長野県下伊那郡阿智村 狐塚1号古墳の調査 第1次調査概要報告書 2009 東海大学文学部歴史学科 考古学第1研究室
1 3 2 4 5 6 7 8 9 1 武陵地1号古墳 2 北本城古墳 3 高岡1号古墳 4 石塚1号 2号古墳 5 郭1号古墳 6 飯沼雲彩寺古墳 7 姫塚古墳 8 上溝天神塚古墳 9 おかん塚古墳 10 塚越1号古墳 11 御猿堂古墳 12 馬背塚古墳 10 11 12 狐塚1号古墳 0 5000m 図1 下伊那の地形と狐塚1号古墳および主要古墳の位置 図2 狐塚1号墳周辺地図 2 周辺環境 しばしば指摘されるように 下伊那地方の古墳は飯田市域を中心に濃密な分布を示している 伊 那谷における前方後円墳の分布の北限は上伊那郡箕輪町所在の松島王墓古墳であるが そこから下 伊那地方の最北に位置する飯田市北本城古墳との間の約 40km には前方後円墳が1基も確認され ていないのとは対照的である 飯田の古墳の出現と展開 資料編 ( 飯田市教育委員会 2007) に掲載されている主要な古墳の 立地をみると 郭1号古墳を除くほぼすべてが 天竜川の東岸にくらべて広い河岸段丘面をもつ西 岸に築かれていることがわかる とくに図1で色分けして示した高位段丘と低位段丘との境界付近 に分布が集中している 狐塚1号古墳が位置するのは これら諸古墳とは異なり 天竜川の支流で ある阿智川沿いの段丘端である 阿智村所在神坂峠遺跡まで西に 12km の地点ということもあり 本古墳の性格究明および下伊那地方所在古墳との関係を考えるさいには こうした特異な立地に留 意する必要がある 2006 年度に実施した同村の遺跡分布調査の結果とあわせて検討していくべき 課題である 3
3 測量調査成果 今回の調査では 1/100 縮尺 25cm コンターの地形 測量を実施した 墳丘については 別途1/50 縮尺 20 cm コンターの地形測量も行った 図3 本古墳は撥形を呈する段丘尾根の先端部に位置し 墳丘麓の標高は約 519.0m で 盛土の流失が顕著であ るものの 墳頂標高約 521.7m 墳径約 18.0 15.0m をはかる 盛土の流失によって 南南西に主軸をとる 玄室天井石が約2m にわたって露出しており 墳丘南 南西麓まで石室天井に使用されたとおもわれる長辺 1m 写真4 測量調査風景 以上の石が点在している また 葺石とされる拳大の円礫は石室羨道付近の墳丘麓でのみ確認され たにとどまり 墳丘斜面に葺石が存在していた可能性は低いとおもわれる M.N. 畑 522.0 20m 10m 0m 0m 521.0 S =1/500 520.0 521.0 520.0 519.0 518.0 517.0 516.0 10m 5m 0m 0m S =1/250 図3 地形 墳丘測量図 4
図4 奥壁付近の構造 521.00m 520.00m 0m 520.00m 521.00m 519.40m 図5 壁面実測図および土師器壺出土位置 7 S=1/50 2m
上伊那郡箕輪町松島王墓古墳の測量調査成果 (2004 年度実施 ) ⑴所在地 長野県上伊那郡箕輪町中箕輪松島 ⑵立地 伊那盆地の北部に位置する箕輪町の松島地区の北端部に位置している 天竜川の第2河岸段丘 東縁に立地し 標高 710m を測る 伊那谷所在の前方後円墳中 最北部に位置するものである ⑶現状 周囲を柵で囲まれており 保存状態は良好である 長野県史 ( 長野県 1983) によると 伊那 谷の全域が一望できるとされるが 現在は杉が林立しており眺望はきかない また 周囲には 小円墳が数基存在していたとされるが 北東にある1基をのこして消滅している ⑸形態 規模 前方後円墳 墳丘長約 60m 後円部径約 32m 高さ約 7.8m 前方部幅約 40m 高さ約7.5m ⑹特記事項 前方部の発達が顕著で 後円部径と前方部長がごく近似した値を示す またくびれ部の両側に三角形状の張り出しがが確認され これが造り出しであるとすれば県内 で唯一の例である 同県下諏訪町木の下所在の青塚古墳と同規格であることが指摘される 705 706 707 708 709 710 711 神社 倉庫 716 715 714 713 S=1/500 松島王墓古墳 712 710 27 20m 0 711 709 1/400