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- あかり こうい
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46 第1図版 造跡地近影
47 第2図版 遺跡全影
48 第3図版 住 居 址
49 第4図版 住 居 址
50 第5図版 掘立建造物址 土拡
51 第6図版 土層状況 火葬墓
52 第7図版 カマド状況1
53 第8図版 カマド状況2
54 第9図版 神 事
55 第10図版 遺構状況
56 第11図版 調査状況
57 第12図版 調査状況
58 第13図版 遺物出土状況
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27 28 30 32 34 25 24 29 33 26 31 35 23 22 15 14 36 21 20 19 16 13 18 17 3 11 37 2 38 50 4 8 1 5 12 39 49 7 10 9 54 6 42 40 53 43 44 52 51 45 48 41 47 46 56 57 55 58 59 84 60 61 64 62 63 83 65 79 69 67
図 版 1 遺跡遠景 南より 遺跡遠景 東より 191 図 版 2 調査区 発掘状況 A区 調査状況 ー192 0 4m 放射断面 1 炭化材1 コナラ属アカガシ亜属 215 SCl土層断面 SCl半載状況 227 228 ー229 図 版 5 16 苧 L 13 14 ー230 図 版 6 図 版 7 3 4 5 6 13 7 14
I.平 成12年 遺跡発掘調査 につ い て 加茂市教育委員会社会教育課主事 伊 藤 秀 和 本年 の発掘調査 は下条陣ケ峰線道路建設工事 に伴 い 中沢遺跡が調査 され 加 茂市 では唯 一 の 弥生時代 の集落跡が確認 された 試掘 確認調査 は下条地区で行 われ 3遺 跡 4遺 跡周辺地 を 対象 に行 つた 1口 中沢遺跡 一弥生 平安 一 所 在 地 加 茂市大字下条字芝野地内 調 査 面
象鼻山ペラ校正
第98 図 象鼻山山頂部の地形分類 S 1/1,000 162 第5章 考 察 出土した土器は 質 量ともに十分であり 具体的な編年的位置を示すことができる 一方 ②盛土中や遺構面から土器が出土し その編年的位置が築造時期の上限や下限を示すのみの 墳墓として 3号墳 砂岩礫集積 や4号墳 6号墳 9号墳がある また 遺構として平坦面2が ある このうち 遺構面から出土した3号墳 砂岩礫集積 の土器はその下限
加茂市の遺跡 平 成 19年遺跡発掘調査について 加茂市教育委員会社会教育課係長 伊 計 溺 三 秀 禾口 本年 の遺跡調査 は 開発事業 に関連 した確認調査が 3地 区 本調査が 1事 業 によ り2遺 跡を 対象 に行われた 1.荒 叉遺跡一 古墳 古代一 所 在 地 加 茂市大字下条地 内 調 査 面積 約7 2 1 面 調 査期 間 平成 1 9 年 8 月 8 日 9 月 1 2 日 1地
KANTO_21539.pdf
8 20 5 6 9 4 10 21 1 11 13 7 3 2 12 22 14 摩国府 17 定域 18 15 19 23 25 16 24 33 26 32 27 28 29 31 0 500 1000 1500 第5図 2000ⅿ 遺跡の位置及び周辺の遺跡 1 25,000) 16 30 2.7ⅿ
~ 4 月 ~ 7 月 8 月 ~ 11 月 4 月 ~ 7 月 4 月 ~ 8 月 7 月 ~ 9 月 9 月 ~ 12 月 7 月 ~ 12 月 4 月 ~ 12 月 4 月 ~ 12 月 4 月 ~ 12 月 4 月 ~ 6 月 4 月 ~ 6 月 4 月 ~ 8 月 4 月 ~ 6 月 6 月 ~ 9 月 9 月 ~ 12 月 9 月 ~ 12 月 9 月 ~ 11 月 4 月 ~
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1 遺跡の位置と環境 かな海岸が広がっていた 鶴見区No 104遺跡 風早台貝塚 は JR京浜東北線 本遺跡の周囲には 低位沖積地と接する台地縁辺を中 新子安駅から北東約0 8km 京急生麦駅から西南西約 心に多くの遺跡がみられる 入江川の左岸 本遺跡の北 0 7kmの 鶴見 神奈川区境に位置する横浜市立生麦中 約0 4kmに位置する蕃神台貝塚は 貝層中より縄文時代 学校をのせる台地を中心に所在する
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平成 27 年度 第 3 回考古学講座 日時 平成 27 年 7 26 ( )13:00 16:30 ( 開場 12:30 ) 口頭発表 13:05 13:40 原東遺跡第 3 次調査 ( 相模原市緑区 ) 青木雄大 ( 大成エンジニアリング株式会社 ) 13:40 14:00 王禅寺口横穴墓群第 2 次調査 ( 川崎市麻生区 ) 横山太郎 ( 有限会社吾妻考古学研究所 ) 14:00 14:35
第 1 章 調査標準に関する現状と課題 jtd
16 10 29 目 次 はじめに 10 10 12 13 15 10 12-1- 090508.jtd 13 11 11 第 1 章 調査標準に関する現状と課題 10 29 10 10 30 41-2- 090508.jtd -3-12 57 93 57 94 11 57 93 090508.jtd -4-090508.jtd 57 93 12 10 10 10 第 2 章 記録保存のための発掘調査に関する標準
す 遺跡の標高は約 250 m前後で 標高 510 mを測る竜王山の南側にひろがります 千提寺クルス山遺跡では 舌状に 高速自動車国道近畿自動車道名古屋神戸線 新名神高速道路 建設事業に伴い 平成 24 年1月より公益財団法人大 張り出した丘陵の頂部を中心とした 阪府文化財センターが当地域で発掘調査
高 速 自 動 車 国 道 近 畿 自 動 車 道 名 古 屋 神 戸 線 建 設 事 業 に 伴 う 埋 蔵 文 化 財 発 掘 調 査 ( 茨 木 市 域 )その5 現 地 説 明 会 資 料 千 提 寺 西 遺 跡 の 調 査 平 成 25 年 3 月 23 日 公 益 財 団 法 人 大 阪 府 文 化 財 センター す 遺跡の標高は約 250 m前後で 標高 510 mを測る竜王山の南側にひろがります
割付原稿
極大型であり それは 大規模 長期継続 集 落 遺跡なのであるから時期ごとの数量を描き 出すことは困難である せいぜい すでに崩壊 し去った数多の遺構に思いを馳せるのみである そもそも大規模であれば それが 過度な集 住 ということでなくても なぜ大規模な集落 遺跡が成立したのか その背景は何なのか と いう単純な問題設定で十分ではないかと考え 犬山扇状地 八王子 二タ子 猫島 大地 台地 大塚 野口
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平野遺跡第 4 次 1 はじめに所在地調査目的調査期間調査面積 スライド説明会平成 26 年 5 月 18 日 ( 日 ) 14:00~ 鈴鹿市平野町地内保育施設建設に伴う埋蔵文化財の記録保存平成 25 年 1 月 29 日 ~6 月 9 日約 600 m2 2 主な遺構 古代 竪穴建物 13 棟以上 掘立柱建物 2 棟以上 柵 5 条以上 井戸 1 基 中世 溝 2 条 3 主な遺物土師器須恵器製塩土器鉄製品
関 東 地 方 では 土 偶 は 早 期 ( 約 9000~8000 年 前 )には 登 場 するようである 前 橋 市
関 東 地 方 では 土 偶 は 早 期 ( 約 9000~8000 年 前 )には 登 場 するようである 前 橋 市 古 墳 は 3 世 紀 後 半 ~7 世 紀 にかけてつくられた 権 力 者 の 墓 で その 数 全 国 で 16 万 基 に 及 ぶ 神 聖 な 墓 を 飾 りたてる 道 具 * 元 禄 文 化 : 江 戸 前 期 (1 7 世 紀 末 ~ 18 世 紀 初 ) に 上 方
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1 級 2 級 唐 津 市 相 知 町 長 部 田 字 口 ノ 坪 777 番 1 地 先 3.30 40002 楠 線 1,912.46 9,687.74 5 基 S50.3.29 唐 津 市 相 知 町 楠 字 大 原 901 番 地 先 12.60 唐 津 市 相 知 町 久 保 字 森 の 前 252 番 1 地 先 4.20 1 級 40003 久 保 坊 中 線 4,097.30 24,729.57
ほんぶん/pdf用表紙
公園としての整備 収蔵庫の建設が行われ 本遺跡の整備が完成した 発掘調査風景 金堂跡の瓦堆積 和同開珎 銀銭 法 量 外縁径 24 4 内郭 6 9 縁厚 1 4 重量 4 06g 品 質 銀 88 66 硫黄 9 01 その他塩素 カルシウム 鉄 銅等 和同開珎は7 08 和銅元 年に日本で鋳造 発行された銭であり 我が国で最初の流通貨 幣であるといわれる 特に銀銭は7 08年5月 に発行され翌年8月に廃止された鋳造
目次 例言 Ⅰ Ⅱ 第 1 章遺跡の目次 1 4 第 2 章調査区の概要 5 8 図版 2 7 写真図版 PL.1 10 図版目次 第 1 図チャシコツ岬上遺跡位置図 2 第 2 図地形測量図 3 第 3 図調査区及びグリッド配置図 4 第 4 図 PIT 1( 土坑墓 ) 及び PIT 2a( 土
例言 1. 本書は 北海道斜里郡斜里町ウトロ西地先国有林 ( 網走南部森林管理署 1377 林班は小班 ) に所在するチャシコツ岬上遺跡 ( 登載番号 :I- 08-21) の発掘調査概要報告書である 2. 調査は 平成 26 年度文化財補助事業 ( 国宝重要文化財等保存整備費補助金 ) に係る町内遺跡学術発掘調査 ( 保存目的のための内容確認調査 ) である 3. 調査期間 面積ならびに調査体制は以下の通りである
19931018~ ( 後期 )~ ( 晩期 )~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ 土を剥ぐ 下島権遺跡 に 5~9 トレンチを設定 7~9 トレンチは重機を使って表 の遺構 ( ピット ) の写真撮影 実測 7 8 トレンチの掘り下げ 6~8 トレンチ 剥ぐ 下島権遺跡に 11~14 トレンチを設定重機により表土を剥ぐ 8 トレンチを ~14 トレンチ -6粗悪ω E さ回ヌ喜現ω岨重要議笥斗
.\1-.\4
2009 No.88 1 1 0 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 URL http://www.welcome-fukuoka.or.jp オ ー シ ャ ン ズ フ ク オ カ 発 行 財編 集 福 岡 0 観 8 光 コ 1 ン 0 ベ ン 0 シ 0 ョ 0 ン 1 ビ ュ福 ー ロ岡 ー市 中 央 区 天 神 1 丁 目 10 番 1 号 市 役 所 北 別
鹿児島県内出土のガラス玉の化学分析 中井泉 1, 柳瀬和也 1, 松﨑真弓 1, 澤村大地 1, 永濵功治 Chemical Analysis of glass beads excavated from Kagoshima prefecture Nakai Izumi,Yanase Kazuya,M
2 調査課第一調査係 3 4 遺 5 5 6 8 8 鹿児島県内出土のガラス玉の化学分析 中井泉 1, 柳瀬和也 1, 松﨑真弓 1, 澤村大地 1, 永濵功治 Chemical Analysis of glass beads excavated from Kagoshima prefecture Nakai Izumi,Yanase Kazuya,Matsuzaki Mayumi,Sawamura
新潟県立歴史博物館研究紀要第4号
新潟県立歴史博物館研究紀要 写真1 第4号 2003年3月 塙東遺跡の土器1 6 層 は 3層 に隣接して ローム の直上に堆積する 石組の南側で 5ピットの開口部の平面位 置から出土した土器4及び その 下部より出土 した土器5は ローム の直上 3層 相当の垂 直位置にある 第1図D これらの土器3 5は 土器1に共伴して 同じ住居跡の床面付近から出 土したものと想定されることになる この想定は
A 市内遺跡試掘 確認調査報告 平成 24 年度 津山市が平成 24 年度に国庫補助事業 市内遺跡発 査を実施しており 今年度は 昨年度調査地の東側に 掘調査等 でおこなった事業についての概要報告であ 隣接する部分にトレンチ2本を設定して調査を行った る 調査は 開発に伴う確認調査 西吉田地区 美作 調査期間及び面積等は上記のとおりである 国府跡 北小学校 保存に伴う確認調査 衆楽園 トレンチ1 院庄構城跡
第 1 章調査の経緯 第 2 節調査の方法と経過 1 調査区の名称と調査方法石井垣上河原遺跡の調査前の状況は 山林である 調査に先立ち 世界測地系公共座標第 Ⅴ 系に載るように調査区内に10m 方眼の基準杭を設定し グリッドを設けた グリッド名は 東西南北軸交点の北東杭名を採り B2 杭 (X:-5
調査の経緯第1章第 1 節調査に至る経緯 第 1 節調査に至る経緯 第 1 章調査の経緯 本調査は 平成 23 年度に一般国道 9 号中山名和道路の改築に伴い実施した 周知の埋蔵文化財包蔵地 ( 以下 遺跡 と記載 ) の本発掘調査である 本発掘調査を実施した遺跡は 石井垣上河原遺跡 ( 西伯郡大山町石井垣 ) 赤坂頭無し遺跡( 西伯郡大山町石井垣 ) である 山陰地方では 国道 9 号線の交通混雑緩和
図版第 1 a 川 ノ免遺跡遠景 (北 西か ら) b 同近景 (南 東 から) 図版第 2 a.調 査地 内 ビニールハ ウス設置風景 b.川 ノ免遺跡空中写真 (南 東 か ら) (南 東上空か ら) 図版第 3 驀 肇 IIIII 1て i群 a 調査地北側空 中写真 (南 東 上空か ら) 鬱 ヾ 権 一 ど ヽ ド一 す 任 鐵 筆 b.同 中央部空 中写真 (真 上か ら) 図版第 4
千葉寺地区の遺跡展 図録
区の遺跡展示開催平成 30 年度出土遺物公開事業千葉寺地鷲谷津遺跡の国府型ナイフ形石器 中野台遺跡の弥生時代中期土器 ( 千葉経済大学地域経済博物館所蔵 ) 観音塚遺跡の和同開珎 観音塚遺跡の線刻管玉 九庄世 観音塚遺跡の墨書土器 子驛家カ 千葉県立房総のむら風土記の丘資料館印旛郡栄町龍角寺 1028 0476-95-3333 7 月 14 日 ( 土 )~9 月 24 日 ( 月 祝 ) 展示解説会
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国史跡 1925 1926 7世紀から8世紀にかけて 柏原市には多数の寺院がありました 中でも有 しょくにほんぎ かわちろくじ 名なのは 奈良時代の歴史が記された 続日本紀 表紙 に登場する 河内六寺 1929 です ちしきじみなみあんぐう かう際 智識寺南行宮に泊まり参拝した 三宅寺 大里寺 山下寺 智識寺 家原 鳥坂寺の調査 古代の柏原の様子 河内六寺 とは 天平勝宝8歳 756 年 孝謙天皇が平城宮から難波宮に向
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津山弥生の里文化財センターは 名称のとおり沼弥生住居址群 ( 沼遺跡 ) に隣接して建てられ その資料館も兼ねて平成 2 年 11 月に開館しました この沼遺跡の調査は昭和 27 年にまで遡りますが 当初より遺跡は教材公園として位置づけられ 幅広い市民の支援を受けて 逐次津山市が整備を重ねてきました すでに昭和 30 年 1 月には 発見された火災住居跡の炭化材を基にして大型の竪穴住居を復元し 同
北海道立地質研究所報告第80号
Key words : Nakatonbetsu cave, Nakatonbetsu Formation, Depositional facies, Cool-water carbonate, Shallow marine sediments 40 北海道立地質研究所報告 第80号 39-49 2009 Fig. 1 第1図 調査地域の層序 Stratigraphy of the study area
