Wireless Communication Technologies for ITS あらまし 富士通では道路インフラの情報を車両に提供することで安全サービスを実現するインフラ協調システム用の無線通信システムの開発を進めている 安全サービスを提供するためには, 建物や走行車両による外乱の多いITSの通信環境で, 高信頼, リアルタイムな無線通信を実現する必要がある 著者らは,ITSの通信環境で問題となるマルチパスに対する耐性の高いOFDM 技術を中核とする無線通信方式の検討を進め, 試作システムを開発した 試作システムは,OFDMを採用するモバイルWiMAXをベースに,ITS 用に新たに割り当てられたUHF 帯を利用し, 安全サービス用のリアルタイムなブロードキャスト通信を可能にしたものである 試作システムを用いた公道実験の結果, 交差点から180 m 以内のすべての場所で, パケット到達率 99%, 通信遅延時間 100 ms 以下を満たすという安全サービスの要件を十分にクリアでき, 開発している無線通信システムが有用であることを確認した Abstract Fujitsu is developing a wireless communication system that offers driving safety support services. This system enables cooperation between road infrastructure and vehicles by providing infrastructure information to vehicles from roadside units. Highly reliable, realtime wireless communication services must be made available in multipath fading environments generated by surrounding buildings, vehicles, and other objects. We investigated a Mobile WiMAX-based wireless communication system because Mobile WiMAX adopts OFDM transmission technology that is not vulnerable to multipath fading environments. We also developed a trial system for the UHF band newly assigned by the government for cooperative infrastructure-vehicle systems. Through experiments conducted on public roads utilizing the trial system, we verified that our system fully met the requirements for driving safety support services. 飯田一朗 ( いいだいちろう ) 次世代 IT ITSプロジェクト室所属現在, インフラ協調システムの開発 推進統括に従事 樋口守 ( ひぐちまもる ) モバイルシステム事業本部第二開発統括部所属現在, モバイルWiMAX ベースのITS 用基地局システムの開発に従事 深澤光規 ( ふかざわみつのり ) ITS 研究センター所属現在, インフラ協調システム用無線通信システムの方式検討, 実験推進に従事 FUJITSU.59, 4, p.427-432 (07,2008) 427
まえがき道路に設置されたインフラセンサや信号機などの道路インフラ設備と車両, あるいは車両同士が情報交換を行うことで, 車両の自律システムだけでは実現困難な運転支援サービスを提供し, 交通事故を減らすことをねらった インフラ協調システム の実現に向けた取組みが各所で行われている インフラ協調システムにおいては, 上記の情報交換を確実に成立させる無線通信技術が不可欠になる 本稿では, とくに道路インフラ設備と車両間の 路車間通信 にフォーカスし, その実現に向けた富士通の取組みについて紹介する 路車間通信サービスと通信システム要件路車間通信のねらいは, 時々刻々と変化する車両周辺の交通状況をリアルタイムに車両に提供し, 事故につながる恐れのある事象のドライバによる認知を支援し, 場合によっては介入制御を実行して危険回避を可能にすることである 以下に, 路車間通信サービスの例を示す (1) 信号情報利用サービス交差点に接近する車両に対して周期的に信号情報を通知し, ドライバによる減速が十分でない場合, 警報, 介入制御を段階的に実施する (2) 右折支援サービス交差点内の右折待ち車両に対し, 周期的にセンサで検知した対向直進車両の存在を通知したり映像を送ったりすることで, ドライバに注意喚起する (3) 横断歩行者等検知情報提供サービス交差点周辺の右左折車両に対し, 周期的にセンサで検知した横断歩道周辺の歩行者および自転車の位置 速度などを通知し, ドライバに注意喚起する 上記を含むいくつかの路車間通信サービス検討の結果得られた, 無線通信システムへの要件を以下に示す 通信形態 : 放送型 通信エリア :180 m 以上 パケット到達率:99% 通信遅延 :100 ms 移動速度 :120 km/h( 高速道 ) 90 km/h( 一般道 ) 伝送容量 :5.3 Mbps 以上 このように, 路車間通信による安全サービスを実現するためには, 交差点周辺 200 m 程度のエリアをカバーし, 道路インフラの情報を高信頼, リアルタイムに提供できる無線通信システムが必要になる このようなシステムでは, 低いアンテナから放射される電波に対する建物や走行車両による反射, しゃへい遮蔽などによる影響が大きいと予想されるため, ITSの通信環境を考慮した無線伝送技術の検討が必要になる 総務省は, アナログテレビ放送停波後のUHF 帯の再利用の一環として,715 MHz~725 MHzを ITS 専用帯域として割り当て,2012 年以降に利用できるようにすることを,2007 年 6 月に発表した UHF 帯の電波は, 送信機から遠方や見通し外の場所にも届きやすいという性質があり,ITSの通信環境に適した周波数帯として期待される 以降, この周波数帯域を使ったITS 用無線通信システムを新無線通信システムと呼ぶこととする 既存通信システムの限界日本の路車間通信を用いたインフラ協調システムに関するこれまでの主な取組みとして,ETCで利用されている5.8 GHz 帯 DSRC(Dedicated Short Range Communication) や, 渋滞情報の収集 提供 (VICS: 道路交通情報通信システム ) で利用されている光ビーコンを用いた安全サービス実験がある DSRC, 光ビーコンは, すでに実績のあるシステムではあるが, もともと交通流の円滑化を図るための5~30 mといった局所的なエリアにおけるサービス提供を想定したものであり,1~4 Mbps 程度の伝送容量しか持たない このため, 路車間通信サービスを提供するには不十分であり,ITSの通信環境で多様な安全サービスを高信頼に提供するための無線通信技術の確立が不可欠である 新無線通信システムの実現方式上記の点を踏まえ, 著者らは新無線通信システムとしてモバイルWiMAX(Worldwide Interoperability for Microwave Access) をベースとする無線通信方式の検討を進めた モバイルWiMAXでは, 複数の狭帯域のサブキャリアによってデータを並列伝送するOFDM 428 FUJITSU.59, 4, (07,2008)
(Orthogonal Frequency Division Multiplexing) 変調方式を採用している OFDMでは, 各サブキャリアが, 隣接するほかのサブキャリアとの間の干渉をガードバンドなしで排除可能な互いに直交したサブキャリア配置を行うことにより, 高い周波数利用効率を実現できるため大容量伝送に適している さらに, 以下に述べる点からITSの通信環境に適した無線伝送技術と言うことができる 一般に, 送信アンテナから放射された電波は, 直接受信アンテナへ到達するだけでなく, 建造物や車両などによる反射や回折などが起こる複数の経路を経て到達する したがって, 受信機には伝搬距離, すなわち到達時間の異なる複数の波の合成波として入力される このような伝搬路をマルチパス環境と呼び, 主に周波数選択性フェージングやシンボル間ひず干渉といった伝送歪みの問題を引き起こす 周波数選択性フェージングは, マルチパスの影響により, 周波数ごとに異なる振幅や位相の変化が起こる現象である 現在のセルラー通信に代表されるシングルキャリアを用いた伝送方式では, 無線信号の瞬時的な周波数は, 変調データの遷移によって変動するため, 周 波数選択性フェージングの影響を補正するためには, 非常に複雑な処理が必要となる { 図 -1(a) 左 } 一方 OFDMでは, 狭帯域なサブキャリア単位の処理が可能なため, データ変動を気にせず, 独立なフラットフェージングとして, レベル補正などの単純な処理により補正することができる { 図 -1(a) 右 } 一方, シンボル間干渉は, 送信時刻の異なる変調データが遅延によって同時に受信されることによって生じる干渉歪みである シングルキャリア伝送方式では, デジタルデータの伝送単位であるシンボルの時間長 ( キャリア帯域幅の逆数 ) に対して, 直接波からの遅延波の到達遅れ時間が相対的に大きく, 合成波における異なるシンボル同士が重なる領域が大きくなる これを補正するためには, 時間等価器などを用いた複雑な処理の実装が必要となる { 図 -1(b) 左 } 一方 OFDMでは各サブキャリアが長いシンボル長を有するため, 遅延による干渉時間をシンボル長に対し, 十分小さくすることが可能である このため, 干渉の除去は, 受信シンボルの内, 運用上起こり得ると予想される最大遅延量分の時間 ( ガードインターバル ) を, 単純に無視することによって簡単 送信信号 受信信号 ( 周波数選択性フェージングにより大きく歪む ) 周波数 (Hz) キャリア帯域幅シングルキャリア伝送 広帯域なキャリアの補正には複雑な処理が必要 送信信号 受信信号 ( フェージングの影響はサブキャリアごとの受信レベルの違いと見なせる ) 周波数 (Hz) サブキャリア単位に独立したフラットフェージングとして簡単に処理が可能 サブキャリア帯域幅マルチキャリア伝送 (OFDM) (a) 周波数選択性フェージングの問題 シンボル長 f D1 D2 D3 D4 D5 D6 D7 時間 (s) 遅延 + f D1 D2 D3 D4 D5 D6 D7 = f+f X X X X X X X X X X X X X X X X X 主波と遅延波の異なるシンボル同士の重なりが大きく補正困難 直接波 遅延 ( 反射 ) 波 合成波 シンボル長 f1 D1 D11 時間 (s) 遅延 + f1 D1 D11 = f1+f1 X D1 X D11 予想される最大遅延量の範囲を無視単純な処理でマルチパスの影響を無効化 シングルキャリア伝送 (b) シンボル間干渉の問題 マルチキャリア伝送 (OFDM) 図 -1 マルチパス環境の問題と OFDM による改善イメージ Fig.1-Multipath fading problems and effects of OFDM modulation. FUJITSU.59, 4, (07,2008) 429
に実現することができる { 図 -1(b) 右 } 以上のように,OFDMではマルチパス環境による歪みの影響を簡単に補正可能であり, 車両の移動に伴いマルチパス環境が高速に変化するITSの移動通信に適した伝送技術と言うことができる さらにWiMAXでは, 異なるユーザやサービスのためのリソース割当てにおいて, 時間方向だけでなく, 周波数方向に対しても分割が可能なOFDMA (Orthogonal Frequency Division Multiple Access) を採用している これにより, ユーザごとのマルチパス環境に適したサブキャリアを割り当て, リソース全体の平均的な品質, 伝送効率を向上させる運用も可能である 試作機開発と電波伝搬実験上記のモバイルWiMAXをベースとした新無線通信システムについて試作開発を行い,ITSの通信環境における電波伝搬特性の把握, および通信システム要件を満たすことができることを確認するための電波伝搬実験を行った 試作した無線機の主な仕様を表 -1に, 試作システムの全体構成を図 -2に示す 以下に, 試作システムのブロードキャスト機能を利用したパケットエラーレート (PER) 計測の流れを示す まずはじめに路側機制御 PCから,PERの計測に十分な伝送レートでPER 計測用のIPブロードキャストパケットを送信する 路側機はこのパケットの IPアドレスを参照し, 自身が管理するWiMAXのブロードキャスト用コネクションID(CID) を対応 付け, そのCIDに割り当てられた無線領域にこのパケットを格納し送信する 車載機は,5 msごとに送られてくるフレームの先頭に書かれている無線領域の利用方法を示す MAP 情報を参照し, ブロードキャスト用のCID ( システム固定の値 ) に関する情報があれば, その CIDに対応する無線領域を参照してパケットを取り出し, 車載機制御 PCに渡す 車載機制御 PCは, 無線機の特性を測定するための機能として, 受信電力 (RSSI),PER, ビットエラーレート (BER) 計測機能を持ち, パケット受信時刻ごとのRSSI/PER/BERを蓄積する さらに, 車載機制御 PCにはGPSモジュールが接続されており, 指定された時刻における車両の位置情報が取得できるので, 時刻情報の対応付けを行うことで路側機からの車両の距離に応じたRSSI/PER/BER 特性を得ることができる 実験は, 再現性のある実験が可能なテストコースで実施した後, 実際の走行環境として, 都市部, 郊外, 事故多発箇所などの典型的な交通状況を持つ複数の場所を選択し, その公道上で実施した まず, テストコースにおいて, 大型車両による遮蔽を含むいかなる厳しい条件においても, 問題なく路車間通信ができることを確認した 交通事故の多い場所として選択した豊田市本新町 5 丁目交差点周辺における実験結果を図 -3に示す 豊田西バイパスと一般道が交差する交差点付近に高さ5.5 mの送信アンテナを設置し ( 信号機上を想定 ),100 mwの送信電力で計測用パケットの送信 表 -1 試作システムの主要諸元 路側機 ( 基地局 ) 車載機 ( 移動局 ) 周波数帯 774.5 MHz 帯域幅 5 MHz 1 次変調方式 QPSK / 16 QAM / 64 QAM 誤り訂正 / 符号化率 CTC 1/2,3/4(QPSK / 16 QAM) CTC 1/2,2/3,3/4,5/6(64 QAM) サブキャリア数 512 シンボル長 91.2μs ガードインターバル長 11.4μs フレーム周期 5 ms 通信形態 ブロードキャスト 送信電力 100 mw~1 W - 移動速度 - 60 km/h 測定機能 BER/PER/RSSI/CINR 上位レイヤ 寸法 ( 幅 奥行 高さ ) BB:374 340 74.4 mm RF:440 350 300 mm 430 320 80 mm 430 FUJITSU.59, 4, (07,2008)
路側機制御 PC 路側機 ( 基地局 ) 車載機 ( 移動局 ) 5.5 m 路側機管理 試験用パケット送出 GPS 時刻 位置情報 車載機制御 PC 車載機管理 RSSI,PER,BER 記録 時刻, 位置記録 1.5 m パケット送信アプリ パケット受信アプリ TCP/UDP イーサネット Dest IP CID IP-CS イーサネット 802.16e ブロードキャスト用領域 IP-CS 802.16e USB TCP/UDP USB 計測用パケット (2000 パケット / 秒 ) 計測用パケット MAP 下り無線領域 上り無線領域 WiMAX フレーム (200 フレーム / 秒 ) 図 -2 試作システムの構成 Fig.2-Prototype system configuration. を行い, 周回路を走行する受信車両によって場所ごとのRSSI/PER/BERを計測し, 試作システムの特性評価を行った { 実験では1 次変調方式を変えて何回か走行しているが, 図 -3のグラフはQPSK (Quadrature Phase Shift Keying) の場合 } 図 -3のグラフに示すように, 東西どちらの方路についても, 安全サービスが要求するエリアを大きく越える広いエリアでパケット到達率要件をクリアすることが確認できた また, 図には記載していないが, バイパス以外の細街路を走行するコースでの実験も行った このコースでは送信アンテナから約 100 mの地点での見通し外の厳しい通信環境となるが, およそ250 mの地点までパケット到達率要件を満たすことを確認している 本実験箇所においては, アンテナ設置位置が低く, 建物や走行車両の影響による外乱の大きなITSの通信環境でも安定した通信が可能なことを確認できた 今後, 様々な環境での評価が必要ではあるが, UHF 帯の電波が届きやすいという性質,WiMAXの OFDMによるマルチパス耐性の高さを利用した新無線通信システムにより, 建物の陰や大型車両による見通し外の場所を含む広いエリアでITSの安全 サービスを提供できる見通しを得ることがきた 今後の取組み 2012 年における新無線通信システムの実用化を目指し, 今後, さらなるITSに適した無線技術の開発を進める 主なものとして,ITSの通信環境への OFDMの最適化, 受信特性の向上, 車車間通信や円滑サービスへの対応などがある 今回の実験でOFDMの有効性は確認できたが, シンボル長, ガードインターバル, パイロットシンボル配置などの物理層のパラメタは, モバイル WiMAX 標準をそのまま採用しており,ITSの通信環境に対して最適化されていない 今後, 伝搬特性の明確化, シミュレーション評価などによりパラメタの最適化を行い通信特性の向上を図りたい また, 安全サービスはブロードキャストにより実行されるため, 路側機と車載機間のネゴシエーションによる再送制御や適応変調が利用できない このため, 車載機側の受信特性を向上するための, 高精度な伝搬路推定技術や, スマートアンテナ技術などの検討が重要である 新無線通信システムにおいては, 割り当てられた UHF 帯を効率的に活用するために, 路側機のある FUJITSU.59, 4, (07,2008) 431
走行コース ( 豊田西バイパス ) 東名高速 路側機から 900 m までパケット到達率 99% 以上 受信電力 (RSSI)(dBm) 路側機 0-10 -20-30 -40 Copyright 2008 FUJITSU LABORATORIES LIMITED -50 路側機から400 mまでパケット到達率 99% 以上 -60 RSSI 10-6 -70 PER( フロア =10-4 ) 10-7 -80 10-8 -90 10-9 -100 10-10 -2500-2000 -1500-1000 -500 0 500 1000 1500 移動距離 (m) 1.E+00 10-1 10-2 10-3 10-4 10-5 エラーレート (PER) 図 -3 電波伝搬実験結果 (PER 特性グラフ ) の例 Fig.3-Result example of propagation measurement experiments (PER characteristics). 場所では路車間通信システムを利用し, 路側機がない場所では, 車両同士の車車間通信システムにより安全サービスを提供する必要がある 車車間通信システムでは路車間通信のようにマスタとなる基地局を固定した集中制御型の通信ができないため, 車両同士のアドホックな通信に適した自律分散型の無線通信システムの開発が必要になる また, 同じ周波数帯域を使って, 干渉を回避しながら性質の異なる路車と車車の二つの通信システムを共存させるための仕組みの実現も今後の大きな課題の一つである さらに, 貴重なUHF 帯を長期にわたりインフラとして有効に活用していくためには, 安全のみならず, 交通流を円滑にし, 環境負荷を低減する円滑サービスへの路車間通信システムの適用も視野に入れる必要がある 円滑サービスでは, 広いエリア全体での交通流の最適化を図るために, 各車両から走行情報を収集するためのプローブ機能やセンタとの個別通信を広い範囲で確実に提供する必要があり, WiMAXが持つQoS 制御機能や高信頼な上り通信機能, 移動管理機能などを生かした技術開発を進める予定である むすび本稿では, モバイルWiMAXをベースとした路車間通信システムに関する技術的な特徴, 試作システムによる評価実験結果について述べ, その有用性を明らかにし, 今後取り組むべき技術的なポイントについて述べた 新無線通信システムは, 従来の移動通信システムとは異なる新たな領域のサービスを提供するものであり, 技術開発のみならず, その有用性を広く理解してもらい社会に受け入れられるための取組みも重要である このために, 今後, 様々な公開実験などの場をとらえて積極的に参加し, 効果的なアプリケーションのデモによって, 認知度向上と社会的合意形成に向けた取組みについても推進していきたい 432 FUJITSU.59, 4, (07,2008)