第29回 東京大学農学部公開セミナー



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Transcription:

東 京 大 学 農 学 部 公 開 セミナー 第 48 回 食 卓 を 彩 る 農 学 研 究 講 演 要 旨 集 ~~~~~~~~~~ プログラム ~~~~~~~~~~ 開 会 の 挨 拶 13:3 5 ~ 1 4 : 2 5 和 食 の 中 心 ~ 米 と 魚 水 圏 生 物 科 学 専 攻 教 授 潮 秀 樹 休 憩 ( 10 分 ) 1 4 : 3 5 ~ 1 5 : 2 5 肉 こそ 豊 かな 食 卓 の 主 役 獣 医 学 専 攻 教 授 前 多 敬 一 郎 休 憩 ( 10 分 ) 1 5 : 3 5 ~ 1 6 : 2 5 麹 菌 和 食 を 彩 るミステリー 応 用 生 命 工 学 専 攻 特 任 研 究 員 北 本 勝 ひこ 閉 会 の 挨 拶 司 会 准 教 授 松 本 安 喜 日 時 2015 年 6 月 13 日 ( 土 )13:30~16:30 場 所 東 京 大 学 弥 生 講 堂 一 条 ホール 主 催 東 京 大 学 大 学 院 農 学 生 命 科 学 研 究 科 農 学 部 共 催 ( 公 財 ) 農 学 会

和 食 の 中 心 - 米 と 魚 水 圏 生 物 科 学 専 攻 教 授 潮 秀 樹 1. はじめに 平 成 25 年 に 和 食 ; 日 本 人 の 伝 統 的 な 食 文 化 が ユ ネ ス コ の 無 形 文 化 遺 産 に 登 録 さ れ た の は 記 憶 に 新 し い 日 本 の 国 土 が 南 北 に 長 く 海 と 山 が 近 接 し て い る こ と か ら 季 節 感 に 富 み 各 地 に 根 差 し た 多 様 な 和 食 が 形 成 さ れ て き た また 昨 今 の 健 康 食 ブ ー ム も 影 響 し て 和 食 は 世 界 的 に も 注 目 さ れ て い る 一 方 sushi の 世 界 的 な 評 価 か ら も 和 食 を 語 る う え で 外 せ な い 食 材 が 米 と 魚 で あ る と い え る こ こ で は こ れ ま で の 我 が 国 を 中 心 と し て な さ れ て き た 研 究 成 果 などを も と に 米 と 魚 の 重 要 性 に つ い て 述 べ た い と 思 う 2. 米 食 2015 年 イ タ リ ア ミ ラ ノ 国 際 博 覧 会 の 日 本 館 で も 大 き く 取 り 扱 わ れ て い るが 和 食 の 中 心 は や は り 米 で あ ろ う 米 は 約 3000 年 前 の 縄 文 時 代 に 我 が 国 に 伝 わ っ た と 考 え ら れ て お り そ の 後 長 き に わ た っ て 主 食 と し て 愛 さ れ て きた し か し な が ら 昭 和 30 年 代 以 降 我 が 国 の 米 の 消 費 量 は 減 少 し 現 在 では 1 人 当 た り の コ メ の 年 間 消 費 量 は 60kg に 満 た な い と さ れ て い る この よ う な 米 離 れ の 原 因 は 食 の 欧 米 化 に 伴 い そ の 他 の 主 食 の 摂 取 量 が 多 く な っ た こ と が 大 き な 原 因 で あ る と 考 え られる ま た 近 年 で は コ メ は 太 る な ど と され 敬 遠 さ れ る 傾 向 も み ら れ る 一 般 に 我 が 国 で は 玄 米 を 搗 精 し て 胚 乳 部 分 の み の 白 米 と し そ れ を 炊 い て 米 飯 と し て 食 さ れ る 搗 精 に よ っ て の ぞ か れ る 部 分 が 胚 芽 や 糠 で あ る 胚 乳 の 部 分 は ほ と ん ど が わ れ わ れ の エ ネ ル ギ ー と な る デ ン プ ン で で き て お り そ の デ ン プ ン の 構 造 に よ っ て う る ち 米 と も ち 米 の 違 い が 生 じ る その 他 の 栄 養 素 で あ る 脂 質 タ ン パ ク 質 ビ タ ミ ン な ど は 胚 乳 の 外 側 の 胚 芽 や 糠 の 部 分 に 含 ま れ る そ の た め 米 の 栄 養 素 を 余 す こ と な く 摂 取 す る に は 搗 精 す る 前 の 玄 米 の ま ま 食 す る ほ う が よ い と 考 え ら れ る 3. 米 の 機 能 性 米 は 我 が 国 の 主 食 で あ る が ゆ え に そ の 成 分 に つ い て も 古 く か ら 盛 ん に 研 究 が な さ れ 様 々 な 健 康 機 能 性 成 分 を 含 む こ と が 明 ら か に さ れ て き た これ ら の 機 能 性 成 分 は 上 述 し た 米 の 栄 養 素 と 同 様 に 胚 乳 の 外 側 の 部 分 に 多 く 含 ま れ る タ ン パ ク 質 や 脂 質 な ど の 栄 養 素 の ほ か に 米 に 含 ま れ る 機 能 性 成 分 には ビ タ ミ ン E ト コ ト リ エ ノ ー ル フ ェ ル ラ 酸 な ど の 抗 酸 化 成 分 ガ ン マ ア ミ ノ 酪 酸 ( GABA) 植 物 性 ス テ ロ ー ル ガ ン マ オ リ ザ ノ ー ル イノ 1

シ ト ー ル な ど が あ る 和 食 の 食 材 に は 糠 漬 け の よ う に 米 糠 を 用 い た 発 酵 食 品 や 貯 蔵 食 品 が 多 数 見 受 け ら れ る が 最 初 に 思 い つ い た そ の 当 時 に こ の よ う な 多 様 な 機 能 性 成 分 の 存 在 を 知 る よしもなく 先 人 た ち の 経 験 と 知 恵 には 脱 帽 の 一 言 で あ る 4. 魚 食 魚 食 は 縄 文 時 代 の 貝 塚 か ら ア ジ の 骨 な ど が 見 つ か っ て い る こ と か ら 米 食 と 同 様 に 非 常 に 古 く か ら 行 わ れ て き た も の と 考 え ら れ て おり 我 が 国 が 海 に 囲 ま れ て い る こ と か ら 記 録 以 上 に 古 く か ら 魚 食 が 行 わ れ て き た こ と で あ ろう し か し な が ら 米 と 同 様 に 我 が 国 の 水 産 物 の 消 費 量 は 減 少 し 続 け て お り 平 成 18 年 を 境 と し て 肉 と 魚 の 消 費 量 が 逆 転 し た と は 言 っ て も 消 費 量 は 諸 外 国 に 比 べ て 高 い 一 方 魚 を は じ め と す る 水 産 物 の 需 要 は 世 界 的 に 大 きく 伸 び て お り 我 が 国 と は 逆 の 傾 向 を 示 し て い る また 世 界 の 養 殖 魚 の 生 産 量 は 2011 年 に 牛 肉 の 生 産 量 を 上 回 り 世 界 的 な 需 要 の 増 大 を 支 え て いる 5. 魚 の 機 能 性 魚 肉 に 含 ま れ る タ ン パ ク 質 な ど の 栄 養 素 に つ い て は 畜 肉 に 比 べ て も 遜 色 なく 十 分 な 栄 養 価 が 得 ら れ る こ と が 明 ら か と な っ て い る 1960 年 代 に 行 わ れ た 疫 学 調 査 に よ っ て 魚 油 に 含 ま れ る エ イ コ サ ペ ン タ エ ン 酸 ( EPA)の 摂 取 量 が 多 い グ リ ー ン ラ ン ド イ ヌ イ ッ ト の 人 た ち が 心 臓 疾 患 や 炎 症 疾 患 に 見 舞 わ れ る 確 率 が 低 い と い う こ と が 明 ら か に さ れ た こ れ を 発 端 と し て 水 産 油 脂 ひ い て は そ れ を 含 む 水 産 物 そ の も の の 健 康 機 能 性 が 注 目 さ れ る よ う に な っ た そ の 後 EPA と 類 似 し た 脂 肪 酸 の ド コ サ ヘ キ サ エ ン 酸 ( DHA)や ア ミ ノ 酸 の 一 種 で あ る タ ウ リ ン 抗 酸 化 性 が 強 い ア ス タ キ サ ン チ ン な ど 多 く の 健 康 機 能 性 成 分 が 水 産 物 か ら 見 出 さ れ 水 産 物 の 世 界 的 な 需 要 の 伸 び に 拍 車 を か け て い る 6. 和 食 の 欠 点 こ の よ う に 健 康 機 能 性 に 富 む 米 と 魚 を 中 心 に 添 え る 和 食 は 非 常 に 優 れ て おり 我 が 国 を 長 寿 国 と す る た め の 一 役 を 買 っ て い る と 考 え ら れ る が 欠 点 も あ る 貯 蔵 性 を 高 め る た め に 用 い られる 食 塩 の 量 で あ る WHO の 勧 告 で 一 日 の 塩 分 摂 取 量 : 5g 以 下 が 望 ましいと さ れ た が 我 が 国 の 平 均 摂 取 量 は 成 人 男 子 で 1 日 あ た り 11g 程 度 と 倍 以 上 で あ る こ の よ う な 基 準 を 満 た す た め に は 相 当 の 無 理 を し な け れ ば な ら な い こ れ も 先 人 た ち が ひ と つ の ヒ ン ト を わ れ わ れ に 与 え て く れ て い る 英 語 で も umami と 表 記 さ れ る うま 味 の 利 用 である 水 産 加 工 品 で あ る 昆 布 鰹 節 煮 干 な ど か ら し っ か り と っ た 出 汁 を 用 い る こ と で 塩 分 量 が 少 な く て も 満 足 で き る 味 が 実 現 で き る 我 が 国 で 生 ま れ 和 食 を 支 え る 出 汁 文 化 は わ れ わ れ の 子 孫 の 健 康 も 維 持 し て く れ る か も し れ な い 2

肉 こそ 豊 かな 食 卓 の 主 役 獣 医 学 専 攻 教 授 前 多 敬 一 郎 1. 畜 産 物 と 食 料 危 機 生 活 の 向 上 国 際 連 合 食 糧 農 業 機 関 ( FAO)に 興 味 深 い 統 計 が あ る 世 界 の あ ら ゆ る 地 域 に お い て GDP( 国 内 総 生 産 ) と 肉 の 消 費 量 の 間 に は 正 の 相 関 が あ る と い う の で あ る す な わ ち ど ん な 国 に お い て も 経 済 的 に 豊 か に な れ ば な る ほ ど た く さ ん の 肉 を 食 べ 始 め る の で あ る 肉 を は じ め と し て ソ ー セ ー ジ や ハ ム な ど の 加 工 品 さ ら に は 牛 乳 や 乳 製 品 で あ る バ タ ー や チ ー ズ そ し て 卵 な ど 畜 産 物 に 囲 ま れ た 生 活 は ほ と ん ど の 人 に と っ て 豊 か さ を 感 じ さ せ る 人 類 が め ざ す べ き 最 も 大 き な 目 標 の 一 つ が 貧 困 の 克 服 で あ る こ と は 間 違 い な い だ ろ う 貧 困 は 栄 養 の 不 足 を 招 き 様 々な 病 気 の 原 因 と な る 児 童 奴 隷 や 様 々な 紛 争 も 貧 困 が そ の 根 っ こ に あ る 世 界 の 食 料 事 情 は 決 し て 改 善 し て い な い 世 界 の 穀 物 生 産 量 21 億 ト ン で 養 え る 人 口 は 65 億 人 程 度 で あ り い ま や そ の 人 口 を 大 き く 上 回 っ て い る 人 類 の 食 を 確 保 す る 上 で 畜 産 物 の 生 産 は 大 き な 矛 盾 を は ら ん で い る す な わ ち 牛 肉 や 豚 肉 鶏 肉 を 生 産 す る た め に は 大 量 の 穀 物 を 給 与 し な け れ ば な ら な い か ら で あ る つまり 豊 か な 国 が 大 量 の 畜 産 物 を 食 べ る こ と で 等 比 級 数 的 に 大 量 の 穀 物 を 消 費 し そ れ に よ っ て 世 界 の 食 糧 不 足 が ま す ま す 加 速 し て い く 勝 者 が す べ て を 握 る 貧 富 の 差 は ま す ま す 拡 大 す る その 一 方 で 牛 乳 を は じ め と す る 畜 産 物 が 十 分 に 供 給 さ れ る こ と で 栄 養 が 飛 躍 的 に 改 善 し 乳 幼 児 の 死 亡 率 を 低 下 さ せ る こ と が で き る また 様 々 な 病 気 に 対 す る 罹 患 率 が 低 下 す る 畜 産 物 に よ っ て 生 活 の 質 は 飛 躍 的 に 向 上 す る の で あ る 第 二 次 世 界 大 戦 後 に 日 本 政 府 が 牛 乳 の 生 産 を 国 策 と し て 推 進 し 日 本 人 の 健 康 が 牛 乳 に よ っ て 改 善 さ れ た こ と は わ れ わ れ の 世 代 に と っ て も 記 憶 に 新 し い と こ ろ で あ る 畜 産 物 は 人 類 の 生 活 の 質 の 向 上 に と っ て 欠 か す こ と の で き な い も の で あ る 2. 畜 産 を 変 え た 科 学 畜 産 技 術 の 発 展 に 伴 っ て 産 業 動 物 の 生 産 量 は 飛 躍 的 に 増 大 し て き た 乳 用 牛 は 科 学 の 発 達 に よ り 50 年 前 と は 比 べ も の に な ら な い く ら い 変 容 し た 家 畜 の 一 つ で あ る 現 在 乳 用 牛 の 99% 以 上 を 占 め る ホ ル ス タ イ ン 種 は 年 間 平 均 8,000kg の 牛 乳 を 生 産 す る が 60 年 前 は わ ず か 3,000kg し か 乳 を 出 さ な か っ た こ れ は 人 工 授 精 に よ っ て 急 速 に 品 種 改 良 が 進 ん だ た め で あ る ホ ル ス タ イ ン 種 の ウ シ が も と も と の 能 力 と し て 生 産 す る 牛 乳 は わ ず か 2 3

3kg く ら い で あ る し か し 現 在 平 均 的 な ホ ル ス タ イ ン 種 の ウ シ で も 一 日 に 30kg 近 く 生 産 す る ス ー パ ー カ ウ と 呼 ば れ る 高 泌 乳 牛 で は 一 日 に 80kg 生 産 し た と い う 記 録 が あ る 人 工 授 精 技 術 の 発 達 に よ り 国 民 誰 も が 24 時 間 ど こ で も 新 し い 牛 乳 を 手 に 入 れ る こ と が で き る 世 の 中 が 実 現 し た わ れ わ れ の 食 卓 を 飾 る 和 牛 で も 人 工 授 精 技 術 は 遺 伝 的 な 改 良 に 大 き く 貢 献 し た 適 度 に サ シ が 入 っ た 和 牛 の 肉 は 絶 え 間 の な い 畜 産 技 術 の 向 上 に よ り 実 現 し た 加 え て 世 界 の 畜 産 を 変 え た も う 一 つ の 科 学 の 勝 利 に つ い て 言 及 し て お き た い 2011 年 牛 疫 と い う 病 気 が 世 界 か ら 消 え た ウ シ の 伝 染 病 と い う 意 味 の こ の 病 気 は ウ ィ ル ス に よ っ て 引 き 起 こ さ れ 数 千 年 に わ た り 人 類 を 悩 ま せ て き た 感 染 症 で あ る 18 世 紀 の ヨ ー ロ ッ パ で は 2 億 頭 の ウ シ が 死 ん だ と さ れ て い る 永 年 の 獣 医 学 研 究 に よ り ワ ク チ ン が 開 発 さ れ 牛 疫 の 根 絶 が 宣 言 さ れ る に い た っ た 3. ウ シ の 繁 殖 率 低 下 の 危 機 一 方 乳 用 牛 で も 肉 用 牛 で も 繁 殖 機 能 が 年 々 低 下 し て い る 乳 用 牛 で も 肉 用 牛 で も 優 秀 な 母 親 に 優 秀 な 父 親 の 種 を つ け て 優 秀 な 子 供 を 得 る こ と が 畜 産 農 家 の 至 上 命 題 で あ る 分 娩 後 の は じ め て の 授 精 に よ っ て 妊 娠 す る 割 合 の こ と を 受 胎 率 と 呼 ぶ が 乳 用 牛 で も 肉 用 牛 で も 受 胎 率 は 50% を 切 っ て い る い く ら ウ シ 個 体 の 能 力 が 優 秀 で あ っ て も 受 胎 率 が 低 け れ ば 生 産 は 上 が ら な い ウ シ の 発 情 期 は 21 日 の サ イ ク ル で 回 る 21 日 に 一 度 し か 人 工 授 精 の チ ャ ン ス は 来 な い 一 度 発 情 を 見 逃 せ ば 21 日 間 ウ シ に は 無 駄 飯 を 食 わ せ る こ と に な る こ こ か ら は ま た 科 学 の 出 番 で あ る 受 胎 率 低 下 の 原 因 を 突 き 止 め 100% に す る こ と が わ れ わ れ に 課 せ ら れ た 使 命 で あ る 急 速 な 遺 伝 的 改 良 が そ の 原 因 だ っ た と し た ら 昔 に 戻 る の で は な く 今 わ れ わ れ が も っ て い る 生 産 能 力 を 失 う こ と な く 解 決 し な け れ ば な ら な い そ う で な け れ ば 国 民 の 健 康 人 類 の 健 康 は 守 れ な い 4. 家 畜 の 生 産 を 向 上 さ せ る た め の 科 学 第 二 次 大 戦 後 と に か く ウ シ の 能 力 を 向 上 さ せ 病 気 を な く し 肉 や 牛 乳 卵 を 供 給 し 国 民 の 生 活 の 質 を 向 上 さ せ て き た 畜 産 学 獣 医 学 が ま た 一 つ の 困 難 な 問 題 に ぶ つ か っ た わ れ わ れ 科 学 者 も 手 を こ ま ね い て い る わ け で は な く あ の 手 こ の 手 で 解 決 の 糸 口 を つ か も う と し て い る が 今 回 も な か な か 手 強 い 畜 産 物 が 人 間 の 生 活 を 豊 か に し 平 和 な 世 界 を 手 に す る た め の 手 段 の 一 つ で あ る こ と に 疑 い は な い わ れ わ れ 農 学 者 が 未 来 の 畜 産 を 築 き 上 げ る た め 国 民 の み な さ ま の 応 援 を 切 に お 願 い す る 次 第 で あ る 4

麹 菌 和 食 を 彩 るミステリー 応 用 生 命 工 学 専 攻 特 任 研 究 員 北 本 勝 ひこ 一 昨 年 12 月 ユ ネ ス コ の 無 形 文 化 遺 産 に 登 録 さ れ た 和 食 そ の 味 を 決 め る 醤 油 味 噌 味 醂 清 酒 な ど の 製 造 に は 麹 菌 ( Aspergillus oryzae) が 使 用 さ れ て い る 麹 菌 は 和 食 に と っ て な く て は な ら な い 微 生 物 で あ り 我 が 国 を 代 表 す る 菌 と し て 日 本 醸 造 学 会 に よ り 国 菌 に 認 定 さ れ て い る 麹 菌 は 酵 母 に 比 べ て よ り 複 雑 な 細 胞 構 造 を も つ こ と ま た 古 典 的 遺 伝 学 の 適 用 が 困 難 な こ と か ら 基 礎 的 な 研 究 が 遅 れ て い た し か し 20 年 程 前 か ら 分 子 生 物 学 的 手 法 を 用 い て 様 々 な 解 析 が 進 め ら れ る よ う に な り 2005 年 に は 麹 菌 の 全 ゲ ノ ム 解 析 が 完 了 し 8 本 か ら な る 染 色 体 地 図 も 明 ら か に な っ た こ の ゲ ノ ム 情 報 と 緑 色 蛍 光 タ ン パ ク 質 ( GFP) を 用 い た ラ イ ブ セ ル イ メ ー ジ ン グ 技 術 を 駆 使 し て 麹 菌 細 胞 の 詳 細 な 構 造 も 明 ら か に な っ た 酵 母 と 同 様 に 真 核 細 胞 に 存 在 す る 核 や ミ ト コ ン ド リ ア な ど は 存 在 す る が 一 つ の 細 胞 に 多 数 の 核 が 共 存 す る と い う ユ ニ ー ク な 多 核 生 物 で あ る 麹 菌 は 細 長 い 細 胞 が 連 続 し て つ な が り 糸 状 の 菌 糸 を 形 成 し て 生 長 す る 生 育 に と も な い 空 中 に 向 か っ て 伸 び る 菌 糸 ( 気 中 菌 糸 )を 立 ち 上 げ そ の 先 端 に 胞 子 ( 正 し くは 分 生 子 ) を 形 成 す る ( 図 1 図 2 ) 麹 菌 の ル ー ツ に 関 し て は こ れ ま で 中 国 か ら 伝 来 し た と い う 説 と 日 本 で 独 自 に 分 離 さ れ た と い う 説 が あ っ た し か し 麹 菌 と 近 縁 の カ ビ の ゲ ノ ム 解 析 の 結 果 な ど か ら 麹 菌 ( A. oryzae)は Aspergillus flavus を 祖 先 と し て 家 畜 化 さ れ た 微 生 物 で あ る と い う 説 が 有 力 に な っ て き た A. flavus が 長 い 年 月 を か け て 家 畜 化 さ れ て A. oryzae と な っ た と い う も の で あ る 日 本 に は 室 町 時 代 か ら 優 良 な 麹 菌 の 胞 子 を 販 売 す る 種 麹 屋 ( も や し 屋 )が 存 在 し て い る こ の 世 界 で 最 も 古 い バ イ オ 産 業 と も 言 え る 種 麹 屋 に よ り 麹 菌 は 数 百 年 以 上 も の 長 い あ い だ 優 良 菌 株 が 綿 々 と 植 え 継 ぎ さ れ て 得 ら れ た 菌 株 す な わ ち 家 畜 化 さ れ た 菌 株 が A. oryzae と い う こ と に な る 家 畜 化 さ れ た 微 生 物 で あ る と い う 観 点 か ら みた 麹 菌 の 最 近 の 知 見 は 次 の よ う に な る 1 ) A. flavus が α ア ミ ラ ー ゼ 遺 伝 子 を 1 つ だ け 持 つ の に 対 し て A. oryzae は amya amyb amyc の 3 つ の 遺 伝 子 を も つ 麹 の 重 要 な 働 き は 米 澱 粉 の 糖 化 で あ る こ と を 考 え る と 家 畜 化 の 過 程 で α ア ミ ラ ー ゼ 遺 伝 子 が 増 幅 し た も の が 選 ば れ た と 考 え ら れ る 2 ) A. flavus は 暗 培 養 条 件 で は 分 生 子 形 成 が 抑 制 さ れ る の に 対 し て A. oryzae は 分 生 子 形 成 が 促 進 さ れ る こ の 性 質 は 江 戸 時 代 以 前 の 種 麹 製 造 が 通 常 地 下 も し く は 半 地 下 の 暗 所 で 行 わ れ て き た こ と を 考 慮 す る と 優 良 な 胞 子 を た く さ ん と る に は 不 利 な 条 件 で あ る す な わ ち A. flavus の も つ 明 暗 に 対 す る 応 答 が 逆 転 し た 株 が 5

家 畜 化 の 過 程 で 取 得 さ れ た と 考 え ら れ る 3 ) 清 酒 醸 造 に 使 用 さ れ て い る A. oryzae で は 1 個 の 分 生 子 細 胞 に 3 5 個 と 多 数 の 核 が 存 在 す る A. flavus は 単 核 の 分 生 子 を も つ も の が ほ と ん ど で あ り 家 畜 化 の 過 程 で 獲 得 さ れ た 優 良 な 形 質 が 脱 落 し に く い 株 が 選 抜 さ れ た 結 果 と 考 え ら れ る 本 講 演 で は 和 食 の 味 を 決 め て い る 主 人 公 と も い え る 麹 菌 に つ い て ゲ ノ ム 解 析 完 了 後 に 急 激 に 進 ん で い る 分 子 細 胞 生 物 学 的 研 究 に よ り 明 ら か に な っ た 知 見 と 麹 菌 の ル ー ツ に 関 す る 最 近 の 話 題 を 紹 介 す る 図 1 麹 菌 Aspergillus oryzae (A) 吟 醸 酒 用 の 麹 白 く 見 え て い る の が 菌 糸 (B) 寒 天 培 地 に 生 育 し た コ ロ ニ ー 黄 緑 色 の 分 生 子 を 着 生 す る (C) 菌 糸 の 顕 微 鏡 写 真 丸 く 見 え る の は 分 生 子 (D) 分 生 子 細 胞 の 中 に 2 5 個 の 核 が 見 え る (E) 分 生 子 柄 の 電 子 顕 微 鏡 写 真 図 2 麹 菌 の 細 胞 構 造 6

プロフィール うしお 潮 ひ で き 秀 樹 水 圏 生 物 科 学 専 攻 水 産 化 学 研 究 室 主 な 研 究 活 動 水 生 生 物 は 我 々 の 祖 先 が か つ て 暮 ら し て い た 水 中 に 現 在 で も 生 息 し て お り そ の 生 物 学 は 我 々 に も い ろ い ろ な 情 報 を 提 供 し て く れ ま す ま た 食 品 と し て も 多 く の 健 康 に 不 可 欠 な 成 分 を 与 え て く れ ま す こ の よ う な 観 点 か ら 生 物 お よ び 食 品 と し て の 水 生 生 物 に 着 目 し 幅 広 い 研 究 活 動 を 行 っ て い ま す ま え だ 前 多 けいいちろう 敬 一 郎 獣 医 学 専 攻 獣 医 繁 殖 育 種 学 研 究 室 主 な 研 究 活 動 排 卵 や 精 子 形 成 発 情 行 動 な ど 哺 乳 類 の 繁 殖 活 動 を コ ン ト ロ ー ル し て い る ホ ル モ ン と 脳 の し く み を 研 究 し て い ま す こ の 研 究 を 通 し て ウ シ や ブ タ な ど の 産 業 動 物 を 効 率 的 に 殖 や し た り あ る い は シ カ や イ ノ シ シ サ ル な ど 野 生 動 物 の 繁 殖 を 抑 え る こ と で 野 生 獣 害 を 軽 減 す る た め の 方 法 を 開 発 し よ う と し て い ま す きたもと 北 本 かつ 勝 ひこ 応 用 生 命 工 学 専 攻 微 生 物 学 研 究 室 主 な 研 究 活 動 日 本 酒 醸 造 に 使 用 さ れ る 清 酒 酵 母 と 麹 菌 を 対 象 と し て 分 子 生 物 学 的 な ら び に 細 胞 生 物 学 手 法 を 用 い て 様 々 な 機 能 解 析 を 行 っ て き ま し た 最 近 は 麹 菌 の 細 胞 機 能 の 基 礎 的 な 解 析 な ら び に 有 用 タ ン パ ク 質 生 産 の 宿 主 と し て の 利 用 を 目 指 し た 研 究 を 行 っ て い ま す