競業避止義務をめぐる諸問題 ~ 職員の退職後の競業行為を中心にの競業行為を中心に ~ 官澤綜合法律事務所第 17 回顧問先セミナー 第 1 営業情報保護の必要性 1 営業情報の重要性他者が把握していない ( あるいは利用できない ) 情報やノウハウを有効活用することにより 市場競争において優位に立つことができる! 新規参入者は新たにそれらを創作しなければならず 仮に創作能力があるとしても情報生産コストがかかる しかし 情報は無体物であって持ち出しが比較的容易である ( 物理的に管理しても流出防止の効果には限界がある ) 上に いったん流出してしまえば取り返しがつかなくなり 第三者が ただ乗り する危険性が大きい 2 営業秘密とは秘密として管理されている生産方法 販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって 公然と知られていないもの ( 不競法 2 条 6 項 ) 営業秘密も知的財産のひとつ ( 知的財産基本法 2 条 1 項 ) 1 公然と知られていないこと ( 非公知性 ) 2 秘密として管理されていること ( 管理性 ) 3 事業活動に有用であること ( 有用性 ) 3 不競法上の営業秘密保護の方策窃取 詐欺 脅迫その他の不正の手段により営業秘密を取得する行為又はそれにより取得した営業秘密の使用 開示行為等や 正当に取得した営業秘密を 不正利益取得目的又は加害目的で使用 開示する行為に対して (1) 差止請求 ( 不競法 3 条 ) 事前救済方法 (2) 廃棄除去請求 ( 不競法 3 条 1 項 ) 事前救済方法 (3) 損害賠償請求 ( 不競法 4 条 2 項 ) 事後救済方法 (4) 刑事罰 ( 不競法 21 条 ) 対象が限られている 4 営業情報保護の手法 戦略 (1) 商号 ( 商法 会社法 ) (2) 商標 ( 商標法 ) 1
(3) 周知表示 著名表示 ( 不競法 ) (4) 意匠 ( 意匠法 ) (5) 商品形態 ( 不競法 ) (6) 著作権 ( 著作権法 ) (7) 特許 実用新案 ( 特許法 ) (8) 営業秘密 ( 不競法 ) 情報の性質上基本的に秘密にすることができず 独占権を付与することにより保護を図ろうとするのが (1)~(6) 性質上秘密とすることも可能であるがあえて公開した上で独占権を付与することにより保護を図ろうとするのが (7) 秘密にすることによる保護 を図ろうとするのが (8) 5 競業避止義務の必要性情報は 人 を通じて流出する したがって まずは秘密保持契約の締結や 就業規則上の秘密保持義務の設定が必要 この場合 秘密 の範囲を何らかの客観的な形で特定しておくことが重要 特定が不十分であると いざ流出した場合に それが 秘密 なのか 判断しがたい場合もある しかし 秘密保持義務 契約のみでは 営業秘密の流出があったのか また誰が営業秘密を流出させたのかが外形上明らかでない場合が多く また 流出した情報が 秘密 に当たるか否かの点で疑義が生じることを回避できないし 秘密 ではない情報やノウハウを他者が使用することを防止できない そこで 情報流出を抜本的に防止するために 競業避止義務 契約が有用 秘密漏洩 を立証するよりも 競業 を立証するほうが比較的容易 第 2 競業避止義務の基本構造 1 競業避止義務の法的根拠 (1) 法律で定められているもの 要件に該当すれば効果発生 1 取締役 ( 会社法 356 条 365 条 ) 2 支配人 ( 商法 23 条 会社法 12 条 ) 等々 ただし 義務を負うのは在任中に限られることに注意 (2) 法律で定められていないもの 1 契約による場合 有効性が問題となることがある 2 就業規則による場合 有効性が問題となることがある 3 法律や合意がなくとも信義則 ( 民法 1 条 ) 上認められる場合 あまり 2
期待すべきではない 2 競業避止義務違反の効果 (1) 差止請求 ( 仮処分 訴訟 ) 裁判所は慎重 (2) 損害賠償請求 損害額の立証は容易でない 3 競業避止義務違反の要件 (1) 競業行為 を行ったこと競業行為とは その企業の営業に属する分野において 競争関係に立つおそれのある行為であり 同業他社就職行為 同業独立営業行為のほとんどがこれに含まれる (2) 競業避止契約が有効であること ( 退職 退任後の場合 ) 在職中の競業避止義務については 労働契約そのものから当然に導かれるものであり 義務の存否 競業避止契約の有効性に疑義が生じることはほぼない しかし 退職後の競業避止義務 契約の有効性ついては 労働契約そのものから当然に導き出されるものではなく むしろ企業の秘密保持という側面が強いことから その有効性に制限がかけられている この点 多くの裁判例が存在しており 別項にて傾向を検討する 第 3 競業避止契約の有効性 1 理論的背景競業避止義務は 企業と一定の契約関係にある主体が その契約に基づく義務を果たすとともに企業から利益 報酬 賃金をもらうことになる中で 一方で利益 報酬 賃金などの利益を受けながら 他方でその企業の利益を奪い 又は損害を与えるのは二律背反であり 経済的にも矛盾することから認められるものである しかしながら 競業避止義務は 憲法 2 2 条で定められた職業選択の自由を制限するものであるので 特に上記のような対価関係が終了した後の退職後 退任後の競業避止義務の設定は 無制限には認められない 2 裁判例フォセコ ジャパン リミテッド事件 ( 奈良地判昭和 45 年 10 月 23 日 判時 624 号 78 頁 ) 競業の制限が合理的範囲を超え 被告らの職業選択の自由を不当に拘束し 同人らの生存を脅かす場合には その制限は公序良俗に反して無 3
効になることはいうまでもないが この合理的範囲を確定するにあたっては 制限の期間 場所的範囲 制限の対象となる職種の範囲 代償の有無等について 原告の利益 ( 企業秘密の保護 ) 被告らの不利益 ( 転職 再就職の不自由 ) 及び社会的利害 ( 独占集中のおそれ それに伴う一般消費者の利害 ) の三つの視点に立って慎重に検討することを要する 3 企業側の守るべき利益の存在 営業秘密に限らず それに準ずるノウハウ等 競業避止義務を設定する ことにより守るべき利益があるか否かが合理性を検討する出発点となる 4 代償措置代償としての対価が支払われていない場合には 契約の有効性が否定されやすい傾向にある ただし 対価として明示的に定義されていなくとも 賃金が高額であることをもって代償措置とみなしている裁判例も存在する 5 禁止行為の範囲業界の事情にもよるが 競業企業への転職を一般的 抽象的に禁止するだけでは合理性が認められないことがある一方 業務内容や職種等について限定をした規定については 肯定的に捉えられている傾向にある たとえば 在職中に担当していた業務や在職中に担当した顧客に対する競業行為を禁止するというレベルの限定であっても 肯定的な判断がされている例もある 6 地域的限定地域的限定がないことのみをもって競業避止契約の有効性が否定されているわけではないが 使用者の事業内容や職業選択の自由に対する制約の程度に照らして合理的な絞り込みがされているかどうかが問題となる 7 競業禁止義務期間業種の特殊性により差異があると考えられるが 1 年以内の期間については肯定的に捉えられている傾向がある一方 2 年を超えると否定的な裁判例が多い 2 年でも否定的な判断がされている裁判例もある 8 従業員の地位 形式的な地位というよりは 企業が守るべき利益を保護するために 競 4
業避止義務を課すことが必要な従業員であるかどうかが重要 ( 合目的性 ) 第 4 競業避止義務を考える上でのポイント 1 就業規則や契約に定めを置くこと競業避止義務は法律上又は信義則上認められる場合もあるが その範囲は限定的 就業規則や契約 ( 誓約書でも同様 ) に定めを置いておかなければ 競業をされた場合にそもそも何らの対抗手段を取ることもできなくなってしまう また 競業避止義務の前提として 秘密保持義務についても定めを置いた上で 秘密 の範囲を客観的に特定しておくことも肝要である 2 競業避止義務の内容を合理的なものとしておくこと第 3でみたように 競業避止契約の有効性が問題となることも多い ただ定めを置いておけばそれでよいというわけではなく 競業避止義務の内容にも気を配る必要がある フランチャイズ契約の場合 3 競業避止義務の実効性を担保する規定を置いておくこと有効な競業避止義務についての規定を置き 又は契約を締結していても 実際に競業行為が行われた場合に差止めを認めてもらうにはハードルが高く 損害を立証するのも困難な場合が多い 対象者が在職中であれば懲戒等が考えられるが 退職 退任後の職員の競業避止義務の実効性を担保するためには 事前に相当な金額の違約金の定めを置いておくことが効果的である 退職金減額 不支給 返還等の定めを置くケースもあるが その効果は限定的 退職金不支給 減額条項の効力 第 5 参考文献外井浩志 競業避止義務をめぐるトラブル解決の手引 ( 新日本法規 2006 年 ) 経済産業省経済産業政策局知的財産政策室編 営業秘密保護のための競業避止義務の締結の方法 ( 経済産業調査会 2013 年 ) ワールド ヒューマン リソーシス情報管理実務研究会編著 営業秘密管理の実務 ( 中央経済社 2011 年 ) 永野周志 砂田太士 播摩洋平共著 営業秘密と競業避止義務の法務 ( ぎょうせい 2008 年 ) 以上 5