青騎士 ( ブラウエ ライター Der Blaue Reiter) グループ カンディンスキー マルクを中心としたグループ グループといっても もともとは 年鑑誌発行のために カンディンスキーとマルクが立ち上げた 青騎士編集部 であり ブリュッケ (1905 年結成 1913 年解散 ) のような登録制の会員組織ではなく カンディンスキー マルクの 2 人に共感する画家たちの自由な集まりだった そのため いつ結成され いつ解散したか その成員がだれからだれまでであるか 正確に定めることはできないが 第一次世界大戦により 約 3 年という短い期間で終わりをつげた しかし 彼らの芸術運動が後世に与えた影響は大きく 20 世紀の現代芸術の重要な先駆けとなった カンディンスキーとマルクは 1911 年 1 月に知り合い すぐにお互いを理解し合い 芸術を語り合う親友となった カンディンスキーの提案により 図版と記事 年次記録を載せた年鑑誌 青騎士 (1912 年 5 月刊 ) 発行のための 青騎士編集部 を発足 これが 青騎士 グループの萌芽となった 1911 年 12 月 ミュンヘンで開催された 第一回青騎士編集部展 でデビュー カンディンスキー マルクの他 シェーンベルクやマッケなど 14 人の作家が出品 作品は油彩画を中心とした計 43 点であった 青騎士は 精神から外の形は生まれると考え 外観というベールの背後にある隠れた事物を体現しようとした このような 精神性の重視 から 多様性の尊重 が導き出されていることが このグループの大きな特徴であり 一時期似通った様式と主題を示していたブリュッケとは異なる点である 実際 参加メンバーの出身地や年齢層は幅広く 素描画家のクレーや 小説家としても活躍したクビーン 作曲家でもあったシェーンベルクなどがいた また ブリュッケが ドイツ的 だったのに対し 彼らの行動や交流の範囲は広く パリやロンドン イタリアでも活動した国際的性格を有していた 青騎士という名前は マルクが馬を好きで カンディンスキーが騎士を好きで 2 人とも青が好きだったため 自然についたものだという 参考資料 : 世界美術大全集第 26 巻表現主義と社会派 ( 小学館 1995) 鑑賞のための西洋美術史入門 早坂優子著 ( 視覚デザイン研究所 2006 年 )
ヴァシリー カンディンスキー Wassily Kandinsky (1866-1944) モスクワ出身の画家 1896 年にモスクワで展示されたモネの絵画を見て感動し 画家になることを決心した彼は ミュンヘンへ留学 第一次世界大戦が勃発する 1914 年までをそこで過ごした 1901 年には ファーランクス グループ を結成 1904 年からは頻繁にパリに足を運び 新傾向 運動を主催するメロダック = ジャノの影響を尐なからず受ける 1909 年に ヤウレンスキーやクビーンとともに ミュンヘン新芸術家協会 を結成したが この協会は純粋な美術展を催すにとどまったため 1911 年 マルクとともに 青騎士 グループを結成 1912 年には同名の年鑑を発行した 具体的な対象や主題がなくても色彩と形だけで絵画は独立しうる と考え 抽象絵画 ( 正確には非対象絵画 ) への道を開いた 参考資料 : 世界美術大全集第 26 巻表現主義と社会派 ( 小学館 1995) 鑑賞のための西洋美術史入門 早坂優子著( 視覚デザイン研究所 2006 年 ) 現代の絵画 13 カンディンスキーと青騎士 ( 平凡社 1974 年 ) 新装カンヴァス版世界の名画 14 カンディンスキーと表現主義 ( 中央公論社 1995) Kandinsky 夜 1906/1907 年厚紙テンペラ 29.8 49.7cm ミュンヘン市立レンバッハハウス美術館蔵 出典カンディンスキーと表現主義 ( 新装カンヴァス版世界の名画 14) 出版事項東京 : 中央公論社, 1995 請求番号 723.38-Ka51Ykb 資料 ID 395349318 作品解説 ( 参考文献 : 上記資料 ) 半月の光の中で放心したように髪を梳く女 星のカケラを拾う子ども これ に誘いをかける悪魔のような人物 幻想的な舞台のひとこまを思わせる 情景 は神秘的で 色斑は右図の 風景の中のロシアの美女 よりも多彩
Kandinsky 風景の中のロシアの美女 1905 年頃紙 +カンヴァスグワッシュ 41.4 27.0cm ミュンヘン市立レンバッハハウス美術館蔵 出典カンディンスキーと表現主義 ( 新装カンヴァス版世界の名画 14) 出版事項東京 : 中央公論社, 1995 請求番号 723.38-Ka51Ykb 資料 ID 395349318 作品解説 ( 参考文献 : 上記資料 ) 1904 年 ~1906 年頃にかけて カンディンスキーはこのような一連の風物を描いている 記憶ないしは空想による作画で メルヘン的な情感を盛り上げている作品のひとつ パレットナイフで絵具を点で塗りつけているところが 当時としてはまだ新しい技法で 美しい色の斑点がゆらめき お伽噺のイメージを追うような楽しさをかもしだしている ロシア人の音楽的スピリットを表現しようとした という彼の作品には 色彩の音楽的な配合という側面がある
Kandinsky インプレッション印象 Ⅲ( コンサート ) 1911 年カンヴァス油彩 77.5 100cm ミュンヘン市立レンバッハ美術館 出典世界美術大全集 < 西洋編第 26 巻 > 表現主義と社会派 / 千足伸行責任編集 出版事項東京 : 小学館, 1995 請求番号 L-708-Se22d-26 資料 ID 195038784 作品解説 ( 参考文献 : 上記資料 レンバッハハウス美術館所蔵 カンディンスキーと青騎士 展 ( 東京新聞 2010)) 1911 年初頭から始められた< 印象 >と題する作品群の第 3 作 この作品は カンディンスキーが マルクやヤウレンスキーらと出かけたシェーンベルクのコンサートにいたく感動し そのコンサートの 印象 をすぐさま絵画化したというもの 中央の黒い部分はグランドピアノ その脇の 2 本の白い帯はコンサート会場の柱 左のカラフルな部分は聴衆 作品のほぼ半分を埋め尽くす黄色は このコンサートの聴覚的な印象を示しているととれる 特にこの大胆に塗られた黄色から 鮮烈さや流動さを感じることができ 観るものに強い印象を残す作品となっている
Kandinsky コンポジションⅩ 1939 年カンヴァス油彩 130 195cm デュッセルドルフノルトライン = ヴェストファーレン美術館 出典カンディンスキー ( 岩波世界の巨匠 ) / ラモン ティオ ベリド著 出版事項東京 : 岩波書店, 1993 請求番号 723.38-Ka51Ytb 資料 ID 193031137 作品解説 ( 参考文献 : 上記資料 カンディンスキー展 東京国立近代美術館編 (NHK, 2002)) カンディンスキーは その膨大な作品群の中に コンポジション というタイトルの作品を 10 点残した この コンポジション シリーズは 1910 年から 1939 年のあいだに断続的に制作され Ⅶまでは第一次世界大戦以前のミュンヘン時代に集中的に制作されている コンポジション ( ドイツ語 :Komposition) は 構成や合成という意味があるが 彼曰く この コンポジション とは 彼の内面で形づくられたものを 時間をかけて練り上げられる表現であるという 中でもⅠからⅦにかけての展開は 彼が抽象絵画の完成に向けて模索を続けた時期と重なり それぞれの作品がその時点での達成度を示している 精神性を重視し 具体的な対象を必要としないとした彼の集大成といえる コンポジション シリーズ シリーズ最後のⅩは 彼が目指した抽象絵画の最終形であり 晩年の大作である
Wassily Kandinsky 年刊誌 青騎士 1912 年, 初版オリジナル ( 普及版 1200 部中のひとつ ) 出典 Der Blaue Reiter / Herausgeber: Kandinsky, Franz Marc 出版事項 München : R. Piper, 1912 請求番号 EX-PB645-1912 資料 ID 185849652 作品解説 ( 青騎士 / カンディンスキー, フランツ マルク編 ; 岡田素之, 相澤正己訳白水社 2007 P.3-8 訳者まえがきより ) 年刊誌 青騎士 は 1912 年にミュンヒェンのピーバー書店から出版された 第二巻以降も計画されたが 第一次大戦の勃発という時代状況もあり 日の目を見ることはなかった しかし 半世紀後に同じ版元の叢書の一冊として本書の新装版を編集した美術史家 K. ランクハイトによれば この一回限りの年刊誌は 20 世紀芸術のもっとも重要な綱領的刊行物 であり また かれが援用するマルセル ブリヨンのことばでは 青騎士は真に歴史的な意味と生産的な力を具えた運動であった ( ) 当時はっきり表明された啓発的な洞察の数々は 今日でもなお半世紀前とまったく同様に有効である と述べられている ( 中略 ) 1912 年 5 月に上梓された原著の初版は三種類あり その内容は 1) 普及版 ( カラー図版四枚所収の仮綴版および装丁版 )1200 部 2) 豪華版 ( 布装本で 丸くとカンディンスキーの彩色木版画が一点ずつ添えられた )50 部 3) 博物館版 ( 青いモロッコ革による装丁で 豪華版の彩色木版画のほかにマルクとカンディンスキーの自筆素描ないし水彩画が一点ずつ添えられた )10 部である 初版は 版元の予想に反してすぐに売り切れ そのため 1914 年 3 月 第二版が普及版のみ増刷された
フランツ マルク Franz Marc (1880-1916) ドイツの画家 父も祖父も画家だったため おのずと美術に興味を持つようになり 1900 年にミュンヘンのアカデミーに入る 1903 年からパリに半年滞在し 印象派風スケッチを何枚か描き このときの経験が人生のひとつの転機になったという 動物をとても愛したマルクは 動物の姿に高貴な精神性と力強い生命力を象徴し モチーフの形態を単純化する抽象的表現に向かった 1905 年には 最初の動物デッサンが生まれている 1909 年から 内面における色彩の象徴性とその表現的価値について没頭する 1911 年は 青騎士 グループをカンディンスキーとともに結成し 活動的な年になったが 1914 年に第一次世界大戦で召集され 1916 年にヴェルダンの戦闘で 36 歳という短い生涯を閉じた 参考資料 : 世界美術大全集第 26 巻表現主義と社会派 ( 小学館 1995) 鑑賞のための西洋美術史入門 早坂優子著( 視覚デザイン研究所 2006 年 ) 現代の絵画 13 カンディンスキーと青騎士 ( 平凡社 1974 年 ) 新装カンヴァス版世界の名画 14 カンディンスキーと表現主義 ( 中央公論社 1995) Marc 青い馬の塔 1913 年 出典 Franz Marc : Leben und Werk / Claus Pese 出版事項 Stuttgart : Belser, c1989 請求番号 723.34-M313Yp 資料 ID 393762463 作品解説 ( 参考文献 : 上記資料 完全版夜の画家たち表現主義の芸術 坂崎 乙郎著 ( 平凡社, 2000)) 動物を愛し 動物が主要なテーマとなっているマルクの作品のなかでも 大 作とされるひとつ 塔を形成する 4 頭の馬の眼は とても鋭く 神秘の光をは なっている また 馬の色は青で 物体のもつ固有の色をはじめて彼が拒否し た作品である マルクもカンディンスキーも 青にはかなりの愛着を示してお り 青騎士 グループの名前からもそのことがわかる 青は彼らにとって も っとも男性的な原理の象徴であったようである この絵は 1937 年にナチス政権下のもと ベルリンのナショナルギャラリーか ら没収された後 行方不明となった
パウル クレー Paul Klee (1879-1940) スイスの画家 幼い頃から絵や音楽に親しみ 高校卒業後に画家を志してミュンヘンに赴く 1902 年にはベルンに戻り ミュンヘン分離派の展覧会に出品したエッチング連作 << インヴェンション >> で画家としての彼の存在を初めて世に知らしめた 1906 年には 結婚を機に再びミュンヘンへ移住し 線描や明暗表現を追求していく 1911 年にマッケやカンディンスキーと知り合い 青騎士 グループに参加 多くの作品を出品した 目に見えないものを見えるようにする ことが芸術だと定義したクレー 彼の明快な線や色彩による簡潔な表現は ユーモラスで楽しく 美しく ときに不気味だったりもする 参考資料 : 世界美術大全集第 26 巻表現主義と社会派 ( 小学館 1995) 鑑賞のための西洋美術史入門 早坂優子著( 視覚デザイン研究所 2006 年 ) 現代の絵画 13 カンディンスキーと青騎士 ( 平凡社 1974 年 ) 新装カンヴァス版世界の名画 14 カンディンスキーと表現主義 ( 中央公論社 1995) Klee パルナッソス山へ 1932 年カンヴァス油彩 100.0 126.0cm スイスベルン美術館 出典世界美術大全集 < 西洋編第 26 巻 > 表現主義と社会派 / 千足伸行責任編集 出版事項東京 : 小学館, 1995 請求番号 L-708-Se22d-26 資料 ID 195038784 作品解説 ( 参考文献 : 上記資料 岩波世界の巨匠クレー コンスタンス ノベ ール = ライザー著 ( 岩波書店 1992)) 画面の構造に対して 非常に繊細で独特な探究を行った彼の この時期描いた ものの中でも 最高級の絵であるとされている 色も強さもさまざまに異なる 一連の点描を 格子状の背景を持った構造の上に重ねている 色彩が変動して 見えるこの技法により 遠近法のような技法を使わずして 絵に奥行きを与え ることに成功している また 明と暗の微妙な移行をも表現している この絵のタイトルは オーストリアの作曲家ヨハン ヨーゼフ フックスが 1725 年に著した論文 パルナッソス山への道 から借用したものであるといわれ クレーは自分の絵を他音声の音楽作品と比較しようとした
Klee サワギク ( じきに老人 ) 1922 年 40.5 38.0cm スイスバーゼル美術館 出典岩波世界の巨匠クレー / コンスタンス ノベール = ライザー著 出版事項東京 : 岩波書店, 1992 請求番号 723.345-KL3Ynb 資料 ID 185730183 作品解説 ( 参考文献 : 上記資料 ) クレーは人間の表情を多く描いており その中でも鮮やかな色彩が目に焼きつく作品である 色彩の移行により 輪郭が生み出され 平べったい鼻は 前向きにも横向きにも見てとれる 左右の眼のズレは アーチ状の緑の眉によってはずみをつけられ 右から左へと見る者の眼を向かわせる この絵のタイトル サワギク ( ラテン語は senesio ) は 老人を意味する senex から派生していることから じきに老人 という意味を表しており クレーは じきに老いてゆく 自分自身を描いたとも言われている