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平成 26 年 7 月 14 日 国立大学法人東北大学 国立大学法人京都大学 リチウムイオン電池負極用大比表面積オープンセル型ポーラスシリコン粉末の開発 歪緩和機構によるリチウムイオン蓄電池の長寿命 大容量化を実現 概要 国立大学法人東北大学 総長里見進 金属材料研究所 所長高梨弘毅 の和田武助教 加藤秀実准教授 並びに 国立大学法人京都大学 総長松本紘 大学院工学研究科 研究科長伊藤伸三郎 の市坪哲准教授らは 金属液体内で生じる量産性の高い脱成分反応を利用することにより 次世代型リチウムイオン電池の負極活物質として注目されるシリコン ( 珪素 Si) のオープンセル型ポーラス粉末を開発することに成功し これを用いて試作したリチウムイオン蓄電池 ( 以降 LIB と呼ぶ ) が長寿命および大容量を併せ持つことを示しました LIB は 高いエネルギー密度を有し 情報通信や家電機器 最近では ハイブリッド自動車や電気自動車 および 航空機等にも用いられ 更なる高容量化が期待されています この実現には 高いサイクル特性を示す新たな高比容量負極材料の開発が急務でしたが 今回 東北大と京都大の研究グループは マグネシウムとシリコンから成る合金がビスマス液体中において マグネシウム原子は溶出し易い一方で シリコン原子が溶出し難い性質を利用した脱成分反応により オープンセル型ポーラスシリコン粉末を作製することに成功しました 更に これを活物質として用いて試作した LIB が 炭素系材料を活物質に用いた従来の LIB の最大比容量 (~370 mah/g 単位はミリアンペア 時間 / グラム ) の 5.4 倍 (2000 mah/g 充電に要する時間 33 分 ) で充放電を繰り返した場合は その性能を 220 回維持し また 2.7 倍 (1000 mah/g 充電に要する時間 17 分 ) で繰り返した場合は 1500 回までその性能を維持することを示しました この発明は 携帯電話 スマートフォンやノート型 PC 等のモバイル機器の使用時間や電気自動車の走行距離の大幅拡大に繋がるものと期待されます 尚 この成果の詳細は Nano Letters (ACS publication) に 2014 年 7 月 2 日付けでオンライン掲載され また 公益社団法人日本金属学会 2014 秋期大会 (9 月 24~26 日名古屋大学東山キャンパス ) において口頭発表されます

開発の社会的背景 経緯 省エネルギー促進の目的から ハイブリッド自動車 搭載蓄電池を外部電源から充電できるプラグイン ハイブリッド自動車 および 電気自動車が実用化され これらの駆動用電源として用いられる蓄電池の高出力 大容量化に伴い LIB の使用が検討され始めました また スマートグリッドシステムにおける太陽光や風力発電力の貯蔵や 大規模発電による電力生産と消費のタイムラグを解消する電力負荷平準の用途にも LIB システムの適用が期待され その社会的需要は多方面に急増しています LIB の性能は電極材料に大きく依存し そのうち負極活物質として現在 炭素系材料が使用されていますが その容量 (~ 370 mah/g) は理論限界値に到達しています これ以上の高エネルギー密度化を目指すには 安定したサイクル特性を示す新たな高比容量負極材料の開発が急務です リチウムと合金化し これを挿入 離脱し得る諸元素の中で 炭素系材料の 10 倍以上の理論容量 ( 約 4000 mah/g) をもつシリコンが次世代負極材料の最有力候補として注目されてきました ところがシリコンはリチウムの挿入に伴って最大約 3-4 倍にまで体積膨張が膨張して自壊することや 電極から剥離してしまうことが原因となって シリコンを用いた LIB のサイクル特性が著しく低いことが知られており これを克服するために世界中で研究開発が進められています 最近の研究により リチウムの挿入に伴うシリコンの破壊挙動にはサイズ依存性があり 直径 300 nm 以下のワイヤや 150 nm 以下の微粒子であれば自壊しないことが示されていました そこで LIB の負極活物質にシリコンを用いて 高容量 高充放電速度および高サイクル特性を両立するためには シリコンは微粒子を構造単位とし 電解質と接触する表面積が大きく かつリチウム化に伴う体積膨張分を緩和する適度な空間を内包する構造 つまり 図 1 に模式的に示したオープンセル型ポーラス構造が理想的形状の一つであり この構造であれば 大きな体積変化を伴う充放電サイクル中においても電解質と活物質における電気的接触が常に維持され 体積膨張収縮歪の緩和が容易になるだろう という発想に至りました これまでオープンセル型ポーラス金属は 主に 酸 アルカリ水溶液中における合金から脱成分反応と これに伴う非可溶残存成分によるポーラス構造の自己組織形成を利用して作製されてきました この方法 ( 以降 従来法と呼ぶ ) では 残存成分となっても腐食されない高い標準電極電位を有する貴金属類や鉄族元素においてオープンセル型ポーラス金属が作製されています しかし 卑であるシリコンに従来法を適用した場合 残存成分であるシリコンも酸化されてしまう結果 粗大なシリコン酸化物となって所望のナノポーラス体を得ることができません 最近 酸 アルカリ水溶液の代わりに 金属溶湯を用いた新しい脱成分技術 (PCT/JP2010/068761) が東北大学金属材料研究所の加藤秀実准教授と和田武助教らによって開発され 従来法では困難であった数々の卑金属のオープンセル型ナノポーラス体の作製に成功しました この方法は 数百 ~1000 近傍の高温金属液体内で生じる高速脱成分反応を利用するため 前駆合金塊から大量のオープンセル型ナノポーラス体が得られるトップダウン的製造法であり 量産性が高いことにも大きな特徴があります

本研究開発の内容 シリコンは マグネシウム (Mg) とは合金を作って混和しやすい一方で ビスマス (Bi) とは混ざりにくく相分離しやすい性質を持ちます これらの性質を用いて シリコンとマグネシウムから成る合金 ( マグネシウム濃度 66.7 モル % 以上 ) を 850 のビスマス溶湯に 30 分間浸漬して 混ざりやすいマグネシウム成分のみをビスマス溶湯内に選択的に溶出させる脱成分処理を施しました 続いて 得られた試料を硝酸水溶液中に浸漬することにより シリコン以外の成分 ( 主にビスマス ) を除去し これを純水洗浄 乾燥を施すことによってポーラスシリコン粉末の作製に成功しました この作製過程を図 2 に また 得られたシリコン粉末の観察像を図 3(a)-(c) にそれぞれ示します 得られたシリコン粉末は黒色で 拡大した走査型 (b) および 透過型(c) 電子顕微鏡像から 約 100~1000 nm 程の微細なシリコン粒子が部分結合した多孔質構造を有することがわかりました また 水銀圧入法によって 平均気孔径約 400 nm 気孔体積率約 60% および比表面積 7.6 m 2 /g であることがわかりました 開発したポーラスシリコン粉末を活物質に用いた LIB の特性評価を行いました 図 4 に示す 2032 コイン型ハーフセルを試作し 定電流 および 定容量充放電試験を行いました それぞれの結果を 市販のナノシリコン粒子 ( 粒子径 ~100 nm) を用いて同様に作製したハーフセルの特性と比較して図 5(a) および (b) に示します 定電流充放電試験は 電位窓内 (0~1.0 V) において 定電流条件で最大容量まで充放電を繰り返して行い 電流は 最大容量に 2 時間で到達する充電速度 (= (1/2)C) が得られる値に設定しました その結果 今回開発したポーラスシリコン粉末を用いた場合は 従来の炭素系活物質を用いた場合よりも約 10 倍大きい 3600 mah/g まで充放電が可能であり この値は 市販のナノシリコン粒子を用いた場合の 1700 mah/g よりも大きく かつ サイクル数の増加に伴う容量劣化も緩やかで 150 回の充放電サイクル後も 2000 mah/g( 従来の炭素系の 5.5 倍の容量 ) 超を維持することを明らかにしました 一方 定容量充放電試験は 電位窓内 (0~1.0 V) において 2000 または 1000 mah/g の定容量まで充放電を繰り返して行い 速度は定電流充放電試験時の 2 倍の 1C としました その結果 容量を 2000 mah/g と設定した試験では ポーラスシリコン粉末を用いた場合は 220 サイクルまで性能を維持しましたが ナノシリコン粒子を用いた場合は充電することができませんでした 容量を 1000 mah/g( 従来の炭素系の 2.7 倍の容量 ) と設定した試験では ナノシリコン粒子を用いた場合は 約 50 サイクルまでしか性能を維持出来なかったのに対し ポーラスシリコン粉末を用いた場合は 途中 721 サイクル以降から充電速度を 2C に速めたにも拘わらず 1500 サイクル超まで性能を維持することがわかりました また 充電速度は最大 4C まで速めても充電できることを確認し これはポーラスシリコンが大比表面積を有することによるものであると考えらます 本研究により 今回開発したポーラスシリコン粉末を負極活物質に用いることにより 長寿命を維持しつつ LIB の負極容量を飛躍的に拡大できることが示されました 尚 本研究は 東北大学金属材料研究所 低炭素社会基盤材料研究事業助成研究 並び

に 日本学術振興会 科学研究費補助金基盤研究 A( 課題番号 25246009 代表者加藤秀実 ) の一環として行われました 今後の課題 ポーラスシリコン粉末の気孔サイズ 気孔体積率や比表面積等を最適化すること また 電解質やバインダー等の選択および処理法を改良することによって 更に 充電速度やサイクル特性を改善できるものと考えられます また シリコンと同様に LIB 負極活物質として期待されているスズ等を用いてポーラス体を開発する課題も残っています 用語解説 オープンセル型ポーラス構造物質内部に形成した気孔が 気孔同士の連結を通じて物質外部の雰囲気に接触する比表面積の大きい多孔質構造のこと 対義語として クローズドセル型ポーラス構造があるが これは 物質内部に形成した気孔が各々孤立して物質に埋もれるため比表面積は小さい 高エネルギー密度重量や体積などの単位量当たりの物質やデバイスが 単位時間に放出するエネルギー量のこと 電池分野で用いられる Wh/kg は 一キログラム当たりの電池または活物質が一時間で充放電できるエネルギーの量を示す サイクル特性 充放電を繰り返した場合に 容量等の性質が 定めた一定基準を維持する最大回数 寿 命のこと 脱成分反応 二種類以上の元素成分からなる合金固体から特定成分のみを選択的に溶出させる反応の こと 残存成分元素が合金表面を拡散し ポーラス構造体の形成を伴う 活物質電池の構成要素の最重要部で 実際に酸化還元反応によって電子やイオンを授受する物質のこと 正極と負極にそれぞれ活物質を用いている 現在実用化されているリチウムイオン電池の場合 正極活物質にリチウム金属酸化物 および 負極活物質に炭素系材料が使用されている 電解質 溶媒に溶けて陽イオンと陰イオンを生じる物質のこと リチウムイオン電池の場合は 正極と陰極の間のリチウムイオンの授受を橋渡しする役割を有する

自己組織化 自律的に ある支配法則に従って秩序構造を形成すること 標準電極電位 卑金属 貴金属反応物 生成物ともに標準状態で酸化還元をする反応系において 酸化体が電子を受け取って還元体になるときの平衡電位を電極電位という 標準状態での水素に関するプロトン, 水素ガスの酸化還元反応時の電極電位を 0 V と基準化している これより電極電位が正の金属は貴金属 逆に 負の金属は卑金属と分類され 貴金属は酸化し難い一方で 卑金属が酸化しやすい性質を示す トップダウン的製造法ナノテクノロジーの手法の一つで 塊 ( 集合体 ) を出発材料として これに化学反応等の諸処理を施し 原子の再編成を利用して ナノ材料を大量に作製する製造技術のこと 量産性に優れる 水銀圧入法気孔に水銀が充填される際の圧力と気孔サイズの関係を利用して ポーラス体内に存在する気孔のサイズ分布や表面積を測定する方法のこと 水銀の代わりにガスを用いる場合は ガス吸着 (BET) 法と呼ばれる ハーフセル電池は正極と負極における2 種類の酸化還元反応から成立するが そのうちの片方の電極材の酸化還元反応 ( 半電池反応 ) を調査するために作製する電池のこと 本研究では ポーラスシリコン粉末を正極活物質に用い 金属リチウムを負極活物質に用いたハーフセルを作製し ポーラスシリコン粉末活物質の性能を評価した 電位窓 ( でんいそう ) 注目する酸化還元反応を それ以外の酸化還元反応に乱されることなく起こさせることの出来る電位範囲のこと 電池の場合 例えば 電解液の分解反応等の副次反応を起こさせることなく 活物質の酸化還元反応によって充放電を成立させることのできる電位範囲となる

参考図 図 1 オープンポーラス型シリコン負極活物質とリチウム化後の形態変化を示す模式図 ( ポ ーラス体を形成するシリコン部分 (= リガメント ) がリチウム化に伴って体積膨張しても 周辺のポア ( 気孔 ) がこれを緩和することが出来る ) 図 2 オープンポーラス型シリコン粉末の主な作製過程 ((3) の後 水洗 乾燥を施す )

図 3 開発したポーラスシリコン粉末 ( 外観写真 (a) 走査型電子顕微鏡写真 (b) および透過 型電子顕微鏡写真と Si の結晶構造を示す電子線回折図形 (c)) 図 4 負極特性評価の為に試作したハーフセルの模式図 ( コイン内部は電解液で満たす )

図 5 開発したポーラスシリコン粉末活物質と比較のために市販のナノシリコン粒子を用いて作製したリチウム電池 ( ハーフセル ) の定電流充放電試験結果 (a) および 定容量充放電試験結果 (b)(n C(n は数字 ) は本活物質の最大容量 3600 mah/g に1/n 時間で達する充電速度 )