症のリスクに関わるメカニズムを明らかにすることが期待されます 本研究成果は 本年 京都において開催される Neuro2013 において 6 月 22 日に発表されます (P ) お問い合わせ先 東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野教授大隅典

報道発表資料 2008 年 7 月 17 日 独立行政法人理化学研究所 単語やメロディーの切れ目に対応する脳活動の記録に成功 - 分節化進行過程の神経活動を 世界で初めて生理学的手法で観察 - ポイント 連続音声に含まれる単語やメロディーの切れ目だけに出現する脳波を発見 脳波の強さは音声分節化と統計

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研究計画書

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4. 発表内容 : 1 研究の背景 先行研究における問題点 正常な脳では 神経細胞が適切な相手と適切な数と強さの結合 ( シナプス ) を作り 機能的な神経回路が作られています このような機能的神経回路は 生まれた時に完成しているので はなく 生後の発達過程において必要なシナプスが残り不要なシナプス

ヒトもチンパンジーも日常生活で笑顔を見せます 自発的微笑が笑顔の起源であるなら, 笑顔を見せる種では自発的微笑が見られる可能性があると考えられます ヒトやチンパンジーとは約 3000 万年前に共通祖先から枝分かれして進化してきたニホンザルも, 遊びのときに口を開けて笑顔を見せます ( プレイフェイス

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2. 手法まず Cre 組換え酵素 ( ファージ 2 由来の遺伝子組換え酵素 ) を Emx1 という大脳皮質特異的な遺伝子のプロモーター 3 の制御下に発現させることのできる遺伝子操作マウス (Cre マウス ) を作製しました 詳細な解析により このマウスは 大脳皮質の興奮性神経特異的に 2 個


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いて認知 社会機能障害は日々の生活に大きな支障をきたしますが その病態は未だに明らかになっていません 近年の統合失調症の脳構造に関する研究では 健常者との比較で 前頭前野 ( 注 4) などの前頭葉や側頭葉を中心とした大脳皮質の体積減少 海馬 扁桃体 視床 側坐核などの大脳皮質下領域の体積減少が報告

記憶を正しく思い出すための脳の仕組みを解明 ~ 側頭葉の信号が皮質層にまたがる神経回路を活性化 ~ 1. 発表者 : 竹田真己東京大学大学院医学系研究科統合生理学教室特任講師 ( 研究当 時 )( 現順天堂大学大学院医学研究科特任講師 ) 2. 発表のポイント : 脳が記憶を思い出すための仕組みは解

別紙 自閉症の発症メカニズムを解明 - 治療への応用を期待 < 研究の背景と経緯 > 近年 自閉症や注意欠陥 多動性障害 学習障害等の精神疾患である 発達障害 が大きな社会問題となっています 自閉症は他人の気持ちが理解できない等といった社会的相互作用 ( コミュニケーション ) の障害や 決まった手

マスコミへの訃報送信における注意事項

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研究の背景社会生活を送る上では 衝動的な行動や不必要な行動を抑制できることがとても重要です ところが注意欠陥多動性障害やパーキンソン病などの精神 神経疾患をもつ患者さんの多くでは この行動抑制の能力が低下しています これまでの先行研究により 行動抑制では 脳の中の前頭前野や大脳基底核と呼ばれる領域が

サカナに逃げろ!と指令する神経細胞の分子メカニズムを解明 -個性的な神経細胞のでき方の理解につながり,難聴治療の創薬標的への応用に期待-

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生物 第39講~第47講 テキスト

Contents

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PowerPoint プレゼンテーション

報道関係者各位 平成 29 年 11 月 8 日国立大学法人筑波大学国立大学法人京都大学国立研究開発法人理化学研究所 自閉スペクトラム症者のコミュニケーション障害に関する新たな視点 ~ 最新の脳波技術を用いた科学的根拠による理解の促進 ~ 研究成果のポイント 1. 自閉スペクトラム症者 (1) の二

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脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

回数テーマ学習内容学びのポイント 2 過去に行われた自閉症児の教育 2 感覚統合法によるアプローチ 認知発達を重視したアプローチ 感覚統合法における指導段階について学ぶ 自閉症児に対する感覚統合法の実際を学ぶ 感覚統合法の問題点について学ぶ 言語 認知障害説について学ぶ 自閉症児における認知障害につ

第4章妊娠期から育児期の父親の子育て 45

NIRS は安価かつ低侵襲に脳活動を測定することが可能な検査で 統合失調症の精神病症状との関連が示唆されてきました そこで NIRS で測定される脳活動が tdcs による統合失調症の症状変化を予測し得るという仮説を立てました そして治療介入の予測における NIRS の活用にもつながると考えられまし

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( 続紙 1) 京都大学博士 ( 教育学 ) 氏名小山内秀和 論文題目 物語世界への没入体験 - 測定ツールの開発と読解における役割 - ( 論文内容の要旨 ) 本論文は, 読者が物語世界に没入する体験を明らかにする測定ツールを開発し, 読解における役割を実証的に解明した認知心理学的研究である 8

研究の背景 ヒトは他の動物に比べて脳が発達していることが特徴であり, 脳の発達のおかげでヒトは特有の能力の獲得が可能になったと考えられています この脳の発達に大きく関わりがあると考えられているのが, 本研究で扱っている大脳皮質の表面に存在するシワ = 脳回 です 大脳皮質は脳の中でも高次脳機能に関わ

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研究組織 研究代表者西山哲成 日本体育大学身体動作学研究室 共同研究者野村一路 日本体育大学レクリエーション学研究室 菅伸江 日本体育大学レクリエーション学研究室 佐藤孝之 日本体育大学身体動作学研究室 大石健二 日本体育大学大学院後期博士課程院生

習う ということで 教育を受ける側の 意味合いになると思います また 教育者とした場合 その構造は 義 ( 案 ) では この考え方に基づき 教える ことと学ぶことはダイナミックな相互作用 と捉えています 教育する 者 となると思います 看護学教育の定義を これに当てはめると 教授学習過程する者 と

報道関係者各位 平成 26 年 5 月 29 日 国立大学法人筑波大学 サッカーワールドカップブラジル大会公式球 ブラズーカ の秘密を科学的に解明 ~ ボールのパネル構成が空力特性や飛翔軌道を左右する ~ 研究成果のポイント 1. 現代サッカーボールのパネルの枚数 形状 向きと空力特性や飛翔軌道との

的な記憶を使って素早く学習しますが 練習時間が長くなると長期的な記憶を使い 長く記憶を残せるようになります 例えば いちど練習してできるようになった運動のやり方を忘れてしまっても 2 回目に練習するときは 1 回目より早くできるようになります これは 短期の記憶が失われても 長期の記憶が残っているか

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1. 背景コンピュータが目覚ましく進歩し 演算速度や記憶容量の大きさでは人の脳を凌駕するスーパーコンピュータも出現してきました しかし 言語を用い 直観を働かせ 抽象や概念を形成し 問題への解答を見いだし 自分自身を改善する 人間のような思考能力を持つ人工知能の実現にはまだ遠い道のりがあるように見え

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子どもの保健 Ⅰ・Ⅱ .indd

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時期 快楽 年齢 0 1歳 自己主張 自己統制 達成 有能感 自己認識 1 3歳 社会的満足 3 7 歳 7 15 歳 15 22歳 22 歳 自己中心的な哺乳 摂食 基礎的身体活動 喃語 感覚遊び 甘え 親子の絆 言語的要求 対人交流 目的遊び 物事に対する関心の喚起 多語文 疑問文の応答 ルール

早稲田大学大学院日本語教育研究科 修士論文概要書 論文題目 ネパール人日本語学習者による日本語のリズム生成 大熊伊宗 2018 年 3 月

脳機能画像・事象関連電位でみたこころの発達

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( 続紙 1 ) 京都大学 博士 ( 薬学 ) 氏名 大西正俊 論文題目 出血性脳障害におけるミクログリアおよびMAPキナーゼ経路の役割に関する研究 ( 論文内容の要旨 ) 脳内出血は 高血圧などの原因により脳血管が破綻し 脳実質へ出血した病態をいう 漏出する血液中の種々の因子の中でも 血液凝固に関

( 続紙 1) 京都大学博士 ( 教育学 ) 氏名田村綾菜 論文題目 児童の謝罪と罪悪感の認知に関する発達的研究 ( 論文内容の要旨 ) 本論文は 児童 ( 小学生 ) の対人葛藤場面における謝罪の認知について 罪悪感との関連を中心に 加害者と被害者という2つの立場から発達的変化を検討した 本論文は

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前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

統合失調症発症に強い影響を及ぼす遺伝子変異を,神経発達関連遺伝子のNDE1内に同定した

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図 1. 微小管 ( 赤線 ) は細胞分裂 伸長の方向を規定する本瀬准教授らは NIMA 関連キナーゼ 6 (NEK6) というタンパク質の機能を手がかりとして 微小管が整列するメカニズムを調べました NEK6 を欠損したシロイヌナズナ変異体では微小管が整列しないため 細胞と器官が異常な方向に伸長し

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報道機関各位 平成 27 年 8 月 18 日 東京工業大学広報センター長大谷清 鰭から四肢への進化はどうして起ったか サメの胸鰭を題材に謎を解き明かす 要点 四肢への進化過程で 位置価を持つ領域のバランスが後側寄りにシフト 前側と後側のバランスをシフトさせる原因となったゲノム配列を同定 サメ鰭の前

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< 研究の背景 > 運動に疲労はつきもので その原因や予防策は多くの研究者や競技者 そしてスポーツ愛好者の興味を引く古くて新しいテーマです 運動時の疲労は 必要な力を発揮できなくなった状態 と定義され 疲労の原因が起こる身体部位によって末梢性疲労と中枢性疲労に分けることができます 末梢性疲労の原因の

ません 高知県立のいち動物公園では,2009 年 4 月に 35 歳の女性サンゴが, 性別の異なる二卵性の双生児 ( 男の子 : ダイヤ, 女の子 : サクラ ) を出産しました ( 図 1) そして, 今日まで, サンゴによる自然哺育が継続しています ふたごが自然哺育によって育つ例は稀であり, 日


Exploring the Art of Vocabulary Learning Strategies: A Closer Look at Japanese EFL University Students A Dissertation Submitted t

様式 3 論文内容の要旨 氏名 ( 神﨑光子 ) 論文題名 周産期における家族機能が母親の抑うつ 育児自己効力感 育児関連のストレス反応に及ぼす影響 論文内容の要旨 緒言 女性にとって周産期は 妊娠 分娩 産褥各期の身体的変化だけでなく 心理的 社会的にも変化が著しいため うつ病を中心とした気分障害

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< 用語解説 > *1 ソーシャルネットワーキングサービス (SNS) インターネット上の交流を通して社会的ネットワークを構築するサービス全般を指す 代表的な SNS として Twitter mixi GREE Mobage Ameba Facebook Google+ Myspace Linked

出発前日の早起きで時差ボケを軽減 シフトワーカーのからだに優しい勤務スケジュールの作成に期待 [ 発表者 ] 郡宏 ( お茶の水女子大学基幹研究院准教授 ) 山口賀章 ( 京都大学薬学研究科助教 ) 岡村均 ( 京都大学薬学研究科教授 ) [ ポイント ] 時差ボケの原因を数学的に解明 東向きの長距

15K01849 研究成果報告書

偶発学習及び意図学習の自由再生に及ぼすBGM文脈依存効果

( 様式乙 8) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 米田博 藤原眞也 副査副査 教授教授 黒岩敏彦千原精志郎 副査 教授 佐浦隆一 主論文題名 Anhedonia in Japanese patients with Parkinson s disease ( 日本人パー

24 京都教育大学教育実践研究紀要 第17号 内容 発達段階に応じてどのように充実を図るかが重要であるとされ CAN-DOの形で指標形式が示されてい る そこでは ヨーロッパ言語共通参照枠 CEFR の日本版であるCEFR-Jを参考に 系統だった指導と学習 評価 筆記テストのみならず スピーチ イン

社会福祉学部 臨床心理学科 占部 友衣さん 社会福祉学部 臨床心理学科 3年 大阪府 桃山学院高等学校 出身 大学入学後 心理学には 社会心理学 や 犯 罪心理学 など 多彩な分野があることを知り 驚きました 私は2年次に犯罪心理学の授業で 非行少年の家族や親子関係に関心をもち 研 究を進めています

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研究の背景これまで, アルペンスキー競技の競技者にかかる空気抵抗 ( 抗力 ) に関する研究では, 実際のレーサーを対象に実験風洞 (Wind tunnel) を用いて, 滑走フォームと空気抵抗の関係や, スーツを含むスキー用具のデザインが検討されてきました. しかし, 風洞を用いた実験では, レー

13 Ⅱ-1-(2)-2 経営の改善や業務の実行性を高める取組に指導力を発揮している Ⅱ-2 福祉人材の確保 育成 Ⅱ-2-(1) 福祉人材の確保 育成計画 人事管理の体制が整備されている 14 Ⅱ-2-(1)-1 必要な福祉人材の確保 定着等に関する具体的な計画が確立し 取組が実施されている 15

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1 発達とそのメカニズム 7/21 幼児教育 保育に関する理解を深め 適切 (1) 幼児教育 保育の意義 2 幼児教育 保育の役割と機能及び現状と課題 8/21 12/15 2/13 3 幼児教育 保育と児童福祉の関係性 12/19 な環境を構成し 個々 1 幼児期にふさわしい生活 7/21 12/

説明項目 1. 審査で注目すべき要求事項の変化点 2. 変化点に対応した審査はどうあるべきか 文書化した情報 外部 内部の課題の特定 リスク 機会 関連する利害関係者の特定 プロセスの計画 実施 3. ISO 14001:2015への移行 EMS 適用範囲 リーダーシップ パフォーマンス その他 (

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平成 26 年 10 月 14 日 子どもが育つ 親も育つ 養育経験が脳の働きに与える影響 概要 養育者は 子どもを見つめ 触れ 声をかけるなど さまざまな感覚を通したやりとりを行います こうした日常的なやりとりの積み重ねは 母子間の愛着形成や子どもの学習が促進すると考えられています しかし それが養育者側の行動や脳に 具体的にどのような影響を与えるのかについてはわかっていませんでした 明和政子教育学研究科教授の研究グループは 田中友香理教育学研究科大学院生らとともに 1 2 歳児を養育中の母親と養育経験のない女性の脳の活動を比較しました その結果 母親は 赤ちゃんことば ( 乳児向けの特別な抑揚を含んだ音声語 ) で発せられた触覚語 ( つるつる ふわふわ等 ) に対し より敏感な脳活動がみられました さらに 日常の養育場面において 触覚語を子どもに頻繁に使うと回答した母親ほど 脳活動が明瞭であることがわかり 養育経験が成人の脳の働きかた ( 脳活動パターン ) に影響することが明らかとなりました この研究成果は 2014 年 10 月 17 日 ( 日本時間 18 時 00 分 ) 発行の Scientific Reports オンライン版に掲載されます 1 背景 私たちは 乳児の目を見つめ その身体や玩具に触れ 話しかけます このように さまざまな身体感覚 ( 視覚や聴覚 触覚など ) を積極的に介した養育行動を行う動物はヒトだけです ヒトの養育行動は 母子間の愛着を形成する 子どもが学習する機会を提供するなど 重要な役割を果たすことが指摘されてきました しかし 養育行動を日々経験することが 養育者の側の行動や脳にどのような影響を与えるのかについては ほとんどわかっていませんでした 2 研究手法 成果 私たちの研究グループは 養育行動の中でもとくに 触覚 と 聴覚 に着目し 養育経験が脳にどのような影響をもたらすのかを実証的に明らかにしようと考えました 調査には 1 歳半から 2 歳の乳児を養育中の母親 17 人と これまで養育経験がない女性 ( 以下 非母親 )17 人が参加しました 彼女たちに 触覚刺激 ( や 1

わらかい布 紙やすり等 ) に触れてもらい その直後に 触覚語 ( ふわふわ ざらざら等 ) を表現した音声刺激をスピーカーから流しました その時の脳活動 ( 事象関連電位, Event-Related-Potentials: ERP) を計測し 触覚語を脳内でどのように処理しているのかを調べました ( 図 1) 図 1 調査方法 ( 上 ) 参加者は まず触覚刺激に触れ その直後に 触覚語( ふわふわ等 ) を表現した音声刺激を聞いた 最後に 直前に聞いた音声刺激と一致する単語を ボタン押しにより選択した ( どう聞こえたかを確認するため ) この一連の流れの脳活動を 脳波計により計測した ( 下 ) 条件は 以下の 2 つとしました (1) 聞いた音声 ( 触覚語 ) が 触れた感触 ( 触覚 ) と一致 あるいは不一致であったかどうか (2) 聞いた音声 ( 触覚語 ) が 赤ちゃん向けの音声であったか ( 対乳児音声 ) または 成人に向けられた音声 ( 対成人音声 ) であったか 2 2 の計 4 パターンの組み合わせからなる実験を行い 母親と非母親の脳活動を比較しました ( 図 2) さらに 母親には 日常場面でどのくらいの頻度で子どもに向けて触覚語を使っているかを 質問紙により回答してもらいました 2

図 2: 音声刺激 ( 触覚語 ) の呈示開始から 1000 ミリ秒間の事象関連電位 (ERP) を抽出し 脳活動の解析を行った (A) 母親と非母親それぞれでみられた ERP 反応の平均値 (B) 前頭脳領域 でみられた 比較的早く現れる脳波反応(N100) 刺激の自動処理を反映すると考えられる (C) 前頭脳領域 でみられた 比較的遅く現れる脳波反応(P200) 単語の音韻処理に関与すると考えられる その結果 次の 3 点が明らかとなりました (1) 母親では 対乳児音声条件において 聞いた音声 ( 触覚語 ) 触れた感覚 ( 触覚 ) との間にみられる一致 / 不一致に対し 明確な脳活動の差異がみられました 他方 非母親では そうした差はみられませんでした ( 図 2(B)(C)) (2) 子どもに対して 日常的に触覚語の使用頻度が高いと回答した母親ほど (1) でみられた脳活動の差異が大きくなりました (3)(2) の結果は 比較的高次な認知処理を反映していると思われる ERP 成分 (P200, N400) でみられました 3

図 3 母親の日常場面での触覚語使用頻度と ERP 反応の関係 X 軸は母親の触覚語使用頻 度 Y 軸はそれぞれの音声条件 ( 対乳児 対成人 ) での一致 / 不一致でみられた脳反応の差 分電位 上列は P200 成分 下列は N400 成分を示す 3 波及効果と今後の予定 この研究では 子どもに対する触覚語の発話頻度と より高次な認知処理過程を反映している ERP 反応との間に相関関係があることを見出しました これは 母親にのみ見られた脳活動の特徴と 養育行動経験とが密接に関連することを示しています 最近 育児に積極的に関わる父親では 自分の子どもと遊んでいる動画を観察すると母親と同じ脳活動がみられるとの報告がありました 本研究の成果は 子どもとの生活経験によって 養育にかかわる行動や脳内情報処理は 女性に遺伝的に埋め込まれているのではなく 経験によって徐々に学習されるものであることの神経学的な証拠を示したといえます 養育経験が 親としての脳の働きかたを形作るのです また 本研究の成果は 身体を使って子どもと関わる ということの重要性も示しています 身体接触を介した母子間の相互作用は 愛着形成といった側 4

面を中心に これまで多くの研究者がその重要性を指摘してきました しかし その神経学的な特徴は いまだ明らかにされていません 今後は 養育者との身体を介した相互作用が 乳児の側の脳の発達にどのような影響を与えるのかについて 神経学的アプローチから科学的 客観的に明らかにする予定です 親は 日々子どもと接する経験を通して 親という存在になっていきます 育児に関するこうした正しい理解を 社会に伝えていくことが何より重要です そのうえで 養育者の心身にとって真に適切な育児支援の方法を 科学的根拠をもって提言していく必要があります 現在 ストレス 虐待など育児にかかわる問題が深刻化しています 脳や身体に起こる生理的側面の変化は 養育者自身が自覚できるものではありません 養育者が自覚可能な心の状態と照らし合わせることで より妥当な評価とそれにもとづく支援が可能となるはずです 私たちは こうした新たな育児評価 支援システムを開発し それを社会に実装するための挑戦を行っているところです 用語解説 脳波 : 大脳皮質で生じた電気活動 ( 神経活動 ) を 頭皮上に設置した電極から計測する手法 神経伝達物質 ( イオン ) の流入や流出に伴うニューロンに電気的な変化が反映される 睡眠や覚醒など状態の特性を測る場合と 外部から刺激を提示している間に起こる電気活動を測る場合 ( 事象関連電位がそのひとつ ) がある 事象関連電位 (Event-related potentials; ERP): 特定の刺激 ( 例 : 高い音 / 低い音 ) を提示した時に その刺激に関連のある神経活動を明らかにする手法 刺激を繰り返し提示し 刺激呈示時間に併せて電位活動を加算平均し 特定の認知活動に関連のある成分を分析する N100 成分 : 刺激呈示から 100 200 ミリ秒にピークを迎える電気活動 聴覚刺激の ( 大きさ 高さなど ) の自動的処理に関する成分 P200 成分 : 刺激呈示から 200-300 ミリ秒に活動のピークを迎える電気活動 音声の音韻情報 ( 母音や子音 ) の区別に関連する成分 N400 成分 : 刺激呈示から 300-500 ミリ秒に活動のピークを迎える電気活動 単語が文脈にあっているかどうかの判断に関連する成分 5

論文情報 Tanaka, Y., Fukushima, H., Okanoya, K., & Myowa-Yamakoshi, M. (2014). Mothers' multimodal information processing is modulated by multimodal interactions with their infants. Scientific Reports, 乳児とのマルチモーダル相互作用経験が 母親の触 聴覚情報統合処理過程に与える影響 研究組織 明和政子 ( 京都大学大学院教育学研究科 教授 ) 岡ノ谷一夫 ( 東京大学大学院総合文化研究科 教授 ) 福島宏器 ( 関西大学社会学部 准教授 ) 田中友香理 ( 京都大学大学院教育学研究科 博士後期課程 2 年 ) 計 4 名 本研究への支援 本研究成果は 以下の事業 研究領域 研究課題によって得られました 1. 科学研究費補助金新学術領域研究研究課題名 : 構成論的発達科学 胎児期からの発達原理の解明に基づく発達障害のシステム的理解 計画班代表 : 明和政子 ( 京都大学大学院教育学研究科教授 ) 研究総括 : 國吉康夫 ( 東京大学大学院文学研究科教授 ) 研究期間 : 2012 年 9 月 ~2017 年 3 月 2. 科学研究費補助金基盤研究 (B) 研究課題名 : ヒトの養育行動における快情動の役割とその進化的基盤 研究代表者 : 明和政子研究期間 : 2012 年 4 月 ~2015 年 3 月 3. 科学技術振興機構 (JST) 研究領域 : ERATO 戦略的創造研究推進事業研究課題名 : 岡ノ谷情動情報プロジェクト研究代表者 : 岡ノ谷一夫 ( 東京大学総合文化研究科教授 ) グループリーダー : 明和政子研究期間 : 2008 年 11 月 ~2014 年 3 月 6