Title 大学生の消費者市民力を育成するパーソナルファイナンス教育の可能性 ( 全文の要約 ) Author(s) 橋長, 真紀子 Citation Issue Date 2016-03-15 URL http://hdl.handle.net/2309/145692 Publisher Rights
大学生の消費者市民力を育成するパーソナルファイナンス教育の可能性 橋長真紀子 本研究は 理論研究編では パーソナルファイナンス教育 (PF 教育 ) および 消費者市民教育 の概念規定を 日本 米国 英国 北欧の先行研究から比較検討し 2 つの教育の関係性を明らかにした上で コンピテンシー と PF 教育 との関係性 21 世紀型能力 と消費者市民教育で育成する 消費者市民力 との関係性を明らかにした 第 Ⅰ 部の理論研究編 第 1 章第 1 節では PF 教育 については 発祥の地である米国において当該教育がどのように形成されていったかの社会的背景および業界団体および政府の取り組みの経緯を概観し 教育システムの中で推奨されているガイドラインとカリキュラムについて検討を行った 第 2 節では 米国の PF 教育のガイドラインとカリキュラムについて ジャンプスタート個人金融連盟のガイドライン 経済教育協議会の調査結果より PF 教育を州の教育基準に盛り込み 教育基準の実施を義務化している州が 全米の約 7 割の州に上る現状を明らかにした その上で Iowa 州 Ames という町の PF 教育の中学 高等学校 大学における教育内容を 学問的位置づけとともに明らかにした 第 3 節では 日本の PF 教育の形成を家政学の研究分野の視点から整理し 家政学における消費者教育の分野として生活経営学 家庭管理学 家庭経済学 消費経済学の学問領域における PF 教育の位置づけを検討し 日米の PF 教育の比較検討を行った 第 4 節では 日本の学習指導要領における PF 教育の位置づけに関し 消費者教育の 1 領域としての PF 教育という視点から検討した また 大学教育においても 2011 年の文部科学省の 大学等及び社会教育における消費者教育の指針 で 将来を見通した生活設計を行う能力 を育むだけでなく 社会とのつながりや社会に参加することの意義も含めたキャリア教育 を行うことを盛り込んでいることを明らかにした その上で 日本の PF 教育が金融広報中央委員会を中心に推進された経緯や 学習指導要領との関連性を検討した 第 2 章第 1 節では 英国におけるコアカリキュラムに市民教育の視点から PF 教育が組み込まれ その背景として金融包摂課題や 若者の失業者の増加に伴う不安定な雇用環境があることを述べた また PF 教育は国策として初等 中等教育では提供されているが 大学においては 公共政策を考える上での一つの切り口として個人の金融が用いられており 学問体系の一領域としては 確立していない現状を明らかにした 第 2 節では 北欧の消費者市民教育の学習テーマの 4 本柱には 個人の金融 (Personal Finance) および 家庭の管理と参加 (Home Managing and Participation) の 2 分野が含まれており PF の関係性は非常に高いことや 同教育により 自己の消費態度と消費行動を振り返り 生活設計能力の向上をめざすことであり さらには地球全体の共同体への貢献をとおして 現代社会の矛盾や不平等性に関し批判的に考察し責任感のある市民を育成する教育であると捉えると まさに本研究で育成したい消費者市民力と一致することを述べた 第 3 節は 日本に
おける消費者教育の推進について 消費者行政が保護する主体としての消費者 自立した消費者 持続可能な社会の構築への担い手としての消費者へと 変容していく経緯を明らかにした 第 4 節では 消費者市民教育と消費者教育の関係性に関し Bannister & Monsma (1982) が提唱する 消費者教育 の柱は 意思決定論 市民参加 批判的思考 の 3 要素であり 消費者市民としての判断や行動力の育成が含まれているが 環境の視点を含めた 持続可能な社会 への責任に関する視点は含まれておらず 消費者自身の成功 ( 利己主義 ) が中心であり 共同体への貢献 ( 利他主義 ) という価値観を育てるものではなかったことを論じた 第 3 章では コンピテンシーと PF 教育の関係性について 第 1 節では OECD のコンピテンシーが 知識基盤社会の中で今日的に育成すべき能力として 断片化された知識や技能ではなく 意欲や態度などを含む人間の全体的な能力 と定義されて 21 世紀の教育目標と設定されたことに伴い各国で教育改革が進められてきたことを整理した 第 2 節では 米国のコンピテンシーである 21 世紀型スキル と PF 教育の関係性について グローバルな視点 金融 経済 ビジネスと起業家リテラシー 市民リテラシー が 21 世紀の学際的テーマ として含まれていることを明らかにした 第 3 節では 日本のコンピテンシーと PF 教育の関係性について 国立教育政策研究所が定義する 21 世紀型能力 の 3 要素の一つの 実践力 は 自分の行動を調整し 生き方を主体的に選択できるキャリア設計力 ( 自立的活動力 ) 他者と効果的なコミュニケーションをとる力( 人間関係形成力 ) 協力して社会づくりに参画する力( 社会参画力 ) 倫理や市民的責任を自覚して行動する力 ( 持続可能な未来づくりへの責任 ) の 4 つの能力で構成されており 今井 (1998) が提唱した 消費者教育の能力観や米国の 21 世紀型スキルと目指す方向性が一致することを明らかにした 第 4 章では 21 世紀型能力と消費者市民力との関係性をより詳細に分析し 第 1 節では 21 世紀型能力の 実践力 について詳細を検討した 第 2 節では 21 世紀型能力の実践力の 1 つである 自立的活動力としてのキャリア設計力 とは 金融リテラシー マップに位置づけられた 生活設計 の内容と重複していることを論じた 第 3 節では 消費者市民力と社会参画力の関係性について 消費者教育の定義 大学等及び社会教育における消費者教育の指針 ( 文部科学省 2011) における消費者像は 21 世紀型の市民像として消費者教育推進法の中でも 消費者市民社会の形成に主体的に参画し その社会の発展に寄与することができる市民として位置づけられている すなわち 21 世紀型能力の実践力のうち 協力して社会づくりに参画する力 ( 社会参画力 ) 倫理や市民的責任を自覚して行動する力 ( 持続可能な未来づくりへの責任 ) という能力を発揮する消費者と一致することを論じた 第 4 節では 倫理的な消費者としての視点から 1960 年代から今日の消費者市民につながる系譜を整理した 第 Ⅱ 部実証研究編では 6 つの調査結果より 大学生の消費者市民力が PF 教育によって
育成されたかについて検証を行った 第 1 章では 大学生の消費者市民力および金融力の実態把握および PF 教育を通じて持続可能な社会の構築を目指す意識形成を行うことの可能性を検証した その結果 大学生の実態として 支払期日は遵守する傾向にあったが 長期的な資金計画をもとに 支出の優先順位をつけて計画的に管理を行う習慣は 身についていないことが明らかとなった 第 2 節では 日米の大学生の金融行動の違いを明らかにするために 米国の大学生 700 名 日本の大学生 730 名に実施した質問紙法によるアンケート調査の結果から金融行動志向性を分析した 日米の大学生の金融行動は 有効な差が見られ 米国大学生は 金融行動 10 項目すべてにおいて 日本大学生より高い有意な平均値を示した 特に ニーズとウォンツを理解している 現在の消費が将来に与える影響を考えている に関し 高い有意差が見られた また 先見性 因子と 近視眼 因子の傾向についても分析を行い 米国男子学生は 米国女子学生より 先見性 因子が有意に高く 日本においては 逆の傾向が見られた また一方 学年効果に関しては 日米ともに学年が上がるにつれて 近視眼 傾向が高まっていたことから大学生活や大学でのPF 教育は 先見性 を持ち 将来設計をするという金融行動に寄与していないことが窺える それゆえに卒業前に経済的な自立ができるよう大学生の金融行動を健全なものに変容させるための既存の大学教育におけるPF 教育の再検討が必要であることが示唆された 第 2 章では 日米の大学教育における PF 教育の特徴を明らかにするために 第 1 節では 日本の大学における PF 教育の実態とニーズを全国の大学を対象とした Web 調査の結果から PF 教育の提供は 全体の 1 割に留まっていることが明らかとなった この結果は 古徳 (2006) が実施した全国シラバス調査の結果と一致する そのため 本調査実施時期の 2014 年までの 8 年間で 大学における金融教育は特に普及が進まなかったことが示唆された しかし PF 教育の必要性に関しては キャリア科目の有無にかかわらず 5 割は その必要性を感じており 大学教育における PF 教育の必要性は 明らかとなった 第 2 節では 米国の大学における PF 教育の実態を明らかにするためにシラバス調査および Web 調査より当該教育の学問的位置づけおよび教育的意義を明らかにした シラバス調査により 大学で提供されている PF 教育の学問領域は ビジネス学部が 85.3% 次いで人間科学部 10.8% であり 圧倒的にビジネス学部で PF 教育は提供されおり 博士課程になるにつれて 人間科学部の割合が増加していた 米国において PF いう学問領域が大学教育の中で独自の学問分野として位置づけられ この分野を専門領域とする研究者が多数いることから鑑みても 長期的な視点でこの学問領域を発展させる基盤が確立していることが明らかとなった 米国大学の PF 教育の実態から 日本の大学へ示唆されるポイントを整理すると 第 1 に PF 教育を指導できる専任教員 / 研究者の増員と研究業績の蓄積 第 2 に研究業績を蓄積するための研究費の拡充 そして第 3 には 人的資質の向上に寄与するキャリア教育の視点が重要であることを論じた 第 3 章では 日本の大学における PF 教育実践からの効果検証を行った 第 1 節では A
国立大学の教育実践から履修生 100 名の事前 事後 追加調査から金融行動 消費者市民力 幸福度 不安度の変容および大学教養教育における金融教育の意義について分析を行った その結果 10 項目からなる金融行動のすべてに関し改善が見られ 中でも最も高い変容が見られたのは ニーズとウォンツを理解する である一方 変容率が低かったのは 期限内に支払う であった また 奨学金の利用者には 支払日を意識し 目標達成に向けた必要額を管理する変容が見られた また 大学教養教育での PF 教育の提供は 履修生の満足度からも妥当性のある教育内容であった 追加調査および非対照群との比較の結果から 1 年後の金融行動の変容を分析すると 金融行動 10 項目について 履修生 12 名の変容は 1 名を除き ほとんどの学生が より健全な金融行動へと変容を示していた 最も効果が高かったのは 授業直後であったが 3 分の 1 の学生は 1 年後の金融行動の健全性が最も高く 一定期間を経過しても教育の意義を認識し より良い金融行動へと改善していることが明らかとなった 次に 消費者市民力 に関して 社会参画力 のうち フェアトレード商品の購入 に関しては 履修生と未履修生は差が最も大きくなった 履修生の事前 事後調査では この項目を 1 位に選択した学生がいなかったことを勘案すると 講義を通じ フェアトレード商品の役割と意義を認識し 一定期間経過後にその価値を認識したということが示唆された 第 2 節では B 私立大学の2つの異なる教授法による大学生に対する消費者市民教育の教育実践から履修者の 社会参画力 倫理的 責任ある市民力 が変容するかどうかを検証した 全ての項目で有意差が見られたが 社会参画力 では 消費者問題 履修者の 消費行動 好きな企業への投資 労働 に関し大きな有意な変容が見られた また 倫理的 責任ある市民力 では 同じく 消費者問題 履修者の 世界に通じる高い倫理観 地域の結束力 に関し有意な変容が見られた これらの結果から 課題解決学習の中でも 成果を社会は発信するという一連の授業の取り組み が 学生の社会参画意識向上に有効であることが明らかとなった また 生活経済論 履修者の課題レポートの記述分析を行ったところ 11 名中 9 名は 自立した消費者としての資質を備え そのうち 7 名は 消費者市民としての意識形成ができていた 自己の利益のみを追求するのではなく 他者や環境への配慮のある消費行動の在り方に関する認識がなされており 地球全体を一つの社会と捉え その構成員である自分たちおよび発展途上国の生産者を比較し 自分の置かれている環境の幸せに気づき 弱者への思いやりや配慮を示し 自分の力で困窮している人を助けたいという意識を示した そのような一人ひとりの善行が重なり 連鎖することにより 社会全体が良くなる 講義目標である持続可能な社会の形成へ寄与する消費行動の在り方を考え 主体的に行動する消費者市民の育成は 2 つの教育実践で一定の効果が見られた