4. 発表内容 : 研究の背景 イヌに お手 を新しく教える場合 お手 ができた時に餌を与えるとイヌはまた お手 をして餌をもらおうとする このように動物が行動を起こした直後に報酬 ( 餌 ) を与えると そ の行動が強化され 繰り返し行動するようになる ( 図 1 左 ) このことは 100 年以

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統合失調症発症に強い影響を及ぼす遺伝子変異を,神経発達関連遺伝子のNDE1内に同定した

脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

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報道発表資料 2004 年 9 月 6 日 独立行政法人理化学研究所 記憶形成における神経回路の形態変化の観察に成功 - クラゲの蛍光蛋白で神経細胞のつなぎ目を色づけ - 独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事長 ) マサチューセッツ工科大学 (Charles M. Vest 総長 ) は記憶形

研究の背景社会生活を送る上では 衝動的な行動や不必要な行動を抑制できることがとても重要です ところが注意欠陥多動性障害やパーキンソン病などの精神 神経疾患をもつ患者さんの多くでは この行動抑制の能力が低下しています これまでの先行研究により 行動抑制では 脳の中の前頭前野や大脳基底核と呼ばれる領域が

PRESS RELEASE (2016/11/22) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

4. 発表内容 : 1 研究の背景 先行研究における問題点 正常な脳では 神経細胞が適切な相手と適切な数と強さの結合 ( シナプス ) を作り 機能的な神経回路が作られています このような機能的神経回路は 生まれた時に完成しているので はなく 生後の発達過程において必要なシナプスが残り不要なシナプス

の機能不全がどのように思春期の神経回路網形成に影響をあたえ 最終的な疾患病態へ進行するのかは解明されていません そこで統合失調症の発症関連分子として確立されている遺伝子 DISC1 に注目し 神経培養細胞や生きたままのマウス前頭葉のライブ撮影を行うことで DISC1 の機能を抑制した神経細胞における

統合失調症モデルマウスを用いた解析で新たな統合失調症病態シグナルを同定-統合失調症における新たな予防法・治療法開発への手がかり-

論文の内容の要旨

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2. 手法まず Cre 組換え酵素 ( ファージ 2 由来の遺伝子組換え酵素 ) を Emx1 という大脳皮質特異的な遺伝子のプロモーター 3 の制御下に発現させることのできる遺伝子操作マウス (Cre マウス ) を作製しました 詳細な解析により このマウスは 大脳皮質の興奮性神経特異的に 2 個

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研究の背景 ヒトは他の動物に比べて脳が発達していることが特徴であり, 脳の発達のおかげでヒトは特有の能力の獲得が可能になったと考えられています この脳の発達に大きく関わりがあると考えられているのが, 本研究で扱っている大脳皮質の表面に存在するシワ = 脳回 です 大脳皮質は脳の中でも高次脳機能に関わ

り込みが進まなくなることを明らかにしました つまり 生後 12 日までの刈り込みには強い シナプス結合と弱いシナプス結合の相対的な差が 生後 12 日以降の刈り込みには強いシナプス 結合と弱いシナプス結合の相対的な差だけでなくシナプス結合の絶対的な強さが重要であることを明らかにしました 本研究成果は

( 続紙 1 ) 京都大学 博士 ( 薬学 ) 氏名 大西正俊 論文題目 出血性脳障害におけるミクログリアおよびMAPキナーゼ経路の役割に関する研究 ( 論文内容の要旨 ) 脳内出血は 高血圧などの原因により脳血管が破綻し 脳実質へ出血した病態をいう 漏出する血液中の種々の因子の中でも 血液凝固に関

60 秒でわかるプレスリリース 2008 年 10 月 22 日 独立行政法人理化学研究所 脳内のグリア細胞が分泌する S100B タンパク質が神経活動を調節 - グリア細胞からニューロンへの分泌タンパク質を介したシグナル経路が活躍 - 記憶や学習などわたしたち高等生物に必要不可欠な高次機能は脳によ

発達期小脳において 脳由来神経栄養因子 (BDNF) はシナプスを積極的に弱め除去する 刈り込み因子 としてはたらく 1. 発表者 : 狩野方伸 ( 東京大学大学院医学系研究科機能生物学専攻神経生理学分野教授 ) 2. 発表のポイント : 生後発達期の小脳において 不要な神経結合 ( シナプス )

報道発表資料 2006 年 4 月 13 日 独立行政法人理化学研究所 抗ウイルス免疫発動機構の解明 - 免疫 アレルギー制御のための新たな標的分子を発見 - ポイント 異物センサー TLR のシグナル伝達機構を解析 インターフェロン産生に必須な分子 IKK アルファ を発見 免疫 アレルギーの有効

報道発表資料 2006 年 8 月 7 日 独立行政法人理化学研究所 国立大学法人大阪大学 栄養素 亜鉛 は免疫のシグナル - 免疫系の活性化に細胞内亜鉛濃度が関与 - ポイント 亜鉛が免疫応答を制御 亜鉛がシグナル伝達分子として作用する 免疫の新領域を開拓独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事

共同研究チーム 個人情報につき 削除しております 1

学位論文の要約

前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

平成 26 年 8 月 21 日 チンパンジーもヒトも瞳の変化に敏感 -ヒトとチンパンジーに共通の情動認知過程を非侵襲の視線追従装置で解明- 概要マリスカ クレット (Mariska Kret) アムステルダム大学心理学部研究員( 元日本学術振興会外国人特別研究員 ) 友永雅己( ともながまさき )

( 図 ) IP3 と IRBIT( アービット ) が IP3 受容体に競合して結合する様子

Microsoft Word - 【確定】東大薬佐々木プレスリリース原稿

1. 背景血小板上の受容体 CLEC-2 と ある種のがん細胞の表面に発現するタンパク質 ポドプラニン やマムシ毒 ロドサイチン が結合すると 血小板が活性化され 血液が凝固します ( 図 1) ポドプラニンは O- 結合型糖鎖が結合した糖タンパク質であり CLEC-2 受容体との結合にはその糖鎖が

サカナに逃げろ!と指令する神経細胞の分子メカニズムを解明 -個性的な神経細胞のでき方の理解につながり,難聴治療の創薬標的への応用に期待-

生物 第39講~第47講 テキスト

長期/島本1

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リリース先 大阪科学 大学記者クラブ 枚方市政クラブ 報道解禁日(日本時間) Web 11 月 20 日 金 午前 2 時 新聞 11 月 20 日 金 付朝刊 報道機関各位 2015 年 11 月 16 日 本学附属生命医学研究所 小早川研究員ら 恐怖を引き起こす 匂い を開発し 恐怖の制御メカニ

2019 年 3 月 28 日放送 第 67 回日本アレルギー学会 6 シンポジウム 17-3 かゆみのメカニズムと最近のかゆみ研究の進歩 九州大学大学院皮膚科 診療講師中原真希子 はじめにかゆみは かきたいとの衝動を起こす不快な感覚と定義されます 皮膚疾患の多くはかゆみを伴い アトピー性皮膚炎にお

Microsoft Word - 運動が自閉症様行動とシナプス変性を改善する

( 様式乙 8) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 米田博 藤原眞也 副査副査 教授教授 黒岩敏彦千原精志郎 副査 教授 佐浦隆一 主論文題名 Anhedonia in Japanese patients with Parkinson s disease ( 日本人パー

Microsoft Word - 【広報課確認】プレスリリース原稿(乘本)池谷‗RIKEN最終版

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がんを見つけて破壊するナノ粒子を開発 ~ 試薬を混合するだけでナノ粒子の中空化とハイブリッド化を同時に達成 ~ 名古屋大学未来材料 システム研究所 ( 所長 : 興戸正純 ) の林幸壱朗 ( はやしこういちろう ) 助教 丸橋卓磨 ( まるはしたくま ) 大学院生 余語利信 ( よごとしのぶ ) 教

統合失調症といった精神疾患では シナプス形成やシナプス機能の調節の異常が発症の原因の一つであると考えられています これまでの研究で シナプスの形を作り出す細胞骨格系のタンパク質 細胞同士をつないでシナプス形成に関与する細胞接着分子群 あるいはグルタミン酸やドーパミン 2 系分子といったシナプス伝達を

マスコミへの訃報送信における注意事項

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平成 29 年 6 月 9 日 ニーマンピック病 C 型タンパク質の新しい機能の解明 リソソーム膜に特殊な領域を形成し 脂肪滴の取り込み 分解を促進する 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長門松健治 ) 分子細胞学分野の辻琢磨 ( つじたくま ) 助教 藤本豊士 ( ふじもととよし ) 教授ら

プレスリリース 報道関係者各位 2019 年 10 月 24 日慶應義塾大学医学部大日本住友製薬株式会社名古屋大学大学院医学系研究科 ips 細胞を用いた研究により 精神疾患に共通する病態を発見 - 双極性障害 統合失調症の病態解明 治療薬開発への応用に期待 - 慶應義塾大学医学部生理学教室の岡野栄

報道機関各位 平成 27 年 8 月 18 日 東京工業大学広報センター長大谷清 鰭から四肢への進化はどうして起ったか サメの胸鰭を題材に謎を解き明かす 要点 四肢への進化過程で 位置価を持つ領域のバランスが後側寄りにシフト 前側と後側のバランスをシフトさせる原因となったゲノム配列を同定 サメ鰭の前


赤色 camp 可視化蛍光タンパク質センサーの開発 1. 発表者 : 原田一貴 ( 東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻博士課程 2 年 ) 伊藤幹 ( 東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻修士課程 2 年 ( 研究当時 )) 坪井貴司 ( 東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻准教授 )

M波H波解説

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いて認知 社会機能障害は日々の生活に大きな支障をきたしますが その病態は未だに明らかになっていません 近年の統合失調症の脳構造に関する研究では 健常者との比較で 前頭前野 ( 注 4) などの前頭葉や側頭葉を中心とした大脳皮質の体積減少 海馬 扁桃体 視床 側坐核などの大脳皮質下領域の体積減少が報告

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糖鎖の新しい機能を発見:補体系をコントロールして健康な脳神経を維持する

化を明らかにすることにより 自閉症発症のリスクに関わるメカニズムを明らかにすることが期待されます 本研究成果は 本年 京都において開催される Neuro2013 において 6 月 22 日に発表されます (P ) お問い合わせ先 東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野教授大隅典

統合失調症に関連する遺伝子変異を 22q11.2 欠失領域の RTN4R 遺伝子に世界で初めて同定 ポイント 統合失調症発症の最大のリスクである 22q11.2 欠失領域に含まれる神経発達障害関連遺伝子 RTN4R に存在する稀な一塩基変異が 統計学的に統合失調症の発症に関与することを確認しました

シナプスの情報量を決める超分子ナノ構造 1. 発表者 : 廣瀬謙造 ( 東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻神経生物学分野教授 ) 2. 発表のポイント : 脳の神経伝達物質であるグルタミン酸が シナプスで放出されている様子を個別のシナプス で直接観測することに成功しました 観測結果の解析により

平成14年度研究報告

法医学問題「想定問答」(記者会見後:平成15年  月  日)

PRESS RELEASE (2012/9/27) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

生物時計の安定性の秘密を解明

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世界初! 細胞内の線維を切るハサミの機構を解明 この度 名古屋大学大学院理学研究科の成田哲博准教授らの研究グループは 大阪大学 東海学院大学 豊田理化学研究所との共同研究で 細胞内で最もメジャーな線維であるアクチン線維を切断 分解する機構をクライオ電子顕微鏡法注 1) による構造解析によって解明する

報道発表資料 2002 年 10 月 10 日 独立行政法人理化学研究所 頭にだけ脳ができるように制御している遺伝子を世界で初めて発見 - 再生医療につながる重要な基礎研究成果として期待 - 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は プラナリアを用いて 全能性幹細胞 ( 万能細胞 ) が頭部以外で脳

現し Gasc1 発現低下は多動 固執傾向 様々な学習 記憶障害などの行動異常や 樹状突起スパイン密度の増加と長期増強の亢進というシナプスの異常を引き起こすことを発見し これらの表現型がヒト自閉スペクトラム症 (ASD) など神経発達症の病態と一部類することを見出した しかしながら Gasc1 発現

く 細胞傷害活性の無い CD4 + ヘルパー T 細胞が必須と判明した 吉田らは 1988 年 C57BL/6 マウスが腹腔内に移植した BALB/c マウス由来の Meth A 腫瘍細胞 (CTL 耐性細胞株 ) を拒絶すること 1991 年 同種異系移植によって誘導されるマクロファージ (AIM

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霊長類の大脳皮質で運動課題中の多細胞活動を 2 光子カルシウムイメージングで長期間 同時計測することに成功 1. 発表者 : 松崎政紀 ( 東京大学大学院医学系研究科機能生物学専攻教授 ) 2. 発表のポイント : 霊長類コモン マーモセットのための手で道具を操作する運動課題用装置と新規の訓練方法

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るマウスを解析したところ XCR1 陽性樹状細胞欠失マウスと同様に 腸管 T 細胞の減少が認められました さらに XCL1 の発現が 脾臓やリンパ節の T 細胞に比較して 腸管組織の T 細胞において高いこと そして 腸管内で T 細胞と XCR1 陽性樹状細胞が密に相互作用していることも明らかにな

2. PQQ を利用する酵素 AAS 脱水素酵素 クローニングした遺伝子からタンパク質の一次構造を推測したところ AAS 脱水素酵素の前半部分 (N 末端側 ) にはアミノ酸を捕捉するための構造があり 後半部分 (C 末端側 ) には PQQ 結合配列 が 7 つ連続して存在していました ( 図 3

の感染が阻止されるという いわゆる 二度なし現象 の原理であり 予防接種 ( ワクチン ) を行う根拠でもあります 特定の抗原を認識する記憶 B 細胞は体内を循環していますがその数は非常に少なく その中で抗原に遭遇した僅かな記憶 B 細胞が著しく増殖し 効率良く形質細胞に分化することが 大量の抗体産

統合失調症の発症に関与するゲノムコピー数変異の同定と病態メカニズムの解明 ポイント 統合失調症の発症に関与するゲノムコピー数変異 (CNV) が 患者全体の約 9% で同定され 難病として医療費助成の対象になっている疾患も含まれることが分かった 発症に関連した CNV を持つ患者では その 40%

RNA Poly IC D-IPS-1 概要 自然免疫による病原体成分の認識は炎症反応の誘導や 獲得免疫の成立に重要な役割を果たす生体防御機構です 今回 私達はウイルス RNA を模倣する合成二本鎖 RNA アナログの Poly I:C を用いて 自然免疫応答メカニズムの解析を行いました その結果

研究の背景近年 睡眠 覚醒リズムの異常を訴える患者さんが増加しています 自分が望む時刻に寝つき 朝に起床することが困難であるため 学校や会社でも遅刻を繰り返し 欠席や休職などで引きこもりがちな生活になると さらに睡眠リズムが不規則になる悪循環に陥ります 不眠症とは異なり自分の寝やすい時間帯では良眠で

植物が花粉管の誘引を停止するメカニズムを発見

背景 私たちの体はたくさんの細胞からできていますが そのそれぞれに遺伝情報が受け継がれるためには 細胞が分裂するときに染色体を正確に分配しなければいけません 染色体の分配は紡錘体という装置によって行われ この際にまず染色体が紡錘体の中央に集まって整列し その後 2 つの極の方向に引っ張られて分配され

報道発表資料 2007 年 11 月 16 日 独立行政法人理化学研究所 過剰にリン酸化したタウタンパク質が脳老化の記憶障害に関与 - モデルマウスと機能的マンガン増強 MRI 法を使って世界に先駆けて実証 - ポイント モデルマウスを使い ヒト老化に伴う学習記憶機能の低下を解明 過剰リン酸化タウタ

Microsoft Word - 【広報課確認】 _プレス原稿(最終版)_東大医科研 河岡先生_miClear

神経細胞での脂質ラフトを介した新たなシグナル伝達制御を発見

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PRESS RELEASE (2014/2/6) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

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統合失調症の病名変更が新聞報道に与えた影響過去約 30 年の網羅的な調査 1. 発表者 : 小池進介 ( 東京大学学生相談ネットワーク本部 / 保健 健康推進本部講師 ) 2. 発表のポイント : 過去約 30 年間の新聞記事 2,200 万件の調査から 病名を 精神分裂病 から 統合失調症 に変更

報道発表資料 2007 年 4 月 11 日 独立行政法人理化学研究所 傷害を受けた網膜細胞を薬で再生する手法を発見 - 移植治療と異なる薬物による新たな再生治療への第一歩 - ポイント マウス サルの網膜の再生を促進することに成功 網膜だけでなく 難治性神経変性疾患の再生治療にも期待できる 神経回

報道発表資料 2006 年 6 月 21 日 独立行政法人理化学研究所 アレルギー反応を制御する新たなメカニズムを発見 - 謎の免疫細胞 記憶型 T 細胞 がアレルギー反応に必須 - ポイント アレルギー発症の細胞を可視化する緑色蛍光マウスの開発により解明 分化 発生等で重要なノッチ分子への情報伝達

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学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 小川憲人 論文審査担当者 主査田中真二 副査北川昌伸 渡邉守 論文題目 Clinical significance of platelet derived growth factor -C and -D in gastric cancer ( 論文内容の要旨 )

汎発性膿疱性乾癬のうちインターロイキン 36 受容体拮抗因子欠損症の病態の解明と治療法の開発について ポイント 厚生労働省の難治性疾患克服事業における臨床調査研究対象疾患 指定難病の 1 つである汎発性膿疱性乾癬のうち 尋常性乾癬を併発しないものはインターロイキン 36 1 受容体拮抗因子欠損症 (

別紙 自閉症の発症メカニズムを解明 - 治療への応用を期待 < 研究の背景と経緯 > 近年 自閉症や注意欠陥 多動性障害 学習障害等の精神疾患である 発達障害 が大きな社会問題となっています 自閉症は他人の気持ちが理解できない等といった社会的相互作用 ( コミュニケーション ) の障害や 決まった手

のと期待されます 本研究成果は 2011 年 4 月 5 日 ( 英国時間 ) に英国オンライン科学雑誌 Nature Communications で公開されます また 本研究成果は JST 戦略的創造研究推進事業チーム型研究 (CREST) の研究領域 アレルギー疾患 自己免疫疾患などの発症機構

論文題目  腸管分化に関わるmiRNAの探索とその発現制御解析

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< 研究の背景 > 運動に疲労はつきもので その原因や予防策は多くの研究者や競技者 そしてスポーツ愛好者の興味を引く古くて新しいテーマです 運動時の疲労は 必要な力を発揮できなくなった状態 と定義され 疲労の原因が起こる身体部位によって末梢性疲労と中枢性疲労に分けることができます 末梢性疲労の原因の

受精に関わる精子融合因子 IZUMO1 と卵子受容体 JUNO の認識機構を解明 1. 発表者 : 大戸梅治 ( 東京大学大学院薬学系研究科准教授 ) 石田英子 ( 東京大学大学院薬学系研究科特任研究員 ) 清水敏之 ( 東京大学大学院薬学系研究科教授 ) 井上直和 ( 福島県立医科大学医学部附属生

4. 発表内容 : [ 研究の背景 ] 1 型糖尿病 ( 注 1) は 主に 免疫系の細胞 (T 細胞 ) が膵臓の β 細胞 ( インスリンを産生する細胞 ) に対して免疫応答を起こすことによって発症します 特定の HLA 遺伝子型を持つと 1 型糖尿病の発症率が高くなることが 日本人 欧米人 ア

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ドーパミンの脳内報酬作用機構を解明 依存症など精神疾患の理解 治療へ前進 1. 発表者 : かさいはるお河西春郎 ( 東京大学大学院医学系研究科附属疾患生命工学センター構造生理学部門教授 ) やぎしたしょう柳下祥 ( 東京大学大学院医学系研究科附属疾患生命工学センター構造生理学部門特任助教 ) 2. 発表のポイント : 快楽中枢である側坐核 ( 注 1) の神経細胞において グルタミン酸とドーパミン刺激を独立に制御し シナプス ( 注 2) の結合強度の変化に対するドーパミンの作用をマウスにおいて解明した ドーパミンの報酬作用は スパイン ( 注 3) が活性化された直後 2 秒以内の狭い時間枠でのみ シナプスの結合を強化することが明らかとなった 報酬作用の神経基盤を明らかにした本成果は 依存症や強迫性障害などの精神疾患の理解 治療に新しい展望をもたらすと期待される 3. 発表概要 : パブロフの犬 の実験などにより 100 年以上前から知られている 条件付け は 行動選択 の基本機構として医学的 心理学的にも広く研究 利用されている 最近では 神経伝達物質で あるドーパミンがヒトや動物の報酬学習に関与すると言われている しかしながら ドーパミン がどのような機構により報酬信号として働くかは不明であった 一般に 学習が成立する際にはグルタミン酸を興奮性伝達物質とする神経細胞のシナプス ( 注 2) の結合強度が変わる ( シナプス可塑性 ) 東京大学大学院医学系研究科の河西春郎教授らの グループは マウスの快楽中枢である側坐核において グルタミン酸とドーパミンをそれぞれ独 立に放出させ シナプス可塑性に対するドーパミンの作用を調べた すると シナプスがグルタ ミン酸で活性化され その直後の狭い時間枠でドーパミンが作用した時のみスパインの頭部増大 ( 注 3) が起き シナプス結合を強化することが明らかになった また この時間枠は行動実験において条件付けが成立するために 行動後に報酬を与えなければならない時間枠とほぼ一致し た 本研究により 行動の 条件付け が起きる分子細胞機構が世界で初めて明らかとなった 側 坐核は 依存症 強迫性障害などと密接に関係するため 本成果は 精神疾患の理解 治療に新 しい展望をもたらすと期待される 本研究は 文部科学省脳科学研究戦略推進プログラム ( 課題 G 神経情報基盤 ) の一環とし て実施され 科学研究費特別推進研究 基盤 (S) の支援を受けて行われた

4. 発表内容 : 研究の背景 イヌに お手 を新しく教える場合 お手 ができた時に餌を与えるとイヌはまた お手 をして餌をもらおうとする このように動物が行動を起こした直後に報酬 ( 餌 ) を与えると そ の行動が強化され 繰り返し行動するようになる ( 図 1 左 ) このことは 100 年以上前にソーン ダイクやパブロフにより報告された 報酬は行動の直後に与えられると効率的な学習を起こすが 行動と報酬までの時間が長くなると学習の効率は著しく下がる また 単に報酬 ( 餌 ) だけを与 えて待っていても お手 をするようにならない このように報酬学習では 行動に対してどのようなタイミング ( 時間枠 ) で報酬が与えられるかが学習の効率を決定する このように行動に おける報酬を与えるタイミングの重要性ははっきりしていたが この報酬のタイミングを検出す る神経基盤は不明であった これまでの知見から 中脳のドーパミンを放出する神経細胞の活動 つまり そこから放出さ れるドーパミンが報酬信号を表すと考えられてきた ドーパミン神経細胞は報酬に反応して 1 秒 以下の一過性の発火を示し これにより報酬学習が誘引される また学習の基盤にはグルタミン 酸作動性シナプスにおけるシナプスの結合強度の変化 ( シナプス可塑性 ) があるとされ ドーパ ミン神経細胞の投射先である線条体や側坐核 ( 図 1 右 ) といった脳領域でのドーパミンが グル タミン酸作動性シナプスの可塑性を修飾すると考えられてきた ドーパミンが報酬作用を持つと すれば 行動の報酬タイミングに対応してドーパミンの一過性発火が直前に活性化されたシナプ スのみを選択的に強化する特性を持つ必要がある しかし これまでの電極による電気刺激を使 った実験技術ではグルタミン酸やドーパミンを放出する神経線維を区別して刺激することができず この重要な問題を明らかにすることができなかった 研究内容 東京大学大学院医学系研究科の河西春郎教授らの研究グループは 本研究グループでこれまで に開発した光によるグルタミン酸刺激 (2 光子アンケイジング法 注 4) と 光遺伝学 ( 注 5) によるドーパミン神経刺激とを組み合わせることで グルタミン酸とドーパミンを独立して制御 できるような実験系をマウスにおいて構築し ドーパミン作用の時間枠の解明に挑戦した これまでに 本研究グループの成果として 海馬という脳領域において スパインの頭部が大 きくなる運動 ( スパインの頭部増大 ) によりシナプス結合が増強することを報告している そこ で 側坐核の神経細胞の一群である D1 受容体発現 - 中型有棘神経細胞 ( 注 6) において 2 光子 アンケイジング法によりスパインをグルタミン酸で刺激しながら ドーパミン神経細胞の一過性 発火を起こしてドーパミンの作用を観察した ( 図 2 左 ) すると グルタミン酸刺激の直後にドーパミン刺激を加えると顕著なスパイン頭部増大が観察されたが ( 図 2 右上 ) グルタミン酸刺 激の直前や 5 秒ほど後にドーパミン刺激をしてもスパイン頭部増大は見られなかった さまざま な時間枠でドーパミン刺激を与えたところ グルタミン酸刺激の 0.3 2 秒の間に与えられた時に のみスパイン頭部増大が見られ ドーパミンがシナプス結合を増強する時間枠が世界で初めて明 らかになった ( 図 2 右下 ) この時間枠は ドーパミン神経細胞の電気自己刺激や報酬と行動を 調べた実験において 学習が成立するために報酬を与えなければいけない時間枠とほぼ一致して いた

社会的意義 今後の展望 本研究により 側坐核の 1 つ 1 つのスパイン シナプスはグルタミン酸により活性化された後 報酬信号であるドーパミンが与えられた時にのみスパイン頭部増大することが示された その際 スパイン頭部増大を強化する時間特性が存在し ドーパミンは一定の時間枠においてのみ報酬作 用を持ち 動物個体の報酬学習を起こすと示唆された 報酬学習は依存症や強迫性障害などの精 神疾患の病態の根幹である 覚醒剤やアルコールは快感物質として強い報酬学習を引き起こして しまい 物質の使用をやめることができないことから依存症に至ると考えられている これまで の治療ではこの 快 の記憶を消すことができないため 一度薬物の使用をやめられたとしても すぐに再発してしまうことが問題になっていた 今回の研究を発展させ 快記憶の形成過程や消 失過程に関わるシナプスや分子機構を明らかにすることで これまでとは全く異なる新しい治療 戦略を考案していくことができるかもしれない さらに 本研究により明らかになった ドーパ ミンがシナプス結合を増強する時間枠は ロボットの強化学習理論が用いている 報酬時間枠 によく対応するので 脳が強化学習機構を用いていることはほぼ確かとなり 学習理論にも重要 な示唆を与える 5. 発表雑誌 : 雑誌名 : Science 9 月 26 日号 (9 月 25 日オンライン版 ) 論文タイトル : A Critical Time Window for Dopamine Actions on the Structural Plasticity of Dendritic Spines 著者 : Sho Yagishita, Akiko Hayashi-Takagi, Graham C.R. Ellis-Davies, Hidetoshi Urakubo, Shin Ishii, and Haruo Kasai DOI 番号 :10.1126/science.1255514 アブストラクト URL http://www.sciencemag.org/content/345/6204/1616.abstract 6. 問い合わせ先 : 東京大学大学院医学系研究科附属疾患生命工学センター構造生理学部門教授河西春郎 TEL:03-5841-1439 携帯 : 090-3565-0601 Fax: 03-5841-1442 Email:hkasai@m.u-tokyo.ac.jp 文部科学省脳科学研究戦略推進プログラムに関するお問い合わせ 文部科学省 脳科学研究戦略推進プログラム 事務局担当 : 丸山 TEL:0564-55-7803 Fax:0564-55-7805 Email:srpbs@nips.ac.jp

7. 用語解説 : ( 注 1) 側坐核快楽中枢と知られ ヒトにおいて依存症やうつ病などの精神疾患との関連が深い脳領域である 新皮質や海馬 扁桃体といった脳領域から興奮性入力 ( グルタミン酸 ) を受けると同時に腹側被蓋野からドーパミン神経の入力を受ける このような基本的な神経回路や機能にはマウスとヒトは相同している ( 注 2) シナプス神経細胞間の接合部位でグルタミン酸が放出され 受容される箇所 ( 注 3) スパインの頭部増大興奮性シナプスは特有の棘構造 ( スパイン 樹状突起スパインともいう ) を持つ このスパインの頭部の形態が増大することで シナプス結合強度を増加させる このようなスパインの持つ運動性が 私たちの速い精神活動の基盤になるのではないかと考えられている ( 注 4)2 光子アンケイジング法 2 つの光子が同時に分子に吸収される非線形な現象を用いて点状に分子を励起する顕微鏡を2 光子顕微鏡という この顕微鏡を グルタミン酸を放出する化学反応に用いて 点状にグルタミン酸を放出して単一のスパインを刺激する方法 ( 注 5) 光遺伝学光活性化タンパク質を細胞に遺伝子導入することで 細胞機能を光により制御する技術 本研究においては青色光の照射により細胞を発火させることができるチャネルロドプシン 2 遺伝子をドーパミン神経細胞に導入し 青色光によるドーパミン神経細胞の操作を可能にしている ( 注 6)D1 受容体発現 - 中型有棘神経細胞側坐核の 9 割ほどの神経細胞は中型有棘神経細胞と呼ばれる樹状突起スパインに富む神経細胞である この中型有棘神経細胞はドーパミン 1 型 (D1) 受容体を発現する神経細胞とドーパミン 2 型受容体を発現する神経細胞の 2 種類に大別される このうち D1 受容体発現 - 中型有棘神経細胞は報酬学習の獲得に関わることが知られている 8. 添付資料 : 図や更に詳細な解説は下記のサイトからダウンロードいただけます http://www.bm2.m.u-tokyo.ac.jp/press2014.html

図 1. 動物の報酬学習と関連する神経回路 図 2. 側坐核のシナプスにおけるスパインの頭部増大と そのドーパミン遅延依存性