研究の背景習慣的な運動は 身体の健康だけでなく 記憶や注意 判断力などの認知機能への効果が明らかと なっており 認知症予防策として注目を集めています これまで 健康維持 増進のためには 息が軽く 弾み ややキツイと感じる程度の中強度での運動が推奨されてきました しかしそのような強度で運動す ることは

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研究の背景習慣的な運動は 身体の健康だけでなく 記憶や注意 判断力などの認知機能への効果が明らかと なっており 認知症予防策として注目を集めています これまで 健康維持 増進のためには 息が軽く 弾み ややキツイと感じる程度の中強度での運動が推奨されてきました しかしそのような強度で運動す ることは高齢者や低体力者にとっては難しく 習慣的な実践は健康な若者にとってもたやすくありません 本研究グループは 息がほとんど弾まない 運動していても楽だと感じる程度の低強度での運動 ( 軽運 動 ) の効果に着目して研究を進めてきました ヨガや太極拳などの軽運動もこれにあたります 動物実験 の結果から ストレスにならない低強度運動は記憶機能を司る海馬で新しくできる神経の数を増やし 空 間記憶能力を向上させる効果があることはすでに確認していました (Okamoto ら PNAS 2012) しかしな がら ヒトを対象にした研究では 軽強度の運動が認知機能に与える影響はあまりわかっていませんでし た これまでは 光による脳機能イメージング法である 機能的近赤外線分光法 を用いて 一過性の中 強度運動がヒトの脳活動に与える影響を検討してきました 機能的近赤外線分光法はヒトの脳活動を比 較的簡便かつ非侵襲的に測定できる装置で 運動直後の測定が可能なことから 一過性の運動効果の 検討には最適と言えます また その際に認知機能テストとして用いる ストループテスト は 色のついた 色名単語の色を その意味に惑わされないように回答するテストです これは ある目的を実行するため に注意や行動を適切に制御する機能 ( 実行機能 ) の評価に用いられる代表的な認知機能テストです ( 図 1) 中強度運動では 運動後に実行機能において重要な左前頭前野背外側部 (DLPFC) の活動が高ま り, テスト成績も向上すること (Yanagisawa ら,Neuroimage 2010) 高齢者では若者とは異なる脳部位の 活動が高まること (Hyodo ら,Neurobiol Aging 2012) を明らかにしてきました 本研究では 中強度運動で確認された実行機能を高める短期的な効果が低強度の運動でも確認で きるのか 効果があるとしたらどのような脳のはたらきを介しているのかの 世界で初めて検討を目指しま した 研究の内容本研究では 25 名の右利き健常若年者を解析の対象としました 実験参加者は 低強度運動の前後でストループテストを行う 運動条件 および運動の代わりに安静の前後にストループテストを行う 対照条件 にランダムに振り分けられました 運動条件では 予め実験参加者毎に計測された運動時の最 (4) 大酸素摂取量に基づき その 30% の運動強度に設定したペダリング運動を10 分間行いました ( 図 2) ストループテスト中は 前頭前野の外側部を覆うように光トポグラフィを装着し 脳活動を表す指標として 課題に対する酸素化ヘモグロビンの濃度変化を計測しました また 課題成績として ストループテストの回答に要した時間 ( 反応時間 ) を計測しました. 2

運動条件における運動前後と 対象条件における安静前後の課題成績を比較したところ ストループ干渉処理を反映する反応時間が 運動条件で優位に短縮していました ( 図 3A) したがって 低強度運動でも 中強度運動と同様に実行機能を反映するストループ干渉処理能力を高めることがわかりました 次に その背景となる脳活動を検討しました まず ストループ干渉による脳の活動部位を評価すると 両側の前頭前野で活動が見られましたが ( 図 3B) 運動後は安静条件と比べて左の前頭前野背外側部と左の前頭極の活動が有意に高まっていました ( 図 3C) 左半球の前頭前野は ストループ課題の遂行を担う脳部位であり 中でも背外側部と前頭極は 前帯状回 (ACC) を介して密な神経連絡をとっており 認知の制御に重要な役割を果たすことが報告されています したがって 本研究の結果から 低強度の運動は課題遂行に必要な脳部位同士のネットワークを一過的に高め 実行機能を向上させる上で効果があると考えられます 気分に関しては 運動によって覚醒度のみが有意に増加しました ( 図 4A) 課題成績 脳活動 覚醒度の関係を見ると 運動による課題成績と覚醒度の変化に有意な正の相関関係が示されると共に 運動による左前頭前野背外側部と左前頭極の脳活動の亢進は 課題成績の向上及び覚醒度の増加と有意に一致していることが明らかになりました ( 図 4B) 今後の展開本研究で 低強度の運動を 10 分間行うだけで実行機能が向上すること その際 実行機能に重要な脳部位 ( 左前頭前野背外側部 前頭極 ) の活動が活発になっていることが初めて明らかになりました これは これまで明らかにしてきた中強度運動 ( 最大酸素摂取量の 50%) で得られた実行機能を高める効果が 軽運動 ( 同 30%) でも十分に享受できることを示しています したがって 体力のない高齢者や疾患者などを対象とした認知症予防目的の運動処方の開発が加速されることが期待されます 今後 健常高齢者や軽度認知症高齢者 ( 認知症予備軍と呼ばれる ) を対象に 一過性の軽運動の効果 さらに長期的な効果を検証していくことが重要な課題です 参考図 図 1. ストループテスト 3

ストループテストでは パソコンの画面上段の単語の色が下段の単語の意味と一致しているかどうかを判断する 中立課題 一致課題 不一致課題の順で難易度が増していく 不一致課題のように 文字の意味と色が違う色文字 を回答するための情報処理過程に競合が生じる これをストループ干渉と呼ぶ このストループ干渉を処理する能力は 不一致課題と中立課題の成績の差から求められ 実行機能の一つとして評価される 上が不正解 下が正解の例である (A) (B) (C) (D) 図 2. 実験の流れ (A) 実験参加者はまず運動条件か対照条件にランダムに振り分けられ 別の日に残りの条件の実験に参加した 運動条件は最大酸素摂取量の30% の強度で10 分間の自転車ペダリングを行い 対照条件は何もせずに安静を維持した 各条件とも実験前後に2 次元気分尺度 (TDMS) とストループテストを行った ストループテスト中には 光トポグラフィを用いて前頭前野の酸素化ヘモグロビン動態をモニターした (B) 運動の様子 (C) 近赤外線分光法装置の装着位置 (D) ストループテストの様子 4

(A) (B) (C) ストループ干渉による脳活動部位 運動により増加した部位 図 3. 課題成績及び光トポグラフィデータ (A) 運動条件 対照条件において 運動 安静前後に実施したストループテストの反応時間解析結果 負の値は運動または安静によって反応時間が速まり 課題成績が向上したことを示す 運動は安静に比べて 反応時間を短縮させる結果となった (B) 運動条件と対照条件の 運動 安静前のストループテスト中に ストループ干渉による脳活動が見られた部位 (C) 運動条件と対照条件において 運動または安静の前後でストループ干渉による脳活動変化を統計的に処理したところ 有意な変化が見られた脳部位 (A) (B) 5

図 4. 課題成績 脳活動 覚醒度の関係 (A) 運動条件 対照条件において 運動 安静前後におこなった 2 次元気分尺度の解析結果 ( 覚 醒度のみ ) (B) 運動条件において 運動前後のストループ課題成績と覚醒度の変化の関係 用語の解説 (1) 前頭前野背外側部 : 大脳の前頭葉 その中でも前側に位置する脳領域である前頭前野の一部 ブロードマンの 46 野に相当する 実行機能を担う中心的領域であり 注意 集中や ワーキングメモリなどに関わる部位である (2) 前頭極 : 前頭前野の中でも最も前側に位置する領域 ブロードマンの 10 野に相当する その役割 はまだまだ解明されていないが 二つの異なる課題を同時に遂行する二重課題や 未来についての計 画に関わることが報告されている (3) 機能的近赤外線分光法装置 (fnirs): 頭部に近赤外光を照射し 戻ってきた光の量から脳内のヘモグロビン酸素化動態を計測する装置 脳の活性化にともなって増加する血中の酸素化ヘモグロビンを局所的に計測することで 脳の活動を間接的に評価できる 磁気共鳴機能画像法 (fmri) や陽電子放射断層撮影法 (PET) などの他の脳機能イメージング法と比較して 測定時の被験者の自由度が大きく 完全無侵襲であるという利点を持つ 反面 脳のどの部位を計測しているのか 位置情報を取得できないという問題があった しかし 檀らがこの問題点をコンピュータ シュミレーションによって解決するバーチャルレジストレーション法を開発し 本研究にも活用した (4) ストループテスト : 1935 年に心理学者ジョン ストループが考案したテスト ストループは 実行機能 の検査に用いられる 色と意味が異なる色文字を見たときに 意味に対する反応が優先的に起こってし 6

まい 色に対する反応が遅れてしまう現象を発見した このように競合する刺激が与えられたときに認知的葛藤が起こる現象は 発見者の名前からストループ干渉と呼ばれる 現在までに様々なバリエーションのストループテストが作られてきたが 最も一般的なものが 今回の研究でも用いたカラー ワード ストループテストである ( 図 1 参照 ) (5) 最大酸素摂取量 : 全身持久力の指標 通常 10 分程度で最大努力に到達するような漸増負荷 運動を行わせ その間の呼気ガスを採取し 体重 1kg あたり 1 分間にどれだけ体内に酸素を取り込める かを測定する 掲載論文 題名 Positive effect of acute mild exercise on executive function via arousal-related prefrontal activations: an fnirs study. ( 覚醒と関わる前頭前野の活動を介して実行機能に及ぼす短時間 軽運動の有益な効果 :fnirs を用いた研究 ) 著者名 邊坰鎬 1, 兵頭和樹 1, 諏訪部和也 1, 越智元太 1, 坂入洋右 1, 加藤守匡 2, 檀一平太 3, 征矢 1 英昭 1 筑波大学大学院人間総合科学研究科 2 山形県立女子短期大学健康栄養学科 3 中央大学理工学部人間総合理工学科 掲載誌 NeuroImage 電子版 ( 校正前原稿は 2014.5.2 以来公開中 ) 問合わせ先 研究内容に関すること 征矢英昭 ( そやひであき ) 檀一平太 ( だんいっぺいた ) 筑波大学体育系教授 中央大学理工学部 ( 運動生化学研究室 ) 人間総合理工学科教授 取材 報道に関すること 筑波大学広報室 中央大学研究支援室 Tel: 029-853-2039 加藤裕幹 ( カトウユウキ ) Fax: 029-853-2014 Email: kohositu@un.tsukuba.ac.jp Tel:03-3817-1603 Fax:03-3817-1677 Email: k-shien@tamajs.chuo-u.ac.jp 7