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ペトロワの レキシコン 研 究 について( 後 ) 江 口 泰 生 レキシコン は 非 常 にサイズが 小 さいが 完 成 している その 原 稿 は51 枚 102ページで 構 成 され ている レキシコン は ロシアのアルファベット 順 に 配 置 され аからяまですべての 文 字 を 含 んでいる 文 字 юとэで 始 まる 語 彙 は 編 集 されておらず 18 世 紀 教 会 語 で 用 いられるヤチで 始 まる 単 語 はеで 始 まるものと 一 緒 にまとめられている またそのほか 文 字 шとщが 一 緒 にまとめられてい て 以 上 は レキシコン には 単 語 が 含 まれていない 会 話 例 文 が1つのセクションをなしている ⅰ したがって 編 集 はロシア 語 の 辞 書 アルファベットが25 文 字 に 減 少 している ⅱ 辞 書 の 各 ページは まず 左 端 がロシア 語 原 語 中 央 にロシアの 文 字 で 転 写 された 日 本 語 右 側 に 平 仮 名 で 書 かれた 日 本 語 の3つの 列 に 分 かれている レキシコン の 日 本 語 部 分 は 筆 ではなくロシア 語 と 同 じインクを 使 っ て 羽 ペンで 書 かれた そして 日 本 語 は 後 から 書 かれたと 思 われる これは レキシコン の2つの 列 より 第 三 列 目 はよりインクが 薄 いという 事 実 から 明 らかである また レキシコン 内 の 単 語 のなかには ロシア 語 の 転 写 のみがあり 日 本 の 文 字 が 記 録 されてないものもあることも 根 拠 である またおそらく 辞 書 の 編 集 者 は 数 字 などの 低 学 年 レベルの 漢 字 を 除 いて 漢 字 の 書 き 方 を 知 らなかった おそらく 編 集 者 は 月 日 文 人 ( 人 間 を 数 える 機 能 語 ) 数 字 以 外 の 漢 字 の 書 き 方 を 知 ら なかった タタリノフは 補 助 資 料 や 参 考 にできるものがなかったので 多 くの 困 難 な 作 業 を 行 ってい る 常 に 一 致 しているわけではないので 編 集 者 にはロシア 語 単 語 と 日 本 語 単 語 の 同 等 のものを 選 択 して 提 示 することに 大 きな 困 難 があった 時 として 不 正 確 な 記 述 的 な 翻 訳 を 与 えたり ロシア 語 と 日 本 語 の 単 語 の 値 としては 適 切 ではなかったりする しかし 当 時 の 一 般 的 な 辞 書 に 偉 大 な 仕 事 をなし とげた A.タタリノフは 多 かれ 少 なかれ 誤 解 や 不 正 確 さを 排 除 して ロシアの 単 語 を 翻 訳 した ほ かにも 彼 が 直 接 に 犯 した 間 違 いの 数 は 比 較 的 少 ないが これらは 後 述 する レキシコン には977の 単 語 が 含 まれている 翻 訳 せずに 残 されたいくつかのロシア 語 などがあり 日 本 語 の 単 語 はやや 少 ない しかし 辞 書 の 付 録 をあわせると 千 以 上 の 言 葉 が 含 まれている 恐 ら く 編 纂 者 はイルクーツク 日 本 語 学 校 で 養 成 されていた 翻 訳 者 に 必 要 な 用 語 集 を 編 纂 しようとした よって レキシコン は 家 庭 で 用 いる 語 彙 や 海 洋 用 語 を 反 映 している つまりロシアが 千 島 諸 島 で 出 会 ったり ロシア 海 域 に 漂 流 して 出 会 った 日 本 人 との 接 触 のために 必 要 な 日 常 の 語 彙 である レキシコン には 軍 事 用 語 がほとんどない レクシコン の 末 尾 の 付 録 資 料 として 会 話 集 もあって 述 べている 表 現 の 中 には 戦 争 は 有 害 である 平 和 はあなたにとって 有 利 である(Война будет вредна. Мир есть Вам благо приятный) という 例 文 もあった ⅲ オランダの 幕 府 への 警 告 に 反 1

ペトロワの レキシコン 研 究 について( 後 ) 江 口 泰 生 して ロシアが 日 本 に 向 けて 全 く 敵 対 的 意 図 を 持 っておらず むしろ 逆 に 日 本 人 との 個 人 的 な 接 触 のための 必 要 性 を 感 じていて 前 述 の 言 葉 はロシア 人 の 親 しみやすさについて 言 いたいことの 証 拠 で ある 表 紙 のあとには 45 枚 が 小 辞 書 熟 語 それに 接 続 されて 日 本 語 の 会 話 の 一 部 (Некоторая часть японского разговора) 日 本 のイロハの 転 写 (Азбука японская с переводом) 同 じ49 枚 目 裏 側 に その 他 もろもろ(Счет различным вещам с переводом российским) 続 い て50 枚 目 に 数 字 100000までの 数 え 方 (Счет простого счисления до 100000) 50 枚 目 裏 に 10000までのお 金 の 数 え 方 51 枚 目 は 荷 物 の 数 え 方 人 間 の 数 え 方 となっている レキシコン で 日 本 語 の 単 語 のロシア 転 写 の 分 析 に 進 む 前 に 49 枚 目 の 日 本 のアルファベット い ろは の 転 写 に 焦 点 を 当 ててみると A.タタリノフの 転 写 は 現 代 ロシア 語 表 記 ⅳ では 次 のように 表 さ れる いй ろро はфа にни ほфо へфе とто ちчи りри ぬну るру を(во) わва か ка よйо たта れре そсо つцу ねне なна らра むму うм ゐи のно おо くку やя まма けке ふфу こко 江 е てте あа さса きки ゆю めме みми しши ゑэ ひфя もмо せше すсу ひらがなで 書 かれた 日 本 語 の 音 節 の 転 写 では 文 字 イについて ア 行 の い とワ 行 行 の ゐ を 最 初 のイは й(イー) で 後 のは и(イ) と 区 別 している 文 字 エについては ア 行 の え とワ 行 の ゑ の 転 写 を 最 初 のエは е(イェ) で 後 のエは э(エ) で 区 別 している 日 本 語 を については ( 唇 音 性 の 転 写 のために)[wo]で 転 写 している A.タタリノフはオメガ 以 外 の ロシ アの 一 般 のアルファベットをすでに 用 いている 音 節 シとセの 転 写 は 英 語 sh の 子 音 や 音 節 転 写 の ように ши ше が 用 いられ 上 記 は 東 北 方 言 の 方 言 での 発 音 方 言 を 反 映 している は ひ ふ へ ほ 音 節 は фа(fa) фи(fi) фу(fu) фе(fe) фо(fo) で 転 写 これらは 特 に 東 北 の 秋 田 県 の 方 言 に 見 られるように ヨーロッパの 言 語 のような 唇 音 fを 反 映 している 14 ⅴ それ 以 外 の 場 合 については レキシコン の いろは の 転 写 とスパルビン(Е. Г. Спальвина) 教 授 ⅵ が20 世 紀 90 年 代 に 開 発 した 方 法 とは 転 写 法 が 少 し 異 なる いろは は 英 語 のように 有 声 子 音 音 節 を 表 さないが それらの 転 写 について レキシコン の 場 合 を 説 明 する 日 本 の 徳 川 時 代 においては 非 常 にまれなケースを 除 いて 平 仮 名 で 書 かれた 和 文 には 子 音 の 濁 り (すなわち 濁 音 )を 表 記 することはない 濁 音 符 号 が 行 われたのは 例 えば 5 枚 目 表 かば 14 原 注 14 橘 正 一 東 条 操 国 語 方 言 学 本 州 東 部 の 方 言 東 京 1934 年 8ページ 2

のき(=kabanoki 白 樺 ) 16 枚 目 表 をぼいてますか(=oboidemaska それを 知 っている?) 31 枚 目 つぼ(=tsubo 木 立 ) 38 枚 目 かばりしました (=kabarishimashta 溺 れました) 41 枚 目 の 裏 かば(=kappa 15 地 獄 ) これらすべてのケースで 濁 音 はバ 行 有 声 音 節 のみ すなわち ba bi bu be boであることは 興 味 深 い 青 森 秋 田 山 形 岩 手 福 島 宮 城 の 六 県 で 話 されているのが 東 北 方 言 である これらの 方 言 では 音 声 一 般 や 語 彙 文 法 的 な 特 徴 で 共 通 し 日 本 全 国 の 音 声 や 文 法 語 彙 の 面 で 日 本 の 他 の 地 域 の 方 言 から 区 別 される アンドレイ タタリノフの レキシコン は ロシアにおける 日 本 学 研 究 者 だ けでなく 日 本 方 言 の 歴 史 的 な 面 において 日 本 の 方 言 研 究 者 にとっても 大 変 面 白 いものである それ はこれらの 方 言 の 音 声 特 徴 がロシアで 転 写 された 最 古 の 記 録 であるためである 日 本 の 方 言 は 前 世 紀 の80 年 代 に 東 北 方 言 を 記 録 研 究 するために 始 まったが A.タタリノフに 編 纂 された レキシコン はそれより 百 年 以 上 も 前 の 東 北 方 言 を 反 映 していて 次 のような 音 声 特 徴 が 見 られるのである 1. 日 本 の 方 言 の 研 究 によると ア 母 音 オ 母 音 イ 母 音 は 標 準 的 な 発 音 と 東 北 方 言 で 違 いはな い 16 一 方 イとエの 母 音 の 発 音 は 標 準 語 と 非 常 に 異 なっている 東 北 方 言 ではイとエの 母 音 は 互 い に 交 換 混 合 される レキシコン は このような 現 象 は 例 えば 次 のように 反 映 される まいたり(=maidari) 標 準 語 形 まえだれ (=maedare)エプロン( запанъ はシベリア 方 言 ⅶ ) かまのまい(=kamanomai) 標 準 語 形 かまのまえ (=kamanomae) 囲 炉 裏 (ロシアの 炉 の 口 の 前 にあるエリア) あすぶ(=asubu)= 楽 しい 標 準 語 形 アソビ (=asobi) まなく(=managu)= 目 標 準 語 形 マナコ (=manako) ふくるとり(=fugurutori)= フクロウ 標 準 語 形 フクロウ (=fukuro) つもこりかぜ(=tsumogori)= 旋 風 標 準 語 形 ツムヂカゼ (=tsumdzikadze) てかいとくろ(=tegai Toguro)= 高 い 場 所 標 準 語 形 トコロ (=tokoro) ばんとくろ(=bantoguro)= 衛 兵 詰 所 (これは 方 言 ) きんくわします(=kinkwa Shimas) 標 準 語 形 けんかします (=kenkasimas) 戦 い( 喧 嘩 ) おまい(=Omai) 標 準 語 形 おまえ (=omae)あなた 2. 山 形 県 の 方 言 にはeとiの 中 間 母 音 の 方 言 で ie がある この 母 音 は レキシコン の 転 写 に 反 映 さ れていて さけ( 酒 ) (=ワイン)を сагэ(=sagie) と 転 写 け( 毛 ) (=ウール)を кей(kei) と 転 写 している 3. 山 形 ではjuはしばしばに jo に 交 替 して 言 われる(およびその 逆 も) この 現 象 は レキシコン 15 16 原 注 15 転 写 では kappa という 正 しい 発 音 を 示 している 原 注 16 なお 東 北 地 方 の 一 部 の 方 言 においてオがウに 任 意 に 交 替 すること(その 逆 も)があることが レキ シコン で 見 られる 3

ペトロワの レキシコン 研 究 について( 後 ) 江 口 泰 生 に 反 映 されている たとえば よみ(iomi)= 弓 標 準 語 形 ゆみ(yumi) 4.すでにいろは 転 写 の 分 析 に 示 したように 東 北 方 言 ではもともと 唇 歯 音 fであった こうして 音 節 は ひ ふ へ ほ ha hi fu he hoではなく 明 らかにfa fi fu fe foであったことが レ キシコン の 転 写 に 反 映 している はな фана (=fana) 鼻 ひけ фиге (=fige) 髭 ひほ фибо (=fibo) 紐 ひたり фидари (=fidari) 左 ほし фоши (=foshi) 星 標 準 語 語 形 хана (=hana) 標 準 語 形 хигэ(=hige) 標 準 語 形 химо (=himo) 標 準 語 形 хидари (=hidari) 標 準 語 形 хоси (=hoshi) この 音 声 は1604 年 に 長 崎 で 出 版 ポルトガル 語 による 転 写 のなされたロドリゲスの 文 法 書 17 によっ 18 て 記 録 されていて 例 えば 母 という 単 語 は fawa と 転 写 されている 1516 年 に 出 版 の 謎 々 集 に 以 下 の 謎 がある 母 には 二 度 あひたれども 父 には 一 度 もあはず ⅷ 母 (という 語 )には 二 回 会 うけれども 父 (という 語 )には 決 してあわない こたえ 唇 東 京 の 現 代 発 音 では 母 は haha(хаха) であり 母 の 発 音 では 唇 が 一 度 も 閉 じない したがっ て 橘 正 一 東 条 操 は16 世 紀 の 標 準 日 本 語 の 発 音 としては 明 らかに fawa であったと 結 論 づけた 19 イルクーツクの 学 校 の 先 生 による18 世 紀 のロシア 文 字 転 写 による36 枚 目 表 の фафа(fafa) 表 記 ⅸ は 日 本 語 が 唇 歯 音 fであったことを 反 映 している 後 者 は 日 本 の 方 言 において 歴 史 的 な 等 語 線 の 構 造 の 面 で 非 常 に 興 味 深 い 5. 秋 田 青 森 岩 手 県 では ひ(hi) はしばしば ふ(fu) と 発 音 される(およびその 逆 も) こ れは A.タタリノフの 転 写 で レキシコン の 日 本 語 に 反 映 されている ふとつの втозъно (=vtozno) ひる хиру (=furu)にんにく 標 準 語 形 ひとつの хйтоцуно (=hytotsuno) 標 準 語 形 ひる хиру (=firu) ひなかた фнагата (=fnagata) 船 乗 り ひちちり фужнчйри (=fuzhnchyri) 肘 標 準 語 形 ひぢ хидзи (=hidzi) 6. 東 北 方 言 では 有 声 子 音 の 前 で 鼻 音 化 する 20 ⅹ この 現 象 は 東 北 6 県 すべての 方 言 に 共 通 である ラテン 文 字 では 文 字 の 上 の で 転 写 するが 日 本 の 鼻 音 化 の 転 写 では この 鼻 音 の 挿 入 は 鼻 音 化 母 音 文 字 の 後 にンで 表 示 される タタリノフは 鼻 音 化 母 音 の 後 に 鼻 音 文 字 м(ム) ⅺ またはн(ン)を 挿 17 18 19 20 原 注 17 橘 正 一 東 条 操 国 語 方 言 学 8ページに 引 用 原 注 18 注 17と 同 じ 8ページ 参 照 原 注 19 同 上 8ページ 参 照 原 注 20 ポリワーノフ(Е. Д. Поливанов)は これを 解 釈 して b d g(mb nd ng)の 閉 鎖 音 の 前 位 置 に 前 わたりの 鼻 音 があると 考 える (E.ポリワーノフ 日 本 語 言 語 学 論 集 モスクワ 27 ~ 29ページ) 音 声 学 者 や 日 本 の 方 言 学 者 東 条 操 橘 正 一 はこの 音 声 現 象 の 観 点 に 従 っている 4

入 している この 鼻 音 化 は 日 本 語 単 語 の 綴 りに 示 されている てむぶくろ тембугуро (=tembuguro) 手 袋 標 準 語 形 は テブクロ тэбукуро (=tebukuro) ひなとむ фнадому (=fnadomu) 釣 具 うむば умба (=umba) おばさん ひんとろ биндоро (=bindoro) ガラス うさんき усанги (=usangi) うさぎ いちんこ ижинго (=izingo) いちご 標 準 語 形 は 船 道 具 фунадогу (=funadogu) 標 準 語 形 は おば оба (=oba) ポルトガル 語 ビードロ vidro(=vidro) 標 準 語 形 うさぎ усаги (=usagi) 標 準 語 形 いちご итиго (=itigo) 7. 東 北 方 言 では 語 中 尾 のカキクケコ タチツテト(ka ki ku ke ko ta chi tsu te to)は すべて 有 声 子 音 になる しかし それらの 前 には 鼻 音 がない また レキシコン のロシア 転 写 では 以 下 のように 記 載 されている ほとけ фодоге (=fodoge) 神 ( 仏 ) をやかた оягада (=oyagada) 親 方 はと фадо (=fado) 鳩 みち миджи (=midzi) 道 まつ мазу (=mazu) 松 なつ назу (=nazu) 夏 標 準 語 形 ほとけ хотокэ(=hotoke) 標 準 語 形 おやかた ояката (=oyakata) 標 準 語 形 はと хато (=hato) 標 準 語 形 みち мити (=miti) 標 準 語 形 まつ мацу (=matsu) 標 準 語 形 なつ нацу (=natsu) わた вада (=wada) 綿 標 準 語 形 わた вата (=wataコットン 紙 ) てかいところえあてさしやれ тегай тогорое адесашаре (=tegai togoroe adesasyare) 我 慢 する прложи выше ⅻ あてとこ адэдого(adedogo) 比 喩 的 に 目 標 標 準 語 で あてとこ атэтоко (=atetoko) 8. 仙 台 方 言 の 音 節 せ E と ぜ ZE は 標 準 語 の 発 音 の 音 声 し(i) じ(i) のように 摩 擦 音 シュー 音 で これと 同 じように レキシコン ではたとえばセを ше ゼを дже に 転 写 する せせす шешезу (=sheshezuしばしば) しやくせん шагушенъ (=shagushen 借 金 ) しやわせ шияваше (=shiyawasye 幸 福 ) 標 準 語 形 サイサイ сайсай (=saisai) 標 準 語 形 シャクセン сякусэн (=syakusen) 標 準 語 形 シアワセ сиавасэ(=shiawase) せんかんちやうしるひと дженъканъжо ширувто (=dzen kan jo shiruvto 計 算 係 ) 標 準 語 形 ゼニカンヂョウヲ スル ヒトдзэнкандзё-о сиру хито せき шеги (=shegi) 渓 流 ( 渓 流 を セキ というのは 方 言 ) 9. 東 北 地 方 の 方 言 では 音 節 において 母 音 が 消 失 するのは 次 のとおり キクシスチツヒフ ki ku si su ti tsu hi fuのあとに カケコサセソタテトka ke ko sa se so ta te toが 続 いてい る 場 合 キクシスチツヒフの 音 節 のあとにキクシスチツに 続 く 場 合 母 音 消 失 は 発 生 せず 有 声 音 に なる 次 のようである くさい ксай (=ksai) 臭 い 5

ペトロワの レキシコン 研 究 について( 後 ) 江 口 泰 生 したてにん штаденин (=shtadenin) 仕 立 て 屋 つかまいました цкамаимашта (=tskamaimashita) つかむ した шта (=shta) 下 くつ кузу (=kuzu) 靴 ひきやく хкягу (=hkyagu) 使 者 てふき тефги (=tefgi) ナプキン ふくろ фугуро (=fuguro) 袋 さしき зашиги (=zashigi) 座 敷 しつかな шизgкана (=shizgana) 穏 やかな 10.キク ki ku チツ ti tsuは 母 音 に 続 くと 有 声 音 にならない ゆくさ юкша (=yuksha) 試 合 戦 争 あつい ацуй (=atsui) 暑 い 11. 興 味 深 いことに Е. Д. ポリワーノフが 指 摘 21 したように もともとは 中 国 語 の 影 響 を 受 けて 起 こった 唇 音 化 現 象 である 軟 口 蓋 合 拗 音 kw gwが 日 本 語 の 和 語 にも 影 響 をあたえ 東 北 方 言 で 非 常 に 安 定 して 行 われていることが レキシコン によって 証 明 された くわんのん Кваннон (=kwannon) 仏 教 のパンテオンの 神 (божество буддийского пантеона) をきたいくわん окидайгван (=okidaigwan) 都 市 国 家 (городо дер жавец) くわいしやう квайшо (=kwaisyo) 7 事 務 所 (канцелярия) くわいしやう квайжо (=kwaijo) 判 決 くち квужи (=kwuji) 口 くいとこさる квито гозару (=kwito gozaru) 食 べたい (исть хошу)(これはシベリア 方 言 ) есть хочу のこと くいません квуймашен (=kwuimasyen) 食 べない くまりました квумаремашта (=kwumaremashta) морошно (これはシベリア 方 言 ) 曇 り(облачно) のこと くし квуши (=kwushi) 櫛 このように A.タタリノフのロシアの 転 写 は18 世 紀 における 東 北 方 言 の 音 声 を 十 分 に 完 全 かつ 正 確 に 反 映 している 文 法 的 な 機 能 については 我 々は レキシコン で 示 された 内 容 から 少 しのことを 言 うことができ る 1. レキシコン の 現 在 と 過 去 形 動 詞 の 活 用 形 が 提 示 され 標 準 語 と 同 様 接 尾 辞 は マス(мас) マシタ(машта) 否 定 形 マセン(масен)である 21 原 注 21 Е. Д.ポリワーノフ 日 本 語 における 子 音 の 諸 カテゴリー 34ページ 6

むすびました мусубимашта (=musubimasta) 結 ぶ なきました нагимашта (=nagimasta) 放 り 投 げる まちていました мадiмашта (=madimasita) 待 つ あめふります аме фуримас (=ame furimas) 雨 が 降 る ててありきます деде аригимасъ (=dede arigimas) 歩 く みます мимасъ (=mimas) 見 る みました мимашта (=mimasta) 見 た はしめます фашмемас (=fasmemas) 始 める ぬいます нуймасъ (=nuimas) 縫 う あすびます асубимасъ (=asubimas) 散 歩 する くわいません квуймашенъ (=kwuimashen) 食 べない のみません номимашенъ (=nomimashen) 飲 まない やりました яримашта (=yarimasta) 与 えた やります яримасъ (=yarimas) 与 える 興 味 深 いことに これらの 形 式 は 日 本 語 の 文 語 や 丁 寧 なスピーチの 特 性 であるが 18 世 紀 のA.タ タリノフ レキシコン によって 1896 年 のいわゆる 市 民 革 命 ⅹⅳ よりずっと 以 前 に 話 し 言 葉 におい て 日 本 とロシアの 交 渉 の 場 で 一 般 的 に 使 用 されていたことがわかる 2. 動 詞 の 命 令 形 の 表 し 方 には まず 第 一 は 動 詞 の 基 本 形 に 接 尾 辞 シャレが 接 続 するもの 第 二 第 三 には 動 詞 の 活 用 形 に 接 尾 辞 サシャレが 接 続 するものがある ぬすばしゃれ нусубасьшаре (=nusubas syare) 盗 め わき いかしゃれ ваги игасьшаре (=wagi igas syare) 外 に 行 け あらわしゃれ аравашаре (=arawasyare) 洗 え たつねさしゃれ тазнесашаре (=taznesasyare) 探 してくれ あけさしゃれ агнсашаре (=agesasyare) あげてくれ ⅹⅴ これらの 接 尾 辞 の 起 源 は 何 かは 不 明 であるが いずれにしても 動 詞 命 令 形 にはそれらの 接 尾 辞 が 不 可 欠 である 禁 止 の 形 式 は 標 準 語 と 同 様 にシャレ サシャレに 接 尾 辞 ナが 接 続 して 形 成 されてい る わりくゆわすしゃるな варйгу ювасшарна 悪 口 を 言 うな よますしやるな iомасшарна 読 むな 3. 現 代 日 本 標 準 語 で 採 用 され 口 頭 語 でもちいられるデスの 代 わりに レキシコン では 古 風 な 言 い 方 であるデゴザリマスがたくさん 使 用 されている 東 北 仙 台 方 言 では 現 在 でも 残 っている のといとこさる нодо идо гозару (=nodo ido gozaru) 喉 の 痛 み( 喉 が 痛 いです) ほしこさるфоший гозаръ (=hoshii gozaru) 7

ペトロワの レキシコン 研 究 について( 後 ) 江 口 泰 生 хощу 現 代 の 標 準 語 では хочу ほしいですхосий дэс (=hoshii des) ほしこさるか фоши гозарука (=hoshi gozaruka) хощешь ли 現 代 標 準 語 では хочешь ли ほしいですか хосий дэс ка(=hosii des ka) 4. レキシコン では 現 代 日 本 語 からは 逸 脱 している 名 詞 の 格 変 化 がある たとえば 主 格 表 示 が ないものがある なりかみなります наригами наримасъ (=narigami narimas) 雷 が 鳴 る 標 準 語 では каминари-га наримас (=kaminari-ga narimas) のといとこさる нодо идо гозару (=nodo ido gozaru) 喉 痛 い 標 準 語 では нодо-га итай дэс (=nodo-ga itai des) 移 動 の 方 向 はエの 代 わりに 接 尾 辞 サを 使 用 する サは 日 本 方 言 と 同 様 に 与 格 場 所 にも 使 用 される 同 じ 接 尾 辞 によって 与 格 の 場 所 を 表 すのである レキシコン にはそのような 例 が 多 くはないが 存 在 する イつあのひとこくのむらさきました iзу ановто когоно мураса кимашта (=izu anovto kogono murasa kimasta) いつ 彼 はこの 町 に 到 着 したか (45 枚 目 ) киканайде догоса демо гймашенъ (=kikanaide dogosa demo gimasyen) 許 可 なくどこへも 行 けません (46 枚 目 平 仮 名 は 書 かれていない) レキシコン はロシア 語 語 彙 から 日 本 語 への 翻 訳 がなされたので たくさんの 日 本 語 の 単 語 を 用 いてロシア 語 の 単 語 の 意 味 を 明 らかにするように 編 集 されている 例 えば 次 のようにである беспомощный ( 頼 りない)- тезыдай гозаранай (てつたいこさらない)とあるが て つたい は 援 助 こさらない は 利 用 できない の 意 味 всемогущество ( 全 能 )- минна кошрайгодо (みんなこしらいこと)とあるが вседелание ( 総 てすること)の 意 вечный ( 永 遠 の)- маго мазтайе (まこまつたい)とあるが Желающий ожидать внуков ( 孫 のために)の 意 вежливый, учтивый ( 丁 寧 礼 儀 正 しい)- жоозыни жигя шимасъ (ちをつにちいきし ます)とあるが искусно делает поклон ( 巧 みにお 辞 儀 をする)の 意 мыло ( 石 鹸 )- акаодотя (あかをとし)とあるが あか は грязь ( 土 ) おとす は 削 除 する 出 す の 意 したがって 泥 おとし の 意 пивоварня ( 醸 造 所 )- нигорясакинирудоко (にこりさきにるとこ)とあるが место варки мутного сакэ ( 濁 った 酒 を 料 理 する 場 所 )の 意 сапожник ( 靴 屋 )- фагимоно цугуру вто (はきものつくるひと)は человек, изготовляющий обувь ( 靴 を 提 供 する 人 )の 意 日 本 では 東 北 方 言 に 関 しては 非 常 によく 研 究 されている 東 北 六 県 すべての 方 言 辞 書 があるが と 8

はいえ レキシコン はまだ 非 常 に 興 味 深 い A.タタリノフ レキシコン に 掲 載 された 日 本 語 の 語 彙 を 考 察 すると 我 々はそこには 古 代 にまで 遡 る 地 層 を 発 見 する 家 畜 鳥 や 動 物 の 名 前 は この 点 で 興 味 深 い 1. 雄 牛 こてうし (=kodeushi) この 語 は 古 代 語 を 掲 載 している10 世 紀 の 古 辞 書 倭 名 類 聚 鈔 に 載 っている この 単 語 は 日 本 書 紀 万 葉 集 にあり 現 代 方 言 にも 多 くの 音 声 バリエーション коттои коттэ котэ коти коцу коццу( コ ッ ト イ コ ッ テ コ チ コ ツ コ ッ ツ ) で 存 在 し 秋 田 県 ではкотэ(=kote コテ)と 発 音 し レキシコン では コデウシ (=kodeushi) とある 橘 正 一 ⅹⅵ は 古 代 では 一 般 的 に 日 本 のすべて コットイ を 使 用 したが 江 戸 時 代 に 新 語 ヲ ウシоуси (=ousi)になり 最 近 になって 全 国 に 広 がったが ただ 辺 境 地 域 において 昔 のままに 用 いられていると 述 べた レキシコン がその コデウシ (=kodeusi)を 掲 載 しているのは これ らの 単 語 が 派 生 し 互 いの 関 連 を 示 しているである 2. 種 牡 馬 こむま (=koma) また 古 辞 書 倭 名 類 聚 鈔 に 駒 音 倶 古 万 子 也 と 記 載 されていて 当 時 は 子 馬 の 意 味 だった それは 長 く 用 いられるあいだに 種 牡 馬 という 技 術 的 な 用 語 として 確 立 した ⅹⅶ 3. 雌 馬 たうま (=dauma) 倭 名 類 聚 鈔 は 駄 負 物 馬 也 として 荷 馬 として 解 釈 している 種 牡 馬 は 兵 士 たちのために 乗 る 馬 として 使 用 されたので 牝 馬 は 必 然 的 に 貨 物 の 輸 送 のために 荷 載 せする 方 法 に 用 いられた その 結 果 時 間 をかけて 牝 馬 が ダウマ( 駄 馬 ) という 意 味 で 定 着 している ⅹⅷ ダウマは 典 型 的 な 仙 台 方 言 である 4. 非 常 に 古 い 言 葉 をとこわらし (=odogo Varashev) 少 年 の 意 をなここわらし (=onago Varashev) 少 女 の 意 もある これらの 言 葉 は ワラス ワラベvarabe ワラシベvarasibeといっ た 異 形 態 があり 仙 台 方 言 の 特 徴 である 日 本 古 来 の 言 葉 では わらは (=Varava)は 10 歳 まで の 男 女 の 子 供 の 一 般 的 な 名 前 だった 土 佐 日 記 (935 年 ) 源 氏 物 語 にもみられる おそらくワ ラハは ヲトコワラシ ヲナゴワラシ の 両 方 の 方 言 を 遡 る 語 であろう 5. Болото ( 沼 )に язи (=yazi) ⅹⅸ колодец ( 井 戸 )に язи (=yazi) 橘 正 一 の 文 章 井 戸 の 方 言 (ido-no-hogen) 22 という 文 章 は 井 戸 について 日 本 の 様 々な 方 言 の 名 称 を 調 査 した 非 常 に 興 味 深 い 報 告 である 彼 は さまざまな 方 言 で 井 戸 の 名 前 の54のバリエー ションを 収 集 したが すべてのこれらの 実 施 は 西 日 本 方 言 であり 東 北 方 言 や 日 本 の 中 央 である 関 東 地 方 の 方 言 のものではない 橘 は 非 常 に 興 味 深 い 観 察 を 行 った 日 本 は 海 に 四 方 を 囲 まれて ほとんどどこでも 新 鮮 な 水 の 深 刻 な 不 足 を 経 験 している 春 に 深 い 山 の 川 も 夏 には 干 上 がってしまう 我 々は 今 水 の 水 路 の 不 足 を 補 う 場 合 非 常 に 遠 隔 地 からしばしば 水 を 供 給 する むかし 古 い 日 本 の 水 の 供 給 がなかったとき 人 々 22 原 注 22 橘 正 一 方 言 讀 本 東 京 1937 年 125 ~ 147ページ 9

ペトロワの レキシコン 研 究 について( 後 ) 江 口 泰 生 は 厳 しく 水 の 不 足 に 苦 しんだ これは 井 戸 のさまざまな 方 言 名 に 反 映 されている 井 戸 は 河 川 の 枯 渇 が 原 因 で 水 不 足 のために 掘 られた 地 域 では 川 の 名 前 カワ が 自 動 的 に 井 戸 の 名 称 に 切 り 替 えられた 例 えば игава ( 井 川 ) идогава ( 井 戸 川 ) кумигава( 汲 み 川 )( クム(куму) は すくう の 意 ) цубогава( 壺 川 )(ツボцубоは 瓶 の 意 ) цуригава( 吊 川 )(ツリцури は 吊 る の 意 )で 命 名 された 雨 水 を 集 めて 池 にした 地 域 では 自 動 的 に 井 戸 の 名 称 として 用 い られ そこでは イケ( 池 ) イケド ツツ 池 などと 命 名 された その 井 戸 の 源 として 泉 が 用 いられた 場 合 は 井 戸 は イズミ( 泉 ) イズム と 命 名 された 上 記 のようにしてみると 東 北 地 方 方 言 で ヤチяти (=язи)が 井 戸 や 沼 を 表 す 理 由 は 明 らかになるであろう ヤチ という 語 はアイヌ 語 から 借 用 したが この 場 合 には 上 記 と 同 様 に 何 を 利 用 して 井 戸 とするかと いう 機 能 の 転 移 からの 命 名 があった 沼 を 利 用 して 井 戸 とすることが 近 代 の 東 北 方 言 語 彙 で その 可 能 性 があり しかしそれが18 世 紀 の レキシコン で 固 定 されたまま 保 存 されているのである レキシコン には アイヌ 語 がいくつか 含 まれている 本 州 北 東 部 の 日 本 人 船 員 たちは 明 らかに アイヌの 人 々との 定 期 的 な 接 触 を 持 っていた たとえば 次 のように ножик( 包 丁 )- магири(マキリ) корыто( 谷 溝 )- кицу(キツ) ⅹⅹ ковшик( 大 さじ スコップ)- фиягу (ヒヤク)などなど レキシコン のロシア 語 では シベリアなどの 遠 隔 国 境 地 域 の 地 方 貴 族 の 方 言 の 特 徴 を 反 映 して いる それは 洗 練 された 読 み 書 き 能 力 と 同 時 に 俗 語 の 使 用 という 書 きぶりによって 特 徴 付 けられる もし レキシコン 辞 書 が サンクト ペテルブルクやモスクワで 編 纂 された 場 合 多 くのシベリア 方 言 はもちろん 存 在 しないはずである беглой ( 重 労 働 によって 逃 亡 すること) зверует ( 毛 皮 動 物 の 狩 猟 に 従 事 する) запан (エプロン) заплот ( 柵 ) лопать ( 衣 類 ) лапасть ( 足 首 ) морошно ( 曇 り) доскань ( 嗅 ぎたばこ) синея ( 鎖 ) тамарь ( 先 端 に 歯 のついた 矢 ) тесла( 手 斧 ) фанза( 中 国 の 絹 織 物 ) цыганить ( 笑 う) черепан ( 陶 芸 家 )などなど レキシコン の 単 語 で 目 立 つのは 海 洋 関 係 の 語 彙 である ヨット ボート 網 道 具 elbot( 捕 鯨 船 ) 水 夫 港 小 型 ガレー 船 コンパス 船 マスト 舵 船 員 水 先 案 内 人 羅 針 盤 北 東 棍 棒 (バナー) 碇 ボート 重 りなど このことは レキシコン が 海 軍 学 校 の 学 生 に 用 いられ たことを 示 している 日 本 の 東 北 方 言 の 言 語 を 記 録 しているだけでなく 18 世 紀 の 東 北 方 言 をロシア 語 で 転 写 してあり それらの 音 声 形 式 も 記 録 してあるのがA.タタリノフ レキシコン なのである 一 般 科 学 の 見 地 から ロシア 東 部 での 辞 書 編 集 の 歴 史 の 面 から 興 味 を 呼 び 起 こす レキシコン はアジアの 言 語 に 翻 訳 され ロシア 語 で 書 きとどめられた 最 初 の 語 彙 集 の 一 つである この 論 文 は レキシコン に 記 載 さ れた 言 語 的 な 事 実 すべてを 明 白 にしたことを 主 張 しない この 論 文 は 今 後 の 研 究 のための 序 論 である 10

我 々の 目 標 はA.タタリノフの 著 作 それが 書 かれた 状 況 の 一 般 的 な 知 見 を 読 者 に 与 えることなのであ る О.ペトロワ ⅰ ⅱ ⅲ 実 際 はабвгдежзикрмнωпрстуфхцчщя 会 話 イロハ 月 日 数 字 貨 幣 単 位 人 数 原 注 11の 言 うようにё й щ эが 抜 けていて 見 出 し 頭 字 は25 文 字 である ペトロワは 本 文 のように 前 半 部 (Война будет вредна.)を 読 むが 実 際 は война есть людемь въредна と 書 いてあると 思 う ⅳ ⅴ ⅵ 現 代 語 では 使 用 しない ω (オメガ) 文 字 があり このような 但 し 書 きをつけ ( )でくくったと 思 われる 橘 正 一 東 条 操 1934 国 語 科 学 講 座 Ⅶ 国 語 方 言 学 本 州 東 部 の 方 言 明 治 書 院 原 注 17 18も 同 様 ウラジオストック 東 洋 研 究 所 で 日 本 語 を 教 えた 1900 年 にキリル 文 字 による 日 本 語 のかな 転 写 法 を 考 案 した(ロ シア 版 ウィキペデアВикипедия Русские транскрипции для японского языка による) ⅶ 15 裏 заранъ майдари まいたり とある この заранъ がシベリア 方 言 であるという 意 味 である зарах は 衣 服 の 裾 かき 合 わせ の 方 言 形 ⅷ なそたて (1516 年 後 奈 良 院 御 撰 何 曾 ) 所 収 ( 鈴 木 棠 三 編 中 世 なぞなぞ 集 岩 波 文 庫 ) ⅸ 36 表 теща шудоме фафа しやうとめ はヽ とあるを 指 す ⅹ ⅺ ポリワーノフの 論 文 は 村 山 七 郎 訳 日 本 語 研 究 弘 文 館 1976の 日 本 語 における 子 音 の 諸 カテゴリー 原 文 では и になっているが 前 稿 でも 述 べたように 以 下 の 用 例 てむぶくろ ひなとむ うむは と 合 わないのでм(ム)に 訂 正 する 32 表 тембугуро(てむふくろ) 34 裏 фнадому(ひなとむ) 37 表 умба(う む は ) ⅻ 7 表 の 例 文 と 思 われるが 読 み 間 違 いがある выше положй に 対 して тегай когорое агесашаре てかイこヽろ 江 あけさしやれ と 書 いてある より 高 く 努 力 を 傾 けよ に 対 して 高 い 心 へお 上 げなさい の 意 味 と 思 われる ⅹⅲ 10 裏 の 用 例 ペトロワは まちていました мадiмашта と 読 む しかし мадi の 部 分 は 8 裏 город мура:шйро むら しろ の город 例 と 同 様 に д が 上 に 添 えられているとみるべきで мадде(マッデ) と 読 むのではなかろうか ⅹⅳ 明 治 維 新 を 指 すと 思 うが 年 代 が 合 致 しないので 不 審 ⅹⅴ ⅹⅵ ⅹⅶ ⅹⅷ 27 裏 の 用 例 は агесашареあけさしやれ である 橘 正 一 東 条 操 国 語 方 言 学 本 州 東 部 の 方 言 による 国 語 科 学 講 座 Ⅶ 明 治 書 院 1934 年 橘 正 一 方 言 讀 本 厚 生 閣 1937 年 橘 正 一 方 言 讀 本 167ページに 男 馬 は 軍 馬 として 使 はれ 女 馬 は 荷 負 馬 として 使 はれるから 自 然 駄 馬 といへば 女 馬 を 指 す 様 になツたのである とある ⅹⅸ 前 掲 注 ⅹⅲで 述 べたように д が 上 に 添 えられていると 読 むべきで 4 表 боротъ яджи やち 18 裏 кородезъ ядзи やち である 正 しくは яджи (=yadzi) ⅹⅹ タタリノフ 原 文 では 正 しくはкитцуとあるので キッツ 付 記 本 稿 は 江 口 泰 生 ペトロワの レキシコン 研 究 について( 前 ) (2013 年 12 月 発 行 岡 山 大 学 文 学 部 紀 要 第 60 号 )の 続 篇 である また 本 稿 は 平 成 21 年 ~ 平 成 24 年 度 文 部 科 学 省 科 学 研 究 費 補 助 金 基 盤 研 究 (C) ロシア 資 料 の 文 献 方 言 史 学 的 研 究 ( 課 題 番 号 22520468)の 支 援 を 受 けたものである 青 森 県 下 北 市 佐 井 村 の 渡 邊 隆 一 氏 長 福 寺 ご 住 職 ご 夫 妻 に 記 してお 礼 申 し 上 げる (えぐちやすお 岡 山 大 学 大 学 院 社 会 文 化 科 学 研 究 科 教 授 ) 11