仰岳会会報 第44号 同窓会だより ぎんなん会 第28回金属工学科卒業生 昭和55年卒業 同期会 卒業から32年の月日が流れ みんなの顔を久しぶりに見たくなった 秘湯で酒を酌み交わし 夜通し語 り明かすのはどうだ と提案したのは 金沢市で家業の鉄工所を営む池田君だった 学生時代はその風貌か ら 鶴瓶のニックネームで呼ばれていた男である 自営の身で一番自由がきくからと幹事役をかってでてく れたので とんとん拍子に場所や日程が決まっていった 平成24年11月10 11日の一泊で 金沢市の深谷温泉元湯 石屋 に温泉好きの同級生14人が集まった 石 屋は江戸時代からつづく 加賀藩ゆかりの老舗旅館である 藩政期には 金沢城の半径二里以内に温泉宿を つくることがかたく禁じられていたが 加賀藩家老 前田土佐守が深谷の湯につかると病気が快癒したこと から 藩士や町民など多くの人が利用できるようにと 加賀藩が温泉場整備を命じたことがはじまりである 大正時代には 画家 竹久夢二が 金沢出身の正妻 たまきと里帰りの度に宿泊している 深谷の湯は その名の通り 山に挟まれた深い谷に散り積もった腐葉土の中を長い年月をかけてしみこん だ地下水が湧きでたコーヒー色 琥珀色 のお湯で 美肌と健康の湯として親しまれている 現代的豪華絢 爛な加賀温泉や和倉温泉とは一線を画したひなびた温泉宿で 中庭に設置された能舞台で毎年1回 かがり 火ライブ 薪能 として能公演を行われるなど 古き加賀百万石の趣を残していた 最初は体型や髪型の変化にお互い誰かが分からなかったが 酒が入れば30余年の時間は一気に遡り 学園 祭や仰岳寮祭などや恩師との思い出話が鮮明に蘇えった 皆の酒豪ぶりは健在で 深夜まで社会問題や会社 での人間関係の愚痴を肴に飲み明かすことになった 翌朝はゆっくり目の朝食を取り 還暦の頃の再会を誓 い合って解散した この2日後 穴田博先生の訃報を聞くことになるとは夢にも思いませんでしたが 同級生一同 穴田博先 舟木 記 生のご冥福を心よりお祈りいたします 前列左より 舟木 橋本 池田 土肥 中列左より 瀬良 伊藤 紙屋 星山 後列左より 吉澤 岡部 井上 内山 撮影 杉田 竹田 29
仰岳会会報 第44号 同窓会だより 機械工学科昭和39年度卒の同期会 昭和40年3月に機械工学科を卒業したクラス会が 2012年5月19日午後に ほぼ20年ぶりに富山駅前の名 鉄富山ホテルにおいて開かれた 参加者はクラスのほぼ半数にあたる23名である 久しぶりのクラス会で 最初は 顔と名前が一致せずお互いに他人行儀な挨拶をしていた人たちも多かったようだが 時間が経つう ちに学生時代の記憶が蘇り 50年前から近況までと話が弾むことしきり まだ現役 新現役として働いてい る者もいるが 企業戦士として人生の最も多忙な時期を乗り切り 古稀を迎えた面々には ひと仕事を終え た達成感と安堵感がにじみでて 円熟味がかなり増している風情である 野菜作りや町内会の世話 趣味の 彫刻や写真 旅行 謡いあるいはスポーツジム通いに精を出すなど 仕事人間のときには見られなかったも う一つのタレントぶりを発揮して 残りの半生を楽しむ人たちが過半になっている 一方で 地域行事や趣 味の会主宰 老親の介護などで忙しかったり 本人の体調不良などの理由で クラス会に参加できなかった 人たちも多かった 1次会 2次会と予定の4時間がまたたく間に過ぎ 2年後の次回には 繰り合わせての全員参加を約し て散会した なお同期生の中で 田中昌二君だけは消息が分からず心残りである どなたか消息をご存知の方は 仰岳 会事務局ないし幹事までご連絡をいただければ 幸いである 斎藤 護 20年ぶりの再会に顔がほころぶ機械13回卒の面々 32