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富 山 市 総 合 体 育 館 9 月 利 用 案 内 H28 8 月 20 日 作 成 1 木 2 金 3 土 8ー ま つ わ か 保 育 園 運 動 会 富 山 県 教 職 員 組 合 特 別 新 学 校 支 部 青 年 部 の 集 い 8ー21:30 新 庄 交 流 会 (



(5 ) 当 該 指 定 居 宅 介 護 事 業 所 の 新 規 に 採 用 し た 全 て の 居 宅 介 護 従 業 者 に 対 し 熟 練 し た 居 宅 介 護 従 業 者 の 同 行 に よ る 研 修 を 実 施 し て い る こ と (6 ) 当 該 指 定 居 宅 介 護 事 業

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34 県 立 鶴 岡 工 業 高 等 校 ( 全 日 制 ) 工 業 科 ( 機 械 科 電 気 電 子 科 情 報 通 信 科 建 築 科 環 境 化 科 ) 次 のいずれかに 該 当 する 1 文 化 的 活 動 や 体 育 的 活 動 において 地 区 大 会 を 経 て 県 大 会 に 出

燈 光 会 創 立 百 周 年 に 当 たり 永 年 にわたり 航 路 標 識 関 係 に 尽 力 のあった 燈 光 会 会 員 等 茶 会

女 子 団 体 第 5 位 ( 予 選 リーグ) 本 校 3-1 宝 陵 ( 予 選 リーグ) 本 校 4-1 新 城 田 口 豊 橋 中 央 合 同 ( 予 選 リーグ) 本 校 1-4 桜 丘 (2 次 リーグ) 本 校 2-2 成 章 取 得 本 数 により 本 校 の 負 け (2 次 リー

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の と す る (1) 防 犯 カ メ ラ を 購 入 し 設 置 ( 新 設 又 は 増 設 に 限 る ) す る こ と (2) 設 置 す る 防 犯 カ メ ラ は 新 設 又 は 既 設 の 録 画 機 と 接 続 す る こ と た だ し 録 画 機 能 付 防 犯 カ メ ラ は

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10・11・12月 行事予定

統 計 表 1 措 置 入 院 患 者 数 医 療 保 護 入 院 届 出 数, 年 次 別 措 置 入 院 患 者 数 ( 人 ) ( 各 年 ( 度 ) 末 現 在 ) 統 計 表 2 措 置 入 院 患 者 数 ( 人 口 10 万 対 ) ( 各 年 ( 度 ) 末 現 在 ) 主 な 生



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男 子 決 勝 トーナメント 1 回 戦 試 合 番 号 101 試 合 番 号 大 島 祐 哉 平 野 友 樹 後 藤 卓 也 丹 羽 孝 希 早 稲 田 大 学 11

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中 央 公 民 館 ( 所 在 地 日 野 本 町 ) 実 習 室 ホール 談 話 室 講 座 室 A 講 座 室 B 視 聴 覚 室 調 理 実 習 室 小 会 議 室 保 育 室 24 人 50.2m2 20 人 66.0m2 16 人 45.6m2 36 人 51

女 子 の 部 予 選 Aリーグ ラブメイトなでしこ Net in 女 組 勝 敗 順 位 ラブメイトなでしこ - 1 Net in - 3 女 組 1-1 予 選 Bリーグ びっくりポン チームそこ そこ MID WEST A 勝 敗 順 位 びっくりポン - 3 チームそこ そこ - 1 MID

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- 目 次 - 1 被 害 状 況 (1) 特 殊 詐 欺 ( 全 体 ) 1 (2) オ レ オ レ 詐 欺 4 (3) 架 空 請 求 振 り 込 め 類 似 詐 欺 6 (4) 還 付 金 等 詐 欺 9 2 検 挙 状 況 ( 都 内 ) (1) 本 犯 11 (2) 検 挙 被 疑 者 の

君 聞 着 捨 周 見 黒 埋 尽 所 華 彩 心 陣 取 げ 楽 見 浮 酷 浮 酷 光 景 君 顔 走 回 私 振 回 彼 ク ム ド メ カ 彼 教 室 寂

続 に 基 づく 一 般 競 争 ( 指 名 競 争 ) 参 加 資 格 の 再 認 定 を 受 けていること ) c) 会 社 更 生 法 に 基 づき 更 生 手 続 開 始 の 申 立 てがなされている 者 又 は 民 事 再 生 法 に 基 づき 再 生 手 続 開 始 の 申 立 てがなさ

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表紙


                         庁議案件No

報 /200. 説 民 ( 昭 和 4 ) 夏 街 緑!!! 公 園 記 念 式 典 清 掃 活 子 陸 競 技 舞 台 最 規 模 野 5 万 超 企 画 運 営 担 地 元 佐 藤 的 数 少 進 ボ ア タ 40 組 超 無 償 協 縁 下

2 出 願 資 格 審 査 前 記 1の 出 願 資 格 (5) 又 は(6) により 出 願 を 希 望 する 者 には, 出 願 に 先 立 ち 出 願 資 格 審 査 を 行 いますので, 次 の 書 類 を 以 下 の 期 間 に 岡 山 大 学 大 学 院 自 然 科 学 研 究 科 等

Transcription:

上 : 若人に囲まれて 宇都宮会長ニッコリ 北海公園九龍壁で 左下 : ハイポーズ! 皆さん いい顔 昆明湖ウォーキング大会に出場して快い汗をかき 大満足の笑顔 (17) (016 年 )1 月 1 日日本と中国東京版 頌春 016 年元旦新年 認定NPO法人東京都日中友好協会会長宇都宮徳一郎東京都知事舛添要一東京都議会議長川井しげお協会創立 65 周年 秋の市民交流訪中団 に参加して撮影 = 山田高司 ( 株式会社ミノファーゲン製薬医薬マーケティング部長 ) 日本中国 日中

前列右 4 は 縫田曄子さん 右 5 は舛添要一都知事 右 6 は程永華駐日中国大使 右 7 は同夫人 太田記念館二十五周年記念式典 日本と中国東京版 (016 年 )1 月 1 日 (18) 新年度友好交流の覚書調印NPO 法人東京都日本中国友好協会 北京市人民対外友好協会 016 年度友好交流活動に関する覚書北京市長王安順 北 京 新年 北京市人民対外友好協会常務副会長田雁015 年 10 月 3 日北京にて宇都宮徳一郎会長を総団長とする認定 NPO 法人東京都日本中国友好協会 ( 以下東京都日本中国友好協会という ) 創立 65 周年記念 015 年市民交流訪中団 は 北京市人民対外友好協会の招聘により 015 年 10 月 3 日から 10 月 7 日にかけて中国を訪問した 北京滞在中に 016 年度友好交流活動に関する覚書 調印式及び交流会 第 回北京 東京フォーラム と 第 15 回北京国際友人昆明湖ウォーキング大会 に参加した 両協会は 015 年度の友好交流活動の実施状況と成果について総括し 双方とも満足の意を表明した 014 年 4 月 王安順北京市長が中国訪問の舛添要一都知事と会談され 9 項目の合意事項を結ぶなど両都市の信頼関係の再構築が行われた 本年 7 月 北京市人民政府高級顧問 北京市人民対外友好協会呂錫文会長が訪日され 舛添都知事と今後両都市間の交流について突っ込んだ意見を交換され 大勢の東京都民と触れ合った これによって両国の首都同士 協会間の 相互理解 と 友情 は一段と深められた 両協会は この機会を最大限に活かして 引き続き文化 スポーツ 教育など伝統交流活動を良くすると同時に 新しい分野での交流を切り開き 円滑な友好交流を積極的かつ効果的に進め 平和の祭典の象徴である 00 年東京オリンピックと 0 年北京冬季オリンピックを共に迎える為に 016 年度の友好交流計画について 意見交換を充分に行った上で 以下のように合意した 一 東京都日本中国友好協会が 016 年の秋に協会を代表する訪中団を派遣する また北京市人民対外友好協会が協会を代表する訪日団を随時派遣する 二 引き続き太極柔力球 青梅マラソン アニメなど文化 スポーツ交流を行う 北京市人民対外友好協会は中高生 大学生訪日団を派遣する 東京都日本中国友好協会は新たに中高生 大学生を北京市人民対外友好協会の協力 支援のもとに派遣する 三 青年 女性及び高齢者福祉事業など交流の実現をする 四 経済交流を目的とした中小企業視察団の相互派遣をする 五 東京都日中友好協会は北京市環境問題 ごみ 下水道 エコ 農業 高齢者対策などの具体的目的を持った訪日団を積極的に受け入れる 上記の各項目の具体的交流内容及び実施方法については 両協会の担当部門を通じ 別途協議の上決定する 東京都日本中国友好協会 北京市人民対外友好協会

陕 刘 为 跑 罗

日本と中国東京版 (016 年 )1 月 1 日 (0) この 1 年の歩み都日中活動日誌015 年 16/18 日中友好協会創立 65 周年記念集会 1/5 漢詩かるた交流会 31/31 日中女性新春の集い 4/ 7 渋谷区日中 春節のつどい 5/ 北区日中 春節餃子パーティ 6/14 北京市青少年アニメ訪日団歓迎会 7/14 千代田区日中新春の集い 8/15 西東京市日中創立 10 周年講演と音楽会 9/ 豊島区日中 春節を祝う会 103/ 8 中国語ワンデー レッスン 3/8 千代田区日中留学生を招待するお花見会 13/9 文化交流委員会郭沫若記念館を訪ねる 134/19 日中友好スポーツ交流会 14/15 東京都日中 春節を祝う会 155/14-16 南京城壁修復協力事業 0 周年記念訪中団 16/18 中国問題を読み解く連続講座 ( 大久保勲 ) 173/18 中国問題を読み解く連続講座 ( 小島康誉 ) 184/15 中国問題を読み解く連続講座 ( 金振 ) 195/0 中国問題を読み解く連続講座 ( 西園寺一晃 ) 06/17 中国問題を読み解く連続講座 ( 馬場錬成 ) この 1 年の歩み ❽ ❺ ❶ ❸ ❷ ❼ ❾ ❹ ❻ 一月 二月 三月 四月 五月 六月

日本と中国東京版 (1) (016 年 )1 月 1 日東京都日中写真でみる / 8 北区日中バスハイク /14 第 18 回囲碁交流大会 /6 教職員部会連続講座 ( 小林寛澄 ) / 7 日中友好秋季セミナー 東京 1/ 3 中国留学体験発表会 7/15 中国問題を読み解く連続講座 ( 堀内正範 ) 9/16 中国問題を読み解く連続講座 ( 段躍中 ) 10/1 中国問題を読み解く連続講座 ( 野田英二郎 ) 7/ 聶耳を偲ぶ会 7/3 北京市対友協代表団一行歓迎会 9/15 中国大使館 錦秋交流の夕べ 10/3-7 015 年市民交流訪中団歓迎会 016 年度友好交流活動に関する覚書調印祝賀晩餐会 9/18 昆劇名作精選公演 7/6 北京で国際太極柔力球交流大会 8/ 1 都日中第一回理事会 ( 於新橋亭 ) 10/4 日中関係シンポジウム 9/7 国際交流おみこしを担ぐ会 8/ 西東京市日中 青梅市日中と交流 9/6 第 回日中親善ゴルフ大会 9/7 中国語スピーチ コンテスト / 第 38 回渋谷区民フェスティバル 015 東京都日中 七月 八月 九月 十月 十一月 十二月

地区協会だより 豊島区日中 秩父マスの掴み取りと温泉での一日 は一路秩父へ 出発後程な 池袋西口東京芸術劇場 前を 時 分出発 バス 使ったバイキングに皆さ 熱々のマスと旬の素材を いつまでも響いておりま 今年は 一起去釣魚 吃 BBQ 還 有 温 泉 秩 父マスの掴み取りと温 泉 くして恒例のカラオケ大 人 が参加しました の一日 を企画 秩父 の 今回で 回を数える 豊 千代田区日中 中国でも 健康麻将 を 広めてもらいたいとの主 渋谷区日中 渋谷区フェスティバル 導しながら健康麻将を体 目から参加しているので た 渋谷区日中は第 回 う人たちだ と子供に話 国がお友達になろうとい ンダの人たちは日本と中 り お母さんが このパ に繰り広げられた幻想的 谷部健区長 桑原敏武前 日目は平日であ 区長なども激励に見えら れた 日目は甘栗 り 雨のため人出は少な かったが も 時ごろに完売 区役 所からNHK前の脇を通 って代々木公園いっぱい に張られたテントは約 万人の人出でにぎわっ た 第 回 見にいく会いに行く 中国の旅 報告 婦人之友 十二月号より 北京は 何もかも大き かった 空も建物もそし て人の声も 巨大なビル みなども残っている 交 同 とよばれる古の街並 たこと 思いやりを感じ りのお弁当のおいしかっ 日の際の神戸友の会手作 と努力なくしては続かな きな成果だと思う 意思 して続いていることが大 が 立 ち 並 ぶ 一 方 で 胡 流会では中国茶道の作法 い 参加できたことを嬉 て下さった対外友好協会 しく思っている 私たち ることが国際貢献 の言 たことなどを話してくだ 交 流 は 平和をつく り出していくための準 葉が印象に残る さった その時のハラン た 生 活 学 校 の 卒 業 生 備 である 思いやりは で茶をいただき 茶の飲 が 羽仁もと子先生の誕 平和の種だ 交流がこう み方について意見交換を 生日に贈ったという歌を 呉市 坂本直子 盧燕寧さんの 仲よくす 歌って下さった また訪 一行を受け入れ 案内し 東京都大田区北糀谷 10 13 電 話 03 374 0161 代 が日記帳に大切にはさん 野口雄司 であった 取締役社長 違いがあり 興味深かっ 羽田パイプ製造所 した 同じ茶でも日中で http://www.haneda-pipe.co.jp E-mail : hpw@haneda-pipe.co.jp 旨で企画された いた 小さい子供は パ みを作成し 役員がフェ 渋谷区民フェスティバル 月 日東京渋谷 区代々木公園で 第 回 ンダちゃんだ と走りよ 当日は それぞれの団 体から参加者が集まり 上級者は交流戦 日本の ってきて写真に納まった 験してもらうなど それ 今回で 回目となる 例 スティバル会場を練り歩 麻雀が初めての人には 区日中友好協会も参加し 健康麻将協会の講師が指 015 が開かれ渋谷 ぞれにマージャンを楽し 年通り甘栗を中心に中国 副理事長が挨拶 続いて な光の芸術に参加者一同 みつつ 来春の春節会の 実行委員長の芸能人の 井上順さんや渋谷区の長 んだ 東京都日中友好協会の斎 焼にして昼食の食卓に した 獲ったマスは炭火 小松沢レジャー農園に 旅 の地であり 全土にわた 藤成氏が挨拶した しかける場面などもあっ って多くのひとびとにマ た 日中友好の宣伝効果 ージャンが愛好されてい 開会式の終了後 大会 が行われたが 成績を競 物産を販売 同時に日中 る 賭 け な い 飲 ま な 友好も訴えた んご満悦の様子でした い 吸わない をモット 開会式では 日本健康 麻将協会の朽木事務局長 ら中国の皆さんの歌のう 日 日 会に いつものことなが 内のインペリアルにおい 月 日 千代田区日 湯元 武甲温泉 へ異動 露天風呂では疲れを癒し 中友好協会は 千代田区 十分お腹を満たしたあ とはバスで近くの 秩父 て 東 京 都 日 中 友 好 協 が司会を務め 同じく日 まさには驚かされます ながらしばし日中談義 会 一 社 日 本 健 康 麻 しました 月 時過ぎには 秩父小 松沢レジャー農園 に到 心地よく汗を流したとこ 名 内子供 3 はかなりあった 着 さっそく近くにある ろでそろそろ帰路に 名 中国人 昨年 パンダの着ぐる 島区日中日帰りバスハ イ マスの掴み取り の河 中国はマージャン発祥 会 を開催した 38 鋼管 HANEDA 船 舶 石 化 用 圧 力 配 管 用 高 温 高 圧 用 ボイラ 低温用 本健康麻将協会の斉藤正 ク には総勢 名 日本人 原へ 仕切られた浅瀬に い 合 い な が ら も 健康 ながら渋滞もなく 400 年で賑わう日光東 紅葉のシーズンではあ 照宮を現地のガイドさん ったが 雨のせいか 高速 の案内で見学した 気に出発した 区長の見送りを受け 元 川 家 康 公 奉 斎 没 後 が 会長の花川與惣太北 おせんべいを試食し 徳 気あいあいとした対局で 麻将 の精神で楽しく和 会リクリエーション委員 あった ーとして 礼儀正しくマ 興奮! 初めのうちは大 人も子供も恐る恐る及び 会スタッフの皆さんに惜 将 を日中友好協会の会 ナーを重んじる 健康麻 腰で触れるのが精一杯で しみない感謝の拍手が送 員の方に知ってもらい 午後 時前に現地を発 将協会と 団体共催によ ち 途中買い物などをし る 健 康 麻 将 を 楽 し む し た が 慣 れ て か ら は られ 秋暑の楽しい旅は く泳ぐ姿に子供たちは大 方々に追い回し ぐった は池袋に到着 最後に協 りしたところを掴み取 無事に終わりました 時に はマスが放され 勢いよ 30 り 歓声は新涼の谷間に 最後の目的地は関東三 道路も渋滞無くスムーズ に流れ 車中では おつ 大イルミネーションのひ ところでビンゴゲームが 大感動 東京への帰路の 再会を約して解散した 50 7 鬼怒川 日光 幻想的な光の芸術へ 出された あしかがフラ まみや飲み物が配られ とつで昨年は日本一に選 全員が自己紹介した 始まり クリスマスツリ 広い園内 最初のパーキングを出た ワ ー パ ー ク ーや腕時計等の景品が当 たるたびに歓声が上がっ 車中は恒例のカラオケも た 途中の車窓から見え ナシでイルミネーション 満 喫 し た そ の 後 お 13 北区日中 北区のバスハイク 北区日中恒例の友好バ スハイクが去る 月 日 名 合計 に実施された 日本人 名 中国人 る紅葉に感動しつつ 最 の余韻に浸っていた 時 初の目的地 鬼怒川観光 高速では事故渋滞で予定 分遅れの午後 名が参加した 中国側参 より 日の別れを惜し かき工房 で出来たての らのランチバイキングを 楽しい ここでも窓際の席から 半 過 ぎ の 帰 京 と な っ た 見える紅葉を楽しみなが が 一人の不満もなく ホテル三日月に到着 加者の半数以上は初参加 週間前 に来日したばかりの小学 で その中には 校 年生の女の子と母親 8 に参加した 当日は 朝 が日本で働く父親ととも 30 1 1 健康麻将協会と 都日中がコラボ大会 1 健康麻将を楽しむ会 3 3 8 44 16 4 8 から生憎の雨模様だった 13 6 1 長谷部渋谷区長とバンダと渋谷区日中の役員たち 7 10 9 31 47 19 大学OBと都日中女性部会有 志が合同で南三陸町被災地訪 問 丸山 幻想的な あしかがフラワーパーク のイルミネーション 16 37 016年 1月1日 東京版 日 本 と 中 国

教職員部会連続講座 中国留学体験発表会 ビジネス交流 豊島区日中 その二 いた の兵舎などにも訪問して 本 イ ベ ン ト は 中 国 語 普及委員会と青年委員会 催しました 子さん 浙江師範大学 の 受けて留学された滝口賀 日中友好協会の奨学金を 中 村 佑 さ ん 武 漢 大 学 015 年 月 日 年 委 員 の 伊 藤 洋 平 さ ん 中国留学体験発表会を開 中 国 政 法 大 学 北 京 お役に立つビジネス情報 開催されました 皆さんの 島区立生活産業プラザで しくお願いします として ご指導の程をよろ 八路軍に入り 反戦同盟で 活動する小林寛澄さん 林氏は 思想は別にして 小林氏の証言によれば 昭和十八年頃になると の 共 催 に よ る も の で 会 況ですが 来年は飛躍の年 られます まだ手探りの状 豊島区日中 日中議連 の交換や勉強会の場を協 ております これまでに は 伊藤さんから 中国人 といった回答が飛び出 回 を 数 え 参 加 者 は 延 べ 合同忘年会 し 参 加 者 か ら 笑 い の 声 14 名 会 員 登 録 数 は 促進豊島区議会議員連盟 隔月に開催し の 彼 女 を 作 れ な か っ た 会が提供し 答 を 行 い 和 気 あ い あ い も た ど う し た ら の司会で行いまし 終 了 と な り ま し た が 倶楽部の活動は直ちに 成果として現れるもので 月 時半より池袋に の懇親会に参加してくだ 人の方が場所を移動して 年後の事業展開を模索し に何件かの商談も進んで はありませんが これまで 事長 栗山事務局長の各 らは宇都宮会長 須藤理 上区議会議長 都日中か として高野豊島区長 村 月 日 区 立 生 活 産 空き家を募集します 業プラザ実習室で日本 青年委員会では 都日 華人職業女性連合会と 中の皆さんから空き家を 合同で 月餅づくり をしようとして ことごと れだろうし 政権への不信 旅行の想い出や来年の春 日 参加者は総勢 名 中議連から 名 で バス 葉を頂きました 出席され それぞれお言 林守永新会長の皆様がご 学友会の王功熙前会長 書記官が また立教大学 夫人の汪婉参事官 王磊 位 中国大使館から大使 いるようですし 中には定 て開催されました 来賓 日午後 との合同忘年会が 豊島区日中と日中友好 とした雰囲気で大変充実 温 か い 雰 囲 気 の 中 原 副 中国語が上達する ました さ り さ ら に 交 流 を 深 め 名となりました した会になりました のか モチベー 委員長のあいさつで会は なお 質疑応答は 発 表者と同世代の山田委員 ションを維持する 貸していただき 中国人 にはどうしたら良 た が や り 残 し と交流できる場にしたい いか など さまざ た こ と は? と い まな質問が出まし う質問に対して の 流 暢 な 司 会 の も と 青 て参加されている方もお も 共産主義 について 日本軍と八路軍の力関係 員および一般向けとして 第8回東京熊猫倶楽部 勉強をしなければと思う は ほぼ平衡であった は初めての試みでした ていた 小林氏は 日本軍 九十六歳の小林寛澄 氏 に 十 一 月 の 連 続 講 座 で ようになった そして日 その後 日本軍の力は低 国語の発音を習った 小 は 反戦同盟での活動 けを 昭和十八年頃から ついて語っていただいた 本軍への直接的な働きか 昭和十八年前後 に 始めた 毎月毎月活動プ た 八路軍は 日本軍が 今年最後の 東京熊猫 倶 楽 部 が 月 日 に 豊 昭和十六年六月に 八路 軍の捕虜となった 小林氏 ランを立て ビラや慰問 壊滅した後の接収対策ま 名による講演と質疑応 が 反戦運動への意識を 持 下していった 参 加 者 は 委 員 会 メ ン 昭 和 十 九 年 の 夏 頃 に な バーを入れて 名あまり ると 日本軍の敗色は濃 で し た が 服 部 副 委 員 長 幅に緩んでいた 日本軍 袋 電話攻勢などを行う 六月に反戦同盟山東支 部は 第一回反戦同盟大会 動している様子が目立っ の兵隊が ぶらぶらと行 ようになった を開催した そこでは 日 って半年以上たった昭 和 十七年春の頃だった 本軍国主義の中国侵略戦 ちはじめたのは 捕虜とな 八路軍の政治部の張 昆 科長から 私たちが 中国 の本質を訴えて 反戦運動 争の阻止 日本兵士に戦争 で考えていた 厚と感じた 軍紀は 大 語を教えるから 私たちの 言われた 捕虜に対する扱 仕事を手伝ってほしい と を展開するなどの方針を いを見ていて だんだん八 う その意欲に圧倒され 路軍に好意を持つように 決めた 小林氏は 百歳まで なり 八路軍に入隊 小林 小林さん ビラを見たよ 証 言 を 続 け た い と い 氏は 中国語を習得するた 小 林 さ ん は 有 名 だ か ら ている 小嶋雄二 八路軍の兵隊には 中 長も 小林氏の存在を知っ おかしい 日中関係での 日中友好のため 空き 家を使わせていただける との提案がありました 工学院大学孔子学院との共同講座 心当たりの方は 青年委 高尾山 ハイキング どくちっぽけな存在に思 え た こ の 森 に 一 瞬 で あ るが尊敬の念を抱く 谷 川 が さ ら さ ら 流 れ 道もだんだん険しなって き た ふ と 顔 を 上 げ る と に耐えた甲斐があったと 士 山 が 見 え た 瞬 間 疲 れ 感が今回の反対運動とし さい 090 654 山口駅で参加者と合流す 爽やかな秋の早朝から わ く わ く し な が ら 高 尾 て出てきていると思う 今回の中国の抗日戦争 勝利集会に 韓国もロシア 9573 場者がお越し下さり 観劇 る 来日以来 日本人との カは軍事予算が減額して いるところを日本が肩代 も代表者が出ていた 日本 入場者は650 名を超え 初めての旅である く失敗している アメリ わりをするというような も儀礼的にでも行くべき 千代田区日中 て盛会な公演実施となり 安倍政権においては根が 関係が国際政治のすべて 安保法制を 夏までに仕上 各国と首脳 だっただろう 化遺産にも指定されてい た と 言 わ れ 世 界 無 形 文 ました 本事業を後援して い 中島議連副会長の手締 めで閉会となりました 間半にわたって熱演しま した 最近の日中関係 をテー 戦争中 日本は中国でや りたい放題なことをして を語ってもらった 国際的見地から日中関係 ド 大 使 も 歴 任 そ う し た の 世 界 各 地 に 勤 務 イ ン を手助けしたいという演 落ちてきているアメリカ たというが 国際的に力が アメリカの議会で演説 をして拍手喝さいを受け いう考えではないか 治時代を取り戻したいと るだろう これは日本国憲 した形で出てきたといえ していた 世論がはっきり 会周辺で安保法制に反対 があったが 今回若者が国 れている してそうした関係をつく ドイツとフランスは戦 争の歴史であったが 現在 も最も古い歴史ある演劇 は現存する中国で との関係も民間交流を通 昆劇 は非常に関係がいい 中国 で 京 劇 の 起 源 に も な っ した 夢 と 牡 丹 亭 を 約 代表的な演目の 琵琶の 来日し昆劇の伝統のある 優 が 多 数 お り 約 し上げます 会場の共立講堂には 時の開演前から次々と来 マに野田英二郎氏の話 で おきながら 充分な反省を 説をすれば当然のことだ らなければならない 昆劇名作精選 都日中と共催 あった 野田氏は 大学を していない アメリカに負 法が国民の中にはっきり 年安保闘争 けて被害者意識だけが強 と根付いていることの現 18 は参加者の李曄さんから イ キ ン グ を 行 っ た 以 下 山 頂 に 辿 り 着 き 群 山 の 風 景 を 眺 め 遠 く に 富 じ 精一杯頑張った い光景が待っていると信 い一日であった と 理 解 で き た 素 晴 ら し 時 千代田区日中 朽木光晴 高 い 木 と 比 べ 自 分 が ひ て き た 雲 を 凌 ぐ よ う な 言葉にできないほど綺麗 感 じ た 目 の 前 の 風 景 は 寄せられた感想 要約 この試練を超えれば美し 時はかなり疲れていたが く 最 後 の 階 段 に 着 い た 木漏れ日の美しさに気づ であるかのように考えて げると言った 日本のどこ 会談をおこなっても何の ます 演出する 中国北方 最初のうちは坂道もな だ っ た 日 本 人 参 加 者 の だ ら か で ハ イ キ ン グ 気 富士山を見るたび 勇気 節の話などで大いに賑わ いるようだがそれはおか でも話し合いのないこと 東京都日中友好協会と 千代田区日中友好協会 昆 曲 劇 院 は 中 国 で も ト くださった千代田区 千代 員会の伊藤までご連絡下 しい アメリカ至上主義に をアメリカでいうことは 成果も出ていない 南京虐 日に千代田区 田区関連機関 一社 日 月 なっている 安倍首相の歴 殺事件が世界遺産に登録 は 月 ップクラスの昆劇団体 文化交流委員会は 史認識は偏っている 安倍 を出したが 主語のない談 おかしい 月 日に談話 か数万人虐殺したかが問 されたが 万人虐殺した 一ツ橋の共立講堂で 昆 で 国 家 一 級 ク ラ ス の 俳 が湧き出るような感じが 6 ろう アメリカは世界の 9 30 日 日 恒例の高尾山ハ 首相は 日清 日ロ戦争に 話であった 現在の日中 題ではない 虐殺した事実 劇名作精選 琵琶の夢 牡 す る と い う 言 葉 が や っ 勝った頃の意識が強く 明 関係は そうした中に含ま を消すことはできない 丹亭 の公演を実施しま はだんだん歩き難くなっ 分 で あ っ た 途 中 か ら 道 深い 政府全体として日米 月講座 18 本健康麻将協会 東京華僑 中国問題を読み解く 最近の日中関係 総会の皆様に深く感謝申 - あらゆる地域で国づくり メリカに留学 帰国後 外 14 8 60 18 野田英二郎先生 6-70 卒 業 後1950 年 か ら ア 1 65 めに 一生懸命努力した ね と 日本軍の兵士や隊 15 6 96 9 その二 0 3 北京 南羅鼓巷の夕暮れ 三 好 道挿画 名が 3 い 国 際 的 見 地 か ら 見 れ 015 年 月 日の 務 省 に 入 職 し ワ シ ン ト 中国問題を読み解く は ン モスクワ ソウルなど 10 一般社団法人 1 0 8 15 10 ば こうした考えは極めて 1 9 016年 1月1日 東京版 日 本 と 中 国 3

日本と中国東京版 (016 年 )1 月 1 日 (4) 016 東京都日中友好協会会長 ミノファーゲン製薬代表取締役社長宇都宮徳一郎東京都日中友好協会副理事長石田昌三九東京都日中友好協会常務理事渋谷区日中友好協会常務理事橋本准子(公社)日中友好協会参与東京都日中友好協会顧問鈴木美緒東京都日中友好協会参与(一社)日本太極柔力球協会監事多田義明東京都日中友好協会理事 羽田パイプ製造所代表取締役会長野口広東京都日中友好協会副理事長杉本孝一郎東京都日中友好協会副理事長須山加代子東京都日中友好協会副理事長渋谷区日中友好協会事務局長髙野勇一東京都日中友好協会副理事長斎藤成東京都日中友好協会常務理事遼寧本渓友好一〇〇年会代表幹事前田久男東京都日中友好協会参与目黒区日中友好協会理事福山美知子 富士山泰山友好山 提案締結 自強術世界普及会 会長松澤光臣東京都日中友好協会参与東京三立学院理事長直江昌則東京都日中友好協会常務副会長 キューピットワタナベ代表取締役渡辺道代東京都日中友好協会副理事長日中友好協会全国女性委員会副委員長奥真理子東京都日中友好協会元常務副会長(公社)日中友好協会顧問古島琴子東京都日中友好協会理事中野区日中友好協会副会長町田文子東京都日中友好協会顧問日中東方音楽交流会代表吉崎つね子中野区体育協会会長中大学員体育会相談役神山好市東京都日中友好協会常務副会長豊島区日中友好協会会長尾崎隆信東京都日中友好協会事務局長東京都日中友好協会参与栗山眞之警視庁成城警察懇話会顧問(公社)北沢法人会相談役佐伯久吉伝統武術淺山一傳流体術日野交通安全協会第一支部支部長坂井英二練馬区春日町南地区区民館中国語講師下田長四郎卓球文部科学省A級スポーツ指導員渋谷区日中友好協会理事鈴木静香東京都日中友好協会元副理事長松井幸雄東京都日中友好協会常務副会長中野修東京都日中友好協会副理事長森山光伸青梅市日中友好協会会長東京都日中友好協会理事山下英夫東京都日中友好協会監事(一社)日本健康麻将協会会長田邊恵三東京都日中友好協会参与書家井垣清明東京都日中友好協会参与国際経営経済研究所所長梶山卓二東京都日中友好協会副理事長丸山不動産 代表取締役丸山隆司東京都日中友好協会副会長大田区日中友好協会会長松原忠義東京都日中友好協会常務理事渋谷区日中友好協会副会長荒井和子(公社)日中友好協会常務理事東京都日中友好協会副会長永田哲二東京都日中友好協会理事渋谷区日中友好協会理事長伊藤美代子東京都日中友好協会理事長須藤誠東京都日中友好協会常務理事東京都日中教職員部会会長小嶋雄二東京都日中友好協会常務理事海老澤ひさゑ東京都日中友好協会元副理事長渋谷区日中友好協会相談役坂田和子(宗)仏国土をつくろう会会長岩佐澄隆東京都日中友好協会元理事長(有)露満堂取締役片岡健東京都日中友好協会会員任意団体 Link 代表者滝沢春子東京都日中友好協会常務理事大田区日中友好協会監事川本淳子 プロフェース システムズ代表取締役田一輝東京都日中友好協会会員NTサービス 代表取締役中根純東京都日中友好協会会員 リテラシーズ代表取締役永野剛東京都日中友好協会副理事長宇宙生命研究所代表井上恒弘東京都日中友好協会常務理事杉山政利東京都日中友好協会理事渋谷区日中友好協会理事戸村啓子東京都日中友好協会常務理事日本太極養生健身会会長竹内彰一東京都日中友好協会常務理事目黒区日中友好協会会長二ノ宮啓吉東京都日中友好協会理事近代日本美術協会監事中村瑞子周而復 長城万里図 全六巻刊行会日中二十一世紀翻訳会責任者伊井健一郎ジェイエッチシー株式会社玉田裁司代表取締役社長西東京市日中友好協会 役員一同工学院大学孔子学院西園寺一晃学院長佐藤光史理事長株式会社臼井工業研究所臼井芳雄新しん橋きょう𠅘てい中国料理NPO法人東京太極拳協会日中友好促進大田区議会議員連盟日中友好北京市西城区姉妹都市北区議会議員連盟墨田区議会国際親善議員連盟東京都日中友好協会常務理事 亜東書店会長三好敏東京都日中友好協会常務理事日野市日中友好協会会長宮内静夫長崎唐通事平井家子孫十三代目 ティ エフ ケイ代表取締役平井靖人北区日中友好協会花川與惣太 他役員一同会長渋谷区日中友好協会 役員一同港区日中友好協会 役員一同東京都日中友好協会会員向山たつ美東京都日中友好協会会員依光恒治迎春