28.タンザニアの 風 土 人 と 素 朴 な 民 芸 (1) はじめに 前 回 に 続 いて 今 回 もタンザニアを 題 材 とした タイトルをみて 水 と 関 係 がないではな いかと 批 判 されそうであるが 風 土 の 中 にあって 水 の 存 在 が 如 何 に 大 きいかという 視 点 からお 読 みいただければ 幸 いである 筆 者 は 海 外 調 査 の 合 間 に 地 元 の 民 芸 品 を 収 集 し 持 ち 帰 ってくる 癖 がある それらの 中 で これはというものは 書 斎 に 並 べてあるが その 他 は 物 置 に 積 んだままである 年 を 考 えて 何 とかして と 家 内 からの 苦 情 が 絶 えない もちろん 専 門 家 ではないので 系 統 立 った 話 にはならないが 中 でも 渡 航 回 数 の 多 かっ たタンザニアのものを 紹 介 することにする さて タンザニア 連 合 共 和 国 ( 通 称 タンザニア)は 中 央 アフリカ 東 部 の 共 和 制 国 家 で 図 1 のようにケニア ウガンダ ルワンダ ブルンジ ザンビア マラウイ モザ ンビーク ザイール( 現 コンゴ 民 主 共 和 国 )と 国 境 を 接 し 東 はインド 洋 に 面 している アフリカでも 有 数 の 大 自 然 に 恵 まれ 風 土 豊 かな 国 土 である ウガンダ ビクトリア 湖 コンゴ ケニア タンザニア マサイ 高 原 ザンビア マラウイ ジンバブエ モザンビーク イ ン ド 洋 図 1 タンザニアとその 周 辺 諸 国 ( 出 典 : 世 界 の 地 理 朝 日 百 科 107( 朝 日 新 聞 社 ) 中 南 アフリカ 一 部 加 筆 )
これらの 大 自 然 の 中 で 特 に 心 に 深 く 刻 まれている 風 景 が 3 つある すなわちバオバブ 脚 注 の 木 雨 上 りの 虹 インゼルベルク ) がそれである( 写 真 1~3) 調 査 の 過 程 でタンザニア の 人 々の 美 的 感 覚 が 鋭 いこ とを 知 ってびっくりしたこ とが 一 度 ならずあったが このような 大 自 然 の 中 で 本 能 的 に 培 われてきたものだ ろうか アフリカというと 乾 き きった 緑 乏 しい 大 地 とい うイメージが 強 いが 実 際 写 真 1 巨 大 なバオバブの 木 にタンザニアの 風 土 に 接 する と このイメージはマスコミな どによって 植 えつけられた 先 入 観 が 大 きいような 気 がして くる 写 真 2 雨 上 りの 虹 話 は 余 談 になるが 調 査 報 告 書 の 作 成 に 際 して 表 紙 の 色 を 乾 燥 をイメー ジした 黄 色 系 にして 提 案 し たところ 先 方 機 関 のカウ ンターパートから 緑 色 系 に してくれとの 注 文 がきたが それも 理 のあることと 感 写 真 3 インゼルベルグ じ 入 ったこともある それ 以 来 報 告 書 は 4 号 まで 印 刷 したが 全 部 青 ~ 緑 色 系 である( 図 2) 脚 注 :( 独 :inselberg) なだらかな 傾 斜 をもった 周 囲 の 地 形 から 飛 び 出 した 急 な 斜 面 をもつ 丘 と 定 義 され 乾 燥 地 帯 ( 特 にアフリカ 南 部 )に 特 徴 的 にみられる
図 2 報 告 書 の 表 紙 写 真 4 左 図 の 背 景 となった 風 景 ( 絵 は 筆 者 の 教 え 子 で 現 地 調 査 にも 参 加 した 重 久 恭 子 君 によるもの) (インゼルベルグの 頂 上 からの 景 観 ) (2) タンザニアの 風 土 国 名 のタンザニアは 1964 年 に 統 合 したタンガニーカとザンジバル 両 国 の 頭 文 字 に かつてタンガニーカ 北 部 で 栄 えたアザニア 文 明 ( 別 天 地 の 意 味 )の 名 を 加 えたものに 由 来 している この 国 は 約 130 もの 少 数 部 族 からなっていることが 特 徴 で アフリカ 人 以 外 では インド パキスタン 系 アラブ 系 ヨーロッパ 人 などがいる 初 代 大 統 領 ニエレレの 政 策 で すべての 地 域 にすべての 部 族 が 混 合 して 生 活 している これはウジャマー( 家 族 主 義 社 会 主 義 ) 政 策 と 呼 ばれ 部 族 間 の 対 立 を 少 なくすることを 目 的 としている 言 語 は 部 族 ごとに 異 なっているが 統 一 言 語 としてスワヒリ 語 が 用 いられている タン ザニア 建 国 にあたって 激 しい 部 族 抗 争 がな かったのは 大 きな 部 族 がなかったことに 加 えて 共 通 語 としてスワヒリ 語 が 広 く 使 用 さ 写 真 5 タンザニアの 国 旗 れていたためである なお 国 旗 の 黒 は 国 民
緑 は 国 土 と 農 業 青 はインド 洋 を 表 している( 写 真 5) タンザニアの 地 勢 は 図 3 にあるように 大 きく 3 つに 区 分 される すなわち インド 洋 に 面 した 海 岸 地 方 その 背 後 にあって 北 東 - 南 西 にのびる 山 脈 地 帯 によって 画 された 中 央 部 の 高 原 地 帯 さらに 西 端 部 にあるタンガニーカ 湖 やマラウイ 湖 のある 湖 沼 地 帯 であ る 高 原 の 北 東 部 にはキリマンジャロ 山 (5895m)やメルー 山 (4565m)のあるウサンバラ 山 地 がケニアとの 国 境 を 画 している またマラウイ 湖 の 北 側 には 2000m 級 のキペンゲレ 山 地 が 位 置 している 最 もタンザニアらしい 風 土 が 感 じられるのはマサイ 高 原 のある 内 陸 のサバナ 地 帯 で あろう ダルエスサラームのある 海 岸 地 帯 から 西 に 走 ってモロゴロに 至 り 山 岳 地 帯 を 超 えるとその 草 原 に 入 る ここがマサイ 族 の 世 界 である( 写 真 6,7) 太 陽 が 西 の 地 平 線 に 沈 んで 涼 しくなると 彼 らは 行 動 を 開 始 するのであろうか その 様 子 が 写 真 の 下 にあ るろうけつ 染 めによく 表 現 されている 彼 らは 驚 異 的 な 視 力 を 持 ち 通 常 の 方 法 では 計 測 不 能 な 3.0~8.0 程 度 と 推 測 され 優 れた 暗 視 能 力 も 併 せ 持 つので 暗 いところでも 不 自 由 なく 行 動 できるのである セレンゲティ 国 立 公 園 ンゴロンゴロクレータ Moshi マサイ 高 原 Dodoma キペンゲレ 山 地 マラ La ウイ ke Mtwara Mtwara 湖 M ala 図 3 タンザニアの 地 勢 ( 着 色 は 本 文 にでてくる 場 所 )
写 真 6 日 暮 れのマサイ 高 原 ( 前 方 の 植 物 はタンザニア 特 産 のサイザル 麻 ) 写 真 7 夕 日 の 中 のマサイ 族 ( 単 純 なろうけつ 染 めながら よくその 特 徴 が 表 現 されている 女 性 はマサイ 族 特 有 の 首 飾 りをつけている) (80cm 50cm)
写 真 8 マサイの 戦 士 ( 材 料 は 黒 檀 高 さ 約 50 cm) マサイ 族 といえば ケニア 南 部 からタンザニア 北 部 一 帯 に 居 を 構 える 先 住 民 で マー 語 を 話 す 人 と いう 意 味 である なおマー 語 はナイル 系 の 言 語 と 云 われている 伝 統 的 な 生 活 を 守 って 暮 らしている 民 族 で 非 常 に 勇 敢 でプライドが 高 く 草 原 の 貴 族 と も 呼 ばれる もともとマサイ 族 が 遊 牧 を 行 なってい た 土 地 の 多 くは 動 物 保 護 区 や 国 立 公 園 などに 指 定 されていて 以 前 は 彼 らが 自 由 に 遊 牧 を 行 なうこと ができなかったが 筆 者 が 滞 在 した 当 時 は 動 物 保 護 区 内 での 彼 らの 遊 牧 が 許 可 されるようになっていて その 姿 をよく 見 かけることができた これには 色 々 な 事 情 があるようだが 自 然 の 中 のマサイ 族 そのも のも 観 光 資 源 にしようという 狙 いもあるような 気 が する かつては( 多 分 今 日 でも) 彼 らが 行 動 するときは 必 ず 二 人 ずれで 行 い 万 一 猛 獣 に 襲 われた 場 合 は 一 人 がその 目 標 にされている 間 に 他 の 一 人 がこれを 槍 で 仕 留 めたということだし そもそもライオンはマ サイの 姿 をみると むしろこれを 避 けるともいわれ ている これは 彼 らの 体 臭 や 赤 色 の 着 衣 が 関 係 して いるのだと 現 地 で 聞 いた ことがある いずれにし ても 元 々はマサイ 族 にと って ライオンを 打 負 かすことは 一 人 前 として 認 められるための 風 習 で あったらしい 写 真 8 はマコンデ 彫 刻 ( 後 述 )のマサイの 戦 士 写 真 9 は 典 型 的 なマサイの 男 性 の 横 顔 であ る マサイ 族 は 多 くは 身 長 が 2m 近 く もあり スタイルは 抜 群 で 背 広 を 着 せて 銀 座 あたりを 歩 かせたら 女 性 は 一 様 に 振 り 返 るのではないかと 思 うくらいの 男 前 が 多 い そのような 意 味 を 込 めたものだろ うか ポストカードにはその 姿 をモ 写 真 9 マサイの 男 性 写 真 10 槍 を 手 にしたマサイの 戦 士 ( 高 さ 約 25 cm) ( 手 にしているのは 槍 )
写 真 11 モシ 市 テム 川 写 真 12 モシ 市 の 水 道 水 源 の 一 つ チーフとしたマサイ 族 の 姿 が 画 かれることが 多 い( 写 真 10) マサイ 高 原 と 反 対 に これ が 赤 道 直 下 の 国 か? と 思 わ ず 口 に 出 してしまうような 風 土 は 北 部 のアリューシャ (Alusha) 地 方 であろうか キリ マンジャロの 山 麓 にあたるこ の 地 方 は 水 が 豊 富 で 至 るとこ ろに 湧 水 や 水 流 が 見 られるか らである( 写 真 11) 湧 水 を 水 源 とする 水 道 も 各 地 区 に 敷 設 さ 脚 注 れている ) ( 写 真 12) この 辺 りには 数 多 くのバナナ 農 園 があ り 原 色 の 派 手 な 民 族 衣 服 をま とった 若 い 女 性 たちが 頭 上 の 籠 にバナナをのせて 運 んでいる 姿 が 散 見 される( 写 真 13) このような 風 景 を 乾 燥 した 草 木 を 素 材 とし て 切 り 絵 にし そのポ ストカードがホテルの 売 店 におかれていたり する( 写 真 14) 写 真 13 民 族 衣 装 をまとった 若 い 女 性 たち 写 真 14 草 木 を 素 材 とした 切 り 絵 1 脚 注 :この 地 方 の 地 下 水 はフッ 素 濃 度 が 高 く その 対 策 が 大 きな 課 題 になっている
アリューシャから 北 西 方 向 に 続 く ケニアとの 国 境 をなす 山 岳 地 帯 はタンザニアで 最 も 風 光 明 媚 な 地 域 である( 図 4) キリマンジャロ 山 (5895m)は 言 うに 及 ばず メルー 山 (4565m) ハナン 山 (3418m)などの 名 峰 セレンゲティ 国 立 公 園 やンゴロンゴ ロ(Ngorongoro) 自 然 保 護 区 のある 巨 大 クレーター 人 類 発 祥 の 地 とされ るオルドバイ 峡 谷 マニヤラ 湖 エヤシ 湖 など 大 小 の 湖 沼 群 などがそれであ る つまり 水 と 緑 の 豊 かな 世 界 であり 図 4 タンザニア 北 西 部 地 域 また 肥 沃 な 農 耕 地 も 展 開 し それらの 自 然 に 囲 まれた 人 々の 営 みは 印 象 的 である その 景 観 は 遠 く 離 れた 中 国 雲 南 省 北 部 の 山 岳 地 帯 のそれと 酷 似 しているのが 興 味 深 い( 写 真 15,16) そのあ りようが 素 朴 な 切 り 絵 や( 写 真 17) 多 分 この 地 方 の 湖 水 を 中 心 に 画 いたと 思 われる 象 徴 的 風 景 画 の 題 材 になっている ( 写 真 18,19, 20) 写 真 15 タンザニア 北 西 部 地 域 の 農 耕 地 (Google Earth による)
写 真 16 タンザニア 北 西 部 地 域 の 典 型 的 な 散 村 写 真 17 草 木 を 素 材 とした 切 り 絵 2 写 真 18 ンゴロンゴロ 自 然 保 護 区 付 近 の 湖 畔 民 家 写 真 19,20 湖 畔 の 民 家
(3) 民 芸 の 背 景 としての 自 然 と 人 間 これまでに 述 べてきたことと 重 なるが あらためてこのことについて 想 像 をめぐらせ てみたい 勿 論 専 門 外 のことなので 勝 手 な 思 い 込 みが 強 いことをお 断 りしたうえで 以 下 のような 視 点 から 考 察 してみる 自 然 について 1 原 色 の 世 界 2 スケールの 大 きな 自 然 3 強 烈 な 太 陽 光 線 4 厳 しい 地 水 環 境 人 間 について 5 ウジャマー 思 想 6 音 楽 好 き, 読 書 好 き 7 Jambo! な 人 たち 1 原 色 の 世 界 筆 者 の 主 なフィールドは Dodoma(ドドマ)というところで この 国 のほぼ 中 央 部 に 当 たる ここで 最 初 に 目 にした 強 烈 な 印 象 は 赤 青 緑 のそれぞれが 自 己 主 張 をしてい るような 世 界 だということである 写 真 21 はその 典 型 で 大 地 はラトソル ラトゾル または 紅 土 とも 呼 ばれるサバナや 熱 帯 雨 林 に 特 有 の 赤 色 土 壌 からなり 雲 のあい 間 から 見 える 青 空 とのコントラストが 強 烈 である この 国 で 発 達 したといわれる Tingatinga 脚 注 ) (ティンカ ティンカ ) 絵 画 ( 写 真 22)や 印 象 画 の 題 材 となることの 多 い 夕 暮 れの 湖 水 の 情 景 ( 写 真 23)は まさにこの 国 の 風 土 で 画 かれるべくして 画 かれた と 感 じるので ある 写 真 21 ラテライト 質 の 土 壌 からなる 大 地 脚 注 :このような 画 法 を 考 えだし 広 めたタンザニア 人 の 名 で この 流 れを 汲 む 絵 画 の 代 名 詞 になっ ている
写 真 22 ティンカ ティンカ の 流 れをくむ 絵 画 ( 麻 布 にエナメルペイントで 画 かれている) 写 真 23 黄 昏 の 湖 上 2 スケールの 大 きな 自 然 国 立 公 園 や 自 然 保 護 区 では 文 字 通 り 詩 誌 に 尽 くし 難 い 風 景 に 接 することが 出 来 る 次 ページ 脚 注 ( 写 真 24) しかし ンゴロンゴロ(Ngorongoro) 自 然 保 護 区 ) を 2 度 ほど 訪 ねた が あまりにも 巨 大 なそ の 景 観 を 上 手 く 画 像 に 収 められたことが 無 い 上 述 のティンガティ ンガ 絵 画 でも 野 生 動 物 やそれをとりまく 自 然 をモチーフとした 作 品 は 多 い またマコンデ 彫 刻 でも 野 生 動 物 ( 特 に 象 ) を 彫 ったものが 多 い( 写 真 25,26) 写 真 24 ンゴロンゴロ 自 然 保 護 区 のあるクレーター
写 真 25 ンゴロンゴロ 自 然 保 護 区 の 象 ( 機 嫌 が 悪 そうで こちらに 向 かって 走 ってきた) 写 真 26 親 子 象 のマコンデ 彫 刻 ( 材 料 は 黒 檀 高 さ 約 12 cm) 3 強 烈 な 太 陽 光 線 これは 上 に 述 べた 1との 関 連 が 深 い 原 色 の 世 界 は 赤 道 直 下 という 環 境 で 誇 張 され るからである 日 なたでは 太 陽 の 光 が 強 烈 に 眩 しく 感 じられ 日 陰 に 入 るとその 反 対 に 暗 く 感 じられるという 感 覚 的 なものと 言 えるが 生 まれた 時 からそのような 環 境 で 育 ち それが 体 に 定 着 しているのであろうか したがってティンガティンガ 絵 画 のような 原 色 豊 かな 絵 画 芸 術 は 日 本 のような 環 境 では 生 まれない 我 が 国 でもこのような 絵 を 画 く 人 がいるが これは 真 似 事 に 過 ぎない 脚 注 : 直 径 約 23 kmで 阿 蘇 山 とほぼ 同 程 度 かつてはセレンゲティ 国 立 公 園 の 1 部 だったが 人 間 の 生 活 を 認 める 地 区 として 1959 年 セレンゲティから 切 り 離 された 国 立 公 園 であるセレンゲティで は マサイ 族 の 生 活 を 見 ることはないが ンゴロンゴロでは 放 牧 をしている 姿 をしばしば 見 かける
早 朝 から 照 りつける 強 い 太 陽 光 線 を 反 射 す る 写 真 27 のような 湖 面 の 情 景 は 我 が 国 ではほ とんど 見 ることはない 写 真 27 調 査 地 近 傍 の 人 造 湖 ( 調 査 地 区 のホンボロ 湖 にて) 堰 堤 上 を 着 飾 って 列 をなして 歩 く 人 々は 多 分 礼 拝 に 向 かう 途 中 であろう なおこの 地 域 には 南 アフリカ 共 通 の 特 徴 としてキリスト 教 の 信 者 が 多 い 4 厳 しい 地 水 環 境 地 形 ( 土 壌 )と 水 文 ( 気 象 )は 人 間 生 活 の 基 盤 的 環 境 要 因 といえ 民 族 の 習 俗 や 感 性 すなわち 民 族 性 といったものに 与 える 影 響 は それらが 厳 しいものであればあるほど 大 きいものと 考 えられる a)タンザニアの 気 候 区 分 当 国 の 土 地 住 宅 都 市 開 発 省 (Ministry of Lands, Housing and Urvan Development) が 作 成 した Climate and Design in Tanzania による 気 候 区 分 図 によると 図 5 のように 脚 注 国 土 は 大 きく 6 つに 区 分 される 1) この 図 で 特 に 目 立 つのは 西 部 から 中 央 部 北 東 部 南 西 部 にみる 高 原 地 帯 で これが 国 土 の 約 半 分 を 占 めていることである この 資 料 によ ると その 中 でも 標 高 の 低 い 地 域 は 気 温 が 高 く 年 間 降 水 量 は 500 mm 以 下 の 半 砂 漠 地 帯 となっており 人 口 密 度 が 全 国 で 最 も 低 く 生 活 環 境 としての 快 適 性 の 最 も 低 い 地 域 と 評 価 されている 一 方 東 部 の 海 岸 地 帯 は 平 均 気 温 は 最 高 で 29~31 最 低 で 21.5 ~25 降 水 量 は 750~1,500 mm 西 部 の 湖 水 地 帯 では 平 均 気 温 は 最 高 で 26~28 最 低 で 16~18 降 水 量 は 800~2,900 mmと 高 原 地 帯 との 差 が 顕 著 である b) 土 地 の 肥 沃 度 可 能 利 水 量 図 6 の 国 土 の 肥 沃 度 と 図 7 の 可 能 利 水 度 の 分 布 図 はダルエスサラーム 大 学 の S.A.Hathout(1983)による Soil Atlas of Tanzania の 一 部 で この 2 つの 地 水 環 境 の 厳 しい 地 域 が 図 5 の 高 原 地 帯 とほぼ 一 致 している 点 が 注 目 される 特 に 西 部 から 中 央 部 にかけた 地 域 が 厳 しい 環 境 にあることが 読 みとれる この 地 域 はいろいろなタイプの woodland, bushland, grassland が 混 じりあっている ところで 南 アフリカ 特 有 の 景 観 をなしている スワヒリ 語 でミオンボ(Miombo)と 脚 注 1:この 気 候 区 分 の 原 典 は UNESCO(1967)による
地盤環境エンジニアリング(株)ホームページ 新藤静夫の地下水四方山話 www.jkeng.co.jp よばれる しか し近年焼畑農業 や放牧地のほか 薪炭用材の供給 Moshi Western NorthEastern and 地としての乱開 発が進んで裸地 化した土地が広 がり 環境上問 Central 題となって来て Dodoma Morogoro いる 写真 28 保護地区とし て指定されたと ころでの不法伐 採もおこなわれ 木炭に加工され Surface of the water SouthEastern て 現金収入の 手っ取り早い手 段として 市場 や路傍で売られ 図 5 タンザニアの気候帯 ている 豊かな 生活への志向は タ ン ザ ニ ア の中 で も 特 に 貧 しい こ の 地 域 で も他 と変わらず それ は 再 生 不 可 能な 資 源 の 食 い つぶ し 次ページ脚注 と引 き 換 え に よ って な さ れ て い ると いってもよい 図 7 の可能利 水 度 は 降 水 量と 可 能 蒸 発 量 の差 を 指 標 と し たも のと思われるが 図 6 肥沃度の分布
基 本 的 には 降 水 量 に 支 配 さ れる 図 8 はそ の 降 水 量 の 分 布 で 広 大 な 面 積 を 占 める 中 ~ 西 部 高 原 地 帯 の 欠 水 性 あ るいは 貧 水 性 が 如 実 に 示 さ れている 図 5 タンザニアの 気 候 区 分 図 7 可 能 利 水 度 の 分 布 写 真 28 中 部 高 原 地 帯 ( 失 われつつある ミオンボ) ( 違 法 伐 採 か) 脚 注 : 裸 地 化 とともに 台 地 は 強 烈 な 太 陽 熱 に 晒 されて 表 土 の 固 結 化 が 進 み 降 雨 時 の 表 面 流 出 を 助 長 さ せる 同 時 に 土 壌 の 侵 食 が 進 んで 岩 石 が 露 出 する こういったプロセスは 加 速 的 に 進 行 する
図 8 降 水 量 分 布 ( 出 典 :タンザニア 国 土 情 報 図 ) 5 ウジャマー(Ujamaa) 思 想 ウジャマーとはスワヒリ 語 で 家 族 的 な 連 帯 感 といったようなことを 意 味 するもの で 英 語 ではよく brotherhood と 訳 されることが 多 い タンザニア 初 代 大 統 領 のニ エレレが 国 是 の 柱 とした 理 念 である この 思 想 が 現 在 この 国 にどこまで 根 付 いている のかはわからないが 130 もの 部 族 からなる 国 にもかか わらず 今 日 まで 大 きな 民 族 紛 争 が 起 こっていないこと からみても その 精 神 は 定 着 しているといえよう その 象 徴 ともいえる 民 芸 をマコンデ(Makonde) 彫 刻 に 見 ることが 出 来 る これはタンザニアの 代 表 的 な 民 芸 品 で 使 われる 材 質 は 黒 檀 で 表 面 は 普 通 の 木 であるが 中 は 黒 くて 硬 い( 写 真 29) その 歴 史 は 古 く 300 年 く らい 前 まで 遡 るといわれ タンザニアとモザンビークの 国 境 にまたがる 地 方 に 住 むマコンデ 族 が 始 めたと 言 わ れている そのモチーフは 人 が 重 なり 合 ったウジャマ ーの 他 精 霊 (シェタニ) 人 物 動 物 などがある 写 真 29 マコンデの 材 料 の 黒 檀 (カキノキ 科 カキノキ 属 の 熱 帯 性 常 緑 樹 )
写 真 30 はこのうちのウジャマーと 呼 ばれるもので いずれも 一 族 の 絆 を 象 徴 したも のである 特 に 写 真 30 は 家 長 が 一 族 をかかえ 守 るという 行 為 をあらわしていて 筆 者 が 気 に 入 っている 民 芸 品 の 一 つである 写 真 30 マコンデ 彫 刻 (1) ( 高 さ 約 50 cm) ( 高 さ 約 25 cm) これらの 民 芸 品 の 発 祥 の 地 であるムトワラ(Mtwara)というところは マコンデ 高 原 と 呼 ばれるインド 洋 に 面 した 海 抜 500 800m の 地 帯 で 年 間 を 通 じての 気 温 変 化 が 少 なく 最 高 で 30 前 後 最 低 で 20 前 後 である 降 水 量 も 多 く 年 間 750~1,500mm で 冬 期 に 多 く 夏 期 に 少 ない 植 生 の 種 類 に 富 み 各 種 の 果 物 を 産 し 海 岸 にはマングロ
ーブの 林 が 繁 茂 する 内 陸 部 では 稲 作 も 盛 んに 行 われている もう 一 つの 家 族 愛 を 彷 彿 させるマコンデ 彫 刻 を 写 真 31 に 示 しておく 写 真 31 マコンデ 彫 刻 (2) マサイ 族 の 夫 婦 ( 高 さ 約 25 cm) 家 族 ( 高 さ 約 20 cm) 6 音 楽 好 き, 読 書 好 き これは 筆 者 の 思 い 込 みが 強 いかも 知 れないが このことはたまたま 街 の 売 店 で 購 入 し た2 体 の 彫 塑 像 ( 写 真 32)のあまりにもリアルな 表 情 からそのように 感 じていたし また 接 触 した 現 地 の 人 たちや 滞 在 したホテルで 毎 晩 のように 深 夜 まで 続 けられる 太 鼓 と 歌 声 の 騒 音 で 悩 まされた 経 験 からの 実 感 である また 現 地 の 小 学 生 の 教 科 書 を 見 せてもらったが 何 代 にもわたって 利 用 されたのか 繰 り 返 し 繰 り 返 して 読 まれたのか 分 からないが 擦 り 切 れたページの 様 子 からタンザニ アの 人 たちは 読 書 好 きではないかと 思 った 一 方 右 の 写 真 は 一 種 の 親 指 ピアノともいうべきもので 現 地 ではカリンバとかイリ ンバと 呼 ばれ その 他 にも 多 くの 呼 び 名 がある 金 属 の 棒 を 木 の 箱 などにとめ 親 指 で はじくだけのシンプルな 構 造 の 楽 器 で 左 右 の 親 指 で 金 属 棒 をはじいてでる 透 明 な 音 で ある これはタンザニアやジンバブエをはじめ サハラ 以 南 のアフリカの 多 くの 国 で 愛
用 されている なおオルゴールはこれからヒントを 得 てつくられたともいわれている 小 さくて 持 ち 運 びに 便 利 なので 畑 仕 事 の 合 間 や 日 常 の 中 でも 大 人 が 個 人 の 楽 しみとし て 弾 くことがおおい 写 真 32 読 書 と 楽 器 を 楽 しむ ( 高 さはいずれも 約 15 cm) この 地 で 聞 く 太 鼓 を 主 体 とする 激 しいリズムと こ の 楽 器 で 奏 でられる 物 静 かな 響 きとの 整 合 性 が 理 解 し にくいが それぞれのベースの 地 の 自 然 環 境 が 大 きく 影 響 していると 考 えてもよいように 思 われる すなわ 脚 注 ち 半 乾 燥 地 帯 のマサイ 高 原 ( 写 真 33)では 太 鼓 ) が 似 合 い 静 かなミオンボの 森 ではこのカリンバがよく マッチしているようである 写 真 33 半 乾 燥 気 候 のマサイ 高 原 脚 注 : 脚 注 :スワヒリ 語 で 太 鼓 のことをンゴマと 称 するが 同 時 に 伝 統 的 な 芸 能 音 楽 をも 指 している 乾 燥 しているところほど 良 い 音 が 出 るし それは 広 範 囲 に 広 がる
7 Jambo! な 人 たち 大 きな という 意 味 の 英 語 の Jumbo とは 異 なる スワヒリ 語 では 一 日 中 何 時 でもこ れが 挨 拶 言 葉 になる やー! や 時 と 場 合 によっては よしっ! がぴったりの 場 面 もありそうである 詳 しいことは 分 からないまま 筆 者 はこのような 気 持 ちの 時 に ジ ャンボ!の 言 葉 で 済 ませていたが 彼 らはそれを 受 け 入 れていたところをみると その ような 意 味 あいもあるのではないかという 気 がする また そらーっ! といった 気 合 を 入 れる 時 などに 手 っ 取 り 早 い 言 葉 として 勝 手 に 使 ったりしていたし それに 応 えて くれた とにかく 明 るく 素 直 な 人 たちである( 写 真 34) 写 真 34 観 測 施 設 建 設 の 協 力 者 たち 一 方 まじめで 仕 事 は 器 用 にこなす 村 にはそのよ うな 何 でも 屋 がいて 我 々の 仕 事 の 上 でも 観 測 施 設 などの 絵 を 書 き 目 的 を 説 明 してやると 殆 ど 支 障 なくつくりあげてくれた 最 後 にその 幾 つか の 例 を 紹 介 しておく( 写 真 35,36,37,38) 付 :タンザニアのキリスト 教 は 信 者 数 が 40%と 多 く 人 間 性 の 形 成 に 深 く 関 わっ ている( 原 画 は 現 地 で 入 手 したもの)
流 出 率 の 観 測 施 設 ( 写 真 35) 傾 斜 植 生 の 有 無 土 質 を 変 えて 複 数 個 所 に 設 置 コ ンクリートブロックを 含 め て 全 部 手 作 り 傾 斜 植 生 の 有 無 土 質 を 変 えて 複 数 個 所 に 設 置 コ ンクリートブロックを 含 め て 全 部 手 作 り すべて 表 面 積 は 16m 2 に 統 一 末 端 部 に 流 亡 土 砂 用 の トラップを 付 設 コテを 使 っているのが 器 用 な 現 地 の 何 でも 屋 降 雨 実 験
地 下 水 位 観 測 孔 の 建 設 ( 写 真 36) 堰 の 建 設 ( 写 真 37) 測 量 ( 写 真 38)